香霖堂から魔法の森を進み、再思の道を抜けると無縁塚に行き当たる。
そこは木々に囲まれたひっそりとした空間。
そこにあるのは紫の花をつける桜の木々と幾つものみすぼらしい墓ぐらいの物だ。
そんな何も無い場所なのだが、僕は毎年秋の彼岸になるとこの無縁塚に墓参りに来るようにしている。
無縁塚の墓に縁者が眠っているという訳ではない。
無縁塚に葬られているのは幻想郷に縁者の無い人間、主に外の世界の人間達だ。
さすがに外の世界から幻想郷に入ってきてまで死者を弔いに来る人間はいないし、里の人間も妖怪が闊歩するこんな危険な場所まで来る事はめったに無い。
いくら無縁仏とはいえ、彼岸に誰にも手を合わせてもらえないのは少々かわいそうだろう。
それを哀れに思った僕は毎年無縁塚に眠る死者を弔い、墓の周りに落ちている遺品、いや、外の世界から入ってきたゴミ等を持ち帰るようにしているのだ。
しかし、こんなへんぴな場所を訪れるのは僕だけかと思っていたが何事にも例外はあるのだろう。
無縁塚に響き渡るラッパの音。
そして、ある一点を囲むように集まる幽霊達の群れ。
その中心に座る白い少女に僕は声を掛けられた。
「あら、香霖堂のお兄さんじゃない。メルラン・プリズムリバーのソロコンサート会場へようこそ」
~☆~
「コンサート会場? こんな場所に音楽を聴きに来る客なんていないんじゃないかい?」
「こんなに沢山いるじゃない。幽霊達だって立派なお客よ。」
メルランを囲んでいた幽霊達が「そうだ、そうだ」とでも言いたげに縦に揺れる。
「それに生きているお客さんも目の前に一人いるじゃない」
「生憎だけど僕は墓参りに来たんだ。君の音楽はまた今度聴かせてもらうよ」
「えー、お墓参りなんてまた今度で良いじゃない。そんなものより、幽霊と一緒に私のコンサートを聞いたほうが、お墓の中の人によっぽど喜んでもらえるわよ」
「いや、誰からも手を合わせてもらえなければ、ここに眠る死者達は無縁仏になってしまう。それではかわいそうだろう。それに、墓参りするのは死んだ人の為だけではなく、生きている人の為でもあるんだ」
そう、墓参りとは死んだ物と、生きている者双方の為に行われるものだ。
僕も此処に来た目的は死者に手を合わせ、有益なゴミを持ち帰るために来たのだ。
せっかくこんな場所まで足を伸ばしたのだ、コンサートを聞いている時間など無い。
僕は「それでは」と告げると、宝の山に向かって歩を進めた。
「むー」
しかし、この時僕は気づかなかった。
白い少女が不満そうな顔をしていた事を―――
忘れていた。
彼女が騒霊である事を―――
騒霊とは人や建物に取り憑き、物を動かしたり、ラップ音を立てたりする霊である。
ひとりでに物が宙を飛び交う様は、妖精のいたずらとも呼ばれる。
そんないたずら好きな彼、彼女らだが、その行動は主に人がいる場所で起こる。
そう、彼らの起す行動は自分の存在を他人に知らしめる為に行われるのだなのだ。
だから、先ほどのように自分の行動を人に軽く見られたり、無視される事を嫌う。
その事を忘れるべきではなかった。
パプーーー!!!
「うわっ!?]
バシッ
ゴミを拾っていた僕の耳元で脳を揺さぶるような騒音が鳴り響いた。
キンキンと鳴り響く耳を押さえつつ振り返るとそこに、ポツンと小さなラッパが転がっていた。
驚きのあまり思わず叩き落してしまったそれ、地面に転がっているラッパが先ほどの大きな音の原因だろう。
こんなへんぴな場所で、こんないたずらをするのは、先ほどの白い少女しかいない。
僕に気づかれないように、離れた場所から楽器を操り僕の耳元で大きな音を鳴らしたわけだ。
私を無視するなとでも言いたいのだろうか。
墓参りに来ただけなのにこんないたずらをされるとは、文句の一つでも言ってやろう。
「まったく、僕が此処へ来たのは―――」
「あーーっ!」
僕の声を遮りメルランが大きな声をあげた。
驚かされたのは僕のほうなのに、何故彼女が驚いているのだろう。
不思議に思っていると、すごい勢いで僕の傍までやって来る。
そして、転がっていたラッパを拾い上げるとすごい剣幕で、それを僕のほうに突きつけてきた。
「あなた、何てことするのよ。私のラッパがへこんじゃったじゃない。弁償してちょうだい」
「なんだって!?」
たしかに彼女の言うとおり僕が叩き落したせいでラッパに小さなへこみが出来ている。
これでは歪んだ音しか奏でる事は出来ないだろう。
しかし、そうなったのは彼女が僕を驚かしたせいである。
被害者であるはずの僕がどうして弁償などしなければいけないのだ。
「ラッパが傷ついたのはそもそも自業自得じゃないか。そもそも君が―――」
「言い訳なんか聞きたくないわ。弁償してくれなきゃ酷いんだから」
白い少女は再び僕の声を遮り、トランペットを構えてこちらを睨んできた。
その目は「これ以上文句があるなら弾幕ごっこで聞くわよ」とでも言わんばかりだ。
弾幕ごっこが苦手な僕にはきっと勝ち目など無いだろう。
逃げ出そうにもいつの間にか周りを幽霊達に囲まれている。
これは僕が悪いのか?
そう声を大にして言いたい。
しかし、言ったところで僕の味方担ってくれそうな存在はどこにもいない……
こうなっては降伏以外道は無いだろう。
釈然としないものを感じながら、僕は大きなため息をつくと両手を挙げた。
「分かった、そのラッパのへこみは僕が直すからどうか勘弁してもらえないかい」
「え、お兄さんって楽器を直せるの?」
僕の答えに白い少女は驚きの声をあげた。
弁償ではなく修理という方法を取るとは思わなかったのだろう。
「これくらいのへこみなら何度か直した事がある」
店で扱う商品、外の世界から流れ着く道具はさまざまで、中には壊れたまま流れついた物もある。
そんな道具達を修理しているうちに、金属のへこみを直す事も出来るようになったのだ。
さすがに大きく変形してしまっては手も足も出せないが、このくらいの小さなへこみなら直せるだろう。
「さすがに此処では無理だけど、店に帰ればこれくらいなら直せるよ」
「すごーい、じゃあ早速店に行きましょう」
先ほどまで怒っていたはずなのに、もう機嫌が直ったのだろうか。
何処か嬉しそうな白い少女は、僕の手を引き遠く離れた香霖堂へと進もうとする。
「ちょっと待ってくれ、せっかく此処まで来たのにまだ幾つも道具を拾っていないんだ」
「そんなものあとあと、早く行くわよ」
白い少女は僕に抱きつくと、僕の体はふわふわと宙に浮き上がっていった。
「何をするんだ」
「ほらほら、おとなしくしてないと落っこちちゃうわよ」
空の上に連れて行かれては何の抵抗も出来ない。
僕に空を飛ぶような能力は無いのだ。
僕を抱きかかえる少女の機嫌を損ね、このまま地面に落とされてはかなわない。
せっかくの仕入れを邪魔され、無理やりに楽器を修理する事になった僕は、だんだんと小さくなっていく無縁塚を見下ろしながらため息をつくしかなかった。
~☆~
「とーちゃーく」
行くときの半分以下の時間で、無縁塚から香霖堂まで戻ってきてしまった。
空を飛べるというのは便利な物だと思う。
しかし、こんなに早く目的地に到着してしまっては、せっかくの紅葉も碌に見る間も無い。
一歩一歩自分の足で森を歩いてこそ自然を感じる事が出来るのだ。
やはり、僕は空を飛ぶ事を好きになれない。
特に自分以外の意思で飛ぶのはなおさらだ。
僕が空を飛ぶ事を好まない理由に、年端も行かぬ少女に抱きかかえられて空に浮かぶ自分の姿を想像すると情けなくなるというのも少なからず存在するのだが……
「お兄さん、なにぼーっとしてるの? 早くラッパを治してよ」
僕は白い少女に手を引かれ香霖堂へと入っていった。
/
さて、ここまで来てしまったのだ、手早く修理してしまおう。
こんな厄介ごとは早く終わらせて無縁塚に戻らなければ、外の世界の道具を拾うための籠もあそこに置いたままなのだ。
白い少女に見守られる中、僕は机の上にラッパと修理道具を置き気合を入れた。
「じー」
僕は見られている緊張と失敗したときの恐怖を押さえつけ修理に取り掛かった。
コンコンコン
ラッパ等を修理するときは専用の板を裏側から当てて、ハンマーで優しく叩いてやればいい。
コンコンコン
この時強く叩きすぎると変形が大きくなってしまうばかりか、下手をすると穴が開いてしまうことさえある。
コンコンコン
そんなことになれば、目の前の白い少女に何をされるか分かったもんじゃない。
コンコンコン
慎重に慎重を重ねながらハンマーを振るう。
コンコンコンコンコン……
「よし、完成だ」
へこみがすっかり消えたラッパを手に一息ついた。
修理したところが模様のようになっているがそれも愛嬌という事にしておこう。
「これで直っているはずだよ」
「ほんとに、吹いても大丈夫?」
「ああ、どうぞ」
僕は修理したばかりのラッパ、まだぬくもりの残るそれをメルランに手渡した。
パープー
メルランが確認するためにラッパを吹いてみても歪んだ音は聞こえない。
我ながら上手く修理できたようだ。
「うん、ばっちり直ってる。それじゃあ、お礼に一曲」
パーパラッパーパーパーラーパラーパラパー
直ったばかりのラッパから陽気なメロディがあふれ出す。
彼女の奏でる音は人々に元気を与える。
そんな彼女の音楽は人だけでなく、妖怪や幽霊にも愛されるすばらしい物だ。
そして誰からも愛されるようなこの音は、僕が修理した楽器が奏でている。
そう思うと何処か誇らしいような気がしてくる。
だんだんと大きく、だんだんと早くなっていくメロディ。
いつの間にか香霖堂は陽気音楽に包まれていった。
僕は普段。はしゃぐような真似をしないのだが、このメロディを聞いていると、いつの間にか僕の周りを飛び回る沢山の楽器と一緒に踊りだそうかとすら思ってしまう。
「って、ちょっと待ってくれ!」
「なによ、良いところなのに」
メルランが演奏を止めると、飛び回っていた楽器たちがゆっくりと床に降りていく。
僕の目に狂いが無ければそれらの楽器は香霖堂の商品のはず。
そう思い楽器を収めていた場所に目を向けると、案の定棚からは商品が消えていた。
そして、棚から消えていたのはそれだけではない。
楽器が飛び出した際にぶつかったのだろう、周りの商品まで棚を飛び出しひどい状況になっていた。
手を使わずに楽器を演奏する彼女だ、自分の楽器だけでなく香霖堂の楽器も操ったためこのような事態になったのだろう。
「なんてことをするんだ。店がめちゃくちゃじゃないか」
「あら~……」
メルランは「やっちゃった」とでも言いたげ顔で周りを見渡した。
「よし、このお詫びにもう一曲」
「出て行ってくれ!!!」
~☆~
白い台風が去り、荒れ果てた店内を見回す。
これは、店をこのままにして無縁塚に出かけられるような状況じゃないな。
今日はこのまま店の掃除で一日が終わることになるだろう。
ソロコンサートの代金としてはずいぶん高くついたものだ。
彼女自身は悪い子ではないのだろう。
だが、彼女が奏でる音楽はどうも僕には合わないように思える。
メルランが奏でるような心躍る音楽に身を任せるのは悪い事ではない。
楽しい音楽はつらい事、悲しい事を忘れさせてくれる物だ。
だけど、それよりも僕は静かな店内に響く虫の声や風の音、そうした自然の奏でる音に耳を傾けるのを好む。
楽しげな騒動よりも静かな平穏を好む、ただそれだけだ。
……しかし、翌日
「香霖堂のおにいさん、また遊びに来たわよ」
「楽器を修理できると聞いて来た。このヴァイオリンを見てほしい」
「見たことも無い楽器があるってホントー?」
僕の愛する平穏な日常は、昨日の3倍の騒音によって壊されるとは思いもしなかった。
それにしても香霖哀れ
え?香霖は不幸になってるじゃないかって?
メルポと絡んでルナ姉に話しかけられて、これ以上の幸福があるか嫉ましい!
テンポの良いお話でした。
自分もマイナーカップリング大好きです。
いいこーりんとメルランでした。
特性が良く出てる。
純粋にいい作品だと思う。