※オリキャラが出てきます。そういったのが嫌いな方は『戻る』ボタン、又はBSでお戻りください。
――その子を見つけたのは、本当に偶然だった…。
何時もの様に無縁塚で文字通り掘り出し物を探していると、不意に何か音が聞こえた気がした。
無縁塚には僕一人。耳をすませれば、しんと静まり返った中に、再び何かが転がる音がする。
普段なら気にしなかっただろうが、その時僕は、それが酷く気になってしまった。
自然とそれが聞こえると思われる場所へ足を向ける。彼岸花を踏まないようにしながら、一歩一歩慎重に岸へと赴く。
そうして静かに進みながらも、時折聞こえる、何かを落とす音。
ふと僕の脳裏に浮かんだのは、サボり癖のある死神の寝顔だった。
彼女が仕事をサボっている時はよく此処に来るらしい。僕自身も何度か話した事があるし、最終的に彼女が閻魔様に説教されているのも何度か目撃したことがある。
もしかすると、また彼女がサボって、川岸で何かしているのかもしれない。冥府に近い此処ならば、割とありえることだろう。
しかし、僕が見つけたのは、本当に意外なものだった。
「おや…?」
「……!?」
それは少女だった。水浅葱色の着物を着た、おかっぱ頭の少女。その黒髪を飾る虹色の髪留めが印象的だった。里へ行けば、遊んでいる子供たちの中に必ず一人は混ざっていそうな子だ。
だがここは里ではない。里から相当離れた無縁塚だ。よくよく見れば少女の着物はボロボロで、あちこちが破けている箇所があるし、髪だってもう何日も手入れをしてないのだろう、ボサボサで、とても酷い有様だった。
その子は川岸に座り、一人石を積んで遊んでいた。僕が聞いたのは、石が転げ落ちる音だったのだろう。
僕と視線が合った時も、驚いたような表情を浮かべ、手から石が落ちた。
確かに彼岸花に囲まれた此処ならば、妖怪に襲われる心配もない。最近の妖怪は人間を食べなくなってきているが、それも零じゃない。
汚れたその格好を見る限り、恐らく妖怪に襲われたのだろう。必死に逃げてこの無縁塚に辿り着き、そして誰かの助けを待っていたのかもしれない。
「……大丈夫かい…?」
「…ッ…!?」
僕が手を差し出すと、傍目から見ても分かるほど大きく動揺した。
頬が強張り、肩が震え出して目に涙が溜まる。後ずさりしようとしたのか、それともただ単に驚いただけなのか、積まれていた石が少女の手によって崩された。
そこまで怯えられると、僕としても少々傷つく。
だが逆に言えば、それほど恐ろしいものを目の当たりにしたのだろう。それならば、どうにかして安心させなければならない。
僕は内心ため息を吐いた。商売柄から、笑顔を作る術は知っているのだが……いかんせん、店を開いてから数回しか使った事がなかったからだ。幻想郷の住人達があれほどまでに傍若無人だと気付いてからは、お得意様ぐらいにしか使った事はない。
……四の五の言っている場合じゃないな…。
少女と目線を合わせるためにしゃがみ、僕は微笑んだ。
「安心してくれ、助けに来たんだ」
さて、今の僕は本当に微笑を浮かべているだろうか? どうも笑顔というのは不慣れだ。そういえばこの間、外の世界の本で『笑顔の作り方』という題名の本を見つけた。難しい道具を作る外の世界の人々も、案外笑顔を作るのに一苦労しているのだろう。
僕の言葉を聞いた少女は、鳩が豆鉄砲を喰らったかのような表情をしていたが、その瞳に段々と涙が溜まっていくのが見て取れた。
少女は僕に抱き付くと、声を押し殺して泣き始めた。だが僕の服を掴む力が、彼女がどれほど怖かったかを物語っている。
僕はといえば、既視感に囚われていた。
何時だったか……魔理沙がまだ幼かった頃、一度だけ行方不明になった事があった。結局店の倉庫の奥で泣いている所を、たまたま僕が見つけたのだが……その時もこの子のように泣きつかれた。
やはり、子供というのは一人で居る事に抵抗があるのだろう。魔理沙の場合、それに暗闇という要素が加わっていただけに、一層恐怖を感じたに違いない。
かつて魔理沙にしてやったように、その乱れ髪を撫でながら抱き締める。
「大丈夫……大丈夫だからね…」
ぽんぽんと背中を軽く叩きながら、声を投げ掛ける。
僕にこの子の恐怖心は分からない。かつて僕自身が体験したであろう『孤独』という名の恐怖。だがそれも、長い記憶の中に埋もれてしまった。
無理もないだろう。長く生きていれば、その環境に自然と慣れてしまうものなのだ。
しかし、子供は違う。
今泣いているこの子だって、まだ生まれて十年経っているかどうかも微妙な歳だろう。
そんな子が、毎日友達と遊んで過ごしていたのに、ある日突然一人ぼっちになってしまったらどう思うのか?
……怖いに決まっている。常に自分の周りに誰かが居たはずなのに、急に見知らぬ場所で一人取り残されてしまうという、急激な環境の変化。それに対応し切れない事に……子供は恐怖を抱くのだろう。
だから今だけ、僕はこの子を抱き締める。少しでも安堵してくれるよう、精一杯努めさせてもらう。
「ん…よく頑張ったね……安心して…」
僕は彼女が泣き止むまで、ずっと慰め続けた。
里の人間かもしれないという事で、僕は彼女を連れて帰る事にした。
元より『助けに来た』なんて豪語しときながら、置いていく事なんて出来やしないだろう。魔理沙に『ひねくれ者』の烙印を押されたが、僕はまだ普通らしい。
ほのかに日が傾きかけている森の中、僕一人の足音が響く。
少女は泣き疲れてしまったのだろう、何時の間にか眠っていた。起こすのも忍びなかったので、抱っこのまま帰路につくことにした。
子供を抱き上げた事がないから基準は分からないが、彼女は相当軽かった。もしかすると、背負っている籠の方が重いかもしれない。ちなみに籠の中身は外の世界の物で一杯だ。
「ん……ぅ…」
少女が身じろぐ。やはり抱っこのままだと、少々寝難いのかもしれない。
僕は少女を抱え直すと、少しだけ歩みを速くする。せめて日が落ちる前に店へ戻りたい。彼女の二の舞になるのは御免だし、何よりも彼女をちゃんとした布団で寝かせてあげたかった。
「……この様子だと、今日中に里へ行くのは無理そうだな…」
誰に言うでもなく呟いた独り言は、木々のざわめきの中に消えていった。
僕が少女を連れてきた次の日の早朝、店の扉が壊れそうな勢いで開かれた。そろそろ扉を新調した方がいいかもしれない。その手間とかかる時間を考えると、次第に憂鬱になるのだから不思議だ。
「おっす、香霖! 起きてるかー!?」
「魔理沙、朝から五月蝿いよ」
本から視線を外さずに答える。入ってきたのは、やはり予想通りの人物だった。
魔理沙は我が物顔で店内に入り、辺りを見回した。
野生の感…とでも言うのだろう、僕が無縁塚に行った次の日には必ず彼女が店に来る。そしてめぼしい物があれば、そのまま持ち帰って行ってしまうのだ。
だが僕だって馬鹿じゃない。使えそうな物は全て奥の倉庫に仕舞ってある。店頭に並べておく物は、ガラクタと分かりきっている物だけだ。
魔理沙も使えそうな物がないのに気付いたのか、周りを見るのを止めてため息を吐いた。その様子を見る限り、今回も持って行く気満々だったようだ。
「はぁ、相変わらずガラクタだらけの店内だよなぁ…。その内香霖にも黴が生えるんじゃないか?」
「余計なお世話だ。それに、別にガラクタばかりっていう訳じゃないさ」
「へぇ…じゃあコレは何だ?」
そう言って魔理沙が掲げて見せたのは、長方形の形をした黒い物体だった。右上辺りに更に長方形の形が刳り抜かれている上に、全体の大部分を占めるのは突起物という、傍目から見ても奇妙な物体だろう。
僕はそれを一瞥して答える。
「『ポケットベル』と呼ばれる物らしい。小型の携帯用無線呼出し器とも言われ、特定の手順によって電波で別のそれに合図を送る事が出来る程度の能力が備わっている。ただし単方向通信だから受信の確認に別の手段が必要になってくる上に、受信する場合は特定の地域内で待機する必要性があるから非常に面倒だ。動力源は死んでるみたいだし、何よりもそれ単品じゃ意味がない。使えたとしてもここは森の中。電波が伝わる事はまずないと言っていい」
「すまん香霖。もっと分かりやすく頼む」
む…どうやら魔理沙には難しかったようだ。眉間に皺を寄せて『ポケットベル』を睨みつけている。結構詳しく教えたんだけどなぁ…。
「………要するに、一瞬で手紙を送りつける事が出来る道具だよ。最も、もう使えそうにないけどね」
「何だ、じゃあやっぱりガラクタじゃないか」
……何故だろう…『ポケットベル』を元あった場所に投げた魔理沙に、一瞬だけだが怒りを感じた。だが怒った所で暖簾に腕押しだろうから、さっさと忘れる事にしよう。
「なぁ、香霖。他にもっと面白い物ないか? 出来れば使えるような物」
「あった所で君には売らないよ」
「香霖のケチ~」
「溜まりに溜まったツケを払ってくれたなら、僕の考えも変わるかもしれない」
「だからアレは借りてるだけだって。私が死んだら返すんだから」
「何にせよ返す気零だね」
この押し問答も何時ものことだ。
魔理沙の蒐集癖には辟易させられる。その内自分が集めた訳の分からない物品の山に押しつぶされて大変な事になるのが容易に想像できる。それは僕にも言える事だが、日々整理整頓を欠かしてはいないから大丈夫だろう。
…まぁ、整理整頓してこの有様というのは理解しているが…。
「ん? 香霖、これも『ぽけっとべる』か?」
「それは『PHS』という名の別の道具さ。まぁ用途は同じようなものだね。使えないし」
「じゃあコレは?」
「『ミニ四駆』。走らせて遊ぶのがそれの用途らしいけど、動力源が死んでる」
「こっちは?」
「『ローター』。振動する程度の能力を持った道具さ。これも動力源が死んでるけど、外の人達は何に使うんだろうね?」
「この本……って、まだあったのかよ!?」
「ああ、紅魔館のメイド長が高価で買い取ってくれるんでね。用途は言わずもがなだ。別に君が描かれてる訳じゃないんだから、今回は持ってかないでくれよ?」
「うっ……分かったぜ…」
顔を真赤にしながらも、それを元あった本棚に仕舞う魔理沙。
僕は内心胸を撫で下ろした。近頃外から流れてくるようになった『同人誌』はそれ程数が多い訳ではないので、持ってかれると相当痛いのだ。
しかし……メイド長はアレを買って、一体どうするつもりなのだろうか?
やはり従者として、主人の恥部とも言えるそれらを自分で処分するのだろうか? …ふむ……それが一番妥当な考えだ。品物を見つけた時、鼻血を拭おうともせずに中身を見ていたのは、僕の気のせいなんだろう。僕の視線に気付くと、一瞬でいつもの彼女に戻ったし…。
まぁ何にせよ、深く探索するのはよそう。
「やっぱりめぼしい物が無いなぁ…」
「それは良かった。こちらとしてもこれ以上持ってかれるのは御免被るよ」
「そうだ、倉庫開けてくれよ。香霖」
「丁重に断らせてもらう」
その時、店の奥にある扉が開いた。僕と魔理沙、二対の視線がそこへ注がれる。
扉を開けたのは、昨日の少女だった。どうやらまだ半分夢の中のようで、少しだけ呆けた表情で僕ら二人を見ている。
僕は本を閉じて少女に声を投げ掛けた。
「おはよう、昨日はよく眠れたかい?」
僕の質問に、数秒経ってからゆっくりと頷く少女。やっぱり寝惚けている。
まぁ無理もない。『見つけられた』、『保護された』という認識から、ずっと張り続けていた緊張の糸がぷっつりと切れたのだ。寝過ぎても、さしたる問題はないだろう。
「おい! 香霖!!」
「何だ…うわっ!?」
そこで固まっていた魔理沙が再起動した。いきなり僕の胸倉を掴み、勘定台ごしに引っ張られた。…その細腕のどこに、そんな力があったんだろうか?
「アイツは誰だ?」
何時もの魔理沙らしからぬ、地獄の底から響いてくるかのような底冷えする声だった。僕の第六感が警告音を発している。これは非常に不味い…と。
「昨日無縁塚に居たから拾ってきたんだっ…」
「香霖の助平野郎!!!」
その瞬間、視界が吹き飛んだ。遅れてきたのは頬に走る、鋭い痛み。思いっきり張り手をされたと気付いたのは、僕が床に伏した後だった。
魔理沙は何を勘違いしたのだろうか? 文字通り張り倒されてしまったが、その理由がよく分からない。大体、助平野郎とは何だ。生憎と僕は、子供に欲情するような異常性癖は持ち合わせていない。
とりあえずさっさと立ち上がると、大破した店の扉がまず目に入った。間違いなく魔理沙が壊していったのだろう。頬がズキズキと痛むのも相まって、非常に憂鬱だ。
そこでとある違和感に気付いた。視界に映る物全ての輪郭がぼやけている。ハッとして顔に手をやれば……予想通りと言うべきか、眼鏡が無かった。
下に視線を向ければ、眼鏡の残骸と思わしき物が転がっていた。悪い事とは、連鎖して起きるものなのだろうか…。
僕がため息を吐くと、そんな僕を見つめる視線に気がつく。魔理沙が居ないとなれば、その視線の主はおのずと限られる。
「……とりあえず、お風呂に入ろうか…」
ぼやけていても分かる昨日のままの格好をした少女に、僕は誤魔化すかのように言葉を投げ掛けた。
「それじゃ、しっかり目を閉じててくれ」
「……」
さて、おかしい。一体全体どうしてこんな事になったのだろうか。多少混乱しつつも、僕は少女の髪を洗っていた。
風呂の準備が出来て、後は入るだけという時になって、この少女が僕の服の裾を掴んできた。『一人で入れるだろう?』と言っても、黙って首を横に振るだけだった。
その時になってようやく気付いたのだが、この子は口が利けないようだった。そういえば……と思い出してみれば、泣き付かれた時も、口を開閉させていたのを覚えている。本人は声を上げて泣いたつもりだったのかもしれないが、肝心の声が出なかったのだろう。
ちなみに僕の名誉の為に言っておくが、僕は裸じゃない。上着と胴丸を外し、ある程度濡れても大丈夫なように裾を巻くっているだけの格好だ。
いつの間にか髪がすっかり石鹸まみれになっていたので、桶にお湯を入れて頭からかける。律儀に目と耳を手で覆っているため、お湯が入る事はないだろう。
頭が終わったら次は身体だ。壁に掛けてあった布を手に取り、お湯で濡らしてから石鹸を包む。この状態で擦れば、自然と泡が出るので楽だ。
本当ならば糸瓜を使いたい所だが、子供の肌はまだ柔いため、糸瓜では肌が傷つく恐れがある。そんな理由で風呂嫌いになる子供も居るというのだから、自然と僕の手つきも慎重になる。
「痛い所とかないかい?」
「…」
首を横に振る。髪に張り付いた水滴が飛ぶが、些細な事なので目を瞑る事にした。
しかしこうして洗っていると、この子がいかに小さいかよく分かる。
肩に手を置くだけでその部分が完璧に隠れてしまう。それに僕の手だと手首どろころか上腕部だって、片手で悠々と覆いつくすことが出来る。胴回りも細いし、全体的に華奢な印象を抱かせる。
「お湯かけるよ」
「……っ」
身体全体を擦り終えたので、再び桶にお湯を張って少女にかける。あっという間に少女を覆っていた白い泡は消え、代わりにきめ細かい肌が露出した。
彼女は泡が落ちるのを確認すると、すぐさま浴槽へと駆け出す。しかし風呂場で走るという行為ほど、危険な行動はない。僕はすぐさま注意しようとしたのだが……。
「あっ…」
「ッ~~…!!!」
こけた。
ビタン!! …と、相当大きな音が聞こえたことで、その痛みは容易に想像がつく。
すぐさま彼女に駆け寄って抱き起こす。顔を歪めて泣いているのを確認すると同時に、僕は頭を撫でた。
「ほらほら……痛いの痛いのとんでいけ~」
ぶつけた箇所は頭じゃなかったが、胸を撫でるわけにも行くまい。撫でてしまったら、それこそ魔理沙の言う『助平野郎』になってしまう。
女性利用者が大半を占めるこの店だ。変な噂を流されてはこの店の存続が危うくなるのは、火を見るよりも明らかだ。
僕が何度かそうしていると、少女は瞳に涙を溜めながらも泣くのを止めた。
身体を眺めるが、少し赤くなっているだけで、特に目立った外傷は無さそうだ。
ん、よかった。
「偉い偉い」
「……」
そう言って少女の頭を撫でると、涙目ながらも怪訝な表情をされてしまった。内心それに苦笑する。
少女を浴槽に入れながら、僕は密かに心に誓った。
慣れない事をやるもんじゃない……と。
少女が風呂から出た後、僕は代わりの着物を着せて早々に店を後にした。元々着ていた服は洗濯して庭に干している最中だ。
行き先は勿論、里の守護者が住む寺子屋だ。僕自身もお金が無くて本当に困った時は、そこで教鞭をふるうことがある。それ以外にも彼女とは面識があるのだが、関係ないので割合させてもらう。
それはともかく、日々変わる里の変化を一番知っている彼女ならば、この少女を知っているかもしれない。
そう思って足を運んだのだが……。
「すまない、私は力になれそうにもない」
僕の考えは、真っ向からへし折られた。
「な…何言ってるんだい、慧音。里の事を一番知っているのは君だろう」
「私もそうだと自負している。慢心かもしれんがな…」
そう言って慧音はため息を吐いた。一息置くと、今度は僕の目を確りと見据えて口を開いた。
「だがな霖之助、私はこの子を見た事がないぞ?」
見た事が……ない? そんな事がありえるのだろうか?
彼女が嘘を吐かないのは、里の誰もが知っている事だ。冗談を言うにしても、性質が悪い冗談は絶対に言わない。
僕は少女に目をやる。
居心地悪そうに辺りをキョロキョロと見回して、何やら落ち着きがない。僕の視線に気がつくと、不安そうな表情で見つめ返してきた。
『目は口ほどに物を言う』とは言うが、ここまで顕著な例は初めてだろう。
「まぁ、一応里の皆に聞いて調べてみるがな。もしかすれば、お前みたいに人里から離れて暮らすのが居るかもしれん」
「それは助かる」
「ついでにその少女の面倒も見ようか? 何、どうせ調べるのは寺子屋が終わった後だ。それに調べるにしても、彼女が居た方が何かと便利だろう」
「それは…」
と、言いかけたところで裾を引っ張られた。誰かは大体予想がついている。
ため息を吐いて少女を見やれば、不安そうな顔を通り過ごして泣き出しそうな顔をしていた。これでは説得するのは無理だろう。
「僕としてはありがたい話だけど、生憎本人が納得してくれないみたいだね」
「そうか…」
僕がやんわりと断ると、慧音は腕を組んで考え始めた。恐らく、どうやって調べるか考えているのだろう。
一番いいのは本人を見せるというものだが、少女の方が先に参ってしまうのは目に見えている。
だからといって口語で伝えるとなると、大小ながら誤差が発生する。そうなると詳しい情報は集めにくいだろう。
僕ら二人がうんうん唸って考えていると、部屋にグゥ…という音が響いた。
その発生源に目を向ければ、少女が顔を俯かせていた。その状態でも分かるほど、その顔は真赤だ。
「……時に霖之助、朝食はちゃんと取ったか?」
「あっ…」
しまった。すっかり失念していた。
そんな様子の僕を見て、慧音は呆れたかのようにため息を吐いた。
「霖之助、お前は半妖だから食事をとらなくてもある程度平気だろう。だがな、彼女は人間で、なおかつ子供だぞ? 育ち盛りでもあるんだからちゃんと食べさせろ」
「……」
返す言葉もない。考えてみれば、彼女を見つけてから一食も食べさせていないのだから、小さなこの子には随分残酷な事をしたのだろう。
「反省はしているみたいだな。……まぁ、お前の店の経済状況も知っているし、今日ぐらいはご馳走してやろう」
「申し訳ない…」
僕は深々と頭を下げた。数日ぐらいならば問題ないかもしれないが、それ以上彼女を置いておく事を考えると、やはりある程度節約する必要がある。
慧音の厚意は、ありがたく頂戴することにしよう。
「はぁ…」
空が青い。雲一つない。
こんな日こそ、こうして縁側でお茶を啜るのが一番だと私は確信してる。
しかもこのお茶は香霖堂で一番高いお茶…。私はお茶の知識なんて持ち合わせてないけど、それでもこのお茶がどれだけいい物かぐらいは分かる。
旨み、甘み、香り、色、口当たり。全てにおいて非の打ち所がない。
そして隣の皿に盛られているのは、里で人気の『団子三兄弟セット』。何で三兄弟なのかはよく分からないけど、餡団子やみたらし団子などが一通り入っているというお買い得品らしい。
まさに完璧。至極にして究極。これぞ桃源郷の真髄なり。
費用は一切出ていないというのだからなお嬉しい。どうせ困るのは霖之助さん一人だし。
「ふぅ…」
……だというのに、この陰鬱な空気は何なのかしら…。
団子の皿を挟んだ隣には、魔理沙が黙々と団子を口にしていた。私が手をつけたのは、最初の胡麻餡団子だけだ。
そもそも何故彼女はここまで不機嫌なのだろうか。いきなり境内に文字通り突っ込んで来て、そのまま私の隣で団子を食べ始めたのはまだ数分前の事だった。
そりゃあ文句の一つも言いたかった。だけどまるで戦場帰りの精鋭部隊員みたいなギラギラした目をされちゃ、こっちは何も言えない。その身に纏う雰囲気も、普段の魔理沙らしからぬものだし。
この上なく怒っているのはよく分かる。原因は見当もつかない。黙って団子を食べても、その原因をどうにかしなければ苛々は収まらないのを知っているのかしら。
カラン…と、串が皿に落ちた。これで最後。また霖之助さんの所から強奪しようと、私は心に決めた。
「香霖が…」
「え…?」
魔理沙が初めて口を開いた。驚いて魔理沙の方を見やるが、その視線が交わる事はなかった。まぁ、あんな鋭い目付きをした魔理沙と視線を合わせるのも嫌だっていうのが本音なんだけど…。
「香霖が子供を拉致監禁してた…」
「……」
どうやら私が知らない間に異変が起こってしまったらしい。私は黙って立ち上がり、出かける準備をし始めた。
何時もなら自ら進んで解決に乗り出そうとはしないのに、今の私は、何だか使命感に溢れていた。
標的は霖之助さんに憑いたと思われる悪霊。私の生命線とも言えるお茶葉をしばらくの間手に入れる事が難しくなってしまうが、そんな私情で左右されちゃいけない。
さて、どうやって退治しようかしら?
一撃で吹き飛ばすっていうのが、一番よくやるパターンだけど、それじゃ駄目ね。
札で身動きを取れないようにしてから、針をゆっくりと刺していくのはどうかしら? そういえば、霖之助さんは半分人間だったわね。ちゃんと悪霊だけとれるか不安だわ。
「しかもソイツの香霖を見る目が……何ていうか…惚けてた」
「……重症ね…」
ああ、そういえば萃香の手枷って手もあったわね。鬼の力を封じてるぐらいなんだから、普通の悪霊ぐらいならひとたまりもないわね。ちょっぴり興味が沸いてきたわ。
けどあらかたの準備は出来たし、今日は拘束するだけで終わりにしときましょ。続きは魔理沙や咲夜を呼んで痛めつけるのがいいわね。
「魔理沙、私ちょっと異変を解決してくるわ」
「……おう…」
虚空を睨みつけながら答え、魔理沙は温くなったお茶を啜った。
それを確認して、私は早々と神社を後にした。
慧音の所で昼食をご馳走になり、僕らは自分の店に戻ってきた。
相変わらず店の扉は開いたままだったが、僕の留守中に、この店に入ってくる妖怪はいない。霊夢からツケの代わりに貰った御札のお陰だ。
僕が居るときは剥がしているが、今日みたいに店を開ける時などは必ず御札を使う。これで入ってこれるのは、札を作った霊夢ぐらいだろう。
「……」
「ああ、それはそっちの戸棚だ」
さて、今僕らが何をしているかと言えば、店の掃除だ。
何時もだったら本を読んで過ごしていたいところなのだが、生憎と僕の眼鏡は壊されてしまった。一応里に行った際に新しい物を注文してきたが、その出費を考えると胃がキリキリと痛み出す。不思議だ。
本が読めないのならば何をしようか…と、一人考えていると、少女が掃除をし始めたのだ。
勿論、僕はそんなこと一度も頼んではいない。だが確かに、この店は埃っぽいかもしれない。僕一人ならば別に構わないのだが、今はこの少女も一緒なのだ。
先程慧音に叱責された言葉を思い出す。
それらを考えると、やはり掃除をしなければならないという結論に至った訳である。
商品をどかし、雑巾で戸棚を拭く。床は既に掃除済みだ。後は商品とそれを仕舞っている戸棚だけなのだが……これが非常に多い。自分でも呆れるぐらい多い。
一体何時こんなに作ったのか、僕の記憶には全くない。しかし、目を擦っても実際に触れる事が出来るのだから、僕がこの多過ぎる戸棚を作ったのだろう。過去に戻れるのならば、何も考えずに作っていた自分を叱りたい。
「……」
「ああ、ごめんごめん。それは勘定台の上に置いといてくれ」
しかし、この子は随分とよく働いてくれる。さっきから僕が注意されてしまっているぐらいだ。
僕がこの子ぐらいの時はどうだったろうか? などと、考えをめぐらしてみるが、全く思い出せない。まぁ多分、普通の子供と大差なかったのだろう。
とりあえず雑巾を絞り、少女が空けてくれた棚の上を拭く。この一回だけで、その雑巾は汚れて使えなくなってしまう。これだけ汚れが酷いと、どれだけ掃除をしていなかったのかがよく分かる。
自分自身のズボラさにため息を吐きながら、雑巾を桶へと戻した。
「…取り込み中だったかしら…?」
「!?」
「ッ!?」
吃驚した。まさか気配もなく後ろから声を掛けられるなんて、思ってもいなかった。
ギョッとして後ろを向くと、そこには紅魔館のメイド長が静かに佇んでいた。
「まぁ……確かに改装中って言えば、聞こえがいいかもしれない」
「やってる事は季節外れの大掃除にしか見えないけど?」
「それは言わないでくれ」
確かに彼女の言うとおりだが、僕の店の場合、掃除だって立派な改装になる。……ただ単に、ずっと掃除していなかっただけだが…。
「所で、彼女はどなたかしら?」
咲夜は未だ固まったままの少女を指差す。その瞬間、少女の肩が傍目から見ても分かるほどビクリとはねた。
僕は桶から雑巾を絞り直し、近くの棚を拭きながらその質問に答えた。
「昨日、無縁塚に居たから拾って来たんだ。さっき里に行ってきたんだけど、どうも懐かれちゃったみたいでね」
「ふぅん…」
「……」
咲夜が眺めると、少女は慌ててお辞儀をした。頬がほんのりと染まっているのは、恐らく初対面だから緊張しているのだろう。
彼女は膝を折り、少女と視線を同じにした。そして、やんわりと微笑みを浮かべて口を開く。
「私は十六夜咲夜。貴方のお名前は?」
「…ッ…!」
「無駄だよ、咲夜。彼女は言葉が話せないんだ」
喋れない少女に代わって、僕が説明する。咲夜はほんの少しだけ驚いた表情をするが、それも一瞬の内に消えてしまった。
「あら、なら私と同じね」
「…?」
「……何だって…?」
何気ない一言だったが、それは僕の手を止めるのに十分な言葉だった。少女の方も、目を見開いて咲夜をまじまじと見つめている。
咲夜は微笑みながら言葉を紡いだ。
「私もこっちへ来た時は名前が無くてね、途方に暮れてた所を御嬢様に拾ってもらったのよ。『十六夜咲夜』という名前も、御嬢様から貰い受けたものなのよ」
僕は驚愕した。彼女にそんな過去がある事と、そしてそれを笑顔で語れる彼女に驚いた。それほどまで、『十六夜咲夜』という自分を誇りに思っているのだろう。
「ねぇ……貴方は彼に拾われて良かったと思ってる?」
「……」
少女が僕の方を向いた。僕は静かに、二人に背を向ける。こういう質問は、本人を目の前にしてやるものじゃない。
「そう…」
「…」
「もういいわよ」
早々と許可が下りたので振り返る。そこには顔を真赤にした少女と、少しだけ悪戯っぽく微笑んでいる咲夜が居た。
「クスッ…愛されてるわね…」
「ッ~!!」
その一言で少女が更に顔を赤くし、咲夜をポカポカと叩き始めた。叩かれている本人も笑いながらそれを甘受している。
僕はといえば、彼女に呆れてため息を吐いた。秘密にしてたのに、いきなり一番ばれたくない人にばらしちゃ意味がないだろうに…。
まぁ……嬉しくないと言えば嘘になるが………いや、ここは素直に好意を受け取っておこう。
僕は咲夜を叩いている少女の頭に手を乗せ、それを止めさせた。少しだけ不服そうな顔を向けられたが、微笑みでそれを返す。
「ありがとう」
そう言うと、少女は少しだけ呆けた顔をした。しかしすぐに元の顔に戻り……今度は僕が叩かれるはめになった。
咲夜はさも可笑しそうに眺めているだけだし………何でだろう…ちゃんと素直に言ったのに…。理不尽だ。
「霖之助さん!! 大人しく縛につきなさい!! 今直ぐに!!!」
………。
その瞬間、確かに空気が止まった。
僕ら三人の視線が、店の入り口に注がれる。
そこには明らかに過剰装備だと分かるほど、針と札を持った霊夢が仁王立ちしていた。
何せ本来隠し持つべき針や札がちらほらと見えている。特に針は、もしかしたら刺さるんじゃないか? と思わせるぐらい危ない所からその鋭い先端を覗かせている。
「咲夜! 丁度良かった。今から霖之助さんを捕まえるから手伝いなさい」
霊夢はこの場の状況を見て何を思ったのだろうか…? 彼女の言う事が飛躍し過ぎて、僕には理解できない。
そもそも何で僕が霊夢に捕まる必要があるんだ? 僕は捕まるような事は一つもしていない。
……いや、確かに彼女と一緒に風呂に入ったが、それは正当な理由があったからであって、決してやましい思いがあった訳じゃない。これは断言できる。
「悪いけど、丁重にお断りするわ」
「どうして!? 霖之助さんは幼い子供にその毒牙をかけたのよ!? 魔理沙や私に絶対手を出さなかったあの霖之助さんが、よりにもよって私より年下の子供に!」
「その毒牙をかけられた子供って、この子のこと?」
半ば呆れつつも、少女を見せる咲夜。中心人物である僕だけが蚊帳の外な気がしてならない。
うん、霊夢は今、少し壊れているんだ。そりゃ何日も食べていなかったら人格も代わってしまうだろう。若干僕が普段、どんな目で見られているか知ってしまったが、すぐに忘れる事にしよう。よりにもよって異常性癖者として見られていたなんて、悲しすぎる。
霊夢は少女を見ると、大仰に首を振った。
「そうよ! 間違いないわ!!」
いや、大いに間違っているよ。霊夢。
少女も霊夢を見て、既に涙を溜め始めている。まぁ、完全武装した巫女が興奮しながら迫ってきたのなら、誰だって怖がるだろう。
僕の視線に気付いて、少女は僕の後ろに隠れた。僕も無意識の内に、自分の身を盾にするような感じで少女を庇う。
その様子を見て何を思ったのか、霊夢がこちらへと足を向けた。……しかし、彼女が僕の所まで来るとこはなかった…。
「咲夜! そこを退きなさい!!」
霊夢の前に、咲夜が立ちふさがった。
彼女は不敵な笑みを浮かべ、口を開く。
「悪いわね。私に命令出来るのは御嬢様ただ一人よ?」
「なら、力ずくででも退かせてみせるまでよ!!」
「望むところよ」
二人の間に火花が散る。この二人が弾幕ごっこをするのは、本当に久しぶりに見た気がする。特に霊夢がこんなに気合を入れて弾幕ごっこをするのは初めてかもしれない。
だが弾幕を張れない僕にとっては、両方ともさして興味のないことだ。
何やら睨み合っていた二人だったが、咲夜がそっと、外へと視線を移した。それで霊夢にも意味が伝わったのだろう。
すなわち『表へ出ろ』と…。
二人が静かに外へ出て行くと、何やら物凄い音がし始めた。……店に被害が出なければいいのだが…。
と、そこで気付く。少女が顔をくしゃくしゃにして、僕の服をぎゅっと掴んでいた。
僕はそっとしゃがみ込み、少女と視線を合わせて頭を撫でる。
「よく頑張ったね。偉い偉い」
「ッ……ッ……」
しゃくりを上げながらも、少女は涙を手の甲で拭った。目と鼻が真赤だったが、しばらくすれば元に戻るだろう。
外では相変わらず、派手な爆発音が響いている。出来ればこの子の顔を洗ってあげたかったのだが…これでは外に出られない。
僕は諦めて、ため息を吐いた。仕方ない。この子が落ち着いたら、掃除の続きでもやることにしよう。
爆発音は、まだ止まない。
霊夢が家に襲撃してから、早くも三日という月日が流れた。
彼女には一応咲夜が説得……というか、返り討ちにして、事情を説明してくれたらしい。咲夜が半信半疑だったと言っていたが、多分納得してくれただろう。彼女自身、間違えて襲撃してしまったという負い目もあるだろうし…。
霊夢が暴走した原因である魔理沙にも、この子の事は伝わったらしい。だが、霊夢曰く『事情は分かったが、納得はしていない』顔つきをしていたという。ふむ、やはり思春期に入りかけた彼女の本心は分かり辛い。
店は改装したかのように綺麗になった。僕らを護ってくれた咲夜には、今度感謝の印として、値引きすることにしよう。
「……」
「…そうきたか…」
さて、掃除が終わって本も読めない僕が何をしているのかといえば、将棋である。相手は勿論、口の利けない少女だ。
本当ならば慧音の所にでも預けて、他の子供達と一緒に遊ばせるのが一番だと思うのだが、何故か彼女はそれを頑なに拒否するのだ。僕と一緒に居ても面白い事なんて何一つとしてないのにも関わらず、彼女は他の子供と遊ぶより、僕の店でのんびりとしている方が好きらしい。
いや、もしかしたら、捨てられると勘違いしているのかもしれない。だから必死になって、僕の傍に居ようとするのかもしれない。
……それはないか…。
「……」
「……」
黙々と将棋を打つ。駒を将棋盤に置く音だけが、静かな店内にやけに響いた。
この少女、実は中々に強い。僕が本気を出せば勝てるのだが、手を抜けばすぐさま逆転してしまう。頭の回転が速い証拠だ。
ちなみにこの三日間での僕の戦歴は、七勝五負一引き分け。最後の引き分けは、対戦中に彼女が寝てしまったため、引き分けと称した。
「……」
「ふむ…」
さて、どう攻めようか…。
まだ打ち始めたばかりであるため、まだあちらもこちらも王将の周りは鉄壁の護りだ。二重三重と駒を犠牲にしなければ、攻め入る事も難しい。それは相手にも言えることだ。
「あら。歩を犠牲にして隙間を作れば、意外とあっけなく崩壊するものよ?」
「ッ!?」
「……はぁ…」
急に聞こえた第三者の声に、少女は驚いて辺りを見回す。
僕はといえば、呆れてため息を吐いた。これは、何も初めての出来事じゃないからだ。
それに彼女はさも可笑しそうに言うが、そう簡単に崩れないのだから将棋は難しいのだ。生憎と彼女みたいな高度な知能は、半妖の僕には持ち合わせていない。人間の少女にしてみれば言わずもがなだろう。
「紫、たった一手で勝敗が決する事はよくあることだけど、それは何手先まで見越せるかで決まるんだ」
「難攻不落の城なら下から攻めろ。不動の敵なら動かざるを得ない状況に持ち込め。将棋だって同じでしょう?」
不意に後ろから抱き締められる。何やら少しだけ甘い香りがしたが、それを発している人物が人物なだけに油断ならない。
向かいの少女が目を見開いて口を開閉させてるのから、彼女が自分の能力を使って上半身だけを出しているのが簡単に予想がついた。
「……それで、今日は何の御用で?」
「つれないわね…」
僕がそう言うと、大人しく背中から離れてくれた。彼女なら、気紛れで僕を絞め殺しても違和感がない。どうも僕は彼女が苦手だ。
何事も無かったかのように、静々と隣に現れて盤上を一瞥した。そしてその視線は、少女へと注がれる。
「へぇ……可愛い対戦相手ね。誰の子かしら? 髪が黒いから霊夢?」
「……」
笑えない冗談だ。というか、この店の利用客は大半がそんな目で僕を見ていたのか…。自然と泣きたくなる。
僕は頭痛を抑えるかのように、額に掌を当てた。
「嘘よ。冗談なんだから気にしちゃ負けよ」
「君が言うと、どうも自分を疑ってしまうね」
「あら? 心当たりでもあったの?」
クスクスと口元を扇子で隠して笑う。その動作一つ一つにすら気品がある。普通の男性ならば見惚れてしまう事だろう。
だが、生憎僕の妖怪の血が危険信号を発している。半妖の僕ですらこんな感じなら、純正の妖怪は彼女の前に出ることすら出来ないんじゃないかとさえ思ってしまう。…実際にその通りなのだろうが…。
紫は若干呆けている少女に対し、満面の笑みを浮かべた。
「こんにちは、私は八雲紫。初めまして、小さな鬼さん」
「…?」
鬼と呼ばれ、少女は首をかしげた。
「何言ってるんだい、紫。この幻想郷で、鬼はもう絶滅してしまったんじゃないのか?」
「あら? そういう意味で言ったんじゃないわよ」
「じゃあ……」
と、口を開きかけた所で、人差し指を当てられた。彼女は、そのまま悪戯っぽく笑う。
「だーめ。それくらい、自分で考えなさいな」
そう言って、ほんの少しだけ唇を押された。
用件はこれまでと言わんばかりに踵を返し、紫は店の出口に足を向けた。派手で大きな傘が離れていく様を、僕ら二人は呆然と見送る。
しかし店を出る直前に、彼女は足を止めた。
「今夜、彼女の全てが分かるわ…」
小さな声だったが、僕にはやけに大きく聞こえた気がした。
それだけ言うと、紫は今度こそ店から出て行った。彼女が出口を使って出て行くなんて、珍しいこともあるもんだ…。
「ん…?」
「……」
少女に服を引かれる。視線を向ければ、彼女の後姿を指差して不思議そうな目を向けられた。
恐らく『彼女は何者なのか?』とでも聞きたいのだろう。
「あー…、何て言うか、ここで一番強い人……かな?」
少女が目を見開く。それもそうだろう。麗人というだけで、紫の容姿は目を見張るものがある。それに加えて力まであるとなると、それこそ驚愕の一言に尽きる。
最も、それ以上に胡散臭くて不吉だというのが、僕の意見だが…。
「しかし……今夜か…」
「……」
少女に言うでもなく呟く。
一体、今夜何が起こるというのだろうか?
慧音が少女の両親を連れてくるのだろうか? それとも彼女が言うように、この子が鬼と化すのか? …いや、それはないだろう。鬼は生まれたその時から鬼なのだ。成長途中で変異するなんて、聞いたこともない。
幾つも考えが浮かんでは消えていき、僕はかぶりを振った。予想したところで、結局は何の役にも立ちはしない。もしかしたら最後の一言も、彼女なりの冗談だったのかもしれない。
「まぁ……今考えても仕方のない事か…」
「……」
少女は不安げな瞳で、僕を見つめる。まぁそれも無理のない話だ。
僕は軽く少女の頭に手を乗せる。
「大丈夫、僕が居る」
「ッ……」
知らず知らずの内に顔が綻ぶ。少女もそれを見て安堵したようだ。不安そうだった顔が破顔する。やはり、子供は笑っているのが一番だろう。
「さてと…それじゃあ仕切り直しといこうか」
「…!」
僕がそう言うと、少女も何時もの表情で駒を動かした。
「失礼します」
「やぁ、いらっしゃい」
夜の帳が降り始めた頃に店にやってきたのは、意外な人物だった。
小さな身体に大きな帽子。手には卒塔婆のような笏を握り締めた少女。僕が無縁塚で目にしたのも二、三回ぐらいだが、いずれも長々とした説教をされたのをよく覚えている。
僕は膝の上で眠っている少女を起こさないように、軽く会釈した。
「本日は何をお探しでしょうか? 閻魔様」
「…貴方がそういう言い方をすると、どうしてもからかわれているという印象が強いのですが……何故なんでしょうね…」
さぁ? それこそ僕の知ったことではない。第一、これがちゃんとした商売口調だというのに、その言い草は酷くないだろうか?
閻魔大王こと四季映姫は、商売っ気のない僕を見てため息を吐いた。彼女も、自分の部下の事で何かと苦労しているのだろう。その吐息に含まれる重みが、僕とは段違いに重たい。
「まぁいいでしょう。今日は探し物があって、ここに来ました」
「へぇ…珍しいこともあるものだね」
僕は素直に驚いた。はてさて、閻魔様が必要とする物とは一体何だろうか。
思いつくのは煩悩を打ち砕く独鈷。異国の猿を捕まえた八卦炉。その猿が持っていたとされる神珍鉄。……最も最後の商品は、持ち上げる事も出来そうにないが…。
「それで、閻魔様が欲しがる物とは一体何だい? 生憎今は動けそうにないから、後日持って行く事になるけど……」
「その子です」
映姫は、僕の膝の上を指差した。その瞳に迷いはなく、彼女自身、冗談を言っているようには思えなかった。
「すまないが、家は生き物は取り扱っていないんだよ…」
さて、なるべく平静を装って返したつもりだが、果たして彼女にばれないだろうか。…いや、恐らく不可能だ。
仮にも閻魔大王。僕がどんなに偽ろうと、一瞬で見抜いてしまうに違いない。
彼女はかぶりを振り、真剣な目で僕を見つめた。
「貴方の抱いているその子は、既に人間ではありません」
「なら僕も同じだ」
「貴方と押し問答する気はありません。単刀直入に言います。彼女は死者です。貴方と違い、裁きを受けなければならない身なのです」
「ならどうして彼女は人の形を取っているんだい? それに幽霊ならば、触れる事は出来ないはずだ」
映姫の視線から目を離さないまま、僕は膝の上の温もりを確認した。
温かい……血の通った生き物でなければ持ち得ない、その体温。幽霊だとしたら、もっと冷たいはずだ。
「死者が皆、そのような姿へと変わる訳ではありません。時には華に、時には草に……そして、時には生前の姿をとる事だって、ありえるのです」
「ならどうして、この子はあそこで待っていたんだ!?」
思わず声を荒らげる。何だろう。僕らしくない。何時だって動揺しないで過ごしていたというのに、この胸を焦がすようなものは何だ。
僕の叫びに対し、映姫は若干肩をすくめただけだった。
「それは……仕方のないことです」
「仕方ない? こんな小さな子供をほうっておいて、挙句の果てに仕方ない? ふざけているのか? それでも本当に閻羅王の役職に就いているつもりか?」
口が止まらない。らしくない。まるで蜂蜜を一気に飲み下したかのように、胸の当たりがむかむかとしてくる。
「ですから…」
「もういい」
僕は彼女の後ろにある店の入り口を指差した。そして、こともあろうに閻魔大王に命令した。
「出て行け」
「……はぁ…」
彼女は、呆れたかのようにため息を吐く。その動作一つ一つが、今の僕には妙に癪に障った。
そのまま踵を返し、入り口まで戻ったところで、彼女は振り返って口を開いた。
「これは忠告です。裁きを受けない鬼は、やがて疫鬼と化して貴方を不幸にします」
「脅し文句を聞く気はないよ」
「いえ、あくまで忠告として受け取って下さい。ではまた」
そう言い残し、今度こそ彼女は店から消えた。
店内に沈黙が舞い降りる。僕はその静寂に安堵し、それと同時にどっと流れ込む疲れを感じていた。
こうして本気で怒ったのは、何時以来だろうか。まさか初めて何てことはないだろうが、それでも僕の記憶の中に、怒鳴り散らすまで怒った記憶はない。
ならどうして、こんな見ず知らずの少女のために怒ったのか。それが、僕自身一番理解出来ないことだった。
と、何気なく彼女を撫でて、気がついた。
「……起きてるね…?」
「ッ!?」
少女は驚いたかのように跳ね起きた。まぁ無理もない。僕も彼女が、服を握り締めていなかったら気付けなかっただろう。
僕は確りと、少女の目を見つめた。
彼女は言っていた。『ではまた』と…。それはつまり、またこの店に来るという事だろう。今日は追い払えたが、毎日来られてはたまったものではない。
「今の話は聞いていたね?」
「……」
小さく頷く。僕はそれを確認して、席を立った。そのまま倉庫へと足を運び、目的の物を手にした。
それは、貴重な物だった。少女の手に渡せば、まず間違いなく僕の手に戻ってくることはないだろう。
心の中の僕は、僕を嘲笑う。こんな物を渡して一体何になる。無駄だ無駄だ。僕の蒐集品が一つ減るだけだ。
だがその片隅で、渡してしまえと何かが囁く。これは僕にとって無用の長物だ。ならば少女の手に渡し、道具としての使命を真っ当させた方がいいに決まっている。
少しだけ悩み、結局僕は、それを持って倉庫から出た。そして、未だきょとんとしている少女にそれを手渡す。
曲線を描く取っ手と火をつけるための口がついた、小さな壺にも似た楕円形の金の洋灯。表面に刻まれた複雑な模様が、それの価値を物語っていた。
少女は手渡されたそれと、僕の顔を交互に眺めた。
「それを、君にあげよう」
「!!」
少女は驚きに目を見開く。そして困惑したかのように、静々とそれを勘定代の上に置いた。こんな時まで、謙虚な子だ。
「僕が言う事をよく聞いてくれ…」
そこで一呼吸置く。少女も真面目な表情で、僕を見つめていた。
「君は、これからどうするんだい?」
「……」
「ここは閻魔様にばれてしまった。かといって、僕は君と一緒に逃げることは出来ない。
君が裁きを受けたいというのなら、それもいい。
君が逃げたいというのなら、それでもいい。
君がここに居たいというのなら……僕も君を護るよう、精一杯努めさせてもらう。
さぁ……君はどうしたい?」
「……」
少女の瞳が揺れる。その心も、大きく揺れているのかもしれない。
「今君に渡したそれは『アルハザードのランプ』という道具だ。
今までそれに触れた者が記憶している場所へと転移する事が出来る。やり方はその口に、火を灯すだけだから、君でも使える」
そういえば、最初にこの道具を使った時は本当に焦った。火を着けると様々な風景が見え、その一つに手を伸ばすと、何時の間にかその場所へと転移していた。
慌ててもう一度使って、香霖堂に戻ってきた時は思わず安堵のため息が出た。
彼女なら、子供だから道具を使いこなすのも上手いはずだ。子供は一度コツを覚えれば、そう簡単に失敗することはない。
「まぁ…今直ぐ答えを出せと言ってる訳じゃないけどね」
そう言って、僕は彼女を安心させるために、笑顔を浮かべた。
彼女はまだ困惑した顔をしていたが、僕はその頭を撫でる。迷わなくたっていい。時間はまだあるのだから…。
「さて、そろそろご飯にしよう」
僕は夕飯の支度をするために、その場を後にした。
そしてそれが……少女を見た最後の瞬間だった…。
今日も今日とて、閑古鳥が鳴いている。実際は居ないというのに鳴いている気がするのは、僕の幻聴なのだろうか。永遠亭の名医に診てもらった方が賢明か……いや、死に急ぐようなものだろう。
空は晴れ渡り、壊れた戸口からは眩しいまでの日光が降り注いでいる。だがそれでも、僕は外に出る気にはならなかった。
「こんないい天気だってのに、相変わらず本の虫なんだなー。香霖は」
「余計なお世話だよ、魔理沙」
今日は珍しい事に、魔理沙が着た。あの少女の一件があってから一度も訪れていなかったというのに、一体どういう風の吹き回しだろうか。
……まぁいい…。
僕は少しずり落ちた眼鏡を押し上げて、読書を続けた。新調したばかりで、前よりも字がよく見えるようになったのはよかったが、少しばかりずり落ちやすくなったかもしれない。
魔理沙は棚から取り出した本を、指定席である壺の上で器用に読んでいた。何だかんだ言って、案外彼女も本の虫なのかもしれない。
「なぁ香霖ー」
「ん…?」
「アイツ、居ないんだな…」
「ああ、どうも嫌われちゃったみたいでね…」
魔理沙の言う『アイツ』とは、恐らくあの少女の事だろう。
僕は軽く肩をすくめて見せる。たった数日だけの子守。ただ最後の日に、彼女の事で本気になって怒った事を除いては、少しだけ店のために働いた日々だった。
そう…それだけだ。
「香霖は寂しくないのか?」
「さて、どうなんだろうね?」
「はぐらかすなよ」
「ただ何時もより、少しだけ変わった日常が送れた。……それぐらいかな…?」
「…ふーん」
それだけ聞くと、魔理沙はまるで興味をなくしたかのように本を畳んだ。
「これ、ちょっと借りてくぜ」
「……ツケが増えるね…」
「死んだら返すさ」
そう言うなり、魔理沙は本を手に持って、さっさと店を出て行ってしまった。
僕はため息を吐く。また一つ、僕の蒐集品が減ってしまった。もういっそのこと、こんなに天気がいいのだから無縁塚にでも行こうか…。
そこまで考え、僕はかぶりを振る。
駄目だ。どうしても行く気にはなれない。自分の事だというのに、肝心のその理由が分からない。いや、大体の予想はついている。ただ……認めたくないのかもしれない…。
「お邪魔します」
「ッ!? ……いらっしゃい」
驚いて声がした方向を向けば、勘定台を挟んだ所にいつぞやの閻魔様が立っていた。考え事をしているとはいえ、ここまで近寄られて気付かなかったとなると、致命傷だ。
しかし、この距離になるとよく分かる。小さい。下手したら椅子に座っている僕と同等か、それ以下だ。
「……何か不穏な事を考えましたね…?」
「いや、全く」
悪びれた様子もなく答える。どうせばれているだろうが、何故か謝る気にはならなかった。
そんな様子の僕に、映姫は呆れたようにため息を吐く。
「本来ならば軽く説教してあげたいところですが……今回はこれを渡しに来ただけなので、特別に見逃してあげます」
「…? 何だい? これは」
彼女が差し出したのは、一通の手紙だった。白い便箋に入れられたそれに宛先は書いておらず、ただ中に数枚の手紙が入っているだけだ。
僕は胴巻から鋏を取り出して封を切る。そしておもむろに紙を広げ、その文面の最初に目を落とした。
『こおりんどうてんしゅ もりちかりんのすけさまへ』
その字を見た瞬間、僕は息を呑んだ。それはあの少女が書いたものだと、僕は直感した。
『りんのすけさん、こんにちは。この間はいろいろとおせわになりました。
じつは、わたしはこのせかいの人間ではありません。
わたしは外のせかいで、おまつりの時にやぐらにおしつぶされてしんでしまいました。
そのしょうこに、わたしのさい後の記おくは、目のまえいっぱいにまでせまってきたやぐらの赤色と白色だけでした。
気づくと、わたしはあのかわらにいました。そこにいたのは、大きなかまを持ったお姉さんでした。
お姉さんはわたしを見ると、
「えんま様がくるまで、ここの石でとうを作りなさい」
と言ってどっかへ行ってしまいました。
それからがんばってとうを作ろうとしました。
けど、つんでもつんでも、すぐにくずれてしまいました。おわりそうにないさぎょうなのに、ふしぎとやらないといけないという気持ちになったのをおぼえています。
時間のかんかくがあいまいになって、けど、ぜんぜんとうはかんせいしなくて……わたしはなきたくなりました。
そんな時、りんのすけさんがわたしを見つけてくれました。
さいしょ見たとき、目がものすごくこわかったので、きっとえんま様がきたんだと思いました。
じっさいはちがいました。
りんのすけさんはやさしくて、わたしをなぐさめてくれました。
あやまりたくてもぜんぜん声がでなかったのに、とうだってまだできてなかったのに、それでもだきしめて頭をなでてくれました。
いっぱい休ませてもらって、おふろにもいれてくれて、きれいなお姉さんのところでごはんも食べさせてくれました。ほんとうにありがとうございます。
りんのすけさんがお姉さんと話してた時、わたしはびくびくおびえてました。
はくぶつかんでしか見たことのないたてものがたくさんあって、むかしの人たちがたくさんいて、みんなにこにこ笑ってあいさつをしてくれて、もしかしたら、ここはむかしの人たちがすむてんごくなのかなと思いました。
けど、わたしはむかしの人じゃありません。
だからりんのすけさんからはなれるって聞いた時、ものすごくこわくなりました。
こわくてちょっぴり泣いて……りんのすけさんにこまらせてしまいました。ごめんなさい。
おみせでりんのすけさんのおてつだいをしてるときにきたみこさんにも、めいわくをかけてしまいました。
あの時みこさんの服の色を見て、きゅうにこわくなってしまいました。
たぶん、わたしがしんだ時に見た色が、赤白でいっぱいだったからそうなってしまったんだと思います。
みこさん、ごめんなさい。
ほんもののえんま様がきた時も、わたしはまだりんのすけさんがえんま様だと思ってました。
いつも何かをにらみつける顔をしてるのに、わたしを見るときだけはあったかい顔をしてくれるからです。
だから、ほんもののえんま様がきたときはこわかったです。
ねたふりをしてたけど、ほんとうはいつばれるかびくびくしてました。
かわらでお姉さんの言いつけをまもっていなくて、おしおきされるかもしれないとかんがえると、こわくて泣きそうになりました。
だからりんのすけさんがわたしをかばって、えんま様をおこってたとき、ちょっぴりこわかったけどとってもうれしかったです。
うれしかったけど……。
その後のりんのすけさんは、泣きそうな顔をしていました。
わたしは、りんのすけさんのあったかい顔が大すきです。
だから、そんな顔をしたりんのすけさんを見て、むねがとってもいたくなりました。
うれしくて泣いて、こわくて泣いて……泣き虫のわたしを、りんのすけさんはいつでもあったかい顔で見てくれてました。
わたしはきめました。
今までじぶんから何かをやったことなんてなくて、これがはじめて、じぶんからすすんでやったことでした。
ちょっとふあんでしたが、りんのすけさんのそんな顔を見るのはもっといやでした。
りんのすけさんがごはんのじゅんびをしている間にいってしまったのは、すぐにこうどうしないと、ぜったいにここにい続けることになると思ったからです。
気づけば、わたしはかわらにいました。
あの時のお姉さんが、頭に大きなたんこぶをしていたことにはおどろきましが、それでもしんせつにふねにのせてくれました。
ほんもののえんま様に、したをひっこぬかれることも、のみこまれることもなく、わたしはしばらくりんねをまつことになりました。
りんのすけさん、わたしはだいじょぶです。
だからわらってください。
わたしをなぐさめてくれた時の顔を、わすれないでください。
わたしが一ばんすきだった顔を、もっともっと見せてください。
それがわたしの、たった一つのおねがいです。
ついしん
わたしが生きてる時、お父さんはいませんでした。
だから、いつかはわからないけど、こんど会ったときは「お父さん」ってよんでもいいですか?』
最後まで、たどたどしい子供の字で書かれた手紙だった。ところどころ間違った字が書かれてもいたが、それは紛れもなく、あの子が書いたものだった。
全く…何を考えているのやら……。まさかあれを使って無縁塚に向かうとは、僕も予想してなかった。
無理に行かなくたってよかったのに…簡単に逃げる事だって出来たのに…。
子供は正直だ。馬鹿という字が付くほど正直だ。
だからこそ、子供は……。
「ずるいなぁ…」
大人が隠そうとしているものを、簡単に日の下へ曝け出させてしまう。
大人が自分で認めようとしないものを、簡単に認めさせてしまう。
気付けば、眼鏡越しに見ているのにも関わらず、その文面は滲んでいた。自分が泣いているのだと気付くのに、更に数秒かかった。
「……貴方が言った通り、今回の事は私の責任です…」
「……いや…もういいんだ…」
僕は肩を落としている映姫を一瞥し、椅子に背を預けて天井を見つめた。
全て分かってしまった。
自分の気持ちが。少女をどう思っていたのか。なぜ映姫に対してあそこまで怒りを感じたのか…。
簡単なことだった。
僕は、いつの間にかあの子の親になってしまっていたのだ。
魔理沙に言った言葉は、僕自身を偽る言葉だった。本当の事は、羞恥心なんて下らない感情に邪魔されて、認める事が出来なかったんだ。
だけど、今なら……認められる…。
「僕は…あの子を愛していた…」
その一言で、不思議と心が晴れ渡っていくのが分かった。成る程、たったこれだけの事を認めるだけだったのに、僕は余程我慢していたらしい。
馬鹿なのは……愚かだったのは僕の方だったのだ…。
自然と笑みが浮かぶ。あの子の顔が浮かぶ。たった数日だけの、少なすぎる思い出が浮かぶ。
ただの気紛れで拾った存在が、いつの間にか僕の中でこれほどまで大きくなっているとは思いもしなかった。
「あの…」
「ん?」
振り向くと、真赤な顔をした映姫が、目を泳がせていた。やや躊躇いながらも、口を開く。
「わ……私の胸でよければ、お貸しします…」
「……ぷっ…」
何時もの彼女らしからぬ顔が可笑しくて、僕はつい噴出してしまった。
「わ、笑わないで下さい! そもそもですね、私がこんな事を言うのは普段なら絶対にありえない事です! ですが今回の失態はどう考えても私にありまして、それを裁こうにも自分自身に判決を下すことも出来ずに、仕方がないので他の閻羅王の所で判決を受けたところ、貴方を慰める事が私の善行だという判決が下りましてですね、今のそれは……その…そう、人は抱き締められることで安堵感を感じるというのを小耳に挟みましてそれを実際に試してみただけなんです! そうです、それだけです。やましい気持ちで受け取ったら罰が当たりますからきちんと誠心誠意、私の慰めを甘受して……って、何を笑っているんですか!!?」
「フフッ…ごめんごめん…」
自分の言った事に恥ずかしくなって、顔を真っ赤にして弁明する彼女を見て、僕は不思議と笑みを抑えられなかった。
だがこれで、幾分か気が紛れた。
そうだ、何も嘆く事はない。彼女が大丈夫だと言うのなら、その通りなのだろう。子供の言うことは、きちんと信じなければ…。
僕は涙を拭うと、未だくどくどと説明している映姫の頭に、掌をポンと置いた。相変わらず大きな帽子だ。
「ありがとう…」
「え? あ…はい…」
彼女の声が聞けただけで、僕には十分過ぎる善行だ。映姫は十分、勤めを果たしてくれた。
外を見やれば、まだ日は高い。これから無縁塚に行くのもいいかもしれない。
今日は、珍しい物を探しに行くんじゃなくて、ただ純粋に、死者を弔うために……。
ただ、自分の好みだけに同じような話を考えていてそれとオチが
似ていたのがうれしいような悲しいようなw
少女の手紙は正直読みづらいと感じました。
霖之助好きとして慧音や紫の絡みが読めてよかったです。
これからも期待していますよ。
少女の手紙がとても少女らしい手紙だったのでよかったです
あれで漢字ばかりだと逆に違和感があるような・・
作品としてとてもおもしろかったです 目がいつにも増して湿ったのは内緒
内容は面白かったですがそこだけ。
ちょっと涙目になったのは内緒だよ?www
それにしても「アルハザードのランプ」って香霖堂にはなんでもあるなぁ
本物のレバ剣やグングニルもありそう
>この間はいろいろとおせわになりました。
>じつは~
>じっさいは~
>おわりそうにないさぎょう
>時間のかんかくがあいまいになって
などなど他にもありますが、この手の言い回しを知っていて使われている漢字を知らないというのは、少し無理があります。
そこらへんがこの少女の手紙部分を、読みにくくしている一因ではないかと思いますね。
子供らしい文章を演出するならば、単に漢字をひらがなに変換するだけではなく、用いる言い回し・語句が子供に合うものなのかも推敲されればよかったのではないでしょうか。
しかしながら、内容は素晴らしかったと思います。
あと映姫様は小町と比べると背丈は小さいですが、けっして小さな子供や魔理沙より低いわけではなく、むしろ霊夢あたりと同じかそれ以上の背丈なのが、神主公式イメージです。
そこらへんが少し違和感ありました。
ただ少女の正体が、無縁塚+石で塔の時点でモロバレってところがなんともはや。知識的に少ない自分でも分かったことなので、霖之助が分からないってのは少し違和感が……、や、野暮って物ですね。こりゃ。
↓の方の意見にちょっと引っかかって求聞史紀を当たったのですが、正直に申し上げて四季様の身長はちっちゃかった(フランドールより若干大きい程度に感じました)ので問題は無いかと。ただそれを考慮してもいくらなんでも小さすぎやしないか?w とも思わんわけではないです。
ただ最後のえーき様のはちょっと余計というか
感動と萌えは相容れないんだなと思ってしまいました。
私は好きですよこんなシリアルw
前作のてゐの話のときから注目してたんですが、氏はとても素敵な霖之助を書かれますね。
霖之助好きとしてこれからの作品も楽しみにさせていただきます。
下のほうで幾らか触れられている閻魔様の身長については、ココのろだに比較図がうpされてたりするので、そちらを今後の参考にされてはいかがでしょうか。
個人的にはゲーム本編を基準に、分からない部分はボカしつつ曖昧にするのが手かと。
ちょっとずれた慰めが可愛くてよかったです。
ちょっと壊れた霊夢や魔理沙とのやり取りも楽しめました。
睡「そして秘技! 感想返しだぁ!!!」
小町「それは賽銭箱の蓋だよ」
睡「あら少ない(某赤くなる妹君風に)」
小町「ありゃりゃ、60ガバスか…。どれ、少し入れといてやろう」
>>500様
いえいえ、こちらこそこんな作品を読んで頂けて感無量です。
ちなみに少女は商学壱年製ぐらいです(何故当て字…)。
>>名前が無い程度の能力様
頬まで伝わせてはいけませんよ?
他の作者さんのを見たら、号泣じゃすみませんからねぇ…。激泣ぐらい?(ぇ
>>名前が無い程度の能力様
オール平仮名ってのも考えたんですが、それだともう…… orz
>>名無し妖怪様
私の脳内情報では、香霖堂の秘密倉庫は店より大きく、地下にひっそりと隠されているそうです(待。
一人称だと片仮名が書けなかったというのは内緒ですよ?
>>名前が無い程度の能力様
やっぱり一息で書き上げたのは不味かったですねぇ…
推敲しようにも、子供の文章が分からな(隙間送り
>>野狐様
きっと鬼が居なかったから、流石の霖之助も賽の河原とは思わなかったのでしょう(苦しい言い訳)。
求聞史紀……そんなチート本があれば、もっといい文章が…(見苦しい言い訳)。
>>名前が無い程度の能力様
ですよねぇ…私も載せてから少しだけ後悔しました。
それもこれも、映姫様が可愛いから悪いんだ!!
閻「極刑、ソアベ城に落とします」
>>名前が無い程度の能力様
あんまり期待し過ぎると、調子にのってネチョを…あ、いや…ごめんなさい。
>>名前が無い程度の能力様
……ネット環境が…ネット環境がッ!!(血涙
>>名前が無い程度の能力様
最後の言葉を言わせたいが為に書いたのは内緒ですよ?(超待
霊夢→壊れいむ。魔理沙→×恋する乙女 ○嫉妬する乙女。とでも脳内変換すれば幸せになります(ぇ。
こーりんではなく、霖之助の作品はやっぱりいいですねぇ。
えーき様可愛いよえーき様。
名作が多いのですが、この作品も非常に素晴らしい!
霖之助のどこか抜けてる子守っぷりがとても微笑ましかったです
映姫様かわいいのう
頬を伝って、落ちるまで泣きながら笑ってます。