絶対に負ける訳にはいかなかった。
ううん。訳にはいかない、というのはちょっと違うかも知れない。例え今ここであいつに負けたとして、私があいつの下となったとして、それでもこの先の未来が破滅しかないという、そこ迄の事態にはならないって、そういう事は判ってる。あいつはあいつなりに、巧くここを治めてくれるだろう。だから私は、理屈の上では負けたって構わないのだ。戦いの道を選ばずに、この場で降服を宣言してしまっても構わないのだ。
でも。それでも。
私は戦うんだ。理屈じゃない。私の心が、土着神の頂点としての誇りが、あの蛇女に屈する事を頑なに拒んでいた。正義が我に在るとか何だとか、そんな小難しい事を言う心算は無い。私はただ、人の領分に土足で上がり込んで好き勝手してやろうという、力を以って欲しい物を手に入れようという、そんなあいつの根性が許せないだけだ。
だから私、洩矢諏訪子は戦うんだ。侵略者、八坂神奈子と。
“オスワ大戦”
戦いはまだ始まってはいなかった。
私と神奈子が見下ろす戦場。その丁度真ん中が死線となる。そこには壁が立てられていたり、実際に目に見える線が書いてあったりする訳ではない。けれどもそこが、私と神奈子の領分を分かつ絶対の線。そこを超えない限りは、あいつが何をしようと私は手出しはしない。でも、若しほんの僅かでもあいつがその線を侵そうものなら、その時は。
「ねえ」
戦場の上を越え、あいつの呼びかけが私の耳に入った。私は顔を上げる。戦場を挟んで視界に飛び込んでくる神奈子の顔。
ああ、何て酷い顔。
歪な笑いを浮かべたその顔。まるで三日月みたい、耳まで裂けた弧を成す口。そんな顔、とてもじゃあないけれど人の形をした者が見せて良い顔じゃないわ。何て嫌な笑顔なんだろう、この蛇女。ただ声を出し、顔を見せるというだけの行為で、ここまで私に。
「あ」
酷く間の抜けた声。本当に、言い訳の仕様も無い位に馬鹿で気の抜けた声。そんなものが、私の口からこぼれ落ちてしまった。
ほんの一瞬だった。私があいつの声と顔に嫌悪の念を向けていたその僅かの時間に、あいつは死線をひょいと軽く飛び越えて、そうして。
「ご馳走様」
あいつの言葉の意味が、すぐには理解できなかった。目の前で起きた惨劇を、すぐには飲み込めなかった。怒りの叫びを上げるべきこの場面で、私はただ馬鹿みたいに固まっているだけだった。
あいつは一口で飲み込んだ。その大きく裂けた口で。最前線に配置してあった、私の育てた可愛いそのものを。ほんの一瞬で。
そんな悲劇を前に、けれども私には、悲しみの涙を流す暇なんてありはしなかった。
宣戦布告も無しに、突然に戦いは始まった。神奈子の動きは素早かった。虚を衝かれ初動の遅れた私の目の前で、私の育てたものたちを次々と消していく。ほんの僅かの躊躇や容赦も見せはしない。ただ目に付いたものから片っ端に、例えそれがまだ育ち切っていないようなものでも、どんな小さなものでも、笑いながら消し去っていった。
戦いが始まって数分足らず、たったそれだけの時間で、私の領分は壊滅寸前の状態にまで陥っていた。
神奈子の奇襲を、私は卑怯と罵る事はしない。これは戦いなのだ。精神と肉体の極限を、一切の枷無しにぶつけ合い、削り合い、そうして容赦も無く押し潰す場所なのだ。そんな所に道義なんてものがそも存在し得る筈もない。だと言うのに。
私のせいだ。これは全て、私の甘さが引き寄せた結果なのだ。
私が相手にしているのが一体どれ程の外道なのか、その無法の量を完全に見誤っていた。砂一粒程の慈悲も道徳も、奴の心の中に期待してはいけなかったのだ。戦いの場に立つ者として、私は間違い無く弱かった。悪を以って事を成さんとする暴虐の顕現を前にしているというのに、その思考行動の内にほんの僅かでも道理の在り処を求めようなど、何と言う弱さ、何と言う愚かしさであったのだろうか。
「もう、これ以上」
私は立った。心の中から弱さを投げ捨てて。これ以上、話すべき事は何も無い。あいつの境遇や心情も、慮ってやる必要など何処にも無い。私が相手にしているのは、吐瀉物にも劣る汚臭を放つ生まれついての悪。打ち壊すより他の無い、単なる障害なのだと、そう自分に言い聞かせて。
「これ以上、好きにはさせない」
私は両腕を伸ばす。それは戦場の上を飛び越え、直接に神奈子の胸倉を掴んだ。
「まあ、乱暴な」
ほんの一瞬、驚きの風を顔と声とに表し、けれどもまたすぐに、真っ赤な三日月を乗せた、あの薄気味の悪い笑顔へと戻る。そんなあいつの言葉に私はもう耳を貸さない。
私は神奈子と同じやり方は使わない。そんな事をして例え勝ったとしても、それを私の心は認めはしないだろう。
あいつの育てたものに手は出さない。神奈子本人を負かせば、それでこの戦いは終わるのだ。無用の犠牲は出したくない。
これは甘さでも弱さでもない。これは信念の力。若しこれを外してしまえば、私は戦う力も、その理由さえも失ってしまう。私には護りたいものがある。それを力で奪わんとする意思、ただそれだけが私の打ち倒すべき敵なのだ。
「ねえ、諏訪子」
戦いの場には余りにも不釣合いな、妙に穏やかで何処か甘さすら感じる声。まるで友人か恋人でも前にしているかの様な、そんな神奈子の囁き。でも私は耳を貸さない。これはきっとあいつの罠。私の心を揺さぶり、隙を作ろうという姑息な企み。
「ねえってば」
惑わされるな。心を無にしろ。目の前の敵を一刻も早く倒す、その事のみに意識を集中させろ。
「下、見た方が良くないかしら。何だか凄い事が起きそうよ」
下、ですって。
嫌な予感がした。確たる根拠も無い、本当にただの予感に過ぎないそれは、けれども私の意識を飛び越えて、そうして視線を下に向けさせた。
「雨?」
一瞬、そう思った。神奈子は風雨を司るからだ。
眼下の戦場に、水の様なものが流れ落ちていくのが見えたのだ。神奈子が発生させた、極々小規模の雨なのかと思った。でも、何で、こんな時に、こんな場所で。
「残念、外れ」
雨ではないの。そう言えば匂いがする。水じゃあない。この匂いは。
そこ迄だった。それ以上は考える余裕も、その必要も無かった。
突然に吹き上げる熱風。思わず瞼を閉じる。一瞬にして周囲の空気が凄まじい熱を帯びる。
次に目を開けた時、戦場は燃え盛る劫火に包み込まれていた。まさか、これって。
「油」
「大正解」
炎に曲げられていく空気の中で、神奈子の顔もより邪悪に歪んでいく。
何を考えているの、こいつは。油を撒くなんて、そんな、戦場には私のだけじゃない。神奈子のだって。それなのに。
ううん、駄目だ。今はそんな事、考えている暇は無い。兎に角、一刻も早く助け出さないと。このままじゃ全てが灰に。
「待ちなさいよ」
手が、動かない。
「そっちから仕掛けてきたっていうのに、それどういう了見よ」
神奈子の両手が、いつの間にか私の腕をしっかりと捕まえていた。
「放しなさい。このままじゃ、このままじゃどうなるか」
「真っ黒焦げでしょうね。全部が」
何なの、こいつ。判らない。こいつの考えが全然。
腕に力を入れる。何とかして振りほどこうとする。けれども駄目。単純な腕力では身体の小さな私の方が明らかに不利。
そうこうしてもがいているその間にも、眼下の光景は惨状の体を増していく。私が手塩に掛けて育ててきたもの達が、炎の中でその形を歪ませ、ぱきぱきと嫌な音を立てて縮みゆき、そうしてただの真っ黒な塊になっていく。それが嘗ては命を持ち動いていたものだったとは到底思えない、最早肉という言葉を当てるも覚束ない、そんな黒く小さな炭の塊に。
「いい加減、いい加減に」
情けない声だった。自分でもそう思うしかない位、涙混じりの無様な叫び声。そんな私の声を聞いて尚、神奈子はその手を解こうとはしなかった。そうして言葉の一つも発さぬまま、ただただ歪な笑顔をこちらに向けてくる。
ああ、そうなのか。
そんな神奈子の顔を見て、私は突然に悟ってしまった。そうか、そういう事なんだ。
こいつは、神奈子は、奪う事を目的としていない。
手に入れる為ではない、失わせる為。それが神奈子が、今ここに居る理由。
神奈子はこの侵略という行為を、他者から何かを奪うという行為を、自身が何かを得る事を目的として行っているのではない。
神奈子が目的としているのは、相手が何かを失っていく、その様を間近で眺める事。だからこいつは、何かを手に入れる事を望んでいないから、こうして自分の持つ何物をも平気で犠牲にする事が出来る。そしてそれ故に、強い。
「私の」
言いかけて下唇を噛んだ。血が滲み出てきそうになる位、強く、強く噛み締めた。
「私の負けよ」
もう充分だった。これ以上の悲劇は見たくなかった。私が負けを認めさえすれば、もう無駄な犠牲が増える事も無い。私が、私さえ、心を殺せれば。
私の心から強さが失われる。その様を見届けて後、神奈子は両手を離し、そうしてぱちりと指を鳴らした。
戦場に雨が降る。あれだけ猛威を振るっていた炎は見る見る内にその姿を小さくしてゆき、やがて場は静寂に包み込まれる。
悔しかった。顔をくしゃくしゃにして私は、それでも零れ落ちそうになる涙を必死に抑えた。
ああ、何という理不尽か。護るべきものが有れば強くなれると、そう信じていた。けれども、現実は違った。何かを背負った者は、何物をも背負おうとはしない奴に勝つ事は出来なかったのだ。後ろを全く見ずにただ前へ前へと突き進んで来る者を、背中に手を回したままの私では抑える事は出来なかったのだ。
でも。それでも。
このままでは終わらない。終わってなるものか。
私は強くなってやる。全ての理不尽から大切なもの達を護る為に、もっと、もっと強くなってやる。
八坂神奈子。今は貴方の軍門に降ってやる。けれども覚えていなさい。この借りはいつかきっと、倍にして返してあげる。その機会が来るのはいつか、一年後か、十年後か、それとも百年千年万年後か。それは判らない。けれでも、例え幾星霜が過ぎようとも、いつか必ず。
それこそが、今日ここで何の意味も持てぬ非業の最期を迎えねばならなかった無数のもの達に対しての、ほんの僅かであっても報いになるのだと、私は信じているから。
ただ虚しさのみが残った眼下の戦場に向けて、私はそう、強く心に誓ったのだった。
ううん。訳にはいかない、というのはちょっと違うかも知れない。例え今ここであいつに負けたとして、私があいつの下となったとして、それでもこの先の未来が破滅しかないという、そこ迄の事態にはならないって、そういう事は判ってる。あいつはあいつなりに、巧くここを治めてくれるだろう。だから私は、理屈の上では負けたって構わないのだ。戦いの道を選ばずに、この場で降服を宣言してしまっても構わないのだ。
でも。それでも。
私は戦うんだ。理屈じゃない。私の心が、土着神の頂点としての誇りが、あの蛇女に屈する事を頑なに拒んでいた。正義が我に在るとか何だとか、そんな小難しい事を言う心算は無い。私はただ、人の領分に土足で上がり込んで好き勝手してやろうという、力を以って欲しい物を手に入れようという、そんなあいつの根性が許せないだけだ。
だから私、洩矢諏訪子は戦うんだ。侵略者、八坂神奈子と。
“オスワ大戦”
戦いはまだ始まってはいなかった。
私と神奈子が見下ろす戦場。その丁度真ん中が死線となる。そこには壁が立てられていたり、実際に目に見える線が書いてあったりする訳ではない。けれどもそこが、私と神奈子の領分を分かつ絶対の線。そこを超えない限りは、あいつが何をしようと私は手出しはしない。でも、若しほんの僅かでもあいつがその線を侵そうものなら、その時は。
「ねえ」
戦場の上を越え、あいつの呼びかけが私の耳に入った。私は顔を上げる。戦場を挟んで視界に飛び込んでくる神奈子の顔。
ああ、何て酷い顔。
歪な笑いを浮かべたその顔。まるで三日月みたい、耳まで裂けた弧を成す口。そんな顔、とてもじゃあないけれど人の形をした者が見せて良い顔じゃないわ。何て嫌な笑顔なんだろう、この蛇女。ただ声を出し、顔を見せるというだけの行為で、ここまで私に。
「あ」
酷く間の抜けた声。本当に、言い訳の仕様も無い位に馬鹿で気の抜けた声。そんなものが、私の口からこぼれ落ちてしまった。
ほんの一瞬だった。私があいつの声と顔に嫌悪の念を向けていたその僅かの時間に、あいつは死線をひょいと軽く飛び越えて、そうして。
「ご馳走様」
あいつの言葉の意味が、すぐには理解できなかった。目の前で起きた惨劇を、すぐには飲み込めなかった。怒りの叫びを上げるべきこの場面で、私はただ馬鹿みたいに固まっているだけだった。
あいつは一口で飲み込んだ。その大きく裂けた口で。最前線に配置してあった、私の育てた可愛いそのものを。ほんの一瞬で。
そんな悲劇を前に、けれども私には、悲しみの涙を流す暇なんてありはしなかった。
宣戦布告も無しに、突然に戦いは始まった。神奈子の動きは素早かった。虚を衝かれ初動の遅れた私の目の前で、私の育てたものたちを次々と消していく。ほんの僅かの躊躇や容赦も見せはしない。ただ目に付いたものから片っ端に、例えそれがまだ育ち切っていないようなものでも、どんな小さなものでも、笑いながら消し去っていった。
戦いが始まって数分足らず、たったそれだけの時間で、私の領分は壊滅寸前の状態にまで陥っていた。
神奈子の奇襲を、私は卑怯と罵る事はしない。これは戦いなのだ。精神と肉体の極限を、一切の枷無しにぶつけ合い、削り合い、そうして容赦も無く押し潰す場所なのだ。そんな所に道義なんてものがそも存在し得る筈もない。だと言うのに。
私のせいだ。これは全て、私の甘さが引き寄せた結果なのだ。
私が相手にしているのが一体どれ程の外道なのか、その無法の量を完全に見誤っていた。砂一粒程の慈悲も道徳も、奴の心の中に期待してはいけなかったのだ。戦いの場に立つ者として、私は間違い無く弱かった。悪を以って事を成さんとする暴虐の顕現を前にしているというのに、その思考行動の内にほんの僅かでも道理の在り処を求めようなど、何と言う弱さ、何と言う愚かしさであったのだろうか。
「もう、これ以上」
私は立った。心の中から弱さを投げ捨てて。これ以上、話すべき事は何も無い。あいつの境遇や心情も、慮ってやる必要など何処にも無い。私が相手にしているのは、吐瀉物にも劣る汚臭を放つ生まれついての悪。打ち壊すより他の無い、単なる障害なのだと、そう自分に言い聞かせて。
「これ以上、好きにはさせない」
私は両腕を伸ばす。それは戦場の上を飛び越え、直接に神奈子の胸倉を掴んだ。
「まあ、乱暴な」
ほんの一瞬、驚きの風を顔と声とに表し、けれどもまたすぐに、真っ赤な三日月を乗せた、あの薄気味の悪い笑顔へと戻る。そんなあいつの言葉に私はもう耳を貸さない。
私は神奈子と同じやり方は使わない。そんな事をして例え勝ったとしても、それを私の心は認めはしないだろう。
あいつの育てたものに手は出さない。神奈子本人を負かせば、それでこの戦いは終わるのだ。無用の犠牲は出したくない。
これは甘さでも弱さでもない。これは信念の力。若しこれを外してしまえば、私は戦う力も、その理由さえも失ってしまう。私には護りたいものがある。それを力で奪わんとする意思、ただそれだけが私の打ち倒すべき敵なのだ。
「ねえ、諏訪子」
戦いの場には余りにも不釣合いな、妙に穏やかで何処か甘さすら感じる声。まるで友人か恋人でも前にしているかの様な、そんな神奈子の囁き。でも私は耳を貸さない。これはきっとあいつの罠。私の心を揺さぶり、隙を作ろうという姑息な企み。
「ねえってば」
惑わされるな。心を無にしろ。目の前の敵を一刻も早く倒す、その事のみに意識を集中させろ。
「下、見た方が良くないかしら。何だか凄い事が起きそうよ」
下、ですって。
嫌な予感がした。確たる根拠も無い、本当にただの予感に過ぎないそれは、けれども私の意識を飛び越えて、そうして視線を下に向けさせた。
「雨?」
一瞬、そう思った。神奈子は風雨を司るからだ。
眼下の戦場に、水の様なものが流れ落ちていくのが見えたのだ。神奈子が発生させた、極々小規模の雨なのかと思った。でも、何で、こんな時に、こんな場所で。
「残念、外れ」
雨ではないの。そう言えば匂いがする。水じゃあない。この匂いは。
そこ迄だった。それ以上は考える余裕も、その必要も無かった。
突然に吹き上げる熱風。思わず瞼を閉じる。一瞬にして周囲の空気が凄まじい熱を帯びる。
次に目を開けた時、戦場は燃え盛る劫火に包み込まれていた。まさか、これって。
「油」
「大正解」
炎に曲げられていく空気の中で、神奈子の顔もより邪悪に歪んでいく。
何を考えているの、こいつは。油を撒くなんて、そんな、戦場には私のだけじゃない。神奈子のだって。それなのに。
ううん、駄目だ。今はそんな事、考えている暇は無い。兎に角、一刻も早く助け出さないと。このままじゃ全てが灰に。
「待ちなさいよ」
手が、動かない。
「そっちから仕掛けてきたっていうのに、それどういう了見よ」
神奈子の両手が、いつの間にか私の腕をしっかりと捕まえていた。
「放しなさい。このままじゃ、このままじゃどうなるか」
「真っ黒焦げでしょうね。全部が」
何なの、こいつ。判らない。こいつの考えが全然。
腕に力を入れる。何とかして振りほどこうとする。けれども駄目。単純な腕力では身体の小さな私の方が明らかに不利。
そうこうしてもがいているその間にも、眼下の光景は惨状の体を増していく。私が手塩に掛けて育ててきたもの達が、炎の中でその形を歪ませ、ぱきぱきと嫌な音を立てて縮みゆき、そうしてただの真っ黒な塊になっていく。それが嘗ては命を持ち動いていたものだったとは到底思えない、最早肉という言葉を当てるも覚束ない、そんな黒く小さな炭の塊に。
「いい加減、いい加減に」
情けない声だった。自分でもそう思うしかない位、涙混じりの無様な叫び声。そんな私の声を聞いて尚、神奈子はその手を解こうとはしなかった。そうして言葉の一つも発さぬまま、ただただ歪な笑顔をこちらに向けてくる。
ああ、そうなのか。
そんな神奈子の顔を見て、私は突然に悟ってしまった。そうか、そういう事なんだ。
こいつは、神奈子は、奪う事を目的としていない。
手に入れる為ではない、失わせる為。それが神奈子が、今ここに居る理由。
神奈子はこの侵略という行為を、他者から何かを奪うという行為を、自身が何かを得る事を目的として行っているのではない。
神奈子が目的としているのは、相手が何かを失っていく、その様を間近で眺める事。だからこいつは、何かを手に入れる事を望んでいないから、こうして自分の持つ何物をも平気で犠牲にする事が出来る。そしてそれ故に、強い。
「私の」
言いかけて下唇を噛んだ。血が滲み出てきそうになる位、強く、強く噛み締めた。
「私の負けよ」
もう充分だった。これ以上の悲劇は見たくなかった。私が負けを認めさえすれば、もう無駄な犠牲が増える事も無い。私が、私さえ、心を殺せれば。
私の心から強さが失われる。その様を見届けて後、神奈子は両手を離し、そうしてぱちりと指を鳴らした。
戦場に雨が降る。あれだけ猛威を振るっていた炎は見る見る内にその姿を小さくしてゆき、やがて場は静寂に包み込まれる。
悔しかった。顔をくしゃくしゃにして私は、それでも零れ落ちそうになる涙を必死に抑えた。
ああ、何という理不尽か。護るべきものが有れば強くなれると、そう信じていた。けれども、現実は違った。何かを背負った者は、何物をも背負おうとはしない奴に勝つ事は出来なかったのだ。後ろを全く見ずにただ前へ前へと突き進んで来る者を、背中に手を回したままの私では抑える事は出来なかったのだ。
でも。それでも。
このままでは終わらない。終わってなるものか。
私は強くなってやる。全ての理不尽から大切なもの達を護る為に、もっと、もっと強くなってやる。
八坂神奈子。今は貴方の軍門に降ってやる。けれども覚えていなさい。この借りはいつかきっと、倍にして返してあげる。その機会が来るのはいつか、一年後か、十年後か、それとも百年千年万年後か。それは判らない。けれでも、例え幾星霜が過ぎようとも、いつか必ず。
それこそが、今日ここで何の意味も持てぬ非業の最期を迎えねばならなかった無数のもの達に対しての、ほんの僅かであっても報いになるのだと、私は信じているから。
ただ虚しさのみが残った眼下の戦場に向けて、私はそう、強く心に誓ったのだった。
中盤…食卓かな?
終盤…油?!!
オチ…おいっwww
ただこの手の話を神様たるかなすわでやるのは、駄目じゃないかな。
神様が食べ物を無駄にするってのは…。
霊夢と魔理沙やなんかでやれば良かったネタだと思いましたね。
話を組み立てる素材で違和感を感じましたので、この点数を付けさせていただきました。
オチを見て諏訪子様の悲しみが良くわかりましたとさ。
焼肉でここまで緊迫感を醸し出せるとはw
いや見事。
焼肉は性格が出ますからねぇ。
ちなみに私は神奈子派です。
敵味方問わず、蹂躙してこそ戦場(鉄板)の華よ!
読み手としてはネタかぶりは気にしないなぁ。キャラが動いてくれるのが楽しいわけで。とりあえず後書きでエプロン姿の早苗さんを幻視できたから俺は幸せだ。
他の方も書かれてますが、かなすわ焼肉戦争って時点で違和感出ますね。
(最も、一番戦争を予感させる人間関係もかなすわですが)
こう言う話だとオチでしか評価できないんでこの点数で。
こいつぁ生まれついてのサディストってやつだぜ・・・!
将棋。成る程、言われればそんな感じも。盤面火の海な将棋とか素敵です。燃え尽きる前に決着をつける。長考なんてしていられません。とてもスピーディーで迫力のある展開に。
でも最近はプラスチックの駒とかも多いので、有毒ガスには気を付けたいですね。
>コメント番号7の方
構成の弱さは、まあ自覚も有ったのですが、登場人物については投稿前には特に何とも思う事も無く。
けれども言われて読み返してみれば、確かに違和感ありますねえ。
>コメント番号8の方
家庭菜園、ですか。となると、育ち切っていない野菜を土から引っこ抜いてそのまま生で口に放り込む八坂さんとか、そんな感じに。
何て野性的。惚れそうです。
>コメント番号10の方
元々はお馬鹿なネタを如何に真面目に書くか、という方向のお話だったので、こうした感想を戴けてとても嬉しいです。
それにしても焼肉。もう随分と長いこと、食べに行ってないのです。行きたいです。きっと美味しいです。焼肉は偉いのですから。
>コメント番号11の方
塩タンは本当、注意していても、いざ取ろうとすると網にひっ付いてしまっていて、無理に剥がそうとするとぼろぼろになってしまったり。手強いのです。
>コメント番号12の方
全くもっておっしゃる通り。もう少しは練った構成を考えるべきでした。
>コメント番号14の方
登場させるのは、蓬莱山さんと藤原さん辺りの方が、能力、性格からしてもまだ良かったかも知れませんねえ。
元々のお話を考えたのが風神録が出たちょっと後だったので、殆どノリだけで配役を決めてしまっていました。今から考えると。
>コメント番号22の方
おせっかい焼きの人も思わず口を挟まずにはいられない外道っぷりです。
元々はこのお話、題名からして“焼け!肉”という感じで、どうでも良い事を如何に濃く書くか、という方向で考えたものでした。具体的には、八坂さんと洩矢さんが焼肉の網を挟んでデスノートみたいな応酬をするという。
けれども、頭の良い者同士の駆け引きというのがどうしても思い浮かばずにそのまま放置。
そうしておいてあったものを、前回の後書きで書いた、小説でしか出来ないお話を、という言葉を受けて作り直したのがこれ、なのですが。
どうにも中途半端な感じになってしまっていますね。
これだったら、頭の良い遣り取りを抜きにしても“焼け!肉”の方向性でいった方が良かったのかも。
そんな半端なお話ではあるのですが、それでもこれを読んで点まで入れて下さった方、本当に有難うございました。