Coolier - 新生・東方創想話

紅妖 ~前~

2008/05/17 04:13:12
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※ 違和感注意 



















―――楽園とは、私にとって、苦痛だったのかもしれない。

幻想郷という楽園を維持する為に、かかせない物が三つある。

一つは、今では博麗大結界と呼ばれている結界。


これがなければ幻想郷を隔てる物はなく、幻想郷は現実という汚れた世界に侵食され、幻想ではなくなる。

二つ目は、人間の守護者の存在。

妖怪と人間がバランスよく住まう為に、博麗の巫女という存在を、私は作った。


神主として未だに私は名を連ねているが、守護者という役割、結界の維持という役割では、彼女らに頼らざるおえない。

三つ目は、妖怪の統括役。

妖怪を正しく導く担い手もまた必要になった。


だが、妖怪にそんな知り合い等いない。当時強力であった天狗に頼もうかとも思ったが、彼らから見れば、私等唯の人間に過ぎない事だっただろう。

力づくも考えたが、それもあまり面白くない。あくまで楽園と指すのなら、バランスを考えればならない事だろう。

鬼の者達に頼もうかとも思ったが、彼らは当時、あまりにも人間と対峙し過ぎていた為か、申し出を断れた。

悩みに悩んだあげく、私は自分の娘を妖怪に仕立て上げればいいと考えた。


至極、簡単な事だ。妖怪とは、人を喰う存在。


村の者で、美しい妻を娶り、孕ませ、生まれた娘に、五つになった頃に妻を喰わせた。

それでお終い。私の種から生まれた娘は、予想以上に強く逞しく育った。

今でも妖怪として生きているが、自分が憎まれているのか、好まれているのか、よくわからない。


定期的に、結界の綻びが出始めた時に会いに行ってはいる。

娘の名は、八雲紫と名づけた。


苗字は妻のを借りたが、いたし方ない。私の苗字では色々と不都合が出る。


とにかく、紫はよくやってくれた。表舞台に出た彼女は妖怪らしく、よく振舞ってくれたのだ。

綻びも、紫が優秀だった為か。そこまで酷い状況になるまでは、“人柱〟は必要なかった。

大体100年単位。問題も起きず、平穏すぎる程に楽園は維持され続けた。


だが、最近は目まぐるしく、「異変」が起き続けている。

先代の博麗の巫女は、それこそ死にものぐるいで修行を積み、その異変に対抗し続けた。

結果、幻想郷の平穏は保たれたまま。


代わりに、綻びは酷くなり過ぎた。

100年という周期を待たずに、先代には惜しかったが、犠牲になってもらった。

元々、博麗大結界には限界が来ている。何か新しい試みをしなければ、綻びは出続け、いずれバランスを壊す強い妖怪が出てくるのは、目に見えているのだ。


だから私は、一つだけ新しい試みを、現在の博麗の巫女に仕込んだ。

紫の時と同じだ。私の子を博麗の巫女にすればいい。

先代が犠牲になるまえに交わったその所業は、ある意味成功した。


先見が出来る能力、霊長類の加護を担える身体。

そして、私と同等の霊力。


一つだけ失敗だったのは、自分が、娘を愛しすぎた事だ。


いずれは博麗大結界を維持する為に作ったというのに。

私は今更ながら、出来ないと思ってしまった。

せめて異変が起きない事を願う他なかった。異変さえ起きなければ、大結界の綻びが、霊夢の代で酷くなる事もないだろう。


しかし悲しいかな。


私は“視てしまった〟。霊夢が黒白の魔法使いと共に異変に立ち向かう瞬間を。

慟哭に震えそうになりながらも、視続け、幻想郷を維持する者として行動を起こす。


紅い吸血鬼が、先代の時期に幻想郷に越してきた事は知ってはいた。


だが、あの時は容赦なく紫が沈めたのだ。問題を起こすはずもないと思ったのが甘かった。

先代は死にもの狂いの修行の上で強敵と立ち向かえたからいい。だが、霊夢は修行等ろくにしていなかった。

いくら天賦の才があろうと、霊夢は人間というカテゴリーに生きており、神様ではない。


普通ならば、負けてそのまま朽ちる事だろう。

そうさせない為に、現代世界の者達に、力を借りねばならなかった。

先代の時にも多少試みていた事もあった為か、それはすんなりと、とある場所で大盛況を見せた。


名は「東方紅魔郷」。六作目という形になったが、試作に試作を重ねた先代の物語で、どうすれば周りの関心を抱けるかはわかっていた。

少しばかり違う所があるとすれば、一人一人の先見の目は、霊夢にバックアップという形で送られるという事。

そして先代の時にはいなかった、もう一人の主人公の存在。


霧雨魔理沙。まさか商い屋の彼女が霊夢と共に妖怪退治に出る等、視たとはいえ、信じがたい事であった。

果たして生き残れるのかと、少しばかりの興味を抱きながら、数年後に私は結果を知った。

彼女は生きていた。霊夢のように、無傷で事件を終わらすという偉業を成したわけではなかったが、人間の身で吸血鬼の根城の中、生き残ったのだ。


正直予想外であった。努力をどれだけしても、し足りない程、実力の差はあったはずだ。

怪訝に思いながらも、運命の悪戯か。異変が起こらないで欲しいと願う気持ちとは裏腹に、次の異変が視られた。

これも、まさかと思いがたい事件だった。


今更ながらの、西行寺の愚行。春を集めて“あの〟桜の封印を解くという、愚かな行為。

何よりも、西行寺の姫君は、紫と友人であったはずだ。

忌々しく思いながらも、紫と弾幕勝負をする可能性も考慮し、製作に取り掛かった。


視えたのは、紅魔館のメイドが更に加わり、異変解決の為に冬の空を飛んでいる所だ。

すぐに、製作した物は世に出される。

名を「東方妖々夢」と名づけた異変は、紅魔郷の続編という形で、売れに売れた。


どんな弾幕も、知っていれば対処が出来る。その意味では霊夢に敵等いるはずもない。

彼女は闘う前から知っているのだから。

それからというもの、一度ある事は二度あるように、二度ある事は三度起こった。


幻想郷からいなくなったはずの鬼が現れたり、60年周期で起きていた死人の華が溢れ返ったり、明けなき夜に、隠れていた月の民が現れたりだ。

そしてとうとう、現代から直接、神が越してきた。

信仰が極力なかったおかげで、まだ異変解決は出来たが、大結界にまた綻びが出る。


なのに、なのにだ。


次は幻想郷の地下に、異変が起きようとしている―――





「……」

パソコンのディスプレイに映る画面を見ながら、男は溜息を零し、掛けていた椅子の背もたれに身体を預ける。

ディスプレイには、黒髪の巫女の姿と、「東方地霊殿」という文字が浮かんでいる。


「………もう、限界かもしれない」


だが、これを世に出すという事は、異変を容認するのと同じ事であった。

そうすれば、結界の綻びが更に進行する事だろう。

かけていた眼鏡のズレを直し、横に置いてあった缶ビールを手に持ち、煽る。


酒も、今では欠かせない物になってしまった。酔わずにはいられない程、男は追い込まれている。

楽園を維持するには、これ以上の異変を起こさないようにするには。

完全な、幻想が必要であった。


しかし、それには確実に、犠牲が必要。

タダ程恐ろしいものはない。この世の理は等価交換。

自分が結界の人柱になれたらと、何度願った事か。


だが自分が犠牲になってしまえば、万が一の時に、何も出来なくなってしまう。

そうすれば、霊夢を助けられなくなる。


「………霊夢は、私を恨みますかね」


巡りに巡って、考えた結論が一つだけあった。

恨まれる可能性もあれば、他のつつかなくていいものまで、つつくはめになる行動。

だがイレギュラーだと思っていた存在が、霊夢と共にバックアップ無しで、傷だらけになりながらも生きてきたのだ。

それを有効利用しない手は、決してない事だろう。


「……ああ、ホントに。私は罪深い者です」


もう一度酒を煽って、決心する。

幸い、霊夢を止める抑止力は、“霊夢のおかげで〟揃っている。


紅き吸血鬼、亡霊の姫君、月のお姫様、山の神。

そして、酒飲み仲間の子鬼だが……。


「出来れば、話して協力を仰ぎたいものですが」


紫は、話した所で聞かない事だろう。それに、紫まで巻き込みたくもなかった。

パソコンの電源を落とし、ディスプレイの画面が真っ暗になったのを確認して、椅子から立ち上がる。

薄暗い部屋の中、窓辺から映る月の光を浴びながら、巷ではZUN帽と呼ばれている丸っこい帽子を被って、「隙間」を開いた。


傍観者でいようと思った神は。


とうとう、耐えられなくなったのだった。



















「ふんふんふ~ん♪」

幻想郷の真夜中、鼻歌と分銅の鎖の音が野道に響く。

空は少しばかり欠けた月。明日には満月になっている事だろう。


桜が散り始め、既に一月は経つ。

宴会も開いたり、酒をいつものように飲んだり、最近は平穏な日々を人間と満喫出来る日々が続いている。

一つ気がかりがあるとすれば、友人である紫が、忙しそうな事ぐらいだ。


大抵眠っているか、ぐうたらしているかの彼女が、マヨヒガから外に出て、博麗大結界の調査を随時式神と行っている。

綻びが、きっと酷くなっているのだろう。妖怪の山に越して来たと言われる守矢の面々は、色々と無茶をして幻想郷に入ってきたようだ。

それも含めて、結界自体に負担がかかったとしても無理はない。


「ふんふん~………?」


萃香は、鼻歌を止めて、目の前の空間を凝視した。

ひび割れて行く空間。ここじゃない何処かが開いていく、「隙間」と呼んでいる空間。


「紫……?」


こんな野道に、自分に会う為にわざわざ来たのかと、萃香は思ったが。


「いえ、紫じゃないんですね。これが」


聞こえてきた声に、驚かざるをえなかった。


「え、な、なんで……」

「久しぶりですね。萃香」


出てきたのは、眼鏡をかけた、痩せた男。

いつ以来かの、酒飲み友達であった。


「急ですみませんが、再会を喜んでいるわけにもいかないのです。協力してくれませんか?」

「……え?」

「協力するかどうかは、萃香の判断に任せます。ですが、極力手伝ってもらいたいです」


有無を言わせぬ眼鏡の男は、手に持つ缶ビールに口を付けながらも、萃香の困惑した顔から、目を離しはしなかった。


「……大事なお手伝い?」

「ええ、とても大事な。そして、萃香にとっては嫌な手伝いになるかもしれません」

「それで手伝えって言うのも変だと思うよ?」


萃香のその言葉に、男は苦笑する。


「そうかもしれませんね。いやはや、困ったものです」

「……」


以前見たときと、何ら変わってない仕草に、萃香も苦笑しつつ、懐に仕舞っていた瓢箪を取り出す。


「手伝う手伝わないの前にさ、再会を祝わない? それぐらいはしていいよね?」

「ああ、そうですね。それが、萃香にとっては先でした」


男は、萃香が瓢箪を取り出したのを見て、手に持っていた缶ビールを前に突き出す。


「再会を祝って」

「乾杯!」


アルミ缶と木彫りの瓢箪がぶつかる音と共に、二人は月夜を背に、酒を煽った。













「あー、嫌だ」


そのまま野道に座って、月を眺めながら二人は開けた酒を飲みながら話す。


「そうですか」


萃香の拒否の発言に、しかし男―――ZUNはわかっていたように、涼しげな表情をしたままだ。


「出来たら酒飲み仲間まで、操りたくないのですが」

「……でも魔理沙は犠牲に出来るって? おかしくない? その話も」


グイっと、再び煽るようにして酒を飲む萃香は、顔に怒気を孕みながらも、ぐっと拳を抑えていた。


「出来る、出来ないの問題じゃないんです」


一度言葉を切って、ZUNは萃香の顔を見る。


「やらなければならないんです。例え、それで恨まれようとも、憎まれようとも。完全な楽園である為に」

「……」


ZUNの顔は涼しげなまま。


しかし、瞳は決意の眼差しに満ち溢れていた。


「……それでも、駄目だよ」


萃香は首を横に振る。


「異変が起きようとも、いつだって解決してきたよ? 霊夢はそこまで弱くない。これから先を考えれば、結界を治す必要があるかもしれないけど、それで犠牲が必要なんて間違ってる」

「……萃香の言い分は、尤もです」


話は、それで終わりなのか。

ZUNは立ち上がる。話が平行線ならば、意味がないと悟ったのだろう。


「私をあやつるの?」

「やれなくはありません。萃香も異変を起こした身でありながら、“博麗〟に負けているというのに、代価を払っていませんからね」

「……」


萃香は、その言葉にぎゅっと目を瞑った。

目の前にいるZUNがそう言うのなら、それは事実なのだろう。

せめて、分からない内に自分を手放したい心境であった。


「ですが。先ほども言った通り、酒飲み仲間を操りたくはないのです」


ZUNの目の前の空間が割れていく。


「邪魔をすれば、私は手を振るわざるおえない。それだけは、覚えていてください。萃香」


それだけ言い残し、最初からいなかったかのように、「隙間」の中へと消えていった。


「……ZUN」


残された萃香は目を開くと、既にいなくなってしまった友の名を呼びながら、悲しげな表情を見せて、月を見上げた。
























桜の季節が過ぎて、早一月。

夏を思わせるかのような熱さと暖かな風が吹いていたが、縁側に置かれた風鈴の音を聞きながら、暑さをものともせず、一人の着物を着た少女が畳みの部屋で書き物を黙々としていた。

紫の髪に、花のかんざしが挿され、何処かその姿は、儚げに象られていた事だろう。


「阿求様」


少女の名を呼ぶ女性は、見慣れている為か、それとも仕事の為か、躊躇なく書き物をしていた少女―――稗田阿求に声をかけた。


「はい? どうされましたか?」

「阿求様に、客人でございます。ZUNと言えばわかると言われたのですが……」

「……何ですって?」


家の手伝いをしてくれている仲居の言葉に、阿求は驚いた表情をしてみせた。

その名を、生きている内にまたも聞くことにはなるとは、思っていなかった為に。


「どうされましょうか……? 覚えがないのであれば、お引取り願いますが」

「いえ、私の大事な客人です。通してあげてください」


阿求の言葉に、仲居はわかりましたと言うと、軽く頭を下げて、部屋の前から姿を消した。


「……」


阿求は、書いていた物を隅へと追いやると、座布団を二つ、畳の上へと敷く。

敷いた座布団の一つに正座をして座り、阿求は来る客人を待った。


「こんにちは、阿求殿」


程なくして仲居に連れられ、以前と変わらない姿で、眼鏡をかけた男、ZUNはいた。


「こんにちはZUN様。……今日もお飲みになっておられるのですね」


手に持つ缶ビールを見て、阿求は薄く笑う。


「いやはや、これだけが生きがいでして」


アハハハと豪快に笑うZUNであったが、連れてきた仲居は、苦笑の表情をしながらお茶を用意しますと言って下がっていく。


「まずはお座りになってください。何か、話がある為にここに来られたのでしょう?」

「ああ、では遠慮なく。失礼」


用意しておいた座布団を指差し、ZUNは阿求に言われるがまま、あぐらを掻いて座る。


「……まずは、そうですね。以前まとめてくださった求聞史紀。あれのお礼を言いそびれていたと思ったので、それのお礼を言いに参りました」

「お役に、立ちましたでしょうか?」

「ええ、おかげ様で。色々な者が手にとって読んでくださいました。ありがとう、阿求殿。貴方がいなければあれは作れなかった」


深く、頭を下げて礼を言うZUNに、阿求はニコリと微笑んだ。


「それは良かったです。あれをまとめるのに、色々と苦労をかけましたから」


仲居が再び戻ってくる。

手にはお盆を持ち、湯飲みが二つに、急須が一つ、それに和菓子の御餅が置かれていた。

慣れた手つきで失礼しますと一言言い、仲居はZUNと阿求の前に、お茶と菓子を置いて下がる。


「………再び、お見えになるとは思いもしませんでした」


仲居が下がったのを見て、阿求は嬉しそうな表情をしながらも、ZUNにとって、聞きたくない言葉を言った。


「ええ、私も会う事はあるまいと、思っておりました」


求聞史紀を書き上げた時点で、次に会うとしたら綻びが酷くなった時と思っていただけに、ZUNは嘘偽りなく正直に答える。

阿求の生は短い。転生し、見たものを忘れぬ稗田家のそれは、最早呪いに近いものがあった。


「再び会えて、私は嬉しい限りなのですが、お礼を言いに来ただけではないのでしょう?」

「……察しが早くて、阿求殿には困りますね」


齢10を超えるか否かというのに、阿求は少女とは程遠い、達観した女性である事をZUNは微笑みながらも感じてしまう。


「恐らく、本当の別れになるかと思ったので、ちゃんとしたお別れを言いに来たのです。時間も少しですが、余裕があったもので」

「……そうですか」


別れという言葉に、しかし阿求は悲しい表情を見せはしなかった。


「もしかしたら、また会えるという事はありませんか?」

「そうですね。もしかしたら、あるかもしれません。その時は月を肴に阿求殿も飲みましょう」

「もう、ZUN様は本当にお酒が好きなんですね」


クスクスと笑う阿求に、ZUNも釣られる形で微笑む。

それから、過ごす時間が勿体無いと感じてしまった為か、色々な事を話した。

最近の幻想郷の事。


冬の季節に何があったか。

春に変わり、桜を見て思った事とか。

お酒を前より少し飲めるようになった事や、人里の者達が今年はどれだけ賑やかに過ごしていた事とか。


絶え間なく会話し、埋めるように、埋めるように話していく。


「それからですね―――」

「ああ、阿求殿。申し訳ない」


いつもより多く、弾む気持ちを抑えずに喋っていた為か、いつの間に真剣な表情になっていたZUNの顔に、いくばくかの空白を感じた。

眼鏡の奥は、暗く、淀むように光っている。


「もう少し、話していたい所でしたが、行かなければなりません」


チリンと、風鈴が鳴る音が聞こえる。

見れば、空は徐々に茜色になりつつあった。


「そうですか……ZUN様、それでは」


さようならという言葉は、言えなかった。


「はい、それでは“また会いましょう〟」


ZUNはにこやかに、落ち込む阿求に言ってみせる。

さようならではなく、また会いましょうと。


「……あ、はい! また会いましょう!」


お別れを言いに来たと、言って見せたZUNらしからぬ言葉に、しかし阿求は嬉しそうに返す。

阿求の嬉しそうな表情にニコリと最後に微笑んで、ZUNは稗田家を後にした。







「……さて」


ボリボリと頭を掻いて、ポケットから缶ビールを取り出し、ブルタブを引っ張る。

踏ん切りをつける為に挨拶に言ったというのに、未練を残して来てしまった。


「まぁ、仕方ありません。嘘も真になる可能性もある事ですし」


自分が、霊夢に負ける。

その可能性は、ゼロではない。

抑止力は用意するが、全てをあやつるわけではないのだ。先見さえ出来ない物語に、絶対等という言葉はない。

それは霊夢にも言え、自分にも言える事。


「……萃香も結局あやつりませんでしたし、いつからこんなに甘くなったものですかね」


自分にぼやきながらも苦笑する。自分がいつから甘くなったのか? そんなの決まっている。


「娘が愛おしいと思った時からですかね」


人里離れた野道の空の上で、ぼやきながらも隙間をいくつか開く。

五つ程開いた所で、目的の者達を全員視界に定めた。


「始めますか。大罪を」


印を結ぶ。霊夢が残した、スペルカードルールの代価を、今払ってもらうが為に。






















ガチャン。


「……がっ!?」


それは、唐突だった。

神経が焼かれるかのような痛みに、手に持っていたカップを床にぶちまけてしまう。


「お嬢様?」

「さく……や」


目の前が真っ赤に染まってゆく。

まるで、世界が燃えているようだ。

ぼんやりと、心配するように自分に声をかける咲夜を見るも、紅いカーテンがかかった視界には何も映らず。


―――博麗の元へ


脳裏に響く声に、再び身体が震えるように、痛みが広がった。


「ぐぅ、ああああ!!」

「お姉様!?」


たまらず身体を絨毯の上に投げ出すも、響く声は変わらない。


「レミィ!? レミィ、どうしたのよ!?」


パチュリーやフランドールの声も聞こえるが、これは、まずい。


「ちか、よるな……!」


真っ赤に染まっていく世界で、レミリアは自分の精神が瓦解していくのがわかった。

もう数秒と待たず、この声の言葉通りになってしまう。


「……うぅ、さ、さくや……!」

「は、はい」


ならば、せめて。この声の思い通りになるわけには行かない。


「れ、霊夢の元に、行き、なさい。これは、あれが、絡んでる……!」


信頼出来る従者に、後を託し、レミリアは精神を手放した。
















「……お嬢様?」

突如、身体を震わせ、痛みを訴えるように絨毯の上でのたうち回っていたレミリアの身体は、ピタリと止まる。

そのまま何事もなかったかのようにすくりと立ち上がり、咲夜の方に顔を向けるが。


「……紅符」


虚ろな紅い眼差しと共に、スペルカードを宣言される。


―――不夜城レッド


茜色に染まる紅魔館に、紅い柱が突き抜けるようにして、爆散した。


















「ああああ!?」


急に身体を抱くようにして倒れた幽々子に、紫は困惑していた。


「幽々子様!? どうされたんですか!? 幽々子様!」


お茶を飲んでくつろいでいた主が急に声を上げながら床に倒れるのを見て、庭師である妖夢は必死に身体を揺らすが。


「ううう……痛い、痛いのぉ……!」


目を瞑り、幽々子は痛いと訴え続ける。


「何よ、何なのよぉ……! “博麗の元へ〟って何なのよ……!」

「……え?」


紫は、心臓を鷲掴みにされたような気分に晒された。

今、幽々子は、何と言ったのか?


「幽々子、貴方、もしかして声なんて響いてないでしょうね?」


紫も幽々子に駆け寄り、荒々しく息を吐く幽々子を覗き込む形で、耳をそば立てる。


「ゆ、紫、助けて……いやだ、この声、痛いのぉ……!」

「気をしっかり持ちなさい。もう一度聞くわ。その声は、博麗の元へって言ってるのね!?」


涙を零しながら痛みを訴える幽々子に顔が歪むが、紫はその事実を確かめるのが先であった。

それが事実ならば、こんな芸当を出来るのは、一人しかいない。


「そう、そうよ……ああ、いやだ………私が、私じゃ、なくな……」


コクコクと必死に頷いていた声は急速に消え、のたうち回っていた身体は、ピタリと止まった。


「……幽々子様?」


横で、幽々子を見ていた妖夢は、震えるようにして蹲っていた幽々子が身体を止めて、ゆっくりと立ち上がるのを呆然と見上げた。

虚ろな眼差しに、ぼんやりとした幽々子の表情を見て、紫は即座に、妖夢の身体を引っ張る。


「え、ゆ、紫様何を!?」

「黙ってなさい! 舌噛むわよ!」


幽々子を見ていた紫は、次に何が起こるか予想している為に「隙間」を開く。

幽々子の両手には、扇子が二つ、バッと開き構えられ。


「……死符」


―――ギャストリドリーム


白玉楼に、死蝶が溢れかえった。



















「う、ぐ……ああ!!」


茜色に染まる竹林の中、妹紅は何が起きているのか、理解出来なかった。

目の前で苦しそうに蹲る輝夜は、先ほどまで涼しげな表情をして、自分と弾幕勝負をしていたはずなのに。


「お、おい? 輝夜?」

「も、妹紅」


胸を抱きながら、自分を見る輝夜の目は、必死に助けを乞うようで。


「た、助けて……いやだ。こんなの、いやよぉぉ……!」


ガリガリと、頭を掻きむしりながら地に伏す姿に、身体が動いていた。


「おい! どうしたんだよ! 輝夜、しっかりしろ!」


胸倉を掴んで、身体を起こさせながらも、輝夜の泣いている姿に妹紅は胸の奥に痛みが走る。

何をどうしたら、輝夜がこんな状態になるのか。


「妹紅……妹紅……」


手を上げて、見えていないのか。

自分に向けられた手は、何もない所に縋るように手を伸ばしていく。


「……っつ、私はここだ。ちゃんといるから、しっかりしろよ……どうしたんだよ……!」


伸ばした手を握る。


「……はく、れい……」

「え……?」


手を握り、輝夜の顔を覗くが、小刻みに震える身体は、止まる様子がなく。


「はく、れいに、行って、妹紅……私が、私じゃ、なくなる、前に………」


急速に、輝夜の黒い瞳から、光が失っていくのを妹紅は見た。


「……かぐ、や?」


震えは止まる。


「……神、宝」


代わりに、呟くように、スペルカードが。


―――ブリリアントドラゴンバレッタ


迷いの竹林に、光輝くように炸裂される。
















「神奈子様! どうされたのですか!? 神奈子様!」


守矢神社の縁側にて、急に倒れ、苦しみ始めた神奈子を見て、早苗は傍に寄って心配するように神奈子を見るが。


「く、うう……さ、早苗、離れな……!」


振り払うように、早苗を傍に寄らせず、荒い息を吐きながらも、神奈子はずるずると境内の方へと歩いていく。


「く、そ……! 私とした事が……!」


脳裏に響く声に抗いながらも、膝を着く事なく、神奈子は境内の真ん中まで歩く。


「神奈子!」


後ろから諏訪子の声が聞こえるが、視界は既に、半分以上が真っ赤に染まっていた。


「……ハァ……ハァ……す、諏訪子」


振り返らずに、神奈子は顔を空に見上げる。


「どうしたんだ。何があったのさ!」


友人の声が耳元に聞こえるも、脳裏に響く声と相まって、断線するように聞こえるぐらいだ。


「……ハァ……わからないが…………どうやら、“博麗〟に目を付けられた、みたいだ」


博麗の元へ。そう聞こえる度に、抗う身体は焼かれるような痛みに振るえ、視界は隠されるように真っ赤に染まっていく。


「諏訪子……悪い……後、頼んだよ……」


意識が薄れてゆく。自分が自分じゃなくなる。


「神奈子!!」


諏訪子の叫び声を、最後に聞いたような気がした。









「神奈子様!」

「駄目だ! 早苗!」


神奈子に駆け寄ろうとする早苗に声を掛けるも、遅い。

何処からか飛ぶように、神奈子の両肩に御柱が装着される。


―――マウンテン・オブ・フェイス


呟くように宣言された言葉と共に、境内一帯を吹き飛ばすかのごとく、神々しい光は辺りを包み込んだ。
























「……え?」


霊夢にとって、境内を上って来た男の姿は、戸惑いと困惑しか生まなかった。

茜色に染まる博麗神社。桜が散り、のどかに流れる暖かな風は、平穏を生み出す。

いつものようにお茶を飲んで、いつものように、境内を箒で掃除をしていた。


途中、お茶を飲みに魔理沙が来て、萃香も何処か表情は暗かったが、縁側に座り、一緒にお茶を飲んでいたのだ。


「……お父さん」

「久しぶりですね。霊夢」


眼鏡をかけた男。

ラフな黒いワイシャツを着て、ジーパンを履き、下駄を鳴らしながら歩くその姿は、紛れもなく子供の頃に、姿を見せなくなってしまった父親であった。


ZUN帽を深く被りなおし、ZUNは霊夢の元に、一歩一歩、ゆっくりと歩いていく。


「……! い、今更何しにきたの?」


霊夢はその歩みに対峙するように、持っていた箒を胸に抱きながらも睨みつける。


「娘の様子を見に……と、言いたい所だったのですが」

「霊夢。誰だ? この人?」


縁側から箒を片手に歩いてくる魔理沙に声をかけられ、そちらに顔を向ける。

それがいけなかった。この男から、目を離してはいけなかったのだ。


「神技、八方鬼縛陣」


淀みなく紡がれた言葉に、反応すら出来なかった。


「……っつ!?」


自分を囲むように、結界が敷かれる。


「出来たら、おとなしくしていてください、霊夢。争いたくはないので」

「お、おい!? 何してるんだよ!」


横で自分に結界を敷かれたのを見て、魔理沙はポケットから八卦炉を取り出すが。


「魔理沙、逃げな! 目的はアンタだよ!」


駆けるように、後ろから萃香の声が聞こえてくる。


「っつ、萃香!?」


そのまま横切る形で萃香はZUNへと向かい。


「酔神……! 鬼縛りの術!」


両手にぶら下がる分銅の鎖を、ZUNに向かって放つ。


「……邪魔をするのですか。萃香」


だが、分銅の鎖はするりと避けられ。


「あぐ……!?」


カウンター越しに放たれた札が何十と萃香に向かって爆散する。


「萃香!」

「だ、大丈夫! 大丈夫だから、魔理沙、逃げろ!」


咄嗟にガードしたのか。後ろに下がりながらも、白煙を振り払いながら、霊夢と魔理沙の間に入るようにして、萃香はZUNへと立ちはだかる。


「ZUN! やっぱり駄目だ! 犠牲が必要なんて間違ってる! こんな事する必要なんて―――」

「霊符」


萃香の言葉に聞く耳を持たず、ZUNは次のスペルカードを発動させる。


「夢想封印」


七色に光る宝玉、それは生きているかのように萃香目掛けて放たれ。


「っく! 鬼符! ミッシングパワー!」


急激に巨大化した萃香によって防がれる。


「ああ!!」


夢想封印を防いだ萃香は、グルグルと腕を回し、そのまま境内に立つZUNへと垂直に、拳を振り下ろす。

爆発するような地響きを立て、ZUNがいた地面を躊躇なく叩き壊した。


「……どうして」


それを、鬼縛陣の中で見ていた霊夢の胸中は、戸惑いながらも何故? という疑問に尽きていた。


「霊夢!」


ハッと、魔理沙に声をかけられ、空白と化していた意識を戻す。


「よくわからないが、ここにいたらまずい。 萃香が闘ってる間に、早く―――」

「宝具、陰陽鬼神玉」


空の上で、巨大化した萃香目掛け、赤く巨大な陰陽玉は躊躇なく放たれる。


「うう……!」


両手を交差し、陰陽玉を防ごうとした萃香だが。


「ぐ、ああああ!!」


巨大化した身体ごと、後ろに吹き飛ばされた。


「……な」


ふわりと浮いた萃香の巨体を見つめながら、次いで地面に倒れ響く音に、霊夢は鬼縛陣の中から声を上げる。


「萃香!」


鬼縛陣に触れるも、弾かれるように痛みが走り、結界から出られない。


「く……! 魔理沙、この結界を!」

「手荒な真似は、あまりしたくないのです」


破壊してと言おうとした言葉は、目の前に立つZUNによって、塞がれる。


「魔理沙、説明は後でします。今は私と共に、来てはもらえませんか?」

「……どうして、一体何しにここに戻ってきたのよ! お父さん!」


自分ではなく、友人の魔理沙を何処かに連れ去ろうとするZUNに、霊夢は悲痛な顔をしながら訴えるが。


「……」


返って来る言葉はない。茜色に染まり、鈍く光る眼鏡のズレを直しながら、ZUNはただ、手を横にいる魔理沙へと差し伸べる。


「さぁ」

「……悪いが」


魔理沙はチラリと、萃香が倒れた山の方を見て、ZUNに八卦炉とスペルカードを構え。


「こんな事されて、ついて行くと思うか?」


敵意を剥き出しにし、歩みよるZUNの足を止めさせる。


「……まぁ、そうですよね」


ポリポリと頭を掻きながら、ZUNも懐から札と針を取り出した。


「ま、魔理沙。駄目、アンタじゃお父さんには勝てないわよ!」


結界の中で魔理沙を止めようとするものの、魔理沙の真剣な表情から、腕づくじゃないと止まりそうにないのが、見てわかった。

























「……恋符!」


先手必勝と踏んだのか、魔理沙は最初から全力で十八番をZUNに向ける。


「マスタースパーク!」


八卦炉から放たれる白き閃光。境内を溶解させるように放たれた閃光は、ZUN目掛けて襲いかかるも。


「夢符、封魔陣」


展開される結界に、完全に阻まれる。


「ちっ……!」


魔理沙はそのまま境内の地面を蹴るようにして境内から空へと飛ぶ。

それに合わせるように、ZUNも茜色の空へと飛んだ。


「星符! スターダストレヴァリエ!」


飛んでくるのを見て、魔理沙は続けて煌く星の弾幕を展開してみせる。

だが、その弾幕の中。


「な……!」


スペルカードも発動せず、ZUNは星の弾幕の合間をすり抜けながら、魔理沙に向かって飛ぶのを止めなかった。


「光符! アースライトレイ!」


近づいてくるZUNを止める為に、魔理沙は光球を前方へと展開する。

展開された光球は、ZUN目掛け一斉に輝くと、レーザーを放つ。

それをZUNはスピードを緩める事なく飛び続け。


「おい……!?」


身体を少しずらしただけで、避けてみせる。

星の弾幕にレーザーの雨に晒されながらも、ZUNはスペルカードも発動せず、躊躇なく魔理沙の懐に入って見せた。


「宝具」


入った段階でスペルカードを宣言される。それは、先ほど萃香を吹き飛ばした技。


「……! 魔砲!」


魔理沙は遅れるも、合わせるように自身の最強を、ZUNに向かって構える。


「陰陽鬼神玉」

「ファイナルマスタースパーク!!」


燃え盛るような巨大な陰陽玉。

輝く極光は、至近距離でぶつかり、弾けるように空の上で炸裂する。


「ぐぅ……!」

衝撃によって後ろに下がるが、白煙を上げた中、何も見えない空間から離れるべく、後ろに下がろうとしたが。



「霊符、夢想封印」


蠢く様に、白煙の中、七つの宝玉が自身に爆発するように着弾した。





















「……魔理沙」


境内に、ガサリと音を立てて落ちる箒。

霊夢は、白煙を上げる茜色の空から、揺れるように落ちてくる黒い帽子を呆然と見ていた。


「魔理沙!!」


結界に再び触れる。

はじかれるような痛みに歯を食いしばりながらも、結界から抜け出そうと、全身に霊力を漲らせ壊そうと踏ん張ってみせる。


「やめなさい、霊夢」


白煙から、ゆっくりと降りるようにして聞こえた声に霊夢は顔を上げるも、結界を壊そうとする手は止めない。

見上げた空には、魔理沙を抱える、ZUNの姿があった。


「無理に壊そうとすれば、指が千切れる」

「うる、さい!」


境内に再び降り立ったZUNを睨みつけながら、霊夢は握り締めるように、鬼縛陣を掴んでみせる。

指先は弾けるように、血が溢れていた。


「どうしてよ……! どうしてこんな事を!」

「……言った所で、理解は出来ない」


霊夢の言葉に、ZUNは静かに首を横に振る。

その仕草があまりにも儚く見え。


「……ああ!」


自身の怒りを昇らせるのには、充分であった。

血まみれになる両手を介さず、振り払うようにして、鬼縛陣を破壊してみせる。


「霊符!」


懐からスペルカードを取り出す。魔理沙を抱えていようと、何かするまえに止める必要があった。


「夢想封印!」


放たれる七つの宝玉。


「……」


生きているかのように蠢き、ZUNを討たんと殺到する宝玉を見て。


「……え?」


少し身体を揺らしただけで、全て回避された。


「単発で出した所で、見ればかわせます。それが例え、夢想封印であろうと」


ZUNの後ろで爆散する夢想封印。


「霊夢、今、貴方は誰を相手にしているか、わかって勝負をしていますか?」


嫌な汗が止まらない。

目の前に立つ存在に、改めて戦慄する。


「………」


だが、戦慄しようと、嫌な汗が止まる事がなかったとしても。ZUNの手中に魔理沙がいる限り、止めなければならない。


「……残念です。闘うのを止めてくれると思ったのですが」

「やめるわけないじゃない。一体何が目的? 何をしようとしているの?」


霊夢は、それだけがどうしても理解出来なかった。

今更になって自分の元に来て、唐突に魔理沙を攫おうとする行為。

先ほど、萃香が口走った犠牲という言葉が引っかかるが、それと魔理沙がどう関係―――


「………あ」


何で、気づかなかったのか。


“犠牲〟という言葉に、一つだけ心当たりがあった。


「まさか……」

「ああ、本当に残念です。気づきましたか」


ZUNの言葉に、身体が先に動く。

殺気が自身の身体に充満するのがわかる。

それ程、今目の前にいる存在は、してはならぬ事をしようとしている。


飛ばすように針を何十と放ち、札を展開させ、陰陽玉を何十と飛ばす。



「――――」


言葉にもならない声をあげ、目の前の存在を組み伏せようと襲い掛かり。


「神槍、スピア・ザ・グングニル」


上空から響いた声に、肩を撃ち抜かれた。


「―――」


自身の肩に刺さる紅い魔槍。

それを、他人事のように見ながら、霊夢はなおも、ZUNに向かって駆ける。


「冥符、黄泉平坂行路」


足元に浮かぶ死蝶の群れ。

だが、来るとわかっていれば問題等ない。すりぬけるように駆けてかわし、ZUNの元へと目前まで迫り。


「蓬莱の樹海」

「マウンテン・オブ・フェイス」


ZUNを守るようにして覆われた二つの極光弾幕に、下がるのを余儀なくされた。


「ぐ……!」


大きく跳んでかわし、なおも向かってくる光の群れに、空に上がってかわす。

光の濁流は、博麗神社を飲み込む形で、山々を蹴散らしていった。


「なんで……! アンタ達が!」


空にそびえる形でいる四つの化け物。

肩に刺さった魔槍を無理やり引き抜き、溢れるように血が流れるが、自身の怒りを覚ましてくれるには丁度いい。


喰らったのは怒りに身を任せていたからだ。集中しろ、何がどんな形であの四人がいようと、今は関係ない。



「無理ですよ霊夢。わかっていたとしても、かわせぬ弾幕は存在します」


レミリア、幽々子、輝夜、神奈子の四名の中心に、ZUNは同じように空の上で浮かんでみせる。


「……それがこの四人って事?」


異変を起こしてきた吸血鬼、亡霊、神様、不死者。

まさか、こんな形で再び相手をする事には、思いもよらなかった。

揃いも揃って虚ろな眼差しをし、まるで操られているかのように、一人一人、ZUNを守るようにして飛んでいる。


「ええ。霊夢、貴方のおかげでこの四人は、今は貴方の抑止力として働いてくれています」

「私のおかげ……?」


何故私のおかげなのか。


「異変を解決する際、霊夢は“許した〟だけですからね。スペルカードルールでは、必ず敗者は、何らかの代価を払わねばなりません」

「…………ちょっと、まって」


おかしい。その理屈ならば、何故、ZUNを守るようにして飛んでいるのか。

勝負をしたのは私なのに、どうして?


「ただ、この子達は、“博麗〟に負けたとも取れるのです。無理やりの理屈ですが、現実に、こんな芸当が出来ています」


霊夢の疑問に、ZUNは表情を変えずに喋るが、霊夢は歯を食いしばり、立ち上る怒りを沈めるべく、何度か呼吸を繰り返す。

ようするに、操られているかのようにではなく。


「操っているのね。それも、私の代価を使って」

「ええ」

「……そこまでして、大結界を維持したいの?」

「ええ。私にとって、これが全てであり、絶対ですから」


交わされる親子の言葉とは程遠く。

霊夢はここに来て、明確な敵として、ZUNを見据える。


「悪いけれど、はいそうですかって、させるわけにはいかないわ」


懐から札を取る。実質ZUNが魔理沙を抱え、何も出来ないとしても、4対1。

果たして、突破出来るか。


「……おや」


ZUNは、何かを見つけ、声を上げる。


「もう少し、時間を稼げると思ったのですが」


山々の向こうから、紅い翼をはためかせながら高速で飛来する者が一人。

次いで、霊夢の横に、裂けるように空間が開く。


「霊夢!」


「隙間」から飛び出る形で、紫と妖夢は並ぶようにして霊夢の横に立つ。


「紫、妖夢!」


「幽々子様!」

妖夢はZUNに向けて刀を抜き放ち、構えた。

「……お前が元凶か」


「輝夜!」

紅い翼をはためかせ、反対側からは、妹紅が止まりながらも、いつでも弾幕を張れる体勢を取っていた。


「……困りましたね」

「そのまま困ったまま死になさい」


ZUNが漏らした言葉に、合わせるように声が空間に流れる。

時間が止まったかのように、ナイフが瞬時にZUNの頭上に浮かび。


「幻符、殺人ドール」


一瞬にして、殺到してみせる。


「紅符、スカーレットシュート」


だが、突き刺さる直前に、レミリアの紅い弾丸によって、防がれる。


「ちっ……! 妹様!」

「禁忌! レーヴァテイン!」


防がれたのを見るや、咲夜は抱えていたフランドールに声をかけ、その手を離すと、大上段に魔剣がZUNに振り下ろされる。


「おっと」


しかしわかっていたのか。身体をずらすだけで、レーヴァテインはZUNの横をなぎ払っただけであった。


「咲夜、フラン!」

「お嬢様に命令されたから来たけれど、黒幕はあいつでいいのかしら?」


殺気を漲らせながら霊夢の横に立った咲夜は、ナイフを構えながらも霊夢に聞く。


「ええ。そうよ」

「お姉さまと魔理沙を返して!」


茜色の空の中、フランドールは苦しそうな顔をしながらも魔剣を構え直す。

太陽が完全に沈んでない今では、まだ本調子ではないのだろう。 


「……少し、多勢に無勢ですね」


ZUNは、集結する者達を見るや、空間に五つ、「隙間」を開く。


「な、何で隙間を使えるのよ!?」


ZUNが隙間を開いて見せたのを見て、霊夢は驚きの声を上げるが、スペルカードを取り出し、行動を止めるべく宣言しようとするが。


「待って……待ってください! “お父様〟!」


紫の言葉に、霊夢の思考は止まった。
















自分の言葉に、皆の視線が一斉に集まるが、気にもせず、目の前で隙間に入ろうとしているZUNに声をかけた。


「……何故です。何故、こんな愚行を」

「結界を維持する為です。それ以外に、何があると?」

「綻びは治し続けています……! まだ大結界が壊れるような事はないはずです! それがわかっていながら、何故!?」


紫は、目の前にいるZUNに、悲痛の声で叫び続けた。


「………」

「どうして……お父様は、罪を重ね続けるのですか!」


楽園を維持する為に。

幻想郷という世界を維持する為に、汚れ役を担い続けようとする創造神。


「……楽園を、完全な楽園にする為に」

「戯言を……!」


横で刀を抜いて構えていた妖夢が、激昂するように動く。


「人符、現世斬!」


最速で空を駆け抜け、ZUNに一太刀入れようとスペルカードを発動するが。

一歩遅く、ZUNは隙間の中に完全に入り、刀は空を切った。


「くっ……!」

「……お父様」


悔やむ妖夢と対照的に、紫は悲痛な顔をしながら、消え去った虚空を見続ける。


「……紫」


霊夢は、肩から溢れる血に手をあてながら、紫に声をかける。


「お父様って……どういう事?」



自分が知らない、事実に打ちのめされた為に。



ここまで読んで頂き、ありがとうございます

続きます

七氏
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コメント



0.560簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
おお、なんというかすごい新感覚だ・・・

続きもがんばってください
6.80名前が無い程度の能力削除
ZUNつぇぇ。後半に期待せざるを得ない
7.80名前が無い程度の能力削除
ZUNつぇぇ。後半に期待せざるを得ない
8.60名前が無い程度の能力削除
相手に致命傷を負わせられるほど威力があったら、スペカ作った意味無いんじゃ…
10.90名前が無い程度の能力削除
俺はZUNを待っていた。
13.100名前が無い程度の能力削除
まさかのZUNとは。



後編が気になって仕方がない。