Coolier - 新生・東方創想話

My favorite sight

2008/05/01 04:29:15
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※儚月抄設定未対応です。





「あ……」
 上白沢慧音は、小さく声をあげた。
 傍らで寝息をたてる、藤原妹紅。彼女の歴史の一部を、誤って紐解いてしまったのだ。
(申し訳ないことをしたな)
 思う間も無く、彼女の歴史――忘れえぬ記憶が、慧音の思考に流れ込んできた。





 うららかという言葉がよく似合う、春の庭。
 暖かな陽光の差す中を、妹紅とよく似た顔立ちの娘がぱたぱたと走り回っている。
「ほんに、おいたわしい」
「藤原のひめさまともあろうお方が、このような鄙つ方に……」
 そんな声が聞こえる。
 けれど娘はそんな言葉などどこ吹く風で、きゃっきゃっと子供らしい歓声を上げてはしゃいでいる。
「お父様!」
 裳裾を乱して、唐様の上等の着物を着た男に走りよる。男は、高価な服が土に汚れるのもかまわず膝をついて娘を抱きとめ、頭を掻き撫でた。娘の表情が、「うれしい」でいっぱいになる。
「あのね、お父様。むこうのお花がね……」
 手が止まるのを待ってから、男の目を見つめ、一生懸命に話す。
「ほら、こっちこっち」
 一緒に来て、とばかり、男の手を掴むと、一目散に駆けだした。





 歴史はそこで途切れた。
 同時に、妹紅が目を覚ました。ぼんやりした口調で、慧音に話しかける。
「夢、みてた。昔の夢」
「ああ。私がお前の歴史を紐解いてしまった影響だ。すまなかった」
 まだ夢うつつの妹紅に、慧音は、誤って彼女の歴史を見てしまったことを説明し、謝罪した。
「しかし、ほっとしたよ」
「え……?」
「いや、お前の出生についてはその……聞いていたからな。どんな子供時代をおくっていたのか、実の所心配だったんだ」
 望まれた子ではなかった。慧音は、妹紅の出生についてそう聞いていた。しかし、その言葉故の不安は、妹紅自身の歴史によって払拭された。
「大切に、されていたんだな」
 そう、子を愛さぬ親などいない。
 妹紅の出生は、その父に何がしかの不利益をもたらすものだったのだろう。
 政治上の問題か、世間体か――けれどそうした障害を乗り越え、彼女の父は、彼女を愛し、揺るぎない親子の絆を築いていた。彼もまた人並みに、あるいはそれ以上に娘を愛した、一人の父親だったのだ。
 そう考え、慧音は、安堵するとともに、嫌疑をかけていたともいえる妹紅の父に対して、心の中で詫びた。
「……慧音?」
「お前は、とても幸せそうだったじゃないか」
 そう語る慧音自身もまた頬を緩め、歴史の中の男に劣らぬ慈しみをこめて、妹紅の頭を撫でた。





「慧音、本気で気付いていなかったみたいね」
 慧音の立ち去った後。歴史の主は、少しく訝る。よもや彼女が、こんな初歩的な誤りに気付かないとはと。
 これまで幾度となく人の歴史を紐解いてきた、知識と歴史の神獣。その眼を欺いたのはきっと、彼女の願望。かくあれかしと望んだ、彼女の優しさ。
「おかしいじゃない。私の記憶の中に、私の姿があったら」
 つぶやくと、眠気に誘われるがまま、先まで在った夢の世界へと戻っていった。





「なりませんよひめさま、そちらへいらしては。恐ろしい物の怪がおりますゆえ」
 そんな言葉が聞こえ、あわてて体を引く。
 視界を占めるものが、たちまちにして替わる。ほほえましい父娘の光景から、格子の嵌められた窓へ。
 窓から目を離す。目に映るものは、暗い牢の中だけ。
 それが、少女の居所だった。
 こちらに注意が向いてしまうと、窓の前にはいられない。向こうしばらくは窓の外を見られない。仕方無しに、格子の隙間から覗いていた光景を追憶する。
 目が潰れてしまいそうなくらい、まぶしい光景。暗がりに慣れた少女の目には、まぶしすぎる光景。それでも憧れた、遠くて大好きな光景。
 髪が肩の下まで伸びた頃だろうか。少女が、自分が父から他の娘達とは違う扱いを受けている、その理由を理解したのは。
 白い髪。
 他人と異なる、異常な外見。
 それ故に自分は、化け物と忌まれ、恐れられているのだと。
 そしてそれは、父自身や娘達の身を守るためで、仕方の無いことなのだとも。
 解っていた。それでもやはり、愛されたかった。
「お父様」
 「ひめさま」を真似て、けれどそれよりはずっと小さな声で、父を呼ぶ。
 少女は、誰からも呼ばれない。誰一人少女の名を呼ぶ者はいない。呼ぶ名など、はじめから無いのだから。
 それでも、少女は呼ぶ。どんなに疎んじられようともなお、恋しくてたまらない、その男を。
「おとうさま……」
 誰も応えない、届きすらしないささやきを、唇にのせた。
 こちらにてははじめまして。mizuと申します。どうぞよろしくお願い致します。
 この作品は、去年から今年3月にかけて書きためたものの一つで、儚月抄設定には対応しておりません。
 やや気が引けはしましたが、萎縮してしまうのもつまらないことだと考え、投稿してみました。
 状況次第では、これからもそんな作品を投稿してゆくかもしれません。勿論、儚月抄を前提にした作品も。
mizu
[email protected]
http://usagiyatukitosakura.web.fc2.com/
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コメント



0.480簡易評価
4.無評価名前が無い程度の能力削除
短いかなぁw
5.60誤字を見つける程度の能力削除
うーん、これはちょっと短いのではないかなぁ・・・

膨らませようとすれば、もうちょっとボリュームが出せるネタに感じましたが・・・。

まぁ、量的なものは追々わかってくるでしょうし、内容もそれほど悪くはないと思います。
9.無評価mizu削除
 遅ればせながら、お読みいただき、そして感想を下さり、ありがとうございました。

 返信が遅れてしまい、申し訳ありません。



>名前が無い程度の能力様

 次は短かろうが長かろうがご満足いただける作品を書けるよう、精進致します。



>誤字を見つける程度の能力様

 ボリュームについては、できるだけコンパクトに、最小限の言葉数で、と考えておりました。

 「短い」が欠点になりえないような作品を書けるよう、努力したいと思います。