※ダンジョン分を多少含みます。
ある日、幻想郷に温泉が出た。
幻想郷の住人達は、それはもう大層喜んだものだった。これで幻想郷でも温泉に入る事ができる。やっと温泉の元から開放される、と。
しかし、出たのは温泉でだけではなかった。間欠泉からは変な霊も一緒に湧いて出てきてしまったのだ。これでは、とてもじゃないが温泉気分にはなれなかった。
誰かが地に潜ってどうにかしなければ。しかし、誰が。
そこで皆が注目したのは、いつも頼まれもしないのに異変解決を自称して暴れまわる霊夢や魔理沙だった。彼女達ならきっといつもの様に勝手に何とかしてくれるかもしれない。むしろ、偶には皆の役立つ事をしてくれ、と。
しかし、彼女達は動こうとしなかった。幽霊を見ながらの温泉も一興と、彼女達は別に困ってはいなかったのだ。皆が気味悪がる中で、なんともネジが数個取れたような話だった。
もう彼女達を当てにする事はできない。むしろ、初めから当てにする方が間違いだった。気まぐれにしか動かない彼女達を待つよりも、自分達でどうにかしてしまったほうが早い。
こうして、幻想郷の少女達の戦いは始まった。人間と妖怪が二人一組となり間欠泉の地中深く、果てが無いかと思われるほど深い地下道、ダンジョンに挑戦していく。
そう、幻想郷という不思議な場所に沸いて出た、不思議なダンジョンに。
それなりに深い階層のどこかで
「美鈴、ぐずぐずしないで」
「待ってくださいよ、咲夜さん!」
完全で瀟洒な紅魔館のメイド長、十六夜 咲夜は珍しく急いでいた。共にダンジョンを進む紅間館の門番、紅 美鈴が遅れてついて来るにも関わらず、先へ先へと進んでいた。
焦りの表情を見せるほど咲夜が先を急ぐには理由があった。それはもちろん、彼女が仕える紅魔館の主、レミリア・スカーレットが原因である。
それは今日の朝の事だった。博麗神社に遊びに行くと書いてある置手紙を残して、突然一人で外出してしまっていた。その手紙を見た咲夜は、当然大急ぎで博麗神社へと向かった。
しかし、博麗神社に着いても彼女の主の姿は無かった。それどころか、いつも縁側で人生をサボタージュしている紅白の巫女もいなかった。
二人してどこへ行ってしまったのだろうか。咲夜は幻想郷中を飛び回り、彼女の主の姿を探して回った。しかし、いくら探せどレミリアの姿はどこにもなかった。
咲夜が焦りと不安に駆られて無性に暴れたくなっていた時だった。事あるごとに紅間館のゴシップ紙を書いて回る鴉天狗の文を発見した。
彼女は愛用のカメラを片手に今日もスクープを探していたのだろう。のんびりとした様子で自分の命が危険に晒される事態がすぐ目の前にあるなどとは露にも思っていなかったに違いない。そんな彼女に咲夜は瞬時に近づき、問答無用で文を締め上げてレミリアの情報を聞き出した。その行為には、今の彼女の気持ちの表れと、日頃の恨みが入り混じってい事は想像に難くない。
文からレミリアが霊夢を伴って間欠泉の地下へと潜った事を聞いた咲夜は、急ぎ紅魔館へ引き返し、美鈴を引き連れてきた。間欠泉の地下は何故かは知らないが、妖怪と一組で行動しなければならないからだ。
だが、行けども行けどもレミリアの姿はどこにも見当たらなかった。出くわすのは怪しげな霊や妖怪ばかりで、いくら蹴散らしてもきりが無い。本当に追いつけるのかという不安にも駆られた。
「咲夜さん、右!!」
美鈴の声に注意がそれていた咲夜は我に返り、辛うじて右から現れた妖怪の攻撃をかわす。そして、かわした姿勢から身を捻り、妖怪に向けてナイフを投げつけた。
「ふう、ありがとう美鈴。助かったわ」
やっとの事で追いついてきた美鈴に短く感謝の言葉を告げ、直ぐに前進を再開しようとした。
「ま、待ってください咲夜さん。少し落ち着きましょうよ」
「待てないわ。こうしている間にもお嬢様は下へ下へと向かわれている。一刻も早く駆けつけなければならない状況だという事は貴方も分かってるでしょう。それに、私はいたって冷静よ」
「いいえ、咲夜さんは冷静じゃないですよ。私の知っている咲夜さんは、さっきみたいな失敗を犯すような人じゃないですから」
「ああもう、ごちゃごちゃ言わずに、美鈴は黙ってついてくればいいのよ!」
思わず怒鳴り返してしまった後に、流石にしまったと思ったのか咲夜は唇を噛み、顔を逸らした。だが、言われた当本人は別に気にした様子ではなった。
「ほら、冷静じゃないですよ。普段の咲夜さんなら、こんなふうに怒鳴る事なんてないですから」
「…そ、そうね。やっぱり私は冷静じゃなかったみたいね。ごめんなさい、美鈴」
バツが悪そうな顔をして咲夜は謝った。確かに自分は冷静さを失っていて、それを親切に教えてくれていたのだ。それを無下にし、しかも美鈴に八つ当たりするのはスジ違いも甚だしいからだ。
「まあ、咲夜さんが焦る気持ちは分かりますけどね。お嬢様の身に万が一の事があったら大変ですから」
「そうよ。だから私達は一分一秒でも早くお嬢様の元へと行かなければならない。それが、私達従者の務めだから」
「だからと言って、無茶をして途中で脱落したら意味が無いじゃないですか。ここは確実にお嬢様の元へ辿り着ける事が大事じゃないでしょうか。もちろん、早く辿り着ける事に越した事は無いですが、お嬢様には霊夢さんがついていますので、よほどの事が無い限り大丈夫だと思いますよ」
顔を逸らしていた咲夜は美鈴の方へと顔を向け、自嘲じみた溜息をつく。そして、大きく息を吸い、気合を入れなおした。
「そうね、美鈴の言う通りよ。ここで倒れる様では話にならないわね。ありがとう、美鈴」
「いいって事ですよ。それじゃあ、改めて出発と行きましょうか」
「ええ、行きましょう。慎重に、それでいて可能な限り早く」
こうして彼女達は再び歩き出した。彼女達の主が待つ下層へと向けて。
そこそこ深い階層のどこかで
妖夢は不安と恐れで一杯の表情で薄暗い通路を歩いていた。
妖夢にとって、このダンジョンに現れる妖怪はほとんど敵ではなかった。所々に仕掛けられている罠についても、日頃の鍛錬(幽々子の悪戯とも言う)のたまものか、そのほとんどは瞬時に見破っていた。
しかし、ダンジョン攻略は思うようにはかどっていなかった。それはいたるところに彼女の最大の障害が立ちはだかっているからだ。
妖夢が最も苦手とし、ダンジョンに蔓延っているもの。それは無数に沸いて出た霊である。半霊である妖夢が霊を苦手としているのはなんとも滑稽な話ではあるが、彼女にしてみれば死活問題でもあった。
「ほら、さっさと進みなさいよ。後がつかえてるでしょう」
「そ、そんな事を言われましても…。向こうの方から何か怪しげな呻き声が聞こえてきますし…。」
妖夢の声は今にも消え入りそうなほど小さかった。そして表情はもはや半ベソ状態である。彼女にしてみれば、今すぐにでも帰りたい心境なのだろう。
「まったく、どうして私が幽々子に黙って貴方を連れてきたと思っているの?腰に下げている楼観剣は何の為にあるの?半分幽霊の貴方が、霊を怖がってどうするのよ」
「ううう、そんな事、そんな事言われても…。」
「じゃあ、ポジションをチェンジしましょうか。私がフロントで妖夢がバック。これなら前から幽霊が現れるかもしれないなんて怯えなくてもすむわよ。まあ、突然後ろから肩を叩かれる、なんて事はあるかもしれないけど」
「そ、それはもっと嫌です!」
「なら早く進みなさい」
無茶苦茶だと心の中で嘆きながら、妖夢は自分をこんな目に合わせている元凶、八雲 紫の言葉に促されるまま、先へと進んだ。
そもそもの事の発端は、うかつにも紫の前でこのダンジョンの事を喋ってしまった事にあった。
それは昼ごろの事だった。昼食ごろを狙いすましたかのように紫が白玉楼に遊びに来た。しかし、運が悪い事に、妖夢の主、西行寺 幽々子はちょうど留守にしていたのだ。どこへ行くかは妖夢は聞かされていなかったが、幽々子が少し前に魔法の森に大変珍しい珍味があるという情報を文から入手した事が関係しているのかもしれない。
何はともあれ、紫は仕方がないので幽々子が戻ってくるまで待つ事にした。しかし、昼食を食べ、食後のお茶を堪能し尽しても幽々子は帰ってこなかった。
幽々子の帰宅の遅さに少し焦れた紫は、妖夢に何か面白い話をする様に言った。そこで妖夢は少し前から噂になっていた間欠泉のダンジョンの事をうっかり紫に喋ってしまったのだ。
紫としては温泉が沸き出した事も、ダンジョンがある事も初耳だった。それもそのはず、ここしばらくは自宅で食っちゃ寝の引き篭もり生活を堪能していたからだ。
こんな面白そうな話を逃す手はない。暇を持て余していた紫は、すぐさま嫌がる妖夢を連れてこのダンジョンへと向かったのだった。
長い長い通路を抜け、それなりに広い部屋へと出た。部屋の中に入り、周囲を警戒し、部屋には何もいない事を確認して、妖夢はホッと息をついた。
「それにしても、どこもかしも薄暗くてじめじめして、嫌な感じな場所ね。これなら霊が居つきたがるのも仕方がないわね」
「私としては、いい刻も早くこんな地の底から出たいんですけどね」
「まあまあ、もっとこのダンジョンを堪能しましょうよ。こんな怪しいダンジョンは楽しまなくちゃ損よ」
妖夢を諌めながら、紫は部屋の片隅に置いてある謎の道具に気がついた。このダンジョンでは、誰が何の目的で置いたか知らないが、道具や薬、お金が落ちている事がある。しかも、たまに食料まで置いてあるから驚きである。
今度はどんな道具だろうか。先ほど拾った道具は何も書かれていない巻物で騙された気分になったが、今度こそは何か価値のある物だったらいいな。そう思って紫は道具を拾う為に妖夢に黙って離れた。
もう少しで道具に手が届く。そう紫が思った時だった。足元でカチッと音がした。
「紫様、危ない!!」
「えっ?」
妖夢は見た。紫が罠のスイッチを踏んでしまったのを。そして、丸太が凄い勢いで紫に向かっているのを。
紫も見た。自分が踏んでしまった変なスイッチを。そして、目の前に凄い勢いで丸太が迫っているのを。来るべき衝撃に備えて目を瞑るのが、刹那な時にできた紫の全てだった。
そして、紫はいつまでたっても強力な衝撃が来ない事に気がついた。
「ご無事ですか、紫様?」
目の前に妖夢がいた。息を切らし、抜刀した体制で顔だけを紫に向けていた。
「…妖夢?」
「どうやらそのご様子だと、お怪我は無いようですね」
2、3瞬きをして、妖夢が丸太を瞬時に切り払ってくれたお陰で、丸太が自分を襲う事が無かった事に紫はようやく気がついた。
「そう、貴方に助けられたのね。ありがとう、妖夢」
「気をつけてください。このダンジョンはいたるところに罠が仕掛けられています。今回はこんな程度の罠で済みましたが、もっと致命的な罠があるかもしれません」
「貴方だったら、大丈夫なの?」
「私は幽々子様のお戯れで、多少の事は慣れていますし、この程度の罠なら見破る事も造作はありません。現に、このダンジョンに入って罠に掛かっていません」
紫に対して少し怒ったような表情で言い募る妖夢だが、それは紫の事を思っての事だった。それが紫には分かっていたので、幽々子がする様に思わず妖夢の頭を撫でてしまった。
「わ、紫様?」
「ふふふ、それは頼もしい事ね。でも、幽霊に対してももう少し慣れてもらわないとね。貴方、毎日白玉楼で見ているんでしょ?」
「うう、そういうのは場の雰囲気というものがあるんです…」
「じゃあ、貴方の言うの言う場の雰囲気ってのにも早く慣れてもらおうかしら」
そう言うと紫は妖夢の後ろに向けて指を向けた。
「ほら、貴方の後ろにちょうどいい練習相手がいるわ」
「い、いやぁぁぁぁぁっ!!」
少し意地悪そうな表情をした紫をその場に残し、妖夢は一心不乱にこの場から駆け去った。
少し深い階層のどこかで
「あ、あの、どこまで行けばいいんですか?」
不安そうな面持ちで、守屋神社の巫女、もとい風祝の東風谷 早苗は、前を行く鎌を持った女性に声をかけた。名前は少し前に教えてもらってはいるが、早苗としてはほとんど赤の他人の名前を気軽に呼ぶ気にはなれなかった。
「うん?そりゃ、ちょいと最下層までさ」
声をかけられた女性、小野塚 小町は、ちょっと散歩に言ってくるといった感じでそう答えた。
「さ、最下層って、どのぐらいあるんですか?このダンジョンに潜りはじめてから随分経ちますけど」
「そいつはあたいも知らないよ。何せ、まだ誰も制覇した事無いんだからな。でも、そっちのほうがワクワクするだろ?」
小町は笑顔で答えるが、早苗としてはたまったものではなった。いきなり声をかけられて、あれこれ聞かれたかと思ったら、いきなりこんな地の中に連れてこられたのだ。強制された訳ではないが、あの場のノリは早苗にとって半強制的なものだった。
「こんなジメジメして薄暗いところなんて、誰もワクワクなんてしません!それに、何で私が貴方と一緒に地の最果てまで行かなくちゃ行けないんですか!?」
「そりゃ、お前さんが暇そうにしていたからに決まっているじゃないか」
「そ、それは、確かに暇そうにしていましたけど、暇な人間を見かけたらホイホイ声をかけて連れ出すんですか?」
「訂正。お前さんが暇そうに、そして暗そうにぼんやりと空を眺めていたからさ。何があったかは知らないが、あんな不景気な表情をしていたら、体に毒だ。だから、こいつは気分の転換が必要だなと思って、噂のダンジョンにお前さんを招待したって訳さ。まあ、私の好奇心にお前さんを利用したっていうのは否定しないがね」
幻想郷に外から変な神様がやって来たという噂を、小町は少し前から聞いていた。同じ神として少し興味があったが、いかんせん彼女の上司、四季映姫・ヤマザナドゥの監視の目が厳しく、なかなか仕事を抜け出して会いに行く事ができなかった。
だが、今日転機が訪れた。彼女の上司が、大閻魔様に呼び出され、幻想郷を少し離れる事になったのだ。この機を逃す手は無い。そう思い立った小町は、映姫が外出した直後に妖怪の山へと向かった。
しかし、残念な事に妖怪の山の頂上にある守屋神社には、噂の神はいなかった。留守番していた早苗に話を聞いてみたところ、どうやらその二人の神は天狗達の宴会呼ばれて、外出中との事だった。
自分もその宴会に混ぜてもらおうか。小町の頭が宴会モードに切り替わりかけていた時、神社の境内でぼんやりと空を眺めている早苗の姿を発見した。
二人の神の事を聞いた時もそうだったが、早苗の表情はとても暗かった。小町としては早苗に何があったかは知らないし、立ち入るべきではないと思ったが、それでも何となく放ってはおけなかった。
理由は小町にも分からない。しかし、人助けに理由などいらないと思い直し、気分転換をさせてやろうと早苗を連れ出したのだった。
「ほらほら、ここの床はぬかるんでいるから、注意するんだよ。なんだったら、私がお前さんをおぶってやってもいいよ?」
「…私に構わないでください」
「おやおや、愛想の無い事で」
「馬鹿にしないでください。私だって、自分の事ぐらい自分でできるだけの力はあります」
ムッとした表情で小町の手を払い退け、早苗は歩き出した。しかし、直ぐに泥濘に足元を取られ、ものの見事転倒してしまった。
「ほら言わんこっちゃない。ほら、捕まって」
「…いいです。自分で立てます」
何かは分からないが、早苗の地雷を踏んでしまったのかもしれないと小町は直感した。さっきまでのおどおどした様子とはまるで早苗の様子が違ったからだ。
「…少し休もうか」
「お気遣いなく」
「あたいが疲れたんだよ。朝から動き回っていたからね」
そう言い、周りの安全を確認してから小町はその場に腰を下ろした。もちろん、泥濘からは抜け出している事は言うまでも無い。
しばらく二人の間で無言が続いた。無理やり連れ出した手前、もともと会話はほとんど無かったが、ここまで沈黙が続くと流石に小町は息苦しさを覚えた。
「…何も、聞かないんですね」
「うん?何を?」
「私が拗ねてる事をです」
「別に、あたいはお前さんが聞かれたくないと思っている事を聞くつもりはないよ。誰だって聞かれたくない事の一つや二つ、あるものさ」
小町は自分の職柄、そういう事は痛いほど知っている。何かのきっかけで心に屈託を抱え、それが後の人生にまで影響を及ぼす事もある。そうして人生を踏み外し、人生の幕を閉じるやからも、少なくないのだ。
「でもね、これだけは言っておくよ。あたいはお前さんが何を抱えているかを、あたいから聞く気はない。でも、お前さんが話したいって言うなら、聞いてあげるよ」
また、二人の間で沈黙が支配した。しかし、小町は気にしなかった。伝える事は伝えたのだ。あとは早苗しだいという事になる。だが、なる様になるし、なる様にしかならないと思ってのんびりと早苗の次の言葉を待った。
「…私は、幻想郷に来る前は、風祝として自信を持っていました」
早苗が、ポツポツと喋り出した。自分の生い立ち。幻想郷の外の世界のこと。外の世界では風祝が特別な存在であったこと。幻想郷に来てから色んな人妖相手にボロ負けしていること。最近では自信喪失に陥っていること。そして、それが辛くて仕方がないこと。
話し終えたとき、早苗は泣いていた。
「そうかい、それは大変だったね。でも、よく話してくれた」
小町はそっと優しく早苗の頭を撫でてやった。早苗も小町の手を拒まなかった。そして、そのまましばらく時間だけが過ぎていった。
要するに、早苗は若い頃に体験する挫折に苦難しているのだ。しかも、それは環境の変化による大きな挫折であり、早苗はそれを認めたくないと思っているので、変に意地をはるときがあったのだ。
青春だねぇ。早苗の頭を撫でながら、小町はふと早苗を羨ましいと感じた。こんなふうに自分が挫折に苦難していたのはいつの頃だっただろうか。
「ごめんなさい、小町さん。ご迷惑をおかけしました。でも、小町さんに打ち明けられて、少し気分が楽になりました」
「そいつはどうも。話を聞くだけなら、お安い御用さ。それにしても、やっとあたいの名前を呼んでくれたね」
「あ、御免なさい。馴れ馴れしすぎましたか」
しばらく泣き続けた早苗が、涙を拭き、小町に笑顔を向けた。早苗が元気になった事、そして自分の名前を呼んでくれた事に小町は喜び、早苗に笑顔を返した。
「そこがお前さんの悪いところさ。そんな事で一々気を揉む必要は無いよ。むしろ、あたいは名前を呼んでくれた事の方が嬉しいね」
「すいません…」
「だから、一々気にしすぎなんだって。だから少し負けが込んだくらいでクヨクヨしちゃうんだよ。あたいみたいに、もっと前向きになりな。今は負けたって、最後に一発大逆転すればチャラどころかおつりが来るってもんなんだからさ、勝負の世界ってのは」
そう言って小町は早苗の背中を思いっきり叩いた。
「ほら、しゃきっとしないか。そんな縮こまった姿勢じゃ、何時まで経っても強くはなれないよ。胸を張って、顔を上げて、気持ちだけでもしっかりしないと勝てるものも勝てないよ」
「は、はい」
「あと、そうだね。その服をどうにかした方がいいね」
「私の、服装ですか?」
「そう、その巫女服。巫女のお前さんに言うのもなんだが、その格好は止めたほうがいいよ。どこかの金欠巫女の不景気さがお前さんの表情に移る前に、もうちょっと別の巫女服にしたほうがいいと思うね」
「わ、私は巫女じゃありません。風祝です!」
早苗が全力で抗議してきた。そして、怒ったように一人で先に進んでしまった。
「やれやれ、どうやらまた別の地雷を踏んじまったのかねぇ」
小町が溜息を付いた時だった。近くで爆発音が聞こえてきた。どうやら、先に進んでいた早苗が地雷を踏んでしまった様だ。
「まったく、よくよく地雷と縁がある事だねぇ」
再度溜息をつき、小町は早苗の助けに走り出した。
割と浅い階層のどこかで
「よし、この階段さえ下りればこの階ともお去らばだぜ」
「今のところ順調ですね。この調子なら、誰よりも早く最下層を目指せそうです」
「当たり前だ。幻想郷で一番早い私達が組んだんだ。効率よくダンジョンを回って、一番乗りを果たさなくちゃな」
しかし、文は知っていた。この白黒の魔法使い、霧雨 魔理沙は珍しいものに目が無い事を。今のところそこまで珍しいものは出現していないが、下層に下りるにしたがってレアな物が出始める。そうなった時、魔理沙が欲に打ち勝つ事ができるか、心配であった。
階段を降り、次の階の探索が始まった。並み居る妖怪や霊は火力にものを言わせて蹴散らし、彼女達は最速で突き進んでいった。
最速を謳い文句としている手前、相容れれぬ筈の彼女達が以下にして手を組んだのか。それはこのダンジョンの最奥に隠されているとされる秘密が二人の利害と一致したからだ。それがとても珍しい秘法だと聞いた魔理沙は何が何でも自分の物にしたいと企んでいたし、最奥に眠る何かの情報を真っ先に新聞に載せたい文にとって最下層に行く事自体が目的だった。
そんな訳で、利害が一致し、かつ目的が互いを目的を妨害しない為、彼女達は手を組み、大急ぎでダンジョンの攻略に乗り出したのだ。
もっとも、当初魔理沙はやる気が無かったのだが、文に言葉巧みに言い包められたのだろう。今ではすっかりやる気になっている。
「あれ、私達の回想はこれだけ?」
「回想の早さも幻想郷一と言う訳ですか…」
何か釈然としない顔で二人は通路を奥へ奥へと向かった。そして、幾つかの曲がり角を曲がった先に、見慣れた人物が立っていた。
「やあ、いらっしゃい。好きなだけ見ていってくれ」
「な、何で香霖がここにいるんだ!?」
「おお、これは何かスクープの予感ですね。さっそくメモをっと。メモメモ(見出し:香霖堂、ついに閉店か!)」
魔理沙がびっくりするのも無理はない。普段は自分の店を滅多に出る事がない香霖堂の店主、森近 香之助が店を開いていたからだ。
「なに、ちょっとした小遣い稼ぎにと思ってな。このダンジョンは至るところに変てこな道具が落ちているから、それを拾って売り物にしたら少しは儲かるかなと思ったんだ。もとではタダだしね」
「メモメモ(経営不振がつづき、ついに廃業。しかし、借金を返済する為に店主は一人地中でアルバイトに勤しむ)」
確かに店内(部屋の中)には色んな道具が置いてあった。しかも、道具の全てに名前が書いてあった。
「このダンジョンは不思議な事に、名前が分からない物が沢山置いてある。そこで、僕の能力の出番という訳だ。こうして探検者の為にもなるし、僕もお金が手に入る。一石二鳥だと思わないかい?」
「いや、だから私が聞きたいのは、どうして香霖がこのダンジョンにいるかって事だ。店はどうしたんだ?」
「メモメモ(店が潰れて初めて天職を見つける哀れな店主。やはり日陰族には地中が似合うのか?)」
魔理沙は先ほどから黙ってメモを取り続けている文が気になって仕方がなかった。彼女の経験上、こういう時は決まってろくな事を書いていないと分かっているからだ。
「店を開こうにも、天井に大きな穴が開いているんじゃ、商売どころじゃないよ。雨は入ってくる、外の湿った空気は入ってくる、虫は入りたい放題。そして、何よりも倒壊の危険がある。だから、店を開く前に修繕費を稼がなくちゃいけないんだ」
「へえ、それは大変だな」
「魔理沙に他人事の様に言われたくないな。君が他の客と店の中で暴れた時にできた穴なんだからね?」
「あ、あれは、不可抗力って言うもんだぜ」
「…まあ、そう言うと思ったから、魔理沙に修繕費を求める事はしないんだけどね」
「メモメモ(原因はまたしても霧雨魔理沙。何人の人生を狂わせれば一体気がすむのだろうか)」
「っておい、お前一体何書いているんだ!」
横から文のメモを盗み見した魔理沙が、思わず声を上げた。いくらなんでも誇張しすぎる内容だったからだ。
「何って、真実に決まっているじゃないですか」
「だったら、何で逃げるんだ。待ちやがれ!」
素早く逃げる文に対して、魔理沙は足元に転がっている道具を掴み投げつけた。
「あ、こら、売り物を投げるんじゃない。止めるんだ、魔理沙!」
ちょこまかと逃げ回る文に向かって、魔理沙は手当たりしだい物を投げつけた。香霖が必死に制止の声を上げるが、魔理沙の耳には入らなかった。
そして、魔理沙が壷を文に投げつけた時だった。文が華麗に避け、以前飛び続ける壷の行く先には香霖がいた。次の瞬間、壷は香霖の頭に命中した。
「…そうか、よく分かったよ」
「あ、あの、香霖さん?一体何が分かったんですか?」
香霖のすぐ近くにいた文が香霖に肩をつかまれ、身動きが取れなくなった。そして、文は恐怖と共に悟った。この場にいるのは、香霖ではなく、鬼である事を。
「通信教育とやらで鍛えた僕の頭突きをくらいたいって事をだよ。さあ、覚悟はいいね?」
「い、嫌、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
ゴスという鈍い響きが部屋中に響き渡り、それっきり文は動かなくなった。それを見た魔理沙は、自分がとんでもない事を犯してしまった事にようやく気がついた。
「さあ、今度は魔理沙の番だ。覚悟はいいね?」
「ま、待て、香霖。話し合おう。人間、平和的解決手段を諦めるべきじゃないと私は思うぜ。な、な、だから、その、なんだ、見逃してくれると、私は嬉しいぜ?ほ、ほら、幻想郷最速コンビが、最速でリタイアなんて、笑い話にしかならな…」
ダンジョンを攻略していた者達は言う。この日、どこかで何か鈍い音が聞こえた気がする、と。
けっこう深い階層のどこかで
紅間館の主、レミリア・スカーレットにとって、この薄暗いダンジョンは快適とまではいかないが、それなりに居心地がいいものだった。このダンジョンの中には日光も入ってこなければ、雨に降られる心配も無いからだ。
その為、自然と歩調が軽いものになった。出くわす妖怪や霊達も、軽快になぎ倒していく。今や彼女の行く手を阻む者はいなかった。
「ねえ、霊夢。ひょっとしたら私達が最下層へ一番乗りになるかもしれないわね」
上機嫌でレミリアが一緒に来た博麗の巫女、博麗 霊夢の方に振り向く。しかし、当の霊夢はそんな事一切気にせず、持ってきた袋の中を懸命にいじっていた。
「…霊夢?何をしているの?」
「何って、袋の整理に決まってるじゃない」
レミリアに言葉を返す間も、霊夢は何やら袋の中に手を突っ込んで、ゴソゴソと何かを整理していた。その表情は、かつて見た事が無いほど真剣な表情である事に、レミリアは軽く驚いた。
「整理って、何の?」
「道中で拾ったおにぎりよ。せっかくタダで食料が拾えるのよ。隙間なく詰め込めんで、可能な限り持って帰らなくちゃもったいないじゃない」
真剣な表情そのものの霊夢に対し、レミリアは呆れ返った。せっかく二人でダンジョンに来たのに、これでは色々と台無しである。最も、霊夢にとっては死活問題ではあるが。
「あのね、貴方は食べも物に困ることは無いけど、私にとっては重要な事なの。ここで袋一杯のおにぎりを持って返れば、あと数週間は飢えずにすむのよ。」
霊夢の眼差しはどこまでも真剣だった。彼女の辞書に、賞味期限などという文字は無かった。どんなに痛んでいようとも、腐っていなければ食べる。その危険なスタンスで考えれば、彼女は有限実行するだろう。
尚、腐った物については、霊夢の鉄の胃袋を持ってしても後でお腹を壊すので、流石に無理があるらしい。
レミリアは軽く溜息をついた。確かに、やる気の無い霊夢を連れ出す為に、食料が手に入ると霊夢に伝えたのは紛れも無いレミリア本人だった。しかし、こうも食料に執着するとは予想もしていなかった。
薄暗い通路を抜けたときだった。袋内の整理の腐心していた霊夢が、突然部屋の中央に向けて走り出した。何事かと思い、霊夢の向かう先を注視したレミリアは、霊夢の行く先におにぎりが置いてあるのに気がついた。
「大きなおにぎり!!」
霊夢はおにぎりに向けて一直線に駆け抜けた。途中、妖怪や霊が彼女の行く手を阻もうとしたが、レミリアの目にも止まらぬ速さで蹴散らされた。その速さは、秒殺という言葉が生ぬるいと感じるほだった。
霊夢の行く手を阻むものは何人たりとも存在し得なかった。例えそれがレミリアや紫だとしても、今のおにぎりを目の前にした霊夢に勝てる者はいない。故に、霊夢とおにぎりとの間に何の障害もありえなかった。
もう少しでおにぎりに霊夢の手が届く。そんな時だった。突如霊夢を中心に爆発が起きた。あまりに突然の事で呆然としていたレミリアだったが、ハッと我に返り、爆心地にうずくまる霊夢の方へと駆け寄った。
「大丈夫、霊夢?」
駆け寄り、声をかけても霊夢に反応は無かった。あの爆発でどこか致命傷を負ったのか。レミリアは悪い想像を振り払うように首を振り、霊夢の肩を掴み、もう一度名前を呼んだ。
「霊夢、しっかりして。血は出ていない様だけど、どこか怪我でもしているの?」
「……りが」
霊夢が何かを呟いた。しかし、余りに小さい声だったので、レミリアは聞き取れなかった。
「何?もう一度言って」
「…おにぎりが、消えちゃった」
「…は?」
「だから、おにぎりが消えちゃったのよ。爆発に巻き込まれて。私、見たのよ。お米が燃えて炭に変わっていく一部始終を」
呆れてものも言えないレミリアだったが、霊夢にとって笑い事ではなかった。食べ物が目の前で無残にも燃えていく。しかも、もう少しで手が届くところにあった食べ物が、だ。恐らく、霊夢の心に傷を残す事になる事件となるに違いない。
「あのね、霊夢。おにぎりなんて他でも拾えるじゃない。元気を出して、次へ行きましょう」
「何も分かっていないわね、レミリア。食べれるはずの御飯が、食べられなくなっちゃったのよ。こんんなに悲しい事なんて無いわ」
その後も霊夢は呆れるレミリアを他所にしばらく悲しんだ後、今度は悔しがり始めた。それも地団駄を踏むほど、盛大に悔しがっていた。
「それにしても、食べ物の近くに地雷を埋めるなんて信じられないわ。食べ物を粗末にするなって、教わっていないのかしら。地雷を埋めた奴を見つけたら、みっちり食べ物の尊さを叩き込んでやる」
何度も何度も霊夢が足を地に蹴りつけた時だった。カチっと音がしたと思ったら、次の瞬間、盛大にぬるま湯が噴出し、霊夢を襲った。
「れ、霊夢?」
「…ねえ、レミリア。この罠を埋めた奴って、誰?」
見ると、霊夢が大切に持っていた食料袋にぬるま湯が完全にかかっていた。そして、中のおにぎりはどういう原理か、いつの間にか腐り始めていた。
「さ、さあ。ひょっとしたら、最下層にいると言われている凶悪な妖怪かもしれないわね。このダンジョンの主みたいだし」
レミリアは本能で危険を感じていた。目の前の霊夢は非常に危険だ。できれば全力で関わるな、と。それほどの殺気を彼女は感じ取っていた。
「そう。ならそいつに会いに行かなくちゃいけないわね。ふ、ふふ、ふふふ」
レミリアは悟った。食べ物を全て駄目にされた霊夢は、阿修羅をも超える存在になってしまった事を。今のレミリアにできる事は、ただ事の成り行きを見守るだけだった。
この、間欠泉が沸いてからの一連の騒動も、もう直ぐ終わるとレミリアは思った。怒らせてはいけない人間を、最悪の形で怒らせた事によって。
おまけ
薄暗い通路を、二人の探求者が歩いていた。
一人は幽々子。もう一人は先代の白玉楼の庭師、魂魄 妖忌だった。
一度は幽居を決意した妖忌が何故幽々子と一緒にダンジョンを歩いているかと言えば、それは幽々子が多少強引に連れて来たからである。
では、何故幽々子は強引に妖忌を連れて来たかといえば、それは妖夢が紫に連行されてこのダンジョンにいる事が分かったからだ。
表向きには、三時のおやつを用意しない事に文句を言う為に妖夢を連れ戻すと言っているが、内心では妖夢が心配だった。紫が一緒ならそう問題は起きないだろうと思うが、紫もあの性格である。油断していると、どこかで大きな事故に繋がりかねなかった。
それが分かっていたから、妖忌も黙って幽々子に従った。間欠泉の近くで困りきった顔の幽々子を発見した時、こうなる運命になるのを悟ったようだ。
二人が通路を抜け、開けた部屋にでた時だった。二人の足が止まった。
そこには広い部屋と、所狭しと置かれた道具や食料。そして、行く手を阻む大量の妖怪や霊達が待ち構えていた。
「幽々子はここを動くな。わしが前に出る」
「妖忌…?」
「何、案ずる事は無い。こんな有象無象どもなど、蹴散らしてくれるわ」
「一人じゃ危険よ。私も一緒に」
「助太刀無用だ。いくら老いたとは言え、わしの実力は幽々子も知っているだろ?」
「でも…」
「…なら、わしの背中を守ってくれ。幽々子なら、わしの背中を託せれる」
妖忌は腰に挿していた刀を抜き、幽々子の前に出た。
「わしらの行く手を阻むものは、全て切り潰すのみ。さあ、行くぞ!」
薄闇の中で、白銀の光が舞踊った。
ある日、幻想郷に温泉が出た。
幻想郷の住人達は、それはもう大層喜んだものだった。これで幻想郷でも温泉に入る事ができる。やっと温泉の元から開放される、と。
しかし、出たのは温泉でだけではなかった。間欠泉からは変な霊も一緒に湧いて出てきてしまったのだ。これでは、とてもじゃないが温泉気分にはなれなかった。
誰かが地に潜ってどうにかしなければ。しかし、誰が。
そこで皆が注目したのは、いつも頼まれもしないのに異変解決を自称して暴れまわる霊夢や魔理沙だった。彼女達ならきっといつもの様に勝手に何とかしてくれるかもしれない。むしろ、偶には皆の役立つ事をしてくれ、と。
しかし、彼女達は動こうとしなかった。幽霊を見ながらの温泉も一興と、彼女達は別に困ってはいなかったのだ。皆が気味悪がる中で、なんともネジが数個取れたような話だった。
もう彼女達を当てにする事はできない。むしろ、初めから当てにする方が間違いだった。気まぐれにしか動かない彼女達を待つよりも、自分達でどうにかしてしまったほうが早い。
こうして、幻想郷の少女達の戦いは始まった。人間と妖怪が二人一組となり間欠泉の地中深く、果てが無いかと思われるほど深い地下道、ダンジョンに挑戦していく。
そう、幻想郷という不思議な場所に沸いて出た、不思議なダンジョンに。
それなりに深い階層のどこかで
「美鈴、ぐずぐずしないで」
「待ってくださいよ、咲夜さん!」
完全で瀟洒な紅魔館のメイド長、十六夜 咲夜は珍しく急いでいた。共にダンジョンを進む紅間館の門番、紅 美鈴が遅れてついて来るにも関わらず、先へ先へと進んでいた。
焦りの表情を見せるほど咲夜が先を急ぐには理由があった。それはもちろん、彼女が仕える紅魔館の主、レミリア・スカーレットが原因である。
それは今日の朝の事だった。博麗神社に遊びに行くと書いてある置手紙を残して、突然一人で外出してしまっていた。その手紙を見た咲夜は、当然大急ぎで博麗神社へと向かった。
しかし、博麗神社に着いても彼女の主の姿は無かった。それどころか、いつも縁側で人生をサボタージュしている紅白の巫女もいなかった。
二人してどこへ行ってしまったのだろうか。咲夜は幻想郷中を飛び回り、彼女の主の姿を探して回った。しかし、いくら探せどレミリアの姿はどこにもなかった。
咲夜が焦りと不安に駆られて無性に暴れたくなっていた時だった。事あるごとに紅間館のゴシップ紙を書いて回る鴉天狗の文を発見した。
彼女は愛用のカメラを片手に今日もスクープを探していたのだろう。のんびりとした様子で自分の命が危険に晒される事態がすぐ目の前にあるなどとは露にも思っていなかったに違いない。そんな彼女に咲夜は瞬時に近づき、問答無用で文を締め上げてレミリアの情報を聞き出した。その行為には、今の彼女の気持ちの表れと、日頃の恨みが入り混じってい事は想像に難くない。
文からレミリアが霊夢を伴って間欠泉の地下へと潜った事を聞いた咲夜は、急ぎ紅魔館へ引き返し、美鈴を引き連れてきた。間欠泉の地下は何故かは知らないが、妖怪と一組で行動しなければならないからだ。
だが、行けども行けどもレミリアの姿はどこにも見当たらなかった。出くわすのは怪しげな霊や妖怪ばかりで、いくら蹴散らしてもきりが無い。本当に追いつけるのかという不安にも駆られた。
「咲夜さん、右!!」
美鈴の声に注意がそれていた咲夜は我に返り、辛うじて右から現れた妖怪の攻撃をかわす。そして、かわした姿勢から身を捻り、妖怪に向けてナイフを投げつけた。
「ふう、ありがとう美鈴。助かったわ」
やっとの事で追いついてきた美鈴に短く感謝の言葉を告げ、直ぐに前進を再開しようとした。
「ま、待ってください咲夜さん。少し落ち着きましょうよ」
「待てないわ。こうしている間にもお嬢様は下へ下へと向かわれている。一刻も早く駆けつけなければならない状況だという事は貴方も分かってるでしょう。それに、私はいたって冷静よ」
「いいえ、咲夜さんは冷静じゃないですよ。私の知っている咲夜さんは、さっきみたいな失敗を犯すような人じゃないですから」
「ああもう、ごちゃごちゃ言わずに、美鈴は黙ってついてくればいいのよ!」
思わず怒鳴り返してしまった後に、流石にしまったと思ったのか咲夜は唇を噛み、顔を逸らした。だが、言われた当本人は別に気にした様子ではなった。
「ほら、冷静じゃないですよ。普段の咲夜さんなら、こんなふうに怒鳴る事なんてないですから」
「…そ、そうね。やっぱり私は冷静じゃなかったみたいね。ごめんなさい、美鈴」
バツが悪そうな顔をして咲夜は謝った。確かに自分は冷静さを失っていて、それを親切に教えてくれていたのだ。それを無下にし、しかも美鈴に八つ当たりするのはスジ違いも甚だしいからだ。
「まあ、咲夜さんが焦る気持ちは分かりますけどね。お嬢様の身に万が一の事があったら大変ですから」
「そうよ。だから私達は一分一秒でも早くお嬢様の元へと行かなければならない。それが、私達従者の務めだから」
「だからと言って、無茶をして途中で脱落したら意味が無いじゃないですか。ここは確実にお嬢様の元へ辿り着ける事が大事じゃないでしょうか。もちろん、早く辿り着ける事に越した事は無いですが、お嬢様には霊夢さんがついていますので、よほどの事が無い限り大丈夫だと思いますよ」
顔を逸らしていた咲夜は美鈴の方へと顔を向け、自嘲じみた溜息をつく。そして、大きく息を吸い、気合を入れなおした。
「そうね、美鈴の言う通りよ。ここで倒れる様では話にならないわね。ありがとう、美鈴」
「いいって事ですよ。それじゃあ、改めて出発と行きましょうか」
「ええ、行きましょう。慎重に、それでいて可能な限り早く」
こうして彼女達は再び歩き出した。彼女達の主が待つ下層へと向けて。
そこそこ深い階層のどこかで
妖夢は不安と恐れで一杯の表情で薄暗い通路を歩いていた。
妖夢にとって、このダンジョンに現れる妖怪はほとんど敵ではなかった。所々に仕掛けられている罠についても、日頃の鍛錬(幽々子の悪戯とも言う)のたまものか、そのほとんどは瞬時に見破っていた。
しかし、ダンジョン攻略は思うようにはかどっていなかった。それはいたるところに彼女の最大の障害が立ちはだかっているからだ。
妖夢が最も苦手とし、ダンジョンに蔓延っているもの。それは無数に沸いて出た霊である。半霊である妖夢が霊を苦手としているのはなんとも滑稽な話ではあるが、彼女にしてみれば死活問題でもあった。
「ほら、さっさと進みなさいよ。後がつかえてるでしょう」
「そ、そんな事を言われましても…。向こうの方から何か怪しげな呻き声が聞こえてきますし…。」
妖夢の声は今にも消え入りそうなほど小さかった。そして表情はもはや半ベソ状態である。彼女にしてみれば、今すぐにでも帰りたい心境なのだろう。
「まったく、どうして私が幽々子に黙って貴方を連れてきたと思っているの?腰に下げている楼観剣は何の為にあるの?半分幽霊の貴方が、霊を怖がってどうするのよ」
「ううう、そんな事、そんな事言われても…。」
「じゃあ、ポジションをチェンジしましょうか。私がフロントで妖夢がバック。これなら前から幽霊が現れるかもしれないなんて怯えなくてもすむわよ。まあ、突然後ろから肩を叩かれる、なんて事はあるかもしれないけど」
「そ、それはもっと嫌です!」
「なら早く進みなさい」
無茶苦茶だと心の中で嘆きながら、妖夢は自分をこんな目に合わせている元凶、八雲 紫の言葉に促されるまま、先へと進んだ。
そもそもの事の発端は、うかつにも紫の前でこのダンジョンの事を喋ってしまった事にあった。
それは昼ごろの事だった。昼食ごろを狙いすましたかのように紫が白玉楼に遊びに来た。しかし、運が悪い事に、妖夢の主、西行寺 幽々子はちょうど留守にしていたのだ。どこへ行くかは妖夢は聞かされていなかったが、幽々子が少し前に魔法の森に大変珍しい珍味があるという情報を文から入手した事が関係しているのかもしれない。
何はともあれ、紫は仕方がないので幽々子が戻ってくるまで待つ事にした。しかし、昼食を食べ、食後のお茶を堪能し尽しても幽々子は帰ってこなかった。
幽々子の帰宅の遅さに少し焦れた紫は、妖夢に何か面白い話をする様に言った。そこで妖夢は少し前から噂になっていた間欠泉のダンジョンの事をうっかり紫に喋ってしまったのだ。
紫としては温泉が沸き出した事も、ダンジョンがある事も初耳だった。それもそのはず、ここしばらくは自宅で食っちゃ寝の引き篭もり生活を堪能していたからだ。
こんな面白そうな話を逃す手はない。暇を持て余していた紫は、すぐさま嫌がる妖夢を連れてこのダンジョンへと向かったのだった。
長い長い通路を抜け、それなりに広い部屋へと出た。部屋の中に入り、周囲を警戒し、部屋には何もいない事を確認して、妖夢はホッと息をついた。
「それにしても、どこもかしも薄暗くてじめじめして、嫌な感じな場所ね。これなら霊が居つきたがるのも仕方がないわね」
「私としては、いい刻も早くこんな地の底から出たいんですけどね」
「まあまあ、もっとこのダンジョンを堪能しましょうよ。こんな怪しいダンジョンは楽しまなくちゃ損よ」
妖夢を諌めながら、紫は部屋の片隅に置いてある謎の道具に気がついた。このダンジョンでは、誰が何の目的で置いたか知らないが、道具や薬、お金が落ちている事がある。しかも、たまに食料まで置いてあるから驚きである。
今度はどんな道具だろうか。先ほど拾った道具は何も書かれていない巻物で騙された気分になったが、今度こそは何か価値のある物だったらいいな。そう思って紫は道具を拾う為に妖夢に黙って離れた。
もう少しで道具に手が届く。そう紫が思った時だった。足元でカチッと音がした。
「紫様、危ない!!」
「えっ?」
妖夢は見た。紫が罠のスイッチを踏んでしまったのを。そして、丸太が凄い勢いで紫に向かっているのを。
紫も見た。自分が踏んでしまった変なスイッチを。そして、目の前に凄い勢いで丸太が迫っているのを。来るべき衝撃に備えて目を瞑るのが、刹那な時にできた紫の全てだった。
そして、紫はいつまでたっても強力な衝撃が来ない事に気がついた。
「ご無事ですか、紫様?」
目の前に妖夢がいた。息を切らし、抜刀した体制で顔だけを紫に向けていた。
「…妖夢?」
「どうやらそのご様子だと、お怪我は無いようですね」
2、3瞬きをして、妖夢が丸太を瞬時に切り払ってくれたお陰で、丸太が自分を襲う事が無かった事に紫はようやく気がついた。
「そう、貴方に助けられたのね。ありがとう、妖夢」
「気をつけてください。このダンジョンはいたるところに罠が仕掛けられています。今回はこんな程度の罠で済みましたが、もっと致命的な罠があるかもしれません」
「貴方だったら、大丈夫なの?」
「私は幽々子様のお戯れで、多少の事は慣れていますし、この程度の罠なら見破る事も造作はありません。現に、このダンジョンに入って罠に掛かっていません」
紫に対して少し怒ったような表情で言い募る妖夢だが、それは紫の事を思っての事だった。それが紫には分かっていたので、幽々子がする様に思わず妖夢の頭を撫でてしまった。
「わ、紫様?」
「ふふふ、それは頼もしい事ね。でも、幽霊に対してももう少し慣れてもらわないとね。貴方、毎日白玉楼で見ているんでしょ?」
「うう、そういうのは場の雰囲気というものがあるんです…」
「じゃあ、貴方の言うの言う場の雰囲気ってのにも早く慣れてもらおうかしら」
そう言うと紫は妖夢の後ろに向けて指を向けた。
「ほら、貴方の後ろにちょうどいい練習相手がいるわ」
「い、いやぁぁぁぁぁっ!!」
少し意地悪そうな表情をした紫をその場に残し、妖夢は一心不乱にこの場から駆け去った。
少し深い階層のどこかで
「あ、あの、どこまで行けばいいんですか?」
不安そうな面持ちで、守屋神社の巫女、もとい風祝の東風谷 早苗は、前を行く鎌を持った女性に声をかけた。名前は少し前に教えてもらってはいるが、早苗としてはほとんど赤の他人の名前を気軽に呼ぶ気にはなれなかった。
「うん?そりゃ、ちょいと最下層までさ」
声をかけられた女性、小野塚 小町は、ちょっと散歩に言ってくるといった感じでそう答えた。
「さ、最下層って、どのぐらいあるんですか?このダンジョンに潜りはじめてから随分経ちますけど」
「そいつはあたいも知らないよ。何せ、まだ誰も制覇した事無いんだからな。でも、そっちのほうがワクワクするだろ?」
小町は笑顔で答えるが、早苗としてはたまったものではなった。いきなり声をかけられて、あれこれ聞かれたかと思ったら、いきなりこんな地の中に連れてこられたのだ。強制された訳ではないが、あの場のノリは早苗にとって半強制的なものだった。
「こんなジメジメして薄暗いところなんて、誰もワクワクなんてしません!それに、何で私が貴方と一緒に地の最果てまで行かなくちゃ行けないんですか!?」
「そりゃ、お前さんが暇そうにしていたからに決まっているじゃないか」
「そ、それは、確かに暇そうにしていましたけど、暇な人間を見かけたらホイホイ声をかけて連れ出すんですか?」
「訂正。お前さんが暇そうに、そして暗そうにぼんやりと空を眺めていたからさ。何があったかは知らないが、あんな不景気な表情をしていたら、体に毒だ。だから、こいつは気分の転換が必要だなと思って、噂のダンジョンにお前さんを招待したって訳さ。まあ、私の好奇心にお前さんを利用したっていうのは否定しないがね」
幻想郷に外から変な神様がやって来たという噂を、小町は少し前から聞いていた。同じ神として少し興味があったが、いかんせん彼女の上司、四季映姫・ヤマザナドゥの監視の目が厳しく、なかなか仕事を抜け出して会いに行く事ができなかった。
だが、今日転機が訪れた。彼女の上司が、大閻魔様に呼び出され、幻想郷を少し離れる事になったのだ。この機を逃す手は無い。そう思い立った小町は、映姫が外出した直後に妖怪の山へと向かった。
しかし、残念な事に妖怪の山の頂上にある守屋神社には、噂の神はいなかった。留守番していた早苗に話を聞いてみたところ、どうやらその二人の神は天狗達の宴会呼ばれて、外出中との事だった。
自分もその宴会に混ぜてもらおうか。小町の頭が宴会モードに切り替わりかけていた時、神社の境内でぼんやりと空を眺めている早苗の姿を発見した。
二人の神の事を聞いた時もそうだったが、早苗の表情はとても暗かった。小町としては早苗に何があったかは知らないし、立ち入るべきではないと思ったが、それでも何となく放ってはおけなかった。
理由は小町にも分からない。しかし、人助けに理由などいらないと思い直し、気分転換をさせてやろうと早苗を連れ出したのだった。
「ほらほら、ここの床はぬかるんでいるから、注意するんだよ。なんだったら、私がお前さんをおぶってやってもいいよ?」
「…私に構わないでください」
「おやおや、愛想の無い事で」
「馬鹿にしないでください。私だって、自分の事ぐらい自分でできるだけの力はあります」
ムッとした表情で小町の手を払い退け、早苗は歩き出した。しかし、直ぐに泥濘に足元を取られ、ものの見事転倒してしまった。
「ほら言わんこっちゃない。ほら、捕まって」
「…いいです。自分で立てます」
何かは分からないが、早苗の地雷を踏んでしまったのかもしれないと小町は直感した。さっきまでのおどおどした様子とはまるで早苗の様子が違ったからだ。
「…少し休もうか」
「お気遣いなく」
「あたいが疲れたんだよ。朝から動き回っていたからね」
そう言い、周りの安全を確認してから小町はその場に腰を下ろした。もちろん、泥濘からは抜け出している事は言うまでも無い。
しばらく二人の間で無言が続いた。無理やり連れ出した手前、もともと会話はほとんど無かったが、ここまで沈黙が続くと流石に小町は息苦しさを覚えた。
「…何も、聞かないんですね」
「うん?何を?」
「私が拗ねてる事をです」
「別に、あたいはお前さんが聞かれたくないと思っている事を聞くつもりはないよ。誰だって聞かれたくない事の一つや二つ、あるものさ」
小町は自分の職柄、そういう事は痛いほど知っている。何かのきっかけで心に屈託を抱え、それが後の人生にまで影響を及ぼす事もある。そうして人生を踏み外し、人生の幕を閉じるやからも、少なくないのだ。
「でもね、これだけは言っておくよ。あたいはお前さんが何を抱えているかを、あたいから聞く気はない。でも、お前さんが話したいって言うなら、聞いてあげるよ」
また、二人の間で沈黙が支配した。しかし、小町は気にしなかった。伝える事は伝えたのだ。あとは早苗しだいという事になる。だが、なる様になるし、なる様にしかならないと思ってのんびりと早苗の次の言葉を待った。
「…私は、幻想郷に来る前は、風祝として自信を持っていました」
早苗が、ポツポツと喋り出した。自分の生い立ち。幻想郷の外の世界のこと。外の世界では風祝が特別な存在であったこと。幻想郷に来てから色んな人妖相手にボロ負けしていること。最近では自信喪失に陥っていること。そして、それが辛くて仕方がないこと。
話し終えたとき、早苗は泣いていた。
「そうかい、それは大変だったね。でも、よく話してくれた」
小町はそっと優しく早苗の頭を撫でてやった。早苗も小町の手を拒まなかった。そして、そのまましばらく時間だけが過ぎていった。
要するに、早苗は若い頃に体験する挫折に苦難しているのだ。しかも、それは環境の変化による大きな挫折であり、早苗はそれを認めたくないと思っているので、変に意地をはるときがあったのだ。
青春だねぇ。早苗の頭を撫でながら、小町はふと早苗を羨ましいと感じた。こんなふうに自分が挫折に苦難していたのはいつの頃だっただろうか。
「ごめんなさい、小町さん。ご迷惑をおかけしました。でも、小町さんに打ち明けられて、少し気分が楽になりました」
「そいつはどうも。話を聞くだけなら、お安い御用さ。それにしても、やっとあたいの名前を呼んでくれたね」
「あ、御免なさい。馴れ馴れしすぎましたか」
しばらく泣き続けた早苗が、涙を拭き、小町に笑顔を向けた。早苗が元気になった事、そして自分の名前を呼んでくれた事に小町は喜び、早苗に笑顔を返した。
「そこがお前さんの悪いところさ。そんな事で一々気を揉む必要は無いよ。むしろ、あたいは名前を呼んでくれた事の方が嬉しいね」
「すいません…」
「だから、一々気にしすぎなんだって。だから少し負けが込んだくらいでクヨクヨしちゃうんだよ。あたいみたいに、もっと前向きになりな。今は負けたって、最後に一発大逆転すればチャラどころかおつりが来るってもんなんだからさ、勝負の世界ってのは」
そう言って小町は早苗の背中を思いっきり叩いた。
「ほら、しゃきっとしないか。そんな縮こまった姿勢じゃ、何時まで経っても強くはなれないよ。胸を張って、顔を上げて、気持ちだけでもしっかりしないと勝てるものも勝てないよ」
「は、はい」
「あと、そうだね。その服をどうにかした方がいいね」
「私の、服装ですか?」
「そう、その巫女服。巫女のお前さんに言うのもなんだが、その格好は止めたほうがいいよ。どこかの金欠巫女の不景気さがお前さんの表情に移る前に、もうちょっと別の巫女服にしたほうがいいと思うね」
「わ、私は巫女じゃありません。風祝です!」
早苗が全力で抗議してきた。そして、怒ったように一人で先に進んでしまった。
「やれやれ、どうやらまた別の地雷を踏んじまったのかねぇ」
小町が溜息を付いた時だった。近くで爆発音が聞こえてきた。どうやら、先に進んでいた早苗が地雷を踏んでしまった様だ。
「まったく、よくよく地雷と縁がある事だねぇ」
再度溜息をつき、小町は早苗の助けに走り出した。
割と浅い階層のどこかで
「よし、この階段さえ下りればこの階ともお去らばだぜ」
「今のところ順調ですね。この調子なら、誰よりも早く最下層を目指せそうです」
「当たり前だ。幻想郷で一番早い私達が組んだんだ。効率よくダンジョンを回って、一番乗りを果たさなくちゃな」
しかし、文は知っていた。この白黒の魔法使い、霧雨 魔理沙は珍しいものに目が無い事を。今のところそこまで珍しいものは出現していないが、下層に下りるにしたがってレアな物が出始める。そうなった時、魔理沙が欲に打ち勝つ事ができるか、心配であった。
階段を降り、次の階の探索が始まった。並み居る妖怪や霊は火力にものを言わせて蹴散らし、彼女達は最速で突き進んでいった。
最速を謳い文句としている手前、相容れれぬ筈の彼女達が以下にして手を組んだのか。それはこのダンジョンの最奥に隠されているとされる秘密が二人の利害と一致したからだ。それがとても珍しい秘法だと聞いた魔理沙は何が何でも自分の物にしたいと企んでいたし、最奥に眠る何かの情報を真っ先に新聞に載せたい文にとって最下層に行く事自体が目的だった。
そんな訳で、利害が一致し、かつ目的が互いを目的を妨害しない為、彼女達は手を組み、大急ぎでダンジョンの攻略に乗り出したのだ。
もっとも、当初魔理沙はやる気が無かったのだが、文に言葉巧みに言い包められたのだろう。今ではすっかりやる気になっている。
「あれ、私達の回想はこれだけ?」
「回想の早さも幻想郷一と言う訳ですか…」
何か釈然としない顔で二人は通路を奥へ奥へと向かった。そして、幾つかの曲がり角を曲がった先に、見慣れた人物が立っていた。
「やあ、いらっしゃい。好きなだけ見ていってくれ」
「な、何で香霖がここにいるんだ!?」
「おお、これは何かスクープの予感ですね。さっそくメモをっと。メモメモ(見出し:香霖堂、ついに閉店か!)」
魔理沙がびっくりするのも無理はない。普段は自分の店を滅多に出る事がない香霖堂の店主、森近 香之助が店を開いていたからだ。
「なに、ちょっとした小遣い稼ぎにと思ってな。このダンジョンは至るところに変てこな道具が落ちているから、それを拾って売り物にしたら少しは儲かるかなと思ったんだ。もとではタダだしね」
「メモメモ(経営不振がつづき、ついに廃業。しかし、借金を返済する為に店主は一人地中でアルバイトに勤しむ)」
確かに店内(部屋の中)には色んな道具が置いてあった。しかも、道具の全てに名前が書いてあった。
「このダンジョンは不思議な事に、名前が分からない物が沢山置いてある。そこで、僕の能力の出番という訳だ。こうして探検者の為にもなるし、僕もお金が手に入る。一石二鳥だと思わないかい?」
「いや、だから私が聞きたいのは、どうして香霖がこのダンジョンにいるかって事だ。店はどうしたんだ?」
「メモメモ(店が潰れて初めて天職を見つける哀れな店主。やはり日陰族には地中が似合うのか?)」
魔理沙は先ほどから黙ってメモを取り続けている文が気になって仕方がなかった。彼女の経験上、こういう時は決まってろくな事を書いていないと分かっているからだ。
「店を開こうにも、天井に大きな穴が開いているんじゃ、商売どころじゃないよ。雨は入ってくる、外の湿った空気は入ってくる、虫は入りたい放題。そして、何よりも倒壊の危険がある。だから、店を開く前に修繕費を稼がなくちゃいけないんだ」
「へえ、それは大変だな」
「魔理沙に他人事の様に言われたくないな。君が他の客と店の中で暴れた時にできた穴なんだからね?」
「あ、あれは、不可抗力って言うもんだぜ」
「…まあ、そう言うと思ったから、魔理沙に修繕費を求める事はしないんだけどね」
「メモメモ(原因はまたしても霧雨魔理沙。何人の人生を狂わせれば一体気がすむのだろうか)」
「っておい、お前一体何書いているんだ!」
横から文のメモを盗み見した魔理沙が、思わず声を上げた。いくらなんでも誇張しすぎる内容だったからだ。
「何って、真実に決まっているじゃないですか」
「だったら、何で逃げるんだ。待ちやがれ!」
素早く逃げる文に対して、魔理沙は足元に転がっている道具を掴み投げつけた。
「あ、こら、売り物を投げるんじゃない。止めるんだ、魔理沙!」
ちょこまかと逃げ回る文に向かって、魔理沙は手当たりしだい物を投げつけた。香霖が必死に制止の声を上げるが、魔理沙の耳には入らなかった。
そして、魔理沙が壷を文に投げつけた時だった。文が華麗に避け、以前飛び続ける壷の行く先には香霖がいた。次の瞬間、壷は香霖の頭に命中した。
「…そうか、よく分かったよ」
「あ、あの、香霖さん?一体何が分かったんですか?」
香霖のすぐ近くにいた文が香霖に肩をつかまれ、身動きが取れなくなった。そして、文は恐怖と共に悟った。この場にいるのは、香霖ではなく、鬼である事を。
「通信教育とやらで鍛えた僕の頭突きをくらいたいって事をだよ。さあ、覚悟はいいね?」
「い、嫌、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
ゴスという鈍い響きが部屋中に響き渡り、それっきり文は動かなくなった。それを見た魔理沙は、自分がとんでもない事を犯してしまった事にようやく気がついた。
「さあ、今度は魔理沙の番だ。覚悟はいいね?」
「ま、待て、香霖。話し合おう。人間、平和的解決手段を諦めるべきじゃないと私は思うぜ。な、な、だから、その、なんだ、見逃してくれると、私は嬉しいぜ?ほ、ほら、幻想郷最速コンビが、最速でリタイアなんて、笑い話にしかならな…」
ダンジョンを攻略していた者達は言う。この日、どこかで何か鈍い音が聞こえた気がする、と。
けっこう深い階層のどこかで
紅間館の主、レミリア・スカーレットにとって、この薄暗いダンジョンは快適とまではいかないが、それなりに居心地がいいものだった。このダンジョンの中には日光も入ってこなければ、雨に降られる心配も無いからだ。
その為、自然と歩調が軽いものになった。出くわす妖怪や霊達も、軽快になぎ倒していく。今や彼女の行く手を阻む者はいなかった。
「ねえ、霊夢。ひょっとしたら私達が最下層へ一番乗りになるかもしれないわね」
上機嫌でレミリアが一緒に来た博麗の巫女、博麗 霊夢の方に振り向く。しかし、当の霊夢はそんな事一切気にせず、持ってきた袋の中を懸命にいじっていた。
「…霊夢?何をしているの?」
「何って、袋の整理に決まってるじゃない」
レミリアに言葉を返す間も、霊夢は何やら袋の中に手を突っ込んで、ゴソゴソと何かを整理していた。その表情は、かつて見た事が無いほど真剣な表情である事に、レミリアは軽く驚いた。
「整理って、何の?」
「道中で拾ったおにぎりよ。せっかくタダで食料が拾えるのよ。隙間なく詰め込めんで、可能な限り持って帰らなくちゃもったいないじゃない」
真剣な表情そのものの霊夢に対し、レミリアは呆れ返った。せっかく二人でダンジョンに来たのに、これでは色々と台無しである。最も、霊夢にとっては死活問題ではあるが。
「あのね、貴方は食べも物に困ることは無いけど、私にとっては重要な事なの。ここで袋一杯のおにぎりを持って返れば、あと数週間は飢えずにすむのよ。」
霊夢の眼差しはどこまでも真剣だった。彼女の辞書に、賞味期限などという文字は無かった。どんなに痛んでいようとも、腐っていなければ食べる。その危険なスタンスで考えれば、彼女は有限実行するだろう。
尚、腐った物については、霊夢の鉄の胃袋を持ってしても後でお腹を壊すので、流石に無理があるらしい。
レミリアは軽く溜息をついた。確かに、やる気の無い霊夢を連れ出す為に、食料が手に入ると霊夢に伝えたのは紛れも無いレミリア本人だった。しかし、こうも食料に執着するとは予想もしていなかった。
薄暗い通路を抜けたときだった。袋内の整理の腐心していた霊夢が、突然部屋の中央に向けて走り出した。何事かと思い、霊夢の向かう先を注視したレミリアは、霊夢の行く先におにぎりが置いてあるのに気がついた。
「大きなおにぎり!!」
霊夢はおにぎりに向けて一直線に駆け抜けた。途中、妖怪や霊が彼女の行く手を阻もうとしたが、レミリアの目にも止まらぬ速さで蹴散らされた。その速さは、秒殺という言葉が生ぬるいと感じるほだった。
霊夢の行く手を阻むものは何人たりとも存在し得なかった。例えそれがレミリアや紫だとしても、今のおにぎりを目の前にした霊夢に勝てる者はいない。故に、霊夢とおにぎりとの間に何の障害もありえなかった。
もう少しでおにぎりに霊夢の手が届く。そんな時だった。突如霊夢を中心に爆発が起きた。あまりに突然の事で呆然としていたレミリアだったが、ハッと我に返り、爆心地にうずくまる霊夢の方へと駆け寄った。
「大丈夫、霊夢?」
駆け寄り、声をかけても霊夢に反応は無かった。あの爆発でどこか致命傷を負ったのか。レミリアは悪い想像を振り払うように首を振り、霊夢の肩を掴み、もう一度名前を呼んだ。
「霊夢、しっかりして。血は出ていない様だけど、どこか怪我でもしているの?」
「……りが」
霊夢が何かを呟いた。しかし、余りに小さい声だったので、レミリアは聞き取れなかった。
「何?もう一度言って」
「…おにぎりが、消えちゃった」
「…は?」
「だから、おにぎりが消えちゃったのよ。爆発に巻き込まれて。私、見たのよ。お米が燃えて炭に変わっていく一部始終を」
呆れてものも言えないレミリアだったが、霊夢にとって笑い事ではなかった。食べ物が目の前で無残にも燃えていく。しかも、もう少しで手が届くところにあった食べ物が、だ。恐らく、霊夢の心に傷を残す事になる事件となるに違いない。
「あのね、霊夢。おにぎりなんて他でも拾えるじゃない。元気を出して、次へ行きましょう」
「何も分かっていないわね、レミリア。食べれるはずの御飯が、食べられなくなっちゃったのよ。こんんなに悲しい事なんて無いわ」
その後も霊夢は呆れるレミリアを他所にしばらく悲しんだ後、今度は悔しがり始めた。それも地団駄を踏むほど、盛大に悔しがっていた。
「それにしても、食べ物の近くに地雷を埋めるなんて信じられないわ。食べ物を粗末にするなって、教わっていないのかしら。地雷を埋めた奴を見つけたら、みっちり食べ物の尊さを叩き込んでやる」
何度も何度も霊夢が足を地に蹴りつけた時だった。カチっと音がしたと思ったら、次の瞬間、盛大にぬるま湯が噴出し、霊夢を襲った。
「れ、霊夢?」
「…ねえ、レミリア。この罠を埋めた奴って、誰?」
見ると、霊夢が大切に持っていた食料袋にぬるま湯が完全にかかっていた。そして、中のおにぎりはどういう原理か、いつの間にか腐り始めていた。
「さ、さあ。ひょっとしたら、最下層にいると言われている凶悪な妖怪かもしれないわね。このダンジョンの主みたいだし」
レミリアは本能で危険を感じていた。目の前の霊夢は非常に危険だ。できれば全力で関わるな、と。それほどの殺気を彼女は感じ取っていた。
「そう。ならそいつに会いに行かなくちゃいけないわね。ふ、ふふ、ふふふ」
レミリアは悟った。食べ物を全て駄目にされた霊夢は、阿修羅をも超える存在になってしまった事を。今のレミリアにできる事は、ただ事の成り行きを見守るだけだった。
この、間欠泉が沸いてからの一連の騒動も、もう直ぐ終わるとレミリアは思った。怒らせてはいけない人間を、最悪の形で怒らせた事によって。
おまけ
薄暗い通路を、二人の探求者が歩いていた。
一人は幽々子。もう一人は先代の白玉楼の庭師、魂魄 妖忌だった。
一度は幽居を決意した妖忌が何故幽々子と一緒にダンジョンを歩いているかと言えば、それは幽々子が多少強引に連れて来たからである。
では、何故幽々子は強引に妖忌を連れて来たかといえば、それは妖夢が紫に連行されてこのダンジョンにいる事が分かったからだ。
表向きには、三時のおやつを用意しない事に文句を言う為に妖夢を連れ戻すと言っているが、内心では妖夢が心配だった。紫が一緒ならそう問題は起きないだろうと思うが、紫もあの性格である。油断していると、どこかで大きな事故に繋がりかねなかった。
それが分かっていたから、妖忌も黙って幽々子に従った。間欠泉の近くで困りきった顔の幽々子を発見した時、こうなる運命になるのを悟ったようだ。
二人が通路を抜け、開けた部屋にでた時だった。二人の足が止まった。
そこには広い部屋と、所狭しと置かれた道具や食料。そして、行く手を阻む大量の妖怪や霊達が待ち構えていた。
「幽々子はここを動くな。わしが前に出る」
「妖忌…?」
「何、案ずる事は無い。こんな有象無象どもなど、蹴散らしてくれるわ」
「一人じゃ危険よ。私も一緒に」
「助太刀無用だ。いくら老いたとは言え、わしの実力は幽々子も知っているだろ?」
「でも…」
「…なら、わしの背中を守ってくれ。幽々子なら、わしの背中を託せれる」
妖忌は腰に挿していた刀を抜き、幽々子の前に出た。
「わしらの行く手を阻むものは、全て切り潰すのみ。さあ、行くぞ!」
薄闇の中で、白銀の光が舞踊った。
そして妖忌は通常装備でもかまいたちの効果が付いてそうだwwww
(自分はトルネコの不思議なダンジョンのみ経験あり
>最速リタイヤ~魔理沙&文
こーりんの出張店舗で日頃の行いが裏目に出たか…。
店主は不思議なダンジョンシリーズで最強ですからね…
泥棒失敗して何回殺されたか……
こーりんつっえwwwwwwwwwww
ぷよぷよの、わくぷよダンジョンを思い浮かべました。
おいしい焼きおにぎりになると霊夢に教えてあげてください。
いくばかはマシになるかとw
→神社の境内でぼんやりと空を眺めている早苗の姿を発見した。
ってのは少し矛盾に感じますね。
あと最下層が気になるw