「…………!」
届かない。
嗚呼――届かない。
伸ばす白い手も、
叫ぶ白い声も、
届きはしない。
「…………!!」
嗚呼――届かない。
誰にも届かない。
届かない。
届かない。
赤い手も、
赤い声も、
何処にも、
誰にも、
届きはしない。
「…………………………………………………………………………………………………………!」
それでも手は止まらない。ずっとずっと、手は遠くへと伸びて、伸ばしたつもりで――けれど幾分も伸びはしない。引き攣るように震える指は、何処にも届くことはなく、何を掴むことはない。それでも彼女は求めるのをやめない。
それでも声は止まらない。ずっとずっと、声は遠くへと響いて、世界へと染み渡り――けれどそれは耳朶の残響で、彼女の声は彼女にしか届かない。彼女にさえ届かない。それでも彼女は叫ぶのをやめない。
幻を掴むことなく――夕暮れに染まる世界で、地に伏した吸血鬼の妹は焼かれつづける。
白い手が、夕日に焼かれて、紅く染まる。
白い声が、夕日に焼かれて、紅く染まる。
「…………………………!」
届かない。
届かない。
誰にも――何処にも――届きはしない。
「あきらめなさいな、フランドール」
だから、それは独り言だ。
誰に向けもしない、ただのつぶやきだ。
その声は。
「…………………………!」
彼女には届かない。
フランドール・スカーレットに、姉の言葉は届かない。姉の声は聞こえず、姉の姿は見えず、ただがむしゃらに彼女は叫ぶ。
太陽の光の下、悲鳴にならない悲鳴をあげる。
「…………………………!」
その姿を。
「かわいそうな妹」
レミリア・スカーレットは、哀れんだ。
それは憐憫以外の一切が混じらない、哀れみ以外の何者でもない感情であり――視線と声もまた、彼女を哀れんでいた。
見下している。
見下ろしている。
フランドールを見下ろして、レミリアは嘆息した。背には日傘。当然だ、彼女は吸血鬼なのだから。日光に当たることの叶わない彼女は、日傘を手に持っている。
ただし――意味のないことでもあった。
彼女の背後には白い花を咲かす大きな樹があり、その影が彼女の姿を夕日から隠しているのだから。日傘がなかったとしても、彼女の肌に陽光は届きはしなかっただろう。
彼女は守られている。
妹と違い。
フランドール・スカーレットには何もない。彼女には傘も影もなく、何も隠すことのない姿で、日の下に置き去りにされている。
二人の間に距離はない。
僅かな距離だ。手を伸ばせば、木の陰に手が届いただろう。歩くことさえできれば、姉の体へとすがりつくこともできただろう。
叶わない。
そのどちらも叶わない。
腕は動かず、声は漏れず。全身を日光に炙られながら、フランドールは叫び続ける。
「…………………………!」
服はすでに燃え尽きている。肌を隠すものは何もない。触れるだけで砕けてしまいそうな体を、触れるだけで穢れてしまいそうな肌を、外気へとさらして倒れている。地と触れた乳房が石で傷つき、破れた肌から母乳のように赤い血が流れている。
一筋の薄い血だ。夕焼けの赤に叶わないような量だ。
それでも――なお。
その紅は、何よりも紅い。
「あきらめなさい、フランドール」
姉は繰り返す。幾度となく繰り返す。その声が、彼女の妹に届くまで繰り返す。
何時までも繰り返す。
繰り返す。
繰り返す。
「あきらめなさいな」
レミリア・スカーレットは、繰り返す。
「…………………………!」
応えるように――答えることなくフランドールは叫ぶ。
叫ぶ。
叫ぶ。
届かない。
届かない。
白い肌が地面とこすれる。一歩も前へと進めないのに、焼け付く夕日にもだえるように身動ぎ、身じろぐたびに傷口と流れる血が増えていく。なだらかな双丘の上に、紋様のように赤い線が走る。
それは血だ。
それは血だ。
それは、命だ。
フランドール・スカーレットの――生命の紅だ。
だから、レミリアはいうのだった。
「あきらめなさい、フランドール」
日傘は動かない。
手は動かない。
体は動かない。
白い花の咲く木の下で、レミリア・スカーレットは動かない。日傘をじっと握り締め、その影の下から出てこようとはしない。
ただ、
その視線だけは――フランドールから外れない。
じっと、燃え上がりそうなほどに冷々と、見つめている。
「…………………………!」
姉の視線にフランドールは気づかない。姉の瞳に輝く色を気づき得ない。何を見ることものなく、ただ、
手を、伸ばす。
声を、伸ばす。
前へ、
前へ、
影へ。
届かない手。届かない声。それでもあきらめない。あきらめろという声が彼女には届いていないから。あきらめるということを、彼女はしらないから。
あきらめない。
伸ばす、
伸ばす、
腕を伸ばす。
叫ぶ、
叫ぶ、
救いを求めてフランドールは叫びをあげる。
姉様、
姉様、
姉様と――声にならない声で、
叫び続ける。
「あきらめなさいな、フランドール・スカーレット」
その声はレミリアには届かない。
姉は動かない。
呼ばれていることを知りえない姉は、妹の悲鳴に気づこうとせず、白い木の影から出てこない。
――――陽が傾く。
夜がくる。夕日が終わり、太陽が砕け、夜が訪れる。吸血鬼たちの夜が。夜に生きるものたちの時間が。
だから、それは。
「あきらめなさいな――私の愛しい妹」
最後の忠告だった。
そしてその言葉は、最後までフランドールには届かない。
耳は焼かれている。肌は焼かれている。
喉は焼かれている。脳は焼かれている。
赤に、侵されている。
紅く――犯されている。
「…………………………!」
フランドールは立ち上がる。使い物にならない足を棒のように地面につきたて、ふらつく体を思い切り起こす。砂土に汚れた紅い裸身があらわになる。血の跡が糸をひく。
ふらつくように――前へ。
影へ。
それは歩くとはいえない行為だった。立ち上がり、足を踏み外し――支えきれずに前のめりに倒れただけである。
それでも、一歩には違いなく。
一歩分だけ――フランドールは、前へと進んだ。
倒れるように、
倒れて、
影の中へ。
音はしなかった。重みを感じさせない動きでフランドールの身が崩れ落ちる。砂と石が体に食い込み、流れ出た血が池のように地面をぬらす。
それでも――
その体が影の中に入っていた。白い花咲く木の影に体が入り、伸ばした手は――姉の元へと伸ばしたままだった。
届いていない。
指一本分届いていない。レミリアの足に触れそうで、けれど決定的に届いていない。
触れていない。
触れていない、その指を。
「かわいそうな――私の妹」
レミリア・スカーレットが手に取った。
ひざを曲げてしゃがみこみ、地に落ちるフランドールの指を、日傘を持たない手で軽く握り締める。
小さな手だ。
どちらの手も――小さかった。
白い姉の指と、紅い妹の指が絡む。流れる血が、地面と肌を染めていく。
そうして。
つかんだ指以外が――埋もれていく。
影に。
地に。
紅黒く染まった影へと、フランドールの体が沈んでいく。血の沼でも生まれたのか、元よりそうなる他はなかったのか。地面は混濁し、フランドールの体を引きずり込む。
ずぶずぶと、
ずぶずぶと、
フランドールが沈んでいく。
影へ。
がちがちと、
がちがちと、
フランドール・スカーレットが閉ざされる。
底へ。
紅い足が、紅い腰が、紅い胸が、紅い体が、紅い羽が、底へ底へと沈んでいく。
レミリアにつかまれた指だけがかろうじて残り、それ以外は沈みゆき――その顔までが中ほどまで沈み、
「――――――――――――――――、」
紅い瞳が、初めて――レミリアを視認して。
……とぷん。
その瞬間に、顔も、瞳も、地面へと沈んでいった。
最後に残った、その指を。
「だから――あきらめなさいと、いったでしょう?」
レミリア・スカーレットは、そっと手放した。
……とぷん。
支えを失った指が底へと沈む。
フランドールが、地へと消える。
フランドール・スカーレットの、すべてが閉ざされる。
あとに残るのは、吸血鬼の姉だけだ。妹を失った姉は、指先に残った僅かなぬくもりだけを感じながら立ち上がる。
誰もいない。
誰もいない。
月の下にいるのは、傘をさしたレミリアと、
薄く紅い花を咲かす、桜の樹だけだ。
そっと――指先でレミリアは木の幹をなでた。それから、妹の最後を触れた指で、白から紅へと染まった花びらをつまむ。
薄く紅く染まった花びらを、レミリアはそっと口にする。
「……美味しいわ」
桜の花びらは、血の味がした。
(了)
といいますかこういう作品をこういうタイトルで何の前触れもなく繰り出してくるから氏は怖い。グロイのとか悲劇調なの苦手なのに……。
しょーじき自分の感性からいわせるとかなり評価しづらい作品なので、真ん中とって見ました。+20点は、まぁ騙された自分の負け点ということで。
散り際の美しさを正反対の姉妹にかけて、血の紅を桜の花びらにたとえて、といったところでしょうか? 浅学な自分では理解が回りません(汗
好きな作風なのにー。せめて心の準備をさせてくださいよー。
タイトルで誘引しておいて内容はタイトルから想像も出来ない作りというのは、正直言って詐欺じゃないかと。
で、内容そのものについてはそれらしいタイトルを付けてあれば60~80点を入れることもやぶさかではないと思いました。
それだけに残念です。
まあ、あれよりはマシだがこうゆう手法は嫌いです。
だが悪くない作品だ。
洒落が通じない人もいるので
最初に注意書きとかしといた方が良いかと。
でも前作もよく考えれば構造は同じなのか。
面白かったけどなんかもやもやしますね。
フランドールが消えていく様が儚くて痛々しくて、綺麗で、
どうしてこうなったのか、どんな思いがあったのか、
レミリアは喜んでいたのか悲しんでいたのか、そんな想像が
とても楽しい作品でした!
タイトルに釣られましたが。
味云々以前にこれはグロ注意だと思います。
まぁ、タイトル騙しのご利用は計画的にって事なのでは。
見る側のレベルに合わせろとは言いません。が、処方された薬も元は毒だって言うことをお忘れなく…
その点については、私は違和感なく、詩のように楽しませていただきました。
「母乳」と「血液」という本質的には同じ、しかし印象の全く対となるものの対比など、素晴らしい発想だと感じました。
しかし、難解すぎて読者が置いていかれてる面があると感じましたのでこの点数で。
\/ ● 、_ `ヽ ======
/ \( ● ● |つ
| X_入__ノ ミ そんな餌で俺様が釣られクマ――
、 (_/ ノ /⌒l
/\___ノ゙_/ / =====
〈 __ノ ====
\ \_ \
\___) \ ====== (´⌒
\ ___ \__ (´⌒;;(´⌒;;
\___)___)(´;;⌒ (´⌒;; ズザザザ
根っからのエロガキゆえ釣られてしまいました。おのれ孔明。
あ、情景や話の雰囲気は好きでした。
きちんとした物語にしたてたらどうなるのかな。
下から読んでもわりと意味が通じてしまうのは、繰り返しの表現を多く使っているからかw
どこまで意味が通じるかなーと辿っていくのが何故か面白かったです。
なんだって70なんて点数を入れやがった俺ー!!!
10回ほど読み直して真意や意図がようやく分かりましたよ(汗
電気羊氏が言ってた最後から読むは完全に気がつきませんでしたが。
ですけどああ、もう、なんだって100点いれてなかったのか、それが悔やまれます。衝撃が大きかったからってこれはないですよ。ああああ。
想像で補完するのがなかなか楽しい作品です。
見事に釣られ妹様と同じく引き込まれました。
読み返すこと三回、ゆっくり噛み締めて味が出るタイプですね。
次からはタイトルじゃなくて投稿者名にも注意して開かないといけないな。
どういうことなんだ?
母乳のように、という表現があるのでタイトルは外れていませんし、
むしろ読み終わってからセンスのあるタイトルだと思いました。
ひらがなであることで、軽い恐怖感すら覚えます。
本文とタイトルの絶妙のバランスが素敵です。
題名につられただけの人では、到底理解できないでしょうな・・・
レミリアは桜の木の下で、なぜ「あきらめなさい」と何度も繰り返したのでしょうか。
生を希求して、紅い命を流す妹。生を断念して、生きながらえる姉。
命が矛盾する桜の木の下で、フランが差し伸べた手は、姉に助けてもらう為ではなく
姉を助ける為の物のようにもにも思えます。
そう考えると、最後の台詞のなんと恐ろしい事でしょうか。
浅学非才の身ゆえ、作品の本質には触れる事はできなかったかもしれませんが
一読者として純粋に面白いと感じました。
蛇足ながら、命を持たない桜を愛でるのもまた一興かと。
落ち着いて読み直して気が付きました。しかし、だからこそあえて点数は変えないことにしますです。
一応理解はできたと思うけど
これは難しいな
そのアイディア脳を一度でいいから見せてくださいorz
どういった経緯でこの状況へと至ったのか、話の前後(と該当シーンの真意)をすべて読者の想像に委ねるのは、ちょっとずるい気がするなぁ。
素晴らしい日本語の使い方だと思います。
読めば読むほど味の出てくる作品のような…。
2008-04-22 00:18:24の名無しの方の書き込みから見るに
「墓」に「入る」って事???
読み返しておおよその見当はつきましたが、色々と釈然としませんでした。
1か0かの評価を欲していると思われるので、フリーレスではなくあえてこれで。
あーもう 新伝綺的な文体を噛み砕いて単なる模倣ではなく自分のものにしてしまっているから困る その文章力ちょっと分けてください
だけど全部読んだよ、釣られて良かったよ。
桜が幻想入りしてしまったら、桜を求めて我々も幻想入りするしかないね
難しい話は分からないけど面白かったよー
読み返しても分からない。
桜が出てるのは死と散り際の美しさの見立てからなんでしょうか?
不快と見るか、深いと見るか其処さえも愉しんでそうなんで10点マイナスといった所で、この点数で。
折角趣のある良い物を書いたのに楽しめなかった
というより意外性を狙っているにしてもセンスがなさ過ぎる。
単純にダーク作品につけるタイトルじゃない印象。
本文の内容事態は薄っぺらさはあるのが残念。
本文より前にどういう経緯でこういう状況になったかがあればもうちょっとはよくなるんじゃないかな?
これは予想のさらに上の上
どこまでが作為で、どこからが読者の想像なのか
それを考えつつ何度も読むのが楽しい作品でした
予想を裏切られて喜ぶわたしは間違いなくM
いやぁ、面白いものを見せて頂きました。
一度読んでサッパリ訳が分からず、三度読み返して理解した気になっています。
確かに「ふらんちゃんのぼにゅう」ですねw
エログロナンセンスに魅力を感じるようでは、幼き月の名は返上ものですよ!!
1,2回読んで理解できなきゃ、それ以上読めよと言われても、何度も読みたいかと問われれば、そう思えないものだったので……。
ああ、氏の頭の中を覗いてみたい。
氏のSSは毎回面白い、1つの作品で1時間以上ひたれます。
これからも頑張ってください。
自身の無知が恨めしい。
けど流石にこれは解釈を読者にゆだねすぎな気がします。
なので今回はこの点数で
色々と解釈を考えたりするのは好きなので、こういう話は大好きです。
タイトルのつけ方は上手いね。脳内が春満開な人は怒るかもしれないがw