――本作品は作品集40「人形遣いは店番中!」の続編となっております。
――初見の方はお手数ですが、そちらからご覧下さいますようお願いいたします。
不思議な夢を見ていた。
温かい大きな手に頭を撫でられている、そんな夢だ。
手の持ち主は白い髪を持った、大きな人で、自分は幼い少女。
『お父さん』
そんな風に少女は白髪の人を呼んだ。
どうやら白髪の人は男性らしい。
白髪の人は少女の声に柔らかい笑みを浮かべると、首を傾げた。
『なんだい?』
『お父さんの手はあったかいね』
少女の口から出てきたのは先程まで自分が思っていた事と同じだった。
『そうかい?』
『うん、とってもあったかい』
『それは、嬉しいね』
『うん』
短いやりとりが終わり、少女と白髪の人は互いに顔を見合わせる。
二人の表情は嬉しそうな笑みを浮かべたものだった。
幸福。
そんな言葉をそのまま再現した様な光景が其処にはあった。
『お父さん』
暖かな雰囲気に満ちた空間に再び少女の声が響く。
その声に白髪の人は少女の頭を撫でる手を止めずに首を小さく傾げる。
『ん、今度はどうしたんだい?』
白髪の人が柔らかい笑顔を浮かべながら問うと、少女は両手を広げて言う。
『私ね、大きくなったらお父さんのお嫁さんになる』
『え?』
両親の愛を一身に受けている幼い子どもなら誰でも思うであろう想い。
それを少女は満面の笑顔と共に白髪の人へとぶつける。
だが、そう言われても困るのが親というもの。
軽々しく嬉しいね、と返すべきか。
それとも将来の事を見越して何か言うべきか。
白髪の人は数秒迷っていたが、子どもの言う事だと思ったらしい。
『それは……いや、嬉しいね』
前者を選びながらも、ちょっぴり罪悪感を感じたのか頬を掻きながら答えた。
しかし少女はそんな白髪の人の悩みなど露知らず純粋な笑顔を浮かべて何度も頷きながら、
『でしょでしょ?』
と、とても楽しそうに瞳を輝かせていた。
『うん、楽しみにしているよ』
『うん!』
白髪の人が言うと、少女は更に瞳の輝きを強くして元気良く頷いた。
○
「……何、今の夢……」
アリス・マーガトロイドは上半身だけを起こした体勢でぼそりと声を漏らした。
寝ぼけ眼は半開きで、普段はすらりと流れる様な美しさを持つ金髪も今はぼさぼさ。
寝起きの彼女は自分の見た夢に止め処ない違和感などを覚えながら首を傾げた。
……今の、お父さん?
いやいやいや、記憶は曖昧だが自分の父は確か白髪ではなかった筈だ。
となるとあれは一体誰なのか、と考えてみても見当もつかない。
取り敢えず顔でも洗うか、と身体を起こすと掛け布団がずるりと落ちて少しばかりの埃を巻き上げた。
「うわ……干した方が良いかしら、これ……」
自分の右手側の壁に設置された窓から外を見れば、差し込んでくるのは眩いばかりの太陽の輝き。
どうやら今日は天気も良いみたいだし、後で干しておこうとアリスは頷きを一つ。
しかしとにかく今は顔を洗う事の方が先決だ。
というわけで、掛け布団を放置してアリスは歩を洗面所の方向へと向かわせる。
途中にあった木戸を開ければ、そこにあるのは石造りの床の上に置かれた澄んだ水の入った桶。
それを見てアリスは目を丸くして若干驚いた表情になると、
「あら……もう起きてるのね」
そんな言葉を漏らしながらも桶に歩み寄り、掌で器を作り、桶から水を掬って顔にぶつける。
心地良い音と共に水が顔の肌に弾かれて跳ねた。
目が覚める気持ちの良い感覚が水の冷たさと共にやってくる。
「あぁ、目が覚めるー……」
身震いしながらぐっと目覚めの感覚を噛み締める事、数十秒。
ふと洗面所の奥から、がらがらがらと外に続いている筈の木戸が開かれる音がした。
「おや」
「あら?」
そちらを見てみれば青い着物を着込んだ白髪の男性が木戸を開けた体勢で立っていた。
眼鏡の下では知的な光を宿した瞳がこちらを見据えている。
「霖之助さん」
「アリス、起きていたのかい?」
白髪の男性こと、森近霖之助は木戸から手を離して、洗面所へと足を踏み入れながら言う。
対するアリスは口元に笑みを浮かべながら彼の方へと身体を向かせ、
「おはよう、霖之助さん。今日は早いのね」
「あぁ、おはよう、アリス。今日も早いの間違いじゃないかな?」
「昨日は私の方が早かったわよ?」
「そうだったかな?」
「そうよ。だって、昨日は私の方が早く起きれる様に前日の霖之助さんの食事に睡眠薬を……」
「……君は何をやっているんだ」
「ふふ、冗談よ。それで、もしかして今日はもうご飯作っちゃったのかしら?」
「いや、僕も実はついさっき起きたばかりでね。まだそこまでやっていないんだ」
まずは洗面所の水を取り替えなければと思ってね、と霖之助は後に付け足して肩を竦めた。
「毎朝これは結構重労働よね……うん。それじゃあご飯は私が作るわ」
「そうかい?」
「貴方は水を汲む、私は料理を作る。つまり等価交換の形になるわね」
「ははっ、じゃあ僕はその間に薪でも割ってくるよ」
「えぇっ……そ、それじゃあ等価交換の黄金比が……」
「僕のは暇潰しだよ。それに水を汲んだだけで朝ご飯が出て来るなんていうのは、楽過ぎるだろう?」
そう言うと霖之助はアリスの頭を一度叩き、外へと出て行ってしまった。
今度は木戸の閉まる音が洗面所に響き、アリスは溜息を一つ。
まったくもって彼は少しばかり自分に優し過ぎる様な気がする。
しかし、せっかくの厚意だ無下にする訳にもいかないだろう。
溜息がもう一度出そうになるがそれを堪え、
「よっし、こうなったら腸が飛び出す程美味しい朝ご飯を作ってやるわ」
意気込みを口に出して気合を入れてから洗面所から出ようと振り返る。
なんかいきなり陰気なジト目と至近距離で目があった。
「ラブラブだなぁ、お前ら」
「きゃぁっ!?」
思わず半歩下がってしまう。
こけそうになったがそこは片足に力を入れてなんとか堪えた。
しかし、半歩下がった事によってジト目の持ち主の正体が見えた。
「なによ、魔理沙じゃないの」
「なによとは酷いぜ」
腰辺りまで伸ばした金髪の上に乗せた黒いトンガリ帽子が目立つ少女、霧雨魔理沙だ。
彼女はアリスの言葉に更に陰気さを強くしてじーっと擬音が聞こえそうな程にまで執拗に見つめてくる。
が、暫くしてそれにも飽きたのか彼女は先程アリスがした様に溜息を吐くと、苦笑いを浮かべ、
「飯、貰いに来たぜ」
「帰れ」
○
八畳一間の和室の中央にはそこそこ大きな卓袱台が設置されていた。
卓袱台の上には現在、三人分の朝食が並んでおり、ほこほこと出来たてを証明する湯気が上がっている。
卓袱台の周りには現在、少女が二人、男性が一人座っており、三人は自身の両の掌を合わせていた。
そしてこういう場で言われる初めの言葉は遥か昔から定められている通りである。
「「「いただきます」」」
古来より伝わる食事に対する礼を示す言葉を放ち、三人は思い思いに食事を開始した。
今朝の献立は椎茸の味噌汁と鮎の塩焼き、そしてほかほかの白米だ。
口元に運べば食べなくとも美味しいと解る様なそんな整えられた朝食であった。
「それで……今日はどうしたんだい、魔理沙」
ある程度食事が進んだところで男性こと、霖之助がふと疑問を漏らした。
ちなみに彼は小食なので一旦箸を休めているところだ。
「いんや、ちょっとアリスの様子が気になってな。あと夫婦生活の邪魔をしに来たんだぜ」
「夫婦って……」
何時も通りの白黒な服装の魔理沙の意地悪げな言葉に赤い着物を着込んだアリスが顔を赤くする。
が、こういう時、女性同士の掛け合いに男が首を突っ込むと痛い目を見ると相場が決まっているので霖之助は敢えて無視。
そういえばアリスの元の服は何処に行ったのだろうか。
今のところ八雲家の九尾狐が色々世話を焼いてくれているから良いが、あまり当てにし過ぎるのも悪い気がする。
そろそろ服の一つや二つ、買うべきかもしれない、と考えているとなんだかアリスの顔が先程より赤くなっていた。
どうやら意識を別のところに飛ばしている内に魔理沙に色々言われたらしい。
仕方ない、と魔理沙に視線を向けて一言。
「あまりからかわないでやってくれ、魔理沙」
言うと魔理沙は先程までの意地悪げな表情は何処へやら、一転して表情を真面目なものに切り替えた。
「別にからかってないぜ。ところで、香霖」
「……うん?」
食器を卓袱台に置く魔理沙の真剣な様子から霖之助は何を言いたいのか悟り、しっかりと彼女を見た。
魔理沙もそれが解ったのか、一度アリスを見てから霖之助へと視線を向けた。
「アリスの記憶。まだ戻らないのか?」
「……」
言葉に霖之助は小さく頷く。
「そうか……」
魔理沙は霖之助の仕草から理解したのか顔を俯かせた。
今は何時も帽子を被っていないので彼女の暗い表情が良く見える。
どうやら彼女も彼女なりに今のアリスの状態を心配しているらしい。
元々、彼女は口は悪いが根は優しい子なのだ。それは小さな頃から一緒に居た霖之助が良く知っている。
ちなみに口だけじゃなくて手癖も悪いのがたまの傷どころでなくて、一生ものの傷となっているが。
色々その手癖にやられた商品の数々を思い出して思わず微妙な表情を浮かべるが、魔理沙は気づかない。
むしろ気づかないでくれたのはありがたい事なのだが。
「……そうだ。お前はどうなんだ、アリス?」
暫く沈黙していた魔理沙が、唐突に顔を上げてアリスへと話を振る。
自分との話は終わった様なので、霖之助は食事へ戻った。まだ温かい白米が美味かった。
「いや、私はそんな霖之助さんとは、違う、いやでも違わなくても……って、え、魔理沙何か言った?」
「お前、大丈夫か」
「だ、大丈夫よ、私は!?別に霖之助さんと同居しててドキドキするとかそんな事ないんだからね!?」
鮎の塩焼きも美味い。
塩が多く付着している部分を口に含んだ時など心が躍る。
「アリス……色々大丈夫か……?」
「だから大丈夫よ!?」
一通り鮎の塩焼きを処理してから視線を上げると、何故かアリスが立ち上がって息を荒くしていた。
そして、その隣に座る魔理沙の表情はなんだか変な物を見る様なものになっている。
何かあったのだろうか、と霖之助は鮎の身を更に切り分けながら思う。
が、今は取り敢えず朝飯を片付けなければならないのでそちらを優先。
食事は食材がまだ温かい内に済ませるに限る。
冷めた飯はあまり好きではないのだ。
「それじゃあ、記憶の方は戻ったのか?」
「え?えぇっと、そっちは全然……でも、大丈夫よ。霖之助さんが居てくれるもの」
「……お前なぁ……それ、良いように使ってるだけじゃないか?」
「ふ、ふふん、どうかしらねっ」
椎茸の味噌汁も最高だ。
更なる椎茸の味噌汁を望みたくなる程に最高だ。
しかし今はこの一杯でこの衝動を抑えなければならない。
朝食が終われば店を開かなければならないのだ。
腹がいっぱいで睡魔が襲ってきたら洒落にならない。
もし某巫女等が物資確保という名目の略奪に来たらどうなる事やら。
とかなんとか考えている間に飲みきってしまった。
味噌汁のなんと儚き事か。
「ふぅ……」
味噌汁の入っていた漆塗りの施された食器を置いて一息。
放置していた二人の少女へと目を向ける。
「……!?」
瞬間、霖之助に電流が走る。
「いたたたた!ギブギブだぜっ!?」
「魔理沙がっ、その言葉を取り消すまでっ、私はアームロックをっ、止めないっ!」
「わかった!わかった、取り消す!もう言わないから許してくれー!」
目の前で何やら騒いでいた筈の少女達が何時の間にか取っ組みあいになっていた。
魔理沙がアリスに見事なアームロックをかけられて悶絶しているという一方的な取っ組み合いだったが。
「一体何があったんだ……?」
呆然とする霖之助だったが、その霖之助の様子に気づいたのか、アリスがハッとした表情でこちらを見た。
時間が止まった様にアリスは沈黙。
ちなみに魔理沙は未だにアームロックを極められている。
抵抗もせずぐったりとしているところを見ると、自力での脱出は諦めたのだろう。
というか泡吹いている気がするのは、気のせいだろうか。
「アリス、そろそろ魔理沙が……アリス?」
「あ、えと、その……!」
「痛い痛い痛いぃいいいいいいっ!」
アリスの顔が一段と赤くなっていく。
本当に何が起こっているのだろうか。
ちなみに魔理沙の顔はアリスの顔の色とは真逆に青くなって来ている。
本当に大丈夫なのだろうか。
「こ、これはその魔理沙がいきなり変な事言うから、つい!」
「解った。解ったから、早く離してやってくれ、魔理沙がそろそろ三途の川を渡りそうだ」
「魔理沙を庇うの!?」
「……何でそうなるのか良く解らないが、取り敢えず君が殺人犯にならない為でもあるよ、アリス」
「そ、そう……」
ごとりと音を立てて魔理沙が畳の上に倒れた。
見れば、息は荒いが意識はない様だ。
瀕死手前程度に見えるし、放っておけばその内起きるだろう。
しかし、痛みだけであそこまで追い詰められるとは、恐るべしアームロック。
それよりも、と霖之助は前置きしてアリスを見る。
アリスは倒れた魔理沙を見ながら、眉尻を下げた表情で、
「うわ……顔青……大丈夫かしら、これ……」
「自分でやっておいてその言い草はないと思うんだが……で、聞きたいんだけどね」
「え?な、なにかしら、霖之助さん?」
「一体何を言われたんだい?ちょっと僕には聞こえなかったんだが」
「な、なんでも無いわ!気にしたら負けよ!というか気にしたら折る!主に魔理沙の腕とか!」
「……わ、私のかよ……げふっ」
どうやら今のアリスの熱血を帯びた叫びに魔理沙が呼応して起きたようだ。
気絶した振りをしていれば良いものを、などと霖之助が思っていると魔理沙がこちらへ視線を送ってきた。
理由は解る。目の前の暴走中のアリスを止めて欲しいのだろう。
しかし、自分ごときに暴走しているアリスを止められる訳もない。痛い目には合いたくないし。
だから霖之助は柔らかい笑みを浮かべ、魔理沙へと頷いた。
霖之助の笑みに魔理沙は素晴らしい何かを見つけた子どもの様な表情を浮かべるが、
「魔理沙……君の事は忘れないよ……」
霖之助は見事にそれを一刀両断にした。
すると魔理沙は泣きそうな顔になった後、力無くこちらへと手を伸ばし、
「ひ、ひでぇ……香霖、おぼえて、ろ、よ……がくっ」
その言葉を最後に魔理沙は再びうつ伏せ状態になって意識を飛ばした。
どうやら気絶する事によって現実から逃避したらしい。
賢明な判断だ。
「そ、そういえば霖之助さん!」
「ん?」
魔理沙に気をとられていると不意にアリスの声が聞こえたので、そちらを見る。
すると先程までと同じ様に顔を赤くしたアリスが真剣な目でコチラを見ていた。
赤い着物のあちこちが魔理沙との取っ組み合いで乱れていたが、霖之助は敢えて気にしない。
自分は年下の女性にはあまりそういった興味を抱かないのだ。
故に落ち着いて箸を茶碗に盛られた白米に刺して、身を切り分けようとしていると、
「きょ、今日は人里に行く約束だったわよね?」
アリスはそんな事を赤い顔をしながら言った。
瞬間、霖之助は体感時間が完全停止したのを感じた。
止まった時間の中、霖之助は微妙に困惑した顔で思う。
……人里に行く約束?
そういえば昨日の夕飯の時に何かそんな話をした気がしないでもない。
しかしあの時は少しばかり酒が入っていたので、約束したのか記憶が曖昧だ。
というかアリスはあの時滅茶苦茶飲んでいた気がするのだが、何故覚えているのだろうか。
ここまで約数秒で高速思考を纏め上げ、論理的にアリスを納得させる手段を導き出す。
そして、霖之助は一つの行動をとった。
「……ん?」
取り敢えず曖昧に首を傾げておくという手段を。
「……ん、って、霖之助さん?」
「あぁ、覚えているとも。今日は人里に行くんだったね」
「そ、そうよ、霖之助さん!あぁもう、忘れてると思って危うく魔理沙の腕を折っちゃうところだったじゃない!」
なんでそんなに魔理沙の腕を折りたがるのだろうか。
そこまでの恨みは――無いとも言いきれないが、多分無い筈だ。
「り、理不尽なんだぜ……」
「あら?」
「おや、起きてたのかい?」
「一応な……いや、起きてました。というか今起きましたごめんなさい。だからもうアームロックはかけないでぇー!?」
「アリス……止めてあげなさい」
「え?……まぁ、霖之助さんがそう言うなら……」
何故かアリスは残念そうだ。
片手で頭を抱えながら霖之助は疲れた表情で溜息を一つ。
部屋の隅でアリスに怯えてがたがた震えている魔理沙へと視線を向ける。
「魔理沙、僕らはちょっと人里に行って来る」
「へ?あ、あぁ、今なんかそんな事言ってたな。それがどうかしたのか?」
「店番を頼む」
「嫌だぜ」
「アリス」
「はーい」
「ごめんなさい嘘です、喜んでお受けいたします。だから止めて許して!?」
満面の笑みのアリスに腕を捕まれ、涙を目に浮かべて叫ぶ魔理沙を見て、霖之助は薄く一笑。
「よろしい、ならば店番だ」
「宜しくね、魔理沙」
「うぅ……こいつら悪魔だぜ……」
「残念だが、半妖と魔法使いだよ」
「あら、そうなの?どっちが半妖でどっちが魔法使いなのかしら?」
「……君が魔法使いで、僕が半妖だよ」
あらー、と頬に指を当てて首を傾げるアリスを見て霖之助はがくりと肩を落とす。
そんな根本的なところを教え忘れていたとは盲点だった。
これでは記憶が戻らないのもしょうがない事なのかもしれない。
「で……私はただ店番してれば良いんだよな?」
「……店の商品をとったらおしおきだからな、魔理沙?」
「チッ」
「アリス」
「はいはい」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
あの魔理沙が土下座までしてきた。
どうやらアリスのアームロックは彼女の本能に逆らってはいけないものとして刻まれてしまったらしい。
こちらとしては彼女への抑止力になるので好都合だが、少し可哀想かもしれない。
「霖之助さん、魔理沙は一回痛い目にあわせて解らせた方が良いかもしれないわよ?腕折ったりして」
「一旦腕を折る事から離れるんだ、アリス。というか君はそういう肉体言語系じゃないだろう」
確かに妙に男らしい蹴りや人が地面に叩きつけられてバウンドする程の威力のパンチを使っているのは見た事があるが、
「……君は……肉体言語系じゃ……?」
「なんで疑問系になるのよ」
「アリスは人形操ってる時以外は意外とアクティブなんだぜ、香霖」
「ほう、それは……」
「初めて知ったわ」
「いや、お前の事だろうが……」
感心して驚いた顔をするアリスに魔理沙の疲れた視線が突き刺さる。
ちなみにアリスは視線の意味を理解していない様でただにこにこと笑顔を浮かべていた。
「さて、それじゃあ各々食器を片付けたら準備を始めようか」
「魔理沙は店番の準備ね」
「納得いかないが……了解だぜ……はぁ」
霖之助の言葉を皮切りに皆が動き出す。
まず立ち上がったのは霖之助で、その次がアリスだった。
ちなみに魔理沙は片付ける振りをして、霖之助の食器に自分の食器を全て重ねていた。
こういう魔理沙の癖は昔からの事なので霖之助は気にしない。
が、アリスは少しばかり気になったのか眉を顰め、しかし何か良い案が思いついたのか、すぐに笑みを浮かべた。
そして意地悪げな口調と共に言う。
「ちなみに商品は全部リストに書いて確認してあるから、なくなったりしたらすぐに解るわよ?」
「げ」
「ちなみになくなってたら問答無用でアームロックね」
「ひぃっ!で、でも、私でも敵わない泥棒とかが来たらどうすんだよ!?」
「アームロック」
「れ、霊夢とか来たら」
「アームロック」
「あの、その……」
「アームロック」
「……全力で店番するぜ……くすん」
「よろしい」
「ははっ」
霖之助は正座して俯く魔理沙とその前に立つ満足げな表情のアリスを見て、思わず笑ってしまう。
するとその笑い声に反応したのか魔理沙が勢い良く顔を上げて、こちらを睨んできた。
「な、なんだよ、香霖!何がおかしい!?」
「ふふん、霖之助さんは魔理沙の情けない姿に笑っちゃったのよ」
「なっ」
「いや、君達を見ていたらついね」
「私も!?」
がびん、と効果音が付きそうな程見事な驚き顔を見せるアリス。
その様子に今が好機だと思ったのか、魔理沙は意地の悪い表情を浮かべ、
「へへーん、アリスだって笑われてるじゃないか!人の事言えないんだぜ!」
「くぅ、やっぱこの場でアームロックを……っ!」
やりとりの末に再び魔理沙の腕を掴もうとするアリスから、魔理沙は慌てて逃げようとする。
「それは止めなさい。……別に変な理由で笑った訳ではないよ」
「「?」」
霖之助の苦笑混じりの言葉に二人の少女は首を傾げる。
「ただ、まぁ……」
卓袱台から食器を持ち上げ、二人へ背を向けながら霖之助は言葉を続ける。
「騒がしいな、と思ってね」
その言葉を残し、霖之助は台所へと歩を進めて行った。
後に残った二人はというと暫し呆然としていたのか沈黙を続けていたかと思えば、
「うぅ……ま、魔理沙!やっぱり貴方が騒ぐから!」
「さっきも言ったが、アリスだって人の事言えないぜ!」
ぎゃーぎゃーと騒がしく再び暴れ始めた。
廊下を歩く霖之助はそれを背景音楽として聞きながら、苦笑を漏らすだけであった。
○
奇妙な空間だった。
まず景色は捩れ、色は混じり合い過ぎてもはや原色が判らず、音と言えば何かが軋む様なものしか聞こえない。
そこは空間と空間の隙間とも言える場所であった。
「ふふ……仲良くやっているようね……」
そんな奇妙な空間の中にふと凛と透き通った女性の声が響いた。
長く伸ばした金の髪の下、整った顔立ちの中に女性は不気味なまでに美しい笑みを浮かべ、言葉を放つ。
「さぁて、一週間近くもこのままだけど……調査はどうかしら、藍?」
「はっ……というか、私はとうの昔にある程度の調査は済ませているのですが……紫様が起きなかっただけで」
「うわっ、私のせい!?」
「十中十、その通りで御座います」
八雲紫は恭しく頭を垂れる八雲藍に何か投げつけたくなったが、とにかくそこは我慢。
「……藍が反抗期よぅ……どうすれば良いの、教えて天国のあなた……!」
「私は確かに紫様の式ですが、娘になった覚えはありません」
天に向かって両手を組んで祈ったというのに、どこまで空気が読めないのだ。
仕方がないので紫は最終手段を実行する事を決断、すぐさま空中に身を投げ出し、
「今からなるのー!というか私が決めた!私が下した!だから貴女は従う!簡単な事よ!」
全力で手足をじたばたと暴れさせる。
これぞ必殺、だだっ子大暴れの術。
藍ならば確実にひっかかるであろう、母性本能を逆手にとった大技である。
「拒否」
「いとも簡単に!?」
「で……ここ最近の香霖堂でのアリス達の様子ですが……」
涙が出そうになったが我慢。
自分は幻想郷最強の妖怪なのだ。
だからシリアスな雰囲気に従って表情を真面目なものに切り替える。
「魔理沙もアリスもあの日の夜の記憶を失っている、ね……私も寝込んでたから知らないけど」
「アリスに至ってはあの日以前の記憶も見事に消えているようです」
「回復は?」
「毎日香霖堂に足を運んで彼女の容態を診ていましたが、見込めないと思われます」
「理由は?」
「記憶自体が何者かに奪われていました」
「へぇ……記憶を奪い取るね……器用な真似をする奴もいたものね。犯人は?」
「わかりません。記憶を奪える能力者など、幻想郷にはゴマンと居ますから」
「……しらみつぶしに探していくのは面倒ね」
紫は口元に手を当て、頷きを一つ。
「良いわ、藍。こうなったら直接私が出向いて、アリスの記憶の跡を診察してあげる」
「……紫様が?」
「なにその、変なものを見る様な視線は」
「いえ、つい胸に沸いた言葉がそのまま態度となって現れてしまったようで……」
「あぁ、天国のあなた……」
「だから紫様にはまだ旦那様すらいらっしゃらないでしょうに……あぁ、早く相手を見つけないと歳が……」
「酷ーっ!?うわ、藍、貴女、今私の急所突いた!痛い!痛いわよ!主に胸の奥とか!」
「多分それは胃ですね。胃薬の用意しましょうか」
「違うわよ!何もかも違うわよ!痛いのは心よ!心!」
「あぁ……何時もあくどい事ばかりしているから、ついに良心が痛んできたんですね?」
「違ぁぁあああああああうっ!」
「さて、それでは私はこれにて。もう暫くこの件の調査をしてみます。紫様はアリスの方をお願いします」
「え?あ、うん……わ、解ったわ……」
「では!」
新しく開いた空間の隙間に飛び込み、九尾の狐は去って行ってしまった。
後に残されるのは、紫一人。
何だか悲しいが、孤独は最強の妖怪の性。逃れ得ぬ宿命。
だから紫は思った。
絶対に泣いてやるもんか、と潤んだ目で天を仰ぎ見ながら、ただ強く己を制して。
まるで五郎さんのようだぜ
続編は出ないものだとばかり思っていたので、これは嬉しい。
続きに期待して待っています。
アリスの奪われた記憶、そして見た夢
すべての謎はそこに隠されてそうですね
それでは中編期待して待ってます
「人形遣いは店番中!」からの間に何があったのか気になります。
藍におちょくられっぱなしの紫がかわいいなあ
アリスが若干ヤンデレ風味だけど、それがいい
しっかり者の藍、だだっ子紫、見守るお父さんみたいな霖之助、キャラが生き生きとしていて良いです、
しかし紫の引籠ってしまった理由はやはり…
続編に期待しております
続きはできれば早めがいいです
追伸:前の話は作品集40ですね。読み直すために少し探しました
これは続きが気になる展開。
ていうか最後のAAがwww
アリスに萌えたのは言うまでもない事なんですが、後書きのAAに笑いましたw
おもわず嫉妬でアリスこr…いやいや、可愛いから許すw
霖之助がモテキングのお話は女の子が皆凄く可愛くなるので大好きです!
しかし霖之助のモテモテぶりが凄いな・・・
それに合わせて可愛くなる少女たちに和む(´ω`)
続き…続きはまだですか・・・?