・諸注意
むきゅーーー
むきゅきゅむきゅきゅーーー
むきゅーーむきゅー
むきゅきゅっきゅきゅっきゅー
_/ _/ _/ Prologue _/ _/ _/
『レディース アンド レディース!
ただ今から、第1回チキチキ!幻想郷二大年増大食い対決を開催しまーす!』
中庭に響いた声とともに、ぽん、ぽんと軽妙な音を立てて、空に小さな煙の花が咲く。
紅魔館の中庭には、まるでコロシアムのようなステージが設えられていた。
それは赤とピンクのストライプ模様で塗装され、ひときわ異彩を放っている。
そして、衆人環視のステージでは、普通じゃない人間以外が約二名、互いに火花を散らしながら睨みあっていた。
何故、このような事態になったのか。
話は、数日前に遡る――――。
_/ _/ _/ 5days ago 永遠亭 AM11:20 _/ _/ _/
「……そう、身体がだるくて、頭がぼうっとするのね。
ほかに、熱っぽいとか、関節……手首や肘が痛いとかはないかしら?」
橙の話を聞きながら、カルテに鉛筆を走らせる永琳。
ひととおりの質問を終えて鉛筆を置くと、内視鏡を片手に、橙に向き直った。
「それじゃあ、口を開けて……あぁ、舌は出してちょうだい。……はい、そのままでね」
「うー」
熱っぽい口の中に、冷えた金属を当てられる。
冷たさに背筋を震わせながらも、橙は手をぐっと握って我慢した。
そんな健気な姿に微笑んで、観察を進めていく。
手早くのどが腫れているのを確認すると、すっと内視鏡を引いて、症状をカルテに書き込んでいった。
「次は聴診するから、服を脱いでくれる?」
「服、ですか?」
鉛筆を置いて話す永琳に、おうむ返しで尋ねる橙。
きょとんと小首をかしげる仕草に、永琳はくす、と小さく微笑む。
「ええ。服を着てると、音がわからなくなっちゃうのよ」
「わかりましたー」
素直に頷いて服に手をかける橙と、永琳との間に、藍が無言で割って入る。
その顔は能面のように無表情で、しかしあからさまな敵意を滲ませている。
すっかり据わった目には、敵を前にした狼のような、獰猛な眼光が唸っていた。
そうして、永琳の耳元に顔を寄せると、極限まで押し殺された、ドスの効いた声でささやきだす。
「……先生、まさかとは思いますが、よもや無垢な橙をいいようにだまして、あんなことやこんなことをしようなどとは……」
「あのねぇ藍。あなたやレミリアのとこの変態じゃあるまいし、そんなことするわけないでしょう?」
本気も本気、大マジで永琳に詰め寄る藍に呆れて、紫はため息混じりに口を挟む。
だが、紫の言葉とは裏腹に、永琳は露骨に舌打ちしつつ、そっぽを向いて呟いた。
「……チッ、まさか見抜かれていたなんて」
「「ヲイ!?」」
「冗談よ。じゃあ、まずは前からね」
揃って上がったツッコミをさらりとかわし、永琳は橙に向き直る。
診察を再開しだした永琳に背を向けて、二人はひそひそ話をしはじめた。
「あの目つき、声色……どれをとっても冗談に聞こえなかった……」
「そうね、あの目は本気の目だったわ」
どう見ても本気にしか見えなかったが、もしかしたら、そのすべてをひっくるめて、そういう冗談なのかもしれない。
だがその実はどうなのやら、まるでわからない。
紫も藍も、永琳の考えていることなど、知る由もないのだから。
聴診器が冷たくて上げているであろう橙の声も、聞こうと思えばエロス漂う声に聞こえてくるのが、なんとも複雑だった。
などと、後ろで不安がる二人の心情などどこ吹く風。
問診や視診がそうであったように、聴診も触診も、とっくに終わっていた。
「心配することはないわ。様子を見る限り、ただの風邪のひきはじめよ。
ちゃんと滋養をつけて、暖かくして寝ればすぐ治るわ」
「風邪ですか。……そうでしたか」
診断を聞いて、藍はほっと胸を撫で下ろす。
ぴんと立っていた尻尾も下りて、心から安堵している様子が見て取れた。
「ほら藍、橙がお世話になったんだし、さっきのことは謝りなさい」
「う……、すみません。取り乱してしまい申し訳ない」
「気にしないでいいわ。
念のため、薬を出しておくわね。心配だったら飲ませてあげなさいな」
紫にせっつかれて頭を下げる藍に、永琳は軽い調子で受け応える。
診察のはじめから、絶対何かやらかすだろうと身構えていた藍は、すっかり毒気を抜かれてしまっていた。
診察を終えて、処方箋を鈴仙に渡したのちの、しばらくの待ち時間。
藍が橙を連れて部屋をあとにしたその後、二人は暇潰しに話をしはじめた。
「それにしても、あの仔はこの仔に随分とご執心のようね」
他愛もない世間話の合間に、永琳は思い出したように藍のことを話題に上げた。
話を振られて、紫は軽く肩をすくめて返す。
「そうねー。ここに来る前なんか、そりゃもう世界の終わりみたいに慌てふためいてたし。
挙句の果てに、私のところに邪神像を持って来て、
『紫様、橙のために死ねますか死ねますよねってゆーかむしろ是が非でも死んでください!!』
なーんて言って、邪神の生贄にしようとしてきたしねぇ……。
ちょっと、溺愛っぷりが度を越してるわ」
紫のぼやきに、永琳は思わず吹きだした。
あさっての方を向いて、ひとしきり肩を震わせたあと、一息ついて紫に向き直る。
それでも口もとが緩んでいるあたり、どうにもこみ上げてくる笑いをこらえきれてはいないようだ。
「まあ、それだけ大切に思っているってことでしょう。大目に見てあげなさいな」
「それはまあ、当然ね。
ちょっと取り乱したくらいで、いちいち怒っていたらきりがないもの」
一呼吸置いて、続ける。
「だから優しく卍固めで絞め落として、なだめてあげたのよ」
「それって優しいのかしら?」
なんつーか、いろいろと台無しだった。
「そうそう、橙を診てもらったお礼なんだけど」
「別に、お礼なんかいらないわよ」
「そうはいかないわ。もらいっぱなしは嫌だもの、何かお返しさせてちょうだい。
……そうね、これでどうかしら?」
紫は言いつつ、手元にスキマを開いて、ごそごそと何かを探り始める。
そうしてスキマから取り出したものは、カチコチに凍った、巨大な魚だった。
「あら、いいマグロじゃない」
どん、と目の前に置かれた冷凍マグロを一目見て、永琳は感心の声を上げる。
その声を耳ざとく聞きつけた紫は、冷凍マグロに手を置いて、軽い調子で答えてみせた。
「あ、わかる? ただちょっといわくつきで……霊夢が2人ほど撲殺してみせた業物なんだけどねー」
「冷凍マグロで撲殺するなんて、つくづく非常識ねぇ」
確かに、カチコチに凍ったマグロは硬いし重い。
しかし、だからっていくらなんでも冷凍マグロで撲殺なんかできるもんなんだろうか。
そもそも、わざわざ冷凍マグロで撲殺するような状況が思い浮かばない。
っつーか、撲殺されて横たわる相手の傍らで、冷凍マグロを片手に立つ光景はあまりにもシュールすぎやしないか。
「どうかしらね。意外と手に馴染むそうよ? 総評35点だって」
「どういう採点基準なのかしらね」
永琳の呟きに返ってきたのは、微妙にズレた受け答え。
冷凍マグロが鈍器として向いてるかどうかは、この際関係ないんじゃなかろーか。
「まあ、業物でも何でもいいわ。今日のおかずは決まりね。
でも、これじゃあお釣りがいくらあっても足りないわ。 あなたたちも、一緒に食べましょう?」
「そうね……、せっかくだから、いただこうかしら」
永琳の誘いに、紫は微笑みながら答える。
傍目に見れば、実に平和で穏やかなやりとりだった。
そのマグロが撲殺事件の凶器でさえなければ、もっとよかったのだが。
証拠隠滅はさておいて。
みんな揃って食卓を囲んでの、楽しい食事……と、なるはずだった。
「え、永琳!何をしてるの貴女!!」
平穏なひとときを打ち破ったのは、紫の叫びにも似た声だった。
その場に立ち上がり、信じられないものを見たように、目を大きく見開いて。
「何をしているも何も、いたって普通じゃない」
大声を上げる紫を横目でねめつけながら、手にした小皿にマグロを乗せる永琳。
それを見た紫は息を呑み、ぎゅっと目を瞑って、目の前の光景から顔を背けた。
自らの肩をぎゅっと抱いたまま、この世の地獄を見たような表情を浮かべ、震える声を絞り出す。
「どこが普通なものですか。せっかくの中トロをマヨケチャップなんかで食べるなんて……!
マグロに対する冒涜よ。許せないわ」
「冒涜も何も、私がおいしく食べるためにマヨケチャップを使ってるだけよ。
人の食べ方に口を尖らせて指図するということが、どれほど低俗なことか……わからないかしら?」
紫は膨れ上がる怒りを隠そうともせず、怒気をはらんだ声で責め立てる。
対する永琳も、冷淡に言葉を返すその裏で、静かな怒りを滲ませていた。
「いいえ、八意永琳……、貴女は、絶対にしてはならないことをやったのよ。
貴女は今この瞬間、私と、大間マグロ漁業組合の皆さんを敵に回したのよ!!」
腕を振り上げつつ、ちゃぶ台に足を乗せ、大声を張り上げる。
宣戦布告さながらの様相で啖呵を切るその姿には、鬼気迫るものさえ感じられた。
「誰よそれは」
「紫様、食事中ですよ」
紫の剣幕に、しかしジト目で睨みつける永琳と藍。
威圧感をたたえた鋭い視線には、有無を言わせない迫力がある。
普通の者であれば、その視線に萎縮して、従うままになっていただろう。
されどもそこは八雲紫。伊達に歩く非常識と陰口されているわけではない。
二人のガン睨みもものともせず、不遜な態度を崩すこともない。
それどころか、オーバーアクションで肩をすくめると、鼻で笑いながら聞こえよがしに呟いてみせた。
「まあ、異邦人の年増グレイごときにわさび醤油のおいしさが理解できるとは思えないし……、
マヨケチャップなんてものを使うのも、仕方のないことなのかしらねぇ」
「……何ですって?もう一度言ってごらんなさいな。スキマおばさん?」
セールボイス アンド バイボイス。
紫の挑発をモロに受けて、永琳もまた箸を置いて立ち上がった。
さすがにちゃぶ台の上に足を乗せることはしなかったが、腕を組み、全身に言いようのない威圧感を湛えている。
「あら、聞き取れなかったかしら?
ごめんなさい。と・し・ま・グ・レ・イは耳が遠いから気をつけなくちゃね」
「聞き取れていたのだけれどね。
ス・キ・マ・お・ば・さ・んは老婆心が旺盛ねぇ。歳が歳だからかしら?」
挑発を挑発で返して、さらに事態は泥沼へ。
冷たく乾いて、ひび割れだす空気の中、二人はおもむろに笑い出す。
「ふ……ふふふふふふふ」
「ほほほほほほほほ」
乾いた笑顔を崩さぬまま、しかし両者の目は射殺さんとばかりにぎらついていた。
いわゆるところの、殺ス笑みというやつだ。
こいつだけは許さねぇ、何が何でもぬっ殺す。と、身にまとう殺気が雄弁に物語っている。
さきほどまでの平和な空気はどこへやら。
バックに稲光でも走りそうな、重苦しい緊張を撒き散らし、両者の睨みあいは続く。
睨み合い、殺気をビシバシぶつけあう紫と永琳。
呆れてため息をつく藍と、たじろぐ鈴仙。
どうしていいかわからず、ただおろおろとうろたえるばかりの橙。
そして。
火花を散らしあう二人の傍らで、もう一つの争いが勃発していた。
「ちょっと! その落ちトロは私のものよ、横取りしないでよ!」
我関せず、とばかりに黙々とマグロを食べていた輝夜が、いきなり声を荒げだす。
咎める声のその相手は、以外にもというか案の定というか、傍観者その2を決め込んでいたてゐだった。
てゐは今にも食ってかかりそうな輝夜を鼻で笑いつつ、小皿にとった落ちトロにわさびを乗せる。
「横取りなんて言いがかりですー。ツバつけたのは私のほうが先ですー」
「私が小皿にとった落ちトロなのよ? 嘘をつくのもいいかげんにしなさいよ」
「アーアーキコエナイキコエナーイ」
上がる抗議を受け流し、白々しい言葉とともに、素早く落ちトロを口に運ぶ。
これ見よがしに落ちトロを食べるその姿は、思わず殴り飛ばしたくなるほどだったそうな。
「因幡テメェっ! ……こうなったら!」
ならば横取りされる前に食べてしまおうと、輝夜は落ちトロの盛られた皿に箸を伸ばす――が、既に遅かった。
いつの間に手を回したのか、残るすべての落ちトロまでもが、てゐの手中に収められていた。
驚愕と絶望に、輝夜の顔が強張り、歪む。
そして、てゐは。
小皿をひっくり返し、すべての落ちトロを一口に食べてしまった。
「うーーーーん、おっいしーーーい!」
「い――――因幡あぁぁっ! リザレクション殺すぞ貴様アァァァ!!」
わざとらしく頬に手を当てるてゐに向かって、輝夜は鬼の形相で絶叫を張り上げる。
いつになくマジになる輝夜を、しかしてゐは鼻で笑いながらおちょくりだした。
「あーあー、落ちトロくらいで本気になるなんておとなげなーいんだー」
「うるさいっ! 私のブディストダイヤモンドが光って唸るっ!!」
「うおっまぶしっ」
かくして、平和な食卓は、瞬く間に二つの争いが繰り広げられる、カオスの坩堝と成り果てた。
一方では輝夜とてゐが火花を散らし、また一方では紫と永琳が殺気を突き刺しあう。
取り残された三人は、ただただ事の成り行きを見守るのみだった。
「身の程っていうものを教えてやるわ、表に出なさい因幡!」
まず最初に立ち上がったのは、輝夜だった。
親指を突き出して表を指し、およそ姫という身分に似つかわしくない罵声を張り上げる。
「は、上等。もっこもこにしてやんよ!」
売り言葉に買い言葉で、てゐもまた立ち上がる。
二人は揃って外に出て行くと、すぐにどこかに飛んで行ってしまった。
「うどんげ、私ちょっと席を外すわね」
「藍ー、私もちょっといなくなるけど、マグロは残しておきなさいよ」
輝夜とてゐが外に出てすぐ、永琳と紫もまた立ち上がる。
二人はそれぞれ言い残して席を立ち、連れだって部屋を後にした。
そうしてたどり着いたのは、先の部屋から離れた、それなりに広い一室。
ここなら、思う存分戦える。
大きく息を吸って、吐いて、吸って、吐いて。
もひとつ吸って、また吐いて。
息を整えてすぐ、紫はおもむろに服に手をかけると、大きくはためかせながら脱ぎ捨てた。
とはいえ、別にテンコーファイトをしようというわけではなく、ましてやエロいことをするつもりでもない。
服を脱ぎ捨てた紫は、青い全身タイツを身に着け、いつ結ったのか髪をポニーテールにまとめていた。
つまるところの、ゼロスーツゆかりん。
間口の狭いネタはやらないほうがいいぞってけーねが言ってた。
だが断る。
戦う準備と、殺る覚悟を決めた二人は、その瞳に殺意の炎を揺らめかせて睨みあいだした。
紫は指から手首から、とにかく全身の関節をコキコキと鳴らして。
永琳も、負けじとばかりに全身から殺気をほとばしらせて。
ゴゴゴゴゴゴ……、という擬音まで引っさげて、一触即発の睨みあいは続く。
そして、両者のボルテージが最高潮に達したそのとき、二人はいきなり身構えた。
「きしゃー!」
鶴のポーズをとる紫と、
「しょげー!」
蟷螂拳の構えをとる永琳。
二人はけったいなポーズのまま奇声を発しつつ、互いを威嚇しあう。
今の二人には、もはや眼前の敵を葬ることしか頭にないようだ。
構え、睨みあったまま、じり、じりと間合いを詰めていく。
そして、二人はお互いに飛び掛りあったのは、まったく同じタイミングだった。
「何の騒ぎですか紫様……って、うわぁ」
「し、師匠……?」
嫌な予感を感じてか、二人が部屋に駆けつけたときには、すでに取っ組み合いの喧嘩が始まっていた。
「ふにににににっ!」
「うにににににっ!!」
……もとい。喧嘩なんて上等なものではない。
それはただ、掴んだものをしゃにむに引っ張り伸ばすだけの、小学生レベルのつまみ合いだった。
つまんだり引っ張ったり伸ばしたりつけ間違えたり、二人にとっては熾烈な、周りにとっては下らない戦いは続く。
あまりにも低レベルな張り合いに、駆けつけてきた二人は揃って頭を抱え、小さく溜め息をつく。
互いに顔を見合わせ、頷きあい、いまだにつまみ合っているそれぞれの主や師の肩を掴んで引き剥がした。
「紫様、いい加減にしてくださいよっ」
「師匠もですよ。ほら、大人しくしてください」
がっちりと取っ組み合っていたはずの二人は、案外簡単に引き剥がされた。
しかし、一度火がついた怒りは、そう簡単に消えるものではない。
「ええい放しなさい藍っ! この更年期エイリアンは殺らなきゃならないのよっ!」
「うどんげっ、手出ししないでちょうだい! このムラサキババアはなんとしてもこの手でえぇぇっ!!」
引き剥がされ、羽交い絞めにされてもなお、二人は年甲斐もなく暴れて、互いを罵りまくる。
二人の怒りのボルテージは、煽り煽られヒートアップ。
火に油なんてまだぬるい。燃え立つ炎にガソリンをぶっかけまくるようなもんである。
「誰がムラサキババアだってのよこの長老グレイめらあぁぁぁぁぁっ!!」
「自分で認めてるんじゃないのこのオールドダラズキマあぁぁぁぁぁっ!!」
暴れながら上げたお互いの叫びに、それぞれのこめかみのあたりから何かが切れる音がした。
きっと、切れてはいけない何かが、ブチ切れなさってしまったのだろう。
目を血走らせ、歯をむき出しにしながら、二人はまたも叫びだす。
「スキマ! スーキマスキマ! スキーマキマーマ!」
「ちょっと、何口走ってるんですか紫様!? ちったぁ落ち着いてください!」
「グレイ! グレーイレ! グレググレーイ!!」
「あんたもかー!?」
怒りのあまりブチ切れてしまったのは、堪忍袋の緒だけではなかったらしい。
二人は言語中枢をぶっ壊しながら、人外の言葉でなおも叫び声を張り上げ続ける。
こめかみに浮いた血管は、今にもはちきれそうなほどに膨れ上がり、ピクピクと痙攣してさえいた。
「スキマスキーマ! スマキマキーマ! スキマースイッチ!!」
「グレーイ! グーレイ! デュアッ!ジュワッ!」
「だから落ち着けって言ってるでしょうがあんたらはっ!」
「師匠! 落ち着いてくださいってばしーしょーおーー!」
引き剥がされて、手が出せないから足を出し、それも届かないので唾を飛ばし始める二人。
とことんなまでに小学生レベルのくだらない戦いを繰り広げるその姿には、普段の威厳なんてカケラも見当たらない。
たかだかマグロ一つにここまで熱くなるなんて、大人気ないにも程があるってもんである。
それとも、この二人をここまで熱くさせてしまうマグロに敬服するべきか。
とにもかくにも、低レベルな争いは互いに一歩も引かず譲らず、いつまでたっても終わらない。
この騒動を止めるためには、少しばかり荒っぽい手段を選ぶことも、やむを得ないことだった。
「「あぁもう、こうなったら奥の手しかっ!」」
ポキン☆
ドゴスメシャ☆
「「へぐぅ!?」」
藍は紫の首を曲げてはいけない方向にねじり曲げ。
鈴仙は永琳のうしろどたまに自分の頭を叩きつけ。
それぞれを戦闘不能にすることで、その場は事無きを得たのである。
その華麗なまでのネックブリーカーとヘッドバットは、見るものを唸らせずにはいられないほどだったそうな。
「なんというか、申し訳ない」
先程までの騒ぎを侘びて、藍はぺこりと頭を下げる。
主の非は自分の非だと言わんばかりの態度は、まさに式の鑑と言えた。
「いえいえ、こちらこそすいませんでした」
律儀と言うか、苦労性と言うべきか。
鈴仙もまた頭を下げて、藍の謝罪に謝罪で返す。
お互いに、お互いの苦労を感じたのか、二人は揃って顔を上げ、困ったように笑いあう。
「これ、橙ちゃんのお薬なので、飲ませてあげてくださいね」
「ありがとう。……では、また」
かくして、ありえない方向に首を曲げ、白目を向いて昏倒する紫を担いだまま、藍たちは永遠亭を後にしたのでした。
めでたしめでたし。
ちなみに、落ちトロを巡って競り合い、外に出ていた輝夜とてゐはというと――。
「っはぁ、はぁ……。 ふっ、いいモノ持ってるじゃない、因幡……」
「姫様こそ、さっきの雪崩れ式ブレーンバスターは効いたわ……」
二人は川原の土手に寝そべり、ぼろぼろの様相になりながらも、爽やかに笑い合っていた。
その姿はさながら、古きよき時代の伝統として名高い、『川原で殴りあって、友情を確かめあう番長』のようだったという。
なんか赤く染まってる古今東西の武器凶器がそこらに転がっていなければ、の話だが。
こうしてまた、少しばかり間違った方法によって、二人の絆は深まったのである。
……と、それで終わってしまえば良かったのだが――いやまあ、良くはないけども。
どっこいそうもいかなかった。
_/ _/ _/ 5days ago マヨヒガ PM15:08 _/ _/ _/
程よく濡れた、水もしたたるいいクラゲを顔に被せられた状態で、紫は布団に寝かしつけられていた。
普通ならタオルを額に乗せるものだが、クラゲを顔面に被せているあたり、静かなる悪意を感じずにはいられない。
「……ごふっ!? げふっ!? 死ぬっ、死ぬっ!」
咳き込みながら、顔上のクラゲを跳ね除けて、紫は飛び起きた。
跳ね飛ばされたクラゲは、そのままふよふよとどこかへ飛んでいってしまったそうな。
「藍! らーんー!!」
窒息寸前だった息を整えてすぐ、大声で藍を呼びつける。
義務感半分、めんどくささ半分といった様相で現れた藍に、サムズアップをかましながら話を切り出した。
「わたし、ちょっと外の世界に出かけてくるわね」
「はい? ……一体、何をやらかすつもりですか」
無駄にテンションの高い紫に対し、藍は露骨に眉をひそめて聞き返す。
どうせろくな事じゃないんだろうなぁ、と言わんばかりの表情に、紫は拗ねたように口を尖らせた。
「やらかすだなんて人聞きが悪いわね。ただちょっと、地球破壊爆弾を1ダースばかり買ってくるだけよ」
「馬鹿ですか? って言うか馬鹿ですか?」
「なんで二度言うのよ!」
「バカにバ……、もとい、主を諌めるのも、式である私の務めですから」
一瞬ポロッと出かかった本音を素早く押し込めて、藍はしれっと正論を吐く。
対する紫はますます口を尖らせて、藍にぐいっと詰め寄った。
「じゃあどうしろっていうのよ!? あれなの!? 幻想郷の存亡を賭けたハルマゲドンなら大歓迎よ!」
「だからどうしてそう事を荒立てようとするんですか!」
いつも以上にぶっ飛んだ紫の言動に、思わず語気が荒くなる。
たかだか一個人同士のケンカで、そんな最終戦争なんぞ起こされたらたまったものではない。
だがしかし、紫はさもそれが当然であるかのような態度で、胸を張って藍に応えた。
「決まってるじゃない。派手さは心のスパイスなのよ!」
「わけがわかりませんよ!」
怒鳴る紫に怒鳴り返して、ふと、紫のペースに乗せられつつあることに気付く。
このまま紫のペースに飲まれてはいけない。藍はそう思い立ち、一呼吸置いて続けた。
「それに、そんな騒動を起こしたら、霊夢が黙ってはいないでしょうに」
「それなら大丈夫よ。霊夢ならお饅頭一箱で買収できるもの」
「……うーわー……」
その感嘆の呻きは、果たしてどちらに向けられたものだったのだろう。
平然と買収とか言ってのける紫になのか、たかが饅頭一箱で買収される霊夢になのか。
うん、まあ、多分両方なんだろうね。
「……ま、ハルマゲドンは冗談だけどね。
それでも、決着をつけなくちゃ腹の虫が収まらないわ」
「なんでそこまで怒ってるんですか」
怒り心頭まっただ中の紫に、藍は呆れ声を漏らす。
呟きを聞きつけてか、紫は藍に振り向くと、両目を見つめて真正面から向き合った。
「あのね藍。干からびナイアルラトホテップだの心の隅に住み着く邪悪な小じわだの、
それだけのことを言いたい放題叫び散らされちゃ、怒るなって言う方が無理よ?」
「通じてたんですかアレで」
紫から出てきた悪口の凄まじさに、藍はげんなりしながら声を絞り出した。
おそらくブチ切れた後、スキマスキマだのグレイグレイだの言っていた時に出てきた悪口だろう。
よくもまあ、あれで言葉が通じたものだと感心せずにはいられない。
というか、どーいうセンスをしていれば、そんなにもわけのわからない罵り文句が出てくるのだろうか。
「わたしに不可能はあんまりないのよ」
紫は言いながら、げんなりする藍から視線を外す。
そうして、おもむろに腕を組むと、嘆息しながら呟いてみせた。
「まったく、あの年増ときたら……いっぺんぎゃふんと言わせてやらなきゃ気がすまないわ」
「正直、どっちもどっちって気がしますが。
どうせ紫様だって言いたい放題言ってたんだろうし」
「まあ、そーゆーわけでよ、藍。
あいつをぐぅの音も出ないくらいに叩きのめす方法を考えなさい」
都合の悪いツッコミを華麗にスルーしつつ、紫は笑顔で藍の肩を叩く。
「……はい?」
対する藍は、あまりにも突拍子もない紫の言葉に、目を点にしていた。
「ちょっ、ちょっと待ってください紫様。何故私が?
今回のイザコザは、私は無関係じゃないですか?」
貧乏くじを押し付けられまいと、藍は必死に食い下がる。
だが、いくら普段は蹴ったり簀巻きにしたりコブラツイストを極めたりしているような間柄でも、紫は主で藍は式なのだ。
鋼の上下関係において、我関せずを通せる余地などカケラもない。
それを思い知らせようとしてか、紫は笑顔でとんでもねーことをサラッとのたまった。
「主人のためなら笑顔で火口にダイブする。それが奴れ、こほん、式神ってものでしょう?」
「紫様、今何か生理的に嫌な言葉がポロッと出かかりませんでしたか」
何を言おうとしてたのか、言わずもがな。
紫が口走りかけた言葉を察し、藍は顔を引きつらせた。
「きっと気のせいよ。
それにほら、あなた頭がいいじゃない。四つ足の分際で分不相応なくらい」
「酷いこと言われた!? 褒めるてるのかけなしてるのかどっちですかそれは!?
というか、私が得意なのは数学であってですね? 権謀術数はむしろ紫様の領分じゃございませんか」
うっかり関節を極めたくなる衝動にかられつつも、藍はつとめて平静に聞き返す。
こめかみをピクピク痙攣させる藍とは対照的に、紫は腕を組んで胸を張り、意味もなく大仰な態度でそれに答えた。
「権謀術数なんて、清純派少女の私には似合わないじゃない!」
「えぇーーー……」
今しがたの妄言は、いったいどこから突っ込めばいいのだろう。
とりあえず、突っ込みどころが多すぎて突っ込みようがないことだけは明らかだった。
一方その頃、永遠亭。
「あぁもう、今思い出しても頭にくるわ。
いっぺん思い知らせてやらなくちゃならないようね」
「なんでそこまで怒ってるんですか」
心中穏やかならざる永琳に、鈴仙は思わず嘆息する。
呟きを聞きつけてか、永琳は腕を組み、憮然とした面持ちで鈴仙に向き直った。
「そうは言ってもね、うどんげ。
顔面装甲120mmだの1万年と2千年前からファイナルゴッドマザーだの、
あることないこと好き放題に叫び散らされたんじゃ、怒るなって言う方が無理よ?」
「あれで通じてたんですか」
永琳から出てきたある意味凄まじい悪口に、鈴仙は軽い眩暈を覚えながらも、なんとか声を絞り出す。
紫も紫で、ちょっとばかりエキセントリックで前衛的なセンスを持ち合わせているようだ。
「わたしに不可能はそんなにないのよ。
まったく、あのスキマときたら……いっぺんぎゃふんと言わせてやらなきゃ気がすまないわ」
「えーと、その、どっちもどっちって気がしますけど。
どうせ師匠も好き放題に無茶苦茶なこと言ってたんでしょうし」
「まあ、そーいうわけでよ、うどんげ。
あいつをぐぅの音も出ないくらいに叩きのめす方法を考えなさい」
都合の悪いツッコミを優雅にスルーしつつ、永琳はにこにこ笑顔で鈴仙の肩を叩く。
「……はい?」
一瞬何を言われたのか理解できずに、鈴仙は目を丸くした。
「えーと、あの、師匠? なんで私がそんなことしなくちゃならないんですか?」
笑顔のままの永琳に、鈴仙は真顔で聞き返す。
「しなくちゃならないとかそういう問題じゃないわ。やれって言ってるのよこのしょんぼりウサビッチ!」
「しょんぼりウサビッチ!?」
有無を言わせぬ物言いも、やはり、笑顔のままだった。
どこぞの裸がユニフォームと言い張る球団ばりに、笑顔がユニフォームだと言わんばかりのさわやかな笑顔。
しかし、その口から飛び出す言葉は、えてして想像を絶する凄まじいものだったりする。
「私のためなら笑顔で濃硫酸を引っかぶる。それが奴れ、こほん、弟子ってものでしょう?」
「師匠、今何か倫理的にダメな言葉がポロッと出かかりませんでしたか」
何を言おうとしてたのか、言わずもがな。
永琳が口走りかけた言葉を察し、鈴仙は顔を引きつらせた。
「気のせいよ。
それにほら、あなた頭がいいじゃない。敗残兵の分際で分不相応なくらい」
「酷いこと言われた!? っていうかそれ頭のよさと関係ないですよね!?
というか、頭がいい、のベクトルが違いすぎますよ。権謀術数は師匠の領分じゃないですか」
あんまりな言い草にげんなりしながら、鈴仙は言葉を返す。
それを聞き止めた永琳は真顔に戻ると、胸を張って鈴仙に応えた。
「夢見る女の子はね、権謀術数なんてものとは無縁なのよ!
「うえぇ……」
なんつーかこの二人、案外、似たもの同士なのかもしれない。
_/ _/ _/ 4days ago マヨヒガ AM11:37 _/ _/ _/
あくる日の、マヨヒガ。
藍と鈴仙の二人は、部屋でそろって頭を悩ませていた。
あの超ド級の馬鹿二人に決着をつけさせるには、果たして何がベストなのか。
侃々諤々、二人は思いつくまま、遠慮なく案を出しあっていく。
24時間逆さ吊り耐久レース、水着一枚で冷凍庫入り耐久レース、霊夢に釘バットでボコられ耐久レース。
生身で大気圏突入耐久レース、頭に吸い付きクラゲ貼り付け耐久レース、コンクリ詰めにして紅魔湖に沈める耐久レース。
案を出しては没にしてを繰り返して、気付けばもう、手元のノートは真っ黒になっていた。
ひととおり案を出し切って、気分転換に茶でも啜ろうかと、藍が茶を淹れてきたのが、今からちょうど5分前。
ほぅ、と一息ついたのち、藍は神妙な面持ちで目を伏せ、ぽつりと呟きだす。
「しかし、どうやって決着をつけさせたものか……」
「そう、ねぇ……」
嘆息しながら、鈴仙。
二人はまるでタイミングを計ったかのように、そろって重いため息をつく。
互いに、互いの主なり師匠なりが、どういう人となりをしているのかは理解している。
しかし、理解しているからこそ、何一つとして名案が浮かんでこないのもまた事実だった。
「何か勝負をさせるにしても、下手に勝敗がついてしまうと、それがさらに火種にならないとも限らないし……」
「でも、このままじゃあ、永遠亭とマヨヒガとの間で全面戦争が起こりかねないし……」
あたかも一人の呟きであるかのように、二人は言葉を繋げる。
あちらを立てればこちらが立たず、こちらを立てればあちらが立たず。
そもそも、何を立てればいいのかもわからない。字面どおりの八方塞がりだった。
「「う~~~~~~~あ~~~~~~~」」
しまいには、二人揃ってうなり声を上げつつ、頭を抱えて突っ伏した。
その煮詰まりっぷりは言わずもがな。頭からプスプスと煙を上げそうですらある。
そして、それはある意味で正しかった。
しばらくうなり続けたのち、藍はふと顔を上げる。
考えて考えて考え抜いて、これぞという妙案が閃いた――、というわけでは、もちろんない。
「って言うか、あれだ。なんで紫様がばら撒いた火種を私が後始末しなくちゃならないんだ。理不尽だ。
もういっそ紫様なんか見捨てて橙と手に手を取り合って駆け落ちしたっていいじゃないか。うん、そうだそうしよう」
考えが煮詰まりすぎてオーバーヒート、というか熱暴走しはじめる藍。
据わりきったその眼には、すでに理性の光はなく、死んだ魚のように胡乱だった。
ネジが外れてしまった藍を前にして、一方の鈴仙はというと、まあ、なんつーか……彼女も彼女で壊れていた。
「あぁ、そっか、なるほど名案だわ。
それじゃあ私も師匠のことなんか見捨てて山奥のお寺でひっそりと暮して悟りを開くことにするわね」
見たものを狂気に染める瞳は、しかし自らの狂気に濁りきっていた。
なんとなく渦が巻いているように見えるのは、果たしてただの気のせいだろうか。
「そうと決まればさっそくお出かけ用のバッグに、ハンカチと、クロロホルムと、クロロホルムと、あとクロロホルムも」
藍は死んだ魚のような目のまま、ウキウキ笑顔でどこからともなくドラムバッグを取り出しだす。
そしてこれまたどこにあったのか、クロロホルムの瓶ばかりをミカンの詰め放題よろしくぎゅもぎゅもと詰めていく。
どこの世界に、大量のクロロホルムが必要な駆け落ちがあるっていうのだろう。
クロロホルムで昏睡させての、愛の逃避行。
どう見ても誘拐です。本当にありがとうございました。
やがてバッグはクロロホルムの瓶でいっぱいになり、藍はそれを見て満足そうに微笑んだ。
このままバッグを担いで、クロロホルムの行商にでも行けてしまいそうなほどである。
「よーし、準備完了。次は橙と一緒の布団で寝るための練習だぁ♪」
そして、いまだに暴走冷めやらぬまま、おもむろに橙の布団を敷くとそこに寝転がり、布団にくるまりだした。
「あぁ橙の布団だ橙の香りだ橙の感触だハァハァハァハァ」
どうしようもない妄言を吐きながら、布団にくるまったまま部屋中をゴロゴロと転がりまわる。
その姿は、当の橙が見たらショック死しそうなほどにぶっ壊れていた。
「それじゃあ早速出家の準備に取り掛かりましょうか。
髪を剃るためのシェービングクリームと、あとカミソリと、袈裟と……あぁそうだ、法名はどうすればいいんだろ。
あとは読経ね。これは完璧にできないと恥ずかしいから、練習しなくちゃ」
虚ろな眼差しのまま呟いたのち、いきなりお経を暗唱しはじめる。
しかし、鈴仙が唱えだしたお経は、あまりにもフリーダムすぎたために、何を言っているのかまるでわからなかった。
というか、ところどころに月面語が混じっていたのだから、何がなんだかわかるはずもない。
鈴仙の唱える変なお経をBGMにして、藍は藍で布団にくるまって転がり続ける。
筆舌に尽くしがたい、混沌とした光景が部屋の中に渦巻いていた。
頼むから誰か止めてくれ。
待ち望んでいた救いの光は、意外なところから訪れる。
……あるいは、さらなるカオスの深遠に引きずり込む暗黒なのかもしれないが、ンなこたぁもうどうでもよかった。
「そこまでにしておきなさい」
「……はっ!?」
「な、何者っ!?」
突如としてカオス空間に投げかけられた言葉を聞きつけて、二人は正気を取り戻す。
辺りを見回す二人のその背後、クローゼットの扉がひとりでに開け放たれて――――。
その中から、ドンブリ片手に正座する、咲夜が姿を現した。
「話はすべて聞かせてもらったわ」
「盗み聞きはともかく、橙のクローゼットから出てくるのは非常識に過ぎやしないか。
というかなんなんだ。その手に持ったドンブリ飯は」
答えなんてわかりきっているが、それでも問い詰めずにはいられない。
眉をひそめる藍の問いかけに、咲夜は涼しい顔で受け答えた。
「気にしないでいいわ。ただちょっと芳しい幼女のカホリをオカズにご飯を食べてただけだから」
まさに変態。
「というか、貴女こそ橙ちゃんの布団にくるまって、何をしていたのかしら?」
「それこそ気にするな。こうしていると凄く落ち着くんだ。
……まあ、この場に居合わせたのも何かの縁だろう。ひとつ話を聞いてくれないか」
さきほどの狂乱っぷりはどこへやら。
藍はくるまっていた布団を脱ぎ置くと、クローゼットから咲夜を引きずり出して、訥々と話しはじめた。
かくかくしかじかまるかいてちょん。
「……と、以上がコトの顛末だ」
「また随分とレベルの低い争いねぇ」
「そう言わないで……。あれで本人たちは真剣そのものなんだから。
どうにかして、あの二人を納得させつつ、遺恨を残さない方法で決着を付けさせなくちゃならないのよ」
事情を聞かされて、そのレベルの低さに呆れて嘆息する。
そんな咲夜とは対照的に、沈痛な面持ちで深い、深ーーいため息をつく藍と鈴仙。
鎮痛きわまる二人を前にして、咲夜は呆れを隠すこともせず、あっけらかんと言い放った。
「そんなに簡単なことで悩んでいたの?
勝ったところで全然嬉しくない、むしろ虚しさしか残らない勝負をさせれば済む話じゃない」
「……勝ったところで虚しさしか残らない勝負……?」
「確かに理屈としては一理あるが、そんなものがあるものなのか?」
咲夜の提案に、二人は眉をひそめて訝しむ。
勝負であるからには、勝てば嬉しいし、負ければ悔しいはず。
それなのに、勝ったところでただ虚しいだけの勝負など、果たしてあるものなのだろうか。
二人は再び俯いて、思案に暮れ始める。
「……そうね。
食べ物がきっかけでいがみ合いを始めたのだから、食べ物で決着をつけさせたらどうかしら?
例えば、大食い勝負、とかね」
思わぬ妙案に、二人は弾かれたように顔を上げた。
泥沼に足を突っ込まないためには、最初から泥沼に沈めちゃえばいいんじゃないか。
そう言わんばかりの前向きにネガティブな発想の転換ではあるものの、確かに画期的な案ではある。
「な、なるほど! 言われてみれば確かにその通りね!」
「そうか、大食い勝負ならば、勝ったところでおおっぴらに自慢しようとは思わない。実に見事な案だ」
「でも――」
「だが――」
咲夜の案に光明を見出したのも束の間、またすぐに俯き、視線を泳がせ始める。
再び思案に暮れだす二人を訝しんで、咲夜は眉をひそめ、小首をかしげた。
「でも、ってどういうことかしら?」
「大食いで決着をつけるには、相応の蓄えがなければならないだろう?」
「私達じゃあ、そんなに大量の食料なんて用意できないわ」
二人の意見は、至極もっともだった。
もともと大所帯ではないマヨヒガには、大食い大会を開けるほどの蓄えはない。
永遠亭ならあるいは……とも思えたが、鈴仙は、蓄えをどうこうできるほどの権限を持ってはいない。
いくら永琳の直弟子であるとはいえ、彼女も立場上はウサギ軍団の一員でしかないのだ。
輝夜にかけあってみたとしても、たかだかケンカのために蓄えを切り崩すことを良しとはしないだろう。
ひょっとしたら面白がって好きにさせてくれるかもしれないが、それを期待しての安請け合いなどできるはずもなかった。
「なんなら、紅魔館を使えるように手配しておくけれど?」
何気なく放たれた一言に、二人はそのまま硬直する。
それから一瞬の間を置いて、揃って咲夜に振り向いた。
「……え?」
「いい、のか?」
あまりにも唐突な、かつ都合のよすぎる提案。
信じられない、といった様相を浮かべながらも、咲夜に真意を問いかける。
対する咲夜は、そんな二人に気を悪くすることもなく、微笑みながら言葉を返した。
「袖擦りあうも他生の縁、ってね。
私から大食い勝負を提案したのだし」
「本当に何から何まで……、感謝の言葉もない。何か礼が出来ればいいのだが……」
深々と頭を下げる藍に、咲夜は柔らかな微笑みを浮かべたまま。
「そうね、お礼なら橙ちゃんの下着でいいわよ」
とんでもねーことを口走ったのでありました。
笑顔のままの咲夜に、藍もにっこり微笑んで。
「そうか、よし殺す! くらえっ狐狸妖怪レーザあぁぁっ!!」
微笑んで、でも即座に鬼の形相で、いきなりスペルをぶっ放す。
「ふっ、奥義、部屋の隅っこで小回転!」
「ちょっと待って、それ避け方違わないっ!?」
すぺるぶれいく。
「……まさか、あんなので最後まで避けきっちゃうなんて……」
信じられないものを目の当たりにして、半ばぼーぜんと呟く鈴仙。
肩で息つく藍の前で、咲夜は胸を張り、勝ち誇ったように高笑いを上げていた。
「ヲホホホホホホ! 幼女パゥワーは不可能を可能にするのよっ!!」
「……阿呆だ。本物の阿呆だ」
「しょうがないわね。下着が駄目なら靴下で妥協してあげるわ」
「「黙れ変態」」
どうしようもない妄言に、藍も鈴仙もげんなりしながらツッコんだ。
三つ子の魂百までも。変態は永遠に不滅です。
_/ _/ _/ 3days ago 永遠亭 PM14:30 _/ _/ _/
またあくる日。
永遠亭・マヨヒガ対抗決着勝負選抜大乱闘会議室、と張り紙のなされた一室に、先日の一同が会していた。
正座する紫と永琳の前で、藍はホワイトボードにペンをきゅっきゅと走らせていく。
【決着方法・大食い対決】
とまで書いたのち、二人に振り向くと、ホワイトボードをどんっと叩いてみせた。
「お二人には、大食い勝負をしていただきます」
「「……ゑ?」」
さすがにこれは予想外だったのか、二人は揃って目を点にする。
「ねえ藍今のセリフもっかいプリーズ」
「ですから、お二人には大食い勝負をしていただきます。
この勝負の勝敗が後のしこりとならないようにと、私どもが相談した結果、
『勝ったところで全然嬉しくない。むしろ虚しさしか残らない勝負』にしようとの結論に至りましたもので」
「なんでよりによってそんなわけのわからない勝負にしちゃったの!?」
まったくもって無自覚に、紫は抗議の声を上げる。
それを皮切りにして、隣で座る永琳も加わっての猛抗議が始まった。
「そうよ、私たちにはそんなものよりもっとふさわしい勝負があるじゃない。ミスコンとか美し比べとか」
「可愛さ勝負とかファンクラブ対決とかコンサート動員数大決戦とかカリスマ比べとか」
ブーイングがてら、必死に食い下がる紫と永琳。
しかし藍は、それらを涼しい顔で聞き流して、呆れたような声を出した。
「あーあーはいはい。妄言や戯れ言はご自分らの歳を弁えてからのたまって下さいね。
いい年こいたおば」
「必殺ゆかりんパーンチ!」
ずばきゃっ。
みなまで言う間もなく、紫が目にも止まらぬ電光石火の真空飛び膝蹴りを叩き込む。
九割九分パンチじゃなくても気にしない。それが紫のすごいとこ。
不意討ちにイイのをもらった藍は、声もなくその場にうずくまり――
「ついでに究極えーりんキーック!」
ずンどむ。
追い討ちとばかりに、永琳が笑顔でちゃぶ台を振り下ろした。
どう見てもキックじゃないけれど、本人がキックと言い張っているのだからキックなのだろう。
コンボを決めてハイタッチ、そしてその直後に再びそっぽを向く二人。
そんな二人の足元で、ちゃぶ台の下敷きになった藍は、一人静かに再起不能となっていた。
正直なのはいいことだけど、それは時として死亡フラグに直結していることもある。
みんなも気をつけよう。
そして、蚊帳の外だった残りのメンバーの多数決により、大食い勝負が採択されたのでした。
ビバ数の暴力。ご都合主義最高。予定調和上等。
_/ _/ _/ 3days ago 紅魔館 寝室 PM20:30 _/ _/ _/
「嫌よ。そんな下らない催しに、紅魔館を使わせてやる義理なんてないわ」
開口一番、レミリアは咲夜の願いを突っぱねる。
だが、それは意地悪でもなんでもなく、ある意味当然の結果だった。
いつものごとく、ベッドに潜り込んできた咲夜を、起きたついでに吹っ飛ばす。
はるか遠くの空に消えていったはずなのに、振り向けばすぐそこで下着姿にハァハァしてるという、恒例の嫌な寝起き。
そこに重ねて、紫と永琳を辱めるために紅魔館を使わせろなどという無茶苦茶な願いを出されたら――――、
ンなこと、快諾できるほうがどうかしている。
取り付く島もなく話を一蹴されてもなお、咲夜は余裕の佇まいを保ったままだった。
「そうですか……。残念ですわ」
ため息をつきながら、そっぽを向いて、続ける。
「紅魔館の、いえ、お嬢様の懐の広さを顕示してみせることで、周囲の紅魔館に対する評価はうなぎ登り。
それに伴って、瞬く間にお嬢様のカリスマは回復する、という寸法だったのですが」
「何をしているの咲夜。今すぐ準備なさい」
「かしこまりました」
レミリアは、とってもわかりやすかった。
……計画通り。
恭しく頭を下げるその裏で、咲夜は邪悪な笑顔を浮かべていたのでありました。
そして、深夜。
咲夜はひとり、紅魔館のとある一画に足を運んでいた。
薄暗く、人気のないそこには、巨大な鉄の扉が設えられていた。
その扉の前に立つと、吊り下げられている鈴をチリン、と鳴らす。
それを合図にして、扉の向こうから声が聞こえてきた。
「――ショッカーの天本英世は」
「イカデビル」
「OK、入っていいわ」
声の許しを得て、鉄の扉をゆっくりと開けていく。
扉の向こうの空気は冷たく重く、歩を進めるたびに身体の熱を奪われていくほど。
扉を越えて、数歩。
咲夜が足を止めて、それから少しの間を置いて、奥に居る人物が咲夜へと振り向いた。
「――状況を教えてちょうだい」
落ち着いた、艶のある声に、咲夜は応じる。
「ええ、永遠亭とマヨヒガの間でトラブルが発生したそうよ。
これを解決するための方策としてプランAを提示――相手は思惑通り食いついてきたわ」
プランA、という単語に、声の主は小さく声を上げる。
それから数秒ほど逡巡して、再び声を響かせた。
「わかったわ。では、プランAの開始を。
私達の動きを気取られないよう、細心の注意を払いつつ完遂してちょうだい」
「了解。状況はこちらに有利なまま進んでいるわ。吉報を待っていて」
万全は、すでに期している。
咲夜は声に応えると、真っ直ぐに伸ばした手を頭上に掲げ、敬礼のような姿勢をとる。
向かい合う人物もまた、咲夜と同じように、敬礼のように片手を頭上に掲げていた。
「「すべては、我らが理想のために!!」」
_/ _/ _/ 紅魔館 中庭 AM11:50 _/ _/ _/
『レディース アンド レディース!
ただ今から、第1回チキチキ!幻想郷二大年増大食い対決を開催いたしまーす!』
マイクを通して、無駄にテンションの高い声が紅魔館の中庭に響き渡る。
紫と永琳の対決は、今や数百にも及ぶ観客を動員しての乱痴気騒ぎとなっていた。
ほぼ満員となった観客席には、大きな箱を抱えて売り子をする、美鈴や小悪魔の姿も見て取れる。
観客席の中央あたり、ステージに向かい合ったところに、咲夜とパチュリーは実況席をかまえていた。
常に強い者の味方。と背後の垂れ幕に書いてあるあたり、清々しい潔さが感じられる。
『実況は私、紅魔館のステキメイド長こと十六夜 咲夜と』
『解説は私、ナウなヤングにバカウケフィーバー、歌って踊れる大図書館。パチュリー=ノーレッジでお送りします』
『……パチュリー様? それなんだかおかしいですよ?』
首をかしげる咲夜に、しかしパチュリーは胸を張って受け答えた。
『おかしいことはないわ。ラジオ体操第一をマスターしたもの。バッチグーよ』
自信満々に言い切るが。ラジオ体操って踊りなんだろうか。
『でもエアロビは無理ね。マンモス無理。もうエアロビとか考えた奴なんか死ねばいいのに』
『パチュリー様パチュリー様。一応公衆の面前なので、あまり表立ってチネと言うのはどうかと思いますが』
TPO? なにそれおいしいの?
そう言わんばかりにブッちぎるパチュリーが相手では、さしもの咲夜もツッコミに回らざるを得ない。
それにしてもこのパッチェさん、つくづくフリーダムである。
『じゃあどう言えっていうの? 殲滅?』
『違います。
そういう時はですね、「エアロビを考えた奴などSATSUGAIしてくれるわ」と言うと、
みなさんも「あぁ、DMCネタなんだな」と思ってスルーしてくれるのでオススメですよ』
『DMCっていうとあれかしら? 基礎化粧品の』
『そうです、それそれ』
違う。
『でも、DMCって何の略なのかしらね』
『どえりゃーミックスクリーチャー!……は違うわね』
『どさんこラーメンパワーメイクアップ!C言語バージョン、とかじゃないかしら?』
『でっかいめんたいこチルドレンとかでしょう、きっと』
際限なく脱線していく二人の会話。
その脱線っぷりはさながら、どこぞの鉱山の最終エリアでうっかり乗っちゃったトロッコ並みである。
だが、幸か不幸かご都合主義か、脱線に脱線を重ね続けると、回りまわって本道に戻ってきたりする。
『ルー語乙、……あぁそうそう、ルールがまだだったわね』
『おっとそういえば。それではルールを説明いたします』
マイクを立て直して、こほん、と咳払いをひとつ。
『ルールは簡単死んだら負け。素敵な素敵なバイキング方式ね』
『違います。大食いで死んだら負けってどんなルールですか。
この対決では、どれだけ食べたかではなく、どれだけのカロリーを摂取できたかで競っていただきます。
摂取カロリー量は両選手の後ろに設置された、パチュリー様特製の魔法掲示板にコンマ一桁まで表示されます。
なお、敗者には罰ゲームを受けていただきますので、覚悟完了しておくといい感じです』
『そうそう、もし二人の摂ったカロリーが同じだったら、早く食べた方の勝ちというバイキング方式で行くわよ』
『なんでそんなにバイキングに拘るんですか』
『んー、気分?』
気分だそうです。
『それでは、選手紹介です!
赤コーナー、八意 永琳!』
咲夜の声に応えるかのように、赤いゲートから、セコンドの鈴仙を引き連れた永琳が姿を現した。
足並みをそろえてステージに向かうその最中、続けてアナウンスが飛んでくる。
『永遠亭のウサギ達にあんなことやこんなことをすることを至上の喜びとするセクハラ女医!
暇潰しに里の人間をさらっては頭に金属片を埋め込んでいると、もっぱらの噂です!』
コケた。
綺麗にずりコケた。
入場直後にたたえていた威厳も綺麗さっぱりなくなって、なんだかドリフ色な空気があたりに漂いだす。
「失礼ね! そんなことやってなんかいるものですか!
せいぜい里の牛を盗んでキャトルミューティレーションをしてるくらいよ!」
『やってるのかよ』
『それと、ウサギに関しては否定なしと』
なんだか微妙に自爆してるっぽい反論とともに、永琳はゆるゆる身を起こす。
めげずに花道を歩いて、ステージに上がったその時、再び追い討ちのアナウンスが飛んできた。
『えー、昔から、弘法も筆の誤りと言われてるわね、彼女にもそういった失敗談があるそうよ。
憧れの人に宛てたラブレターの『恋』を『変』と間違って、それが原因で振られたっていう実に悲しいお話が』
「いやぁぁぁっ! やめてやめてっ! 古傷抉らないでぇぇぇ!」
触れてはいけないトラウマに触れたのか、永琳は髪を振り乱し、頭を抱えてしゃがみ込んだ。
しまいには、違うの私そんなつもりじゃなかったの先輩お願い話を聞いて、と遠い目をして何度も何度も呟きだす。
『戦う前から再起不能になるようなことを言ってどうするんですか』
『それが私達、麻薬Gメンの使命なのよ』
『えーと、何のことだかさっぱりですが?』
『気にしたらユールーズよ。マキで行きましょ、マキで』
心がどこか遠いところに旅立っていってしまった永琳を放置して、実況席の二人は再び咳払い。
そのうちなんとかなるだろうと言わんばかりの無責任っぷりには、植木等もびっくりだ。
『対する青コーナー、八雲 紫!』
永琳の出てきた門とは反対の方向にある、青いゲートから、藍を従えた紫が姿を現す。
だが、やっぱりというか案の定というか、いつもの服など着ていなかった。
白い特攻服を羽織り、胸にさらしを巻きつけて、これまた白いボンタンを腰穿きにしている。
特攻服の背には、『八雲一家総大将 八雲 紫』という大仰な飾り刺繍さえなされていた。
『やれ無茶苦茶だ、やれ非常識だと言われても、彼女にとっては褒め言葉!
シャレで済まされなさそうな、ヤバげなことも平気でやっちゃう破天荒! 天下無敵の加齢臭!』
「誰が加齢臭なものですか!
それを言うなら少女臭よ、少女臭!」
アナウンスに噛みつく紫を、実況席の二人は鼻で笑い飛ばした。
ついでに口の端を吊り上げて、わざとらしいため息をつく。
『妄想乙』
『あれで少女言い張れる度胸には敬服しますね、ええまったく』
「だから少女だって言ってるでしょう!?」
『妄言乙』
「人の話を」
『無限ループ乙』
有無を言わさずバッサリ切り捨て。
ステージに上がるまで繰り返された切り捨て攻撃に、さすがの紫もすっかりいじけてしまっていた。
いまだに戻ってこない永琳と並んでしゃがみ、半べそをかきながら地面にのの字を書き始める。
でもまあ、紫は強い子、永琳は頑張れる子。
そのうちケロッと復帰してくれるはず。と、迷惑なまでのプラス思考でもって、実況席の二人は司会進行をつとめていく。
『それでは、開会の挨拶を、我らが紅魔館が誇る永遠に幼いおぜうさま、レミリアお嬢様より承ります!』
「ちょっと咲夜!? 何よその嫌な称号は!?」
いきなり出鼻をくじかれて、レミリアは顔を引きつらせる。
時間を止めてやってきたのか、いつの間にか日傘を持って傍に控える咲夜は、にっこり笑顔でそれに答えた。
「だって、事実じゃないですか」
フックに蹴りにストレート、アッパー、弾幕、グングニル。
ひととおりのツッコミをすべて綺麗に避けられて、レミリアはムスっとしたまま壇上に上がる。
気を取り直すためか、こほん、とひとつ咳払いして、やおら辞書みたいな厚さの紙束を取り出した。
『えー、本日は私、レミリア=スカーレットの催するこの大会に……』
みなまで言う間もなく、不意にマイクを取り上げられる。
きっ、と睨んで見上げてみれば、マイク片手に首を振る、咲夜の姿。
今にも飛びかかってきそうなレミリアに、咲夜は一礼して口を開いた。
「お嬢様、それでは長すぎます。マキでお願いします。マキで」
「嫌よ、このスピーチのために、わざわざ徹朝してまで原稿書いたんだからっ!」
口を尖らせて地団駄を踏むそのさまは、まさに駄々っ子そのもの。
いざとなったらテンパって、カリスマのカの字もないようなことを平然とやってのける。それがレミリアクォリティ。
ウホッ、おぜうさまテラモエス……
などと内心で萌えていることなどおくびにも出さず、今にも吹き出そうな愛と情熱の咲夜汁をぐっとこらえる。
……つもりが、ちょっとだけ垂れてきたらしく、咲夜は鼻を押さえてそっぽを向いた。
「……咲夜?」
「あぁいえ、なんでもありませんわ。先祖からの風習です」
突然の奇行にレミリアは眉をひそめるが、そんなのはいつものこと。
咲夜はつとめて平静を装って、続けた。
「徹夜、もとい、徹朝して原稿をご用意されたとは、ご苦労様です。
……と言いたいところですが、生憎その後の予定が詰まっておりますので」
「そんなの知ったことじゃないわ。私のスピーチには、それだけの価値があるのよ」
「そうですか。では、止むを得ませんね」
咲夜は言うが早いか、日傘をさっとずらしてみせる。
強い日差しがモロに当たり、レミリアは飛び上がって悶絶した。
「熱っ、熱っつう!? やめて咲夜熱いわよ!」
「それでは、そんな辞書みたいな原稿は捨てて、手短にお願いしますね」
「ううっ……あとで覚えてなさいよ咲夜……」
レミリアは涙目になりながら、笑顔ながらも取り付く島のない咲夜に恨み節をこぼす。
なんかもう、可愛いくらいにヘタレていた。
そうして、すぅ、と大きく息を吸い込んで、
『せいぜい生き恥を晒すがいいわこの年増どもーーー!!』
腹立ちまぎれに、大声を張り上げたのでした。
むくれたままのレミリアを席に着かせて、咲夜は再び実況席へ。
『それでは、試合開始です!』
マイクを通して、会場内に響き渡る咲夜の声。
同時に鳴り響いたゴングが、勝負の合図だった。
『と、ゆーわけでマンモス長い回想と見せかけた体のいい描写カット終了ー』
『えーと、パチュリー様? そういうあらゆる意味で危険な発言はお控えくださいねー大人の都合的にー』
『次やったら突然持病の発作が出て急病で担ぎ込まれるのかしら?』
『わかってるなら暗黙の了解でお願いしますねー』
危険な発言+懲りない態度=ヌイグルミ。
古来から親しまれてきた子供番組のお約束、みんなも気をつけましょう。
パチュリーの言葉どおり、勝負は終盤戦に突入していた。
二人がひたすら料理を食べ続けるその最中、咲夜が美鈴にセクハラしたり、パチュリーが小悪魔にセクハラしたり、
勇者が一人でバラモスに戦いを挑んで、いまだにバラモスの自動回復に気付かないまま80敗目を迎えたりしていた。
それはさておき。
『勝負も大詰め、両者ともに摂取したカロリーは、2万キロカロリーを超えそうです!』
紫と永琳、二人の後ろに設置された掲示板に目をやって、咲夜は声を上げる。
その隣で、パチュリーは一人うんうんと頷くと、やおら妙なことを口にした。
『つまり、20レイムということね』
『……えーと、それはつまり、欠食児童の紅白が20日間生きられるカロリーに相当するってことですね?』
『おはずれ~。これは中国の、麗・武という格闘家が編み出したといわれる過酷な修行、大越冬に由来するものよ』
『…………はい?』
いつものことながら、突拍子もない物言いに、咲夜は首をかしげて聞き返す。
一方のパチュリーは、なにやら神妙な面持ちで、訥々と語り始めた。
――大越冬――
中国の格闘家、麗・武が編み出した、真冬に山篭りをするための方法である。
日々の運動量はそのままに、一日に食べる食事の量を徐々に減らしていく。
この荒行を繰り返し繰り返し行うことで、一日に消費するカロリーをコントロールできるようになるのだという。
創始者の麗・武にちなんで、大越冬1日目の摂取カロリー=1000キロカロリーのことを1レイムと数えるようになり、
また、昨今の減量がダイエットと呼ばれるのも、この大越冬に由来するものであるということは言うまでもない。
『――民明書房刊、超電磁竜巻ダイエットより』
『パチュリー様パチュリー様。そうやって脱線させようとしないでくださいって』
『だいじょーび。どうせすぐにラストまで飛ぶから。問題ナッシングよ』
『……あーあ、言ってしまわれましたわね』
うっかり口を滑らせたパチュリーを前にして、咲夜は指を打ち鳴らす。
それを合図に、黒服姿のメイドたちがわらわらと現れ、パチュリーを取り囲んだ。
『ちょっと何よあなたたちやめなさいよダメよそんなのやだってばくやしいでもビクビクッ!』
『……はい、ただいま大変お聞き苦しいところがあったことをお詫び申し上げます』
謝罪の言葉とともに、咲夜はぺこりと頭を下げる。
空席となった解説席には、代わりのパッチェさん人形がちょこんと置かれていた。
『えー、パチュリー様はですね、突然肩幅の調子が悪くなってしまったので、こらしめておきました。
退場した彼女のかわりに、特別ゲストの紅白ニートこと博麗霊夢嬢が解説を受け持ちます。では霊夢さんどうぞー』
『お前らみんなドリルの神様に抉られて死ねばいいのに』
『はい、いつもながらエキセントリックな挨拶ありがとうございました。
それにしても、ドリルの神様ってなんなんでしょうね』
ゲッター2のことです。
『待ちなさいよ咲夜。その言い草だと、
あたしが毎日誰かに会うたびに「ドリルの神様に抉られて死ねばいいのに」って挨拶してるように聞こえるじゃない!』
『あ、違ったのね』
『当然よ。そんな挨拶するわけないでしょうが。
あたしがしてる挨拶は「バールの神様に撲殺されて死ねばいいのに」よ! ブルジョワ野郎限定でね!』
『まさに霊夢。 ……まあ、どっちみち修羅道に堕ちてる人間の吐く台詞ねー』
いろいろと不適合なことを、ため息混じりにしみじみ呟く。
そんな咲夜を霊夢はジト目で睨みつつ、口を挟んだ。
『修羅道はどうでもいいわ。
それよりなんであたしが拘束衣を着せられて紐でぐるぐる巻きにされた挙句チェーンで縛られてるのかkwsk』
『だって、ねぇ?
それくらいやらなくちゃ、霊夢ったら問答無用で二人に襲い掛かりそうなんですもの』
『当たり前でしょうが。人が食うや食わずの耐久生活を余儀なくされてるって言うのに、
だのにあんたたちは、大食い対決なんてあたしにケンカを売るような真似してんのよ?
ケンカを売られたからには問答無用で殴りこんで血祭りに上げるのが人としての義務ってもんでしょう!?』
霊夢は目を血走らせて、憎しみのままにまくし立てる。
しかし、耐久生活云々は完全に自業自得じゃあるまいか。
常日頃から、人にタカっては働けよこのニートと罵られ、逆に開き直っているくらいなのだから。
『あーはいはいはい、人として底辺なコメントありがとうね。
とりあえず実況を中断しているわけにもいかないから落ち着いて。くれぐれも流血沙汰はなしでねー』
『これが落ち着いてられるもんですか! あたしの目の前であんなにも、あんなにもッ!!
うぅうゥゥゥユーカーリーコローーース!!』
ゴトゴトと椅子を鳴らしながら、霊夢は牙をむいて絶叫を張り上げる。
なんか外人じみた棒読み声で叫ぶその姿は、魔王ですらビビらせるほどの凄みがあった。
『ほらほら、暴れないの。余った食べ物は神社まで送ってあげるから』
『何をしてるの咲夜、実況としての使命を全うしなくちゃだめじゃない』
霊夢も、とってもわかりやすかった。
『もう脱線してる暇はないわ。霊夢、あなたもちゃんと解説しなさいね』
『と言ってももう終わり間際じゃないかしら? ハイハイカットカット』
『だからそういうことを言うとヌイグルミだってば』
どうにか霊夢を落ち着かせたのはいいものの、戦いは終盤を通り越して、もはや最終局面に突入していたりする。
料理を取りに走った藍が手にしていたものが、それを如実に物語っていた。
『えー、紫選手はこれでフィニッシュでしょうか? メロンを持ってこさせたようです』
『馬鹿ね。あんな丸いのがメロンなわけないじゃない。メロンってのはもっとこう、細長くて』
霊夢は言いながら、目の前で細長い楕円形を描いてみせる。
それを見て、咲夜はにっこり微笑んで。
『はいはいそうでしたねー。聞いてるだけで泣けてくる話はしないでくださいねー』
『……あんた何が言いたいのよ』
ハチミツをかけて食べるのは邪道だって、にとりがゆってた。
ああだこうだと実況席で漫才を交わしているうちに、紫はメロンを平らげていた。
ナプキンで口元を拭いつつ、掌をかたどった札をかざしてみせる。
『メロンを完食した紫選手、ストップの札を掲げました!
順調に食べ進んでいましが、やはりここでフィニッシュのようです!
しかし、彼女の前に重ねられた皿の数が、壮絶なる戦いを静かに物語っています!
よくぞここまで食べられたものだと、驚きを通り越して感動せずにはいられません!』
紫選手の記録は……』
声を途切れさせて、咲夜は掲示板に視線を移した。
紫の背後の掲示板に、今しがた食べたメロンの分が加算される。
『出ました、記録は29858,2キロカロリー!
これはおおよそ霊夢が1ヶ月生きられるカロリー、すなわち1メガレイム相当です!』
『うっさい。黙れ。埋めるぞ。
……コホン。つまり、永琳が勝つには、この記録を超えなきゃならないってことね』
霊夢の解説に、咲夜はゆっくり深く頷いた。
『二人の食べた量はほぼ同じ……ですが、その差は実に4000を超えていますね。これについてどう思います?』
『そうね、きっと、無意識のうちにヘルシーなものを選んじゃってたんでしょ。
歳をとると脂っこいものは受け付けなくなるって言うし』
勝利を確信し、手を止めた紫。
その姿を見て取った永琳は、険しい顔で臍を噛む。
確かに、発端はくだらないケンカだった。
今こうして戦っていることも、傍目で見れば下らない事なのかもしれない。
それでも、負けられない。
それと後で霊夢コロス。
その思いだけが、今の永琳にはあった。
「――――うどんげ」
心配そうな顔で見つめる鈴仙に、永琳はそっと耳打ちした。
二言、三言と指示を出すうちに、鈴仙の顔が血の気を失い青ざめていく。
「――以上よ。わかった?」
「む、無茶です!そんなことしたら、師匠がっ」
「いいから、私の言うとおりになさい」
「……で、でも」
「デモもストもないわ。それとも、貴女は私に、無様に負けろとでも言いたいの?」
永琳はすぅ、と目を細めて、静かな凄みを入れる。
剃刀のような眼光に射竦められて、鈴仙は縮こまり、小さく頷いた。
「わ……かり……ました」
搾り出すように呟き、背を向けて走り出す。
離れていく背中を見つめながら、永琳はゆっくりと瞼を閉じた。
紫との差は歴然。
だというのに、私の身体はもう、これ以上の食べ物を受け入れてくれそうにない。
それでも、追いつく。追いついてみせる。
……違う。追いつくだけじゃ何の意味もない。
この圧倒的な差を覆すためには――――もう、手段を選んではいられない――――。
無様に負けるくらいなら、せめてこの命をかけて一世一代の徒花を咲かせてやろう。
誰の記憶にも深く深く焼きつき刻み込ませて、一生をかけてさえも消えない閃光を残してやろう。
私が、誇りをかけて戦った証左として。
瞼を閉じたまま、鈴仙のもって来たものを受け取る永琳。
かっ、と見開かれたその瞳には、静かなる炎が燃えていた。
それは、決して揺らぐことのない、決意の炎。
そして、永琳は。
その命を、燃やした。
『……なんということでしょう。なんという凄まじい光景でしょう!
断言します。ありえません! 常識では考えられない暴挙です!
飲んでいます! 飲み込んでいます!
永琳選手、手にしたサラダ油をっ……飲み下していますっ!!
なんという蛮勇! なんという暴挙! まさに執念のなせる技!
その姿は貪欲に勝利を追い求める、闘士の姿そのものですっ!!』
『そんなにすごい事でもないでしょ。食べるものが何もなくなったら灯台の油舐めるくらいするわよ』
『しないから。普通の人はそんな事しないから』
冷や汗と脂汗とを滲ませて、それでもなお手を止めない。
こみ上げてくる吐き気を必死に押さえ、サラダ油を飲み下していく。
地鳴りのようなどよめきに包まれる会場の中で、永琳だけがたった一人、孤独な戦いを続けていた。
やがて、どよめきは静寂となる。
空になり、投げ捨てられて宙を舞うボトルが、いっさいを物語っていた。
そして、二つ目のボトルに手を伸ばしたとき。
横から差し出された手によって、永琳の手は止められていた。
「永琳、もうやめて……もう十分よ」
「紫……、邪魔を、しないで、ちょうだい」
肩で息をつきながら、紫の手を振り解こうとする。
勢いよく振り払われるはずだった手は、しかし小さく揺れただけだった。
もはや満身創痍の永琳に、紫は目に涙を浮かべて、ゆっくり首を振りながら、優しく語り掛ける。
「もういいの。もう、ケンカの決着なんかどうだっていい。
あなたは充分に戦ったわ。この勝負に、敗者なんかいないわ」
「ゆか、り……」
感極まって、永琳は紫の手をぎゅっと握り返す。
憎しみを超えて、勇者が勇者を讃える。それは何よりも美しい光景だった。
『えー、歳不相応なしょっぱい青春ドラマを繰り広げてるところ悪いんですけど、両者罰ゲームということで』
やおら二人の世界を繰り広げだした紫と永琳に、情け容赦ない宣告が下された。
二人は揃って、雨に濡れた子犬のような瞳でもって、実況席の咲夜に顔を向ける。
だが、当の咲夜は至ってさわやかに、清々しくきっぱりと言い切った。
『さっき自分で敗者はいないと言ったでしょう? 敗者がいないのならば、勝者もいないということです。
勝っていないのだから、当然罰ゲームは受けてもらいますのであしからず。
逃げたら霊夢が地の果てまでも追い詰めてしばき殺すそうなので、そこのとこもよろしくお願いしますね』
こうして二人は、揃って罰ゲームを受けることと相成ったのでした。
最後に付け加えるならば、一つだけ。
永琳の記録はどれほどだったのか、ついに彼女自身が知ることはなかったのだそうな。
_/ _/ _/ 紅魔館 特設罰ゲーム会場 PM19:43 _/ _/ _/
試合終了後、そそくさと帰ろうとする紫と永琳をサクッと拉致っていざ罰ゲーム。
紅魔館の一室を会場として、罰ゲームがしめやかに始まろうとしていた。
罰ゲームの内容はいたってシンプルな、恥ずかしい格好をして写真撮影、というものだった。
現在進行形で、紫は旧型のスクール水着を、永琳は体操服とブルマを着せられ、中央のステージでさらし者にされている。
確かに、コレは恥ずかしい。
だが、それ以上にダメージを受けているものがいるというのも、また事実だった。
「ねえ、これってどっちかっていうと私達への罰ゲームなんじゃあ……」
「……言わないで。今は耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍ぶのよ」
「そう言われたって、こんな拷問耐えられないよぉぉ……」
シャッターを切りながら、メイドたちが口々に嘆きだす。
今はきつくても、そのうち慣れるときが来る。そうなればあとは我慢できる。
そんな一縷の望みにすがって、必死に今を耐えていく。
「はーいお二人さーん、ポーズお願いしまーす」
しかし、メイド達の儚い願いは、無慈悲な一言によって粉みじんに打ち砕かれた。
何かが吹っ切れてしまったのか、恥ずかしがっていたはずの紫は何故だかノリノリでポーズを取りはじめる。
さらに永琳も負けじとポーズを決めたのだから、もう始末に負えなかった。
再び燃え出す対抗意識。
衣装をとっかえひっかえしながら、二人は様々なポーズをとっていく。
チャイナドレスがきわどかったりナース服がしんどかったりスパッツ姿がきっついだけだったり。
ブラジル水着が痛恨の一撃だったりゴスロリ姿がきゅうしょにあたってこうかはばつぐんだったり。
そして、それは。
つるぺた萌えだとか幼女萌えだとか日々連呼する変態メイド達に、大量殺戮兵器となって襲い掛かった。
もちろん、ダメージ的な意味で。
「ごふっ!?」
「ゲッハァ!!」
「衛生兵! えーせーへーーー!!」
あるものは吐血して、あるものは白目をむいて、ぱたぱたと倒れていくメイド達。
鎧袖一触の威力でもって、二人のコスプレ乱舞は猛威を振るっていた。
「うう……熟女もいいかも……。
でも残念なのはそれが嘘だということよ。ドゥブッハァ!」
「目を覚ましなさい! 気をしっかり持って! でないと死ぬわよ!?」
「わ、私が死んだら……。秘蔵の盗撮写真アルバムを燃やしてちょうだい……」
「わかったわ。あなたのアルバムは私が、きっちりともらっておくからね!
だから安心して逝ってちょうだい! っていうか逝けよホラホラオラオラ!」
「ゴファッ!? やめて三脚で殴るのやめて!」
「おぜうさまの盗撮写真だったら、殺してでも奪い取るッ!」
「いやいやこれは小悪魔タンのものに違いないわ! 寄越せ! 寄越すのよ!」
「美鈴隊長のっいやもとい、めーりんたんの写真でしょう!? それはアタイが戴くのさっ!」
「ウォォォただでは死なん! 貴様たちも道連れだァァ!」
「ウチら、もうだめかもわからんね」
ものすごい大変な事態、略してすごい大変態に陥った会場は、上へ下への大混乱。
その様子はまさに、阿鼻叫喚の地獄絵図。
事を終えたのちに、会場に残されたものは、累々と横たわるメイドたちだった。
彼女たちが決死の思いで遺した、二人の恥ずかしいコスプレ写真の威力は――――
そりゃもう洒落にならないくらい凄まじかった。
まさに失神者続出、全米震撼。
いつしかその写真は、一撃必殺回避不可能グレイズ無効の最強最悪スペル『禁影・永遠のもと少女』と名付けられ、
真空パックののち密閉容器に封印され、コンクリートで厳重に固められた上で、紅魔湖の底に沈められたそうな。
まあ、決死の思いでと言っても、彼女らは別に誰が死んだわけでもない。
全員が全員、数日間寝込んだだけで済んだのは不幸中の幸いだったと言っていいだろう。
「ウゥゥ……ジュクジョコワイデカチチコワイキッツイコスプレコワイ……」
……ほんのちょっとだけ、傷口は深いのかもしれないが。
_/ _/ _/ 紅魔館 PM21:45 _/ _/ _/
「――大喜利の影の支配者」
「ずうとるび」
「OK、入っていいわ」
またも合言葉を交わして、咲夜は静かに扉を開ける。
暗く、冷たく重い空気のなかを進み、最奥の人物に相対した。
「トラ・トラ・トラ。プランAは完了よ。
両者の摂取カロリーは、30000キロカロリーにも及んだわ」
簡素な報告を受けて、部屋の主はゆっくりと頷いた。
「そう――、ならば間違いはないわね」
「ええ、その上二人は今回の一件で、胃が大きく拡張されたはず。
当分の間、今までどおりの食事では満足できないでしょうね」
咲夜は目を細め、頷きながら言葉を紡ぐ。
「愚かなものね。むしろ哀れですらあるわ」
「そうね。すべては私たちの掌の上。それに気付かず踊りつづけるその様は、実に哀れで……可笑しい」
「ならば私たちは見守りましょう。哀れましい踊り子たちを」
「ええ――――」
咲夜と声の主。二人はともに頷いて、再び敬礼のかたちをとる。
「「我ら、ふと」へっくちっ!」
「ちょっと咲夜、くしゃみなんかしたら台無しじゃない」
「だって、ここ寒いんだもの……」
咲夜はそう言いながら肩を抱いて、小刻みに二の腕をさすりだす。
部屋の主は呆れてため息をつきながら、咲夜へ歩み寄っていった。
「仕方ないでしょう? 外はあんなに暖かくなっちゃったんだし」
「それはわかってるわよ。雰囲気壊したのは謝るわ」
暗がりに隠れていた主の姿が、明るみに晒されていく。
咲夜と部屋の主――レティのいるこの場所は、でっけぇ冷蔵庫の中だった。
「それじゃあ改めて――」
「「我ら、太まし推進委員会の理想のために!!」」
咲夜とレティ、二人の声が、冷蔵庫に響き渡る。
二人は後ろ向きにポジティブな理想を掲げ、これからも暗躍していくのだ。
いつか幻想郷に太ましい子が溢れ、二人が太ましいと呼ばれなくなるその日まで。
_/ _/ _/ Epilogue _/ _/ _/
紫と永琳の、ある意味熾烈を極めた戦いから数日後。
激戦を終えた二人の間には、奇妙な友情が芽生えていた。
紫は週に一度は永遠亭に遊びに出掛けるようになり、今日もまた、永琳の部屋で駄弁っていたりする。
「あ、そうそう。貰い物なんだけど、いいトコロテンがあるのよ。一緒にどう?」
「へぇ……、珍しいわね。いただくわ」
「……紫、貴女何をしているの!?」
「何って、トコロテンを食べてるだけじゃない」
「トコロテンにイチゴジャムと生クリームをかけて食べるだなんて、トコロテンに対する冒涜よ!
寺泊トコロテン協会のみなさんに謝りなさいよこの加齢スキマあぁぁぁっ!!」
「んだとこの後家ETがあぁぁぁっ!」
「ふにゃー!」
「わおーん!」
えんどれす。
_/ _/ _/ Extra _/ _/ _/
紫と永琳が再び不毛な争いをはじめたその頃、ところ変わって博麗神社。
「ウフフアハハ……わーいわーいサラダ油がたくさんだー」
林立する油のボトルに埋もれて、魚類のような目のまま乾いた笑い声を漏らす、霊夢の姿がそこにはあった。
「……」
ゆっくり瞼を閉じて、これまたゆっくり深呼吸。
吸って、吐いて、吸って、吐いて、吸って、吸って、また吸って。
しばらく息を止めたのち、魔界の瘴気並みの禍々しい空気を吐き出した。
「……サークーヤーコロース」
そして出てくる、なんか外人じみた棒読み声。
いつ懐から出したのか、釘バットとバールのようなものを手にしてむくりと起き上がる。
こうして霊夢は、咲夜限定のヒットマンとして、行動を開始したのであった。
そして、当の咲夜はというと。
「ふっふっふ……、まさに計画通りね」
紅魔館の自室で、ひとりほくそ笑んでいた。
計画犯の笑みを浮かべて、つらつらと誰に言うでもなく語りだす。
「委員会の使命も果たしたし、あの二人もバッチリ辱められたし……」
ちらり、と、足元に視線を落とす。
「それに何より私も嬉しい。まさに完璧……実に完璧だわ」
十六夜 咲夜様、と宛名された真空パックを拾い上げて、うっとりと見つめだす。
ぴっちりと密封された黒いパッケージには、いつかの約束どおり、一足の靴下が入っていた。
「それにしても、真空パックで寄越すだなんて……。あの式神も判ってるじゃない」
咲夜はちゃぶ台を置いてそこに座ると、ドンブリと炊きたてごはんでいっぱいになった炊飯器を用意する。
そして、期待に目を輝かせながら、靴下のパックを開けだした。
するとたちどころに漂い始める――――加齢臭。
「ふぐがっげはっぐふっ!?」
パックに顔を近づけていたのが、命取りだった。
加齢臭のクリティカルヒットを受けてしまった咲夜は矢も盾もたまらず、そこから逃げようとのたうちもがく。
しかし、靴下から醸されるかぐわしいばかりの加齢臭はたちまち部屋に満ち満ちて、咲夜の逃げ場を奪ってしまった。
「藍っ、謀ったわね、らぁぁぁんっ!!」
ピチューン……
さしもの咲夜も、靴下ウィズ加齢臭に耐えることはできなかった。
のどを押さえたままその場に崩れ落ち――、そしてそのまま、ぐったりと白目をむいて動かなくなった。
かくして、個人的な刺客としてやってきた霊夢が咲夜を発見して医務室に収容し、
回復後改めてボコボコにするまでの間、咲夜は生死の境をさまようことと相成ったのである。
天罰てきめん。因果応報。悪の栄えたためしなし。
むきゅーーー
むきゅきゅむきゅきゅーーー
むきゅーーむきゅー
むきゅきゅっきゅきゅっきゅー
_/ _/ _/ Prologue _/ _/ _/
『レディース アンド レディース!
ただ今から、第1回チキチキ!幻想郷二大年増大食い対決を開催しまーす!』
中庭に響いた声とともに、ぽん、ぽんと軽妙な音を立てて、空に小さな煙の花が咲く。
紅魔館の中庭には、まるでコロシアムのようなステージが設えられていた。
それは赤とピンクのストライプ模様で塗装され、ひときわ異彩を放っている。
そして、衆人環視のステージでは、普通じゃない人間以外が約二名、互いに火花を散らしながら睨みあっていた。
何故、このような事態になったのか。
話は、数日前に遡る――――。
_/ _/ _/ 5days ago 永遠亭 AM11:20 _/ _/ _/
「……そう、身体がだるくて、頭がぼうっとするのね。
ほかに、熱っぽいとか、関節……手首や肘が痛いとかはないかしら?」
橙の話を聞きながら、カルテに鉛筆を走らせる永琳。
ひととおりの質問を終えて鉛筆を置くと、内視鏡を片手に、橙に向き直った。
「それじゃあ、口を開けて……あぁ、舌は出してちょうだい。……はい、そのままでね」
「うー」
熱っぽい口の中に、冷えた金属を当てられる。
冷たさに背筋を震わせながらも、橙は手をぐっと握って我慢した。
そんな健気な姿に微笑んで、観察を進めていく。
手早くのどが腫れているのを確認すると、すっと内視鏡を引いて、症状をカルテに書き込んでいった。
「次は聴診するから、服を脱いでくれる?」
「服、ですか?」
鉛筆を置いて話す永琳に、おうむ返しで尋ねる橙。
きょとんと小首をかしげる仕草に、永琳はくす、と小さく微笑む。
「ええ。服を着てると、音がわからなくなっちゃうのよ」
「わかりましたー」
素直に頷いて服に手をかける橙と、永琳との間に、藍が無言で割って入る。
その顔は能面のように無表情で、しかしあからさまな敵意を滲ませている。
すっかり据わった目には、敵を前にした狼のような、獰猛な眼光が唸っていた。
そうして、永琳の耳元に顔を寄せると、極限まで押し殺された、ドスの効いた声でささやきだす。
「……先生、まさかとは思いますが、よもや無垢な橙をいいようにだまして、あんなことやこんなことをしようなどとは……」
「あのねぇ藍。あなたやレミリアのとこの変態じゃあるまいし、そんなことするわけないでしょう?」
本気も本気、大マジで永琳に詰め寄る藍に呆れて、紫はため息混じりに口を挟む。
だが、紫の言葉とは裏腹に、永琳は露骨に舌打ちしつつ、そっぽを向いて呟いた。
「……チッ、まさか見抜かれていたなんて」
「「ヲイ!?」」
「冗談よ。じゃあ、まずは前からね」
揃って上がったツッコミをさらりとかわし、永琳は橙に向き直る。
診察を再開しだした永琳に背を向けて、二人はひそひそ話をしはじめた。
「あの目つき、声色……どれをとっても冗談に聞こえなかった……」
「そうね、あの目は本気の目だったわ」
どう見ても本気にしか見えなかったが、もしかしたら、そのすべてをひっくるめて、そういう冗談なのかもしれない。
だがその実はどうなのやら、まるでわからない。
紫も藍も、永琳の考えていることなど、知る由もないのだから。
聴診器が冷たくて上げているであろう橙の声も、聞こうと思えばエロス漂う声に聞こえてくるのが、なんとも複雑だった。
などと、後ろで不安がる二人の心情などどこ吹く風。
問診や視診がそうであったように、聴診も触診も、とっくに終わっていた。
「心配することはないわ。様子を見る限り、ただの風邪のひきはじめよ。
ちゃんと滋養をつけて、暖かくして寝ればすぐ治るわ」
「風邪ですか。……そうでしたか」
診断を聞いて、藍はほっと胸を撫で下ろす。
ぴんと立っていた尻尾も下りて、心から安堵している様子が見て取れた。
「ほら藍、橙がお世話になったんだし、さっきのことは謝りなさい」
「う……、すみません。取り乱してしまい申し訳ない」
「気にしないでいいわ。
念のため、薬を出しておくわね。心配だったら飲ませてあげなさいな」
紫にせっつかれて頭を下げる藍に、永琳は軽い調子で受け応える。
診察のはじめから、絶対何かやらかすだろうと身構えていた藍は、すっかり毒気を抜かれてしまっていた。
診察を終えて、処方箋を鈴仙に渡したのちの、しばらくの待ち時間。
藍が橙を連れて部屋をあとにしたその後、二人は暇潰しに話をしはじめた。
「それにしても、あの仔はこの仔に随分とご執心のようね」
他愛もない世間話の合間に、永琳は思い出したように藍のことを話題に上げた。
話を振られて、紫は軽く肩をすくめて返す。
「そうねー。ここに来る前なんか、そりゃもう世界の終わりみたいに慌てふためいてたし。
挙句の果てに、私のところに邪神像を持って来て、
『紫様、橙のために死ねますか死ねますよねってゆーかむしろ是が非でも死んでください!!』
なーんて言って、邪神の生贄にしようとしてきたしねぇ……。
ちょっと、溺愛っぷりが度を越してるわ」
紫のぼやきに、永琳は思わず吹きだした。
あさっての方を向いて、ひとしきり肩を震わせたあと、一息ついて紫に向き直る。
それでも口もとが緩んでいるあたり、どうにもこみ上げてくる笑いをこらえきれてはいないようだ。
「まあ、それだけ大切に思っているってことでしょう。大目に見てあげなさいな」
「それはまあ、当然ね。
ちょっと取り乱したくらいで、いちいち怒っていたらきりがないもの」
一呼吸置いて、続ける。
「だから優しく卍固めで絞め落として、なだめてあげたのよ」
「それって優しいのかしら?」
なんつーか、いろいろと台無しだった。
「そうそう、橙を診てもらったお礼なんだけど」
「別に、お礼なんかいらないわよ」
「そうはいかないわ。もらいっぱなしは嫌だもの、何かお返しさせてちょうだい。
……そうね、これでどうかしら?」
紫は言いつつ、手元にスキマを開いて、ごそごそと何かを探り始める。
そうしてスキマから取り出したものは、カチコチに凍った、巨大な魚だった。
「あら、いいマグロじゃない」
どん、と目の前に置かれた冷凍マグロを一目見て、永琳は感心の声を上げる。
その声を耳ざとく聞きつけた紫は、冷凍マグロに手を置いて、軽い調子で答えてみせた。
「あ、わかる? ただちょっといわくつきで……霊夢が2人ほど撲殺してみせた業物なんだけどねー」
「冷凍マグロで撲殺するなんて、つくづく非常識ねぇ」
確かに、カチコチに凍ったマグロは硬いし重い。
しかし、だからっていくらなんでも冷凍マグロで撲殺なんかできるもんなんだろうか。
そもそも、わざわざ冷凍マグロで撲殺するような状況が思い浮かばない。
っつーか、撲殺されて横たわる相手の傍らで、冷凍マグロを片手に立つ光景はあまりにもシュールすぎやしないか。
「どうかしらね。意外と手に馴染むそうよ? 総評35点だって」
「どういう採点基準なのかしらね」
永琳の呟きに返ってきたのは、微妙にズレた受け答え。
冷凍マグロが鈍器として向いてるかどうかは、この際関係ないんじゃなかろーか。
「まあ、業物でも何でもいいわ。今日のおかずは決まりね。
でも、これじゃあお釣りがいくらあっても足りないわ。 あなたたちも、一緒に食べましょう?」
「そうね……、せっかくだから、いただこうかしら」
永琳の誘いに、紫は微笑みながら答える。
傍目に見れば、実に平和で穏やかなやりとりだった。
そのマグロが撲殺事件の凶器でさえなければ、もっとよかったのだが。
証拠隠滅はさておいて。
みんな揃って食卓を囲んでの、楽しい食事……と、なるはずだった。
「え、永琳!何をしてるの貴女!!」
平穏なひとときを打ち破ったのは、紫の叫びにも似た声だった。
その場に立ち上がり、信じられないものを見たように、目を大きく見開いて。
「何をしているも何も、いたって普通じゃない」
大声を上げる紫を横目でねめつけながら、手にした小皿にマグロを乗せる永琳。
それを見た紫は息を呑み、ぎゅっと目を瞑って、目の前の光景から顔を背けた。
自らの肩をぎゅっと抱いたまま、この世の地獄を見たような表情を浮かべ、震える声を絞り出す。
「どこが普通なものですか。せっかくの中トロをマヨケチャップなんかで食べるなんて……!
マグロに対する冒涜よ。許せないわ」
「冒涜も何も、私がおいしく食べるためにマヨケチャップを使ってるだけよ。
人の食べ方に口を尖らせて指図するということが、どれほど低俗なことか……わからないかしら?」
紫は膨れ上がる怒りを隠そうともせず、怒気をはらんだ声で責め立てる。
対する永琳も、冷淡に言葉を返すその裏で、静かな怒りを滲ませていた。
「いいえ、八意永琳……、貴女は、絶対にしてはならないことをやったのよ。
貴女は今この瞬間、私と、大間マグロ漁業組合の皆さんを敵に回したのよ!!」
腕を振り上げつつ、ちゃぶ台に足を乗せ、大声を張り上げる。
宣戦布告さながらの様相で啖呵を切るその姿には、鬼気迫るものさえ感じられた。
「誰よそれは」
「紫様、食事中ですよ」
紫の剣幕に、しかしジト目で睨みつける永琳と藍。
威圧感をたたえた鋭い視線には、有無を言わせない迫力がある。
普通の者であれば、その視線に萎縮して、従うままになっていただろう。
されどもそこは八雲紫。伊達に歩く非常識と陰口されているわけではない。
二人のガン睨みもものともせず、不遜な態度を崩すこともない。
それどころか、オーバーアクションで肩をすくめると、鼻で笑いながら聞こえよがしに呟いてみせた。
「まあ、異邦人の年増グレイごときにわさび醤油のおいしさが理解できるとは思えないし……、
マヨケチャップなんてものを使うのも、仕方のないことなのかしらねぇ」
「……何ですって?もう一度言ってごらんなさいな。スキマおばさん?」
セールボイス アンド バイボイス。
紫の挑発をモロに受けて、永琳もまた箸を置いて立ち上がった。
さすがにちゃぶ台の上に足を乗せることはしなかったが、腕を組み、全身に言いようのない威圧感を湛えている。
「あら、聞き取れなかったかしら?
ごめんなさい。と・し・ま・グ・レ・イは耳が遠いから気をつけなくちゃね」
「聞き取れていたのだけれどね。
ス・キ・マ・お・ば・さ・んは老婆心が旺盛ねぇ。歳が歳だからかしら?」
挑発を挑発で返して、さらに事態は泥沼へ。
冷たく乾いて、ひび割れだす空気の中、二人はおもむろに笑い出す。
「ふ……ふふふふふふふ」
「ほほほほほほほほ」
乾いた笑顔を崩さぬまま、しかし両者の目は射殺さんとばかりにぎらついていた。
いわゆるところの、殺ス笑みというやつだ。
こいつだけは許さねぇ、何が何でもぬっ殺す。と、身にまとう殺気が雄弁に物語っている。
さきほどまでの平和な空気はどこへやら。
バックに稲光でも走りそうな、重苦しい緊張を撒き散らし、両者の睨みあいは続く。
睨み合い、殺気をビシバシぶつけあう紫と永琳。
呆れてため息をつく藍と、たじろぐ鈴仙。
どうしていいかわからず、ただおろおろとうろたえるばかりの橙。
そして。
火花を散らしあう二人の傍らで、もう一つの争いが勃発していた。
「ちょっと! その落ちトロは私のものよ、横取りしないでよ!」
我関せず、とばかりに黙々とマグロを食べていた輝夜が、いきなり声を荒げだす。
咎める声のその相手は、以外にもというか案の定というか、傍観者その2を決め込んでいたてゐだった。
てゐは今にも食ってかかりそうな輝夜を鼻で笑いつつ、小皿にとった落ちトロにわさびを乗せる。
「横取りなんて言いがかりですー。ツバつけたのは私のほうが先ですー」
「私が小皿にとった落ちトロなのよ? 嘘をつくのもいいかげんにしなさいよ」
「アーアーキコエナイキコエナーイ」
上がる抗議を受け流し、白々しい言葉とともに、素早く落ちトロを口に運ぶ。
これ見よがしに落ちトロを食べるその姿は、思わず殴り飛ばしたくなるほどだったそうな。
「因幡テメェっ! ……こうなったら!」
ならば横取りされる前に食べてしまおうと、輝夜は落ちトロの盛られた皿に箸を伸ばす――が、既に遅かった。
いつの間に手を回したのか、残るすべての落ちトロまでもが、てゐの手中に収められていた。
驚愕と絶望に、輝夜の顔が強張り、歪む。
そして、てゐは。
小皿をひっくり返し、すべての落ちトロを一口に食べてしまった。
「うーーーーん、おっいしーーーい!」
「い――――因幡あぁぁっ! リザレクション殺すぞ貴様アァァァ!!」
わざとらしく頬に手を当てるてゐに向かって、輝夜は鬼の形相で絶叫を張り上げる。
いつになくマジになる輝夜を、しかしてゐは鼻で笑いながらおちょくりだした。
「あーあー、落ちトロくらいで本気になるなんておとなげなーいんだー」
「うるさいっ! 私のブディストダイヤモンドが光って唸るっ!!」
「うおっまぶしっ」
かくして、平和な食卓は、瞬く間に二つの争いが繰り広げられる、カオスの坩堝と成り果てた。
一方では輝夜とてゐが火花を散らし、また一方では紫と永琳が殺気を突き刺しあう。
取り残された三人は、ただただ事の成り行きを見守るのみだった。
「身の程っていうものを教えてやるわ、表に出なさい因幡!」
まず最初に立ち上がったのは、輝夜だった。
親指を突き出して表を指し、およそ姫という身分に似つかわしくない罵声を張り上げる。
「は、上等。もっこもこにしてやんよ!」
売り言葉に買い言葉で、てゐもまた立ち上がる。
二人は揃って外に出て行くと、すぐにどこかに飛んで行ってしまった。
「うどんげ、私ちょっと席を外すわね」
「藍ー、私もちょっといなくなるけど、マグロは残しておきなさいよ」
輝夜とてゐが外に出てすぐ、永琳と紫もまた立ち上がる。
二人はそれぞれ言い残して席を立ち、連れだって部屋を後にした。
そうしてたどり着いたのは、先の部屋から離れた、それなりに広い一室。
ここなら、思う存分戦える。
大きく息を吸って、吐いて、吸って、吐いて。
もひとつ吸って、また吐いて。
息を整えてすぐ、紫はおもむろに服に手をかけると、大きくはためかせながら脱ぎ捨てた。
とはいえ、別にテンコーファイトをしようというわけではなく、ましてやエロいことをするつもりでもない。
服を脱ぎ捨てた紫は、青い全身タイツを身に着け、いつ結ったのか髪をポニーテールにまとめていた。
つまるところの、ゼロスーツゆかりん。
間口の狭いネタはやらないほうがいいぞってけーねが言ってた。
だが断る。
戦う準備と、殺る覚悟を決めた二人は、その瞳に殺意の炎を揺らめかせて睨みあいだした。
紫は指から手首から、とにかく全身の関節をコキコキと鳴らして。
永琳も、負けじとばかりに全身から殺気をほとばしらせて。
ゴゴゴゴゴゴ……、という擬音まで引っさげて、一触即発の睨みあいは続く。
そして、両者のボルテージが最高潮に達したそのとき、二人はいきなり身構えた。
「きしゃー!」
鶴のポーズをとる紫と、
「しょげー!」
蟷螂拳の構えをとる永琳。
二人はけったいなポーズのまま奇声を発しつつ、互いを威嚇しあう。
今の二人には、もはや眼前の敵を葬ることしか頭にないようだ。
構え、睨みあったまま、じり、じりと間合いを詰めていく。
そして、二人はお互いに飛び掛りあったのは、まったく同じタイミングだった。
「何の騒ぎですか紫様……って、うわぁ」
「し、師匠……?」
嫌な予感を感じてか、二人が部屋に駆けつけたときには、すでに取っ組み合いの喧嘩が始まっていた。
「ふにににににっ!」
「うにににににっ!!」
……もとい。喧嘩なんて上等なものではない。
それはただ、掴んだものをしゃにむに引っ張り伸ばすだけの、小学生レベルのつまみ合いだった。
つまんだり引っ張ったり伸ばしたりつけ間違えたり、二人にとっては熾烈な、周りにとっては下らない戦いは続く。
あまりにも低レベルな張り合いに、駆けつけてきた二人は揃って頭を抱え、小さく溜め息をつく。
互いに顔を見合わせ、頷きあい、いまだにつまみ合っているそれぞれの主や師の肩を掴んで引き剥がした。
「紫様、いい加減にしてくださいよっ」
「師匠もですよ。ほら、大人しくしてください」
がっちりと取っ組み合っていたはずの二人は、案外簡単に引き剥がされた。
しかし、一度火がついた怒りは、そう簡単に消えるものではない。
「ええい放しなさい藍っ! この更年期エイリアンは殺らなきゃならないのよっ!」
「うどんげっ、手出ししないでちょうだい! このムラサキババアはなんとしてもこの手でえぇぇっ!!」
引き剥がされ、羽交い絞めにされてもなお、二人は年甲斐もなく暴れて、互いを罵りまくる。
二人の怒りのボルテージは、煽り煽られヒートアップ。
火に油なんてまだぬるい。燃え立つ炎にガソリンをぶっかけまくるようなもんである。
「誰がムラサキババアだってのよこの長老グレイめらあぁぁぁぁぁっ!!」
「自分で認めてるんじゃないのこのオールドダラズキマあぁぁぁぁぁっ!!」
暴れながら上げたお互いの叫びに、それぞれのこめかみのあたりから何かが切れる音がした。
きっと、切れてはいけない何かが、ブチ切れなさってしまったのだろう。
目を血走らせ、歯をむき出しにしながら、二人はまたも叫びだす。
「スキマ! スーキマスキマ! スキーマキマーマ!」
「ちょっと、何口走ってるんですか紫様!? ちったぁ落ち着いてください!」
「グレイ! グレーイレ! グレググレーイ!!」
「あんたもかー!?」
怒りのあまりブチ切れてしまったのは、堪忍袋の緒だけではなかったらしい。
二人は言語中枢をぶっ壊しながら、人外の言葉でなおも叫び声を張り上げ続ける。
こめかみに浮いた血管は、今にもはちきれそうなほどに膨れ上がり、ピクピクと痙攣してさえいた。
「スキマスキーマ! スマキマキーマ! スキマースイッチ!!」
「グレーイ! グーレイ! デュアッ!ジュワッ!」
「だから落ち着けって言ってるでしょうがあんたらはっ!」
「師匠! 落ち着いてくださいってばしーしょーおーー!」
引き剥がされて、手が出せないから足を出し、それも届かないので唾を飛ばし始める二人。
とことんなまでに小学生レベルのくだらない戦いを繰り広げるその姿には、普段の威厳なんてカケラも見当たらない。
たかだかマグロ一つにここまで熱くなるなんて、大人気ないにも程があるってもんである。
それとも、この二人をここまで熱くさせてしまうマグロに敬服するべきか。
とにもかくにも、低レベルな争いは互いに一歩も引かず譲らず、いつまでたっても終わらない。
この騒動を止めるためには、少しばかり荒っぽい手段を選ぶことも、やむを得ないことだった。
「「あぁもう、こうなったら奥の手しかっ!」」
ポキン☆
ドゴスメシャ☆
「「へぐぅ!?」」
藍は紫の首を曲げてはいけない方向にねじり曲げ。
鈴仙は永琳のうしろどたまに自分の頭を叩きつけ。
それぞれを戦闘不能にすることで、その場は事無きを得たのである。
その華麗なまでのネックブリーカーとヘッドバットは、見るものを唸らせずにはいられないほどだったそうな。
「なんというか、申し訳ない」
先程までの騒ぎを侘びて、藍はぺこりと頭を下げる。
主の非は自分の非だと言わんばかりの態度は、まさに式の鑑と言えた。
「いえいえ、こちらこそすいませんでした」
律儀と言うか、苦労性と言うべきか。
鈴仙もまた頭を下げて、藍の謝罪に謝罪で返す。
お互いに、お互いの苦労を感じたのか、二人は揃って顔を上げ、困ったように笑いあう。
「これ、橙ちゃんのお薬なので、飲ませてあげてくださいね」
「ありがとう。……では、また」
かくして、ありえない方向に首を曲げ、白目を向いて昏倒する紫を担いだまま、藍たちは永遠亭を後にしたのでした。
めでたしめでたし。
ちなみに、落ちトロを巡って競り合い、外に出ていた輝夜とてゐはというと――。
「っはぁ、はぁ……。 ふっ、いいモノ持ってるじゃない、因幡……」
「姫様こそ、さっきの雪崩れ式ブレーンバスターは効いたわ……」
二人は川原の土手に寝そべり、ぼろぼろの様相になりながらも、爽やかに笑い合っていた。
その姿はさながら、古きよき時代の伝統として名高い、『川原で殴りあって、友情を確かめあう番長』のようだったという。
なんか赤く染まってる古今東西の武器凶器がそこらに転がっていなければ、の話だが。
こうしてまた、少しばかり間違った方法によって、二人の絆は深まったのである。
……と、それで終わってしまえば良かったのだが――いやまあ、良くはないけども。
どっこいそうもいかなかった。
_/ _/ _/ 5days ago マヨヒガ PM15:08 _/ _/ _/
程よく濡れた、水もしたたるいいクラゲを顔に被せられた状態で、紫は布団に寝かしつけられていた。
普通ならタオルを額に乗せるものだが、クラゲを顔面に被せているあたり、静かなる悪意を感じずにはいられない。
「……ごふっ!? げふっ!? 死ぬっ、死ぬっ!」
咳き込みながら、顔上のクラゲを跳ね除けて、紫は飛び起きた。
跳ね飛ばされたクラゲは、そのままふよふよとどこかへ飛んでいってしまったそうな。
「藍! らーんー!!」
窒息寸前だった息を整えてすぐ、大声で藍を呼びつける。
義務感半分、めんどくささ半分といった様相で現れた藍に、サムズアップをかましながら話を切り出した。
「わたし、ちょっと外の世界に出かけてくるわね」
「はい? ……一体、何をやらかすつもりですか」
無駄にテンションの高い紫に対し、藍は露骨に眉をひそめて聞き返す。
どうせろくな事じゃないんだろうなぁ、と言わんばかりの表情に、紫は拗ねたように口を尖らせた。
「やらかすだなんて人聞きが悪いわね。ただちょっと、地球破壊爆弾を1ダースばかり買ってくるだけよ」
「馬鹿ですか? って言うか馬鹿ですか?」
「なんで二度言うのよ!」
「バカにバ……、もとい、主を諌めるのも、式である私の務めですから」
一瞬ポロッと出かかった本音を素早く押し込めて、藍はしれっと正論を吐く。
対する紫はますます口を尖らせて、藍にぐいっと詰め寄った。
「じゃあどうしろっていうのよ!? あれなの!? 幻想郷の存亡を賭けたハルマゲドンなら大歓迎よ!」
「だからどうしてそう事を荒立てようとするんですか!」
いつも以上にぶっ飛んだ紫の言動に、思わず語気が荒くなる。
たかだか一個人同士のケンカで、そんな最終戦争なんぞ起こされたらたまったものではない。
だがしかし、紫はさもそれが当然であるかのような態度で、胸を張って藍に応えた。
「決まってるじゃない。派手さは心のスパイスなのよ!」
「わけがわかりませんよ!」
怒鳴る紫に怒鳴り返して、ふと、紫のペースに乗せられつつあることに気付く。
このまま紫のペースに飲まれてはいけない。藍はそう思い立ち、一呼吸置いて続けた。
「それに、そんな騒動を起こしたら、霊夢が黙ってはいないでしょうに」
「それなら大丈夫よ。霊夢ならお饅頭一箱で買収できるもの」
「……うーわー……」
その感嘆の呻きは、果たしてどちらに向けられたものだったのだろう。
平然と買収とか言ってのける紫になのか、たかが饅頭一箱で買収される霊夢になのか。
うん、まあ、多分両方なんだろうね。
「……ま、ハルマゲドンは冗談だけどね。
それでも、決着をつけなくちゃ腹の虫が収まらないわ」
「なんでそこまで怒ってるんですか」
怒り心頭まっただ中の紫に、藍は呆れ声を漏らす。
呟きを聞きつけてか、紫は藍に振り向くと、両目を見つめて真正面から向き合った。
「あのね藍。干からびナイアルラトホテップだの心の隅に住み着く邪悪な小じわだの、
それだけのことを言いたい放題叫び散らされちゃ、怒るなって言う方が無理よ?」
「通じてたんですかアレで」
紫から出てきた悪口の凄まじさに、藍はげんなりしながら声を絞り出した。
おそらくブチ切れた後、スキマスキマだのグレイグレイだの言っていた時に出てきた悪口だろう。
よくもまあ、あれで言葉が通じたものだと感心せずにはいられない。
というか、どーいうセンスをしていれば、そんなにもわけのわからない罵り文句が出てくるのだろうか。
「わたしに不可能はあんまりないのよ」
紫は言いながら、げんなりする藍から視線を外す。
そうして、おもむろに腕を組むと、嘆息しながら呟いてみせた。
「まったく、あの年増ときたら……いっぺんぎゃふんと言わせてやらなきゃ気がすまないわ」
「正直、どっちもどっちって気がしますが。
どうせ紫様だって言いたい放題言ってたんだろうし」
「まあ、そーゆーわけでよ、藍。
あいつをぐぅの音も出ないくらいに叩きのめす方法を考えなさい」
都合の悪いツッコミを華麗にスルーしつつ、紫は笑顔で藍の肩を叩く。
「……はい?」
対する藍は、あまりにも突拍子もない紫の言葉に、目を点にしていた。
「ちょっ、ちょっと待ってください紫様。何故私が?
今回のイザコザは、私は無関係じゃないですか?」
貧乏くじを押し付けられまいと、藍は必死に食い下がる。
だが、いくら普段は蹴ったり簀巻きにしたりコブラツイストを極めたりしているような間柄でも、紫は主で藍は式なのだ。
鋼の上下関係において、我関せずを通せる余地などカケラもない。
それを思い知らせようとしてか、紫は笑顔でとんでもねーことをサラッとのたまった。
「主人のためなら笑顔で火口にダイブする。それが奴れ、こほん、式神ってものでしょう?」
「紫様、今何か生理的に嫌な言葉がポロッと出かかりませんでしたか」
何を言おうとしてたのか、言わずもがな。
紫が口走りかけた言葉を察し、藍は顔を引きつらせた。
「きっと気のせいよ。
それにほら、あなた頭がいいじゃない。四つ足の分際で分不相応なくらい」
「酷いこと言われた!? 褒めるてるのかけなしてるのかどっちですかそれは!?
というか、私が得意なのは数学であってですね? 権謀術数はむしろ紫様の領分じゃございませんか」
うっかり関節を極めたくなる衝動にかられつつも、藍はつとめて平静に聞き返す。
こめかみをピクピク痙攣させる藍とは対照的に、紫は腕を組んで胸を張り、意味もなく大仰な態度でそれに答えた。
「権謀術数なんて、清純派少女の私には似合わないじゃない!」
「えぇーーー……」
今しがたの妄言は、いったいどこから突っ込めばいいのだろう。
とりあえず、突っ込みどころが多すぎて突っ込みようがないことだけは明らかだった。
一方その頃、永遠亭。
「あぁもう、今思い出しても頭にくるわ。
いっぺん思い知らせてやらなくちゃならないようね」
「なんでそこまで怒ってるんですか」
心中穏やかならざる永琳に、鈴仙は思わず嘆息する。
呟きを聞きつけてか、永琳は腕を組み、憮然とした面持ちで鈴仙に向き直った。
「そうは言ってもね、うどんげ。
顔面装甲120mmだの1万年と2千年前からファイナルゴッドマザーだの、
あることないこと好き放題に叫び散らされたんじゃ、怒るなって言う方が無理よ?」
「あれで通じてたんですか」
永琳から出てきたある意味凄まじい悪口に、鈴仙は軽い眩暈を覚えながらも、なんとか声を絞り出す。
紫も紫で、ちょっとばかりエキセントリックで前衛的なセンスを持ち合わせているようだ。
「わたしに不可能はそんなにないのよ。
まったく、あのスキマときたら……いっぺんぎゃふんと言わせてやらなきゃ気がすまないわ」
「えーと、その、どっちもどっちって気がしますけど。
どうせ師匠も好き放題に無茶苦茶なこと言ってたんでしょうし」
「まあ、そーいうわけでよ、うどんげ。
あいつをぐぅの音も出ないくらいに叩きのめす方法を考えなさい」
都合の悪いツッコミを優雅にスルーしつつ、永琳はにこにこ笑顔で鈴仙の肩を叩く。
「……はい?」
一瞬何を言われたのか理解できずに、鈴仙は目を丸くした。
「えーと、あの、師匠? なんで私がそんなことしなくちゃならないんですか?」
笑顔のままの永琳に、鈴仙は真顔で聞き返す。
「しなくちゃならないとかそういう問題じゃないわ。やれって言ってるのよこのしょんぼりウサビッチ!」
「しょんぼりウサビッチ!?」
有無を言わせぬ物言いも、やはり、笑顔のままだった。
どこぞの裸がユニフォームと言い張る球団ばりに、笑顔がユニフォームだと言わんばかりのさわやかな笑顔。
しかし、その口から飛び出す言葉は、えてして想像を絶する凄まじいものだったりする。
「私のためなら笑顔で濃硫酸を引っかぶる。それが奴れ、こほん、弟子ってものでしょう?」
「師匠、今何か倫理的にダメな言葉がポロッと出かかりませんでしたか」
何を言おうとしてたのか、言わずもがな。
永琳が口走りかけた言葉を察し、鈴仙は顔を引きつらせた。
「気のせいよ。
それにほら、あなた頭がいいじゃない。敗残兵の分際で分不相応なくらい」
「酷いこと言われた!? っていうかそれ頭のよさと関係ないですよね!?
というか、頭がいい、のベクトルが違いすぎますよ。権謀術数は師匠の領分じゃないですか」
あんまりな言い草にげんなりしながら、鈴仙は言葉を返す。
それを聞き止めた永琳は真顔に戻ると、胸を張って鈴仙に応えた。
「夢見る女の子はね、権謀術数なんてものとは無縁なのよ!
「うえぇ……」
なんつーかこの二人、案外、似たもの同士なのかもしれない。
_/ _/ _/ 4days ago マヨヒガ AM11:37 _/ _/ _/
あくる日の、マヨヒガ。
藍と鈴仙の二人は、部屋でそろって頭を悩ませていた。
あの超ド級の馬鹿二人に決着をつけさせるには、果たして何がベストなのか。
侃々諤々、二人は思いつくまま、遠慮なく案を出しあっていく。
24時間逆さ吊り耐久レース、水着一枚で冷凍庫入り耐久レース、霊夢に釘バットでボコられ耐久レース。
生身で大気圏突入耐久レース、頭に吸い付きクラゲ貼り付け耐久レース、コンクリ詰めにして紅魔湖に沈める耐久レース。
案を出しては没にしてを繰り返して、気付けばもう、手元のノートは真っ黒になっていた。
ひととおり案を出し切って、気分転換に茶でも啜ろうかと、藍が茶を淹れてきたのが、今からちょうど5分前。
ほぅ、と一息ついたのち、藍は神妙な面持ちで目を伏せ、ぽつりと呟きだす。
「しかし、どうやって決着をつけさせたものか……」
「そう、ねぇ……」
嘆息しながら、鈴仙。
二人はまるでタイミングを計ったかのように、そろって重いため息をつく。
互いに、互いの主なり師匠なりが、どういう人となりをしているのかは理解している。
しかし、理解しているからこそ、何一つとして名案が浮かんでこないのもまた事実だった。
「何か勝負をさせるにしても、下手に勝敗がついてしまうと、それがさらに火種にならないとも限らないし……」
「でも、このままじゃあ、永遠亭とマヨヒガとの間で全面戦争が起こりかねないし……」
あたかも一人の呟きであるかのように、二人は言葉を繋げる。
あちらを立てればこちらが立たず、こちらを立てればあちらが立たず。
そもそも、何を立てればいいのかもわからない。字面どおりの八方塞がりだった。
「「う~~~~~~~あ~~~~~~~」」
しまいには、二人揃ってうなり声を上げつつ、頭を抱えて突っ伏した。
その煮詰まりっぷりは言わずもがな。頭からプスプスと煙を上げそうですらある。
そして、それはある意味で正しかった。
しばらくうなり続けたのち、藍はふと顔を上げる。
考えて考えて考え抜いて、これぞという妙案が閃いた――、というわけでは、もちろんない。
「って言うか、あれだ。なんで紫様がばら撒いた火種を私が後始末しなくちゃならないんだ。理不尽だ。
もういっそ紫様なんか見捨てて橙と手に手を取り合って駆け落ちしたっていいじゃないか。うん、そうだそうしよう」
考えが煮詰まりすぎてオーバーヒート、というか熱暴走しはじめる藍。
据わりきったその眼には、すでに理性の光はなく、死んだ魚のように胡乱だった。
ネジが外れてしまった藍を前にして、一方の鈴仙はというと、まあ、なんつーか……彼女も彼女で壊れていた。
「あぁ、そっか、なるほど名案だわ。
それじゃあ私も師匠のことなんか見捨てて山奥のお寺でひっそりと暮して悟りを開くことにするわね」
見たものを狂気に染める瞳は、しかし自らの狂気に濁りきっていた。
なんとなく渦が巻いているように見えるのは、果たしてただの気のせいだろうか。
「そうと決まればさっそくお出かけ用のバッグに、ハンカチと、クロロホルムと、クロロホルムと、あとクロロホルムも」
藍は死んだ魚のような目のまま、ウキウキ笑顔でどこからともなくドラムバッグを取り出しだす。
そしてこれまたどこにあったのか、クロロホルムの瓶ばかりをミカンの詰め放題よろしくぎゅもぎゅもと詰めていく。
どこの世界に、大量のクロロホルムが必要な駆け落ちがあるっていうのだろう。
クロロホルムで昏睡させての、愛の逃避行。
どう見ても誘拐です。本当にありがとうございました。
やがてバッグはクロロホルムの瓶でいっぱいになり、藍はそれを見て満足そうに微笑んだ。
このままバッグを担いで、クロロホルムの行商にでも行けてしまいそうなほどである。
「よーし、準備完了。次は橙と一緒の布団で寝るための練習だぁ♪」
そして、いまだに暴走冷めやらぬまま、おもむろに橙の布団を敷くとそこに寝転がり、布団にくるまりだした。
「あぁ橙の布団だ橙の香りだ橙の感触だハァハァハァハァ」
どうしようもない妄言を吐きながら、布団にくるまったまま部屋中をゴロゴロと転がりまわる。
その姿は、当の橙が見たらショック死しそうなほどにぶっ壊れていた。
「それじゃあ早速出家の準備に取り掛かりましょうか。
髪を剃るためのシェービングクリームと、あとカミソリと、袈裟と……あぁそうだ、法名はどうすればいいんだろ。
あとは読経ね。これは完璧にできないと恥ずかしいから、練習しなくちゃ」
虚ろな眼差しのまま呟いたのち、いきなりお経を暗唱しはじめる。
しかし、鈴仙が唱えだしたお経は、あまりにもフリーダムすぎたために、何を言っているのかまるでわからなかった。
というか、ところどころに月面語が混じっていたのだから、何がなんだかわかるはずもない。
鈴仙の唱える変なお経をBGMにして、藍は藍で布団にくるまって転がり続ける。
筆舌に尽くしがたい、混沌とした光景が部屋の中に渦巻いていた。
頼むから誰か止めてくれ。
待ち望んでいた救いの光は、意外なところから訪れる。
……あるいは、さらなるカオスの深遠に引きずり込む暗黒なのかもしれないが、ンなこたぁもうどうでもよかった。
「そこまでにしておきなさい」
「……はっ!?」
「な、何者っ!?」
突如としてカオス空間に投げかけられた言葉を聞きつけて、二人は正気を取り戻す。
辺りを見回す二人のその背後、クローゼットの扉がひとりでに開け放たれて――――。
その中から、ドンブリ片手に正座する、咲夜が姿を現した。
「話はすべて聞かせてもらったわ」
「盗み聞きはともかく、橙のクローゼットから出てくるのは非常識に過ぎやしないか。
というかなんなんだ。その手に持ったドンブリ飯は」
答えなんてわかりきっているが、それでも問い詰めずにはいられない。
眉をひそめる藍の問いかけに、咲夜は涼しい顔で受け答えた。
「気にしないでいいわ。ただちょっと芳しい幼女のカホリをオカズにご飯を食べてただけだから」
まさに変態。
「というか、貴女こそ橙ちゃんの布団にくるまって、何をしていたのかしら?」
「それこそ気にするな。こうしていると凄く落ち着くんだ。
……まあ、この場に居合わせたのも何かの縁だろう。ひとつ話を聞いてくれないか」
さきほどの狂乱っぷりはどこへやら。
藍はくるまっていた布団を脱ぎ置くと、クローゼットから咲夜を引きずり出して、訥々と話しはじめた。
かくかくしかじかまるかいてちょん。
「……と、以上がコトの顛末だ」
「また随分とレベルの低い争いねぇ」
「そう言わないで……。あれで本人たちは真剣そのものなんだから。
どうにかして、あの二人を納得させつつ、遺恨を残さない方法で決着を付けさせなくちゃならないのよ」
事情を聞かされて、そのレベルの低さに呆れて嘆息する。
そんな咲夜とは対照的に、沈痛な面持ちで深い、深ーーいため息をつく藍と鈴仙。
鎮痛きわまる二人を前にして、咲夜は呆れを隠すこともせず、あっけらかんと言い放った。
「そんなに簡単なことで悩んでいたの?
勝ったところで全然嬉しくない、むしろ虚しさしか残らない勝負をさせれば済む話じゃない」
「……勝ったところで虚しさしか残らない勝負……?」
「確かに理屈としては一理あるが、そんなものがあるものなのか?」
咲夜の提案に、二人は眉をひそめて訝しむ。
勝負であるからには、勝てば嬉しいし、負ければ悔しいはず。
それなのに、勝ったところでただ虚しいだけの勝負など、果たしてあるものなのだろうか。
二人は再び俯いて、思案に暮れ始める。
「……そうね。
食べ物がきっかけでいがみ合いを始めたのだから、食べ物で決着をつけさせたらどうかしら?
例えば、大食い勝負、とかね」
思わぬ妙案に、二人は弾かれたように顔を上げた。
泥沼に足を突っ込まないためには、最初から泥沼に沈めちゃえばいいんじゃないか。
そう言わんばかりの前向きにネガティブな発想の転換ではあるものの、確かに画期的な案ではある。
「な、なるほど! 言われてみれば確かにその通りね!」
「そうか、大食い勝負ならば、勝ったところでおおっぴらに自慢しようとは思わない。実に見事な案だ」
「でも――」
「だが――」
咲夜の案に光明を見出したのも束の間、またすぐに俯き、視線を泳がせ始める。
再び思案に暮れだす二人を訝しんで、咲夜は眉をひそめ、小首をかしげた。
「でも、ってどういうことかしら?」
「大食いで決着をつけるには、相応の蓄えがなければならないだろう?」
「私達じゃあ、そんなに大量の食料なんて用意できないわ」
二人の意見は、至極もっともだった。
もともと大所帯ではないマヨヒガには、大食い大会を開けるほどの蓄えはない。
永遠亭ならあるいは……とも思えたが、鈴仙は、蓄えをどうこうできるほどの権限を持ってはいない。
いくら永琳の直弟子であるとはいえ、彼女も立場上はウサギ軍団の一員でしかないのだ。
輝夜にかけあってみたとしても、たかだかケンカのために蓄えを切り崩すことを良しとはしないだろう。
ひょっとしたら面白がって好きにさせてくれるかもしれないが、それを期待しての安請け合いなどできるはずもなかった。
「なんなら、紅魔館を使えるように手配しておくけれど?」
何気なく放たれた一言に、二人はそのまま硬直する。
それから一瞬の間を置いて、揃って咲夜に振り向いた。
「……え?」
「いい、のか?」
あまりにも唐突な、かつ都合のよすぎる提案。
信じられない、といった様相を浮かべながらも、咲夜に真意を問いかける。
対する咲夜は、そんな二人に気を悪くすることもなく、微笑みながら言葉を返した。
「袖擦りあうも他生の縁、ってね。
私から大食い勝負を提案したのだし」
「本当に何から何まで……、感謝の言葉もない。何か礼が出来ればいいのだが……」
深々と頭を下げる藍に、咲夜は柔らかな微笑みを浮かべたまま。
「そうね、お礼なら橙ちゃんの下着でいいわよ」
とんでもねーことを口走ったのでありました。
笑顔のままの咲夜に、藍もにっこり微笑んで。
「そうか、よし殺す! くらえっ狐狸妖怪レーザあぁぁっ!!」
微笑んで、でも即座に鬼の形相で、いきなりスペルをぶっ放す。
「ふっ、奥義、部屋の隅っこで小回転!」
「ちょっと待って、それ避け方違わないっ!?」
すぺるぶれいく。
「……まさか、あんなので最後まで避けきっちゃうなんて……」
信じられないものを目の当たりにして、半ばぼーぜんと呟く鈴仙。
肩で息つく藍の前で、咲夜は胸を張り、勝ち誇ったように高笑いを上げていた。
「ヲホホホホホホ! 幼女パゥワーは不可能を可能にするのよっ!!」
「……阿呆だ。本物の阿呆だ」
「しょうがないわね。下着が駄目なら靴下で妥協してあげるわ」
「「黙れ変態」」
どうしようもない妄言に、藍も鈴仙もげんなりしながらツッコんだ。
三つ子の魂百までも。変態は永遠に不滅です。
_/ _/ _/ 3days ago 永遠亭 PM14:30 _/ _/ _/
またあくる日。
永遠亭・マヨヒガ対抗決着勝負選抜大乱闘会議室、と張り紙のなされた一室に、先日の一同が会していた。
正座する紫と永琳の前で、藍はホワイトボードにペンをきゅっきゅと走らせていく。
【決着方法・大食い対決】
とまで書いたのち、二人に振り向くと、ホワイトボードをどんっと叩いてみせた。
「お二人には、大食い勝負をしていただきます」
「「……ゑ?」」
さすがにこれは予想外だったのか、二人は揃って目を点にする。
「ねえ藍今のセリフもっかいプリーズ」
「ですから、お二人には大食い勝負をしていただきます。
この勝負の勝敗が後のしこりとならないようにと、私どもが相談した結果、
『勝ったところで全然嬉しくない。むしろ虚しさしか残らない勝負』にしようとの結論に至りましたもので」
「なんでよりによってそんなわけのわからない勝負にしちゃったの!?」
まったくもって無自覚に、紫は抗議の声を上げる。
それを皮切りにして、隣で座る永琳も加わっての猛抗議が始まった。
「そうよ、私たちにはそんなものよりもっとふさわしい勝負があるじゃない。ミスコンとか美し比べとか」
「可愛さ勝負とかファンクラブ対決とかコンサート動員数大決戦とかカリスマ比べとか」
ブーイングがてら、必死に食い下がる紫と永琳。
しかし藍は、それらを涼しい顔で聞き流して、呆れたような声を出した。
「あーあーはいはい。妄言や戯れ言はご自分らの歳を弁えてからのたまって下さいね。
いい年こいたおば」
「必殺ゆかりんパーンチ!」
ずばきゃっ。
みなまで言う間もなく、紫が目にも止まらぬ電光石火の真空飛び膝蹴りを叩き込む。
九割九分パンチじゃなくても気にしない。それが紫のすごいとこ。
不意討ちにイイのをもらった藍は、声もなくその場にうずくまり――
「ついでに究極えーりんキーック!」
ずンどむ。
追い討ちとばかりに、永琳が笑顔でちゃぶ台を振り下ろした。
どう見てもキックじゃないけれど、本人がキックと言い張っているのだからキックなのだろう。
コンボを決めてハイタッチ、そしてその直後に再びそっぽを向く二人。
そんな二人の足元で、ちゃぶ台の下敷きになった藍は、一人静かに再起不能となっていた。
正直なのはいいことだけど、それは時として死亡フラグに直結していることもある。
みんなも気をつけよう。
そして、蚊帳の外だった残りのメンバーの多数決により、大食い勝負が採択されたのでした。
ビバ数の暴力。ご都合主義最高。予定調和上等。
_/ _/ _/ 3days ago 紅魔館 寝室 PM20:30 _/ _/ _/
「嫌よ。そんな下らない催しに、紅魔館を使わせてやる義理なんてないわ」
開口一番、レミリアは咲夜の願いを突っぱねる。
だが、それは意地悪でもなんでもなく、ある意味当然の結果だった。
いつものごとく、ベッドに潜り込んできた咲夜を、起きたついでに吹っ飛ばす。
はるか遠くの空に消えていったはずなのに、振り向けばすぐそこで下着姿にハァハァしてるという、恒例の嫌な寝起き。
そこに重ねて、紫と永琳を辱めるために紅魔館を使わせろなどという無茶苦茶な願いを出されたら――――、
ンなこと、快諾できるほうがどうかしている。
取り付く島もなく話を一蹴されてもなお、咲夜は余裕の佇まいを保ったままだった。
「そうですか……。残念ですわ」
ため息をつきながら、そっぽを向いて、続ける。
「紅魔館の、いえ、お嬢様の懐の広さを顕示してみせることで、周囲の紅魔館に対する評価はうなぎ登り。
それに伴って、瞬く間にお嬢様のカリスマは回復する、という寸法だったのですが」
「何をしているの咲夜。今すぐ準備なさい」
「かしこまりました」
レミリアは、とってもわかりやすかった。
……計画通り。
恭しく頭を下げるその裏で、咲夜は邪悪な笑顔を浮かべていたのでありました。
そして、深夜。
咲夜はひとり、紅魔館のとある一画に足を運んでいた。
薄暗く、人気のないそこには、巨大な鉄の扉が設えられていた。
その扉の前に立つと、吊り下げられている鈴をチリン、と鳴らす。
それを合図にして、扉の向こうから声が聞こえてきた。
「――ショッカーの天本英世は」
「イカデビル」
「OK、入っていいわ」
声の許しを得て、鉄の扉をゆっくりと開けていく。
扉の向こうの空気は冷たく重く、歩を進めるたびに身体の熱を奪われていくほど。
扉を越えて、数歩。
咲夜が足を止めて、それから少しの間を置いて、奥に居る人物が咲夜へと振り向いた。
「――状況を教えてちょうだい」
落ち着いた、艶のある声に、咲夜は応じる。
「ええ、永遠亭とマヨヒガの間でトラブルが発生したそうよ。
これを解決するための方策としてプランAを提示――相手は思惑通り食いついてきたわ」
プランA、という単語に、声の主は小さく声を上げる。
それから数秒ほど逡巡して、再び声を響かせた。
「わかったわ。では、プランAの開始を。
私達の動きを気取られないよう、細心の注意を払いつつ完遂してちょうだい」
「了解。状況はこちらに有利なまま進んでいるわ。吉報を待っていて」
万全は、すでに期している。
咲夜は声に応えると、真っ直ぐに伸ばした手を頭上に掲げ、敬礼のような姿勢をとる。
向かい合う人物もまた、咲夜と同じように、敬礼のように片手を頭上に掲げていた。
「「すべては、我らが理想のために!!」」
_/ _/ _/ 紅魔館 中庭 AM11:50 _/ _/ _/
『レディース アンド レディース!
ただ今から、第1回チキチキ!幻想郷二大年増大食い対決を開催いたしまーす!』
マイクを通して、無駄にテンションの高い声が紅魔館の中庭に響き渡る。
紫と永琳の対決は、今や数百にも及ぶ観客を動員しての乱痴気騒ぎとなっていた。
ほぼ満員となった観客席には、大きな箱を抱えて売り子をする、美鈴や小悪魔の姿も見て取れる。
観客席の中央あたり、ステージに向かい合ったところに、咲夜とパチュリーは実況席をかまえていた。
常に強い者の味方。と背後の垂れ幕に書いてあるあたり、清々しい潔さが感じられる。
『実況は私、紅魔館のステキメイド長こと十六夜 咲夜と』
『解説は私、ナウなヤングにバカウケフィーバー、歌って踊れる大図書館。パチュリー=ノーレッジでお送りします』
『……パチュリー様? それなんだかおかしいですよ?』
首をかしげる咲夜に、しかしパチュリーは胸を張って受け答えた。
『おかしいことはないわ。ラジオ体操第一をマスターしたもの。バッチグーよ』
自信満々に言い切るが。ラジオ体操って踊りなんだろうか。
『でもエアロビは無理ね。マンモス無理。もうエアロビとか考えた奴なんか死ねばいいのに』
『パチュリー様パチュリー様。一応公衆の面前なので、あまり表立ってチネと言うのはどうかと思いますが』
TPO? なにそれおいしいの?
そう言わんばかりにブッちぎるパチュリーが相手では、さしもの咲夜もツッコミに回らざるを得ない。
それにしてもこのパッチェさん、つくづくフリーダムである。
『じゃあどう言えっていうの? 殲滅?』
『違います。
そういう時はですね、「エアロビを考えた奴などSATSUGAIしてくれるわ」と言うと、
みなさんも「あぁ、DMCネタなんだな」と思ってスルーしてくれるのでオススメですよ』
『DMCっていうとあれかしら? 基礎化粧品の』
『そうです、それそれ』
違う。
『でも、DMCって何の略なのかしらね』
『どえりゃーミックスクリーチャー!……は違うわね』
『どさんこラーメンパワーメイクアップ!C言語バージョン、とかじゃないかしら?』
『でっかいめんたいこチルドレンとかでしょう、きっと』
際限なく脱線していく二人の会話。
その脱線っぷりはさながら、どこぞの鉱山の最終エリアでうっかり乗っちゃったトロッコ並みである。
だが、幸か不幸かご都合主義か、脱線に脱線を重ね続けると、回りまわって本道に戻ってきたりする。
『ルー語乙、……あぁそうそう、ルールがまだだったわね』
『おっとそういえば。それではルールを説明いたします』
マイクを立て直して、こほん、と咳払いをひとつ。
『ルールは簡単死んだら負け。素敵な素敵なバイキング方式ね』
『違います。大食いで死んだら負けってどんなルールですか。
この対決では、どれだけ食べたかではなく、どれだけのカロリーを摂取できたかで競っていただきます。
摂取カロリー量は両選手の後ろに設置された、パチュリー様特製の魔法掲示板にコンマ一桁まで表示されます。
なお、敗者には罰ゲームを受けていただきますので、覚悟完了しておくといい感じです』
『そうそう、もし二人の摂ったカロリーが同じだったら、早く食べた方の勝ちというバイキング方式で行くわよ』
『なんでそんなにバイキングに拘るんですか』
『んー、気分?』
気分だそうです。
『それでは、選手紹介です!
赤コーナー、八意 永琳!』
咲夜の声に応えるかのように、赤いゲートから、セコンドの鈴仙を引き連れた永琳が姿を現した。
足並みをそろえてステージに向かうその最中、続けてアナウンスが飛んでくる。
『永遠亭のウサギ達にあんなことやこんなことをすることを至上の喜びとするセクハラ女医!
暇潰しに里の人間をさらっては頭に金属片を埋め込んでいると、もっぱらの噂です!』
コケた。
綺麗にずりコケた。
入場直後にたたえていた威厳も綺麗さっぱりなくなって、なんだかドリフ色な空気があたりに漂いだす。
「失礼ね! そんなことやってなんかいるものですか!
せいぜい里の牛を盗んでキャトルミューティレーションをしてるくらいよ!」
『やってるのかよ』
『それと、ウサギに関しては否定なしと』
なんだか微妙に自爆してるっぽい反論とともに、永琳はゆるゆる身を起こす。
めげずに花道を歩いて、ステージに上がったその時、再び追い討ちのアナウンスが飛んできた。
『えー、昔から、弘法も筆の誤りと言われてるわね、彼女にもそういった失敗談があるそうよ。
憧れの人に宛てたラブレターの『恋』を『変』と間違って、それが原因で振られたっていう実に悲しいお話が』
「いやぁぁぁっ! やめてやめてっ! 古傷抉らないでぇぇぇ!」
触れてはいけないトラウマに触れたのか、永琳は髪を振り乱し、頭を抱えてしゃがみ込んだ。
しまいには、違うの私そんなつもりじゃなかったの先輩お願い話を聞いて、と遠い目をして何度も何度も呟きだす。
『戦う前から再起不能になるようなことを言ってどうするんですか』
『それが私達、麻薬Gメンの使命なのよ』
『えーと、何のことだかさっぱりですが?』
『気にしたらユールーズよ。マキで行きましょ、マキで』
心がどこか遠いところに旅立っていってしまった永琳を放置して、実況席の二人は再び咳払い。
そのうちなんとかなるだろうと言わんばかりの無責任っぷりには、植木等もびっくりだ。
『対する青コーナー、八雲 紫!』
永琳の出てきた門とは反対の方向にある、青いゲートから、藍を従えた紫が姿を現す。
だが、やっぱりというか案の定というか、いつもの服など着ていなかった。
白い特攻服を羽織り、胸にさらしを巻きつけて、これまた白いボンタンを腰穿きにしている。
特攻服の背には、『八雲一家総大将 八雲 紫』という大仰な飾り刺繍さえなされていた。
『やれ無茶苦茶だ、やれ非常識だと言われても、彼女にとっては褒め言葉!
シャレで済まされなさそうな、ヤバげなことも平気でやっちゃう破天荒! 天下無敵の加齢臭!』
「誰が加齢臭なものですか!
それを言うなら少女臭よ、少女臭!」
アナウンスに噛みつく紫を、実況席の二人は鼻で笑い飛ばした。
ついでに口の端を吊り上げて、わざとらしいため息をつく。
『妄想乙』
『あれで少女言い張れる度胸には敬服しますね、ええまったく』
「だから少女だって言ってるでしょう!?」
『妄言乙』
「人の話を」
『無限ループ乙』
有無を言わさずバッサリ切り捨て。
ステージに上がるまで繰り返された切り捨て攻撃に、さすがの紫もすっかりいじけてしまっていた。
いまだに戻ってこない永琳と並んでしゃがみ、半べそをかきながら地面にのの字を書き始める。
でもまあ、紫は強い子、永琳は頑張れる子。
そのうちケロッと復帰してくれるはず。と、迷惑なまでのプラス思考でもって、実況席の二人は司会進行をつとめていく。
『それでは、開会の挨拶を、我らが紅魔館が誇る永遠に幼いおぜうさま、レミリアお嬢様より承ります!』
「ちょっと咲夜!? 何よその嫌な称号は!?」
いきなり出鼻をくじかれて、レミリアは顔を引きつらせる。
時間を止めてやってきたのか、いつの間にか日傘を持って傍に控える咲夜は、にっこり笑顔でそれに答えた。
「だって、事実じゃないですか」
フックに蹴りにストレート、アッパー、弾幕、グングニル。
ひととおりのツッコミをすべて綺麗に避けられて、レミリアはムスっとしたまま壇上に上がる。
気を取り直すためか、こほん、とひとつ咳払いして、やおら辞書みたいな厚さの紙束を取り出した。
『えー、本日は私、レミリア=スカーレットの催するこの大会に……』
みなまで言う間もなく、不意にマイクを取り上げられる。
きっ、と睨んで見上げてみれば、マイク片手に首を振る、咲夜の姿。
今にも飛びかかってきそうなレミリアに、咲夜は一礼して口を開いた。
「お嬢様、それでは長すぎます。マキでお願いします。マキで」
「嫌よ、このスピーチのために、わざわざ徹朝してまで原稿書いたんだからっ!」
口を尖らせて地団駄を踏むそのさまは、まさに駄々っ子そのもの。
いざとなったらテンパって、カリスマのカの字もないようなことを平然とやってのける。それがレミリアクォリティ。
ウホッ、おぜうさまテラモエス……
などと内心で萌えていることなどおくびにも出さず、今にも吹き出そうな愛と情熱の咲夜汁をぐっとこらえる。
……つもりが、ちょっとだけ垂れてきたらしく、咲夜は鼻を押さえてそっぽを向いた。
「……咲夜?」
「あぁいえ、なんでもありませんわ。先祖からの風習です」
突然の奇行にレミリアは眉をひそめるが、そんなのはいつものこと。
咲夜はつとめて平静を装って、続けた。
「徹夜、もとい、徹朝して原稿をご用意されたとは、ご苦労様です。
……と言いたいところですが、生憎その後の予定が詰まっておりますので」
「そんなの知ったことじゃないわ。私のスピーチには、それだけの価値があるのよ」
「そうですか。では、止むを得ませんね」
咲夜は言うが早いか、日傘をさっとずらしてみせる。
強い日差しがモロに当たり、レミリアは飛び上がって悶絶した。
「熱っ、熱っつう!? やめて咲夜熱いわよ!」
「それでは、そんな辞書みたいな原稿は捨てて、手短にお願いしますね」
「ううっ……あとで覚えてなさいよ咲夜……」
レミリアは涙目になりながら、笑顔ながらも取り付く島のない咲夜に恨み節をこぼす。
なんかもう、可愛いくらいにヘタレていた。
そうして、すぅ、と大きく息を吸い込んで、
『せいぜい生き恥を晒すがいいわこの年増どもーーー!!』
腹立ちまぎれに、大声を張り上げたのでした。
むくれたままのレミリアを席に着かせて、咲夜は再び実況席へ。
『それでは、試合開始です!』
マイクを通して、会場内に響き渡る咲夜の声。
同時に鳴り響いたゴングが、勝負の合図だった。
『と、ゆーわけでマンモス長い回想と見せかけた体のいい描写カット終了ー』
『えーと、パチュリー様? そういうあらゆる意味で危険な発言はお控えくださいねー大人の都合的にー』
『次やったら突然持病の発作が出て急病で担ぎ込まれるのかしら?』
『わかってるなら暗黙の了解でお願いしますねー』
危険な発言+懲りない態度=ヌイグルミ。
古来から親しまれてきた子供番組のお約束、みんなも気をつけましょう。
パチュリーの言葉どおり、勝負は終盤戦に突入していた。
二人がひたすら料理を食べ続けるその最中、咲夜が美鈴にセクハラしたり、パチュリーが小悪魔にセクハラしたり、
勇者が一人でバラモスに戦いを挑んで、いまだにバラモスの自動回復に気付かないまま80敗目を迎えたりしていた。
それはさておき。
『勝負も大詰め、両者ともに摂取したカロリーは、2万キロカロリーを超えそうです!』
紫と永琳、二人の後ろに設置された掲示板に目をやって、咲夜は声を上げる。
その隣で、パチュリーは一人うんうんと頷くと、やおら妙なことを口にした。
『つまり、20レイムということね』
『……えーと、それはつまり、欠食児童の紅白が20日間生きられるカロリーに相当するってことですね?』
『おはずれ~。これは中国の、麗・武という格闘家が編み出したといわれる過酷な修行、大越冬に由来するものよ』
『…………はい?』
いつものことながら、突拍子もない物言いに、咲夜は首をかしげて聞き返す。
一方のパチュリーは、なにやら神妙な面持ちで、訥々と語り始めた。
――大越冬――
中国の格闘家、麗・武が編み出した、真冬に山篭りをするための方法である。
日々の運動量はそのままに、一日に食べる食事の量を徐々に減らしていく。
この荒行を繰り返し繰り返し行うことで、一日に消費するカロリーをコントロールできるようになるのだという。
創始者の麗・武にちなんで、大越冬1日目の摂取カロリー=1000キロカロリーのことを1レイムと数えるようになり、
また、昨今の減量がダイエットと呼ばれるのも、この大越冬に由来するものであるということは言うまでもない。
『――民明書房刊、超電磁竜巻ダイエットより』
『パチュリー様パチュリー様。そうやって脱線させようとしないでくださいって』
『だいじょーび。どうせすぐにラストまで飛ぶから。問題ナッシングよ』
『……あーあ、言ってしまわれましたわね』
うっかり口を滑らせたパチュリーを前にして、咲夜は指を打ち鳴らす。
それを合図に、黒服姿のメイドたちがわらわらと現れ、パチュリーを取り囲んだ。
『ちょっと何よあなたたちやめなさいよダメよそんなのやだってばくやしいでもビクビクッ!』
『……はい、ただいま大変お聞き苦しいところがあったことをお詫び申し上げます』
謝罪の言葉とともに、咲夜はぺこりと頭を下げる。
空席となった解説席には、代わりのパッチェさん人形がちょこんと置かれていた。
『えー、パチュリー様はですね、突然肩幅の調子が悪くなってしまったので、こらしめておきました。
退場した彼女のかわりに、特別ゲストの紅白ニートこと博麗霊夢嬢が解説を受け持ちます。では霊夢さんどうぞー』
『お前らみんなドリルの神様に抉られて死ねばいいのに』
『はい、いつもながらエキセントリックな挨拶ありがとうございました。
それにしても、ドリルの神様ってなんなんでしょうね』
ゲッター2のことです。
『待ちなさいよ咲夜。その言い草だと、
あたしが毎日誰かに会うたびに「ドリルの神様に抉られて死ねばいいのに」って挨拶してるように聞こえるじゃない!』
『あ、違ったのね』
『当然よ。そんな挨拶するわけないでしょうが。
あたしがしてる挨拶は「バールの神様に撲殺されて死ねばいいのに」よ! ブルジョワ野郎限定でね!』
『まさに霊夢。 ……まあ、どっちみち修羅道に堕ちてる人間の吐く台詞ねー』
いろいろと不適合なことを、ため息混じりにしみじみ呟く。
そんな咲夜を霊夢はジト目で睨みつつ、口を挟んだ。
『修羅道はどうでもいいわ。
それよりなんであたしが拘束衣を着せられて紐でぐるぐる巻きにされた挙句チェーンで縛られてるのかkwsk』
『だって、ねぇ?
それくらいやらなくちゃ、霊夢ったら問答無用で二人に襲い掛かりそうなんですもの』
『当たり前でしょうが。人が食うや食わずの耐久生活を余儀なくされてるって言うのに、
だのにあんたたちは、大食い対決なんてあたしにケンカを売るような真似してんのよ?
ケンカを売られたからには問答無用で殴りこんで血祭りに上げるのが人としての義務ってもんでしょう!?』
霊夢は目を血走らせて、憎しみのままにまくし立てる。
しかし、耐久生活云々は完全に自業自得じゃあるまいか。
常日頃から、人にタカっては働けよこのニートと罵られ、逆に開き直っているくらいなのだから。
『あーはいはいはい、人として底辺なコメントありがとうね。
とりあえず実況を中断しているわけにもいかないから落ち着いて。くれぐれも流血沙汰はなしでねー』
『これが落ち着いてられるもんですか! あたしの目の前であんなにも、あんなにもッ!!
うぅうゥゥゥユーカーリーコローーース!!』
ゴトゴトと椅子を鳴らしながら、霊夢は牙をむいて絶叫を張り上げる。
なんか外人じみた棒読み声で叫ぶその姿は、魔王ですらビビらせるほどの凄みがあった。
『ほらほら、暴れないの。余った食べ物は神社まで送ってあげるから』
『何をしてるの咲夜、実況としての使命を全うしなくちゃだめじゃない』
霊夢も、とってもわかりやすかった。
『もう脱線してる暇はないわ。霊夢、あなたもちゃんと解説しなさいね』
『と言ってももう終わり間際じゃないかしら? ハイハイカットカット』
『だからそういうことを言うとヌイグルミだってば』
どうにか霊夢を落ち着かせたのはいいものの、戦いは終盤を通り越して、もはや最終局面に突入していたりする。
料理を取りに走った藍が手にしていたものが、それを如実に物語っていた。
『えー、紫選手はこれでフィニッシュでしょうか? メロンを持ってこさせたようです』
『馬鹿ね。あんな丸いのがメロンなわけないじゃない。メロンってのはもっとこう、細長くて』
霊夢は言いながら、目の前で細長い楕円形を描いてみせる。
それを見て、咲夜はにっこり微笑んで。
『はいはいそうでしたねー。聞いてるだけで泣けてくる話はしないでくださいねー』
『……あんた何が言いたいのよ』
ハチミツをかけて食べるのは邪道だって、にとりがゆってた。
ああだこうだと実況席で漫才を交わしているうちに、紫はメロンを平らげていた。
ナプキンで口元を拭いつつ、掌をかたどった札をかざしてみせる。
『メロンを完食した紫選手、ストップの札を掲げました!
順調に食べ進んでいましが、やはりここでフィニッシュのようです!
しかし、彼女の前に重ねられた皿の数が、壮絶なる戦いを静かに物語っています!
よくぞここまで食べられたものだと、驚きを通り越して感動せずにはいられません!』
紫選手の記録は……』
声を途切れさせて、咲夜は掲示板に視線を移した。
紫の背後の掲示板に、今しがた食べたメロンの分が加算される。
『出ました、記録は29858,2キロカロリー!
これはおおよそ霊夢が1ヶ月生きられるカロリー、すなわち1メガレイム相当です!』
『うっさい。黙れ。埋めるぞ。
……コホン。つまり、永琳が勝つには、この記録を超えなきゃならないってことね』
霊夢の解説に、咲夜はゆっくり深く頷いた。
『二人の食べた量はほぼ同じ……ですが、その差は実に4000を超えていますね。これについてどう思います?』
『そうね、きっと、無意識のうちにヘルシーなものを選んじゃってたんでしょ。
歳をとると脂っこいものは受け付けなくなるって言うし』
勝利を確信し、手を止めた紫。
その姿を見て取った永琳は、険しい顔で臍を噛む。
確かに、発端はくだらないケンカだった。
今こうして戦っていることも、傍目で見れば下らない事なのかもしれない。
それでも、負けられない。
それと後で霊夢コロス。
その思いだけが、今の永琳にはあった。
「――――うどんげ」
心配そうな顔で見つめる鈴仙に、永琳はそっと耳打ちした。
二言、三言と指示を出すうちに、鈴仙の顔が血の気を失い青ざめていく。
「――以上よ。わかった?」
「む、無茶です!そんなことしたら、師匠がっ」
「いいから、私の言うとおりになさい」
「……で、でも」
「デモもストもないわ。それとも、貴女は私に、無様に負けろとでも言いたいの?」
永琳はすぅ、と目を細めて、静かな凄みを入れる。
剃刀のような眼光に射竦められて、鈴仙は縮こまり、小さく頷いた。
「わ……かり……ました」
搾り出すように呟き、背を向けて走り出す。
離れていく背中を見つめながら、永琳はゆっくりと瞼を閉じた。
紫との差は歴然。
だというのに、私の身体はもう、これ以上の食べ物を受け入れてくれそうにない。
それでも、追いつく。追いついてみせる。
……違う。追いつくだけじゃ何の意味もない。
この圧倒的な差を覆すためには――――もう、手段を選んではいられない――――。
無様に負けるくらいなら、せめてこの命をかけて一世一代の徒花を咲かせてやろう。
誰の記憶にも深く深く焼きつき刻み込ませて、一生をかけてさえも消えない閃光を残してやろう。
私が、誇りをかけて戦った証左として。
瞼を閉じたまま、鈴仙のもって来たものを受け取る永琳。
かっ、と見開かれたその瞳には、静かなる炎が燃えていた。
それは、決して揺らぐことのない、決意の炎。
そして、永琳は。
その命を、燃やした。
『……なんということでしょう。なんという凄まじい光景でしょう!
断言します。ありえません! 常識では考えられない暴挙です!
飲んでいます! 飲み込んでいます!
永琳選手、手にしたサラダ油をっ……飲み下していますっ!!
なんという蛮勇! なんという暴挙! まさに執念のなせる技!
その姿は貪欲に勝利を追い求める、闘士の姿そのものですっ!!』
『そんなにすごい事でもないでしょ。食べるものが何もなくなったら灯台の油舐めるくらいするわよ』
『しないから。普通の人はそんな事しないから』
冷や汗と脂汗とを滲ませて、それでもなお手を止めない。
こみ上げてくる吐き気を必死に押さえ、サラダ油を飲み下していく。
地鳴りのようなどよめきに包まれる会場の中で、永琳だけがたった一人、孤独な戦いを続けていた。
やがて、どよめきは静寂となる。
空になり、投げ捨てられて宙を舞うボトルが、いっさいを物語っていた。
そして、二つ目のボトルに手を伸ばしたとき。
横から差し出された手によって、永琳の手は止められていた。
「永琳、もうやめて……もう十分よ」
「紫……、邪魔を、しないで、ちょうだい」
肩で息をつきながら、紫の手を振り解こうとする。
勢いよく振り払われるはずだった手は、しかし小さく揺れただけだった。
もはや満身創痍の永琳に、紫は目に涙を浮かべて、ゆっくり首を振りながら、優しく語り掛ける。
「もういいの。もう、ケンカの決着なんかどうだっていい。
あなたは充分に戦ったわ。この勝負に、敗者なんかいないわ」
「ゆか、り……」
感極まって、永琳は紫の手をぎゅっと握り返す。
憎しみを超えて、勇者が勇者を讃える。それは何よりも美しい光景だった。
『えー、歳不相応なしょっぱい青春ドラマを繰り広げてるところ悪いんですけど、両者罰ゲームということで』
やおら二人の世界を繰り広げだした紫と永琳に、情け容赦ない宣告が下された。
二人は揃って、雨に濡れた子犬のような瞳でもって、実況席の咲夜に顔を向ける。
だが、当の咲夜は至ってさわやかに、清々しくきっぱりと言い切った。
『さっき自分で敗者はいないと言ったでしょう? 敗者がいないのならば、勝者もいないということです。
勝っていないのだから、当然罰ゲームは受けてもらいますのであしからず。
逃げたら霊夢が地の果てまでも追い詰めてしばき殺すそうなので、そこのとこもよろしくお願いしますね』
こうして二人は、揃って罰ゲームを受けることと相成ったのでした。
最後に付け加えるならば、一つだけ。
永琳の記録はどれほどだったのか、ついに彼女自身が知ることはなかったのだそうな。
_/ _/ _/ 紅魔館 特設罰ゲーム会場 PM19:43 _/ _/ _/
試合終了後、そそくさと帰ろうとする紫と永琳をサクッと拉致っていざ罰ゲーム。
紅魔館の一室を会場として、罰ゲームがしめやかに始まろうとしていた。
罰ゲームの内容はいたってシンプルな、恥ずかしい格好をして写真撮影、というものだった。
現在進行形で、紫は旧型のスクール水着を、永琳は体操服とブルマを着せられ、中央のステージでさらし者にされている。
確かに、コレは恥ずかしい。
だが、それ以上にダメージを受けているものがいるというのも、また事実だった。
「ねえ、これってどっちかっていうと私達への罰ゲームなんじゃあ……」
「……言わないで。今は耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍ぶのよ」
「そう言われたって、こんな拷問耐えられないよぉぉ……」
シャッターを切りながら、メイドたちが口々に嘆きだす。
今はきつくても、そのうち慣れるときが来る。そうなればあとは我慢できる。
そんな一縷の望みにすがって、必死に今を耐えていく。
「はーいお二人さーん、ポーズお願いしまーす」
しかし、メイド達の儚い願いは、無慈悲な一言によって粉みじんに打ち砕かれた。
何かが吹っ切れてしまったのか、恥ずかしがっていたはずの紫は何故だかノリノリでポーズを取りはじめる。
さらに永琳も負けじとポーズを決めたのだから、もう始末に負えなかった。
再び燃え出す対抗意識。
衣装をとっかえひっかえしながら、二人は様々なポーズをとっていく。
チャイナドレスがきわどかったりナース服がしんどかったりスパッツ姿がきっついだけだったり。
ブラジル水着が痛恨の一撃だったりゴスロリ姿がきゅうしょにあたってこうかはばつぐんだったり。
そして、それは。
つるぺた萌えだとか幼女萌えだとか日々連呼する変態メイド達に、大量殺戮兵器となって襲い掛かった。
もちろん、ダメージ的な意味で。
「ごふっ!?」
「ゲッハァ!!」
「衛生兵! えーせーへーーー!!」
あるものは吐血して、あるものは白目をむいて、ぱたぱたと倒れていくメイド達。
鎧袖一触の威力でもって、二人のコスプレ乱舞は猛威を振るっていた。
「うう……熟女もいいかも……。
でも残念なのはそれが嘘だということよ。ドゥブッハァ!」
「目を覚ましなさい! 気をしっかり持って! でないと死ぬわよ!?」
「わ、私が死んだら……。秘蔵の盗撮写真アルバムを燃やしてちょうだい……」
「わかったわ。あなたのアルバムは私が、きっちりともらっておくからね!
だから安心して逝ってちょうだい! っていうか逝けよホラホラオラオラ!」
「ゴファッ!? やめて三脚で殴るのやめて!」
「おぜうさまの盗撮写真だったら、殺してでも奪い取るッ!」
「いやいやこれは小悪魔タンのものに違いないわ! 寄越せ! 寄越すのよ!」
「美鈴隊長のっいやもとい、めーりんたんの写真でしょう!? それはアタイが戴くのさっ!」
「ウォォォただでは死なん! 貴様たちも道連れだァァ!」
「ウチら、もうだめかもわからんね」
ものすごい大変な事態、略してすごい大変態に陥った会場は、上へ下への大混乱。
その様子はまさに、阿鼻叫喚の地獄絵図。
事を終えたのちに、会場に残されたものは、累々と横たわるメイドたちだった。
彼女たちが決死の思いで遺した、二人の恥ずかしいコスプレ写真の威力は――――
そりゃもう洒落にならないくらい凄まじかった。
まさに失神者続出、全米震撼。
いつしかその写真は、一撃必殺回避不可能グレイズ無効の最強最悪スペル『禁影・永遠のもと少女』と名付けられ、
真空パックののち密閉容器に封印され、コンクリートで厳重に固められた上で、紅魔湖の底に沈められたそうな。
まあ、決死の思いでと言っても、彼女らは別に誰が死んだわけでもない。
全員が全員、数日間寝込んだだけで済んだのは不幸中の幸いだったと言っていいだろう。
「ウゥゥ……ジュクジョコワイデカチチコワイキッツイコスプレコワイ……」
……ほんのちょっとだけ、傷口は深いのかもしれないが。
_/ _/ _/ 紅魔館 PM21:45 _/ _/ _/
「――大喜利の影の支配者」
「ずうとるび」
「OK、入っていいわ」
またも合言葉を交わして、咲夜は静かに扉を開ける。
暗く、冷たく重い空気のなかを進み、最奥の人物に相対した。
「トラ・トラ・トラ。プランAは完了よ。
両者の摂取カロリーは、30000キロカロリーにも及んだわ」
簡素な報告を受けて、部屋の主はゆっくりと頷いた。
「そう――、ならば間違いはないわね」
「ええ、その上二人は今回の一件で、胃が大きく拡張されたはず。
当分の間、今までどおりの食事では満足できないでしょうね」
咲夜は目を細め、頷きながら言葉を紡ぐ。
「愚かなものね。むしろ哀れですらあるわ」
「そうね。すべては私たちの掌の上。それに気付かず踊りつづけるその様は、実に哀れで……可笑しい」
「ならば私たちは見守りましょう。哀れましい踊り子たちを」
「ええ――――」
咲夜と声の主。二人はともに頷いて、再び敬礼のかたちをとる。
「「我ら、ふと」へっくちっ!」
「ちょっと咲夜、くしゃみなんかしたら台無しじゃない」
「だって、ここ寒いんだもの……」
咲夜はそう言いながら肩を抱いて、小刻みに二の腕をさすりだす。
部屋の主は呆れてため息をつきながら、咲夜へ歩み寄っていった。
「仕方ないでしょう? 外はあんなに暖かくなっちゃったんだし」
「それはわかってるわよ。雰囲気壊したのは謝るわ」
暗がりに隠れていた主の姿が、明るみに晒されていく。
咲夜と部屋の主――レティのいるこの場所は、でっけぇ冷蔵庫の中だった。
「それじゃあ改めて――」
「「我ら、太まし推進委員会の理想のために!!」」
咲夜とレティ、二人の声が、冷蔵庫に響き渡る。
二人は後ろ向きにポジティブな理想を掲げ、これからも暗躍していくのだ。
いつか幻想郷に太ましい子が溢れ、二人が太ましいと呼ばれなくなるその日まで。
_/ _/ _/ Epilogue _/ _/ _/
紫と永琳の、ある意味熾烈を極めた戦いから数日後。
激戦を終えた二人の間には、奇妙な友情が芽生えていた。
紫は週に一度は永遠亭に遊びに出掛けるようになり、今日もまた、永琳の部屋で駄弁っていたりする。
「あ、そうそう。貰い物なんだけど、いいトコロテンがあるのよ。一緒にどう?」
「へぇ……、珍しいわね。いただくわ」
「……紫、貴女何をしているの!?」
「何って、トコロテンを食べてるだけじゃない」
「トコロテンにイチゴジャムと生クリームをかけて食べるだなんて、トコロテンに対する冒涜よ!
寺泊トコロテン協会のみなさんに謝りなさいよこの加齢スキマあぁぁぁっ!!」
「んだとこの後家ETがあぁぁぁっ!」
「ふにゃー!」
「わおーん!」
えんどれす。
_/ _/ _/ Extra _/ _/ _/
紫と永琳が再び不毛な争いをはじめたその頃、ところ変わって博麗神社。
「ウフフアハハ……わーいわーいサラダ油がたくさんだー」
林立する油のボトルに埋もれて、魚類のような目のまま乾いた笑い声を漏らす、霊夢の姿がそこにはあった。
「……」
ゆっくり瞼を閉じて、これまたゆっくり深呼吸。
吸って、吐いて、吸って、吐いて、吸って、吸って、また吸って。
しばらく息を止めたのち、魔界の瘴気並みの禍々しい空気を吐き出した。
「……サークーヤーコロース」
そして出てくる、なんか外人じみた棒読み声。
いつ懐から出したのか、釘バットとバールのようなものを手にしてむくりと起き上がる。
こうして霊夢は、咲夜限定のヒットマンとして、行動を開始したのであった。
そして、当の咲夜はというと。
「ふっふっふ……、まさに計画通りね」
紅魔館の自室で、ひとりほくそ笑んでいた。
計画犯の笑みを浮かべて、つらつらと誰に言うでもなく語りだす。
「委員会の使命も果たしたし、あの二人もバッチリ辱められたし……」
ちらり、と、足元に視線を落とす。
「それに何より私も嬉しい。まさに完璧……実に完璧だわ」
十六夜 咲夜様、と宛名された真空パックを拾い上げて、うっとりと見つめだす。
ぴっちりと密封された黒いパッケージには、いつかの約束どおり、一足の靴下が入っていた。
「それにしても、真空パックで寄越すだなんて……。あの式神も判ってるじゃない」
咲夜はちゃぶ台を置いてそこに座ると、ドンブリと炊きたてごはんでいっぱいになった炊飯器を用意する。
そして、期待に目を輝かせながら、靴下のパックを開けだした。
するとたちどころに漂い始める――――加齢臭。
「ふぐがっげはっぐふっ!?」
パックに顔を近づけていたのが、命取りだった。
加齢臭のクリティカルヒットを受けてしまった咲夜は矢も盾もたまらず、そこから逃げようとのたうちもがく。
しかし、靴下から醸されるかぐわしいばかりの加齢臭はたちまち部屋に満ち満ちて、咲夜の逃げ場を奪ってしまった。
「藍っ、謀ったわね、らぁぁぁんっ!!」
ピチューン……
さしもの咲夜も、靴下ウィズ加齢臭に耐えることはできなかった。
のどを押さえたままその場に崩れ落ち――、そしてそのまま、ぐったりと白目をむいて動かなくなった。
かくして、個人的な刺客としてやってきた霊夢が咲夜を発見して医務室に収容し、
回復後改めてボコボコにするまでの間、咲夜は生死の境をさまようことと相成ったのである。
天罰てきめん。因果応報。悪の栄えたためしなし。
シルフェイドかよw
スキマと藍、グレイと鈴仙のやりとりが一緒なのがよかた。
あとがきが一番面白かったのはないしょ。
レディース アンド ガール!
じゃないの?
とか言うと、あらたな争いが起こりそうだw
序盤に出てきたマグロはハンターさん仕様の品かな
霊夢はよく咲夜の部屋に入れたな
慣れか?それともぷっつんしてたからか?
ただ、何かびみょ~ってところもあったような
その勢いとネタに乾杯(完敗)w
というか本気で突っ込みきれません。笑い死ぬかとw
これはもう色々とだめかもわからんね。
噴き出したポカリ返せw
■2008/04/26 22:02:34の名無しの方
>咲夜さん壊れすぎw
こんな咲夜さんは嫌だ、を地で行ってる気がします。
■2008/04/26 23:20:16の名無しの方
>おかんにするいいわけが思いつかねぇwww
とりあえずもみ消しには成功……してるのかな……
■2008/04/26 23:51:34の名無しの方
>この幻想郷はもうだめかもわからんね。
大丈夫、すでに手遅r(ry
■2008/04/27 00:56:09の名無しの方
>ドゥブッハァに吹いたwww
>シルフェイドかよw
ええ、大好きです。
■2008/04/27 02:40:23の名無しの方
>シル研ネタおおいなw
ええ、大好物ですとも。
■2008/04/27 04:09:32の名無しの方
>あとがきが一番面白かったのはないしょ。
声に出てる気がするのは気のせいですね、わかります。
■2008/04/27 09:18:09の名無しの方
>写真集が是非欲しいのでzipで(略
あの危険物を求めるとは、なんという勇者……。
■2008/04/27 09:45:34の名無しの方
>序盤に出てきたマグロはハンターさん仕様の品かな
あのハンターさんは遅い重い短いの3重苦で、結局杭打ち役でした。
というか終盤は射撃持ちの3人だけしか使わなかった気が。
■てるるさん
>駄目だこいつらwwwwwwww
仕様です。
■野狐さん
>どこまでもフリーダムだw
某ストライクの後継機並みにフリーダムにしてみました。
でも某種死のMU☆KI☆ZUガンダムよりは控えめだと思うのですよ。
■2008/04/28 00:26:40の名無しの方
>とりあえずその冷凍マグロは、カジキマグロ8匹を使って本マグロにした方がおいしいだろう。
あのハンターさんに本マグロはもったいないです。
4人目の人が仲間になるまで実質2人だったし……。
■2008/04/29 00:48:08の名無しの方
>これはもう色々とだめかもわからんね。
もう駄目かもわからんねと思ったときッ、そいつはすでに駄目になっているッ!!
■2008/04/30 01:59:35の名無しの方
>クロロホルム当たりで耐え切れなくなったw
ヽ| |ノ (eLL/ ̄ ̄\/ L/ ̄ ̄\┘/3) < 計画通りだ…
ヽ| |ノ (┗( )⌒( )┛/
ヽ| |ノ ~| \__/ | \__/ |~
■2008/05/01 13:46:43の名無しの方
>嫌いなネタばかりなのにすごく面白かった。
ありがとうございます。次回も嫌いなネタでも楽しめるような話にしたいですね。
以上、ふみつきでした。
もう、色々とお腹一杯でつwww
しかしツルペタや幼女萌えのくせに美鈴・・・いや、めーりんたんが人気だと・・・?
もしやここの美鈴はロリ美鈴なのではッ!?
うん、だめだ。色々だめだ。
>どさんこラーメンパワーメイクアップ!C言語バージョン
↑主にこれに完全敗北w