暗め、ダーク系に足突っ込んでる可能性大です。
そういうのが苦手な方には、あまりお勧めしないかもしれません。
多少、能力の自己解釈を含みます。
大丈夫な方だけ、先へどうぞ。
鏡を覗く。
私がいる。
それは当然だ。
鏡には映る物が無ければ映らない。
私がいるから、鏡は私を映している。
安心する一瞬。
本当に?
私は安心しているの?
確かめる為に、鏡にそっと指をつける。
鏡から、ぬるりとした感覚が伝わった。
指から静かに広がった波紋は、ゆっくりと私を壊していった。
あぁ、私は安心している。
指の焼けるような痛みも、鏡に映る私の姿も、壊れている私の姿も。
それは私の存在を定義してくれる。
あぁそうだ、私はまだ生きている。
フランドール・スカーレットは、生きている。
あぁ、甘美。
「……様。妹様。」
鏡から一気に引き起こしてくれる声が響いた。
ゆっくりと汚泥のような闇から意識を引っ張り上げ、目を開ける。
色の無い景色は、少しずつ芽吹く様に色をつけていく。
あぁ、嘲られている。
私はそんな世界は、嫌い。
首を横に向ければ、メイドが一人そこにいる。
メイド?
メイドではない。
メイドだけどメイドではない、メイドがそこにいる。
あぁ、そうだ。
私を恐れないメイドだ。
メイドではない、十六夜咲夜だ。
「妹様。お目覚めになられましたか。気分はどうでしょう。」
「気分? 良くも無いし悪くも無いわ。」
「それはよろしい事ですわ。」
何がよろしいのだろう。
よろしいならば、私は気分がいいのではないだろうか。
面白い言い回し。でも幾度と聞いた言い回し。
飽きてしまった、壊れてほしい。
壊れてほしい?
壊れてほしい、言い回し?
言いえて妙だ、面白いね。
面白いなら壊さなくてもいい。
あぁ、起きたばかりで面白いわ。
「妹様、お召し物を。」
「うん。」
いつもの服だ。
これは普通だ。
普通だ普通なら普通であって普通な私。
普通な私?
違う私?
後で確かめなきゃいけない。
私はどっちの私なのか。
「お嬢様がお待ちですわ。
お食事へと参りましょう。」
「うん。今日のメニューは?」
「ミートローフですわ。ソースはブラッドソースです。
紅茶はお二人の為に、HMBをご用意させていただきましたわ。」
「そっか。」
いつもの会話、いつもの会話。
私の会話、咲夜の返事。
咲夜のは、会話なのか返事なのか分からない。
いつか確かめてみたい。
少し返事を壊してみたら、会話になってくれるのかな。
それはそれで楽しみ。
あいつが怒るかも?
咲夜はあいつのお気に入り。
私のお気に入り?
「さ、参りましょう。」
「うん。」
いつか3人のときに聞いてみよう。
あいつの表情が壊れるならそれはそれで面白い。
壊れなくても内心が少し壊れるならそれもそれで面白い。
あぁ、楽しみ。
「美味しいわ。」
「美味しいね。」
「ありがとうございます。」
食堂で食事。
今日はあのお部屋で食事じゃない。
あいつの気まぐれ。
少し不愉快。
少し?
いっぱい?
表現できないのは、鬱陶しい。
「フラン、今日は何をするのかしら。」
「いつものようにお部屋で本を読むわ。」
「パチェみたいね。」
「美味しいの?」
「パチェは美味しくないわ、きっとね。」
「ううん。パチェじゃなくて。」
「あら、じゃあ何が美味しいというのかしら。」
「お姉様。」
「きっと食べれないわ。」
「そうね、食べ応えもなさそう。」
あいつが珍しく苦笑した。
面白い面白い、壊してやった。
あいつの顔が少しだけ壊れていった。
面白い、あいつの何かを壊してやるのは面白い。
あいつの顔に、心に、私を刻めたのは面白い。
あぁ、愉快。
「あ、妹様。また本ですか?」
「うん。あ、これ前の本。」
「はい、確かにお預かりしました。
ところで、最近はどうですか?」
「どうですか? 変な事を聞くね。
私は私でどうもしないよ。」
「幾分もお変わり無いようで、小悪魔嬉しいです。」
思いっきり笑ってやった。
小悪魔も笑ってくれた。
笑ってやった?
笑っちゃった?
笑っているからそれでいいか。
愉快で面白くて、楽しいひと時。
「小悪魔の薦めてくれる本は、どれも面白いからいいよね。」
「いえいえー。そう言って頂けると、選んだ甲斐があるってものですよー。
それで、新しい本は如何致しましょう?」
「2、3冊ぐらい見繕ってほしいな。お部屋で読むから。」
「かしこまりましたー。お茶ご用意しますので、パチュリー様のところでお待ちになってください。」
あいつの友人、パチュリーは苦手だ。
面を見ているようで、その実奥行きを見られている感覚は煩わしい。
壊してみたい。壊したら小悪魔はどんな顔を見せてくれるだろう。
何も全部壊さなくてもいい。
少しだけ壊してやれば、それは楽しい事だろう。
楽しい楽しい。
あいつはつまらないというけれど、何がつまらないのか。
あぁ、見えてきた。
あいつの友人が。
「……こんばんわ、妹様。」
「おはよう、パチュリー。もう朝よ?」
「そうね。もう夜だわ。」
「この椅子いい?」
「いいわよ。」
壊れてくれない。
面白くない。
つまらないつまらない。
本当に壊してやろうかこの動かない魔女を。
でもそれじゃつまらない。
お互いにコインいっこ入れただけ。
一撃必殺コンテニュー無しなんてとってもつまらない。
「あいつはどこへ行ったのかな。」
「いつもの万年春の紅白のところじゃないかしら。」
「ぽかぽかしてる?」
「別の意味でならぽかぽかかもしれないわね。」
「パチュリーはぽかぽかしてないの?」
「する必要が無いものね。」
本から顔はうごかない。
いっそ顔だけ壊したら、パチュリーは悲しむかな?
パチュリーは悲しまないかもしれない?
でも私がつまらない、喋らないなら人形でいい。
パチュリーはこれでパチュリーということ。
存在を定義している。
うらやましい。
「紅茶をお持ちしましたー。」
小悪魔が紅茶を持ってきてくれた。
咲夜の紅茶も美味しいけれど、小悪魔の紅茶も美味しい。
瀟洒な味か、優しくやわらかい味かの違い。
私は優しい味がいい。
厳格な味はたまにでいい。
ゆったりした時間が楽しめない。
あいつは楽しめる?
あいつはゆったりしている?
ぴっと張り詰めた空気を愉しんでいるなら、あいつはそういうやつなんだろう。
あいつはあいつで、私は私。
「妹様、本は面白いかしら。」
「面白いよ。」
「そう。」
「パチュリーの読んでる本は面白くないの?」
「面白いわよ。」
「面白いなら笑うって、小悪魔が教えてくれたよ。」
「ポーカーフェイスって知ってるかしら?」
「知ってるよ。パチュリーはポーカーフェイスのようで違う事も知ってるよ。」
「あら、どんなときにそうなるのかしら?」
「主にあの魔理沙が来たとき。」
ぴくり、とパチュリーの頬が動いたのは見逃さない。
亀裂が入った。
もうすこしだ。
ああ楽しみだ。
「楽しそうだよね。魔理沙が来たら、騒がしいから。」
「そ、そうかしら。私は迷惑なのだけど。勝手に本は持っていくし。」
「迷惑なら相手にすらしないよね?
相手にするなら相手を見ているってことだもの。」
パチュリーがため息を付いた。
あぁ、こういう表情もあるんだ。
面白い面白い、周りの表情は見たことが無いことが多いからとても面白い。
私は表情はどうなんだろう。
後で鏡を見れば分かるかな?
後で見てみよう。
あぁ、面白い。
そんなやり取りのうちに、小悪魔が本を3冊持ってきてくれた。
今日はこれを読もう。
明日はこれを読もう。
明後日はこれを読もう。
楽しみだ。
あぁ、至福。
部屋に本を置き、メイドだけが働く館を出て、門へと赴く。
そこには見慣れた門番が一人、佇んでいた。
「美鈴。おはよう。」
「こんばんわ、妹様。いえ、吸血鬼からしたら今がおはようですかね?」
「うん。今日は夜の門番なの?」
「いえ、夜シフトの子が熱を出してダウンしてしまいまして。
急遽ピンチヒッターとして私が門番をしているんですよ。」
「ふぅん。美鈴は大変だね。」
「これがお仕事ですし。」
美鈴は表情が豊かだ。
笑ったり、泣いたり、悲しんだり、驚いたり。
見てて飽きない。
私は、豊か?
私は、豊かじゃない。
決まった顔しかできない。
笑って笑って、笑う事しかできない。
笑うって表情?
表情とは違う気がする。
じゃあ、きっと笑顔。
笑顔なのかな?
「妹様、お暇なのですか?」
「んー、お暇。
うん、お暇だよ。」
「では、空を眺めてみてはいかがでしょう。」
「夜空を? 何が変わるの?」
「うーん。特に何かが変わるというわけではありませんけれど。」
「でも、何かがあるんだよね。」
「そうですね。あぁ、そうだ。こんな話を聞いた事があります。」
美鈴のお話はとても幅が広い。
楽しいお話ばかり。
知らない事を知る事はとても楽しい。
あいつは、知っているのかな?
私は、知っている。
これから美鈴の話す事を聞くのだから。
「星は人を喰らうと言います。」
「なにそれ。星はあんな高いところにあるのに?」
「そうです。星はとても高いところにあります。
それゆえに、星は人を喰らうのです。
ひょっとしたら、妖怪も喰らうのかもしれませんね。」
変な話だ。
あんな高いところにあるのに、どうやって喰らうというのだろう。
不可思議で楽しい。
博識な美鈴は、とっても面白い。
「不思議ですか?」
「うん。」
「簡単な事です。星は人を喰らう事はできません。」
「え?」
「星は確かに人を喰らう事はできません。ですが、遥か昔から、星は人を魅了してきました。
人は星を目指そうとしました。その手中に収めようとしました。」
「それと、食べる事ってどう繋がるの?」
「つまり、星は人の心をその中に収めてしまうんです。
人の心を喰らうんです。だから、星は人を喰らうのです。」
「へぇ~。謎かけみたい。」
「とんちみたいなものですね。
まぁ、私が考えた事ですけど。」
「でもそれっぽいよね。」
面白い面白い。
作り話でも納得できてしまうから。
私も私を作ってしまえば、私が私であると納得できるかな?
そんな事を考えてたら、ちょっと眠くなってきた。
「妹様、眠いのですか?」
「うん、少し。」
「では、お部屋へお運びいたしましょうか。」
「ううん、大丈夫。お姉様が帰ってきてもすぐ分かるように、テラスでちょっと舟を漕ごうかな。」
「わかりました。気をつけてくださいね?」
「うん。またお話聞かせてね。」
「私でよければ。」
恭しく礼をする美鈴に、私は笑顔で答える。
嬉しい嬉しい。
美鈴は私を私としてみてくれるから。
さぁ、少し眠ろう。
次目が覚めたときには、きっとあいつがいるはずだから。
あぁ、充実。
鏡を見る。
私がいない。
それはそうだ、鏡に吸血鬼は映らない。
鏡は嫌い。
私を乱す、私を壊す、私の存在を壊してくる。
どうして、さっき、映してくれたのに。
いらない、壊れちゃえ。
目を握り、鏡を壊す。
破片が降り注いで私の体を焼いていく。
痛いいたいイタイイタイイタイ。
私の存在を紡いでくれる感覚が私をなでていってくれる。
嬉しい。
「……ラン。フラン。」
雨の様な、見たことも無い青い空間を突きぬけ、闇を経て私の目が見たのは、あいつの顔。
あぁ、テラスで寝ちゃったんだ。
「おはよう、フラン。」
「おはよう、お姉様。」
軽く首を回すが、咲夜はいない。
湯浴みでもしているんだろう、と思う。
「何をしているの。」
「可愛い妹の為に膝枕してあげてるの。」
「ふぅん。」
見たことも無い笑顔だ。
壊したから?
違う、そんなしっかりと壊してはいない。
どうして?
答えは出ない。
こんな顔知らないから。
面白いけど、どこか怖い。
怖い?
笑顔が?
「何をしているのかは知らないけれど。
フランはフランであって、私の可愛い妹よ。」
あっさりと言い放ってくれた。
いらない、壊れてしまえ。
「その語尾の表現さえなければ嬉しかったんだけど。」
「自立しようがそこは不変なのよ、フラン。」
あぁ、今すぐその笑顔を浮かべているその面壊してやりたい。
どんな唄が聴けるのか。
私も唄うよ。
一人で唄っても悲しいもの。
二人で一つの歌を唄いましょう?
「フラン。」
「何。」
「成長を嬉しく思うわ。」
「とんだ皮肉をありがとう、お姉様。」
「素直な気持ちよ。」
「なら、私の気持ちも受け止めてくれる?
495年分の、全ての気持ち。」
受け止めテね、お姉様。
ソの顔、体、羽、全て粉々ニ砕いテこワシてアイしテアゲルカラ。
気付いたら、私はまた鏡を覗いていた。
その鏡には、また私が映っていた。
指を触れれば、また焼けるような痛みが襲い、映る私を壊して私を定義してくれる。
いや、これは、私?
あぁ、これも、私。
楽しい、楽しい。
私が私を見つめている。
私も私を見つめている。
楽しい、私はそこにいる。
楽しすぎて、私は、目を、握りつぶした。
目を覚ます。
どうやら視覚の一部をやられているようで、色が戻ってこない。
そのうち直るから別段気にはしない。
周りを見ると、相当崩壊している上に、あいつはのんきに紅茶を飲んでいる。
負けたんだろうなぁ、なんて考えておく。
まぁ、目の前に深々と突き立っているグングニルを見れば、嫌でも理解する。
多分お腹を貫通しているだろう。
「3度目のおはようね。今日は眠いのかしら?」
「……どうなんだろうね。
少なくとも目覚めに見たくないものがお腹から生えてると思うけれど。」
「それは礼を失したわ。ごめんなさいね、フラン。」
あいつは変わらずに、テラスだった場所で、テーブルだった場所に腰をかけていた。
背中が冷たい。
お腹は熱い。
床に寝転んでいるのか、冷たくて、気持ちいい。
お腹は熱くて、気持ち悪い。
「ねぇ、お姉様。」
「気持ちは良く伝わったわ、フラン。」
「そう。相変わらず先に人の台詞の答えを言っちゃうのね。」
「それが私の趣味だもの。」
「つまらないよ。興が冷めちゃうでしょ。」
「それは謝るわ。」
「謝っても直さないでしょ。」
「よく分かるわね。」
「お姉様のことですから。」
「ふふ、ありがとう。」
あぁ、本当に。
こいつの妹で、良かった。
「おやすみなさい、フラン。
私の自慢の妹。」
そう、聞こえた、気が、した。
見慣れた鏡。
見慣れた空間。
見慣れた自分。
見慣れた鏡の自分。
そっと鏡に手を触れる。
ぬめってもいない、暖かい産湯のような感覚。
あぁ、懐かしい。
懐かしい?
いつ感じたか、分からない。
分からないのに、懐かしい。
少しだけ、考える。
考えて、鏡を見る。
鏡には、皆が見えた。
紅魔館の皆が映った。
その真ん中に、私がいた。
あぁ、そうか。
これが、私なんだ。
私は一人、誰にも知られずに微笑んだ。
見つけた、自分を見て、微笑んだ。
――あぁ、愉快――
そういうのが苦手な方には、あまりお勧めしないかもしれません。
多少、能力の自己解釈を含みます。
大丈夫な方だけ、先へどうぞ。
鏡を覗く。
私がいる。
それは当然だ。
鏡には映る物が無ければ映らない。
私がいるから、鏡は私を映している。
安心する一瞬。
本当に?
私は安心しているの?
確かめる為に、鏡にそっと指をつける。
鏡から、ぬるりとした感覚が伝わった。
指から静かに広がった波紋は、ゆっくりと私を壊していった。
あぁ、私は安心している。
指の焼けるような痛みも、鏡に映る私の姿も、壊れている私の姿も。
それは私の存在を定義してくれる。
あぁそうだ、私はまだ生きている。
フランドール・スカーレットは、生きている。
あぁ、甘美。
「……様。妹様。」
鏡から一気に引き起こしてくれる声が響いた。
ゆっくりと汚泥のような闇から意識を引っ張り上げ、目を開ける。
色の無い景色は、少しずつ芽吹く様に色をつけていく。
あぁ、嘲られている。
私はそんな世界は、嫌い。
首を横に向ければ、メイドが一人そこにいる。
メイド?
メイドではない。
メイドだけどメイドではない、メイドがそこにいる。
あぁ、そうだ。
私を恐れないメイドだ。
メイドではない、十六夜咲夜だ。
「妹様。お目覚めになられましたか。気分はどうでしょう。」
「気分? 良くも無いし悪くも無いわ。」
「それはよろしい事ですわ。」
何がよろしいのだろう。
よろしいならば、私は気分がいいのではないだろうか。
面白い言い回し。でも幾度と聞いた言い回し。
飽きてしまった、壊れてほしい。
壊れてほしい?
壊れてほしい、言い回し?
言いえて妙だ、面白いね。
面白いなら壊さなくてもいい。
あぁ、起きたばかりで面白いわ。
「妹様、お召し物を。」
「うん。」
いつもの服だ。
これは普通だ。
普通だ普通なら普通であって普通な私。
普通な私?
違う私?
後で確かめなきゃいけない。
私はどっちの私なのか。
「お嬢様がお待ちですわ。
お食事へと参りましょう。」
「うん。今日のメニューは?」
「ミートローフですわ。ソースはブラッドソースです。
紅茶はお二人の為に、HMBをご用意させていただきましたわ。」
「そっか。」
いつもの会話、いつもの会話。
私の会話、咲夜の返事。
咲夜のは、会話なのか返事なのか分からない。
いつか確かめてみたい。
少し返事を壊してみたら、会話になってくれるのかな。
それはそれで楽しみ。
あいつが怒るかも?
咲夜はあいつのお気に入り。
私のお気に入り?
「さ、参りましょう。」
「うん。」
いつか3人のときに聞いてみよう。
あいつの表情が壊れるならそれはそれで面白い。
壊れなくても内心が少し壊れるならそれもそれで面白い。
あぁ、楽しみ。
「美味しいわ。」
「美味しいね。」
「ありがとうございます。」
食堂で食事。
今日はあのお部屋で食事じゃない。
あいつの気まぐれ。
少し不愉快。
少し?
いっぱい?
表現できないのは、鬱陶しい。
「フラン、今日は何をするのかしら。」
「いつものようにお部屋で本を読むわ。」
「パチェみたいね。」
「美味しいの?」
「パチェは美味しくないわ、きっとね。」
「ううん。パチェじゃなくて。」
「あら、じゃあ何が美味しいというのかしら。」
「お姉様。」
「きっと食べれないわ。」
「そうね、食べ応えもなさそう。」
あいつが珍しく苦笑した。
面白い面白い、壊してやった。
あいつの顔が少しだけ壊れていった。
面白い、あいつの何かを壊してやるのは面白い。
あいつの顔に、心に、私を刻めたのは面白い。
あぁ、愉快。
「あ、妹様。また本ですか?」
「うん。あ、これ前の本。」
「はい、確かにお預かりしました。
ところで、最近はどうですか?」
「どうですか? 変な事を聞くね。
私は私でどうもしないよ。」
「幾分もお変わり無いようで、小悪魔嬉しいです。」
思いっきり笑ってやった。
小悪魔も笑ってくれた。
笑ってやった?
笑っちゃった?
笑っているからそれでいいか。
愉快で面白くて、楽しいひと時。
「小悪魔の薦めてくれる本は、どれも面白いからいいよね。」
「いえいえー。そう言って頂けると、選んだ甲斐があるってものですよー。
それで、新しい本は如何致しましょう?」
「2、3冊ぐらい見繕ってほしいな。お部屋で読むから。」
「かしこまりましたー。お茶ご用意しますので、パチュリー様のところでお待ちになってください。」
あいつの友人、パチュリーは苦手だ。
面を見ているようで、その実奥行きを見られている感覚は煩わしい。
壊してみたい。壊したら小悪魔はどんな顔を見せてくれるだろう。
何も全部壊さなくてもいい。
少しだけ壊してやれば、それは楽しい事だろう。
楽しい楽しい。
あいつはつまらないというけれど、何がつまらないのか。
あぁ、見えてきた。
あいつの友人が。
「……こんばんわ、妹様。」
「おはよう、パチュリー。もう朝よ?」
「そうね。もう夜だわ。」
「この椅子いい?」
「いいわよ。」
壊れてくれない。
面白くない。
つまらないつまらない。
本当に壊してやろうかこの動かない魔女を。
でもそれじゃつまらない。
お互いにコインいっこ入れただけ。
一撃必殺コンテニュー無しなんてとってもつまらない。
「あいつはどこへ行ったのかな。」
「いつもの万年春の紅白のところじゃないかしら。」
「ぽかぽかしてる?」
「別の意味でならぽかぽかかもしれないわね。」
「パチュリーはぽかぽかしてないの?」
「する必要が無いものね。」
本から顔はうごかない。
いっそ顔だけ壊したら、パチュリーは悲しむかな?
パチュリーは悲しまないかもしれない?
でも私がつまらない、喋らないなら人形でいい。
パチュリーはこれでパチュリーということ。
存在を定義している。
うらやましい。
「紅茶をお持ちしましたー。」
小悪魔が紅茶を持ってきてくれた。
咲夜の紅茶も美味しいけれど、小悪魔の紅茶も美味しい。
瀟洒な味か、優しくやわらかい味かの違い。
私は優しい味がいい。
厳格な味はたまにでいい。
ゆったりした時間が楽しめない。
あいつは楽しめる?
あいつはゆったりしている?
ぴっと張り詰めた空気を愉しんでいるなら、あいつはそういうやつなんだろう。
あいつはあいつで、私は私。
「妹様、本は面白いかしら。」
「面白いよ。」
「そう。」
「パチュリーの読んでる本は面白くないの?」
「面白いわよ。」
「面白いなら笑うって、小悪魔が教えてくれたよ。」
「ポーカーフェイスって知ってるかしら?」
「知ってるよ。パチュリーはポーカーフェイスのようで違う事も知ってるよ。」
「あら、どんなときにそうなるのかしら?」
「主にあの魔理沙が来たとき。」
ぴくり、とパチュリーの頬が動いたのは見逃さない。
亀裂が入った。
もうすこしだ。
ああ楽しみだ。
「楽しそうだよね。魔理沙が来たら、騒がしいから。」
「そ、そうかしら。私は迷惑なのだけど。勝手に本は持っていくし。」
「迷惑なら相手にすらしないよね?
相手にするなら相手を見ているってことだもの。」
パチュリーがため息を付いた。
あぁ、こういう表情もあるんだ。
面白い面白い、周りの表情は見たことが無いことが多いからとても面白い。
私は表情はどうなんだろう。
後で鏡を見れば分かるかな?
後で見てみよう。
あぁ、面白い。
そんなやり取りのうちに、小悪魔が本を3冊持ってきてくれた。
今日はこれを読もう。
明日はこれを読もう。
明後日はこれを読もう。
楽しみだ。
あぁ、至福。
部屋に本を置き、メイドだけが働く館を出て、門へと赴く。
そこには見慣れた門番が一人、佇んでいた。
「美鈴。おはよう。」
「こんばんわ、妹様。いえ、吸血鬼からしたら今がおはようですかね?」
「うん。今日は夜の門番なの?」
「いえ、夜シフトの子が熱を出してダウンしてしまいまして。
急遽ピンチヒッターとして私が門番をしているんですよ。」
「ふぅん。美鈴は大変だね。」
「これがお仕事ですし。」
美鈴は表情が豊かだ。
笑ったり、泣いたり、悲しんだり、驚いたり。
見てて飽きない。
私は、豊か?
私は、豊かじゃない。
決まった顔しかできない。
笑って笑って、笑う事しかできない。
笑うって表情?
表情とは違う気がする。
じゃあ、きっと笑顔。
笑顔なのかな?
「妹様、お暇なのですか?」
「んー、お暇。
うん、お暇だよ。」
「では、空を眺めてみてはいかがでしょう。」
「夜空を? 何が変わるの?」
「うーん。特に何かが変わるというわけではありませんけれど。」
「でも、何かがあるんだよね。」
「そうですね。あぁ、そうだ。こんな話を聞いた事があります。」
美鈴のお話はとても幅が広い。
楽しいお話ばかり。
知らない事を知る事はとても楽しい。
あいつは、知っているのかな?
私は、知っている。
これから美鈴の話す事を聞くのだから。
「星は人を喰らうと言います。」
「なにそれ。星はあんな高いところにあるのに?」
「そうです。星はとても高いところにあります。
それゆえに、星は人を喰らうのです。
ひょっとしたら、妖怪も喰らうのかもしれませんね。」
変な話だ。
あんな高いところにあるのに、どうやって喰らうというのだろう。
不可思議で楽しい。
博識な美鈴は、とっても面白い。
「不思議ですか?」
「うん。」
「簡単な事です。星は人を喰らう事はできません。」
「え?」
「星は確かに人を喰らう事はできません。ですが、遥か昔から、星は人を魅了してきました。
人は星を目指そうとしました。その手中に収めようとしました。」
「それと、食べる事ってどう繋がるの?」
「つまり、星は人の心をその中に収めてしまうんです。
人の心を喰らうんです。だから、星は人を喰らうのです。」
「へぇ~。謎かけみたい。」
「とんちみたいなものですね。
まぁ、私が考えた事ですけど。」
「でもそれっぽいよね。」
面白い面白い。
作り話でも納得できてしまうから。
私も私を作ってしまえば、私が私であると納得できるかな?
そんな事を考えてたら、ちょっと眠くなってきた。
「妹様、眠いのですか?」
「うん、少し。」
「では、お部屋へお運びいたしましょうか。」
「ううん、大丈夫。お姉様が帰ってきてもすぐ分かるように、テラスでちょっと舟を漕ごうかな。」
「わかりました。気をつけてくださいね?」
「うん。またお話聞かせてね。」
「私でよければ。」
恭しく礼をする美鈴に、私は笑顔で答える。
嬉しい嬉しい。
美鈴は私を私としてみてくれるから。
さぁ、少し眠ろう。
次目が覚めたときには、きっとあいつがいるはずだから。
あぁ、充実。
鏡を見る。
私がいない。
それはそうだ、鏡に吸血鬼は映らない。
鏡は嫌い。
私を乱す、私を壊す、私の存在を壊してくる。
どうして、さっき、映してくれたのに。
いらない、壊れちゃえ。
目を握り、鏡を壊す。
破片が降り注いで私の体を焼いていく。
痛いいたいイタイイタイイタイ。
私の存在を紡いでくれる感覚が私をなでていってくれる。
嬉しい。
「……ラン。フラン。」
雨の様な、見たことも無い青い空間を突きぬけ、闇を経て私の目が見たのは、あいつの顔。
あぁ、テラスで寝ちゃったんだ。
「おはよう、フラン。」
「おはよう、お姉様。」
軽く首を回すが、咲夜はいない。
湯浴みでもしているんだろう、と思う。
「何をしているの。」
「可愛い妹の為に膝枕してあげてるの。」
「ふぅん。」
見たことも無い笑顔だ。
壊したから?
違う、そんなしっかりと壊してはいない。
どうして?
答えは出ない。
こんな顔知らないから。
面白いけど、どこか怖い。
怖い?
笑顔が?
「何をしているのかは知らないけれど。
フランはフランであって、私の可愛い妹よ。」
あっさりと言い放ってくれた。
いらない、壊れてしまえ。
「その語尾の表現さえなければ嬉しかったんだけど。」
「自立しようがそこは不変なのよ、フラン。」
あぁ、今すぐその笑顔を浮かべているその面壊してやりたい。
どんな唄が聴けるのか。
私も唄うよ。
一人で唄っても悲しいもの。
二人で一つの歌を唄いましょう?
「フラン。」
「何。」
「成長を嬉しく思うわ。」
「とんだ皮肉をありがとう、お姉様。」
「素直な気持ちよ。」
「なら、私の気持ちも受け止めてくれる?
495年分の、全ての気持ち。」
受け止めテね、お姉様。
ソの顔、体、羽、全て粉々ニ砕いテこワシてアイしテアゲルカラ。
気付いたら、私はまた鏡を覗いていた。
その鏡には、また私が映っていた。
指を触れれば、また焼けるような痛みが襲い、映る私を壊して私を定義してくれる。
いや、これは、私?
あぁ、これも、私。
楽しい、楽しい。
私が私を見つめている。
私も私を見つめている。
楽しい、私はそこにいる。
楽しすぎて、私は、目を、握りつぶした。
目を覚ます。
どうやら視覚の一部をやられているようで、色が戻ってこない。
そのうち直るから別段気にはしない。
周りを見ると、相当崩壊している上に、あいつはのんきに紅茶を飲んでいる。
負けたんだろうなぁ、なんて考えておく。
まぁ、目の前に深々と突き立っているグングニルを見れば、嫌でも理解する。
多分お腹を貫通しているだろう。
「3度目のおはようね。今日は眠いのかしら?」
「……どうなんだろうね。
少なくとも目覚めに見たくないものがお腹から生えてると思うけれど。」
「それは礼を失したわ。ごめんなさいね、フラン。」
あいつは変わらずに、テラスだった場所で、テーブルだった場所に腰をかけていた。
背中が冷たい。
お腹は熱い。
床に寝転んでいるのか、冷たくて、気持ちいい。
お腹は熱くて、気持ち悪い。
「ねぇ、お姉様。」
「気持ちは良く伝わったわ、フラン。」
「そう。相変わらず先に人の台詞の答えを言っちゃうのね。」
「それが私の趣味だもの。」
「つまらないよ。興が冷めちゃうでしょ。」
「それは謝るわ。」
「謝っても直さないでしょ。」
「よく分かるわね。」
「お姉様のことですから。」
「ふふ、ありがとう。」
あぁ、本当に。
こいつの妹で、良かった。
「おやすみなさい、フラン。
私の自慢の妹。」
そう、聞こえた、気が、した。
見慣れた鏡。
見慣れた空間。
見慣れた自分。
見慣れた鏡の自分。
そっと鏡に手を触れる。
ぬめってもいない、暖かい産湯のような感覚。
あぁ、懐かしい。
懐かしい?
いつ感じたか、分からない。
分からないのに、懐かしい。
少しだけ、考える。
考えて、鏡を見る。
鏡には、皆が見えた。
紅魔館の皆が映った。
その真ん中に、私がいた。
あぁ、そうか。
これが、私なんだ。
私は一人、誰にも知られずに微笑んだ。
見つけた、自分を見て、微笑んだ。
――あぁ、愉快――
静まり返っている感じがよかったです。
恋?! これが恋なのか?! 恋をしちゃったのか?!
どうやらフランの狂気に魅了されたようです。
静かで、でも狂っていて、それでいて可愛い妹様をありがとうございます。