Coolier - 新生・東方創想話

The genius girl should sleep. ~天才少女は眠るべき~

2008/05/01 11:04:01
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キャラ設定、過去の話などはオリジナル入っています。ので指摘は勘弁。
とても鬱、ダークな話です。苦手な方は戻ってください。
長すぎる文章を短くするため、キャラ紹介の描写は省いてしまいました。


                The genius girl should sleep. ~天才少女は眠るべき~



置いていかれる
努力をしても追いつけない。
なぜ……? あのカメですら、昼寝していた兎に追いつけたと言うのに───


「ぐっ、あぁぁぁああ駄目だぜ~~ここから進まないぜ~~」
そう机の前に開いたノートに声を張り上げているのは魔法の森に住む普通の魔法使い、霧雨魔理沙である。
彼女は常に努力を重ねている。血の滲む様なそんな努力を。誰よりも。それは一人前の魔法使いになるために。
だがその努力を決して他人には見せない、気づかせない。
平然とした顔でみんなと並びたいから。手加減してほしくないから。同情して欲しくないから………

式は合っている。でもどうしても矛盾してしまう箇所が出てきてしまう。
一向に解ける気配のないパズル。答えは見えているのに、辿り着けない。
「あぁああ、もうっ!!」握った拳で机を叩く。八つ当たりなど本来好ましい行為ではない。
だが、一向に解けないもどかしさと、収益を得られず時間だけが無駄に過ぎていくことに焦燥を感じずにはいられない。
人間の命は短い。だからこそ焦るのだ。焦ってはいい結果が出ないことは知っている。それでも焦ってしまう。
周りには怪物だらけである。力と時間の尺が人間とは遥かに違う。だからこそ努力で追いつきたい。無駄にできない。

化け物と自分を比べて悔やむほど、自分は愚かではない。根本が違うことぐらいわかっている。
それでも私は努力する。努力で追いつけないものはないのだから。今までそうやって生きてきた。
努力さえあれば追いつけるし追い越せる。努力の積み重ねでは誰にも負けない。そう信じていた。

────ただ、例外が一つある。


所変わってここ、博麗神社の境内でお茶をすするのは紅白腋巫女こと、博麗霊夢である。
のんびりお茶を啜っていたのだが、顔を上に向け空を仰ぐと、「ん、来る頃かしら」と呟やきながら立ち上がり、
台所のほうから別の湯のみと、沸かしたお湯を下げて、また境内に戻ってくる。
お茶を啜る姿勢やら、立ち上がる時に「よっこらせぇっとぉ」なんて言う所が特におっさん臭いのである。
また改めて座りなおすときも、「うぃっしょぉっとぉ」なんて言う所がますます(略
『楽園の素敵な巫女』こんな寂れた神社のどこが楽園なのだろうか、
こんなおっさん臭い少女のどこが素敵な巫女なのだろ─うわなにをすrhおこlp

霊夢が鎮座し、一息ついた所であれは来た。
「いよっ、霊夢、相変わらずおっさ───
地面に足が着く前に、飛来する追跡機能付き座布団が魔理沙の腹を抉り、箒の上から叩き落とす
背中からモロに落ち、「酷いぜ酷いぜ、酷くて死ぬぜ」なんて事を抜かす。
まぁいつものことである。~くて死ぬぜ、と言う割りに死んだところは見た事が無い。あっても困るが。

砂を払ってからいつもの指定席、霊夢の横に座り、専用の湯のみに茶を注ぐ。
いつ来てもこのお茶がいい温度なのは、やはり霊夢の勘により、魔理沙の訪れるタイミングを見計らっているのか。
相変わらず勘が鋭く、どこまでお見通しなのか複雑な気持ちになる。
ともあれ、こういうところが非常に憂い奴なのである。おっさん臭い乙女。新たなジャンルの発掘だ。
まぁこれが相変わらずの日常なのだ。

ふと魔理沙が尋ねる
「なぁ霊夢、仕事はいいのか?神事なんだろ?」
「あら、この庭をみてわからない?今日はいつもより頑張ったのよ」
───あぁ、この巫女は日本語がまともに話せない残念な子だったのか。楽園で素敵というのは頭の事うわ何をすry

………これで頑張ったと言うのだろうか、いや、本人が言うのなら間違いない。頑張ったのだろう。
「……これで…か?」
「なによ、文句あるなら貴女がやりなさいよ、丁度箒も持っているんだし」
「違うぜ、何も違うぜ霊夢。この箒は掃除するための箒じゃないんだぜ!!」
掃除をするための箒ではない。本来の役割を果たしていない所が、まさにどこかの巫女と─うわだからやめrフジコ

箒はただのアクセサリーではない。空を飛ぶためである。
魔理沙は幻想郷では珍しい、物を利用して飛ぶという不思議な魔女だ。
魔理沙が箒を使って飛ぶのには理由がある。
表向きは、いかにも魔女っぽいだろ? という理由である。
でも実は、箒を使わないと満足に飛べない。からである。
さらにおまけの理由としては 努力によって荒れた手を誤魔化すためである・・・

ペンダコ、豆、血豆、擦過傷、その他もろもろを努力によって出来たと気づかせないためである。
箒を握っているから、と。それで隠しきれるとは思えないが、ある程度はそれで誤魔化してしまう。
治癒魔法を使えば、と思うのだが豆を直す魔法だのそんなピンポイントな魔法を魔理沙が使えるわけが無い。
それにいくら他人から隠すといっても、自分にとっては誇りの証。努力の結晶なのである。
魔法で消すのは躊躇われる。人間らしく自然治癒が一番なのだ。


魔理沙ほどの魔女が、なぜ箒を使って飛ぶのか、いや、使わないと飛べないのか。
それは彼女が落ちこぼれだったからである。
彼女の生まれは凄腕の魔法使いと名高い霧雨家一族。代々優秀な魔法使いばかりが溢れる一族。
それでも一族の中では一応優劣はある。
優秀たるものは名を世間に知らしめ、さりとて優秀ではない下のほうとはいえど、一般の魔法使いからみれば
かなりの魔力を持っていた。
そのなか魔理沙だけは、特別、とびぬけて落ちこぼれであった。
空も飛べず、魔法も大して撃てず、体躯は小柄で、霧雨という名を汚すだけの存在。
呼吸をする程度と同等の簡単な魔法ですら満足に撃てなかった。
ついに魔理沙は、まだ2ケタにも満たない歳にもかかわらず、一人で修行してこいと
家から追い出された。形はどうあれ、事実上の勘当である。霧雨という苗字も剥奪されていた。
力なきものがこの幻想郷で一人で生きるなんてことはまず不可能である。食事など生活面での問題ではない。
もし妖怪に襲われたら抵抗する術がないのだ。つまり……─ここから先は考えるのが嫌だった。

その落ちこぼれである私が、今や幻想郷でも頂点に君臨する吸血鬼などと対等に渡り合っているのだ。
何故か。
『努力』
ただそれだけの事だ。
それがあればどこまでも登っていける。超えられないものなどないと、そう信じていた。

──只一つの例外を除いて

「───魔理沙?どうしたの柄にもなく真剣な顔して」
「ん、あ、あぁ、ちょっと過去を思い出してな」
ふぅん
そう一言だけ返すと霊夢はまたお茶を啜りだす。
……
……
「『暇』ねぇ…」
……
……
しばしの沈黙が続く。いくら仲が良くても会話が途切れることぐらいある。
魔理沙も特に用事も話題もないのにこの神社へ来る。だから特に話すことなんてない。
時が、ゆっくりと、流れていく。どんなに遅くなっても時は止まらず、ゆっくりと感じていても
実は平等に、残酷に、時間は冷たく流れていく。さっきまで焦っていた自分はどこにいったのか。
それはここにはいない。自宅に置いて来た。
あれは一人でいるときだけの私。焦る私を誰にも見せたくない。
表は白く、裏は黒く。それが私。

白である外面の私は霊夢と同じく呑気にまったりしている、そういう役なのだ。焦るのは一人になった時でいい。
…── 一人の時、か。霊夢は何をしているのだろうか。私と同じように演技して、内と外と使い分けているのだろ

うか。
誰かの前では無気力巫女を、一人の時には───

それを知ってどうするんだ。私には関係ないじゃないか。霊夢のあの強さは努力があってこそだろ?
その強さに憧れた。追いつきたいと思った。だから私は勝てるようになるまで努力を積むだけだ。
質問しても、結局霊夢も影で努力をしていると返答されてやっぱり自分と同じなんだと安心するのだ。
努力の積み重ねに苦労してるのは自分だけじゃないと。みんなそうなんだと。
幻想郷で生き残るために誰もが努力に励んでいると。

──それが違ったら? 
……え?
 
─だから違ったら? 
それはどういうことだ?

─自分と違い、霊夢は使い分けてない。つまり一人の時も今と同じ状態、つまり──
だからなんだ、私は霧雨魔理沙だ、他人が努力しようが何してようが関係ない。ひたすら努力を積み重ね勝つの
が私だ。他人を見て気が緩む私でもない! 知っても何も変わらないぜ!!

─霊夢には才能がある。私にはない。霊夢は天才だ。私は凡人だ。才能は輝きだ。凡才は─
そうだが、生まれつきだし今更そんな事変えられないぜ?

─なぜ、同じ人間、同じくらいの歳、共通する箇所は沢山あるのに、何故才能の有無だけは違ってしまったのだろう
ね。才能を持っている人物は誰だって輝いている。私はどうか? 眩しいか?─
輝いているつもりだ。  だが……
もし……私に何か才能さえあればもっと輝けたのだろうか。もっと楽しい日常だったのかな。

─才能があればなんでもできる。努力すれば結果になる。それが楽しくてまた努力する。遊び感覚でいい努力。
─才能が無ければ何もできない。努力しても報われず、それが苦痛で努力を放棄しそうになる。苦痛と苦渋でしかない努力。
─才能があれば寝る時間も、趣味の時間も、嘲笑する時間だってある。時間が余り過ぎて暇、とごちる事も可能。
─才能が無いならば寝る時間も、趣味の時間も、安らぐ時間もすべて努力に注がなくてはならない。それでいてもまだ足りない─
私の努力に才能が加わっていれば、何もかもを凌駕していたかもしれないな。……無才って損した気分だぜ。

─不公平よね。才能はそれ相応の努力するものが持つべきなのよ。あの話に誰もが思うでしょ? 亀にもっと速い足を、兎の足には枷を─
……そうだな。そうなればあとは努力の差、どれだけ頑張ったかで勝敗が決まる。そのほうが私向きな話の気がするぜ。

─さて、その霊夢は努力を常日頃しているのかしら。寝る事しかしない兎だったら? そうだとしたら本来は負けてくれなきゃ困るわ。
なのに今は何連敗? うふふ
いや、霊夢は影で頑張っているのだろう、そうでなきゃ私が負けるはずがないぜ?

─頑張るところ見たことがあるの? ねぇ、私は見たこと無いよ? うふふ これだけ頻繁に偵察してれば一度ぐらいは─ 
……まて、お前はだれだ。

─私? 私は─


「───魔理沙? やっぱりどこか悪いの?家に帰って休んだら? 無理しないほうがいいわよ?」
霊夢は、心配かそれとも無表情かとも取れる顔で覗き込んできた。
「ん、いや、そうじゃないぜ、どこも、悪くなんかないぜ」
「そう? ならいいけど・……魔理沙、なんか言いたいことでもあるんでしょ? 喋り方がぎこちないわよ?」
「う、あ、その……(霊夢は無理をしたことがあるのだろうか)」
「魔理沙は嘘付くの下手なんだから、さっさと吐いたほうが楽よ」
「う・…………(この勘。私にはないもの。霊夢の圧倒的な強さの秘密 )……その霊夢ってさ」
「ん? なぁに?」
「その……なんというか……修行というか、精進というか……なんか努力していることって…あるのか?」
「あぁ、なんだそんな事、まさかそんな事で思いつめていたの?」
私の真剣であった質問に対し、霊夢は微笑を交え返答する
「んーそうねぇ、本当は巫女として、もっと掃除をしたりと神事をやらなければならないのだけれど…
参拝客がこないからねぇ、最低限の神事はするけど、それ以上は気分によるわね、アハッ」
駄目巫女である。そんなだから賽銭箱も開かずの箱と呼ばれてしまうのだ
…違う。聞きたかったこと、知りたかったことはこれじゃない。この事ではないのだ

もっと核心に寄ろう
「んっとな霊夢、仕事が無い時間や一人の時は何をしてるんだ?なんかこうーー、スペルの特訓やら修行みたいな
……こっそりと努力みたいな事を・……してるのか?」
なぜここだけ口調が弱くなるのか。どんな答えでも平気なはずだ。
そもそもこっそりと努力しているのなら私のように内緒にし、他人に教えないはずだ。
ただ霊夢は性格からも巫女としても、あまり嘘や隠し事はないと思われる。
それに多少の動揺や言葉によって、僅かぐらいなら伺う事も出来るかもしれない。

───しかし霊夢の口から出た言葉は私の期待をぶち壊すのには十分すぎる威力だった
「特訓? 懐かしい言葉ね、私が巫女を受け継ぐ前の事かしら。あの時は大変だったわ、もうこりごりよ──
私は霊夢が話しているにも関わらず立ち上がると
「すまん霊夢、用事を思い出した、じゃあな」
霊夢の顔も見ずに口早に言葉を言い放ち、箒を掴むと素早く空へ溶け込んだ


わかっていた。霊夢、博麗の巫女は何にも捕われること無い存在という事が。
その存在ゆえにどんな返事が返ってくるのかも。
もしかしたらという期待、それに身を委ねることがそもそもの間違いだった。
一か八か、とか、やってみなきゃわからないよ、なんて事はとても愚劣な考えであると。
もし駄目だったらどうするの?
責任は誰がとるの? なおかつ、この結果はわかっていたのに。
巫女は嘘をつけない。そもそも霊夢が嘘をつくような性格ではない。真実しかいえない。自分に忠実に生きる。
だから裏と表を作る必要なんてない。──気づいていたのに
博麗霊夢は天才である。どんな敵にも負けることはない。だから努力なんて必要ない。
わかっていたのに──

同じ人間であるはずなのに。なぜこうも差が開く? 弾幕をやれば常に私が負け越しだ。
血の滲む努力。その結果を味わいたくて挑むのに。報われない努力。浪費した無駄な時間。
霊夢は今も境内でお茶を飲んでいるだろう。私が式に頭を悩ませているときも、境内で寝ているだろう。
それが博麗霊夢なのだから。

うさぎとカメの童話? 努力があれば天才に勝てる? 何を馬鹿な。
こっちが苦しい思いをしてるのにあっちは寝ていたんだぞ。こっちは休む暇もないというのに。
勝負の最中に寝る? どれだけ舐められた話だ。それでやっと勝てた。勝たせてもらえた。1回だけな。
もう一度やったら勝てる? 無理だろ? こっちは満身創痍、兎は散歩程度。その程度で兎は勝てる。なんだこの差は。
これでも勝てないのか? 兎はいつでも休める。いつでも追い越せる。いつでも勝てる。練習も必要ない。
さらに……もし兎が本気をだしたら? もう話にもならない。
どうすれば勝てる? 努力だけで、天才を。どうすれば追いつける?

私が複雑な道を隅々まで散策し、やっと理解した森の迷路も、霊夢は『勘』の一言で迷うことなく抜けてしまう
どうすれば勝てる? どれだけの努力で、天才に。どうすれば並ぶことができる?

努力は天才に勝てない。追いつく事もままならない。差を縮めることが出来ても、天才は努力を少し用いただけで
簡単に突き放す。天才だって努力を使えるのだ。
どうすれば勝てる? 努力しかないのに、天才を。どうすれば追い抜ける?

悔しい。勝てない。ずるい。報われない。目標までまっすぐ走ることしか出来ない努力。
イレギュラーには対応できない。天才は、天才だ。何にでも対応できてしまう。
努力はその出来事に対し、また努力を重ねて対応せねばならない。
天才はずるい。苦労もせずに。なんでも手に入る。それでいて自分の欲に対する時間はたっぷりと用意されている。
『暇』と何度も口にすることが出来るくらい。
ずるい。憎い。勝てない。ずるい。卑怯。憎い。憎い……

───これでは只の八つ当たりじゃないか、霊夢は何も悪くないのに。
『天才』その2文字が与えられるか否かで、人生が決まるとしたら。私は永遠なる敗者だとしたら。
……違う!! 私は霧雨魔理沙だ!!! そんな理由で屈するものか!!!!!!

箒に魔力を込めて、スピードをあげていく。どんどん加速する。帽子は魔法で脱げなくしてあるので問題ない。
箒に抱きつくように身を屈め空気抵抗を減らす。さらに速度を増していく。
眼下に広がる森は、まるで緑の砂嵐かのように後ろに吹き飛ばされていく。
誰にも追いつかれない。私だけの世界。全てを流す彗星のごとく──
このスピードは幻想郷一だと自負している。
どうだ、これがあの飛べないマリサか? 違う!! 努力によって生み出された霧雨魔理沙だ!!




自分の家が見えてきたあたりで減速を始め、ゆっくりと下降していく。
──おや、家の前に誰かいる。あちらは既にこちらに気づいていたらしく、目線が交わる。
七色人形─(略)─アリスである。 紹介は? とアリスの呟きが聞こえたような聞こえないような。

「ぉ、アリス、何しに来たんだ?」
「貴女に盗まれていた魔本の内容が実験に必要になってね、取りに来たのよ」
「失礼な、借りていただけだ。まぁ、必要なら返すぜ、待ってな」
私は玄関の鍵を解除しようと、扉に手を掲げ──
「ねぇ、魔理沙。貴女、いま何か悩みでもあるんじゃないの?」
不意に放たれる言葉に私の手が止まる。
「な、なんの事だ? 私は悩みなんて──
「ほら、その反応でバレバレなのよ、さっきは凄い飛ばしていたみたいだし、今も視線をすぐ逸らすし、
貴女との付き合いは長いからね、すぐわかるわ」

確かにアリスとの付き合いは長い。真面目で、純粋で、誰に対しても優しく、穏やかな性格のアリス。
私は何かと話し相手になってもらったり、からかったりと弄らせてもらったり、口喧嘩をしたり、
それでいて熱を出したときには真っ先に飛んで来て、最後まで看病してもらったりと、かなりお世話になってきた。
誰よりも心配してくれるし、誰よりも話を真剣に聞いてくれる。
私は友達として、親友として、アリスとの居心地は悪くなかった。
むしろ幻想郷でも唯一甘えることができる相手なので、私に安らぎを与えてくれる、慈愛に満ちた存在だった。
幻想郷で、私の事を一番よく知っているのもアリスかもしれない。
私は少なからず、彼女に好意を抱いているのだ。

それにしてもどうして私は自然な嘘がつけないのだろう。
正直すぎる自分を褒めていいのか落ち込むべきなのか…
まぁここは嘘を吐いても無駄なようだし、アリスに頼るしかないか。




「はぁ、相変わらず散らかっているわね」
部屋に入るなりこの惨状をみたアリスが愚痴をこぼす。
足の踏み場を僅かに残して、価値があるかわからないガラクタで埋め尽くされ
壁際には本の山も積み上げられている。少しぐらい片付ければ広くなるのに。

……といってもアリスは魔理沙がどうして片付けないか、理由は薄々気づいていた。
片付けることができないんじゃない。寂しさを紛らわすため、わざと散らかしているのだ、と。
自分と同じく、寂しいのだ。こんな大きな館、魔理沙の体躯にとっては大きすぎる館。
広ければ広いほど、そして殺風景であればあるほど孤独感を感じてしまう。
孤独がどんなに苦しいものか、辛いものか、自分もよく知っている。
私はそれを紛らわすために、人形を作った。今では大切な家族。今はもう寂しくなんか無い。
ただ…まだ魔理沙にはそのような関係のモノがこの家にない。魔理沙はまだ少女。
甘える相手が必要だ。だから私はこうやってたまに訪れる。理由なんて適当でいい。
会話をするだけでもいい。彼女の言葉は光と優しさに満ち溢れているから。
彼女の笑顔が見れればそれでいい。それは私から苦しく重い陰気を吹き飛ばしてくれるから。
彼女が幸せならそれでいい。
私は少なからず、彼女に好意を抱いているのだから。



「───そして、ここの式がこうなっているわけ。わかった?」
「う~ん…わかったようなわからないような…」
「まぁ、そうね、ちょっと魔理沙には苦手な魔法かしら。ここの部分を道具か何かで代用すれば
なんとか使えるぐらいにはなるわよ」
ふむ、『道具』か。何も全て自分の身体だけで生み出す必要はない。
霧雨家の教えでは道具を使わず己の肉体ひとつで…がモットーだっただけに、
その発想になかなか辿り着かなかったのだ。だけど勘当された身だから、霧雨家の教えに沿う必要は無い。

「…で、この式の事が悩み? 違うでしょ? 嘘は言ってないみたいだけど、誤魔化してもだめよ、
本当はもっと大きい悩みがあるのでしょ?」
なんでもお見通しという訳か。確かに本来の相談したい悩みとは違うことを話してしまった。
それでも私の話は真摯に受け答えてくれる。私の事を心配してくれている。
私の中の悩みを真剣に取り除こうとしてくれている。
そう、彼女をもっと、信頼してもいいんじゃないのか。


「はいおまたせ、どうぞ」
アリスは私の前にコトンと、すっかり冷めてしまった緑茶を暖かいものに淹れ直してきてくれた。
以前私とアリスは、緑茶か紅茶かどっちが美味いかと、些細な事で喧嘩をした事もあった。
その時もアリスは一歩引いて、緑茶の美味しい入れ方を私に聞いてきたのである。
その後は互いに教えあい、和解したのはいいが、緑茶と紅茶を両方同時に飲む羽目になった。
今日のこの緑茶はアリスが淹れたものである。私が淹れるお茶よりは、若干味は落ちるが、
温度とは違う、何か別の温もりがとても暖かかった。

私とアリスはテーブルを挟むように、向き合うようにして椅子に座っている。
アリスは音を一切立てずに緑茶を啜る。目を閉じて口を湯飲みから離し、
なかなか緑茶もいいものね。と独り言を呟く。
湯のみをテーブルに静かに置くと、私の目を再度開かれた目でみつめ、問う。
「それで、貴女のお悩みは?」
─私の悩み、か。黙っていては進まないし、溜め込むのもだめだ。
打ち明けるしかない、と決意を固めると、私もアリスの問いに答える

「時々、自分の努力は無駄なんじゃないか、って思うことがあるんだ
でも、私が生きているのは努力のおかげだし、無駄なもんかって思ってる
でも、ある存在のせいで、それが簡単に否定されてしまうんだ。私の努力を否定されるって事は
私自身の存在を否定されるのと同じ。それがたまらなく悔しいんだ」
この間もアリスは静かに聞いてくれている。私の放つ言葉を全て受け止めてくれる。

私は言葉を紡ぐ
「努力するのは結果がほしいからだ。どんなにきつくても結果のためなら努力をする。
力を、時間を、魂を注ぎ込む。努力をすればするだけそれ相応の対価ってものを得てもいいはずだ。
でもそれは無理だって事はわかってる。どんなに費やしても得るものが何もない時だってある。
逆に失うこともある。でもそんな事はどうでもいい。
誰だってそうなのだから。
だが、とある存在は、何も努力もせず、何も失わず、それでいて時間もかけず、
欲しいときにその結果を得ることができる。
その存在が…憎くなってしまったんだ。憎むべきではないのに。憎んではいけないのに。
ただの嫉妬。その存在は何も悪くない。でも憎んでしまう。どうしたらいい? この私は…
・……どうすれば……」
私は今まで溜め込んでいたもの、それが一度口からこぼれると止まらなかった。
最後まで搾り出してしまいたかった。この大量の言葉の濁流ですら、アリスは真摯に受け止めてくれた。
「どうすれば、か。貴女が何を結果として望むか、にもよるわね。
貴女はその子に勝ちたいのか、それとも対等になりたいのか、
それともそれ相応の貴女が望んでいる結果にしたいのか、ね。」
存在と言っただけなのに、その子、と言った。
(私が誰を憎んでいるのかも、お見通しって事か)

私が何を結果として望んでいるか…か
その子──つまり霊夢に勝ちたい。でも今までの戦績から言って叶うはずの無い望みだった。
努力を重ねる度に、破壊されていく。どんだけ高く積み上げても、簡単に。
造るのは難しく、壊すのは容易い。高ければ高いほど、積み上げるのはより難しくなっていく。
その分強固になるはずだった。それなのに、簡単に、あっさりと。
でも逆に、私が霊夢のを崩そうとしてもできないのだ。彼女は何も積んでいないから。
ただ、天を突き上げるような巨大な土台。それが眼前に広がっている。
霊夢は積み上げるとしたらその頂上からだ。私は遥か下からだ。
───努力で勝つ。その望みは叶いそうになかった。

対等にするとはどういう事か。確かに力が均衡になれば嬉しいが、無理な話である。
私が努力で霊夢の実力に追いつく? それじゃ今と変わらない。……なら逆か?
私が無気力になれば…確かに負けて無駄になる努力ならば
最初から努力しないほうが何も失わず好きな事ができてマシではあるが……
馬鹿げている。私は自分を捨てるつもりは無い。
───対等。これも理想ではあるが、結局無理なのである。

それと……私が望んでいる結果? それ相応の私が望んでいる結果? どういうことだ?
私が望むもの……対等でいたい。それでいて努力で勝ちたい。結果が欲しい。
努力が結果として実感できればいい……
霊夢のところに登るのは無理がある。じゃあどうやって対等に? 自分が下がる?
違う。……じゃぁ登るのも、下がるのも駄目なら。他に……?
………………


「──どうかしら。何か答えは出た?」
「うーむ、出そうででないんだ。あと少しなんだがなぁ…」
「……そう。私としては今のままの魔理沙でいてほしいわ……」
急に口調が変わり、視線をテーブルに落とし、呟くアリス。
「私としてはね、魔理沙の力になりたいの。でもその望みを叶えると魔理沙が魔理沙じゃなくなっちゃう
気がして怖いの……矛盾しているわよね……私」
私が私でなくなる? 狂気になるとか? いや、いつもキノコとか食べて頻繁に我を失ってるせいか
耐性がついてきたみたいで案外平気になってきたんだよな、そういうの。うどんげの目だって平気だし…
「魔理沙、危なくなったらすぐ戻ってきてね。
私が貴女に出せる答えは私の経験の中からしか出せないの
だから、探せば答えはもっと沢山あると思う。だから───
「わかってるってアリス。これでも私は霧雨魔理沙だぜ? 下手な事はしないさ」
「…そう……私、魔理沙を世界の誰よりも信じているからね」
心から心配してくれるアリスの言葉を遮ってしまう。
その後のアリスの台詞も、軽く流してしまった。
答えがすぐ手に届きそうだったから、焦ってしまったのだ。
アリスの言葉を最後まで聞けていたら、私は何も失う必要なんてなかったのに…


アリスはあの台詞の後、すぐに帰っていった。
私は答えを見つけたらそれを得るまで止まらない性格、というのを知っていたのだろう。
実験に必要で取りに来た魔本とやらは、探す様子もなく、結局何も持ち帰らなかった。



アリスから聞いた言葉と自分の中に閃いた言葉を何度も何度も咀嚼する。
何を結果として望むか。それ相応の結果。自分が登るのにはまだまだ高すぎる。
さりとて別の柄杓を平等にしたって意味が無い。登ることも、下がることもできない。
どうすればいいのか。スタート地点を同じ高さにすればいい。でもどうやって?
相手が降りてきてくれる訳でも……………?
そうか、そうだよ、相手を下ろせばいい。自分が駄目なら相手に動いてもらえばいい。
手加減をしてもらうわけではない。本気でいい。ただ土台を、壁を、取り除けばいい。
努力で勝負して欲しい。自分の力だけでも霊夢は十分強いはず

また一歩、考えが進む。この一歩。ゴールに一歩近づくことが、それが楽しい。

霊夢と私との壁、私と圧倒的に違うところ。それはどこか。その答えは簡単だった。
霊夢だけが持つ特別な『勘』である。相手の心を読んでいるかのような、張られた弾幕にたいし、どこが危険かの勘。
それでいてイレギュラーにも対応できる。危険を察知し対応する。
自分の力で避けていない。磁石の同極のように、勝手に避けれてしまう。
目の前に迫った弾もほぼ無意識に、最小限の動きで避けてしまう。
もし、その『勘』を取り除けたら……

相手の全力を全力で持って叩き潰す。それが本来の魔理沙である。
いつもならこんな考えは浮かばない。浮かんでも実行しようとは思わない。
焦りが、答えが見えた喜びが、霊夢に対する憎しみが、この考えを正当化してしまった。
努力に対する結果が欲しい、この答えは努力によって生まれたのだから……と。


「ぅーむ、答えを見つけたのはいいが、あと一歩で辿り着けないぜ」
『勘』を取り除くためにはどうすればいいのか。それさえ出来れば霊夢に勝てる。
その事を考えるだけで、身体が疼く。もうすぐ勝てる。あと少しだ。
……だが方法だ。そのあと一歩を進めるための方法だ。その方法がさっぱり浮かばない。

────以前にもあった気がする。あと一歩で届くのに届かなかったもの。
それもつい最近。えっと……アリスとの会話に。
魔理沙は唸りながら考える。思い出す。あの時の会話。アリスが何を言っていたか。
『ちょっと魔理沙には苦手な魔法かしら。ここの部分を道具か何かで代用すれば
なんとか使えるぐらいにはなるわよ』
───閃く。繋がる。道が出来た。私は答えに触れることができた。触れると同時に飛びついた。
力いっぱい抱きしめる。この瞬間が気持ちいい。
抱きしめた答え。導き出した答え。
───そう、『道具』を使えばいいのだ。

道具を使うことに閃いたのはいいが、どんな道具を使えばいいか考えてはいなかった。
足元に散乱するガラクタの山を見定める。……正直どれも役に立たないものばかりだ。
こんなので霊夢の『勘』を取り除けるのだろうか。難にせよ、ガラクタの量が多すぎる。
一つ一つ試していたら、日が暮れるどころか何日、何ヶ月、何年要するかわからなかった。
でも折角アリスが私に導いてくれた答え。アリスの経験のなかから私の為に用意してくれた答え。
『私が貴女に出せる答えは私の経験の中からしか出せないの』
何かひっかかる。
…経験? アリスも以前、このような事があったのか? 誰かが憎くて追いつきたいときが。
それに追いつくために道具を使ったことが。…何の道具だ?
アリスなら何の道具を使うんだ?アリスはいつも人形を遣っている。でも、それだったら現在進行形だ。
私も人形遣いになれと? ……違う気がする。人形では人形でも別の、相手に効果を及ぼす人形。
間接的に効果を与える人形。直接的なダメージでなく、事前に準備できる相手が目の前にいなくても行える人形。
──あれか?あれの事か?確かにあれなら可能だ。魔女が使っても違和感は無い。魔術なのだから。

あれでいい、あれにしよう。ちょっとだけなら問題ない。
私がこの答えを掴んだ理由。 その才能が憎いから。 ならピッタリかもしれない。
早速作業に取り掛かろう。 霊夢が負けた時の悔しそうな表情。久し振りに拝んでやるとするか!!


いつもの魔理沙の悪い癖だ。周りが見えない。目標に全力でぶつかってしまう。後先の事を考えない。

材料は家を探したら簡単に見つかった。さすが宝の宝庫。──さっきと言っている事が違う気がする
材料や裁縫道具を机に並べると、人形作りを開始する。
人形を作ることなら以前アリスに教えてもらったから大丈夫だ。アリスほど器用ではないが、
それでも一応要点は捕らえてある。
粗雑な造りだが、術を施す為の大事なところはしっかりと丁寧につくっていく。
特徴を出来るだけ捉え、反映させていく。仕上げに紅白の布を纏わせると完成した
─────藁で編みこまれた人の形が。



「あら、いつのまに来ていたの? まっててね、湯のみとってくるわ」
翌日、博麗神社を不意に訪れた私をみて、多少驚いたようだ。
得意の『勘』で私の事を察知できていない。効果はあるようだ。
早速実感できた自分の努力に、身体が悶える。快感が身体を駆け巡る。

境内で、二人並んで座り、またいつものようにお茶を啜り、他愛も無い雑談も交える。
不意に魔理沙が尋ねる
「なぁ霊夢、仕事はいいのか? 神事なんだろ?」
「あら、この庭をみてわからない? 今日はいつもより頑張ったのよ」
どうみてもいつもと同じである。
「ほほぉ、確かにいつもより綺麗だ」
「魔理沙、なんだか今日はご機嫌ね、やけにニヤニヤしてるじゃない」
「ん、あ、あぁ、ちょっといい事があってな」
ふぅん
そう一言だけ返すと霊夢はまたお茶を啜りだす。
……
……
「『暇』ねぇ…」
……
……
しばしの沈黙が続く。いくら仲が良くても会話が途切れることぐらいある。
魔理沙も特に話題もないのにこの神社へ来る。だから特に話すことなんてない。
だが用事はあった。
「『暇』か……ならさ、霊夢、久し振りに弾幕らないか?」

そうね、やりましょうか。霊夢はそう返した。嫌な勘が全くしなかったからである。








魔理沙は独り、家に供えてある薄暗い実験室で不敵な笑みを浮かべていた
「うふ、うふふふ、うふふふふふふふふアハハハハハハハ」
笑いがこみ上げてきて止まらない。身体から溢れる快感が、声となって漏れ出す。
当然だった。あの霊夢を、まさか開幕レーザーで撃ち落せるとは思っていなかったからだ。
挨拶程度の最初の一発。それがモロに直撃したのだ。当たる寸前の霊夢の表情。驚愕の表情。
たまらない。
いつもはなぜこんなにも当たらないのかというぐらい、スイスイ避ける。擦れはすれど、直撃なんて滅多にない。
ただのまぐれか試すために。あまりにもあっけなさ過ぎたために、霊夢をもう一度誘い、弾幕りあった。
一方的だった。流石に開幕レーザーはよけたものの、露になる霊夢の焦りの顔。
そこにもう数発撃ち込み、6発目のレーザーを撃ったところで直撃した。
まぐれではない。
地面に墜落しかけた霊夢を助けると、
「どうしたんだ霊夢。いつもより調子がわるそうだぜ?」
と心配した顔を作って慰めてやる。
そうみたいね、しばらくはおとなしくしているわ──といつものように明るく返事が返ってきた。
やはり霊夢は霊夢だ。負けた事を全く気にした様子はない。


敗北を僅かしか味わったことの無い霊夢。勝ち続けていた霊夢にとって負けなんて些細なもの。
挫折を味わったことの無い無垢な顔。その純粋たる、汚れのない微笑を含む霊夢を見ていると──
─また憎しみが込み上がってきた。なぜ負けたのに笑っていられる。なぜ落ち込まない。
しばらくはおとなしく──だと?
次は負けないように頑張るわ、とか言わないのか?
現状維持でいいと思ってるのか?それで次は勝てると、そう思ってるのか。
私は亀でお前は兎。いつでも勝てると、そういうことか!
敗者の気持ちも、努力の苦労も、何も知らないくせに!!!!!



予想以上に、効果が如実に現れたことに喜びを抑えきれない。努力の力。そう、本来の姿はこうあるべきなのだ。
紅白人形を握り締めると、その感触が酷く手に馴染む。
自分が作ったからか、それとも魔理沙が『努力と道具の天才』だからか。

魔理沙自信その『道具』の才能に気づいていなかった。知らなかった。自分には何もない。全くとりえが無い。
無い所か、普通以下だと思っていた。何をやっても人並み以下。唯一、私が掴むことができるのは努力だった。
天才でも、貧才でも、だれでも得ることが出来る自分を高める力。
この私でも扱えるものはこの世には努力しかないと思っていたからだ。

違った。彼女はしっかり努力以外の才能を持っていた。
ただ、環境が環境だけに、その才能に気づくことは出来なかっただけであった。
最初にその才能を開花させたのは、勘当され、道なき道を歩き、行き倒れそうになった所を森近 霖之助という
男に助けられた時である。彼は魔理沙に魔力増幅装置を作ってあげた。
試作品であったそれは、大した力は持っていない。実際、彼も使ってみたが少し魔力が高まる程度。
当時の魔理沙は、魔力など僅かにしか捻り出せない。そこで多少の足しになればと、
無いよりはマシだと、作ってあげたのだった。

彼は驚いた。魔理沙が掴んだそれは、異常なまでに魔力を発生させていたからだ。
魔理沙はどちらかというと器用なほうではない。しかし彼女の才能がそれを目覚めさせた。
コツ、癖、使い方…掴んだだけで、握っただけで、それの仕組みを無意識に理解していた。

普通の魔法使い魔理沙が誕生してから、幻想郷にその名が知れ渡るのも、時間は掛からなかった。

箒を使いこなし、幻想郷最速の名を手に入れた。努力を積み上げ、地位を確立していった。
圧倒的な魔力を持つ怪物相手に、対等に、それ以上に渡り合った。

魔理沙は自分の存在を否定されるのが嫌だった。とても嫌な事だった。
だからこそ、認めてもらうために努力を積み重ねた。いずれ、霧雨家の名を継いでも恥じないように。

そこにあの巫女が現れた。同じ人間だし、同じ年頃だし。とても親近感を覚えていた。
私の事を気にかけてくれる。声をかけてくれる。それは嬉しかった。
でも、心から心配された事はなかった。ただ勘にもとづいて心配をしてくれるだけで、
相手の心を読み取って心から心配してくれているわけではなかった。
別にそれが不満だったわけではない。博麗の巫女なのだから、誰か一人だけに好意をもってはいけない。
誰に対しても平等に。だから彼女の周りには妖怪やらなにやらが親しみを持って寄って来る。
常に誰かに囲まれているのが、私にとってとても羨ましかった。常に誰かに必要されている事も、妬ましかった。
なにより幻想郷を護る博麗大結界の管理者だ。存在が、存在感が私と全く正反対だった。

派手な事をしたりアピールをしたり。そうでなければ誰も私を見てくれない。
霊夢は何もしなくても、みんなが振り向く存在だった。

持ち前の勘でふらりと出かけては、幻想郷でも名を馳せる強豪どもをいとも簡単に蹴散らし
たった一人で、異変を幾度と沈めていった。ここに親友がいるのに、一度も頼られたことはなかった。
誰かに頼る必要がないくらい、彼女は天才だったから。

私はいつのまにか嫉妬を覚えるようになった。私の持っていないものを全て持っている。
彼女自信は望んでいないのに、何もかもを。持たざるものである私を嘲笑うかのように……

光が強ければ強いほど、私の影は濃く強くなっていった。

亀の足である私は必死なのに、なぜ兎の足を持ちながら寝てばかりなのか。

同じ人間の癖に……

───私は力強く紅白の藁人形を握り締めていた。


次の日も、いつもと同じ日常を装い、霊夢の様子を見に行く。

「おっす霊夢、調子は戻ったか?」
「ん? あら、魔理沙じゃない。心配しなくても大丈夫よ」
やはり今日も私が来たことに、声をかけるまで気づいていなかった。
今日は珍しくお茶も飲まずに、境内に座っていただけだった。
いつもの雑談を交え、会話が途切れたところで今日も弾幕らないかと誘ってみた
霊夢は首を横に振って、まだ調子は完全じゃないみたいなの、だから今日はやめておくわ
と、微笑を交えて断る。
私は、なんだ、つまらないぜ、という素振りを見せる。

「あ、そうだわ、今日とてもいいお茶が手に入ったの、一緒に飲みましょう」
そう言って霊夢は立ち上がる──瞬間霊夢の身体がふらりと揺れたと思うと、
急にこちらに倒れこむ。地面に激突する寸前で私は霊夢の身体を受け止めた。
「おい、なんだ、全然調子よくないじゃないか、風邪でもひいたか?」
ハハ、ばれちゃったわねと苦笑いをすると
「昨日の夜あたりからなんか身体がだるいのよ、風邪引くような事はしてないんだけどねぇ」
風邪引くのは…服装に突っ込むべきか否か。まぁ流しておくか。
「ふーむなるほど、風邪薬程度なら私が作ってやるぜ?」
「あらほんと? 助かるわ、頼めるかしら?」あいかわらず微笑をくずさない
「あぁ、任せろ!! 数日分をまとめて精製するから少し時間はかかるけど、夕方頃にはできるだろ。
 またその頃来るぜ」
うん、ありがとう、待ってるわ。とまた微笑を返す。
私は箒にまたがり、
「じゃ早速作ってくるぜ、またな、霊夢」
と告げると大空へ溶け込んでいった。



風邪の具体的な症状を聞くのを忘れていたが、だるい、といったので
普通の風邪薬を調合する。これぐらいならお手の物。数日文を纏めて作るので量は多いが、手早く精製する。
それに少しアレンジを加え、滋養強壮等、身体に嬉しい効果もわずかに与える。
魔理沙印の特製オリジナル普通の風邪薬の完成だ。
この風邪薬の中には毒だとかは入っていない。作るなら完璧に作る。それが魔理沙のプライドだ。
それに、純粋に霊夢に元気になってほしいからだ。また霊夢と弾幕りたいからである。
元気になった霊夢が、私に負けないようにと努力する所を見たいのである。
そしてまた、友達として競い合いたいのだ。

この時魔理沙は霊夢の症状を本当に風邪か何かだと思っていた。
呪術を用いたとはいえ、そこまで私に力はないだろう、せめて勘をある程度押さえつけるだけ、
そう思っていた。そこまで霊夢を苦しめるつもりはなかったのだから。


つもりだったのだが、魔理沙が道具に対しては器用すぎた。自分の負の感情を釘のように再現し、対象に与える呪術。
もし素人ならうまく染みこめなかった負の感情が術者に返り、呪いに苦しむ事になるのだが
魔理沙にはその施しが一切見られない。
詰る所、魔理沙の負の感情の一番深く暗いところが、釘として完全に紅白の人の形を貫いてしまったのだ。

霊夢自体にも呪術の心得程度はあるが、魔理沙が私を呪うことなんてありえないと思うし、
何より勘が思うように使えない。誰か特定できないために魔理沙に頼ってみようかな、なんて思っていたりもした。




薬は宣言どおり、夕方には完成した。
それを数本の小瓶に分けて入れ、しっかりと詮をしたあと風呂敷で落ちないように包む。
玄関から外に出ると、あたり一面夕焼けに染まっていた。
ん、時間もばっちりだ。と唸ると玄関に簡単な鍵の呪文をかけておく。
箒にまたがり、箒前方の先端に風呂敷を結わえると、
「さ、準備完了だぜ、待ってろよ霊夢」
帽子を被りなおし、箒の柄を握る。地を蹴って、夕焼けの空へ包まれていく。


「おーい、霊夢~作ってきたぞ~」
………
返事が無い。
境内にはいないので、きっと中で寝てるのだろう。
勝手しったる人の家の如く、靴を脱ぎ勝手に家の中に入っていく。
「霊夢~? どこだー?」
………
いないぜ?
いつも寝てるとしたらこの部屋の筈だが、ここにもいない。
どこにもいないぜ?
他の部屋も、風呂も、厠も、境内の下も、賽銭箱の中も、どこにもいなかった。
「ったく霊夢、待ってろっていったのに…まぁいいか、ここに置いておけばわかるだろう」
一番よく利用する部屋のちゃぶ台のうえに風呂敷を下ろす。ついでに用法・用量を正しく守って…
と一筆したためると、ついでに棚の一番奥にあった茶筒を拝借して、「帰るか」と、来た道に飛び立っていく


家についた頃には大分日が落ち、薄暗くなり始めていた。
玄関の鍵を解除し、家の中に入る。箒を玄関の脇に立てかけ、帽子も帽子掛けにかけておく。
スカートの中からさっき借りてきた茶筒を取り出す。筒は綺麗でなかなか高級な茶のようだ。
筒をくるくる回し見定める。開けられた形跡は無い。まだ未開封のようだ。えっとこの茶は…
おぉ!?    な   ん   と
『玉露』ではないか!! うぉ、まじか、あの貧乏巫女が……
しめしめ、早速いただくとするか。
湯を沸かす準備をし、茶漉し、急須、湯のみ等を用意する。
さてと、「時は満ちた!!!!」茶筒に手をかけ、蓋を────バゴタンッ!!
不意に玄関の扉が強烈に開け放たれ、その大きな音に驚いた私はとっさに茶筒を背中に隠す
霊夢か!──違った。
 
玄関にいたのはアリスだった。
アリスは私と目が合うなり
「あ、あああああぁ、マ、魔理沙ぁああ、魔理沙ぁあああああああ~~」
声を震わせながら私に思い切り抱きついてきた。それも顔を涙でぐっしょりと濡らし、目も顔も真っ赤であった。
「れれ、れっ、レ、霊夢が、霊夢があぁぁぁぁあああああああああ~~」
「ま、まぁ落ち着けアリス、どうしたんだ? 何言ってるかわからないぜ?」
泣きじゃくるアリス、身体を痙攣させ、嗚咽を漏らしながら、目からは大量の涙が濁流していく

(げ、まさか茶を盗んだことがばれたのか? それにしてもアリスを疑うなんて酷い奴d──
「霊夢が、霊夢がっ、ぁあ、ウッグ、し、しんじゃった、の、殺されっ、たの、うああぁぁああああああん」
アリスはそれだけ言うと、大声で泣き叫びつづけた
──へ???? 私は耳を疑った。

────死んだ? 霊夢が?   殺された? 誰に?

確かにアリスは霊夢が死んだと言った。でもあの天才が死ぬなんてありえない。
でもアリスが嘘をついてるようには到底見えない。
幻想郷で最強かと恐れられるぐらい強いのだ。あの霊夢が殺されるなんてあるわけない。
開かずの賽銭箱が、満腹になるぐらいおかしな事だ───




彼女の存在の大きさ故か、既にその事は幻想郷全土に瞬く間に広がっていた

───────博麗霊夢は死んだ───────
と。






最初に彼女の死体を発見したのは、半妖であり─(略)─の上白沢慧音であった。
日課である人里の警護にあたっていると、里の外、森の生え際辺りの場所に、
低俗な三流妖怪が群れている事に気づく。
単に群れているだけかもしれないが、里を襲ってくる危険性もある。
だが三流妖怪程度なら、里の者でも団結すれば蹴散らせる。
害はないほど離れている距離とはいえ、人里を守る慧音にとっては見逃せない事だった。
下手したら用事で外に出た里のものが襲われている可能性もあるのだ。
最悪の事態だけはどうしても起こって欲しくない。
その事を願いつつ、慧音は現場へ向かった。


「────遅かった。か」
妖怪を追い払った場所には見事に食事された死体。
真紅の衣装を所々裂かれて、息絶えていた死体。
マナーも節度も無い、散らかった肉片。
衣装、体躯から見るに、まだ10代ぐらいの女の子であろう。
里を守り、人を守る慧音にとってその事実は、酷く自分を呪った。
私がいながら、守れなかった。自分の無力さを嘆く。
いつのまに里を出たのだろう。それを見逃してしまった自分を憎んだ。
自分に向けて込みあがる怒りを抑えつつ、死体の身元を確認する。

里のものではなかった。この顔は里にはいない。一瞬の安堵。
その子には悪いが、自分に対する罪が微かに軽くなったような気がした。
だがそれと同時に震えと恐怖が身体を支配する。
真紅に染まった衣装に見覚えがある。
特徴的な衣装。この衣装は本来紅白であり、このオリジナルな体裁の衣装は彼女しか着ない。
目を疑う。
震えが強くなる。脈が速くなる。
この顔は知っている。

───博麗───霊夢?????????????


博麗霊夢が、幻想郷のバランスを保つために提案したスペルカードルール。
これは強すぎる存在と、弱い存在の差を埋めるために提案した、弾幕ごっこである。
どんなに力を使おうが相手を死までは追いやってはいけない。そういうルールだ。
─だが、今回の件は弾幕ごっこではない。殺し合いである、それも一方的な。
三流妖怪は幻想郷でもかなり弱いほうの存在ではあるが、力をもたない人間にとっては
恐怖の対象でもある。無秩序な故か、弱すぎる存在故か、彼らにはスペカルールが適用されない。
スペルカードルールはある程度力を持った者を対象に提案されたルールなのだから。
それ故に、妖怪は人間を喰らい、人間は妖怪を退治する。
そしてその、法外の輩に、この少女は食事されてしまった。

誰か別のものが霊夢を殺したとしても、霊夢を殺せるような実力を持った者が
里に近づいた等、そんな気配はまったくなかった。そもそも霊夢を殺せるぐらいの実力者なんているのだろうか
ルールによっても守られている。ルールに従わなくていいのは、三流妖怪等である
つまり殺されたと言うのだから、この辺りの妖怪の仕業である。

幻想郷最強と噂される博麗霊夢が、まさかこんな低俗な妖怪に手をかけられ命を落とすなんて…

この事件は、偶然近くを通りかかった、鴉天狗、─(略)─文によって、すぐさま広まってしまった。
───────博麗霊夢は死んだ───────
アリスの元にも、そしてアリスの口から魔理沙のもとへ……


「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!!!!!!!」
さっきまで笑っていた霊夢。さっきまで会話していた霊夢。あんなに強くて、自分の理想だった霊夢。
「何故死んだ!!!!!!!!!」

                『ありがとう、まってるわ』

それが最後に聞いた、最後の台詞だった。最後に見た、霊夢の笑顔だった。
何故待っていてくれなかった!!!!何故出かけた!!!!!!!何故・・・・・・

隣では、崩れたように床に座り込み、痙攣と嗚咽交じりに泣いているアリスがいる。
かという私も、視界がとてつもなくぼやけて、アリスかどうかもわからなかった。
目から次々と溢れる涙。止まらない涙。いつ止まるかわからない濁流。
私の大切な友達である霊夢を失ってしまった。
いつも笑顔だった霊夢。常に気を使ってくれる霊夢。誰にでも優しい霊夢。
「くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」

            ────彼女はもう、笑わない────


──────ここは……?……あぁ、自分の研究室か
いつのまにか、私は私の家にある研究室の中心にだらしなく座り込んでいる事に気がついた。
目の前には、割れて粉々になった大量の実験器具、何かの粉末も大量に飛び散っている
水滴が1滴ずつ落ちる音。壁際に設置された机の上から、水が滴り落ちていく。
紙切れが散乱し、壁にも所々に穴や染みを作っている。
理解を超えるこの光景に、しばらく宙を見つめ、ボーっとしていた。
─っ。手が痛む、腕全体が激痛を走らせる。片手をゆっくりと自分の前に掲げてみる。
浅く抉れた大量の傷跡。アザもその間を縫うようにして痛々しく走っている。
着ている服の白いエプロンドレスは、様々な薬液や、粉末、それに私の腕から流れ出る血によって
とても変な色合いに染まってしまっていた。
瞼も腫れているようで痛い。

様子から察するに……私は暴れてしまったのか?
いつのまにここに入ったのかは覚えていない。
軋む身体を無理やり立ち上がらせ、部屋を出ようと歩き出す
何か鋭い破片を踏んだのだが、全身の痛みに比べれば些細なものだった。


「ア、アリス?」
部屋を出ると、すぐ正面にアリスが横たえていた。
姿勢的にも寝ているだとか、その様子ではないことがすぐわかる。
アリスの頬を叩きながら、肩を揺らして呼びかける
「ア、アリス!!! 大丈夫か? 起きろ、アリス!!」
「…う……あ、魔理沙? ……よかった。戻ったのね……」
『戻った』? ……そうか、やっぱりあまりのショックに私は気が狂ってしまっていたのか・・・・
対するアリスも、華奢で綺麗な白い腕に擦過傷が数痕刻まれている、
その肌に似合わない色を纏ったアザも浮いている。
「あ……アリス……ま、まさかその傷は私がやってしまったのか?」
「ん、あぁいいのよこれぐらい、気にしないで。魔理沙がいつもの魔理沙に戻ってくれたから、それだけで十分よ」
「う…あ…で、でも……」
「私より魔理沙のほうが酷い怪我よ?さ、治療しましょ?」
確かに、私のほうが全身傷だらけで、腕は鮮血で真っ赤だ。忘れていた痛みが蒸し返してきた。
服は裂かれて、破れ、薬液やら血やら涙やら鼻水やらでいろんな意味で酷い。

服を脱ぐのは傷に触るので、腕など露出している部分からアリスが治癒魔法を施してくれた。

治癒魔法といっても簡単に扱えるような魔法ではない。かなりの高等魔法だ。
魔法は壊すことは至極簡単なのだが、壊れた物を治す事は相当難しいとされている。
よって使い手はかなり少なく、重宝されているのである。
アリスもその使い手の中の一人であり、幻想郷でもトップクラスの器用を誇るアリスにとって
ある程度の傷を回復するのはお手の物である。

暖かい光が私の腕を包み込むと、痛みが安らいでいく。少しずつ傷が塞がっていくのがわかる。
血にまみれているせいか、傷が塞がっても見た目の痛々しさは残ってはいるが、痛み自体はほとんど消えた。
腕がとても暖かい。温度ではなく、感情的な暖かさだ。
眼下に迫るアリスの顔。
スッと通った鼻筋、潤いを保った柔かそうな唇、汚れの無い澄んだ蒼瞳、美しく光を反射する滑らかな金髪。
そのバランスたるや、魔理沙はアリスが幻想郷の中で一番美人じゃないのかと思うぐらいだ。
とてつもなく美しい。それでいて微笑んだ顔はとてつもなく可愛い。慈愛に満ちたアリスの顔。
近い、息が掛かるほどの距離。高まる心音。
顔を上げたアリスと不意に目が合ってしまう
「ん? どうかしら、まだ痛みは残っているの?」
「あ、ああ、も、もう大丈夫だぜアリス、ありがと、だっぜ」
─胸が高鳴る。この気持ちはなんだろう。ドキドキする、この感情は──

アリスは一通り私の治療を終えると、自分の身体を治療し始めた。
光を発する手で傷口を触れていく。触れた箇所から次々と傷跡が消えていく。
術者本人に対する治癒魔法の効力はとても大きい。自分の波長で回復するのだから当然である。
またしても妙に艶かしいその行為に、見惚れてしまっていた。
「ほら、ボーっとしてないで、服を脱いで洗濯しなさい。解れた所は修繕してあげるから」


なんて事だ。
またアリスに迷惑をかけてしまった。それどころかアリスを傷つけてしまったのだ。
我を失っていたとはいえ、その事実は酷く私の心を痛めつけた。
アリスだって数少ない友達を失って悲しいだろうに、私の事を心配してくれた。
これ以上アリスを悲しませるわけにはいかない。これ以上アリスを傷つけるわけにはいかない。
アリスは私を信じてくれていた。アリスを裏切るわけにはいかない。
私がアリスにしてやれる事、何かないものだろうか




「じゃ、私もそろそろ家の人形達の様子を見に行かなくちゃならないから、今日はこの辺で帰るわ」
とアリスは私に笑顔を向ける。
「おぉ、そうか、すまなかったな、迷惑かけてしまって…」
「あら、謝るなんて魔理沙らしくないわね」
「私だって謝るときは謝るさ。それに本当に悪かったと思っている」
「その様子じゃ明日は大雪かしら」
「な、なんだよそれ! 私が反省しちゃ悪いのか?」
「ううん、私は元気な魔理沙が見たいだけ。次は笑っている魔理沙もみたいわ。
知ってる? 魔理沙の笑顔はとても可愛いのよ?」
「─────っ」
「ふふっ、じゃあね」
真っ赤な顔をした魔理沙を残して、アリスは暗闇に近い空に溶け込んでいった。

なんだかんだ言って魔理沙はちょっと元気がでた。
アリスの気遣いが、アリスのさりげない励ましが、私の心までも治してくれていった。



……それにしても酷い有様だ。ほんとに自分がやったのかと思うぐらいである。
実験室の中を改めて覗き込む。
いくら魔法や衝撃に耐える構造をしているとはいえ、派手に暴れてしまっては流石の壁も音を上げる。
危険な薬品は丁度切らしていて良かったものの、貴重な薬剤や高価な器具が台無しであった。
(おいおい私、暴れるならもっと器用に暴れろよ…)

片付けようとも思ったが、片付けが苦手な魔理沙にとっては骨の折れる作業である。
それに加え、今日はいろいろな事が起こりすぎた。まずは身体を休めるのが先決だ。
決してめんどくさいわけではない。多分。




カサンッ
足に何か当たり、それは転がっていく。近くのガラクタの山にぶつかってそれは動きを止めた。
─む、なんだ?
私はそれを拾い上げる。筒の形をした容器。茶筒だ。
これは……綺麗な茶筒、高級な茶筒。そう、霊夢の所からくすねてきていた、玉露の茶である。
霊夢が棚の奥に大切にしまっていたお茶。
『そうだわ、今日とてもいいお茶が手に入ったの、一緒に飲みましょう』
霊夢が言っていた。いいお茶とはきっとこれの事だ。茶筒は開けられた形跡は無い。
私と飲むために、開けずに取っておいたのだろう。
いつ来るのかもわからない私を、大好きなお茶を我慢してまで待っていくれた。
一緒に味わうために。喜びを分かち合うために。

でももうこの茶は彼女とは飲めない。彼女はもういないからだ。


そこで疑問が沸く。
なぜ霊夢は出かけたのだろう。何故霊夢は人里に?
何か用事でもあったのだろうか。私が戻ってくるまでの短い時間を急ぐほどの。
薬を買うのだったら人里か永遠亭にいくのだが、それは私が作ってやると言った。
だから別の用事だ。私たちが人里にいく思い当たる理由といえば、残るは材料調達ぐらいなものだ。
食材を求めて、しかしそれほど急ぐ理由ではあるまい。体調が悪いと言ってたならなおさらだ。
じゃあ何故? 私は手元の茶筒に目を向ける。茶に関係する何かだろうか?
湯のみやら急須やらは足りている。無ければ私が持っていく。茶を飲むのに必要なもの。
茶菓子とか……──まさか
まさか霊夢は茶菓子を買いに? 高級な茶には高級な茶菓子が最高の組み合わせだ。
高級な菓子など霊夢の家には普通置いて無い。そこまで金銭的余裕はないからだ。

私と一緒に飲むために、私と一緒に食べるために、私と一緒に味わうために、
私の笑顔を見るために………
霊夢は私のために人里に行く途中、妖怪に襲われて命を落とした。
私のために・・・・・・

「くそっ!!!」
私は持っていた茶筒を思いっきり壁に投げつけた。
ゴンッと鈍い音を立て床に落ち、茶筒の蓋が外れ、中から緑葉が飛散する。
部屋に茶の香りが満ちていく。芳醇で、若葉のさわやかな香りが鼻を撫でる。
お茶としては申し分ない香り。本来なら最高の香りのはずだった。
今はとても悲しい香りとなってしまった。

…ハァ…折角心も落ち着いてきたのに何をやっているんだ私は…

私は飛散した茶葉の元へ近寄りしゃがみ込むと、手でそれをかき集め始めた。
茶筒に少しずつ戻していく。仄かな香り、心地よい香り、悲しい香り、持ち主がいない香り。
サラサラと音を立てて茶筒の中に注がれていく。
一本も残さず、全てを筒の中に戻した。
霊夢が私の為に用意してくれた茶。ならばこれを飲まなければ霊夢に失礼だと思ったからだ。
もう一度蓋をし、棚の一番良く見えるところに置いた。
これから毎日、いつも霊夢とお茶を飲んでいる時間と同じ時間に、少しずつ飲んでいこうと思う。
霊夢と一緒に。




あれから数日がたった。普段の日常に戻りつつもある。葬式も参加した。でも何も覚えてない。
ただ霊夢の存在がどれほど大きかったか、集まった顔ぶれでわかった。でもその日の事は思い出したくない。
博麗の巫女が死んだという事は、幻想郷自体が崩壊する危険性があるのだが、
急遽、青い巫女衣装の風祝である東風谷早苗という少女が、博麗の巫女になる儀式を執り行い、
博麗の巫女と成り代わることで、危機は免れることができた。

ちなみにまだ実験室の掃除はしていない。気が進まなかったからだ。
だが流石に数日も実験室に入れないんじゃ困る。なんとなく習慣になっていたから落ち着かないのだ
今日は特に用事はないので、暇つぶしも兼ねて実験室の掃除をすることにした。

─これは酷い。数日間放置しただけあって、あの日よりも汚くなっている気がする。
なんかもっと放置しておけば新種のキノコが栽培できるんじゃないかと思うぐらいだ。
だが断る。

私は小さな箒。掃除するための箒を手にし、まずは粉々になった器具の欠片を掃き集める。
(こんな大量の高価な器具を壊せたなんて、さぞかしその時は気持ちよかっただろうな)
なんて事を思いつつ、手を動かしていく

──グニュッ

ん? 何か踏んだみたいだ。感触からして器具の類ではない。
薬液が中途半端に乾き、微かに湿り気が残ったその物体を摘み上げる。
……なんだっけこれ。藁の塊に布切れが巻いてある───
あ───藁人形だ。それも今は亡き博麗霊夢を象った藁人形。
薬液で変色しているものの、特徴的な巫女衣装を纏っている。

私は簡単な呪いを霊夢にかけた。殺すような酷いものではない。
ただちょっとハンデを持ってもらっただけだ。いや、平等にしただけだ。したつもりだった。
『勘』を取り除いた霊夢。
足に枷をはめてもらっただけの兎。
それは全く脅威ではなく、とてつもなく弱かった。
どうでもいい弾に自分から突っ込んでいってしまうぐらい惨めな弱さだった。


………
そんな霊夢が妖怪に襲われたら? あの日はそれに加え、ふらふらともしていた。
ふわふわではない。

***************

魔理沙が飛び立った後、霊夢は茶菓子の残りが少ないことに気づく。
「折角いいお茶が手に入ったんだし、たまには豪華にいきたいわね」
魔理沙も私の為に薬を作ってくれるみたいだし、夕方までもう少し時間があるから
ちょっと出かけようかしら。悪い勘はまったくしないわけだし、大丈夫ね。
そう思って霊夢は人里に向かって、ふわりと飛び立ったのである。

魔法の森上空を飛ぶ霊夢。
「えっと……こっちだったかしら?」
何故かわからないが、方角がわからなくなってしまう。人里に向かうための方角である。
「う~ん、確かいつもこっちに飛んでいた気がするわ」
遥か彼方に見える景色を頼りに進んでいく。
しばらく進んだ所で、開けた地が視界の奥に映った。
人里である。ほっ、よかった。博麗の巫女であるこの私が迷うなんて飛んだ笑いものになってしま──

──ぅ
緊張が緩んだ瞬間急に視界がぼやけ、全身を気だるさが襲う。
「な、なんなの? これ…」
今日の朝から起こるようになった、体の異変である。
時々急に襲ってくる倦怠感。
風邪の症状としてはちょっとおかしい。
──ぅぐっ
急に身体全身の力が消え、博麗霊夢は墜落していった。
魔の者が住む、魔法の森に。


妖怪の住処が所々に点在している魔法の森に墜落してしまった霊夢。
当然、音を聞きつけた妖怪共は、その音のした場所に群がってくる。

「痛っ」
腕が痺れる。背中が重い。呼吸がしにくい。
木の枝によってある程度の衝撃は抑えられたものの、それでもかなりの高さから落ちたのだ。
……─ ………─
視界のどこかで、何かが動く気配。それも一つではない。
霊夢は身体の激痛に耐え、周囲を見やる。
そこには複数の妖怪が、霊夢に視線を向けて、不気味な笑いを帯びていたのであった。

いつもなら簡単に追い払うことができる霊夢。ただ今日はいつもと違った。
霊夢が放つ弾幕は見当違いの方向に飛来し、なおかつ妖怪による薄い弾幕にすら被弾してしまう。
危険な予感は全くしない。それでもこの状況はどうみてもやばかった。

もっと早く気がつくべきだった。『勘』が全く働いていない事を。

その事を今更ながら理解した霊夢は、弾幕が最も薄く、それでいて妖怪がお留守の一角を
視界に捉えると、一気に駆け出した。妖怪に背を向け逃げ出したのだ。
視界が悪く、幾度と無く小枝に服や肌を裂かれた。
木の根に足を取られ何度も転がった。
時折飛んでくる弾がわき腹にあたり、呼吸も困難になった。
それでも走って逃げようとした。ここで飛んだら間違いなく木に激突するからだ。
今やあの最強の博麗霊夢ではない。ただの逃げ惑う少女であった。
必死に走った。走った転んだ。既に満身創痍だ。立ち上がる間もなく襲い来る弾幕と暴力
どこに向かって走っているのかもわからない。勘が使えないため出口もわからないのだ。

どれくらい走ったのだろう。
何度も行く手を遮られ、その都度、妖怪がいない空間を見つけては突っ走っていった。
──ふと視界の片隅に光が見える。外だ!!! 魔法の森の出口だ!!
私は進路を変え、その方向に向かって走り出した。森さえ抜ければ──  !!?
突如視界が塞がる。急に現れたものに弾き飛ばされ、私は地面を転がされた。
全身を激痛が支配する。それだけでも意識が飛びそうなくらいだ。
それでも、顔だけは起こし、状況を確認する。
確認し終えた私は、もう立ち上がる気力も残っていなかった。
僅かな希望。それを絶対的な絶望へと刷りかえられたのだから。

出口方面には妖怪が、私の後ろにも妖怪が、私の左右にも、上にも。
……囲まれていた。どうやら、遊ばれていたらしい。
わざと逃がして、追いかけて、
逃げ惑う私を見て、嘲笑っていたらしい。
妖怪が少しずつ近寄ってくる。
包囲の幅を狭めてくる。
妖怪の足が、
手が、
視界を
遮って




       
       ──約束守れなくてごめんね……魔理沙──

****************

……もしかしたら…………いや、もしかしたらではない。
確実だ。
博麗霊夢が死んでしまった原因。それを作ったのは……私だ
この私、霧雨魔理沙だ。
友達でいたかった。対等でいたかった。頼って欲しかった。
そもそも殺すつもりなんてなかった。

あの霊夢の事だから、勘が多少薄れても十分強いと思っていた。

呪いの効果が強すぎた。『勘』をまったく取り除けるなんて思ってなかった。
呪いの効果が効きすぎた。体調を低下させるなんて望んでいなかった。

これだけの効果が出たんだ。私にも影響がでてもいいはず。
呪いは術者に返る。と言われるくらいだからな……
でもあれから数日たっても影響は全く無い。
気が狂ったのはあまりのショックのせいであり、今は普通に戻っている。
おかしい。
全く呪いを受ける気配が無い。
忘れた頃にやってくるのか?
それでも遅すぎる。
どうしてだ???



効果が強かったのは、それは呪い全てが圧し掛かったせいだ。
怨み、憎しみ、怒り。それらを対象の形を模した人形にぶつけることで相手に影響を及ぼす。
しかし、どんなに思いが強くても、下手にぶつければ、思いがこぼれてしまう。
そのこぼれた分が、自分へと返ってくるのだ。
思いを針のように変え、相手の急所を貫く。その事を的確にこなせないと駄目なのだ。

今思い返せば、私は違和感無くそれをやっていたような気がする。
それは単に才能への憎しみが強いからだと思ってた。
─でも違う。あの時、藁人形を掴んだ私は何を感じた?
何を思った? 何を知ることができた?

私は素人であり、そもそもこんな事をするのは初めてだ。
それにもかかわらず、あの時私が藁人形を掴むと妙に手にしっくりときた。
それでいて、どこが急所なのか、どこに刺したらいいのか、どう刺せばいいのか、
無意識に脳に流れ込んできた。
私はそれに従っただけだった。

そしてそれはどうやら的確すぎたようで、如実に霊夢に影響を及ぼした。
零れたものも無く、完全に伝わった。

『勘』を奪われた霊夢。
もうそれは、天才ではなく、力を持たないただの人間だった。ただの少女だった。

「………………なんだ………そういうことだったのか
……………………………………………………
………うふ…………………うふふ……
うふふふ、うふふふふふふふふアハハハハハハハハハハハ!!!
なんだ!!! 霊夢は天才じゃなかったのか!!! ただの人間だったのか!!!!
勘さえ奪われてしまえば、何も出来ないクズだったのか!!!!!
私はそんなものに憧れていたのか!!!!! 何も努力をしない、人間のクズ!!!!!!!!
アハハハハハハハハハ死んでも当然だぜ!!!!!!!!
それ相応の結果なんだ!!!!!!! 頑張ったもののみが生きることが許される世界!!!!!!!
そうだよ!!! そうあるべきなんだ!!!!!!!!!!!!!! 走らない兎は永遠に眠っていればいいんだ!!!!!!!」



「ならそうだよな、世界を塗り替えなくちゃあいけない。正しき世界へと、あるべき世界へと!!!!
まずは……そうだな、先に邪魔者を排除するべきだぜ」



人里には一人、白黒の衣装を身にまとい、黒い心に白い仮面を被せて歩く、魔女がいた。

「へい、まいどありっ!!!! いやー商売を始めてから、そんなに買ってくれた子久し振りだよ、
それにしてもそんな大量の藁や布を、一体何に使うんだい?」
「いや、ちょっと研究で使うんだ。すまないな急に用意してもらって。感謝するぜ」
「それには及ばないさ、こちとら商売だからな、血を吐いてでも客の要望に答えねば商売あがったりさ」
「倒れちゃったら元も子もないぜ? まぁ身体に気をつけて頑張っていってくれよ。じゃぁな」
「おうっあたぼうよ。お嬢ちゃんも若いのにしっかりしてるねぇ、気をつけて帰るんだぞ」




「うふふ、そうだよな、ああいう人こそが報われるべきなんだ。早速貢献してしまったぜ、うふふふ」
不気味な笑いを浮かべつつ、魔法の森上空を滑空しているのは、白黒の衣装を着た魔女、霧雨魔理沙である
手には大きな袋を抱えており、中には大量の布がぎっしりと詰め込まれている。
箒の柄の先端部分には大きく膨らんだ風呂敷が結わえられており、中にはみっちりと藁が放り込まれているのである



何軒か店を回ったが、無理を言う魔理沙の要望に答えてくれたのは
最後に訪れた里の端のほうにある、寂れた小さな店の一軒だけだった。
それ以外の店では、要望を言うと突き返され追い払われたり、
お得意様の客以外無愛想であったり
そもそもやる気があるのかという店ばかりだった
そういう気に食わない店はこっちからお断りだった。

「ったく、不公平だぜ。慧音があんなにも頑張って里を守っているというのに、なんだあの堕落した人間たちは。
これはちょっと、修正する必要があるよな。当然だぜ。それに慧音の負担が少しでも楽になるなら、慧音のためにも
なるんだしな」



「流石にこれだけの数をこなすと、疲れるぜ……だがこれは正しいことなんだ。
得るものに比べれば些細な事さ、……うふふ」

『努力』それを使うことで世界がどんどん変わっていく。その実感が、その充実感が魔理沙を満たしていく。

「さてと、まだ材料も十分だ。そろそろ私の創造を邪魔しそうな奴を消していこうか。聞いたところ、
あいつは寝てばっかりらしいからな。式に全てを任せ、楽をしているそうじゃないか、消えてもらって当然だ。
うふふ、殺すつもりは無いぜ? 仮にも結界の管理者だからな。別の世界へ散歩してもらうだけだ、
それに式神は負担が減って楽できる。いい事だろ? うふふふふふふ」


*************

ここは幻想郷のどこかにあるという迷い家
ここにある物を持ち帰ると幸せになれるとかなれないとか。

そこには1人のおば、もとい足の臭─スイマセンゴメンナサイヤメテマジd
芳醇な香りを身に纏う、うら若き乙女で絶世なる美女、八雲 紫と、2匹の式神が住んでいた。
いつもはもふもふした声や、猫のような声が聞こえるのだが…
今日はやけに空気が重々しい

「紫様……朝食の準備が整いましたが…いかがなさいますか?」
そう言うのはスッパ─略─紫の式神、八雲 藍である。
「…………………………」
「紫様、少しでも食事を取らないとお体に触りますよ?」
「…………………………いらないわ………」
「で、でも……
「いいの、ほっといて頂戴。何もいらないの。貴女達二人で食べてなさい。二度は言わないわ」
「……………は、わかりました………」

3人分の食事が用意されている居間に戻った藍に、黒猫の怪、橙が寄って来た
「あれ? 紫様は? どうしたの? 今日も食べないの?」
「あぁ、また、なんだ。すまない」
「そっかー…」
残念そうに俯き、指を咥える橙。
その格好で少し唸ったかと思うと、口から指を離し、
「なんだか、紫様、そーしきってのに出かけて以来、変わっちゃったね。
ねぇ藍様、そーしきってなぁに? 何をする所なの? 何があったの??」
「うーん、橙にはまだ随分と早いかな。さ、ご飯が冷めてしまうから食べましょう?
今日は橙の大好きな鯵の開きが丸ごと一匹なのよ」
「ん、あ、わーい、本当だぁ、藍様、早く席について、早く早くぅ~」
(そう、まだ橙が知るにはとてつもなく早い。できれば一生関わらないようにと願うよ)


布団の中に蹲り、目からの涙により布団が濡れていく。頬にあたる部分が湿っていて冷たい。
「どうして……霊夢……どうして……」
霊夢の葬式、この八雲紫も立ち会っていた。
彼女は霊夢の事をかなり気にかけていて、とても可愛がっていた。
博麗の巫女として、自分が選定した少女。
彼女の性格なら、誰ともうまくやっていける。幻想郷のバランスを保ってくれる。
幻想郷を任せられる。そう思ったからだ。

事実、異変が起こればすぐに異変を解決し、あらゆる事態を収めていった。
妖怪同士の力の差をなくすための平等で特別なルール、それも定めてくれた。
期待以上に頑張ってくれたのである。
ただし彼女はまだ少女であり、それだけの異変を解決するのは身体に過度の負担が掛かってしまう。
その負担を僅かでも減らすため、実は内緒でこっそりと協力してあげていた。
ばれない様に見守って、それでいてピンチの時はさりげなく力を添える。
小さく大きさを保った境界の中から覗き込み、気づかれない程度に霊夢の弾幕に弾を流し込む。
途轍もなく細い切れ目に、敵の弾幕の一部を飲み込ませ空間を作る。
しかし、その行為は戦ってる当の本人よりも疲れを感じてしまった。
境界をフル活用しているのだから当然である。

その反動のせいか、家に帰ると死んだように眠ってしまう。
使った力を少しでも回復しておかないと、博麗大結界にもし何かあったら困るからだ。
幻想郷を陰ながらずっと見守ってきている紫にとって、睡眠とはとても大切であり不可抗力のものでもある。
藍はその事に薄々気づいてはいるらしいが、橙は私の事をずっと眠っているおばs
眠り姫だと思っているようだ。
永い夜の異変の時は、気付かれたのか気付いていたのか、隙間に手を入れてきて私の腕を掴むと
「あんた強そうね。異変解決するから手伝って」
と無理やり引っ張られ壁をやらされたのである。
どこぞの誰かも知らないのに信頼するとは、流石霊夢だ。
私はその時一緒に戦ったが、私の力が無くても十分すぎるくらい成長していた。
今度は隙間からではなく、直に目に焼き付けることができ、霊夢の成長を確認することができた。

もう、私の力はいらないわね。ちょっと寂しいけど、親離れする時期かしら。

その異変以降だろうか、力を添えることは無くなったものの、霊夢と直接会話を交わしたり、
一緒にお酒を飲んだりと、以前より充実した仲になっていった。
あっちの世界からくすねてきたものを霊夢にあげると、とても喜んでくれた。
特に霊夢が落ち込んでいるときには、元気を取り戻し笑ってくれる。
その笑顔を見るためには何でも盗って来たと言っても過言ではない。
結局、盗って来るのにも相応な力を使うため、家に帰ると死んだように眠ってしまう。
藍はその事に薄々─略─ 橙は眠る素敵な美女と評してくれた。
そして数日前、あっちの世界から適当に盗って来たお茶を渡すと霊夢は異常なほど喜んでくれた。
とても高価なお茶であり、とびっきりの笑顔で微笑んでくれた。
そしてそれが、私の見る最後の笑顔になるなんて……


…………………………冷たい…頬が冷たい…
「布団が冷たいわ!!!!!」
ガバッと布団を跳ね上げ飛び起きる。丁度頭の位置には大きな染みが。
(げ、私泣いていたのかしら・・・・)
近くに備えてある鏡台を覗き込む。
キャッ!!!
驚いて尻餅をつく。
鏡の中にいる目と顔を真っ赤に染めた化け物と、目があってしまったからだ。
落ち着くのよ私。あれは鏡よ。鏡なの。
訂正する
鏡の中にいる目と顔を真っ赤に染めた、うら若き乙女であり美しすぎる美女と、目があってしまったからだ。
とにもかくにも、こんな顔をあの子達には見せられない。
布団も濡れていて気持ち悪いし…
という事で、隙間の中に隠れることにした。


音も何もない世界。自分以外の存在がいない世界。空間という次元を超越した世界。
こんな孤独な世界にできれば入りたくなかったのだけれど。
(霊夢…どうして?どうして死んでしまったの?
……ここは自分以外何も存在しない世界…ね……死んだらこんな感じなのかしら
・……霊夢…)
じっとしていても、頬を熱いものがなぞっていき、それがいつまでも止まらない。
止まるどころか、次々と溢れ、頬を掻き毟っていく。

あんなに頑張っていた霊夢。幻想郷と幻想郷に住む全てのもの達の為に努力をしていた霊夢。
霊夢は何も無気力だったわけではない。修行や努力を怠っていたわけではない。
できないのだ。博麗の巫女だからこそ出来ないのだ。博麗大結界を管理するという途轍もなく
重い責任を負っている。
もし霊夢が修行なんかをして怪我をしたり、過度の疲労の為倒れたら誰が大結界を守るのか。
非難や嘘を吹き込まれて発狂したりなんて持っての他だ。誰が幻想郷を守るのか。
お茶を飲み、雑念を取り払いながら常に他人の事を、幻想郷の事を考える。
三流妖怪の事も、人里の民の事も。友達の事も、魔理沙の事も。
誰もが平和に暮らせるように。
その役目を与えられた故に、絶対的な『勘』というものを授かった
それのおかげで無駄な動きをせず、いつでも体力を温存しておけるのだ。
常にみんなの事を考えていてやれるのだ。

あんなに頑張っていた霊夢。幻想郷と幻想郷に住む全てのもの達の為に努力をしていた霊夢。
(……なぜ死んでしまったの……霊夢……)


             『うふ、うふふふ』

不意にどこからか笑うような声が聞こえる。
聞こえるはずがない。ここには私以外何もないはず。でも聞こえた。
どこから? 誰の? ありえない。
周囲を見渡しても誰もいない何もない。あるはずない。

──んぐっ!?
急に眩暈、吐き気、頭痛が同時に襲ってくる。
──がはっ
身体が苦しい、全身が軋む
な、なんなのよ…これ
身体が焼けるように熱くなり、鉄のように冷たくなっていく
途端、身体から力が抜けていく。

ぐっ…兎に角、迷い家に向けて隙間をこじ開け、とりあえずこの空間から出──
─これ以上開かない!!! 僅かに開いて、迷い家にある私の布団が覗くものの、
それ以上開かないのである。腕2本を通すのがやっとのようなそんな大きさだ。
それでも境界に手をかけ、無理にこじ開けようとする。
少しずつ閉じていく隙間。力が入らない。藍!! 藍!!!!!!
式神の名を呼ぼうとも声が出ない。無情にも閉じていく隙間──


─── プツン ───




「橙、今私の名を呼んだか?」
「んー? むぐむぐ、呼んでないよー? むぐ、むぐ、どうしたの?」
「ん、そうか……紫様かな? ちょっと様子を見てくるよ」
う~ん、起きたのかな~寝言でしょ~ と言う橙を残し、私は紫様の寝室へと向かった。

「紫様、呼びましたか? …紫様?」
寝室にはめくれ上がった掛け布団が放置されており、敷布団の上には紫様がいなかった。
「むぅ、起きたのならば布団を片付けてから──ん?」
奇妙なものが布団の横に落ちているのが目に映る。
白い2つの皿、いや、皿ではない。白い塊。…白い布。…あぁ、紫様の手袋か。
びっくりしたなぁ、もう。 そういって腰を屈め拾い上げる

──ぐにゅ

……え?????????
入っている。中に何かが。手袋の形に沿うように。

……
………
…………
……………手だ。



居間に戻ると未だに魚を貪る橙。私の分の魚が無くなっている。
「むぐ、あれぇ藍さまどうしたの? 紫様は? 起きてこないの?」
「あぁ……そうみたいだ」
「ふぅん…紫様ずっと寝てるね」
「あぁ、ずっと…かもね……これからも…ずっと…」
「ねぇねぇ、紫様の分食べちゃってもいーい???」
「あぁ……いいよ」
「わーーい、じゃぁもーらぃ~~~」


紫様はついに起きてくることは無かった。ずっと…寝ているだけなんだ。


********************

「次は……そうだな。
なんの努力もなしに、私を凌いで幻想郷最速とか言ってる鴉がいたな
うふふ、記者なら記者らしく、自分の足で歩いたらどうなんだ? うふふうふうふふふ」

もう私怨でも何でも良かった。幻想郷に害を及ぼす輩。努力をしない輩は消えて当然だからだ。
嘘を何でも報道しまくる鴉、彼女には蝋で固めた翼を与えた。羽ばたけない翼を。

誰か人の為になる事、それをするのがとても愉快だった。とても快感だった。





「魔理沙~、魔理沙いる~~?」
ぉ、アリスだ
「どうしたんだアリス。あ、生憎私の家はまだ散らかってるぜ? だからちょっと入るのは勘弁してくれ」
「ん? じゃぁ私の家でもいいかしら、話したいことがあるんだけど立ち話じゃあれだしね」


アリスの家は素敵過ぎる。とても心地よい香りが漂っているし、可愛い家具が綺麗に並べてあるし、
心が安らぐような微笑を含む人形も、それに…
「可愛いアリスもいるし。あぁ~~こんな所に住みたいぜ~~~」
「んもぅ、魔理沙ったらぁ」
しまった。つい声に出してしまった。
ん、まぁアリスの反応が可愛いからいっか。

2体の人形が紅茶を運んでくれた。
可愛すぎる。つい、ちょっかいをだしてじゃれあってしまった。
テーブルを挟んで座る私とアリス。なんとも幸せな時間である。

「あ、それでね話したいことってのは幻想郷の異変についてなのよ」
「異変?? 異変なんてあのレイ…(あぁ、霊夢はもういないのか)
いや、なんでもない、それでどんな異変なんだ?」
う~ん、とアリスは少し考えるような仕草をすると
「それがね、人里に変な病を訴える人が増えていてね、いきつけのお店が休業しちゃったりと
いろいろ大変なのよ。そういう異変を真っ先に嗅ぎつける文さんも変な病にかかっちゃったみたいで
まだその話は広まってないみたいだけど……魔理沙は何か知っているかしら?」
「変な病? いや、知らないぜ。初耳だぜ? アリスは大丈夫なのか?」
「うん、私は今の所大丈夫みたいだけど……病気の事は永遠亭に行った方がいいのかしら?」
「いや…………任せろ、そんな異変私に任せろ!! 私がアリスを守ってやるさ。
もうアリスを傷つけたくないし、傷つけられたくない。泣かせたくないし泣かせられたくない。
だから私に任せろ!! 私を誰だと思っている。霧雨魔理沙だぜ?
そんな呪い、私がぶっとばしてやる!!! アリスを守ってやるんだ!!!」
(あぁ…この眼。どこまでもまっすぐなこの眼。目標をまっすぐ捉える汚れの無い純粋な眼。
私はこの魔理沙に魅かれたんだった。私の孤独を取り除いてくれる魔理沙。
ふふっ、どうやら私は魔理沙の事を大好きらしい。心から愛してしまったらしい。
どうしようもなく好きみたい。──でも……私呪いだなんて言ったかしら)

確かにこの症状は呪いだと、アリスもわかっていた。そして異変が起こるその直前に、
里で大量の藁と布を求めていた小さな魔女の話も聞いていた。でも…まさか、ね。


魔理沙は自宅にある木製の椅子に腰掛ける。口元には不適な笑みが。
「うふふ、そうだ、まだアリスの為に何もしてやれてない。アリスの為にも、
アリスがこれ以上傷つかないためにも、危害を加えられる恐れがある奴らを抑えこまなければな」


まずは吸血鬼、それから図書館の魔女もそうだな。雑用ばかりの小悪魔が可哀相だ。
メイド達も門番だって頑張ってくれているし、決まりだぜ。
吸血鬼の姉妹の人形と、紫色の魔女の人形を特徴を捉えた形で作り上げる。

その晩以降、紅い館の城主は未来が、運命が読み取れなくなった。急に目の前が真っ暗になるようなそんな恐怖に
悩まされるようになった。
城主の妹は何も破壊することができなくなった。ただの血を吸う少女と成り果ててしまった。
図書館の魔女は文字が読めなくなってしまった。どの本を手にとっても解読できないのだ。
その日以来3人の娘は睡眠時間が徐々に増えていき、やがて起きなくなった。

うふふ、やはり私は天才だ。『道具と努力の天才』だ。今更ながら気づいたぜ。
努力するものにはやはり才能があるべきものなんだ。
これだけ呪っても私には影響が無いなんてな。うふふうふふふもっと早く気づくべきだったぜ。

次はあいつかな。家来の庭師が大変そうだぜ。うふふ
息をする死んだように眠る死人。なんとも滑稽な話だぜ
その次は兎の館の姫辺りかなうふふふ努力が結果になるというのは、楽しいぜうふふふふふ


今日は久し振りに博麗神社に行ってみた。
そこには霊夢ではない別の巫女、東風谷早苗が箒をもって掃除をしていた。
「あら、こんにちわ。えっと魔理沙さんでしたか。もうすぐ掃除終わるのでそこで座って待っていてくださいな」
「いや、様子を見に来ただけだぜ。それにしても綺麗だな。全部一人でやったのか?」
「えぇ、とても大変な事なのですが神事なので欠かすことはできません。それに私、これに生きがいを感じて
いますし……あ、○○さんのおばあさん、こんにちわ」
振り向いたところには普通の年寄りが、その老婆も早苗に挨拶を交わすと、
なんと賽銭箱のなかにお金を放り込んだではないか、正気か?おばあさん、その賽銭箱は開かずの─
そう思っていると後から来た若者も賽銭箱に。
信じがたい光景だった。奇跡が、今目の前に2回も。嘘だろ? 恐る恐る賽銭箱の中を覗き込む。
「ぎゃあああなななななんだこれは!!」
「え、何って賽銭箱ですけど…どうかしました?」
「いや、賽銭箱ってのはこう、いつも空っぽでお金を入れるものじゃないだろ?
こんな満腹な賽銭箱は賽銭箱じゃないぜ」
「アハ、魔理沙さんは冗談がお好きですねぇ。そのお金は神社の修復に当てたりとするんですよ。
この神社古いせいか凄い軋んでますからね。それでも余ったものは、貧しいものへと寄付したり、
いろいろ役立てるんです」
この光景を、この話を霊夢が聞いたらなんと思うのだろうか。
「よし、私はそろそろ帰るぜ。これからも神事に頑張って励んでくれよ、じゃぁな」
「ええ、ありがとうございます。それでは魔理沙さんもお体にお気をつけて」


まさかこんなに変わるとは思っていなかった。巫女というものは常に無気力なものだと……
ならば私ももっと頑張る必要があるな。もっともっと世界を変える必要があるぜ。



今日の目覚めも清々しい。努力が報われる世界。それが徐々に形を成していく。
私の手によって。とても晴々とした気分だぜ。

「魔理沙~いるかしら?」
「ぉ、アリスか、いま開けるぜ」
いつものように可愛く微笑んだアリスがドアの前に立っていた。
「うん、また今日も話したいことがあるの。異変についてなんだけれど…入ってもいいかしら?」
「ん、あーー悪い、まだ片づけが終わってないんだ」
「あら、なら私も手伝うわよ? 魔理沙一人じゃ大変でしょう?」
「ん、いや、いいぜアリス、有難いが私が散らかしたんだしな。自分でやるさ。
それよりもアリスの家行ってもいいか? 私あの雰囲気がとても落ち着くんだが」
「ん、…もぅしょうがないわねぇ」



「それでね、異変の事なんだけど、また犠牲者が増えたみたいなの。
それも幻想郷では名のある人達ばかりなのよ。これだけ広まっていたら魔理沙の耳にも何か入っていると
思うけど…」
「う~ん……そういう話は聞かないなぁ。だが安心しろアリス。私はアリスを守る。
犯人を見つけ出して懲らしめてやるぜ!」
(やっぱり…病気、とかではなく既に誰かの仕業とわかっているかのような言い方)
「……そう……私、魔理沙を世界の誰よりも信じているからね」
(絶対、魔理沙じゃ…ないわよね……)


その後アリスとわかれると、私は今日も博麗神社に様子を見に行った。
庭には落ち葉一つ無く、賽銭箱は腹を満たし、境内の床を雑巾で拭いている巫女がいた。
私は軽く挨拶を交わすと、その場をあとにした。

もしこれが本当の巫女だとしたら、霊夢はどれだけ堕落した巫女だったのだろう。
私は人里にも向かうと、大体めぼしをつけ、自宅に戻り、裁きを下していった。
効果が如実に現れる様をみて、私は震えが止まらなかった。
白黒つけてやるというのは、どこぞの閻魔もこんな気分なのかしら。


愚者には報いを。有能なものには救いを。
「うふふふぐふふふふふあはははハハハハひゃひゃひゃひゃバババババハハハッハッハハ」
これほどまでに私を満たしてくれたものはあったのだろうか
笑が止まらない。実感が気持ちいい。今までの努力が全て甘い蜜となる。
その美味しさときたら至高の一品だ。涎が垂れる。止まらない。幸せだ。最高だ!!!
もっとだもっともっともっと。もっと欲しい。身体が疼く。人のためにもなる。
これ以上の正義なんてないぜ!!! これが私の使命だ!!!


しかし、段々スペースが足りなくなってきたな。流石に寝室でやるのは嫌だぜ?


「魔理沙? 魔理沙いる?」
「ぉ、今開けるぜ」
ドアの前にはアリスが、しかし今日はなんか落ち込んでいるというか思いつめてる様子だった。
「ア、アリス? どうしたんだ? 雰囲気が重いぜ?? …誰かに何かされたのか? アリス?」
「う、ううん、心配してくれて嬉しいわ。でも私は平気よ。誰にも、何もされてないわ。
それより、今日はクッキー焼いてきたの。一緒に食べようかなっと思って。中、いいかしら?」
アリスはクッキーが入っている籠を目の前に掲げる。
「ん、悪いアリス、まだ家の中は無理なんだ。片付けてはいるんだがなかなか進まなくてな」
「……そう……私、魔理沙を世界の誰よりも信じているからね……だから……」
アリスはそう言ってクッキーの入った籠を無理やり魔理沙に押し付け、魔理沙はそれを抱きかかえる形となる。
籠からは香ばしい香りが漂う。
「だから…ごめんなさい!!!!!!」
言うと同時にアリスは魔理沙を突き飛ばした。籠を抱える魔理沙は受身もとれず、思いっきり床に叩きつけられる。
その横をアリスはするりと抜け、魔理沙の家の中に土足であがりこんでいった。



…………………………
壁には無数の藁人形が無数に磔られていた。全てが不気味に笑っている。壁全てを覆いつくされ、隙間も無く、
びっしりと。他の部屋に繋がる廊下の壁も、他の部屋の壁も。
薄暗い部屋、視線を大量に感じる。大量の藁人形。─その中には見覚えのある姿をした人の形が。

「なんだ、ばれてしまったな。それにしても突き飛ばすなんて酷いぜ。
まぁ安心しろ、その中にアリスを加えるつもりは全く無いぜ。
なんせ、私はアリスの事を幻想郷の誰よりも愛───
「魔理沙、人形で人を直接殺すことができるのは知ってる?」
「ん? あぁ知っているぜ。だけどそんな物騒な事はするつもりないけどな──アリス? どうした?
泣いているのか? どうしたんだ? やっぱり誰かに? 呪いをかけるなら私がやってやる。
誰なんだ? 何をされた? 教えてくれ!!」
いつもの魔理沙。仮面を被らない魔理沙。その純粋な眼差し。本気で他人を心配する輝き。
「心配してくれてありがとう。やっぱり魔理沙は魔理沙ね。そういう所が大好きよ……
でも貴女を止められなかったのは私の責任でもあるわ……魔理沙…
…………………………もう終わりにしましょう?」
そういうとアリスはスカートの中から2体の人形を取り出す。
とても精巧に作られたそれは、藁人形だとは言われなければわからない精密っぷりである。
特徴も完璧に捉えられているし、人目で誰と誰の人形かわかった。
青い空色のロングスカート、金髪に赤いカチューシャ、細かい所まで完璧に。
黒いスカートに白のエプロン。金髪に黒い三角帽子を被っている元気な笑顔の人形。
それは、どうみてもアリスと魔理沙の人形である。

アリスはそれを大切に抱きかかえながら家の中心付近にある柱へと歩み寄る。
そこにはまだ数体しか磔にされていない。
アリスは手に持った二つの人形を両方手前を向くようにして、重ね合わせる。
手前にアリス人形を、その後ろにいる魔理沙人形を何かからかばうように重ね合わせる。
柱の開いた空間にそれを左手で押し当てる。いつのまにか左手の人差し指と親指で何かを摘んで持っている。
五寸釘だ。それもアリス人形の心臓部分に尖を突きつけている。その後ろには魔理沙人形。
右手には木槌を。───まさか
「や、やめろアリス!!!!! やめるんだ!!!!」
「ごめんね、魔理沙。私はあなたの事をずっと愛しているわ」


魔法の森に、何かを打ち付ける乾いた音が響いたその時から、
幻想郷で新たに病を訴えるものは現れなかった


            (ごめんね………魔理沙……)



魔法の森の一つの小さな家には、寄り添って眠る二人の美少女がいた。
その少女達は、もう永遠に起きることが無い…………



The genius girl should sleep. ~天才少女は眠るべき~ 終
こんにちわ、鬱話しか書けない緑々です。
暗い話を書いてしまいましたが、原作の人々の性格を悉く破壊してすいません。
それと無駄な描写が多いように自分でも思いますが、やはり伝えたいことを書き示していくと
やはりこれだけの長さになってしまいました。

人物の紹介については、みなさんがご存知の方ばかりで今更紹介するべきかと悩み、
文自体も短くしたいので省いてしまいました。
もしそれは受け付けないという方がいましたら、次回作では気をつける所存です。

前作でも指摘を受けましたが、今作ももしかしたら話が飛躍しているかもしれません。
そこは文才が足りないせいなので徐々に力をつけようかと思います。


自身への問いかけは一体誰なんでしょうね。魔理沙自身か、はたまた子鬼か。うふふ

亀には羽を、兎には枷を。
::::::::::::::::::::::::::::::
この作品についての感想や指摘、注意点等、善し悪しをコメントとして残してくださればとても嬉しいです。
それを次回作に生かそうと思いますので、辛口でも構いません。
只、暗い話だからという理由でマイナス点というのは頂けないです。

次回は、 あの日から(フラン編) ・ 輝夜 ・ アリス
のどれかを主役に書いていきたいと思います。

長文でしたが、読んでくださり有難うございました。
緑々
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コメント



0.370簡易評価
3.90名前が無い程度の能力削除
人を呪わば穴二つと申します。
この古くから伝わる格言を無視して自分に不釣り合いな力を安易に行使した者の
成れの果てという物は、あまりに惨く哀れなものです。
結果、魔理沙は元の心を失い、ナマナリ類の鬼と化してしまったのでしょう。
アリスはその事をよく理解していたから、たった一度の術の行使にも自分の命をその代償としたのでしょうね。
次回作も楽しみにしています。
6.100誤字を見つける程度の能力削除
うーん、これはまた妹様っぽいようで、いかにも人間らしい狂気を孕んでしまった魔理紗ですねぇ。
最初は、ちょっとした好奇心のはずだったのに・・・
いつのまにか、それが親友に危害が及んでしまい、タガが外れて狂ってしまい、誰も止められずに・・・
で、最後は最愛(?)の人の手によって・・・ですか。

ただ、1ヶ所ちょっと気になる部分があったので。
>慈善に準備できる相手が~・・・
 「事前」ではないでしょうか?
7.無評価緑々削除
早速のご指摘ありがとうございます。
慈善>事前。 訂正いたしました。
この長い作品を読んで頂き、ありがとうございます。
8.-30名前が無い程度の能力削除
そろそろ違う方向性の作品をですね
9.100名前が無い程度の能力削除
霊夢が巫女でなく普通の人間だったらどうみてもNEE..みたいなお話ですね
明るい話は他者に任せればいいと思う
ホラー少ないんだし。
11.-30名前が無い程度の能力削除
オリ設定にオリ設定を重ね、東方のキャラを自分の好き勝手に動かせるようにしてるようにしか見えません。その上所々で中途半端な笑わせようとする箇所が入っていたりで何がしたいのかサッパリです。
12.-30名前が無い程度の能力削除
下手にオリジナル要素入れすぎかな
13.30削除
途中のギャグが無理にいれた感じで寒い。
最後の展開も急ぎ過ぎだと思う。どうせならもっと魔理沙の苦しむ描写がほしかった。
14.無評価緑々削除
やはり笑わせるのは向いてないようなので、次回は目標を絞ってなおかつ飛躍しないよう努力します。
感想ありがとうです。
16.60名前が無い程度の能力削除
 人里の人間たちに呪いがふりかかったら、真っ先に永琳が腰を上げるはず。
鈴仙使って薬を卸しているわけだから。
 永夜抄で異変解決に積極的だったのは紫で、霊夢は無理やりつれてこられたはず。
あー……これがオリ設定?
 勘が鈍って、いくら体調不良でも、スペカ乱発で三下妖怪には負けないんじゃねぇの?と思ってしまった。
 起承転結のうち起と結が良かった。

>こんな寂れた神社のどこが楽園
楽園=幻想郷なので、神社が楽園なわけじゃない。
ここは魔理沙の阿呆さに嗤った。
22.100名前が無い程度の能力削除
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23.90名前が無い程度の能力削除
デスノートの月も、最初は好青年だったんだよなぁと思い出した