カリブの海。未開のジャングル。砂漠に眠る遺跡。
冒険者が夢を追って足を踏み入れ、奥へ奥へと進んでいく。
罠をかいくぐり、追っ手から逃れ、時に危険な目にも合い、生死を分ける。
困難に怯まず、最奥の地へ至る。そうしてやっと目にできる、壮麗なお宝。
しかし大抵の冒険者は、帰る途中で宝を落としたり、価値の無い宝を手にしてしまう。
そしてまた、新たな宝を目指して、誰も知らない土地を行く……。
読み終えた本をぱたりと閉じる。最近、どうも同じようなジャンルばかり読んでいる気がするな。
冒険小説を読みあさり、未開の地だとか、古の宝だとか、そういうフレーズに浪漫を感じるまでになった。
しかし、もしもこういったことが身近に起こるとしたら……私はあまり関わりたくない。
「だってこういうの、危険がつきものじゃないですか」
朝の大図書館は今日も平和で、予定通りパチュリー様に紅茶を差し出した。
紅茶タイムが終わればひたすら読書しかすることが無い。「埋蔵金年表」を手にして、席に戻る。
その途中、誰かが図書館の扉を叩く音がした。
「小悪魔、ちょっと行ってきて」
本を机に置き、扉へ向かう。どちら様と尋ねれば、咲夜です、と返ってきた。
さすがに朝から魔理沙さんは来ないのだろう。どうぞと言いながら、扉を開けた。
「おはよう。はい、今日は新聞が来てたわ。それと、あなたのご主人に用があるんだけど」
受け取ったその新聞は、文々。新聞であった。
新聞が発行された日は大抵、私が読んだ後、パチュリー様に内容を報告する形となっている。
早速目を通してみたかったが、咲夜さんを待たせるわけにはいかないだろう。
「ご苦労様です。パチュリー様のところまでご案内しますね。今日はどういった用件です?」
「眠気覚ましを作ってもらったの。うんと強力な奴。それを取りに来たの」
「ああ、咲夜さん、お仕事無理しないでくださいよ? 眠気覚ましだなんて」
「いや、私のじゃなくて美鈴のよ。ここ最近、本当ひどいんだから」
「春になると、どうしてもお昼寝したくなりますものね」
「春だから、なんて言い訳できないほどなんだけれどねえ……」
メイド長としての仕事も大変である。門番長のためにわざわざ眠気覚ましを用意してあげる優しさよ。
何はともあれ、咲夜さんを目的地まで案内した後、私は少し離れたところで新聞を読むことにした。
二人が会話する席で偉そうに新聞を、何てできるわけないもの。
「第八代目大天狗様の文書が発見される」と、題されてあった。記事はこれだけである。
今日の新聞はやけに薄く、急ぎで作ったように思える。
天狗にとっては重大なニュースなのかもしれないが、正直いって興味の沸かないテーマだ。
しかしパチュリー様に報告する義務があるので、記事を読み進めることにした。
「五月×日の晩、大天狗様が自宅の物置部屋を整理なされていたところ、漆で作られた箱をお見つけになった。
中には巻物が一巻だけ有るのみだった。箱の蓋裏には、八代目大天狗と書かれてあった。
第八代目大天狗様は生前、軍事的な成功を収められたものの、その生涯は未だ謎が多い。
今から約千年前の世代であるが、なぜ今までずっと見つけられなかったのだろうか。書物自体も謎に包まれている。
ともかく、この巻物は天狗の歴史を紐解く鍵の一つになるだろう。
しかし文書が古いこともあって、巻物の文字は何の言語かすら認識できないほどになっている。
そこで、第二面以降に全文の写真を掲載した。
もし、読者の中に解読できる者がいたら、射命丸文にご一報願いたい。
御礼として、金一封を差し上げることにする」
記事自体はこれくらいのもので、二面を開けば、なるほど紙の黄ばんだ巻物がでかでかと掲載されている。
巻物もさして文量はなく、二、三面分しか無いほどである。
さて、肝心の巻物。果たして文字が薄れて読めないのか、見知らぬ言語が使われているのか。
これが読めたら金一封か。淡い期待を胸にして、二面の右上に目線を移動させる。
その、平仮名に近いような文字を目で追う。やはり癖のある文字である。
線が太くて読みにくい。もう一度最初からじっくり見る。
ダイナミックな筆使いで分かりにくかった。
過去形である。分かりにくかった。
新聞を持つ手が震え始める。読めるかもしれない。
この特徴的な文字はまさしく……。
「原初日本文字だ!」
神代ひらがなともいう。だから平仮名に近いのだ。
大図書館の本は、外の世界の本を除けば、大体この文字で書かれてある。
巻物に目をやる。かんこうごねん、われさんびゃくよにして……。
読める。はっきりと読める。
そうか、古くの日本に書かれたものだから、この文字が使われているのか。
金一封が私の手になるかもしれない。いや、もはや手にしたも同然!
しかし何よりもまず、この感動を誰かに知らせたくてたまらない。
「パチュリー様ー! 見てください、ここ、ここ! 一面を挟んで左側!」
駆け寄る最中、小瓶を持ったメイド長がゆっくりとやってきて私に面した。
人差し指を立ててウィンク、そして小声で言った。
「図書館ではお静かに、ね?」
そしてどこへともなく消えてしまった。
私のほうが注意されてどうするんだ。恥ずかしい。
「なるほど……で、二面が巻物ね」
パチュリー様に話してみると、「小悪魔をあんなに興奮させる記事ってどんなのかしらね」と言い出し、
ピントのずれた興味を持たれてしまった。
それにしても、パチュリー様に直接読んでいただけたのは何より良かった。
二面をめくったパチュリー様は一瞬の間を置いて、にやりと笑った。
「へぇ、神代ひらがなじゃないの」
「ですよね、ですよね! どうしましょう、金一封もらえちゃいますよ!」
「慌てない。同じ日本語とは言え、古語よ。翻訳して読み上げるから、書き留めてくれるかしら」
「分かりました。あとはそれを持っていけば万事OKですね」
原稿用紙数枚と、ついでに紅茶を淹れてから戻った。
金一封ってどれくらいかなあ。新しい制服買えるかなあ。
「戻ったわね。小悪魔、冒頭に寛弘五年と書かれてあるけれど、西暦に直したいの」
唐突に難題。西洋風の私たちには難しい、と思ったが手元に都合良く「埋蔵金年表」があった。
「これにきっと……えーと、あ、ありましたよ。寛弘元年は、千とんで四年ですので……」
「西暦1008年。千年ちょうど前になるわね。平安後期といったところかしら」
「ぴったり千年前。すごいですねぇ……はい、次をどうぞ」
「いい? 私は三百余りでこの世を去ることになりそうだ」
「遺書、になるんでしょうかね?……はい、どうぞ」
「……なによこれ」
パチュリー様から困惑の表情が見て取れた。次は一体何が書かれてあるのだろうか。
「こほん、いくわよ。千年後の幻想郷のみんな、元気してるかな」
「え!? そう、書いてるんですよ、ね? それにしても幻想郷、そんな昔からあったんですね」
「今みたいに結界はないけれど、地区名称のようなものなら当時からあったはずね。
続きいくわよ? 私の妖力を使えば時限式書物など容易いものなんだ。どうだ、驚いたか?」
「随分お茶目な大天狗ですねえ……。あれ、パチュリー様? 書きましたよ?」
パチュリー様がうつむくばかりで読み上げようとしない。よく見ると手が震えている。
そしてその震えが全身に行き渡った。
「ふふ……ふふふ!」
「ど、どうしましたパチュリー様!?」
「小悪魔。出かける準備はいいかしら?」
「何を急に? 私はいつでもOKですが、説明をどうか!」
「金一封なんて目じゃないわ。できるだけ早いほうがいい」
「何を言ってるかさっぱりです。何が書かれてあったんです?」
パチュリー様が顔を上げると共に、にやりと白い歯を見せる。
そして手招きをし、手でメガホンを形づくった。
パチュリー様の熱くなった手に耳を当てる。すると小さすぎるほどの声が聞こえてきた。
「遺産の在り処、よ」
遺産の、在り処!
心が躍る。ここ幻想郷に、そんな物があるなんて!
まさにお宝探索大作戦、そしてサブタイトルに大天狗の秘宝と付く小説であるかのようだ。
物語のような世界。夢のような状況。
お金がほしいわけじゃない。ただ、隠されたお宝と聞くだけで、浪漫が感情を支配する。
「分かったわね、詳しい説明は後だから、急いで出発の準備よ」
「了解です! お宝は山分けですよ!」
パチュリー様の喘息薬に非常食、ロープ。そして、ナイフ、ランプ、鞄に詰め込んで。
大天狗の遺した熱い宝を探しに、いざ、出発!
パチュリー様が図書館を離れて外に出るだなんて、珍しい。
たまには日の光に当たって新鮮な空気を吸わせたほうが健康に良いだろう。
ともかく、私たちは出発の支度を終え、紅魔館の門までやって来た。
そこに居たのは門番長の美鈴さん。地面から直角に、びしっと気をつけをしていた。
「美鈴さん、こんにちは。すごく元気そうで何よりです」
「ああ、パチュリー様に、小悪魔さん。いやあ、眠気覚ましありがとうございます。もう効果ばっちりでして」
それを聞いたパチュリー様は満足気に微笑んでいらっしゃった。
「それは良かったわ。眠気覚ましだけじゃなく、滋養強壮にも効果有りだもの。
さて、私達は出かけるから、警備をしっかり頼むわよ。特に魔理沙に対して」
「図書館、がら空きなんですね……。門番隊の一部を向かわせておきます」
確かに今、図書館はもぬけの殻。私、留守番していたほうが良かったのかなあ。
いや、ここまで来たならもう引き下がれない。ここはお言葉に甘えよう。
「そうしていただけると助かります。ありがとうございます」
「いえ、どういたしましてー。ところでお二人は何の用で外出なんですか?」
首をかしげる美鈴さん。私達二人が紅魔館から出るのは確かに珍しい。不思議に思われても仕方ない。
パチュリー様と顔を合わせると、微笑まれた。美鈴さんに話してもどうということはないか。
「実はですね、お宝探検なんですよ。詳しくは言えないんですけど」
「お宝……。金、銀、パールですか。いいですねー。美しいものは、私も好きですよ」
「名前に一字、あるものね。それじゃ美鈴、後は頼むわよ」
「分かりました。今の私はルナを超えてます。たとえ魔理沙さん相手でも大丈夫ですからね」
「本当、薬の効き目ばっちりみたいですね。では、行ってきます」
一礼して、パチュリー様を前にして宙に浮き上がる。
美鈴さんは手を振って見送り。こちらも笑顔で振り返した。
広い空で思い切り飛んで行くなんて、久しぶりである。
冒険の船はとうとうイカリを上げ、出港の時を迎えたのであった。
お日様が天高く昇る頃になっていた。柔らかい雲が青々とした空を流れる、のどかな昼下がり。
探検にしてはのどかすぎるかもしれないな。いや、のどかなほうがいいのだけれど。
こんな平和な日に、私達を待ち受けるのはどんなお宝なのだろう。
そういえば、遺書の続きを聞いていなかった。そもそも、目的地は何処なのだろう。
「あの、パチュリー様? 私達は今、どこへ向かっているのですか?」
「まだ、遺書の続きを教えてなかったわね。遺産の埋めた場所も書いてあったの」
「遺産、埋まってるんですね。それで、何て書いてあったんです?」
尋ねると、パチュリー様は意地悪そうな笑みを作って答えた。
「幻想郷最大の壷の裏に隠せり、とあったのよ。小悪魔なら、これくらい分かるわよね?」
「最大の壷……。それ自体が宝になりそうですが。それに、裏ですか?」
壷は壷でもとっても大きい壷ってなーんだ。というなぞなぞに置き換えられそうだ。
言葉通りの意味ではないと推測はできるけれど、思考はそこまででストップ。
パチュリー様は答えを知った上で目的地に向かっている。
私達の先に見えるのは妖怪の山であるが、それが壷に何か関係するのだろうか。
「残念ながら小悪魔、お宝はどうやら、壷ではないらしいわ」
「お宝の内容も書いてあったんですか?」
「そうよ。大天狗は、築き上げた莫大な財産を全て、純金に変えたらしいの」
財力で金を買ったのか。魔力で金に変えたのか。
定かではないが、金の山と呼べるほどの量があるのかもしれない。
「そうなると遺産は、金塊や大判、小判でしょうかね? 金の壷も無いことは無いかもしれませんが」
「重要なのはここから。彼は強い妖力を使って、金を凝縮することに成功したの。すごいでしょ?」
パチュリー様の口から、「すごいでしょ」なんて言葉が飛び出すとは。
パチュリー様、子どものように目を輝かせてしまいました。
錬金術関連の話、パチュリー様は大好物ですもの。
「大量の金を凝縮。質を高くする? でも元から純金で。どうなるんでしょうかね」
「凝縮して、一つの結晶にしたらしいのよ。私は金がどうのより、そのプロセスを研究したいのだけど」
「金の結晶、ほお……。たくさんの金を、ぎゅっとして、きらきら……」
「ただ、不思議な事にその結晶、千年経ってようやく完成されるものらしいの」
なるほど、それで遺書をわざわざ時限式にしたわけか。
しかし、完成されるという意味は一体何だろうか。
ともかく私は、何やらすごい物なのだろうと結論付けておいた。
お宝は最後に見てのお楽しみというものだ。むしろわくわくする。
「千年もの間眠り続けた秘宝。いいですね。他に何か、書かれていることはありました?」
「私は幻想郷が好きだった。ゆえに、幻想郷に住む者の皆が、宝を享受する機会を与えたい……。
遺書はこの文で最後だったわ」
「その機会、私達の物になってしまったんですかね」
「遅れない限りは、ね。さあ小悪魔、そろそろ回答時間よ。最大の壷とは、どこの事かしら?」
「ああ、すっかり忘れてました! 壷かあ……えっと……」
やはり何らかの地理的な言葉を壷とかけているのだろう。
しかし、分からない。何か別の方向から考えられないだろうか。
遺書を隠したのは天狗。天狗の居そうな場所で、壷。
「あ、分かりました! そこの裏側、なるほど!」
「気づいたみたいね。さ、急ぐわよ。あの新聞を見てるのは、私達だけじゃないんだから」
パチュリー様が急に飛行速度を上げ、風を切って進み始める。
いつに無く元気なご様子で何より。喘息の調子もいいのだろう。
私も羽をぐっと伸ばして、大きく空を一掻き。
謎の回答を確かめに、レッツゴートゥー妖怪の山の滝。
「パチュリー様、もう無理なさりませんね?」
「はぅ……んっげほ……分かったわ。もう馬鹿な真似はしない」
普段運動もしないのに急に飛び回ろうとするなんて、発作も出て当たり前。
すぐに着地して休ませようとしたものの、何としても急いでほしいとねだられた。
持ってて良かった喘息薬。もし無ければ、残念。私達の冒険はここで終わってしまっただろう。
結局パチュリー様をおんぶしたまま滝までやってきて、ようやく今、地に足をつけた。
しゃがんで、パチュリー様を降ろす。そのまま地面にへたり込まないか心配になったが、立てるようだ。
「それにしても……ふぅ。小悪魔もよく気づいたわ。私と同じ答え、よ」
「無理してしゃべらなくてもいいですよ。あの遺書にあった最大の壷というのは、この滝にありますよね」
天狗の住む妖怪の山。その一コミュニュティは、滝の裏を根拠地としているらしい。
場所を表す言葉で壷が付くものは、滝壷ぐらいだ。
幻想郷最大の壷の裏とは、妖怪の山最大の滝壷の裏側のことであった。
つまり、この滝の最下部で滝裏に周りこみ、崖の土壁を掘れば……金の結晶が出てくるはずだ。
「大丈夫。随分、よくなったから。疲れさせちゃったかしら? 休んでもいいわよ」
「そうですね。まだ誰も来ていないみたいですし」
「もうすっかり夕刻ね。ごめんなさいね、本当」
「いいんですよ。健康を第一にしていただければ、私は」
滝を見上げ、耳を済ませる。ごうごうと夕闇を鳴り響きかせる、圧倒的な存在。
音を立てては飛沫となる、その滝は真っ白のヴェールに包まれていた。
もはや水の壁というより、煙の壁である。どうどうとしたミステリアスなのだ。
赤黒い空を背景に、ぼんやりと、しかしありありと浮かび上がる様は、絵画のようである。
目を閉じ、腕を広げる。滝壷に叩きつけられる水の衝撃が全身で感じられる。
神秘と怒涛。まさに冒険者を向かえ討つために待ち構えているかのようであった。
吹き荒れる滝風が押し寄せてくる。負けるもんか。お宝はすぐそこだ!
「小悪魔、スカートくらい手で押さえたらどうかしら」
「あ、あわ、あわわわ!」
パチュリー様は帽子とスカートを両手で押さえて鉄壁ガードでしたとさ。
ロングスカートの上にコートって、どう考えても大丈夫そうなのに。
轟音を背に、滝裏へ侵入。きちんと岩で足場が出来ていて、道幅はぎりぎり一人分といったところか。
私が前に、そしてパチュリー様を後ろにして、滝と崖との隙間風に耐えながら歩き進む。
光が滝に反射されているためか、裏側は随分と暗くなっていた。
崖の上部から時折、ぴちょんぴちょんと水滴が滴り落ちる。
「パチュリー様、足元大丈夫ですか?」
「大丈夫。それより小悪魔、これが見えるかしら」
パチュリー様が背伸びをして崖の土壁の一部を指差した。あ、ちょっと可愛い。
指差したところをよく見ると、環状にひっかき傷がついている。
そしてその傷の輪の中には直線的な傷がまたついている。
横棒二本、縦棒一本……。土、という漢字らしい。
「つち、ですよね。実際、土壁ですし」
「新しくできた傷のようね。これも時限式かしら。ま、それにしてもこの模様は私を試しているとしか思えないわね」
「なるほど、属性魔法を利用するんですね。土なら……水ですね!」
「水だったらこの壁は、滝に反応してしまうわ。千年前の頃の日本の呪術的な要素は、何から来てるか覚えてる?」
「千年前というと平安時代……仏教と、他には陰陽思想がありましたね」
「その通り。陰陽五行説の土に対しては、これが有効よ」
パチュリー様が手の平をこちらに向けた。下がっていたほうがいいらしい。
逆の手で、懐を探り、スペルカードを確認。そしてそのカードを高々と掲げた。
「木符、シルフィホルン」
隙間風の流れが変わり、厚い風が土壁に直撃する。
同時に、風に乗った葉を思わせる緑粒弾が次々に注がれていった。
滝の淵まで離れたが、ここからでも風に吸い寄せられそうになる。
目を開けてられない。ただ、足を持っていかれないようにふんばることしかできない。
一瞬、地面に振動が走った。やったか。
風が次第に弱くなる。片目を開けてみれば、土壁が溶けるように消えるのが見えた。
スペルカード終了と共に、パチュリー様の下に駆け寄った。
「パチュリー様、大丈夫ですか? どうでした?」
「元の風をうまく利用して、木属性で攻撃すれば……計算通りだったわね」
「見ましたよ。土壁が溶けて……あれ!?」
掘ればそこに宝があるはず。そう思っていたのに。
壁が解き払われたその先にあったのは、ぽかんと開いた空洞であった。
「洞窟……ですね」
「洞窟、よ。こればかりは誤算だったわ」
灰色の大小の石が、床を、壁を、天井を覆っている。
まさしく死者を埋葬するための、石室を連想させられる。
そしてその石造りの洞窟が、先の先、真っ暗闇まで続いていた。
「行くわよ、小悪魔」
「え、ええ!? 行くんですか? 本当に? 洞窟ですよ!?」
「当たり前じゃない。ここまで来たんだもの。どうしてそんなに怖がるのよ」
「だ、だってこういうの、危険がつきものじゃないですか」
ほのぼのお宝探索かと思いきや。こんな薄暗い洞窟が出てくるとは思わなかった。
どんな小説でもあった。こういった所で、数々の罠が発動するシーンが。
そしてきっと、この洞窟の中にも。
迫り来る巨石。制御の利かないトロッコレース。宝箱に酷似したモンスター。
冷や汗が背筋をたらりと流れた。
「駄目、ですよ。ほんと、駄目、です。いや、ほんとこれ、危ないですよ?」
「いいからついてきなさい」
そう言ってパチュリー様がすたすたと闇に足を踏み入れた。
「ああ! パチュリー様! ……もう、何が起きても知りませんよ!」
さすがにパチュリー様を放って行かせるわけにはいかない。
本当に何があるのか分からない。先が暗くて全然見えない。
ああ、私達の運命や、いかに。
狭い洞窟内部は嫌になるほど涼しく、そして静かであった。
ヒールが石床を小突き、カツンカツンという音が闇に溶けていく。
暗くて、パチュリー様の背中さえよく見えない。恐怖心はますます膨らむばかり。
おっと、半分冗談のつもりで持ってきたランプがあったっけ。
ポーチバッグからそれを取り出し、マッチを擦って灯をつけた。
瞬間、一面にけたたましい音が鳴り響いた。
「ひゃああああああ!」
大量の真っ黒い蝙蝠が光に驚き、バサバサと飛び回った。
「あなたねえ、紅魔館の一員でしょう? 蝙蝠でそんなに驚くなんて」
「だ……だって! びっくりしますよそりゃ!」
ランプのお陰で周囲はよく見えるけれど、それより遠く、となると無力であった。
むしろ、私を包む霞んだ橙色が、ますます不安を煽っているように感じられる。
振り返ってみると、外も真っ暗らしく、入り口から光が差し込んですらいなかった。
また、一歩一歩と足を踏み出す。万一、仕掛けがあるといけない。足元を見ながらゆっくり歩きたい。
ゆっくり歩きたい、のだが、パチュリー様の早足に合わせなければ、取り残されてしまう。
送る足を早くする度、足音のテンポが跳ね上がっていく。
どれほど歩いたのだろうか。洞窟内は涼しいというより、肌寒くなってきた。
パチュリー様の動かす足が次第にゆっくりになり、そして立ち止まった。
「小悪魔……何か聞こえない?」
「いや、聞こえません。パチュリー様、あの、おどかさないでくださいよ」
「そうかしら。ノイズのような、砂嵐のような音がするわ」
「嫌ですよー。何かの前触れじゃ…… ん? うわ、私も! 今何か!」
ザァと言う音が微かに聞こえた。羽耳をピクピクと動かし、音の方向を探る。
そして一際大きなノイズがはっきりと聞こえた。
ノイズが消えた瞬間だった。
「誰じゃあ! 帰れたもれ! 帰りたもれえ!」
「いやぁぁああああああああああ!」
振り向き、全力ダッシュ! しようとしたらパチュリー様に首根っこをつかまれてしまう。
駄目です。祟りです! 大天狗様の祟り!
「離してくださいー! ここ、危ないですよー!」
「落ち着きなさい小悪魔。もうちょっと待ってみましょう」
嫌だあ。嫌だあ。しかし行きも真っ暗帰りも真っ暗。
もう正直お宝なんていらない。強いて言うなら自分の命を持って帰りたい。
ああ、でも一人で逃げたらパチュリー様の身に何かあるかもしれない……。
仕方ない、待つしかない。
力を抜き、耳を済ませる。また、ザアというノイズが聞こえ始める。
「誰じゃあ! 帰りたもれ! 帰りたもれえ!」
「きゃぁぁあああああああああ!」
「……あのねえ、小悪魔」
あまりに私が怯えるためか、パチュリー様が私の頭に手を置いた。
ため息をつかれて、そのままいい子いい子されてしまった。
「パ、パチュリー様、何を……」
「……誰じゃあ! 帰りたもれ! 帰りたもれえ!」
「落ち着いた? 単なるこけおどしよ。同じ音声を繰り返し再生する術、みたいよ」
「すみません。でも本当怖くて、びっくりして……」
そう言うと、パチュリー様は真剣な表情で、まっすぐに私を見つめた。
じっと見つめたかと思うと、突然暖かい笑みに変わった。
「私がいるから安心しなさい。あなたを、危ない目には合わせないから」
そしてまた、頭をわしわしとなでてきた。
「あぅ、パチュリー様、私、子どもじゃありません。そろそろ……」
「やれやれ。大丈夫ね? また歩けるわね?」
「歩ける、です。大丈夫です。はい」
「それなら良かった。じゃあ、先に進むわよ。それとも休んでからにする?」
「いや、大丈夫です。そんなに心配しなくても大丈夫ですから。本当」
「分かったわ。気を取り直して、行くわよ」
そう言ってすぐに、パチュリー様はすたすたと奥に向っていった。
うう。パチュリー様、お心強かったな。お礼、言わなきゃ。
小走りで近づきながら、少しだけ、勇気を出して言った。
「パチュリー様、あの!」
「ん、どうかしたの?」
「先ほどは本当に、あり……」
「誰じゃあ! 帰りたもれ! 帰りたもれえ!」
「何て言ったか分からないわ。まあいいわ、先を急ぐわよ」
大天狗にちょっぴり憎悪を抱きました。
不気味なほど乾燥した洞窟内。そして夜だからか、寒い。
ランプの周囲だけはやたらと暑く、持つ手に汗がにじんでくる。
少しは怖い。いや、だいぶ怖い。だけど、パチュリー様が居ると思えば、安心する。
いや、安心しなければならないと思うのだ。
しかし。それだけでいいのだろうか。主に仕えるものとして、それでいいのだろうか。
狭い道幅が次第に広がっている。淡い期待を抱き、自然と足が軽快になった。
前へ。前へ。おっと、ここで焦ってはいけない。こういう時こそ、罠があるものだ。
しっかりと前方を警戒して歩く。ランプを突き出してもう一確認。
その光に照らされたものは。
「分かれ道、みたいね」
「何か書いてありますね。大き宝……小さき宝……」
「御伽話みたいね。どうしましょうか。素直に行くか、裏をかくか」
右の道には「小さき宝」と、壁に傷跡がある。左には「大き宝」とある。
宝に欲を出すと悲惨な目に合う、というのは定説である。
だが、このお茶目大天狗の前では何があるのか分からない。
罠があったとしても、おそらく、こけおどしだろう。しかし、万一のことを考えると……
「パチュリー様、二手に分かれましょう」
「そうする? ここで待っててもいいのよ?」
「いえ、私だけ何もしないというのは、やはり……」
何の役にも立たなかった、となるといけない。
せめて、探索の効率に貢献くらいはしたい。
「分かったわ。そうね……私は左にするけど、いい?」
「いいですよ。……えっと。パチュリー様、ご無事でいてくださいね?」
「あなたもね。もし、百歩歩いて、何事もなかったら一度ここまで戻ってきて」
「分かりました。それでは、あの……あ、もう行ってる……」
単独行動開始、か。
一、二、三歩歩いて右の穴に向かう。
大丈夫かな。私も、パチュリー様も。
十、十一、十二歩……とうとう進入。心拍数が上がりだす。
罠というものは、大抵床に仕掛けられている。
不自然に盛り上がった石板が無いか、確認しながら歩く。
天井も確認。次第に落ちてきて潰されそうになる、なんて展開は無さそうだ。
大きく息を吸い込み、吐き出す。大丈夫。大丈夫。
五十一、五十二、五十三歩……。
歩くペースはゆっくりと。いつ、何が起こるか分からない。
額に汗が浮かんできた。パチュリー様の方は、大丈夫なのだろうか。
私のほうが小さき宝。パチュリー様のほうが大き宝。
パチュリー様のほうが危なそうではある。しかし、今は自分の安全を考えておくべきだ。
左右の壁を確認する。不自然な穴は、無いようだ。
七十一、七十二、七十三歩……。
足を止める。どうも、こちら側には罠など無い気がする。
油断はできないが、ここまで歩いたならきっと大丈夫なはずだ。
そうなると、問題は……
「いやああああああ! 駄目、離して! こ、小悪魔……小悪魔ー!」
恐れるべき事態が起きてしまった。
すぐさまターンしてダッシュ。
甘く見ていた。大した罠など無いと思っていた。
だから一人でも大丈夫だと思っていた。
突然の運動に、肺が悲鳴を上げた。しかし何としても走り続ける。
石壁が音を立ててすれ違っていく。足音がひっきりなしに鳴り続ける。
パチュリー様の無事だけは何とかしないと!
道が急激に広がった。と、いうことは。
振り返って立ち止まる。道が二つに分かれている。
この、左側に向かって、追わなくちゃ!
「やだあ! やぁ……ああっ! そんな、そんな、こ……!」
「ぜぇ、ぜぇ……待っていてください! 今すぐ!」
言った瞬間、爆音が轟いた。
あまりの衝撃音に、耳を塞いで伏せた。
すぐさま地響きが起き、天井から砂埃がはらはらと落ちる。
何が起きたのか。一体何が起きたのか。
小さな石が落ち、地面にこつんと落ちた。
それっきり、何の音も聞こえなくなった。
「パチュリー……様?」
全身の筋肉が弛緩した。
わけが分からない。わけが分からない。
判断か? 判断が悪かったのか?
もし、二手に分かれずに、私が待っているか、お供していれば。
パチュリー様、パチュリー様が……!
どうして。どうして? わけが分からない。
「あ、ああ、あ……」
口が震える。まぶたが震える。手が、足が、全身が震えだす。
理性を何とか。理性を何とか取り戻さなきゃ。
私は何を。今は何をすべきなの。
そうだ。まだ決まっていることじゃない。無事を確かめに。無事を、確かめに……。
緩んだ足に何とか力をこめて、立つ。
行きたくない。進みたくない。
その気持ちを必死に押し殺す。
「パチュリー様!」
ふらふらと無我夢中で走り出す。何がなんだか分からない。
助けられるかもしれない。助からないかもしれない。手遅れかも、しれない。
前方の真っ暗闇に得たいの知れないものがいる。
真っ黒な者がいる。
そいつは右手を前につきだしていた。
その右手には……。
「ミニ、八卦炉?」
「大丈夫かーパチュリー」
「けほ……助けるならもっと優しく助けなさいよ!」
「あー無事か。良かったな。ところで何だったんだ? さっきのぐちゃぐちゃぬとぬとねっちょねちょ」
もう一度脱力。へなへなと座り込んでしまった。
いや、無事でよかった。ほんと。生きてて良かった。よーかったー。
息をきらしてぜいぜい言っている自分に気がついた。ああ。でも、本当良かった。
何があったかは大体分かったけれど、具体的なことは聞かないようにしよう。
きっとトラウマになる。ああ。それにしても良かった。ああ。
「パチュリー様! 私……私死んじゃったかと思ったじゃないですか!」
「まあ何とか、助かったわ。何があったかは、お願い、聞かないで」
「おっと小悪魔もいたのか。お前ら皆して、へばってるな。どうだ、茶でも飲んでから一緒に行かないか?」
「魔理沙さん……ありがとうございます」
「全く、こんなところで借りができてしまうとはね」
ひとまず安全そうな、先ほどの分岐点まで戻り、そこで一休みを取ることになった。
朝から何も食べていなかったっけ。よくがんばってるよ、私。
半分冗談で持ってきた非常食が役に立つとは。咲夜さんのクッキー、さくさくしておいしい。
魔理沙さんは八卦炉を使ってお茶沸かし。便利だなあ。
できあがったキノコ茶らしいものをパチュリー様に手渡しながら、魔理沙さんが口を開いた。
「お前ら、やっぱりいると思ったんだよ。あの新聞、見たんだろ?」
「ええ。あなたが来る前に何とか遺産を手に入れたかったから、急いでたんだけどね」
「もっとゆっくりしていっても良かったかもしれませんね」
なるほど、図書館の文字を読めるのは私達だけではない。
魔理沙さんも常連客だから、読めるのも当然である。
そしてパチュリー様がやたら急いでいたのは、魔理沙さんに出し抜かれないためだったのだ。
でも、魔理沙さんと一緒に行くみたいで、良かった。
「あれ、読めたのはいいんだが、壷が何かずっと分からなくてな。こーりんとこで壷探してたぜ」
「なるほどね。なんだかんだでいいタイミングだったわ。ほら小悪魔、あなたもキノコ茶飲んだら? クッキーに合うわよ」
「あ、はい、いただきます」
何はともあれ、心強い味方ができたものだ。あ、キノコ茶おいしい。
きっとここから先は特に波乱もなく、お宝を目にすることができるはずだ。
パチュリー様が無事で、本当良かった。私が助けられなかったのが不甲斐ないけれど。
なんだかんだで元気なパチュリー様が微笑みながら言った。
「今日は助かったわ。お礼に、先一ヶ月は貸した本をとやかく言わないわ」
「その必要はないぜ」
冷たい返答であった。魔理沙さんはすっと立ち上がり、帽子をかぶり直した。
どういうこと、だろう。
「どうしたの? 一ヶ月じゃなくて半年でも……いい、わよ」
「そろそろ気づかないか? パチュリー」
嫌な予感がする。
パチュリー様を見る。
ああ、目がうつらうつらしてる! 船をこいで……ん、私も……。
「このキノコ茶……あんたまさか! ふぁ……」
「ぐっすりお休みしててくれ。借りはこれで返してくれたらいいぜ」
「魔理沙さん、こんなのって……」
「安心しろ、遺産さえ取ったら、ベッドまで送ってってやるぜ。じゃ、行ってくるから大人しく待ってるのよん」
「ちょっと。魔理、沙……」
ああ、ここまで来たと言うのに。最後の最後で魔理沙さんに。
けれど、仕方ない。命の恩人ですもの。これくらいは、笑って許してあげない、と。
「小悪魔。私の、右ポケット。ふぁ、あなたが飲んで。早く……」
「パチュリー様? パチュリー様?」
「私は、駄目……早く、追って。努力が無駄になるの、だけは……」
そこまで言ってパチュリー様が睡魔に完全ノックアウト。首をかくんと俯けてしまった。
いけない。私も一緒に寝たら、駄目だ。
パチュリー様の右、ポケット……
見た事のある小瓶だ。
「眠気覚まし、ですね。なる、ほろ……」
急いで、栓を、開ける。
口に流し込み……。ああ、苦い! うぁ、後味があ。後味があ。
うん、美鈴さんがしゃっきりするだけの効果はある。でも、パチュリー様、寝てしまいました。
寝てしまったらきっと、眠気覚ましは効かないのだろう。
ただ、飲ませないよりかは、ましだろう。
残りの眠気覚ましを、窒息させないようにゆっくり、瓶を加えて飲ませる。
「なんだか、赤ちゃんみたい……」
飲ませきったら背中をとんとんと叩いて……さすがにげっぷは無いか。
しかし効き目抜群の眠気覚ましとはいえ、パチュリー様は、もう起きなかった。
「どうしよう……」
無駄な努力になるのは嫌だとパチュリー様は言った。
私だって、ここまでがんばったのを魔理沙さんに奪われるのは嫌だ。
追わないと。しかし、パチュリー様を置いていくわけには、いかない。
こうなったらしょうがない。
半分冗談で持ってきたロープを使ってたすきがけ。
パチュリー様を負ぶって固定、完了!
このまま魔理沙さんを目指すことにした。
「本格的に赤ちゃんみたい……」
昼でもやったことだ。背負って飛ぶのには慣れている。
ここ一番を魔理沙さんに持っていかれたら、困る!
……あ、さっきもしかして、間接キ……いや、追うのが先決!
「魔理沙さーん! 待ちなさーい!」
叫ぶ。洞窟内に木霊が返ってくる。
返事をして数拍置いてから返事が返ってきた。
「やあっほー!」
何てのん気なんですか魔理沙さん。
数拍して木霊がきたということは、随分先にいるということになる。
まずい。何とかせねば。
パチュリー様を負ぶってゆっくり飛ぶのは何の問題も無いのだけれど、
速度を出すとなると、重労働である。
でも何とかして追いつかねば、パチュリー様だって悲しんでしまう!
「何だこの仕掛け、壊しとくか」
そんな魔理沙さんの言葉が響いてきた。
よし、そういうのは罠発動フラグです!
うまく足止めになればいいのだが。
耳を澄ませば、何かが響く音がする。
何やら大仕掛けな仕掛けを発動した様子。
「いける! 魔理沙さん! 待ってなさい!」
でも何故、後ろから音がしたのだろう。
そしてその音が、次第に大きくなっている気がする。
振り返る、と。
粒弾、米弾、中弾、泡弾、札弾、クナイ弾、ナイフ弾、ウィルス弾!
赤、黄、緑、青、白、橙、藍、紫!
「ぎゃあああああああああ!」
色とりどりの発狂弾幕が後ろから迫って来た!
飛んで回避できるものなのか、いや、中避けは不可能、逃げるしかない!
我がレミリア様の紅色の紅魔郷が七倍に、七色の紅魔郷というべき代物が押し寄せてくる!
丸長弾が肩のすぐそばを通っていった。なんとか、グレイズ……。
羽ばたくペースを極限までに速くし、万一のために壁際に寄る。
息があがる。心臓が破裂しそう。
後ろからの弾が壁にぶつかっては炸裂し、どんどん複雑な弾幕を形成している。
もう後ろを見る余裕もない。一心不乱に羽を動かす。
下を見る。何やら瓶が置いてある。
眩い光と共に爆発した!
「う、うわ、うわわわ!」
魔理沙さんまで! グラウンドスターダストやめて!
視界にある瓶は……一、二、三、同時に来る!
次に次に起こる爆発を左、右、左とちょん避け!
そして左後方より粒弾が接近! もう一度右にちょん! 危なかった。
後ろから弾が続々と追い抜き始める。振り向く。まさに生と死の境界レベル。私、安地作れません!
敢えて立ち止まり、気合除けをするか。いや、この弾幕はスコアラーでも決めボムレベル!
ならば決めボムをするか。いや、私はスペルカードを持っていない!
弾幕にダッシュで突っ込んでグレイズか。いや、霊力が切れてガード不能に陥る!
それなら……!
「通常攻撃、泡の壁!」
泡弾を後方に向けてこれでもかと敷き詰めて放った。
弾と弾との相殺が起こり、追ってくる弾を少しでも減らした。
何とかなった。そう思って前を見ると。
巻物が浮いている。
デジャブ。まさか、図書館の迎撃魔導書と同じ仕組みなのか。
通り過ぎた瞬間に、小弾を連射してきた。
しかし全て自機狙い、高速飛行を続けるだけでかわせてしまう。
と、思いきや目の前に弾道が一つ、二つ、三つと増え続ける。
7way、9way、11way、13way、15way……
目と鼻の先にまで小弾ワインダーが迫っている。
一定に! 一定の速度で飛んでいれば大丈夫なはず!
がりがり、がりがりがりと続々と弾が羽にかすっていく。
爆発する音が聞こえる。弾が天井にぶつかり、弾ける音が聞こえる。
下を見ればまたもや小瓶! 後ろは押し寄せるランダム弾! 私を囲むは自機狙い!
そして前を見れば、大量の巻物がレーザーの準備をしていた。
「もう無理、もう無理! やられる! やられてボムアイテム落としちゃう!」
「小悪魔……ん、魔理沙はどうしたの?」
「ああ、パチュリー様! 早く撃ってください! お願いですから! お願いですからー!」
巻物の予告線と予告線の間に素早く割り込む。
びりびりと空気が震え、青い光線が発射される。
左右をレーザーに囲まれてしまった。
たった今気づいてしまった。
もう一つ、真正面の巻物が泡弾を連射している!
「当たる当たる当たる!」
「スペルカード、本当に使っていいのかしら?」
「いいんです! お願いですから! お願いですからー!」
できることなら止まりたい。下がりたい。
しかし自機狙いに囲まれてるため、高速飛行を続けないといけない。
このままでは、泡弾めがけてまっしぐら。
三メートル、二メートル、一メートル!
どんどん泡弾が視界を埋めていく!
「もう駄目、駄目ええええ!」
「日符、ロイヤルフレア」
宣言した瞬間、真っ赤な光が辺りを包んだ。
助かった、これでやっと!
しかし安心したのもつかの間。
「あちあちあちちちちちち!」
「だからいいのかって確認したんだけど……弾は消せたわね。水符、プリンセスウンディネ」
私が無防備なのを忘れていた。あう、消化活動ありがとうございます……。
何はともあれ、巻物は全焼却、小瓶も誘爆。助かった。ああ、助かった。
「平安時代から、弾幕自体はあったのね。興味深いわ」
「ぜぇ、ぜぇ……私はしばらく弾幕ごっこは嫌です……」
「何にせよ、よくがんばったわ。さ、おろして頂戴」
ロープを解いてパチュリー様を地面に降ろした。
何だかんだで、眠気覚ましの効果はあったのだ。
「小悪魔、見て」
パチュリー様が先を指差した。
洞窟は曲がり角になっていて……光が見える。
「どうやら、外に繋がっているみたいね」
これだけ歩いて、外に? どういうことだろうか。
何はともあれ、洞窟とはおさらばである。
壮絶な罠をくぐりぬけたら次にあるのは……。
私のお宝センサーがびんびん言ってる。
もうすぐ目にすることができると。
洞窟を出ようとすると、魔理沙さんが帰ってきた。
「ちょっと魔理沙。どうしたのよ」
「なんだ、二人とも起きてるじゃないか。送りに行こうと、思ってたのに」
よく見ると、魔理沙さんの服にはあちこち傷ができており、
魔理沙さん自身にもあざになっているところがあった。
「魔理沙さん……どうしたんですか?」
「いいんだ。ほっといてくれ。あー屈辱だ。お二人さん、先にいくなら気をつけな」
「魔理沙……何があったの?」
「すまん、もう、話すことすら嫌だ。ちょっと一人にさせてくれ」
そう言って、外に出てどこかへ飛んでいってしまった。
パチュリー様と私は顔を見合わせた。
「どうやら、もう一波乱あるようね」
「ここで引き下がるわけには、いきませんよね」
「当たり前。さあ、行きましょう」
洞窟を抜ける。出口に差し込んでいたのは、月明かりであった。
満月は空高くに昇っていて、天一杯に星がきらめいていた。
「どこかで見たことある景色、ね」
「そうですか?」
ちょっとした雑木林のようであった。
しかし、乱雑に木々が生い茂っているのではない。
植物の一本一本が、美しく並置されていると共に、見事に手入れされていた。
「やはり、あなた達も来ましたね」
暗闇の中に、浮かび上がる人が、待ち構えていた。
想像だにしていなかった人物が、月の光に照らされていた。
「お宝と称して、搾取するつもり、ですよね?」
揺れる赤髪、すらりとしたボディライン。しかしいつもの穏やかな表情は無い。
冷たい怒りが滲み出た顔であった。
「美鈴……あなた、どうしてここに!」
「私の物を、守るためですよ」
「美鈴さん、独り占めする気なんですか?」
「私以外の人に見せたら、どうなってしまうか……」
「言ってる意味がさっぱりね。まずはそれを見せてから話しましょう?」
「パチュリー様も、小悪魔さんも、あれを見ただけで人が変わるかもしれません!」
なぜここにいるのか。なぜ行く手を塞ごうとするのか。
あまりに強い意志。どうしてそんな風に思ってしまうのだろう。
きっと美鈴さんにも事情があるはずだ。
だけれど。だけれど、私達だって、食い下がれない。
美鈴さんが続けて、冷たく、言い放った。
「お引取り、願います」
「嫌だ、と言ったら?」
美鈴さんが不敵に微笑んだ。
「弾幕勝負」
美鈴さんが右手を高く掲げた。スペルカード宣言しようとしている。
私は頭で考えるより先に、パチュリー様の前に出ていた。
「小悪魔!? 駄目よ。いくらなんでもあなたに美鈴は無理!」
「勝算はありますよ」
「今日の私は一味違いますよ。彩符、彩光乱舞!」
宣言したと同時に、私も右手を高く掲げる。
冗談半分で持ってきた、最後のアイテムだ。
「さあさあ! これを見てください!」
「こ、小悪魔さん! それは……咲夜さん印のナイフ!」
「どうです? ほら、どうです、美鈴さん!」
掲げながら、じりじりと美鈴さんに、にじり寄る。
きっとナイフは彼女のトラウマとなっているはずだ。
ここは譲れない勝負である。何としても勝たねばならぬ。
「ナイフ……うう、どうすれば……」
「美鈴さん、どうしました? 撃たないんです?」
「ん、ふあ……どう……すれば……」
美鈴さんは何も動こうとしない。何が起きたのだろうか。
異常事態か。美鈴さん、立ったまま動かなくなってしまいました。
ナイフを見せ付けたまま、近寄る。
肩を叩いても、返事がない。
「眠気覚ましに頼りすぎて、今日は一睡もしてなかったのね」
「昼からずっとがんばってて、とうとう耐えられなかったんですね」
決まり手は睡魔。立ちながら眠ってしまうとは。
さて。美鈴さんが気になるけれど、これを乗り越えたなら、後はもう。後はただ!
「小悪魔……よくがんばったわ」
「パチュリー様も……本当に」
「行きましょう。とうとう遺産にお目見えできるわ!」
「はい!」
結局今度は美鈴さんを負ぶって雑木林の奥地へ。
静かな夜。湖に月が映り、穏やかに揺れていた。
「見つけたわ」
「まさか……あれですか?」
月明かりに照らされた、黄金がある。
きらきらと乱反射し、白く、黄金色に、ふんわりと輝いている。
ただ、それは、ただの金ではなかった。
枝も、幹も、葉も、そして花でさえも、金だった。
金のなる木と呼べばいいのだろうか。金で出来た木と呼べばいいのだろうか。
まさしく、大天狗の宝は、この木だった。
金だから素晴らしいとか、そういう訳ではない。
そのしなやかで、優雅に描いた曲線と、金色との調和が、ただ美しかった。
月に照らされた金の花が、愛らしかった。
太い幹は堂々と、細い枝はしなやかに、一心に伸び、生きていた。
風が吹くたび、さわさわ、きんきんと鳴り響き、葉の金色がさわやかにきらめくのだった。
「パチュリー様、これ……」
「金の結晶とは、この種のことね。千年かかるのは、おそらく花開くまで」
「どう、しましょう……これ、どうしましょう!」
「美鈴と話しましょう。ほら、起きて、起きなさい」
パチュリー様が頬をつねっても、全く起きる気配がない。
どうしたものか。とりあえず地面に降ろし、ナイフでほっぺをつついてみた。
「ひっ咲夜さん……あれ、いない……ああ~! 二人とも、見ちゃったんですね……」
「そうよ。いけなかった?」
「だって、あれ見て、金をむしって取ろうって思いません?」
「私は、別に取ろうだなんて。パチュリー様は?」
「そうね……ねぇ、美鈴、質問を質問で返して悪いけど、まず、ここはどこかしら?」
「ここ? ここは紅魔館ですよ? 裏庭です」
なんということ。あれだけの道を進んで、ここが紅魔館。
ああ、素晴らしき無駄足。本日三回目の脱力。
「私達が来たのは、湖底トンネルだったようね。それで、あの木は何かしら?」
「あの木……ずっと前に私が見つけて、それで……」
「勝手に自分の物と思いこんだわけ?」
「それだけじゃないんです。 仕事に暇ができたら、裏庭に来て、ずっと世話をしてたんです。
あの子、金で出来てるから、よこしまな考えを持った人に、意地悪されないか、いつも心配で……」
「確かに、根こそぎ切るような人もいるかもしれないわね」
そのパチュリー様の言葉に、美鈴さんは悲しそうに笑った。
そしてその笑みですら、消えてしまった。美鈴さんの握る拳に、力が入った。
「あの子、きれいじゃないですか。それなのにそんな事、嫌ですよ。
それに今日、やっとですよ? やっと満開になったんです。ずっとずっと、つぼみだったんですよ?」
「ひょっとして美鈴さん、お昼寝の原因はこれだったんですか?」
「すみません。だって、昼は門番で、お世話する時間が無くて。でも夜、こっそりこの子に会うのが私の唯一の楽しみで……」
「美鈴、残念な話だけど……」
パチュリー様が、この木はどうやら大天狗の遺産であることを説明し始めた。
しかしおそらく、育ての親は美鈴さん。
きっと愛情こめてお世話したに違いないのに。
「そうだったんですか。大天狗さんの、遺産、だったんですね……」
「遺書の最後には、『幻想郷に住む者の皆が、宝を享受する機会を与えたい』、そう書いてあったわ。
ねえ、あなた一人のものにするんじゃなくて、皆に分けるべきものじゃないのかしら?」
「そんな……嫌です! 切ったりするんですか? 駄目ですよ、そんなこと、力尽くでも触れさせません!」
「パチュリー様、いくらなんでもそうするのはやはり……」
「だけどね。死者の思いは丁重に扱わないといけないと思うの。残念だけど、そうするしか無いわ」
そうするしか、無いのだろうか。
この金花を享受するには、本当に切り、他の人に与えなければならないのだろうか。
こんなに、美しいのに。こんなに、大切にされたのに。
「待ってください、パチュリー様。もうひとつ、皆の物にする方法があります」
「何かしら」
「美鈴さん、今までずっとがんばってこの金の花を咲かせたんですよね?」
「えっと、はい。それは自信を持って言えますよ。うれしかったんです。やっと咲いて、それがすっごく綺麗で」
美鈴さんが今まで見せたことの無いような明るく、穏やかな笑顔になった。
よっぽど嬉しかったんだろうな。
「喜びを一人で抱え込むんじゃなくて、皆で共有するんですよ!」
「どういうこと、小悪魔?」
「つまりですね――」
紅魔館の裏庭。今日は世にも珍しいお花見と称して、紅茶飲み会が行われていた。
美鈴さんはこの花を育て続けたとして、烏天狗からインタビューの嵐。
咲夜さんは、美鈴さんの昼寝の原因が分かって一安心。
シフトを変えて、昼でも裏庭に行ける日を作ったとか。
太陽の暖かい光を受けて、あの金の花は活気よく輝いていた。
そしてそれを見た者は口々に、感嘆のため息を漏らすのであった。
「思ったより、騒ぎにならなくて良かったです。金を持ってこうとする人が出てきたりして」
「物質的価値観より、美的価値観を重視する者が幻想郷には多いから、じゃあないかしら」
「なるほどなあ。大天狗さんも、きっと喜んでますよね」
空を見上げる。昨日と変わらず、快晴だった。
風が一吹き、金の葉が、きらきらきんきんとささやいた。
「何もかも、ハッピーエンド、ですね」
「そうとも言えないわ。さっき今日の新聞を貰ったんだけど、ほら」
「どれどれ?」
「霧雨魔理沙氏、第八代目大天狗様の書の解読に成功」
「あちゃ、金一封の事、すっかり忘れてました」
「本当、ちゃっかりしてるわよね。でも彼女は人間だから、仕方ないのかもね」
微笑みながら、カップに入った紅茶を見る。
日の光が反射し、紅色の波が揺れている。
それがあんまり綺麗で、私は紅茶を飲むことができなかった。
冒険者が夢を追って足を踏み入れ、奥へ奥へと進んでいく。
罠をかいくぐり、追っ手から逃れ、時に危険な目にも合い、生死を分ける。
困難に怯まず、最奥の地へ至る。そうしてやっと目にできる、壮麗なお宝。
しかし大抵の冒険者は、帰る途中で宝を落としたり、価値の無い宝を手にしてしまう。
そしてまた、新たな宝を目指して、誰も知らない土地を行く……。
読み終えた本をぱたりと閉じる。最近、どうも同じようなジャンルばかり読んでいる気がするな。
冒険小説を読みあさり、未開の地だとか、古の宝だとか、そういうフレーズに浪漫を感じるまでになった。
しかし、もしもこういったことが身近に起こるとしたら……私はあまり関わりたくない。
「だってこういうの、危険がつきものじゃないですか」
朝の大図書館は今日も平和で、予定通りパチュリー様に紅茶を差し出した。
紅茶タイムが終わればひたすら読書しかすることが無い。「埋蔵金年表」を手にして、席に戻る。
その途中、誰かが図書館の扉を叩く音がした。
「小悪魔、ちょっと行ってきて」
本を机に置き、扉へ向かう。どちら様と尋ねれば、咲夜です、と返ってきた。
さすがに朝から魔理沙さんは来ないのだろう。どうぞと言いながら、扉を開けた。
「おはよう。はい、今日は新聞が来てたわ。それと、あなたのご主人に用があるんだけど」
受け取ったその新聞は、文々。新聞であった。
新聞が発行された日は大抵、私が読んだ後、パチュリー様に内容を報告する形となっている。
早速目を通してみたかったが、咲夜さんを待たせるわけにはいかないだろう。
「ご苦労様です。パチュリー様のところまでご案内しますね。今日はどういった用件です?」
「眠気覚ましを作ってもらったの。うんと強力な奴。それを取りに来たの」
「ああ、咲夜さん、お仕事無理しないでくださいよ? 眠気覚ましだなんて」
「いや、私のじゃなくて美鈴のよ。ここ最近、本当ひどいんだから」
「春になると、どうしてもお昼寝したくなりますものね」
「春だから、なんて言い訳できないほどなんだけれどねえ……」
メイド長としての仕事も大変である。門番長のためにわざわざ眠気覚ましを用意してあげる優しさよ。
何はともあれ、咲夜さんを目的地まで案内した後、私は少し離れたところで新聞を読むことにした。
二人が会話する席で偉そうに新聞を、何てできるわけないもの。
「第八代目大天狗様の文書が発見される」と、題されてあった。記事はこれだけである。
今日の新聞はやけに薄く、急ぎで作ったように思える。
天狗にとっては重大なニュースなのかもしれないが、正直いって興味の沸かないテーマだ。
しかしパチュリー様に報告する義務があるので、記事を読み進めることにした。
「五月×日の晩、大天狗様が自宅の物置部屋を整理なされていたところ、漆で作られた箱をお見つけになった。
中には巻物が一巻だけ有るのみだった。箱の蓋裏には、八代目大天狗と書かれてあった。
第八代目大天狗様は生前、軍事的な成功を収められたものの、その生涯は未だ謎が多い。
今から約千年前の世代であるが、なぜ今までずっと見つけられなかったのだろうか。書物自体も謎に包まれている。
ともかく、この巻物は天狗の歴史を紐解く鍵の一つになるだろう。
しかし文書が古いこともあって、巻物の文字は何の言語かすら認識できないほどになっている。
そこで、第二面以降に全文の写真を掲載した。
もし、読者の中に解読できる者がいたら、射命丸文にご一報願いたい。
御礼として、金一封を差し上げることにする」
記事自体はこれくらいのもので、二面を開けば、なるほど紙の黄ばんだ巻物がでかでかと掲載されている。
巻物もさして文量はなく、二、三面分しか無いほどである。
さて、肝心の巻物。果たして文字が薄れて読めないのか、見知らぬ言語が使われているのか。
これが読めたら金一封か。淡い期待を胸にして、二面の右上に目線を移動させる。
その、平仮名に近いような文字を目で追う。やはり癖のある文字である。
線が太くて読みにくい。もう一度最初からじっくり見る。
ダイナミックな筆使いで分かりにくかった。
過去形である。分かりにくかった。
新聞を持つ手が震え始める。読めるかもしれない。
この特徴的な文字はまさしく……。
「原初日本文字だ!」
神代ひらがなともいう。だから平仮名に近いのだ。
大図書館の本は、外の世界の本を除けば、大体この文字で書かれてある。
巻物に目をやる。かんこうごねん、われさんびゃくよにして……。
読める。はっきりと読める。
そうか、古くの日本に書かれたものだから、この文字が使われているのか。
金一封が私の手になるかもしれない。いや、もはや手にしたも同然!
しかし何よりもまず、この感動を誰かに知らせたくてたまらない。
「パチュリー様ー! 見てください、ここ、ここ! 一面を挟んで左側!」
駆け寄る最中、小瓶を持ったメイド長がゆっくりとやってきて私に面した。
人差し指を立ててウィンク、そして小声で言った。
「図書館ではお静かに、ね?」
そしてどこへともなく消えてしまった。
私のほうが注意されてどうするんだ。恥ずかしい。
「なるほど……で、二面が巻物ね」
パチュリー様に話してみると、「小悪魔をあんなに興奮させる記事ってどんなのかしらね」と言い出し、
ピントのずれた興味を持たれてしまった。
それにしても、パチュリー様に直接読んでいただけたのは何より良かった。
二面をめくったパチュリー様は一瞬の間を置いて、にやりと笑った。
「へぇ、神代ひらがなじゃないの」
「ですよね、ですよね! どうしましょう、金一封もらえちゃいますよ!」
「慌てない。同じ日本語とは言え、古語よ。翻訳して読み上げるから、書き留めてくれるかしら」
「分かりました。あとはそれを持っていけば万事OKですね」
原稿用紙数枚と、ついでに紅茶を淹れてから戻った。
金一封ってどれくらいかなあ。新しい制服買えるかなあ。
「戻ったわね。小悪魔、冒頭に寛弘五年と書かれてあるけれど、西暦に直したいの」
唐突に難題。西洋風の私たちには難しい、と思ったが手元に都合良く「埋蔵金年表」があった。
「これにきっと……えーと、あ、ありましたよ。寛弘元年は、千とんで四年ですので……」
「西暦1008年。千年ちょうど前になるわね。平安後期といったところかしら」
「ぴったり千年前。すごいですねぇ……はい、次をどうぞ」
「いい? 私は三百余りでこの世を去ることになりそうだ」
「遺書、になるんでしょうかね?……はい、どうぞ」
「……なによこれ」
パチュリー様から困惑の表情が見て取れた。次は一体何が書かれてあるのだろうか。
「こほん、いくわよ。千年後の幻想郷のみんな、元気してるかな」
「え!? そう、書いてるんですよ、ね? それにしても幻想郷、そんな昔からあったんですね」
「今みたいに結界はないけれど、地区名称のようなものなら当時からあったはずね。
続きいくわよ? 私の妖力を使えば時限式書物など容易いものなんだ。どうだ、驚いたか?」
「随分お茶目な大天狗ですねえ……。あれ、パチュリー様? 書きましたよ?」
パチュリー様がうつむくばかりで読み上げようとしない。よく見ると手が震えている。
そしてその震えが全身に行き渡った。
「ふふ……ふふふ!」
「ど、どうしましたパチュリー様!?」
「小悪魔。出かける準備はいいかしら?」
「何を急に? 私はいつでもOKですが、説明をどうか!」
「金一封なんて目じゃないわ。できるだけ早いほうがいい」
「何を言ってるかさっぱりです。何が書かれてあったんです?」
パチュリー様が顔を上げると共に、にやりと白い歯を見せる。
そして手招きをし、手でメガホンを形づくった。
パチュリー様の熱くなった手に耳を当てる。すると小さすぎるほどの声が聞こえてきた。
「遺産の在り処、よ」
遺産の、在り処!
心が躍る。ここ幻想郷に、そんな物があるなんて!
まさにお宝探索大作戦、そしてサブタイトルに大天狗の秘宝と付く小説であるかのようだ。
物語のような世界。夢のような状況。
お金がほしいわけじゃない。ただ、隠されたお宝と聞くだけで、浪漫が感情を支配する。
「分かったわね、詳しい説明は後だから、急いで出発の準備よ」
「了解です! お宝は山分けですよ!」
パチュリー様の喘息薬に非常食、ロープ。そして、ナイフ、ランプ、鞄に詰め込んで。
大天狗の遺した熱い宝を探しに、いざ、出発!
パチュリー様が図書館を離れて外に出るだなんて、珍しい。
たまには日の光に当たって新鮮な空気を吸わせたほうが健康に良いだろう。
ともかく、私たちは出発の支度を終え、紅魔館の門までやって来た。
そこに居たのは門番長の美鈴さん。地面から直角に、びしっと気をつけをしていた。
「美鈴さん、こんにちは。すごく元気そうで何よりです」
「ああ、パチュリー様に、小悪魔さん。いやあ、眠気覚ましありがとうございます。もう効果ばっちりでして」
それを聞いたパチュリー様は満足気に微笑んでいらっしゃった。
「それは良かったわ。眠気覚ましだけじゃなく、滋養強壮にも効果有りだもの。
さて、私達は出かけるから、警備をしっかり頼むわよ。特に魔理沙に対して」
「図書館、がら空きなんですね……。門番隊の一部を向かわせておきます」
確かに今、図書館はもぬけの殻。私、留守番していたほうが良かったのかなあ。
いや、ここまで来たならもう引き下がれない。ここはお言葉に甘えよう。
「そうしていただけると助かります。ありがとうございます」
「いえ、どういたしましてー。ところでお二人は何の用で外出なんですか?」
首をかしげる美鈴さん。私達二人が紅魔館から出るのは確かに珍しい。不思議に思われても仕方ない。
パチュリー様と顔を合わせると、微笑まれた。美鈴さんに話してもどうということはないか。
「実はですね、お宝探検なんですよ。詳しくは言えないんですけど」
「お宝……。金、銀、パールですか。いいですねー。美しいものは、私も好きですよ」
「名前に一字、あるものね。それじゃ美鈴、後は頼むわよ」
「分かりました。今の私はルナを超えてます。たとえ魔理沙さん相手でも大丈夫ですからね」
「本当、薬の効き目ばっちりみたいですね。では、行ってきます」
一礼して、パチュリー様を前にして宙に浮き上がる。
美鈴さんは手を振って見送り。こちらも笑顔で振り返した。
広い空で思い切り飛んで行くなんて、久しぶりである。
冒険の船はとうとうイカリを上げ、出港の時を迎えたのであった。
お日様が天高く昇る頃になっていた。柔らかい雲が青々とした空を流れる、のどかな昼下がり。
探検にしてはのどかすぎるかもしれないな。いや、のどかなほうがいいのだけれど。
こんな平和な日に、私達を待ち受けるのはどんなお宝なのだろう。
そういえば、遺書の続きを聞いていなかった。そもそも、目的地は何処なのだろう。
「あの、パチュリー様? 私達は今、どこへ向かっているのですか?」
「まだ、遺書の続きを教えてなかったわね。遺産の埋めた場所も書いてあったの」
「遺産、埋まってるんですね。それで、何て書いてあったんです?」
尋ねると、パチュリー様は意地悪そうな笑みを作って答えた。
「幻想郷最大の壷の裏に隠せり、とあったのよ。小悪魔なら、これくらい分かるわよね?」
「最大の壷……。それ自体が宝になりそうですが。それに、裏ですか?」
壷は壷でもとっても大きい壷ってなーんだ。というなぞなぞに置き換えられそうだ。
言葉通りの意味ではないと推測はできるけれど、思考はそこまででストップ。
パチュリー様は答えを知った上で目的地に向かっている。
私達の先に見えるのは妖怪の山であるが、それが壷に何か関係するのだろうか。
「残念ながら小悪魔、お宝はどうやら、壷ではないらしいわ」
「お宝の内容も書いてあったんですか?」
「そうよ。大天狗は、築き上げた莫大な財産を全て、純金に変えたらしいの」
財力で金を買ったのか。魔力で金に変えたのか。
定かではないが、金の山と呼べるほどの量があるのかもしれない。
「そうなると遺産は、金塊や大判、小判でしょうかね? 金の壷も無いことは無いかもしれませんが」
「重要なのはここから。彼は強い妖力を使って、金を凝縮することに成功したの。すごいでしょ?」
パチュリー様の口から、「すごいでしょ」なんて言葉が飛び出すとは。
パチュリー様、子どものように目を輝かせてしまいました。
錬金術関連の話、パチュリー様は大好物ですもの。
「大量の金を凝縮。質を高くする? でも元から純金で。どうなるんでしょうかね」
「凝縮して、一つの結晶にしたらしいのよ。私は金がどうのより、そのプロセスを研究したいのだけど」
「金の結晶、ほお……。たくさんの金を、ぎゅっとして、きらきら……」
「ただ、不思議な事にその結晶、千年経ってようやく完成されるものらしいの」
なるほど、それで遺書をわざわざ時限式にしたわけか。
しかし、完成されるという意味は一体何だろうか。
ともかく私は、何やらすごい物なのだろうと結論付けておいた。
お宝は最後に見てのお楽しみというものだ。むしろわくわくする。
「千年もの間眠り続けた秘宝。いいですね。他に何か、書かれていることはありました?」
「私は幻想郷が好きだった。ゆえに、幻想郷に住む者の皆が、宝を享受する機会を与えたい……。
遺書はこの文で最後だったわ」
「その機会、私達の物になってしまったんですかね」
「遅れない限りは、ね。さあ小悪魔、そろそろ回答時間よ。最大の壷とは、どこの事かしら?」
「ああ、すっかり忘れてました! 壷かあ……えっと……」
やはり何らかの地理的な言葉を壷とかけているのだろう。
しかし、分からない。何か別の方向から考えられないだろうか。
遺書を隠したのは天狗。天狗の居そうな場所で、壷。
「あ、分かりました! そこの裏側、なるほど!」
「気づいたみたいね。さ、急ぐわよ。あの新聞を見てるのは、私達だけじゃないんだから」
パチュリー様が急に飛行速度を上げ、風を切って進み始める。
いつに無く元気なご様子で何より。喘息の調子もいいのだろう。
私も羽をぐっと伸ばして、大きく空を一掻き。
謎の回答を確かめに、レッツゴートゥー妖怪の山の滝。
「パチュリー様、もう無理なさりませんね?」
「はぅ……んっげほ……分かったわ。もう馬鹿な真似はしない」
普段運動もしないのに急に飛び回ろうとするなんて、発作も出て当たり前。
すぐに着地して休ませようとしたものの、何としても急いでほしいとねだられた。
持ってて良かった喘息薬。もし無ければ、残念。私達の冒険はここで終わってしまっただろう。
結局パチュリー様をおんぶしたまま滝までやってきて、ようやく今、地に足をつけた。
しゃがんで、パチュリー様を降ろす。そのまま地面にへたり込まないか心配になったが、立てるようだ。
「それにしても……ふぅ。小悪魔もよく気づいたわ。私と同じ答え、よ」
「無理してしゃべらなくてもいいですよ。あの遺書にあった最大の壷というのは、この滝にありますよね」
天狗の住む妖怪の山。その一コミュニュティは、滝の裏を根拠地としているらしい。
場所を表す言葉で壷が付くものは、滝壷ぐらいだ。
幻想郷最大の壷の裏とは、妖怪の山最大の滝壷の裏側のことであった。
つまり、この滝の最下部で滝裏に周りこみ、崖の土壁を掘れば……金の結晶が出てくるはずだ。
「大丈夫。随分、よくなったから。疲れさせちゃったかしら? 休んでもいいわよ」
「そうですね。まだ誰も来ていないみたいですし」
「もうすっかり夕刻ね。ごめんなさいね、本当」
「いいんですよ。健康を第一にしていただければ、私は」
滝を見上げ、耳を済ませる。ごうごうと夕闇を鳴り響きかせる、圧倒的な存在。
音を立てては飛沫となる、その滝は真っ白のヴェールに包まれていた。
もはや水の壁というより、煙の壁である。どうどうとしたミステリアスなのだ。
赤黒い空を背景に、ぼんやりと、しかしありありと浮かび上がる様は、絵画のようである。
目を閉じ、腕を広げる。滝壷に叩きつけられる水の衝撃が全身で感じられる。
神秘と怒涛。まさに冒険者を向かえ討つために待ち構えているかのようであった。
吹き荒れる滝風が押し寄せてくる。負けるもんか。お宝はすぐそこだ!
「小悪魔、スカートくらい手で押さえたらどうかしら」
「あ、あわ、あわわわ!」
パチュリー様は帽子とスカートを両手で押さえて鉄壁ガードでしたとさ。
ロングスカートの上にコートって、どう考えても大丈夫そうなのに。
轟音を背に、滝裏へ侵入。きちんと岩で足場が出来ていて、道幅はぎりぎり一人分といったところか。
私が前に、そしてパチュリー様を後ろにして、滝と崖との隙間風に耐えながら歩き進む。
光が滝に反射されているためか、裏側は随分と暗くなっていた。
崖の上部から時折、ぴちょんぴちょんと水滴が滴り落ちる。
「パチュリー様、足元大丈夫ですか?」
「大丈夫。それより小悪魔、これが見えるかしら」
パチュリー様が背伸びをして崖の土壁の一部を指差した。あ、ちょっと可愛い。
指差したところをよく見ると、環状にひっかき傷がついている。
そしてその傷の輪の中には直線的な傷がまたついている。
横棒二本、縦棒一本……。土、という漢字らしい。
「つち、ですよね。実際、土壁ですし」
「新しくできた傷のようね。これも時限式かしら。ま、それにしてもこの模様は私を試しているとしか思えないわね」
「なるほど、属性魔法を利用するんですね。土なら……水ですね!」
「水だったらこの壁は、滝に反応してしまうわ。千年前の頃の日本の呪術的な要素は、何から来てるか覚えてる?」
「千年前というと平安時代……仏教と、他には陰陽思想がありましたね」
「その通り。陰陽五行説の土に対しては、これが有効よ」
パチュリー様が手の平をこちらに向けた。下がっていたほうがいいらしい。
逆の手で、懐を探り、スペルカードを確認。そしてそのカードを高々と掲げた。
「木符、シルフィホルン」
隙間風の流れが変わり、厚い風が土壁に直撃する。
同時に、風に乗った葉を思わせる緑粒弾が次々に注がれていった。
滝の淵まで離れたが、ここからでも風に吸い寄せられそうになる。
目を開けてられない。ただ、足を持っていかれないようにふんばることしかできない。
一瞬、地面に振動が走った。やったか。
風が次第に弱くなる。片目を開けてみれば、土壁が溶けるように消えるのが見えた。
スペルカード終了と共に、パチュリー様の下に駆け寄った。
「パチュリー様、大丈夫ですか? どうでした?」
「元の風をうまく利用して、木属性で攻撃すれば……計算通りだったわね」
「見ましたよ。土壁が溶けて……あれ!?」
掘ればそこに宝があるはず。そう思っていたのに。
壁が解き払われたその先にあったのは、ぽかんと開いた空洞であった。
「洞窟……ですね」
「洞窟、よ。こればかりは誤算だったわ」
灰色の大小の石が、床を、壁を、天井を覆っている。
まさしく死者を埋葬するための、石室を連想させられる。
そしてその石造りの洞窟が、先の先、真っ暗闇まで続いていた。
「行くわよ、小悪魔」
「え、ええ!? 行くんですか? 本当に? 洞窟ですよ!?」
「当たり前じゃない。ここまで来たんだもの。どうしてそんなに怖がるのよ」
「だ、だってこういうの、危険がつきものじゃないですか」
ほのぼのお宝探索かと思いきや。こんな薄暗い洞窟が出てくるとは思わなかった。
どんな小説でもあった。こういった所で、数々の罠が発動するシーンが。
そしてきっと、この洞窟の中にも。
迫り来る巨石。制御の利かないトロッコレース。宝箱に酷似したモンスター。
冷や汗が背筋をたらりと流れた。
「駄目、ですよ。ほんと、駄目、です。いや、ほんとこれ、危ないですよ?」
「いいからついてきなさい」
そう言ってパチュリー様がすたすたと闇に足を踏み入れた。
「ああ! パチュリー様! ……もう、何が起きても知りませんよ!」
さすがにパチュリー様を放って行かせるわけにはいかない。
本当に何があるのか分からない。先が暗くて全然見えない。
ああ、私達の運命や、いかに。
狭い洞窟内部は嫌になるほど涼しく、そして静かであった。
ヒールが石床を小突き、カツンカツンという音が闇に溶けていく。
暗くて、パチュリー様の背中さえよく見えない。恐怖心はますます膨らむばかり。
おっと、半分冗談のつもりで持ってきたランプがあったっけ。
ポーチバッグからそれを取り出し、マッチを擦って灯をつけた。
瞬間、一面にけたたましい音が鳴り響いた。
「ひゃああああああ!」
大量の真っ黒い蝙蝠が光に驚き、バサバサと飛び回った。
「あなたねえ、紅魔館の一員でしょう? 蝙蝠でそんなに驚くなんて」
「だ……だって! びっくりしますよそりゃ!」
ランプのお陰で周囲はよく見えるけれど、それより遠く、となると無力であった。
むしろ、私を包む霞んだ橙色が、ますます不安を煽っているように感じられる。
振り返ってみると、外も真っ暗らしく、入り口から光が差し込んですらいなかった。
また、一歩一歩と足を踏み出す。万一、仕掛けがあるといけない。足元を見ながらゆっくり歩きたい。
ゆっくり歩きたい、のだが、パチュリー様の早足に合わせなければ、取り残されてしまう。
送る足を早くする度、足音のテンポが跳ね上がっていく。
どれほど歩いたのだろうか。洞窟内は涼しいというより、肌寒くなってきた。
パチュリー様の動かす足が次第にゆっくりになり、そして立ち止まった。
「小悪魔……何か聞こえない?」
「いや、聞こえません。パチュリー様、あの、おどかさないでくださいよ」
「そうかしら。ノイズのような、砂嵐のような音がするわ」
「嫌ですよー。何かの前触れじゃ…… ん? うわ、私も! 今何か!」
ザァと言う音が微かに聞こえた。羽耳をピクピクと動かし、音の方向を探る。
そして一際大きなノイズがはっきりと聞こえた。
ノイズが消えた瞬間だった。
「誰じゃあ! 帰れたもれ! 帰りたもれえ!」
「いやぁぁああああああああああ!」
振り向き、全力ダッシュ! しようとしたらパチュリー様に首根っこをつかまれてしまう。
駄目です。祟りです! 大天狗様の祟り!
「離してくださいー! ここ、危ないですよー!」
「落ち着きなさい小悪魔。もうちょっと待ってみましょう」
嫌だあ。嫌だあ。しかし行きも真っ暗帰りも真っ暗。
もう正直お宝なんていらない。強いて言うなら自分の命を持って帰りたい。
ああ、でも一人で逃げたらパチュリー様の身に何かあるかもしれない……。
仕方ない、待つしかない。
力を抜き、耳を済ませる。また、ザアというノイズが聞こえ始める。
「誰じゃあ! 帰りたもれ! 帰りたもれえ!」
「きゃぁぁあああああああああ!」
「……あのねえ、小悪魔」
あまりに私が怯えるためか、パチュリー様が私の頭に手を置いた。
ため息をつかれて、そのままいい子いい子されてしまった。
「パ、パチュリー様、何を……」
「……誰じゃあ! 帰りたもれ! 帰りたもれえ!」
「落ち着いた? 単なるこけおどしよ。同じ音声を繰り返し再生する術、みたいよ」
「すみません。でも本当怖くて、びっくりして……」
そう言うと、パチュリー様は真剣な表情で、まっすぐに私を見つめた。
じっと見つめたかと思うと、突然暖かい笑みに変わった。
「私がいるから安心しなさい。あなたを、危ない目には合わせないから」
そしてまた、頭をわしわしとなでてきた。
「あぅ、パチュリー様、私、子どもじゃありません。そろそろ……」
「やれやれ。大丈夫ね? また歩けるわね?」
「歩ける、です。大丈夫です。はい」
「それなら良かった。じゃあ、先に進むわよ。それとも休んでからにする?」
「いや、大丈夫です。そんなに心配しなくても大丈夫ですから。本当」
「分かったわ。気を取り直して、行くわよ」
そう言ってすぐに、パチュリー様はすたすたと奥に向っていった。
うう。パチュリー様、お心強かったな。お礼、言わなきゃ。
小走りで近づきながら、少しだけ、勇気を出して言った。
「パチュリー様、あの!」
「ん、どうかしたの?」
「先ほどは本当に、あり……」
「誰じゃあ! 帰りたもれ! 帰りたもれえ!」
「何て言ったか分からないわ。まあいいわ、先を急ぐわよ」
大天狗にちょっぴり憎悪を抱きました。
不気味なほど乾燥した洞窟内。そして夜だからか、寒い。
ランプの周囲だけはやたらと暑く、持つ手に汗がにじんでくる。
少しは怖い。いや、だいぶ怖い。だけど、パチュリー様が居ると思えば、安心する。
いや、安心しなければならないと思うのだ。
しかし。それだけでいいのだろうか。主に仕えるものとして、それでいいのだろうか。
狭い道幅が次第に広がっている。淡い期待を抱き、自然と足が軽快になった。
前へ。前へ。おっと、ここで焦ってはいけない。こういう時こそ、罠があるものだ。
しっかりと前方を警戒して歩く。ランプを突き出してもう一確認。
その光に照らされたものは。
「分かれ道、みたいね」
「何か書いてありますね。大き宝……小さき宝……」
「御伽話みたいね。どうしましょうか。素直に行くか、裏をかくか」
右の道には「小さき宝」と、壁に傷跡がある。左には「大き宝」とある。
宝に欲を出すと悲惨な目に合う、というのは定説である。
だが、このお茶目大天狗の前では何があるのか分からない。
罠があったとしても、おそらく、こけおどしだろう。しかし、万一のことを考えると……
「パチュリー様、二手に分かれましょう」
「そうする? ここで待っててもいいのよ?」
「いえ、私だけ何もしないというのは、やはり……」
何の役にも立たなかった、となるといけない。
せめて、探索の効率に貢献くらいはしたい。
「分かったわ。そうね……私は左にするけど、いい?」
「いいですよ。……えっと。パチュリー様、ご無事でいてくださいね?」
「あなたもね。もし、百歩歩いて、何事もなかったら一度ここまで戻ってきて」
「分かりました。それでは、あの……あ、もう行ってる……」
単独行動開始、か。
一、二、三歩歩いて右の穴に向かう。
大丈夫かな。私も、パチュリー様も。
十、十一、十二歩……とうとう進入。心拍数が上がりだす。
罠というものは、大抵床に仕掛けられている。
不自然に盛り上がった石板が無いか、確認しながら歩く。
天井も確認。次第に落ちてきて潰されそうになる、なんて展開は無さそうだ。
大きく息を吸い込み、吐き出す。大丈夫。大丈夫。
五十一、五十二、五十三歩……。
歩くペースはゆっくりと。いつ、何が起こるか分からない。
額に汗が浮かんできた。パチュリー様の方は、大丈夫なのだろうか。
私のほうが小さき宝。パチュリー様のほうが大き宝。
パチュリー様のほうが危なそうではある。しかし、今は自分の安全を考えておくべきだ。
左右の壁を確認する。不自然な穴は、無いようだ。
七十一、七十二、七十三歩……。
足を止める。どうも、こちら側には罠など無い気がする。
油断はできないが、ここまで歩いたならきっと大丈夫なはずだ。
そうなると、問題は……
「いやああああああ! 駄目、離して! こ、小悪魔……小悪魔ー!」
恐れるべき事態が起きてしまった。
すぐさまターンしてダッシュ。
甘く見ていた。大した罠など無いと思っていた。
だから一人でも大丈夫だと思っていた。
突然の運動に、肺が悲鳴を上げた。しかし何としても走り続ける。
石壁が音を立ててすれ違っていく。足音がひっきりなしに鳴り続ける。
パチュリー様の無事だけは何とかしないと!
道が急激に広がった。と、いうことは。
振り返って立ち止まる。道が二つに分かれている。
この、左側に向かって、追わなくちゃ!
「やだあ! やぁ……ああっ! そんな、そんな、こ……!」
「ぜぇ、ぜぇ……待っていてください! 今すぐ!」
言った瞬間、爆音が轟いた。
あまりの衝撃音に、耳を塞いで伏せた。
すぐさま地響きが起き、天井から砂埃がはらはらと落ちる。
何が起きたのか。一体何が起きたのか。
小さな石が落ち、地面にこつんと落ちた。
それっきり、何の音も聞こえなくなった。
「パチュリー……様?」
全身の筋肉が弛緩した。
わけが分からない。わけが分からない。
判断か? 判断が悪かったのか?
もし、二手に分かれずに、私が待っているか、お供していれば。
パチュリー様、パチュリー様が……!
どうして。どうして? わけが分からない。
「あ、ああ、あ……」
口が震える。まぶたが震える。手が、足が、全身が震えだす。
理性を何とか。理性を何とか取り戻さなきゃ。
私は何を。今は何をすべきなの。
そうだ。まだ決まっていることじゃない。無事を確かめに。無事を、確かめに……。
緩んだ足に何とか力をこめて、立つ。
行きたくない。進みたくない。
その気持ちを必死に押し殺す。
「パチュリー様!」
ふらふらと無我夢中で走り出す。何がなんだか分からない。
助けられるかもしれない。助からないかもしれない。手遅れかも、しれない。
前方の真っ暗闇に得たいの知れないものがいる。
真っ黒な者がいる。
そいつは右手を前につきだしていた。
その右手には……。
「ミニ、八卦炉?」
「大丈夫かーパチュリー」
「けほ……助けるならもっと優しく助けなさいよ!」
「あー無事か。良かったな。ところで何だったんだ? さっきのぐちゃぐちゃぬとぬとねっちょねちょ」
もう一度脱力。へなへなと座り込んでしまった。
いや、無事でよかった。ほんと。生きてて良かった。よーかったー。
息をきらしてぜいぜい言っている自分に気がついた。ああ。でも、本当良かった。
何があったかは大体分かったけれど、具体的なことは聞かないようにしよう。
きっとトラウマになる。ああ。それにしても良かった。ああ。
「パチュリー様! 私……私死んじゃったかと思ったじゃないですか!」
「まあ何とか、助かったわ。何があったかは、お願い、聞かないで」
「おっと小悪魔もいたのか。お前ら皆して、へばってるな。どうだ、茶でも飲んでから一緒に行かないか?」
「魔理沙さん……ありがとうございます」
「全く、こんなところで借りができてしまうとはね」
ひとまず安全そうな、先ほどの分岐点まで戻り、そこで一休みを取ることになった。
朝から何も食べていなかったっけ。よくがんばってるよ、私。
半分冗談で持ってきた非常食が役に立つとは。咲夜さんのクッキー、さくさくしておいしい。
魔理沙さんは八卦炉を使ってお茶沸かし。便利だなあ。
できあがったキノコ茶らしいものをパチュリー様に手渡しながら、魔理沙さんが口を開いた。
「お前ら、やっぱりいると思ったんだよ。あの新聞、見たんだろ?」
「ええ。あなたが来る前に何とか遺産を手に入れたかったから、急いでたんだけどね」
「もっとゆっくりしていっても良かったかもしれませんね」
なるほど、図書館の文字を読めるのは私達だけではない。
魔理沙さんも常連客だから、読めるのも当然である。
そしてパチュリー様がやたら急いでいたのは、魔理沙さんに出し抜かれないためだったのだ。
でも、魔理沙さんと一緒に行くみたいで、良かった。
「あれ、読めたのはいいんだが、壷が何かずっと分からなくてな。こーりんとこで壷探してたぜ」
「なるほどね。なんだかんだでいいタイミングだったわ。ほら小悪魔、あなたもキノコ茶飲んだら? クッキーに合うわよ」
「あ、はい、いただきます」
何はともあれ、心強い味方ができたものだ。あ、キノコ茶おいしい。
きっとここから先は特に波乱もなく、お宝を目にすることができるはずだ。
パチュリー様が無事で、本当良かった。私が助けられなかったのが不甲斐ないけれど。
なんだかんだで元気なパチュリー様が微笑みながら言った。
「今日は助かったわ。お礼に、先一ヶ月は貸した本をとやかく言わないわ」
「その必要はないぜ」
冷たい返答であった。魔理沙さんはすっと立ち上がり、帽子をかぶり直した。
どういうこと、だろう。
「どうしたの? 一ヶ月じゃなくて半年でも……いい、わよ」
「そろそろ気づかないか? パチュリー」
嫌な予感がする。
パチュリー様を見る。
ああ、目がうつらうつらしてる! 船をこいで……ん、私も……。
「このキノコ茶……あんたまさか! ふぁ……」
「ぐっすりお休みしててくれ。借りはこれで返してくれたらいいぜ」
「魔理沙さん、こんなのって……」
「安心しろ、遺産さえ取ったら、ベッドまで送ってってやるぜ。じゃ、行ってくるから大人しく待ってるのよん」
「ちょっと。魔理、沙……」
ああ、ここまで来たと言うのに。最後の最後で魔理沙さんに。
けれど、仕方ない。命の恩人ですもの。これくらいは、笑って許してあげない、と。
「小悪魔。私の、右ポケット。ふぁ、あなたが飲んで。早く……」
「パチュリー様? パチュリー様?」
「私は、駄目……早く、追って。努力が無駄になるの、だけは……」
そこまで言ってパチュリー様が睡魔に完全ノックアウト。首をかくんと俯けてしまった。
いけない。私も一緒に寝たら、駄目だ。
パチュリー様の右、ポケット……
見た事のある小瓶だ。
「眠気覚まし、ですね。なる、ほろ……」
急いで、栓を、開ける。
口に流し込み……。ああ、苦い! うぁ、後味があ。後味があ。
うん、美鈴さんがしゃっきりするだけの効果はある。でも、パチュリー様、寝てしまいました。
寝てしまったらきっと、眠気覚ましは効かないのだろう。
ただ、飲ませないよりかは、ましだろう。
残りの眠気覚ましを、窒息させないようにゆっくり、瓶を加えて飲ませる。
「なんだか、赤ちゃんみたい……」
飲ませきったら背中をとんとんと叩いて……さすがにげっぷは無いか。
しかし効き目抜群の眠気覚ましとはいえ、パチュリー様は、もう起きなかった。
「どうしよう……」
無駄な努力になるのは嫌だとパチュリー様は言った。
私だって、ここまでがんばったのを魔理沙さんに奪われるのは嫌だ。
追わないと。しかし、パチュリー様を置いていくわけには、いかない。
こうなったらしょうがない。
半分冗談で持ってきたロープを使ってたすきがけ。
パチュリー様を負ぶって固定、完了!
このまま魔理沙さんを目指すことにした。
「本格的に赤ちゃんみたい……」
昼でもやったことだ。背負って飛ぶのには慣れている。
ここ一番を魔理沙さんに持っていかれたら、困る!
……あ、さっきもしかして、間接キ……いや、追うのが先決!
「魔理沙さーん! 待ちなさーい!」
叫ぶ。洞窟内に木霊が返ってくる。
返事をして数拍置いてから返事が返ってきた。
「やあっほー!」
何てのん気なんですか魔理沙さん。
数拍して木霊がきたということは、随分先にいるということになる。
まずい。何とかせねば。
パチュリー様を負ぶってゆっくり飛ぶのは何の問題も無いのだけれど、
速度を出すとなると、重労働である。
でも何とかして追いつかねば、パチュリー様だって悲しんでしまう!
「何だこの仕掛け、壊しとくか」
そんな魔理沙さんの言葉が響いてきた。
よし、そういうのは罠発動フラグです!
うまく足止めになればいいのだが。
耳を澄ませば、何かが響く音がする。
何やら大仕掛けな仕掛けを発動した様子。
「いける! 魔理沙さん! 待ってなさい!」
でも何故、後ろから音がしたのだろう。
そしてその音が、次第に大きくなっている気がする。
振り返る、と。
粒弾、米弾、中弾、泡弾、札弾、クナイ弾、ナイフ弾、ウィルス弾!
赤、黄、緑、青、白、橙、藍、紫!
「ぎゃあああああああああ!」
色とりどりの発狂弾幕が後ろから迫って来た!
飛んで回避できるものなのか、いや、中避けは不可能、逃げるしかない!
我がレミリア様の紅色の紅魔郷が七倍に、七色の紅魔郷というべき代物が押し寄せてくる!
丸長弾が肩のすぐそばを通っていった。なんとか、グレイズ……。
羽ばたくペースを極限までに速くし、万一のために壁際に寄る。
息があがる。心臓が破裂しそう。
後ろからの弾が壁にぶつかっては炸裂し、どんどん複雑な弾幕を形成している。
もう後ろを見る余裕もない。一心不乱に羽を動かす。
下を見る。何やら瓶が置いてある。
眩い光と共に爆発した!
「う、うわ、うわわわ!」
魔理沙さんまで! グラウンドスターダストやめて!
視界にある瓶は……一、二、三、同時に来る!
次に次に起こる爆発を左、右、左とちょん避け!
そして左後方より粒弾が接近! もう一度右にちょん! 危なかった。
後ろから弾が続々と追い抜き始める。振り向く。まさに生と死の境界レベル。私、安地作れません!
敢えて立ち止まり、気合除けをするか。いや、この弾幕はスコアラーでも決めボムレベル!
ならば決めボムをするか。いや、私はスペルカードを持っていない!
弾幕にダッシュで突っ込んでグレイズか。いや、霊力が切れてガード不能に陥る!
それなら……!
「通常攻撃、泡の壁!」
泡弾を後方に向けてこれでもかと敷き詰めて放った。
弾と弾との相殺が起こり、追ってくる弾を少しでも減らした。
何とかなった。そう思って前を見ると。
巻物が浮いている。
デジャブ。まさか、図書館の迎撃魔導書と同じ仕組みなのか。
通り過ぎた瞬間に、小弾を連射してきた。
しかし全て自機狙い、高速飛行を続けるだけでかわせてしまう。
と、思いきや目の前に弾道が一つ、二つ、三つと増え続ける。
7way、9way、11way、13way、15way……
目と鼻の先にまで小弾ワインダーが迫っている。
一定に! 一定の速度で飛んでいれば大丈夫なはず!
がりがり、がりがりがりと続々と弾が羽にかすっていく。
爆発する音が聞こえる。弾が天井にぶつかり、弾ける音が聞こえる。
下を見ればまたもや小瓶! 後ろは押し寄せるランダム弾! 私を囲むは自機狙い!
そして前を見れば、大量の巻物がレーザーの準備をしていた。
「もう無理、もう無理! やられる! やられてボムアイテム落としちゃう!」
「小悪魔……ん、魔理沙はどうしたの?」
「ああ、パチュリー様! 早く撃ってください! お願いですから! お願いですからー!」
巻物の予告線と予告線の間に素早く割り込む。
びりびりと空気が震え、青い光線が発射される。
左右をレーザーに囲まれてしまった。
たった今気づいてしまった。
もう一つ、真正面の巻物が泡弾を連射している!
「当たる当たる当たる!」
「スペルカード、本当に使っていいのかしら?」
「いいんです! お願いですから! お願いですからー!」
できることなら止まりたい。下がりたい。
しかし自機狙いに囲まれてるため、高速飛行を続けないといけない。
このままでは、泡弾めがけてまっしぐら。
三メートル、二メートル、一メートル!
どんどん泡弾が視界を埋めていく!
「もう駄目、駄目ええええ!」
「日符、ロイヤルフレア」
宣言した瞬間、真っ赤な光が辺りを包んだ。
助かった、これでやっと!
しかし安心したのもつかの間。
「あちあちあちちちちちち!」
「だからいいのかって確認したんだけど……弾は消せたわね。水符、プリンセスウンディネ」
私が無防備なのを忘れていた。あう、消化活動ありがとうございます……。
何はともあれ、巻物は全焼却、小瓶も誘爆。助かった。ああ、助かった。
「平安時代から、弾幕自体はあったのね。興味深いわ」
「ぜぇ、ぜぇ……私はしばらく弾幕ごっこは嫌です……」
「何にせよ、よくがんばったわ。さ、おろして頂戴」
ロープを解いてパチュリー様を地面に降ろした。
何だかんだで、眠気覚ましの効果はあったのだ。
「小悪魔、見て」
パチュリー様が先を指差した。
洞窟は曲がり角になっていて……光が見える。
「どうやら、外に繋がっているみたいね」
これだけ歩いて、外に? どういうことだろうか。
何はともあれ、洞窟とはおさらばである。
壮絶な罠をくぐりぬけたら次にあるのは……。
私のお宝センサーがびんびん言ってる。
もうすぐ目にすることができると。
洞窟を出ようとすると、魔理沙さんが帰ってきた。
「ちょっと魔理沙。どうしたのよ」
「なんだ、二人とも起きてるじゃないか。送りに行こうと、思ってたのに」
よく見ると、魔理沙さんの服にはあちこち傷ができており、
魔理沙さん自身にもあざになっているところがあった。
「魔理沙さん……どうしたんですか?」
「いいんだ。ほっといてくれ。あー屈辱だ。お二人さん、先にいくなら気をつけな」
「魔理沙……何があったの?」
「すまん、もう、話すことすら嫌だ。ちょっと一人にさせてくれ」
そう言って、外に出てどこかへ飛んでいってしまった。
パチュリー様と私は顔を見合わせた。
「どうやら、もう一波乱あるようね」
「ここで引き下がるわけには、いきませんよね」
「当たり前。さあ、行きましょう」
洞窟を抜ける。出口に差し込んでいたのは、月明かりであった。
満月は空高くに昇っていて、天一杯に星がきらめいていた。
「どこかで見たことある景色、ね」
「そうですか?」
ちょっとした雑木林のようであった。
しかし、乱雑に木々が生い茂っているのではない。
植物の一本一本が、美しく並置されていると共に、見事に手入れされていた。
「やはり、あなた達も来ましたね」
暗闇の中に、浮かび上がる人が、待ち構えていた。
想像だにしていなかった人物が、月の光に照らされていた。
「お宝と称して、搾取するつもり、ですよね?」
揺れる赤髪、すらりとしたボディライン。しかしいつもの穏やかな表情は無い。
冷たい怒りが滲み出た顔であった。
「美鈴……あなた、どうしてここに!」
「私の物を、守るためですよ」
「美鈴さん、独り占めする気なんですか?」
「私以外の人に見せたら、どうなってしまうか……」
「言ってる意味がさっぱりね。まずはそれを見せてから話しましょう?」
「パチュリー様も、小悪魔さんも、あれを見ただけで人が変わるかもしれません!」
なぜここにいるのか。なぜ行く手を塞ごうとするのか。
あまりに強い意志。どうしてそんな風に思ってしまうのだろう。
きっと美鈴さんにも事情があるはずだ。
だけれど。だけれど、私達だって、食い下がれない。
美鈴さんが続けて、冷たく、言い放った。
「お引取り、願います」
「嫌だ、と言ったら?」
美鈴さんが不敵に微笑んだ。
「弾幕勝負」
美鈴さんが右手を高く掲げた。スペルカード宣言しようとしている。
私は頭で考えるより先に、パチュリー様の前に出ていた。
「小悪魔!? 駄目よ。いくらなんでもあなたに美鈴は無理!」
「勝算はありますよ」
「今日の私は一味違いますよ。彩符、彩光乱舞!」
宣言したと同時に、私も右手を高く掲げる。
冗談半分で持ってきた、最後のアイテムだ。
「さあさあ! これを見てください!」
「こ、小悪魔さん! それは……咲夜さん印のナイフ!」
「どうです? ほら、どうです、美鈴さん!」
掲げながら、じりじりと美鈴さんに、にじり寄る。
きっとナイフは彼女のトラウマとなっているはずだ。
ここは譲れない勝負である。何としても勝たねばならぬ。
「ナイフ……うう、どうすれば……」
「美鈴さん、どうしました? 撃たないんです?」
「ん、ふあ……どう……すれば……」
美鈴さんは何も動こうとしない。何が起きたのだろうか。
異常事態か。美鈴さん、立ったまま動かなくなってしまいました。
ナイフを見せ付けたまま、近寄る。
肩を叩いても、返事がない。
「眠気覚ましに頼りすぎて、今日は一睡もしてなかったのね」
「昼からずっとがんばってて、とうとう耐えられなかったんですね」
決まり手は睡魔。立ちながら眠ってしまうとは。
さて。美鈴さんが気になるけれど、これを乗り越えたなら、後はもう。後はただ!
「小悪魔……よくがんばったわ」
「パチュリー様も……本当に」
「行きましょう。とうとう遺産にお目見えできるわ!」
「はい!」
結局今度は美鈴さんを負ぶって雑木林の奥地へ。
静かな夜。湖に月が映り、穏やかに揺れていた。
「見つけたわ」
「まさか……あれですか?」
月明かりに照らされた、黄金がある。
きらきらと乱反射し、白く、黄金色に、ふんわりと輝いている。
ただ、それは、ただの金ではなかった。
枝も、幹も、葉も、そして花でさえも、金だった。
金のなる木と呼べばいいのだろうか。金で出来た木と呼べばいいのだろうか。
まさしく、大天狗の宝は、この木だった。
金だから素晴らしいとか、そういう訳ではない。
そのしなやかで、優雅に描いた曲線と、金色との調和が、ただ美しかった。
月に照らされた金の花が、愛らしかった。
太い幹は堂々と、細い枝はしなやかに、一心に伸び、生きていた。
風が吹くたび、さわさわ、きんきんと鳴り響き、葉の金色がさわやかにきらめくのだった。
「パチュリー様、これ……」
「金の結晶とは、この種のことね。千年かかるのは、おそらく花開くまで」
「どう、しましょう……これ、どうしましょう!」
「美鈴と話しましょう。ほら、起きて、起きなさい」
パチュリー様が頬をつねっても、全く起きる気配がない。
どうしたものか。とりあえず地面に降ろし、ナイフでほっぺをつついてみた。
「ひっ咲夜さん……あれ、いない……ああ~! 二人とも、見ちゃったんですね……」
「そうよ。いけなかった?」
「だって、あれ見て、金をむしって取ろうって思いません?」
「私は、別に取ろうだなんて。パチュリー様は?」
「そうね……ねぇ、美鈴、質問を質問で返して悪いけど、まず、ここはどこかしら?」
「ここ? ここは紅魔館ですよ? 裏庭です」
なんということ。あれだけの道を進んで、ここが紅魔館。
ああ、素晴らしき無駄足。本日三回目の脱力。
「私達が来たのは、湖底トンネルだったようね。それで、あの木は何かしら?」
「あの木……ずっと前に私が見つけて、それで……」
「勝手に自分の物と思いこんだわけ?」
「それだけじゃないんです。 仕事に暇ができたら、裏庭に来て、ずっと世話をしてたんです。
あの子、金で出来てるから、よこしまな考えを持った人に、意地悪されないか、いつも心配で……」
「確かに、根こそぎ切るような人もいるかもしれないわね」
そのパチュリー様の言葉に、美鈴さんは悲しそうに笑った。
そしてその笑みですら、消えてしまった。美鈴さんの握る拳に、力が入った。
「あの子、きれいじゃないですか。それなのにそんな事、嫌ですよ。
それに今日、やっとですよ? やっと満開になったんです。ずっとずっと、つぼみだったんですよ?」
「ひょっとして美鈴さん、お昼寝の原因はこれだったんですか?」
「すみません。だって、昼は門番で、お世話する時間が無くて。でも夜、こっそりこの子に会うのが私の唯一の楽しみで……」
「美鈴、残念な話だけど……」
パチュリー様が、この木はどうやら大天狗の遺産であることを説明し始めた。
しかしおそらく、育ての親は美鈴さん。
きっと愛情こめてお世話したに違いないのに。
「そうだったんですか。大天狗さんの、遺産、だったんですね……」
「遺書の最後には、『幻想郷に住む者の皆が、宝を享受する機会を与えたい』、そう書いてあったわ。
ねえ、あなた一人のものにするんじゃなくて、皆に分けるべきものじゃないのかしら?」
「そんな……嫌です! 切ったりするんですか? 駄目ですよ、そんなこと、力尽くでも触れさせません!」
「パチュリー様、いくらなんでもそうするのはやはり……」
「だけどね。死者の思いは丁重に扱わないといけないと思うの。残念だけど、そうするしか無いわ」
そうするしか、無いのだろうか。
この金花を享受するには、本当に切り、他の人に与えなければならないのだろうか。
こんなに、美しいのに。こんなに、大切にされたのに。
「待ってください、パチュリー様。もうひとつ、皆の物にする方法があります」
「何かしら」
「美鈴さん、今までずっとがんばってこの金の花を咲かせたんですよね?」
「えっと、はい。それは自信を持って言えますよ。うれしかったんです。やっと咲いて、それがすっごく綺麗で」
美鈴さんが今まで見せたことの無いような明るく、穏やかな笑顔になった。
よっぽど嬉しかったんだろうな。
「喜びを一人で抱え込むんじゃなくて、皆で共有するんですよ!」
「どういうこと、小悪魔?」
「つまりですね――」
紅魔館の裏庭。今日は世にも珍しいお花見と称して、紅茶飲み会が行われていた。
美鈴さんはこの花を育て続けたとして、烏天狗からインタビューの嵐。
咲夜さんは、美鈴さんの昼寝の原因が分かって一安心。
シフトを変えて、昼でも裏庭に行ける日を作ったとか。
太陽の暖かい光を受けて、あの金の花は活気よく輝いていた。
そしてそれを見た者は口々に、感嘆のため息を漏らすのであった。
「思ったより、騒ぎにならなくて良かったです。金を持ってこうとする人が出てきたりして」
「物質的価値観より、美的価値観を重視する者が幻想郷には多いから、じゃあないかしら」
「なるほどなあ。大天狗さんも、きっと喜んでますよね」
空を見上げる。昨日と変わらず、快晴だった。
風が一吹き、金の葉が、きらきらきんきんとささやいた。
「何もかも、ハッピーエンド、ですね」
「そうとも言えないわ。さっき今日の新聞を貰ったんだけど、ほら」
「どれどれ?」
「霧雨魔理沙氏、第八代目大天狗様の書の解読に成功」
「あちゃ、金一封の事、すっかり忘れてました」
「本当、ちゃっかりしてるわよね。でも彼女は人間だから、仕方ないのかもね」
微笑みながら、カップに入った紅茶を見る。
日の光が反射し、紅色の波が揺れている。
それがあんまり綺麗で、私は紅茶を飲むことができなかった。
冒険もののゴールが近所の庭先だと、やはりがっくりきてしまいます
そんな自分に残念。
精進あるのみ、とは思うけれど如何にすべきか。上達目指すスレのお世話になろうかな。
>>2
気づかれた方がいて嬉しいです。ありがとごじます。
妙に小ネタをちりばめるのが好きでして。
>>3
咲夜さんはよく、ヒステリックだったり冷たく描かれたりする事が多いけれど
こういう感じに瀟洒だと思うのですよ。
ああ、でも花映塚の件があるしなあ。でも少々ぽやっとした色を混ぜて
寒色の青からせめて黄緑くらいにしてあげたいのですよ。
>>8
鋭いご指摘。ありがとうございます。
しかしこの話には外せないところではあった。
身近に幸せって転がってるんだぜ! という文をちりばめたほうが良かったかもしれないですね。
うーん、弱小作家としてまだまだ暫くしぶとく生きていこう。
一人でも楽しめた方がいるなら、素晴らしいことだと思いたいなあ。