Coolier - 新生・東方創想話

宴会の果て

2008/05/05 13:13:35
最終更新
サイズ
107.95KB
ページ数
1
閲覧数
1062
評価数
7/41
POINT
2240
Rate
10.79
※ このお話は、作品集53の「凡才と天才」の時間軸を辿っています。

これ単体でも見れるとは思いますが、初見の方は、そちらを先に読まれる事をお勧めします。












―――ジャラン、ジャラン


日も出ない程の朝、鎖の音を響かせながら子鬼が歩く。

腕に巻いてある分銅や、茶色の長髪に巻かれている分銅が鳴り響くが、本人は気にしない。


「~~♪ ~~♪」


子鬼―――伊吹萃香は、まだ誰も歩いていない薄暗い人里の中を歩いていた。


朝焼けには程遠いが、機嫌は酒によって常にハイテンションであり、これから赴く場所へ期待に目を輝かせていた。


「~~♪ ん、開いてるね」


人里の中に入り、歩いていく事数分。

見えてきた、明かりが漏れている店の扉が開けっ放しになっている事に、萃香はにんまりとしながら歩く速度を上げる。


「おはようー!」


開け放たれた扉から開口一番、萃香は元気よく挨拶をする。

扉の先には、色々な銘柄が入った酒瓶が棚にいくつも置かれている空間が広が

っていた。


「お、来たか嬢ちゃん」


その空間に、この家の主なのか。頭の禿げた老人が、部屋に広がる酒瓶を整理しながら立っている。


「おじちゃん、予定通り来たよ!」


萃香は、もう顔見知りと言っていいぐらい会っている老人ににこやかな笑みをしながら駆け寄っていく。


萃香が入った家は、人里にある一軒の酒屋だった。


「頼まれてた物は出来てはいるが、味見するかね?」

「うん! するする!」


跳ねるようにしてその場で嬉しそうにピョンピョンと飛ぶ萃香に、老人は苦笑しながらも店の奥へと引っ込んでいく。

萃香もそれに釣られるように、店の奥へと引っ込む。


明かりが点いた店頭とは違い、店の奥は蝋燭の灯火しかなく、薄暗かった。

ぼんやりと浮かぶ薄暗い空間の中、そこにはいくつもの酒樽の群れが成している。


「やっぱ、ここは落ち着くよー」


充満するお酒の臭いに、萃香は恍惚とした表情をしながら胸一杯に息を吸い込んで吐いてを繰り返す。


「嬢ちゃんの持っている酒に比べれば強烈でもないだろうに、っと」


恍惚としながら目を輝かせている萃香の前に、老人は慎重に萃香から頼まれていた物をそっと置く。


「この空間そのものがいいんだよ。 一つの究極の酒があっても、色んなお酒

に手を出したくなるもんだよ」


そう言って力説する萃香だったが、老人の置いた酒樽を目利きするように、恍惚とした表情から真剣な表情へと変わっていく。


「んじゃ、ちょっと味見させてもらうよ」


萃香は懐から自前で持ち歩いている杯を取り出すと、酒樽に付いている蛇口を捻り、お酒を注ぐ。

杯に白く透明な液体が注がれていき、杯一杯に零れ落ちそうかというぐらいで、蛇口を閉める。


「……ん」


注がれた酒を、萃香は直ぐに口へと運んだ。


「んぐ、んぐ………プハァー!」


そのまま一気に飲み干し、気持ち良さそうな顔をしながら杯から口を離して。


「うん、滅茶苦茶薄いね」


表情とは裏腹に、冷めたように言い捨てた。


「要望通り度数はかなり薄くしたが、味は問題ないじゃろ?」

「うん! 味は良いよ。ただ、私としては少し物足りないかなーって思って」


首を捻って悩む萃香に、老人は溜息を吐いて見せる。


「嬢ちゃんが飲む物じゃないんじゃろ? 要望通り、子供も酔えないような美


味い酒を作って欲しいと言われたから頑張ったというのに」


「んー、まぁそうなんだけどねぇ。これなら霊夢も直ぐに酔い潰れないと思うんだけど」


萃香は目の前の酒樽を凝視しながら腕を組み、目を閉じて唸り続ける。


「むぅー、味はいいんだよ味は。一瞬カッと熱くなったけど、喉こし良かったし、頭にガツーンと来る酔いでもないし」


酒の感想を言いながら、萃香はこのお酒の何が行けないかを考え続けるが。


「おじちゃーん。これ他のお酒と混ぜても旨くならないかなぁ?」

「……他のと混ぜたら、度数がその分高くなると思うのじゃが」


閃いた案も一蹴される。


「うーん……ならこれで妥協かなぁ。いや、妥協って言っちゃ悪いよね。 おじちゃんありがと、作ってくれて」


頭を掻いて少し不満げなままの萃香だったが、老人に頭を下げて礼を言う。


「嬢ちゃんの頼みだ。断ったら後が怖いじゃろうしな」


そんな萃香に、ニカリと笑って返す老人。


「それに、あの酒を分けてくれるのなら断るまいて」

「あはは。おじちゃんもすっかりあれの虜だねぇ。空き瓶ある?」


老人のその言葉に萃香もニカリと笑う。

老人は既に用意しておいたのか。空になっている空き瓶を萃香に投げてよこした。


ヒュンヒュンと暗がりの中、残像を残しながら渡された空き瓶を萃香は落とさず受け取り、手に持っていた杯を懐に仕舞うと、代わりに小さな瓢箪

を取り出す。


キュポンと、小気味よい音と共に開けられた瓢箪の口から、空き瓶へと中に入っている酒が注がれていく。

この瓢箪が、萃香と老人の関係がこんな風になったきっかけになった物である。


萃香は無類の酒好きの鬼として、常にお酒を飲み続けているが、手元にある無限に酒がでる瓢箪の酒だけでは飽きてしまっていた。

他に良い酒はない物かと探し回り、人里にある無数の酒屋の中から、一番マシな所としてこの酒屋を使っている。


老人は酒の為に命を費やしてきた者であり、萃香が持つ酒は、老人にとって全くの未知であった為に、こういった等価交換が成り立っていた。


「これでよしっと。はい」


ぎりぎり一杯まで空き瓶だった酒瓶に瓢箪の酒を注ぐと、投げて寄越さずに、萃香は歩み寄る形で老人に酒瓶を手渡した。


「ありがとの嬢ちゃん。これがあれば、まだまだ長生き出来そうじゃて」


渡された酒瓶に頬擦りしながら返す老人に、萃香は苦笑するが、何か言葉にする事はしない。


「んじゃこれ貰ってくね~またねおじちゃん」


瓢箪の蓋を閉め、懐に入れなおすと、萃香は目の前にある自分と同じぐらいの大きさの酒樽を掴み。


「よいしょっと」


ひょいと酒樽を肩に担いだ。


「おう、またな嬢ちゃん。今度来た時は、洋酒で試しておくよ」


酒樽を軽く担いで見せた萃香に大して驚きもせず、老人は店を出て行こうとする萃香に別れを言う。


「うん! 楽しみにしておくね!」


一度だけ老人に笑って振り返り、来た時と同じように、分銅を鳴り響かせながら、萃香は酒屋から外へと出る。


「ふんふんふ~ん♪」


気分は上々、目的の物も手に入り、まだ日も出ていない人里を再び歩く。

空は濁っておらず、きっと、日が出れば快晴の青空を見せてくれる事だろう。


「楽しみだな~♪ 今日はどんぐらい集まってくれるかなぁ~」


星と月が出ている空を眺めながら萃香は歩く。


宴会をする、博麗神社へと―――














「~~♪」


月の変わりに、太陽が地平線から出始めた頃。

紅黒のロングスカートをなびかせながら、クルクルと妖怪の山の頂で回る厄神が一人。


朝の日光を浴びるようにして、鍵山雛は、習慣ともなっている厄集めに没頭していた。


「~♪ ~~♪ ああ……」


ほっと息を吐き、自分の周囲に厄が集まっていくのを肌で感じながら、その言い寄れぬ快感に身悶えする。

他者にとっては邪魔にしかならない厄は、雛にとって、蜜のように甘い物であった。


「……ああ、でも、いけません」


ピタリと、クルクルと回る自分の行動を、理性によって制止する。

厄は集まり切ってはいない。妖怪の山には、常に何処からか溢れるように厄が湧くせいか、集めても集めても厄は存在する。


本来ならば、その厄を集め切るのが雛の仕事だ。

だが、雛は集めるのをやめた。

恍惚とした表情は、目に灯りを点すようにして、徐々にはにかむように、嬉し

そうな表情へと変わっていく。


厄をこれ以上集めない理由は、雛にとって、孤独ではなくなったイベントが今日あるからだ。


昨日の夕方、森の中で身体を休めている所に、友人となった八雲の大妖怪が現れた。


何の用で私の元に来たのか、友人として認め合った紫さんは、何の意味もなく現れるという事はしない。


博麗神社に赴く際にも、紫さんがいなければ、霊夢さんとくっついていなければ話も出来はしない状態は、未だ続いている。

これからも続く事だろう。厄神という、自分の存在は変わらないのだから。


「何か、持っていった方がいいですよね」


紫さんは、今日行われる宴会に、私を招待する為に昨日現れた。

何かあったのか。いつもより元気はなかったが、幹事をする為に招待する者に回っているという話をされ、働きすぎて疲れてるのかと解釈した。


厄の事に関しては、同席する自分が何とかするという紫さんの言葉に、宴会に赴く事を決意した次第である。


「……やっぱり宴会なのですから、お酒でしょうか」


すぐに浮かんだ物は、やはり酒である。

しかし、雛は首を横に振る。

言われたのがまだ数日、間があるならどうとでも用意出来たかもしれないが、


今日の夕方となると話が違ってくる。

人里に降りるという選択肢もあるが、自分がいるだけで災厄が落ちるのだ。

友人を持てた私にとって、これ以上の迷惑等考えられない。


「誰にも迷惑をかけないで、宴会に持っていくような物……」


ふと、視線を下に映す。

眼下に広がるのは、春になり、冬の寒さを超えた山々の大地。


「……お魚でも持って行きましょうか」


お酒が駄目なら食べ物を。

魚を釣るか撃つか、時間が差し迫れば後者を取らざるおえないが、誰にも迷惑を掛けずに出来そうな事は、これぐらいしかないだろう。


眼下に広がる森林地帯を低く飛びながら、雛は川を探す。

山の頂から徐々に下るようにして降りていき、直ぐに川自体は見つかった。


「……誰も、いませんよね?」


川の近くに降りた雛は、周囲をグルリと見渡して、誰もいない事を確認する。

川のせせらぎの音に、時折り響くように聞こえてくる鳥の鳴き声。

人間がこの妖怪の山にいるという事は絶対とは言えないが、低い確率だ。いる

としたら、天狗や河童。


どれだけ見渡してもいないのに安心して、雛は覗くように水面を見る。

冬から春の季節の変わり目により、とある魚は、下流から上流に昇るようにして、元の住処で産卵をし直す習慣がある。


眼前に広がる濁流、水しぶきを上げて流れる川の中。

時折り跳ねるようにして飛ぶ魚の群れを、雛は確認する。


「どれぐらい持って行きましょう……」


雛が目を付けたのは、鮭である。旬から外れているが、調理の仕方が多種多様にある鮭は、宴の席で用いられても問題がなく、酒の肴としても食べ応えがある事だろう。


「……」


服のボタンを外し始め、雛は上着を脱いでいく。

問題は鮭を取ろうと思ったのはいいが、釣り道具もなく、弾幕で沈めてしまえば、原型が残るか疑わしい事であった。


紅いブラウスを近くの岩場に置き、雛はキョロキョロと辺りを見渡しつつも、紅黒のロングスカートも脱ぎ始める。

雛は直接手掴みで鮭を取ろうと、考えていた。


その為に服を着たままでは濡れてしまうと思い、羞恥に顔を赤くしながらも宴会の為と、服や下着を脱ぎ捨て、長い緑色の髪に巻かれた赤いリボンも解く。

川の岩場に畳んで置き、透き通るような白い肌を周りに見せながら、雛はもう



一度周囲をグルリと見渡して、意を決し川へと飛び込んだ。












そんな川に飛び込む雛の光景を、息を潜めて見てる者がいた。


「うーん、雛さんって着やせするタイプだったんですねぇ……」


連続で、雛が服を脱いでいる姿を撮り終えたカメラを肩鞄に仕舞うと、背に生えている黒い翼をはためかせながら、森から音速に空へとでる天狗が一人。


射命丸文は、何か記事になるような物はないかと、朝早くから駆け回っていた。


「しかし、どれぐらい今回集まるんでしょうか。雛さんも来るみたいですし、守矢の皆さんも来るでしょうし……」


うーんと頭を捻りながら、文は今さっき見た雛の行動が、今日の宴会の為という推測を立てていた。

厄神である彼女が、博麗神社の巫女である霊夢と仲が良くなった事実は、既に

文は確認済みである。


加えて、昨日の夜中に現れた隙間妖怪、八雲紫からの博麗神社で宴会をする招待があった為か、タイミングが合いすぎている。


「まぁ記事になればどんな面子でも良いのですが」


文は期待しながら、人里の方へと飛んでいく。今日の新聞を置く為と、事前に博麗神社に行って確認したい事が出来た。

気がかりというべきか、本当に些細な事であったが。



昨日現れた紫の姿が酷く疲れていた事に、何かあったのではないかと、文は記者としての勘を働かせていた。





















暖かい風、散る桜は、まるで吹雪の如く。

景色として見るならば、声にもでない幻想。

冥界、白玉楼にある庭にて、庭師である半霊は桜が散る中、腰に差した刀に手を添えて静かに目を閉じ、立っていた。


「………」


いくばくかの大きな呼吸。

横にふよふよと浮いている自身の魂すら気に留めず。


「―――ッハ!」


裂帛の気合いと共に、刀を抜く。


「………」


閉じていた目を開け、清んだ青い瞳は、自身が切った物に注がれる。

ヒラリヒラリと、落ちていく桜の花びら。

変わった所がないように見える桜吹雪は全て切られており、吹雪は二重となって更に空間に色を添えていく。


「……ふぅ」


刀を抜き放った体勢で止まっていた魂魄妖夢は、その結果に満足したのか。抜き身となっている刀、白楼剣を鞘へと戻す。

チンという金属音を響かせながら鞘に戻る刀。自身の誇りであり、共に生き続けてきた証である。


「今日も、大変そうね」


日課となっている朝の鍛錬が終わった為か、気が緩んだように真剣な顔は、空を見つめながら微笑んでいた。

今日は、この桜が散る庭を夕方までに掃除し切らなければならない。

白玉楼の現当主、自分の主である幽々子様と共に、博麗神社の宴会へと出席する事になっている。


昨日訪れた、幽々子様の友人である紫様が幹事を務めるという事もあり、欠席をするという事はないだろう。


「でも、何で紫様が幹事をするのだろう?」


ふと、昨日から思い続けた疑問に首を捻る。

博麗神社で宴会をするのは今回が初めてというわけでもない。いつの日だったか、間を置かずに11日間連続で宴を開いた時もあった。


だが、その時に幹事を務めていたのはあの黒白の魔女であり、失礼を承知で言うのなら、自ら極力動こうとしない紫様が、幹事を勤めるという事自体、何か良くない事の前触れのようにも感じた。


「……考えすぎか。魔理沙の身に、何かあったのかもしれないし」


一人呟くように、妖夢は庭から居間の方へと上がる為に、縁側へと足を運ぶ。

幽々子様の食事を作らなければならない。庭の掃除も後でしなければならないが、起きて来られる前に食事の準備が出来ていなければ、私が食われかねない。


「……ホントに忙しい」


溜息を吐くようにして吐いた台詞。

しかし、妖夢の顔は嬉しそうであった。

生真面目に生きている妖夢にとって、宴会とは唯一、楽しめるイベントであるが為に。


本人には自覚がない。仕える事が当たり前になってしまっている妖夢にとって、それは自覚してはならぬ事。


あくまで無意識に、妖夢は楽しみにしていた。




















本当に驚いた時は声すら出せなくなる事を、博麗神社で寝ていたアリスは、身を以て味わっていた。

昨日から魔理沙の看病をし続け、大事に至らなかった事に安堵してしまったせいか、その場で寝てしまうという自分らしからぬミスをして目を覚ましたのが


数分前。


鳥が囀る声や、目を閉ざしていた視界を焦がすように、朝の日光が顔にかかったせいもあって、目を覚ました。


寝ぼけ眼に映った視界は、ぼやけていた為か、寝て休んでいた脳は“それが〟何なのか、わからないと答えていた。


白金のように輝く髪、あどけない寝顔、いつも陽気に笑う、黒白の魔法使い。

それが、魔理沙の顔だと気づいた時には、アリスの顔は真っ赤になっていた。

次いで、何故間近に魔理沙の顔が自分の顔の近くにあるかもわかってしまう。


看病をしていた形で寝てしまった自分の身体は何故か、魔理沙と同じ布団にしっかりと入って横になっていた。


(な、何で一緒に私も寝てるのよ……!)


心の内では力一杯叫んでいるその台詞は、しかし、現実には全く出せていない。


無防備に眠る魔理沙の寝顔は綺麗で、まるでお伽話に出てくるお姫様のようではないかと、アリスは息を呑みつつも思ってしまう。


「……すぅ、ん、ん……はぁ………」


まごつくように、魔理沙の身体が急に動く。


「……え?」


息を殺して寝顔を見ていたアリスにとって、魔理沙の動きは予想外で。


「ちょ――――」


がっしりと、背中に腕を回し抱き締められ、アリスの心は瓦解した。


「あ、う……」


耳まで自分の顔が赤くなるのを自覚しつつも、アリスは何も言葉に出来ない。

更に近づいた魔理沙の顔、かすかに肌にかかる吐息は毒のように蓄積され、思考が麻痺し、もう私、このまま開けちゃいけない扉開けてもいいのかしら? 

と流されるままに抱き返そうかとも思う程、それは破壊的だった。


思考は麻痺しっぱなしだが、身体はわなわなと震えながら魔理沙の身体に腕を回そうと、狭い暖かな布団で健気に動く。


「……ま、魔理沙―――」


しわがれたような自分の緊張した小さな声が、寝ていた部屋に小さく響き、アリスは目の前にいる愛しい存在を再確認する。


―――次いで、首から胸元にかけて、自分が魔理沙に巻いた包帯を見て、麻痺

していた思考は、冷めたように自分がしようとしている事に、ちゃんとした“意味〟を持たせた。


「……」


馬鹿か私はと、心の中で愚痴りながらアリスは自分に抱きついたままの魔理沙を布団の中で抱き返す。

ぎゅっと重なる肌に更に熱が加わり、暖かい布団の中で、“冷えていた〟魔理

沙の身体を暖かくしようと力いっぱい抱き返す。


昨日の激闘で、魔理沙の身体はボロボロなのだ。

大事に至らなかったが、無理をした身体は、ツケが回って身体を蝕んでいるはずだ。


アリスは未だ頬の熱気が上昇しっぱなしなのも承知の上で、看病の一環と切って捨て、魔理沙の身体を強く抱く。

これで誰かが入ってこようものなら、羞恥で死んでしまうかもしれないが、それはそれで仕方がない。


(……今離れるわけにもいかないじゃない。そうよ、看病してるからには最後まで面倒を見る義務があるわ)


心の中で自分に無理やり納得させながらアリスは目を閉じて、再び自分を眠りの世界に誘おうとする。

寝ていたらいつの間にかこうなっていた。そういう風に万が一この状況を誰かに見られた時、せめてもの言い訳として用意する為に。


「……すぅ………ん……はぁ……すぅ」

「………」


目を閉じた視界、耳元に聞こえる魔理沙の荒い寝息。

―――宣言撤回、寝れるわけがない。


アリスは悶々としながらも、霊夢が起こしに来るまで固く目を閉ざしていた。



















「早苗、まだかい?」


既に太陽が雲一つない青空に昇ってから、数刻が経つ。

妖怪の山に越した守矢神社にも、春の訪れは確実に来ており、境内を桜吹雪で散らしていた。


「すみません、お待たせしました! 神奈子様」


そんな春爛漫と言った中、守矢の居間では、二人の少女と一人の女性が、朝の食卓を取ろうとしていた。


「急かしてすまないね。もう起きたらお腹の虫が鳴りおさまらなくて」


苦笑するように腋が見える巫女服を着た少女、東風谷早苗に言う女性、風雨の神、八坂神奈子は、テーブルに置かれた食事を見て目を輝かす。


「いつもの事だろ、神奈子が節操ないのは」


ふぅと溜息を吐きつつ神奈子の反対側に座る少女、横に蛙を象った帽子を置き、あぐらを掻いて座っていた山の神、洩矢諏訪子は子供のように目を輝かしている神奈子を冷めた目で見ていた。


「うっさい。おいしいものを前にして節操なんて言葉を出すな」


いただきまーすと行儀よく挨拶をしたかと思うと、神奈子はテーブルに置かれていた箸を手に取り食事を開始する。

今日の献立は、典型的な和風の食事で、ご飯に河童が絶賛した胡瓜の漬物や、味噌汁、冷奴や守矢神社の裏手にある湖で釣ってきた、ワカサギ等である。


神奈子に続くようにしていただきますと声を出して早苗や諏訪子も食べ始める。


「……んぐ。はぁ、今日も早苗のご飯はおいしいね」

「幻想郷の食べ物が良いんですよ。にとりさんから頂いた胡瓜も、おいしいですし」


神奈子の零した台詞に、早苗は律儀にそう返す。


「にとりって、あの河童かい?」


聞いていた諏訪子は、にとりという言葉に反応し、口にしていたワカサギの揚げ物を一口で食べてしまう。


「はい、究極の胡瓜の大量生産に成功したとかで。食べ切れないからお裾分けしてあげよう、って神社に来ました」

「……究極の胡瓜ねぇ…」


ボリボリと口に胡瓜の漬物を頬張って見せる神奈子は、首を捻って見せる。


「美味いのは認めるが、何を以て究極なんて言ってるのか」

「河童にとっては究極なんじゃない? 確かに美味しいけどさ」


諏訪子も同じようにして胡瓜の漬物を箸で掴み、口の中に入れていく。


「美味しいんですけどねぇ……」


早苗も同じように自分が作った胡瓜の漬物を口にし、首を傾げて見せた。





「ごちそうさまでした」

「お粗末様です」


一息吐いたのか、足を伸ばして神奈子は食後の緑茶を湯飲みに注ぎ、ご飯を食べ終えた諏訪子を横で見ていた。


「そういえば、昨日八雲の所の妖怪が来たが、諏訪子も出席するんだろう?」

「博麗神社で宴会って話でしょ? 信仰を集める事とは関係ないと思うけど

ね。神奈子が行くなら行くよ」


話ながらも神奈子は空いていた湯飲み二つにも緑茶を注ぎ、諏訪子と早苗の方に一つずつ渡した。


「関係はあると思うわよ。宴に出席するって事は知らない連中とも交流を持て

る機会でもあるのだから」


神奈子はニコニコしながら自分の湯飲みに口をつける。


「何より酒が飲める」

「……まともな事言ってると思ったらこれだよ……」


はぁと溜息を吐きながら諏訪子は神奈子が入れたお茶を飲む。


「いいじゃない。お酒ある所に私があって、私がある所にお酒があるようなものなのだから」

「神奈子様はお酒がないと生きていけませんからね」


テーブルに置かれた食器を片付けながら、早苗は苦笑しながら神奈子に相槌を打った。


「ま、神奈子らしいか。今更な話だし、それじゃあ昼頃に移動する?」

「そうね。そのぐらいには移動しはじめようか」

「何か持って行きますか?」


テーブルから食器を片付けた早苗も、置かれた湯飲みの前に座り、くつろぐようにしてお茶を飲みはじめる。


「お酒でいいんじゃない? どれぐらい集まるか知らないけどあっちが招待するんだ。用意はしてあると思うしね」

「なら、お酒を持っていきますね。一升瓶あったかな……」


神奈子に笑って答えた早苗は、席から立ち上がると、台所の方へと移動していく。





「……で、神奈子。何処までが本気なの?」


早苗が姿を消したのを見計らって、諏訪子は真剣な表情をして、神奈子を見た。


「……何の話だい?」

「とぼけないでほしいね。信仰の為だけじゃないだろ?」


湯飲みに口を付け、とぼけるように視線を逸らした神奈子であったが、諏訪子はその表情を見ただけで看破する。


「早苗の為かい?」

「……」

「一緒にこの幻想郷に来たはいいが、早苗はずっと肩筋張って生きて来たから


ね。あっちでは現代神って事もあって友人も作ろうとしなかったし、良い機会だと思ったの?」


「………さて、ね。アホ蛙の戯言には、高尚な私には、さっぱりわからないよ」


神奈子のその言葉に諏訪子は溜息を吐く。


「……別にいいけどね。交流の場を設けるのは確かに悪くはないし」


諏訪子は拗ねるように、真剣な表情は何処に言ったのか。お茶をズズズと音を立てて一気に飲む。

今回の宴会出席自体に、諏訪子は別に反対しているわけではなかった。


信仰を集められるかはわからないが、自分達の世話を愚痴一つ零さずし続ける早苗に、労いの場としてうってつけな為に。

彼女は本当に生真面目な程働き続けている。信仰を集める為に守矢で度々宴を


開いてはいるが、幹事をこちら側で務める為か、早苗を労える場でもなかった。

だから今回の宴会は、早苗にとってはとても良い事。

けれど諏訪子は拗ねてしまう。神奈子が勝手にその招待に行くことを八雲の妖

怪と話をつけた為に。


(私に相談してくれたっていいじゃないか……)


何百年と連れ添って共に歩いてきた友人が、自分に何ら相談も無しに、行くことを決めた事だけ不愉快であった。


「神奈子様~これでいいでしょうか?」

「あー、それは駄目。秘蔵の酒を宴で振舞ったら勿体無いだろ? いつもの宴会を開く時のお酒でいいよ」


台所から持ってきた酒に首を横に振ってみせる神奈子。


そんな早苗と神奈子のやり取りを、また溜息を吐いて見届ける諏訪子であった。





















「まだ、フランは起きてこないのね?」


太陽が爛々と空に輝き、暖かい風が流れる幻想郷の中。

霧の湖畔にそびえ、太陽を浴びながら、その紅さを際正せる悪魔が住まう館、紅魔館。


2階の大広間にて、主である紅き吸血鬼レミリア・スカーレットは、食後のお茶を楽しんでいた。

レミリアにとって、お茶を飲む行為そのものが既に習慣であり、楽しみでもある。


「はい、昨日の真夜中には就寝なされたのですが……」

「いいわ。どの道フランを連れて行くなら、日が沈むまでは行動出来ないし……時間になっても起きなければ、叩き起こせばいいだけの事」


既に時刻は昼下がり。

昨日の博麗神社での一件から、宴会を開く事を知った一人の当事者であるレミリアは、今日を楽しみにしながら直ぐに起きた。


「パチェは起きてるのよね?」

「はい、今は図書館でいつも通り本を読まれています。パチュリー様も、今日を楽しみにしているようですね」


博麗神社から戻ってきた際、レミリアと咲夜は、わざわざ地下図書館から出てきたパチュリーに、事の真意を聞かれ、あの決闘の話をした。

聞いたパチュリーは、何か考えるようにブツブツと呟いていたが、宴会の話を持ち出したら、直ぐに一緒に行くことを言ってきた。

客観的に見た結果しか言わなかったから、きっと魔理沙に事細かに聞く気なのだろう。


「……お嬢様」

「ん? なあに? 咲夜」


お茶を飲みながら、咲夜の報告を聞いていたレミリアだったが、何処か、思いつめた表情をして立ち尽くしたままの咲夜を見て、薄く笑っていた顔が消える。


「……いえ、何でもありません」


歯切れ悪く、何か言いかけた言葉は、咲夜の口から出ることはなかった。


「仕事がありますので、失礼します。何か用があれば、お呼びください」


思いつめた表情は消え、無表情のままレミリアにそれだけ言うと、踵を返し、レミリアに背を向ける形で咲夜は広間を後にする。


「……」


そんな従者の後ろ姿を見送ったレミリアは。


「………仕事って、これじゃないのか?」


今、自分が飲んでいるティーカップを見て、噴出すように笑った。


「駄目ね咲夜も。嘘を通すならもう少し平静でいないと」


一息にカップに注がれた紅茶を飲み干し、テーブルに置かれたままのポッドを手に取り、自分で注ぐ。

咲夜があんな態度を取るとは思いもよらなかったが、原因事態は何となくわかる。


「愛しすぎるのも、考えものか」


咲夜に芽生えた感情を言葉にするなら、嫉妬であろう。


レミリアは口元をニヤリとさせながら笑うが、目は笑っていない。


「……私が、悪いのかしらね」








―――動悸が激しい


表情には出ない、私は紅魔館のメイド長、お嬢様の従者。主が成す事に付き従う者。


―――頭の中はグラリグラリと揺れる


今さっき吐こうとした事も戯言に過ぎない。主に進言する等してはならず、渦巻く心を曝け出す等、完璧には程遠い。


―――口の中がカラカラに乾く


お嬢様が誰を好いていようと、私にとって関係がなき事。主がする事に口を挟む等、あってはならない。


―――目がチカチカする


ああ、だから今駆け足に廊下を歩いているのもお嬢様とは関係ない。宴会まで余っている時間等、掃除をし終えるのなら時間が全然無いから急いでいるだけだ。


―――寂しい


ばーんと、廊下を駆けていた足は蹴るようにして大きな扉を開け、漏れでた光が、咲夜を外へと導いた。


「……」


日の光を遮断した紅魔館の中に、溢れるようにして日光は入ってくる。

そのまま駆け出し、外に出てみれば、空は青空が広がり、暖かい風は、咲夜を包むようにしながら流れていった。


「………」


駆け足は止まらない、誰もいない世界に行きたい。

誰もいなければ、誰もいなければ、私は――――


「あれ? 咲夜さん、どうしたんですか?」


誰もいない所に行きたいと思っている矢先に、いつもは寝ているはずの門番が、最悪のタイミングで声をかけてきた。


「……美、鈴」


外に出れば、誰もいないはずだと思ったのは何でだろうか。

咲夜は、門越しに自分の顔を見て、驚いた様子で固まっている美鈴を見て。


「………うぅ」

「ちょ、え、咲夜さん!?」


ポロポロと、泣きはじめる咲夜に美鈴は更に驚き、急いで二人を隔てている門を開ける。


「ど、どうしたんですか! 何かあったんですか!? 何処か痛いんですか!?」


顔を手で覆ってしゃがんでうずくまる咲夜に、美鈴はさっと駆け寄って、何処か痛いと思ったのか、背中をさする。


「う……ひぐ……うぅ」

「ほ、ホントにどうしたんですか咲夜さん」


泣き止まない咲夜にあわあわとしながら美鈴は背中をさすり続けるが、一向に泣く気配がなく、困ってしまう。


「……何で」

「え?」


嗚咽混じりの声だったが、咲夜は涙を流す目をこすりながら、美鈴をきっと睨みつけた。


「何で……こういう時に限って……起きてるのよ………」

「え、いや、今さっき昼食を取ったばかりですので、まだ眠気が来なかったというか……」


美鈴は喋りながらも、“まだ〟眠気が来なかったという言葉に、あっと口を噤んだ。


「……」

「あ、あはははは! も、勿論、今日の宴会が行われるまで、ちゃんと起きている気でいましたよ? ほ、ホントですよ?」


涙を流したままの咲夜に、必死に笑顔になりながら言い訳をする美鈴。


「………はぁ」


そんな美鈴を見て、泣いているのが馬鹿らしくなってきた。

溢れていた涙を腕で無理やり二度、三度とこする。


「あ、だ、駄目ですよ咲夜さん。目傷めちゃいますよ。ほら」


涙を拭う咲夜に、美鈴は懐から、紅美鈴と刺繍された白いハンカチを取り出して、顔を拭ってやる。



「はい、これでいいですよ」

「……ありがと」


ニコリと笑って、咲夜の顔をハンカチで拭い終えた美鈴は、次いで手を握って、門の外に一緒に連れ出す。


「……美鈴?」

「何があったんですか?」


一度大きく息を吸い込んで、美鈴は真剣な眼差しで、咲夜に聞いた。


「……言っても意味ない事よ」

「いえ。言えば少しは軽くなりますよ。ここが」


トントンと、自分の心臓辺りをもう片方の手で叩いて見せて、美鈴はニコリと再び笑った。


「咲夜さんが泣くなんて早々ないことですから。聞くことぐらいしか出来ませんが、捌け口ぐらいにはなりますよ? 私」

「……」


握っていた手を離し、美鈴は二、三歩横のレンガ造りの壁に歩くと、雑草が生え仕切る地面へと座る。


「ほら、咲夜さんも」


ポンポンと、隣の地面を叩いて、横に座れとジェスチャーしてみせた。


「………」


そんな美鈴の横に、何も言わずに座る。

生えていた草がチクチクとお尻をくすぐるが、座れない事もない。

両足を抱えるようにして座り直して、咲夜はそのまま、空の方へと顔を仰向けた。


「……美鈴は、お嬢様の事どう思ってるのかしら?」


顔は見ない。流れる青空を見ながら、コツンと、壁に頭を預け、語るようにして質問する。


「お嬢様は、私にとって主以外の何者でもないですよ?」

「……言い方変えるわ。お嬢様の事好きかしら?」


風が緩やかに流れていく。掃除をしなければいけないというのに、溢れてしまった感情は、再起動を起こす為に時間がいるようだ。


「そりゃ、大好きです。お嬢様だけじゃなくて、紅魔館のみんなが私は大好きですよ」


恥ずかしがる事もなくそう言って見せた美鈴の言葉に、咲夜はふっと笑う。


「美鈴らしいわね」

「咲夜さんも、私と同じ気持ちだと思いますけど? ……好きじゃないんですか? 皆の事」


最後の方が、不安そうに声を小さく聞き返した美鈴だったが。


「……好きよ。じゃなかったら、こんな重労働を強いられる場所で働いてなんかいないわ」


青空を眺めていた咲夜は、美鈴の方に顔を向けて、笑ってそう返した。


「……けど、お嬢様だけは、別なのよ」


しかし、美鈴に向けた笑顔は、すぐにまた暗くなってしまう。


「お嬢様の好きは特別なの。私にとって主であり、生きがいであり、死ぬまで、共に居たい御方よ」

「……」

「けど、お嬢様は霊夢の事ばかり気にかけて……」


言葉に出して、再び、心がズキリと痛む。

博麗の巫女として、幻想郷の守護者として君臨する霊夢。

人を惹きつける何かがあるにも関わらず、全てに平等に接し、心を閉ざしていた巫女。


そのままでいれば、問題がなかった。そのままでいれば、何も思わなかった。

例えお嬢様がどれだけ霊夢を想ったとしても、それは、決して届かないはずの恋路。


なのに、それを良しとしない黒白の魔法使いのおかげで。

あってはならない、可能性が出来てしまった。


「私は、お嬢様の何なのかしら? 悪魔の狗? 良い従者? 便利などう―――」

「咲夜さん」


最後の方を口にする前に、割って入るように美鈴が口を挟み、微笑むようにして笑った。


「最後のは、言っちゃ駄目です。思ったとしても、口に出したら本当になりかねません」

「……そうね」


風がサァッーと流れ、頬を撫でるようにして、静寂がつかの間流れた。


「………咲夜さんは、どうしたいんですか?」

「……どうって?」


静寂を破るようにして聞いた美鈴の言葉に、咲夜は首を傾げて見せる。


「お嬢様を、霊夢に取られたくない。そういう話ですよね?」

「……」


直球すぎる言葉に、言葉を失うが、沈黙は肯定と同じであった。


「らしくないですよ咲夜さん。咲夜さんだったら、お嬢様に愛の告白の一つや二つ、出来るもんだと私は思っていましたよ」

「……従者が、主の行動を妨げては行けないわ」


アハハと笑いながら和ますように言った美鈴の台詞にも、咲夜は静かに返した。


「それに、今更よ。お嬢様の心が私に向いていないからって、そんな事を言っても……嫌われるだけよ」

「そうですかねぇ……」


再び涙腺が緩くなりそうになるのを抑えるように、咲夜は、自身の短めなスカートに顔を埋める。


「………咲夜さん」


美鈴はそんな咲夜を横目で見つつ、何か閃いたのか。ニコニコとしながら何度も深呼吸する。


「……何よ」

「私、咲夜さんの事を愛しています」

「……え?」


急に声色が変わり、愛していると言い始める美鈴に、スカートに沈めていた顔をバッと上げた。


「お嬢様が好きだという咲夜さんの気持ちもわかります。だけど、それ以上に、咲夜さんの事を愛しているんです」


少し照れくさそうに、頬を赤くしながら、けれど真剣な眼差しで咲夜を見つめる美鈴。


「咲夜さんは………私の事、嫌いですか? お嬢様以上に、愛せないですか?」


「……きゅ、急に何を言っているの? 美鈴、私は―――」


「答えてください! 咲夜さんは、霊夢を見ているお嬢様を、それでも愛しているんですか?」


必死に、自分に聞いてくる美鈴に、ズキリと、心が更に痛んだ。


「私は………」


お嬢様の事を、愛しているのか?

自分を見てくれない、今や、博麗の巫女しか見ようとしないお嬢様を、愛しているのか?


「……私は、お嬢様の事を愛しているわ」


あの日あの時、あの方に仕え、あの方に生きようと、あの方と時を刻もうとした事を、思い出すようにしながら、誓うように、咲夜は言葉に気持ちを乗せる。


「美鈴。私はお嬢様の事を、心の底から愛しているの。この気持ちには、嘘は吐けない」


例え、自分を見てくれなかったとしても、それだけは変わらない。


「……答え、出てるじゃないですか」

「へ?」


急にニコリと笑ってそう答える美鈴。


「やっぱり駄目です。咲夜さんにはお嬢様に愛の告白をしてもらいましょう」


「え、な、話を聞いてたの貴方? それは、従者として―――」


「従者なんて関係ありません! 言葉にしなければ伝わらない事もあります! 咲夜さんがそんなにお嬢様の事を愛しているのなら、十六夜咲夜として告白するべきです!」


最後まで言わせずにまくしたてる美鈴に圧倒され、咲夜は首を仰け反らせる。


「……美鈴」


「咲夜さん、我侭言ったっていいんですよ? 咲夜さんがお嬢様にどれだけ尽くしてきたか。紅魔館に住んでいる皆が知っている事なんですから」


「……」


「霊夢にお嬢様を取られていいんですか?」


「…………嫌に、決まってるじゃない」



咲夜は従者として、言ってはならない事を、口にした。


「答えは出ましたね」


すくっと、美鈴は地面から立ち上がる。

それに会わせる様に咲夜も立ち上がり、お尻を二、三度払い、暗い顔は何処かに飛んで、美鈴にニコリと笑ってみせた。


「ありがとう、美鈴。話を聞いてくれて」

「お役に立てて何よりです。頑張ってください咲夜さん!」


門を開けて、中に入る咲夜を、美鈴は手を振って見送る。

ズキズキとしていた心の痛みは、いつの間にか消えていた。


「……お嬢様」


従者として、心の中で謝る。してはならぬ事を今日、しようと決意した為に。



十六夜咲夜として、自分の想いをレミリアに伝える為に。















手を振って、咲夜が紅魔館へと戻る姿を、空虚な眼差しで美鈴は最後まで笑って見送った。


「………はぁ」


一度大きく溜息を吐いて、地面の方に視線を送る。


「馬鹿だなぁ私」


顔を俯かせ、振っていた手を握り拳に変え。


「咲夜さんが、ああ言うのは、わかっていた事なのに」


静かに、顔から流れる水滴に、歯を食いしばって耐えた。


「……ホントに、馬鹿」


咲夜に幸せになって欲しいがために、秘めた妖怪の恋が、桜のようにパッと散った瞬間であった。




















「親父、絹ごしと木綿をありったけ貰えるか?」


人里の昼下がり、朝と違い、人の出入りが活発化している時間帯。

冬とは違い、桜見たさに春の訪れと合わせる様にして、人里の人間達は街道にごった返すようにして溢れていた。


そんな中、法衣を着て、ピンと空に立つ二本の耳と、柔らかそうな九尾の尻尾をふりふりと左右に揺らす妖怪が一人。


大妖怪、八雲紫の式神である八雲藍は、今日の宴に使う食材を買い込んでいた。


「あ、ありったけですかい?」


豆腐屋の親父は藍が提示した言葉に、理解が追いつかなかった。

目の前に置かれている豆腐は、水にさらした柔らかい絹ごし豆腐に、水分を抜いた硬めの木綿豆腐しかない。


今、あるのはそれだけであり、量としては、20、30人分は食べる量がある豆腐達だ。

それを藍は、ありったけという言葉で、亭主に提示したのだ。


もっと砕けて言えば、今ある豆腐全部を、藍は買い取ろうとしている。


「ああ。ありったけだ。宴会を開くのでな」


いつも使っている豆腐屋であった為、亭主は藍が絹ごし豆腐を三人分買っていくと思ったのだろう。

それが約10倍に膨れ上がり、亭主は半信半疑な顔をしながらも、豆腐を袋へと詰めていく。


「あ、あっしとしては商売繁盛で結構なんですが、こんなに持てますかい?」

「大丈夫だ」


すっと、藍は札を何もない空間に投げる。


「―――式符」


告げた言葉は、スペルカード。

札は空中でピタリと止まり、代わりにヒビが入るかのように、「隙間」が出来る。


「な、なんですかい? そ、それは」


いきなり空間にヒビが入っていったのを見て、親父は常連客の藍であろうと、腰を抜かす勢いで後ろに後ずさる。


「便利な買い物カゴみたいな物だ」

袋に詰められた豆腐群を持ち上げると、藍は中の豆腐が崩れないように、慎重に隙間へと入れていく。


「驚かせたみたいだな。すまない」


怯える親父にすっと一礼して謝ると、藍は豆腐一丁辺りの代金を計算し、30丁分の金を亭主の手に握らせる。


「これで合ってるはずだ。確認してくれ」

「へ、へい」


親父は握られた金を急いで勘定する。

藍は、そんな親父を一瞥しつつ、息を小さく吐いて周囲を見渡す。

周りの人間達は、皆一様に笑顔で歩いていく。

冬の時には見られなかったその顔に、藍は季節が変わったのだと、肌で感じていた。


「勘定できやした、毎度です! 九尾の旦那!」


捻り鉢巻をして作業着を着ていた親父は、頭に巻いた鉢巻を取って、力一杯挨拶をする。


「ああ、また今度もよろしく頼む」


親父に微笑み、藍はこれで回る所はなくなったと、内心思いながら豆腐屋を後にする。

藍がこんな買出しを人里でしている理由は、昨日の真夜中にまで遡る。


昨日の昼、急遽博麗神社で宴会をする事に決まり、その幹事役として主である紫様が担う事になった。

何故、宴会を開く事になったのか、幻想郷を囲む大結界の綻びの調査を途中で


全部押し付けられた藍には知る術もなく、聞く気もなかった。

宴会を開くと紫様の口から出たのなら、式である自分は、全力でそれをサポートする事が義務であった為であった。


紫様は、今までの冬の冬眠を払拭するかのように、色々な場所に自ら赴き、博麗神社で宴会をする旨を伝えていった。

藍はその姿を見て、一筋の雫が顔から流れた事を忘れない。紫様もやる時にはやるのだと。冬の冬眠、いつもだらだらと動こうとしない主からは考えられないその働きぶりに感服したが為に。


紫様の隙間に次ぐ隙間の大移動は、日が暮れるまで続き、住処であるマヨヒガへと戻ったのが真夜中。

これから宴会の準備の為、更に色々と用意しなければならない。


そう意気込んだ藍は、紫を全力でサポ―トしようと、気合を入れて、次の指示を待った。

それが、この結果である。


「……はぁ」


砕いて、結果的に言えば、紫様は最終的に力尽きて私に全て丸投げしやがった。


―――ゆかりんもう動けない~藍~~後はよろしくお願いね~~用意する物と

かは全部書いて置いたから~


その言葉が、最後の言葉であった。


閉められた紫様の私室は境界を弄ったのか、絶対領域と化して自分をも入れさせなかった。

私が流した涙を返せとか、明日のちゃんとした日程を聞いてないとか、橙ともふもふする時間が欲しいとか、残された問題もあったが、藍は生真面目にテーブルに置かれた紙の指示通りに動き、現在に至る。


「とりあえず、ここから霊夢に話を聞かなければ……」


宴会をする場所は博麗神社だ。

夕方に行うという大雑把な話しか聞いていない藍は、神社の巫女である霊夢に話をしに行こうと、人里を出る為に雑多になっている街道を歩いていく。


「………おや?」


雑多に歩く人の群れに、藍も流れに沿うようにして歩いていたのだが。


「喧嘩、か?」


道中、流れをぶった切るようにして、道の往来で人が集まり、繰り広げられている少女と少女の睨みあいを、固唾を飲んで見守っていた。

急いでいる藍であったが、喧嘩にしては、漏れ出る殺気が空間にまで充満して、殺し合いに発展しかねない状況を見て、足を止めてその二人を遠くから見てしまう。


「……って、あれは……」


遠めから見てた藍は、その殺気を漏らしている長い青白い髪を、リボンで止めた少女と知り合いであり、殺気を漏らしている少女と相対して、ニコニコと笑っている黒髪の少女とも、知り合いであった。


藍は、一度溜息を吐く。いつもあの二人には保護者に近いワーハクタクやら、ヤブ医者が一緒に付き添っていると思ったのだが。

辺りを見渡しても、どちらもその姿もなく、睨みあったままの二人の姿しかない。


「……やれやれ」


これも何かの縁か。藍は事が大きくなる前に、その人ごみの群れを掻き分けるように入っていき。


「おい。妹紅、輝夜。何をやっているんだお前ら」


睨みあいの中心へと、自ら割って入った。


「……あ?」

「……ん?」


声をかけられ、同時に振り向く二人の少女。


「………」


いや、そんな同時にこっちに視線を変えられても困るのだが。


「周りに迷惑をかけると、二人とも困るのではないか?」


言われて気がついたのだろう。妹紅はハッとした表情で周りを見渡し、チッと小さく舌打ちして眼前にいた輝夜から離れ、藍の方へと向かってくる。


「まさか、慧音以外に止められると思わなかったよ」

「私も無視する気だったんだがな……お前ら二人だと、色々と問題がある」


まだ妹紅は険しい顔つきを崩さなかったが、漏れ出ていた殺気は消えている。


「九尾の貴方が、街道を歩いているのも不思議だけれど。それとも、歩いてる

のが普通なのかしら?」


睨まれていた輝夜も、笑みを崩さないままこちらへと寄ってくる。

喧嘩は終わりと思ったのだろう。固唾を飲んで見守っていた人々は、また流れるようにして、街道を歩きはじめた。


「貴方が出歩いてる方のが珍しいよ。私はそれなりに、人里には来る」

「ふぅ~ん。じゃあ止められるのは必然だったのかしら?」

「……その前に、妹紅に何か言ったからあんな状況になったんじゃないか?」


溜息を吐いて、藍は二人の様子を再度確認する。


「少し恋話をしていただけよ。妹紅が勝手に切れただけ」

「……輝夜が慧音にちょっかいを出すとか言い始めたからだろうが」


ギロリと、横にいる輝夜を半眼で睨むが、輝夜は対して気にした様子もない。


「だって、こんなに好きだ愛してるって言ってるのに、妹紅ったら、私の事全く相手にしてくれないんだもの」


えへへと、そう言って笑う輝夜。


「………」


そう言われた妹紅は、照れるわけでもなく、無言のまま睨みを更に倍増させた。


「……はぁ、妹紅。いちいちそんな事で切れてたら身がもたないぞ。今日は宴を開く日だ。二人にも紫様から招待されているから、ここにいるんじゃないのか?」


たしなめるように妹紅にそう言うが、こちらに顔を向けて首を横に振られる。


「招待されたけど、今は仕事中だよ。急患が来たから、ここまで永琳を連れて来たんだ」


後ろの方の一軒家を指差して、患者がいる場所を妹紅を藍に説明した。


「そしたら、輝夜まで出てきて……」


「いちいち永遠亭に戻るのも何だから、私も一緒に連れ添って来たの。永琳や

鈴仙は、今は家の中で患者を治してるはずよ」


「ああ、なるほど」


それで、矛を止めるはずの永琳や鈴仙がいなくなった途端に輝夜がちょっかいを出したと。


「なんだ、輝夜が悪いじゃないか」

「……愛を語らう事が悪いと言われても困るのだけど」

「押し付けはよくない。それに輝夜、お前は妹紅が怒るのをわかってやったんじゃないのか?」


そう言われた輝夜は、笑みを絶やしはしなかったが、少しばかり頭を掻いた。


「……まぁ、そうだけど」

「なら、認めたなら仲直りしておけ。お前らは子供じゃないんだ。もう少し周りを考えて行動するよう心がけろ」


そんな輝夜にニコリと笑って言ってみせるが、きょとんと同時に妹紅と輝夜が、私を見て顔を見合わせる。


……何か、変な事言っただろうか?


「慧音みたいな事言うんだな、藍も」

「九尾の口からそんな言葉出ると思わなかったわ」


意外だと遠まわしに言われ、軽く落ち込んだ。というか仲良いじゃないかお前ら。


「あら、こんにちは」


話込んでいた三人に、後ろの家の方から声をかけられる。


「こんにちは、永琳。それに、鈴仙とてゐ」


家の方には、仕事を終えたのか。並ぶように一人の女性と二人の妖怪兎が、背に鞄やら救急箱を背負って立っていた。


「患者は?」

「問題なかったわ。お餅の食べすぎで、食あたりを起こしただけだったみたい」


妹紅の言葉に、永琳は律儀に返しながら、溜息を吐く。


「季節の変わり目は、具合を悪くする人が多くて困るわね」

「ご苦労様、永琳」


労いの言葉をかける輝夜は、そのまま永琳の傍らへと歩いていく。


「私達は博麗神社に行くけど、藍はどうするの?」

「私も神社に向かう所だ。紫様が丸投げされてな……準備をしないと」


振り返って聞いてきた輝夜に、藍も同じようにそちらへと歩いていく。


「じゃあ、一緒に行きましょ。妹紅! また後でね!」

「……」


ニコニコと笑って、その場から去ろうとしている妹紅に手を振る輝夜。

それに背中を向けながらも、片手を挙げ、無言のまま手をヒラヒラとさせながら、妹紅は歩いていった。


「………仲が良いのか悪いのか」

「わからないわよねぇ」


藍の言葉に続くように、横にいる永琳も苦笑しながら言葉を拾った。













―――バシャ! バシャバシャ!


妖怪の山の川の中。


「……ハァ……ハァ……ハァ……」


朝頃に鮭を捕まえようと奮起していた雛は、未だ一匹も捕らえられずにいた。


「……ハァ……ハァ、ん」


岩場に捕まる形で呼吸を整え、白い裸体が外へと晒されるが、雛は羞恥を考えていられない程、疲れ憔悴していた。

手ですぐに捕まえられるだろうと思った数時間前の自分を呪いたい。


捕まえたと思った瞬間、するりと手から抜ける鮭に、苛立ちさえも覚えてくる。

どうすれば捕まえられるのか。

雛の頭の中には、今やそれしか考えられない。


「……ハァ」


深く息を吸い込んで、雛は再び水の中に潜った。

目的の鮭は、潜ってすぐの所に何匹も密集しているのが見える。

水圧により鈍くなる腕を必死に掻き分けながら、瞬時に腕を伸ばし、手で掴まんと鮭に向ける。


が、それでは捕まえられない。何時間もかけたおかげか、この段階で捕まえられないのはわかっている。

伸ばした手をするりと抜けて、魚は逃げる。

逃げた瞬間を、更にもう一つの手で捕まえんと、向ける。

指先に触れる魚の感触。


―――捕った


確信して、そのまま握ろうとする手。

しかし、握る前に、魚はするりと手から逃げてみせる。

そして、この段階で、息が限界になってしまう。


「……プハァ!!」


ザバッと酸素を求め、川の中から顔を出して、必死に何度も大きく呼吸を繰り返す。


「ハァ……! ハァ……ハァ……」


肩まで川から身体を出しながらも、太陽を遮るようにして生い茂る木々の空を、雛は苦悶な表情をしながら見上げる。


「……ハァ」


「それじゃあ捕まえられないって」


「ッツ!?」


空を見ていた視線は、突如声がした方向へと直ぐに振り向いた。


「……に、にとりさん?」

「よ。雛」


声がした方向に振り向けば、服を置いた岩場の方で、しゃがんで雛を見る河童の河城にとりの姿があった。

背中に大きなリュックサックを背負い、蒼い帽子を被ったにとりは、咄嗟に胸を隠した雛を見て薄く笑った。


「いや、びっくりしたよ。川の中に誰かいると思ったら、厄神様が魚捕りをしてるなんてね」

「……こ、これは」


何処かに飛んでいた羞恥は、にとりを見て再び雛へと戻る。

にとりと雛は、友人というわけではなかったが、妖怪の山に住まう者として、度々顔を見合わせてはいた。


「ま、事情も聞いてるがね。今日の宴会の為って所だろ?」

「……だ、誰から聞いたんですか?」

「誰からってそりゃ文以外に誰がいるよ? 博麗の巫女さんと仲良くなったって話も結構噂になってるぐらいだし」


にとりはニヤニヤと笑みを浮かべながら、顔を真っ赤にして川の中で縮こまる雛を見る。


「とりあえず上がりな。何時間川の中にいたか知らないが、震えてるよ」

「は、はい……」


にとりにそう言われ、雛はにとりの方へと泳いでいく。

にとりは背負っていた鞄をその場に下ろすと、チャックを開けて、中から色々と道具を取り出す。


「ほら」


その中から、岩場に上がった雛に、大きなタオルを投げて寄越す。


「あ、ありがとうございます」


雛は投げられたタオルを受け取ると、身体を隠すようにしながら、濡れた身体を拭いていく。


「今日は、あんまり厄を纏ってないんだね。まあだ何にも降りかかってこないが」


身体を拭く雛を横目で見つつ、にとりは筒状の道具を持つと、先ほど雛が潜っていた方向へと向けて岩に固定し始めた。


「あ、はい。宴会で、何かあったら困りますから……」

「……ふむ」

「? にとりさん、それは何ですか?」


雛は身体をタオルで拭き終えると、いそいそと岩場に置いてあった衣服に再び着替える。


「ん? ああ、これはね。まぁ魚捕りの道具さ」


固定し終えたのか。にとりは筒上の道具から伸びる導火線を伸ばしていき、手に火打石を持って構える。


「にとりさんも魚捕りが目的で?」

「いや、それだけってわけでもないんだけど。調子に乗って胡瓜を早苗に渡し

すぎたというか……食べる物がなくてなくなくというか……」


何か、まずい事でも聞いたのか。にとりはガクリと大袈裟に落ち込んでみせる。


「にとりさんは、宴会に呼ばれてないのですか?」

「呼ばれてたらこんな所にいないって……ちょっと耳塞いどいた方がいいよ」


川の水面を見つめていたにとりは、両手に持った火打ち石を、カチンと叩いた。


ジジジと導火線に火が点き、筒に向かって火は走る。


―――ドォォォン!!


固定した筒に火が灯ったのか。妖怪の山に場違いな大きな爆音と共に、筒から弾のようなものが川の水面を走るようにしながら、水平に飛んでいく。

数秒もせずに、それは川の上ではじけ、広がった。


「な、何をしたんですか?」


耳を塞げと言われた雛は、爆音と共に飛んだ物を見て、驚いたようににとりに聞く。


「投網を火薬で発射したんだよ。これなら力を使わず済んで、大量ゲット出来る事間違いなしっと」


筒の発射口から伸びた紐を掴むと、にとりは慎重に手繰り寄せていく。


「まぁかかりすぎても逃げられちゃうんだけど。事前に水の中を操っておかないと無理だねぇ」


アハハと苦笑しながら話すにとりは、河童故か、水を操れる程度の能力を持ち合わせている。

今、事前にした事というのは、水を操作して、鮭を投網の中に密集させたのだろう。


「……でもにとりさん。道具を使わなくても、貴方なら捕れるんじゃ―――」


「はいはい! そういう悲しい事言っちゃ駄目だよ雛! 道具ってのはいかに便利で、いかに楽に利用出来るかって物なのだから。私が疲れる思いをしなくて済んだ。それだけでこの道具は役に立ってるのさ」


雛の言葉に捲くし立てるように反論して、慎重に手繰り寄せていた紐を、一気に力一杯引き上げた。


「よい、しょっと!」


ザバァと川から上げられる網。


「……わぁ」


雛は、感嘆の声を上げた。

そこには見事に、先ほどから逃げられていた鮭の群れが大量に捕まっていた。


「うんうん。網も破れてないね。ほら、雛。持っていきな」

「え?」


投網ごと差し出された鮭に、雛はきょとんと、首を傾げる。


「にとりさんの物じゃ……?」

「まぁ、そうなんだけど。夕餉の分にこんなにいらないし。というか、出来たら私もその宴会に混ぜて欲しいのが本音だよ」


ニコリと笑ってそう言ったにとりは、ずいっと、押し付けるようにして網を雛に握らせた。


「だからこれは手土産みたいなもんさ。代わりに雛から私を集まる連中に紹介してくれ」

「……にとりさん」


その言葉に、考える素振りをする雛だったが。


「……わかりました。一緒に行きましょう!」


微笑んで見せた。


「よし、そうと決まれば急ごうか」

「はい!」


投網を背負うようにして持つ雛と、道具を鞄に戻し、背負い直して、にとりもその場から離れようとした。


―――ツルン


「へ?」


途端、岩場から盛大に、足を滑らし。


「……あ」


滑った拍子に、重力に逆らえず。身体は川の方へと落ちていく。

時間が一秒一秒遅くなったような感覚を味わいながら、にとりは呆然と前を歩く雛を見て、自分のさっきの発言に気がついた。


まだ、厄は降りかかってこないと。




「なんだ。少なくても起きるの―――」

かと、最後に言い切る前に、背中から盛大に、大きな水音を立てて、にとりは川の中へとダイブした。























「ってことは、昨日壮絶な弾幕決闘をしたって事ですか?」


昼をとうに過ぎたおやつ時。桜が舞う博麗神社の境内では、ネタ帳片手に腋巫女に聞く鴉天狗の姿があった。


文は昼頃に博麗神社へと到着し、神社の居間で昼食を取っていた三人のお茶の間に突撃し、そのままご飯に便乗した為に、今頃になって話を聞いていた。


「壮絶かはわからないけど」

「私はいっぱいいっぱいだったがな」


霊夢は考えるようにしながら文に話すが、魔理沙は笑いながら頭を掻いて見せた。


「客観的に見たら、いつもの異変が起こっていた弾幕勝負より凄かったと思うわ」


神社の縁側で並んで座る二人と少し離れ、縁側に座るアリスはお茶を飲みながらネタ帳に書き込んでいる文に話す。


「ふむふむ……魔理沙さんがいつもの格好をしてないのも珍しいですしねぇ」


文は魔理沙の今の格好をチラリと一瞥する。

今魔理沙が着ているのは、いつもの黒白のエプロンドレスではなく、宴会やお祭り等でみかける紺色の浴衣であった。


黒い帽子も被っておらず、長い白金の髪は下ろしたままで、首元や腕には、白い包帯が巻かれていた。


「昨日の弾幕決闘で、ボロボロになっちゃったしなぁ。アリスー、修繕とかお前出来ないか? 服屋に出すの面倒なんだが」

「……で、出来なくはないけど、修繕する分、ちゃんとお金を取るわよ?」


魔理沙に声をかけられ、ビクンっと、先ほどまで普通に話していたアリスの表情は、照れるようにして顔を紅潮させていた。


「………」

「む、金取るのか。んー……物々交換とかじゃ駄目か? 茸とかならいっぱいあるんだぜ?」

「……茸を貰ってもね。布とか綿とか、人形に使えそうなのなら考えなくもないわ」


文は、さっきから一つだけ気になっていた事があった。


「あのー、アリスさん?」

「? 何かしら?」


魔理沙と会話してたアリスは、再び文の方へと向けられる。


「何で、さっきから、魔理沙さんと離れているんです?」

「ブッ!?」


文の言葉に、アリスは盛大に飲んでいたお茶を吹いた。


「ゴホッ! ゴホッ!!」

「お、おい。アリス、大丈夫か?」


むせるアリスに近づき、背中をさすろうとする魔理沙だったが。


「ッッツ!」


バッっと、むせながらも魔理沙からアリスは飛ぶように離れる。


「ア、アリス?」

「やっぱり。何かあったんですか?」


そんな姿を見て、文は首を傾げる。昼頃の昼食を取っていた辺りから、アリスが若干魔理沙に距離を置いていたのは、どうやら間違いではなさそうだと。


「……アリス、もしかして朝頃のあれ根に持ってるの?」


そんなアリスを見ながら、一人ニヤニヤと笑う霊夢を文は見て、聞いてみる。


「あれって何です? 霊夢さん」

「朝にね。いつまで経っても起きて来ないから魔理沙とアリスを起こしに行ったのよ。そうしたら―――」

「れ、霊夢! それ以上言わないで!!」


顔を赤くしながら慌てるように霊夢の口を塞がんと、アリスは逆に今度は飛び込む形でダイブする。


「よっと」


だが、ダイブするアリスを避けるように、霊夢は湯飲みを持ったまま器用に横に飛んだ。


「っく、上海!」


アリスは紅潮した顔のままだったが、ここで口を塞がねばまずいと判断し、懐から上海人形を取り出し霊夢に投擲する。

投擲された上海は、空中で器用に回ると懐から剣を取り出した。


「む」


湯飲みを持ったまま、霊夢はもう片方の手で懐から札を取り出し、上海へと投げ付ける。

札は上海に合わせる様に動き、確実に動きを捉える、が。


「甘いわよ!」


迫る札を、上海は持つ剣で切り捨てた。


「これは、まずいわね」


ズズズとお茶を飲みながら迫る上海の斬撃を避けてみせて、霊夢はそのまま境内から空へと上がった。


「待ちなさい霊夢!」


アリスもそれを追うように、上海と共に空へと上がった。


「ど、どうしたんだ? アリスの奴」

「さぁ、何となく予想は出来ますが。魔理沙さんも隅に置けませんねぇ」


飛び出していったのを見て、魔理沙は困惑するように上空で始まった弾幕ごっこを見上げていたが、文は霊夢と同じようにニヤニヤとしながらその様子を見守る。


「隅に置けないって? どういう事だ?」

「わからないならいいんですよ。わからないなら」


魔理沙は首を傾げる。本当にわかっていない様子に、文はアリスに少しばかり同情する。


鈍い人を好きになったものだと。


魔理沙がアリスの気持ちに気づくのは果たしていつになる事か。


「おーい」


と、上で行われている弾幕ごっこを見上げていた文と魔理沙に、神社の鳥居から声をかけるものがいた。


「お? 萃……香?」


声の方に顔を向け、魔理沙は萃香に手を上げようとしたが。


「……凄い物持ってきましたね」


文も、萃香の姿を見て唖然とする。

階段を上り、境内へと姿を見せた萃香の両肩には、大きな酒樽が、一つずつ担がれていた。


「いやー、一個にしようと思ったんだけどねぇ。途中で薄いのだけじゃ勿体なくてっと」


ズズンと文と魔理沙の方にまで歩いてきて、酒樽を肩から境内の地面に置いた萃香は、肩を回すようにして凝りをほぐす。


「おかげで昼には着こうと思ったのに着けなくてさ。霊夢は?」

「上だぜ」


上の方を魔理沙は指を指して見せ、萃香は上を見上げる。


「ありゃ、今度はアリスとやってるの?」

「流れるままにって感じでしたけどね」


文はスラスラと書いていたネタ帳を一度閉じてポケットに入れると、萃香が持ってきた酒樽を指差す。


「薄いのって言ってましたが、中身それぞれ違うんですか? これ」

「うん。一つは子供でも酔えないぐらいお酒だよ。わざわざ次の宴会用にって、特注で作ってもらったんだ」


自慢気にそう話す萃香は、それとは別の、もう一つの酒樽の方をポンポンと叩く。


「で、まぁそれだけじゃ物足りない人もいるかなぁって思って、もう一つは強烈な奴。人里の酒屋全部回って、その店で一番度数が高い酒を混ぜて作ったんだ」


「……混ぜてって、味見したのか? それ」


魔理沙が疑わしげに聞くが、萃香は案の定、首を横に振った。


「飲むわけないじゃん。下手したら、私も潰れかねないし」

「……先に聞いておいてよかったですね」

「ああ。萃香、そっちのはギリギリまで皆に飲ませるなよ? 一杯目で宴会終了になったら嫌だぜ」


苦笑しながら萃香の酒樽を見ていた魔理沙と文だったが。いつの間にか上で行われていた弾幕の音が消えうせているのに気づき、再び空を見上げる。


「? 何か話してるみたいですね」


上を見上げると、霊夢とアリスが近づいて、何か話してるようであった。


「あ、降りてくる」


話終えたのか、アリスと霊夢は酷く、対照的な顔のまま降りてきた。

アリスは顔を紅潮させたまま怒ったような表情で視線を逸らしており。

霊夢は、何が面白いのか。ニコニコと笑ったままだ。


「あら? 萃香も来たのね」

「来たよー、今日の宴会の為にお酒も持参してきたんだから」


並べた酒樽を自慢気に見せながら、萃香はニコリと笑う。


「霊夢の為に用意したお酒だから、期待してくれると嬉しいな」

「そうなの? なら、期待させてもらうわ」


ニコリと笑う萃香に微笑んで返す霊夢。


「アリス、大丈夫か?」

「………」


霊夢の横を通りすぎ、つかつかと歩いて心配する顔をした魔理沙の前に立ったアリスは、無言のまま魔理沙を見て。


「……ハァ」


溜息をしたかと思うと、置かれていた自分の湯飲みを取って、魔理沙の横に座った。


「大丈夫よ。ちょっと取り乱しただけ。気にしないで」

「……ならいいが、具合悪いのなら言えよ? 私の看病で疲れてるんだからアリスは」


そんなアリスの様子を、文は再びニヤニヤと笑って見てたのは、言うまでもない。














「みんな、気をつけて帰るように。親御さんを心配させるような事をするんじゃないぞ」


ハーイと、子供達の元気な声を聞きながら、寺子屋の入り口で駆けていく子供達を、半獣である上白沢慧音は見送った。

時刻は昼を回ってからかなり経っており、日が暮れるまで、あまり時間もない事だろう。


「慧音」


茜色の空の中、子供達を見送った慧音をずっと外で待っていたのか。妹紅はズボンのポケットに両手を突っ込んだまま歩み寄った。


「おや、妹紅。仕事の方は終わったのか?」

「うん。患者さんは大事はなかったみたいだよ、永琳の話だと」

「そうか」


妹紅の言葉に慧音はホッと安心する。

寺子屋の授業があった為に、妹紅と共に同行出来なかったが、どうやら無事に済んだらしい。


「それよりも、早く神社に行こうよ。日が暮れるまであんまり時間ないよ?」

「ああ、そうだな。ちょっと待ってくれ、直ぐに支度するから」


甘えるような声で急かすように妹紅に言われ、慧音は急いで寺子屋の中へと踵を返す。

数分後、授業の後片付けを終えた慧音は、寺子屋の施錠を確認し、外で立ち尽くしたままの妹紅に駆け寄る。


「すまない、待たせたな。行こう」

「うん」


並んで歩き始める慧音と妹紅は、無言のまま博麗神社を目指す。

所々に咲く桜が風に乗って流れていき、春の暖かな風は、日が沈んでいくに従って冷え始めていた。


「少し、寒いな」


歩き始めて、人里から出るか出ないかという入り口辺りで、ぽつりと慧音は、腕をさするようにして呟く。


「ん? 寒い?」


呟いた言葉に、無言だった妹紅は、慧音の方へと顔を向ける。


「ああ。昼間は暖かったが、流石に日が沈み始めると冷えてくるな」

「……手でも繋ぐ? 多少はあったかくなると思うけど」


片方の手をポケットから出して、慧音へと妹紅は差し出す。


「………」


慧音は、少しの間、それをじっと見つめていたが。


「……そうだな。お言葉に甘えるとしよう」


ニコリと笑って、慧音は差し出された手を握った。


「ん、暖かいな妹紅の手は」

「ポケットに入れてたからね」


笑ってそう言う妹紅の手は、固く慧音の手を握り返していた。










「幽々子様! そろそろ行きますよー!」

大きな声で白玉楼の玄関の入り口で、主を急かすようにして、妖夢は立っていた。


「ハイハイ、そんなに大きな声を出さなくても聞こえてるわ」

「聞こえてても急がないじゃないですか。幽々子様は」


ゆっくりと白玉楼の廊下を歩きながら、妖夢の主である西行寺幽々子は微笑みながらも、自分のペースを守るようにしながら玄関に置かれている靴を履く。


「宴会まであんまり時間がないんですから、紫様に怒られちゃいますよ?」

「大丈夫よ。紫に怒られたら、妖夢が守ってくれるのだから」


ニコリと笑って妖夢に言う幽々子だったが、言われた妖夢は溜息を吐いて、そっぽを向く。


「自業自得でしたら守りませんよ私は。そんな事言ってないでもっと急いでください」


怒ったように言うその台詞にも、幽々子はクスリと笑って見せるだけだ。

妖夢の横に浮かぶ魂はフルフルと、照れて見せているのか。妖夢の横で小刻みに左右に動いていた。


ふわりと、空へと浮かぶ妖夢と幽々子は、あくまでゆっくりと飛び、博麗神社へと向かう。



空は既に、茜色の夕陽から、暗い夜の世界へと変わりつつあった。














「はい、これで全部よ」


茜色の空から、沈み始めた夕陽の中で、境内で輝夜達は合流を果たしていた。

藍は、霊夢と打ち合わせをして、宴会場となる神社の中に引っ込み、準備に追われている。


他の手が空いている者達も夕方から宴会をやると聞いていただけに、一緒になって準備をしていた。

そんな中、永琳は怪我をしている魔理沙の傷を見て、包帯を巻き直している所であった。


「ん。ありがとな」


上をはだけて、包帯を巻いてもらっていた魔理沙は、永琳にお礼を言う。


「どういたしまして。薬も出しておくから、食後にちゃんと飲んでおくようにね」


永琳はそう言うと、救急箱から袋を取り出し魔理沙に渡す。


「魔理沙も無茶をするわね。そこまでして弾幕決闘をするなんて」


隣で魔理沙の治療を見ていた輝夜は、溜息を漏らしながらその様子を見ていた。

輝夜も手伝おうと調理場の方に向かおうとしたが、永琳の手によって止められた。

招待されたのだから輝夜はやる必要がないと。


代わりに鈴仙とてゐが手伝っており、輝夜は暇を持て余していた。


「無茶でもしなきゃ勝てないって思ったからな。おかげで、霊夢に一撃届いたぜ」

「……無茶して一撃なら、途方もない話にも聞こえるけど」


輝夜はニヤリと笑う魔理沙に溜息を吐いて見せる。


「私なら、確実に勝てると思わないと勝負しないわ。どんな相手でも」

「? 妹紅は、確実に勝てる相手なのか?」


魔理沙はその言葉に、すぐに輝夜のライバル的存在である妹紅の名前を出すが。


「ああ、あれは別よ。妹紅とのは勝負じゃなくて殺し合いだもの。どっちが致

命傷を負っても致命傷じゃない闘いなんて、勝負ですらないわ」


そう言い切って見せる輝夜であったが、何か大切な事のように目を閉じて言葉にしたのを見て、永琳の方から溜息が漏れた。


「輝夜、私も宴会の方を手伝ってくるわね。魔理沙と話でもしてて頂戴」

「はいはい。いってらっしゃい」


輝夜は神社の奥へと引っ込む永琳を見送りながら、溜息を漏らす。


「話をしててって言われても、何もないのにね」

「準備しなくていいんだ。気長に待てばいいんじゃないか?」


魔理沙はそう言うが、輝夜は首を横に振って見せる。


「退屈なのが一番嫌なのよ。長年生きると、怠惰に生活して、刺激がない世界が一番嫌になってくるわよ」

「ふぅん。刺激がない生活ってのは確かに嫌だが、そんなに退屈なのか?」

「何でもかんでも永琳がやっちゃうから……優秀すぎるのも考えものね」


ふぅと、神社に来てから何度目になるかわからない溜息を零し、輝夜は暗くなり始めている夜空の方へと顔を向ける。


「弾幕ごっこをやってやれればよかったんだけどな。今相手なんてしたらきっと死んじまうぜ」


輝夜に苦笑しながら魔理沙は言うが、同じように夜空の方へと顔を向けていた。

輝夜と魔理沙が無言のまま月を見始めた頃。




中の準備をしている者達は、急いで宴会の支度をしていた。


「萃香、これお願い」


「あいよー」


「萃香、これもお願いね」


「あいよぉー」


「こっちも出来たわ。お願いね」


「あい、よぉぉ」


「鬼さん鬼さん、これもお願い♪」


「お前も運べ!」


「あややや……後どれぐらいあるんですか?」



台所で藍が人里で買ってきた食べ物を調理するアリス、霊夢、鈴仙。運搬する萃香、文、てゐと二手に分かれ、皿大の物や、鍋物等を急ぎ宴会場へと並べていた。


「追加だ」


藍はその様子を見ながら、隙間から新たに材料を霊夢達に渡していく。


「紫はまだ来ないの?」

「……もしかしたら、今日は来ないかもしれない。昨日かなりお疲れになっていたしな」


霊夢の問いかけに、藍は溜息を零すが、笑ってみせる。


「なに、物はあるんだ。宴会自体は始められるからあまり気にするな」

「……」


霊夢は少しばかり悲しそうな表情を見せたが、手を止めるわけにもいかず、急ぎ材料を台所に移して再び白菜やら鶏肉等を包丁で切っていく。


「人手は足りてるかしら?」

「ん? いや、全く足りていないが。魔理沙の検診は終わったのか?」


居間をまたいで台所に顔を覗かせた永琳に藍は振り返る。


「ええ。看護していたのが優秀だったみたいね。体温調節が出来ていないだけで、後は問題なかったわ」


―――ブシュ


永琳は台所の方の連中にも聞こえるように説明し、案の定、負傷者が出た。


「ちょ、アリス大丈夫!?」

「だ、大丈夫よ。少し包丁で指を切っただけだから……」

「少しじゃないですよ! 師匠! アリスさんの手当てを!」


振り返った鈴仙に言われ、永琳はニコリと笑いながら、手首を抑えて傷口から血を止めているアリスに駆け寄る。


「……アンタ、わざとでしょ」

「さぁ、何の事かしら? 私は事実を言っただけよ」


顔を紅潮させ、永琳を涙目で睨みつけるアリスだったが。

それ以上何も言えず、おとなしく永琳の手当てを受け始める。


「く、猫の手も借りたいというのに……人手が更に減ったか」


藍はうなだれるようにガクリとその場で膝をついてしまう。


―――せめて、橙が居てくれれば……。


考えてしまった心は決壊するように藍の心を蹂躙していく。

紫様だけをマヨヒガに置いておくわけにもいかず、自分の式神である橙は、マヨヒガでお留守番をしている。


役割を考えるならば、それは妥当であった事だろう。今隙間から出している大量の食材を橙に買わせるという重労働は、藍にとってあってはならぬ事であった。


だが今はそれを終えたのだ。紫様が起きになられてくれれば、橙も神社へと来れる。


「藍、ちょっと藍、倒れてないで次のを」

「あ、ああ。すまない……」


霊夢に急かされ、再び立ちあがり隙間を開く。


―――藍様ーー


橙に会いたいが為か。何か幻聴が聞こえてきた気がするが、食材を出す為に手を動かし。


―――藍様ーーー!


隙間から聞こえてきた二度目の大きな声に、耳が幻聴でない事をわからせた。


「ちぇ、橙? 何処だ! 何処に―――」

「藍様ーーー!!」


次いで出てくる猫耳、二尾の尻尾、幼い身体。

飛び込むようにして、隙間から橙は、藍に抱きつく形で飛んできた。


「ちぇ」


抱きつかれた藍は、その愛しい身体を力一杯抱き返し。


「ちぇええええええん!!」


感極まる咆哮を、博麗神社で響かせた。






















「お姉様、ホントに私も一緒に行っていいの?」


日もすっかり落ちた頃。紅魔館の入り口では、不安げに姉であるレミリアに、聞くフランドールの姿があった。


「ええ。フランは、一人でここに残りたい?」


横には既に身支度を整えた咲夜や美鈴、パチュリーや小悪魔の姿もある。


「行きたいけど……」

「大丈夫よフラン。貴方が心配するような事は起きないし、起こさせないわ。皆が一緒なのだから、もっと楽しそうな顔をしなさい」


レミリアは微笑んでそう言うと、フランをあやすように、優しく抱いてみせる。


「あ………うん!」


フランの頷く元気な声を聞いて、レミリアは離れた。


「じゃ、行こうか。もう連中の事だ。始めてるかもしれないしな」


並ぶようにして紅魔館の面々は、十六夜の月が出始めた空の中、空にふわりと飛んだ。


期待を乗せて微笑む吸血鬼達。

決意を乗せて表情を崩さないメイド。

慟哭を乗せて笑顔の仮面を被る門番。

興味を乗せて笑う魔女。

歓喜を乗せて喜ぶ悪魔。


様々な思惑、様々な思考を乗せて、月を背に、星屑の大海の中彼女らは宴会へと向かう。






「こんばんは。にとりさん、雛さんも」


博麗神社の境内へと続く長い階段の前で、守矢の面々は、顔見知りであるにとりと雛と合流していた。


「こんばんは」

「こんばんは。守矢の面々もやっぱり呼ばれてたんだね」


手を上げて挨拶をする雛とにとり。


「はい。昨日の夜中に招待があったもので……? にとりさん、髪の毛濡れてますけど、川にでも落ちたのですか?」


早苗は応対しながらも、にとりの濡れた蒼い髪の毛を見て首を傾げる。


「ああ。ちょっと足を滑らしちゃってね。時間がなかったから、髪を乾かすまで出来なかったんだよ」


にとりは苦笑しながら答える。あの後盛大に川に飛び込むはめになったにとりは、服や下着がびしょ濡れの状態で歩く事を余儀なくされた。

まだ日が出ている内に移動した為か、服は歩いている内に乾いたが、髪の方は未だ乾き切ってはいなかったのだ。


「ごめんなさいにとりさん……」


その状況に追い込んだ雛は、申し訳なさそうに鮭を背負いながらも頭を下げる。


「気にしなくていいって。私の不注意なんだからさ」

「……ま、時間がないのもあるし、さっさと合流しようじゃないか。夕方って話だったのが随分と遅くなったしね」


雛達のやりとりを見ていた神奈子だったが、先に境内へと続く階段を上り初めてしまう。


「あ、待ってください神奈子様!」


それを追うように、早苗は駆けるようにして階段を上っていく。


「早苗、急いで足を滑らすんじゃないよー」


慌てて神奈子の後を追うようにして上る早苗を見て、諏訪子は注意するように言った。


「ん? おーい」


そんなやり取りをしていたからか。先ほど歩いてきた方向から手を繋ぐ二人の姿があった。


「ん? おや、ワーハクタクか」


諏訪子が振り返った先には、手を繋ぐ妹紅と慧音がいた。


「こんばんは。慧音、妹紅」


手を振って慧音と妹紅に挨拶するにとりだったが、文の文々。丸新聞で二人の事を知っているだけであった。


「こんばんは。後、初めましてかな。諏訪子殿とは守矢の宴で会ってはいるが」


「初めまして。河童の河城にとりだ」

「初めまして。厄神の鍵山雛です」


にとりにならって、雛も同じように自己紹介をしてみせる。


「私は人里で歴史を教えている上白沢慧音という者だ。ほら、妹紅も」

「……藤原妹紅だ」


慧音と繋いでいた手を離して、妹紅はそれだけ言う。


「二人も、宴に呼ばれたのかい?」

「ああ。昨日紫殿が来られてな」


話ながらも、皆先に上っていった早苗達を追うように、階段を上り始める。


「どれだけ呼んでいるか知らないが、かなり呼んだようだね。あの隙間妖怪」

「まだ準備出来ていなさそうだがな……この調子だと」


思い思いに喋りながら、階段を歩いていく。



境内へと辿り着くまでに、そう時間はかからなかった。















「……お?」


縁側で座っていた魔理沙は、鳥居の方から歩いてくる者達に手を振ってみせる。


「よ、神奈子、早苗」

「こんばんは! 魔理沙さん!」


手を振る魔理沙に合わせるように、早苗は駆け足で縁側の方へと歩いてくる。


「? 誰かしら?」

「守矢の巫女さんだぜ。妖怪の山の方に越してきたんだよ」


横で首を傾げる輝夜に魔理沙は教えてやる。


「初めまして、風祝の東風谷早苗です! 魔理沙さん、いつもの服じゃないんですね?」

「ああ、ちょっとあってな」


駆け寄ってきた早苗は、魔理沙の服装がいつもと違うのを見て首を傾げるが、魔理沙はニカリと笑い、説明はしなかった。


「まだ、宴会は始まってないのかい」


後ろからゆっくりと歩いてきた神奈子は、魔理沙と輝夜が座っているのを見て、首を傾げた。


「ああ。紫が大雑把な事しか言わずに投げたみたいだからな。今、皆が準備してる―――」

「ちぇええええええん!!」


と、魔理沙が神奈子に説明している所に神社の中から藍の咆哮が響いてくる。


「………あー、紫も来たみたいだな」

「もう数刻待てば全部支度が終わりそうね……?」


輝夜も呆れるように藍の咆哮を聞いていたが、前方から更に境内へと上がってきた人物を見て、縁側から立ち上がる。


「妹紅ー!」


退屈そうな表情は何処に行ったのか。妹紅の姿を見て、嬉しそうに輝夜は駆け出していった。


「うわ、輝夜! ちょ、こっち来るな!」

「暇なのよ! 相手しなさい妹紅!」


合流してからだんまりとしていた妹紅であったが、輝夜が駆けて来るのを見て、慌てて横に駆けるように走る。

慧音から妹紅が離れたのを見て、輝夜は容赦なく光弾を飛ばし始めた。


「宴会前に弾幕勝負する奴があるか! この馬鹿!」

「いいじゃない。ほら、撃ち返さないと死んじゃうわよ♪」


光弾を上空に飛んで避ける妹紅を追うように、更に追い討ちをかけはじめる。


「……大変そうだな。妹紅も」

「なに、しかめっ面でいられるよりはいい事さ」


止めずに微笑んで歩いてきた慧音は、呟いた魔理沙の言葉を拾って返した。


「こんばんは。あれ以来かな魔法使い」

「こんばんは。秋の時以来ですね」

「よ、河童に厄神。宴会に出席するのは初めてだな。お前らは」

「私らも博麗での宴会は始めてだよ」


お辞儀をする雛や、手を振るにとりや諏訪子にも、魔理沙は縁側に座ったままニコリと笑って見せる。


「初めてなので、何を持ってくればいいかわからなかったのですが……」


雛は、おずおずと背負っていた鮭を魔理沙の前に出す。


「おおー、こんなにたくさん捕ってきたのか」

「はい、にとりさんのおかげですが」


差し出された鮭を見て魔理沙は受け取ると、縁側から立ち上がる。


「早速準備している連中に捌いてもらおうぜ。まだ、宴会の準備中だから、ちょっと待っててくれな」

「あ、それでしたら私も手伝いますよ魔理沙さん」

「私も手伝おうか。ただ待つだけというのも悪いしな」


魔理沙に続くように、慧音と早苗も靴を脱いで縁側に上がる。


「んじゃ私らは待つかね。準備が出来たら、声をかけておくれよ」

「わかりました。神奈子様」


縁側に神奈子と諏訪子が並んで座り足をブラブラとさせ、十六夜の月を見上げ初める。


「私も文に声をかけておくかね。雛も霊夢に挨拶しときたいんじゃないのかい?」

「あ、は、はい。そうですね」


にとりに話を振られ、雛は顔を紅潮させながらも頷いて見せた。


「お、なら一緒に行こうぜ。多分、人手自体足りてないだろうからさ」


雛やにとりを靴を脱いで、神社の中へと入っていく。







「ごめんなさいねえ。遅くなっちゃって」

神社の中では、今日の幹事役である紫が到着していた。


「遅いわよホントに。来ないかと思ったのだから」


はぁと溜息を霊夢は吐きながらも、紫が来たことに嬉しそうに微笑んで見せた。


「今、皆で準備してるけれど。どれぐらい呼んでいるのよ?」

「雛や守矢の面々に声をかけたわ。それに人里のワーハクタクにも。幽々子にも声をかけたし、後は、吸血鬼の連中だけよ」


霊夢に言われ、指を折って数えるようにしながら、紫は呼んだ面々の名前を挙げていく。


「閻魔にも声をかけたのだけど……死神がサボりすぎていて、仕事に圧迫されているそうよ」

「小町さん今頃八つ当たりされてそうですねぇ」


紫のその言葉を聞いて、文は三途の河の方向に南無南無と祈っておく。


「まぁ仕方ないわ。準備はどれぐらい進んでいるの?」

「大体半分ぐらいかしら? 鈴仙、そっちの鍋物で何個目?」

「五個目よ」


ザクザクと話しながらも白菜や豆腐を一口サイズにぶった切りながら、鈴仙は答える。


「じゃあ、後は皿物ね。萃香、いつもの所に空き瓶置いてあるから、酒樽のお酒を移しちゃっていいわよ」

「わかったよ。誰か一緒に―――」

「おーい。他の連中も来たぜ。ついでに手土産と手伝いも」


萃香が呼びかける前に、戦場となっている調理場に魔理沙を先頭に、新たな手伝いと言う名の戦士が入ってくる。


「こんばんはー!」

「こんばんは。招待されて来ました」

「こんばんは。手伝いに来たぞ」

「こんばんはー招待されてないけど来たぞ!」


ぞろぞろと入ってくる面々。


「こんばんは、雛」

「あやや、にとりさんも来たんですね」


思い思いに入ってきた面々と顔見知りの物は、挨拶を返していた。

そんな中、魔理沙は鈴仙の方に投網に入った大量の鮭を置く。


「こんなにいっぱい……鍋物大体切り終えちゃったわよ?」

「刺身で皿に盛れないか? もしくは焼き鮭とかでも美味いと思うぜ」

「それなら、一人一匹をノルマで作ればいいんじゃないかしら?」


鈴仙とどうするか話す魔理沙の横に、包丁で切った傷の手当てを終えたアリスが提案する。


「包丁自体がそんなにないだろ。霊夢、予備の包丁とかあったか?」

「ないわよ。今ここにある五本だけ」


台所に置かれた包丁を指差してそう答えた霊夢は、考えるポーズを取って、何か閃いたようにポンと手を打った。


「萃香、お酒を移すのに人手はどのぐらい必要?」


先ほど言いかけた萃香の言葉をもう一度霊夢は聞いた。


「んー、上の蓋壊して入れるから、私を含めて四人かな」

「なら、こうしましょ。包丁を扱える者五人、それを宴会場に持っていく係も五人、お酒を移し変えるのは四人ね」

「それでいいわね。藍、貴方は―――」


霊夢の説明に続くように、包丁を扱う係に自分の式神である藍を指名しようとした紫であったが。


「ああ……橙、橙……もふもふ」

「ら、藍様、くすぐったいですよぉ」


今までの疲れが蓄積し過ぎていたのか。先ほどから橙を抱きしめて、ひたすらもふもふを繰り返している。


「………藍に今、刃物を持たせるとまずいわね。誰か出来る方いないかし

ら?」


「あ、それなら私がやります。神奈子様や諏訪子様のご飯を毎日作っていますから、大抵の調理は出来ますよ」


ハイっと手を上げて立候補する早苗。

手を上げて見える腋をちらつかせながら、ほころんだ表情を見せた。


「それなら、私も久方ぶりに腕を振るおうかしら。貴方の式神駄目そうだし」

「え、し、師匠も調理なさるんですか!?」


包丁を手にしたまま、鈴仙から驚きの声が上がる。


「……ウドンゲ、何か私が調理をする事に問題でもあるの?」

「い、いえ。それはないのですが。師匠が料理をする所なんて見た事がないなぁって思って……」


苦笑しながらアハハと乾いた笑いをする鈴仙だったが、にこりと微笑んだまま、冷徹な視線を送る永琳を見て身体に走る震えにヒッと小さく声を上げた。


「……そう、そんな風に見ていたのウドンゲは。私が調理なんて出来ないと」


「そ、そこまで言ってません! 師匠が腕を振るう場面なんてないものですから! で、弟子として一緒に腕を振るう事が出来る為に驚いた限りです!」


必死な弁解で鈴仙は平謝りし始める。

ピンと立っていたウサ耳がへにょりとなり、傍から見ても、鈴仙が永琳の事を酷く怖がっている事がわかる。


「……まぁ、これ以上ここで言っても、宴会の準備が遅れるだけね」


微笑んでいた永琳は、謝る鈴仙の横へと歩み寄り、耳元でボソリと喋る。


「……後でおしおきね。覚悟はしておきなさい」

「あ、う、ぅぅ……」


おしおきと言われ、鈴仙は半べそになるが、誰も声をかけはしない。

声をかければこちらが標的になる可能性があり、鈴仙がそういう態度を取ったから怒られたからだ。


「……まぁ、これで調理の方は決まったわね。次は運ぶ係だけど、橙」

「あ、は、はい!」


もふもふと藍に抱きしめられたままだったが、紫の呼びかけにより大きな声で返事をする。


「運ぶ係に藍と一緒に手伝ってあげなさい」

「わかりました!」


応える橙に微笑みながらも、紫は残っている者をグルリと見る。


「後は……慧音、お願い出来るかしら?」

「ん? 私か?」


運ぶ係で指されるとは思わなかったのだろう。驚いた様子で慧音は聞き返す。


「ええ、萃香が運ぶ係から外れるから。藍はまともに動ける状態には見えないし、まとめ役で貴方にお願いするわ」

「ああ。そういう事か」


慧音はチラリと運ぶ係の面子を見る。

悪戯好きな兎、ネタを探す鴉天狗、ワンパクな黒猫、親馬鹿な狐。

確かにまとめ役として一人、誰かいないと機能しなさそうであった。


「わかった。こちらは任せてもらおう」


慧音は頷いて見せる。


「頼むわね。後はお酒を移す係だけど、私が行くとして後は雛と……そうね。

呼んだ覚えがないのにいる河童の経緯も聞きたい事だし、にとりも来なさい」


「げ、スルーしてくれないんだ」


にとりはギクリと、紫に指名され苦笑しながら頭を掻く。


「当たり前よ……それじゃあ各自、幽々子や吸血鬼達が来るまでには準備し終えましょう」


紫の言葉をきっかけに、各々言われた場所へと移動しはじめる。


「? 紫、私は何処に行けばいいんだ?」


だが、一人場所を言われていない魔理沙は首を傾げて紫に聞いた。


「……貴方は怪我を負っているのを、もっと重く自覚したほうがいいわ。アリスや霊夢は軽傷だからいいけれど、貴方のは重傷よ」


紫はそう言うと、魔理沙に巻かれた腕の包帯部分を、軽くはたいてみせる。


「いっつ……!?」


そこまで強くはたいたわけでもないのに、魔理沙は顔を苦悶の表情に歪ませた。


「わかったかしら? 貴方もおとなしく縁側で待ってなさい。無理に手伝う必要はないのだから」

「……むぅ」


渋々と、涙目になりながら魔理沙は縁側の方へと移動する。


「さて、急がないと」


夕方に行うと言った宴会の時間は、とうに過ぎていた。


















「けど、本当に久しぶりね。まともな料理をするのは」


トントントンと、まな板と包丁がぶつかる音がテンポよく流れる中、雛とにとりが持ってきた鮭を捌いていく五人。

永琳は長年の経験故か。久しぶりとは思えない速度で鮭を捌いていく。


「……何だか皮肉に聞こえてくるわね。そこまで上手だと」


横でその様子を見ていたアリスは、眉を寄せて渋い表情をするが、永琳はニコリと笑う。


「何千年と輝夜の為に料理を作ってきたから。今は他の者達に任せているけれど経験は豊富よ」

「ってことは、輝夜は料理出来ないとか? 一応お姫様だし」


アリスとは反対の方で話を聞いていた霊夢は、首を傾げながらも捌いた鮭を焼き始めていた。


「いいえ、一応出来るわ。一時期私の為に料理を作ってくれた覚えもあるぐらいだから」


思い出すように言う永琳は、嬉しそうに話してみせる。


「私から見たら、みなさんお上手に見えますけどねぇ」


霊夢の方で調理をする早苗も、笑いながら包丁で切った鮭をお皿に盛り付けていた。


「私の世界じゃ、料理出来ない人のが多かったですよ」

「最低限出来ないと生きていけないでしょ? 誰かと一緒に住まうとかしない限り」


早苗の言葉にアリスは答えるが、早苗は首を傾げてみせる。


「あれ? でもアリスさん。魔理沙さんと同棲してるんじゃないんですか?」


「―――え?」


「「「「 ナ、ナンダッテェーーー!?」」」」


早苗の言葉にアリスは顔を赤くして口をパクパクさせるが、他に調理場に立っていた三人も声を合わせて驚愕の表情をし、更に一名、何処から沸いたのか。ネタ帳片手に天狗が飛び込んできた。


「そ、それは本当なんですか!? ガセじゃない―――」

「ああ、文。丁度良かったわ。これお願い」

「あ、これも盛り付けたからお願いします」


鼻息を荒くしながら飛び込んできた文に、大皿に盛り付けられた鮭の刺身や、焼いた鮭を渡す。


「ちょ、え。先に話を―――」

「遅れてるのだからそれを先に持って行きなさい」


押されるように霊夢にそう言われ、文は泣く泣く、早足で宴会場の方へと持っていく。


「で、それ本当なのアリス?」

「ど、同棲してるわけないじゃない! 何で魔理沙と私が一つの屋根で暮らしてアハハウフフして乳くり合わないといけないのよ!」


全力で否定するアリスだったが、余計な事を言う辺りどうやら真実のようだ。


「あれ? でもおかしいですね。前に魔理沙さんから聞いた話だと、アリスさんと同じ場所に住んでるって……」

「……あー、なるほどね」


不思議そうな顔をしながら話す早苗に、霊夢は勘違いだと気づく。


「早苗。アリスはね、魔理沙と同じ魔法の森に住んでるのよ。だから同じ場所に住んでるって言ったんだと思うわ」

「同棲ではなく、ご近所って所かしら?」


霊夢の言葉に続くようにして鈴仙が話す。先ほどまで黙々と魚を捌き、葱を刻んでいたが、今は手を休めていた。


「そういう事だったんですかぁ。いやー、てっきり同棲してるからアリスさん魔理沙さんの為にお料理を作って上手なのだとばかり」

「そ、そんなわけないでしょ。私が魔理沙の為に料理だなんて……」


顔を紅潮させて俯き、アリスは心を落ち着ける為か、台所に転がっていた玉ねぎをみじん切りにしはじめる。


「……ねぇねぇアリス」


霊夢はそんなアリスをニヤニヤと見ながら聞いた。


「魔理沙に一緒に住まないとか、言った事ないの?」


―――ブシュ


「~~~~ッツツツツ!?」

「アリスさん大丈夫ですか!?」


再び動揺によって包丁がぶれたアリスの指に包丁がサクリと入る。

みじん切りにしていた玉ねぎの上に赤い血がダラダラと付着していった。


「アリスは面白いわねぇ。ホント」


慌てて傷口を見る早苗とは対照的に、霊夢はクスクスと口元を抑えて笑う。


「れ、霊夢ぅぅ……!」


涙目になりながらも、笑う霊夢をアリスは睨む。


「同棲されないんですか!? 言ったのは事実なんですか!?」


そんな中、韋駄天のごとく再び調理場に駆けつけた文は、ゼハーゼハーとまるで捕食する獲物のように鼻息を荒くしながらネタ帳片手に再び飛び込んできた。


「ああ。今度はこれをお願いね」

「こっちも葱を刻んだから持っていって」


しかし悲しいかな。またも今度は永琳が作っていた刺身や、葱を刻んだ小皿を手渡された。


「ちょ、またですか!? せめて話を―――」

「はいはい。いってらっしゃい」


鈴仙に押されながら再び文は調理場から泣く泣く退出された。


「ほら、アリス。傷口見せなさい。手当てしてあげるから」

「……」


永琳は包丁を置くと、救急箱片手に包丁で切ったアリスの傷口を手当てし始める。


「……言うだけ言ってみたら? あの魔法使いの事だから、喜んで一緒に住もうって言いそうだけれど」


ニコリと笑いながらそう話す永琳に、キッとアリスは紅潮させた顔のまま、何か言いかけ。


「……無理よ。一緒に住みたい理由を話した所で、魔理沙はわかりっこないんだから」


しゅんと、うなだれるように呟いた。


「………ごめん、余計な事言ったみたいね」


空気が重くなる。

霊夢は悪いと思ったのか。頭を掻いて溜息を吐きながらも謝った。


「いいのよ。さ、無駄話してないで一気にやっていくわよ」


包帯を巻き終えると、アリスは頬をパンと自分の手で叩いて、再び魚を捌きはじめた。


「はい!」

「そうね、急がないと」


それに合わせるように、止まっていた皆の手は再び動き始める。

















会場となる宴会場では、慧音の指示により、色とりどりの料理が並べられていた。


「鍋はちゃんと全部あるな? 皿物は均等に分けろ。ああ、でも西行寺のアレが座る場所には皿を増やしておいてくれ」

「追加持ってきました!」


ダダダと韋駄天の如く調理場から料理を持ってきた文が慧音へと渡す。


「また行って来ます! 今度は遅くなるかもしれません!」


そして再びズバーンと飛ぶように駆けていく文。


「? あんなに急いで遅くなるとはどういう事だ?」


首を傾げながらも、追加で来た皿を慧音もテーブルへと置いていく。


「ら、藍様。危ないですよ」

「ああ……橙、橙、もふもふ」

「……そろそろ藍、正気に戻れ。橙が嫌がっているぞ」


湯飲みや、皿を藍に後ろからもふもふとされながらも必死に移動して並べていた橙が流石に可哀想になってきた為か、慧音は静かにもふもふを繰り返す藍に言う。


「な、い、嫌がってるだと? そ、そうなのか橙!? 私に抱きつかれるのは嫌なのか!?」

「……ら、藍様、痛いです」


カッと、嫌がっているという慧音の言葉に藍は正気を取り戻し。バッと橙の肩を掴んで自分に振り向かせる。


「あ、す、すまない……けれど答えてくれ、橙は、私にもふもふとされるのは、嫌か……?」


真剣に藍は自分の腕の中にいる橙の顔を見る。


「……わ、私は」


「時と場所を考えろ馬鹿狐。今忙しいってのに私の邪魔をすんじゃねぇよ。空気読め」


ピシリと。橙から吐かれたように聞こえた言葉に、藍は石化する。


「ら、藍様!? え、い、今の何?」


橙は後ろから聞こえてきた自分に似た声に振り向くと。


「これぐらい言わないと駄目だって」


ぴょんと跳ねるようにして、てゐが邪悪な笑いをしながら離れていく。


「て、てゐちゃん! そんな酷い事言っちゃ駄目だよ! ら、藍様、今の私の

言葉じゃないですよ? 藍様?」


必死に弁明する橙だったが。


「………そうか、ハハハ、ごめんな橙。私は空気も読まない馬鹿狐で」


虚ろな目で橙から離れると、何も聞こえていないかのように隅っこで体育座りをしながら蹲る。


「ごめんな。迷惑にならないように隅っこにいるから許しておくれ……」

「ら、藍様! 話を聞いてください!」


そんな主人の様子を見てわたわたと慌てて駆け寄っていく橙。


「……あれは、逆効果なんじゃないか?」

「私は事実を言っただけだよ。さっきから動いてなかったんだ。邪魔になるから隅っこにいてくれるだけまだましだよ」


頭をガリガリと掻きながらてゐは話しながらテーブルに茶碗や小皿等も並べていく。


「……まぁ、それもそうか。さて、追加は―――」


再びダダダと駆けて来る足音。


「ハァ……ハァ……ま、また行って来ます!」


遅くなると言った文は先ほどと同じように皿を慧音に渡すと、荒い息を吐きながらも再び全力で駆けていく。


「……何があったか知らないが、文が頑張ってるからどうにかなりそうだな」


楽観的に、慧音は笑いながらてゐと共に準備を着々と終わらせていった。

 










「ふぅん、そういう経緯だったのね」


宴会場から一部屋離れた小部屋にて、酒樽の蓋を壊し四人は囲むようにして空き瓶にお酒を酌んでいた。

紫はにとりが一緒に来た経緯を聞きながら、溜まった酒瓶を横に丁寧に一つずつ床に置いていく。


「ゆ、紫さん、私がにとりさんを連れてきたも同然なんです。宴会に、混ぜて頂かせては……駄目なんでしょうか?」

「……」


おずおずと、不安げに聞いてくる雛に、紫はニコリと笑った。


「心配しないで。私は経緯だけ聞きたかっただけだから。宴会に混ざりたいというのなら、喜んで招待するわ」

「宴会ってのは多ければ多いほどにぎやかで楽しくなるからね」


紫の横で一緒にお酒を酌んでいた萃香もニコリと笑って見せる。


「ありがと。いやー、ここから帰れって言われたらどうしようかと思ったよ」


アハハと苦笑しながら釣られる様に答えるにとりであった。


「んじゃ、招待してもらったんだ。少しでも頑張らせてもらおうかね」

「あ、私も行きます」


床に置かれていた酒瓶を抱え、にとりに続くように、雛も小部屋から宴会場へと酒を運んでいく。


「……紫、大丈夫?」

「大丈夫よ。今日一日ぐらいは保つわ」


にとりと雛が出て行ったのを見て、萃香は笑っていた表情から、少しばかり不安げな顔をして紫を見る。


「それに、雛を宴会に招待するのなら、これはやらなければならない事よ。彼女の為にも、霊夢の為にも」


紫は不安げな表情をする萃香に微笑んで見せた。


「無理はしちゃ駄目だよ? 境界を弄る必要があるからって、ずっとし続けるなんて、例え紫でもきつい事なんだから」


紫が途中、藍に丸投げしたのには理由があった。

普段動かない大移動、空間を弄るという無理やり事象を捻じ曲げるその能力は、多大な労役を自身に課す為に。


宴会に雛を招待するという事は、常に災厄が起こる可能性がある。

それを紫は、厄に境界を引くことによって、周りに起きぬよう回避し続けている。


疲れさえ見せずにそれを行い続けている紫は、紛れも無く大妖怪と言われるにふさわしい化け物であったが。

萃香は友人がそれをし続けている事に不安が残る。宴会というものは、皆が欠ける事なく楽しむ為のもののはずなのに。


紫はそんな状況で、楽しんでいられるのかと。


「萃香は心配性ね。大丈夫よ、私を誰だと思っているの?」


「八雲の大妖。だけどその前に、私の友人だよ。無理だと思ったら行使するの止めなよ? 幸い、もう一人雛の能力を防げる奴いるんだから」


「……レミリアの事かしら? 彼女は無闇にあの能力を使わないわ」


雛の厄を防げる能力者。

紅い吸血鬼、レミリア・スカーレットは、運命を操る程度の能力を持ち合わせている。


確かに、彼女ならば雛の厄が周りに落ちるという運命を操り、防ぐ事は出来る事だろう。

しかし、誇り高きあの吸血鬼は、その能力を無闇に使うような者ではない。


「確かに普段は使わないかもしれないけどさ。けど、霊夢が頼めば、使うと思うよ」


萃香のその言葉に、紫はああ、と納得してしまう。

確かに、霊夢が関わるのであれば、使うかもしれない。

それ程、レミリアが霊夢に寄せる者は大きい。


「……まぁ、そうならないように頑張るわ。あの吸血鬼に頼む事なんて、代価に何を要求される事か」

「……ああ、それは確かに」


タダではやらない事だろう。紫はふっと微笑むと、酒瓶を床に置く。


「それに、アレに良い所を見せられるのも癪よ」


頑張るのは自分だけでいい。知られなくても、霊夢の為に動くのは自分だけでいい。

紫はレミリアに良いカッコをさせたくはなかった。













「派手にやってるなぁ……」


縁側の方へと歩いて、夜空を見上げる諏訪子と神奈子の横に魔理沙も座ると、未だ弾幕を打ち合う赤と白の光弾のせめぎ合いが続いていた。


「あの二人凄いね。致命傷だと思った時が何度もあったのに、平然とまだ撃ちあってる」


真剣な顔をして、その様子を見上げていた諏訪子は、客観的に、勝負の行く末を観察し続けていた。


「死と再生を繰り返してるみたいだが、あれは人間かい? 妖怪でも、あんな戦いでもしないと思うがね」


神奈子も、見上げながら横に座った魔理沙に聞いてくる。


「一応人間だぜ。唯、死ねないんだ二人とも。私もあの二人と勝負した事あるが、あっちの気力が尽きてくれるまで全力で撃ったなぁ」

「……輪廻転生から外れた者って事だよね?」


諏訪子は魔理沙の言葉に驚いた顔をして聞いた。


「そうなるな」

「……何だ、文字通り化け物じゃないかそんなの。人でありながら神と同等なんて」

「神様でも死ぬんじゃないのか?」


魔理沙の疑問に、諏訪子は首を横に振る。


「実体をやられた所で、信仰があり続ければ、私らは決して死なない。存在出来なくなるだけで、この世界にはちゃんと居るんだよ」

「それも何年も時が経てば、再び実体を取り戻せるしね。逆を言えば、信仰が無くなれば私らは死ぬしかないが」


神奈子は溜息を吐く。それなのに、上で弾幕をしている連中は、そういう過程を蹴っ飛ばして、怪我を負うたびに、巻き戻すように数秒前の再生を繰り返している。


「幻想郷に越してきてつくづく思うが、面白い連中が多いねここは」


ニヤリと笑う神奈子は、上の弾幕勝負に混ざりたいのか。そわそわと身体が浮つき始めている。


「駄目だよ神奈子。今日は宴会に呼ばれて来ただけなんだから」

「わかってるわよ」


諏訪子に注意され、ケッと神奈子は悪態をつくが、上の方で行われていた弾幕勝負にキラリと、何かが切り裂くように一閃したのを見て立ち上がる。


「何だ、今の」

「………着いたのか」


魔理沙は驚いた様子も無く、ピタリと止まった勝負を見上げる。



そこには、腰にささったニ刀の刀を抜き放つ、横に霊を浮かばせる少女が夜空にいた。








「お二方、申し訳ありませんが、幽々子様から止めろと言われたので、止めさせて頂きました」


星が煌く夜空の中、妹紅と輝夜の首元に刀をピタリと突きつける妖夢。


「このまま、矛を収めてもらえないでしょうか?」


「断る、って言ったらどうするの? こんな刀じゃ、私達を殺せないのはわかっているはずよね? 半霊」


「どけ、妖夢。輝夜が先に手を出してきたんだ。一発ぶん殴ってやらないと気がすまない」


にこやかな笑みを崩さない輝夜と、怒った顔をしながら妹紅は妖夢に話すが、妖夢はじっと、睨みつけるように妹紅を見る。


「今日は宴会をする為にここにいるはずよ。皆が楽しく騒ごうとしているのに、弾幕勝負をこれ以上するのは無粋以外の何者でもない」


「……そう、だが」


妖夢の睨みと言葉に、妹紅は押される形で一歩、首元に突きつけられた刀から離れた。


「貴方もよ、輝夜。ちょっかいを出したのが貴方なら、これ以上勝負をするのはやめてくれないかしら?」


「刀を向けてそんな事を言われてもねぇ。脅しみたいに聞こえるけど?」


「ええ、脅しよ。断れば、気絶するまで私が貴方を切り尽くす」


殺気を漲らせる妖夢は、文字通り、輝夜が再開しようとすれば、切って捨てて見せるだろう。


「……それはそれで面白そうだけど」


ふっと笑い、妖夢の殺気を受け流しながら、輝夜は一歩首元に突きつけられた刀から引いた。


「いいわ。貴方の顔に免じてこれ以上はやめにする。妹紅、ごめんね。ちょっかいを出して」

「……ふん」


謝る輝夜に妹紅はそっぽを向いて、神社の方へと降りていく。


「………ふぅ」


闘わなくて済んだ為か、大きく息を吐いて、妖夢は刀を鞘に戻していった。


「妖夢~、上出来よ」

「……幽々子様、ご命令通り、止めて見せました」


律儀に妖夢は、離れていた幽々子に背筋を伸ばして報告する。


「久しぶりね。貴方に会うのも」

「こんばんは。冬の宴以来かしら? それとも事件の時以来?」


幽々子は輝夜の問いかけに扇子で口元を隠しながらクスクスと笑う。


「幽々子様、輝夜と会うのは冬の時以来ですよ」


生真面目な妖夢は、横から幽々子の言葉に答える。


「妖夢はお利口ね~。ちゃんと覚えているだなんて」


微笑んで妖夢の頭を撫でる幽々子であったが、妖夢はむっと頬を膨らませて怒ったような顔をする。


「それぐらい覚えていますよ。幽々子様が忘れがちなんです」

「いいのよ。こうやって妖夢が覚えていれば問題ないのだから」


クスクスと笑う幽々子であったが、輝夜は溜息を吐いて、そんな二人の様子を見ていた。


「私も行くわ。そろそろ宴会の準備も終わる頃よ」

「あらあら。それじゃあ私達も一緒に降りるわよ~妖夢」

「はい、幽々子様」


輝夜が降りていくのを見て、幽々子と妖夢も続いて降りていく。


「よ、幽々子、妖夢」


降りた先には、手を上げて縁側に座る魔理沙と、見慣れないしめ縄を背負った女性と、蛙の帽子を被った少女が一緒に座っていた。

妹紅は神社の中に入っていったようで、姿が見えなかった。


「こんばんは魔理沙。見ないのが二人いるけれど?」

「守矢の神様だぜ。こっちが神奈子で、こっちが諏訪子だ」

「八坂神奈子よ」

「洩矢諏訪子だよ。よろしくね」


そう言って頭を上げる二人に、妖夢もお辞儀をして返す。


「白玉楼の庭師、魂魄妖夢と言います。こちらは」

「西行寺幽々子よ。守矢の神様の話は、紫からよく聞いているわ~」


扇子をパチンと閉じて仕舞った幽々子は、微笑んだままお辞儀をする。


「そろそろ、宴会の準備が終わると思うから、もう少し待っててくれな」

「それはいいけど……魔理沙、いつもの服装じゃないのね」


妖夢は魔理沙の格好を見て怪訝な表情をする。

紫が幹事をする事に疑問を抱いていた妖夢は、魔理沙の姿を見て、内心納得していた。


「ん? ああ、ちょっとあってな。服今ボロボロなんだよ」

「いつもと違うから、誰かと思ったわよ」


浴衣の姿でいる魔理沙が珍しいのか。妖夢はじっと魔理沙を見ていたが。


「あら? 最後の連中も来たようね」


輝夜の言葉に、空から聞こえてくる羽ばたく音に皆顔を向けた。


そこには、十六夜の月を背に、紅魔館の面々が空にいた。


















「よし、間に合ったね」

「ええ。夕方はとうに過ぎちゃったけど」


色とりどりの食べ物や、大量の酒瓶がテーブルに並び、後は集まれば宴会が出来ると言った所まで宴会の準備は完了していた。

料理をしていた者や、酒を酌んでいた者も合流し、今は各々慧音が指定した席に座り、残りの者を待っている状態であった。


「慧音、他の連中も来たよ」


宴会場に続く廊下の襖を開け、妹紅は開口一番それだけ言うと、空いていた慧音の横へと座る。


「ん、わかった」


妹紅が来てから数分後。大量の足音と共に、再び廊下の襖を開け、魔理沙を先頭に入ってくる。


「全員来たぜ」

「こんばんは、霊夢」

「紫~ごめんなさい遅れて」


ぞろぞろと入ってきた者達は、各々直ぐに、空いていた席へと座る。


「みんな集まったようね」


上座の方に霊夢が座り、横に立っていた紫は、揃った面子を見渡して、お辞儀をする。


「お集まりの皆様、今日ははるばる、博麗の宴会へと来て頂き、ありがとうございます」


静かに、喋り始めた紫は、何処となく真剣な表情をしながら話す。


「今回は、妖怪の山の方々もご出席し、知らぬ顔もいるかと思われますが、堅苦しい事はなしとして、皆で飲み、楽しく騒ぎましょう」


そう言うと、紫はテーブルに置かれた杯を手に取る。


「お手元にある杯をお取りください」


各々、萃香が持ってきた酒を杯に入れ、手に持つ。


「乾杯!」


全員持った事を確認すると、紫はぐいっとお酒を飲んだ。



宴会の、始まりである。










静かに幹事である紫の言葉を聞いていた面々は、並べられた料理に手を付け始める。


「魔理沙~」

「ん? 何だフラン?」


先ほど合流を果たしたフランドールは、魔理沙の横に座り、ニコニコとしながら箸を手に持つ。


「あれ取ってー」


フランドールとは反対側にある油揚げを見て魔理沙は自分の皿に入れると、箸で掴んでそのままフランドールの顔の前まで持っていく。


「ほら、あーん」

「あーん♪」


八重歯を覗かせるフランドールの口いっぱいに油揚げは入り、フランドールは嬉しそうな顔をしながら咀嚼していった。


「ん、おいしい!」

「よかったな。まだまだあるから、いっぱい食べるといいぜ」


そんなフランドールを見て微笑む魔理沙は、鍋物の方に箸を伸ばし始める。


「魔理沙。私にもあれ取って貰えないかしら?」

「ん?」


鶏肉を頬張っていると、フランドールとは反対側に座るアリスに、箸で鮭の刺身を指名されていた。


「お安い御用だぜっと。ほら、あーん」


お刺身を小皿に乗せると、先ほどと同じように、魔理沙はアリスの顔の前に刺身を持っていく。


「……え?」

「? え? じゃなくて、これじゃないのか?」

「あ、あってるけど、そうじゃなくて」


アリスは必死に顔を赤くさせながら、魔理沙のしている事を止めようと言葉にしようとするが。


「なら、私も食べたいから早く食べてくれ。あーん」

「……ぅぅ、あ、あーん」


急かされるようにそう言われ、顔を紅潮させながらも、口を開けてお刺身を中に投げ込まれる。


「……ん」

「おいしいか?」


咀嚼するアリスをじっと見ていた魔理沙は、顔を俯かせながらも頷いてみせたアリスに、にこりと微笑んだ。


「届かなくて取りたい物あったら言ってくれよな」









「いやー、何かもう、魔理沙さん見てるだけでお腹いっぱいですね」


遠くの席でその光景をカメラで激写していた文はニヤニヤと笑いながらお酒を飲む。


「鈍すぎて可哀想な気もするが」


しゃくりと、テーブルに置かれた胡瓜を頬張り、にとりは難しい表情をしながら文の隣でちびちびと酒を飲む。


「むぅ……人里の胡瓜も中々……」

「にとりからもらった胡瓜もおいしかったよ」


同じようにちびちびと横で飲んでいた諏訪子だったが、反対側に座る神奈子は、逆にお酒を飲んで難しい顔をしていた。


「うまいけど、これじゃ酔えないな……もっと強い奴はないのかい?」

「あ、それでしたらもう一つ酒樽用意されてましたよ。萃香さんが」


神奈子の言葉を聞いて、文は萃香が神社に着いた時に話していたもう一つのお酒の存在を神奈子に話す。


「? なんでそっちを出さないんだい?」

「かなり、強い奴みたいですので……一杯目で皆さんが酔い潰れてしまわないようにって、魔理沙さんからの配慮ですよ」

「ん。飲みたいなら場所わかるけど、どうする?」


先程までお酒を運んでいた為か、にとりは酒樽の場所まで神奈子を案内しようとするが。


「……いや、やめておくよ。そんなに強いのなら、楽しみにとっておくのもいいだろうしね」


首を横に振って神奈子は笑って杯に残っていたお酒を飲み干す。


「なら、繋ぎと言っちゃなんだが、試作品飲むかい?」


神奈子の態度をみて思ったのか、にとりは横に置いていた自分の背負い鞄から、ごそごそと何かを取り出す。


「試作品?」

「うん。これこれ」


神奈子の前に銀色に鈍く光るアルミ缶が三つ、テーブルに音を鳴らせながら置かれた。


「……胡瓜麦酒?」


ラベルには緑色の字で、そのままの通り、「胡瓜麦酒」と漢字で書かれていた。


「麦酒は知ってるよね? あれに胡瓜を混ぜて飲めないかと思って、重ねに重ねた試作品さ」

「……胡瓜と麦酒が合うのかい?」


怪訝な表情で置かれた麦酒を見ていた神奈子だったが、恐る恐る、麦酒を持って、開け口であるブルタブを強く引く。

プシュッと、空気の抜ける音を響かせ、神奈子は自分の杯に缶を傾ける。


「………麦酒なのに緑色だね」


横でその光景を見ていた諏訪子は、渋い顔をして、神奈子の杯に入れられていく緑色の麦酒を凝視する。


「結構おいしいはずだから、ググッと飲んでみな」

「……まぁ、入れちゃったしねぇ」


にとりの勧めに押され、神奈子は一気に杯を煽る。


「……んぐ」


神奈子は目を瞑り、慎重に飲んでいくが。


「……んん?」


何か琴線に触れたのか。杯の傾きを更に自分に向け、一気に飲み干した。


「おいしいじゃないか。これ」


飲み干した神奈子は、嬉しそうな顔をしながら喜んで更に追加で自分の杯に麦酒を注ぎ始めようとする。


「ちょ、ちょっと待ちなよ神奈子。本当に、それ、おいしいのかい?」


諏訪子はその反応に納得がいかず、神奈子を止めるが。


「諏訪子も飲んで見ればわかるよ。見た目はあれだが、河童にしてはいい物を作ったもんだ」

「む、河童にしては余計だよ」


神奈子の言葉ににとりは口を尖らすが、対して気にせずに、神奈子は諏訪子の杯にも麦酒を入れていく。


「……あーうー」


諏訪子は見た目が緑色のそれを自分の杯に入れられ、じっと凝視し続ける。


「こんなにおいしいのに、見た目だけで判断しちゃいけないよ。ほら、グッと一気に行きな」

「うう……」

「文も入るかい?」


にとりは、まだ開けていない缶を持ち上げ、文のほうに持ち上げるが、苦笑しながら首を横に振った。


「酔いすぎて記憶が飛んじゃうのも嫌ですから、遠慮しておきます。そういえば、早苗さん見当たりませんが?」


丁寧ににとりの申し出を断ると、文はいつも神奈子と諏訪子の傍にいる早苗がいない事に、辺りをキョロキョロと見渡す。


「ああ、たまには他の奴と話しなって言ったから。誰かと話してるんじゃないかな」


神奈子は諏訪子がお酒を飲むのをじっと見ていたが、文の言葉に反応して、そう答えた。


「ふむ……あ、いましたいました」


文は正反対の座席に陣取っている永遠亭の者達に紛れ、その中で座る早苗を見つける。


「……何を話してるんですかねぇ」


カメラを構えつつ、文は早苗と横に座る鈴仙の姿を激写し始めた。







「鈴仙さん、大丈夫ですよ。永琳さんはそんな酷い事しませんって。お医者さんはああやって怖いポーズを取るものですよ?」


早苗は、横で涙目になりながら落ち込んでお酒を飲む鈴仙に構う形で、横に座席していた。


「……早苗、お願い。頼むから師匠が横にいるのにそういう事言わないで」


早苗の励ましに、鈴仙は顔に冷や汗さえ浮かべてしまう。横には、坦々とお酒を飲みながら、鍋を突付く永琳の姿がある為に。


「ウフフ、ウドンゲ。私が早苗が言うような酷い事、すると思うかしら?」


微笑みながら言う永琳の姿は、早苗から見れば、まるで全てを許すかのような聖母のごとく。

しかし鈴仙から見ればそれは日常であり、変わらぬ微笑みに震えるしかない。


「……師匠がそう笑う時は、必ず何かされた覚えがあるのですが」

「あら、わかってるじゃない」


ああ、やっぱりそうじゃないか。


「永琳さん、大人気ないですよ。料理を作られる事に驚いただけなのにおしおきなんて」


懸命に鈴仙を励ましていたからだろう。永琳のその言葉に、早苗はむっと怒ったような表情をして、永琳に食ってかかってみせる。


「早苗、こういうのはね。上下関係があると特に気にしなきゃ行けない事なのよ? 部下に一瞬でも舐められるような事があれば、上に立っている意味がないわ」


早苗の怒った表情を見てか、微笑んだ表情を崩して、目を細める。


「ウドンゲはそういうのが時々わからないで、表情に出す所があるわ。それが良い時もあれば悪い時もある。だから矯正しないといけないのよ」


本人がいる前で永琳は言い切り、杯に入っていたお酒を一息に飲みきる。


「……だからって、折角の宴会ですよ?」

「………貴方も食い下がるわね。さっき会ったばかりの鈴仙をどうしてそこまで庇うのかしら?」


永琳は早苗の変わらぬ態度に、溜息も出始める。


「行いがおかしいから注意してるだけです。永琳さんだって、好きでおしおきをしたいわけではないでしょうし」

「……まぁ、貴方の言う事も一理あるけれど……ウドンゲ、貴方本当に反省してる?」


チラリと、鈴仙の方に顔を見る永琳は、冷や汗を掻きながら首を何度も縦に振る鈴仙を見た。へにょりとしていたウサ耳がピンと立つ。


「は、はい!」


「なら、仕方ないわね。今回だけよ? 早苗に免じて、許してあげるわ」


「あ、ありがとうございます!」


許すという言葉を聞き、鈴仙は永琳の方に向き直り、力いっぱい土下座した。


「よかったですね! 鈴仙さん」

「ええ。貴方のおかげよ早苗!」


先ほどまで怯えていた顔は何処にいったのか、花開くようにパッと笑顔を見せながら、鈴仙は早苗の方に向き直り、感謝するように頭を下げる。



「……永琳様は甘すぎる」



横で目の前に広がる料理を黙々と食べていたてゐは、そう愚痴を零していた。








「……何で輝夜がこっちで一緒に食べてるんだよ」

「あら? いいじゃない。何処で食べたって」


少し先の隣では、妹紅と輝夜に、慧音が間にいる形で座っていた。


「………別に、いいけどな。慧音にちょっかい出すなよ?」

「しないわよ。何、まだあの時の話を気にしてたの?」

「ん? 何の話だ?」


自分の名前が出て、慧音は箸を休め、首を傾げるようにしながら妹紅に顔を向ける。


「……いや、その」

「私が貴方に何かするって話よ。妹紅ったら、冗談と本当の区別もつかないのだから」


せせら笑うようにそう言われ、妹紅はこめかみに血管が浮くが。


「ああ、何だそんな事か」


横でクスリと笑った慧音は、怒る妹紅を抑えるようにして、頭に手を置いて撫でる。


「け、慧音?」

「心配してくれたんだな。妹紅は」


優しく頭を撫でられ、輝夜に掴みかかろうとしていた身体は、すとんと座席へと戻される。


「……け、慧音、恥ずかしいからやめて……」


照れたように顔を赤くさせるが、頭を撫でられる手を払う事も出来ず、妹紅はじっと受け入れていた。


「……む、えい」


そんな妹紅の様子が気に入らなかったのか。


「わひゃ!?」


輝夜に背を向けていた慧音は、素っ頓狂な声を上げて後ろを振り返る。


「ちょ、何を……!」

「あら、永琳より大きいかも?」


持ち上げるようにして服の上から慧音の胸を揉む輝夜は、率直な感想を言いながらこね回した。


「や、やめ……ん……!」


揉まれて顔を紅潮させながら、身を捻るようにして輝夜の行動を止めようとするが、止まらない。


「か、かぐやぁぁぁぁぁ! 慧音になにしてんだああああ!!」

「あはは♪ やっぱり妹紅はそうでなきゃ♪」



結局、険悪な空気は火花を散らせるようにして、慧音を挟んで爆発した。










「パチュリー様、魔理沙さんに話を聞かなくていいんですか?」


喧騒が広がっていく中、宴会の席にありながら、それを肴にして飲むパチュリーがチビチビとお酒を飲んでいた。


「あの甘い空間に飛び込むのは少しね……それにアリスに悪いわ。今、話を聞きにいくのは」


パチュリーの向ける視線の先には、フランドールとアリスに挟まれながらも、嬉しそうな笑顔で宴会を満喫する魔理沙の姿がある。


「……所で、美鈴」

「……はふ? っふぇひえふぃ?」

「………先に、口に入ってる物を食べてからでいいわ」


横でガツガツと勢いよく料理を食べていた門番に、パチュリーは溜息を漏らす形で、横目で見た。


「んぐ……はぁ。何ですか? パチュリー様」

「様子がおかしかったけれど。貴方、何かあったの?」

「え? そうですか?」


小悪魔はパチュリーの言葉に首を傾げる。出かける際も美鈴は笑顔でいて、何処も変わってる風には見えなかった為に。


「移動中も表情が変わらなければ、誰だって変だと思うわよ。咲夜も変だったし」

「……よく見てますねぇ、パチュリー様」


アハハと笑いながら頭を掻いた美鈴だったが。

パチュリーは、何故かそれが泣いているように見えた。


「……言いたくないならいいけれど、我慢もよくないわ」

「大丈夫です。私はそこまで弱くありませんから」


それだけ言うと、黙々と再び食事をし始める。


「………」


ヤケ食いかとも思ったが、美鈴以上に食べ物が周りから消えている人物もいるので、そうとも言い切れない。


「……妹様ぐらいね。紅魔館で純粋に生きてるのは」


皆何かしら屈折して生きている。そう思ったパチュリーであった。









幽々子の近くに、共に座席していた者は戦慄と驚愕に満ち溢れていた。


瞬きすら許さない。

慟哭すら許されない。


ただただ、その状況を把握して、“消える〟前に料理に箸を伸ばす。


「あーー!」


橙は焼き魚に箸を伸ばそうとして、一歩遅く、消えるのを見て声を上げる。

チラリと幽々子の方を見てみれば、魚の尾が口の先からはみ出ている。


「うぅ……全然取れない……」

「ちぇ、橙。私のをやろう。ほら、あーん」


涙目になる橙を見かねてか。何とか消える前に焼き魚を確保した藍は、箸で身をほぐすと、橙の口へと運んでいく。


「ら、藍様、ありがとうございます。あーん」


パクリと、嬉しそうに尻尾をふりふりとさせながら、橙は運ばれてきた魚を頬張る。


「おいしいか? 橙」

「はい! とってもおいしいです!」


ニコリと嬉しそうに微笑む橙を見て、藍の中で再び色々と限界突破しはじめた。


「ああ……橙、橙。ほら、まだまだあるから、いっぱい食べるんだよ。ああ……橙!」


「幽々子様……食べるなとは言いませんから、せめてよく噛んで食べてくださ

い」


藍が限界突破するのを尻目に、妖夢は幽々子の食事を溜息を零しながら見る。


「はふあふでねふぇあ?」


リスを思わせるように、口の頬に溜め込んだまま何か幽々子は言うが、全くわからない。


「………ゆっくり落ち着いて、よく噛んで、少しずつ食べてください」


妖夢は頭に手を置いて、溜息を零しながら言葉を訂正して言い直した。


「……んぐ、んぐ」


コクコクと幽々子は頷いて、再び光速で食べるのを再開した。


「………はぁ」


全くわかっていない主人に溜息を零しながらも、妖夢は消える前に箸を伸ばして、料理を摘む。








「霊夢ーどう? 今日のお酒は飲みやすいでしょ?」

「ええ。これなら、いくらでも飲めそうね」


霊夢は萃香に応えるように、再び杯を煽る。

いつもなら、4、5杯で顔が赤くなってくる霊夢は、未だ自分に酔いが回って来ない事に驚いていた。


「特注の奴だからねぇ」

「少し、物足りない気もするけれど」


萃香の横に座っていた紫は、酒を飲みながら鍋を突付く。


「後で持って来る酒樽の方は強力だから、紫はそっちを楽しみにしておいて」

「ああ、開けていない方のがあったわね。そうね、そっちを楽しみにさせてもらうわ」

「雛はどう? 初めての宴会だけど。楽しいかしら?」


紫の更に横に座り、周りを見渡しながらも、鍋を突付いていた雛は、声をかけられ、微笑んで頷いた。


「はい、とても楽しいです」

「雛もお酒強そうだよねぇ」


萃香は杯に口を付けながらも、考える素振りをする。


「どうしようか、早めに持ってきた方がいいのかな。あれ」

「萃香の判断に任せるわ。そんなに強力なら、飲みたい奴だけ飲めばいいし」


「霊夢」


「ん? 何、レミリア?」


萃香達とは反対の方に座るレミリアに声をかけられ、霊夢はそちらに顔を向ける。


「ちょっと、外に出てくるわ。気にせず宴会を続けてて頂戴」

「? 外って、何かあったの?」


レミリアの横にいる咲夜も同じように立ち上がるのを見て、霊夢は首を傾げた。


「何もないわ。ちょっとね」


ニヤリと笑ってみせるレミリアはそれだけ言うと、咲夜と共に宴会場から退席する。


「……?」


霊夢は首を傾げるも、気にするなと言われている事もあり、後を追おうとはしなかった。


「あ。強力な奴さー、飲み比べにしない? 有志募って」

「あら、それはいいわね。今みんなバラバラに食べて飲んでしている事だし」


レミリア達がいなくなっても、宴会が止まる事はない。















「こんな月の夜の時だったかしら? 咲夜と出会ったのは」


境内の縁側の方へと出たレミリアは、涼しげに流れる風をその身に感じながら、夜空に浮かぶ十六夜の月を見上げる。


「はい、月が浮かぶ、良き日でした」


咲夜も、レミリアに並ぶ形で月を見上げた。


「……あの時から、咲夜は良き従者として、紅魔館の為に働いてくれたわね」

「………はい」


昔を懐かしむように、レミリアは笑う。

「その咲夜からの話って、何かしら?」


月光が輝く世界の中、レミリアの紅い瞳は咲夜を穿つようにして見つめられる。


「…………」


咲夜は、瞳を閉じて、大きく深呼吸をする。

言えば、何かが壊れる不安はある。

良き従者、レミリアから言われた言葉は、自分にとって、完璧で瀟洒な自分にとって、最大の褒め言葉であろう。


けれど、今は。


「お嬢様」


今は、それ以上の言葉が欲しい。


「私は、お嬢様の事を、愛しています」


何も変わらない不安に駆られるより、遥かにましだ。


「お嬢様は、私の事を、どう、思っていますか?」


声が自然と上ずり、震えるように聞こえたその言葉は、完璧等ではなく、瀟洒でもない。


「……」


それ故に、レミリアには愛しく、重く聞こえた。


「咲夜。私は、貴方の事を愛しているわ」


嘘偽りなく、レミリアはそう答える。


「………霊夢よりもですか?」


不安気に聞かれる言葉。どろどろとした感情は、咲夜の無表情をも崩し、不安気な表情を見せる。


「……はぁ」


レミリアはその言葉に溜息を吐いて、頭を掻く。


「やっぱり、気にしていたのね」


「……不安なんです。お嬢様が、私達を………いえ、私を置いて、巫女の元に行ってしまうんじゃないかって」


「………」


咲夜の吐露した言葉に、レミリアは苦笑する。


「そうね。一時期、霊夢の元で住もうかとも考えたわ。今の霊夢ならきっと、言えば住まわしてくれるでしょうし」

「…………」


レミリアの言葉に、咲夜は震える。


「だけど」


そんな咲夜を見て、レミリアは微笑んだ。


「霊夢も好きだけど、私は咲夜の事も愛しているわ。私はね、わがままなのよ」


咲夜の気持ちは、昔から知っている。

レミリアは、そんな咲夜の事も、従者以上に好きであった。


「欲しいものは、全部手に入れたい。優劣なんて点けられない。咲夜も、霊夢も、同じように自分の傍に置きたい存在よ」


「……お嬢様」


「けど、それで咲夜が不安に思うのなら、貴方に証をあげるわ」


レミリアはそう言うと、咲夜の両肩に手を置いた。


「お、お嬢様、何を?」

「少し、屈んで頂戴」


言われた通り、咲夜は屈む。

屈むのと同時に、咲夜の視線に、うっとりと、濡れた瞳をするレミリアの顔が近づき。


「……ん」



深い、口付けを交わした。




咲夜は、目を瞑ってその行為を、受け止める。

それが、どのくらい続いただろうか。


「……これが、証よ。咲夜、貴方は私のものよ。私だけを見なさい、私だけを

愛しなさい。そうしたら、私は貴方に応え続ける」


離れる唇。レミリアはニヤリと笑って、顔を紅潮させる咲夜を見て、そう告げた。


「……はい」


顔を紅潮させながらも、咲夜は目尻を押さえる。安心した為か、涙が溢れてきた。


「す、すみません。安心したら、涙が……」

「今はどれだけ泣いても見咎めないわ。それに、そんな咲夜も私は好きよ」


微笑むようにレミリアは言い、咲夜が泣き止むまで、愉快気に顔を見つめていた。


「……もう、大丈夫です」


少しの間泣いていた咲夜は、涙を拭うと、以前と同じく、完璧で瀟洒なメイドの姿があった。


「じゃあ、宴会に戻りましょう」

「はい」


レミリアはゆっくりと、宴会場まで戻っていく。

その後を、追うようにしながら、咲夜は心の中で感謝した。


―――言葉にしなければ伝わらない事もあります


自分を押してくれた、門番に。













「……パチェ、この状況は、一体何かしら?」


レミリアは戻ってきて、死屍累々となっている宴会場に溜息を零しながら、入り口の方に避難していたパチュリーに説明を求める。

並べられた料理は所々ぶちまけられ、畳には焼け焦げた跡さえ残っている。


「想像出来るんじゃないかしら? 妹様にお酒を飲ましたのがまずかったわね」

部屋の中心では、フランドールが大の字で、顔を赤くしながら寝ていた。


「……フランが暴れたのは想像つくけど、他の連中まで倒れているのは?」


起きているのは数人のみ。霊夢や魔理沙まで顔を赤くして昏倒してしまっている。


「鬼が持ってきたもう一つの方で、飲み比べをしはじめたのよ。それで手をあげたのが今の連中。卒倒するのもいれば、妹様みたいに暴れ疲れて寝たのもいたわ」

「……あれか」


酒樽と言われ、レミリアは霊夢の横に置かれている大きな樽を確認する。


「……まぁ、いいけれど」


レミリアは霊夢の顔を見て、これで終わりになってもいいと思った。


顔を赤くしながら、眠っていた霊夢の顔が、楽しそうに笑っていた為に。




後日、文々。新聞に春の大宴会としてこの時の様子が記載されている。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。



追記: 感想、評価、ありがとうございます。

一つだけ。この話を基盤にとは、あまり考えていません。凡才や、厄と博であった霊夢に対しての免罪符としてこれは書かれたものですので。

紫やレミリアの恋愛事情を書くとすれば、これとはまた違った物語で書かれると思います。

七氏
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1570簡易評価
3.80名前が無い程度の能力削除
gj
6.100NKH削除
7.100てるる削除
いや~。楽しめました。

結構視点がコロコロ変わって大変でしたが、これはこれで楽しめました



あと、もうひとつ

糖尿病になりそう!!

甘すぎです!!

アリスが可愛すぎる!!



次回書くのであれば、待ってますね~
8.100名前が無い程度の能力削除
集大成って感じですね~。この話を基盤にそれぞれの話が展開していくのでしょうか?
霊夢、紫、レミリアの静かな三角関係の続きが見てみたい…。
27.100名前が無い程度の能力削除
凄く面白かったです。
アッという間に読み終えてしまった。
数多くの人妖神が出ていて、それぞれ独立させた話としても
面白いのに、上手く纏めていらっしゃるなぁと思いました。
早い話がGJ!
33.90名前が無い程度の能力削除
流れるような物語でした
35.100irusu削除
どんだけ強力な酒なんだよ。