私とフランで踊る、初めてのワルツ。
フランはやっぱり慣れてないのか、躓くけれど、私がフォローする度に笑顔を向けてくれる。
こんな幸せなひと時が、もっともっと続きますように。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
あの子は元々、そんなに救いようのない壊れ方をした性格ではなかった(尤も、「壊れてる」のを「性格」と言っていいかはわからないけど)。
まあ、その辺の話は「今回語るべきではない」から置いておくとして。
あんな風に壊れてしまったあの子に、私は何もしてあげられなかった。
与えてあげられたのは、独りきりの食事と沢山の「玩具」。
「玩具」と一口に言っても、メイドの一人だったり、安っぽい人形だったり、とにかく何でも、あの子にとっては「壊す」という遊びの対象にしかならなかったというだけだけど。
そう、私は、自分ではパチェや咲夜との日々を送っていながら、あの子にはそれだけしか与えてあげられなかった。私があの子の為にしたことなど、皆無に等しいのだ。
そんな日々に鬱々としていた事に気付いてくれたパチェと咲夜の提案もあり、私は自分の視た運命を信じて幻想郷に移った。
結果としては成功だったのだろう。
私も孤高であり続ける必要はなくなったし(それについては咲夜に愚痴られるようにもなったけど)、あの子にも魔理沙等の遊び相手が出来た。
でも、私の心は満たされないまま。
それは多分、姉として未だに何も出来てないことに起因しているんだと思う。
それはまるで針のように私の心の片隅に突き刺さり、私が楽しい思いをする―霊夢と一緒にいたり、夜雀の屋台で宴をしたりする―そんなときに、その片隅で蠢き、不快な痛みを広げていくのだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「どうしたの、レミリア?」
誰かに呼ばれて意識は現実に還ってくる。
「別に、どうもしないけど?」
「嘘。あなた酷い顔してたもの」
霊夢が鋭いのか、私がそれだけおかしな顔をしていたのか。
よくみれば霊夢だけでなく、咲夜も心配そうにこっちをみている。
やはり私の方があの感情を顔にだしていたということか。
「レミリア、最近楽しげにしてる時にその暗い表情が増えたわ。体調が悪かったり私が何か気に食わない仕草でもしたのかって少し気にしてたのよ?」
「どっちもないから心配はいらないわ。」
「だーかーら!心配しちゃったものは仕方ないからちゃっちゃと吐きなさい。すっきりするかもよ?」
口調はきついけれど、心から私を心配してくれてる言葉。
霊夢も変わってきたのかしら。以前なら、もっと他人に対して無頓着で、今もきっと興味のない様子をみせるだけだったろう。
まあ、私達に比べて圧倒的に時の流れがはやいのだから、このくらいの変化ならある意味当然かもしれないけど。
「うん、せっかく霊夢が心配してくれてるんなら、ちょっと相談してみようかしら」
「あら、珍しい」
何故か本気で驚いてる霊夢。なんとも腹が立つ。こっちの気も知らないで。
「失礼ね、私だってただの高慢ちきの分からず屋じゃないわ。自分で解決できない問題があれば相談くらいするわよ」
「じゃあ、こう言ってきたのがこのメイドとか紫もやしだったら?」
「ぐぬ…」
確かに「霊夢だから」相談しようと思った。
というか、実際パチェや咲夜にも心配された記憶が無きにしも非ず、だ。
「そうですわお嬢様。私が心配したときと態度が違いすぎます!」
「いや、まあ、ほら、部下に心配をかけさせないのも主の努めって言うじゃない」
「何をおっしゃいますか。お嬢様のお答は生涯忘れませんわ!」
「え?何か言ったかしら?」
全く記憶にない。
というか追い払うために適当なこと言ったかもしれないが、そんなもの記憶されても困る。
「『最近御加減がよろしくないように見受けますが』って聞いた私に、『ええ、血は新鮮な方がいいわね』とお答え下さいましたわ」
激昂気味だったのが一瞬で普段の人を食ったような態度に逆戻り。
……あれは明らかに沸点超えたわね。
冷静な癖に瞳の色が赤みがかっているのがその証左だ。
「レミリア、あんたも偶には他人を労ってあげなさいよ。仮にも咲夜は人間なんだし」
呆れたように言う霊夢。
確かに我ながら随分上の空な答えだとは思うが、
「霊夢には言われたくなかったかな…」
今だって咲夜を、普段は来客を片っ端からこき使うことで有名じゃない。
「人聞きの悪いこと言わないで欲しいわね」
「あら、普段から白黒とか都会派のことこき使ってるじゃない。真実よ、しんじつ」
「あれは自主的にやってくれてるだけよ。そうね、レミリアにもそういう『気分』になってもらおうかしら」
……からかうのはこの辺までね。
目が本気だわ。
多分今なら紅霧異変のとき以上の気合で戦ってくるでしょうね。『労働力確保』なんて、霊夢にとっては甘すぎる誘惑だろうし。
本気の霊夢との弾幕勝負も楽しそうだけど、今は私の気分がのらないからパス。
「話を戻すわよ?」
突然だけど、霊夢としてもキリのいいところだったろう、あっさりと乗ってくれる。
「どうせあんたの悩み事だ。妹のことでしょう?」
く、悔しいけど図星。というかこの巫女、妙な所だけ鋭い。
「全く、早苗の奴は自分の神様に無駄な心配してるし、こっちは妹に無駄な心配。全く、身内に甘いのばっかりね」
「無駄な心配?何でそんなこと言えるのよ!」
「お嬢様」
咲夜の声で我にかえる。相談を持ちかけた身で声を荒げるのはいただけない。
しかし、私のこの悩みを杞憂扱いされたのだ。
そう思うとまたふつふつと怒りがこみ上げてくる。
「まあ、落ち着きなさい、レミリア。頭を冷やしながら聞いてくれればいいから」
一つ、二つと深呼吸。
人間の真似だが、いくらか落ち着いた気がする。
しかし、昔の私なら有無を言わせず八つ裂きにしただろう。私もいつの間にか丸くなったのか。
「数日前に、似たように暗い顔をした巫女に相談されたわ。何でもね、『私のせいで神様たちが自由でいられてないんじゃないか』ですって」
「ばっかばかしい。そんなはずないじゃないか」
「でしょう?でも同じよ?今のあなたと」
「どこが!」
「まあ最後まで聞きなさい。あの子は、そう思った理由を言ったわ。
一つ、私のことで2人が時々喧嘩をしている。
二つ、私が神社をしっかり整え、信仰を集めるから、二人は神社に縛られる形になっている。
三つ、私の『能力』で二人を縛り付けているんじゃないか」
私は黙り込んだ。
確かに彼女のは杞憂だ。
でも、三つ目が私の心に引っかかった。
そう、私も能力の系統は同じ。
『未来』に働き、基本的には目に見えない。
それに、私自身、妹の運命をよい方向に操ってあげられないことを自責したこともあったのだ。
「気付いた?」
霊夢が私の顔をのぞき込んでいる。なんかしたり顔しているのが腹立つ。
それに、私の問題が完全に解決したわけでもない。
「でも、だからって…」
だから、私がこうして不満の声をあげるのは当然。断じて悔し紛れではない。
「何、まだ粘るのね?」
また霊夢の顔つきがかわる。
獲物を見つけた獣の目だけど、楽しげな感じ。
要するに弄り甲斐のある玩具を見つけたってところなのだろう。
大人しく玩具にされるのは癪だが、相変わらず私は相談を受けてもらってる側だ。潔く諦める。
「フランドールを大切に思う気持ちはわかるけどね、こういうのは『なるようになる』ものでしょう?」
「そうかもしれないけど、でも……」
「くどいわね、レミリア。『なるようになる』ってことは、『なるようにしかならない』ってことよ。いくら運命を操れようが、いくら奇跡を起こせようが、それでも物事は『なるようになる』の」
霊夢らしくない論調な気もするけれど、私に反論はできなかった。
だって、それはある意味では真理だから。
「でも、あなたがそんなことを言うのね、博麗の巫女」
せめてもの意趣返しのつもりで呟く。
「何言ってるのよ。こうでも考えてなきゃやってられないじゃない」
返ってきたのは思った以上に重たい言葉。
心なしか霊夢の表情も暗い。
「でも、あなたはそんなことを信じてるわけじゃないのよね?」
そう、信じてないから霊夢は頑張っている。こうして自分を傷付けながらも私を励まそうとしてくれる。
「そうね、信じてはいないけど、時々不安になるわね。特にあのスキマとかといるとね」
それは確かにわかる。彼女の前では、彼女の手のひらの上で踊っているだけに思うこともある。でも。
「何言ってるのよ生臭巫女。貴女みたいな能天気巫女が不安になるだなんて、らしくないわね」
ふっ、と、何かが吹っ切れた気がした。
それは、山の巫女の悩みを聞いて、自分の悩みと合わせて客観視できたからかもしれないし、霊夢も私と同じように『なるようにしかならない』ことで悩んでいることがわかったかもしれない。
そう、何をした所で『なるようにしかならない』のに、いくら私が気を揉んだ所で大したことは出来ないのだろう。
ならば思い切り開き直ってやろう。
フランに今までしてきたことは、私の自己満足や逃げであることは間違いない。それは変えようもない事実だし、悔やまない訳がない。
でも、私達は姉妹なのだ。
虫のいい話だとしても、私からぶつかっていけばきっとわかってくれる。
例えフランが私を許してくれなかったとしても、フランに壊されるなら私はその運命を受け入れることができる。その後のことは咲夜とパチェがなんとかしてくれるだろう。何と言っても、必然が偶然かはわからないけれど、私は周りに恵まれているのだから。
「レミリア!聞いてるの!?」
気付けば、霊夢の顔が目の前にあった。
キス、と言う雰囲気ではないわね。
「聞いてなかったわ。どうかした?」
私にとっては至極当たり前の返答。聞いていなかったものは仕方がないから。
しかし、霊夢には意外な反応だったのか、きょとんとしてしばし硬直すると、定位置であるちゃぶ台の向かいに戻った。
「元気になったみたいじゃない、随分なこといってくれるわね、って言ったのよ。調子狂うわね」
ああ、そういえば吹っ切れた時にちょっと挑発的なこと言ったわね。
「でも、元気はでたでしょ?」
霊夢はまた驚いたような表情をすると、笑顔になって軽く溜め息。
「何だ、相談を聞いて励ましてやるつもりだったのに、何時の間にか立場逆転しちゃったみたいね」
「ええ。貴女に貸し作ったらどんな目にあうかわからないもの」
「失礼ね、私はそんな悪魔じみた人間じゃないわ」
「どうだか。少なくとも人間離れしてるんだから、少しくらい悪魔でもおかしくはないわね」
軽快で他愛ないやりとり。
この幸せな一時を、フランと作ってみせよう。
笑いながら私は思った。
「お嬢様、夕食の準備ができましたわ」
「あら、随分手際がいいのね。普段なら『夕食を取りたければ館にお戻りください』って聞かないのに」
「私が『長い話になるから夕食お願いね』って言っておいたのよ」
「それはさぞかし強烈な脅しだったでしょうね。大丈夫、咲夜?」
「お嬢様……」
「こら、人聞きの悪い芝居は止めてちょうだい?」
「はいはい、冗談よ、冗談」
やっぱりこの手の冗談に対するときは目が怖いわ、霊夢。それだけ悪評が里に広まってるのかしら。
「まあ、2人とも、……ありがとうね」
やっぱり「ありがとう」って言葉は少し照れくさい。
「あら、私だけじゃなくて咲夜にもしっかり礼を言えたわね。成長したじゃない、レミリア」
今度は私が意表を衝かれる番。
成長?私が?『永遠に幼き紅き月』と謳われたこの私が?
そう思っても、悪い気はしないのが少し不思議だった。
「はいはい、そんなことはいいから食事にしましょう?」
照れ隠しというか、全力で話題転換。二人ともニヤついているのが少し腹立たしいが。
やっぱり多人数で食べる夕食は美味しかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
それから一週間、私は何をするともなく過ごした。
勿論、私から歩みよって行かなくてはならないことはわかっていた。
でも、地下室の階段を一歩下る度、「フランに拒絶されたら」という不安に苛まれ、地下室の扉の前にすらたどり着くことは出来なかった。それこそ、地下室への階段が無限に続いているような錯覚に陥るほどに。その時だけは、霊夢の励ましや咲夜やパチェの心配そうな表情も浮かばず、独り震え続けるしかなかった。
自室に戻って考える。それも当たり前なのだと。
今までフランにしてきた仕打ちを後悔する場があの階段なのだとすれば、それが無限であることはむしろ必然ですらあるのだ。
そういった鬱々とした日々を打ち破ったのは、予想外の奴だった。
「フラン!!」
『その知らせ』を聞いた瞬間、私は居ても立ってもいられず、ほぼ反射的に部屋を飛び出した。
――それは門番の『業務報告』。
気が向いたときに(=侵入者を撃退したときに)、普段誇らしげにやってくる門番の報告だ。
それが今日はそうではなかった。
何時も通り傷だらけで、そのくせ背筋はピンと張り詰めて、彼女は真剣な目をして私の元に来たのだ。
くそっ!
何故こんなにも遅いのだ!
――彼女は開口一番、「妹様の所に行って参りました」とのたまった。沢山の傷は、フランとの『遊び』のときに負ったのだろう。
音速を越えろ!光速へ届け!
今動かずに、どこで動く?
運命を操る能力を持とうが、運命の重みは同じ。
きっとこの『運命』を逃したら、私は二度とあの子の傍に居る機会は失われるだろう。
そんなことが耐えられるか!
ならば跳べ!『誇り高き吸血鬼』、『スカーレットデビル』の本領を『運命』って奴に見せつけてやれ!
――いきなりの発言に呆気にとられた私に、奴は「妹様に、何をしたいか聞いてみたのです」と言ったのだ。
私はいきり立った。当然、「地下室から出たい」という答えが返って来ることはわかりきっていたから。そんなこと、『視る』までもない。
「『ここから出たいわね』と仰せでした」
当然。何を言っているのだこの中華妖怪は。
そんな考えは、彼女の次の言葉で吹っ飛んだ。
「だから、私は、『出た後に何をしたいのですか?』と聞かせて頂きました」
ガツン、と殴られたような気がした。
考えたことがなかった。むしろ、考えたくもなかった。
もし、フランの口から『お姉様を壊したい』なんて言われたら、私は絶対抗う事は出来ないから。
もし、『お姉様が憎い』って言われたら、きっと私も壊れてしまうから。
覚悟はできているつもりだけれど、やはりそんなことは嫌だ。
でも、門番の口から出てきた言葉は、全く違うものだった。
『私ね、お姉様に会って、『ありがとう』と『ごめんなさい』って言いたいの』
そこまで聞いて飛び出した私の背に、門番の声が届いた気がするけど、生憎耳までは届かなかったのだろう――
「フラン!!」
地下室の扉をぶっ飛ばす。
あれほど私を苦しめた階段は信じられない程に短かったけれど、フランでも壊せないように作った扉は思いの外頑丈だった。
「フラン!!ねぇ、フラン!?」
外側からなら鍵を開けられるということも忘れて、扉に何度も体当たりをする。
『鍵を忘れた』なんて格好悪いことは言えない。『囚われのお姫様を救うなら、こうじゃないと格好がつかないでしょ?』と自分に言い聞かせる。尤も、お姫様を閉じこめたのも私なのだから、完全に自業自得であることは変わらないけれど。
「こ、の!」
「鉄面扉ーー!!」
渾身の跳び蹴り。
でも、何故か、扉はぶち破れずに、『開いた』。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「これでよろしかったでしょうか?」
「ええ、流石は咲夜ね」
「しかし、何でこのようなことを?」
「愚問ね、美鈴」
今回の『スカーレット姉妹仲直り作戦』(命名:咲夜)の計画者、パチュリー・ノーレッジはニヤリと笑って言った。
「元気のないレミィなんか、甘くないショートケーキと同じだからよ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――いきなり扉が開いたかと思うと、跳び蹴りしながらお姉様が入ってきた。
一瞬何が起きたかわからないような顔をする。
いや、訳解らないのは私の方だよお姉様。何で普通に鍵を開けて入ってこないのかな?
でも、すぐに私の方を見て、泣いているのか笑っているのか仏頂面を作ろうとしているのかよくわからないぐちゃぐちゃな顔をして、私の方へ来る――
私はフランに駆け寄って、何も言わずに抱きしめた。
いいや、『何も言わずに』じゃなくて、『何も言えずに』。
自分がしゃくりあげているのも構わない。
自分の顔が見るに耐えないことになってるのも気に留めない。
私はただ、ずっと、ずっと、こうしてあげたかったのだ。
だから、今は、決して離さない。
――お姉様は何も言わずに私を抱きしめた。
お姉様の抱きしめ方は力任せでちょっと痛かったけど、抱きしめられた途端に、私はどんな顔をしていいのかわからなくなった。
だって、嬉しかったから。
嬉しすぎて、嬉しすぎて、泣いてしまいそう。ううん、絶対もう泣いちゃってる。
お姉様の顔を『ぐちゃぐちゃ』なんて思ったけど、多分今の私も同じくらい『ぐちゃぐちゃ』になってる。だって、姉妹だもの――
「フラン、あなたに言わなくちゃいけないことがあるわ」
暫くの抱擁の後、私は真面目な表情を(なんとか)持ち直して言った。
そう。これで悔いはない。
きっと今のでフランも大丈夫だろう。
「ごめんね、フラン、私、あなたに酷い仕打ちをしてきた。あなたになら殺されても壊されても・・・」
「お姉様」
フランの声が力強く遮る。
「私もね、お姉様に言わなきゃいけないことがあるの。絶対、これは先に言わせてもらうわ」
門番も言っていた。私に礼と謝罪をしたい、と。
本当なのだろうか。フランの口の動きに、自分の全神経に緊張が走るのがわかった。
「ありがとう。あと、ごめんなさい」
ふっ、と体中から力が抜ける。フランが私に礼を言ってくれた。それだけなのに、凄い安堵感が私を包んだ。
「それでね、お姉様」
再び全身に緊張が走る。我ながらわかりやすい反応だと思う。
「495年、『ゼロ』にしましょう?」
硬直した。
フランの言いたいことが読めない。
要するに、『私との関係をなかったことにしたい』ということなのだろうか。
「お姉様、多分お姉様の考えてることは違うわ。だって、そんなに羽を張らせて、悪い事考えてたんでしょう?
私ね、単純に、今から0歳と5歳の姉妹として始めましょう、って言いたいの。
そうすればお姉様は私に対して負い目はなくなるし、私もお姉様に気兼ねなくお話できるもの。ね、名案でしょ?」
妹に『緊張すると羽が張る』癖を知られていた、という気恥ずかしさとか、妹よりも考え方が幼かった、とか、そんなことは考えないでもなかったけれど。
私はまた泣いた。嬉しくて。フランは私の気付かないところで成長していたんだ。パチェや咲夜はそれに気付いてて、私は気付いてなかった。それも情けなくて泣いた。
――お姉様は泣いてばかりだ。
きっと、ずっと私の事を考えててくれてて、この小さな身体(と言っても私よりはちょっと大きいけど)に支えきれないくらいの辛さに耐えてきたんだろう。
だから私は抱きしめた。お姉様が私を抱きしめてくれる力に負けないくらいに、ぎゅーっと。
抱きしめながら、私も泣いていた。
不思議だな。普段こんなにぎゅーっとしたら、きっと抱いてるモノは壊れてしまうのに。
それなのに、お姉様は壊れない。それどころか、あったかい。――
「お姉様、あったかいね?」
フランの言葉に、泣きじゃくっていたところを我に返る。
そうだ。フランは抱擁の暖かさすら知らない。
私がこの暖かさを知ったのは何時だったか。
一度忘れて、思い出すことが出来たのは誰のお陰だったか。
一瞬、そんなことが頭をよぎった。
「そうよ、フラン。生き物同士が抱き合うと、あったかいの。心も、体も。今度、魔理沙で試してみなさい?吸血鬼よりもっとあったかいから」
ちょっと作り笑顔。上手く出来たかな。
どっちにしても、ぼろぼろでひどい顔には変わりなかっただろうけど、フランは満面の笑みで―それこそ、我々が嫌う太陽のような美しい微笑で―頷いた。
そう、この子は私にとって太陽だった。
生物が、等しく、最も愛すべき存在でありながら、我々が、最も忌み嫌う存在。それが太陽。
その故は、日光に風化させられるとかいうものではない。
我々にとって、日光の下に出るということは、あまりに畏れ多いことだったのだ。ただ、それだけ。故に、始祖だか誰だかが『契約』を取り交わし、建前上『吸血鬼は太陽を嫌う』様になったのだ。
しかし、太陽は、本当は私達吸血鬼にとっても尊い存在。尊すぎる故に、多くの命を奪う吸血鬼に、その光を浴びる資格がないと思わせた。
私も、フランの笑顔を見ながら、フランを笑顔にさせることが出来た喜びと、フランの笑顔を見る資格が私にあるだろうかという罪悪感を同時に感じていた。
「お姉様」
――お姉様は、また考え込んでいた。
きっと、私が笑ったことにフクザツな気持ちを持ってるんだろう。お姉様はそうやって全部を背負い込んでしまうから。
昔だったら、ただ『私が笑うのが気に喰わないんだ』なんて悲観的なことを思ってしまっただろうけど、今は違う。
お姉様を本当に救えるのは私。咲夜も、パチェも、励ましてあげられるだろうけど、それではお姉様は自分を許せない。
だから、私はお姉様を赦す。私に出来るのはそれだけだけど、それで十分だから――
「お姉様、お姉様は私にとっては「唯一人の」お姉様なんだから、妹の前で悲しそうな顔はしないで?」
フランは本当に成長してくれた。
きっと、私なんかでは手の届かないところにいる。
そんな気分にも襲われながら、私は謝りながら泣きじゃくった。
吸血鬼だとか、紅魔館の主だとか、夜の王だとか、そんな誇りなど、フランの前では、そんなものは今流れる涙ほどの役にも立たなかった。
そして自覚する。
ああ、私は、この子の前では「か弱い姉」でしか居られないことが耐えられなかったのだな、と。
自らの目から流れる流水のもたらす微かな痛みを感じながら、私は長い間フランと抱き合っていた…
かったのだが、ウチの住人は良くも悪くも心優しかった。『お人好し』ってやつなのかもしれないが、『お節介』でもあると思う。
「お嬢様、妹様、仲直りおめでとうございます!」
門番の一声と同時に、地下室は宴会場と化した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「フランと一緒にいなくていいのかしら?」
一人壁際で佇んでいると、パチェがワインを両手に持ってやってきた。
私は片方を受け取って軽く乾杯する。
「あの子は今魔理沙と一緒に青巫女をいじって遊んでるわ」
そう、門番の一声と同時に、妖精メイドたちが大量の料理と酒を運び込み、何時の間に呼んでおいたのか(まあどうせ咲夜が時を止めながら呼んで回ったのだろうけど)、山の巫女から湖の氷精まで集まっての大宴会が始まったのだ。
「あら、妬いてる?」
私が普段よりもフランに対して淡白なのを気にかけたのだろう。この皮肉はパチェなりの心配の裏返しなのだと思う。
とにかく幻想郷の魔法使いときたら、皆こんな感じなのだ。勿論例外は魔理沙一人。とは言っても私の知る限り、『魔法使い』に分類されるのは3人しかいないが。
とりあえず、パチェの気遣いに感謝しつつ、答える。
「いいえ。何で私があの白黒や青巫女如きに妬かなきゃいけないのかしら?」
本音だった。
以前なら確かに快くはなかっただろうけど、今では笑顔で見守ってあげられる。
「だって、姉妹なんだから、魔理沙たち以上に一緒に居られるもの」
だから、これが私の答え。
その答えに、パチェは少し驚いたような顔をすると、
「随分成長したのね」
と感慨深げに言った。
……成長?本当だろうか。
フランに比べて、私は幼いままではないか?
「何を落ち込んでるのかしら?」
やはり私の周りは妙に鋭い奴ばかりだ。
「ねぇ、パチェ。私、本当に成長しているかしら」
思い切ってぶつけてみると、パチェは一瞬きょとんとすると、突然笑い出した。
「ちょっと、何で笑うのよ。失礼ね」
私は口を尖らせて抗議するが、「ごめ…ちょ…ツボに入った…」と言って笑い続ける。必死でワインをこぼさないように笑ってるのは、笑われてるのが私でなければ、かなり滑稽に思えたと思う。
少し落ち着いたのか、パチェは真面目そうな顔をして向き合った。
…口の端がひくついて今にも笑い出しそうなのは見逃してあげることにする。
「そもそもレミィ、成長しない状態、って何よ?
それは、完全に時間の停止した状態か、昔の竹林の月人共みたいに完全に完結して居る変化のない状態よ。
あなたはどちらかに該当するのかしら?」
それは当然、している訳がない。
「じゃあ、時の動きと共に、生物は須く変化するものよ。
変化には大別して進化と退化があるわ。
まさか、退化してる、何て言わないわよね?」
そりゃ、確かに退化はしていないだろうけど。
「でも、私『永遠に幼き紅い月』なのよ?」
というか、名付けたのはパチェじゃない。
「そうね。でも、それはあくまで外見の話よ。人間でさえ成長できるものを、誇り高き吸血鬼様は出来ないと?」
まさか。いくら下らない挑発とは言え、言って良いことと悪いことがあるわ。
「怒らない、レミィ」
機先を制される。私のことをよくわかってるのはいいが、こういうところで上手く言いたい放題されるのは頂けない。
「あなたの言ってることと、私がさっき言ったことは同じよ?
それに怒るってことは、その内容が図星なのか、論外であるかのどちらかよ。
当然後者でしょ?レミィの場合、図星だと思うなら、怒る前に必ず一度言葉に詰まるものね」
…やはりいただけないなあ。『全部わかってもらえてる』っていうのは。
「じゃあ何、私はちゃんとに成長出来てる?」
「言わずもがな、ね。貴女が成長してなくて、フランが成長出来るわけないじゃない」
相変わらずパチェの話は解り辛かったけど、パチェにそう断言して貰えたことで、安堵感が広がるのがわかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
レミィが咲夜を呼び、雅やかな足取りでダンスステージに向かうのを見送って、私は少し溜め息をついた。
勿論、レミィの考えていたことに、だ。
何とか論破はしたが、レミィの考えていたことが分からなかった訳ではない。
私だって、ただの「動かない大図書館」であったころは、知識を得ながらも成長はなかった。
今でこそ魔法使い仲間とのやりとりの中で成長を実感出来るけど、レミィは「主」や「吸血鬼の棟梁」という孤独を自ら選んだ事で、自らの成長を知ることが出来なくなっていたのだろう。
成長を知るには、他者に指摘されるか、他者との接触の中で自ら気付くか、とにかく他者との対等な交わりがないといけないのだ。
私には忸怩たる思いがあった。
もしかしたら、私にその役割をなし得たのではないか。
もしかしたら、私が彼女を苦しみから解き放てたのではないか。
むしろ、私がそれを成さねばならなかったのではないか。
しかし、なんとか前向きに考え直す。
後ろを向いて立ち止まらず、前を向いて考える。2人の森の魔法使いから学んだことだ。
確かに私は無力だった。
だけど、結果的にレミィと妹様―もう「フラン」と呼んであげないと怒るだろうか―は仲直りできた訳だし。
それに、人生-私やレミィは人ではないけれど-がそう全て上手くいくわけがない。
私は話し相手もいないのでそうひとりごちる。
目を向けた先では、レミィが優雅に、それでいて愉しげに、(何時の間に踊る相手を変えたのか知らないが)フランとワルツを踊っていた。
これこそが、あの二人が永い間求めていた形。
まだ拙いフランは、転びそうになりながらも、レミィの見事なフォローのお陰もあって、楽しそうに舞っていた。
フランはやっぱり慣れてないのか、躓くけれど、私がフォローする度に笑顔を向けてくれる。
こんな幸せなひと時が、もっともっと続きますように。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
あの子は元々、そんなに救いようのない壊れ方をした性格ではなかった(尤も、「壊れてる」のを「性格」と言っていいかはわからないけど)。
まあ、その辺の話は「今回語るべきではない」から置いておくとして。
あんな風に壊れてしまったあの子に、私は何もしてあげられなかった。
与えてあげられたのは、独りきりの食事と沢山の「玩具」。
「玩具」と一口に言っても、メイドの一人だったり、安っぽい人形だったり、とにかく何でも、あの子にとっては「壊す」という遊びの対象にしかならなかったというだけだけど。
そう、私は、自分ではパチェや咲夜との日々を送っていながら、あの子にはそれだけしか与えてあげられなかった。私があの子の為にしたことなど、皆無に等しいのだ。
そんな日々に鬱々としていた事に気付いてくれたパチェと咲夜の提案もあり、私は自分の視た運命を信じて幻想郷に移った。
結果としては成功だったのだろう。
私も孤高であり続ける必要はなくなったし(それについては咲夜に愚痴られるようにもなったけど)、あの子にも魔理沙等の遊び相手が出来た。
でも、私の心は満たされないまま。
それは多分、姉として未だに何も出来てないことに起因しているんだと思う。
それはまるで針のように私の心の片隅に突き刺さり、私が楽しい思いをする―霊夢と一緒にいたり、夜雀の屋台で宴をしたりする―そんなときに、その片隅で蠢き、不快な痛みを広げていくのだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「どうしたの、レミリア?」
誰かに呼ばれて意識は現実に還ってくる。
「別に、どうもしないけど?」
「嘘。あなた酷い顔してたもの」
霊夢が鋭いのか、私がそれだけおかしな顔をしていたのか。
よくみれば霊夢だけでなく、咲夜も心配そうにこっちをみている。
やはり私の方があの感情を顔にだしていたということか。
「レミリア、最近楽しげにしてる時にその暗い表情が増えたわ。体調が悪かったり私が何か気に食わない仕草でもしたのかって少し気にしてたのよ?」
「どっちもないから心配はいらないわ。」
「だーかーら!心配しちゃったものは仕方ないからちゃっちゃと吐きなさい。すっきりするかもよ?」
口調はきついけれど、心から私を心配してくれてる言葉。
霊夢も変わってきたのかしら。以前なら、もっと他人に対して無頓着で、今もきっと興味のない様子をみせるだけだったろう。
まあ、私達に比べて圧倒的に時の流れがはやいのだから、このくらいの変化ならある意味当然かもしれないけど。
「うん、せっかく霊夢が心配してくれてるんなら、ちょっと相談してみようかしら」
「あら、珍しい」
何故か本気で驚いてる霊夢。なんとも腹が立つ。こっちの気も知らないで。
「失礼ね、私だってただの高慢ちきの分からず屋じゃないわ。自分で解決できない問題があれば相談くらいするわよ」
「じゃあ、こう言ってきたのがこのメイドとか紫もやしだったら?」
「ぐぬ…」
確かに「霊夢だから」相談しようと思った。
というか、実際パチェや咲夜にも心配された記憶が無きにしも非ず、だ。
「そうですわお嬢様。私が心配したときと態度が違いすぎます!」
「いや、まあ、ほら、部下に心配をかけさせないのも主の努めって言うじゃない」
「何をおっしゃいますか。お嬢様のお答は生涯忘れませんわ!」
「え?何か言ったかしら?」
全く記憶にない。
というか追い払うために適当なこと言ったかもしれないが、そんなもの記憶されても困る。
「『最近御加減がよろしくないように見受けますが』って聞いた私に、『ええ、血は新鮮な方がいいわね』とお答え下さいましたわ」
激昂気味だったのが一瞬で普段の人を食ったような態度に逆戻り。
……あれは明らかに沸点超えたわね。
冷静な癖に瞳の色が赤みがかっているのがその証左だ。
「レミリア、あんたも偶には他人を労ってあげなさいよ。仮にも咲夜は人間なんだし」
呆れたように言う霊夢。
確かに我ながら随分上の空な答えだとは思うが、
「霊夢には言われたくなかったかな…」
今だって咲夜を、普段は来客を片っ端からこき使うことで有名じゃない。
「人聞きの悪いこと言わないで欲しいわね」
「あら、普段から白黒とか都会派のことこき使ってるじゃない。真実よ、しんじつ」
「あれは自主的にやってくれてるだけよ。そうね、レミリアにもそういう『気分』になってもらおうかしら」
……からかうのはこの辺までね。
目が本気だわ。
多分今なら紅霧異変のとき以上の気合で戦ってくるでしょうね。『労働力確保』なんて、霊夢にとっては甘すぎる誘惑だろうし。
本気の霊夢との弾幕勝負も楽しそうだけど、今は私の気分がのらないからパス。
「話を戻すわよ?」
突然だけど、霊夢としてもキリのいいところだったろう、あっさりと乗ってくれる。
「どうせあんたの悩み事だ。妹のことでしょう?」
く、悔しいけど図星。というかこの巫女、妙な所だけ鋭い。
「全く、早苗の奴は自分の神様に無駄な心配してるし、こっちは妹に無駄な心配。全く、身内に甘いのばっかりね」
「無駄な心配?何でそんなこと言えるのよ!」
「お嬢様」
咲夜の声で我にかえる。相談を持ちかけた身で声を荒げるのはいただけない。
しかし、私のこの悩みを杞憂扱いされたのだ。
そう思うとまたふつふつと怒りがこみ上げてくる。
「まあ、落ち着きなさい、レミリア。頭を冷やしながら聞いてくれればいいから」
一つ、二つと深呼吸。
人間の真似だが、いくらか落ち着いた気がする。
しかし、昔の私なら有無を言わせず八つ裂きにしただろう。私もいつの間にか丸くなったのか。
「数日前に、似たように暗い顔をした巫女に相談されたわ。何でもね、『私のせいで神様たちが自由でいられてないんじゃないか』ですって」
「ばっかばかしい。そんなはずないじゃないか」
「でしょう?でも同じよ?今のあなたと」
「どこが!」
「まあ最後まで聞きなさい。あの子は、そう思った理由を言ったわ。
一つ、私のことで2人が時々喧嘩をしている。
二つ、私が神社をしっかり整え、信仰を集めるから、二人は神社に縛られる形になっている。
三つ、私の『能力』で二人を縛り付けているんじゃないか」
私は黙り込んだ。
確かに彼女のは杞憂だ。
でも、三つ目が私の心に引っかかった。
そう、私も能力の系統は同じ。
『未来』に働き、基本的には目に見えない。
それに、私自身、妹の運命をよい方向に操ってあげられないことを自責したこともあったのだ。
「気付いた?」
霊夢が私の顔をのぞき込んでいる。なんかしたり顔しているのが腹立つ。
それに、私の問題が完全に解決したわけでもない。
「でも、だからって…」
だから、私がこうして不満の声をあげるのは当然。断じて悔し紛れではない。
「何、まだ粘るのね?」
また霊夢の顔つきがかわる。
獲物を見つけた獣の目だけど、楽しげな感じ。
要するに弄り甲斐のある玩具を見つけたってところなのだろう。
大人しく玩具にされるのは癪だが、相変わらず私は相談を受けてもらってる側だ。潔く諦める。
「フランドールを大切に思う気持ちはわかるけどね、こういうのは『なるようになる』ものでしょう?」
「そうかもしれないけど、でも……」
「くどいわね、レミリア。『なるようになる』ってことは、『なるようにしかならない』ってことよ。いくら運命を操れようが、いくら奇跡を起こせようが、それでも物事は『なるようになる』の」
霊夢らしくない論調な気もするけれど、私に反論はできなかった。
だって、それはある意味では真理だから。
「でも、あなたがそんなことを言うのね、博麗の巫女」
せめてもの意趣返しのつもりで呟く。
「何言ってるのよ。こうでも考えてなきゃやってられないじゃない」
返ってきたのは思った以上に重たい言葉。
心なしか霊夢の表情も暗い。
「でも、あなたはそんなことを信じてるわけじゃないのよね?」
そう、信じてないから霊夢は頑張っている。こうして自分を傷付けながらも私を励まそうとしてくれる。
「そうね、信じてはいないけど、時々不安になるわね。特にあのスキマとかといるとね」
それは確かにわかる。彼女の前では、彼女の手のひらの上で踊っているだけに思うこともある。でも。
「何言ってるのよ生臭巫女。貴女みたいな能天気巫女が不安になるだなんて、らしくないわね」
ふっ、と、何かが吹っ切れた気がした。
それは、山の巫女の悩みを聞いて、自分の悩みと合わせて客観視できたからかもしれないし、霊夢も私と同じように『なるようにしかならない』ことで悩んでいることがわかったかもしれない。
そう、何をした所で『なるようにしかならない』のに、いくら私が気を揉んだ所で大したことは出来ないのだろう。
ならば思い切り開き直ってやろう。
フランに今までしてきたことは、私の自己満足や逃げであることは間違いない。それは変えようもない事実だし、悔やまない訳がない。
でも、私達は姉妹なのだ。
虫のいい話だとしても、私からぶつかっていけばきっとわかってくれる。
例えフランが私を許してくれなかったとしても、フランに壊されるなら私はその運命を受け入れることができる。その後のことは咲夜とパチェがなんとかしてくれるだろう。何と言っても、必然が偶然かはわからないけれど、私は周りに恵まれているのだから。
「レミリア!聞いてるの!?」
気付けば、霊夢の顔が目の前にあった。
キス、と言う雰囲気ではないわね。
「聞いてなかったわ。どうかした?」
私にとっては至極当たり前の返答。聞いていなかったものは仕方がないから。
しかし、霊夢には意外な反応だったのか、きょとんとしてしばし硬直すると、定位置であるちゃぶ台の向かいに戻った。
「元気になったみたいじゃない、随分なこといってくれるわね、って言ったのよ。調子狂うわね」
ああ、そういえば吹っ切れた時にちょっと挑発的なこと言ったわね。
「でも、元気はでたでしょ?」
霊夢はまた驚いたような表情をすると、笑顔になって軽く溜め息。
「何だ、相談を聞いて励ましてやるつもりだったのに、何時の間にか立場逆転しちゃったみたいね」
「ええ。貴女に貸し作ったらどんな目にあうかわからないもの」
「失礼ね、私はそんな悪魔じみた人間じゃないわ」
「どうだか。少なくとも人間離れしてるんだから、少しくらい悪魔でもおかしくはないわね」
軽快で他愛ないやりとり。
この幸せな一時を、フランと作ってみせよう。
笑いながら私は思った。
「お嬢様、夕食の準備ができましたわ」
「あら、随分手際がいいのね。普段なら『夕食を取りたければ館にお戻りください』って聞かないのに」
「私が『長い話になるから夕食お願いね』って言っておいたのよ」
「それはさぞかし強烈な脅しだったでしょうね。大丈夫、咲夜?」
「お嬢様……」
「こら、人聞きの悪い芝居は止めてちょうだい?」
「はいはい、冗談よ、冗談」
やっぱりこの手の冗談に対するときは目が怖いわ、霊夢。それだけ悪評が里に広まってるのかしら。
「まあ、2人とも、……ありがとうね」
やっぱり「ありがとう」って言葉は少し照れくさい。
「あら、私だけじゃなくて咲夜にもしっかり礼を言えたわね。成長したじゃない、レミリア」
今度は私が意表を衝かれる番。
成長?私が?『永遠に幼き紅き月』と謳われたこの私が?
そう思っても、悪い気はしないのが少し不思議だった。
「はいはい、そんなことはいいから食事にしましょう?」
照れ隠しというか、全力で話題転換。二人ともニヤついているのが少し腹立たしいが。
やっぱり多人数で食べる夕食は美味しかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
それから一週間、私は何をするともなく過ごした。
勿論、私から歩みよって行かなくてはならないことはわかっていた。
でも、地下室の階段を一歩下る度、「フランに拒絶されたら」という不安に苛まれ、地下室の扉の前にすらたどり着くことは出来なかった。それこそ、地下室への階段が無限に続いているような錯覚に陥るほどに。その時だけは、霊夢の励ましや咲夜やパチェの心配そうな表情も浮かばず、独り震え続けるしかなかった。
自室に戻って考える。それも当たり前なのだと。
今までフランにしてきた仕打ちを後悔する場があの階段なのだとすれば、それが無限であることはむしろ必然ですらあるのだ。
そういった鬱々とした日々を打ち破ったのは、予想外の奴だった。
「フラン!!」
『その知らせ』を聞いた瞬間、私は居ても立ってもいられず、ほぼ反射的に部屋を飛び出した。
――それは門番の『業務報告』。
気が向いたときに(=侵入者を撃退したときに)、普段誇らしげにやってくる門番の報告だ。
それが今日はそうではなかった。
何時も通り傷だらけで、そのくせ背筋はピンと張り詰めて、彼女は真剣な目をして私の元に来たのだ。
くそっ!
何故こんなにも遅いのだ!
――彼女は開口一番、「妹様の所に行って参りました」とのたまった。沢山の傷は、フランとの『遊び』のときに負ったのだろう。
音速を越えろ!光速へ届け!
今動かずに、どこで動く?
運命を操る能力を持とうが、運命の重みは同じ。
きっとこの『運命』を逃したら、私は二度とあの子の傍に居る機会は失われるだろう。
そんなことが耐えられるか!
ならば跳べ!『誇り高き吸血鬼』、『スカーレットデビル』の本領を『運命』って奴に見せつけてやれ!
――いきなりの発言に呆気にとられた私に、奴は「妹様に、何をしたいか聞いてみたのです」と言ったのだ。
私はいきり立った。当然、「地下室から出たい」という答えが返って来ることはわかりきっていたから。そんなこと、『視る』までもない。
「『ここから出たいわね』と仰せでした」
当然。何を言っているのだこの中華妖怪は。
そんな考えは、彼女の次の言葉で吹っ飛んだ。
「だから、私は、『出た後に何をしたいのですか?』と聞かせて頂きました」
ガツン、と殴られたような気がした。
考えたことがなかった。むしろ、考えたくもなかった。
もし、フランの口から『お姉様を壊したい』なんて言われたら、私は絶対抗う事は出来ないから。
もし、『お姉様が憎い』って言われたら、きっと私も壊れてしまうから。
覚悟はできているつもりだけれど、やはりそんなことは嫌だ。
でも、門番の口から出てきた言葉は、全く違うものだった。
『私ね、お姉様に会って、『ありがとう』と『ごめんなさい』って言いたいの』
そこまで聞いて飛び出した私の背に、門番の声が届いた気がするけど、生憎耳までは届かなかったのだろう――
「フラン!!」
地下室の扉をぶっ飛ばす。
あれほど私を苦しめた階段は信じられない程に短かったけれど、フランでも壊せないように作った扉は思いの外頑丈だった。
「フラン!!ねぇ、フラン!?」
外側からなら鍵を開けられるということも忘れて、扉に何度も体当たりをする。
『鍵を忘れた』なんて格好悪いことは言えない。『囚われのお姫様を救うなら、こうじゃないと格好がつかないでしょ?』と自分に言い聞かせる。尤も、お姫様を閉じこめたのも私なのだから、完全に自業自得であることは変わらないけれど。
「こ、の!」
「鉄面扉ーー!!」
渾身の跳び蹴り。
でも、何故か、扉はぶち破れずに、『開いた』。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「これでよろしかったでしょうか?」
「ええ、流石は咲夜ね」
「しかし、何でこのようなことを?」
「愚問ね、美鈴」
今回の『スカーレット姉妹仲直り作戦』(命名:咲夜)の計画者、パチュリー・ノーレッジはニヤリと笑って言った。
「元気のないレミィなんか、甘くないショートケーキと同じだからよ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――いきなり扉が開いたかと思うと、跳び蹴りしながらお姉様が入ってきた。
一瞬何が起きたかわからないような顔をする。
いや、訳解らないのは私の方だよお姉様。何で普通に鍵を開けて入ってこないのかな?
でも、すぐに私の方を見て、泣いているのか笑っているのか仏頂面を作ろうとしているのかよくわからないぐちゃぐちゃな顔をして、私の方へ来る――
私はフランに駆け寄って、何も言わずに抱きしめた。
いいや、『何も言わずに』じゃなくて、『何も言えずに』。
自分がしゃくりあげているのも構わない。
自分の顔が見るに耐えないことになってるのも気に留めない。
私はただ、ずっと、ずっと、こうしてあげたかったのだ。
だから、今は、決して離さない。
――お姉様は何も言わずに私を抱きしめた。
お姉様の抱きしめ方は力任せでちょっと痛かったけど、抱きしめられた途端に、私はどんな顔をしていいのかわからなくなった。
だって、嬉しかったから。
嬉しすぎて、嬉しすぎて、泣いてしまいそう。ううん、絶対もう泣いちゃってる。
お姉様の顔を『ぐちゃぐちゃ』なんて思ったけど、多分今の私も同じくらい『ぐちゃぐちゃ』になってる。だって、姉妹だもの――
「フラン、あなたに言わなくちゃいけないことがあるわ」
暫くの抱擁の後、私は真面目な表情を(なんとか)持ち直して言った。
そう。これで悔いはない。
きっと今のでフランも大丈夫だろう。
「ごめんね、フラン、私、あなたに酷い仕打ちをしてきた。あなたになら殺されても壊されても・・・」
「お姉様」
フランの声が力強く遮る。
「私もね、お姉様に言わなきゃいけないことがあるの。絶対、これは先に言わせてもらうわ」
門番も言っていた。私に礼と謝罪をしたい、と。
本当なのだろうか。フランの口の動きに、自分の全神経に緊張が走るのがわかった。
「ありがとう。あと、ごめんなさい」
ふっ、と体中から力が抜ける。フランが私に礼を言ってくれた。それだけなのに、凄い安堵感が私を包んだ。
「それでね、お姉様」
再び全身に緊張が走る。我ながらわかりやすい反応だと思う。
「495年、『ゼロ』にしましょう?」
硬直した。
フランの言いたいことが読めない。
要するに、『私との関係をなかったことにしたい』ということなのだろうか。
「お姉様、多分お姉様の考えてることは違うわ。だって、そんなに羽を張らせて、悪い事考えてたんでしょう?
私ね、単純に、今から0歳と5歳の姉妹として始めましょう、って言いたいの。
そうすればお姉様は私に対して負い目はなくなるし、私もお姉様に気兼ねなくお話できるもの。ね、名案でしょ?」
妹に『緊張すると羽が張る』癖を知られていた、という気恥ずかしさとか、妹よりも考え方が幼かった、とか、そんなことは考えないでもなかったけれど。
私はまた泣いた。嬉しくて。フランは私の気付かないところで成長していたんだ。パチェや咲夜はそれに気付いてて、私は気付いてなかった。それも情けなくて泣いた。
――お姉様は泣いてばかりだ。
きっと、ずっと私の事を考えててくれてて、この小さな身体(と言っても私よりはちょっと大きいけど)に支えきれないくらいの辛さに耐えてきたんだろう。
だから私は抱きしめた。お姉様が私を抱きしめてくれる力に負けないくらいに、ぎゅーっと。
抱きしめながら、私も泣いていた。
不思議だな。普段こんなにぎゅーっとしたら、きっと抱いてるモノは壊れてしまうのに。
それなのに、お姉様は壊れない。それどころか、あったかい。――
「お姉様、あったかいね?」
フランの言葉に、泣きじゃくっていたところを我に返る。
そうだ。フランは抱擁の暖かさすら知らない。
私がこの暖かさを知ったのは何時だったか。
一度忘れて、思い出すことが出来たのは誰のお陰だったか。
一瞬、そんなことが頭をよぎった。
「そうよ、フラン。生き物同士が抱き合うと、あったかいの。心も、体も。今度、魔理沙で試してみなさい?吸血鬼よりもっとあったかいから」
ちょっと作り笑顔。上手く出来たかな。
どっちにしても、ぼろぼろでひどい顔には変わりなかっただろうけど、フランは満面の笑みで―それこそ、我々が嫌う太陽のような美しい微笑で―頷いた。
そう、この子は私にとって太陽だった。
生物が、等しく、最も愛すべき存在でありながら、我々が、最も忌み嫌う存在。それが太陽。
その故は、日光に風化させられるとかいうものではない。
我々にとって、日光の下に出るということは、あまりに畏れ多いことだったのだ。ただ、それだけ。故に、始祖だか誰だかが『契約』を取り交わし、建前上『吸血鬼は太陽を嫌う』様になったのだ。
しかし、太陽は、本当は私達吸血鬼にとっても尊い存在。尊すぎる故に、多くの命を奪う吸血鬼に、その光を浴びる資格がないと思わせた。
私も、フランの笑顔を見ながら、フランを笑顔にさせることが出来た喜びと、フランの笑顔を見る資格が私にあるだろうかという罪悪感を同時に感じていた。
「お姉様」
――お姉様は、また考え込んでいた。
きっと、私が笑ったことにフクザツな気持ちを持ってるんだろう。お姉様はそうやって全部を背負い込んでしまうから。
昔だったら、ただ『私が笑うのが気に喰わないんだ』なんて悲観的なことを思ってしまっただろうけど、今は違う。
お姉様を本当に救えるのは私。咲夜も、パチェも、励ましてあげられるだろうけど、それではお姉様は自分を許せない。
だから、私はお姉様を赦す。私に出来るのはそれだけだけど、それで十分だから――
「お姉様、お姉様は私にとっては「唯一人の」お姉様なんだから、妹の前で悲しそうな顔はしないで?」
フランは本当に成長してくれた。
きっと、私なんかでは手の届かないところにいる。
そんな気分にも襲われながら、私は謝りながら泣きじゃくった。
吸血鬼だとか、紅魔館の主だとか、夜の王だとか、そんな誇りなど、フランの前では、そんなものは今流れる涙ほどの役にも立たなかった。
そして自覚する。
ああ、私は、この子の前では「か弱い姉」でしか居られないことが耐えられなかったのだな、と。
自らの目から流れる流水のもたらす微かな痛みを感じながら、私は長い間フランと抱き合っていた…
かったのだが、ウチの住人は良くも悪くも心優しかった。『お人好し』ってやつなのかもしれないが、『お節介』でもあると思う。
「お嬢様、妹様、仲直りおめでとうございます!」
門番の一声と同時に、地下室は宴会場と化した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「フランと一緒にいなくていいのかしら?」
一人壁際で佇んでいると、パチェがワインを両手に持ってやってきた。
私は片方を受け取って軽く乾杯する。
「あの子は今魔理沙と一緒に青巫女をいじって遊んでるわ」
そう、門番の一声と同時に、妖精メイドたちが大量の料理と酒を運び込み、何時の間に呼んでおいたのか(まあどうせ咲夜が時を止めながら呼んで回ったのだろうけど)、山の巫女から湖の氷精まで集まっての大宴会が始まったのだ。
「あら、妬いてる?」
私が普段よりもフランに対して淡白なのを気にかけたのだろう。この皮肉はパチェなりの心配の裏返しなのだと思う。
とにかく幻想郷の魔法使いときたら、皆こんな感じなのだ。勿論例外は魔理沙一人。とは言っても私の知る限り、『魔法使い』に分類されるのは3人しかいないが。
とりあえず、パチェの気遣いに感謝しつつ、答える。
「いいえ。何で私があの白黒や青巫女如きに妬かなきゃいけないのかしら?」
本音だった。
以前なら確かに快くはなかっただろうけど、今では笑顔で見守ってあげられる。
「だって、姉妹なんだから、魔理沙たち以上に一緒に居られるもの」
だから、これが私の答え。
その答えに、パチェは少し驚いたような顔をすると、
「随分成長したのね」
と感慨深げに言った。
……成長?本当だろうか。
フランに比べて、私は幼いままではないか?
「何を落ち込んでるのかしら?」
やはり私の周りは妙に鋭い奴ばかりだ。
「ねぇ、パチェ。私、本当に成長しているかしら」
思い切ってぶつけてみると、パチェは一瞬きょとんとすると、突然笑い出した。
「ちょっと、何で笑うのよ。失礼ね」
私は口を尖らせて抗議するが、「ごめ…ちょ…ツボに入った…」と言って笑い続ける。必死でワインをこぼさないように笑ってるのは、笑われてるのが私でなければ、かなり滑稽に思えたと思う。
少し落ち着いたのか、パチェは真面目そうな顔をして向き合った。
…口の端がひくついて今にも笑い出しそうなのは見逃してあげることにする。
「そもそもレミィ、成長しない状態、って何よ?
それは、完全に時間の停止した状態か、昔の竹林の月人共みたいに完全に完結して居る変化のない状態よ。
あなたはどちらかに該当するのかしら?」
それは当然、している訳がない。
「じゃあ、時の動きと共に、生物は須く変化するものよ。
変化には大別して進化と退化があるわ。
まさか、退化してる、何て言わないわよね?」
そりゃ、確かに退化はしていないだろうけど。
「でも、私『永遠に幼き紅い月』なのよ?」
というか、名付けたのはパチェじゃない。
「そうね。でも、それはあくまで外見の話よ。人間でさえ成長できるものを、誇り高き吸血鬼様は出来ないと?」
まさか。いくら下らない挑発とは言え、言って良いことと悪いことがあるわ。
「怒らない、レミィ」
機先を制される。私のことをよくわかってるのはいいが、こういうところで上手く言いたい放題されるのは頂けない。
「あなたの言ってることと、私がさっき言ったことは同じよ?
それに怒るってことは、その内容が図星なのか、論外であるかのどちらかよ。
当然後者でしょ?レミィの場合、図星だと思うなら、怒る前に必ず一度言葉に詰まるものね」
…やはりいただけないなあ。『全部わかってもらえてる』っていうのは。
「じゃあ何、私はちゃんとに成長出来てる?」
「言わずもがな、ね。貴女が成長してなくて、フランが成長出来るわけないじゃない」
相変わらずパチェの話は解り辛かったけど、パチェにそう断言して貰えたことで、安堵感が広がるのがわかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
レミィが咲夜を呼び、雅やかな足取りでダンスステージに向かうのを見送って、私は少し溜め息をついた。
勿論、レミィの考えていたことに、だ。
何とか論破はしたが、レミィの考えていたことが分からなかった訳ではない。
私だって、ただの「動かない大図書館」であったころは、知識を得ながらも成長はなかった。
今でこそ魔法使い仲間とのやりとりの中で成長を実感出来るけど、レミィは「主」や「吸血鬼の棟梁」という孤独を自ら選んだ事で、自らの成長を知ることが出来なくなっていたのだろう。
成長を知るには、他者に指摘されるか、他者との接触の中で自ら気付くか、とにかく他者との対等な交わりがないといけないのだ。
私には忸怩たる思いがあった。
もしかしたら、私にその役割をなし得たのではないか。
もしかしたら、私が彼女を苦しみから解き放てたのではないか。
むしろ、私がそれを成さねばならなかったのではないか。
しかし、なんとか前向きに考え直す。
後ろを向いて立ち止まらず、前を向いて考える。2人の森の魔法使いから学んだことだ。
確かに私は無力だった。
だけど、結果的にレミィと妹様―もう「フラン」と呼んであげないと怒るだろうか―は仲直りできた訳だし。
それに、人生-私やレミィは人ではないけれど-がそう全て上手くいくわけがない。
私は話し相手もいないのでそうひとりごちる。
目を向けた先では、レミィが優雅に、それでいて愉しげに、(何時の間に踊る相手を変えたのか知らないが)フランとワルツを踊っていた。
これこそが、あの二人が永い間求めていた形。
まだ拙いフランは、転びそうになりながらも、レミィの見事なフォローのお陰もあって、楽しそうに舞っていた。
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