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幻想郷のとある一日・藍編

2008/05/06 21:27:08
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この作品は作品集45「幻想郷のとある一日・霊夢編」、「幻想郷のとある一日・慧音編」、「幻想郷のとある一日・咲夜編」、

作品集46「幻想郷のとある一日・鈴仙編」、作品集50「幻想郷のとある一日・妖夢編」の視点が変わった話になります。

宜しければそちらもご覧ください。


















午前6時


私は目を覚まし布団から出る。

まずは顔を洗って意識をはっきりさせる。

式は水が掛かると剥がれてしまう物ではあるが、流石にこの程度で剥がれるほど柔(やわ)じゃない。

目を覚ました後は着替えて朝御飯の用意だ。

朝御飯の準備をしていると橙が起きてきた。

「おはようございます藍様~」

寝ぼけ眼をこすりながら橙が挨拶をしてきた。

「ああ、おはよう橙。顔を洗って目を覚まして来なさい」

「は~い」

橙はそのまま洗面台へと向かう。

さて、程々に準備も進んだことだ。

「チェ~ン」

私は橙を呼ぶ。

「なんですか?藍様」

橙は私の呼び声に応えて現れた。

「すまないが、そろそろ紫様を起こしてきてくれ」

「解りました~」

橙はそのままトテトテと紫様の寝室へと向かう。

さて、後は魚が焼きあがれば完成だ。



「ふみゃ~~~!!!」



と、その時、橙の悲鳴が聞こえてきた。

「はぁ…………」

私は溜息を吐(つ)きながら火を止める。

このまま現場に向かえば魚が焦げてしまうからな。

さて、予想は付くが、向かうとするか。



紫の寝室



「藍様ぁぁぁ!!!」

「はぁ…………」

部屋に入るなり、私はもう一度溜息を吐いた。

そして、直ぐに宙吊りになっている橙を下した。

何故橙は宙吊りになっていたのか?

理由は至極簡単だ。

「紫様、何トラップ仕掛けてるんですか」

紫様が護身の為(という名目の安眠妨害阻止)に罠を仕掛けていたのだ。

毎回毎回仕掛けられていれば警戒もするものだが、そこは紫様。

それを解っているので極偶(ごくたま)にしか仕掛けない。

そうする事でこちらの警戒心を持続させないようにし、そして警戒心が緩(ゆる)んだ所でまた仕掛ける。

心でも読めてるんじゃないかと言うくらい、警戒してる時は絶対に仕掛けない。

本当に恐ろしい方である。

が、その恐るべき能力はもっと別な方向に有用に使って頂きたいものだ。

「ZZZzzz………」

しかし、紫様は私の問いかけにも応えず、相変わらず寝ている。

「橙、耳を塞(ふさ)いでいなさい」

「は、はい!!」

橙はすぐさま私の言う通りに耳を塞ぎ、尚且(なおか)つしゃがみ込む。

そして私は大きく息を吸い込み…………






「紫様!!!起きて下さい!!!朝でカルチャアァァァァァァァ!?!?!?!?!?」






「藍様ぁぁぁぁ!?」

ゆ、床が突然消えた!!

否(いな)!!

私の足元に突然隙間が開いて危うく放り込まれる所だった。

ギリギリの所で床にしがみ付いて落下を免(まぬが)れたが………

突然の事に、思わず意味不明な言葉を叫んでしまった。

「朝っぱらから五月蠅(うるさ)いわよ………藍」

私が何とか這(は)い出ると、漸(ようや)く起きた紫様がそう仰(おっしゃ)った。

「紫様が起きない上にトラップまで仕掛けるからですよ。橙が引っ掛かったじゃないですか」

私はすかさず反論する。

「何言ってるの。橙が来るって解ってるからあの程度の罠にしたんじゃないの。貴女(あなた)が来ると解ってたらもっと凄いの仕掛けてるわよ」

私のお咎(とが)めなど一切耳を貸さず、さらにそう反論して来た。

「私用のトラップに橙が引っ掛かったらどうするんですか」

洒落(しゃれ)にならないんですよ、あれは。

前に私に仕掛けられたのは、突然上から水が降って来るものだった。

当然、私は急いで避ける。

が、その避けた先に罠が………しかも、その罠に引っ掛かると連鎖的に罠に嵌(は)まると言う、恐ろしい物だった。

完全に私の動きを先読みしてるとしか思えないほどの罠の配置だった。

「貴女ねぇ…………私を誰だと思ってるの?」

「八雲紫様です」

「解ってるじゃない。ならこれ以上の問答は無用でしょ?さ、朝御飯にするわよ」

いつの間にやら仕切られていた。

まぁ、確かに紫様が私達程度の動きを読めない筈はない。

それは解る。

解るが………………止めておこう。

どうせ反論しても敵いっこない。

「藍様ぁ……」

橙が何か言いたげに私を見上げる。

「何も言うな、橙」

私にはそう返す事しか出来なかった。




午前8時


「御馳走様」

「お粗末様です」

綺麗に食べ終えて言う紫様に私はそう返す。

「紫様、今日のご予定は?」

「今日はちょっと幽々子の所に顔を出すわ。貴女達も来なさい」

「解りました。何か持って行く物でもありますか?」

「態々(わざわざ)気を使う仲じゃないでしょ」

「畏(かしこ)まりました」

私はそう返して紫様の食器を下げた。

因みに橙には自分で食器を下げさせている。

そして、その後掃除、洗濯と一通りの家事を済ませる。

その間、紫様が橙に何やら言っていたが、良からぬ事を吹き込んでいなければいいのだけど………




午前10時


「お邪魔するわよ~」

紫様が境界を開いて白玉楼へと赴く。

私と橙も後に続いて入っていく。

「あら、いらっしゃい紫」

幽々子様は驚きもせずに普通に返す。

流石に付き合いが長いだけはある。

これが普通の者なら間違いなく驚愕(きょうがく)するであろう。

まぁ、突然空間を引き裂いて現れれば誰でも驚くか。

「いらっしゃいませ、紫様。今日は藍さんと橙も一緒なんですね」

庭の掃除をしていたであろう妖夢が手を止めてこちらにきて挨拶をする。

「ああ、お邪魔するよ妖夢。それから幽々子様も、お邪魔いたします」

私は妖夢に簡単に挨拶した後、幽々子様に深々と頭を下げる。

橙には私の真似をするように前もって言ってある。

「紫様、今日はどう言ったご用件で?」

形式上であろう、妖夢が紫様に用件を尋ねる。

妖夢とて付き合いがそこまで短いわけじゃない。

紫様が「なんとなく」で訪れる事が頻繁(ひんぱん)な事くらい知っている。

「あら?友人の所に遊びに来るのに理由なんて必要かしら?」

そして案の定な返答をする紫様。

「いえ、特別なご用件が有るかもしれないと思い、尋ねてみただけです。失礼しました」

そう言って妖夢は頭を下げる。

「相変わらず固いわねぇ妖夢は」

それについては私も紫様に同感だ。

「それが妖夢の良い所では?」

が、そう思うのも事実だ。

大体、幽々子様がああなのに妖夢までふわふわしていたら白玉楼が不安でしょうがない。

まぁ、妖夢もまだ未熟だから不安と言う点については同じだが………

「でも、もうちょっと融通利いても良いと思うわよぉ」

それも同感ですね。

紫様に言わせれば私も同じだとの事だが………妖夢よりは融通は利くと思うんですがねぇ…………

「あ、そうだ。橙、幽々子にアレ言ってみなさいな」

唐突に紫様は橙にそう言った。

「あ、はい!」

橙は元気に返事をすると、トテトテと幽々子様の所に歩いて行った。

妙な事を吹き込んで無ければいいのだけれど…………


「Trick Or Treat!」


幽々子様に近づいた橙はそう言った。

確か、この言葉の意味は…………

「外の世界の風習で、お菓子くれないといたずらするわよ、って意味よ」

きょとんとしている幽々子様に紫様が説明する。

そうそう、確か外の世界のハローウィンと言う行事だった筈だ。

「あらあら、それは困っちゃうわね~。はい、お菓子よ、橙」

意味を察した幽々子様が橙にお茶請けのお菓子を渡した。

「ありがとうございます!」

橙は満面の笑みでそう返す。

ああ、私があの役をやりたかったものだ…………

幽々子様も微笑みながら橙の頭を撫でている。

「ありがとうございます、幽々子様。橙、良かったな」

私は二人に近づいてそう言った。

「はい!」

橙は私にも満面の笑みを向ける。

うん、我が式ながらとても可愛いな。

「あ、妖夢」

ふと、幽々子様は妖夢を呼ぶ。

「はい?」

突然呼ばれた妖夢は少し驚いた感じで返事をする。

そして


「Trick Or Treat♪」


そう仰った。

「お菓子くれないと摘み食い(いたずら)しちゃうわよ♪」

そう来ましたか…………

「お菓子持ってきますから、本気で勘弁して下さい」

まぁ、そうだろうな。

幽々子様に摘み食いなどされたらいつまで経っても料理が完成しやしない。

「妖夢」

今度は紫様が妖夢を呼ぶ。


「Trick Or Treat♪」


そして紫様までそう仰った。

「お菓子くれないといたずらしちゃうわよ♪」

そしてそう言い放たれた。

「本気で勘弁して下さい」

それはそうだろう。

私だって御免被(ごめんこうむ)る

紫様にいたずらなんかされた日には……………………

止めよう、悪い方向にしか思考が働かん。

「今お菓子を持ってきますから、少々お待ち下さい」

そう言って妖夢は下がった。

「まったく、紫様は………」

私は紫様に軽く文句を言う。

「あら?冗談で言ったのにね~」

扇子で口元を隠しながらコロコロと笑う紫様。

「例え冗談であっても、冗談でなかった事を想定すれば誰だってああいう選択しますよ」

紫様を知ってる者は同時にその能力も知ってるのだから。

「あ、そうだ。ちょっと霊夢で遊んでくるわね」

紫様は私の言葉など全く聞かずにそう言うと、あっと言う間に隙間を開いて行ってしまった。

「ああ、もう…………」

私はまたもや溜息を吐く。

「大変ね~藍も」

ええ、大変ですよ。

きっと妖夢もでしょうけどね。

まぁ、それを口や顔に出すような馬鹿はしないが。

「あ、そうだ幽々子」

と、突然境界から顔だけ出して紫様が戻って来た。

そして幽々子様に何やら耳打ちをしている。

「はいは~い、解ったわぁ」

いったい何を話しているやら。

そして、今度こそ霊夢の元へと向かった。

「藍様~、向こうに大きな池がありますよ~」

庭をウロウロしていた橙が庭の先に見える池を指さして言う。

この白玉楼の庭は広い。

それはもう、とてつもなく広い。

確かに、白玉楼には何度も来ているが、そこで訪れる庭の場所が毎回同じとは限らない。

故、今だ見ていない景色が有るのが寧(むし)ろ普通なのだ。

初めて見るその池に橙は興味津々(きょうみしんしん)の様だ。

「幽々子様、見せて頂いてよろしいでしょうか?」

たかが庭に置いてある池を見るのに良いも悪いもある訳はない。

が、ここは幽々子様の家の庭。

家主に許可を取るのが礼儀だろう。

「池を見るのに態々許可なんていらないわよぉ」

案の定、幽々子様はそう返して下さった。

「は。では、見せて頂きます」

「んもう、藍も固いわね~」

固いのでなく、礼節の問題ですから。

私は既に池に向かっている橙の後を追う。

「これはまた大きな池だな………」

近づいてみてその池の大きさに驚く。

「はい、すごく……大きいです」

ふぅむ……これは私も初めてみる池だな。

魚も泳いでいる。

まぁ、魚の幽霊ではあるが。

しかし、幻想郷の、しかも幽霊だけに外の世界では絶滅種とされている物も居る。

ふむ………触れる事が出来ないとはいえ、これは壮観だな。

「橙、落ちないように気をつけるんだぞ」

「はい」

少しくらい水が掛かる程度で剥がれるほど式は柔では無い。

が、流石に池に落ちるなどしたら間違いなく剥がれる。

まぁ、私が傍に居れば剥がれた所で体を拭いて水気を払えばすぐに式を付け直せるが。

それに橙とて智慧(ちえ)を持つほどに成長した妖怪だ。

剥がれていても私を見れば直ぐに自分の立場を思い出す。

最も、それまでの間は他の妖怪、妖獣の様に暴れる事が有るので要注意ではあるが。


チャポン………


池の魚が軽く跳ねた。

ふむ、幽霊とは言えこの池の中では池の水に影響を与えられるのか。

それとも、この水自体が幽霊か?

「藍様、あれなんですか?」

私が思考に耽(ふけ)っていると、橙が尋ねてきた。

「ん?」

私は魚の事でも聞いてるのかと思って水面を凝視した。

「あの丸くて広がっていくアレです」

ああ、波紋の事か。

「ああ、あれは波紋と言うんだ」

「はもん?」

「ああ。水に振動などを与えると発生する小さな波だ」

「へ~………」


ポチャン………


再び魚が跳ね、波紋が発生する。

橙は不思議そうにそれを見ている。

「だがな、橙。波紋を馬鹿にしちゃいけないぞ」

「え?」

橙が私の顔を見上げる。

「波紋と言うのは確かに小さな波でしかない」


チャポン………


また波紋が発生する。

「だが、あの様に何度も波紋が発生すると、波紋同士がぶつかり合い、重なり合い、次第に強みを増し、そして」



「メメタァ」



「そう、岩に座っているカエルを押し潰(つぶ)さずにその下の岩だけを破壊する。って違う。その波紋じゃない」

思わず話が逸(そ)れた。

「橙、何処(どこ)でその効果音を知った?」

「前に紫様が読んだまま放って置いた漫画です~」

やはり奇妙なアレか。

紫様、橙に悪影響を及ぼすかもしれないから過激な漫画の読み置きは止めて下さいとあれほど言ってるじゃないですか………

「良いか、橙。あれは普通の波紋とは少し、いや大分違うんだ」

「そうなんですか?」

「そうだ。話を戻すが、そうやって強みを増した波紋はやがて大きなうねりとなる」

橙は黙って私の言葉に耳を傾けている。

「そして遂には大きな津波となり、全てを押しつぶるあぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」


チュドゴォォォォォォォンッ!!!!


「藍様ぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」

「う……ぐはぁっ………!!!」

な……何が起きた………!?

突然、私の横から極彩色(ごくさいしき)の弾幕が………極彩色……?

れ、霊夢の夢想封印か………!!!

紫様………霊夢を怒らせましたね?

そしてその際に撃たれた夢想封印を境界を通じて私の所に排出しましたね?

あれほど流れ弾を私に向けないで下さいと頼んでいるのに……………まぁ、聞いて下さると思っても居ませんが。

「藍様!?藍様ぁ!?」

橙が心配そうに駆け寄ってくる。

「く……大丈夫だ、橙。これしきで倒れはしないよ」

私は橙に笑顔を返す。

が、実は結構効いていた。

霊夢め………かなり全力で撃ったな。

不意打ちだった事も加わり、相当痛かったぞ。

まぁ、この場合恨むのは霊夢よりも確信犯的に行動している紫様ではあるが。

それにしてもかなり吹っ飛ばされたな………幽々子様が居た縁側(えんがわ)と池の間の中間くらいまで飛ばされた。

橙が心配するのも無理無いか。

「だ、大丈夫ですか?藍様」

「ああ、心配ないよ、橙。この通り、問題なっぱあぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?」


ドゴオォォォォォォォンッ!!!


「ら、藍様あぁぁぁぁぁ!?!?!?」

「が………ふぅ…………!!!」

こ、これは………魔理沙のマスタースパーク……………

魔理沙も居たのか………そして魔理沙も怒らせたのですね、紫様……

ああ……体が宙を舞っている………

流石、弾幕はパワーを信条とする魔理沙の弾幕。

威力だけなら夢想封印より遥かに上だ…………



ダンッ!!



「ぐっ!!」

叩きつけられた………が、硬い……地面の感触じゃない……白玉楼の廊下まで吹っ飛ばされたのか。

そしてそのままゴロゴロと転がる。

流れる景色と感触から廊下から室内の畳に入った事は解る。

やがて回転もおさまり漸く止まる。


バフッ………


ん……?柔らかい?

この感触は………

「暫(しばら)くそこでお休みなさい、藍」

直(す)ぐ上から聞こえてきた声は幽々子様のもの。

この感触は………布団(ふとん)………?

ま、まさか………!?

「さ、先程紫様と話していたのは…………」

「さ~?何の事かしらぁ?」

袖口で口を隠して紫様の様にコロコロと笑う幽々子様。

と言う事は………こうなる事を織り込み済みで紫様は神社に向かったのか………

我が主ながらなんと恐ろしい………そして、果てしなく呆れる。

何故その素晴らしい頭脳をこう言う事に使う……の…………か……………

い、いかん……い、意識…が………………

意識が途切れる前に私の名前を叫ぶ橙の声が聞こえた気がした………




ハッとなって目を覚ます。

「藍様!?大丈夫ですか!?」

橙が心配そうに声を掛ける。

「ああ、大丈夫だ。それより、私はどれくらい意識を失ってた?」

「大体一時間くらいです」

「そうか」

まぁ、単純な肉体の損傷程度ならそれくらいで回復するだろう。

私とて九尾の妖狐、無駄死には…じゃない、人間の攻撃程度でどうこうなるほど軟弱ではない。

それがいくら博麗の巫女や魔法使いの成り掛けであっても、だ。

まぁ、さっきのは不意打ちだったから効くには効いたがな。

紫様が絡みさえしなければ、あのような無様な直撃など普通はあり得ん。

ん……部屋の外から声が聞こえる。

この声は……紫様だ。

戻られて居たのか。

文句も言いたい所だが、さっさと消えてしまった。

間違いなく、私が意識を取り戻したのを察して逃げたのだ。

「さて、紫様はああ言われてましたけど、やはり私がお昼の準備をいたします」

先ほど聞こえた会話の内容から、私に昼食を作らせるよう、紫様は言っていた。

「妖夢」

少し命令気味な幽々子様の声。

「はい、なんでしょう?」

「藍に作らせるから貴女は作らないでいいわ」

「い、いえ、しかし………」

だが、妖夢は私に気を使っている。

「これは命令よ。今日のお昼は里で済ませて来なさい。ついでに夕方過ぎまで戻る事を禁ずるわ」

幽々子様はそんな妖夢にそう言った。

幽々子様の思惑(おもわく)は読めた。

「いえ、ですが…………」

「私の心配なら無用だぞ、妖夢」

私は部屋から出て妖夢にそう言った。

「藍さん。体の方は大丈夫なんですか?」

「何、これでも紫様の式。おいそれとは地に伏さんよ」

半端な力では紫様の式は勤まらんからな。

「それに、偶には里の人間の作った料理と言うのも食べてみてはどうだ?新しい発見があるかもしれないぞ」

妖夢には経験、特に体験が圧倒的に足らないからな。

少しは外の刺激に触れるのも良いだろうしな。

「屋敷の事なら心配しなくて良いわ。他の幽霊にやらせるから」

「解りました。では、里の方に行って参ります」

「ええ。あ、それから今日の夕飯は鳥でお願いね」

「鳥、ですか?」

「ええ。さっき鳥鳥言ってたら食べたくなっちゃったから♪」

私が寝ている間にそんな事があったのか?

「はい?」

だが、妖夢も呆けている。

「ほら。さっきの「鳥食う Or 鳥Eat」って言うのよ」

それはTrick Or Treatですよ。

なんでも食に繋(つな)げてしまうのか、この方は………

「ま、まぁ、今晩は鳥料理ですね?」

妖夢も半(なか)ば呆れながら返す。

「ええ、お願いね」

「畏まりました」

そう言って妖夢は出て行った。

「これで宜(よろ)しかったのでしょう?」

「ええ、悪いわね」

「お気にせず」

普段から生真面目(きまじめ)な妖夢にちょっとした休養を与える為に幽々子様は敢えてああ言う「命令」をしたのだ。

「それはともかく、まさか幽々子様が紫様とあのような悪だくみをされているとは思っていませんでしたよ」

言うまでもなく先ほどの事だ。

「あら、失礼ね。私は何も悪だくみしてないわよ」

「では、あの布団は何方(どなた)が敷(し)いたんですか?」

菓子を探しに行っている妖夢がそんな事を出来る訳が無い。

「勿論、私よ」

あっさりと答えますね、幽々子様。

「なら、やはり悪だくみしていたのではないですか」

「それは違うわ。私が紫から聞いたのは、弾幕の流れ弾を藍に当てるって事だけよ」

「知ってたなら教えて下さい。いえ、それ以前に止めて下さいよ………」

「あら、紫が楽しそうにしてるんだもの。止められる訳無いじゃない♪」

ああ、もうこの方も…………

「で、何ゆえ布団を?」

「それは勿論、貴女が無造作にその辺に転がってたら妖夢にまたお小言されちゃうじゃない」

「つまり、保身の為、と」

「ええ」

全く否定しないし。

「まぁ、紫の事だから私が部屋に布団敷いたらそこに飛ぶように調整してくれるでしょうしね~」

えぇい!なんなのだこの異常なまでのコンビネーションは!!

何をするかを言っただけで、何故にこうもお互いに完璧に理解し合って行動できるのか!!

そして、何ゆえその素晴らしい能力をこんな事に使うのか!!!

……………………はぁ~

取り敢えず、溜息だけ吐いて私は昼食の用意に取り掛かる事にした。

どうせ舌戦でかなう訳無いし。

これなら舌戦でどうにか出来る伊吹萃香の方がまだマシだ。

まぁ、あっちは腕っ節が普通じゃないのだが…………




午後2時・街道


幽々子様の昼食とその後片づけも終え、私は今紫様と街道を歩いている。

因みに、橙は人の里に遊びに行っている。

「~♪」

紫様は歌を歌っていた。

そういえば、一つ訂正すべき事が。

先ほど紫様と歩いていると言ったが、それは間違いだ。

歩いているのは私だけ。

紫様は私の尻尾に乗っている。

私は尻尾を数本 」 の様に曲げて椅子を形作り、そしてそこに紫様が座って居られる。

紫様の言う所の「尻尾椅子」だ。

因みに他にも「尻尾枕」や「尻尾布団」などなど色々ある。

まぁ、私自身、この尻尾は自慢の物。

主に気に入られるのは嬉しい物だ。

とは言え、自慢の物だけに私の尻尾をそう言う風に使う者は限られている。

主である紫様と私の式の橙だけだ。

後はまぁ、幽々子様が勝手に使われたりする。

あの方にも何かと逆らえないからなぁ…………

「~♪」

紫様が今歌っているのは確か、外の世界の歌のグリーンスリーブスだったか。

相変わらず綺麗な声で歌われるものだ。

確かに、紫様は声の境界を操って自在に声帯(せいたい)を変える事が出来るが、今歌ってる声は地声だ。

そしてそれがとても美しい。

っと、どうやら歌い終えたようだ。

「ん~………やっぱりこう良い天気だと歌の一つも歌いたくなるわね~」

紫様がそう仰る。

「ええ、そうですね」

気持ちは解る。

まぁ、私は歌いはしないが。

「ついでだからもう一曲行っちゃいましょう」

気が付けば周りの物陰に妖精が多く集まっていた。

紫様の美声に惹(ひ)かれたのだろう。

「~♪」

紫様のイントロが始まった。

って、あれ?なんかいきなりコミカルな感じの音調になったぞ?

そして、イントロが終わり歌が始まる。



「いざ進め~や~キッチン~♪ 目指す~は~ジャ~ガ~イモ~♪ ゆでた~ら皮を剥い~て~♪ ぐにぐ~に~と潰せ~♪」



音こそしなかったものの、周りで妖精たちが盛大にずっこける気配がした。

無理もない。

美声からいきなりこんなコミカルな歌に変わったのだから。

しかも、声帯もしっかりと変えて。

この歌は確か外の世界の歌の「お料理行進曲」だったか………奇天烈なアニメの主題歌の一つだった筈だ。

しかし紫様も…………

周りに自分の美声に惹かれて妖精が集まってるのを知っている上で、行き成り曲調を変えてコケさせるのだから人が悪い。

その後も歌は続き、そして1番の最後に入る。

「小麦粉・卵に~♪ パン粉をま~ぶ~して~♪ 揚げれ~ばコロ~ッケだ~よ~♪」

まったく、キャベツはどうしたんだか…………






「ミスティ~ア・ロ~レラ~イ♪」






「何ぃぃ!?!?」



「何よ、藍。行き成り五月蝿いわね」

「いやいやいや、紫様、そこは違いますよ」

「何が違うって言うのよ?」

何がって、そりゃぁ……………







「コロッケは鳥肉でなく豚肉でしょう」






「あら?そう突っ込む?」

紫様が意外そうに仰った。

だが、コロッケに使う主な肉は豚だ。

鳥では無い。

それは兎も角(ともかく)。

「どちらに向かっているのですか?」

実は言うと、私は紫様に「乗せて歩け」と命じられただけで目的地、その他一切を知らない。

「あら?言ってなかったかしら?」

「ええ」

言ってませんとも。

「山に向かって頂戴」

ここで紫様の言う「山」とは、言わずもがな、妖怪の山の事だ。

「では、昼間に外出されて居たのは…………」

「そう言う事よ」

納得。

妖怪の山とは非常に排他的で余所者を受け付けない。

が、一応例外はある。

一つは何らかの理由があって「余所者」を山の住人が呼び出し、或いは連れ込んだ場合。

もう一つは、特定の者だけが許可を得て入る場合だ。

前者の場合は妖怪の山の関係者が招いている為、別段なにかある訳じゃない。

が、後者の方はいろいろと面倒が多い。

その特定の者だが、基本的に紫様、そして鬼の伊吹萃香くらいだ。

妖怪の山の頂点に立つのは天狗の最高峰、天魔だ。

鬼と天狗は昔から上と下の関係にある。

故(ゆえ)、伊吹萃香の場合は個の能力の高さも相まって、ほぼフリーパス状態だ。

鬼と言う種族自体が妖怪の最高峰なのだから当然と言えば当然かもしれない。

まぁ、あの鬼の場合は自身の能力でいつでもどこでも行けるのだから許可も糞もないのだが。

だが、紫様の場合はそうはいかない。

紫様は他に類を見ない一人一種族の妖怪であるため、そう言った種族間の上下と言う物が無い。

妖怪の山は外の世界の社会にある上下関係に似たような物が有る。

その為、そういった上下の分別のつかない紫様は伊吹萃香の様にフリーパスとはいかない。

とは言え、無論、天魔とて紫様の実力を知らぬわけがない。

正面切って、否、恐らくは如何(いか)に策を弄しようが紫様に敵う術はない。

しかし、そう言った上下関係のある構成ゆえ、面子(めんつ)と言う物が存在する。

敵対するには分が悪すぎる。

が、無関係の者をほいほいと山に入れては示しがつかない。

そこで取ったのが「許可制」だ。

天魔が紫様に許可を出す事で、山の全妖怪は紫様及びそれに随伴(ずいはん)する者、この場合は私を見過ごす事にしている。

こうする事で面子と紫様との関係を保っていると言う事だ。

紫様が昼間居なかったのは、この許可を取りに行っていたと言う事だ。

妖怪の山の妖怪とて、我々と戦えば無事では済まない事くらい解っている。

下手な面子で仲間を傷つけるよりも、法を決めて仲間を守った方が良い。

紫様とて意味もなく妖怪の山と敵対するメリットもない筈だし、これが良策なのだろう。

しかしまぁ、徒歩だけに山まで結構掛かるなぁ…………。




午後3時・妖怪の山


漸く妖怪の山に足を踏み入れたが…………

ふむ………流石に許可が下りてるだけに周りで最低限の警戒はしているが、敵対しようという雰囲気は感じられない。

「しかし、暇ねぇ………」

暫く歩いていると、紫様がそう呟いた。

「暇、ですか」

まぁ、私の尻尾に座ってるだけですしね。

流石にここで歌う訳にも行かないでしょうし。

いや、まぁ、紫様なら歌いかねませんが。

「あ、そうだ。藍、こんな事知ってるかしら?」

「はい?」

出た、紫様の真偽(しんぎ)の解らぬ与太話(よたばなし)。

困った事に、紫様は良く我々に話をする。

いや、話をすること自体に困る事はない。

問題は、その話自体が真偽が定(さだ)かでは無い事だ。

因みに紫様は嘘を話す事が少ない。

他の者には真偽の確かめようがない為、出鱈目(でたらめ)だと思われる事が多いが、実は真実を話す事が多い。

少なくとも、私の前で誰かに話をしている時は大抵真実を話している。

最も、それらの話は普通の者には信じ難く、確認のしようもない為に信じて貰えずにいるが。

しかし、それでもやはり嘘を吐(つ)く事が有る。

本当っぽい事に限って嘘であったり、嘘っぽい話でありながら本当の事であったり。

かと思えば、裏をかいて素直に本当の事を言ったり嘘を言ったり…………

もう、ここまで来ると私ですら事実確認の取れていない話は真偽が定かでは無くなる。

そして紫様はそんな聞き手の反応を見て楽しんでいる。

そう言うお方なのだ。

「行き成り知っているか?と聞かれましても何の事か解りませんよ」

「まぁ、そうよね」

これはまぁ、人間でもよくあるやり取りではある。

「霊夢の事なんだけどね」

「霊夢が何か?」

また私の知らない話か………?







「霊夢って既婚者なのよ」






「はい、嘘ですね」

何を言うかと思ったら…………

「いくらなんでも、博麗の巫女の婚儀に関わる話を私が知らない訳が無いでしょう」

まったく。

博麗の巫女の婚儀、即(すなわ)ちその後の子孫繁栄に関わる事は幻想郷の結界の維持に関わる事。

紫様の式たるこの私が知らない訳が無い。

「あら?知らないの?藍」

「何がですか?」

「霊夢には所謂(いわゆる)許嫁(いいなずけ)が居たのよ」

「初耳ですが?」

思いっきり疑わしげな眼で紫様を見ながら言う。

「それはそうでしょう。だって、私以外じゃ先代博麗の巫女と相手の家くらいしか知らないもの」

「百歩譲(ゆず)ってその話が本当だとして、博麗の巫女の婚儀ですよ?話に上らない訳が無いじゃないですか」

先も言ったように幻想郷の存亡そのものに関わる事と言っても過言じゃない。

そんな事が話に上がらない事がまずおかしい。

と言うか、代々博麗の巫女の婚儀は壮大に行われて来たのだ。

今回に限って慎(つつ)ましやかに行うなど考えられない。

「その事なんだけど、式はまだ上げていないのよ。入籍だけ済ませてね」

「何故そんな事を?」

「だって、その時霊夢とその相手はまだ7,8歳だったもの」

「7,8歳で入籍って………どんだけ相手の人生束縛してるんですか」

その年にして既に色恋を禁じられるなど、人間にとってどれ程の苦痛になる事か…………

入籍後に他に好きな異性が出来た時など最悪の極みだ。

「仕方ないわ。幻想郷の維持に必要な事だから」

「別に霊夢が結婚適齢期を過ぎてからでも良いでしょうに」

現に過去の博麗の巫女で結婚適齢期を過ぎても相手が見つからない者は居た。

そんな時は紫様が幻想郷内、あるいは外の世界からその博麗の巫女と相性の良い者を探して来る。

そして、色々小細工をして運命の出会いを装って二人を結ばせる。

知ってる者から見れば無理矢理くっつけたように見えはするが、結局最終的に一緒になる事を決めたのは本人同士。

結果的には巫女の幸せを尊重もしている。

「手遅れになってからじゃ遅いでしょ?」

「手遅れとは?」

「今までは何とか相手が見つかって来たけど、これからもそうとは限らないわ」

一応、紫様が相手を見つけてくると言う話は伏せる事にしている。

色々問題が起きるからだ。

「だからと言って…………」

「必要なのは幻想郷の維持。違うかしら?」

紫様が酷く冷(さ)めた眼で見ながら言ってきた。

「………………本当に?」

「私が幻想郷に関わる事で嘘を言うとでも?」

紫様の目を見る。

深い………とても深い目をしている……………







「まぁ、嘘吐くんだけど♪」




思わず私はコケそうになった。

「ちょっと藍。危ないじゃないの」

「紫様がとんでもない嘘吐くからじゃないですか」

あんな深い目をしながら嘘を吐くとは………これだからこのお方は……………

「馬鹿ねぇ、ちょっと考えれば解るじゃないの」

「その考えを悉(ことごと)く否定したのは何方ですか」

「ダメよ、物事をもっと裏の裏のそのまた裏くらいまで見ないと」

「紫様とそれをやって私が勝てる訳無いじゃないですか」

このお方の思考回路は到底及びもつかないのだから。

「まぁ、でも退屈凌(しの)ぎにはなったでしょ?」

「紫様の、ではないですか?」

「どうかしら?」

扇子に口を当ててコロコロと笑う紫様。

しかし、そうと言うからには目的地が近いのか。

と言うか、着いたな。

この気配、そうか……紫様の目的はあれか。

辿り着いたのは神社。

無論、博麗神社では無い。

ここが件(くだん)の外の世界からの来訪者の住処(すみか)か。

「ん?誰だい?」

紫色の髪の注連縄(しめなわ)を背負った女性が私達に気づいて神社から出てきた。

この気配…………そうか、彼女がこちらに来た「神」か。

流石に神だけあって只ならぬ物を感じるな。

が、あまり驚異的には感じない。

恐らく信仰があまり集まっていないのだろう。

神は常軌(じょうき)を逸(いっ)した力を有するが、それを完全に扱うには信仰が必要になる。

信仰の少ない神はその力を十分に発揮できない。

まぁ、それでも並の妖怪風情(ふぜい)が太刀打ちできるレベルではないが。

「貴女が最近こちらに来た神様ね?」

「そうだけど、あんたは?」

紫様とその神、八坂神奈子は話をし始めた。

内容は幻想郷の説明と、警告。

しかし、あの紫様を目の前にして全く動じないとは…………信仰が集まったらかなり力が有る神かもしれないな。

大抵の者なら体に警戒や脅えが見えるが………

レミリアの時もそうだったが、あいつの場合はどちらかと言うと不遜(ふそん)な感じがしたが、こちらはまっとうに受け止めている。

なるほど、只者ではなさそうだ。

紫様が警告をしに来るのも頷ける。

話によれば霊夢に匹敵する力を持つ巫女に、更にもう一神居ると言う話だしな。

やがて話も終わり

「藍、帰るわよ」

「御意」

紫様が隙間を開いて、私達はその場を後にした。

最後に隙間を開いて帰ったのは、相手に対する力の誇示の一種だろう。




午後5時40分


紫様は帰ってから昼寝をなされた。

本当によく寝るお方だ。

さて、そろそろ夕飯の準備をしなくてはな。





!?




この感じは………橙の式が……剥がれた!?

何故だ?今日は雨など降っていないぞ?

いや、そんな事を考えてる場合ではない。

急がなければ!

「どこで○ドア~」

「うわっ!?」

急に目の前に隙間が開かれた。

「ゆ、紫様?」

紫様がいつの間にか起きてこられて隙間を開いたのか。

「橙の式が剥がれたんでしょう?」

「何故お気づきに?」

「貴女の事は何でも解るのよ」

なんとも反論の出来ぬ言葉だ。

「ついでだから私も行くわ」

なにはともあれ、これならすぐに橙の元に行けるのは間違いない。

っと、タオルだけ持って行こう。

そして私と紫様は隙間を抜けて橙の元へと向かった。



「橙!!」

私は急いで橙を探した。

が、探す必要もなく、隙間を出てすぐの所に橙は居た。

「ら、藍様ぁぁぁぁ………」

式が剥がれてはいるが私の事は認識できる。

橙は泣き顔で私を見上げた。

「どうしたんだ!?なんでこんなにずぶ濡れなんだ!?」

良く見れば橙だけではなく、周りも水浸(みずびた)しになっている。

確かに、橙が居たここは池のそばで水が近くにある。

が、こんな大々的に水が降り掛かる訳が無い。

「誰かがここを低空で猛スピードで飛んで行ったみたいね」

紫様が周りを見ながらそう仰った。

「え?」

「見なさい。ここだけでなく、一方向に向かって似たような状態になってるわ」

紫様の仰る通り、一方向に向けて周りに水が飛び散っている。

「いったい誰が………」

この方角にある主な場所と言えば…………

「花畑…………風見幽香かしらね?これだけの速度を出せるとなると」

風見幽香………あの花の妖怪か…………

「紫様」

「はいはい、3割だけよ?」

紫様は私が言わんとする事を即座に察してそう返された。

「5、いや、4割はダメですか?」

「ダメね。3割。それで納得しないなら諦めなさい」

「……はっ」

取り敢えず許可は頂けたのだから良しとしよう。

「取り敢えず一旦戻りましょう。そのままだと橙風邪ひくわよ」

確かに、タオルで体を拭きはしたが、服がビショビショだ。

風呂にでも入れて、その後式を付け直すとしよう。




午後6時


「これでよしっと」

私は橙に式を付け直した。

「ごめんなさい、藍様………」

橙がしょんぼりとしながら謝る。

「何を言うんだ、橙。橙は何も悪くない。今回のは事故だ」

そう、事故の筈だ。

「私はちょっと出かけてくる。もしかしたら時間が掛かるかもしれないから、お腹が減ったら冷蔵庫に入っているいなり寿司でも摘(つ)まんでなさい」

こう言う時は紫様が外から持ってきて下さった文明の利器は助かるな。

「はい。あの……藍様、気を付けて下さい」

橙も私が何をしに行くかを察したのだろう。

おずおずとそう言ってきた。

「私の心配は無用だよ。それに戦闘すると決まった訳じゃない」

そう、ただの事故であり、そのスピード故に橙に気が付かなかったと言うのなら仕方が無い。

一言詫びでも言ってくれればこちらも注意をするだけで事は済む。

が、相手は「あの」風見幽香だ。

はたして素直に詫びを言うかどうか………

それ故に紫様に許可を頂いたのだ。

3割………即ち、紫様の全力の30%だけ戦闘で使用する許可を。

つまり、風見幽香と戦闘する許可を頂いたのだ。

「では、行ってくるよ」

「はい」

因みに紫様は気付いたら消えていた。

何処に行かれたのだろうか?

まぁ、あの方に限って心配など杞憂(きゆう)以外の何物でもないのだが。




午後6時30分


漸く花畑が見えてきた。

………………ん?この気配は…………幽々子様?

何故幽々子様があそこに?

しかも、この感じは敵意………

あの妖怪、幽々子様にもちょっかい出してたのか?

辿り着くとやはり剣呑(けんのん)な雰囲気だった。

いつもはボーっとしてるか笑顔な幽々子様の表情が険しい。

「あら?また来客だわ」

「藍?」

風見幽香の言葉に幽々子様が私に気づく。

「お取り込み中………の様ですね」

私は幽々子様に一礼してから尋ねる。

「ええ。悪いけど、貴女の用事は後にしてもらえるかしら?」

相変わらず険しい表情のままで幽々子様は私に言う。

軽く威圧感も服でいる。

「畏まりました」

私とて無理に争う必要はない。

この妖怪が幽々子様に痛い目に遭(あ)わされた後に私の用事を済ませれば良いだけだ。

と言うか、そちらの方が恐らく私も用事もスムーズに済む事だろう。

「あら?大した用事じゃなかったのかしら?てっきり、あのずぶ濡れになった愉快(ゆかい)な子猫ちゃんの仕返しに来たのかと思ったけど」

だと言うのに、まったく…………

人が穏便(おんびん)に済ませようとしているのにどうして神経を逆撫(さかな)でするのか、この妖怪は………

「聞き捨てならないな………愉快だと?事故だと思っていたが、故意だったのか?」

「藍、後にして頂戴(ちょうだい)と言った筈よ?」

幽々子様がそう仰る。

が、私とて確認せねばならぬ事が有る。

「いえ、これだけははっきりさせて下さい。答えろ、風見幽香。事故か?故意か?どっちだ」

「勿論事故よ。でもあんな水も避けられないなんてねぇ…………振り返ってみて思わず笑っちゃったわ」

こいつは…………!!!

「前言撤回(ぜんげんてっかい)いたします、幽々子様。こいつは一度痛い目を見せてやらないといけませんので…………」

「ならお下がりなさい。それは私がやるわ」

幽々子様が睨むように見ながら仰る。

「申し訳ございませんが、退(ひ)けません」

私も幽々子様の目を見返しながら言う。

「どうしても?」

「はい」

「良いわ。邪魔だけはしない事ね」

「御意」

結果的に奴に痛い目を見せれば良い。

幽々子様の動きに合わせつつ折を見て攻撃を当てて行くとするか。





「ノンディクショナルレーザー」




「うおっ!?」

「何?」

「危ないわね~」

突然背後からレーザーが走り抜けた。

私と幽々子様は咄嗟に避け、解っていたのであろう風見幽香は軽く避けた。

振り返ってみれば、そこに居たのは紅魔館の魔女、パチュリー・ノーレッジだ。

「紅魔館の魔女?何故お前までここに?」

「退(ど)きなさい。私はそこの身の程知らずに用が有るのよ」

こいつもまた凄まじく不機嫌だな。

この妖怪、いったい何をやらかして来たんだ?

「身の程知らず?それは私の事?それとも持病持ちの身でここに来てる貴女の事?」

相変わらず悪びれた様子など一切見せずに言う風見幽香。

この態度に魔女の不機嫌さがさらにヒートアップする。

「もう良いわ。この一帯ごと消えてしまいなさい」

なっ!?

この魔女、スペルカードを取り出したぞ!!

しかもあれは………ロイヤルフレア!?

本気でここら一帯を焼き払う気か!?

「あらあら、それは困るわね」



ドヒュゥンッ!!



「っく!!」

「っつ!!」

突如、風見幽香が猛スピードで私達の横を抜けて行った。

「逃がさないわよ!」

魔女は取り出したスペルを中断し、風見幽香を追う。

続くように私達も奴を追う。

しかし、あの妖怪………こんなにスピードが有ったのか?

まるで魔理沙並…………魔理沙で思い出した。

そうだ、あの妖怪には魔理沙のマスタースパークと似た技、フラワースパークなるスペルが有った筈だ。

なるほど、あのスピードはフラワースパークの逆噴射で推進力を利用してるのか。

程なく飛んだ所で燃料切れか、風見幽香が止まった。

「もう逃がさないわよ」

再びスペルカードを取り出して魔女が言う。

「誤解しないで頂戴。逃げたんじゃなくて、あの場所で戦いたくなかっただけよ」

「どうでも良いわ。死になさい」

魔女は問答無用でスペルを解き放つ。

「植物は炎に弱い。火符・アグニシャイン!」

怒涛(どとう)の炎が風見幽香を襲う。

だが、風見幽香は難なく避ける。

「ゴーストバタフライ」

そこへ幽々子様の弾幕が追い打ちを掛ける。

が、いくつかは魔女のアグニシャインと打ち消しあっている。

「邪魔をしないでくれるかしら?亡霊」

「後から出て来た貴女の方が邪魔なのよ、魔女」

思いっきり敵意むき出しで睨(にら)み合う二人。

「良いじゃないの、どうせ一対一じゃ私が勝つんだから。弱い者同士は手を組む者よ?」

「自惚(うぬぼ)れも…………程々にしろ!」

透かさず私が妖狐狸レーザーを放つ。

「はい、残念♪」

ちぃ!

良く避ける奴だ………3割では捉(とら)えきれかも知れんな……………

「ちょっと藍、抜け駆けしないで頂戴」

「貴女も邪魔よ、狐」

「幽々子様が言い争ってるからです。そして邪魔ならお前が帰れ、魔女」

私達は互いに睨み合っている。


「フラワースパーク」



ゴウッ!!



「ちぃ!」

「賢(さか)しいわね」

「こんなもの」

言い争っている私達にいきなり放たれた風見幽香のフラワースパーク。

だが、私達とて簡単に食らう訳が無い。

「良いわ。ここで貴女達と争ってもあいつの思う壺。精々(せいぜい)邪魔だけはしないで頂戴」

魔女はそう言い、風見幽香に向き直る。

「その言葉そっくり返すわ」

「同感だ」

そして私達も風見幽香に向き直る。

「そうそう、そうじゃなくちゃ面白くないわ。まとめて掛かって来なさい」

「調子に乗るのも…………」

「好(い)い加減になさい」

私と幽々子様が同時に攻撃を仕掛け、再び戦闘が始まった。




午後7時30分


くそっ!

大分攻撃を続けていると言うのに全然当たらん!!

確かに、風見幽香の回避能力は非常に高い。

まるで魔理沙や霊夢に匹敵するかのようだ。

だが、それだけじゃない。

「ノンディクショナルレーザー!」

「妖狐狸レーザー!!」


バチィンッ!!


「くっ!」

「ちぃ!!」

私達の攻撃が互いの攻撃を時に相殺し、時に妨害している。

このままでは埒が開かん!!

「やれやれ………派手にドンパチしてるから何かと思えば」

「随分無様な戦いを繰り広げてるものね」

「妹紅?それに竹林の姫か」

振り返ればそこに居たのは不死の人間、藤原妹紅と蓬莱人にして月の姫君、蓬莱山輝夜だった。

「あら?貴女達も加わるのかしら?」

風見幽香が弾幕をよけながら尋ねる。

「ま、この様子だとあんまりちょっかい出す気にはならないんだが………」

「ここまで来て帰るのも癪だから、適当に遊ばせて貰うわ」

「邪魔はしないで頂戴」

新たに来た二人に幽々子様がピシャリと釘を刺す。

「安心なさい、そのつもりよ」

「お前達が倒してくれりゃこっちの手間も省けるしねぇ」

見た感じ、輝夜と妹紅は私達ほど真剣ではないようだ。

これなら邪魔はしないだろう。

ならば、私は残った他の二人に邪魔をされぬようにあの妖怪を撃墜するのみだ!!




午後8時


時間は掛ったが、漸く風見幽香の体のキレが悪くなってきた。

どうやらスタミナに限界が来たのだろう。

それはそうだ。

殆ど攻撃こそしなかったものの、一瞬の油断も出来ない我々の攻撃を避け続けて来たのだ。

集中力、精神力、体力、どれも限界を迎えてもおかしくない。

「そろそろ年貢の納め時ね」

魔女が勝ち誇ったように言う。

しかし、この魔女、今日は体の調子でもいいのか?

全然息を切らしていない。

「この際だから一斉攻撃で消すのも悪くないわね」

幽々子様も弾幕を展開しながら言う。

「おとなしく謝っておけば痛い目すら遭わずに済んだと言うのに…………自業自得だ。己(おの)が愚行を閻魔様の前で十分に悔いろ」

私もスペルカードを取り出す。

「良く凌いだ方だとはもうがね」

「まぁ、こんな所でしょう」

妹紅と輝夜は手を出す気はないようだ。

「さて、覚悟は良いかしら?」

幽々子様が尋ねる。

「あら、残念ね………どうやらお祭りはまだ終わらないみたいよ?」

だが、風見幽香は楽しそうな顔でそう返した。

が、その顔の汗から限界なのはありありだ。

「…………そう言う事。本当、小賢(こざか)しいわね……貴女」

弾幕を放とうとした幽々子様が何かに気づく。

何だ?まだあの妖怪は何かを隠し持っているのか?

「あんたらねぇ…………」

怒気をはらんだ声が聞こえてきた。

こ、この声は…………

「れ、霊夢!?」

「しまった………何時(いつ)の間にこんな所まで…………」

妹紅も私同様、失念していたようだ。

気が付けばここは博麗神社の近辺。

こんな処で暴れれば博麗の巫女、霊夢が黙っている訳が無い。

しまった………あの妖怪、ただ避けるだけと見せて、保険としてここに移動していたのか…………!!

「ここが何処(どこ)で今何時だと思ってんのよ…………」

まずい………完全に怒っている。

ここはひとまず事情を説明して……………

「貴女には関係ないわ」

「お、おい!魔女!!」

なんて事を言うんだ!!

不機嫌な霊夢にそんな事を言えば……………





「っざっけんじゃないわよ!!この馬鹿妖怪どもがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」





嗚呼(ああ)………やっぱりキレた………………

参ったな………キレた霊夢はかなり危険なんだが………………

うおっ!?

陰陽玉がまとめて飛んで来た………

もう、あたり構わずしっちゃかめっちゃかに攻撃しているな。

しかも、その攻撃力が又半端ない。

既にスペルの乱発で力を使っている私達には結構しんどい代物だ。

みんな必死で避けている。

いや、妹紅と輝夜は途中参戦で力を使ってないせいか、結構余裕気味だ。

「くっ!博麗の巫女!!」

魔女が忌々しげに叫ぶが、既に余力が余り無いせいか、回避だけで手いっぱいの様だ。

幽々子様も応戦しているが……いや、応戦と言うよりは、自分の弾幕で霊夢の弾幕を相殺して防ぐのが精々の様だ。

っと、夢想封印まで飛び出してきた。

一日に二回も食らってなるものか。

って、今度は二重結界か。

くっ!っと!!

霊夢も結界が上手くなったものだ。

避けづ…ら……い…………?

おい、霊夢。

お前、何をしているんだ?

待て待て待て。

自分が何をしようとしているか解っているのか?

馬鹿な…………まだ二重結界は発動して居るんだぞ!?

そこに………

更に二重結界を重ね…………まさか!!!

「嘘でしょ!?」

「そんな馬鹿な!!」

私と幽々子様が「それ」に気づいて驚愕の声を上げる。

二重結界に更に二重結界…………それはまさしく




「紫様の四重結界だと!?」




間違いない!

型こそ粗(あら)いが、これは紛(まぎ)れもなく四重結界!!

馬鹿な!!

過去の博麗の巫女でもこれを扱えた者など居ないぞ!!

くそ!!

今の霊夢をこれ以上暴れさせるのはまずい!!

偶然だろうがなんだろうが、四重結界を放ってるんだ!!

分が悪いにもほどが有る!!

私達はたちまちの内にバラバラになって逃げた。




午後8時30分・冥界手前


「幽々子様」

私は幽々子様に追いすがっていた。

「あら、藍」

「お体の方は大丈夫ですか?」

「直撃はもらってないから問題ないわ。お腹は減ったけど」

相変わらずの様で何よりだ。

「で、何の用?」

そして素早く切り替え、単刀直入に聞いてきた。

「まずはお詫びを。私にも事情があったとはいえ、邪魔するような形になってしまいましたから」

「本当ね」

「申し訳ございません」

「冗談よ」

幽々子様は頭を下げた私にコロコロと笑いながらそう言った。

「察するに橙絡みでしょ?貴女が熱くなるのも解るわ」

「そう言う幽々子様はやはり妖夢絡みですか?」

「まぁね~」

詳しくは言いたくない、と言う雰囲気だ。

まぁ、妖夢を赤子の頃から知っている幽々子様にとって、妖夢は娘のようなものでもあるのだろう。

その「娘」の手に負えない妖怪がちょっかいを出してきたから怒った。

恐らくはそんな所だろう。

「聞きたかった事はそれだけかしら?」

「はい」

あの幽々子様があそこまで怒る理由を知りたかっただけだ。

ただの興味本位で。

「じゃあ私は帰るわ。お腹空(す)いちゃったから」

「はい、私もこれで…………」

私は幽々子様と別れてマヨヒガへと帰った。




午後11時


夕食もとうに済み、橙は既に寝ている。

「無様だったわねぇ、藍」

晩酌をしながら紫様が仰った。

「返す言葉もございません」

確かに、風見幽香は実力者だった。

はっきり言って3割程度じゃどうにかなる相手ではない。

が、私以外にも幽々子様と魔女が居た。

あの二人と協力して戦えたのならそれでも十分だった。

だが、私は私情を優先し、それを怠った。

紫様が「無様」と罵(ののし)っているのはそれだ。

「しかし、紫様、今回の事は紫様が仕組まれたのでは?」

これが熱が冷めて冷静になった私の結論だ。

「随分な言い掛かりね」

「我々は霊夢の力を引き出させる為に利用された。違いますか?」

「どうしてそう思うのかしら?」

「私に対し、3割しか使用許可を許さなかったからです」

「それがどうしてそうなるのかしら?」

「紫様ともあろうお方が私、及び風見幽香の性格、及び力量を把握(はあく)していない筈がございません」

これは確信を持って言える。

「ならば、私がその後どのような行動に出るか、そしてそうなった場合、3割で足りるかどうか………よもや、お解りにならなかった訳ではありませんでしょう?」

「そうね~」

「と言う事は知っていたのでしょう?幽々子様、そして魔女が来る事を。そして互いが協力するような状況でない事も。だから、3割しか許可しなかった。私が二人の力を飲み込めないように。」

あの面子で迂闊に被弾すれば、そこから一気にたたみこまれるのは目に見えている。

全員幻想郷で最強クラスなのだから、そんな隙を見逃す訳が無い。

だから、私に相手の力を飲み込めない、そして安易に飲み込まれない程度の3割しか許可しなかった。

「しかし、相手とて私達を平然と相手に出来る訳もなく、いずれ押される。その時の保険にどのような行動に出るかも計算済みだったのでしょう」

答えは先ほどの通りだ。

博麗神社の方へ移動し、霊夢を引きずり出して全てを有耶無耶(うやむや)にした。

「まぁ、当たりって事にしておいてあげるわ」

「結局、私も含めて遊ばれていた訳ですね」

私は、は~っと深いため息を吐く。

「しかし、何故そのような事を?紫様には霊夢が四重結界を使えるほどになってる事をご存じだったのですか?」

「どうかしらね~?」

まともに答える気はないようだ。

「まぁ、貴女にも何(いず)れ解る時が来るわよ」

紫様は新たにお酒を注(つ)いで、それを飲みながらそう仰った。

「それよりも、藍」

「はい?」

「無様な戦いをした罰として、今日は尻尾セットね♪」

「ああもう、解りましたよ」

尻尾セットとは、尻尾枕&尻尾布団の事だ。

結局これが目的だったんじゃなかろうか?

先ほどのも全部実は私の単なる思い込みで。

そう思えてしまうほど、このお方は読めなすぎる。

「尻尾と言えば」

「ん?」

私はふとある事を思い出した。

「妖夢も昔はこれが好きでしたね」

幼い、まだ物心付いてない頃の妖夢の事だ。

私が来ると「しっぽ、しっぽ」と言って寄って来たものだ。

「ふふ……あの頃は可愛かったわねぇ………今とは違った意味で」

まぁ、今でも十分可愛いですからね。

「でも、あれでしたね~」

「あれ?」

「妖忌の奴、何故か妖夢が私の尻尾にじゃれついてるとしかめっ面で睨んで来るんですよねぇ………まったく、子供が子供らしくする事の何が悪いのか」

あの頃から既に立派な剣士としたかったのか?

だとしても、何も幼子の時からそこまでせんでも良いだろうに…………本当にあの男は………………ん?

見ると、紫様の肩がプルプルと震えている。

「?どうかしましたか?紫様」

「ら……藍………」

「はい?」

心なしか、紫様の声が震えている。

「貴女ねぇ……………」

ますます紫様が震えている。

私は何かまずい事でも言ったのだろうか?

「もうダメ!あはははははははは!!!思い出させないでよ!!!あははははははははははは!!!!!!」

珍しく、紫様が大爆笑なされた。

「ど、どうなされたのですか?」

「あははははははは!!!貴女知らなかったの!?」

紫様が床をバンバンッ!と叩きながら尋ねてこられた。

知らなかった、と聞かれても、そこまで爆笑するような事なら忘れようもない筈だ。

無論、知らないと言う事になる。

「あ~可笑(おか)しい…………」

紫様はまだ笑っている。

「何が有ったんですか?」

「まさか知らなかったとはねぇ…………」

「だから、何がです?」

「妖忌よ」

「妖忌が何か?」

「知らなかったの?あいつ、かなりの爺(じじ)馬鹿よ?」

「へ?」

子供を猫かわいがりするのを親馬鹿と言うのなら、爺馬鹿とは孫を溺愛(できあい)する事だろう。

と言う事は、妖忌は妖夢を可愛がっていた?

馬鹿な。

「そんな馬鹿な。だって、妖忌は妖夢に自分の事を「お師匠様」と呼ばせるくらいの徹底ぶりですよ?」

普通ならおじいちゃん、おじい様、と呼ばせるだろうに。

自分の孫なのだから。

「だから爺馬鹿なのよ」

「話が見えないのですが…………だって、妖夢がおじい様って呼ぶと物凄いしかめっ面してたじゃないですか」

その度(たび)に申し訳なさそうにお師匠様と訂正する妖夢が可哀相(かわいそう)に見えたものだ。

人様の家庭の事情故、口出しはできなかったが。

「そりゃそうよ。だって、妖夢に「おじいちゃん」とか「おじい様」って呼ばれると妖忌ったら物凄い顔緩(ゆる)むもの。あははははは!!」

その様を思い出してか、紫様はまた笑いだした

「そ、そんな馬鹿な………」

「あれは好きでしかめっ面してたんじゃないの。思わず緩んでしまう頬(ほお)を必死に保つためにしかめっ面になっちゃってたのよ」

ま、まさか…………

「いやね、私と幽々子も妖忌が余りに妖夢に厳しいから変だと思ったのよ。それで隙間に隠れて周りに誰も居ない状態で幼い妖夢に接してる妖忌を覗いたのよ」

それはまた…………

「そしたら、幼い妖夢に舌っ足らずな口で「おじ~ちゃん」て呼ばれたら、でれ~っとした顔になって「おお、妖夢妖夢」ってあやしてるのよ!?これが笑わずにいられる!?」

いや、流石にそれを見たら私でも爆笑しますね。

「もう、素早く隙間閉じて幽々子と二人で大爆笑よ?」

それは大爆笑するでしょうとも。

「まさか、妖忌がそんなだとは…………」

あれも人の子か………半分だけど

「ああ、笑ったわ………まぁ、妖忌の名誉の為に妖夢には伏(ふ)せておくけどね」

「それが良いでしょう」

下手すれば妖夢の中の妖忌像が崩れかねん。

「さて、それじゃ寝るわよ」

「畏まりました」

そうして私の一日は幕を下ろした。




翌日


なんて事であろうか。

妖怪の山で話した紫様の「霊夢既婚説」の与太話が天狗の新聞で出回ってしまっていた。

どうやら、話を最後まで聞かずに本気で信じた天狗が居たようだ。

あの鴉天狗ではなかったようだが。

そして、その新聞の内容に激怒した霊夢が妖怪の山に殴り込みを掛け、かなり凄まじい事になったそうだ。

これ以上状況が悪化する前に彼女に頼ろう。

歴史を食ってくれる半獣。

上白沢慧音に。

それにしても紫様。

まさか、あそこであの話を唐突にされたのはこれが目的だった訳ではありませんよね?

だとしたら、好い加減私を振り回すのは止めて下さい。

ただでさえ疲れる事多いんですから…………

まぁ、無意味な願いなんでしょうけどね…………

今度、竹林の薬師にカウンセリングでもして貰おうか…………どうにかなるとも思えんが。

お久しぶりです、華月です。

またもや時間が空いてしまい、なんと言うか、お待ちして頂いている方には大変申し訳なく思います。○| ̄|_

しかして、この幻想郷のとある一日も後一人分で漸く完結します。

半年掛かってるよママン・・・・・・・・・

取り合えず、突っ込まれそうな事に先に弁明を・・・・・・・・・

霊夢の四重結界は、二重×二重で四重じゃね?という、作者の緩い頭で考えた結果です。

実際にはもっと複雑なのかなぁ・・・・・・・・・解りません○| ̄|_

後は、幽香と紫の強さですが、自分の中では紫は他を隔絶した圧倒的な強さを持ってると思ってますので、恐らくは「紫が」半分も力を出せば幽香はどう足掻いても勝てないかと思ってます。

あくまで、紫が、です。

藍だとそこまで行くのに7,8割は必要かと。

境界の能力抜きにして。

理由はその恐るべき知能指数ですね。

桁外れの力をその常識外れの頭脳で振るえば、恐らく幻想郷に敵は居ないと思ってます。

まぁ、この辺りは人によって違うでしょうから、あくまで華月の設定です。

不快に感じたらすみません。



それでは、好評不評問わず、待ってます。
華月
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コメント



0.1400簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
とてもおもしろかったです。

しかし妖忌は爺馬鹿だったのかwww
6.80名前が無い程度の能力削除
>それについは
それについては?
>私は尻尾を数本 」 の様に
とりあえず、コロッケの歌でアイスミルクティー吹いたw
7.無評価名前が無い程度の能力削除
ごめんなさい
>私は尻尾を数本 」 の様に
は消し忘れです。
9.90名前が無い程度の能力削除
主人公2人のスペカセットの行方がようやく判明w
12.90名前が無い程度の能力削除
藍はやっぱり橙絡みでしたか。

最後の一人で完結との事ですが、誰になるか非常に気になるところです。



>「ミスティ~ア・ロ~レラ~イ♪」

>「何ぃぃ!?!?」



マサルさん思い出したwww
14.無評価名前が無い程度の能力削除
漢字の使いすぎで読みにくいです。

17.90名前が無い程度の能力削除
相変わらず面白かったです。

夢想封印とマスタースパークの直撃を受けた藍に合掌。

完結編を期待しております。



ところで本筋とは関係無いのですが、頻繁に漢字に読み仮名が振られているせいで

その度に話のテンポが悪くなってしまっているように感じます。

特に「真偽」や「冷めた」等、誰が読んでも解るようなものにまで振られているのは

まるで小学生向けの漢字ドリルのようで少しどうかと思いました。

読み仮名は本当に一握りの読者しか読めないような単語に限ったほうがよろしいかと思います。
18.90名前が無い程度の能力削除
待ってましたー。

相変わらず面白い内容でニヤニヤしながら読ませてもらいました。

ただ後書きにもあったので言う程では無いのですが、紫と霊夢が強すぎて違和感が・・
21.90名前が有ったらいいな削除
うおおおおおおおおお俺も尻尾椅子座りてぇぇぇぇ

・・・失礼、興奮してしまいました。

ようやく次で完結ですか~楽しみにしております。
24.80イスピン削除
幽々子様はコロッケを作るなら自分はナポリタンでも作りますかね。

面白かったですよ。
28.80名前が無い程度の能力削除
マサル的ネタで全力で吹いた

小ネタに弱いんでモニターがデロンデロンですw
31.90削除
おぉ!華月さんだ!お待ちしておりました。

妖忌が可愛いなぁ。爺さんを可愛いと思うなんて…

キャラの強さは人それぞれの解釈でいいんじゃないかと思いますよ。
32.無評価華月削除
>しかし妖忌は爺馬鹿だったのかwww

まぁ、なんと言うか、あんな可愛い孫が居れば爺馬鹿にもなるかとw



>とりあえず、コロッケの歌でアイスミルクティー吹いたw

>マサルさん思い出したwww

>マサル的ネタで全力で吹いた

二番煎じだっただけに、笑っていただけたようで何よりです^^



>主人公2人のスペカセットの行方がようやく判明w

まぁ、こうなってた訳ですよw



>漢字の使いすぎで読みにくいです。

ん~・・・・・・自分的には平仮名多すぎると読み辛いかと思って使ってたんですが・・・使いすぎましたかね。

次の作品では注意して書いてみます。



>読み仮名は本当に一握りの読者しか読めないような単語に限ったほうがよろしいかと思います。

ご指摘ありがとうございます。

次の作品ではそうします。



>うおおおおおおおおお俺も尻尾椅子座りてぇぇぇぇ

自分も座りたいです。

枕も布団もしてもらいたいです(´・ω・`)



>幽々子様はコロッケを作るなら自分はナポリタンでも作りますかね。

二番をご存知とは・・・・・・・・・お主、出来るな!



>キャラの強さは人それぞれの解釈でいいんじゃないかと思いますよ。

ありがとうございます。

まぁ、あまり暴走しない程度にはしておきますが^^;



>それについは

誤字修正いたしました。

ご指摘ありがとうございます。

36.無評価名前が無い程度の能力削除
相変わらず今回の話も面白かったです。ゆかりんは当然として、藍様頭良いですね。夜神月みたい。

>最も、それまでの間は

>最も、それらの話は

尤もではないかと思います。
44.80名前が無い程度の能力削除
尻尾布団いいな~
49.90名前が無い程度の能力削除
うーん。キャラの強さの解釈は人それぞれの解釈でいいと私も思いますが、出来れば後書に書いた事は貴方の胸にしまっておいて欲しかった。名指しで紫の半分に遠く及ばないといわれてしまうと、自称最強を称える彼女のファンとしてはなんか納得いかなくて・・・
ただ、それ以外は楽しく読ませていただきました。