「はあ~今日もつかれた~」
此処は白玉楼のお風呂場。
湯に浸かっているのは庭師と剣術指南を務めている女の子、魂魄妖夢である。
妖夢は最近の生活を振り返ってため息をついていた。
朝起きると自称美食家の大食い亡霊、幽々子の朝食、それが終わると庭の手入れ。その後の予定は本来なら幽々子に剣術の稽古をつけるのだが、あのぐうたらお嬢様は何かと理由をつけて稽古をしたがらないのだ。
それだけならマシなのだが、紫でも遊びに来た日は散々からかわれ遊ばれるので堪ったものではない。
一般的な昼食より大目の昼食をとった後は買い物へ出かけたり、幽々子が出かける場合のお供を務める。
そして、これまた大目の夕食がすんだあと、基本的には幽々子が寝たあとに就寝なのだが、幽々子は妖夢に遊ぶことをせがんで中々寝てくれない。
遊びの内容は将棋やトランプなどだが、正直なところ幽々子は弱かった。しかも、自分が勝つまで粘る為なかなか終わらないのである。
今日は神経衰弱だったのだが、本日の朝食を答えるのも難しい幽々子の記憶力で、妖夢に勝つ事はかなり難しかった。
早く寝て欲しい妖夢はわざと手加減して負けようとするのだが、実力で勝ちたい幽々子はそれを許さない。
結局、108回目にようやく幽々子が勝利したことによって解放されたのである。
「まったく、幽々子様はもう少し節度を持ってほしいです」
思うところをあげればキリがない。
まずあの大食いをどうにかしてほしい。一日の大半が食事の準備で無くなってしまう。
ちなみに紫はこんなことを言っている。
「幽々子が幻想郷の中に三人いれば幻想郷中の食べ物が食い尽くされるでしょうね。そして幽々子が十人いて外界に解き放たれたならば、世界が滅ぶ」
そのほかには、お風呂からあがってくるときすっぽんぽんなのはどうかと思う。
いくら妖夢しか居ないとはいえ、女性の恥じらいが全く無いのはお嬢様としてはいかんだろうし、幽々子のナイスバディを毎回見せ付けられる妖夢の心の傷は日に日に深くなるばかりだ。
ほかにもたくさんあるが、それを何だかんだで許容してしまっている自分にも問題があるなと妖夢は再びため息をついた。
「師匠が居た頃はもう少しマトモだったのかな?」
現在はどこかへ行ってしまっている己の師匠であり、祖父である妖忌のことを考えながら風呂からあがろうとした。
ツルッ
「あっ!」
っと思った時はもう遅い。
ゴツンと後頭部から思いっきり転んでしまった。
幸い小さなコブ程度で大きな怪我はしなかったが
「イテテ、受身もとれないとは何たる不覚! これも弛んでる証拠ってうん?」
体を起こしながら何か違和感を感じたように自分の手のひらを見る。
「な、なんか変だ」
翌日の朝、今日も元気に幽々子は朝食を食べていた。
現在食べているご飯は三杯目。普段はこのあと7杯ぐらいおかわりをする。
「妖夢、あなた昨晩何処かへ出かけてたみたいだけど?」
「大したことではありません。どうか気にしないでください」
何か違和感を感じる、普段より凛々しいというか・・・
そういぶかしみながらも
「おかわり!」
三回目のおかわりを要求した幽々子は次の瞬間、我が耳を疑った。
「お嬢、今日のご飯はこれで終わりです」
「えぇ?」
お嬢って何?それよりもご飯が終わりってどういうこと!?
「ちょっと妖夢。まだまだ私食べたりないんだけど。いつももっと食べてるじゃない」
「今日からご飯のおかわりは二回までです」
「そっそんなのイヤよ! 私はもっと食べたいわ。おかわり」
「・・・なんと言われようとも今日の朝食分のおかわりは終わりです」
そっそんな馬鹿な! 妖夢が私の言う事を聞かないなんて、何か怒らせるようなことしたかしら?
幽々子は最近の自分の行動を思い出してみた。
妖夢のお菓子を勝手に食べたり、庭の手入れ中に弾幕を飛ばしてちょっかいを出してはいたが、これは関係ないだろう。
理由が思い浮かばない幽々子は最終手段に出ることにした。
「やだやだ~! 私ぜんぜんお腹いっぱじゃないも~ん! おかわり! おかわり! 」
じたばたじたばた
必殺、駄々をこねる作戦!
これで妖夢がお願いを聞いてくれなかったことはない。
今回も「まったく、しょうがないですね」と呆れながらも苦笑しておかわりをしてくれるハズだ。
しかし妖夢は黙って食器を片付け始めてしまった。
「あら?」
まさかの結果に呆然とする幽々子。
そして、食器を片付け終わった妖夢は一言。
「お嬢、年齢考えてくださいよ?」
妖夢豹変一日目
幽々子は縁側から庭の手入れをする妖夢を眺めていた。
今日の妖夢はおかしい。
まず呼び方が幽々子様ではなくお嬢だし、雰囲気もどこかキリッとしている。
先ほども弾幕を飛ばしてちょっかいを出したが、妖夢はこちらを向きもせずに弾幕を切り払い、黙々と庭の手入れを続けるのであった。
「まったく、どうしちゃったのかしら? まさか! なにか変なものでも食べたんじゃ・・・」
「お嬢と一緒にしないでください」
「うわ!?」
いつの間にか庭の手入れを終えた妖夢が幽々子の前に来ていた。
「ちょっと、急に目の前に現れないでよ。びっくりしたじゃない」
「これから剣術の稽古をやります」
「え~、今日は紫を呼ぼうと思っていたんだけど」
「ダメです」
そう言い放つと稽古の準備に行ってしまった。
しかたがないので幽々子も稽古用の木刀を持ってくる。
「まあ、適当に素振りでもしてれば終わるわよね」
しかたがないので、「私はお前の父だー」などとふざけていると、妖夢が帰ってきた。
「お待たせしました」
その手には『一発入魂!』と書かれたハリセンが握られている。
「ちょっ、妖夢。それは?」
「今日から厳しくいくんでよろしく! さぁ、素振りを始めてください」
とりあえず言われたとおりにたぁーっと素振りを始める幽々子。
その幽々子のお尻を妖夢はハリセンでバシンッとひっぱたいた。
「ラドーン!?」
「腰に力が入ってない! 足ももっと踏ん張る!」
そう言いながらもお尻をぺしぺし叩いてくる。
どこか嬉しそうなのは気のせいか?
とにかく、これ以上お尻を叩かれては敵わないと幽々子は本気で素振りを続けた。
しばらくして
「妖夢~もう限界よ~」
ふにゃっとその場に座り込む幽々子。
稽古を始めてから約一時間程経っていた。
稽古の間叩かれ続けていたお尻は今にも火が出そうなほどひりひりしている。
そんな幽々子の様子を見ていた妖夢は物足りなさそうだったが
「しょうがない。今日はここまでです。明日もこの時間にやりますよ。わかりましたか?」
と稽古を切り上げた。
ふわ~いと返事をした幽々子はヘロヘロと屋敷のほうへ戻っていった。
今の幽々子は毛玉にすら負けそうな雰囲気である。
その日の昼食も夕食もおかわりは二回までしか許してもらえず、久々の稽古で疲れていた幽々子は妖夢に遊びを誘うことも無く寝てしまった。
「まったく、妖夢がすっかり恐くなちゃって・・・本当にどうしたものかしら」
幽々子があれこれ考えていると
「ただいま帰りましたー」
と妖夢が帰ってきた。
「おかえり~、妖夢、どこ行ってたの?」
と問いかけられてもどこかイライラしている妖夢は気がつかないようである。
もう一度声をかけようとしたその時
「くっそ~思いっきりスッちまった! イカサマしてねぇだろうなあそこの賭博場はよ!」
とのたまった。
そんな! 妖夢が不良に?
・・・い、い、い
「イヤ~!」
夢でした。
「ハァハァ・・・なんて夢だったの」
それもこれも妖夢の様子がおかしくなったからこんな夢を見たのだ。
一回医者にでも連れて行ったほうがいいかしら?
そんな事を考えていると妖夢が部屋に入ってきた。
「おや? お嬢が自分で起きるとは珍しいですね。おはようございます」
「妖夢! あなた賭け事なんてしてないでしょうね!?」
「しませんよそんなこと。もしかしてお嬢はやろうとしてたんですか? ダメです。賭け事は身を滅ぼします」
「いいえ、やってなければいいのよ」
妖夢豹変二日目
そんなこんなで今日も剣術の稽古でこってりしぼられた幽々子は、お菓子の入った戸棚を目指して芋虫みたく移動していた。
「お菓子~お菓子~お菓子を食べなきゃ死んじゃうの~」
絶対にありえないことを歌いながら戸棚の前までたどり着く。
今日は何からいただこうかしらと戸棚を開けようとするが
「・・・開かないわね」
どういう訳か戸棚が開かない。
叩いてみてもダメ。
「戸棚さん。どうか、どうか開いてくださいませ~」
と頭をさげてお願いしてみる。
「ビビデバビデブー!」
踊って呪文も唱えてみた。
「お嬢、何やってるんですか。変なものでも拾い食いでもしたんじないでしょうね?」
そんなことをやっていると妖夢が通りかかった。
「妖夢、ちょうどいいところに。戸棚が開かないの、ぶった斬ってちょうだい!」
言われた妖夢ははあ~とため息をつくと無言で戸棚の取っ手部分を指差す。
指された場所を見てみると小さな鍵穴がついていた。
「ちょっと妖夢、これは何?」
「これからお菓子の管理も私がします。一日一回三時」
「なっ! この私に死ねとでも!?」
「それは絶対に無いのでどうかご安心を。今までのようにお菓子をバクバク食べられては、補充する為のお金が掛かってしょうがないですし、買い物の手間も増えます。それに・・・太りますよ」
「ふんだ! 私は太らない体質なの!」
バイーンと立派な胸を突き出し主張する。
その突き出された胸を妖夢はひとさし指でブニ~と押した。
「ひゃ~!」
思わず胸を抱えて後退する幽々子を見て妖夢はふぇ~へっへと笑う。
「その胸で太ってないと言いますか。羨ましいですねまったく!」
さりげなく本音を言い捨てて走りだそうとした妖夢だったが、ピタッと止まり
「そうそう、その戸棚、無理やり開けようとすると中のお菓子は・・・おじゃんです」
そう言い残し去っていった。
そのあまりにも残酷な仕打ちに打ちひしがれていた幽々子だったが
「・・・ふっふふふ、あーはっはははははは!」
いきなり笑い始めそしてピタリと笑うのをやめる。
しかし、その顔には壮絶な笑みが張り付いたままであった。
「かわいい妖夢、何があったかは解らないけど、この私を怒らしたこと・・・後悔させてあげなきゃね」
そして夕食。
「おかわり!」
幽々子は三回目のおかわりを要求していた。
「お嬢、おかわりは二回までと言ったはずですが」
しかし、キラーンと目を光らせて幽々子は
「えー? 幽々子、数かぞえられなーい」
と言い放つ。
それを聞いた妖夢は目を見開き一切の動きを止めた。
一分ほど微動だにしなかったが
「それ・・・本気で言ってます?」
「本気だみょ~ん」
その瞬間バンッとちゃぶだいに手を叩きつけて立ち上がった妖夢は突然走って部屋から出て行った。
と思ったら引き返してきて
「すみません、ちょっと出かけてきます。食器はそのままで結構ですので、お風呂入ったら寝ててください」
と言い残し再び走り出していった。
「ふっ、勝ったわね」
勝利を確信した幽々子はご飯をたらふく食べた後、言われたとおりに食器をそのままにしておき、お風呂に入ってさっさと寝てしまった。
妖夢豹変三日目
いつの間にか帰ってきた妖夢と朝食を食べ終え、無事におかわりを二回以上できたことで幽々子はすっかり妖夢が諦めたものだと安心しきっていた。
妖夢は片付けを終えると、幽々子に出かける準備をするように言う。
「今日の稽古はどうするの?」
「今日は無しです。それよりも急いでください! 早くしないと遅刻してしまいます」
遅刻という言葉に首をかしげながらも出かける準備をすると、妖夢に手をひっぱられ外に連れ出された。
着いた先は上白沢塾。
「な~に妖夢、ここで勉強がしたいの?」
そんな幽々子の質問をスルーしてけーねさーんと大声を出す。
すると建物の中から慧音が出てきた。
「待ってたぞ妖夢」
「昨日は夜分遅くにすみませんでした。ご迷惑をおかけしますが今日はお嬢をお願いします」
「えっ? えっ? 何どういう事?」
幽々子が事情を飲み込めないで居ると妖夢はとんでもない事を言い出した。
「本日、お嬢は慧音さんに勉強を教えてもらいます」
「なっ、まさか昨日の本気にして・・・」
「西行寺家のお嬢様が数も数えられないなんて一大事です」
そう言う妖夢の顔は笑っていた。
「は、計ったな妖夢!」
「お嬢がアホな事言い出すのが悪いんですよ」
やってられるかと逃亡を試みる幽々子だったが慧音に羽交い絞めにされる。
「さあ、皆も待っている。今日はみっちり教えてやろう」
「がきんちょと一緒に勉強なんてイヤー!」
そう叫びながらもズルズルと建物の中へ引きずられていった。
「それじゃあお嬢、終わる頃にはむかえに来ますねー」
そして上白沢塾が終わる頃、妖夢は再びやって来た。
「すいませーん。お嬢をむかえにきましたー」
そこで妖夢が目撃したものは
「きー! なによ餓鬼のくせに! 噛むわよ!」
「あーあー、お前は脳みそが胸にいってるみたいだな。おっぱいお化けー」
男の子と本気で口喧嘩している幽々子の姿があった。
しかも幽々子涙目。
とりあえずその光景を流して慧音に挨拶をしにいく。
「どうも慧音さん。今日はありがとうございました」
「うむ。お前も苦労してるな」
そんな会話をしていると、妖夢を見つけた幽々子が助けを求めてきた。
「妖夢! この餓鬼をギャフンと言わせってやってよ!」
そうしてササッと妖夢の背後に廻り込む。
妖夢が男の子の方を見ると男の子のほうも妖夢のことを見て
「なんだよお姉ちゃん、やろうってのか?」
と挑戦的に言う。
妖夢は無表情に男の子を見つめ歩みよる。
それに少しびびりながらも男の子も退こうとしない。
そんな男の子の肩に妖夢はぽんっと肩に手を置く。
「お姉ちゃん?」
いぶかしむ男の子をじーと見つめると目を閉じてふるふると首を振った。
そんな妖夢を見て男の子は何か伝わるものがあったらしい。
「苦労してんだな・・・」
「ちょっと! 何二人で分かり合ってるの? なんか腹立つわ!」
「ささ、お嬢帰りましょう。慧音さん、皆さん、今日はありがとうございました」
じたばた暴れる幽々子を引き連れて上白沢塾をあとにしようとする。
「よかったら、またいつでも来るといい」
『またねゆゆちゃーん、お姉ちゃーん』
と皆暖かく見送ってくれた。
まあ、そこそこ楽しかったかもね、と思っていた幽々子であった。
そして夜。
妖夢は本を読んでいた。タイトルは
『ムチを使う姫教育!』
ちなみに幽々子はお風呂に入っている。
妖夢は本を読みながら、幽々子が少しは真面目になったと感じていた。
自分に残された時間はあと僅か。それまでには幽々子をもう少し真亡霊にして、自分の負担を減らしたい。
そんな思いに耽っていると
「ふ~いいお湯だった!」
すっぽんぽんの幽々子が現れた。
前言撤回。
少しでも幽々子が真面目になったと思った己の未熟さを妖夢は恥じた。
「お嬢・・・自分の格好を見て恥ずかしいと思わないのですか?」
「ふ~ん、この私の素晴らしい肢体を皆に見せてあげたいくらいよ!」
そう言うと縁側で、月が綺麗な夜空にむかって仁王立ちになる。
そんな幽々子に呆れていた妖夢だったが、懐から何かを取り出しす。
「そうですか、それなら見てもらいましょうかね」
あいかわらず外を見て仁王立ちしている幽々子は妖夢がカメラを持っていることを気がついていないようだ。
パシャパシャ
「ん? 妖夢、今何か変な音がしなかった?」
「いいえ、気のせいだと思いますよ」
その後、幽々子が寝たあとに何処へと出かける妖夢であった。
妖夢豹変四日目
朝、いつも通り朝食をとろうとちゃぶだいに近づいた幽々子は新聞が置いてあることに気がつく。
「文々゜新聞?そういえば最近新聞を読んでなかったわねっ!?」
何気なく新聞の見出しを読んだ幽々子は我が目を疑った。
記事の内容は
『西行寺のお嬢様、がさつな私生活!』
とあり、写真はすっぽんぽんで仁王立ちするの幽々子の斜め後ろ姿がしっかりデカデカと写っている。
あまりの衝撃に言葉を失っていると
「お嬢、それなら皆に見てもらえますけどいかがですか?」
「妖夢、これはあなたの仕業?」
「そうですよ。昨日この素晴らしい肢体を皆に見せたいって言ってたじゃないですか」
悪びれる風もなく平然と答える妖夢にさすがの幽々子も怒りを覚える。
ずかずかと妖夢に近づくとガッっと強めに肩を掴む。
「痛っ、お嬢?」
「妖夢! こんな恥ずかしい写真をばら撒くなんて許さないわよ!」
「恥ずかしい? お嬢、恥ずかしいと思ってるんですか?」
「当たり前よ! ふざけないで!!」
キッ! と妖夢を睨みつける。すると
「うっ・・・」
妖夢の瞳から涙がこぼれた。
「ちょっ妖夢?」
まさかの涙にうろたえる幽々子の目の前で妖夢はうつむいてぽろぽろと泣き出した。
「いや、あのね、怒ってるけど、いえ、本気で怒ってるわけじゃないんだけど、さすがにこれはどうかと思って、ついつい大きな声だしちゃっただけで、ああ、もうそんなに恐かった?」
なんとか妖夢を泣き止ませようとオロオロする幽々子だったが
「違うんですお嬢、私嬉しいんです」
「へっ?」
「お嬢にちゃんと羞恥心があって私は嬉しいんです」
そう言うと、ポカーンとする幽々子の前でお~いおいおいと声を出して泣き出す。
「グスッ、今日はお赤飯です! 腕を振るって作りますのでたくさん食べてくださいね。それとその新聞は文さんに協力してもらって作成したパチモノですのでご心配なく」
その日の妖夢はやたらと機嫌がよかった。
稽古なし、お菓子も三時以外に食べてよし、おかわり自由。
十四杯めの赤飯を食べながら幽々子は思案にふけっていた。
・・・このままではまずい。
ここ最近の妖夢の大物っぷりは本物だ。
このままでは堅苦しい生活を強いられ続ける事になるだろう。
阻止する為に何かいい策はないものだろうか・・・
!! いいのがあった。
まさか上白沢塾で女の子が教えてくれた上手に寺子屋をさぼる方法がこんなところで役に立つとは。
「もぐもぐ、見てなさい妖夢、あなたの好きにはさせないわ」
妖夢妖変五日目
朝食の時間になっても起きてこない幽々子のもとへ妖夢はむかっていた。
寝室の襖を開けると布団に包まっている幽々子の姿が。
「お嬢、朝ですよ。ご飯もできてます」
ゆさゆさと揺すってみるがう~んと呻き声がするだけである。
「どうかしましたか?お嬢」
何度か呼びかけるとやっと布団から顔を出した。
その表情はどこか苦しそうである。
「~ん、妖夢、なんだか調子が悪いの、体温計を持ってきて頂戴・・・」
「わかりました」
しばらくして戻ってきた妖夢から体温計を受け取り、体温を測って妖夢にみせる。
「36度・・・大変じゃないですか」
亡霊にとっては大変な体温である。
これにはさすがの妖夢も慌てた。
「お嬢、今日はゆっくりやすんでください。何か食べたいものはありますか?」
「・・・柏餅」
「わかりました。しばしお待ちを」
しばらくして、柏餅を頬張りながら布団の中で幽々子はほくそ笑んでいた。
「ふふふ、大成功ね仮病大作戦!」
そう、寺子屋の女の子が教えてくれたさぼる方法とは仮病である。
36度の体温もお決まりの布団摩擦によるもの。
「これは予想以上の効果ね。妖夢もあんなに優しいし」
つらくなったらまた使おう。
そう幽々子が考えていた時だった。
「お嬢、八意様に来ていただきました」
妖夢の声が襖の外から聞こえる。
どうやら永遠亭の薬師をわざわざ呼んできたようだ。
まあ、永琳には事情を話して、お茶でも飲んでもらい帰ってもらえば問題ない。
「ありがとう。入れて頂戴」
するとどうぞと妖夢の声がして永琳が部屋の中へ入ってきた。
「妖夢、ここはいいからほかの仕事をお願い」
幽々子の声に妖夢は頭を下げて失礼しますと言い、去って言った。
すると永琳が話しかけてきた。
「珍しいわね。亡霊が病気に罹るなんて。あの子、ものすごく心配そうだったわよ」
「そう・・・わざわざ来てもらって悪いんだけど実はね」
「仮病」
事情を説明しようとした幽々子の言葉を遮り永琳が真実を言う。
その表情はいたずらっ子をみつけた先生の顔のようだ。
「あらあら、薬師にはすぐばれますか。それなら話は早いわ。お茶でも飲んだあと、適当に話をあわせて帰って頂戴。柏餅食べる?」
しかし柏餅を勧められても永琳は微笑をたたえて、幽々子を見つめている。
「永琳・・・?」
「どうやらあの子の言ってたことは本当のようね。あなたは病気に罹っているわ」
その言葉に猛烈にイヤな予感を感じながらも幽々子は尋ねる。
「私が罹っている病気って?」
「ホラ吹き病」
言うが早いが永琳は両手に注射器を構える。
幽々子のほうも布団を跳ね除け永琳から距離をとる。
「妖夢、またしてもこの私を謀ったわね!」
「心配しないで、痛いのは一瞬だけ。そのあとは気持ちよく治療するわよ」
「その鼻血とよだれだらけの顔の人に言われても信じられないわね。それと胸のボタンを外さないでよ」
「うふふふふ」
一瞬だけ睨み合う二人だが、真の強者の間に長い睨み合いなど不要。
己の力を見せつけ一瞬にして勝負を決めるのみ。
二人は正面からぶつかり合った。
妖夢は居間でお茶を飲んでいた。
どすどすどすどす
廊下のほうから荒い足音がしたかと思うと、ガンッっと襖が乱暴に開く。
「病気は治りましたか? ・・・お嬢」
現れた幽々子の着物はところどころはだけ、その拳は血に塗れている。
体は怒りにぶるぶると震えていた。
「妖夢・・・私が仮病だったの知ってて永琳を呼んだわけ?」
「そうですよ。お嬢がホラ吹き病に罹っているようなので来てもらったのですが、失敗されたようですね」
はふーとため息をつく妖夢に悪びれた様子は無い。
こちらは貞操の危機だったというのに。
「妖夢・・・確かに私はぐうたらでお給金も休みも無しで働いてもらってたことに反省と感謝はするわ。それにここ最近のあなたの行動でこれから少し改善しようとも思っていた・・・でもね、もう我慢の限界! 妖夢、あなたは今日でクビよ!」
どーんと指を妖夢に突きつけ宣言をする。
呆然をする妖夢を見て少し冗談がすぎたかなとも思ったが、今の妖夢にはこれくらいしないと効果がないようにも思えた。
幽々子の作戦では、このあと泣きながら許しを請う妖夢をカリスマたっぷりに許してあげて、反省してもらう予定である。
だが、予想に反して泣きもしないし怒りもしない。
無反応な妖夢に不安になっていると
「分かりました。荷物をまとめ次第出て行きます。長い間お世話になりました」
そう言うと妖夢は地面に手をついて深々とお辞儀をした。
「うそ・・・」
予想外の状況に困惑する幽々子をよそに妖夢はそそくさと自分の部屋にむかってしまった。
これはまずいと感じた幽々子だったが
「な、何よ、私は悪くないわ」
そう思い直し、自分の寝室で死んでいる永琳を捨てる為戻っていった。
幽々子は生き返った永琳のケツを蹴り飛ばして追い返し、居間でお茶を飲んでいた。
すると風呂敷を背負った妖夢が現れて一礼すると外へ出て行ってしまう。
「ふんだ、どーせ夜になったら帰ってくるわよ」
そう言うとごろんと横になって昼寝を始める。
しかし、夜になっても妖夢は帰って来なかった。
とりあえずお腹が減った幽々子は台所へ向かう。
すると作り置きの食事が用意してあり、その傍らには料理の本も置かれている。
「なによ、これからは自分で作れってこと? あの子、本気で・・・」
もうしばらく妖夢が帰ってくるのを待っていた幽々子だったが、その日、結局妖夢は帰ってくることはなく一人で夕食を食べることとなった。
お腹はいっぱいにならなかったが、何故かおかわりをする気も起きなかった。
妖夢豹変六日目
朝、幽々子が起きても妖夢は帰って来ていない。
いつも作ってもらっているものの、実は料理が出来る幽々子であったが、そんな気分になれないのでとりあえず生の米をばりばり食べて空腹をまぎらわす。
そして妖夢の事が心配になった幽々子は、こういう時頼りになる親友、紫のもとへ向かうことにした。
幽々子がマヨヒガに着くと紫の式神、藍が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ、幽々子様。あいにく紫様は熟睡中でして・・・」
「そう、まったく肝心な時に寝てるんだから」
参った。紫は一度熟睡するとなかなか起きない。無理やり叩き起こしたいところだが、それは藍が許してくれないだろう。
それでも、今は時間が惜しい。
さて、どうするか。
幽々子が思案に耽っていると藍が声をかけてくる。
「どうやら相当緊迫しているようですね。私でよろしければ力になりますよ」
確かに式神とはいえ藍も幻想郷の中ではトップクラスの力を持つ。
ここは素直に頼ったほうがよさそうだ。
「実はね・・・妖夢が家出してしまったの」
「えっ、家出ですか?」
「そうなのよ・・・すぐに帰ってくるって思ってたんだけど、まさか本気だったなんて」
事情を話しながら藍の様子がおかしいことに気がついた。
何故か視線をそらしてこちらを向こうとしない。それに何か迷っているようである。
「藍・・・あなた何か知ってるわね?」
「ええっと、正直な所そのとおりなんですが、これはどうするべきか」
「お願い教えなさい、今すぐ!」
「ちょっと落ち着いてください!その反魂蝶はしまってください!」
空腹もあって冷静さを失ってる幽々子が藍に詰め寄っている時、新たな声が聞こえた。
「藍様、構いません」
その声の主は家出したはずの妖夢であった。
「妖夢? あなたここで何を? まあ、いいわ。とりあえず白玉楼に帰りましょう」
思いのほかあっさり妖夢が見つかり、安心した幽々子は手を差し出し一緒に帰ろうとする。
しかし
「西行寺様、今日からこの妖夢、マヨヒガにて紫様に仕えることになりました。よって私の帰る場所はここマヨヒガでございます」
と言う。
「ちょっと妖夢、何馬鹿なこと言ってるの? 藍、これはどういう事なの!」
妖夢の言ってることが信じられない幽々子はこれは冗談でしょ? というニュアンスをこめて藍に聞くが
「残念ながら妖夢の言っていることは事実です。昨日ここへ来た妖夢の話を聞いて紫様は妖夢をマヨヒガに住まわせる事を了承しました」
「そ、そんな・・・」
あまりの衝撃に打ちのめされた幽々子に妖夢は話しかける。
「ご安心を西行寺様。西行寺様が紫様と親交がある限り再び会うことはあるでしょう。今日のところはお引き取りください」
その言葉にしばらく俯いて震えていた幽々子だったが
「よ、よ、妖夢の馬鹿ー!」
うわーんと泣き出した幽々子はきびすを返すと猛スピードで飛んでいってしまった。
「おーおー。お嬢もあんなに速く飛べるんですね」
感心している妖夢の傍に藍が歩み寄ってくる
「いいのか? さすがにやりすぎだと思うが・・・」
「そうですね、今回はやりすぎたかもしれないです」
今回の妖夢の家出は本当の家出ではなく、幽々子をとことん懲らしめようとした妖夢の作戦であった。
もちろん紫も藍も『全て』の事情を知った上で了承済みだ。
「でも、お嬢をしごくのも今日で終わりです。お別れする訳ではありませんけど、こうやって挨拶できる日は中々訪れないでしょうし、正直訪れて欲しくないので今お礼を言っておきます。ありがとうございました。紫様にもどうかお伝えください」
「わかった。しっかり伝えておこう。それにしても半人半霊は変わったこともあるんだな」
「まったく、今回の事は私も予想外でした。紫様に早々に教えてもらえてよかったです」
「それはなによりだ。どれ、最後の一日くらいはマヨヒガでゆっくりするのがいいだろう」
「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」
藍のあとに続いて妖夢もマヨヒガの中へ入っていった。
幽々子へのお土産は何がいいかなと考えながら。
妖夢豹変七日目
幽々子は布団の中で不貞寝していた。
ギュ~グルル
昨日の昼から何も食べていないお腹はひっきりなしになっているがそれでも幽々子が布団から出てくる気配はない。
そんな中、スキマが現れるとひょっこり紫が出てきた。
「おはよ~幽々子。お腹なってるわよ」
「ほっといてよ。妖夢に見放されたお返しに餓死してやるんだから」
耳をよくすますと腹の音に混じって鼻をすする音も聞こえる。
そんな幽々子の様子にやれやれと首をふるとスキマの中に声をかけた。
「ほらほら、早く出てこないとあなたの主人が餓死するわよ」
「それはありえないですけど、餓死を試みるのはやめて欲しいです」
スキマの中から妖夢がストッと落ちてくる。
そして布団の中の幽々子に声をかける。
「ただいま戻りました幽々子様」
その呼びかけに幽々子は顔だけ出す。
一日中泣いていたであろうその目は真っ赤に腫れていた。
「幽々子様って呼んだわね、もしかしていつもの妖夢に戻ったの?」
「はい、いつもの妖夢です」
そう言った妖夢の目には徐々に涙が浮かびすぐに零れ落ちる。
「ごめんなさい、幽々子様。こんなつらい目にあわせてしまって・・・私は厳しくすることはむいていないみたいです」
「妖夢、グスッ、ぐうたらな私を見捨てたりはしないのね?」
「そんなことするわけないじゃないですか!」
「よ~む~」
「幽々子さま~」
二人は勢いよく抱きあうと声をあげて泣き出した。
その様子を見ていた紫だったが、音を立てないように静かにスキマの中へ戻っていった。
その後、妖夢によってここ一週間の己の変貌についての事情が話されていた。
風呂場で頭を打ったあと、何か解らない違和感を感じた。
その時幽々子は寝ていた為、とりあえずこういう事に詳しそうな紫のもとへダメもとで行ってみた。
すると運よく起きていた紫は妖夢が頭を打った拍子に半人部分の意識と半霊部分の意識が入れ替わってしまったということを教えてくれた。
一週間でもとに戻ると教えてもらいホッとした妖夢だった。
意識を持って初めて本人も知ったのだが、人部分の意識より積極的で厳しい性格の半霊の意識は元に戻るまでの一週間の間に幽々子のぐうたらっぷりを直せば自分にもう少し余裕が出来ると考え、更正を試みたという訳である。
「それで1週間の記憶はあるのですが、幽々子様にあれだけのことをしたのは心が痛みます」
現在、妖夢の半霊部分はふよふよとただよっており、とてもあの厳しい性格だったとは思えない。
ちなみに意識の所有権は半人の部分にあるらしい。
「本当、酷い目に会ったわ。妖忌だってあそこまで厳しくなかったもの」
それを聞いた妖夢はしゅーんとうなだれてしまう。
そんな妖夢を見て本当に元の妖夢なのだと幽々子はとても安心した。
正直なところ、どんな妖夢も妖夢であることにかわりはないが。
「でも、私もぐうたらすぎだと反省しました。これからはちゃんと剣術の稽古をします」
「幽々子様・・・」
「でもね妖夢、お願いだからおかわりの回数制限の解除とおかしの入った戸棚の封印は解いてほしいんだけど」
「いえ、それは続けていきたいと思います。ですが、お菓子はともかくおかわりは三回まで許可してもいいです」
「えー! 7回!」
「4回!」
「6回!!」
冥界に存在する広い庭園が自慢の白玉楼。
なんだかんだで今日も平和です。
此処は白玉楼のお風呂場。
湯に浸かっているのは庭師と剣術指南を務めている女の子、魂魄妖夢である。
妖夢は最近の生活を振り返ってため息をついていた。
朝起きると自称美食家の大食い亡霊、幽々子の朝食、それが終わると庭の手入れ。その後の予定は本来なら幽々子に剣術の稽古をつけるのだが、あのぐうたらお嬢様は何かと理由をつけて稽古をしたがらないのだ。
それだけならマシなのだが、紫でも遊びに来た日は散々からかわれ遊ばれるので堪ったものではない。
一般的な昼食より大目の昼食をとった後は買い物へ出かけたり、幽々子が出かける場合のお供を務める。
そして、これまた大目の夕食がすんだあと、基本的には幽々子が寝たあとに就寝なのだが、幽々子は妖夢に遊ぶことをせがんで中々寝てくれない。
遊びの内容は将棋やトランプなどだが、正直なところ幽々子は弱かった。しかも、自分が勝つまで粘る為なかなか終わらないのである。
今日は神経衰弱だったのだが、本日の朝食を答えるのも難しい幽々子の記憶力で、妖夢に勝つ事はかなり難しかった。
早く寝て欲しい妖夢はわざと手加減して負けようとするのだが、実力で勝ちたい幽々子はそれを許さない。
結局、108回目にようやく幽々子が勝利したことによって解放されたのである。
「まったく、幽々子様はもう少し節度を持ってほしいです」
思うところをあげればキリがない。
まずあの大食いをどうにかしてほしい。一日の大半が食事の準備で無くなってしまう。
ちなみに紫はこんなことを言っている。
「幽々子が幻想郷の中に三人いれば幻想郷中の食べ物が食い尽くされるでしょうね。そして幽々子が十人いて外界に解き放たれたならば、世界が滅ぶ」
そのほかには、お風呂からあがってくるときすっぽんぽんなのはどうかと思う。
いくら妖夢しか居ないとはいえ、女性の恥じらいが全く無いのはお嬢様としてはいかんだろうし、幽々子のナイスバディを毎回見せ付けられる妖夢の心の傷は日に日に深くなるばかりだ。
ほかにもたくさんあるが、それを何だかんだで許容してしまっている自分にも問題があるなと妖夢は再びため息をついた。
「師匠が居た頃はもう少しマトモだったのかな?」
現在はどこかへ行ってしまっている己の師匠であり、祖父である妖忌のことを考えながら風呂からあがろうとした。
ツルッ
「あっ!」
っと思った時はもう遅い。
ゴツンと後頭部から思いっきり転んでしまった。
幸い小さなコブ程度で大きな怪我はしなかったが
「イテテ、受身もとれないとは何たる不覚! これも弛んでる証拠ってうん?」
体を起こしながら何か違和感を感じたように自分の手のひらを見る。
「な、なんか変だ」
翌日の朝、今日も元気に幽々子は朝食を食べていた。
現在食べているご飯は三杯目。普段はこのあと7杯ぐらいおかわりをする。
「妖夢、あなた昨晩何処かへ出かけてたみたいだけど?」
「大したことではありません。どうか気にしないでください」
何か違和感を感じる、普段より凛々しいというか・・・
そういぶかしみながらも
「おかわり!」
三回目のおかわりを要求した幽々子は次の瞬間、我が耳を疑った。
「お嬢、今日のご飯はこれで終わりです」
「えぇ?」
お嬢って何?それよりもご飯が終わりってどういうこと!?
「ちょっと妖夢。まだまだ私食べたりないんだけど。いつももっと食べてるじゃない」
「今日からご飯のおかわりは二回までです」
「そっそんなのイヤよ! 私はもっと食べたいわ。おかわり」
「・・・なんと言われようとも今日の朝食分のおかわりは終わりです」
そっそんな馬鹿な! 妖夢が私の言う事を聞かないなんて、何か怒らせるようなことしたかしら?
幽々子は最近の自分の行動を思い出してみた。
妖夢のお菓子を勝手に食べたり、庭の手入れ中に弾幕を飛ばしてちょっかいを出してはいたが、これは関係ないだろう。
理由が思い浮かばない幽々子は最終手段に出ることにした。
「やだやだ~! 私ぜんぜんお腹いっぱじゃないも~ん! おかわり! おかわり! 」
じたばたじたばた
必殺、駄々をこねる作戦!
これで妖夢がお願いを聞いてくれなかったことはない。
今回も「まったく、しょうがないですね」と呆れながらも苦笑しておかわりをしてくれるハズだ。
しかし妖夢は黙って食器を片付け始めてしまった。
「あら?」
まさかの結果に呆然とする幽々子。
そして、食器を片付け終わった妖夢は一言。
「お嬢、年齢考えてくださいよ?」
妖夢豹変一日目
幽々子は縁側から庭の手入れをする妖夢を眺めていた。
今日の妖夢はおかしい。
まず呼び方が幽々子様ではなくお嬢だし、雰囲気もどこかキリッとしている。
先ほども弾幕を飛ばしてちょっかいを出したが、妖夢はこちらを向きもせずに弾幕を切り払い、黙々と庭の手入れを続けるのであった。
「まったく、どうしちゃったのかしら? まさか! なにか変なものでも食べたんじゃ・・・」
「お嬢と一緒にしないでください」
「うわ!?」
いつの間にか庭の手入れを終えた妖夢が幽々子の前に来ていた。
「ちょっと、急に目の前に現れないでよ。びっくりしたじゃない」
「これから剣術の稽古をやります」
「え~、今日は紫を呼ぼうと思っていたんだけど」
「ダメです」
そう言い放つと稽古の準備に行ってしまった。
しかたがないので幽々子も稽古用の木刀を持ってくる。
「まあ、適当に素振りでもしてれば終わるわよね」
しかたがないので、「私はお前の父だー」などとふざけていると、妖夢が帰ってきた。
「お待たせしました」
その手には『一発入魂!』と書かれたハリセンが握られている。
「ちょっ、妖夢。それは?」
「今日から厳しくいくんでよろしく! さぁ、素振りを始めてください」
とりあえず言われたとおりにたぁーっと素振りを始める幽々子。
その幽々子のお尻を妖夢はハリセンでバシンッとひっぱたいた。
「ラドーン!?」
「腰に力が入ってない! 足ももっと踏ん張る!」
そう言いながらもお尻をぺしぺし叩いてくる。
どこか嬉しそうなのは気のせいか?
とにかく、これ以上お尻を叩かれては敵わないと幽々子は本気で素振りを続けた。
しばらくして
「妖夢~もう限界よ~」
ふにゃっとその場に座り込む幽々子。
稽古を始めてから約一時間程経っていた。
稽古の間叩かれ続けていたお尻は今にも火が出そうなほどひりひりしている。
そんな幽々子の様子を見ていた妖夢は物足りなさそうだったが
「しょうがない。今日はここまでです。明日もこの時間にやりますよ。わかりましたか?」
と稽古を切り上げた。
ふわ~いと返事をした幽々子はヘロヘロと屋敷のほうへ戻っていった。
今の幽々子は毛玉にすら負けそうな雰囲気である。
その日の昼食も夕食もおかわりは二回までしか許してもらえず、久々の稽古で疲れていた幽々子は妖夢に遊びを誘うことも無く寝てしまった。
「まったく、妖夢がすっかり恐くなちゃって・・・本当にどうしたものかしら」
幽々子があれこれ考えていると
「ただいま帰りましたー」
と妖夢が帰ってきた。
「おかえり~、妖夢、どこ行ってたの?」
と問いかけられてもどこかイライラしている妖夢は気がつかないようである。
もう一度声をかけようとしたその時
「くっそ~思いっきりスッちまった! イカサマしてねぇだろうなあそこの賭博場はよ!」
とのたまった。
そんな! 妖夢が不良に?
・・・い、い、い
「イヤ~!」
夢でした。
「ハァハァ・・・なんて夢だったの」
それもこれも妖夢の様子がおかしくなったからこんな夢を見たのだ。
一回医者にでも連れて行ったほうがいいかしら?
そんな事を考えていると妖夢が部屋に入ってきた。
「おや? お嬢が自分で起きるとは珍しいですね。おはようございます」
「妖夢! あなた賭け事なんてしてないでしょうね!?」
「しませんよそんなこと。もしかしてお嬢はやろうとしてたんですか? ダメです。賭け事は身を滅ぼします」
「いいえ、やってなければいいのよ」
妖夢豹変二日目
そんなこんなで今日も剣術の稽古でこってりしぼられた幽々子は、お菓子の入った戸棚を目指して芋虫みたく移動していた。
「お菓子~お菓子~お菓子を食べなきゃ死んじゃうの~」
絶対にありえないことを歌いながら戸棚の前までたどり着く。
今日は何からいただこうかしらと戸棚を開けようとするが
「・・・開かないわね」
どういう訳か戸棚が開かない。
叩いてみてもダメ。
「戸棚さん。どうか、どうか開いてくださいませ~」
と頭をさげてお願いしてみる。
「ビビデバビデブー!」
踊って呪文も唱えてみた。
「お嬢、何やってるんですか。変なものでも拾い食いでもしたんじないでしょうね?」
そんなことをやっていると妖夢が通りかかった。
「妖夢、ちょうどいいところに。戸棚が開かないの、ぶった斬ってちょうだい!」
言われた妖夢ははあ~とため息をつくと無言で戸棚の取っ手部分を指差す。
指された場所を見てみると小さな鍵穴がついていた。
「ちょっと妖夢、これは何?」
「これからお菓子の管理も私がします。一日一回三時」
「なっ! この私に死ねとでも!?」
「それは絶対に無いのでどうかご安心を。今までのようにお菓子をバクバク食べられては、補充する為のお金が掛かってしょうがないですし、買い物の手間も増えます。それに・・・太りますよ」
「ふんだ! 私は太らない体質なの!」
バイーンと立派な胸を突き出し主張する。
その突き出された胸を妖夢はひとさし指でブニ~と押した。
「ひゃ~!」
思わず胸を抱えて後退する幽々子を見て妖夢はふぇ~へっへと笑う。
「その胸で太ってないと言いますか。羨ましいですねまったく!」
さりげなく本音を言い捨てて走りだそうとした妖夢だったが、ピタッと止まり
「そうそう、その戸棚、無理やり開けようとすると中のお菓子は・・・おじゃんです」
そう言い残し去っていった。
そのあまりにも残酷な仕打ちに打ちひしがれていた幽々子だったが
「・・・ふっふふふ、あーはっはははははは!」
いきなり笑い始めそしてピタリと笑うのをやめる。
しかし、その顔には壮絶な笑みが張り付いたままであった。
「かわいい妖夢、何があったかは解らないけど、この私を怒らしたこと・・・後悔させてあげなきゃね」
そして夕食。
「おかわり!」
幽々子は三回目のおかわりを要求していた。
「お嬢、おかわりは二回までと言ったはずですが」
しかし、キラーンと目を光らせて幽々子は
「えー? 幽々子、数かぞえられなーい」
と言い放つ。
それを聞いた妖夢は目を見開き一切の動きを止めた。
一分ほど微動だにしなかったが
「それ・・・本気で言ってます?」
「本気だみょ~ん」
その瞬間バンッとちゃぶだいに手を叩きつけて立ち上がった妖夢は突然走って部屋から出て行った。
と思ったら引き返してきて
「すみません、ちょっと出かけてきます。食器はそのままで結構ですので、お風呂入ったら寝ててください」
と言い残し再び走り出していった。
「ふっ、勝ったわね」
勝利を確信した幽々子はご飯をたらふく食べた後、言われたとおりに食器をそのままにしておき、お風呂に入ってさっさと寝てしまった。
妖夢豹変三日目
いつの間にか帰ってきた妖夢と朝食を食べ終え、無事におかわりを二回以上できたことで幽々子はすっかり妖夢が諦めたものだと安心しきっていた。
妖夢は片付けを終えると、幽々子に出かける準備をするように言う。
「今日の稽古はどうするの?」
「今日は無しです。それよりも急いでください! 早くしないと遅刻してしまいます」
遅刻という言葉に首をかしげながらも出かける準備をすると、妖夢に手をひっぱられ外に連れ出された。
着いた先は上白沢塾。
「な~に妖夢、ここで勉強がしたいの?」
そんな幽々子の質問をスルーしてけーねさーんと大声を出す。
すると建物の中から慧音が出てきた。
「待ってたぞ妖夢」
「昨日は夜分遅くにすみませんでした。ご迷惑をおかけしますが今日はお嬢をお願いします」
「えっ? えっ? 何どういう事?」
幽々子が事情を飲み込めないで居ると妖夢はとんでもない事を言い出した。
「本日、お嬢は慧音さんに勉強を教えてもらいます」
「なっ、まさか昨日の本気にして・・・」
「西行寺家のお嬢様が数も数えられないなんて一大事です」
そう言う妖夢の顔は笑っていた。
「は、計ったな妖夢!」
「お嬢がアホな事言い出すのが悪いんですよ」
やってられるかと逃亡を試みる幽々子だったが慧音に羽交い絞めにされる。
「さあ、皆も待っている。今日はみっちり教えてやろう」
「がきんちょと一緒に勉強なんてイヤー!」
そう叫びながらもズルズルと建物の中へ引きずられていった。
「それじゃあお嬢、終わる頃にはむかえに来ますねー」
そして上白沢塾が終わる頃、妖夢は再びやって来た。
「すいませーん。お嬢をむかえにきましたー」
そこで妖夢が目撃したものは
「きー! なによ餓鬼のくせに! 噛むわよ!」
「あーあー、お前は脳みそが胸にいってるみたいだな。おっぱいお化けー」
男の子と本気で口喧嘩している幽々子の姿があった。
しかも幽々子涙目。
とりあえずその光景を流して慧音に挨拶をしにいく。
「どうも慧音さん。今日はありがとうございました」
「うむ。お前も苦労してるな」
そんな会話をしていると、妖夢を見つけた幽々子が助けを求めてきた。
「妖夢! この餓鬼をギャフンと言わせってやってよ!」
そうしてササッと妖夢の背後に廻り込む。
妖夢が男の子の方を見ると男の子のほうも妖夢のことを見て
「なんだよお姉ちゃん、やろうってのか?」
と挑戦的に言う。
妖夢は無表情に男の子を見つめ歩みよる。
それに少しびびりながらも男の子も退こうとしない。
そんな男の子の肩に妖夢はぽんっと肩に手を置く。
「お姉ちゃん?」
いぶかしむ男の子をじーと見つめると目を閉じてふるふると首を振った。
そんな妖夢を見て男の子は何か伝わるものがあったらしい。
「苦労してんだな・・・」
「ちょっと! 何二人で分かり合ってるの? なんか腹立つわ!」
「ささ、お嬢帰りましょう。慧音さん、皆さん、今日はありがとうございました」
じたばた暴れる幽々子を引き連れて上白沢塾をあとにしようとする。
「よかったら、またいつでも来るといい」
『またねゆゆちゃーん、お姉ちゃーん』
と皆暖かく見送ってくれた。
まあ、そこそこ楽しかったかもね、と思っていた幽々子であった。
そして夜。
妖夢は本を読んでいた。タイトルは
『ムチを使う姫教育!』
ちなみに幽々子はお風呂に入っている。
妖夢は本を読みながら、幽々子が少しは真面目になったと感じていた。
自分に残された時間はあと僅か。それまでには幽々子をもう少し真亡霊にして、自分の負担を減らしたい。
そんな思いに耽っていると
「ふ~いいお湯だった!」
すっぽんぽんの幽々子が現れた。
前言撤回。
少しでも幽々子が真面目になったと思った己の未熟さを妖夢は恥じた。
「お嬢・・・自分の格好を見て恥ずかしいと思わないのですか?」
「ふ~ん、この私の素晴らしい肢体を皆に見せてあげたいくらいよ!」
そう言うと縁側で、月が綺麗な夜空にむかって仁王立ちになる。
そんな幽々子に呆れていた妖夢だったが、懐から何かを取り出しす。
「そうですか、それなら見てもらいましょうかね」
あいかわらず外を見て仁王立ちしている幽々子は妖夢がカメラを持っていることを気がついていないようだ。
パシャパシャ
「ん? 妖夢、今何か変な音がしなかった?」
「いいえ、気のせいだと思いますよ」
その後、幽々子が寝たあとに何処へと出かける妖夢であった。
妖夢豹変四日目
朝、いつも通り朝食をとろうとちゃぶだいに近づいた幽々子は新聞が置いてあることに気がつく。
「文々゜新聞?そういえば最近新聞を読んでなかったわねっ!?」
何気なく新聞の見出しを読んだ幽々子は我が目を疑った。
記事の内容は
『西行寺のお嬢様、がさつな私生活!』
とあり、写真はすっぽんぽんで仁王立ちするの幽々子の斜め後ろ姿がしっかりデカデカと写っている。
あまりの衝撃に言葉を失っていると
「お嬢、それなら皆に見てもらえますけどいかがですか?」
「妖夢、これはあなたの仕業?」
「そうですよ。昨日この素晴らしい肢体を皆に見せたいって言ってたじゃないですか」
悪びれる風もなく平然と答える妖夢にさすがの幽々子も怒りを覚える。
ずかずかと妖夢に近づくとガッっと強めに肩を掴む。
「痛っ、お嬢?」
「妖夢! こんな恥ずかしい写真をばら撒くなんて許さないわよ!」
「恥ずかしい? お嬢、恥ずかしいと思ってるんですか?」
「当たり前よ! ふざけないで!!」
キッ! と妖夢を睨みつける。すると
「うっ・・・」
妖夢の瞳から涙がこぼれた。
「ちょっ妖夢?」
まさかの涙にうろたえる幽々子の目の前で妖夢はうつむいてぽろぽろと泣き出した。
「いや、あのね、怒ってるけど、いえ、本気で怒ってるわけじゃないんだけど、さすがにこれはどうかと思って、ついつい大きな声だしちゃっただけで、ああ、もうそんなに恐かった?」
なんとか妖夢を泣き止ませようとオロオロする幽々子だったが
「違うんですお嬢、私嬉しいんです」
「へっ?」
「お嬢にちゃんと羞恥心があって私は嬉しいんです」
そう言うと、ポカーンとする幽々子の前でお~いおいおいと声を出して泣き出す。
「グスッ、今日はお赤飯です! 腕を振るって作りますのでたくさん食べてくださいね。それとその新聞は文さんに協力してもらって作成したパチモノですのでご心配なく」
その日の妖夢はやたらと機嫌がよかった。
稽古なし、お菓子も三時以外に食べてよし、おかわり自由。
十四杯めの赤飯を食べながら幽々子は思案にふけっていた。
・・・このままではまずい。
ここ最近の妖夢の大物っぷりは本物だ。
このままでは堅苦しい生活を強いられ続ける事になるだろう。
阻止する為に何かいい策はないものだろうか・・・
!! いいのがあった。
まさか上白沢塾で女の子が教えてくれた上手に寺子屋をさぼる方法がこんなところで役に立つとは。
「もぐもぐ、見てなさい妖夢、あなたの好きにはさせないわ」
妖夢妖変五日目
朝食の時間になっても起きてこない幽々子のもとへ妖夢はむかっていた。
寝室の襖を開けると布団に包まっている幽々子の姿が。
「お嬢、朝ですよ。ご飯もできてます」
ゆさゆさと揺すってみるがう~んと呻き声がするだけである。
「どうかしましたか?お嬢」
何度か呼びかけるとやっと布団から顔を出した。
その表情はどこか苦しそうである。
「~ん、妖夢、なんだか調子が悪いの、体温計を持ってきて頂戴・・・」
「わかりました」
しばらくして戻ってきた妖夢から体温計を受け取り、体温を測って妖夢にみせる。
「36度・・・大変じゃないですか」
亡霊にとっては大変な体温である。
これにはさすがの妖夢も慌てた。
「お嬢、今日はゆっくりやすんでください。何か食べたいものはありますか?」
「・・・柏餅」
「わかりました。しばしお待ちを」
しばらくして、柏餅を頬張りながら布団の中で幽々子はほくそ笑んでいた。
「ふふふ、大成功ね仮病大作戦!」
そう、寺子屋の女の子が教えてくれたさぼる方法とは仮病である。
36度の体温もお決まりの布団摩擦によるもの。
「これは予想以上の効果ね。妖夢もあんなに優しいし」
つらくなったらまた使おう。
そう幽々子が考えていた時だった。
「お嬢、八意様に来ていただきました」
妖夢の声が襖の外から聞こえる。
どうやら永遠亭の薬師をわざわざ呼んできたようだ。
まあ、永琳には事情を話して、お茶でも飲んでもらい帰ってもらえば問題ない。
「ありがとう。入れて頂戴」
するとどうぞと妖夢の声がして永琳が部屋の中へ入ってきた。
「妖夢、ここはいいからほかの仕事をお願い」
幽々子の声に妖夢は頭を下げて失礼しますと言い、去って言った。
すると永琳が話しかけてきた。
「珍しいわね。亡霊が病気に罹るなんて。あの子、ものすごく心配そうだったわよ」
「そう・・・わざわざ来てもらって悪いんだけど実はね」
「仮病」
事情を説明しようとした幽々子の言葉を遮り永琳が真実を言う。
その表情はいたずらっ子をみつけた先生の顔のようだ。
「あらあら、薬師にはすぐばれますか。それなら話は早いわ。お茶でも飲んだあと、適当に話をあわせて帰って頂戴。柏餅食べる?」
しかし柏餅を勧められても永琳は微笑をたたえて、幽々子を見つめている。
「永琳・・・?」
「どうやらあの子の言ってたことは本当のようね。あなたは病気に罹っているわ」
その言葉に猛烈にイヤな予感を感じながらも幽々子は尋ねる。
「私が罹っている病気って?」
「ホラ吹き病」
言うが早いが永琳は両手に注射器を構える。
幽々子のほうも布団を跳ね除け永琳から距離をとる。
「妖夢、またしてもこの私を謀ったわね!」
「心配しないで、痛いのは一瞬だけ。そのあとは気持ちよく治療するわよ」
「その鼻血とよだれだらけの顔の人に言われても信じられないわね。それと胸のボタンを外さないでよ」
「うふふふふ」
一瞬だけ睨み合う二人だが、真の強者の間に長い睨み合いなど不要。
己の力を見せつけ一瞬にして勝負を決めるのみ。
二人は正面からぶつかり合った。
妖夢は居間でお茶を飲んでいた。
どすどすどすどす
廊下のほうから荒い足音がしたかと思うと、ガンッっと襖が乱暴に開く。
「病気は治りましたか? ・・・お嬢」
現れた幽々子の着物はところどころはだけ、その拳は血に塗れている。
体は怒りにぶるぶると震えていた。
「妖夢・・・私が仮病だったの知ってて永琳を呼んだわけ?」
「そうですよ。お嬢がホラ吹き病に罹っているようなので来てもらったのですが、失敗されたようですね」
はふーとため息をつく妖夢に悪びれた様子は無い。
こちらは貞操の危機だったというのに。
「妖夢・・・確かに私はぐうたらでお給金も休みも無しで働いてもらってたことに反省と感謝はするわ。それにここ最近のあなたの行動でこれから少し改善しようとも思っていた・・・でもね、もう我慢の限界! 妖夢、あなたは今日でクビよ!」
どーんと指を妖夢に突きつけ宣言をする。
呆然をする妖夢を見て少し冗談がすぎたかなとも思ったが、今の妖夢にはこれくらいしないと効果がないようにも思えた。
幽々子の作戦では、このあと泣きながら許しを請う妖夢をカリスマたっぷりに許してあげて、反省してもらう予定である。
だが、予想に反して泣きもしないし怒りもしない。
無反応な妖夢に不安になっていると
「分かりました。荷物をまとめ次第出て行きます。長い間お世話になりました」
そう言うと妖夢は地面に手をついて深々とお辞儀をした。
「うそ・・・」
予想外の状況に困惑する幽々子をよそに妖夢はそそくさと自分の部屋にむかってしまった。
これはまずいと感じた幽々子だったが
「な、何よ、私は悪くないわ」
そう思い直し、自分の寝室で死んでいる永琳を捨てる為戻っていった。
幽々子は生き返った永琳のケツを蹴り飛ばして追い返し、居間でお茶を飲んでいた。
すると風呂敷を背負った妖夢が現れて一礼すると外へ出て行ってしまう。
「ふんだ、どーせ夜になったら帰ってくるわよ」
そう言うとごろんと横になって昼寝を始める。
しかし、夜になっても妖夢は帰って来なかった。
とりあえずお腹が減った幽々子は台所へ向かう。
すると作り置きの食事が用意してあり、その傍らには料理の本も置かれている。
「なによ、これからは自分で作れってこと? あの子、本気で・・・」
もうしばらく妖夢が帰ってくるのを待っていた幽々子だったが、その日、結局妖夢は帰ってくることはなく一人で夕食を食べることとなった。
お腹はいっぱいにならなかったが、何故かおかわりをする気も起きなかった。
妖夢豹変六日目
朝、幽々子が起きても妖夢は帰って来ていない。
いつも作ってもらっているものの、実は料理が出来る幽々子であったが、そんな気分になれないのでとりあえず生の米をばりばり食べて空腹をまぎらわす。
そして妖夢の事が心配になった幽々子は、こういう時頼りになる親友、紫のもとへ向かうことにした。
幽々子がマヨヒガに着くと紫の式神、藍が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ、幽々子様。あいにく紫様は熟睡中でして・・・」
「そう、まったく肝心な時に寝てるんだから」
参った。紫は一度熟睡するとなかなか起きない。無理やり叩き起こしたいところだが、それは藍が許してくれないだろう。
それでも、今は時間が惜しい。
さて、どうするか。
幽々子が思案に耽っていると藍が声をかけてくる。
「どうやら相当緊迫しているようですね。私でよろしければ力になりますよ」
確かに式神とはいえ藍も幻想郷の中ではトップクラスの力を持つ。
ここは素直に頼ったほうがよさそうだ。
「実はね・・・妖夢が家出してしまったの」
「えっ、家出ですか?」
「そうなのよ・・・すぐに帰ってくるって思ってたんだけど、まさか本気だったなんて」
事情を話しながら藍の様子がおかしいことに気がついた。
何故か視線をそらしてこちらを向こうとしない。それに何か迷っているようである。
「藍・・・あなた何か知ってるわね?」
「ええっと、正直な所そのとおりなんですが、これはどうするべきか」
「お願い教えなさい、今すぐ!」
「ちょっと落ち着いてください!その反魂蝶はしまってください!」
空腹もあって冷静さを失ってる幽々子が藍に詰め寄っている時、新たな声が聞こえた。
「藍様、構いません」
その声の主は家出したはずの妖夢であった。
「妖夢? あなたここで何を? まあ、いいわ。とりあえず白玉楼に帰りましょう」
思いのほかあっさり妖夢が見つかり、安心した幽々子は手を差し出し一緒に帰ろうとする。
しかし
「西行寺様、今日からこの妖夢、マヨヒガにて紫様に仕えることになりました。よって私の帰る場所はここマヨヒガでございます」
と言う。
「ちょっと妖夢、何馬鹿なこと言ってるの? 藍、これはどういう事なの!」
妖夢の言ってることが信じられない幽々子はこれは冗談でしょ? というニュアンスをこめて藍に聞くが
「残念ながら妖夢の言っていることは事実です。昨日ここへ来た妖夢の話を聞いて紫様は妖夢をマヨヒガに住まわせる事を了承しました」
「そ、そんな・・・」
あまりの衝撃に打ちのめされた幽々子に妖夢は話しかける。
「ご安心を西行寺様。西行寺様が紫様と親交がある限り再び会うことはあるでしょう。今日のところはお引き取りください」
その言葉にしばらく俯いて震えていた幽々子だったが
「よ、よ、妖夢の馬鹿ー!」
うわーんと泣き出した幽々子はきびすを返すと猛スピードで飛んでいってしまった。
「おーおー。お嬢もあんなに速く飛べるんですね」
感心している妖夢の傍に藍が歩み寄ってくる
「いいのか? さすがにやりすぎだと思うが・・・」
「そうですね、今回はやりすぎたかもしれないです」
今回の妖夢の家出は本当の家出ではなく、幽々子をとことん懲らしめようとした妖夢の作戦であった。
もちろん紫も藍も『全て』の事情を知った上で了承済みだ。
「でも、お嬢をしごくのも今日で終わりです。お別れする訳ではありませんけど、こうやって挨拶できる日は中々訪れないでしょうし、正直訪れて欲しくないので今お礼を言っておきます。ありがとうございました。紫様にもどうかお伝えください」
「わかった。しっかり伝えておこう。それにしても半人半霊は変わったこともあるんだな」
「まったく、今回の事は私も予想外でした。紫様に早々に教えてもらえてよかったです」
「それはなによりだ。どれ、最後の一日くらいはマヨヒガでゆっくりするのがいいだろう」
「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」
藍のあとに続いて妖夢もマヨヒガの中へ入っていった。
幽々子へのお土産は何がいいかなと考えながら。
妖夢豹変七日目
幽々子は布団の中で不貞寝していた。
ギュ~グルル
昨日の昼から何も食べていないお腹はひっきりなしになっているがそれでも幽々子が布団から出てくる気配はない。
そんな中、スキマが現れるとひょっこり紫が出てきた。
「おはよ~幽々子。お腹なってるわよ」
「ほっといてよ。妖夢に見放されたお返しに餓死してやるんだから」
耳をよくすますと腹の音に混じって鼻をすする音も聞こえる。
そんな幽々子の様子にやれやれと首をふるとスキマの中に声をかけた。
「ほらほら、早く出てこないとあなたの主人が餓死するわよ」
「それはありえないですけど、餓死を試みるのはやめて欲しいです」
スキマの中から妖夢がストッと落ちてくる。
そして布団の中の幽々子に声をかける。
「ただいま戻りました幽々子様」
その呼びかけに幽々子は顔だけ出す。
一日中泣いていたであろうその目は真っ赤に腫れていた。
「幽々子様って呼んだわね、もしかしていつもの妖夢に戻ったの?」
「はい、いつもの妖夢です」
そう言った妖夢の目には徐々に涙が浮かびすぐに零れ落ちる。
「ごめんなさい、幽々子様。こんなつらい目にあわせてしまって・・・私は厳しくすることはむいていないみたいです」
「妖夢、グスッ、ぐうたらな私を見捨てたりはしないのね?」
「そんなことするわけないじゃないですか!」
「よ~む~」
「幽々子さま~」
二人は勢いよく抱きあうと声をあげて泣き出した。
その様子を見ていた紫だったが、音を立てないように静かにスキマの中へ戻っていった。
その後、妖夢によってここ一週間の己の変貌についての事情が話されていた。
風呂場で頭を打ったあと、何か解らない違和感を感じた。
その時幽々子は寝ていた為、とりあえずこういう事に詳しそうな紫のもとへダメもとで行ってみた。
すると運よく起きていた紫は妖夢が頭を打った拍子に半人部分の意識と半霊部分の意識が入れ替わってしまったということを教えてくれた。
一週間でもとに戻ると教えてもらいホッとした妖夢だった。
意識を持って初めて本人も知ったのだが、人部分の意識より積極的で厳しい性格の半霊の意識は元に戻るまでの一週間の間に幽々子のぐうたらっぷりを直せば自分にもう少し余裕が出来ると考え、更正を試みたという訳である。
「それで1週間の記憶はあるのですが、幽々子様にあれだけのことをしたのは心が痛みます」
現在、妖夢の半霊部分はふよふよとただよっており、とてもあの厳しい性格だったとは思えない。
ちなみに意識の所有権は半人の部分にあるらしい。
「本当、酷い目に会ったわ。妖忌だってあそこまで厳しくなかったもの」
それを聞いた妖夢はしゅーんとうなだれてしまう。
そんな妖夢を見て本当に元の妖夢なのだと幽々子はとても安心した。
正直なところ、どんな妖夢も妖夢であることにかわりはないが。
「でも、私もぐうたらすぎだと反省しました。これからはちゃんと剣術の稽古をします」
「幽々子様・・・」
「でもね妖夢、お願いだからおかわりの回数制限の解除とおかしの入った戸棚の封印は解いてほしいんだけど」
「いえ、それは続けていきたいと思います。ですが、お菓子はともかくおかわりは三回まで許可してもいいです」
「えー! 7回!」
「4回!」
「6回!!」
冥界に存在する広い庭園が自慢の白玉楼。
なんだかんだで今日も平和です。
実力で勝ちたい幽々子はそれを許さい。
↓
実力で勝ちたい幽々子はそれを許さない。
細かいところで脱字がありますし、ころころと変わる視点は安定せず非常にせわしないです。「!」のあとは一文字あけるとかもありますし。
解釈は面白いだけにもったいない。
ちょっと自分は評価しづらい、というかできないのでフリーレスで。
せめて校正ぐらいはしてほしいんですよー。
面白い観点からのお話だったし、たまーにくるギャグがほのぼのな雰囲気を感じさせやすくしていたかと。
でもね、一つだけ幽々子に言いたい。
さすがに、すっぽんぽんはないわwww
個人的に幽々子がちょっと子供っぽ過ぎるかとは思いましたが、解釈は人それぞれですし、こういうのもまた有りだと思います。
妖夢と幽々子様はこの性格の方が面白いな。
私的評価なら設定だけでも200点は付けたい所w
実に良い作品だと思います
同時にあちこち手直しもされたようで、純粋に面白かったです。
で、言い忘れてたんですが「?」のあとも一文字開けるんでした(汗)
言葉足らずですいません(平謝り
純粋に妖夢にやりこまれる幽々子という解釈では、非常に面白いものだと思います。今度の作品も期待させてもらいますー。
面白かったです、満点じゃないのはゆゆ様の同情の分ということで。冥界組成分、ゴチになりました
半幽霊側は頑張った!w
誤字報告
此処は白玉桜 → 此処は白玉楼
誤字が多かったです。
皆さんの指摘によりなんとか直しせましたが(まだ残ってるかも・・・)これからの課題として本当に気をつけていこうと思います。
ちなみに、! や? のあとは間を空けるの知りませんでした・・・
小説はよく読むんですが指摘されて始めて気がつきました。
もっと観察力をつけないと自分。
というかあれじゃあただのガキンチョだw
幽々子もお疲れ様でしたw
二次だとよく弄りまわされてるのを考えてニヤニヤしましたw