「大っ成功っ!」
右手を高く突き上げ、澄んだ空に声が響き渡る。
その顔に浮かぶのは満面の笑み。大きく開いた口には八重歯がちらりと見える。
眩い表情が、今日の成果を雄弁に物語っていた。
「ええ、大成功だったわね、サニー」
スターがいつもと変わらぬ笑みでそれに応える。
そうね、おかげ様で肩が痛いけど。
手を肩にやり、溜息を漏らす。
背負っているのは竹で編まれた大きな籠。手足を曲げればすっぽりと私の体がはいってしまうかもしれない。そんな大きな籠には溢れんばかりに野菜が入っている。
これが、今日の成果だ。
いつものように三人で里へ出向き、丹精込めて育てられた野菜をありがたく頂いてきた。大成功は嬉しいけれど、そのせいで籠が重くて重くてしょうがない。
「なに言ってるのよ! ルナだけが重いんじゃないんだから」
サニーだって籠を背負っている。もちろんスターも。
私だけ不満を言える立場じゃないのはわかっているけれども、それでも不満をこぼさずにはいられない。
もうだいぶ里から離れたし、ここらで少し休憩にしたい。
返事を待たず籠を下ろす。手ごろな石を見つけ、ささっと手で払って腰を下ろす。
しょうがないなーと言いながら、二人もそれに付き合ってくれる。
私は月の光の妖精。
太陽の昇ってるうちは私の時間ではない。もう数刻もして月が昇ればこの程度の疲れはすぐに取れる。
それでもわざわざ日中に行動してるのは、簡単に言えば周りの都合だ。サニーは太陽の光の力を得てるから日中の方が力が強い。それに一番の理由は、夜では人間が出歩かないから。
せっかく悪戯しようにも相手がいなきゃ困る。
もちろん夜に出歩くこともあるけれど、たいていは私だけ一人で。月の光は静かに浴びるもの。サニーがいたら五月蝿くって話にならない。
「ふんふん♪ これで今日は豪勢な宴会になるわ」
今日は十五夜。
一年で一番月が綺麗に輝く日。
「花より団子」とは言うけれども、私たちにとっては「団子よりお酒」のほうが正しいんじゃないかしら。
桜が咲いては花見酒と洒落込み
熱い夜には屋上でジョッキを空にし
紅葉狩りには日本酒を抱えていき
除夜の鐘を聞きながら熱燗を温め
嬉しいことがあれば葡萄酒で乾杯し
悲しいことがあれば火酒で記憶を焼き
呼ばれてもないのに宴会に潜り込んで只酒を喰らい
何もなくとも三人で酒を酌み交わす。
こんな毎日だから、結局のところ今日もいつもと変わらないただの一日。
ただ、その日常をちょっとだけ豪華にする口実ができただけ。
だからこうして今日のための食料を調達してきた。もちろんお団子は既に用意してある。
「今日だけとはいわず、これだけあればしばらく持つんじゃないかしら」
これだけあればねぇ。むしろ食べきる前に腐らせてしまうかもしれない。サニーに任せたら確実にそうなるだろう。スターにも作ってもらわなきゃ。
「いいわよ。その代わり今日のご馳走は期待してるから」
「美味しいのが食べれればそれでいいわ。ルナは作る人、私食べる人!」
自分で言うのもなんだけど、料理の腕前はいい方だ。
だから普段から食事を作る回数は多いし、特別な日の食事は私の担当になっている。
スターだってそれなりの腕前だし、サニーもそこまで人並みはずれて平均以下というわけでもないんだけど。サニーは自分じゃ美味しく作れないくせに、味にうるさい。
おかげで私ばっかり作ることが多い。なんか不公平だ。
ま、今日くらいはご馳走を拵えよう。
単なる口実とはいっても、メインはお月様。私が主役。
じゃあ、えーと……メニューは何にしようかしら……メインを茄子にして……田楽にすればお酒にあうわね……他の付け合――
「あ、しまった! 忘れてた!」
唐突なサニーの声で思考が中断された。いったいなんなのよ。
「柿! 柿よ柿。柿がなきゃ心ゆくまでお酒が呑めないわ!」
「そうねぇ欲しいけど……今から引き返すと遅くなるんじゃないかしら」
「これ持って引き返すのも疲れるから、明日にしよう!」
え。ちょっと待ってよ。
柿なんてなくていいじゃない。いや、確かに食べたいけれど。
折角の中秋の名月。今日お月見をしないでどうするの。
「でも、十六夜の月も満月以上に綺麗だっていうじゃない?」
「そうそう、それになんか雲が出てきたよ」
サニーとスターが手を結んで1対2。多数決で負けてるなあ。
サニーに言われて、空を見上げる。
青から蒼へと、空はその色を変えていた。山の方へ向かうにつれて色は薄くなり、ほとんど沈みかけた太陽が最後の抵抗を見せる。その近くには一番星も輝いている。
そこから目を転じ、東の空を見やる。
雲が出ていた。
それほど厚くはないから、もしかしたら遅くなったら月は見えるかもしれない。でも、しばらくの間は顔を出さないかもしれない。
うーん……どうしよう。明日の晩は一人で出かけたいんだけど。
でも、お月見って理由の宴会だから、月が出てないのはよくない。
しょうがない、か。
雲が被ってない綺麗な月を眺める方がいいに決まってる。
渋々ながらも二人に同意することにした。
明日は宴会だーと叫ぶサニーをちょっと恨めしく思いながらも、家に帰ることにした。
●
夕食を終えると、寝るといってサニーは早々に部屋に行ってしまった。昼間にはしゃいでたせいだろうか。
その頃には雲が散って、満月が空に顔を出していた。
三人揃ってないのに呑んでもつまらないから、珈琲を淹れることにした。
こんな夜にすぐに寝てしまうのはもったいない。
スターもしばらくは本を読んでいたが、先に寝るわねとの言葉を残し、もう部屋に行ってしまった。
静寂の中で一人。
珈琲の香りとともに静かな夜で胸を満たす。
目は紙面を追ってるけれど、何も頭には入ってこない。
ぱさり。
紙をめくる音で、新聞を広げてることを改めて認識する。
無音。
夜の森は静かだ。
この静寂が私には似合う。
賑やかなのも楽しいけれど、静かなほうがやっぱり好きだ。
音を消す力を持ってるせいなのだろうか。
どんなに喧しく騒々しい場でも、私が能力を使えば静寂が訪れる。私の好む世界になる。
それは、夜から力を得たせいなのだろうか。
月は自ら輝くことはできず、ただ太陽の光を反射するだけ。
その月の光の輝きにすら及ばない数多の星だって、本当は太陽以上に輝いてる。ただ私たちからとてつもなく離れているだけ。
偶々地球から距離が近いから、そうそれだけの偶然の理由で、月は輝く。光を受けて。
もしかしたら月はとても賑やかな所なのかもしれない。
音を月が吸収するから、その光はこんなにも優しく静かに降り注ぐ。独り佇む私にも語りかけてくれる。
飽きることなく姿を変え、でもその優しさは変わらない。
はぁ。どうしようもないことを延々と考えてしまう。もう珈琲もなくなってしまった。
いい加減に寝よう。
朝になれば、いつもと変わらない一日が始まる。
柿を取りに行って、ご馳走を作って、三人でお月見だ。
きっと楽しいに違いない。
これまでも楽しかったんだもの。
浴びるように酒を呑んでサニーがくだを巻く。私もついついそれに言い返してしまう。スターはつまみを作り、にっこりと微笑みながら時折鋭く言葉を挟む。
そう、明日もきっと楽しい。
だから、早く寝よう。
片づけを済ませ、部屋に戻る前に窓から外を見上げた。
いつまでも優しく輝く月を見上げた。
――あれ?
なんか変だ。
呆けたようにそのまま月を見続ける。
何かがおかしい。
違和感で頭がいっぱいになる。
なんだろう。
なんなんだろう。
きっと頭のどこかではわかってるはずなのに、
それなのに、わからない。
頭の片隅で警鐘が鳴り響いてるのに、
それが、理解できない。
あ。
しばらくして、ある事に思い当たる。
この窓から、この場所で、夕食の後に月を眺めた。
月が見えることを確認した。
それなのに、ここから月が見える。
オカシイ。
居ても立ってもいられなくなって、外へ飛び出す。
月は輝いていた。南の空に。
南中したかしないか、というとこだろう。
だから、あの窓から月が見える。
東南に向いてるあの窓から。
思索の波を漂っていたのは、けして短い時間じゃないはず。
夜が明けるまではいかないまでも、西の空から光が差さなきゃおかしい。
何かが起こっている。
何がだ。
何だ。
きっとサニーが好きな「異変」ってやつに違いない。
たまにはいいじゃないか。珍しいことを私だけで楽しむのも。
月も輝いている。
さあ、出かけよう。
●
.勢いで外へ飛び出してきたものの、行く当てなどない。
気の向くまま足の向くままに進路をとる。
そこには非日常の世界が待ち受けていた。
力を持った樹々はざわめき魔力がびりびりと肌に伝わってくる。いつもは静かな妖怪たちもどこか騒がしく、見つかれば危険なことは簡単に想像できた。
ざくっ。
その音に反応し一瞬で身構える。
辺りを見回すも、何の気配もしない。そこでようやく自分が枯葉を踏んだことに気付く。
ふぅ。心臓に悪い。
もし見つかっても逃げる自信はあるけど、いつも以上に用心するのがいいかしら。
こそこそと行動するのは手馴れたもの。
周りの音を消し、気配に最大限注意して、樹々の密集した目に付きにくいコースを選ぶ。
とりあえず森から抜け出すことを目指して足を進める。
冷静に考えれば危ないけれど、それでもこの冒険は楽しい。
何かが起こっている。中秋の十五日目の月夜に。それを、この今、現在進行形で関わっているのが楽しい。
不思議と家に帰ろうという考えは浮かびもしなかった。
サニーやスターの存在も忘れ、たった一人で未知の世界へ繰り出している。
これほどわくわくするようなことが今まであっただろうか。
――願わくば、この夜が終わらなければいいのに。
●
.木立の合間を気ままに進む。
樹々の密度は減り地面には草むらが広がっている。森を出ると風景は大違いだ。
慎重に時間をかけて森を抜け、里の方へと向かっていた。行き先に里を選んだのには理由はない。いつもの習慣のせいか無意識に足が向いていたのだ。
ここまで、幸いにも他の妖怪に出くわすことはなかった。
ただ、つい先ほど遭遇ではないが、目撃はした。
気配を上から感じはっと気付いて見上げたら、空を飛ぶ影。こちらに気付くこともなく、あっという間に飛び去ってしまった。
遅れてひゅうっと風を切る音。
そのスピードは速く、またたく間に視界から消えていった。暗くて姿はよくわからなかったが白っぽい服を着ていたように見えた。これに当てはまりそうなのは、森に住む魔法使いか天狗だろう。私と同じくこの夜を楽しんでいるに違いない。
空を見上げれば、月は未だに南の空で輝いていた。
森を出たときとそう変わらぬ位置。
感覚的にはもう空が白んできてもおかしくはない。しかし、月は未だに頭上にある。
さて、本当にどうしようかしら。今更だがそう思ってしまう。
何か面白いことを探しにきたのに、何もなくてつまらない。
森を抜けるのは少しスリリングだったけど、それだけじゃあねぇ。
神社に行って、巫女に見つかっても面倒だし、
里に行っても、何かあるとは思えない。
とは言っても、ここで引き返すのも癪だ。
そんなことを考えつつ進んでいると、何かの気配を感じた。
先には、ちょっと開けている場所がある。
そこに誰かがいるようだ。
音を消していることを再度確認し、おそるおそる近づいていく。
木の陰に隠れ、素早く次の木へと移動。
辺りを見回し安全を確認してから、次の木へと移動。
ようやく巡りあえた何事かに、いやおうなく胸は高鳴る。
とうとう最後の一本にたどり着いてしまった。ここから先は見晴らしがよく隠れることができるような場所はない。
そうっと木から顔を出し、様子を窺ってみる。
あ! 誰か倒れてる。
草むらの中に、白っぽい何かが見えた。
よく目を凝らしてみれば、白い服を着た何者かが倒れていた。
うーん、さっき凄いスピードで飛んでいったやつかなぁ。ここで出て行ったらひどい目に合わされやしないかしら。もうちょっと様子を見てみよう。
しばらくの間動きはないかと観察するも、ぴくりと動きもしない。さすがに心配になってくる。
近づいてみる決心をし、おそるおそる何者かのもとへと向かった。
倒れていたのは、初めて見る妖怪の姿だった。
白いシャツに半ズボン、背中にはマントが付いている。けれども服はどろどろ。ところどころが破けて素肌が見え、すりむけて赤くなっていた。
この妖怪、大丈夫かなあ。
拾ってきた木の枝でお腹の辺りを突っついてみる。
つんつん。
反応がないなぁ。わき腹ならどうだろう。
つんつん。
あ、ぴくってした。でも起きないなあ。顔にしちゃえ。
つんつん。
「うーん……」
あれ、何か頭から出てる。ちぎれた草がついちゃってるのかな。
「うひゃぁっ!」
奇声を上げ、妖怪が目を覚ました。
「いたた……触角はビンカンなんだから触らないでよ。あー、服もどろどろになっちゃってるよ。……ところで、あなたは誰なの?」
そう言って起き上がろうとしたけど、あいたたたと言ってまた寝転んでしまう。
あまり怖そうな妖怪じゃないし、逃げる必要はなさそうね。
そんなことより、どうしてこんな所で倒れてるのだろう?
「あれ、何か言った? 聞こえないよ……耳までおかしくなっちゃったのかなぁ」
音を消したままだった。そりゃ聞こえるわけがない。能力を解除して、再度目の前の妖怪に問いかける。
「ああ、聞こえた。なんでこんな所で倒れてたのかって? うーん、恥ずかしいからあまり話したくないんだけど……」
折角見つけた面白そうなことなんだから、ぐちぐち言ってないで話しなさいよ。
「まあ助けてくれたんだし、しょうがないか」
眉毛が下がり困った顔をする。逡巡した後、頭をかきながら話し始めた。
「いつまでたっても夜が終わらないじゃない。それで月を見て楽しんでたわけよ。そうしたら、見るからに怪しい二人組みが通りかかってきて、弾幕ごっこをしたんだけど……」
その二人組みの容姿を尋ねると、どうやら片方は私でも知ってるあいつのようだった。一方的にいたずらをしかけるのがいいのであって、正面から挑むなんて無謀だと思う。
「はぁ……ひどい目にあった。あのさ、話してあげた代わりに一つお願いがあるんだ。近くの小川まで連れてってくれないかな。綺麗な水を飲めば回復するんだけど、痛くて起き上がれそうになくて」
どうしよう。わざわざ助けてあげる義理もないけど、恩を売っておくのも悪くないかしら。
●
.「本当にありがとう。おかげで助かったよ」
あいにくにも水を汲んでこれるようなものはお互い持っていなかったので、妖怪を背負って小川まで連れてきた。私の身長が小さいせいで半分ひきずるような形になってしまったけど、それはどうしようもない。それにしても、満月の晩でよかった。そうでなきゃ自分より大きい妖怪を背負って運ぶなんて、とても無理だっただろう。
水を飲んでしばらく休むと、回復したのか身体を起こしてそう声をかけてきた。
「あ、まだ自己紹介をしてなかったね。私はリグル・ナイトバグ。リグルでいいよ。蟲の王様さ」
へえ、蟲なんて気持ち悪いだけだと思ってたけど、可愛い蟲もいるのね。そう思ったが口には出さずにこっちも自己紹介をする。
「本当にありがとう、ルナ。改めてお礼を言うよ」
別にたまたまよ。ほんの気まぐれなんだから。
私の言葉にあははと笑い、それからリグルは腕を組み首を傾げてうーんと唸りだした。
「ところでさ、まだ夜は続いているんだね。どうしてなんだろう」
反射的に空を見上げる。
月は多少位置を変えていたがまだ当分沈みそうにない。リグルを運ぶのに気をとられてすっかり忘れていたけど、あれから結構な時間が経っているはず。まだ異変は続いている。
「そっか、ルナもわからないんだ。月の妖精だっていうから何か知ってるのかと思って」
私は月の妖精じゃなくて月の光の妖精。月光が力になる。でも月そのものについては何もわからない。
けれども夜が終わらなくて、何か悪いことがあるのかしら?
私にとってはいいばかりだし、確かにしばらくはみんな混乱するかもしれないけど慣れれば普通の生活になるでしょ。リグルだって夜のほうが都合がいいんじゃないの?
「そうなんだけどね。日中よりは夜のほうが活動しやすいし、今日だって浮かれて逆にひどい目にあったんだけどさ」
だったらこのままでもいいじゃない。どうして困ったような顔をしてるの?
「私だけが良ければいいわけじゃないからね。日が昇らなければ困ってしまう蟲もいる。例えば蝶や蜂。彼女たちは花の蜜を食料にして生きている。花が咲くためにはお日様が必要なんだ。力があるものはこのままでもどうにか生き延びれるかもしれない。けれども命を落としてしまうものも少なくはないと思う。それに――」
そこで一呼吸いれ、再び言葉を紡ぐ。
「それに、私にだってやっぱりお日様は必要かな。ぽかぽかした中で日向ぼっこをするのは気持ちいいし、それに日の光がなきゃ困っちゃう友達がいる。――だから、この夜が早く終わればいいと思う」
言葉を返せなかった。ただ困惑のみが私に残った。
ただ立ち尽くす私に微笑み、気をつけて帰るんだよと言ってリグルは去っていった。
●
.――この夜が早く終わればいいと思う。
頭の中でその言葉が何度も何度も繰り返し響き渡る。
夜が終わらないでほしい、と願った。
もし――もし、仮に、その願いが、叶ってしまったら。
そう、私は月の光の精。
夜になれば力が増す。現にリグルを背負った疲れなどもう感じていない。
人間だって夜が終わらなければ、その内夜でも活動せざるを得なくなる。閉じ篭ったまま生活を続けることなどできない。そうすれば、今までどおり悪戯だってできる。
もしかしたら音を消す以上のこともできるようになるかもしれない。
ほら、私にはいいことばっかりじゃないか。
――でも、あの言葉が頭から離れない。
ぐるぐると思考が渦を巻き、気付くとある一点に戻ってきてしまう。
そして思い浮かぶのは、別の顔。
きっと楽しい夢を見てるに違いない、仲間の顔。
朝にならなかったら、太陽が昇らなかったら、きっとその顔は歪んでしまうだろう。
最初は目を輝かせ元気いっぱいに探検に出よう、ってはしゃぐんだろう。
一通り興味が尽き、いつもの生活に戻ってもきっと変わらない。
おおげさにぐったりした様子を見せても、何か面白いことがあればすぐに元気になる。
でも、きっと部屋に一人でいるときは去ってしまった時間を想い、独り静かに泣くのだろう。
窓の外を眺め、溜息をつき、ここでだけだと自分に言い聞かせ。
私たちの前ではいつもと変わらないように、明るく、能天気に、今までどおりに過ごす。
心の歪みを決して顔には出すまいとして。
そんな彼女の姿を見て、耐えられることなどできるのだろうか。
確かに願った。
夜が終わらなければ、と。
それは結局私のエゴで、私だけの幸せだ。
決してみんなの幸せではない――私だけの幸せを願ってしまった。
ごろりと横になる。
空が大きく広がり、月は輝く。
ねぇ、お月様。
いつまで輝いているのかしら。
私は願った。自分の幸せの為に。
だから夜が終わらないのかしら。
ねぇ、私のお願いを聞いてくれたんだったら、
もう一度、
もう一度だけ、
私のお願いを聞いてくれない?
――どうか、朝が早くきてほしい。
目を閉じ静かに祈る。
つつと泪が零れ落ち、頬に一筋の跡を残す。
どれだけそうしていたのかわからない。
ほんの一瞬の出来事だったようにも思うし、或いは数刻経っていたのかもしれない。
ただ祈ったという事実が全てで、時間など些細なものにしか過ぎなかった。
ふと、何かの力を感じた。
暗闇から抜け出し、空へと視点のピントをあわせる。
ああ、月が――
● .
● .
● .
● .
● .
目の前に広がる光景が信じられなかった。
夜がいつまでも居座る世界を打ち破り、物凄い速さで月が沈んでいく。
遅れた時間を取り戻すべく。或いは何かに追われるかのように。
一面に広がる闇が急速に力を失っていく。
黒い粒子がどこか別の世界へと消え去り、闇に塗りつぶされていた蒼が世界を取り戻していく。 淡く引き伸ばされた蒼は空全体へと染み渡り、その蒼を追って優しい光が山の稜線から漏れ出してくる。
闇から蒼。
蒼から青。
青から白。
満天のキャンパスに雄大なグラデーションが描かれていた。
そう、夜は終わったのだ。
じきに日は昇る。
私は眠気を感じてきていた。
暖かい布団でゆっくり眠りたい。
柿を取りに行くのは二人に任せよう。そしてすぐに月見が出来るように、真心こめた料理を作って二人の帰りを待とう。
さあ、家に帰ろう。
○
(終)
長く時間をかけたとおっしゃってますが、その分良い作品になってると思いますよ。
しゃべることまで制限して徹底的にルナチャの視点にしてあるのもまたこだわりを感じますね。
貴方は俺か。
なんともいいふいんきのSSを楽しませて頂きました。
>しゃべることまで制限してルナチャの視点に
半分実験的な試みでしたが、上手くいってるのでしょうか。徹底的なルナチャの一人称主観にしてみたくて。
>ふうきみそを食べて泪目になるサニー
ここは譲れない。一番萌えるところ。はい、テストに出るから暗記してねー。
それにしても、後書きではっちゃけすぎました。でも、それもサニーのせい。
三月精可愛いよ三月精。