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現し世に生きたる魔女は幻の清き郷にぞ住まひせるかな~破~

2008/05/20 15:57:20
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 これは、作品集52に投稿していた、『現し世に生きたる魔女は幻の清き郷にぞ住まひせるかな~序~』の続きです。先にそれを読まれることをお勧めします。



第二間章 運命の邂逅


 「あら?」思わず私はそう呟いた。ブクレシュティへの帰り道、オルト川に沿った道の傍ら、森の側にうつ伏せに倒れている一人の少女。私は彼女に見覚えがあった。「上海、手伝って」と人形に声を掛け、数人(?)がかりで持ち上げ、ブクレシュティの家へ運んでいった。


 「おや、一体何があったんですか?」帰ってきた私と人形たちを迎えたのは、話を聞きに待機していた師匠の、困惑したような声。「昨夜お話した、件の知り合いですよ」と答えて、自室のベッドに仰向けに臥かせる。彼女は、パチュリー・ノーレッジ。九百十余年間、私が捜し求めていた人だった。

 彼女の場合、私はどのように手を施したらよいか判らない。魂を調べてみたが、なんら異状は無い。ということは、やがて回復する。


 実際、その後数分もしないうちに、彼女が軽く呻いた。首が少し左右に振れ、瞼に力が入る。「パチュリー、パチュリー、大丈夫?」思わずそう言ってから、はっとした。相手は、私のことを知らない。どうしよう、と思う間もなく、むきゅーと言いつつ起き上がった彼女は、きょとんとして、「ここはどこ?あなたは…どうして私を知っているの?」と問うた。「ああ、ごめんなさい。私はアリス。アリス・マーガトロイド。今から少し話をさせてもらうわ。その話で、あなたの質問に答えさせてもらうわ。」私はそう前置きすると、昔語りを始める。


 それは、とてもとても古い話。まだ私が、ほんの子供だった頃からの、私自身の遍歴のお話…。



第一章 アリスの昔語り~ブクレシュティの人形師~


 私はね、昔、魔界に住んでいたわ。そこの神様の、大事な一人娘として。

 でもね、ある日ある時、外の世界から突然人間がやってきて、私は負けてしまったの。母さんは、本気を出そうとしなかった。それで負けたけど、平気そうにしていた。でも、私は悔しかったし、母さんがどうして負けて平気なのか判らなかった。母さんの平気さが不甲斐なかった。だから私は、彼女らに復讐する為、究極の魔法を記した魔道書―今持っているこの本―を持って人間達の元に向ったわ。……でもね、その時も、私はコテンパンにやられちゃって、とても悔しかった。帰ってから、十日間くらい、飲まず食わずで、部屋に篭りきって、泣き続けたわ。涙が枯渇して、涙腺から絞り出せなくなっても、喉が破れてベッドが血で真っ赤に染まっても。本当に全力を出して、負けた。私の人生で、一番悔しかったことだった。なぜ母さんが全力を出さなかったか、判ったような気がしたわ。


 だから私は、母さんに、人間界で修行をしたいと言って、母さんはそれを許してくれた。そして、最後に一つだけお願いをしたわ。この本を、封印してくれって。あら、どうしてかしら?と聞く母さんに、私はこう答えたわ。「私が母さんを超えない限り、この魔道書は使えないわ。でも、私が絶対の存在である母さんを超えたとき、もうそれは必要無いでしょう?これを封印して。そして、目の届かない人間界でも、私を戒めて」って。


 私は人間界に行ったのだけど、そこも実は幻想郷と言って、外の世界とは隔離された別の世界だった。普通の人間にとっては、魔界と大差ないわね。私はふらふらと飛び回るうちに、ある赤い館に入っていった。思えばそこの主人の、運命を操る力の賜物なのだろうけど。


 そこの図書館で、私は未来のあなたに会ったの。今からちょうど百年後の話よ。あなたは、こう言った。「私は過去に、未来のあなたに会ったことがあるわ。それは、とある街でのこと。『魔都』と呼ばれた、ある街でのこと」


 次の瞬間、目の前の空間に亀裂が走り、飛び出してきたのは、いずれあなたも会うことになる、大妖怪。彼女はこう言ったわ。「あなたの母親に頼まれて、特別に少しだけ世話をしに来たわ。行きましょう。外の世界へ。暗雲垂れ込め、悲哀の渦巻く魔都へ…。帰りたくなったら今日の日付と私の名前を呼びなさい。但し、一度帰ってきたらもう二度と戻れないから、気をつけることね。最初にどこに行こうかしら?」


 私は考えて、ふと思いついたことを言った。いや、口から突然出てきたわ。これも運命の悪戯かしらね?「永祚元年(九八九)年一月一日午前零時、平安京へ」彼女はにっこり微笑んで、言った。「お気をつけて。じゃ、ごきげんよう。ああ、その格好じゃ目立つわよ」私は魔界人だから、姿を不可視にすることぐらい、簡単にできる。そうした次の瞬間、私は亀裂に飲み込まれ、それが旅の始まり。あれから九百十四年。あのときの私はまだ八百歳だったわ。少し不思議そうな顔をしているけど、魔界人は、ある時まで普通の人間の百分の一の速さで年を取り、その後は不老不死になるわ。その「不老不死」が私たちが魔界人である所以なのだけど。


 閑話休題。亀裂に飲み込まれたと思ったら、私は橋の下に立っていたわ。申し訳程度の河原すらなく、両側は高い石垣になっていて、橋の袂へ上る石段があったのだけど、石垣からは何かしら非常に強い力が出ていた。そこに、不意に、身なりのいい一人の老人が現れたわ。驚く無かれ、彼は新年早々、不審者まがいの事を始めたわ。石垣に向ってぶつぶつと、何か呟き始めたの。私は最初、彼を貴族だと思ったのだけど、流石にその場から逃げようと思ったわ。でも、次の瞬間、石垣の異変に気づき、私はあわてて引き返した。そこから、従者の格好をした十二人の使い魔が現れたの。彼は彼らと一緒に天文の話や、この一年間の先を占っていた。彼の名前は、安倍清明。陰陽師と言う、天体等の運行から、世界を説明する、要は宮廷占術師のような仕事をしている人で、やはり貴族だったわ。


 石垣の力の源は、彼の、十二人の式神。要は使い魔ね。帰りかけた彼の背中に、私は姿を消したまま声を掛けた。これでうろたえれば陰陽師失格だと思ったけど、彼は落ち着き払っていた。そこで姿を現して素性を話して弟子入りを請うと、彼も認めてくれた。どうやらさっきの占いでそれが出ていたみたい。


 それからずっと彼の下で学んだのだけど、私が主に学んだのは式神の使い方と、魂のことと、呪術。これは今までずっと私に影響してきたわ。その街は鬼や妖怪の類が跋扈する街で、いろいろと良い経験ができたわ。


 彼は、いい師匠だったけど、寄る年並みには勝てず、十七年目の寛弘二(一〇〇五)年、八十五歳で亡くなったわ。私は彼の魂をゆっくりと、私たちが最初に出会った橋の袂に持っていった。その名前は一条戻り橋。彼を葬るには必ず彼の家のすぐ近くにあるこの橋を渡らなければならないのだけど、この橋には人を蘇らせる力があって、それを望まなかった彼の魂を、私はその石垣から冥界に送り出した。


 彼の死後、私は少し迷ったわ。あなたに会えなかった上に師匠に死なれて、何もすることが無かったから。しかたなしに「蓬莱山」と呼ばれていた陰陽道の聖地の山―何せ、陰陽道の本家が輩出した人が活動拠点としていたのだから―が文字通りの意味で『魔界の都』のイメージがあったから、そこに数十年ほどいたわ。


 でも、そうこうしてばかりも居られないので、私は結局その日本という島国を飛び出して、西へ、西へ飛んでいった。この頃になると自分を磨くことの方が大事になっていたけど。


 それで、着いたのが吐蕃と言う国で、魔都というより霊都といった感じだったけど、ここの人々は輪廻転生を信じていたわ。百年程居たのだけど、名のある高僧が死ぬと、その生まれ変わりを皆で探し出してしまう。私は死ぬことが無いから良く判らないけど、もし死んだらやっぱり転生するのかしらね?


 次に、そこからさらに西へ行って、ある街に着いたのだけど、その時に或る噂を聞いたわ。聖者たちが、悪人たちを討つべく、聖戦を起こすっていうことだったわ。私はこれに興味を持ったわ。聖者たちは、どのような方力で悪を懐柔し、或いは懲罰するのかしら、って。でも、始まったばかりの戦いを見て、私は早くも幻滅したわ。それは、至って普通の、というより酸鼻を極めた、残虐な戦い。私は耐えられなくなって、そこを離れた。それからも何度かそのような戦いはあったけど、全部が全部同じ様な戦いで、あまつさえ仲間内でさえ異端だのなんだのといって戦ったりと、だんだんこの世界に居るのが憂鬱になってきたのもこの頃だったわ。この世界の人間というものが、信用できなくなってきたの。


 とにかくその地から離れようと思って、少し北の方へ行って、雪に鎖されたある街に行ったわ。でも、そこはそこで酷いものだったわ。そこの君主は内外の権力闘争に余念が無く、血腥い空気が宮廷だけでなく街中にも漂っていたわ。



 私は悩んだわ。魔都とは一体何だというの?自然に魔界の者たちが集まって形成された魔界の都市?それとも魔界の者たちの集う人間の街?或いは、神の国を信じる人間達の造った宗教都市かしら?それとも、人間の心の暗部が作り出す魔の街のことかしら?

 私は、この世界に居たくなかったわ。それでも何とか留まり続けたわ。貴女に会う、ただそれだけのために。



 そうこうしてもいられない、と気づいたのはそれから間もないことだった。毛織物地帯のフランドルやネーデルラントを巡って大戦争が始まったの。最初はどうともないと思っていたその戦争が、魔の戦争だと気づいたのは、それからおよそ十年後。この地を大伝染病が席巻した時のこと。街中の至る所でばたばたと人が倒れ、悶え死んで。でも誰もそれに見向きもしない。そんな光景がどこの街でも見られたわ。この地は、地獄と化した。


 しかし、それも、私が聞いた報せに比べればまだ可愛いものだったわ。その戦争は、その伝染病の中でさえ、―断続的ではあったけれど―変わらず続いていた。これは悪魔と悪魔が悪魔に唆されて始めた戦い。私はようやくそれに気づいたわ。


 でも、とうとうその悪魔の戦争に終止符が打たれるべき時が来たわ。千四百二十九年の、オルレアンという街。一方の国が圧倒的に有利になり、もう一方の最後の拠点であるこの街を包囲したのね。その街は陥落直前で、私はようやっと終わるとほっとしたわ。……でも。一人の少女が、その街を救った。彼女は、純粋に自分の国を救おうとしたのね。でも、結局、彼女の登場によって、戦争が延長され、新たに何万もの命が奪われることになったのは、皮肉だったわね。その時私は気づいたわ。人間は大抵醜くて、ごく稀に純粋な人間がやったことは何でも全て裏目に出る。哀れで愚かな生き物だと。


 そして、千四百五十三年、戦いは奇跡的な逆転劇で終わったわ。その時には既に彼女は殺されていて、この世の人ではなかったのだけれど。まあ、荒れたのは負けた方の国だったわ。またまた王位継承権争いが起こって、身内で血で血を洗う戦いが始まったの。私は二十五年ほど住み慣れたオルレアンを捨てて、その街―霧で鎖された街、ロンドン―に向ったわ。重苦しい白い闇が街中を覆い、たまに晴れても空にはまるでこの内乱の犠牲者の喪に服するかのような薄墨色の暗い雲が空を覆っていた。留まる留まらない以前の問題で、私は逃げるようにその街を離れた。



 私は泣き出したくなった。どこでも人間は醜いことばかりしている。早く帰りたい。でも帰れない。貴女に会っていないから。


 ふらふら、ふらふらとあちこちを巡って、それでも貴女に会えなくて。


 この世界に完全に絶望して。


 そんな時だった。


 ある時偶然目に入った川沿いの森の中の、広大な空き地。不思議に思って近づくと、そこが小さな農村になっていた。その外れにあった領主の館は、見覚えのある深紅の館。村外れの、―今時珍しい―領主直属の農地の近く、つまりは領主の館の近くに、村人たちが黒山の人だかりを作っていた。不思議に思って寄っていくと、一人の人形師が人形劇をしていた。館が館だったから、ここに立ち寄ろうと思って、とりあえずその劇を見ようと思って、最前列に―誰も気づかないけれど―降り立った。その瞬間だった。人形師が訝しげな顔をふと上げた。その時私は気づいたの。彼が、魔力を纏っていることに。貴女と同じ、後天的魔界人であったことに。そして、人形たちもまた魔力を纏っていて、ある程度自立運動をしていたことに。そして悟った。人形ならば自分の思い通りに操ることができて、醜く振舞うことも無い。人形を造って魂を吹き込めば、私の理想を託すのに十分な存在になるって。


 人形劇が終わって、村人たちが去ってから、私は拍手をしながら姿を現した。謎が解けたという風な顔をした彼に向って、「お見事でしたわ。人形も、人形劇も、そして私に気づいたことも。」と言った。私が彼から感じていたのは、安倍清明のような、清々しい人格。私の師匠になる人だと、もう心に決めていた。

 「あなたは、一体どなたですか?」彼が聞く。私は答える。「通りすがりの、貴方の同類。ただの一人の魔界人ですわ。」

 「して、どのようなご用件ですか?」

 「私はただの通りすがり。本当はここの領主様に会ってみたかったのだけど、貴方にお会いして考えが変わりましたわ。私を弟子にして、人形の作り方を教えていただけませんか?」

 「ほう。実はここの領主様はいい年して人見知りが激しくて、親しくならないとなかなかお会いにならないのです。ただ私の紹介だと簡単にお会いになるはずです。後のほうは少し…。魔力などから見た所、私が何かをお教えできるような方ではないとお見受けしましたので。」

 「領主様がそうならばなおさら。一度会ったくらいで知り合い面するのも貴方に失礼でしょう?それに、私が学びたいのは人形の作り方ですから。」

 「それなら判りました。私の名前はアドリエアン・マーガトロイドです。貴女は?」

 「アリスと申します。」

 「苗字は何ですか?」

 「ありませんわ。」

 「こちらの世界ではあった方がやりやすいですよ。」

 「なら適当に決めてくださって結構ですわ。」

 「それならば、私の苗字を差し上げましょう。」


 こうして、私はアリス・マーガトロイドと名乗ることになって、師匠の自宅のあるブクレシュティという、新しい街で人形の造り方を学ぶことになったわ。最初は全く駄目だったけど、数年でそれなりの物が作れるようになっていったわ。ついでに言うと、この街は「串刺し公」として恐れられたヴラド三世龍子公が造った街で、当時は出来立てほやほやの街だったわ。君主が君主だから、この街も「魔都」かもしれないわね。そしてこの家がすなわち師匠の工房。私もここでずっと学んだわ。


 で、私の師匠はというと、しょっちゅう例の村に行っては、領主様の評判を集めてたし、何日も帰らないこともあったわ。他にも不思議だったのは、こんなに大きな家に使用人が誰もいないことと、誰も注文をしにこない上に村人から鑑賞料を貰っている訳でもないのに生活には困らないこと。


 それである日師匠にそれを尋ねて、私は開いた口が塞がらなくなったわ。何と、師匠があの村の領主で、あの村は森で他と完全に隔離されていて、なぜかというと師匠のご先祖様が十三世紀のボルドーという地域から追われてきたイングランドの亡命貴族だからだそうなの。そしてこの国、ワラキア公国で重用されて、今は公の側近、マーガトロイド公爵として代々国政に参与していて、本人は元々人形作りが趣味で、魔界人になったのは十数年前だった、そう言ってたわ。確かに、「教えられない」と言ったのはある程度正しかったのね。


 それから考えると、たしかに師匠は村へ行くときはいつでも帽子を目深に被り、よれよれの服を着て、出て行ったわ。「ブクレシュティの人形師」を演じつつ、自分の評判を聞いて内政に活かしていたということだったの。


 そのうち私はもう弟子ではなく居候としてここにいるようになったわ。逆に師匠に魔法を教えるようにもなったわ。


 その頃、この国は隣の大国に何度も侵攻され、その度にヴラド三世が撃退し、彼の弟が公の位を求めてその隣国に誼を通じるという激動の時代にあり、私はブクレシュティからその村にある館に移り住んで、師匠は師匠で公の側近として各地を転戦していたけれど、その村は全く何事も無いかのように平和に存在していたわ。さすがに師匠が出征している間、毎月の恒例となっていた「ブクレシュティの人形師」の人形劇は、「人形師が病気」ということで、私が「人形師の友人」としてやることになったけれど。


 とうとうヴラド三世は討ち死にし、彼の側近であった「マーガトロイド公爵」の「遺体」も彼を庇う形で倒れている状態で「発見」された。公爵の広大な領地は宙に浮いた形になり、公弟派の貴族に分配されたけれど、当然「遺体」はよく似せられた人形だったし、領地もその村は問題外だったわ。


 そして今から四百年前。師匠に吸血鬼の娘さんが生まれたわ。吸血鬼ということで、「スカーレット」という新しい苗字が与えられた。名前は「レミリア」に決まったわ。その時私はこれで貴女に会えると確信したわ。彼女の名前が、全く同じだったから。


 さらに五年後、もう一人娘さんが生まれたけれど、それは凄まじい生まれ方だったわ。何と母親の体を八つ裂きにして出てきたの。さすがに危ないと言って、その日の内に隔離されたけど、彼女もまた吸血鬼で、百年戦争の一因となった地域名をとって「フランドール」と名づけられたけど、師匠は「ヴラド・ツェペシュの末裔」という二つ名をこの姉妹につけたわ。私の記憶が正しければ彼をモデルにした吸血鬼小説が書かれるのは遥か後の世のはずなんだけど、どうやら敵の一部の兵卒たちは「串刺し公」を吸血鬼として捉えていたらしくて、彼の恩義を忘れないようにこの二つ名をつけたって言ってたわ。


 私も私でずいぶんとゆとりが出てきたから、これまで見て来た「魔都」・「霊都」をモデルにした人形を作り始めたわ。こと残虐な出来事の人形の名前の頭には、私がその国や地域、出来事のイメージやその時に振舞って欲しかった理想を付けたわ。「『博愛の』仏蘭西人形にオルレアン人形」、「紅毛の和蘭(フランドル)人形」、「霧の倫敦人形」、「白亜の露西亜人形」。これらは人の心が作り出した魔都だった。そう、人間なんて信用できないの。そして、魔物の棲む人間の街から作った、「春の京人形」。そう、京都は春が綺麗だった。春に咲く桜の下で師匠の清明が教えてくれたことには、「桜の木の下には死体が埋まっている」ということ。それが今でも印象に残っているわ。そして人間が作った宗教都市、「輪廻の西蔵人形」。生物は死ぬと生まれ変わるそうよ。もっとも、私たちはもう死ぬことも老いることも無いけれど。最後に、文字通りの魔界の都、「首吊り蓬莱人形」。あの山で見た首吊り死体が頭から消えないの。愉快なことね。


 最近は久しぶりに日本に行ったついでに、新しく発明されたばかりの人形の操り方を覚えて帰ってきたわ。その名前もふるってて、「乙女文楽」って呼ばれてたわ。まあ、他にも前に言った「十字軍」をモデルにした「人形十字軍(ドール・クルセイダーズ)」もあるのだけれど、理想を求めたときの犠牲とは美しく、芸術的なものなの。つまり、「アーティフル・チャンター」というわけね。自分の理想のために国を救おうとし、死んだ彼女への、それがせめてもの弔いだったの。


 それでその帰り道、偶然立ち寄った街は、また「魔都」と呼ぶにふさわしい街だったわ。阿片の煙が雲と棚引き、街のいたるところに流れ込んでいた。光はその魔の煙に彩られ、薄紫に差し込んでいた。穢れた人間どもの住まう街にはお誂え向きの光景だったわ。結局私が作ったのは、「魔彩光の上海人形」。今のところ一番のお気に入り。穢れた人間のちょうど対極が、人間の理想像だからね。

 最近は二、三十年に一度ほど師匠と交代で人形師をしていて、今日、村からの帰り道、あなたに出会ったわ。やっと私の旅が終わるときが来た、と言いたいけれど、私はまだ戻るわけには行かないわ。そう、これからが本番よ。これからあなたを導くまで、私の旅は終わらない…。




第二章 魔法少女達の百年祭~そして、宴へ~


 アリスの長い昔語りは、ようやく幕を閉じた。ついで、パチュリーが徐に口を開く。「それで」彼女は問う。「それでなぜ私はここにいるのかしら?」アリスは答える。「運命ね、きっと。」「運命?」パチュリーは鸚鵡返しに尋ねる。

 「そう。昨日、師匠にあなたのことを話したの。その時レミリアが聞いてたから。彼女、運命を操ることができるそうなの。」

 「それなら、私の記憶がなくなっているのも、運命かしら?」

 「それは厳密にはよく判らないけれど、わたしの研究の観点から言わせて貰うと、あなたが実質生まれ変わったということね。今のあなたは、生まれたばかりの赤ん坊と似たような者だ、ってこと。」

 「そういうものかしらね。」

 「そういうものよ。」

 そこで二人は沈黙し、頃合を計って人形が淹れてきた紅茶をゆっくりと飲む。


 「そう言えば」

 紅茶を二人して飲み干した後、パチュリーが口を開く。この頃にはパチュリーはさすがにベッドから這い出て椅子に座っていた。丸テーブルを挟んだ向い側に、アリスが腰を下ろし、二人してお茶菓子を食べている。人形が数体、二人の周囲を飛び回り、時々頭を撫でて貰っては表情をころころ変えている。アリスは人形に時々話しかけ、やはりその度に人形は表情を変えている。

 「そう言えば、さっきあなたは、私に図書館で会ったって言ってたわね。」

 なぜそれを、と訝しく思いつつも、アリスはええ、と答える。事実を隠しておく必要性など全く無い。

 「一度言ってみたいわね、その図書館に。失ってしまった知識の補充ができるかもしれないから。」

 「それなら私も附いて行くわ。別にここにいる理由も無いから。」


 翌日、二人は新たに一人を伴って真紅の洋館に帰着した。パチュリーは、到着した当日からレミリアにいたく気に入られ、この館に居候する身となった。彼女は早速図書館に篭った。当時ここの本の管理をしていたのは、博識な悪魔とその娘であり、色々な本をこの二人に選んで貰っては、ひたすらそれらを読んでいた。知識の摂取に貪欲になった。


 しかし、彼女には一つ気になることがある。意識を回復して以来、体にずっと違和感があるのだ。そのことを二人に相談したが、判らない。アドリエアン・マーガトロイド―ここから「主人」というと特に断りの無い限り彼を指すことにする―に相談すると、自分もそんなことがあった。そういうことはアリスが詳しいだろうから、彼女に聞きなさいと言われた。そこでアリスに相談すると、「それは恐らく魔界人になったことによる魂の質の変化のせいね。まだ体がそこに附いて来られないのよ。一月二月もすれば慣れるわよ。多分。私は知らないけど。」と言われた。


 それ以来、アリスはパチュリーに魔法の習得を奨めるようになった。特に、「西洋の四元説には色々粗があるから、陰陽術を応用して西洋魔法と組み合わせた方がいいわ。あと、どうせやるなら精霊魔法とか、操り人形とか、そういったものを使えるようにした方がいいわね。」と口を酸っぱくして言い、かつて自分が修めた陰陽術の手ほどきを始めた。そうしたことだったから、本の使用頻度は増え、悪魔とその娘―ここからは小悪魔とする―は仕事に追われることとなった。ついでに書き加えておくと、当時のメイド長は空間を操ることができる日精のソロカ・オルト(Soroca Olt)であった。


 パチュリーは当時、非常に活発であった。覚えたばかりの魔法を直ぐに実験しようとするのは今も同じだが、どちらかと言えばアウトドア派で、ある時などは妖精の捕まえ方の原理を学んだ直後に館から姿を消したと思ったら、数時間後に三桁ほどの妖精が館の中に詰め込まれていて、ちょろちょろ動くそれらを見ている内にレミリアのテンションが無駄に上がったりして、ソロカは相当苦労した。その災厄を今背負っているのが十六夜咲夜という訳であるのだが、それはまた別のお話。


 一方のアリスはインドア派で、ずっと部屋に篭っては人形を作ったり、人形に向って話しかけていたり、ぶつぶつと独り言を言っては怪しすぎる笑みを浮かべたりと、傍から見ればすぐに世界中の警察官が一斉に飛び掛るような不審者でもあった。ただ、それを知りえたのは本人だけであったのだが。だから、パチュリーがアリスと行動を共にしたのは、そんなに多くなく、「暗い」というイメージがぴったりだと思っている節もあった。


 とにかく、彼女は次第に紅魔館に馴染んでいった。その分メイドたちの苦労は懸倍されるのだが、そんな顛末な事はどうでもよいのであった。(どうでもよくない)


 彼女の楽しみは多くあり、一つは読書、というよりは無為に本を読むこと。一つはレミリアとのお喋り。そして、時折主人とアリスの三人で、真夜中に密かに一室に集まって行う、二人の呼ぶところの「百年祭」。大体百年に一度ぐらいテンションが上がって、行う回数が無駄に多くなり、ちょうど今年がその年なのだとかで、確かに毎晩毎晩三人は魔力を放出して真夜中まで弾幕を張り続けた。


 美しい弾幕を張って優雅に舞い、詠い、魔法論をする。今までだったら二人しかいなかったからなかなか淋しかったのよ、と珍しいことに明るくアリスが言うと、あなたは真夜中になるといつもこれだ、と主人が苦笑する。「これ」とはきっと「テンションが上がって無駄に明るくなる」事を指しているに違いない。それはもう、酔っているのではないかと思うぐらいに。


 いや、彼女は確かに酔っていたのかもしれない。部屋に充満する魔力に、そしてその雰囲気に。昼間とは全く違うアリスの姿に、パチュリーは彼女の持つ寂しさを垣間見たような気がした。

 この三人だけの楽しみと、そして、アリスの密やかな悲しみは、―つまりはこの三人のみで構築される深い世界は―他人の空間を無限大にして、彼らの時を止めていくらでも動くことのできるソロカでさえ、全く与り知らぬことだった。


 そして、この安寧の日常は、いつまでも続くと思われた。事実、外の世界で戦乱が起ころうと、深い森に囲まれた紅魔館とその村はそもそもが見付からない運命にあり、何があってもこの館にとっては無縁の話であった。



 しかし、その半世紀の間に、事は着々と進行しつつあった。紅魔館は幻想郷に行かねばならないし、アリスもまた、かの地へ帰らねばならない。そしてそれは、時代という、レミリアにもどうにもすることのできない運命の歯車を―油が切れて軋み出し、今にも壊れそうになった歯車を―組み替えるという、大きな運命を背負いつつ、大きな区切りの時を、迎えようとしていた…。
 しばらく振りです。香露です。ああ、疲れた(精神的に)。

 いろいろと所用が入って、季節はずれの風邪までひいて、気がつけば一ヶ月と二旬以上経ってしまいました(汗)久しぶりに来て変わり方に仰天。

 前回言っていたあの人はアリスのことです。むしろ「名前を言わなければならない」と訂正した方がいいかも知れませんね(苦笑)

 私はアリスはかなり暗い少女だと言うイメージを持っています。独り言とか。でもそこがいい。

 私自身独り言の癖があるので…(汗)



 今回はあまり重要ではない細かい土地とか年代。一応最後の一文に関わってきます。そう、あの時起こった大事件と言えば…。とりあえずよく出てくるオルト川というのがドナウ河の支流であることさえ覚えていただければ十分です。



 とりあえず次回で完結する予定です。次回は紅魔館が幻想郷入りしてからのエピソードがメインになっています。パチェさんが何で今みたいなのになってしまったかとか。言うまでもないですが、ソロカさんは咲夜さんと対比になっています。



 なぜか最近ルーマニア語に嵌ってます。なぜか最近遠野物語に嵌っています。いいですね、マヨイガ。なぜか最近友人が減って知り合いが増えています。なぜか最近吸血衝動に駆られてます(汗)。なぜか最近故郷に帰れないでいます。帰りたいなあ。だから余裕が無いのかな(汗)



 長々と愚痴を書いていましたが、最後に少し小話っぽいものを。



 先日、私はある知り合いに「厄病神」呼ばわりされました。「厄神」様などという良いものではありません。「お前と一緒にいると幸せが吸い取られるような気がする」とまで言われました。

 だからこう言ってやりました。「幸せは溜まり過ぎると反動が大きい。だから私はその幸せを適度に吸い取って溜め、ある人に行き過ぎないように管理したり、多くの人にいきわたるようにしているんだ。」と。



 それでは……。
香露
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コメント



0.190簡易評価
8.10名前が無い程度の能力削除
前作からもそうですが、独りよがりのオリ設定と妄想をぶちまけるだけの話で、

読み手のことも全く考えずに自分のやりたいことをしているだけで、本当に東方のSSかも疑わしくなりました。
11.70名前が無い程度の能力削除
私は香露さんのオリ設定、結構好きですよ。

原作の設定を鑑みつつ、そこで「?」と思ったことについて整合性が生まれるように考察しながら、

『東方project』の世界を香露さんなりに掘り下げようとしている。



この作品は、紛れもなく「東方のSS」として立派に成立していると思いますよ。



難を言えば、一文一文が長いために、視覚的に読みにくくなっている点。

ウェブ媒体かつ横書きで文章を表す場合、紙媒体かつ縦書きの場合とは違って、

一文が長いと目を画面の端から端まで動かさなければならず、

目が疲れ、結果として「読みにくい」と感じてしまうことが多いようです。

日本語という言語文字は、本来縦書きで上から下に読むことを前提として作られているので、

横に長いとどうにも読み辛くなる、という性質もあるようですね。



なので、次回作(もし書かれる場合)からは、なるべく一文を短くし、

改行を多めにとることをお試しになってみては如何でしょうか?



オリキャラや独自設定は叩かれることが多いですが、

どうかめげずに頑張って下さい。

長文失礼いたしました。