あれとはなんでもない日、なんでもない夜。なんでもない神社の裏、
何かに導かれるように散歩をしていたとき、あれと出会った。
「……何これ、私?」
木陰でぼろぼろの姿だった変な物体、月明かりに照らされたそれは、
私の……博麗霊夢の顔をしていた、胴体はなく、まるで生首のようだったが、
大きさは人間のそれとは比較にならず、顔もやや変わっていた。
「妖怪? ……あ」
ふとあれの目が開く、力なく持ち上がる瞼の奥に見える純粋な瞳、
それは何かを私に伝えたいのだろうか、必死に私を見上げようとしている、
しかしそれは叶わずに、あれは力尽きて瞼を閉じた。
「しょうがないわね……」
私はあれを抱きかかえ、家へと連れ帰った、
こんな奇妙な物をどうして? と思うかもしれない、
でも私の顔をしていたあれを、私はなぜか見捨てれなかった。
「……やっぱり妖怪ね、タフだわ」
餌を与え、体のような顔を洗い、毛布をかぶせて一晩寝かせる、
すると翌日の朝、あれは飛びまわれるぐらいに元気になっていた。
「美味しい?」
煎餅を与えてやるとあれは喜んで食べた、
この首だけの体型のどこに胃があるのだろう?
「……ええ?」
試しにお茶も与えてみるとやっぱり美味しそうに飲む、
手がないのにどうやって湯飲みを傾けているのか、原理が分からない。
「あんたって、不思議ね」
自分の顔をしてるあれをじっと見つめる、
視線に気づいたあれも私をじっと見つめる。
「……ふふ」
つい笑みを浮かべながらあれの頭を撫でる、
お返しとばかりにあれのにこやかな笑顔が可愛い。
「あら、また?」
お尻の下にある柔らかい感触、あれを飼い始めてから何気なく座ろうとすると
よくあれの上に乗っかってしまう、足元に注意して座ろうとしても、
少し視線を離せばあれは私の下に回りこんでいたりする。
「もう……」
立ち上がってあれを叱ろうと視線を落とすと、
あれは先に私を見上げてじっと見つめていた、
少しだけ悲しげで、少しだけ残念そうな表情で。
「……もしかして、上に座って欲しいの?」
途端、あれの表情が明るいものに変わる、
クッションの変化した妖怪なのだろうか。
「しょうがないわね……えい」
私は意を決してあれの上に腰を下ろす、
あれは生物にしては意外に柔らかかった、かといって柔らかすぎるわけでもない、
程よい弾力と、心地よい暖かさ、大きさも体型も申し分無い、
紅魔館にも立派なクッションはあったが、あれはそれよりもよかった。
「あんたは苦しくないの?」
前かがみになってそれの顔を覗き込む、
私の重みで潰れたあれは、元気そうに私を見つめ返してくる。
「ぷっ……あはははは!」
潰されて変な形になった自分のような顔を見て、
私はついつい笑ってしまう、心なしかあれの表情も笑ってるように見えた。
「霊夢ー、遊びに来てやったぜー」
境内の方から聞き慣れた声がする、許可も出していないのに勝手に家に上がるのだから
図々しいとしか言えない、新しいお茶をだそうか、それとも出涸らしか。
「ああ、あんたはここで待ってなさい」
お茶が出来るまで魔理沙の相手はあれに任せよう、
そして台所に向かう私は、また今日も魔理沙とお茶を飲もうと考えてる私に気づく、
溜め息が出るが悪い気はしない、そんな自分も悪くない。
「……うおおおっ!?」
冷たい、どこかの誰かの叫び声のせいでやかんに注ごうとした水が手にかかった、
あれでも見て驚いたのだろうか、その様子を考えただけでついつい笑みが浮かぶ。
「霊夢っ!? どうしたんだ霊夢! 呪いでもかけられたのか!?」
魔理沙の慌てっぷりが遠い台所からでもよく分かる、
あまりの可笑しさにとうとう堪えきれず吹いてしまった。
「一体誰なんだ、霊夢をこんな姿にしたのは……、
待ってろ、すぐに永琳のところに連れてってやるからな!」
ああ、これは少々不味い事になったかもしれない、
あれがあの薬師のところに連れて行かれたら解剖されかねない。
「こ、こら、逃げるな! 暴れるな! 今助けてやるから!」
あれを捕まえるのに苦労してるのだろうか、
あれは見かけと比べて意外とすばしっこい。
「よし捕まえ……うわぁぁぁぁ!!」
突然聞こえた魔理沙の悲鳴に私の思考が一気に冷める、
あれが何なのかすらよく分かっていないのに、
どうして私はあれと魔理沙を二人きりにしようとしたのだろうか、
何かを叩きつけるような振動が二度、三度と床を伝わって私に届く。
「魔理沙っ!!」
障子を開けると真っ先に視界に飛び込んできたのは、
目に涙を浮かべながら私の後ろへと隠れようとするあれの姿だった、
魔理沙の姿を探すと、ちゃぶ台の影で仰向けになって倒れていた。
「魔理沙! 大丈夫!?」
「……う……うぅ……」
「一体何があったの!?」
「は……はいぱーぼ……がくっ」
「……大丈夫みたいね」
がくっ、を自分の口で言えるのは大丈夫だという証だと
魔理沙が前に言ってた気がする、落ち着いて周りを見渡すと
畳に三箇所ほどへこんだ部分が見て取れた。
「……あんたがやったの?」
あれの方を見ると、まだ涙目で私を見つめていた、
罪悪感は感じているらしく、少しずつその顔が下を向いていく。
「はいはい、怖かったのね……よしよし」
そっとあれの頭を撫でてやる、するとあれはぼろぼろと涙をこぼしながら
私の胸元に飛び込んできた、本当に魔理沙が怖かったんだろう。
「うあー、がー……頭が痛いぜ……」
「もう起きたの? で、結局何があったのよ」
「いや、あれを捕まえたと思ったら急に天地がひっくり返って……」
魔理沙が頭を抱えながら起き上がったと思えば、
あれを抱きかかえてる私を見て表情を強張らせる。
「……れ、霊夢が二人いる!?」
すこしカチンと来たのであれを投げつけてやった。
「ふーん……ほーぅ……へぇー……」
折角用意したお茶に目もくれず、魔理沙はあれを物色している、
あれも怖がる必要がないと気づいたみたいで、自慢げな顔で触らせていた。
「なあ霊夢、これどこで拾ったんだ?」
「神社の裏で拾ってきたのよ」
「貸してくれ」
「駄目」
どこか悔しそうな魔理沙を見ながら飲むお茶が美味しいのは気のせいだろうか。
「……神社の裏だな?」
「あるとは限らないわよ」
「無いとも限らないぜ!」
無い、と断言する前に魔理沙は外に飛び出していた、
せめて探すなら自分の家の裏のほうが良いんじゃないかと思うけど、
わざわざ伝えに行くのも面倒臭いのでお茶をすすりながら二人で待つことにした。
「いなかったぜ……」
一時間後、魔理沙は結局見つけられずに全身を葉っぱまみれにして帰っていった、
お茶は最後まで一口も飲まなかった、勿体無い、でも冷めたお茶も美味しいものね。
「違う違う、こうやって手首を効かせて掃くの」
魔理沙が帰ってからあれと一緒に境内の掃除をした、
手が無いのにどうやって箒を持っているのかよく分からないが、
それでも二人でする掃除は楽しかった。
「やっぱりあんたも嫌いなのね」
一緒に食事をすれば、互いの器に苦手な食べ物が最後まで残る、
私はそれを口に放り込むと、あれも眉を顰めながら口に放り込んだ、
これを食べている時は私もあんな表情を浮かべているのだろうか?
「ふぁ~……あ~……」
月が高く昇り始めたのを見ると、ついつい欠伸が出てしまう、
隣で一緒に空を見上げていたあれを見ると、これでもかと口を縦に広げて大欠伸をしていた。
「……そろそろ寝る?」
そう問いかけると、あれは私を見てこくりと頷いた、
寝室へ向かって歩む私と、その後ろを離れることなくついてくるあれ、
もしこの光景を何も知らない他人が見ればどう感じるだろうか、
面白いのか、不気味なのか、はたまた不思議と思うのか。
「よい……しょっと」
押入れから布団を取り出していつも以上に丁寧に敷く、
こんなに気合を入れて布団の準備をするのは魔理沙が始めて泊まっていった時以来だ。
「あー」
ふと気づけば、あれは枕の位置に陣取って輝く瞳で私を見上げていた、
相変わらず素早いと感心せざるを得なかったが、とりあえず捕まえて持ち上げる。
「残念だけど、あんたの位置はそこじゃないわ」
あれはがっくりしたような、残念そうな表情で私を見つめる、
私はなだめるようにあれの頭を撫でると、ぎゅっと優しく抱きしめた。
「あんたの位置はここ、いいわね?」
数秒の間、あれはどういうことか分からずにぽかんとした表情を浮かべていたが、
ようやく理解したのか、凄く嬉しそうな表情で体を振るわせ始めた。
「はいはい、もう寝るんだからテンションは下げなさい」
あれをぎゅっと抱きかかえたまま、私は布団に入り込む、
その柔らかな感触を味わって、ほのかな温もりを受け止めて、夢の世界に入り込む。
「おやすみ……」
意識がぼやけていく中で、それは幻聴だったのかもしれないけど、
きっとあれはこう言った、私の言葉に答えるように、おやすみ、と。
そこは白い世界だった、
何も無い白い世界だった、
そんな世界に私はいた、
そんな世界にあれはいた。
「ねぇ、なんで泣いてるの?」
あれは私を見つめて泣いていた。
「ねぇ、何で私も泣いてるの?」
私はあれを見つめて泣いていた。
「ねぇってば……」
あれに触れようと手を伸ばす、
届かない、
届かない、
手を伸ばせば伸ばしただけ、
前に歩けば歩いただけ、
あれは遠ざかり、私は離れる。
「……もう、お別れなのね」
涙の理由は知っていた、
届かぬ理由は分かっていた。
あれはこの世界の異端、
あれはこの世界にあってはならない物、
あれはこの世界が受け入れられぬ物。
「……ありがとう、あなたと過ごした今日は……楽しかったわ」
あれは私だった、
あれは違う世界の私だった、
あれはあれのいるべき世界へと帰ろうとしている。
「さようなら」
遠すぎて遠すぎて、小さくなった私に、私は別れの言葉を送る、
私と私の涙はいつしか止まっていて、代わりにあったのは笑顔だった。
「サヨウナラ――」
そして私が白い世界から消える時、私はその声を確かに聞いた。
目を覚ますと私は一人だった、顔を横に向けてみれば、
重なり合った自分の腕が少しだけ寂しげに映る。
「……おはよう」
私がいた私の隣、布団にぽっかりと開いた空間、
そこにはもう私はいないけれど、おやすみと言ってくれたのだから。
あとがき吹いた
コメント見て初めて気が付いた
気づくまでSIREN2に出てくるやつを思い浮かべていた…
何だかもの凄く溶け込んでいい話になってしまっている。
けど、いい話だと思った
いいほのぼの。
それと魔理沙は主人公(笑)自重w
面白い着眼点ですね。想定外でした。
普通にいい話でびっくりした。
Dナルドも良かったですがこれも良いw
そんな氏にこの言葉を送りましょう。
ゆっくりしていってね!
くやしい、でも点入れちゃう・・・!(ビクビク
最後まで違和感が拭えなくて……
いや、無粋な事は言うものじゃありませんね
>貴様等はDナルドを私の最高得点作品にしてしまった
いいじゃねえかwww別にwww
なんでこんなに違和感ないんだろう。素材より調理法が大事ってことか?
面白かったし、和んだ。
違和感無しにゆっくりできました
なんでこんなに調理が上手いのか…。もとはアレなのに…。
ゆっくりしていってね!!!!!
宜しい、ならば次回のネタは兄貴だ。
作者からのメッセージが無ければ、ネタがわからず、普通に感動的な話のまま終わってしまうところだった。いや、感動的な話には違いないんですが。
題材はアレなキワモノなのに普通のほのぼのとしたSSにする手腕に脱帽
アレを素材にしてこの僕をゆっくりさせるとはね。
ゆっくりしていってね!の霊夢は元々東方とは殆ど関係がないくらいの二次設定なのにこれほど良いお話を作れるとは……。
正直身震いしました。
自分もゆっくりしていってます。
正体に気づいた瞬間全ての文章がギャグにしか見えなくなってしまったw
でも、もう一回読むといい話なんだよなぁ…なんだろうこの微妙なもやもや感は…。
なんだってあんな不可解なナマモノからこんないいお話が想像できるのか、その発想に脱帽です。しかし魔理沙が裏手に回ったときに絶対自分のナマモノを見つけてくると思ったのは自分だけの秘密ですw
まさか、このキャラがこう来るとは
後書きの怒首領蜂に吹いた。
・・・嘘です。ゆっくり霊夢かわいいです。
俺も末期だな・・・
「ウエカラクルゾ キヲツケロ」 → 横からばこーん!
のゆっくり霊夢かwwww
>あれはこの世界の異端、
>あれはこの世界にあってはならない物、
>あれはこの世界が受け入れられぬ物。
そりゃあいま大流行りだものねぇ。幻想にはなれないわw
何でゆっくりで感動せねばならんのだww作者GJww
このところゆっくり系が可愛く見える俺はもう駄目かも。
GJ!
mugenは色々と面白いですよね!
ゆっくりしました
イイハナシダナー。
でも最後の緋蜂wwwwwwwwwww
読ませてやりたい。
>「あるとは限らないわよ」
落ちてるどんぐりか何かのことのように話す二人に吹いたww