その日、紅魔館は俄に慌ただしかった。
メイド達は資材や衣装を抱えて東奔西走。普段は滅多に仕事をしない妖精でさえ、その日はサボっている者が一人もいなかったという。
「あー、そっちの衣装は5-3隊のメイド達に。その資料は4-6隊のメイドに渡しておいて」
活気づく紅魔館の中で、中心となって指揮を執っているのは小悪魔と呼ばれる女性だった。背中の羽をパタパタと動かしながら、メイド達に指示を出している。小柄ながらも、リーダーとしての素質は充分にあるらしい。
それもそのはず。普段はパチュリーの助手として大図書館の整理を行っているのだ。図書館は本館ほど人数がいないとはいえ、それなりの数の精霊が働いている。小悪魔はそこのリーダーだった。指示を出すのが慣れているのも当然の事と言えよう。
ただ、本来ならこういった大がかりな仕切事は大抵、メイド長である十六夜咲夜の領域だった。小悪魔はあくまで彼女の補助というのが、こういった場合の定石である。
それならば、何故。
答えは非常に簡単だ。
「咲夜さん、少し化粧濃すぎですよ。それじゃあ変に目立ちます」
「そ、そうかしら? 私としては普段通りのつもりなんだけど」
「嘘です。普段は化粧なんて全くしてなかったじゃないですか。もう、早く落としてきてください」
メイド長でさえ浮き足だっていたのだ。ケバい今の彼女では、とても指揮を執ることはできない。
渋々メイクを落としに行く咲夜を見送り、小悪魔は手の中の台本に目をやった。
表紙には『紅霧異変(仮)』と書かれている。
脚本は咲夜。演出は自分。
全てはお嬢様たるレミリア・スカーレットの威光を幻想郷に知らしめ、最早幻想郷入りしたカリスマ美容師のカリスマの部分だけかっさらおうという計画だ。
これにはレミリアを含めた紅魔館一堂もノリノリで、咲夜などはメイド服を新調したという噂まで流れていた。
はりきり過ぎである、あのメイド。
「こんなに月も紅いから本気で殺すわよ……こんなに月も紅いから本気で殺すわよ……」
額の汗を拭っていると、呪詛のような呟きが耳に飛び込んできた。
声のする方を見れば、部屋の隅っこにひっそりと座り込み、必死の形相で台本を読むレミリアの姿があった。
舞台裏と称してこの場面を幻想郷中に広めたならば、カリスマどころかレミリアのリアの字すら抜けかねない。レミ。うむ、それはそれで。
「あの、お嬢様。何をそんなに必死になってるんですか?」
はっと顔を上げるレミ……リアの目尻には、しかと涙の跡が見て取れる。気丈な吸血鬼に珍しいことだ。
「わ、わ、私こういうの初めてだから、台詞がなかなか覚えられないのよ」
小悪魔の見たところでは、涙の原因はそれだけではないように思える。
「ひょっとして、お嬢様。緊張していらっしゃるんですか?」
途端、レミリアはゆっくりと立ち上がった。
小馬鹿にするように鼻で笑い、花弁のように赤い唇を歪める。背中の羽がバサリと広がり、絨毯の表面が波のように揺れた。
「この私が、こんな余興で緊張? 悪魔の冗談にしては、なかなか笑えないわね」
見下すような視線をぶつけられる。
小悪魔は手の中の台本を見せつけた。
「ていっ」
「ひいっ!」
頭を抱えてうずくまるレミリア。軽い台本恐怖症に陥ったようだ。
雷を怖がる少女のように、ぶるぶると震えながら隅っこにうずくまっている。
「き、緊張なんかしてないもん!」
おまけに少し幼児化していた。普段からその兆候はあったにせよ、ここまで酷いことは無かったのに。余程、台本が怖いのだろう。
この調子で本番は大丈夫なのだろうか。
不安が胸にこみ上げてくる。だが、今更ストーリーを変更するわけにはいかない。
これはレミリアがボスで無ければならないのだ。最終的には巫女に倒されこそするが、その敗北には余裕が満ちあふれている。
まるで、戯れで巫女に花を持たせたような。そんな印象を植え付けることこそが、小悪魔の狙いだった。
「そ、そうよ。手のひらに台本って三回書いて、それを飲み込めば緊張しないって聞いたわ。台本、台本、台本……マズッ!」
不安感が増していく。
だが、最早止まることは許されない。自分にできる精一杯のことをしよう。
半ば誤魔化しに近い叱咤だったが、今更止めることが出来ないのは事実である。
小悪魔は台本を握りしめ、再びメイド達に檄を飛ばした。
「ああっ! その資材はここじゃなくて大図書館に運んでおいて。そう、後はそっちの担当に任せて。ついでに当日のシフト表を……」
「小悪魔、私の帽子知らない?」
急に裾を引っ張られる。誰かと思えばパチュリーだった。
ただ、彼女の頭にはトレードマークの帽子が無い。
「知りませんけど、どこかに置き忘れたんですか?」
「わからないわ。朝起きた時から無いのよ」
「捜させます」
近くのメイドからレシーバーを借りて、遊撃班のメイドに連絡をとる。
全メイドには何かしらの役職を与えていたが、こういったトラブルの時の為に敢えて何もさせていないグループがあった。
「あーあー、こちら小悪魔。キャストにトラブル発生。パチュリー様の帽子が紛失。色は白。形はメロンパン。至急捜されたし、どうぞ」
「こちら遊撃班。メロンパン、了解。どうぞ」
微妙なとこだけピックアックしていたが、いくら精霊とはいえ本当にメロンパンを持ってくるような真似はしないだろう。多分。
「とりあえず捜索はさせておきましたから、見つかり次第連絡させますんで」
「ありがとう」
これでパチュリーの問題は解決したかと思った矢先、いきなりホールの方で大きな爆発音がした。綺麗な絨毯の上に、壁やガラスの破片が飛んでくる。
「何事!?」
慌てて駆けつけてみれば、そこにはフランドールの姿が。
それだけで、何があったか大体の察しはつく。一応、尋ねてみるけども。
「何をされているんですか、フランドール様」
「私の出番まだー?」
予想通りの答えが返ってきた。
これはあくまで、レミリア・スカーレットのカリスマを演出する為のもの。出番が欲しいというフランドールの為に、一応はエクストラという形で出演を許可したけれど、それだけでは満足できなかったようだ。
退屈になって、ついつい破壊衝動に駆られてしまったのだろう。ついついで館を破壊されては、たまったもんじゃないけど。
「フランドール様の出番はお嬢様の後です。そもそも、一応は幽閉されている設定なのですから、あまり出歩かれては困ります」
「えー、つまんなーい」
唇を尖らせながらも、何とか引っ込んでもらう。物事には順序があるのだ。
咲夜のステージでメイドに紛れてフランドールが現れようものなら、巫女だけでなく見ている人間の心臓をも破壊する。それではレミリアが現れた時のインパクトが薄れる。というか、むしろ無くなる。
それだけは避けねばならない。
「定点カメラの設置終わったよ」
一息つく小悪魔の元へ、釘をくわえた美鈴がやってきた。
彼女の仕事は門番だが、今は大道具や小道具の方へ助っ人として参加して貰っている。
「言われたところの他に、二、三カ所ほど気になる場所があったんで追加しといたから」
「ありがとうございます」
いくら巫女と激戦を繰り広げようとも、それを観戦する者がいなければ意味はない。紅霧異変における紅魔館内での戦いは、全てカメラで録画するつもりだ。
美鈴にはそのカメラの設置をお願いしていた。
「お疲れのところ悪いんですけど、フランドール様が破壊したところを修理して貰えますか?」
「ああ、またやっちゃんったんですねえ。資材も余ってるし、わかりました」
元気良く答え、工具箱を肩に背負って現場へと向かった。大工みたいな門番である。
「っと、いけない。そろそろ通し稽古の時間だ」
美鈴の後ろ姿を眺めていた小悪魔は、慌ててレミリアの待つ玉座へと引き返した。
「とりあえずお嬢様はここに待機して貰ってですね、巫女があのオレンジのラインを超えたら、台詞を言いながら出ていってください」
「その台詞が書いてないんだけど?」
「巫女が何を言うかは予想不可能ですから。基本的にはアドリブ重視です。ただ、最後の台詞だけは絶対に言ってくださいね。大事ですから」
「アドリブ……」
ただでさえ青かったレミリアの顔色が、今度は真っ白に変わっていく。吸血鬼とはいえ、正常な顔色ではない。
「お嬢様にあまり無理をさせないでください」
「わかりましたから、肩からタスキをかけるのは止めてください」
チェッと舌打ちしながら、咲夜は『瀟洒な従者』と書かれたタスキを外す。どこまで自己主張が激しいんだ、このメイド。
「基本的には巫女の言葉を返すだけで構いません。ただ、できることなら少し皮肉を込めて欲しいんです」
「ヘイ、ジョン。昨日、君の家の庭にモンスターがいたぞ。おいおい、ボブ。そいつはウチのワイフだよ」
「それはアメリカンジョークです、お嬢様。まあ、無理なら出来るだけ台本の台詞に近い感じでお願いします」
「わ、わかったわ」
震える声でレミリアは頷く。台本を握る手も、心なしか震えていた。
「それで、私の出番はいつかしら?」
「パチュリー様の出番はですね……ってなんでメロンパン被ってるんですか!」
いつもの場所に悠然と居座るメロンパン。
あんまり違和感は無いけれど、だからといって目立たないわけではない。
「連絡が無いから、仕方なくキッチンで……」
「今捜索中ですから、もうちょっと待ってください。そして咲夜さん、やられたって顔しない!」
思いついたら自分もやるつもりだったのだろうか、あのメイド。
「ヘイ、ジョン。昨日、君の家の庭にモンスターがいたぞ。ボブ……アレを見てしまった以上は生かして返すわけにはいかないぜ!」
「お嬢様、それはジョークですらありません」
と、ツッコミを入れていたら、また聞き慣れた破壊音が廊下の方から聞こえてくる。
それに混じって、フランドールの不満そうな声も届いた。
「お腹すいたー!」
パチュリーの頭にのっかるメロンパンを掴み取り、近くのメイドに手渡す。これでとりあえず怒りを鎮めてきなさい、と告げて。
廊下へ走り出すメイドと入れ替わるように、ホールから美鈴がやってくる。
「キッチンでメロンパンが無くなったって騒いでたんだけど?」
「じゃあ、美鈴さんの方で作っておいてください。あと廊下の修理もお願いします」
半泣きでキッチンへ向かう美鈴。
すると不安そうな顔で、パチュリーが呟いた。
「ねえ、小悪魔。私のメロンパン知らない?」
「パチュリー様。当初の目的からずれてますよ」
「それより、早く通し稽古を始めましょう」
凛とした咲夜の声に、小悪魔は頭を抱えた。
「言ってることは正しいんですけど、胸にメロンパンを詰めるのは止めてください。どっから持ってきたんですか」
「キッチンに残ってたのよ」
えっへん、と何故か鼻高々の咲夜。
「胸を張らない!」
小悪魔の怒鳴り声すら聞こえてないレミリアは、相変わらず部屋の隅っこで体育座りしていた。
「なんてことだ、ジョン。全部、僕を騙す為の演技だったのか! そうさ、ボブ。これも全ては全人類メロンパン化計画の一端。いずれ君もメロンパンにしてあげるよ……ハハハ、フフフ」
乾いた笑いをあげるレミリアに、話しかける者は一人もいなかったという。
紅い霧が立ちこめたから調査に乗り出してみれば、何とも奇妙な館にたどり着いた。どうやら、ここが異変の中心部らしい。
泣きながら壊れた壁を修理する中華風の女を横目に、悠々と館の中へと入っていった。
何故かメロンパンを被った魔女や、胸にメロンパンを詰めたメイド長を突破し、最深部へとたどり着く。
途中、妖精とレベルが十六桁ぐらい違う少女に三機ほど減らされたが、まあ気力はまだまだ残っている。この分なら、お嬢様とやらにも負けはしないだろう。
「いるいる。悪寒が走るわ、この妖気。何で強力な奴ほど隠れるんだ?」
わざとらしく身震いしてみせる魔理沙の目の前に、コウモリの羽を背負った少女が現れる。
少女は悠然と身構えながら、魔理沙を見て目を丸くする。
「み、巫女じゃない……」
「ん? 生憎と巫女は品切れだ。代わりに私が敗北をお届けにきたぜ」
魔理沙はそう言うが、少女の耳には届いていないようだ。助けを求めるように、視線をあちこちに彷徨わせている。
どうしたもんかと思ったが、とりあえず少女が元凶であることは間違いなさそうだ。
「おまえ、アレだろ? ほら日光とか臭い野菜とか銀のアレとか、夜の支配者なのに何故か弱点の多いという……」
「ち、違うわ!」
「へっ?」
見た目からして、どう考えても吸血鬼なのだが。戸惑う魔理沙に向かって、少女は慌てて訂正を入れる。
「やっぱり違わないわ! 吸血鬼よ、吸血鬼。ガーッと血を吸って、ゴーッって飲むの」
妙に緊張しているのか、どうにもテンポが合わない。
頬を掻きながら、とりあえず魔理沙は話を進めた。
「今まで何人の血を吸ってきた?」
「えっ、そう言われても。数えたことないし……ちょっと待ってて。咲夜に聞いてくる!」
「待て待て。行かなくてもいいから、私が悪かった」
どこぞへ飛び立とうとする少女の羽を掴み、謝る。
これが本当に元凶かとも思いたくなるが、違えば違ったで構わない。目の前に立ち塞がるのだから、とりあえず倒しておこうというのが魔理沙の考え方だった。
「ああ、なんだか私もお腹がすいてきたな」
「じゃあメロンパン食べる?」
「いらないっての」
急に気まずい空気が立ちこめる玉座。
突然、少女がハッと何かを思いだしたように顔を上げる。
「こんなに月も紅いから本気で殺ちゅ……」
口を押さえ、顔をしかめる少女。噛んだらしい。
どうしたものか。これにはさすがの魔理沙も困り果て、再び玉座に気まずい空気が戻ってくる。
やがて少女は顔を真っ赤に染めて、半ばやけくそのように怒鳴った。
「それはウチのワイフだぁー!!」
こうして、戦いの幕は切って落とされた。
全くもって、意味不明なかけ声と共に。
物陰で様子を窺っていた小悪魔は、涙を浮かべながらこう言ったという。
「もう、嫌……」
この面白さ、あり得なさすぎるwwwwwww
なかなか面白い着眼点ですね。
しかしなぜメロンパン?(苦笑)
最初からカリスマなかったのかレミリア。
いかんメロンパン食いたくなった。
やはり、脳がないと暗記とかは難しいのでしょうか
のちに「れみりあうー」と語り継がれることになる、あのポーズを考案した演技指導はどなたなのでしょうか
もしかして、レミリア様は困ったとき自然とああいうポーズをしてしまうのでしょうか
ナチュラルボーン悩殺キラーなのでしょうか
疑問が湧いてとどまるところを知りませんが、それは八重結界さんに脳の変なところを刺激されたせいです
誤字
小悪魔でそこで普段から→小悪魔はそこで普段から
実に考察しがいのある怪奇小説でした。
いや、いつもながらお見事。舞台裏が表舞台にでちゃあ、そらグダグダにもなりますわな。
瀟洒なはずのメイド長は役に立たないし、何よりレミリアがプレッシャーに弱すぎるww
ぬあぁぁぁ、口の中がボソボソする。やっぱコンビニのじゃダメか。でもいつものパン屋は
まだ開いてないし。
これにね、悶えましたわ正直。
メロンパンもそうだが
「なんてことだ、ジョン。全部、僕を騙す為の演技~
ここで吹いたw
小悪魔でそこで普段→小悪魔はそこで普段
かな?
色は白、形はメロンパンの所で吹いた自分は間違っていなかった。
いや、だってさこれメロンパンがメインのSSでしょwww
しかしレミ可愛いなぁ。
だめだ、感想書いてたらメロンパンのところ思い出して、またワロタw
舞台裏のカオスっぷりが素晴らしいです。
お嬢様テンパリ過ぎwww
妖々夢や永夜抄バージョンも見てみたい。
「HAHAHA、気のせいさボブ」
殺ちゅが可愛すぎるwww
咲夜さん張り切りすぎw
フランちゃんがステージ5に出てきたら怖えぇーw
殺ちゅ って……かわいすぎるよお嬢様!
しかし、これは酷いwww
小悪魔萌えだと思ったら殺ちゅで盛大に噴いた
俺の腹筋がメロンパンになったじゃないか!
紅魔館は小悪魔が回していたんですね!
貰ってくれ。
俺の心にホームランだった
なんでよりによってアメリカンなジョークをテンプレで持ってるんですかw
あと何気にフランが大暴れしてるしw
↓
それはウチの(ry ←腹筋核爆破ww
↓
メロンパンうま~www ←今ここ
なにこの対応に困る異変。
オマエコロチュwww
本気で殺ちゅ
こんな異変いやだ!
けどSSのギャグとしては好きです
どこから突っ込めばいいのやらw
フランドールは結局妖精に混じって出ちゃったかw