ふわふわ、ふらふら、ゆらゆらと、
浮かぶ、流れる、揺蕩う感覚。
温かくもなく、冷たくもない。
不思議だけれど、大好きな
何も見えない、聞こえない。
私の体も、無いみたい。
だけどそんなの、気にしない。
気にならないし、出来ないし。
あれ?
遊び慣れた、近所の森の中。
嫌な感じのする薄暗さ。今にも雨が降り出しそうな。
少し冷えてきたな。そう感じて身震いをしたところで、橙はようやく、今、自分の置かれている状況が分からないという事だけが分かる現状を理解した。
今までの自分は何をしようとしていて、何をしていたのか。何故ここに来て、ここに居るのか。それが全く分からない。
目の前にあるのは、見慣れた近所の森だ。
いつも通りの森の光景。だけど、今はこれから降り出すであろう雨に脅えている様な。
迫り来るものに脅え、助けを求めるように、枝という枝にしがみ付く暗い緑。
それらの落とした影が、無遠慮に地面を覆って。
見上げて映るのは、どんよりとした曇り空。今にも大粒の雨が降ってきそうな感じがして、いたずらに不安を煽る。
紫黒、蝋色、井鼠。
それはまるで、生き物であるかの様な錯覚。大地を飲み込む、黒い空。
(私はどうしてここにいるんだっけ?)
ごく自然な疑問が湧き、しかし、今はそれ以上に大事な事がある。
(お家に、帰らなきゃ)
もうすぐ、雨が降る。
暗い、冷たい、大嫌い。
(帰らなきゃ)
耐え切れず、逃げ出すように、家に向かって歩き出す
事が、出来ない。
あれ?
(ここはどこ?)
遊び慣れた、近所の森。
(お家はどこ?)
すぐそこ。少し走ればあっという間に着いちゃうくらい。
(ここはどこ?)
分からない。
ここは、どこ?
言いようの無い恐怖が橙を覆う。
ここはいつもの、近所の森で。
何か違う。何かがおかしい。
お家はどこ?分からない。
お家はどこ?
お家って何?
分からない。
何も分からない。
もう何が何だか分からない。
(いやだ!こわい!何で!?)
訳が分からなくなり、怖気を震う。
鼻の先に嫌な感触があった。
怖い、冷たい、大嫌い。
水。
(いやだ!こわいよ!どうして!?)
逃げ出したい程に恐ろしい。が、それ程に恐ろしいが為に足を動かす事も出来ない。
力なく膝をつき、頭を抱える様に体を丸めて目を瞑る。
(助けて!だれか!助けて! ……藍様!)
どれくらいの時間が経ったのだろう。
とても長い時間の様に感じられる。けど、多分、それはほんの僅かな時間でしかなくて。
「ん?」
場違いに、気の抜けた声を聞いた気がした。
だが、それこそが橙の待ち望んでいたものでもあった。
(藍様!)
聞き間違える筈も無い、愛する主人の声。
その声を聞いただけで安堵が橙の胸を満たし、声の主を求めて目を開く。
(え?)
そこで再び、橙は理解の出来ない光景を目にした。
(ここはどこ?)
遊び慣れた、よく見慣れた、近所の森に橙はいない。
(ここはどこ?)
暖かくて柔らかい太陽の光が注ぐ、金色の世界。
西日の射す、一面の麦畑。
(え………何で?)
訳が分からない。
しかし、ここに橙を脅かすものは何も無い。
見れば見る程に不思議な光景。しかし、それもすぐにどうでも良くなった。
(藍様…?)
いつだって橙に安らぎを与えてくれる、優しい匂い。
藍の匂いを、嗅いだ気がした。
(藍様……!)
目の前に広がる金色の光景。それが橙には、藍そのものである様に感じられた。
橙は深呼吸をする。
藍の優しさで胸を満たし、安堵が体中を満たしていく様な心地良さに包まれた。
あれ?
いつもと同じ、家の縁側。
傾いた太陽は今にも沈みそうで、辺りはもう薄暗い。
(私、夢を見ていたんだ)
そう思って、それにしても嫌な夢だったとも思う。
しかし、夢から覚めたという実感があまり湧かない。だってまだ暖かい。そう感じたところで、橙はようやく、自分の体を藍の尻尾が覆っている事に気付いた。
大好きな藍様の温もり、藍様の匂い。
少し首を動かして、周りを見る。
橙の頭のすぐ先で、藍は縁台に腰掛けて読書をしていた。
徐々に感覚が戻る。
「やっと起きたか、橙」
たったそれだけの言葉。それですら、いまの橙には嬉しい。
分かる。ここに広がる光景が。ここは何処で、今がいつで、目の前にいるのは誰なのか。
しかし、
「どんな怖い夢を見たんだ?泣く程に怖い夢なんて」
そう言われるまで、橙の鼻をなぞる濡れた感覚は分からなかった。
(雨…)
自分の鼻を打つ水の感触。それは雨ではなくて自分の涙だったのか。
そう考えている内に妙な気恥ずかしさが橙を襲う。
でも、そんな事ももう、どうでもいい。
とても怖い夢、何だかちょっと恥ずかしい夢。だけど、大好きな藍様の夢。
「何でもないんです。藍様が助けてくれたから」
「?」
藍には橙の言う意味が分からない。
「何か、怖いものに襲われたところを私が助けたといったところかな?」
体を起こした橙が答える。
「ちょっと違います。けど、もういいんです」
橙はもう、夢の事をそれ以上考えるのはやめようと思った。あれは夢なのだ。考えたって分からない事が多すぎる。
それに、ここには藍様がいる。もう少ししたら、きっと紫様も起きてくる。もうそれで充分ではないか。
いまいち理解できずにいる藍の腰に、橙は甘える様に抱きついて言う。
「藍様」
「何だ?」
「大好き!」
それで充分、橙は幸せだった。
浮かぶ、流れる、揺蕩う感覚。
温かくもなく、冷たくもない。
不思議だけれど、大好きな
何も見えない、聞こえない。
私の体も、無いみたい。
だけどそんなの、気にしない。
気にならないし、出来ないし。
あれ?
遊び慣れた、近所の森の中。
嫌な感じのする薄暗さ。今にも雨が降り出しそうな。
少し冷えてきたな。そう感じて身震いをしたところで、橙はようやく、今、自分の置かれている状況が分からないという事だけが分かる現状を理解した。
今までの自分は何をしようとしていて、何をしていたのか。何故ここに来て、ここに居るのか。それが全く分からない。
目の前にあるのは、見慣れた近所の森だ。
いつも通りの森の光景。だけど、今はこれから降り出すであろう雨に脅えている様な。
迫り来るものに脅え、助けを求めるように、枝という枝にしがみ付く暗い緑。
それらの落とした影が、無遠慮に地面を覆って。
見上げて映るのは、どんよりとした曇り空。今にも大粒の雨が降ってきそうな感じがして、いたずらに不安を煽る。
紫黒、蝋色、井鼠。
それはまるで、生き物であるかの様な錯覚。大地を飲み込む、黒い空。
(私はどうしてここにいるんだっけ?)
ごく自然な疑問が湧き、しかし、今はそれ以上に大事な事がある。
(お家に、帰らなきゃ)
もうすぐ、雨が降る。
暗い、冷たい、大嫌い。
(帰らなきゃ)
耐え切れず、逃げ出すように、家に向かって歩き出す
事が、出来ない。
あれ?
(ここはどこ?)
遊び慣れた、近所の森。
(お家はどこ?)
すぐそこ。少し走ればあっという間に着いちゃうくらい。
(ここはどこ?)
分からない。
ここは、どこ?
言いようの無い恐怖が橙を覆う。
ここはいつもの、近所の森で。
何か違う。何かがおかしい。
お家はどこ?分からない。
お家はどこ?
お家って何?
分からない。
何も分からない。
もう何が何だか分からない。
(いやだ!こわい!何で!?)
訳が分からなくなり、怖気を震う。
鼻の先に嫌な感触があった。
怖い、冷たい、大嫌い。
水。
(いやだ!こわいよ!どうして!?)
逃げ出したい程に恐ろしい。が、それ程に恐ろしいが為に足を動かす事も出来ない。
力なく膝をつき、頭を抱える様に体を丸めて目を瞑る。
(助けて!だれか!助けて! ……藍様!)
どれくらいの時間が経ったのだろう。
とても長い時間の様に感じられる。けど、多分、それはほんの僅かな時間でしかなくて。
「ん?」
場違いに、気の抜けた声を聞いた気がした。
だが、それこそが橙の待ち望んでいたものでもあった。
(藍様!)
聞き間違える筈も無い、愛する主人の声。
その声を聞いただけで安堵が橙の胸を満たし、声の主を求めて目を開く。
(え?)
そこで再び、橙は理解の出来ない光景を目にした。
(ここはどこ?)
遊び慣れた、よく見慣れた、近所の森に橙はいない。
(ここはどこ?)
暖かくて柔らかい太陽の光が注ぐ、金色の世界。
西日の射す、一面の麦畑。
(え………何で?)
訳が分からない。
しかし、ここに橙を脅かすものは何も無い。
見れば見る程に不思議な光景。しかし、それもすぐにどうでも良くなった。
(藍様…?)
いつだって橙に安らぎを与えてくれる、優しい匂い。
藍の匂いを、嗅いだ気がした。
(藍様……!)
目の前に広がる金色の光景。それが橙には、藍そのものである様に感じられた。
橙は深呼吸をする。
藍の優しさで胸を満たし、安堵が体中を満たしていく様な心地良さに包まれた。
あれ?
いつもと同じ、家の縁側。
傾いた太陽は今にも沈みそうで、辺りはもう薄暗い。
(私、夢を見ていたんだ)
そう思って、それにしても嫌な夢だったとも思う。
しかし、夢から覚めたという実感があまり湧かない。だってまだ暖かい。そう感じたところで、橙はようやく、自分の体を藍の尻尾が覆っている事に気付いた。
大好きな藍様の温もり、藍様の匂い。
少し首を動かして、周りを見る。
橙の頭のすぐ先で、藍は縁台に腰掛けて読書をしていた。
徐々に感覚が戻る。
「やっと起きたか、橙」
たったそれだけの言葉。それですら、いまの橙には嬉しい。
分かる。ここに広がる光景が。ここは何処で、今がいつで、目の前にいるのは誰なのか。
しかし、
「どんな怖い夢を見たんだ?泣く程に怖い夢なんて」
そう言われるまで、橙の鼻をなぞる濡れた感覚は分からなかった。
(雨…)
自分の鼻を打つ水の感触。それは雨ではなくて自分の涙だったのか。
そう考えている内に妙な気恥ずかしさが橙を襲う。
でも、そんな事ももう、どうでもいい。
とても怖い夢、何だかちょっと恥ずかしい夢。だけど、大好きな藍様の夢。
「何でもないんです。藍様が助けてくれたから」
「?」
藍には橙の言う意味が分からない。
「何か、怖いものに襲われたところを私が助けたといったところかな?」
体を起こした橙が答える。
「ちょっと違います。けど、もういいんです」
橙はもう、夢の事をそれ以上考えるのはやめようと思った。あれは夢なのだ。考えたって分からない事が多すぎる。
それに、ここには藍様がいる。もう少ししたら、きっと紫様も起きてくる。もうそれで充分ではないか。
いまいち理解できずにいる藍の腰に、橙は甘える様に抱きついて言う。
「藍様」
「何だ?」
「大好き!」
それで充分、橙は幸せだった。
小説というよりは詩に似た感じなんですが、かといって詩になりきれてないといった感じなので中途半端な印象を受けてしまいます。といいますか、本編の地の文は完全に詩の調子なのでなおさらそういう印象をうけてしまいます。
でもとりあえず作者の狙い通り橙の真っ直ぐさは伝わってきました。後一つ、もう一押しあれば傑作になると思うので、次回も期待してこの点数を。