注意:この作品の世界観は作品集52の[楽園に必要なもの]とリンクしています。
一応そうでなくても読める話もありますが、先にそちらに目を通しておくことをお勧めします。
人里の一角。
周囲の家屋よりほんの少し大きい建物からは、今日も難解な授業が聞こえてきた。
「×××だから○○○なのであって、△△△が……」
教師を務める人物は、あたかも疲れを知らないかのように延々と語り続けている。
対する受講者の過半数は既に意識を放棄し、夢想の世界へと旅立っていた。ごく少数の真面目に話を聞いている少年達にはきっと、明るい未来が待っていることだろう。
「※※※で☆☆☆が♪♪♪してな……おっと、もうこんな時間か。」
日の傾きを見やり、上白沢慧音は終了の時間を悟った。
「よし、今日の授業はここまで。」
今までどれだけ熱っぽく話をしようと全く目覚める気配も見せなかった筈の子供達が、その言葉を聞いた途端机から顔を上げた。
そんな中でもまだ眠っている極少数の子供達は将来、道端で上手に食べられる才能を手にするかも知れない。
「宿題の範囲は一度しか言わないからよく聴いておくように。」
極少数に対し、罰則の頭突きが確定しようとしている。複数人が宿題を忘れてきたときの破壊力は鉄をも貫くと言われ、里の中でも密かに恐れられていた。
そんな時、眠ったままの少年の首筋で、細かい火花がぱちぱちと爆ぜた。
「ふぇ!?」
驚いて跳び起きると、今まさに宿題の範囲が発表される寸前だった。
ギリギリで宿題の範囲を記録しながら背後を覗くと、白髪の少女が気さくな笑みを浮かべているのが見えた。
「……っと、ここまでだ。忘れたら…分かってるな?」
一瞬だけ見せた清々しい笑みに、額にまだ治らないたんこぶを抱えた少年が震え上がった。
「解散、帰ってよし。」
その言葉を機に、寺子屋の子供達は一斉に外へと駆けだしていった。
そして、それと入れ違いに一人の少女が中に入ってきた。
「よ、今日も元気そうにやってるじゃないか。」
「希にはおまえも受けてみたらどうだ?殺し合い以外の意思疎通を思いつくかも知れないぞ。」
笑い混じりの台詞に、白髪の少女は苦笑を浮かべた。
「歴史なんて幾らでも“知ってる”よ。おまえよりずっと多く、な。」
その言葉と表情には、深く少ない影があった。それも全て抱擁するような笑みを浮かべつつ、慧音は頷いた。
「あぁ、“知っている”。相変わらずのようだな、妹紅。」
「お前も相変わらず、何でもお見通しだな。慧音。」
「そういえば、一回も聞いたことがなかったな。」
「何だ?」
机の一つに腰掛け、歴史の編纂にかかろうとする慧音を邪魔してみる。
「今やってる仕事って楽しいか?」
その言葉に、慧音は何を今更と首を振った。
「言うまでもないだろう。」
「へぇ?」
「そうでなければ過半数が眠りこけて私を無視するような授業など、今まで続けてはいまい。」
いやいやそうじゃない、と妹紅は首を振った。
「知ってて言ってるだろ。私が言ってるのはそれだよ。」
そういって妹紅が指さしたのは、現在進行形で編纂している幻想郷の歴史書である。
「難しい質問だな。」
そういって考える素振りをするが、その手元は休まずに決められた作業をこなしていく。
「実際、歴史書なんて稗田の奴が作ってるんだから、お前が作る必要なんかないだろ?」
妹紅にしてみれば慧音の仕事を邪魔してみたいだけなのだが、当の慧音は真面目な顔で話に耳を傾けていた。
「私が作ってる歴史書は、そっちとのはちょっと違うんだ。」
「どんな風に?」
「これは溜め込んだり、誰かに見せるための物じゃない。後で私が歴史にするための記録…と言っても、わからないか。」
頭にクエスチョンを浮かべ始めた妹紅に、慧音は苦笑混じりに答えた。
「まぁとにかく、これは決して日の目を見る仕事じゃない。現にお前から見ても、さぞつまらない仕事に見えるだろうしな。」
なら何でやってるんだと言いたげな妹紅から視線を外し、視線を空に向けながらぽつりと呟いた。
「でもな。恐らく楽しいんだろうと思う。」
これだけコロコロ表情を変えながらも全く手元を狂わせない慧音に驚嘆しながら、妹紅は次の言葉を待った。
「何というかな……自分の能力がこの世界を動かす為に必要な物なんだと実感できるから……いや、もっと感覚的な物なんだろうな。」
遠い視線でまた難しいことを語り始めた慧音に、両手を上げて降参の姿勢を示し、妹紅は席を立った。
「そうかい。それなら別に、私が何かいうことじゃないね。」
「ふ、私の邪魔をしたいならもっと気の利いた文句を用意してくることだな。」
「そうさせてもらうよ。」
そう言って妹紅は寺子屋を後にした。
「私は……いや、考えるまでもないかな。」
永遠の時を生きる蓬莱人の彼女といえども、幻想郷にとってはただ一つの点に過ぎない。
ただ一つの点ですら、幻想郷は許容し、抱擁し、蒼い空をくれる。
霧のかかった湖の岬。
紅魔曰く、「運命は糸よ。例えばこのティーカップ、例えばこれを私が持つ時、このカップから私は様々な運命を感じるわ。私が手を放してこれが床に落ちる、私が口を付ける、そのままソーサーに戻す……どの糸を引くかで運命が変わる。そして私は、その全ての糸が見えるのよ。」
ならば、湖に投げ込まれた一本の釣り糸は、どんな運命に繋がっているのだろう。
紅魔がここにいたのなら言うだろう、「ご愁傷様。」と。
半分眠りながら、固定された釣り竿の後ろで獲物を待ち続けるのは普通の人間。
里でも多少は名の通った釣り人であり、今度も大口を叩いて出かけてきたのである。
しかし残念ながら、今日はきっと運がなかったのだろう。里で話を広める時、物陰から悪意の籠もった最強の瞳が覗いていたのであった。
ふと、竿が勢いよくしなった。
今の今まで夢想の世界へ旅立ちかけていた青年は、待ってましたとばかりに跳ね起き、竿を掴んで立ち上がる。
長年研ぎ澄ませてきた感覚は例え寝ているときでさえ、些細な異変も見逃さない。釣り竿限定ではあるのだが。
釣り人仲間からは異能者と煽てられ、本人も中々その気になっていた。実際、実績は着々と挙がっている。
しかし今回だけは、そういうわけにも行かなかった。
「のわ!?」
立ち上がった瞬間、突然迫ってきた強引な地面と青年は、痛い程愛情の籠もった接吻を交わす羽目になった。
見れば、両の足首が細い釣り糸で縛られているではないか。自分の足元がキラキラと太陽光を反射して光り輝いているではないか。
そしてその拍子に釣り竿は、大物なのであろう獲物に引きずられ、湖の中へと不倫旅行に出かけてしまった。
地団駄を踏んで悔しがろうとした青年は立ち上がると同時にまた派手に、今度は後ろに向かって転倒した。
「ふっ、決まった…やっぱりあたいってば最強ね!」
気絶して寝転がっている釣り人を指さし、自称最強の氷精は高々と笑い声を上げた。
ほれみたことか。⑨は馬鹿の烙印などではない。永遠のトップランカーの称号であり最強の証、企ぎょ…おっと、の運命すら左右する
「チルノちゃん…やりすぎると捕まったときにまた酷い目に遭っちゃうよ?」
「はぁ?あたいが何時酷い目に遭わされたってのよ。」
大きく溜め息をつきながら、状況的保護者の大妖精は魚の口にかかった釣り針を外した。キャッチアンドリリースが釣りの基本である。
対象が怪魚だろうが妖精だろうが、それは変わらない。
こつん。
何か後ろで音がした。
「そういえばさ~、前から気になってたんだけど。」
「え、何?」
私がもっとしっかりしなければ、と気合いを入れ直していた大妖精に、不意にチルノが問いかけた。
それも、いつものあたい最強の顔ではなく、人物を疑うほどに真剣な表情だった。
明日は氷柱が、いや、下手をすれば隕石すら降って来かねないと確信しながら、大妖精は次の言葉を待った。
「あんた、悪戯したいって思ったことってないの?」
問いはシンプルな物だった。だが単純であるが故に、その論点は違えようもない。
「……当然じゃない。今だってこうして、協力してあげたでしょ?」
自分でも少しぎこちないと知りつつも、何とか笑みを返してみせる。
いつものチルノなら、これで安心して次の悪戯に走っていくはずだ。
しかし、今日は何かが違っていた。
「そう……私って、迷惑かな。」
「え!?」
今度こそ大妖精は我が耳を疑った。今、目の前のチルノと思しき妖精は何と言ったのだろう。
「妖精は皆悪戯好きで、それが楽しみだから……」
その言葉は、大妖精の心を揺らすに足る程の重みを持っていた。
「もしかしたら、しっかりしたあんたのことだから、悪戯したいの押さえてるんじゃないかと思ってたんだけど……」
周りの妖精は皆、児戯や悪戯を至上の喜びと考えていた。そんな中にあって、自分だけはそういったことに全く興味が持てなかった。
同族との交流は、本当に少なかった。しっかりしていながらも幼い少女の心は、毎日寂しさに揺れていた。
「ごめん、あたいの勘違いだったかな。」
「そ、そんなことないよ!だって……」
「え?」
「だって……チルノちゃんと一緒にいられるだけで……」
その続きは言葉にならなかった。
気が付けば、自分は少女の腕の中にいた。
「チルノちゃん……。」
思わず、自分も目の前の相手に抱きついていった。
そして、気付いた。
「ん?」
首筋の辺りに、何かくっついている。
銀色に光るそれは……。
「これは……。」
少し痛いかも知れないと思いつつ、大妖精はチルノの首筋に刺さった釣り針を引き抜いた。
「な、ななななな!何やってんのよあんた!!」
途端、目の前の少女が自分を突き飛ばした。
「え?」
目を丸くして相手を見つめる。
「あ、あ、あたいが幾ら最強だからって!そ、そそそそ、そんないきなり迫られても急に応えなんて……」
耳まで真っ赤に染まり、薄氷から雫を滴らせるその様は、間違いなく⑨チルノに間違いない。
手に持った釣り針を見つめる。
あぁそうか。
これか。
やっぱりあれはチルノじゃなかったんだ。
明日隕石が降ってくる心配はなさそうだ。
心底安堵したような溜め息を一つ、大妖精は太陽の様な笑顔を作った。
「なんでもないよ。さ、門番さんの所にでも行こ?」
「あ、待ちなさい!最強のあたいを追いてく気!?」
あっという間に自分を追い抜き、満面の笑みを浮かべるチルノに向かって、大妖精は改めて微笑みを作った。
ありがとう。
どういたしまして。
再び前を向いたチルノも、同じ表情をしていた。
やはり明日は、幻想郷が崩壊の危機に直面するかも知れない。
「紫様は…今日もお休みか。」
「……。」
「それじゃ藍様、行ってくるね~。」
「気をつけてな、橙。」
うん、今日もいつも通り。
狭間の中にゆったりと浮かびながら、八雲紫は幻想郷を眺めていた。
藍や橙を含む幻想郷の住人は皆、紫は一日の内半分以上を寝て過ごしていると思っている。
無論、そう見えるようにし向けているのである。
紫の能力を持ってすれば、眠ることしかしない自分の分身を作り出すことなど雑作もない。
紫は幻想郷を外界から隔離するとき、神たる龍と一つ契約を交わしていた。
そしてその契約は幻想郷が隔離されてから今日まで、危うい線を渡ったこともあったが尊守され続けている。
「あら…最近増えなくなったと思ったら、珍しい事もあるものね。」
影のない空間に、一人。見かけない妖怪が立っている。
「この娘は、何が出来るのかしらね。」
境界を操り、その娘と自分の心を一体化させていく。
まだここに来て日も浅い、不安定な心を感じた。
何をしているのか、何をしたいのか。
何処に行きたいのか、行きたくないのか。
全てが曖昧な少女の能力は、光を統べる程度。
光を“操る”ではなく、“統べる”程の能力。
恐らく外でも、かなり神格化されていた存在だったのだろう。
「……光ですら、幻想になる世の中になったという事かしら。」
言ってみて、らしくないと首を振る。とにかく、これ程の能力が当て処もない状態にあるのは危険だ。
しかし、幻想郷はそんな存在ですら許容せねばならない。
「そう……それなら宵闇の妖怪も確か、ああなるまえは同じような感じだったわね。」
すぐさまそちらの事情を確認すると、自分が執るべき行動が見えてきた。
「思った通りね。」
そして、夜へと向かう幻想郷の中に舞い戻った。
思い当たった妖怪の進路の境界を操り、目標の妖怪と出会うようにしむける。
これでよし。
大丈夫、失敗するはずはない。
ここは幻想郷なのだから。
「藍~、お腹空いたわ~。」
一泊の間を置いて、優秀な式の言葉が返ってきた。
「やっと起きたんですか?早く来ないと、橙におかず盗られちゃいますよ。」
「あぁん!ちょっとくらい待ってよ!!」
あぁ、今日も幻想郷は平和だ。
明日もきっと…いや、絶対に平和が続く。
私が続かせる。
一応そうでなくても読める話もありますが、先にそちらに目を通しておくことをお勧めします。
人里の一角。
周囲の家屋よりほんの少し大きい建物からは、今日も難解な授業が聞こえてきた。
「×××だから○○○なのであって、△△△が……」
教師を務める人物は、あたかも疲れを知らないかのように延々と語り続けている。
対する受講者の過半数は既に意識を放棄し、夢想の世界へと旅立っていた。ごく少数の真面目に話を聞いている少年達にはきっと、明るい未来が待っていることだろう。
「※※※で☆☆☆が♪♪♪してな……おっと、もうこんな時間か。」
日の傾きを見やり、上白沢慧音は終了の時間を悟った。
「よし、今日の授業はここまで。」
今までどれだけ熱っぽく話をしようと全く目覚める気配も見せなかった筈の子供達が、その言葉を聞いた途端机から顔を上げた。
そんな中でもまだ眠っている極少数の子供達は将来、道端で上手に食べられる才能を手にするかも知れない。
「宿題の範囲は一度しか言わないからよく聴いておくように。」
極少数に対し、罰則の頭突きが確定しようとしている。複数人が宿題を忘れてきたときの破壊力は鉄をも貫くと言われ、里の中でも密かに恐れられていた。
そんな時、眠ったままの少年の首筋で、細かい火花がぱちぱちと爆ぜた。
「ふぇ!?」
驚いて跳び起きると、今まさに宿題の範囲が発表される寸前だった。
ギリギリで宿題の範囲を記録しながら背後を覗くと、白髪の少女が気さくな笑みを浮かべているのが見えた。
「……っと、ここまでだ。忘れたら…分かってるな?」
一瞬だけ見せた清々しい笑みに、額にまだ治らないたんこぶを抱えた少年が震え上がった。
「解散、帰ってよし。」
その言葉を機に、寺子屋の子供達は一斉に外へと駆けだしていった。
そして、それと入れ違いに一人の少女が中に入ってきた。
「よ、今日も元気そうにやってるじゃないか。」
「希にはおまえも受けてみたらどうだ?殺し合い以外の意思疎通を思いつくかも知れないぞ。」
笑い混じりの台詞に、白髪の少女は苦笑を浮かべた。
「歴史なんて幾らでも“知ってる”よ。おまえよりずっと多く、な。」
その言葉と表情には、深く少ない影があった。それも全て抱擁するような笑みを浮かべつつ、慧音は頷いた。
「あぁ、“知っている”。相変わらずのようだな、妹紅。」
「お前も相変わらず、何でもお見通しだな。慧音。」
「そういえば、一回も聞いたことがなかったな。」
「何だ?」
机の一つに腰掛け、歴史の編纂にかかろうとする慧音を邪魔してみる。
「今やってる仕事って楽しいか?」
その言葉に、慧音は何を今更と首を振った。
「言うまでもないだろう。」
「へぇ?」
「そうでなければ過半数が眠りこけて私を無視するような授業など、今まで続けてはいまい。」
いやいやそうじゃない、と妹紅は首を振った。
「知ってて言ってるだろ。私が言ってるのはそれだよ。」
そういって妹紅が指さしたのは、現在進行形で編纂している幻想郷の歴史書である。
「難しい質問だな。」
そういって考える素振りをするが、その手元は休まずに決められた作業をこなしていく。
「実際、歴史書なんて稗田の奴が作ってるんだから、お前が作る必要なんかないだろ?」
妹紅にしてみれば慧音の仕事を邪魔してみたいだけなのだが、当の慧音は真面目な顔で話に耳を傾けていた。
「私が作ってる歴史書は、そっちとのはちょっと違うんだ。」
「どんな風に?」
「これは溜め込んだり、誰かに見せるための物じゃない。後で私が歴史にするための記録…と言っても、わからないか。」
頭にクエスチョンを浮かべ始めた妹紅に、慧音は苦笑混じりに答えた。
「まぁとにかく、これは決して日の目を見る仕事じゃない。現にお前から見ても、さぞつまらない仕事に見えるだろうしな。」
なら何でやってるんだと言いたげな妹紅から視線を外し、視線を空に向けながらぽつりと呟いた。
「でもな。恐らく楽しいんだろうと思う。」
これだけコロコロ表情を変えながらも全く手元を狂わせない慧音に驚嘆しながら、妹紅は次の言葉を待った。
「何というかな……自分の能力がこの世界を動かす為に必要な物なんだと実感できるから……いや、もっと感覚的な物なんだろうな。」
遠い視線でまた難しいことを語り始めた慧音に、両手を上げて降参の姿勢を示し、妹紅は席を立った。
「そうかい。それなら別に、私が何かいうことじゃないね。」
「ふ、私の邪魔をしたいならもっと気の利いた文句を用意してくることだな。」
「そうさせてもらうよ。」
そう言って妹紅は寺子屋を後にした。
「私は……いや、考えるまでもないかな。」
永遠の時を生きる蓬莱人の彼女といえども、幻想郷にとってはただ一つの点に過ぎない。
ただ一つの点ですら、幻想郷は許容し、抱擁し、蒼い空をくれる。
霧のかかった湖の岬。
紅魔曰く、「運命は糸よ。例えばこのティーカップ、例えばこれを私が持つ時、このカップから私は様々な運命を感じるわ。私が手を放してこれが床に落ちる、私が口を付ける、そのままソーサーに戻す……どの糸を引くかで運命が変わる。そして私は、その全ての糸が見えるのよ。」
ならば、湖に投げ込まれた一本の釣り糸は、どんな運命に繋がっているのだろう。
紅魔がここにいたのなら言うだろう、「ご愁傷様。」と。
半分眠りながら、固定された釣り竿の後ろで獲物を待ち続けるのは普通の人間。
里でも多少は名の通った釣り人であり、今度も大口を叩いて出かけてきたのである。
しかし残念ながら、今日はきっと運がなかったのだろう。里で話を広める時、物陰から悪意の籠もった最強の瞳が覗いていたのであった。
ふと、竿が勢いよくしなった。
今の今まで夢想の世界へ旅立ちかけていた青年は、待ってましたとばかりに跳ね起き、竿を掴んで立ち上がる。
長年研ぎ澄ませてきた感覚は例え寝ているときでさえ、些細な異変も見逃さない。釣り竿限定ではあるのだが。
釣り人仲間からは異能者と煽てられ、本人も中々その気になっていた。実際、実績は着々と挙がっている。
しかし今回だけは、そういうわけにも行かなかった。
「のわ!?」
立ち上がった瞬間、突然迫ってきた強引な地面と青年は、痛い程愛情の籠もった接吻を交わす羽目になった。
見れば、両の足首が細い釣り糸で縛られているではないか。自分の足元がキラキラと太陽光を反射して光り輝いているではないか。
そしてその拍子に釣り竿は、大物なのであろう獲物に引きずられ、湖の中へと不倫旅行に出かけてしまった。
地団駄を踏んで悔しがろうとした青年は立ち上がると同時にまた派手に、今度は後ろに向かって転倒した。
「ふっ、決まった…やっぱりあたいってば最強ね!」
気絶して寝転がっている釣り人を指さし、自称最強の氷精は高々と笑い声を上げた。
ほれみたことか。⑨は馬鹿の烙印などではない。永遠のトップランカーの称号であり最強の証、企ぎょ…おっと、の運命すら左右する
「チルノちゃん…やりすぎると捕まったときにまた酷い目に遭っちゃうよ?」
「はぁ?あたいが何時酷い目に遭わされたってのよ。」
大きく溜め息をつきながら、状況的保護者の大妖精は魚の口にかかった釣り針を外した。キャッチアンドリリースが釣りの基本である。
対象が怪魚だろうが妖精だろうが、それは変わらない。
こつん。
何か後ろで音がした。
「そういえばさ~、前から気になってたんだけど。」
「え、何?」
私がもっとしっかりしなければ、と気合いを入れ直していた大妖精に、不意にチルノが問いかけた。
それも、いつものあたい最強の顔ではなく、人物を疑うほどに真剣な表情だった。
明日は氷柱が、いや、下手をすれば隕石すら降って来かねないと確信しながら、大妖精は次の言葉を待った。
「あんた、悪戯したいって思ったことってないの?」
問いはシンプルな物だった。だが単純であるが故に、その論点は違えようもない。
「……当然じゃない。今だってこうして、協力してあげたでしょ?」
自分でも少しぎこちないと知りつつも、何とか笑みを返してみせる。
いつものチルノなら、これで安心して次の悪戯に走っていくはずだ。
しかし、今日は何かが違っていた。
「そう……私って、迷惑かな。」
「え!?」
今度こそ大妖精は我が耳を疑った。今、目の前のチルノと思しき妖精は何と言ったのだろう。
「妖精は皆悪戯好きで、それが楽しみだから……」
その言葉は、大妖精の心を揺らすに足る程の重みを持っていた。
「もしかしたら、しっかりしたあんたのことだから、悪戯したいの押さえてるんじゃないかと思ってたんだけど……」
周りの妖精は皆、児戯や悪戯を至上の喜びと考えていた。そんな中にあって、自分だけはそういったことに全く興味が持てなかった。
同族との交流は、本当に少なかった。しっかりしていながらも幼い少女の心は、毎日寂しさに揺れていた。
「ごめん、あたいの勘違いだったかな。」
「そ、そんなことないよ!だって……」
「え?」
「だって……チルノちゃんと一緒にいられるだけで……」
その続きは言葉にならなかった。
気が付けば、自分は少女の腕の中にいた。
「チルノちゃん……。」
思わず、自分も目の前の相手に抱きついていった。
そして、気付いた。
「ん?」
首筋の辺りに、何かくっついている。
銀色に光るそれは……。
「これは……。」
少し痛いかも知れないと思いつつ、大妖精はチルノの首筋に刺さった釣り針を引き抜いた。
「な、ななななな!何やってんのよあんた!!」
途端、目の前の少女が自分を突き飛ばした。
「え?」
目を丸くして相手を見つめる。
「あ、あ、あたいが幾ら最強だからって!そ、そそそそ、そんないきなり迫られても急に応えなんて……」
耳まで真っ赤に染まり、薄氷から雫を滴らせるその様は、間違いなく⑨チルノに間違いない。
手に持った釣り針を見つめる。
あぁそうか。
これか。
やっぱりあれはチルノじゃなかったんだ。
明日隕石が降ってくる心配はなさそうだ。
心底安堵したような溜め息を一つ、大妖精は太陽の様な笑顔を作った。
「なんでもないよ。さ、門番さんの所にでも行こ?」
「あ、待ちなさい!最強のあたいを追いてく気!?」
あっという間に自分を追い抜き、満面の笑みを浮かべるチルノに向かって、大妖精は改めて微笑みを作った。
ありがとう。
どういたしまして。
再び前を向いたチルノも、同じ表情をしていた。
やはり明日は、幻想郷が崩壊の危機に直面するかも知れない。
「紫様は…今日もお休みか。」
「……。」
「それじゃ藍様、行ってくるね~。」
「気をつけてな、橙。」
うん、今日もいつも通り。
狭間の中にゆったりと浮かびながら、八雲紫は幻想郷を眺めていた。
藍や橙を含む幻想郷の住人は皆、紫は一日の内半分以上を寝て過ごしていると思っている。
無論、そう見えるようにし向けているのである。
紫の能力を持ってすれば、眠ることしかしない自分の分身を作り出すことなど雑作もない。
紫は幻想郷を外界から隔離するとき、神たる龍と一つ契約を交わしていた。
そしてその契約は幻想郷が隔離されてから今日まで、危うい線を渡ったこともあったが尊守され続けている。
「あら…最近増えなくなったと思ったら、珍しい事もあるものね。」
影のない空間に、一人。見かけない妖怪が立っている。
「この娘は、何が出来るのかしらね。」
境界を操り、その娘と自分の心を一体化させていく。
まだここに来て日も浅い、不安定な心を感じた。
何をしているのか、何をしたいのか。
何処に行きたいのか、行きたくないのか。
全てが曖昧な少女の能力は、光を統べる程度。
光を“操る”ではなく、“統べる”程の能力。
恐らく外でも、かなり神格化されていた存在だったのだろう。
「……光ですら、幻想になる世の中になったという事かしら。」
言ってみて、らしくないと首を振る。とにかく、これ程の能力が当て処もない状態にあるのは危険だ。
しかし、幻想郷はそんな存在ですら許容せねばならない。
「そう……それなら宵闇の妖怪も確か、ああなるまえは同じような感じだったわね。」
すぐさまそちらの事情を確認すると、自分が執るべき行動が見えてきた。
「思った通りね。」
そして、夜へと向かう幻想郷の中に舞い戻った。
思い当たった妖怪の進路の境界を操り、目標の妖怪と出会うようにしむける。
これでよし。
大丈夫、失敗するはずはない。
ここは幻想郷なのだから。
「藍~、お腹空いたわ~。」
一泊の間を置いて、優秀な式の言葉が返ってきた。
「やっと起きたんですか?早く来ないと、橙におかず盗られちゃいますよ。」
「あぁん!ちょっとくらい待ってよ!!」
あぁ、今日も幻想郷は平和だ。
明日もきっと…いや、絶対に平和が続く。
私が続かせる。
ただ「何となく」このSSが好きです。
それでそれのせいでチルノがおかしくなった? という解釈でよろしんでしょうか? いや、本当にこうとしか読めなかったものでして(汗
あと慧音のところの『複数人が宿題を忘れてきたときの破壊力は鉄をも貫くと言われ、里の中でも密かに恐れられていた。』というのは、忘れた人数が多くなればなるほど頭突きの威力が上がる、ということでしょうか?
火花がちった少年にたんこぶがあるのはこの日にすでに頭突きをもらった、ということなんでしょうか?
一貫して同じ事を書いている、とありますが自分は何回読んでも『幻想郷』という共通点しか見出せなかったです。平和な日常と紫の行動、そんなところですか。作者の中では色々起こったことだとしましても、読者からは文字として提供される状況が全てなので、もう少ししっかりと描写して欲しいと思います。雰囲気はよろしいのですが、それだけにくっついてくる違和感が消せないといったところでしょうか。
それともこの描かれていない描写のことが、氏の書きたい「一貫した事柄」に関係があるのでしょうか?
その通りなのですが…すみません、自分の技量が至らなくって上手く表現出来てないようですorz
自分としての答えを一応明記しておくことにします。
答:幻想郷では誰しも一人ではない
:ただの一人を除いて
続くのかな? 楽しみにしてます。
「頭の螺子の不足」の原理の逆説で、
釣り針が螺子として処理されたのではないだろうか
・・なんて、的外れな想像だな
ほのぼの系という感じ。
針が刺さったことにより血行がよくなり、チルノの脳味噌に血が通うようになって(以下略
なんてとんでも理論がですね……