「慧音、退屈だ」
突然に言葉を放つのは、寺子屋に暇を潰しに来ていた藤原妹紅だった。
どうして彼女が暇を潰すのに寺子屋に来るかと言うと、ここの講師である上白沢慧音と非常に仲がいいからだ。
妹紅が、まだ迷いの竹林の奥地にある洞穴に身を潜めていた頃。
突然に慧音は大量の食料を持って、人里から迷いの竹林を抜けてまで洞穴に来たのである。
この時から、妹紅と慧音は徐々に話をする様になり、いつしか妹紅から人里まで赴くようになったのだ。
「退屈だ、と言われてもな……。何か今日中に終わらせなければならないことは無いのか?」
妹紅は軽く考えてみるも、頭の中は"退屈"という二文字がグルグルと回るだけだった。
妹紅は時々、迷いの竹林を抜けなければならない人間を守って道案内をしたりなどもしている。
しかし、頻繁に迷いの竹林を抜けようとする人間もいないので毎日が退屈と言っても過言では無かった。
「時間も山ほど余っているしな……。そうだ、慧音! ちょっと慧音の家にある本でも読んでていいか!?」
その程度の頼み事を慧音が断る訳も無く、すんなりと慧音は承諾してくれた。
そして慧音は、机上の教科書を片手に持ち、注釈を加えるように言った。
「それじゃあ、私はこれから授業があるからな。本は好きに読んでもいいが、ちゃんと元の場所に戻すんだぞ?」
妹紅は軽く返事をして、慧音の家へと向かった。
慧音の家にある本の量は、それこそ紅魔館の地下図書館には劣るものの膨大な量である。
妹紅は慧音の家の扉を開け、真っ直ぐ書斎へと向かった。
「どれ……、何を読もうかな?」
"吸血鬼条約"や幻想郷風土記"などの歴史の本から、
"Newton"だとか言う外の世界の本まで数多く並んでいる中から選ぶだけでも相当な時間を必要とする。
しかし、そんな堅い内容の書物の中から彼女が選んだのは食べ物に関する本だった。
「お! これ、随分と美味しそうだな!」
ペラペラとページをめくる度に、色々な料理の絵が姿を現す。
そんな本を見ているうちに、妹紅は料理に挑戦してみようかという気分になっていた。
しかし、妹紅が作れる料理と言えば、筒状の容器に熱湯を注いで3分待つだけで完成する"カップヌードル"くらいである。
それすらも、博麗神社の巫女である博麗霊夢に調理法(調理法と言っても熱湯を注ぐだけだが)を学び、
最初から最後まで見守られながら何とか完成させたくらいだ。
「慧音が帰って来たら、ちょっと教えて貰おうかな……?」
そんなことを考えながら床に寝転び、黙々とページをめくっていく。
妹紅がふと目にしたのは焼き鳥の絵が載っているページだった。
新聞の取材などで面倒なことを聞かれた時は"焼き鳥のメッカ"がなんたらとコメントしているが、
実際に焼き鳥なんて作れそうもないし、天狗が怯むからと適当に脅し口調で言っているだけである。
「焼き鳥か……。調理法も簡単だし、これにするかな?」
夕方頃、慧音が寺子屋での授業を終えて帰宅した。
妹紅は料理を教えて貰おうと慧音に話しかけた。
「なぁ、慧音。実は料理を覚えたいんだが、教えてくれないか?」
慧音は快く妹紅の頼みを引き受けてくれた。
そして慧音は何の料理を教えて欲しいのか妹紅に尋ねる。
「作るにしても何の料理を作るかだな。妹紅は初めてだから最初は簡単なので覚えようか」
「じゃあ、慧音。さっき本を読んでて決めた料理でいいかな?」
そう言って、妹紅は先程の焼き鳥のページを見せる。
鶏肉を串に刺して焼くだけだから簡単と言えば簡単なのだが、慧音が予想していた料理とは微妙に違っていたようだ。
「まぁ……、あれだ。串に刺すだけと言っても立派な料理だしな! それじゃあ、始めるとするか!」
慧音は台所に食材を並べる。(鶏肉と葱だけだが)
「妹紅、調理法は教えるが私が手を出すことはしない。出来る限り一人で進めてみようじゃないか」
そう言うと、慧音は鶏肉と包丁を妹紅に手渡す。
「まずは、包丁で鶏肉を適度な大きさに切り分けてみようか」
妹紅は戸惑いながらも、ゆっくりと包丁を持つ手に力を入れる。
「妹紅、左手が手持ち無沙汰じゃないか? ちゃんと鶏肉を押さえないと切れないぞ?」
「え? そ、そうだな。何やってるんだろうね私は、ははは……」
勿論、包丁を握ったのは今回が初めてだ。
慧音が料理をしている場面を観察していた訳でも無いので、食材は押さえないと綺麗に切れないなんてことは知る由も無い。
「えっと……。左手で鶏肉を押さえて、右手で切る……」
妹紅は、不器用な手つきで鶏肉を少しずつ捌いていく。
感覚を掴んだのか、徐々にスピードが上がっていく。
「どうだ、コツさえ掴めば何とでも……痛っ!」
勢いづいて、妹紅は自分の指を軽く切ってしまった。
「だ、大丈夫か!? 絆創膏を持ってくるから動くんじゃないぞ!」
そう言って、慧音は救急箱のある部屋へと駆け出して行ったが、妹紅の傷は既に治っていた。
「慧音! 大丈夫だから、これくらいの傷なら一瞬で……」
蓬莱人ともなれば、この程度の傷なんて数秒で自然に治る。
それを聞いて慧音は少し戸惑いながら台所へ戻って来る。
「そ、そうか。あまり心配させないでくれ……。えっとだな、押さえる方の手はこうだ」
そう言って慧音は、軽く握りこぶしを作る。
「こんな感じで押さえれば、包丁で頻繁に指を切ることは無くなるんだ」
そして、妹紅が何とか鶏肉の切り分けを終え、一息ついた頃である。
慧音が、細い木の棒の束を三本程持って台所へとやって来た。
「次は切り分けた鶏肉を串に刺すんだ。三つから四つ程を目安に刺していこう」
そう言うと、慧音は一本の串を持って、切り分けられた鶏肉を慣れた手つきで刺していく。
「ほら、こんな感じだ。とりあえずやってみようか」
慧音曰く、串の先端が出ないように、小さな鶏肉から刺して行くといいらしい。
一本、また一本と鶏肉を串に刺していく。
「どうやら串に刺すくらいなら大丈夫みたいだな。それじゃあ、私は刺し終わった串に塩でも振ろう」
二人は黙々と作業を続け、全ての鶏肉を刺し塩を振り終えた。
「さて、後は焼くだけなんだが……」
慧音は腕を組み、少し困った顔をする。
「実は、夜雀の屋台にある七輪を借りようかと考えていたのだが、どうも焼き鳥に使うなら貸すことはできないと言われてな……」
妹紅は何故、七輪を借りる必要があるのかと疑問に思う。
「慧音、この焜炉は使えないのか? 別に七輪じゃなくても焜炉で焼けばいいじゃないか」
すると慧音は驚いた様子で、妹紅に黒い塊を突き付ける。
「焼き鳥と言えば炭火焼きじゃないか! 七輪に金網を乗せて焼かないと駄目なんだ! 私の中では」
そう言って、慧音は再び腕を組みどうしようかと考える。
「どこか七輪を貸してくれる人がいればいいのだが……。ちょっと近所を探してみよう、少し待っていてくれ」
慧音が、七輪を貸してくれる人を探す為に家を出ようとした時である。
「失礼します、上白沢さんは……いますね」
そう言って扉を開けたのは、永遠亭の薬師である八意永琳だった。
「お薬の補充に来たのですが……、見たところ大丈夫そうですね」
永琳は先程、妹紅が包丁で指を切った時に慧音が慌てて取り出したであろう救急箱を見て薬は充分だと判断した。
そして、台所に立っている妹紅を見て永琳は不思議そうな顔をした後にこう言った。
「おや、今日は藤原の娘さんが料理をしているのですか? 随分と珍しいですね」
そう言うと、永琳は背伸びをして何の料理かを確かめる。
「焼き鳥ですか? 奇遇ですね、私たちも今日のお夕飯は焼き鳥なんですよ」
それを聞いて、慧音は「丁度いい!」と手を叩く。
「実は恥ずかしながら予定していた七輪を借りることができなくなってしまってな……、そちらとお食事を御一緒願えないだろうか……?」
「私は別に構いませんが……」
永琳は、そう言って妹紅の方へと目線を移す。
「姫様と、そちらの藤原の娘さんが何と言うか……」
妹紅は、こちらを振り向く慧音に手で罰マークを作り首を大きく横に振った。
「私たちは問題ありません。お食事の席で暴れるようなことは致しませんよ」
「それでは、私も姫様にお許しを取ってきますので……。……駄目だったら申し訳ありませんね」
そう言って、永琳は軽く会釈をして外で待っていた付き添いの兎に何かを伝えるように頼んだ。
ほんの数分だろうか、永琳は玄関で待っていた慧音に指で小さい丸を作りオーケーのサインを出した。
慧音は嬉しそうに台所へと戻り、焼き鳥を纏めて新聞紙で包み始める。
「慧音! も、もしかして……?」
妹紅は少し慌てた様子で、慧音に尋ねた。
「永遠亭の皆様と御一緒することにしたぞ。大丈夫だ、七輪は立派なのを用意してくれるらしい」
「そ、そうじゃなくて! もう、ちゃんとサイン出したじゃないか……」
すっかり乗り気じゃなくなった妹紅は、溜息を吐いて頭を掻く。
「妹紅、いつまでも意地を張っていては何年経とうと物事は進展しないぞ? 食事を御一緒させてくれるんだ、我侭を言ってはいかん」
そう言って、慧音は妹紅の肩を叩く。
妹紅も折角の焼き鳥を置いとく訳にはいかないと渋々了承した。
外で待っていた永琳と、先程連絡係を請け負ったであろう鈴仙なんとかというブレザー姿の兎と合流して、四人は永遠亭へと向かった。
「ところで、どうして藤原の娘さんが台所に立っていたのですか?」
竹林を歩く中、永琳の突然の質問に慧音は少し戸惑いながら答えた。
「そんなに珍しかっただろうか? 妹紅が自分から料理を教えて欲しいと来たのでな」
妹紅は恥ずかしそうに慧音を止めるようとするが、永琳は笑うこともなく「素晴らしいことですね」と言った。
「姫様なんて最近は布団から出ることすら渋る始末、料理なんてしてくれそうにありませんわ」
永琳は困った顔をして、妹紅へと視線を移す。
「姫様も少し見習って欲しいものですね……」
まさか褒められるとは思っていなかった妹紅は、顔を赤くして俯いてしまった。
「さあ、どうぞ。もう準備はできていますよ」
永遠亭の庭には、大きな七輪がいくつも並んでおり、その七輪の周りをイナバたちが囲むようにして、各々食事を楽しんでいた。
しかし、そんな中で妹紅が最も敵視している永遠亭の主である、蓬莱山輝夜の姿だけが見えなかった。
「輝夜はいないのか?」
妹紅が永琳に尋ねると、申し訳無さそうに溜息を吐いた。
「姫様ったら、あなたと食事を共にするくらいなら一人で食べてた方がマシだとか言ってしまって……」
「そうか……、こちらこそ申し訳ない。とんだご迷惑をかけてしまったようだ」
慧音が永琳に頭を下げるが、永琳は「止して下さい」と頭を上げるように言う。
「食事は大人数で楽しむものです。お気になさらずに、どうぞどうぞ」
永琳が案内した先には、他よりも一回り大きい七輪を囲むように五人分の椅子が並べられた席だった。
「本当は姫様も入れて五人で座ろうと思ったのですが、しばらくしたら出て来ますので遠慮なく食べていて下さいな」
そう言って、永琳は襖の奥へと姿を消した。
妹紅と慧音、鈴仙は椅子に腰を下ろして、各々焼き鳥を金網に乗せ始めた。
「それは、あなたが作ったの?」
鈴仙が指を指したのは、慧音が作った方の焼き鳥だった。
「あ、それは慧……
妹紅が言いかけた瞬間、慧音が鼻高々に、
「勿論、妹紅が作ったものだ! どうだ、素晴らしい出来だろう?」
鈴仙は、金網に乗せられた焼き鳥を見て、ただ関心するばかりだった。
「どうしたら、こんなに上手く串に刺せるんですかね……。私も師匠の手伝いで挑戦してみましたが、中々上手くいかなかったんですよ」
そんなことを三人で談笑しながら、焼き鳥を食べていた時である。
襖が開き、永琳と輝夜が姿を現したのを見て、妹紅は気まずそうな顔をした。
二人は妹紅たちの座っている七輪まで来て、空いていた椅子にそれぞれ座った。
「全く、苦労しましたよ」
永琳は輝夜を説得するのに気を労した様子を見せて、頬に手を当てる。
「……今夜だけよ」
そう言って、輝夜は焼け具合のいい焼き鳥を一本、手に取り口に運んだ。
「さあ、全員揃ったことですし……。仲良く話しながらお食事しましょうか」
永琳が手を叩くと、妹紅の目の前の空間に亀裂が走り、中からお酒の瓶を持った手が現れた。
「最高の宴となりますように、と隙間妖怪から大吟醸のプレゼントだそうですよ」
妹紅は瓶を受け取り、亀裂の中へと去る手を見届ける。
そして、輝夜の方を向いて、恥ずかしそうな顔をしながら一言。
「今夜だけだからな」
突然に言葉を放つのは、寺子屋に暇を潰しに来ていた藤原妹紅だった。
どうして彼女が暇を潰すのに寺子屋に来るかと言うと、ここの講師である上白沢慧音と非常に仲がいいからだ。
妹紅が、まだ迷いの竹林の奥地にある洞穴に身を潜めていた頃。
突然に慧音は大量の食料を持って、人里から迷いの竹林を抜けてまで洞穴に来たのである。
この時から、妹紅と慧音は徐々に話をする様になり、いつしか妹紅から人里まで赴くようになったのだ。
「退屈だ、と言われてもな……。何か今日中に終わらせなければならないことは無いのか?」
妹紅は軽く考えてみるも、頭の中は"退屈"という二文字がグルグルと回るだけだった。
妹紅は時々、迷いの竹林を抜けなければならない人間を守って道案内をしたりなどもしている。
しかし、頻繁に迷いの竹林を抜けようとする人間もいないので毎日が退屈と言っても過言では無かった。
「時間も山ほど余っているしな……。そうだ、慧音! ちょっと慧音の家にある本でも読んでていいか!?」
その程度の頼み事を慧音が断る訳も無く、すんなりと慧音は承諾してくれた。
そして慧音は、机上の教科書を片手に持ち、注釈を加えるように言った。
「それじゃあ、私はこれから授業があるからな。本は好きに読んでもいいが、ちゃんと元の場所に戻すんだぞ?」
妹紅は軽く返事をして、慧音の家へと向かった。
慧音の家にある本の量は、それこそ紅魔館の地下図書館には劣るものの膨大な量である。
妹紅は慧音の家の扉を開け、真っ直ぐ書斎へと向かった。
「どれ……、何を読もうかな?」
"吸血鬼条約"や幻想郷風土記"などの歴史の本から、
"Newton"だとか言う外の世界の本まで数多く並んでいる中から選ぶだけでも相当な時間を必要とする。
しかし、そんな堅い内容の書物の中から彼女が選んだのは食べ物に関する本だった。
「お! これ、随分と美味しそうだな!」
ペラペラとページをめくる度に、色々な料理の絵が姿を現す。
そんな本を見ているうちに、妹紅は料理に挑戦してみようかという気分になっていた。
しかし、妹紅が作れる料理と言えば、筒状の容器に熱湯を注いで3分待つだけで完成する"カップヌードル"くらいである。
それすらも、博麗神社の巫女である博麗霊夢に調理法(調理法と言っても熱湯を注ぐだけだが)を学び、
最初から最後まで見守られながら何とか完成させたくらいだ。
「慧音が帰って来たら、ちょっと教えて貰おうかな……?」
そんなことを考えながら床に寝転び、黙々とページをめくっていく。
妹紅がふと目にしたのは焼き鳥の絵が載っているページだった。
新聞の取材などで面倒なことを聞かれた時は"焼き鳥のメッカ"がなんたらとコメントしているが、
実際に焼き鳥なんて作れそうもないし、天狗が怯むからと適当に脅し口調で言っているだけである。
「焼き鳥か……。調理法も簡単だし、これにするかな?」
夕方頃、慧音が寺子屋での授業を終えて帰宅した。
妹紅は料理を教えて貰おうと慧音に話しかけた。
「なぁ、慧音。実は料理を覚えたいんだが、教えてくれないか?」
慧音は快く妹紅の頼みを引き受けてくれた。
そして慧音は何の料理を教えて欲しいのか妹紅に尋ねる。
「作るにしても何の料理を作るかだな。妹紅は初めてだから最初は簡単なので覚えようか」
「じゃあ、慧音。さっき本を読んでて決めた料理でいいかな?」
そう言って、妹紅は先程の焼き鳥のページを見せる。
鶏肉を串に刺して焼くだけだから簡単と言えば簡単なのだが、慧音が予想していた料理とは微妙に違っていたようだ。
「まぁ……、あれだ。串に刺すだけと言っても立派な料理だしな! それじゃあ、始めるとするか!」
慧音は台所に食材を並べる。(鶏肉と葱だけだが)
「妹紅、調理法は教えるが私が手を出すことはしない。出来る限り一人で進めてみようじゃないか」
そう言うと、慧音は鶏肉と包丁を妹紅に手渡す。
「まずは、包丁で鶏肉を適度な大きさに切り分けてみようか」
妹紅は戸惑いながらも、ゆっくりと包丁を持つ手に力を入れる。
「妹紅、左手が手持ち無沙汰じゃないか? ちゃんと鶏肉を押さえないと切れないぞ?」
「え? そ、そうだな。何やってるんだろうね私は、ははは……」
勿論、包丁を握ったのは今回が初めてだ。
慧音が料理をしている場面を観察していた訳でも無いので、食材は押さえないと綺麗に切れないなんてことは知る由も無い。
「えっと……。左手で鶏肉を押さえて、右手で切る……」
妹紅は、不器用な手つきで鶏肉を少しずつ捌いていく。
感覚を掴んだのか、徐々にスピードが上がっていく。
「どうだ、コツさえ掴めば何とでも……痛っ!」
勢いづいて、妹紅は自分の指を軽く切ってしまった。
「だ、大丈夫か!? 絆創膏を持ってくるから動くんじゃないぞ!」
そう言って、慧音は救急箱のある部屋へと駆け出して行ったが、妹紅の傷は既に治っていた。
「慧音! 大丈夫だから、これくらいの傷なら一瞬で……」
蓬莱人ともなれば、この程度の傷なんて数秒で自然に治る。
それを聞いて慧音は少し戸惑いながら台所へ戻って来る。
「そ、そうか。あまり心配させないでくれ……。えっとだな、押さえる方の手はこうだ」
そう言って慧音は、軽く握りこぶしを作る。
「こんな感じで押さえれば、包丁で頻繁に指を切ることは無くなるんだ」
そして、妹紅が何とか鶏肉の切り分けを終え、一息ついた頃である。
慧音が、細い木の棒の束を三本程持って台所へとやって来た。
「次は切り分けた鶏肉を串に刺すんだ。三つから四つ程を目安に刺していこう」
そう言うと、慧音は一本の串を持って、切り分けられた鶏肉を慣れた手つきで刺していく。
「ほら、こんな感じだ。とりあえずやってみようか」
慧音曰く、串の先端が出ないように、小さな鶏肉から刺して行くといいらしい。
一本、また一本と鶏肉を串に刺していく。
「どうやら串に刺すくらいなら大丈夫みたいだな。それじゃあ、私は刺し終わった串に塩でも振ろう」
二人は黙々と作業を続け、全ての鶏肉を刺し塩を振り終えた。
「さて、後は焼くだけなんだが……」
慧音は腕を組み、少し困った顔をする。
「実は、夜雀の屋台にある七輪を借りようかと考えていたのだが、どうも焼き鳥に使うなら貸すことはできないと言われてな……」
妹紅は何故、七輪を借りる必要があるのかと疑問に思う。
「慧音、この焜炉は使えないのか? 別に七輪じゃなくても焜炉で焼けばいいじゃないか」
すると慧音は驚いた様子で、妹紅に黒い塊を突き付ける。
「焼き鳥と言えば炭火焼きじゃないか! 七輪に金網を乗せて焼かないと駄目なんだ! 私の中では」
そう言って、慧音は再び腕を組みどうしようかと考える。
「どこか七輪を貸してくれる人がいればいいのだが……。ちょっと近所を探してみよう、少し待っていてくれ」
慧音が、七輪を貸してくれる人を探す為に家を出ようとした時である。
「失礼します、上白沢さんは……いますね」
そう言って扉を開けたのは、永遠亭の薬師である八意永琳だった。
「お薬の補充に来たのですが……、見たところ大丈夫そうですね」
永琳は先程、妹紅が包丁で指を切った時に慧音が慌てて取り出したであろう救急箱を見て薬は充分だと判断した。
そして、台所に立っている妹紅を見て永琳は不思議そうな顔をした後にこう言った。
「おや、今日は藤原の娘さんが料理をしているのですか? 随分と珍しいですね」
そう言うと、永琳は背伸びをして何の料理かを確かめる。
「焼き鳥ですか? 奇遇ですね、私たちも今日のお夕飯は焼き鳥なんですよ」
それを聞いて、慧音は「丁度いい!」と手を叩く。
「実は恥ずかしながら予定していた七輪を借りることができなくなってしまってな……、そちらとお食事を御一緒願えないだろうか……?」
「私は別に構いませんが……」
永琳は、そう言って妹紅の方へと目線を移す。
「姫様と、そちらの藤原の娘さんが何と言うか……」
妹紅は、こちらを振り向く慧音に手で罰マークを作り首を大きく横に振った。
「私たちは問題ありません。お食事の席で暴れるようなことは致しませんよ」
「それでは、私も姫様にお許しを取ってきますので……。……駄目だったら申し訳ありませんね」
そう言って、永琳は軽く会釈をして外で待っていた付き添いの兎に何かを伝えるように頼んだ。
ほんの数分だろうか、永琳は玄関で待っていた慧音に指で小さい丸を作りオーケーのサインを出した。
慧音は嬉しそうに台所へと戻り、焼き鳥を纏めて新聞紙で包み始める。
「慧音! も、もしかして……?」
妹紅は少し慌てた様子で、慧音に尋ねた。
「永遠亭の皆様と御一緒することにしたぞ。大丈夫だ、七輪は立派なのを用意してくれるらしい」
「そ、そうじゃなくて! もう、ちゃんとサイン出したじゃないか……」
すっかり乗り気じゃなくなった妹紅は、溜息を吐いて頭を掻く。
「妹紅、いつまでも意地を張っていては何年経とうと物事は進展しないぞ? 食事を御一緒させてくれるんだ、我侭を言ってはいかん」
そう言って、慧音は妹紅の肩を叩く。
妹紅も折角の焼き鳥を置いとく訳にはいかないと渋々了承した。
外で待っていた永琳と、先程連絡係を請け負ったであろう鈴仙なんとかというブレザー姿の兎と合流して、四人は永遠亭へと向かった。
「ところで、どうして藤原の娘さんが台所に立っていたのですか?」
竹林を歩く中、永琳の突然の質問に慧音は少し戸惑いながら答えた。
「そんなに珍しかっただろうか? 妹紅が自分から料理を教えて欲しいと来たのでな」
妹紅は恥ずかしそうに慧音を止めるようとするが、永琳は笑うこともなく「素晴らしいことですね」と言った。
「姫様なんて最近は布団から出ることすら渋る始末、料理なんてしてくれそうにありませんわ」
永琳は困った顔をして、妹紅へと視線を移す。
「姫様も少し見習って欲しいものですね……」
まさか褒められるとは思っていなかった妹紅は、顔を赤くして俯いてしまった。
「さあ、どうぞ。もう準備はできていますよ」
永遠亭の庭には、大きな七輪がいくつも並んでおり、その七輪の周りをイナバたちが囲むようにして、各々食事を楽しんでいた。
しかし、そんな中で妹紅が最も敵視している永遠亭の主である、蓬莱山輝夜の姿だけが見えなかった。
「輝夜はいないのか?」
妹紅が永琳に尋ねると、申し訳無さそうに溜息を吐いた。
「姫様ったら、あなたと食事を共にするくらいなら一人で食べてた方がマシだとか言ってしまって……」
「そうか……、こちらこそ申し訳ない。とんだご迷惑をかけてしまったようだ」
慧音が永琳に頭を下げるが、永琳は「止して下さい」と頭を上げるように言う。
「食事は大人数で楽しむものです。お気になさらずに、どうぞどうぞ」
永琳が案内した先には、他よりも一回り大きい七輪を囲むように五人分の椅子が並べられた席だった。
「本当は姫様も入れて五人で座ろうと思ったのですが、しばらくしたら出て来ますので遠慮なく食べていて下さいな」
そう言って、永琳は襖の奥へと姿を消した。
妹紅と慧音、鈴仙は椅子に腰を下ろして、各々焼き鳥を金網に乗せ始めた。
「それは、あなたが作ったの?」
鈴仙が指を指したのは、慧音が作った方の焼き鳥だった。
「あ、それは慧……
妹紅が言いかけた瞬間、慧音が鼻高々に、
「勿論、妹紅が作ったものだ! どうだ、素晴らしい出来だろう?」
鈴仙は、金網に乗せられた焼き鳥を見て、ただ関心するばかりだった。
「どうしたら、こんなに上手く串に刺せるんですかね……。私も師匠の手伝いで挑戦してみましたが、中々上手くいかなかったんですよ」
そんなことを三人で談笑しながら、焼き鳥を食べていた時である。
襖が開き、永琳と輝夜が姿を現したのを見て、妹紅は気まずそうな顔をした。
二人は妹紅たちの座っている七輪まで来て、空いていた椅子にそれぞれ座った。
「全く、苦労しましたよ」
永琳は輝夜を説得するのに気を労した様子を見せて、頬に手を当てる。
「……今夜だけよ」
そう言って、輝夜は焼け具合のいい焼き鳥を一本、手に取り口に運んだ。
「さあ、全員揃ったことですし……。仲良く話しながらお食事しましょうか」
永琳が手を叩くと、妹紅の目の前の空間に亀裂が走り、中からお酒の瓶を持った手が現れた。
「最高の宴となりますように、と隙間妖怪から大吟醸のプレゼントだそうですよ」
妹紅は瓶を受け取り、亀裂の中へと去る手を見届ける。
そして、輝夜の方を向いて、恥ずかしそうな顔をしながら一言。
「今夜だけだからな」
個人的にはもっと輝夜の出番が欲しかった。内容として多少薄いかな?というところなのでこの点。
ただやはり作品としては薄く感じますね。あれ?って感じで終わってしまうので…
蓬莱人は時間があるから料理なんか極めちゃうんだろうなぁ
文章力は、私の主観ですがあるほうだと思いますよ
アドバイスは、細かい描写があったりするといいかもしれません
・・・たぶんですが