小町×映姫です。
前作の続編になりますが、見なくても多分大丈夫です。
苦手な方はご注意ください。
幻想郷の閻魔様は、今日もサボリ癖のある部下の死神に説教をしました。
『今日もまたお昼寝ですか?!いい加減になさい!!』
『す、すいませんすいません!いい天気だったもんでついっ!』
『雨の日でも寝ているでしょうが貴方は――――!!』
お昼寝をしていた死神はあわあわと必死に頭を下げて謝りますが、真面目で頑固な閻魔様は許しません。
長々とお説教をしました。
その長いお説教は二人のお仕事が終わる時間まで続きました。
『もう、いいです。明日から真面目になさい』
『……は、はい』
そして、ようやく解放された死神が目尻に涙を溜めて、肩を落としてとぼとぼと帰っていきます。
途中、何度も何度も、死神は閻魔様を振り返って、しょんぼりと悲しそうな目を向けます。
どうして追いかけてきてくれないのかと、その泣きそうな瞳は言っています。
だけど閻魔様は、それを厳しい顔で睨んで見ているだけでした。
そしてそのやり取りは、閻魔様から死神が完全に見えなくなるまで続きました。
そして、閻魔様こと四季映姫は厳しい顔をくしゃりと歪めて、耐え切れないとばかりに駆け出しました。
死神の消えた方角とは正反対の、人間の住む里へと向かって。
「……上白沢慧音。……やっぱり私みたいな説教癖のある可愛げのない上司は小町に愛想をつかされてしまうんです。嫌われてしまうんです。死ねばいいんです……小町は、小町に、あんな寂しそうな顔をさせて、私なんて最低なんです……地獄に落ちてしまえばいい」
ベチョッ。
「………は?」
閻魔様の数少ない友人であり相談役の彼女、上白沢慧音。
その彼女の家の台所に、いつの間にか四季映姫は暗い顔で泣きながら、幽霊の様な影を背負って暗く重々しく立っていた。
「え? 四季殿? こ、こんばんは。それとすまない。全く話が見えないのでできれば説明を要求したい。……というか鍵はかけていた筈なんだがどうやってここまで……」
「か、上白沢慧音ぇ……」
慧音の冷や汗を流した真面目な質問に、しかし映姫はぐしゅぐしゅと泣きながら、ふらふらと夢遊病者のような足取りで暗く黒く近づいていく。
「ど、どうしたというんだ? さ、流石に私も不気味なものを感じずにいられないのだが……」
映姫は、丁度夕食の仕度をしていた慧音が、突然すぎる映姫の出現と泣き顔に、思考が停止しかけているのに気付かず、そのまま倒れるように慧音に抱きついた。
「う、うあ?」
軽いその身体の感触と温もりに慧音は驚いて、そして間近で改めて見たその辛そうな泣き顔にびくんと硬直する。
「っ?!」
上白沢慧音は、老若男女構わず問わずに誰かが泣くのは非常に苦手だった。
嘘泣きですら駄目な半獣だった。
「し、しし四季殿?!」
「……ぐす、私は、私は馬鹿です……。もっとちゃんとした叱り方があったでしょうに、あんなに延々と説教を聞かせて、嫌がられるに決まってるじゃないですか!泣きそうな顔をさせるに決まってるじゃないですか! わ、分かってたのに。だ、だけど、小町が説教の間、一度も目を合わせてくれないから私、い、意地になちゃって……怖くて、うぐ、うっく!」
ぽろぽろと、その柔らかな頬を滑り落ちる涙の粒に、慧音は硬直したまま、それでも耐え切れず、手にしたままの包丁が不安定に振られる。
「し、四季殿?」
「私なんて、私なんて……」
慧音の胸に顔を埋めて、映姫は上ずった声を出す。
「私なんて……閻魔様も、小町の上司も……恋人も、失格…なん…です」
強く、だけれど力をいれればすぐに逃げ出せそうな、映姫の縋る様な腰に回された腕の力。
映姫は慧音を、少しだけ小町に重ねて、押し殺した声で泣き続ける。
「…………っ?!」
慧音は、その姿に、閻魔様として死者を裁く楽園の裁判長の、その年相応の泣き顔に。ずきりと胸を痛めて。違和感を覚えた。
「っ?」
違うと、感じた。
四季映姫が、いつもと違う。
普段の彼女なら、こんなに小野塚小町の事で傷ついたりしない。
むしろ、笑っている。怒っている。泣いたりなんてしないし。あの死神がそれをさせない。
「何故、そんなに不安なんだ?」
崩れた泣き声で返事をする映姫に、慧音は目を見開いて呆然と、だけど訪ねる。
「四季殿はどうしてそんなに、小町殿に対して」
罪悪感を、罪悪感なんて、間違ったものを感じて泣いているんだ?
「……」
分からなかった。
だから。
慧音はようやく冷静になった自分を冷静に見つめて、小さく深呼吸をする。
そして、青い服を静かに涙で染めていく映姫を、慧音は手にしたままの包丁をコトリと置いてから、ゆっくりと壊れ物を扱うように抱きしめ包み込む。
そして、彼女は歴史を辿る。
『聞いた?あの話』
映姫は、気分転換にと仕事場を散歩していた。
そんな時に、数人の死神達が集まっておしゃべりをしているのに気付き、映姫は小さく、その白い清潔な廊下の角の前で溜息を漏らす。
こんな所で立ち話とはと、呆れて、軽く注意しようと厳しい顔で角を曲がろうとして、
『ああ、アレだろ?小野塚さんの話』
その単語に足が、不自然に止まってしまった。
『おお、俺も聞いた聞いた。やっぱり凄いよなぁ小町さん』
『うんうん!いっつもさぼりまくりなのにさ、ノルマぎりぎりの所で、あんだけの霊を運ぶなんて!!凄すぎだって!』
『……うぅ。俺、あの人が真面目に仕事したらすぐに抜かれちまうよなぁ』
『いや~、しかも美人だし?』
『性格もおおらかで頼りがいもあるし、実は家庭的で料理も上手だしなぁ。いやぁ、いい女だよなぁ』
『……って、こら男共。何故に私をそんな目で見るか?』
映姫は、死神達のおしゃべりを注意しようと口を開いて声を出そうとするが、喉が渇いて張り付き、声を出すのを躊躇した。
『………っ』
死神達は小町の話をしているから、うっかりと興味が湧いて聞き耳をたててしまった。
だけど、何だろう?
少しだけ、映姫の胸の中に嫌なものが生まれた。
『……いやなぁ、お前もあれぐらいの器量をもってないと、玉の輿なんて無理だなぁと思ってなぁ』
『って、やかましいわい!』
『あ~、なんつーか、四季様が羨ましいぜぇ』
羨ましい。
その瞬間。映姫の肩が大きく震えた。
事実上盗み聞きをしている映姫は、先程の台詞とその立場への罪悪感から、すぐにその場に出て行こうと足に力をいれて、
『あっはっは。確かに、あんだけの美人を手に入れるんだもんなぁ』
『……くっそー。本気で羨ましすぎるぜ!まあ、閻魔様に付き合えなんて言われたら、死神に拒否権なんてないけどさぁ。うあー四季様羨ましすぎるぅぅぅ!!』
『をいをい男共。ったく、そんなに悔しがらんでも、どうせ小野塚さんはあんたらには靡きません。ありえません』
『やかましい!男は夢を見るもんなんだよ!』
『一生見とけば? 叶わぬ夢を』
『……くっ! ……なんてひでぇ女だ』
『ったくもう!……あ、それにさ。小野塚さんなら、たぶん近々、四季様とも別れるんじゃないかな?』
『へ?』
『あん?そうなのかよ』
『そうそう!』
え?
別れる?
どうして?
死神達の会話が、映姫の耳の奥へと泥の様に溜まっていく。
映姫の歯の根がカチカチと鳴っているのを、映姫自身が気付かない。
ただただ、映姫は寒さ以外の震えを全身に伝えさせる。
『だってさー。傍目から見ても小野塚さんと四季様って見た目も性格も釣り合わないし、何より―――』
小野塚さんって、最近、他の閻魔様に、かなり真剣な恋文を貰ったみたいだよ?
そして彼女は、歴史を閉じる。
だけど最後に慧音は悲痛な少女の声を聞いた。
『―――私は、そんなの、聞いてません、よ?』
それは、涙に掠れて、痛々しく、慧音の脳裏に届いた。
歴史を辿るのは、長くて短く、慧音は唇を噛み締めして視点を正す。
「っ」
腕の中の少女の、渦巻く黒い心中を知って、想像して、慧音は何ともいえない痛そうな顔になる。
「……四季殿」
「……見たんですよね?」
ぎゅっと、服を掴む映姫。
誤魔化しは許されず、何より彼女は嘘が分かる。
だから慧音は頷いた。
「……そう。だから私は、貴方の所に来ました」
映姫は顔を埋めたまま、続ける。
「……貴方なら、貴方だけが、何も言わずに全てを理解してくれるから。間違うことなく誤解することなく、ちゃんと分かってくれるから。……弱い私は、この事を口にする事ができません」
そう言って、映姫は顔を上げる。
「ありがとうございます。おかげで、すっきりしました」
「四季殿……」
慧音の表情に、映姫は悲しげに笑って「ごめんなさい」と謝る。
「私は、貴方の優しさを利用して、自身の心の重みを軽くしました。謝罪しても、許しを得られるとは思わないし、いりません」
唐突で、そしてあっさりと。
四季映姫は、口元だけを無理矢理に持ち上げて笑う。
「独り言です。……あの子達の会話で、私は浮かれていた自身の間抜けさに気付きました。気付けました。そうなんです、普通に考えて、死神が閻魔の告白に、答えない訳が、ないんですよね。断る死神もいるけど、大半は受けるに決まっています。……なんで気付かなかったんでしょうかね」
ある日。閻魔様は部下の死神に恋をしているのに気付いて。知識人に相談に行った。
たくさん悩んで学んで、閻魔様は死神に告白をして、信じられない事に、想いが叶った。幸せだった。
デートもしたことがある。毎日が楽しくて、ドキドキしていて、とても眩しくて、楽しくて。
だから、気付けなかったのだろうか?
「知っていたのに、小町が凄く優しいって」
かつて、永遠亭の兎に言われた。
相手の気持ちを勝手に決めるな、と。
だけど、予想するしかないじゃないか。どうしようも、できないし、したくても、怖いじゃないか!
怠け者だけど人気者の死神と、真面目なだけのチビな閻魔なんて、釣り合わなくて。
今日だって、小町にあんな顔をさせて、あんな、寂しそうな背中にさせて―――
「……ど、しても、私なんかが、小町に、小町に相応しいとは思えなくて」
不安で、怖くて、気持ち悪くて、
どうしようもなく、焦って、謝りたい。
謝って許してくれるなら、なんでもしたい。どうかお願いだからごめんなさい。だけどお願いだから嫌いになんて、ならないでと、懇願したい。
「――四季殿」
と、
閻魔の思考がずぶずぶと沈みこむのを、暖かな両頬が止める。
気付いたら、映姫は壊れた様に泣いていた。目が暗く濁り何も映していなかった。
だからその目を上げると、慧音は微笑んで優しく、まるで困った子を見る様な目で映姫を見ていて、映姫は目を見開く。
「相変わらずと言うか、四季殿は自分の事に自身がなさすぎる」
こつんと、頭突きをされた。
「四季映姫は、少しだけ怖がり過ぎる。小野塚小町は優しいけどちゃんと厳しい所もある。そして本当に優しいから、真面目な告白に義務で答えたりしない。本当の優しさを知っているから、ちゃんと断ってくれる」
大丈夫だと、慧音は映姫の頭を撫でる。
「心配するな。今の貴方達は、少し喧嘩をしているだけだ。そして、ちょっとだけ不安で嫌な考えをしているだけだ。落ち着いて、ほら深呼吸をしよう。ちゃんと考えれば分かる。小町殿は、貴方が考えているほどに残酷ではないさ」
赤い髪の死神が、どれだけ閻魔を思っているかなんて傍目からは丸分かりで、とても微笑ましいのだから。
「けい、ね……」
力なく、されるがままの映姫を抱きしめたまま、慧音は笑う。
「うん。ちゃんと明日にでも謝ろう。喧嘩をしたら謝らないと、先生は許さないぞ?」
「っ」
こくんと、小さく閻魔は頷いた。
だから、慧音はやっとほっとできた。
しょうがないなと、慧音は笑いそうになる。
だってこれは、きっとそれだけの話なのだ。
小さな喧嘩をして、とても不安な閻魔の物語。
だけど、この物語は全然大丈夫で、本当は不安になんて感じる事はなくて。
周りを見ればいい、ただそれだけの事。
誰が何と言おうと、貴方達は貴方達なのだと言う、そに気づくだけの事。
そしてそれが大事だという、閻魔と死神の、小さな歴史の一歩。
「……寝た、みたいだね」
「うむ」
「お疲れ慧音」
「ありがとう、妹紅」
いつの間にか、腕の中の閻魔様は眠っていて、だけれどその顔はちゃんと安らかで。
慧音はほっとして、顔をあげて彼女を見る。
「待っていてくれてありがとう。妹紅」
「いいよ別に。慧音を待つのは嫌いじゃない」
夕飯に呼ばれていた彼女、藤原妹紅は、ずっとそこにいて、だから事情は大体知っている。
白と赤の、慧音にとって全てが綺麗だと思える少女は、静かに待っていた。
邪魔をする事なく、ただ待っていてくれた。
それが慧音は嬉しくて、口元がにやけてしまうのを引き締めるのが大変だった。
「それにしても慧音」
ぽふっと、妹紅は唐突に慧音の頭を抱きしめて、その頭上の不思議な形状の帽子を畳に転がす。
「――むぐ? 妹紅?」
「うん。いや頑張ってたからさ慧音」
「……む?」
「だから疲れたでしょう? 充電したげる。偉いぞ慧音」
「……充電といわれても、確かに満たされるとは思うが、少し恥ずかしいな」
照れて赤くなる半獣に、妹紅はにひひと笑って、そして内心で小さく舌を出す。
彼女は本当は少しだけ、慧音の腕の中の閻魔にやきもちを焼いていて、だから、こんな似合わない事をしたのだ。
そして行動に移したならもう気が済むまで、慧音を解放しないと、妹紅は優しく腕に力を込めて、慧音の髪に自身の頬をすり寄せた。
これは、閻魔と死神の話の、蛇足の、だけど小さな幸せのひと時。
半獣と不死人は、閻魔を挟んで少しだけはしゃいだ。
里から離れた闇に染まった森の中。
泣きそうな顔の死神が、泣くのを何とか我慢して、だけど溢れた涙を目尻に溜めたまま、とぼとぼと歩いて、何度も何度も後ろを振り返っている。
「………四季様」
小さな上司が、自分を追ってくる気配は微塵も無く、本気で小野塚小町は泣き出しそうになった。
いつもなら、説教の後はちょっとだけ心配そうで不安そうな顔で、それから一緒に並んで帰ってくれるのに、今日は何故か説教中もずっと無表情で、少しだけ大好きな上司で恋人の彼女が遠くに感じられて小町は寂しかった。
「……なんで、あんな怒ってたんだろう」
小町は鈍くない。だからこそ、映姫が別の理由で静かに深く怒っていることに気付いていた。
「……はっ?! ま、まさか、四季様に隠してた四季様の隠し撮り(ちょっと半裸)な写真の存在がばれたとかかっ?!」
「って、そんな事してたのかこの死神……」
「そーなのかー」
「あ。よう女将」
気持ちを盛り上げようとふざけてみても、気持ちは全然盛り上がらず、小町は慌てて涙を拭う。小町の足取りはいつの間にか良く利用している夜雀の屋台に向かっていたようだ。その闇に浮かぶ明かりが何だか心に染みて、自分は相当に寂しいらしいと顔が情けなくなるのを自覚する。
「……あー、まあその。お得意さんがそんな顔をしてるのは気になるけど、気付かなかったことにしたげる」
「あ、あはは。……すまん」
小町は感謝を示して頭を下げる。その心遣いは有り難かった。
だから、少し嬉しくて、思わず欲が湧いてしまう。
「……あのさ、ついでに抱きしめていい?」
「は?」
怪訝な顔の女将。当然の反応だったが、小町は諦めなかった。
「いや、真面目に温もりに飢えてて……凄く抱きしめたい」
「……は、って、へっ?!」
やっと理解が追いつき、ぼふんと真っ赤になる少女に、小町は我に帰って、そして自分の行動にまた情けなくて泣きたくなる。
誰でもいいから抱きしめたい。
それぐらいに、今の自分は寂しいのだと分かってしまった。
「……」
小町は、いつもなら手をつないで一緒に帰ってくれる閻魔の存在が隣に無くて、お気に入りの毛布を取られた赤子の様な、あまりに不安定な心境だった。
「いや、悪い女将、冗談で―――」
「……んっとね、そんな事したら食い殺すぞ?」
「―――って、うおっ?!」
数メートルは煙を巻いて後退した。
「なっなっなっ?!」
ばっくんばっくんと活動する心臓を押さえて、小町はいつの間にか背後にいた恐るべき存在を見た。
そのぼそりとした、だけど子供特有の高い声が漏らす怖い発言の主の正体は、
「あ、あんたかよ…?!」
そう、最近ミスティアの屋台の周りにばかり出現する常闇の妖怪ルーミアだった。
「えっとね。みすちーにそんな事したら……お客さんでも知らない。食べちゃうからね?」
勿論。小町は了解の意味でぶんぶんと首を振った。
ルーミアの顔は、いつもの間の抜けた笑顔の筈だ、だが目が僅かにも笑っていない様な気がする。もう微塵も笑ってくれてない気がすれば、小町の方が「……あはは」と苦く笑うしかない。
こんな迫力ある妖怪だっけと、小町は本来なら足元にも及ばないだろうルーミアの迫力に首を傾げた。
「あ、ルーミア……」
「えっとね、大丈夫だよみすちー。みすちーは私が守るんだからね。こういうのからも」
小さな手が、慌てていたミスティアの頬にのばされた。
「あ。う、うん。えっと……それじゃあ、これからもよろしく?でいいのかな」
「……わはー。うん、あってる」
「え、えへへ」
「わはー」
「……………」
って、うわ何コレ普通にむかつく。
背景とかした小町は素直にそう思ってむかついた。
「………」
自分の腰にも満たない少女達が、頬を赤らめて、照れたようにくすぐったそうに見つめ合っている。
今の小町には、それは茶化してからかうのも無理なぐらいに腹立たしい光景だった。
「……うぐ。あ、あたいだって、四季様がいるやい。……なんか怒ってたけどっ!」
力強くそう言い切って、すぐにとほほ、と泣かないけど泣きそうになる小町。
仲の良い二人を見て(仲が良すぎる気もした)小町は考える。
今日の四季映姫について考える。
どうして、あんなに怒っていたのか。
どうして、あんなに長々と説教したのか。
どうして、追いかけてくれなかったのか。
怒っているのに、離さないと言ってるみたいな、いつもと違う説教。
怒っているのに、全然怒りを感じない、居心地が悪いだけの説教。
怒っているのに、四季様はきっと、あたいが見えなくなるまで見ていてくれた。
「……ああ、もう訳が分からん。本っ当に四季様の、意地悪閻魔」
椅子にどかっと座って、こちらの事など気付いてもいない二人をぼんやりと見る。
何がしたいんですか、四季様は、本当に……
小町は手にした鎌を何となくジッと見て、目を伏せた。
こんな、今日みたいないつもと違う態度と説教だけで、自分をこんなにも乱して泣きそうにさせて、理由なんて絶対に教えてくれない自分の大切な上司。
「…………くそ」
今日の四季映姫は変だった。
だけど、確信だ。絶対に明日には謝ってくるんだと小町には分かる。
申し訳さそうな顔で、だけど何かを自分で乗り越えて、小町には何も言わずに終わらせる。
勝手に乗り越えて、勝手に置いて行かれる。
一人で、いや、小町以外の誰かの力も借りるのだろう。あの閻魔様は、確実に一歩一歩強くなっていく。
「それも、あたいに何も言わずにさ……」
今日は、ひたすらに酔いたいと思った。
だけど、酔うのは無理だろう。小町は知っている。
嫌な事は忘れられても無くなる訳ではなくて、そして映姫はそういう逃避を嫌う。だから、小町も極力、嫌な事を酒で忘れようなんてしない。
「酒は味わうものだ。それも、誰かと一緒に……」
その誰かが、映姫だといいのにと、小町はむすっとした顔で思う。
「………」
と、
不意に視線を感じて小町が顔をあげると、ミスティアとルーミアがじーっと興味深げに見ていた。
「……何だよ」
ぶすっとした声が出た。
今の心境は最悪で、自分の情けなさに思わずこの鎌で首の動脈を切り裂きたいぐらいだ。愛想よくなんて無理だった。
「……いや、あんたがさ」
「うん」
「?」
「すっごい情けない顔してるから」
「どーかしたのかー?」
「………切るぞ」
情けない顔をしている自覚があるので、小町は顔を伏せて隠す。
「どうかしたわけ?」
「……………」
ミスティアのその、呆れた様な、しょうがないという声に、小町は顔を伏せたまま、黙っているのも無理だと気付いて、口を開いた。
「……四季様と、多分、喧嘩した」
「は?多分?」
喧嘩、であっていると思うので、小町は頷く。
「それも、きっと一方的に」
「…は?」
「……んで、明日には、謝られて終わる」
何も知ることなく終わってしまう。だから小町はこんなにも最悪な気分で苛立っている。
「なあ……あたいって、そんなに頼りないか?」
ミスティアの返事もまたずに、小町は続ける。
「あたいに言う必要がないって事か?あたいに少しぐらい話してくれてもいいじゃないか。いつもいつも上白沢ばっかりに相談して、あたいの事で悩んでる時だって、やっぱり何も言ってくれない。全然、教えてくれなくて、あたいは何をして何が悪くて何をしなければいいんだよ。どうしたら、四季様は安心しててくれるんだよ」
本当に。
「どうしたら、あたいが四季様を大好きだって、信じてくれるんだこんちくしょー……」
絶対に、ちゃんと分かってくれてないと、小町は分かっているから、不満で爆発しそうだった。
なのに。
「……うわ、惚気?」
「熱々なのだー」
「……はっ。心配して損した」
「勝手にやってろー」
「………おいこら」
今のどこが惚気だよと、不満一杯の視線だった。特にミスティアが鼻で笑った事がむかついた。
だが、そんな視線をミスティアもルーミアも気にした様子はない。それどころか、更に呆れた顔を向けられた。
「……あのさぁ、私も最近教えて貰ったんだけど」
「何だよ……」
「あんたは、閻魔様の事を、ちゃんと知っているんでしょう?」
「は?」
びしっと、長い爪がこちらに向けられた。
「知っているでしょう?誰よりも、あんたはあの閻魔の事を知っているんでしょう?」
「あ、当たり前だろう?四季様の事は誰よりも見てきたんだから」
「なら、不安になんて思うなボケ」
ミスティアは、何故か小町に、昔の自分を重ねるような嫌そうな目を向けた。
「あんたは閻魔の事を知って、明日には仲直りできるって知っていて、教えてもらえないって知っていて、ならなんで、そこで止まる訳?」
「は?」
「知っているなら、変えなさいよ!どうなるか予想が付くなら、ちゃんと言えばいいでしょうが!教えてって!どうして怒っていたのかって!それぐらいしっかりしろ馬鹿死神!」
「んなっ?!」
思ってもみなかった、考えた事も無かったそれに、小町はぱくぱくと口を開けたり閉めたりを繰り返す。
「き、聞くって、あのな。四季様は閻魔様で、言わない事にはちゃんと理由があるに決まってるんだよ!言ってくれないのは不満だけど、それはまだあたいが頼りないからで、ちゃんとしてればいつかは――」
「馬鹿だー」
「何だとこら!」
「うん馬鹿だ」
「をいこら!」
ミスティアとルーミアの二人の態度に流石に我慢できなくなってきた小町。
だけど、ミスティアはそんなの気にしない。
「……それってさ。知らないって事だし」
「は?!」
「……あんたは知らない。どうして秘密にされるのか、どうして自分には何も言ってくれないのか。どうして……そんな事するのか。全然知らない」
ぴしっと、小町の何かが傷つく。
誰よりも知っている大切な人。
だけど、知らない。
知っていても知らない。当然だけど不自然で、小町は固まる。
ミスティアはそれを見て、耳に残る綺麗な声で、自分の考えを伝える。
「知らないが一杯だから不満で不安なんでしょう? なら、ちゃんと聞けばいいわよ。知っていて不満なら、一緒に変えていけばいい。知っていれば不満は解消できるもの。知らない不満の方が私は悪いと思うし嫌だと思う。だって、知らない事は、一緒に解決できない。ただ、見て見ぬ振りで流して、問題を先送りにするだけだと思うから。……それに、閻魔だからって、そんな勝手な壁をつくったら、見えるものが見えないもの」
ミスティアはルーミアを見て、それから唖然として小町を見る。
「分かったら、今日は店じまい。頭冷やして来い馬鹿死神」
「ばーか」
一緒に揃って、べーっと舌をだす二人に、小町は力なく頷いて、よろりと去っていく。
だから気付かない。
ミスティアとルーミアが「頑張れ」と、小さく呟いてくれたのを。
翌日。晴天。
場所。三途の川のその手前。
そこで、小野塚小町は堂々とさぼって、そして四季映姫はまた叱りに来た。
暫し、無言で見つめあう二人。
「………小町」
「………は、はい!」
「………とりあえず。まずは叱ります」
「………へい」
閻魔様は真面目だった。
なので、一時間しっかりと説教した後、二人は今度はちゃんと、見つめあう。
「小町、最初に私から。貴方は馬鹿ではないから気付いているでしょうが、昨日の私は虫の居所が悪かった。八つ当たりをしてしまった事を謝罪します」
「……それじゃあ、四季様も、あたいが何か言いたい事があるって分かってくれてるようなんで、あたいもはっきり言います」
真面目な顔の小町。
そういう顔をすると、小町の顔はとても凛々しくて、映姫はこんな状態でも見惚れそうになる。
そしてそれを映姫は、少し悲しい気持ちで見ていた。
四季映姫は昨日、覚悟を決めた。
小町と私は釣り合わない。
そして、小町には私よりお似合いの相手がたくさん作れる。
もし小町に別れを告げられても、映姫は取り乱さない。
自分の心を殺しきってみせる。
泣いたりしない。縋りついたりしない。別れたくないなんて我侭は言わない。
でも、最後にだけ、キスをして貰おうと、映姫は拳を握り締めて、決めたから。
そんな映姫に、小町は僅かにいらだった顔になる。
小町は知っている。今の映姫の顔は、自分の愛情を信じていない時だ。
それぐらいは分かる。だから小町は、映姫への不満が溜まっていくのだ。
「四季様。はっきりと言います」
「……はい!」
「あたいは、あたいは四季様が大好きです! 愛してます! もう面倒ですから、付き合うじゃなくて婚約して下さい! 駄目なら結婚でもいいです! 四季様の残りの人生をあたいに下さい!!」
「――――は?」
「なんでしたら、今からでも四季様のご両親に挨拶に行ってもいいです! もし許されなかったら四季様連れて駆け落ちでも何でもします! とにかくとりあえず四季様、じゃなくて映姫!」
「は、はいっ?!」
「あ、あたいの、お嫁さんになってくれますか?」
片手を差し出して、耳まで真っ赤になって、鎌を持つ手は白くてぷるぷると震えて、
小野塚小町が冗談を言っている訳がないと、嫌でも分かってしまう。
「え?」
違う。
違った。
映姫は、小町を見上げて呆然と思う。
全然、違った。
予想と違う。
なんで?
どうして?
だって、昨日私は小町に酷い事をした。
小町だって、昨日は凄く凄く嫌な思いをした筈だ。なのにどういう訳だろう。
小野塚小町は、四季映姫にプロポーズをした。
「………あ、あの。小町」
「さ、最初の告白は四季様に盗られちゃいましたけど、次は駄目です。あたいのです」
「いえ、そうではなくて。何で――」
「……よっく考えてみたら、あたいは知らないに堪えられなかったんです」
「は、はい?」
「あたいは、四季様、じゃない、映姫の、全部をとまでは言わなくても、ちゃんと、その内面も知りたいんだ。知らないじゃ嫌なんだ。上白沢にばかり相談なんて嫌だし、あたいに教えてくれない事があるのも嫌だし、あたいを信じてくれないのも嫌だし、あたい以外の誰かと楽しそうに話すのも嫌だし、あたい以外に笑顔を向けるなんて凄く嫌だし、もし四季様が他の誰かを好きになったらあたい絶対にそいつ殺しそうだし。と、とにかく何を言いたいかといえばその。あたいは、四季様の傍に、一番近くにいたいんです!」
「っ」
真っ赤な顔で、だけれど言い切った死神。
この気持ちを、どうやって表せばいいのだと、映姫は自分がどんな顔をしているのかも分からずに考えて、考えるのが無理になった。
身体が熱くて、頭がパンクしそうなぐらいに一杯になった。
混乱している。
舞い上がってしまいそうだ。
だから、映姫は必死に落ち着こうと、勝手に口が動く。
「え?だ、だって、小町、恋文、貰ったんでしょう……?!」
「は?恋文?…………ああ、そういや貰いましたけど。即刻叩き返しましたが………って、四季様?! ま、まさかあたいの浮気を疑ってたんですか?!」
「わ、私、小町は私と別れて、その人のところに、行くものだと……ばかり」
「って、尚悪い想像をなさってたんですか?!」
ムカッと来た。
小町は今、本気で腹を立てた。
「な、なんでそう思うんですか?!」
「だって、小町と私は釣り合わないじゃないですか!」
「そ、そりゃあ、あたいみたいな不真面目な奴、映姫様には全然、ちっとも並べませんけど、あたいだって、あたいだって四季様が――」
「違う!何を言っているんですか!私が、小町に似合わないんですよ!」
「………………は?」
びきっ。
と、小町のこめかみが音をたてたのに、映姫は気付かない。
「………………あの、四季様?」
「ひくっ、っ。わ、私じゃあ、似合わないって、言われました!」
泣き顔で、悲痛な声で、叫ぶ映姫。
「………………誰に、ですか?」
「小町には関係ありません!」
びききっ。
「………………………」
「わ、私みたいな、チビで、頑固で、可愛くない閻魔が、小町みたいな人気者で大人で優しい人に似合うわけないじゃないですかっ!!」
「………………………」
無言で、小町は映姫に一歩近づく。
「そんな事を気にする事はないって、慧音は言ってくれるけど―――っ、痛?!」
「……………すいません。だけど、すいません。今、その名前は出すのやめて下さい」
「―――え?」
ぎゅうっと肩を、映姫の手より大きな小町の手が掴んでいる。
それに、はっとして我に返る映姫。
「あ」
今、自分は小町に何を言った?
プロポーズをしてくれた小町に、どんな言葉を投げつけた?
「こ、こま――」
呼びかえる声は、小町の強引な口付けに吸い取られた。
「っ?!」
「……なんっつーか。四季様。あたい決めました」
「え、え?」
「四季様に、あたいと釣り合わないとか言った奴はぶちのめします」
「ええ?!」
「それが誰だろうと、あたいは許しません」
「小町?!」
「そう、それが例え」
四季様でも。
もう一度。
今度は、優しい口付け。
「――――――」
「分かりました。四季様は、やっぱりまだあたいがどれっだけ四季様を好きか分かってないんです」
「あ、あう?」
真っ赤で、答えるのも難しい映姫に、小町は真面目な顔で続ける。
「なので、あたいは、四季様を毎日口説きます! 四季様の方からプロポーズしてくれるぐらいに、猛アタックをします! 四季様が、釣り合うとか釣り合わないとか、そんな悩みもどんな問題もちっぽけに思える様に、あたいで一杯にして見せます!」
「こ、こ、小町?」
「早速ですが」
小町は、本当の本当に、真面目に真剣に。冗談抜きの声音で言う。
「同棲しましょう!」
四季映姫は気絶した。
そして現在。映姫は叫んでいた。
「上白沢慧音――――!!駄目です!今度は駄目です!小町が、小町が毎日私を好きと言ってくれるんです!う、嬉しくて今度は小町が大好きすぎて心臓が持ちません!!」
「………それは困った悩みだな」
「だ、駄目です!小町が格好良くて素敵すぎて、ああああ、こ、このままでは私は小町のせいで死んでしまいます!」
「………それは大変だな」
「どうすれば、どうすればいいでしょうか慧音?!」
「………すまない。多分それは永琳殿にも治せない。そして私としてもそんな歴史は絶対に食べたくない」
同時刻。
「四季様が、四季様がもう可愛くて可愛くて、もう昨日だって頬を染めてあたいを見上げてくれたりなんかして、その上目遣いがこれまた例えようがないぐらいに可愛くて愛らしくて犯罪級で!!このままではあたいは萌え死んでしまう!!」
「……死ねばいいと思う」
「……あっちいけー」
「いまだに同棲は拒まれているけど、あたいは負けない!いつか四季様におかえりなさいを言える素敵な旦那様になってみせる! ついでに四季様には「あなた」とか呼んで貰えたら、あたいは感激で死ねる!!」
「……死んでくれないかな」
「……えいぎょうぼうがいー」
困った二人のバカップル。
閻魔と死神は、同時刻に別の場所で惚気まくり、幸せそうに笑っている。
そして、聞かされている者達は、非常に困りながらも、
「だけど、良かったな」
「全く、しょうがないわね」
「……そーなのかー」
ちょっとだけ、微笑ましげに目を細めて、閻魔と死神の関係を祝福した。
閻魔と死神にできる善行が、幸せになる事だなんて、本人達以外の誰もが分かりきっている事だった。
素晴らしい!
それはそうとしてこの頬がニヨニヨするのを誰か止めて
だがそれがいい!
・・・虫花か兎ズの続きも待ってますよ~
えーき様と小町のバカップルぶりが最高です。
もっとやれとしか言えないじゃないか
どうせ自分にはいないですよ!
塩分補給所はどこでしょうか。久しぶりの甘さに顔がにやけて危ない人になってしまう。
一歩間違えばヤンデレ?な小町と乙女してる映姫様素敵すぎます
糖分過剰摂取で死んでしまいそうだwww
お幸せに。
甘い!甘いよォ!!
うわあああああああああああああ!!!
まったく夏星さんのSSはいつ見ても甘くて砂を吐きそうだぜ!
また口から砂糖出ました!
いいぞもっとやれ!
いいぞもっとやれ!
いや、恋人の歴史を食べるなんてかわいそうとかそんな意味ではなく、もっとこう舌から喉から甘さで焼けそうだwwww
ただ言うなれば、先の展開が読めてしまったのがなんともおしい。
そうだそうだそうに決まった。
ごちそうさまです
全くもう。目をそらしたくなるくらい熱々で。
夏星さんの甘いSSは大好物です
ミスチとルーミヤも良い味出てる。
甘すぎるといって折ろうがああああああああああああああああああああ!!
ホントGJ!