私は今、一隻の手漕ぎ船に乗せられ、河を渡っている。
星も太陽もない、霧の河。
昼なのか夜なのか、それすらもあやふやで、全てが幻想のような景色の中。
尖塔のように突き立つ岩だけが、かろうじてその存在感を訴えている。
そう、ここは三途の河。
あの世とこの世を隔てる河。
そんな河を渡っているのだ。もちろん、この世からあの世のほうへ。
いや、もう、この世とも言えないのか…ややこしい。
とにかく、私は死んだ。
そんなことを今更ながら実感させるには、十分すぎる景色だった。
死は、簡単に訪れた。
なんてあっけない幕切れだろうと思う間もなく、
たどり着いたのは、なぜか雑踏だった。
道の両側には出店が並んでおり、
浴衣を着た人々が練り歩き、客寄せの声が響く。
まるで、縁日やお祭のような雰囲気だった。
訳が分からない。確かに死んだはず、なのに。
足もあるし、手もある。さっきまでの苦しみは一切なくなっていた。
「ん?あんた、他の連中と雰囲気が違うねえ、外の世界から来たのかい?幽霊なのは確かみたいだけど」
背後からの声。
振り返るとそこには、高い下駄を履いた、派手な格好をした女性が立っていた。
なぜか片手には大鎌を持って。
「あたいは死神さ」
死神。
なんだか私の想像する死神とは随分違うような…
しかし、死神に会うぐらいだ。私は多分死んだのだろう。
「あ、あの、ここはどこですか?」
その迫力に圧倒されてながらも、そう聞くと死神さんはけらけらと笑いだした。
「やっぱり外から来たんだねえ。幻想郷の連中なら皆、ここを知っているはず。
ここは、中有の道さ。三途の河まで続く、死者の道だよ」
「死者の道?。じゃあここにいるのは全員死んでる人?」
「そうでもない。生者も多いよここは。まあ出店をやってる連中は一人残らず死んでるけどねえ」
あと、サボってる死神とかもいるしね。
そう答えると死神さんはまるで面白いシャレを言ってやったような顔をした。
「まあとにかくここで会ったのは何かの縁さ、三途の河の彼岸までは案内してあげるよ」
「はあ…なんていうか良く分からないけど、よろしくお願いします」
死神さんと並んで歩く。とても不思議な感じがした。
道沿いに並ぶ出店には死んだ金魚掬いだとか、人魂ボンボンとか良く分からない店ばかりだった。
どうもこういった店を目的に生きている人も来るらしい。
そんな中、歩いているせいだろうか?
なんだろう、私は死んだはずなのに、まったく死んだ気がしない。
しばらく歩いたけど、どうも三途の河まで結構な距離があるらしく一向にたどり着かなかった。
途中、“遺書書きます”と書いた店を発見した。
一体どういう需要があるんだろう…
と、そんな風に余所見していると、前からきた子供にぶつかってしまった。
どうも突き飛ばしてしまったらしく、その子はしりもちをついていた。
どうやら死んでも私のドジ癖は治らないみたいだ。
「あ、ごめんなさい!大丈夫?」
よく見るとその子は女の子で、
そして良く見なくても頭から耳が生えている。そしてとどめに尻尾らしきものも生えている
その子は身軽そうに立ち上がった。どこか獣を思わせるような顔だった。
「…うう誰だよ…ってああ!!せっかく取った金さんが!!」
その子は急に叫び、私が足元を見ると、
ところどころ骨が見えている、今にも死にそうな金魚がぴちぴちと跳ねていた。
倒れた拍子に金魚を入れていた袋が割れたらしく、水が道を濡らしていた。
「死んじゃうよ~金さんが~」
その子はそういってその金魚を拾いあげる。今にも泣きそうな表情を浮かべながら。
「妖獣が金魚の命を想うとはおかしなことだねえ。というかその金魚は既に死んでるから、死にはしない」
死神さんの言うことはもっともだが、色々と疑問が浮かぶ。
…今の自分の存在を否定しそうだから聞かないでおこう…
…というか金魚に、金さんって名前…
「あ、そっか!ありがとう~じゃあお姉さん、またね!」
その子は死神さんにそう言うとあっというまに消えた。
なんだったんだろう?
「…まったく子供ってのはどうして落ち着きがないのかねえ?まあどうでもいいけど。それでね、その時はまあ見事に花が咲いてねえ、綺麗だったのに、上司に怒られちゃって。あたいはマイペースに仕事してただけなんだけど、どうもそれがまずかったらしくてさあ。そうそう大体私の上司がねえもう説教好きでさ、ことあるたびに、そうあなたは何々し過ぎているとかなんとか。あ、このこと内緒でよろしく頼むよ?まあ、あのお方は幻想郷の住人の担当だから大丈夫だとは思うけどさ。でね、前なんか天狗がさ…」
…ちなみに、かなり前から、死神さんは喋りっぱなしだ。
饒舌な死神。
所詮現実は想像とは違うってことか。
しばらく歩くと、だんだん人気が少なくなっていく。
どうやらもうすぐ目的地らしい。
さきほどまでの、お祭特有の熱気と、墓地のような冷気が混じりあったような空気がなくなった。
いや、感じられなくなった?すこし感覚が鈍くなってきた。私は寒いのか?暑いのか?
分からなくなって、きた。
「ふんふんふんふんふんふんふふんふふふふふん~♪」
三途の河を船が波音も立てず進んでいく、
ただ、死神さんの場違いな鼻歌だけが虚ろに響く。
「いやはやしかしなんとも退屈な風景だと思わないかい?」
おそらく私に話かけているのだろうけど、残念ながら私はもう喋ることが出来ない。
多分、渡し賃を払った辺りからだろうか?
いつのまにか自分が、いわゆる人魂のような形になっていることに気付いたのは。
私はただボンヤリと浮いているだけの存在になった。聞こえるし、理解できるけど、
それを表現する方法が分からなかった。
「あるのは霧、水面と岩ばかり。まあ好きでやってはいるんだけどねえ」
そういってまた歌いだす死神さんに、
それなんて歌ですか?と聞くことすらできない。
「…彼岸帰航。あたい達が帰るべき場所はあっちなのさ。人は生き、いずれまた彼岸へ帰る」
私は死んだ。紛れもない事実。
「なに、旅行とでも想えばいいさ。冥界は良いよ。桜は綺麗だし、酒も美味い。あんたには分からないかもしれないけどね」
私は多分、笑ったと思う。
「死なないと分からないことはたくさんあるけど、生きていないと分からないことのほうが多いのも事実さ」
…
「どうも説教臭くなっちゃったかねえ。さ、ついたよ。ようこそ、彼岸へ」
「あたいの仕事はここまでさ。あとはこの先にいる死神に従ってくれ」
「久しぶりにお喋りできて楽しかったよ」
…まち
…こまち
「小野塚小町!起きなさい!また仕事ほったらかして!あなたは本当に何度言えば分かるのですか!」
聞き慣れた声で目が覚める。
「小町…あなたはいい加減に自分の罪を自覚し、そして反省しなさい!」
ああ、そうかそういえばさっきまで妖精達と飲んでたっけ?
で、そのあと睡魔に負けて、
無縁塚の妖怪桜にもたれかかり、昼寝したんだった。
目の前には今にも説教しはじめそうな映姫様が立っていた。
しかも心なしか、悔悟の棒を持つ手が震えている。
…まずいなこれは…逃げるが勝ち!
「そうあなたは少しいい…ってこら待ちなさい!死神が閻魔から逃げてどうするんですか!」
全速力で逃げ出す。
後ろは見ない、見られない。
「ふう…ここまでこれば安心かな?」
中有の道までくれば、まず大丈夫だろう。
「おや、あんなところに変わった幽霊がいるねえ」
どうみても一人だけ雰囲気の違う幽霊が、キョロキョロしていた、
まるで、ここがどこであり、自分が何をしたかも分からぬように。
小町さんの人柄のよさがほんわか伝わってくる内容で、なかなか私の好みです。
ただ1つ難をあげるとすれば、最後の小町さん視点の段落は最後にあると唐突ではないかなぁと思います。
時間の順番がそこで変わるのですが、
この段落で時間の順序が変わるのが分かる記述はかなり後半ですよね。
小町さんが起こされているのがいつのことなのか、その箇所まで読者は分からないまま、
文章を読み進めざるを得ないです。
そして幽霊さんを見つけたところで、読者は「あぁ、これ冒頭の話なのね」とタイムスリップを強いられます。
読者にとってはラストがちょっと読みにくい構成になってますので、そこは少し考慮の余地があるのではないかと思います。
あとどうでもいいことですが、初登校って初々しくていいですね。
私が初登校したのはいつのことだったかな……。