草木起きだす朝早く、紅魔館の門前に、体操から一日が始まる少女在り。
紅魔館にその人在りと知られる私、紅美鈴である。
武術に精通し、万人を退けるその手腕は、正に門番の鏡なのではないだろうか。
その実績はメイド長も高く評価してくれており、
「美鈴、朝食の時間よ」
と、このように、わざわざ門まで呼びにきて下さるほどなのである。
さぁ、私の今日が始まる。
グッと伸ばした両手を下ろして、笑顔で咲夜さんにご挨拶をしよう。
そう思って振り返った私の前に居たのは、私だった。
朝の紅魔館食堂は、いつもパートの妖精達でごった返す。
悪魔の棲家なれど料理のレパートリーは豊富で、何を食べるか迷うものも少なくない。
ラインが一つしかないのも問題だ。回転効率が悪い事この上ない。
今日も多分に漏れず、トレーを持ったメイドがずらりと並んでいた。
……何かおかしい。
本来ならば、様々な妖精の色とりどりの頭髪が、紅い室内に鮮やかに映える。
だが今日の食堂は、紅い部屋に紅い髪。紅一色だった。頭髪の規制でもできたのだろうか。
疑念は絶えぬが、まずは朝食を取らねばならない。そろそろ勤務時間だ。
トレーを持って最後尾に着いた私の鼻先を、前に並ぶ妖精の長い髪が風に踊って、くすぐった。
「ふぁ……クシュンッ!」
思わず出てしまったくしゃみに、並んでいた妖精たちが一斉に振り向いた。
……全部、私だった。衣服こそメイド服姿なれど、顔は私である。
言ってみれば、百一匹紅美鈴大行進。一体何が起きているのだろうか。
当人からしてみれば、軽くホラーである。
「お嬢様、朝食はいかがなさいますか」
咲夜さんの声が、階上から聞こえてきた。
今朝は珍しくお嬢様が起きてらっしゃるようだ。
夜型の生活を送っているお嬢様は、普段は夕方か、早くても昼過ぎまでお休みになられている。
朝から起きているという事は、神社にでも出かけられるのだろうか。
「折角起きたんだし、貰おうかしら。キンキンに冷えたのでよろしく」
「かしこまりました」
大きな欠伸を片手で覆いながら、お嬢様は咲夜さんを脇に控えて降りて来られた。
……あぁ、ある程度覚悟はしていたけど、やっぱり顔は私なんだなぁ。
周りのメイドバージョン私が、一斉に立ち上がってお嬢様バージョン私に挨拶をしている。
気は進まないけど、私もやらないといけないのだろう。――何で自分に挨拶しないといけないのだろうか。訳が分からない。世の中は不条理に満ちている。
朝食後、やはり神社にお出かけになられるお嬢様と、お付の咲夜さんをお見送りして、私はそのまま門の警護の任に就く。
今日の天候は曇り。お嬢様にとっては大変過ごしやすい日だ。
そして、そんな日を狙ってやって来る者もいるのである。
黒い魔女帽子に黒い衣服を纏い、今まさに愛用の箒で頭上を通り過ぎようとしている彼女、霧雨魔理沙こそがその筆頭だ。と言うか、唯一だろう。
「こらーッ、入るなーッ」
「なんだよ、どうせレミリアは居ないんだろ? 多少サボってもバレやしないって」
大人しく降りてきてはくれたが、案の定、私の顔をした彼女は堂々と言い切った。盗人猛々しいとは彼女の為にある言葉ではなかろうか。
しかし、何と言われようと通す訳にはいかない。
私は門であり、門とは内と外を分ける物だ。分別の出来る子なのである。
勤務時間中は、私は紅美鈴ではなく、門美鈴であるとすら言い切れるかもしれない。
「引かぬとあらば、実力行使だ!」
「端っからそのつもりだぜ!」
言うが早いか、魔理沙は高速でショットを放ってきた。
しかし私とて、幾度となく対峙してきた経験がある。
そこらの妖精ならいざ知らず、武術を極めしこの紅美鈴、何度も同じ手は食うものか。
彼女のショットは高速だが、直線でしか撃てない仕様。軸を外せば当たらないし、変則的な動きにも対処し切れない。
大地をしっかりと踏みしめ、反復横跳びのジグザグ走法で彼女に肉薄する。
射撃戦なら劣れども、肉弾戦ならば負ける気は毛頭ない。
彼女は私の予想外の動きに慌てて撃つ方向を変えてきたが、到底間に合うべくもない。
二足、一足、あと半歩――!
手が届こうかというその刹那、咄嗟にバックステップ、続く後転で間合いを取る。……思わず舌打ちが漏れる。
左手からレーザーを放つその影で、魔理沙は懐からそれを抜き出していた。
八角柱の魔力炉、魔理沙の切り札。そう、ミニ八卦炉である。
アレこそが彼女に侵入を容易たらしめている原因だ。
一撃で相手を戦闘不能に追い込む、正に必殺、正に切り札。
……しかし、逆に言えば、アレをこそ封じられたなら、必ずや勝機はあるはず!
右足を高く上げ、目の前の地面を叩きつけるように踏み込む。
接地、直ぐに両手で膝を打ち、気を流し込む。
ボッ、と大きな砂煙が上がった。これで少しは目くらましになるだろう。
同時に私も彼女の動作が見えなくなるが、メリットの方が大きい。
すぐ左に、レーザーが走った。私の姿が見えるはずがない。無闇に放ったのか、それとも――。
本能的に左前方に駆け出す。五割の賭けだが、思った通り、左側はレーザーが雨あられと打ち込まれていた。
かつてないほどの弾幕量。だからこそ、余計に自分を信じられる。
――こっちは、ダミーだ――。
頬を、肩を、腿を、レーザーが掠めていく。
直撃したらたまったものではないが、それでも私は間一髪で避けながら進む。
舐めないで頂きたい。格闘戦において、重要なのは動体視力。
数多の防衛で研鑽を積んできた私は、動体視力にこそ秀でていると言えよう。ならばこの程度、凌いでみせる――!
弾幕は尚一層激しさを増し、撃ち納めとばかりに降り注ぐ。
足は構わない。左手も構わない。多少の被弾は、むしろ致命傷を防ぐ。
この右手のみ、狙い澄ましたカウンターさえ入れられれば、後は野となろうが山となろうが構わない。
その私の決意を試すかのように、星型弾が左手に直撃する。痺れて力が入らない。
……上等。そのお陰で、二歩は進めた。魔理沙まで、もう後十歩もないだろう。
そろそろだ。これだけ撃てば、体力的に彼女にも後はあるまい。そろそろ決めてくるはず。
――瞬間、大気が震えた。
魔砲と異名を取る魔力の渦が、砂塵を吹き飛ばしながら耳元を閃いていった。耳の奥が唸り、脳が焼けそうになる。
当たらずともこの熱量、この威力。背筋が震える。その震えは恐れか、武者震いか。
だが、そんな事に感ける余裕はない。視界は晴れ、目前には未だ魔力を放出し続ける標的の姿。
やはり、弾幕は切り札への誘導か――!
足の裏に力を込め、地を、気を蹴る。十歩? とんでもない。この程度の距離、一足で届く。
身を低く、足を折り畳んで彼女の懐に入る。
魔理沙は目を大きく見開いて私を見下ろしていた。気付くのが遅い。これで、チェックメイトだ――。
「華符『破山砲』!」
放つ右手は高らかに、そして力強く。
魔理沙は仰け反りながら、放物線を描いてゆっくりと飛んで行く。まるで、スローモーションだった。
その手からは、依然として星やレーザーが放出されており、彼女の軌道に従って縦横に走っていた。
――そして、最後の一筋がその手から放たれ――あぁ、彼女のスペルが、終わる。私は遂に、彼女の魔砲を打ち破ったのだ。
彼女を破った私に、周囲に飛散する弾幕が、その姿をアイテムに変えて降り注ぐ。まるで、勝利を祝う花吹雪のように。
その幾百、幾千の花吹雪も、よく見るとやっぱり私だった。
「うおおおぉぉぉっ!? アイテムまで私かあああぁぁぁっ!」
なんか全方位から肘とか頭とかが当たって、大変痛い。
流石は私、武術の達人。肉弾戦ならお手の物だ。
しかし、体当たりを食らった後に吸収してしまう辺り、やはりアイテムなんだなぁなんて、顔を青痣だらけにしながら思ってしまう。
アイテムだから集まってくるのは仕方ないよね、うん。でも涙が出ちゃう。だって、女の子なんだもの。 みつを
そして、最後の一人に跳び膝蹴りを食らわされてから吸収した後、点数が規定に達したのだろう。エクステンドした。
つまり、また私が一人増えたのだ。そしてその残機の私さえも、勢いよくダッシュしながら肘鉄を食らわせてきた。このアンディ紅美鈴め。
「いてて……いいパンチだったぜ……って、何でお前がボコボコになってるんだ?」
「女の子なんだもの」
「意味が分からんぜ」
「それは私のセリフだ!」
夕食後、咲夜さんの部屋を訪ねて聞いてみる事にした。
何故誰もこんな大異変を前にして、何も言わないのだろうかと。
「言われてみれば……みんな美鈴の顔をしているわね。あぁ、確か巫女も美鈴の顔をしていたような気がするわ」
「その時点で気付きましょうよ……」
がっくりと肩を落としながら、ついでに少し呆れながら愚痴る。
と言うか、これはその程度の、取るに足らない事なのだろうか。聞いた感じでは、巫女も動き出す様子はないようだ。
「もしかしたら、これはユビキタス社会という物かもしれないわね」
「指……何です、それ?」
「ユビキタスは、偏在するという意味よ。つまり、どこにでも存在するって意味」
腕組みをしたまま、咲夜さんは大真面目に続けた。
内容から察するに、どう考えてもダメな方向にしか転びそうにない話だった。
「例え話をするとね、朝起きて窓を開けると朝日から美鈴が降り注ぎ、顔を洗おうと蛇口を捻ると美鈴が溢れ出し、菜園の野菜に水をやると美鈴が咲くのよ」
「うわぁ……」
まごう事なきダメな話だった。
朝日から降り注ぐ私は、爽やかに一日の始まりを告げるのだろうか。
蛇口から溢れ出す私は、冷たくて確りと目を覚まさせるのだろうか。
朝一で収穫された私は、新鮮で歯応えもシャキシャキなのだろうか。
「でも私としては、お嬢様も欲しいところね。
窓を開けると朝日から美鈴とお嬢様が降り注ぎ、蛇口を捻ると美鈴とお嬢様が溢れ出し、野菜に水をやると美鈴とお嬢様が咲くや」
えらい事になってきた。もうめちゃくちゃだ。いや、もうくちゃくちゃだ。
しかし、咲夜さんは割りとノリノリだ。メイドと言えばロック、ロックと言えばノリノリ。だからこれは、必然なのかもしれない。
「ところがどっこい、それだけじゃ男女不平等だと騒ぐ人もいるかもしれない。
だから、朝日からは美鈴とお嬢様と香霖堂店主が爽やかに微笑みながら降り注ぎ、蛇口を捻ると美鈴とお嬢様と香霖堂店主が身を捩りながら溢れ出し、野菜に水をやると美鈴とお嬢様と香霖堂店主が世を謳歌しながら咲くのよ」
「幸せって何だろう」
私が何か悪い事をしたのだろうか。いや、していないはずだ。
私は毎日真面目に、いやまぁ時々息抜きをしたりしてるけど、まぁ概ね真面目に働いているだけなのだ。何故こんな仕打ちを受けねばならないのだろう。
恨むべくは神か仏か。取りあえず、神社の巫女を恨んでおくとしよう。
「と言うか咲夜さん、途中から他に色々混ざってるじゃないですか。今起きている問題は、私が氾濫してる事なんですよ」
「そうね……じゃあ野生の妖怪をボールで拿捕していくゲームで考えてみましょうか」
ポン、と手を合わせ、あたかも名案を思いついたかのように話すメイド長。
あぁ、どうしてこの家の人はこうなんだろう。もう少し私の話を聞いてくれてもいいのに。
……まぁ、その、キラキラと輝いている瞳は、純真無垢で可愛いのかもしれない。
「トレーナーの美鈴が美鈴を投げて、その中から美鈴が出てくるって訳ね。あなた、マトリョーシカなの?」
「ちゃうわ!」
純真無垢って、結構怖い。思った事をそのまま言っちゃうから。
そして、ツッコミ体質って、かなり怖い。相手が誰だろうと、思わずツッコミを入れちゃうから。
右手で咲夜さんの後頭部をスパカーンとかましてしまったまま、血の気が引いた顔で私は固まっていた。
へるぷ。ぷりーずへるぷみー。地球育ちのサイヤ人でも素手でモビルスーツを壊すお爺ちゃんでも媚びたり引いたり省みたりしない人でも、とにかく誰でもいいからへるぷ。
「……美鈴……覚悟は、いいわね?」
「いや、その、ま、待って下さい! これには訳があるんですよ!」
「ふぅん? 言い訳くらいは聞いてあげるわ」
「実はですね」
「極刑」
「聞いてー! 訳を聞いてー!」
正に問答無用と言わんばかりに、咲夜さんはいつものように懐からナイフを出して投擲しようとして――投げてきたのは、やっぱり私だった。
どこに入っていたのか分からないが、私が十重二十重に投げられている。と言うか、面前に迫ってきている。
しかし私とて、幾度となく対峙してきた経験がある。
そこらの妖精ならいざ知らず、武術を極めしこの紅美鈴、何度も同じ手は食うものか。
「甘いッ!」
華麗にブロッキング……したはずなのだが、私と私がごっつんこ。見事に頭部に命中していた。
思えば、何度も食らっているのはナイフで、私が飛んできたのなんて初めてだ。そりゃあ無理ですよね。そして金輪際起こってほしくはない。
しかし妙な感覚がする。倒れている位置が、先ほどと少し違っているのだ。
先ほどまで私が居た位置には、やはり私の姿。これは、まさか。
「お、お互いに頭をぶつけたから、意識がすり替わってしまった!?」
「な――ッ! わ、私が居る!?」
倒れていた私も驚愕している。間違いない。
これは『お前が俺で、俺がお前で』という嬉し恥ずかしイベント……ッ!
これから私は、紅美鈴として生きていかなければならないのだ。あぁ、どうしよう。
「あなた達、入れ替わっても同じじゃない」
冷たい声が、場の熱を急速に冷ます。
咲夜さんが目を細めて、さも馬鹿にした様子でこちらを見ていた。
言っている事は正論なのだが、どうもこう、盛り上がっている所に水を差されるのは好ましくない。なので。
「言ってはいけない事をアッサリと! 空気読め!」
「そうだそうだ! 空気読め!」
詰まるところ、我々の選択は労働者連合のストライキである。
湧き上がる現場の生の声に、労働監督はと言うと。
「ターゲットロック、排除開始」
再び両手に私を構えて、殺人マシーンと化していました。
さすが殺人鬼。毒を以って毒を制すってヤツですね!
しかし、その選択は早計であると言わざるを得まい。
私に私をぶつけたら、意識が入れ替わるのは歴史が証明済み。
つまり、現場の声が四人に増えるのみである。
それだけではない。人手が増えた事で、役割分担が可能になるのだ。
二人は抗議を、残る二人は壁や天井に刺さったままの私を救助に向う。
投げられて、壁から引っこ抜かれて、果敢にもメイド長に立ち向かうその様は、正に愛のうたであった。
「それ行けやれ行け紅美鈴! 狙うは紅魔、スカーレット! 今こそ二束三文下っ端妖怪の数の力を思い知らせる時よ!」
ナイフのない咲夜さんなんて怖くも何ともない。数人がかりで手足を押さえつけ、衣服を剥ぎ、チャイナ服を着せてみろ。新たな紅美鈴の誕生だ。
我々はまた新たな同士を迎えたのだ。
さぁ、主の部屋はすぐそこだ。ヤツはどうしている? 部屋の隅でガタガタ震えているのか? 今となっては惨めなカリスマを胸に、威風堂々と待ち受けているのか?
問題ない。そんな事は些事、どちらにせよ五分もすれば結果は同じだ。
どうせヤツも顔は私と同じ。大人しく数に溺れるがいい――!
物々しくも厳かな装飾の施されたドアを、文字通り蹴破る。
主人の部屋だろうが何だろうが、関係ない。現主人であっても、明日の主人ではないのだから。
さぁ、出て来いスカーレット。個体の戦闘力が、戦力の決定的差でない事を教えてやる!
「あら、門番じゃない」
「その首、貰ったッ!」
言葉を紡ぐ暇すら与えはしない。先手必勝、中国四千年の戦術をもマスターしている私に、たかだか数百年程度の吸血鬼風情が勝てると思ったか!
二桁に及ぶ私が、一斉に飛びかかる。レミリアは何か言っていたようだが、聞く耳なんて持たない。敗者は無様に地を這うのみだ。
初撃、上半身を狙った右からの蹴撃は羽に防がれる。
間髪入れずに、顔と腹部への同時攻撃。が、それも右手と足に防がれた。
すかさずそこへ足払い。更に背後からは頭頂部への踵落とし。
レミリアは背後に気を取られたせいか、足元がお留守だったようだ。前のめりに倒れこむ。
組み敷いてしまえばこちらのもの。さぁ、その衣服を剥ぎ取ってやる。
服さえ変われば、ホラ、やっぱり紅美鈴だ。もはやここの主は、紅美鈴、そう、私なのだ。
「フ、フフフ……遂にやった……この館は私のもの……幻想郷をこの手にするのも、そう遠くはないわね!」
「そこまでよ、門番」
「なッ! そ、その声はッ!」
そんなはずはない、彼女は今まさに沈めたはずだ。
この手に残る衣服の切れ端こそが、その証左。
レミリア・スカーレットは、寸刻前に消滅したのだ。
ならこの声は、頭上から響く、不遜で傲慢なこの声は、一体誰のものだと言うのだ。
私が、一斉に上を見上げる。
満月に照らされた階段の上、バルコニーと繋がる踊り場に、消えたはずの主が、空中に膝を組んで座っていた。
――背後に、あの狂気の、妹様を控えて。
「中々楽しませてもらったよ。なァ、門番? 随分奮闘したようだが、お前が倒していい気になっていたのは、私の影武者よ。
顔が私に似ているだけの、――ただの紅美鈴」
「いやだから、アンタも顔同じだって」
おもむろに訂正してみるが、彼女は悦に入っているのか、聞こうともしていなかった。
影武者の後に登場するという今のシチュエーションが、いたくお気に入りらしい。
胸の前で左手の甲の上に右手の肘を置き、その右手の甲は口元に当てるという変則的な腕組みをしたまま、彼女は恍惚と目を閉じていた。
「まぁ、楽しめはしたけれど――主人への叛意は見逃せんなァ?」
「なら……どうされるおつもりで?」
「知れた事……極刑よ!」
カッ、と目を見開き、背中の翼を広げる。
その紅い眸が私を射抜き、その漆黒の大きな翼が私を威嚇する。
対峙するだけでこの威圧感。顔が私でなければ、萎縮して戦意すら霧散していただろう。
背後の妹様も、既に四人に増えている。
禁忌『フォーオブアカインド』――ただし、顔はやっぱり私だけど。
「さぁ、誰から墓標を立てて欲しい? 立てて欲しいやつは前に出ろッ!」
大きく振りかぶったレミリアのその手には、紅い槍、紅美鈴が握られている。
あぁ、どっちかと言うと、私の方がマイハートブレイク。
大丈夫だ、どうせ効きはしない。戦力的にも性能的にも、私たちに負ける要素なんてない。
姉妹揃って出てきてくれたのは、手間が省けてむしろ好都合だ。
――さぁ、行こう、輩よ。我々は自らの手で明日を掴むのだ。
「ファイナルラウンドだッ!」
「――と言うのがストーリーです」
台本から衣装設定、細かな背景や製作スケジュールを記した資料の山の向こうに、にこやかな天狗の姿があった。
対する相手は、山の頂上の一枚を手に取って、しげしげと眺めた。
A4サイズの紙に『天狗新聞社協賛』と大々的に銘打ったそれは、広告であると言う。
……半分に折って、更に半分に折って、開いた紙を折り込んでいく。
飛行機の形になったそれを、ツイ、と右手で軽く押し出してみる。
紙飛行機は、折り方が悪かったのか、地面に急降下、墜落の一途を辿った。
「天狗と河童が共同で開発した映写機、ねぇ……」
「えぇ。幻想郷は娯楽が少ないですから、間違いなく大ヒットしますよ」
墜落した紙飛行機を前にして、天狗はやはりにこやかにのたまった。
その、どこか作為的な笑顔に一瞥を投げて、小さく溜息を漏らす。
「却下」
「あや。宜しければ、理由をお伺いしていいですか?」
もう一度台本を手に取り、キャストを見て、再び嘆息して。
パチュリーは当然のように言い放った。
「私が居ないじゃない」
(了)
紅魔館にその人在りと知られる私、紅美鈴である。
武術に精通し、万人を退けるその手腕は、正に門番の鏡なのではないだろうか。
その実績はメイド長も高く評価してくれており、
「美鈴、朝食の時間よ」
と、このように、わざわざ門まで呼びにきて下さるほどなのである。
さぁ、私の今日が始まる。
グッと伸ばした両手を下ろして、笑顔で咲夜さんにご挨拶をしよう。
そう思って振り返った私の前に居たのは、私だった。
朝の紅魔館食堂は、いつもパートの妖精達でごった返す。
悪魔の棲家なれど料理のレパートリーは豊富で、何を食べるか迷うものも少なくない。
ラインが一つしかないのも問題だ。回転効率が悪い事この上ない。
今日も多分に漏れず、トレーを持ったメイドがずらりと並んでいた。
……何かおかしい。
本来ならば、様々な妖精の色とりどりの頭髪が、紅い室内に鮮やかに映える。
だが今日の食堂は、紅い部屋に紅い髪。紅一色だった。頭髪の規制でもできたのだろうか。
疑念は絶えぬが、まずは朝食を取らねばならない。そろそろ勤務時間だ。
トレーを持って最後尾に着いた私の鼻先を、前に並ぶ妖精の長い髪が風に踊って、くすぐった。
「ふぁ……クシュンッ!」
思わず出てしまったくしゃみに、並んでいた妖精たちが一斉に振り向いた。
……全部、私だった。衣服こそメイド服姿なれど、顔は私である。
言ってみれば、百一匹紅美鈴大行進。一体何が起きているのだろうか。
当人からしてみれば、軽くホラーである。
「お嬢様、朝食はいかがなさいますか」
咲夜さんの声が、階上から聞こえてきた。
今朝は珍しくお嬢様が起きてらっしゃるようだ。
夜型の生活を送っているお嬢様は、普段は夕方か、早くても昼過ぎまでお休みになられている。
朝から起きているという事は、神社にでも出かけられるのだろうか。
「折角起きたんだし、貰おうかしら。キンキンに冷えたのでよろしく」
「かしこまりました」
大きな欠伸を片手で覆いながら、お嬢様は咲夜さんを脇に控えて降りて来られた。
……あぁ、ある程度覚悟はしていたけど、やっぱり顔は私なんだなぁ。
周りのメイドバージョン私が、一斉に立ち上がってお嬢様バージョン私に挨拶をしている。
気は進まないけど、私もやらないといけないのだろう。――何で自分に挨拶しないといけないのだろうか。訳が分からない。世の中は不条理に満ちている。
朝食後、やはり神社にお出かけになられるお嬢様と、お付の咲夜さんをお見送りして、私はそのまま門の警護の任に就く。
今日の天候は曇り。お嬢様にとっては大変過ごしやすい日だ。
そして、そんな日を狙ってやって来る者もいるのである。
黒い魔女帽子に黒い衣服を纏い、今まさに愛用の箒で頭上を通り過ぎようとしている彼女、霧雨魔理沙こそがその筆頭だ。と言うか、唯一だろう。
「こらーッ、入るなーッ」
「なんだよ、どうせレミリアは居ないんだろ? 多少サボってもバレやしないって」
大人しく降りてきてはくれたが、案の定、私の顔をした彼女は堂々と言い切った。盗人猛々しいとは彼女の為にある言葉ではなかろうか。
しかし、何と言われようと通す訳にはいかない。
私は門であり、門とは内と外を分ける物だ。分別の出来る子なのである。
勤務時間中は、私は紅美鈴ではなく、門美鈴であるとすら言い切れるかもしれない。
「引かぬとあらば、実力行使だ!」
「端っからそのつもりだぜ!」
言うが早いか、魔理沙は高速でショットを放ってきた。
しかし私とて、幾度となく対峙してきた経験がある。
そこらの妖精ならいざ知らず、武術を極めしこの紅美鈴、何度も同じ手は食うものか。
彼女のショットは高速だが、直線でしか撃てない仕様。軸を外せば当たらないし、変則的な動きにも対処し切れない。
大地をしっかりと踏みしめ、反復横跳びのジグザグ走法で彼女に肉薄する。
射撃戦なら劣れども、肉弾戦ならば負ける気は毛頭ない。
彼女は私の予想外の動きに慌てて撃つ方向を変えてきたが、到底間に合うべくもない。
二足、一足、あと半歩――!
手が届こうかというその刹那、咄嗟にバックステップ、続く後転で間合いを取る。……思わず舌打ちが漏れる。
左手からレーザーを放つその影で、魔理沙は懐からそれを抜き出していた。
八角柱の魔力炉、魔理沙の切り札。そう、ミニ八卦炉である。
アレこそが彼女に侵入を容易たらしめている原因だ。
一撃で相手を戦闘不能に追い込む、正に必殺、正に切り札。
……しかし、逆に言えば、アレをこそ封じられたなら、必ずや勝機はあるはず!
右足を高く上げ、目の前の地面を叩きつけるように踏み込む。
接地、直ぐに両手で膝を打ち、気を流し込む。
ボッ、と大きな砂煙が上がった。これで少しは目くらましになるだろう。
同時に私も彼女の動作が見えなくなるが、メリットの方が大きい。
すぐ左に、レーザーが走った。私の姿が見えるはずがない。無闇に放ったのか、それとも――。
本能的に左前方に駆け出す。五割の賭けだが、思った通り、左側はレーザーが雨あられと打ち込まれていた。
かつてないほどの弾幕量。だからこそ、余計に自分を信じられる。
――こっちは、ダミーだ――。
頬を、肩を、腿を、レーザーが掠めていく。
直撃したらたまったものではないが、それでも私は間一髪で避けながら進む。
舐めないで頂きたい。格闘戦において、重要なのは動体視力。
数多の防衛で研鑽を積んできた私は、動体視力にこそ秀でていると言えよう。ならばこの程度、凌いでみせる――!
弾幕は尚一層激しさを増し、撃ち納めとばかりに降り注ぐ。
足は構わない。左手も構わない。多少の被弾は、むしろ致命傷を防ぐ。
この右手のみ、狙い澄ましたカウンターさえ入れられれば、後は野となろうが山となろうが構わない。
その私の決意を試すかのように、星型弾が左手に直撃する。痺れて力が入らない。
……上等。そのお陰で、二歩は進めた。魔理沙まで、もう後十歩もないだろう。
そろそろだ。これだけ撃てば、体力的に彼女にも後はあるまい。そろそろ決めてくるはず。
――瞬間、大気が震えた。
魔砲と異名を取る魔力の渦が、砂塵を吹き飛ばしながら耳元を閃いていった。耳の奥が唸り、脳が焼けそうになる。
当たらずともこの熱量、この威力。背筋が震える。その震えは恐れか、武者震いか。
だが、そんな事に感ける余裕はない。視界は晴れ、目前には未だ魔力を放出し続ける標的の姿。
やはり、弾幕は切り札への誘導か――!
足の裏に力を込め、地を、気を蹴る。十歩? とんでもない。この程度の距離、一足で届く。
身を低く、足を折り畳んで彼女の懐に入る。
魔理沙は目を大きく見開いて私を見下ろしていた。気付くのが遅い。これで、チェックメイトだ――。
「華符『破山砲』!」
放つ右手は高らかに、そして力強く。
魔理沙は仰け反りながら、放物線を描いてゆっくりと飛んで行く。まるで、スローモーションだった。
その手からは、依然として星やレーザーが放出されており、彼女の軌道に従って縦横に走っていた。
――そして、最後の一筋がその手から放たれ――あぁ、彼女のスペルが、終わる。私は遂に、彼女の魔砲を打ち破ったのだ。
彼女を破った私に、周囲に飛散する弾幕が、その姿をアイテムに変えて降り注ぐ。まるで、勝利を祝う花吹雪のように。
その幾百、幾千の花吹雪も、よく見るとやっぱり私だった。
「うおおおぉぉぉっ!? アイテムまで私かあああぁぁぁっ!」
なんか全方位から肘とか頭とかが当たって、大変痛い。
流石は私、武術の達人。肉弾戦ならお手の物だ。
しかし、体当たりを食らった後に吸収してしまう辺り、やはりアイテムなんだなぁなんて、顔を青痣だらけにしながら思ってしまう。
アイテムだから集まってくるのは仕方ないよね、うん。でも涙が出ちゃう。だって、女の子なんだもの。 みつを
そして、最後の一人に跳び膝蹴りを食らわされてから吸収した後、点数が規定に達したのだろう。エクステンドした。
つまり、また私が一人増えたのだ。そしてその残機の私さえも、勢いよくダッシュしながら肘鉄を食らわせてきた。このアンディ紅美鈴め。
「いてて……いいパンチだったぜ……って、何でお前がボコボコになってるんだ?」
「女の子なんだもの」
「意味が分からんぜ」
「それは私のセリフだ!」
夕食後、咲夜さんの部屋を訪ねて聞いてみる事にした。
何故誰もこんな大異変を前にして、何も言わないのだろうかと。
「言われてみれば……みんな美鈴の顔をしているわね。あぁ、確か巫女も美鈴の顔をしていたような気がするわ」
「その時点で気付きましょうよ……」
がっくりと肩を落としながら、ついでに少し呆れながら愚痴る。
と言うか、これはその程度の、取るに足らない事なのだろうか。聞いた感じでは、巫女も動き出す様子はないようだ。
「もしかしたら、これはユビキタス社会という物かもしれないわね」
「指……何です、それ?」
「ユビキタスは、偏在するという意味よ。つまり、どこにでも存在するって意味」
腕組みをしたまま、咲夜さんは大真面目に続けた。
内容から察するに、どう考えてもダメな方向にしか転びそうにない話だった。
「例え話をするとね、朝起きて窓を開けると朝日から美鈴が降り注ぎ、顔を洗おうと蛇口を捻ると美鈴が溢れ出し、菜園の野菜に水をやると美鈴が咲くのよ」
「うわぁ……」
まごう事なきダメな話だった。
朝日から降り注ぐ私は、爽やかに一日の始まりを告げるのだろうか。
蛇口から溢れ出す私は、冷たくて確りと目を覚まさせるのだろうか。
朝一で収穫された私は、新鮮で歯応えもシャキシャキなのだろうか。
「でも私としては、お嬢様も欲しいところね。
窓を開けると朝日から美鈴とお嬢様が降り注ぎ、蛇口を捻ると美鈴とお嬢様が溢れ出し、野菜に水をやると美鈴とお嬢様が咲くや」
えらい事になってきた。もうめちゃくちゃだ。いや、もうくちゃくちゃだ。
しかし、咲夜さんは割りとノリノリだ。メイドと言えばロック、ロックと言えばノリノリ。だからこれは、必然なのかもしれない。
「ところがどっこい、それだけじゃ男女不平等だと騒ぐ人もいるかもしれない。
だから、朝日からは美鈴とお嬢様と香霖堂店主が爽やかに微笑みながら降り注ぎ、蛇口を捻ると美鈴とお嬢様と香霖堂店主が身を捩りながら溢れ出し、野菜に水をやると美鈴とお嬢様と香霖堂店主が世を謳歌しながら咲くのよ」
「幸せって何だろう」
私が何か悪い事をしたのだろうか。いや、していないはずだ。
私は毎日真面目に、いやまぁ時々息抜きをしたりしてるけど、まぁ概ね真面目に働いているだけなのだ。何故こんな仕打ちを受けねばならないのだろう。
恨むべくは神か仏か。取りあえず、神社の巫女を恨んでおくとしよう。
「と言うか咲夜さん、途中から他に色々混ざってるじゃないですか。今起きている問題は、私が氾濫してる事なんですよ」
「そうね……じゃあ野生の妖怪をボールで拿捕していくゲームで考えてみましょうか」
ポン、と手を合わせ、あたかも名案を思いついたかのように話すメイド長。
あぁ、どうしてこの家の人はこうなんだろう。もう少し私の話を聞いてくれてもいいのに。
……まぁ、その、キラキラと輝いている瞳は、純真無垢で可愛いのかもしれない。
「トレーナーの美鈴が美鈴を投げて、その中から美鈴が出てくるって訳ね。あなた、マトリョーシカなの?」
「ちゃうわ!」
純真無垢って、結構怖い。思った事をそのまま言っちゃうから。
そして、ツッコミ体質って、かなり怖い。相手が誰だろうと、思わずツッコミを入れちゃうから。
右手で咲夜さんの後頭部をスパカーンとかましてしまったまま、血の気が引いた顔で私は固まっていた。
へるぷ。ぷりーずへるぷみー。地球育ちのサイヤ人でも素手でモビルスーツを壊すお爺ちゃんでも媚びたり引いたり省みたりしない人でも、とにかく誰でもいいからへるぷ。
「……美鈴……覚悟は、いいわね?」
「いや、その、ま、待って下さい! これには訳があるんですよ!」
「ふぅん? 言い訳くらいは聞いてあげるわ」
「実はですね」
「極刑」
「聞いてー! 訳を聞いてー!」
正に問答無用と言わんばかりに、咲夜さんはいつものように懐からナイフを出して投擲しようとして――投げてきたのは、やっぱり私だった。
どこに入っていたのか分からないが、私が十重二十重に投げられている。と言うか、面前に迫ってきている。
しかし私とて、幾度となく対峙してきた経験がある。
そこらの妖精ならいざ知らず、武術を極めしこの紅美鈴、何度も同じ手は食うものか。
「甘いッ!」
華麗にブロッキング……したはずなのだが、私と私がごっつんこ。見事に頭部に命中していた。
思えば、何度も食らっているのはナイフで、私が飛んできたのなんて初めてだ。そりゃあ無理ですよね。そして金輪際起こってほしくはない。
しかし妙な感覚がする。倒れている位置が、先ほどと少し違っているのだ。
先ほどまで私が居た位置には、やはり私の姿。これは、まさか。
「お、お互いに頭をぶつけたから、意識がすり替わってしまった!?」
「な――ッ! わ、私が居る!?」
倒れていた私も驚愕している。間違いない。
これは『お前が俺で、俺がお前で』という嬉し恥ずかしイベント……ッ!
これから私は、紅美鈴として生きていかなければならないのだ。あぁ、どうしよう。
「あなた達、入れ替わっても同じじゃない」
冷たい声が、場の熱を急速に冷ます。
咲夜さんが目を細めて、さも馬鹿にした様子でこちらを見ていた。
言っている事は正論なのだが、どうもこう、盛り上がっている所に水を差されるのは好ましくない。なので。
「言ってはいけない事をアッサリと! 空気読め!」
「そうだそうだ! 空気読め!」
詰まるところ、我々の選択は労働者連合のストライキである。
湧き上がる現場の生の声に、労働監督はと言うと。
「ターゲットロック、排除開始」
再び両手に私を構えて、殺人マシーンと化していました。
さすが殺人鬼。毒を以って毒を制すってヤツですね!
しかし、その選択は早計であると言わざるを得まい。
私に私をぶつけたら、意識が入れ替わるのは歴史が証明済み。
つまり、現場の声が四人に増えるのみである。
それだけではない。人手が増えた事で、役割分担が可能になるのだ。
二人は抗議を、残る二人は壁や天井に刺さったままの私を救助に向う。
投げられて、壁から引っこ抜かれて、果敢にもメイド長に立ち向かうその様は、正に愛のうたであった。
「それ行けやれ行け紅美鈴! 狙うは紅魔、スカーレット! 今こそ二束三文下っ端妖怪の数の力を思い知らせる時よ!」
ナイフのない咲夜さんなんて怖くも何ともない。数人がかりで手足を押さえつけ、衣服を剥ぎ、チャイナ服を着せてみろ。新たな紅美鈴の誕生だ。
我々はまた新たな同士を迎えたのだ。
さぁ、主の部屋はすぐそこだ。ヤツはどうしている? 部屋の隅でガタガタ震えているのか? 今となっては惨めなカリスマを胸に、威風堂々と待ち受けているのか?
問題ない。そんな事は些事、どちらにせよ五分もすれば結果は同じだ。
どうせヤツも顔は私と同じ。大人しく数に溺れるがいい――!
物々しくも厳かな装飾の施されたドアを、文字通り蹴破る。
主人の部屋だろうが何だろうが、関係ない。現主人であっても、明日の主人ではないのだから。
さぁ、出て来いスカーレット。個体の戦闘力が、戦力の決定的差でない事を教えてやる!
「あら、門番じゃない」
「その首、貰ったッ!」
言葉を紡ぐ暇すら与えはしない。先手必勝、中国四千年の戦術をもマスターしている私に、たかだか数百年程度の吸血鬼風情が勝てると思ったか!
二桁に及ぶ私が、一斉に飛びかかる。レミリアは何か言っていたようだが、聞く耳なんて持たない。敗者は無様に地を這うのみだ。
初撃、上半身を狙った右からの蹴撃は羽に防がれる。
間髪入れずに、顔と腹部への同時攻撃。が、それも右手と足に防がれた。
すかさずそこへ足払い。更に背後からは頭頂部への踵落とし。
レミリアは背後に気を取られたせいか、足元がお留守だったようだ。前のめりに倒れこむ。
組み敷いてしまえばこちらのもの。さぁ、その衣服を剥ぎ取ってやる。
服さえ変われば、ホラ、やっぱり紅美鈴だ。もはやここの主は、紅美鈴、そう、私なのだ。
「フ、フフフ……遂にやった……この館は私のもの……幻想郷をこの手にするのも、そう遠くはないわね!」
「そこまでよ、門番」
「なッ! そ、その声はッ!」
そんなはずはない、彼女は今まさに沈めたはずだ。
この手に残る衣服の切れ端こそが、その証左。
レミリア・スカーレットは、寸刻前に消滅したのだ。
ならこの声は、頭上から響く、不遜で傲慢なこの声は、一体誰のものだと言うのだ。
私が、一斉に上を見上げる。
満月に照らされた階段の上、バルコニーと繋がる踊り場に、消えたはずの主が、空中に膝を組んで座っていた。
――背後に、あの狂気の、妹様を控えて。
「中々楽しませてもらったよ。なァ、門番? 随分奮闘したようだが、お前が倒していい気になっていたのは、私の影武者よ。
顔が私に似ているだけの、――ただの紅美鈴」
「いやだから、アンタも顔同じだって」
おもむろに訂正してみるが、彼女は悦に入っているのか、聞こうともしていなかった。
影武者の後に登場するという今のシチュエーションが、いたくお気に入りらしい。
胸の前で左手の甲の上に右手の肘を置き、その右手の甲は口元に当てるという変則的な腕組みをしたまま、彼女は恍惚と目を閉じていた。
「まぁ、楽しめはしたけれど――主人への叛意は見逃せんなァ?」
「なら……どうされるおつもりで?」
「知れた事……極刑よ!」
カッ、と目を見開き、背中の翼を広げる。
その紅い眸が私を射抜き、その漆黒の大きな翼が私を威嚇する。
対峙するだけでこの威圧感。顔が私でなければ、萎縮して戦意すら霧散していただろう。
背後の妹様も、既に四人に増えている。
禁忌『フォーオブアカインド』――ただし、顔はやっぱり私だけど。
「さぁ、誰から墓標を立てて欲しい? 立てて欲しいやつは前に出ろッ!」
大きく振りかぶったレミリアのその手には、紅い槍、紅美鈴が握られている。
あぁ、どっちかと言うと、私の方がマイハートブレイク。
大丈夫だ、どうせ効きはしない。戦力的にも性能的にも、私たちに負ける要素なんてない。
姉妹揃って出てきてくれたのは、手間が省けてむしろ好都合だ。
――さぁ、行こう、輩よ。我々は自らの手で明日を掴むのだ。
「ファイナルラウンドだッ!」
「――と言うのがストーリーです」
台本から衣装設定、細かな背景や製作スケジュールを記した資料の山の向こうに、にこやかな天狗の姿があった。
対する相手は、山の頂上の一枚を手に取って、しげしげと眺めた。
A4サイズの紙に『天狗新聞社協賛』と大々的に銘打ったそれは、広告であると言う。
……半分に折って、更に半分に折って、開いた紙を折り込んでいく。
飛行機の形になったそれを、ツイ、と右手で軽く押し出してみる。
紙飛行機は、折り方が悪かったのか、地面に急降下、墜落の一途を辿った。
「天狗と河童が共同で開発した映写機、ねぇ……」
「えぇ。幻想郷は娯楽が少ないですから、間違いなく大ヒットしますよ」
墜落した紙飛行機を前にして、天狗はやはりにこやかにのたまった。
その、どこか作為的な笑顔に一瞥を投げて、小さく溜息を漏らす。
「却下」
「あや。宜しければ、理由をお伺いしていいですか?」
もう一度台本を手に取り、キャストを見て、再び嘆息して。
パチュリーは当然のように言い放った。
「私が居ないじゃない」
(了)
あっ
魔理沙戦かっこよかった
オチがありがちなのが残念ですがね。
>>4
構成や文章が上手い人のカオスはこんなものでは……ッ!
>>5
最終的に、ミッションは失敗に終わりました。
>>9
気付かなかったと、最後まで気付かなかったと仰るのかッ!
でも私も気付きませんでした。わはー。
>>16
考えようによっては、弾幕すらも美鈴です。
もう全部美鈴です。どんなスペカも美鈴です。
……私にとっては、結構パラダイスな世界です。
>>17
やはり急造のオチはありがちになってしまいますね。
もうちょっと最後を練った方が良かったか。うーむ、精進します。