※これは『東方放浪記 ~迷いと不安~』の続編です。
※オリキャラが出てきます。苦手な方は『戻る』をクリックすることを推奨します。
緊急事態なので、お互い知ってることを出し尽くそう。
これが今回の議題。
「…………」
「…………」
与一と妖夢は無言で向かい合ったまま硬直していた。
議題は出したものの、お互いに知っていることが何も無いので何も言えない。
そして二人とも相手が何も知らないことすら知らないので、相手の出方待ちで無言なのである。
衝撃の発見からすでに三十分は経過したであろうこの状況で、まだ何も決まっていなかった。
「あの……」
沈黙に耐えかねた妖夢がしゃべった。
「何も知らない、んですか?」
「何も知らない、んです。第一、あなたが第一発見者でしょう。私よりかはあなたのほうが知ってるはずだと思いますがね」
「私だって見てすぐに与一さんを起こしに行ったんですから、第一発見者だからってあんまり関係ありませんよ」
「んー、手がかりはゼロですね。しょうがない、実況見分と行きますか。そのあとにでも考えていきましょう」
「ちょっと待ってください。間違ってたらすみませんが、もしかしてこの状況を楽しんでませんか?」
「何故そう思った?」
「声が上ずってるように聞こえたから、もしかしたらそういう気分なのかな、って……」
「……ばれたか」
「もっと真剣に考えてください!この状況を!」
そんなやり取りをしながらも、とりあえず表に出ることにした。
日が昇る前だというのに、それを感じさせないくらいの人通りの多さ、店から聞こえる声がそこにはあった。
「外には出ましたけど……これからどうしましょう?」
「そうですねぇ……とりあえずは人に話でも聞いてみましょう」
与一さんはくるりと九十度体の向きを変え、ちょうどそばを通り過ぎようとしていた男性に声をかけた。
「すみませーん」
すたすたすた、と男性は与一さんの呼びかけを無視するような形で過ぎ去っていった。
完璧なる無視だった。
それに怒ったのだろうか、与一さんは、私が制止するよりもすばやく鎌を取り出し、先ほどの男性にぶん投げた。
そのまま鎌はガツン、という音を立てて男性を巻き添えにしながら地面に刺さった。
「な、何やってるんですか!あなたは!」
「いやぁ、あまりにも完璧な無視だったんで、つい――やっちゃった」
「やっちゃった、じゃないですよ!どうするんですか!これじゃあ話を聞く前に事情を聞かれそうですよ!」
「うまい!」
「うまくない!むしろまずい!」
「まずい、というよりかは……不気味ですね」
「何を急に冷静に――」
与一さんは無言で先ほど鎌を投げたほうを指差した。
そこには血の池と鎌が突き刺さった男性、そしてそれを囲むような人だかり――などではなかった。
人だかりが無ければ血の池も無いし、おまけに男性だって刺さっていない。
鎌が地面に突き刺さっているだけの光景。
「あれ?確かに当たってたはず……」
「それに、あの男に飛んでくる鎌をよけるようなスキルが身についているとは考えにくい。ですから、たぶんこうでしょう」
与一さんはまた体を九十度回転させた。
すぐ近くにはおばあさんが歩いている。
おぼつかない足取りで、少し危なっかしい。
そのおばあさんを、与一さんは躊躇無く蹴った。
綺麗に顔面を通るコースで蹴りを入れた。
「ちょ、与一さん!何――を?」
何をしてるんですか!という前に、おかしなことに気がついた。
与一さんが蹴りを入れたおばあさんが、何事も無かったかのように歩いていくではないか。
顔を見てみても、しわが深く刻まれているだけで、蹴った跡などはどこにも無かった。
「まさか……幻?」
「そのようですね」
さっきの間に鎌を回収しに行っていた与一さんが言った。
っていうか、鎌って投げるものだったっけ?
「でも、おかしいんですよ。これは」
「どこがですか?幻と分かったのなら、いきなり出てきたことも、触れないことも不思議じゃないじゃないですか」
「意味が無いんですよ」
「意味?」
「人が他人に対して何かするときには必ず意味が生じる。でもですね、これにはまったく意味が無いんですよ。こんなものを見せても、何の利益も、損害も生じない」
「確かに、そう言われると妙ですね。――もしかしたら、これは囮なのかもしれません」
「幻に見せかけた術者が殺しに来る、ってわけですね。そうですね、そうかもしれません」
そう言うと、与一さんは道に沿って歩き始めた。
「どこに行くんですか?」
私も与一さんに歩調を合わせながら付いていく。
「何か探しましょう。もしかするとこの幻を解くきっかけになるものが見つかるかも知れませんし」
「そうですね。じっとしていても何も始まりませんしね」
そのまま私と与一さんは入り口のほうへと向かった。
村の入り口。
そこには人だかりが出来ていた。
老若男女問わず、さまざまな人が集まっている。
その人々は一様に目の前に立てかけられている立て札を見てどよめいている。
「……行ってみますか」
与一さんは人(といっても幻影)を気にせずに、立て札に向かって歩を進める。
私はその後ろについていくが、人の真ん中を通り過ぎるというのは思いのほか難しく、反射的に体が当たらないようにと避けてしまうのである。
しかし、与一さんはそんなこと気にもせずにずかずかと人を通り抜けていく。
慣れてるのか?この人。
「…………」
与一さんは立て札の前に立ったまま、立て札を凝視していた。
その目は真剣そのものだった。
……なんか尋ねづらいな。
「妖夢」
そんなことを考えていると、いきなり話しかけられた。
「なっ、なんでしょうか」
何か重要なことでも分かったのだろうか、与一さんの表情は剣呑なままである。
「これ、読めますか?」
「……はい?」
「いや、だからですね。古い字体が読めますかって……」
今理解した。
この人は何も考えちゃいなかったんだ。
それどころか読めてすらない。
真剣な表情だったのは読めなかったからか……。
「ええ、読めますよ。白玉楼にある古い書物を読むために、お爺様から習いましたので」
「それはよかった」
そう言って与一さんは半歩後ろに下がった。
どうやら読もうとすることは諦めたらしい。
「えっとですね……」
私は半歩前に進み、立て札に書かれていることを見てみる。
……ふんふん。
………なるほど。
…………そういうことだったのか。
「一人で納得してないで私にも教えてくださいよ」
そっと耳打ちされた。
私と与一さんと幻影しかいない空間でいったい誰に聞かれたくないのだろうか。
「どうやらこれは義勇兵の募集みたいですよ」
「義勇兵ねぇ……どっかと戦争でもしてるんですかね、ここは」
「暴君、鬼神を倒すため、って書いてありましたけど」
「鬼神――ということはここは七百年以前ってことになるんですね」
「そうみたいですね」
「で、何で私たちはそんな昔の一部始終を見せられてるんでしょうか?」
「私が聞きたいくらいですよ」
「ですよね」
そんな会話をしているときだった。
一人の男性が人々を押しのけて(無論幻影の中で)立て札の前に立った。
黒い服に黒いズボン、おまけに黒い手袋までつけている。
体中に巻かれている鎖は胸の前で交差している。
男性としては長めの髪は闇のように黒く、表情は張り付いたような無表情だった。
何より特筆すべき点は目だ。
凍えるような冷たい、つりあがった赤い目。
その男性は数秒立て札の前にいると、来たときと同じように人を押しのけて去っていった。
「なんだったんでしょうか?」
「さぁ?でも首から下は与一さんそっくりでしたね。鎖以外は」
「彼もまた、この服装のよさが分かる人なのでしょう。うん」
「私には一生分かりません……」
分かりたいだろうか?
いや、分かりたくない。
暑い暑いといいながら上下長袖長ズボンを着こなしている人の気持ちなど、分かるわけが無い。
「この先には何も無いようですし、一旦戻りましょう」
「そうですね。ところで妖夢、ひとつ思ったのですが」
今は手探りの状態だ、思ったことや気づいたことはどんどん言ってもらわないと。
「なんでしょう?」
「私たちってしゃべり方かぶってますよね」
徹底的にどうでもよかった。
「どうでもよくないですよ。私たちしゃべる側にとっては些細なことですが、読み手にとってはいちいちこれは誰の台詞かと考えなくてはならないんですよ」
「読み手って誰なんですか……?」
「……とりあえず何とかしなくちゃいけないんです」
「どうしろって言うんですか。台詞の前に名前でも付けるんですか?」
与一「いいですね、そうしましょう」
妖夢「なんか馬鹿らしいですね」
与一「馬鹿っていうなーっ!」
妖夢「氷精のまねはいいですから、さっさと戻りましょうよ」
「そうですね」
「もうはずした!まだ二言目ですよ!」
「逆に読みにくい気がするんですよ、これ」
「じゃあ言い出すなよ!」
前々から気づいてはいたのだが――この人といるとすごく疲れる。
あれから、一旦元の場所に戻り、さらに先に進んでみた。
相変わらず賑わっている。
「昔の人は夜でも普通に出歩いてたんですね」
「いえ、多分これは昼でしょう。いくら時代が違うって言ったって人は夜寝るものですよ」
「……これから、どうしましょう」
「どうしましょうかね。分かってるのはこれが七百年前だってことだけですしね」
私たちは当ても無く歩いていた。
もともと行ったことも無い土地で当てなんてないのだが。
と、その時だった。
「……ん?」
私は立ち止まって目を擦ってみた。
だが、さっきと変わりは無い。
「どうかしましたか?」
与一さんが心配そうに尋ねてくる。
「いえ……ただちょっと縦線が見えて――えっ?」
突然、視界から色が失われた。
それだけではない。
縦線が妙に増えて、視界がぶれる。
これは、いったい――
「モノクロフィルム」
横にいた与一さんがそう呟いた。
「何ですか?それ」
「一昔前の映像を保存したフォルムです。普通に使っていればここまではならないんですが、保存状態が悪かったり、劣化したりするとこんな風に縦線が入ってしまうんです。これは――さしずめ幻影モノクロフィルムってとこですかね」
「で、でもさっきまでは普通だったじゃないですか。どうして急に――」
「少ない容量に無理やり詰め込むと内容は劣化します。この幻モノの場合、HD代わりになるものといえば――人の脳、厳密に言うと記憶ってところでしょう」
間によく分からない単語が出てきたが、とりあえず言いたいことはわかった。
急に劣化した原因――それは人の急激な減少。
っていうか幻モノって略しすぎでしょ。
「しかし不便ですね……これじゃあ見えるものも見えない」
「そうですねさっきから視界がぐらぐらして落ち着きません」
「何か少しでも見れれば――なっ」
与一さんが愚痴をこぼした後、少しだけ視界が安定した。
そこに広がっていたのは静かな地獄絵図だった。
胴から二つに切断された人があちこちで捨てられ、建物は燃え盛っている。
逃げる人はなし――いや、逃げる足を持っている者はいなかった。
視界に入っている全員が全員、二つに分けられている。
例外なく、真っ二つ。
しかし、その中にただ一人、空を見上げたたずんでいる男がいた。
袖は切り落として入るものの、黒い上下に黒い手袋、体中にまいている鎖は胸の前で交差されている。
そう、村の入り口で看板を見ていた男だ。
その男の手には黒い槍が握られている。
そこまで分かったとき、途切れるように映像が終わった。
~後日談~
あれから三日。
映像を見たその日のうちにようやく人里に出られた与一と妖夢はお互いやるべきことをして別れを告げた。
腹をすかせた幽々子に食べられそうになったり、餓死寸前の霊夢を発見したりと、二人ともあの映像が何だったのかを考える暇すらなくきびきび働いた。
そして三日。
与一は白玉楼に呼び出された。
そして今、妖夢の部屋と思われる場所で座っている。
もちろん正座。
何を見るでもなく呆けていると、盆に茶を載せた妖夢が入ってきた。
妖夢は与一に茶を差し出すと、慣れた仕草で与一の向かいに座った。
「いやぁ、しかし安心しましたよ。私はてっきりあなたに嫌われていると思ってましたからね」
「あんまり好きでもないですよ」
「……結構辛辣ですね」
「本音ですよ」
「で、なんですか?別に私のことが嫌いだってことを言うために呼んだわけじゃないんでしょう?」
「…………」
「ちょっと待ってくださいよ。何ですかその沈黙は。あ、あくまで『あんまり好きじゃない』程度ですよね、ね」
「……あの映像のことですが――」
「あっ……そっちか」
ほっ、と胸をなでおろす与一。
それとは真逆に妖夢は真剣だった。
「少し分かったんです」
「へぇ……例えば?」
「あそこに幻想郷ではまだ見ない妖怪がいたことや、あの映像が何であったか、くらいですね」
「じゃあ順番に聞きましょうか。まずはあの犬のことですね。なぜあれが幻想郷に?」
「あれは紫様が連れてこられたそうです」
「なるほどね、それじゃあいてもおかしくない」
「もともとあの廃村には博麗大結界を安定させるためのものがあって、それに近づかないようにするために一箇所に付き二・三匹配置していたそうですよ」
「んー、それじゃあ紫に悪いことしましたね……まぁいいや、後で謝ろう。それであの映像は一体なんだったんですか?」
「……あれはちょうど七百年前に起きた、あの村の滅びた原因です」
「術者は?紫ですか?」
「いえ、それが――村、みたいなんですよ」
「……村?」
「はい、藍さんがおっしゃるには『あの村が入ったすべてのものに見せるダイイングメッセージ』だそうです」
「死に際にせめて仇を討ってくれというやつですね。――たしかに大量虐殺っ感じでしたね。あの人数をすべて殺すとなると相当の人数を送り込んだんでしょうね」
「一人だそうです」
「へっ?一人?」
「一人ですべてやったそうです」
「……誰ですか、そんな破天荒なことをするやつは」
「分かりません、藍さんもそこまでは知らない様子でした」
「なんかすっきりしたような、しないような……まぁいいや」
そう言ったところで与一は立ち上がった。
「今日はありがとうございました。おかげでもやもやしたものも晴れました」
「いえいえ、こちらも分からないことが多くてすみません」
「また宴会の席で会いましょう」
「はい、また宴会で」
そう約束を交わし、与一は白玉楼を後にした。
だが次に会うのは戦場、しかも敵としてだった。
※オリキャラが出てきます。苦手な方は『戻る』をクリックすることを推奨します。
緊急事態なので、お互い知ってることを出し尽くそう。
これが今回の議題。
「…………」
「…………」
与一と妖夢は無言で向かい合ったまま硬直していた。
議題は出したものの、お互いに知っていることが何も無いので何も言えない。
そして二人とも相手が何も知らないことすら知らないので、相手の出方待ちで無言なのである。
衝撃の発見からすでに三十分は経過したであろうこの状況で、まだ何も決まっていなかった。
「あの……」
沈黙に耐えかねた妖夢がしゃべった。
「何も知らない、んですか?」
「何も知らない、んです。第一、あなたが第一発見者でしょう。私よりかはあなたのほうが知ってるはずだと思いますがね」
「私だって見てすぐに与一さんを起こしに行ったんですから、第一発見者だからってあんまり関係ありませんよ」
「んー、手がかりはゼロですね。しょうがない、実況見分と行きますか。そのあとにでも考えていきましょう」
「ちょっと待ってください。間違ってたらすみませんが、もしかしてこの状況を楽しんでませんか?」
「何故そう思った?」
「声が上ずってるように聞こえたから、もしかしたらそういう気分なのかな、って……」
「……ばれたか」
「もっと真剣に考えてください!この状況を!」
そんなやり取りをしながらも、とりあえず表に出ることにした。
日が昇る前だというのに、それを感じさせないくらいの人通りの多さ、店から聞こえる声がそこにはあった。
「外には出ましたけど……これからどうしましょう?」
「そうですねぇ……とりあえずは人に話でも聞いてみましょう」
与一さんはくるりと九十度体の向きを変え、ちょうどそばを通り過ぎようとしていた男性に声をかけた。
「すみませーん」
すたすたすた、と男性は与一さんの呼びかけを無視するような形で過ぎ去っていった。
完璧なる無視だった。
それに怒ったのだろうか、与一さんは、私が制止するよりもすばやく鎌を取り出し、先ほどの男性にぶん投げた。
そのまま鎌はガツン、という音を立てて男性を巻き添えにしながら地面に刺さった。
「な、何やってるんですか!あなたは!」
「いやぁ、あまりにも完璧な無視だったんで、つい――やっちゃった」
「やっちゃった、じゃないですよ!どうするんですか!これじゃあ話を聞く前に事情を聞かれそうですよ!」
「うまい!」
「うまくない!むしろまずい!」
「まずい、というよりかは……不気味ですね」
「何を急に冷静に――」
与一さんは無言で先ほど鎌を投げたほうを指差した。
そこには血の池と鎌が突き刺さった男性、そしてそれを囲むような人だかり――などではなかった。
人だかりが無ければ血の池も無いし、おまけに男性だって刺さっていない。
鎌が地面に突き刺さっているだけの光景。
「あれ?確かに当たってたはず……」
「それに、あの男に飛んでくる鎌をよけるようなスキルが身についているとは考えにくい。ですから、たぶんこうでしょう」
与一さんはまた体を九十度回転させた。
すぐ近くにはおばあさんが歩いている。
おぼつかない足取りで、少し危なっかしい。
そのおばあさんを、与一さんは躊躇無く蹴った。
綺麗に顔面を通るコースで蹴りを入れた。
「ちょ、与一さん!何――を?」
何をしてるんですか!という前に、おかしなことに気がついた。
与一さんが蹴りを入れたおばあさんが、何事も無かったかのように歩いていくではないか。
顔を見てみても、しわが深く刻まれているだけで、蹴った跡などはどこにも無かった。
「まさか……幻?」
「そのようですね」
さっきの間に鎌を回収しに行っていた与一さんが言った。
っていうか、鎌って投げるものだったっけ?
「でも、おかしいんですよ。これは」
「どこがですか?幻と分かったのなら、いきなり出てきたことも、触れないことも不思議じゃないじゃないですか」
「意味が無いんですよ」
「意味?」
「人が他人に対して何かするときには必ず意味が生じる。でもですね、これにはまったく意味が無いんですよ。こんなものを見せても、何の利益も、損害も生じない」
「確かに、そう言われると妙ですね。――もしかしたら、これは囮なのかもしれません」
「幻に見せかけた術者が殺しに来る、ってわけですね。そうですね、そうかもしれません」
そう言うと、与一さんは道に沿って歩き始めた。
「どこに行くんですか?」
私も与一さんに歩調を合わせながら付いていく。
「何か探しましょう。もしかするとこの幻を解くきっかけになるものが見つかるかも知れませんし」
「そうですね。じっとしていても何も始まりませんしね」
そのまま私と与一さんは入り口のほうへと向かった。
村の入り口。
そこには人だかりが出来ていた。
老若男女問わず、さまざまな人が集まっている。
その人々は一様に目の前に立てかけられている立て札を見てどよめいている。
「……行ってみますか」
与一さんは人(といっても幻影)を気にせずに、立て札に向かって歩を進める。
私はその後ろについていくが、人の真ん中を通り過ぎるというのは思いのほか難しく、反射的に体が当たらないようにと避けてしまうのである。
しかし、与一さんはそんなこと気にもせずにずかずかと人を通り抜けていく。
慣れてるのか?この人。
「…………」
与一さんは立て札の前に立ったまま、立て札を凝視していた。
その目は真剣そのものだった。
……なんか尋ねづらいな。
「妖夢」
そんなことを考えていると、いきなり話しかけられた。
「なっ、なんでしょうか」
何か重要なことでも分かったのだろうか、与一さんの表情は剣呑なままである。
「これ、読めますか?」
「……はい?」
「いや、だからですね。古い字体が読めますかって……」
今理解した。
この人は何も考えちゃいなかったんだ。
それどころか読めてすらない。
真剣な表情だったのは読めなかったからか……。
「ええ、読めますよ。白玉楼にある古い書物を読むために、お爺様から習いましたので」
「それはよかった」
そう言って与一さんは半歩後ろに下がった。
どうやら読もうとすることは諦めたらしい。
「えっとですね……」
私は半歩前に進み、立て札に書かれていることを見てみる。
……ふんふん。
………なるほど。
…………そういうことだったのか。
「一人で納得してないで私にも教えてくださいよ」
そっと耳打ちされた。
私と与一さんと幻影しかいない空間でいったい誰に聞かれたくないのだろうか。
「どうやらこれは義勇兵の募集みたいですよ」
「義勇兵ねぇ……どっかと戦争でもしてるんですかね、ここは」
「暴君、鬼神を倒すため、って書いてありましたけど」
「鬼神――ということはここは七百年以前ってことになるんですね」
「そうみたいですね」
「で、何で私たちはそんな昔の一部始終を見せられてるんでしょうか?」
「私が聞きたいくらいですよ」
「ですよね」
そんな会話をしているときだった。
一人の男性が人々を押しのけて(無論幻影の中で)立て札の前に立った。
黒い服に黒いズボン、おまけに黒い手袋までつけている。
体中に巻かれている鎖は胸の前で交差している。
男性としては長めの髪は闇のように黒く、表情は張り付いたような無表情だった。
何より特筆すべき点は目だ。
凍えるような冷たい、つりあがった赤い目。
その男性は数秒立て札の前にいると、来たときと同じように人を押しのけて去っていった。
「なんだったんでしょうか?」
「さぁ?でも首から下は与一さんそっくりでしたね。鎖以外は」
「彼もまた、この服装のよさが分かる人なのでしょう。うん」
「私には一生分かりません……」
分かりたいだろうか?
いや、分かりたくない。
暑い暑いといいながら上下長袖長ズボンを着こなしている人の気持ちなど、分かるわけが無い。
「この先には何も無いようですし、一旦戻りましょう」
「そうですね。ところで妖夢、ひとつ思ったのですが」
今は手探りの状態だ、思ったことや気づいたことはどんどん言ってもらわないと。
「なんでしょう?」
「私たちってしゃべり方かぶってますよね」
徹底的にどうでもよかった。
「どうでもよくないですよ。私たちしゃべる側にとっては些細なことですが、読み手にとってはいちいちこれは誰の台詞かと考えなくてはならないんですよ」
「読み手って誰なんですか……?」
「……とりあえず何とかしなくちゃいけないんです」
「どうしろって言うんですか。台詞の前に名前でも付けるんですか?」
与一「いいですね、そうしましょう」
妖夢「なんか馬鹿らしいですね」
与一「馬鹿っていうなーっ!」
妖夢「氷精のまねはいいですから、さっさと戻りましょうよ」
「そうですね」
「もうはずした!まだ二言目ですよ!」
「逆に読みにくい気がするんですよ、これ」
「じゃあ言い出すなよ!」
前々から気づいてはいたのだが――この人といるとすごく疲れる。
あれから、一旦元の場所に戻り、さらに先に進んでみた。
相変わらず賑わっている。
「昔の人は夜でも普通に出歩いてたんですね」
「いえ、多分これは昼でしょう。いくら時代が違うって言ったって人は夜寝るものですよ」
「……これから、どうしましょう」
「どうしましょうかね。分かってるのはこれが七百年前だってことだけですしね」
私たちは当ても無く歩いていた。
もともと行ったことも無い土地で当てなんてないのだが。
と、その時だった。
「……ん?」
私は立ち止まって目を擦ってみた。
だが、さっきと変わりは無い。
「どうかしましたか?」
与一さんが心配そうに尋ねてくる。
「いえ……ただちょっと縦線が見えて――えっ?」
突然、視界から色が失われた。
それだけではない。
縦線が妙に増えて、視界がぶれる。
これは、いったい――
「モノクロフィルム」
横にいた与一さんがそう呟いた。
「何ですか?それ」
「一昔前の映像を保存したフォルムです。普通に使っていればここまではならないんですが、保存状態が悪かったり、劣化したりするとこんな風に縦線が入ってしまうんです。これは――さしずめ幻影モノクロフィルムってとこですかね」
「で、でもさっきまでは普通だったじゃないですか。どうして急に――」
「少ない容量に無理やり詰め込むと内容は劣化します。この幻モノの場合、HD代わりになるものといえば――人の脳、厳密に言うと記憶ってところでしょう」
間によく分からない単語が出てきたが、とりあえず言いたいことはわかった。
急に劣化した原因――それは人の急激な減少。
っていうか幻モノって略しすぎでしょ。
「しかし不便ですね……これじゃあ見えるものも見えない」
「そうですねさっきから視界がぐらぐらして落ち着きません」
「何か少しでも見れれば――なっ」
与一さんが愚痴をこぼした後、少しだけ視界が安定した。
そこに広がっていたのは静かな地獄絵図だった。
胴から二つに切断された人があちこちで捨てられ、建物は燃え盛っている。
逃げる人はなし――いや、逃げる足を持っている者はいなかった。
視界に入っている全員が全員、二つに分けられている。
例外なく、真っ二つ。
しかし、その中にただ一人、空を見上げたたずんでいる男がいた。
袖は切り落として入るものの、黒い上下に黒い手袋、体中にまいている鎖は胸の前で交差されている。
そう、村の入り口で看板を見ていた男だ。
その男の手には黒い槍が握られている。
そこまで分かったとき、途切れるように映像が終わった。
~後日談~
あれから三日。
映像を見たその日のうちにようやく人里に出られた与一と妖夢はお互いやるべきことをして別れを告げた。
腹をすかせた幽々子に食べられそうになったり、餓死寸前の霊夢を発見したりと、二人ともあの映像が何だったのかを考える暇すらなくきびきび働いた。
そして三日。
与一は白玉楼に呼び出された。
そして今、妖夢の部屋と思われる場所で座っている。
もちろん正座。
何を見るでもなく呆けていると、盆に茶を載せた妖夢が入ってきた。
妖夢は与一に茶を差し出すと、慣れた仕草で与一の向かいに座った。
「いやぁ、しかし安心しましたよ。私はてっきりあなたに嫌われていると思ってましたからね」
「あんまり好きでもないですよ」
「……結構辛辣ですね」
「本音ですよ」
「で、なんですか?別に私のことが嫌いだってことを言うために呼んだわけじゃないんでしょう?」
「…………」
「ちょっと待ってくださいよ。何ですかその沈黙は。あ、あくまで『あんまり好きじゃない』程度ですよね、ね」
「……あの映像のことですが――」
「あっ……そっちか」
ほっ、と胸をなでおろす与一。
それとは真逆に妖夢は真剣だった。
「少し分かったんです」
「へぇ……例えば?」
「あそこに幻想郷ではまだ見ない妖怪がいたことや、あの映像が何であったか、くらいですね」
「じゃあ順番に聞きましょうか。まずはあの犬のことですね。なぜあれが幻想郷に?」
「あれは紫様が連れてこられたそうです」
「なるほどね、それじゃあいてもおかしくない」
「もともとあの廃村には博麗大結界を安定させるためのものがあって、それに近づかないようにするために一箇所に付き二・三匹配置していたそうですよ」
「んー、それじゃあ紫に悪いことしましたね……まぁいいや、後で謝ろう。それであの映像は一体なんだったんですか?」
「……あれはちょうど七百年前に起きた、あの村の滅びた原因です」
「術者は?紫ですか?」
「いえ、それが――村、みたいなんですよ」
「……村?」
「はい、藍さんがおっしゃるには『あの村が入ったすべてのものに見せるダイイングメッセージ』だそうです」
「死に際にせめて仇を討ってくれというやつですね。――たしかに大量虐殺っ感じでしたね。あの人数をすべて殺すとなると相当の人数を送り込んだんでしょうね」
「一人だそうです」
「へっ?一人?」
「一人ですべてやったそうです」
「……誰ですか、そんな破天荒なことをするやつは」
「分かりません、藍さんもそこまでは知らない様子でした」
「なんかすっきりしたような、しないような……まぁいいや」
そう言ったところで与一は立ち上がった。
「今日はありがとうございました。おかげでもやもやしたものも晴れました」
「いえいえ、こちらも分からないことが多くてすみません」
「また宴会の席で会いましょう」
「はい、また宴会で」
そう約束を交わし、与一は白玉楼を後にした。
だが次に会うのは戦場、しかも敵としてだった。