香霖堂は今日も平和だった。
例の如く客は来ない。だがこの店の場合、客の数と店の利益が単純に比例するわけではないのだから、今更気にする必要も無いだろう。立地条件のおかげで普通に料金を払うような良識ある人間は訪れないし、客といえば妖怪か、妖怪以上の変人くらいである。
なにせ最も訪れる頻度の高いトップ2が『紅白の略奪者』と『黒白の泥棒』というのが現状なのだから。
店主である森近霖之助にとってここでの商売とは、いくら稼ぐか、よりはどれだけ損しないか、といった問題だった。半妖ゆえの体の丈夫さと、趣味人としての酔狂さがなければ成り立たない商売であろう。
そんな実情はあれど、霖之助は『静かに読書』という、彼なりの平和を満喫していた。最初はぶ厚かった文庫本も、気がつけば残り十数ページ程度だ。読み終わったら次はどの本を読むか。無縁塚になにか拾いに行ってもいいだろう。
と、そんな風に霖之助は平和な日常の過ごし方、というものを計画していた。
だが、幻想郷における平和とは、破られるために存在するものである。
※
「おじゃましまーす」
香霖堂の戸が開くと同時に、威勢のよい声が響く。後ろ髪を引かれる思いをしつつも文庫本を閉じ、来訪者へと顔を上げた。
カランコロン、と音を鳴らしながら現れたのは、ミニスカート姿の細身の少女。頭には頭布、腰には団扇、足には高下駄ブーツ。そして背中には烏と同じ、艶めいた漆黒の翼が生えている。
幻想郷最速の天狗にして文文。新聞の記者、射命丸文だ。
その姿を見て、霖之助は少しだけ安堵する。新聞記者、などという仕事をしているせいかは知らないが、彼女は妖怪にしては比較的まともなほうである(あくまで比較的、でしかないが)。
彼女なら『ツケておいてね』と当たり前のように食料を持ち去ったり、『なんか面白そうだぜ』と人のコレクションをかっぱらたり、などといったことはしない。霖之助自身が文文。新聞の数少ない定期購読者だということもあってか、この店の客にしては比較的まともな商取引が成り立つ相手である(しつこいがあくまで比較的、でしかない)。
「いらっしゃい。フィルムでも入用かい?」
「いえ、今日はそれじゃなくてですね。ご主人、ちょっと相談があるんですけど」
スッとカウンターに近づいた彼女が口を開く。
「人間の服を借りたいと思いまして」
『永遠に借りてくだけだぜ』
文の言葉を聞いた瞬間、脳内で妹分の常套文句が再生された。
残念だ、彼女はそんなことを言う妖怪ではないと思っていたのに。仮に少しでも返す気があったとしても、物が物だ。会話の代わりに弾幕ごっこをしているような彼女が、まともな状態で服を返してくれるとも思えない。
顔には出さなかったはずだが何かを感じ取ったらしい文が、慌てたように弁解する。
「いやいや、違いますよご主人!! ちゃんと今日中に返すつもりですし、汚すようなこともしませんから」
「とりあえず理由を知りたい。差し支えなければ聞かせてもらっていいかい」
数少ない優良顧客だ、無下に断る気はない。とりあえず椅子を勧め、湯呑に注いだ麦茶を出しておいた。
「実はですね、潜入取材というものを考えているんです」
麦茶を一口だけすすってから、文は言った。
「潜入取材……まさかあの吸血鬼の館にでも?」
「いやいや、もうあそこはこりごりです」
あれだけの逸材が揃い踏みしている場所、彼女が既に手をつけていないはずが無かったか。だがその真っ青な表情を見ていると『こりごり』と言えるだけの目に遭わされたのだろうな、ということは想像に難くない。
嫌な思い出を忘れたいかのように頭を振ってから、彼女は続けた。
「そんな大層な話じゃないんですよ。最近、人間の里に面白い物を食べさせるお店ができたという話を知りませんか?」
そういえば、魔理沙が何度か『食べてみたいから奢れ』と言っていたような気がする。話半分で聞いていたために詳しくは覚えていないのだが。
「外の世界のお菓子とも噂されるものなんですけどね。今、それが若者に大人気らしいんですよ。流行の最先端を担う文文。新聞としては、放っておくわけにはいかないと思いまして」
「で、そのお店のことを記事にしたいと。なんだかいつもの君の記事とは随分毛色が違うね」
「ふふふ、いつまでもゴシップを追いかけているわけにはいかないんですよ。やはり新規顧客を得るためには、新たなアプローチも必要かと思いまして」
「しかし潜入取材とは穏便でないね」
新聞で取り上げられるなら、いい宣伝になるだろう。それなら堂々と取材を申し込めばいいとも思うのだが。
そんなことを伝えると、文は『これだから素人は』とでも言いたそうな表情で言った。
「何を言ってるんですか、取材を意識させてしまっては、そのお店の真実の姿を見ることができないじゃないですか。私のモットーは『真実を客観的に』です。自慢じゃないですが、取材の許可など取ったことはありません」
「自信を持って言うことじゃないと思うが」
「……それに天狗の新聞ってやっぱりあんまり信用されてないんですよね。私以外の天狗のせいで」
あくまで自分は違う、と言い張れることはすごいと思う霖之助であった。
「まあ、それで潜入取材というわけか。で、人間になりすますために服を貸してほしいと」
「ええ、ぜひともお願いしますっ!!」
「まあ、そんなことなら別にいいだろう。君は優良顧客だし、それに君がどんな記事を書くかというのも楽しみだ」
そう答えると、文はパッと顔をほころばせた。やはり記事を楽しみにしている、というのは新聞記者にとって最高の賛辞のひとつだろう。
「人間の服なら奥のタンスに入ってるから好きに選んでくれ。ああ、念の為言っておくが、あまり手荒に扱うと買取も覚悟してもらうよ」
「そのつもりです」
「来月以降の契約も考慮することになる」
「鋭意努力します」
そう答えながら、文はタンスを探り、衣服を見比べていた。しばらくしてようやく決まったらしく、服を胸に抱えて霖之助に言う。
「奥の部屋、お借りします。あ、こっち見たら明日の朝刊の一面は決定ですからね」
「なるほど、それはいい宣伝になりそうだ」
軽口で答えながら、店の奥へと上がりこむ文を見送った。もちろん、あまり派手な宣伝は避けたいので、そちらから目をそらすために再び文庫本を手にとる。活字を追って物語を再開させるが、不意にシュルシュルとした音が聞こえた。俗に言う絹擦れの音と言う奴だ。音の発生源はもちろん、自分のすぐ近くで着替えているだろう、文。
絹擦れの音だけで興奮するには自分は枯れてしまっているが、もう少し気を使うべきなのではないかと思う。彼女だけでなく、いつも幻想郷の騒動を起こし、解決する少女達全般に言えることだが。
「……よしご主人。ちょっと見てくれますか?」
答える代わりに霖之助は視線を上げる。もちろんその先に居るのは、すっかり着替え終わった文の姿だ。
その身に纏うのは、淡い群青色の着物。ヤツデの葉を連想させる模様が織り込まれているのは、やはり天狗としてのアイデンティティを保つためか。
「いい目をしているね。中々の上物だよそれは」
「服じゃなくて、もっと全体を評価して欲しいんですけど」
そう言いながら苦笑する文を、霖之助は改めて見つめなおした。
頭布を脱いで翼を体内に引っ込めた彼女の姿は、すでに人間と変わらない。凹凸は少ないが未成熟というわけではない、スラリとした細身の体は、昔ながらの着物がよく映えるスタイルだと思う。外の文化や妖怪達の影響により衣服の種類も増えたとはいえ、幻想郷の人里で最もポピュラーな服と言えば、未だ着物だ。それをここまで着こなしているのだから、人外の者だと怪しまれることもないだろう。別の意味で注目を集めることはあるかもしれないが。
「うん、どこからどう見ても人間の美少女だ。自信持っていいと思うよ」
ちなみにこの『自信を持っていい』とは単に『妖怪だとバレない』という意味で、深い実は無い。もちろんそれを言われた文も、彼がそういう意味で言ったことはわかっている。同時に、誤解を招くような台詞を自然に口にするタイプだということも。
「ど、どうもありがとうございます……」
だが、あいにく文はそういった台詞に免疫が無い。特に異性に容姿を誉められることなど。
「じゃ、じゃあ取材に行ってきます。服とカラスは預かっておいてください」
気恥ずかしさのためか、文は慌てた様に靴を履き、そのまま店を出ようとした、が。
「ちょっと待て」
店を出る瞬間、霖之助の言葉が文を拘束した。
「は、はい?」
「君、その格好で行くつもりなのか?」
緊張しつつ振り返った文に、霖之助が言う。まるで呆れたような表情で。
「さっき誉めてくれたばっかりじゃないですか。び、美少女って……」
「美少女なのは問題ないよ。問題はそれだ」
霖之助の指先が、文の足元を指した。そこにあるのは、愛用のブーツ。
中央に一本、高い歯のついた高下駄ブーツだ。
「人間はそんな靴を履かない」
高下駄なら、修験者や山伏が履くこともあるだろう。だが、町中で若い娘が履くようなものではないのは確かだ。もし、若い娘が履いているとしたら
それは―――
「……天狗しかありえないと」
「そうなるね」
説明し終わると、霖之助は近くの棚を探り始めた。しばらくして、奥から何かを取り出す。
「まあついでだ。これも借りていくといい。サイズも同じくらいだろう」
そこにあったのは、文が愛用しているものと色合いの近いブーツだった。もちろん、歯はついていない。
「着物にブーツというのもどうかと思うが、最近ではそういう組み合わせも無くはない。普段の物と近いほうがいいだろう」
「では、お言葉に甘えて」
近くの椅子に腰を落とし、高下駄ブーツを脱いだ。代わりに霖之助から受け取ったブーツを通す。新品、いや新中古品特有の固さはあるものの、サイズはちょうどいいと思う。
「そういえば私、こんな靴履くのって初めてですよ。子供のときからあんな靴が当たり前でしたし」
「まあ、天狗のトレードマークのような物だろうね」
「そうですね……っと」
ブーツの紐を締めると、足をぷらぷらさせて履き心地の確認。
「それでは、今度こそ。行ってまいります!!」
と、言いながら椅子から腰を上げる文。
『ああいってらっしゃい』
文庫本に目を落としながら、霖之助はそう言った。いや、言うつもりだった。
だがその直前、バタンと大きな音が響き、霖之助の台詞を遮った。何事かと視線を向けると、そこに居るのは床に突っ伏すようにして倒れている烏天狗。
「あ…あやや?」
当の本人は、自分でも何が起こったのか分からないような表情のままだ。
「だ、大丈夫かい?」
「は、はい」
霖之助が手を貸すと、しがみつくようにして文は立ち上がった。
「天狗が転ぶところなんて初めて見たよ」
「私も初めてかもしれません」
念の為着物を確認しておくが、破れたりはしていないので一安心。とりあえず体を叩いて付いてしまった砂埃だけ落としておく。
「それでは、改めまして……あやややややっ!?」
行こうとしたそばから、平面の床に躓くようにして倒れる文。今度は霖之助が肩を掴んで止めたので、無様な真似は晒さずに済んだ。
「ま、まずいです……こんな普通の靴じゃ歩けません!!」
霖之助の腕にしがみついたまま、青ざめた表情で文は言う。
「いや、普段の君の靴よりよっぽど歩きやすいと思うんだが」
「理屈ではわかっているんですよ!! でもまるで、ちょっと動くだけで地面が揺れているかのように、あややっ!!」
今度は凍った水たまりを踏んだかのようにズルリと足を滑らせた。反射的に背中に手を回し、文の体を受け止める霖之助
「こ、これじゃ取材どころじゃないですよ!!」
半泣きの表情で震えながら叫ぶ彼女に、いつもの飄々とした雰囲気はまるで見られない。無理もない、空を舞う天狗にとって、地面で転ぶなど未知の体験だろう。
翼で飛んでいけば靴など関係ないだろうが、それでは今回の趣旨である潜入取材はできない。第一、あくまで貸しているだけの着物に翼用の穴など空けてほしくは無い。
「……こうなったら、ご主人」
何か思い立ったような表情で、霖之助を見つめる文。自分の命綱とも言える霖之助の腕を強く握り締め、彼女は言った。
「もう一蓮托生ですよ!!」
※
「……そろそろ人間の里だよ」
「や、やっとですか……飛ばないとこんなに時間がかかるものなんですね」
霖之助一人なら半分の時間で済んだだろうが、さすがにそんなことは言わないでおく。ここまで時間がかかったのは、震えながら自分の腕にしがみついている文のせいだろうから。その姿はまるで、未開の地の原住民を模したビニール人形のようである。
自分ひとりでは歩くこともできない文は、霖之助に同行を頼んだのだった。つまり、目的地まで自分の足代わりになってくれということである。
いつもは出不精なはずの霖之助だが、今回はその頼みを快く受け入れた。本気で商売する気があるのか、とよく言われる霖之助ではあるが、これでも商売人であることを忘れたことは無い。そして商売人としては、その人里で流行している食べ物、とやらには興味が惹かれる。というわけで、この機会にそれを拝見しようと思ったわけである。そのついでに、優良顧客である文のサポートができるならちょうどいいとも思った。
「そこのお店です」
指示に従って、一件のオープンカフェに入る。とりあえず一番近くにあったテーブル席に文を座らせた。
「は~~~疲れた~~~」
「じゃあ、僕が適当に買ってくるけどいいかい」
「おまかせします~」
ぐったりとした表情でテーブルに突っ伏している文を置いて、霖之助はカウンター前の行列へと並んだ。
ふと周りを見れば、客の多くは若い女性であることに気がついた。男性もそれなりに居るが、いずれも女性の付き添いといった感じだ。なるほど、これは霖之助一人では入り辛かっただろうから、ちょうどいい機会だったのかもしれない。
数分後、霖之輔は店員から受け取ったトレーを持って、文の居るテーブルへと戻った。トレーの上にあるのはカップに入った紅茶と、噂の菓子とやらが数個。
「とりあえず、適当に何種類か買ってきたよ。お酒は無いから紅茶で勘弁してくれ」
「わかってますよ、ええといくらでした?」
ここまで同行するのを頼む際、取材協力費として全部奢る、と提案したのだった。霖之助もその条件で受け入れたはずだったのだが。
「ああ、いいよ。どうもここは女性に払わせる場では無いらしいんでね」
お互いにそんなことを気にするタイプでも関係でもないが、とりあえずしきたりの様な物だとでも思うことにした。
「それは助かりますけど……どうもご主人は商売人として色々足りない部分があるんじゃないかと」
「よく言われるよ」
「まあ、今回はお言葉に甘えてごちそうになります。さて、それはそうと本題ですが」
話を切り上げ、トレー上に置かれた物体に手を伸ばす。
「噂のお菓子とやらをいただくとしましょうか」
それは掌くらいの大きさをした、白い物体だった。薄く平たい部分から、格子状の壁が立ち上がったような構造をしている。焼きたてなのか、まだほんのりと暖かい。
文は鼻を近づけ、クンと音を鳴らした。
「これは……お餅?」
「みたいだね。格子餅という名前で売られていたよ」
「……なんだ。形が変わってるだけのお餅ですか。その程度じゃ記事にできませんよ」
そうぼやきつつ、菓子を口に運び、一口だけ齧ってみた。
「……なっ!?」
驚愕の声と同時に、文の目が大きく見開かれる。
「こ、これは本当にお餅なんですか!? いえ、たしかに味はお餅ですけど、この食感は!?」
「ふむ……外はサックリと、中はふんわりと……所々モッチリとした部分もある」
文のように騒ぐことは無いが、霖之助も未知の食感に驚かされていた。慣れ親しんでいるはずの食べ物が、こんな菓子に姿を変えるとは予想だにしなかった。
「なるほど、妙な形をしていると思ったが、この形だからこそこの食感が生まれるのだろうね」
「いやあ、癖になりそうな味ですねコレ!! こっちの餡子付きも美味しいですよ!!」
「元が餅だからね。色々応用が効きそうだ」
「このおろし醤油も合いますね!」
キャアキャアと騒ぎながら、笑顔で舌鼓を打つ文。食べる手を止めて、ついそれを観察してしまう霖之助だった。
誠意の感じられない口先だけの敬語のおかげで、どうも胡散臭い印象の強い彼女だが、こんな風に普通の少女のように騒ぐこともあるのだろう。もしかしたら得ダネスクープとやらを追いかけているときもこんな表情を浮かべているのかもしれない。
だとしたら、たいしたスクープを提供できない自分では、こんな表情をお目にかかれることはなかっただろう。この目の前の烏天狗の新たな一面だけでも、わざわざ出向いた価値はあるかもしれないと思った。
「あの、何か?」
霖之助の視線に気がついた文が、訝しげな様子で尋ねる。食べる手を止め、緩んでいた表情を幾分か引き締めなおして。
「ああ、いやいや……少し妙なことがあってね」
上手く誤魔化したが、全くの戯言というわけでは無い。妙なことがあったというのは事実だからだ。
「妙なこと?」
「いや、先ほど買ってきたときに、これを作る道具を見たんだが」
深い溝の入った二枚の鉄板を、蝶番で重ねたような道具だ。それで切り餅を挟み、火にくべていたのを思い出す。
「実はあの道具は、僕が売ったものだ」
「え?」
一瞬キョトンとした表情を見せるが、すぐにその表情が睨むような険悪な物へと変わっていった。
「まさか最初から知っていたんですか。私がここに辿り着くまでどんな苦労をしたと思ってるんですか!!」
「主に苦労をしたのは僕だと思うがね。まあ、ちょっと落ち着いてくれ」
殆ど霖之助にへばりついていたとはいえ、慣れない靴でここまで歩くのは結構な苦行だったようである。その恨みをぶつけられないように、文をなだめつつ話を進めた。
「三ヶ月ほど前に、無縁塚であの道具を拾ったんだよ。僕の能力で名称と用途はわかったが、結局使い方はわからなかった」
で、結局、ちょうど溜まっていた鉄屑とまとめて、人里の金物屋に引き取ってもらったのだった。
「それが流れ流れて、ここにあると?」
「ああ。と言っても僕が拾ったのはせいぜいこの餅を二枚焼ける程度の大きさのものしかなかったから、人里で複製したのかもしれないね」
「なるほど……で、それが妙なことですか?」
いやいや、と軽く答えながら、霖之助は続ける。
「あの道具の名称は『ワッフル型』。用途は『ワッフルを作る物』だ」
これは道具を拾った直後からわかっていたことだが、そもそも『ワッフル』という物が何なのかわからなかった。この道具をどうにかすればできるのだろうと思い色々な使い方を試してみたが、結局わからずじまいだ。思い返せば、藁にもすがる思いでかなり間抜けな使い方まで試していたのが情けない。特殊な能力など無い、ただの人間が普通に使いこなしているのを見るとなおさらだ。
「それでは、私達が今食べているコレが、その『ワッフル』とやらなんでしょうか?」
「たしかに、理屈から言えばそうなるんだが」
霖之助は目の前の菓子をひとつつまみあげた。
「僕の能力によると、これの名称は『モッフル』らしい。『ワッフル』では無いんだ」
やたらと真剣な様子の霖之助だったが、文は怪訝な表情を返すだけだった。
『ワッフル』だろうが『モッフル』だろうが、そんなことはどうでもいいだろう、と。
「たった一文字違いじゃないですか。人や地方で呼び名が違うとかそういったものじゃないんですか?」
「それならわかるよ。口では説明できないが、僕の能力はこれが『ワッフル』とは別物の『モッフル』という存在であることを示しているんだ」
「はあ……ご主人がそこまで自分の能力に自信を持っていたとは」
驚きです、と続ける文に、霖之助は苦笑しつつ答える。
「確かに色々と物足りないところもある能力だとは自覚しているけどね。だからこそ、自分の能力でわかること、わからないことはよく理解しているつもりだよ」
「わかっていますよ。ご主人がそこまで言うならそうなんでしょう」
もしや大スクープかも、という僅かな期待を込め、文は続きを促した。
「さて、この菓子はこの店では『格子餅』という名前で売られているわけだが、名称は『モッフル』だ。つまりここで売り出されるより前に、『モッフル』という名前で作られていたということだよ」
おそらくは、外の世界で。
「つまり外の世界では、『ワッフル』を作るための『ワッフル型』という道具で、『モッフル』という菓子を作っているわけだ」
「はあ……それは妙ですが、つまり?」
文の言葉に、霖之助はキョトンとした表情を見せた。
「つまりも何も、妙だということだよ。最初にそう言ったじゃないか」
「って、ほんとに妙なだけじゃないですか……」
妙なことだ、とは思う。だが、それだけだ。
思考が大雑把な妖怪はもちろん、大多数の人間にすらさして重要視されないだろう。記事に載せたとしても、せっかくのグルメレポートに水を差すだけだと思う文だった。
「そういえば、魔理沙さんが言ってましたっけね……」
疲れた表情を隠そうともせず、文は呟いた。
『あいつの話は話半分に聞くといいぜ。半妖なだけにな』
会話が一段落着くと、文は懐から一冊の手帳を取り出した。彼女御自慢の文花帖だろうか。
「やっぱり現場で書いておかないと、記憶も感動も鈍っちゃうんですよ」
覗かないでくださいよ、と霖之助に念押しし、店の様子をチラチラと伺いながら書き込み始めた。さらにその合間を縫って、レンズがついた小さな箱のような物を、店員の目を盗んでカシャカシャと鳴らす。気になったので聞いてみると、知り合いの河童に作ってもらったという小型カメラらしい。幻想郷にはそんな言葉は無いが、それを盗撮と言うのではないかと思った。
「よし、これくらいで充分ですね」
文花帖と小型カメラを懐にしまう。ちなみに小型カメラについては触らせてほしいと頼んだなのだが、企業秘密だと断られてしまった。『私の文花帖には見向きもしないくせに』と、ぼやいていたが、頼み方がまずかったかもしれない。
「さて、そろそろ出るか」
霖之助の言葉に軽く頷いて答える文だったが、立ち上がったところでハッと思い出したような表情になった。
「ああ……考えたくなかったけど、帰りも同じ目に遭わなきゃいけないんですよね」
大きくため息をつきつつ、文は霖之助の腕にしがみついた。
※
店を出て人里からも離れ、もう少し歩けば香霖堂というところで、それは起こった。
「いつっ!?」
文が突然声を上げ、今まで以上に強く腕にしがみついたのだ。なにごとかと思い歩みを止めて視線を移せば、痛みをこらえるような表情を見せている。
「どうかしたのかい?」
「いえ、大丈夫、です」
そう答える文だったが、その搾り出すような声と眉根を寄せた厳しい表情を見ると、額面通りに受け取るわけにはいかない。辺りを見回せば、道端にちょうど腰をかけるのに適したような石が落ちているのに気がついた。
「どこか痛めたんじゃないか? 少し休もう」
文の答えを待たず、引きずるようにしてその石へ向かう。石の前に来ると、文はしぶしぶといった表情で腰を下ろした。
その瞬間、カフェで聞いたとき以上の大きな溜息を吐く。口では大丈夫だと言っていたものの、やはり随分と我慢していたようだ。
「どこか痛い所は?」
「……こっちの足です」
観念した様子で文は答えた。
「そうか。それじゃ、ちょっと脱がせるよ」
「は、はい」
文の足を刺激しないようにそっとブーツに触れた。少しでも脱ぎやすくするため、靴紐を可能な限りほどき、ゆっくりと脱がしていく。
「ん……」
気をつけてはいるが擦れるだけでも痛いのか、文が身じろぎした。
「すまないね。ちょっと我慢してくれるかい」
ブーツを脱がすと、足袋に包まれた文の足が露になる。なるべく足に触れないように気をつけながら、足袋を脱がせた。
そこに現れるのは、空を舞う彼女を象徴するような、細く華奢な足だ。だが今では足首が不自然に腫れ上がり、本来の美しさを崩しているのがわかる。
「どうやら軽く捻ったようだね。ああ、よく見れば靴擦れも起こしてるじゃないか」
慣れない靴での歩行が、彼女にとっては随分な苦行だったようだ。この様子では、歩くことは難しいだろう。
さて、どうしようかと霖之助は考える。
いくら妖怪でも、この足で歩かせるのは無理だろう。だったら羽根で飛んでいけばいいのか。
いや、彼女が今着ている服は人間用の物で、当然、羽を出すための穴は無い。あくまで最初から貸すという話だったし、それなりの名品だと思われる物に穴を開けるのも勘弁してもらいたい。
かと言って、服を脱いで下着姿で飛べ、などと言うわけにもいかないだろう。実年齢は知らないが女の子相手にそれは酷な話だ。第一、そんなことを言えば僕が三途の川まで吹き飛ばされるかもしれない。
と、なれば彼女が足を使わなくてもいいように、僕が運べばいいだけだ。魔理沙のように背中におぶって運ぶとするか。
いや、待て。幼い頃からの付き合いである魔理沙ならと違い、僕と彼女は客と店主という付き合いでしかない。大して深い付き合いも無い異性に、体を密着させるようなことは嫌がるかもしれない。
よし、それなら。
彼女に負担をかけず、可能な限り体を密着させない運び方を選ぶとしよう。
「ちょっとこれを持っていてくれ、離さないようにね」
「は、はあ?」
キョトンとしつつも文は靴と足袋を胸に抱えた。
「それじゃ、じっとしてくれよ」
そう言いながら、霖之助が腕を差し入れた。石に腰掛けた文の、膝裏に。さらにもう一方の腕を文の背中へと伸ばす。
「え?」
「よっと」
文が間の抜けた声を上げると同時に、彼女の体が浮いた。膝裏と背中に回された、二本の腕によって。
その体勢は、俗に言うお姫様抱っこだった。
「あ……あやややややややや!? な、なにしてるんですかっ!?」
持ち上げられた瞬間はフリーズしていたが、自分の体勢を自覚してじたばたと暴れだす文。
「こら、じっとしてくれ。下手に暴れられると落としてしまう」
「う、ううう……」
「歩けない、服に穴も開けたくないなら、僕が運ぶしかないだろう?」
当たり前のように言う霖之助の口調からは、何の嘘も誇張も無い、そのままの意味しか感じられない。
「い、いくらなんでもこの体勢は……」
「ああ、心配しないでくれ。半分は妖怪だからね、それなりに腕力はあるつもりだから、落としたりはしないよ」
「そ、そういうことじゃなくてですね~~」
文は反論しようとしたが、霖之助はその体勢のまま歩き出してしまった。
その淀み無い動きを見ていると、彼はあくまで密着部分が少ない方法としてこの方法を選んだだけで、他意はまったく無いということがわかる。女性である文に配慮しているということはわかったが、結果的に導かれた方法の意味までは頭が回らないらしい。
それなりに屈辱ではあるが、こんな事態を招いたのは自分のせいだ。そして
彼は彼なりに自分を助けようとしてくれているのだ。
もう下手に動かず、彼が運びやすいようにしよう。香霖堂までの我慢である。
自分にそう言い聞かせ、文はこれ以上の反論をあきらめた。
それにしても、空を自由自在に舞う烏天狗という種族である自分が、自らの翼意外に、他人の腕などに身を預けることになるなんて。考えれば随分と恐ろしいことだとは思う。
だが、不思議なことにそれほどの不安は無かった。翼を封じられた身の不自由は感じるが、今はそれを支える力強い腕の存在が感じられるからだ。
それなりに腕力はあるというのは嘘ではないらしく、自分を支える腕は歩いていても揺るぐことはない。その足取りもしっかりしたものだ。
(魔理沙さんはひきこもりのヒョロ眼鏡とか言ってたけど、意外と……)
首を傾け、霖之助の顔を見上げる文。自分を支える男の顔は、いつもと同じような覇気の感じられない無表情を晒していた。
だが、つまらないはずの表情も何だか今は――――
「……どうかしたかい?」
視線に気づいたのか、霖之助が文の顔を見下ろして言った。思わずビクリと身をすくませてしまう文。
「あ、いえっ!! 重くないですか!?」
言ってから、妙なことを言ったと後悔する。だが霖之助は表情も変えず、答えた。
「そんなことは無い、むしろ身長の割に軽すぎるくらいだよ。魔理沙や霊夢ともあまり変わらないんじゃないか?」
そこでそのふたりが出るということは、今の自分のように運んだ経験があるということだろうか。当たり前のように自分を持ち上げたところから見ると、やっぱりあるんだろうなと思う。
そんな自分の想像に妙なしこりを感じてしまった。
「げ、幻想境最速を自負する身としては、体重管理は必須ですから……」
「ふむ、無茶な減量は体を壊すから気をつけた方がいいよ」
「そうします……」
烏天狗の体は人間とは違う。空を飛ぶのに適したように細く、軽くなるようにできているし、だからといって人間のように脆くなったり、病気になったりするわけではない。
だから霖之助の言ったことは余計なお世話もいいところなのだが、反論する気にはなれなかった。表情も口調もいつもと同じ無感動な物であるはずなのに、なぜか自分を心配してのことだというのが感じられたからだ。
今の体勢がもたらす錯覚なのだろうか。だとすれば、実に困ることをしてくれたものだ、と思う。
それきり口を閉ざし、文は自身を運ぶ二本の腕に身を委ねた。霖之助も饒舌な方ではないため、特に会話も無くスタスタと歩いていくだけだ。
しばらくして、香霖堂へと辿り着いた。両手の塞がっている霖之助の代わりに、文が扉を開ける。留守を任されていたカラスが、カアと鳴いて出迎えてくれた。
霖之助はそのまま、最初に着替えた奥の部屋まで文を運び、畳の上へと下ろす。それからお互いにため息をついた。
「ご苦労様。よくがんばった」
「いえ……ご主人にも迷惑かけちゃったみたいで」
「いやなに、天狗が翼を封じるほどの苦労はしてないよ」
そう答えると、戸棚の中から取っ手の付いた箱を取り出した。赤い十字マークが、大きく記されている箱。確か医療を表す印だったか。
「たいしたことは無いだろうが、応急処置くらいしておこうか」
「あ、どうも……」
ふと、視界の端に、いつもの服が映りこむ。それに気がつくと、自分が今纏っている着物がどうにもうっとうしくなってきた。色々あって精神的にも、それによって肉体的にも疲弊した今となっては、体を締め付けるような着物の感触に耐えられそうに無い。
「それより前に、着替えさせてもらっていいですか。もうずっと翼を押さえ込んでいるのって辛いんですよ」
「ああ、どうぞ」
霖之助はそう答えると、部屋を出ていつもの場所、カウンターに座った。そして置かれたままになっている文庫本を手に取り、読み始める。
文が最初に着替えていたときと同じ状況なだけだ。霖之助は覗く気も、覗くことも無かったし、文もそう思っていたからこそ、平気な顔で着替えていた。
状況は何も変わらないはずだ。文もそのことを充分に理解していた。
理解していたはず、だった。
だが。
「……って……い」
蚊の鳴くような声が、霖之助の耳を掠める。
「どうかしたかい?」
文庫から目を逸らさぬまま、尋ねた。
「出てってくださいっ!!」
いつもと同じ、その反応が気に入らないかのような怒声が響き、次の瞬間に大気が動く。
店奥から吹き荒れる暴風が、霖之助を外へと吹き飛ばした。
※
翌朝の香霖堂。
その扉を蹴破るようにして、ひとりの少女が飛び込んだ。
「香霖居るかー!? 居るんだろ!? 居ないと店を吹っ飛ばすぞー!!」
黒のエプロンドレスを纏う少女、霧雨魔理沙が叫んだ。その手には彼女の代名詞とも言えるアイテム、ミニ八卦炉が握られている。
「カウントダウーン!! 十、九、八、ああもう、三、二」
「朝から騒々しいな。今日は随分と元気じゃないか」
カウントが零になる前に、霖之助が店の奥からひょっこりと現れた。寝ているところを起こされたのか、眼鏡は無く髪もボサボサだ。
「そりゃこんな物見せられちゃ、いつもの淑女ではいられないぜ」
いつもは淑女のつもりなのか、と霖之助が言う前に、魔理沙は胸元から一枚の紙を取り出した。それを霖之助の眼前へと突きつける。
「念のため確認しとくぜ。こいつに書かれてることは本当か?」
「こいつ?」
「この新聞!! こいつに載ってる記事だ!!」
新聞と言われて昨日の出来事を思い出したが、そのことについての記事だろうか。別に緊急ニュースでもないのに、仕事が速いなと思う。
そういえば文に吹き飛ばされた後、しばらくして香霖堂に戻ったが、既にそこに彼女の姿は無かった。急いで帰ることも無いだろうにと思ったが、そんなに早く記事にしたかったのか。
「ああ、大体は本当だと思うよ」
軽く答えた瞬間、魔理沙の表情が凍った。それを疑問に思いつつ、突き出された魔理沙の手から新聞を受け取る。傍らに置いておいた眼鏡をかけ、文字に目を落とした。
「ん?」
今まで眼鏡をかけていなかったせいか気がつかなかったが、これは自分の見慣れた新聞、文々。新聞では無い。紙の上部には大きく『幻想スポーツ』と書かれている。
固定観念で新聞=文々。新聞と思っていたが、どうやらこれは文以外の天狗が書いた物らしい。
「これは珍しいじゃないか。どうしたんだ」
「……妖怪の山で遊んでたら拾ったぜ」
表情を変えずに感情も込めずに呟く姿は不気味だったが、好奇心を優先して新聞を読み進める。さて、本来は妖怪の山でしか読めないという天狗の新聞には、どんなことが書かれているのか―――
※
『幻想スポーツ あの風神少女に熱愛発覚!!』
まずはこちらの写真をごらん頂こう。着物姿の女が、隣の男に腕を絡めてべったりとくっついている。(写真①)
一見、ただの人間のカップルのように見えるが……実はこちらの彼女、風神少女の異名を持つ敏腕記者、射命丸文なのである!!
射命丸文と言えば幻想郷最速を誇る翼と、妖怪、人間を問わない広い交友関係を持ち、妖怪の山だけでなく、他の妖怪の住処や人里にまで新聞を配布している変り種として有名である。どうやら交友関係の広さは、新聞だけでは収まらなかったようだ。
それにしてもいつもは飄々とした雰囲気を崩さない彼女が、異性の前ではこんな微笑ましい表情を見せるとは。まるで『あなたと離れたら死ぬ』とでも言っているようである。
さらに取材を続けていると、なんと今度はお姫様抱っこの体勢に移行したではないか!!(写真②)
なんと彼女、そのまま男性の住居と思われる場所に『お持ち帰り』されてしまったのである。この直後、店内から凄まじい風が巻き起こったが、いったいどんなプレイを行っていたというのだろうか。
ちなみにお相手の男性は、魔法の森で商店を営んでいるというM氏。先日、妖怪の山に侵入した巫女と魔法使いにも縁のある人物らしい。しかもなんと、彼女の新聞の数少ない定期購読者でもあるというから、かなり深い関係であることは容易に推測できる。
一体どのような出会いがあり、どのようにして惹かれあったのか、謎は多く残されたままだ。
詳細は追って報告する!!
※
読み終わった瞬間、霖之助の手から新聞が零れ落ちた。
烏天狗はゴシップ好きだと言うが、まさかここまでとは。文々。新聞がどれだけマシな方だったかよくわかる。
「で、これが本当なんだよな?」
痛む頭を抑えていると、そんな声が聞こえた。
気がつけば、目で見てわかるほどに魔力を昂ぶらせている魔理沙が居る。『ゴゴゴゴゴ』という効果音がよく似合いそうだ。
「……そんな事実は無い」
「さっきは本当だって言ったぜ」
いくばくかの希望を込めて呟いた言葉も、あっさり一蹴されてしまった。
言うべきことは沢山ある。
本当だと言ったのはこの新聞のことではない。取材に協力しただけだ。この写真だってちゃんとした理由がある。
だが、会話というものは話す者と聞く者が居て成立するものだ。さて、『話す者』の自分はともかく、目の前の少女は『聞く者』として考えていいものかどうか。
それについては彼女の構えるミニ八卦炉が雄弁に答えてくれていた。
※
「いや悪かった悪かったってごめんほんとごめんマジごめんごめんってばだってあやっちのあんなとこ見たの初めてだったしさでもホントどうなん実際のところ是非ともひとつお話を聞かせて欲しいんですけどってアーーーーーーーーーーーーー!!」
同僚の烏天狗を自慢の風でふっ飛ばし、文は大きく溜息をついた。
「ったく……あんなのばっかりだから、いつまでたっても天狗の新聞が信用されないのよ」
しかし、新聞を作る側である自分の悪い癖だろうか。目先の取材や現場のトラブルで頭が一杯だったとは言え、自分が記事の題材にされる可能性を失念していたらしい。
とりあえずこの新聞を作った同僚にはスペルカードをいくつかブチ込んでから、写真とネガを全て提出すること、すぐに訂正の記事を発表すること、文々。新聞を作る手伝いをすること等を約束させておいた。ついさっきふっ飛ばしてしまったから拾いに行ってやらなければならないが。
不幸中の幸いは、彼女の新聞が烏天狗の間でしか読まれていない物だと言うことだろう。
もしこれが妖怪の山の外にでも流出していたらと思うとゾッとする。
「最近は妖怪の山に入ってくる人間も増えたけど……まあ、心配のしすぎよね」
悪い想像を打ち消し、側に落ちていた一枚の封筒を拾い上げる。その口を開くと、中からは数枚の写真とネガが現れた。写っているのは当然、醜態を晒した昨日の自分の姿だ。
写真とネガはこれで全てだとは言っていたが、烏天狗の言葉を額面通りに信用するわけにも行かない。鬼ほど嘘が嫌いなわけでもないし、もう少し締め上げる必要があるだろうと思う。
「それにしても……」
確かに誤解されても仕方の無い写真ではある。これが自分で無ければ、嬉々として新聞のネタにしようとしていたかもしれない。勿論、最低限の裏付は取るつもりだが。
「今回だって記事にする前に、私に一言話を聞けば良い物を……いや真実はどうあれ、どっちみち面白い風に話を作るんでしょうね」
新聞を作る理由が根本的に間違っていると思う。妖怪としてはそれで正しくとも、新聞記者を名乗るなら別だ。一度、きっちり教育してやらねばなるまいと思った。
「……さっさと処分しなきゃ、こんなの」
写真を眺めていると、今でも思い出す。
震える自分を支え、そして足を挫いた自分を抱きかかえてくれた霖之助の腕の感触。
自分という存在を全て受け入れてくれたような錯覚を覚える、あの体験。
それらを思い出すだけでなんだか頬が――――
「ってあやーーー!?」
気がつけば、地面に倒れていた。今日は履き慣れたいつもの高下駄ブーツなのに。
だが昨日とは違い、支える腕も、助け起こす手もそこには居ない。当たり前だ、霖之助はここには居ないのだから。
そんなことが何故か、無性に寂しかった。
例の如く客は来ない。だがこの店の場合、客の数と店の利益が単純に比例するわけではないのだから、今更気にする必要も無いだろう。立地条件のおかげで普通に料金を払うような良識ある人間は訪れないし、客といえば妖怪か、妖怪以上の変人くらいである。
なにせ最も訪れる頻度の高いトップ2が『紅白の略奪者』と『黒白の泥棒』というのが現状なのだから。
店主である森近霖之助にとってここでの商売とは、いくら稼ぐか、よりはどれだけ損しないか、といった問題だった。半妖ゆえの体の丈夫さと、趣味人としての酔狂さがなければ成り立たない商売であろう。
そんな実情はあれど、霖之助は『静かに読書』という、彼なりの平和を満喫していた。最初はぶ厚かった文庫本も、気がつけば残り十数ページ程度だ。読み終わったら次はどの本を読むか。無縁塚になにか拾いに行ってもいいだろう。
と、そんな風に霖之助は平和な日常の過ごし方、というものを計画していた。
だが、幻想郷における平和とは、破られるために存在するものである。
※
「おじゃましまーす」
香霖堂の戸が開くと同時に、威勢のよい声が響く。後ろ髪を引かれる思いをしつつも文庫本を閉じ、来訪者へと顔を上げた。
カランコロン、と音を鳴らしながら現れたのは、ミニスカート姿の細身の少女。頭には頭布、腰には団扇、足には高下駄ブーツ。そして背中には烏と同じ、艶めいた漆黒の翼が生えている。
幻想郷最速の天狗にして文文。新聞の記者、射命丸文だ。
その姿を見て、霖之助は少しだけ安堵する。新聞記者、などという仕事をしているせいかは知らないが、彼女は妖怪にしては比較的まともなほうである(あくまで比較的、でしかないが)。
彼女なら『ツケておいてね』と当たり前のように食料を持ち去ったり、『なんか面白そうだぜ』と人のコレクションをかっぱらたり、などといったことはしない。霖之助自身が文文。新聞の数少ない定期購読者だということもあってか、この店の客にしては比較的まともな商取引が成り立つ相手である(しつこいがあくまで比較的、でしかない)。
「いらっしゃい。フィルムでも入用かい?」
「いえ、今日はそれじゃなくてですね。ご主人、ちょっと相談があるんですけど」
スッとカウンターに近づいた彼女が口を開く。
「人間の服を借りたいと思いまして」
『永遠に借りてくだけだぜ』
文の言葉を聞いた瞬間、脳内で妹分の常套文句が再生された。
残念だ、彼女はそんなことを言う妖怪ではないと思っていたのに。仮に少しでも返す気があったとしても、物が物だ。会話の代わりに弾幕ごっこをしているような彼女が、まともな状態で服を返してくれるとも思えない。
顔には出さなかったはずだが何かを感じ取ったらしい文が、慌てたように弁解する。
「いやいや、違いますよご主人!! ちゃんと今日中に返すつもりですし、汚すようなこともしませんから」
「とりあえず理由を知りたい。差し支えなければ聞かせてもらっていいかい」
数少ない優良顧客だ、無下に断る気はない。とりあえず椅子を勧め、湯呑に注いだ麦茶を出しておいた。
「実はですね、潜入取材というものを考えているんです」
麦茶を一口だけすすってから、文は言った。
「潜入取材……まさかあの吸血鬼の館にでも?」
「いやいや、もうあそこはこりごりです」
あれだけの逸材が揃い踏みしている場所、彼女が既に手をつけていないはずが無かったか。だがその真っ青な表情を見ていると『こりごり』と言えるだけの目に遭わされたのだろうな、ということは想像に難くない。
嫌な思い出を忘れたいかのように頭を振ってから、彼女は続けた。
「そんな大層な話じゃないんですよ。最近、人間の里に面白い物を食べさせるお店ができたという話を知りませんか?」
そういえば、魔理沙が何度か『食べてみたいから奢れ』と言っていたような気がする。話半分で聞いていたために詳しくは覚えていないのだが。
「外の世界のお菓子とも噂されるものなんですけどね。今、それが若者に大人気らしいんですよ。流行の最先端を担う文文。新聞としては、放っておくわけにはいかないと思いまして」
「で、そのお店のことを記事にしたいと。なんだかいつもの君の記事とは随分毛色が違うね」
「ふふふ、いつまでもゴシップを追いかけているわけにはいかないんですよ。やはり新規顧客を得るためには、新たなアプローチも必要かと思いまして」
「しかし潜入取材とは穏便でないね」
新聞で取り上げられるなら、いい宣伝になるだろう。それなら堂々と取材を申し込めばいいとも思うのだが。
そんなことを伝えると、文は『これだから素人は』とでも言いたそうな表情で言った。
「何を言ってるんですか、取材を意識させてしまっては、そのお店の真実の姿を見ることができないじゃないですか。私のモットーは『真実を客観的に』です。自慢じゃないですが、取材の許可など取ったことはありません」
「自信を持って言うことじゃないと思うが」
「……それに天狗の新聞ってやっぱりあんまり信用されてないんですよね。私以外の天狗のせいで」
あくまで自分は違う、と言い張れることはすごいと思う霖之助であった。
「まあ、それで潜入取材というわけか。で、人間になりすますために服を貸してほしいと」
「ええ、ぜひともお願いしますっ!!」
「まあ、そんなことなら別にいいだろう。君は優良顧客だし、それに君がどんな記事を書くかというのも楽しみだ」
そう答えると、文はパッと顔をほころばせた。やはり記事を楽しみにしている、というのは新聞記者にとって最高の賛辞のひとつだろう。
「人間の服なら奥のタンスに入ってるから好きに選んでくれ。ああ、念の為言っておくが、あまり手荒に扱うと買取も覚悟してもらうよ」
「そのつもりです」
「来月以降の契約も考慮することになる」
「鋭意努力します」
そう答えながら、文はタンスを探り、衣服を見比べていた。しばらくしてようやく決まったらしく、服を胸に抱えて霖之助に言う。
「奥の部屋、お借りします。あ、こっち見たら明日の朝刊の一面は決定ですからね」
「なるほど、それはいい宣伝になりそうだ」
軽口で答えながら、店の奥へと上がりこむ文を見送った。もちろん、あまり派手な宣伝は避けたいので、そちらから目をそらすために再び文庫本を手にとる。活字を追って物語を再開させるが、不意にシュルシュルとした音が聞こえた。俗に言う絹擦れの音と言う奴だ。音の発生源はもちろん、自分のすぐ近くで着替えているだろう、文。
絹擦れの音だけで興奮するには自分は枯れてしまっているが、もう少し気を使うべきなのではないかと思う。彼女だけでなく、いつも幻想郷の騒動を起こし、解決する少女達全般に言えることだが。
「……よしご主人。ちょっと見てくれますか?」
答える代わりに霖之助は視線を上げる。もちろんその先に居るのは、すっかり着替え終わった文の姿だ。
その身に纏うのは、淡い群青色の着物。ヤツデの葉を連想させる模様が織り込まれているのは、やはり天狗としてのアイデンティティを保つためか。
「いい目をしているね。中々の上物だよそれは」
「服じゃなくて、もっと全体を評価して欲しいんですけど」
そう言いながら苦笑する文を、霖之助は改めて見つめなおした。
頭布を脱いで翼を体内に引っ込めた彼女の姿は、すでに人間と変わらない。凹凸は少ないが未成熟というわけではない、スラリとした細身の体は、昔ながらの着物がよく映えるスタイルだと思う。外の文化や妖怪達の影響により衣服の種類も増えたとはいえ、幻想郷の人里で最もポピュラーな服と言えば、未だ着物だ。それをここまで着こなしているのだから、人外の者だと怪しまれることもないだろう。別の意味で注目を集めることはあるかもしれないが。
「うん、どこからどう見ても人間の美少女だ。自信持っていいと思うよ」
ちなみにこの『自信を持っていい』とは単に『妖怪だとバレない』という意味で、深い実は無い。もちろんそれを言われた文も、彼がそういう意味で言ったことはわかっている。同時に、誤解を招くような台詞を自然に口にするタイプだということも。
「ど、どうもありがとうございます……」
だが、あいにく文はそういった台詞に免疫が無い。特に異性に容姿を誉められることなど。
「じゃ、じゃあ取材に行ってきます。服とカラスは預かっておいてください」
気恥ずかしさのためか、文は慌てた様に靴を履き、そのまま店を出ようとした、が。
「ちょっと待て」
店を出る瞬間、霖之助の言葉が文を拘束した。
「は、はい?」
「君、その格好で行くつもりなのか?」
緊張しつつ振り返った文に、霖之助が言う。まるで呆れたような表情で。
「さっき誉めてくれたばっかりじゃないですか。び、美少女って……」
「美少女なのは問題ないよ。問題はそれだ」
霖之助の指先が、文の足元を指した。そこにあるのは、愛用のブーツ。
中央に一本、高い歯のついた高下駄ブーツだ。
「人間はそんな靴を履かない」
高下駄なら、修験者や山伏が履くこともあるだろう。だが、町中で若い娘が履くようなものではないのは確かだ。もし、若い娘が履いているとしたら
それは―――
「……天狗しかありえないと」
「そうなるね」
説明し終わると、霖之助は近くの棚を探り始めた。しばらくして、奥から何かを取り出す。
「まあついでだ。これも借りていくといい。サイズも同じくらいだろう」
そこにあったのは、文が愛用しているものと色合いの近いブーツだった。もちろん、歯はついていない。
「着物にブーツというのもどうかと思うが、最近ではそういう組み合わせも無くはない。普段の物と近いほうがいいだろう」
「では、お言葉に甘えて」
近くの椅子に腰を落とし、高下駄ブーツを脱いだ。代わりに霖之助から受け取ったブーツを通す。新品、いや新中古品特有の固さはあるものの、サイズはちょうどいいと思う。
「そういえば私、こんな靴履くのって初めてですよ。子供のときからあんな靴が当たり前でしたし」
「まあ、天狗のトレードマークのような物だろうね」
「そうですね……っと」
ブーツの紐を締めると、足をぷらぷらさせて履き心地の確認。
「それでは、今度こそ。行ってまいります!!」
と、言いながら椅子から腰を上げる文。
『ああいってらっしゃい』
文庫本に目を落としながら、霖之助はそう言った。いや、言うつもりだった。
だがその直前、バタンと大きな音が響き、霖之助の台詞を遮った。何事かと視線を向けると、そこに居るのは床に突っ伏すようにして倒れている烏天狗。
「あ…あやや?」
当の本人は、自分でも何が起こったのか分からないような表情のままだ。
「だ、大丈夫かい?」
「は、はい」
霖之助が手を貸すと、しがみつくようにして文は立ち上がった。
「天狗が転ぶところなんて初めて見たよ」
「私も初めてかもしれません」
念の為着物を確認しておくが、破れたりはしていないので一安心。とりあえず体を叩いて付いてしまった砂埃だけ落としておく。
「それでは、改めまして……あやややややっ!?」
行こうとしたそばから、平面の床に躓くようにして倒れる文。今度は霖之助が肩を掴んで止めたので、無様な真似は晒さずに済んだ。
「ま、まずいです……こんな普通の靴じゃ歩けません!!」
霖之助の腕にしがみついたまま、青ざめた表情で文は言う。
「いや、普段の君の靴よりよっぽど歩きやすいと思うんだが」
「理屈ではわかっているんですよ!! でもまるで、ちょっと動くだけで地面が揺れているかのように、あややっ!!」
今度は凍った水たまりを踏んだかのようにズルリと足を滑らせた。反射的に背中に手を回し、文の体を受け止める霖之助
「こ、これじゃ取材どころじゃないですよ!!」
半泣きの表情で震えながら叫ぶ彼女に、いつもの飄々とした雰囲気はまるで見られない。無理もない、空を舞う天狗にとって、地面で転ぶなど未知の体験だろう。
翼で飛んでいけば靴など関係ないだろうが、それでは今回の趣旨である潜入取材はできない。第一、あくまで貸しているだけの着物に翼用の穴など空けてほしくは無い。
「……こうなったら、ご主人」
何か思い立ったような表情で、霖之助を見つめる文。自分の命綱とも言える霖之助の腕を強く握り締め、彼女は言った。
「もう一蓮托生ですよ!!」
※
「……そろそろ人間の里だよ」
「や、やっとですか……飛ばないとこんなに時間がかかるものなんですね」
霖之助一人なら半分の時間で済んだだろうが、さすがにそんなことは言わないでおく。ここまで時間がかかったのは、震えながら自分の腕にしがみついている文のせいだろうから。その姿はまるで、未開の地の原住民を模したビニール人形のようである。
自分ひとりでは歩くこともできない文は、霖之助に同行を頼んだのだった。つまり、目的地まで自分の足代わりになってくれということである。
いつもは出不精なはずの霖之助だが、今回はその頼みを快く受け入れた。本気で商売する気があるのか、とよく言われる霖之助ではあるが、これでも商売人であることを忘れたことは無い。そして商売人としては、その人里で流行している食べ物、とやらには興味が惹かれる。というわけで、この機会にそれを拝見しようと思ったわけである。そのついでに、優良顧客である文のサポートができるならちょうどいいとも思った。
「そこのお店です」
指示に従って、一件のオープンカフェに入る。とりあえず一番近くにあったテーブル席に文を座らせた。
「は~~~疲れた~~~」
「じゃあ、僕が適当に買ってくるけどいいかい」
「おまかせします~」
ぐったりとした表情でテーブルに突っ伏している文を置いて、霖之助はカウンター前の行列へと並んだ。
ふと周りを見れば、客の多くは若い女性であることに気がついた。男性もそれなりに居るが、いずれも女性の付き添いといった感じだ。なるほど、これは霖之助一人では入り辛かっただろうから、ちょうどいい機会だったのかもしれない。
数分後、霖之輔は店員から受け取ったトレーを持って、文の居るテーブルへと戻った。トレーの上にあるのはカップに入った紅茶と、噂の菓子とやらが数個。
「とりあえず、適当に何種類か買ってきたよ。お酒は無いから紅茶で勘弁してくれ」
「わかってますよ、ええといくらでした?」
ここまで同行するのを頼む際、取材協力費として全部奢る、と提案したのだった。霖之助もその条件で受け入れたはずだったのだが。
「ああ、いいよ。どうもここは女性に払わせる場では無いらしいんでね」
お互いにそんなことを気にするタイプでも関係でもないが、とりあえずしきたりの様な物だとでも思うことにした。
「それは助かりますけど……どうもご主人は商売人として色々足りない部分があるんじゃないかと」
「よく言われるよ」
「まあ、今回はお言葉に甘えてごちそうになります。さて、それはそうと本題ですが」
話を切り上げ、トレー上に置かれた物体に手を伸ばす。
「噂のお菓子とやらをいただくとしましょうか」
それは掌くらいの大きさをした、白い物体だった。薄く平たい部分から、格子状の壁が立ち上がったような構造をしている。焼きたてなのか、まだほんのりと暖かい。
文は鼻を近づけ、クンと音を鳴らした。
「これは……お餅?」
「みたいだね。格子餅という名前で売られていたよ」
「……なんだ。形が変わってるだけのお餅ですか。その程度じゃ記事にできませんよ」
そうぼやきつつ、菓子を口に運び、一口だけ齧ってみた。
「……なっ!?」
驚愕の声と同時に、文の目が大きく見開かれる。
「こ、これは本当にお餅なんですか!? いえ、たしかに味はお餅ですけど、この食感は!?」
「ふむ……外はサックリと、中はふんわりと……所々モッチリとした部分もある」
文のように騒ぐことは無いが、霖之助も未知の食感に驚かされていた。慣れ親しんでいるはずの食べ物が、こんな菓子に姿を変えるとは予想だにしなかった。
「なるほど、妙な形をしていると思ったが、この形だからこそこの食感が生まれるのだろうね」
「いやあ、癖になりそうな味ですねコレ!! こっちの餡子付きも美味しいですよ!!」
「元が餅だからね。色々応用が効きそうだ」
「このおろし醤油も合いますね!」
キャアキャアと騒ぎながら、笑顔で舌鼓を打つ文。食べる手を止めて、ついそれを観察してしまう霖之助だった。
誠意の感じられない口先だけの敬語のおかげで、どうも胡散臭い印象の強い彼女だが、こんな風に普通の少女のように騒ぐこともあるのだろう。もしかしたら得ダネスクープとやらを追いかけているときもこんな表情を浮かべているのかもしれない。
だとしたら、たいしたスクープを提供できない自分では、こんな表情をお目にかかれることはなかっただろう。この目の前の烏天狗の新たな一面だけでも、わざわざ出向いた価値はあるかもしれないと思った。
「あの、何か?」
霖之助の視線に気がついた文が、訝しげな様子で尋ねる。食べる手を止め、緩んでいた表情を幾分か引き締めなおして。
「ああ、いやいや……少し妙なことがあってね」
上手く誤魔化したが、全くの戯言というわけでは無い。妙なことがあったというのは事実だからだ。
「妙なこと?」
「いや、先ほど買ってきたときに、これを作る道具を見たんだが」
深い溝の入った二枚の鉄板を、蝶番で重ねたような道具だ。それで切り餅を挟み、火にくべていたのを思い出す。
「実はあの道具は、僕が売ったものだ」
「え?」
一瞬キョトンとした表情を見せるが、すぐにその表情が睨むような険悪な物へと変わっていった。
「まさか最初から知っていたんですか。私がここに辿り着くまでどんな苦労をしたと思ってるんですか!!」
「主に苦労をしたのは僕だと思うがね。まあ、ちょっと落ち着いてくれ」
殆ど霖之助にへばりついていたとはいえ、慣れない靴でここまで歩くのは結構な苦行だったようである。その恨みをぶつけられないように、文をなだめつつ話を進めた。
「三ヶ月ほど前に、無縁塚であの道具を拾ったんだよ。僕の能力で名称と用途はわかったが、結局使い方はわからなかった」
で、結局、ちょうど溜まっていた鉄屑とまとめて、人里の金物屋に引き取ってもらったのだった。
「それが流れ流れて、ここにあると?」
「ああ。と言っても僕が拾ったのはせいぜいこの餅を二枚焼ける程度の大きさのものしかなかったから、人里で複製したのかもしれないね」
「なるほど……で、それが妙なことですか?」
いやいや、と軽く答えながら、霖之助は続ける。
「あの道具の名称は『ワッフル型』。用途は『ワッフルを作る物』だ」
これは道具を拾った直後からわかっていたことだが、そもそも『ワッフル』という物が何なのかわからなかった。この道具をどうにかすればできるのだろうと思い色々な使い方を試してみたが、結局わからずじまいだ。思い返せば、藁にもすがる思いでかなり間抜けな使い方まで試していたのが情けない。特殊な能力など無い、ただの人間が普通に使いこなしているのを見るとなおさらだ。
「それでは、私達が今食べているコレが、その『ワッフル』とやらなんでしょうか?」
「たしかに、理屈から言えばそうなるんだが」
霖之助は目の前の菓子をひとつつまみあげた。
「僕の能力によると、これの名称は『モッフル』らしい。『ワッフル』では無いんだ」
やたらと真剣な様子の霖之助だったが、文は怪訝な表情を返すだけだった。
『ワッフル』だろうが『モッフル』だろうが、そんなことはどうでもいいだろう、と。
「たった一文字違いじゃないですか。人や地方で呼び名が違うとかそういったものじゃないんですか?」
「それならわかるよ。口では説明できないが、僕の能力はこれが『ワッフル』とは別物の『モッフル』という存在であることを示しているんだ」
「はあ……ご主人がそこまで自分の能力に自信を持っていたとは」
驚きです、と続ける文に、霖之助は苦笑しつつ答える。
「確かに色々と物足りないところもある能力だとは自覚しているけどね。だからこそ、自分の能力でわかること、わからないことはよく理解しているつもりだよ」
「わかっていますよ。ご主人がそこまで言うならそうなんでしょう」
もしや大スクープかも、という僅かな期待を込め、文は続きを促した。
「さて、この菓子はこの店では『格子餅』という名前で売られているわけだが、名称は『モッフル』だ。つまりここで売り出されるより前に、『モッフル』という名前で作られていたということだよ」
おそらくは、外の世界で。
「つまり外の世界では、『ワッフル』を作るための『ワッフル型』という道具で、『モッフル』という菓子を作っているわけだ」
「はあ……それは妙ですが、つまり?」
文の言葉に、霖之助はキョトンとした表情を見せた。
「つまりも何も、妙だということだよ。最初にそう言ったじゃないか」
「って、ほんとに妙なだけじゃないですか……」
妙なことだ、とは思う。だが、それだけだ。
思考が大雑把な妖怪はもちろん、大多数の人間にすらさして重要視されないだろう。記事に載せたとしても、せっかくのグルメレポートに水を差すだけだと思う文だった。
「そういえば、魔理沙さんが言ってましたっけね……」
疲れた表情を隠そうともせず、文は呟いた。
『あいつの話は話半分に聞くといいぜ。半妖なだけにな』
会話が一段落着くと、文は懐から一冊の手帳を取り出した。彼女御自慢の文花帖だろうか。
「やっぱり現場で書いておかないと、記憶も感動も鈍っちゃうんですよ」
覗かないでくださいよ、と霖之助に念押しし、店の様子をチラチラと伺いながら書き込み始めた。さらにその合間を縫って、レンズがついた小さな箱のような物を、店員の目を盗んでカシャカシャと鳴らす。気になったので聞いてみると、知り合いの河童に作ってもらったという小型カメラらしい。幻想郷にはそんな言葉は無いが、それを盗撮と言うのではないかと思った。
「よし、これくらいで充分ですね」
文花帖と小型カメラを懐にしまう。ちなみに小型カメラについては触らせてほしいと頼んだなのだが、企業秘密だと断られてしまった。『私の文花帖には見向きもしないくせに』と、ぼやいていたが、頼み方がまずかったかもしれない。
「さて、そろそろ出るか」
霖之助の言葉に軽く頷いて答える文だったが、立ち上がったところでハッと思い出したような表情になった。
「ああ……考えたくなかったけど、帰りも同じ目に遭わなきゃいけないんですよね」
大きくため息をつきつつ、文は霖之助の腕にしがみついた。
※
店を出て人里からも離れ、もう少し歩けば香霖堂というところで、それは起こった。
「いつっ!?」
文が突然声を上げ、今まで以上に強く腕にしがみついたのだ。なにごとかと思い歩みを止めて視線を移せば、痛みをこらえるような表情を見せている。
「どうかしたのかい?」
「いえ、大丈夫、です」
そう答える文だったが、その搾り出すような声と眉根を寄せた厳しい表情を見ると、額面通りに受け取るわけにはいかない。辺りを見回せば、道端にちょうど腰をかけるのに適したような石が落ちているのに気がついた。
「どこか痛めたんじゃないか? 少し休もう」
文の答えを待たず、引きずるようにしてその石へ向かう。石の前に来ると、文はしぶしぶといった表情で腰を下ろした。
その瞬間、カフェで聞いたとき以上の大きな溜息を吐く。口では大丈夫だと言っていたものの、やはり随分と我慢していたようだ。
「どこか痛い所は?」
「……こっちの足です」
観念した様子で文は答えた。
「そうか。それじゃ、ちょっと脱がせるよ」
「は、はい」
文の足を刺激しないようにそっとブーツに触れた。少しでも脱ぎやすくするため、靴紐を可能な限りほどき、ゆっくりと脱がしていく。
「ん……」
気をつけてはいるが擦れるだけでも痛いのか、文が身じろぎした。
「すまないね。ちょっと我慢してくれるかい」
ブーツを脱がすと、足袋に包まれた文の足が露になる。なるべく足に触れないように気をつけながら、足袋を脱がせた。
そこに現れるのは、空を舞う彼女を象徴するような、細く華奢な足だ。だが今では足首が不自然に腫れ上がり、本来の美しさを崩しているのがわかる。
「どうやら軽く捻ったようだね。ああ、よく見れば靴擦れも起こしてるじゃないか」
慣れない靴での歩行が、彼女にとっては随分な苦行だったようだ。この様子では、歩くことは難しいだろう。
さて、どうしようかと霖之助は考える。
いくら妖怪でも、この足で歩かせるのは無理だろう。だったら羽根で飛んでいけばいいのか。
いや、彼女が今着ている服は人間用の物で、当然、羽を出すための穴は無い。あくまで最初から貸すという話だったし、それなりの名品だと思われる物に穴を開けるのも勘弁してもらいたい。
かと言って、服を脱いで下着姿で飛べ、などと言うわけにもいかないだろう。実年齢は知らないが女の子相手にそれは酷な話だ。第一、そんなことを言えば僕が三途の川まで吹き飛ばされるかもしれない。
と、なれば彼女が足を使わなくてもいいように、僕が運べばいいだけだ。魔理沙のように背中におぶって運ぶとするか。
いや、待て。幼い頃からの付き合いである魔理沙ならと違い、僕と彼女は客と店主という付き合いでしかない。大して深い付き合いも無い異性に、体を密着させるようなことは嫌がるかもしれない。
よし、それなら。
彼女に負担をかけず、可能な限り体を密着させない運び方を選ぶとしよう。
「ちょっとこれを持っていてくれ、離さないようにね」
「は、はあ?」
キョトンとしつつも文は靴と足袋を胸に抱えた。
「それじゃ、じっとしてくれよ」
そう言いながら、霖之助が腕を差し入れた。石に腰掛けた文の、膝裏に。さらにもう一方の腕を文の背中へと伸ばす。
「え?」
「よっと」
文が間の抜けた声を上げると同時に、彼女の体が浮いた。膝裏と背中に回された、二本の腕によって。
その体勢は、俗に言うお姫様抱っこだった。
「あ……あやややややややや!? な、なにしてるんですかっ!?」
持ち上げられた瞬間はフリーズしていたが、自分の体勢を自覚してじたばたと暴れだす文。
「こら、じっとしてくれ。下手に暴れられると落としてしまう」
「う、ううう……」
「歩けない、服に穴も開けたくないなら、僕が運ぶしかないだろう?」
当たり前のように言う霖之助の口調からは、何の嘘も誇張も無い、そのままの意味しか感じられない。
「い、いくらなんでもこの体勢は……」
「ああ、心配しないでくれ。半分は妖怪だからね、それなりに腕力はあるつもりだから、落としたりはしないよ」
「そ、そういうことじゃなくてですね~~」
文は反論しようとしたが、霖之助はその体勢のまま歩き出してしまった。
その淀み無い動きを見ていると、彼はあくまで密着部分が少ない方法としてこの方法を選んだだけで、他意はまったく無いということがわかる。女性である文に配慮しているということはわかったが、結果的に導かれた方法の意味までは頭が回らないらしい。
それなりに屈辱ではあるが、こんな事態を招いたのは自分のせいだ。そして
彼は彼なりに自分を助けようとしてくれているのだ。
もう下手に動かず、彼が運びやすいようにしよう。香霖堂までの我慢である。
自分にそう言い聞かせ、文はこれ以上の反論をあきらめた。
それにしても、空を自由自在に舞う烏天狗という種族である自分が、自らの翼意外に、他人の腕などに身を預けることになるなんて。考えれば随分と恐ろしいことだとは思う。
だが、不思議なことにそれほどの不安は無かった。翼を封じられた身の不自由は感じるが、今はそれを支える力強い腕の存在が感じられるからだ。
それなりに腕力はあるというのは嘘ではないらしく、自分を支える腕は歩いていても揺るぐことはない。その足取りもしっかりしたものだ。
(魔理沙さんはひきこもりのヒョロ眼鏡とか言ってたけど、意外と……)
首を傾け、霖之助の顔を見上げる文。自分を支える男の顔は、いつもと同じような覇気の感じられない無表情を晒していた。
だが、つまらないはずの表情も何だか今は――――
「……どうかしたかい?」
視線に気づいたのか、霖之助が文の顔を見下ろして言った。思わずビクリと身をすくませてしまう文。
「あ、いえっ!! 重くないですか!?」
言ってから、妙なことを言ったと後悔する。だが霖之助は表情も変えず、答えた。
「そんなことは無い、むしろ身長の割に軽すぎるくらいだよ。魔理沙や霊夢ともあまり変わらないんじゃないか?」
そこでそのふたりが出るということは、今の自分のように運んだ経験があるということだろうか。当たり前のように自分を持ち上げたところから見ると、やっぱりあるんだろうなと思う。
そんな自分の想像に妙なしこりを感じてしまった。
「げ、幻想境最速を自負する身としては、体重管理は必須ですから……」
「ふむ、無茶な減量は体を壊すから気をつけた方がいいよ」
「そうします……」
烏天狗の体は人間とは違う。空を飛ぶのに適したように細く、軽くなるようにできているし、だからといって人間のように脆くなったり、病気になったりするわけではない。
だから霖之助の言ったことは余計なお世話もいいところなのだが、反論する気にはなれなかった。表情も口調もいつもと同じ無感動な物であるはずなのに、なぜか自分を心配してのことだというのが感じられたからだ。
今の体勢がもたらす錯覚なのだろうか。だとすれば、実に困ることをしてくれたものだ、と思う。
それきり口を閉ざし、文は自身を運ぶ二本の腕に身を委ねた。霖之助も饒舌な方ではないため、特に会話も無くスタスタと歩いていくだけだ。
しばらくして、香霖堂へと辿り着いた。両手の塞がっている霖之助の代わりに、文が扉を開ける。留守を任されていたカラスが、カアと鳴いて出迎えてくれた。
霖之助はそのまま、最初に着替えた奥の部屋まで文を運び、畳の上へと下ろす。それからお互いにため息をついた。
「ご苦労様。よくがんばった」
「いえ……ご主人にも迷惑かけちゃったみたいで」
「いやなに、天狗が翼を封じるほどの苦労はしてないよ」
そう答えると、戸棚の中から取っ手の付いた箱を取り出した。赤い十字マークが、大きく記されている箱。確か医療を表す印だったか。
「たいしたことは無いだろうが、応急処置くらいしておこうか」
「あ、どうも……」
ふと、視界の端に、いつもの服が映りこむ。それに気がつくと、自分が今纏っている着物がどうにもうっとうしくなってきた。色々あって精神的にも、それによって肉体的にも疲弊した今となっては、体を締め付けるような着物の感触に耐えられそうに無い。
「それより前に、着替えさせてもらっていいですか。もうずっと翼を押さえ込んでいるのって辛いんですよ」
「ああ、どうぞ」
霖之助はそう答えると、部屋を出ていつもの場所、カウンターに座った。そして置かれたままになっている文庫本を手に取り、読み始める。
文が最初に着替えていたときと同じ状況なだけだ。霖之助は覗く気も、覗くことも無かったし、文もそう思っていたからこそ、平気な顔で着替えていた。
状況は何も変わらないはずだ。文もそのことを充分に理解していた。
理解していたはず、だった。
だが。
「……って……い」
蚊の鳴くような声が、霖之助の耳を掠める。
「どうかしたかい?」
文庫から目を逸らさぬまま、尋ねた。
「出てってくださいっ!!」
いつもと同じ、その反応が気に入らないかのような怒声が響き、次の瞬間に大気が動く。
店奥から吹き荒れる暴風が、霖之助を外へと吹き飛ばした。
※
翌朝の香霖堂。
その扉を蹴破るようにして、ひとりの少女が飛び込んだ。
「香霖居るかー!? 居るんだろ!? 居ないと店を吹っ飛ばすぞー!!」
黒のエプロンドレスを纏う少女、霧雨魔理沙が叫んだ。その手には彼女の代名詞とも言えるアイテム、ミニ八卦炉が握られている。
「カウントダウーン!! 十、九、八、ああもう、三、二」
「朝から騒々しいな。今日は随分と元気じゃないか」
カウントが零になる前に、霖之助が店の奥からひょっこりと現れた。寝ているところを起こされたのか、眼鏡は無く髪もボサボサだ。
「そりゃこんな物見せられちゃ、いつもの淑女ではいられないぜ」
いつもは淑女のつもりなのか、と霖之助が言う前に、魔理沙は胸元から一枚の紙を取り出した。それを霖之助の眼前へと突きつける。
「念のため確認しとくぜ。こいつに書かれてることは本当か?」
「こいつ?」
「この新聞!! こいつに載ってる記事だ!!」
新聞と言われて昨日の出来事を思い出したが、そのことについての記事だろうか。別に緊急ニュースでもないのに、仕事が速いなと思う。
そういえば文に吹き飛ばされた後、しばらくして香霖堂に戻ったが、既にそこに彼女の姿は無かった。急いで帰ることも無いだろうにと思ったが、そんなに早く記事にしたかったのか。
「ああ、大体は本当だと思うよ」
軽く答えた瞬間、魔理沙の表情が凍った。それを疑問に思いつつ、突き出された魔理沙の手から新聞を受け取る。傍らに置いておいた眼鏡をかけ、文字に目を落とした。
「ん?」
今まで眼鏡をかけていなかったせいか気がつかなかったが、これは自分の見慣れた新聞、文々。新聞では無い。紙の上部には大きく『幻想スポーツ』と書かれている。
固定観念で新聞=文々。新聞と思っていたが、どうやらこれは文以外の天狗が書いた物らしい。
「これは珍しいじゃないか。どうしたんだ」
「……妖怪の山で遊んでたら拾ったぜ」
表情を変えずに感情も込めずに呟く姿は不気味だったが、好奇心を優先して新聞を読み進める。さて、本来は妖怪の山でしか読めないという天狗の新聞には、どんなことが書かれているのか―――
※
『幻想スポーツ あの風神少女に熱愛発覚!!』
まずはこちらの写真をごらん頂こう。着物姿の女が、隣の男に腕を絡めてべったりとくっついている。(写真①)
一見、ただの人間のカップルのように見えるが……実はこちらの彼女、風神少女の異名を持つ敏腕記者、射命丸文なのである!!
射命丸文と言えば幻想郷最速を誇る翼と、妖怪、人間を問わない広い交友関係を持ち、妖怪の山だけでなく、他の妖怪の住処や人里にまで新聞を配布している変り種として有名である。どうやら交友関係の広さは、新聞だけでは収まらなかったようだ。
それにしてもいつもは飄々とした雰囲気を崩さない彼女が、異性の前ではこんな微笑ましい表情を見せるとは。まるで『あなたと離れたら死ぬ』とでも言っているようである。
さらに取材を続けていると、なんと今度はお姫様抱っこの体勢に移行したではないか!!(写真②)
なんと彼女、そのまま男性の住居と思われる場所に『お持ち帰り』されてしまったのである。この直後、店内から凄まじい風が巻き起こったが、いったいどんなプレイを行っていたというのだろうか。
ちなみにお相手の男性は、魔法の森で商店を営んでいるというM氏。先日、妖怪の山に侵入した巫女と魔法使いにも縁のある人物らしい。しかもなんと、彼女の新聞の数少ない定期購読者でもあるというから、かなり深い関係であることは容易に推測できる。
一体どのような出会いがあり、どのようにして惹かれあったのか、謎は多く残されたままだ。
詳細は追って報告する!!
※
読み終わった瞬間、霖之助の手から新聞が零れ落ちた。
烏天狗はゴシップ好きだと言うが、まさかここまでとは。文々。新聞がどれだけマシな方だったかよくわかる。
「で、これが本当なんだよな?」
痛む頭を抑えていると、そんな声が聞こえた。
気がつけば、目で見てわかるほどに魔力を昂ぶらせている魔理沙が居る。『ゴゴゴゴゴ』という効果音がよく似合いそうだ。
「……そんな事実は無い」
「さっきは本当だって言ったぜ」
いくばくかの希望を込めて呟いた言葉も、あっさり一蹴されてしまった。
言うべきことは沢山ある。
本当だと言ったのはこの新聞のことではない。取材に協力しただけだ。この写真だってちゃんとした理由がある。
だが、会話というものは話す者と聞く者が居て成立するものだ。さて、『話す者』の自分はともかく、目の前の少女は『聞く者』として考えていいものかどうか。
それについては彼女の構えるミニ八卦炉が雄弁に答えてくれていた。
※
「いや悪かった悪かったってごめんほんとごめんマジごめんごめんってばだってあやっちのあんなとこ見たの初めてだったしさでもホントどうなん実際のところ是非ともひとつお話を聞かせて欲しいんですけどってアーーーーーーーーーーーーー!!」
同僚の烏天狗を自慢の風でふっ飛ばし、文は大きく溜息をついた。
「ったく……あんなのばっかりだから、いつまでたっても天狗の新聞が信用されないのよ」
しかし、新聞を作る側である自分の悪い癖だろうか。目先の取材や現場のトラブルで頭が一杯だったとは言え、自分が記事の題材にされる可能性を失念していたらしい。
とりあえずこの新聞を作った同僚にはスペルカードをいくつかブチ込んでから、写真とネガを全て提出すること、すぐに訂正の記事を発表すること、文々。新聞を作る手伝いをすること等を約束させておいた。ついさっきふっ飛ばしてしまったから拾いに行ってやらなければならないが。
不幸中の幸いは、彼女の新聞が烏天狗の間でしか読まれていない物だと言うことだろう。
もしこれが妖怪の山の外にでも流出していたらと思うとゾッとする。
「最近は妖怪の山に入ってくる人間も増えたけど……まあ、心配のしすぎよね」
悪い想像を打ち消し、側に落ちていた一枚の封筒を拾い上げる。その口を開くと、中からは数枚の写真とネガが現れた。写っているのは当然、醜態を晒した昨日の自分の姿だ。
写真とネガはこれで全てだとは言っていたが、烏天狗の言葉を額面通りに信用するわけにも行かない。鬼ほど嘘が嫌いなわけでもないし、もう少し締め上げる必要があるだろうと思う。
「それにしても……」
確かに誤解されても仕方の無い写真ではある。これが自分で無ければ、嬉々として新聞のネタにしようとしていたかもしれない。勿論、最低限の裏付は取るつもりだが。
「今回だって記事にする前に、私に一言話を聞けば良い物を……いや真実はどうあれ、どっちみち面白い風に話を作るんでしょうね」
新聞を作る理由が根本的に間違っていると思う。妖怪としてはそれで正しくとも、新聞記者を名乗るなら別だ。一度、きっちり教育してやらねばなるまいと思った。
「……さっさと処分しなきゃ、こんなの」
写真を眺めていると、今でも思い出す。
震える自分を支え、そして足を挫いた自分を抱きかかえてくれた霖之助の腕の感触。
自分という存在を全て受け入れてくれたような錯覚を覚える、あの体験。
それらを思い出すだけでなんだか頬が――――
「ってあやーーー!?」
気がつけば、地面に倒れていた。今日は履き慣れたいつもの高下駄ブーツなのに。
だが昨日とは違い、支える腕も、助け起こす手もそこには居ない。当たり前だ、霖之助はここには居ないのだから。
そんなことが何故か、無性に寂しかった。
霖之助のような生活にあこがれる。のんびりゆたっり。
文のようにやりたいこと全力投球な生き方も羨ましい。
まぁ二人とも大好きってことですよ。
負けたぜ!
だが!
後悔はないんだぜ!
コレは良くまとまっていて面白かった。
ちょっと訂正が。最初の方の外見説明時に「頭には烏帽子」が二回書かれてない?
是非この作品のシリーズ化を
「その体勢は、俗に言うお様抱っこだった。」
多分お「姫」ではないかと。
作品の方は存分に楽しませて頂きました、ニヤニヤが止まらないw
youシリーズ化しちゃいなYO!
しかもとってもいいよ!
途中からにやにやが止まらなくなってそんな気が失せました。
良い話でした。
りんのすけ(ごめん「りん」の漢字がでない)と文の話、ちょっとニヤケながら読んでました。
そして魔理沙の嫉妬? という、怒りのオーラ。
初投稿でこれとは凄いですね。
次回もあるなら楽しみにしています。
文はあげようじゃないか
でも魔理沙は貰うからな
ぜひ続編を希望
けど、最初が霖之「介」になってたのが・・・w
途中から直ってましたけど
〇覇気
一ヶ所誤字報告。
いやあ文霖はいいなあ。このまま定着してほしいカップリングだ。
恋は勘違いから生まれると言いますからね,
この作品は大変素晴らしい作品でした。
次回作も頑張って下さい♪
ドキドキする文は最高でした!
いや、大歓迎だけどwwww
話の流れ、各部における二人の間での出来事の起き方、その他の要素に無理・無駄・矛盾が目に付くという訳でもなく、原作でほぼ接触の無いキャラ同士なのに二人のやりとりもごく自然で、非常にスラスラと読める。
しかも何より文タソがカワユイ。
王道の話の展開がとても心地良い快作。
やっぱり最後にスクープネタ取られた文にニヤニヤ~。
ほのらぶ。
このカップリングは好きすぎる。続編希望!
…というか、天狗の間での愛称はあやっちなのかw
文もいいけど、こーりんもいいな、自然にやさしくできる男はいいもんですね。でも、もしかしたら文の事も女性ではなく子供のように見てるから邪心なくやさしくできるのかも。
原作に忠実な感じがしてとても好感が持てました
しかし、意外なほどお似合いすぎるなあこのカップリング。
行動は正反対なのに芯が似ている
あと、とりあえずその新聞をいただいていきます。では。
ワシもじゃ! ワシもじゃあ!
ああ。なんということだ。創想話の未来に栄光あれ。
下駄を脱いだところから鼻血が止まらなくなりました。どうしてくれる。
ああもう胸がきゅんきゅんする
読者の予想は裏切り、期待に応える。どこで聞いたんだったかな?
甘酸っぱいお話にニヤニヤせざるを得ない。
うん。このネタが分かる世代も少なくなってきたよな…
作者GJすぎる。これでは続編を期待ぜざるを得ない。
やっぱり文とのカップリングは良いと改めて実感しましたよ!
お嬢様抱っこのシーンを書く為に衣装で翼を封じたのがうまいと
思いました。次回作期待しています。
……今度やってみよう。
食べてえなぁ
「奈河2出してもいいかな?」しか出てこない。
ごちそうさまでした。
もう幻想郷入りしちゃってるとは、早いですねwww
ともかく、やっぱりニヤニヤが止まらないww どうしてくれるww
だっこちゃん人形?
作者いくつ?
これが代表作になってしまうことの無いように頑張ってください。
あとこーりん殺すw
そしてもう一度言おう。
ニヤニヤが止まらないぜ!
続編希望!
なんというステキなラブコメ。
もう、こーりん×文が俺のジャスティスになっていしまいました。(笑)
次回作期待してます。
それなのに激甘!
ご馳走様でした
ちょっともっふる買ってきます
思わず頬がゆるみますね。
文章も非常にキレイで、読みやすかったです。
次回作も楽しみにしてます。
Ω<モッフル!モッフル!
次回作も頑張って下さいね♪
○文花帖
このSSを読んでいると思ったら いつのまにかワッフルメーカーと餅を買っていた
後こーりん殺す
どちらも納得の出来でした。
こちらにしても、もうこれで3回目の読了になってしまいましたよw
得点は以前入れてしまったのでフリーレスで申し訳無いですが、何度読んでも良い作品です。
最後の一文で、自分が何を言ってるかよく分からない叫びを上げるほど感情が昂ぶりました。
実に素晴らしいものでした!
文にだけ優しくて、着替えを覗いてくる香霖とか想像できないだろうwww
将来的には何も変わらない霖之助に悔しくなって、文の方から布団に押し倒しそうなカップルですな
誰かこういうのをそのまま同人で描いてくれないかと・・・
(俺漫画なんて描けねぇよ・・・)
創作できるなんて、美味しすぎる立場にいるなぁ・・・文が
続編がみたいなぁ、と
霖之助もっとやれ!
これはいいものだ
お前がどっかいけよ。気持ち悪いクレーマー野郎が。お前が消えても誰一人困らん。
大体、霖之助は「唯一の東方の公式男キャラ」だってーの。その公式キャラである霖之助と他キャラをイチャつかせた話のどこが悪い?
恋愛系の話には霖之助は不可欠だ。
自分に無かったはずの嗜好の素晴らしさに気づかされる。
何が言いたいかというと、この作品のせいでノーマークだった文がかわいく思い始めてしまったんですがどうすればいいですか。
前回読んだときは点数入れてなかったので入れておきます。