※例によってオリキャラ出ます。嫌いな方は要注意。咲夜さんが図々しいのは・・・仕様という事で。
拙著「アリスが人形を作る理由」より少し前のお話です。読まなくとも問題無いですが。
1.
私には、月人の血が流れている――幼い頃、母からそう聞いた。・・・事は、第一次月面戦争に遡る。
第一次月面戦争――何時もは閉ざされた世界である幻想郷も、この時ばかりは自由に行き来が出来た。
月の暮らしに飽きた母は、そのどさくさに紛れて地上に降りてきたのだという。
そして、降り立った地で一人の男と出会い、結婚して子を設けた。此処までは、特に語る話でも無い。
だが、如何せん地上人とは寿命が違いすぎた。
彼女は、夫はおろか子孫の死さえ、見届けざるを得なかった。
彼女は過去を捨て去る事が出来なかった。・・・忘れたく、なかったのだ。
驚くには当たらないが、彼女は世捨て人になった。
昔を思い返しながら、一人寂しく朽ちて逝こうとしたのだろう。
・・・だが、そうはならなかった。
ある時、彼女の住処に一人の男がやってきた。男は、こんな所で何をしている、と訊ねた。
彼女は、昔を思い返している、と答えた。男は、昔を思い返してどうする、と訊ねた。
彼女は、どうもしない、と答えた。男は、帰らない者を嘆くだけか、と嘲った。
彼女は、怒った。其れが悪いのか、と。男は、悪い、と答えた。
何故悪い?――貴女の生き方は亡者の其れだ、死者はそんな生き方なぞ望むまい。
何故判る?――判らない。だが死者の事なぞ、推し量るしか無いだろう?
それからという物、毎日逢っては口論し続けた。彼女が何事かを喚けば、彼が何事かを呟くという具合に。
彼女は、やり込められるのが悔しかった。・・・しかし、どういう訳か嬉しくもあった。
あんまり悔しくて嬉しいので、彼女は男と夫婦になった。そして、私という娘を産んだ。
2.
そういう訳で、私は月人の女を母として生まれた。その髪は、月人の血を色濃く受け継いで、銀色だった。
その為、かどうかは解らないが、幼い頃は隠れ住んでいた記憶しかない。
ある時、うっかり近くの村人に見つかった。当然だとばかりに、迫害された。
――見ろ、あの髪、狼だ――
――近付くな、化け物――
――村に入るな、消えろ――
何故?
私が何をした?
私は、遊びたかっただけだというのに。
私は家に飛んで帰り、母にそう言って泣きついた。
――おかあさま、なぜいっしょにあそんじゃいけないの?――
――わたし、みんなといっしょにあそびたいよ・・・――
母は何も言わず、ただ黙って私を撫ででいた。そうやって、私は何時も慰めてもらった。
その夜、焼ける様な臭いで目を覚ました。見渡すと、黒い物が目に入った。
「ソレ」は
既に、事切れた
父と・・・母だった。
私は逃げた。必死に走った。森に駆け込んで、其処でばたりと倒れた。
もう、何も考えたくなかった。私は、意識が無くなってゆくのを感じた・・・。
3.
だが、私は生きていた。月人の娘だった事が影響したのだろうか。・・・兎も角、生きていた。
最早私の生きる道は、復讐以外に有り得なかった。幸い月人は長命だ、時間は幾らでもある。
私は、両親に教わった事を思い返しながら、妖怪退治で鍛えていく事にした。
――あれからどれ程の年月が経過しただろうか。私は、ある時を境に、一向に年を取らなくなっていた。
あの時の村の人数を考えても、皆殺しに足る位の力が有る筈だ、と確信出来る位に、強くなっていた。
とは言え、いきなり攻め込む様な真似はしない。地形位は心得ておかねばならないだろう。
そう考えて、村に偵察に行く事にした。憎しみが溢れ出すのを、堪えながら。
其処には、何も、無かった。家屋すら、無かった。・・・一瞬、我が目を疑った。
思い余って町で話を聞くと、嘗て「スカーレットデビル」なる者が暴れ回り、多くの村を滅ぼしたという。
この村もご多分に漏れず滅ぼされ、村人は一人残らず殺されたのだとか。
――目の前が真っ暗になった。全てが無に帰した。
私は、無い物に復讐すべく生きていたという訳だ。――滑稽だ。全ては無駄な事だったのだ・・・。
私は考えた。無い物に復讐する術は無い。・・・復讐は、諦めざるを得ないだろう。
だが「スカーレットデビル」だけは許せなかった。私の生き甲斐を、横から掻っ攫ってしまったのだ。
最早生きていたくは無い。そいつを殺して、さっさとこの世からおさらばするとしよう。
私は、そいつの居るという「紅魔館」とやらを目指した。
――私は、紅魔館の庭に倒れていた。何という事だ。負けたのだ。「スカーレットデビル」に。
まさか、幼子とは。そう油断したのが愚かだった。幼く見えても吸血鬼だ、甘く見て勝てる相手では無い。
流石に一撃では無かった物の、初手の油断が徒となり、戦局を覆せる訳も無く、そのまま敗北した。
「――貴女、人間にしては善戦したわね。」
だから何? 私は負けた、さっさと・・・
「気に入ったわ、私の従者に成りなさい。」
――は? 今、何て・・・?
「だから、私の従者。成るの、それとも死ぬの?」
・・・。
「はっきりしなさい、どっち?」
馬鹿げている。自分を殺しに来た相手に、従者になれ、とは。・・・だが、これはチャンスかもしれない。
従者としてさぶらいつつ、隙あらば仕留める。側に居れば、癖や弱点も自ずと分かるだろう。
衣・食・住にも困らなそうだし、悪い話では無いが・・・どうする。
「・・・判りました。」
――殺されるよりはマシだ。そう考えて、私は従者になる事を選んだ。
・・・は良いが、待ってましたとばかりに運ばれ、治療とはいえいきなり台に縛り付けられ、
挙げ句、誂えたかの様なメイド服を無理矢理着せられたのには閉口した。
おまけに「十六夜 咲夜」なんて、名前まで押しつけられた。・・・人を何だと思って居るんだ、彼奴は。
こうして紅魔館で働く事になった私だが、何分其れまでの生き方が生き方。
メイドの仕事なんて心得ている筈も無く、未だ埃が残っているだの、汚れが落ちきって無いだの、
皿の磨き方が甘いだの、味付けがなってないだの・・・そんな小言を喰らう日々が一週間程続いた。
――やってられるか、馬鹿馬鹿しい。・・・私は、紅魔館を飛び出した。
4.
・・・甘かった。勢いで飛び出したものだから、何処に腰を下ろすかなんて考えていなかった。
水も、食料も、寝る所も無い。正に無い無い尽くし。どうする、せめて寝る所位確保しなければ・・・。
途方に暮れながら歩いていると、一軒の家があった。思わず訪ねようとして、ふと疑問が湧いた。
「今、夕方ね・・・何で明かりもつけないのかしら?」
もしかして、廃墟なのだろうか。それなら好都合だ。これから先、少なくとも寝床は確保出来る事になる。
・・・意を決して、扉を開いた。
最初、此処は廃墟なのかと思った。しかし、そうでは無かった様だ。
――女の子だ。私より、やや幼い位だろうか。痩せた顔で、驚くでも無くこちらを見ている。
顔が笑っている。・・・普通、こういう状況で笑えるものだろうか?
不思議に思って近付くと、目が近付く私を見ていない。どうやら、この子は目が見えない様だ。
私を見たのでは無く、音がした方を向いただけなのだろう。侵入者だと気付く様子は無い。
この様子なら、一晩此処に泊まる位は簡単だろうが・・・。
どうする。此処を出て他を当たるか、此処でこの子と一夜を明かすか。
「仕方無いわね・・・。」
今から他を当たるのは無理が有るし、何より彼女を棄てる様で良心が痛む。私は、泊まる事にした。
しかし、冷静になって考えると少しおかしい。幾ら目が見えないとは言え、声がすれば普通気付くか、
そうでなくとも何かおかしいと思うだろう。所がこの子は訝しみすらしない(様に見える)。何故だろうか。
その答えは、意外にもあっさりと判った。・・・布団を探した所、彼女の以外にもう1組見つかったのだ。
そこで、ピンと来た。この子は、私をこの布団の持ち主だと思っているのではなかろうか。
それは、恐らくこの子の親だろう。どういう訳か居なくなり、この子はその事を知らずに居るのだ。
・・・大方、面倒になったか養いきれなくなったかで逃げ出したのだろう。
最初は、明日にでも此処を発って他の場所を探すつもりだった。だが、気が変わった。
この子は私が居なくなった後、どうやって生きるのだろう。そう考えると、離れる事が出来ない。
――良し、決めた。此処に住み、その代わりに「親として」彼女の世話をしよう。
幸い彼、女は目が見えない様だ。気を付ければ、そう気付かれる事も無いだろう。
そうと決めたら、すべき事は幾らでも有る。明日に備えよう。
私は、彼女にお休みを言った・・・。
5.
朝が来た。井戸で顔を洗う。朝食は、家の中の物で間に合わせるとしよう。
私が、自分の朝飯を拵えて食べていると
「・・・。」
後ろから視線を感じる。何だかんだで、彼女もお腹が空いているのだろう。
・・・無理も無いか。私は、彼女の分も作る事にした。
「出来たわ。どうぞ、召し上がれ。」
しかし、待てど暮らせど一向に食べようとしない。――あ、そうか。
彼女は目が見えないのだから、食べさせる必要が――・・・・・・あ、そうか。
少し体を起こして箸で口元に運ぶと、意外にあっさり食べた。
痩せた体だったが、それでも残さずに食べてくれた。作る側としては、中々嬉しい物がある。
その後、裏手に茅が陰干しにしてあったので、それで体を拭った。少しはさっぱりするだろう。
拭い終わると、気持ち良さそうに目を閉じたので、私も少し休む事にした。
昼と夜もそんな感じで、のんびり1日が過ぎた。
朝起きて、ご飯を食べさせて、体を拭って、休ませて・・・。そんな暮らしが、暫く続いた。
特に何かを話す訳でも無い。一緒に外を眺めるだけだ。夏の日差しは、時間帯によって様々な姿を見せる。
朝は、影と共に涼しく眩しく。昼は、只ひたすらにギラギラと。夕方は、静かに世界を染めながら。
私は、黄昏時の風景が好きだった。夕焼け色に染まった、蜩の音しかしない、もののあはれを誘う色。
其れは彼女も同じだった様で、空を静かに見つめていた。暗い部屋の中で、何かが伝わった様な気がした。
彼女とは、言葉を交わした記憶さえ無い。
・・・それでも、楽しかった。毎日が、本当に穏やかだった。
――けれど。別れは、突然にやってきた。
6.
この日も御多分に漏れず、世界が夕焼け色に染まっていた。何時もの通り、私はのんびり空を見ていた。
ふと彼女に目をやると、目を閉じていた。寝たのかしら、と思って近付くと息がとても幽かだった。
――来るべき物が、来た様だ。そう直感した。・・・私は、彼女の頭を撫でてやった。母にされた様に。
驚く程の事でも無かった。元々長く生きられそうに無い姿だ。私が此処に来た時、既に失われつつあった。
そして私が来てからは、ゆっくりと時間を掛けて、少しずつ己を磨り減らして、段々と死に向かっていた。
せめて最期位綺麗に迎えるべきだろう。そう考えた私は、茅で念入りに体中を拭いてやった。
すると、見えていない筈の瞳がこちらを捉えた。それは見入る程に、美しかった。そして――
ありがとう
おねえちゃん
そう言って、あの子は息を引き取った。
・・・何だ、当にバレていたのか。思わず微笑ってしまった。
――微笑いながら、私は泣いた。優しさに、ショックを受けて。
わたしのほうこそ ありがとう
おやすみなさい
ずっと わすれないから
――つい先日まで、赤の他人だった子。
それでも、
死ぬのは、辛い。
7.
次の日、私は名前さえ知らない少女を埋めて、そこを立ち去った。
・・・彼女は、最期には幸せになれたのだろうか。私は、なれたと信じている。
さて、どうする。何処に行く当ても――いや、1つだけ在ったか。「戻るべき場所」が。
余りに強引だった。運命が見えるとかで、名前まで付けられた。
・・・しかし、其れ程強引だからか、何処か嬉しかった。
強引だが嫌みが無く、それ故に人を引きつける。母の気持ちが、今なら解る気がした。
それにこの数日、人を世話していて中々に楽しかった。・・・私は、そういう性分なのかもしれない。
――決めた。紅魔館へ、戻ろう。
私が戻ると、待ってましたとばかりにパーティーが始まった。・・・何だ、初めから読まれていたのか。
私は呆れた。と、同時に自分が既に紅魔館に捕らわれている事を自覚した。
あぁ、もう逃げられないな――私は微笑した。そして、厨房へ飛び込んでいった・・・。
「どうやら、咲夜は気付いてない様ね。・・・あの後、何が有ったのか。」
「まぁ、そうでしょうね。」
其れは、咲夜が発って少ししてからの事。
「パチェ、用意は良い?」
「良いわよ。でも、この子を生き返らせてどうするの?しかも、直ぐにでは無く、暫くしてから。」
「・・・一寸、遊ぶのよ。」
「?」
「あの後何度か考えたけど、やっぱり良く判らないわ・・・。遊ぶって、どういう事なの?」
「何れ判るわ。そう長くは掛からないでしょう。」
「・・・まぁ、それなら良いけど。」
――そう、長くは掛からない。私には、それが判る。何故なら、運命を操る程度の能力があるからだ。
それに依れば、大分後に1人の魔法使いが訪れる。彼女は僅かな時間、生き返ったこの子の世話を焼く。
そしてこの子が死んだ後、この子を「作ろうとして」人形遣いになる――そういう筋書きだった。
これは私の勘だが、彼女はパチェの良き好敵手になって、パチェを図書館から引っ張り出すだろう。
・・・良い機会だ。この引き籠もりの友人は、もっと外の文化に触れる必要が有る。
そして、パチェの好敵手は私の好敵手。戦う機会が有れば、私も混ぜて貰おう。
私としても、好敵手は多い方が良い暇潰しになる。・・・寧ろ、そっちの方が理由としては大きいか。
「それにしても、彼女よく働くわね・・・。」
「あの子には、感謝すべきね。優秀な従者と、面白そうな好敵手をもたらしてくれたのだから。」
――等というやり取りが行われているとは露知らず、彼女は忙しそうに動いていた。
・・・精々頑張りなさいな。貴女は、私の従者なのだから。
8.
――あれから、長い年月が経過した。復讐心は、今ではすっかり消えていた。
そもそもお嬢様は、狙って彼処を滅ぼした訳では無い。そう考えると、私の復讐心は単なる逆恨みだ。
そう言えば、そろそろ両親の命日か。久し振りに、あの家の辺りを歩くのも良いかもしれない。お墓でも作ろう。
そうだ、この間出会った月人の事も話そう。私を見て、驚いていた。母に会った事が有るのかも知れない。
良し、一区切り付いたし、少し休憩しましょうか。私は椅子に腰掛けて、暫し休む事にした。
「咲夜ー、咲夜ー、何処に――、あら。」
咲夜は、寝ていた。起こそうか、とも思ったが、あんまり気持ち良さそうな寝顔なので止めた。
もう暫く眺めていよう。起きた時に慌てふためけば、瀟洒な従者の滅多に無い表情が拝めて、二度美味しい。
私は向かいの椅子に腰掛けて、ゆっくりと寝顔を堪能する事にした。時がのんびりと流れて行く。
・・・それにしても、本当に可愛い寝顔ねぇ。どんな夢を見てるのかしら。
END
拙著「アリスが人形を作る理由」より少し前のお話です。読まなくとも問題無いですが。
1.
私には、月人の血が流れている――幼い頃、母からそう聞いた。・・・事は、第一次月面戦争に遡る。
第一次月面戦争――何時もは閉ざされた世界である幻想郷も、この時ばかりは自由に行き来が出来た。
月の暮らしに飽きた母は、そのどさくさに紛れて地上に降りてきたのだという。
そして、降り立った地で一人の男と出会い、結婚して子を設けた。此処までは、特に語る話でも無い。
だが、如何せん地上人とは寿命が違いすぎた。
彼女は、夫はおろか子孫の死さえ、見届けざるを得なかった。
彼女は過去を捨て去る事が出来なかった。・・・忘れたく、なかったのだ。
驚くには当たらないが、彼女は世捨て人になった。
昔を思い返しながら、一人寂しく朽ちて逝こうとしたのだろう。
・・・だが、そうはならなかった。
ある時、彼女の住処に一人の男がやってきた。男は、こんな所で何をしている、と訊ねた。
彼女は、昔を思い返している、と答えた。男は、昔を思い返してどうする、と訊ねた。
彼女は、どうもしない、と答えた。男は、帰らない者を嘆くだけか、と嘲った。
彼女は、怒った。其れが悪いのか、と。男は、悪い、と答えた。
何故悪い?――貴女の生き方は亡者の其れだ、死者はそんな生き方なぞ望むまい。
何故判る?――判らない。だが死者の事なぞ、推し量るしか無いだろう?
それからという物、毎日逢っては口論し続けた。彼女が何事かを喚けば、彼が何事かを呟くという具合に。
彼女は、やり込められるのが悔しかった。・・・しかし、どういう訳か嬉しくもあった。
あんまり悔しくて嬉しいので、彼女は男と夫婦になった。そして、私という娘を産んだ。
2.
そういう訳で、私は月人の女を母として生まれた。その髪は、月人の血を色濃く受け継いで、銀色だった。
その為、かどうかは解らないが、幼い頃は隠れ住んでいた記憶しかない。
ある時、うっかり近くの村人に見つかった。当然だとばかりに、迫害された。
――見ろ、あの髪、狼だ――
――近付くな、化け物――
――村に入るな、消えろ――
何故?
私が何をした?
私は、遊びたかっただけだというのに。
私は家に飛んで帰り、母にそう言って泣きついた。
――おかあさま、なぜいっしょにあそんじゃいけないの?――
――わたし、みんなといっしょにあそびたいよ・・・――
母は何も言わず、ただ黙って私を撫ででいた。そうやって、私は何時も慰めてもらった。
その夜、焼ける様な臭いで目を覚ました。見渡すと、黒い物が目に入った。
「ソレ」は
既に、事切れた
父と・・・母だった。
私は逃げた。必死に走った。森に駆け込んで、其処でばたりと倒れた。
もう、何も考えたくなかった。私は、意識が無くなってゆくのを感じた・・・。
3.
だが、私は生きていた。月人の娘だった事が影響したのだろうか。・・・兎も角、生きていた。
最早私の生きる道は、復讐以外に有り得なかった。幸い月人は長命だ、時間は幾らでもある。
私は、両親に教わった事を思い返しながら、妖怪退治で鍛えていく事にした。
――あれからどれ程の年月が経過しただろうか。私は、ある時を境に、一向に年を取らなくなっていた。
あの時の村の人数を考えても、皆殺しに足る位の力が有る筈だ、と確信出来る位に、強くなっていた。
とは言え、いきなり攻め込む様な真似はしない。地形位は心得ておかねばならないだろう。
そう考えて、村に偵察に行く事にした。憎しみが溢れ出すのを、堪えながら。
其処には、何も、無かった。家屋すら、無かった。・・・一瞬、我が目を疑った。
思い余って町で話を聞くと、嘗て「スカーレットデビル」なる者が暴れ回り、多くの村を滅ぼしたという。
この村もご多分に漏れず滅ぼされ、村人は一人残らず殺されたのだとか。
――目の前が真っ暗になった。全てが無に帰した。
私は、無い物に復讐すべく生きていたという訳だ。――滑稽だ。全ては無駄な事だったのだ・・・。
私は考えた。無い物に復讐する術は無い。・・・復讐は、諦めざるを得ないだろう。
だが「スカーレットデビル」だけは許せなかった。私の生き甲斐を、横から掻っ攫ってしまったのだ。
最早生きていたくは無い。そいつを殺して、さっさとこの世からおさらばするとしよう。
私は、そいつの居るという「紅魔館」とやらを目指した。
――私は、紅魔館の庭に倒れていた。何という事だ。負けたのだ。「スカーレットデビル」に。
まさか、幼子とは。そう油断したのが愚かだった。幼く見えても吸血鬼だ、甘く見て勝てる相手では無い。
流石に一撃では無かった物の、初手の油断が徒となり、戦局を覆せる訳も無く、そのまま敗北した。
「――貴女、人間にしては善戦したわね。」
だから何? 私は負けた、さっさと・・・
「気に入ったわ、私の従者に成りなさい。」
――は? 今、何て・・・?
「だから、私の従者。成るの、それとも死ぬの?」
・・・。
「はっきりしなさい、どっち?」
馬鹿げている。自分を殺しに来た相手に、従者になれ、とは。・・・だが、これはチャンスかもしれない。
従者としてさぶらいつつ、隙あらば仕留める。側に居れば、癖や弱点も自ずと分かるだろう。
衣・食・住にも困らなそうだし、悪い話では無いが・・・どうする。
「・・・判りました。」
――殺されるよりはマシだ。そう考えて、私は従者になる事を選んだ。
・・・は良いが、待ってましたとばかりに運ばれ、治療とはいえいきなり台に縛り付けられ、
挙げ句、誂えたかの様なメイド服を無理矢理着せられたのには閉口した。
おまけに「十六夜 咲夜」なんて、名前まで押しつけられた。・・・人を何だと思って居るんだ、彼奴は。
こうして紅魔館で働く事になった私だが、何分其れまでの生き方が生き方。
メイドの仕事なんて心得ている筈も無く、未だ埃が残っているだの、汚れが落ちきって無いだの、
皿の磨き方が甘いだの、味付けがなってないだの・・・そんな小言を喰らう日々が一週間程続いた。
――やってられるか、馬鹿馬鹿しい。・・・私は、紅魔館を飛び出した。
4.
・・・甘かった。勢いで飛び出したものだから、何処に腰を下ろすかなんて考えていなかった。
水も、食料も、寝る所も無い。正に無い無い尽くし。どうする、せめて寝る所位確保しなければ・・・。
途方に暮れながら歩いていると、一軒の家があった。思わず訪ねようとして、ふと疑問が湧いた。
「今、夕方ね・・・何で明かりもつけないのかしら?」
もしかして、廃墟なのだろうか。それなら好都合だ。これから先、少なくとも寝床は確保出来る事になる。
・・・意を決して、扉を開いた。
最初、此処は廃墟なのかと思った。しかし、そうでは無かった様だ。
――女の子だ。私より、やや幼い位だろうか。痩せた顔で、驚くでも無くこちらを見ている。
顔が笑っている。・・・普通、こういう状況で笑えるものだろうか?
不思議に思って近付くと、目が近付く私を見ていない。どうやら、この子は目が見えない様だ。
私を見たのでは無く、音がした方を向いただけなのだろう。侵入者だと気付く様子は無い。
この様子なら、一晩此処に泊まる位は簡単だろうが・・・。
どうする。此処を出て他を当たるか、此処でこの子と一夜を明かすか。
「仕方無いわね・・・。」
今から他を当たるのは無理が有るし、何より彼女を棄てる様で良心が痛む。私は、泊まる事にした。
しかし、冷静になって考えると少しおかしい。幾ら目が見えないとは言え、声がすれば普通気付くか、
そうでなくとも何かおかしいと思うだろう。所がこの子は訝しみすらしない(様に見える)。何故だろうか。
その答えは、意外にもあっさりと判った。・・・布団を探した所、彼女の以外にもう1組見つかったのだ。
そこで、ピンと来た。この子は、私をこの布団の持ち主だと思っているのではなかろうか。
それは、恐らくこの子の親だろう。どういう訳か居なくなり、この子はその事を知らずに居るのだ。
・・・大方、面倒になったか養いきれなくなったかで逃げ出したのだろう。
最初は、明日にでも此処を発って他の場所を探すつもりだった。だが、気が変わった。
この子は私が居なくなった後、どうやって生きるのだろう。そう考えると、離れる事が出来ない。
――良し、決めた。此処に住み、その代わりに「親として」彼女の世話をしよう。
幸い彼、女は目が見えない様だ。気を付ければ、そう気付かれる事も無いだろう。
そうと決めたら、すべき事は幾らでも有る。明日に備えよう。
私は、彼女にお休みを言った・・・。
5.
朝が来た。井戸で顔を洗う。朝食は、家の中の物で間に合わせるとしよう。
私が、自分の朝飯を拵えて食べていると
「・・・。」
後ろから視線を感じる。何だかんだで、彼女もお腹が空いているのだろう。
・・・無理も無いか。私は、彼女の分も作る事にした。
「出来たわ。どうぞ、召し上がれ。」
しかし、待てど暮らせど一向に食べようとしない。――あ、そうか。
彼女は目が見えないのだから、食べさせる必要が――・・・・・・あ、そうか。
少し体を起こして箸で口元に運ぶと、意外にあっさり食べた。
痩せた体だったが、それでも残さずに食べてくれた。作る側としては、中々嬉しい物がある。
その後、裏手に茅が陰干しにしてあったので、それで体を拭った。少しはさっぱりするだろう。
拭い終わると、気持ち良さそうに目を閉じたので、私も少し休む事にした。
昼と夜もそんな感じで、のんびり1日が過ぎた。
朝起きて、ご飯を食べさせて、体を拭って、休ませて・・・。そんな暮らしが、暫く続いた。
特に何かを話す訳でも無い。一緒に外を眺めるだけだ。夏の日差しは、時間帯によって様々な姿を見せる。
朝は、影と共に涼しく眩しく。昼は、只ひたすらにギラギラと。夕方は、静かに世界を染めながら。
私は、黄昏時の風景が好きだった。夕焼け色に染まった、蜩の音しかしない、もののあはれを誘う色。
其れは彼女も同じだった様で、空を静かに見つめていた。暗い部屋の中で、何かが伝わった様な気がした。
彼女とは、言葉を交わした記憶さえ無い。
・・・それでも、楽しかった。毎日が、本当に穏やかだった。
――けれど。別れは、突然にやってきた。
6.
この日も御多分に漏れず、世界が夕焼け色に染まっていた。何時もの通り、私はのんびり空を見ていた。
ふと彼女に目をやると、目を閉じていた。寝たのかしら、と思って近付くと息がとても幽かだった。
――来るべき物が、来た様だ。そう直感した。・・・私は、彼女の頭を撫でてやった。母にされた様に。
驚く程の事でも無かった。元々長く生きられそうに無い姿だ。私が此処に来た時、既に失われつつあった。
そして私が来てからは、ゆっくりと時間を掛けて、少しずつ己を磨り減らして、段々と死に向かっていた。
せめて最期位綺麗に迎えるべきだろう。そう考えた私は、茅で念入りに体中を拭いてやった。
すると、見えていない筈の瞳がこちらを捉えた。それは見入る程に、美しかった。そして――
ありがとう
おねえちゃん
そう言って、あの子は息を引き取った。
・・・何だ、当にバレていたのか。思わず微笑ってしまった。
――微笑いながら、私は泣いた。優しさに、ショックを受けて。
わたしのほうこそ ありがとう
おやすみなさい
ずっと わすれないから
――つい先日まで、赤の他人だった子。
それでも、
死ぬのは、辛い。
7.
次の日、私は名前さえ知らない少女を埋めて、そこを立ち去った。
・・・彼女は、最期には幸せになれたのだろうか。私は、なれたと信じている。
さて、どうする。何処に行く当ても――いや、1つだけ在ったか。「戻るべき場所」が。
余りに強引だった。運命が見えるとかで、名前まで付けられた。
・・・しかし、其れ程強引だからか、何処か嬉しかった。
強引だが嫌みが無く、それ故に人を引きつける。母の気持ちが、今なら解る気がした。
それにこの数日、人を世話していて中々に楽しかった。・・・私は、そういう性分なのかもしれない。
――決めた。紅魔館へ、戻ろう。
私が戻ると、待ってましたとばかりにパーティーが始まった。・・・何だ、初めから読まれていたのか。
私は呆れた。と、同時に自分が既に紅魔館に捕らわれている事を自覚した。
あぁ、もう逃げられないな――私は微笑した。そして、厨房へ飛び込んでいった・・・。
「どうやら、咲夜は気付いてない様ね。・・・あの後、何が有ったのか。」
「まぁ、そうでしょうね。」
其れは、咲夜が発って少ししてからの事。
「パチェ、用意は良い?」
「良いわよ。でも、この子を生き返らせてどうするの?しかも、直ぐにでは無く、暫くしてから。」
「・・・一寸、遊ぶのよ。」
「?」
「あの後何度か考えたけど、やっぱり良く判らないわ・・・。遊ぶって、どういう事なの?」
「何れ判るわ。そう長くは掛からないでしょう。」
「・・・まぁ、それなら良いけど。」
――そう、長くは掛からない。私には、それが判る。何故なら、運命を操る程度の能力があるからだ。
それに依れば、大分後に1人の魔法使いが訪れる。彼女は僅かな時間、生き返ったこの子の世話を焼く。
そしてこの子が死んだ後、この子を「作ろうとして」人形遣いになる――そういう筋書きだった。
これは私の勘だが、彼女はパチェの良き好敵手になって、パチェを図書館から引っ張り出すだろう。
・・・良い機会だ。この引き籠もりの友人は、もっと外の文化に触れる必要が有る。
そして、パチェの好敵手は私の好敵手。戦う機会が有れば、私も混ぜて貰おう。
私としても、好敵手は多い方が良い暇潰しになる。・・・寧ろ、そっちの方が理由としては大きいか。
「それにしても、彼女よく働くわね・・・。」
「あの子には、感謝すべきね。優秀な従者と、面白そうな好敵手をもたらしてくれたのだから。」
――等というやり取りが行われているとは露知らず、彼女は忙しそうに動いていた。
・・・精々頑張りなさいな。貴女は、私の従者なのだから。
8.
――あれから、長い年月が経過した。復讐心は、今ではすっかり消えていた。
そもそもお嬢様は、狙って彼処を滅ぼした訳では無い。そう考えると、私の復讐心は単なる逆恨みだ。
そう言えば、そろそろ両親の命日か。久し振りに、あの家の辺りを歩くのも良いかもしれない。お墓でも作ろう。
そうだ、この間出会った月人の事も話そう。私を見て、驚いていた。母に会った事が有るのかも知れない。
良し、一区切り付いたし、少し休憩しましょうか。私は椅子に腰掛けて、暫し休む事にした。
「咲夜ー、咲夜ー、何処に――、あら。」
咲夜は、寝ていた。起こそうか、とも思ったが、あんまり気持ち良さそうな寝顔なので止めた。
もう暫く眺めていよう。起きた時に慌てふためけば、瀟洒な従者の滅多に無い表情が拝めて、二度美味しい。
私は向かいの椅子に腰掛けて、ゆっくりと寝顔を堪能する事にした。時がのんびりと流れて行く。
・・・それにしても、本当に可愛い寝顔ねぇ。どんな夢を見てるのかしら。
END
生き返らせることができるかってことにも引っかかりますが、そんな
生命を冒とくするような所業って許されるんですかね?
それも目的がアリスを人形遣いにするってことだけに、少女にまた闘病の
苦しみを味あわせるんですか?人でなしだ。
まあお嬢様は悪魔だからいいのか。後味最悪。
たとえ運命を操れたとしても一度切れた糸はどんなことをしても二度と同じ
形にならいように・・・。
それが非常に残念です。
でも、咲夜さんと少女の生活は楽しく読ませていただきました。
もう少しその辺の話を作って欲しいかなぁとかも思ったりしたぐらいです。(苦笑)
死者蘇生が可能かどうかで引っかかりましたが、それ以外はすんなりと読めました。
生命倫理に関しても、あくまで人間主観ではとんでもない事です。
しかし、レミリアもパチュリーも人ではないのですから。
釣り餌として生きた魚に針を仕掛けるようななものだろうと解釈しています。
なんとなくパチュリーなら出来そうな気がする。
『魔法使い』だし。
倫理感の方はまったく気になりませんでした。
読んでて思ったのが「あれ? ここで死んだらアリスの話に繋がらなくない?」
だったので、「あぁ、こいつ等の仕業か」って感じで。
それにしても咲夜月人ハーフか……昔永琳の娘説があった気がする。
……父親某庭師のお爺様じゃないですよね?
ただ単に咲夜のエピソードを並べただけで纏まりがないのが気になったのでこの点数。
幻想郷が現在の世界と隔離されたのは明治に入ってからで、それまでは多少困難でも幻想郷に行くことはできました。幻想郷と外の世界の問題はかなりデリケートですので、扱う際には細心の注意を払ったほうがいいです。
死者蘇生に関しては、パチュリーはすでに賢者の石を持った魔女なので、パチュリーにやらせれば違和感は無かったかと。
倫理観に至っては人食いが起こりうる幻想郷で人の生き死にに関して語るのはナンセンスなので評価外へ。悪魔に悪いことしている、といって非難するのはお門違いといったところですし。
で、お話につきまして。
まず『何を書きたかったか』ということが希薄です。最初に月人のエピソードを持ってきて事細かに説明したかと思えば、咲夜さんを登場させ主観を移動させてしまい、それまでの主観(この場合は母親ですね)をあっさり舞台から退場させてしまったのは、ちょっと書き方としてまずいです。心情を事細かに綴ったのに、端役その一で終わってしまうのでは、もうちょっと簡潔に書いてしまった方がよかったかな、と思います。
落命するシーンに至っては、想像するしかないんですが村の人たちが家に火をかけて咲夜さん以外死んでしまった、と解釈してよろしいのでしょうか?
ちょっと描写が足りなくて、何が起こったのかさっぱりわかりません。
最後に難癖に聞こえてしまうかもしれませんが、東方キャラ以外のキャラが登場するシーンが丁寧に作られているように感じ、東方キャラのみで構成されているところが随分省略して描かれているように感じます。もう少し、登場キャラの心境なり行動なりを書いてバランスをとったほうがいいかと愚考します。
総評として、『ちょっと調理が足りない』といったところです。お話の作りとしては斬新で面白いので、その分残念であったと思います。