仄かに漂うニルギリの爽やかな香り。テラスに吹き抜けた風が、鼻腔へと匂いを運んだ。
空に浮かぶのは綺麗な満月。
レミリアは大理石のようなティーカップを手に取り、庭で咲き誇る花々を見下ろして言った。
「おっぱいおっぱいと最初に言い始めたのは誰だったかしら?」
文学少女のため息のように、儚げで繊細な問いかけ。傍らに控える咲夜が、お手製のスコーンを並べながら答える。
「ニーチェと付ければ、大抵の言葉は格言になるとパチュリー様がおっしゃっていました」
紅茶の合間にスコーンを囓る。咲夜が丹精込めて作ったリンゴジャムが、ビスケットとよく合っていた。
「おっぱいおっぱい、byニーチェ。なるほど、これは確かに格言ね」
「非常に哲学的ですわ、お嬢様」
故人が聞いたら棺桶をひっくり返しそうな格言である。
満足げなレミリアの膝に零れたビスケットの欠片を、咲夜はいそいそと拭き取った。
「しかしながらお嬢様。急にどうなされたんですか?」
再び舞い込んできた風が、白亜のテーブルクロスを波のように揺らす。
レミリアは紅茶を口へと運び、薄紅色の唇を半月に歪めた。
「少し、懐かしい記憶が浮かんできただけよ。そう、あなたと出会ったあの夜のことを」
目蓋を閉じるレミリア。彼女の頭に浮かぶ光景は、きっと咲夜の知る光景と同じもののはず。
エプロンに溜めたビスケットの欠片が零れないように気をつけながら、咲夜も倣って目蓋を閉じる。
どこか遠くで鳴く虫の声に混じって、訓練中らしき美鈴の荒い呼吸がテラスまで聞こえてくる。
舞踏家の乱れた息を背景に、二人は懐かしき記憶に思いをはせた。
あの日も、今日のよう「よっしゃー、次の稽古いってみよう!」綺麗だった。
自販機でジュースを買おうとしたら、ついつい小銭が落ちてしまった。誰にだって、そういう経験があるだろう。
一人の少女が、ダイエットコーラのボタンを押していた。
銀色の流れるような髪の毛。鋭い双眸とは裏腹に、人を引きつけてやまない青い瞳。彼女を美人と評さないのならば、美術館の作品は全てブスを描いていることになる。
それほどの美人だったが、買っているのはダイエットコーラ。美人は美人なりに、色々と気にすることがあるのだろう。そういった裏側での努力がかいま見える瞬間だった。
と、本日のその時がやってくる。
「っと」
手のひらからこぼれ落ちた十円玉は、持ち主の意図に反するようにコロコロと転がり始めた。
運の悪いことに、その自動販売機は坂道に設置されていたのだ。
十円玉は重力を味方につけ、増長するように速度を増していく。
美人も慌てて、十円玉の後を追った。
そして気が付いたら、幻想郷だった。
「?」
コンクリート式の住宅街が一瞬にして、木と湖で作られた避暑地のように早変わりしている。
さしもの美人も、これには顔を顰める他ない。
「しまった! コーラを忘れたままだったわ……」
悔しげに大地を殴る美人さん。そんな理由で殴られるのだから、そりゃあ大地だって地震の一つも起こしたくなる。
地質学の常識を塗り替えながら、美人は十円玉を握りしめた。青色の瞳には、未知なる世界への好奇で満たされている。
「コーラも忘れたままだし、洗濯物もとりこんで無いし。とりあえず帰ろう」
幾ら好奇心が溢れてようと、分別のつく年頃ならこの程度のものだ。
美人は来た道を戻ろうと振り返るのだが、そこにあるのは舗装なんて知らないぜとばかりに地肌を剥きだしにした土色の道。交通標識の代わりに木々が生い茂り、エンジン音の代わりに梟が鳴いている。
気が付けば、いつのまにか空は暗かった。
コーラを買った時は、確かに明るかったはずなのに。
「冬の日の入りが早いってのは本当ね。まったく、これじゃあ洗濯物だって乾かないでしょうに」
怒り混じりの口調で、美人は月を睨みつけた。
そんなに睨まれても月だって困る。大体、日が落ちたのは月のせいじゃない。そんなに彼を責めないでやってください。沈みきった太陽の弁明に、クレーターからこぼれ落ちる月の涙。月の都はパニックに陥ったという。
「早く帰らないといけないんだけど、どこが出口なのかしら?」
辺りを見渡したところで、EXITと書かれた扉は無い。
しかしいつまでも立ち止まっているわけにもいかず、とりあえず美人は歩き始めた。
空は相変わらず黒々と輝き、足下からは地面からの感触が跳ね返ってくる。アスファルトでは味わえない醍醐味に、美人の機嫌も少し良くなった。
それに、ここはさっきまでの場所と空気が違う。排気ガス云々というレベルではなく、何か根本的なものが違うのだ。例えるなら、綺麗な水の中を歩いているような感じ。
気を抜けば、身体がふわふわと空へ沈んでいきそうだ。
「不思議なところね」
素直な感想に、梟も感心する。ホーホー。
湖に沿って歩いていると、大きな館を発見した。
古い資料でしか見たことがない館だ。上には時計台も付いており、周りを立派な塀が取り囲んでいる。
その一角に、槍を組み合わせて作ったような豪奢な門が備えられていた。
ふらふらと、美人は門へと近づいていく。
と。
「待ちなさい。ここから先はレミリア・スカーレットお嬢様の私有地。許可無き者は、この紅美鈴が通しません」
中華風の衣装に身を包んだ女性が、美人の前に立ち塞がった。強さを象徴するように、特徴的な人民帽には龍と書かれた星が付いている。
レミリア・スカーレットが誰なのかは知らないが、恐らくはここの館の主なのだろう。名前から察するに、きっと女性。
美人は館を眺めながら、気付かれないようにナイフを取り出す。
幼い頃から何度も繰り返している動作だ。一流の手品師にだって見抜けるはずはない。何せ種も仕掛けも無いのだから。おかげで飲み会の席では重宝している。
もっとも、今回は相手を喜ばせる為に取り出したのではない。不思議な世界で出会った相手だ。用心するに越した事は無いだろう。
そんな美人の警戒心を知ってか知らずか、美鈴は構えを取りながら美人をあざ笑う。
「残念ながら、見えてますよ」
顔が強ばる。何年もやってきたお家芸だというのに、見抜かれていたのか。
警戒心にも勝る屈辱が、美人の顔を歪めた。
「いつから気付いていたの?」
「いつからも何も、さっきからずっとです」
なんという洞察眼か。さすがは門を預かるだけの事はある。
美人は背中に隠していたナイフを取り出した。
驚いたように、美鈴が目を見開く。
「い、いつのまに武器を!」
「は? あなた、最初から気付いていたって言ったじゃない」
「いえ、私が見えていると言ったのはあなたのスカートが風でめくれて……」
山から吹き下ろしてくる強い風が、美人のスカートを容赦なくマリリン的モンローしている。
しかし美人は胸を張り、堂々と宣言した。
「勝負下着よ!」
「そんな自信満々に言われても。そもそも訊いていませんし」
反応はあまり芳しくなかった。てっきり「ププッピドゥ!」とノってきてくれると思ったのに。
渋々、美人はスカートを押さえる。
「さあ、下着も見せたことだし。そこを通して貰おうかしら」
「いつ、そんな変態的約束をしたんですか!」
「忘れたの? 一目会ったその瞬間に、下着を見せろと言ったことを。あの時の野獣のような目つきを、私は一生胸に刻んで生き続けるわ」
「どんな危険人物ですか、私。刻まなくていいから、とっととお帰りください」
野犬を追い払うように、しっしっと邪険に扱われる。
別に館の中に用事は無いが、そうまで守られると中に入ってみたくなるのが人間の性。やるなと言われりゃ、やりたくなる。高校時代はよく非常ベルのボタンを押して、生活指導室に呼び出されたものだ。
淡い青春時代の記憶を胸に、美人は軽やかな足取りで門を潜ろうとする。
「いや、だから駄目ですって」
襟首を掴まれ、動きを封じられた。
セピア色の青春にときめく乙女が忍び込む作戦は見事に失敗だ。
この門番、なかなかの手練れである。あるいは美人が相当の馬鹿なのか。
「やるようね。さすがは私のライバル」
「いつライバルになったんですか。あと帽子返してください」
気になった帽子をさりげなく拝借したのだが、やはり気付かれてしまったようだ。仕方なく返却する。
「もう、手癖の悪い人ですね」
「人は私を、物を返さない手品師と呼ぶわ」
「最悪じゃないですか」
手品を見せてあげると称して、千円を持ち逃げしたこと早数十回。かくいう十円玉だって、元々は純粋無垢な少年のものだった。きっと彼は大人の醜さを知り、将来は立派な詐欺師になるだろう。
「お嬢様にどんな用があるかは知りませんが、とにかく此処を通すわけにはいかないんです。まあ、一つだけ通る方法があるにはありますけど」
苦々しい顔で、美鈴は言った。
「何をすればいいの?」
「いえ、ただ質問に答えて頂ければいいだけです。その答えがお嬢様と同じ答えだったならば、此処を通しても構わないと」
果たして、こんな大きな館に済んでいるお嬢様と自分の答えが合うのだろうか。
好きな食べ物はと訊かれたら、間違いなくアンキモと答える。庶民的な感覚を持つ限り、どう頑張っても条件をクリアすることはできそうにない。
「でも、やってみないと分からないわよね。いいわ、何でも訊いて頂戴」
「はぁ、まぁ……わかりました」
どうにも煮え切らない態度のまま、美鈴は嫌そうに口を開いた。
「男は?」
「顔ね」
「女は?」
「おっぱい」
「欲望に忠実すぎます。でも合格です」
美人は少し、この館の主に好感を持てた。
何となく合格するような気はしていました、と美鈴は呆れ顔だったが。
「ともかく、合格は合格です。約束通り此処を通します。ですが、くれぐれもお嬢様に失礼の無いようにお願いしますよ」
「わかってるわよ。挨拶はハローおっぱいって言いながら胸を揉めば良いのね」
「どこの星の挨拶ですか! 普通に頭を下げればいいんです」
「つまりスカートの中を覗けと?」
美鈴は眉間に皺を寄せながら、とにかく失礼のないように、と言い残して門にもたれかかる。疲労困憊の様子だが、当の美人はその理由が分かっていないようで。
「後は任せなさい。あなたの分も堪能してみせるから」
と言って、颯爽と館へ駆けていった。
案の定と言おうか、館の中は外見と同じくらい豪奢な造りをしていた。
吹き抜けのホールには、左右から伸びる階段が設置されており、玄関からでも二階が見えるようになっていた。
天井にはシャンデリア、そして壁にはサイデリア。
紅い絨毯は縦横無尽に敷き詰められ、羽を生やしたメイド達が、忙しそうに走り回っている。
一言で表すなら、まるで絵本の中のお城みたい。二言で表すなら幻想的。
美人は惚けたように周りを見渡しながら、館の中へ一歩、足を踏み入れた。
「ようこそ、私の紅魔館へ」
頭の上から声が降り注いでくる。
はっと階段の上を見れば、二階からこちらを見下ろす少女の姿が。
コウモリのような羽を生やした少女は、見た目の幼さとは裏腹な艶美な笑いを携えて言った。
「此処に入れたということは、やはりあなたにも素質があるということのようね」
二階の手すりに腰をかけ、少女は空気を解き放つように手を広げる。それはまるで革命の指導者のようであり、何も知らない美人にでさえ、彼女が紅魔館の主だと知らしめるのに充分なポーズだった。
どうして背中に羽が? そもそもこんな少女が館の主?
数々の質問疑問も、少女のカリスマの前では些事でしかない。
美人は息を呑む。
「同じ考えを持つ者を私は歓迎するわ。ようこそ、名も無き外の人間よ。私の名前は――」
ふわっ、と手すりから身体を離す。
少女はまるで羽のようにホールへと舞い降り、そしてタイミングよく運ばれてきた巨大ケーキの中へ落下した。
運んでいた女性が、いっけない、と頭を叩きながら少女を救出する。
「な、何するのよパチェ! せっかくの見せ場が台無しじゃない!」
「悪いわね。急にケーキが食べたくなったの」
それにしては結構なボリュームである。少なくとも、少女の三倍は大きい。
これを夜食にするのは、せいぜい象や怪獣の類だろう。
「もういいわ。パチェはあっちに行ってて。私は彼女とお話がしたいのよ」
「分かっているわよ。どうせ、私には理解できない世界の話でしょうから」
紫の女性はちらりとこちらを見て、そのまま無言でケーキを運んでいった。
台車のカラカラという間抜けが音が、ホールに響き渡る。何しに来たのだろうか。
「ええと、どこまで話したかしら?」
「ようこそ私の紅魔館へ、ってところまで」
試しに少し話を戻してみたら、少女はいそいそと二階へと戻っていった。
気付いていないのか、それとも最初からやり直したいだけなのか。
前者だとしたら大問題。どちらもボケでは、話が進まない。
少女はコホンと咳をして、再び先ほどのポーズで手すりに腰を下ろす。
しかし、あれほどあったカリスマも今では見る影が無い。革命の指導者より、ジャングルジムを制した小学生のようである。
「此処に入れたということは、あなたにも素質があるということのようね。同じ考えを持つ者を私は歓迎するわ。ようこそ、名も無き外の人間よ。私の名前は――」
暗記していたのか、まるっきり同じ台詞を吐きながら少女は手すりから飛び降りる。
そしてタイミングよく運ばれてくる巨大ケーキ。
運んでいた紫の女性は、荒い呼吸で呟いた。
「天丼なら天丼と最初から言いなさいよ」
美人は館から出て、看板を探した。
お笑い道場では無いようだ。
「私がレミリア・スカーレット。この館の主にして、誇り高き吸血鬼の末裔よ」
テラス席へ連れてこられた美人を前に、少女はそう名乗った。
黙って座っていれば、まるで深窓の令嬢である。
「趣味は生クリームを体中に塗りたくること」
「エロチシズムに溢れた趣味ね、パチェ。でも誰のせいかしら?」
「強いて言うなら、この世に生を受けた人類全体の責任ね」
「生クリーム如きを人類全体の命題にするな。せっかくだからあなたも見習わせてあげる」
顔についた生クリームをぬぐい取り、隣の女性に塗りたくろうとする。紫の女性はそれを必死の形相で止めていた。
「あの、そっちの方は?」
「パチュリー・ノーレッジ。私の親友にしてライバルよ」
ここでは生クリームを押しつけ合うのを親友と呼ぶらしい。美人はほっと胸を撫で下ろした。どうやらかつて自分が行ってきた行為は、それほど間違っていたわけではないらしい。親友にはやはり生クリームである。
「ほら、レミィ。いつまでも馬鹿なことをやってないで、少しは状況説明ぐらいしてあげたらどうなの。その為に連れてきたんでしょう」
「そうだけど、どうしてあなたも同席しているのよ。理解できない世界の話なんでしょ」
パチュリーは乱れた髪を整えながら、言った。
「面白そうだから、興味をひかれただけよ」
眠たげなパチュリーの瞳が、美人を射抜く。眼力は無いものの、少々居心地が悪かった。
その視線から逃れるように、美人はレミリアに話を振る。
「そういえば、吸血鬼って言いましたよね。スカーレットさん」
生クリームを舐めながら、気さくな感じでレミリアは答えた。
「レミリアで良いわ。ええ、確かに私は吸血鬼。あなた達の世界では幻想と呼ばれる、存在しない種族ですわ」
さしもの美人とて、吸血鬼ぐらいは知っている。
コウモリに変身したり、霧になったり、美女の生き血をすすったりする不届きな輩だ。しかし、それらは全て本の中でのお話である。
血吸いコウモリに吸血の名を冠することはあっても、現実に存在したりはしない。
これが喫茶店での会話ならば、電波とは関わるなと亡くなった金魚の遺言で、と退席していた事だろう。
だが、この異様な空気。そして一流アトラクションもかくやという、館と住人達。
ここまで見せつけられては、レミリアの背中を羽を偽物だと思うわけにはいかない。
「きっとあなたはこう訊きたいのでしょう。ここはどこ? お答えするわ、ここは幻想郷。外の世界で忘れ去られた、幻想達の行き着く果て」
レミリアは滔々と語る。
本当は背中の羽に触ってみたいと思っていたのだが、まあ気持ちよさそうに話しているし、そういうことにしておこう。美人は我慢のできる大人だった。
「時折、あなたのように迷い込んでくる人たちもいるわ。でも、それは別にあなた達が幻想となったわけではなく、結界が揺らいで……ちょっと、羽に触らないで頂戴」
我慢のできる大人でも好奇心は芽生える。
うっとりとした顔で、美人は羽の感触を堪能した。
「猫でも殺しそうな顔ね。まあでも、悪い気はしないわ」
「これ、もいでもいいですか?」
「触るな!」
身体ごと離れるレミリア。やだなあ、と美人は笑顔を見せる。
「もいだりしませんよ。置くとこ無いですし」
「置くところがあればもぐのね。恐ろしい子」
傍らのパチュリーの青い顔で呟く。まあ、元から顔は青かったが。
「えっと、ノーレッジさん?」
「偉大なる女王陛下で良いわよ」
「良いわけないでしょ」
さも当然とばかりに言い放つパチュリーに、レミリアが冷静なツッコミを入れる。
「パチュリーさんも吸血鬼なんですか?」
「いいえ、私はただの魔女。魔法を極めて粉薬を飲みやすくするのが目標よ」
「オブラードにでも包んでなさい」
そう言って、どこからともなく薄い白色のオブラードを取り出すレミリア。パチュリーは確かめるようにそれを手に取り、愕然とした面もちで椅子に崩れ落ちた。
「科学の勝利ね」
よもやオブラードに敗北感を感じる輩がいるとは思わなかった。美人は改めて自分の世界観の狭さを知り、ああはなるまいと心に決めた。
「勝手に打ちひしがれている間に、話を進めるわよ。といっても、もう説明することなんて無いのだけれどね。後はどうするか、あなたが決めること」
ここは幻想郷と呼ばれるところで、レミリアは吸血鬼。
分かったことは少ないが、とりたてこれ以上訊くことも無い。
あるとすれば、一つだけ。
真面目な表情に変わる美人を見て、レミリアは面白そうに口を歪めた。
「何かしら?」
緊張した面もちで、美人が口を開く。
「胸を揉んでも良いですか?」
椅子を巻き込みながら、二人はずっこけた。
至って真剣な面もちの美人は、椅子の足でも折れたのかとテーブルの向こうを覗き込む。
「よ、よりにも寄ってそんな質問を……」
地面にへたれこみながら、呆れたようにパチュリーが呟く。レミリアも顔を引きつらせながら、何とか立ち上がって言った。
「そういう事は出会った時に言いなさい!」
「そこ!?」
驚いた顔のパチュリー・ノーレッジ。しかし二人はお構いなしに、独自の世界を構築していきやがった。
「それに、人の胸を揉むのなら自分の胸を出すのが乳ニストの礼儀。最低限のマナーも弁えずに要求だけするなんて、恥を知りなさい!」
「ご、ごめんなさい。私、私、自分のことばっかり考えていて……相手のことなんか考えていなかった!」
「いいのよ、過ちは正すためにある。これから気をつければいいの」
「レミリアさん!」
二人は涙ながらに抱き合い、思う存分に互いの乳を揉みしだいたという。
パチュリーは頭を抱えながら、机に突っ伏した。
「やっぱり、理解できないわ……」
おもむろに、レミリアは口を開いた。
「行く当てが無いのなら、紅魔館で預かってあげてもいいわよ。ただし、メイド扱いだけれども」
本当なら元の世界に帰りたいところが、普通に歩いて帰れるわけではないらしい。
ある妖怪の力を借りなければいけないのだと、レミリアは語った。
「あくまで、こっちに残りたいのならという話よ。こんな乳の持ち主を、あちらの世界に帰すのは勿体ないもの」
「あなたの乳だって、持ち帰りたいくらいです」
「ふふふ、ありがとう」
自尊心に満ちた笑顔を交わす二人。
「どうでもいいけど、乳を揉みながら会話しないでよ。見てるこっちがどうにかなりそうね」
パチュリーの苦言も、二人の耳には届かなかった。
気にした風もなく、レミリアは続けた。
「だけど、私はあなたの過去を知っている。運命を操る程度の能力。私に宿るその力が、あなたの過去を教え、そして此処へ迷いこんでくることも予知していた」
「えっ……」
言葉を失う。
過去という二文字が、美人の胸を容赦なく抉る。
「あなたの名前は?」
「……ありません」
苦々しい顔で、美人は吐き捨てるように言った。
何度訊かれても、その質問にだけは慣れることができない。
「全ては私の見えるがままに。名も無き少女の到来は、予定調和の中にある」
恍惚の表情で、レミリアは桜色の唇を舐める。
「あなたが私に傅(かしず)くのは、あらかじめ決まっていた運命なのよ」
運命。
ともすれば安易に使われがちなただの単語が、吸血鬼の口から漏れ出せば、途端にそれは人を魅了する呪文となる。
微かに揺れる美人を眺め、レミリアのトドメとばかりに最後の一言を放った。
「私に仕えなさい。十六夜咲夜」
はっと、美人は顔を上げる。
「これが契約の証。我に仕える褒美として、あなたに名前をあげましょう。これからは太陽の下でなく、月の下で輝きなさい。咲夜」
心の中まで染みいってくるような声。
その名を語る事が出来たなら、どれほど喜ばしいことか。
だが、しかし。
「確かに魅力的なお誘いですけど、一応、私にはれっきとした名前がありますし。今回の話は無かったことにしてもらえますか?」
「ふえ?」
がくっ、と身体を崩すレミリア。思わず漏れた言葉からは、先ほどのカリスマっぽい雰囲気は微塵も感じ取れない。
「ど、どうしてよ! あなたさっき言ったじゃない。名前はありませんって!」
美人は頬を掻きながら、恥ずかしそうに口を開く。
「だから言ってるじゃないですか。私の名前はありません。有限の有に間柄の間、それに仙人の仙で有間仙」
「あ、ありませんって名前だったの!」
吸血鬼も人間も変わらない。有間仙の名前を聞いた時の反応は、いつだってこんな感じだった。
「辛い過去とか持ってないの?」
「名前では辛い思いを沢山してきましたよ。なにせ有間仙ですから」
「じゃあ、時間を操る程度の能力とか持ってない?」
「時間なんて操れませんよ。せいぜい、私が出来るのは手品ぐらいです」
「タネは無いんでしょ」
「そりゃ無いって言わないと。一応、手品師の端くれですから」
「就職してるの!?」
「売れない、が頭に付きますけどね」
横でパチュリーが、エロマジシャン、と小声で呟いていた。
良い響きだ。今度使おう。
有間の心のメモ帳に、新たな一ページが刻まれる。
「まあそういうわけで、此処にお邪魔させて貰うのも魅力的ですけど、どうせ帰れないんなら幻想相手に商売するのも悪くないかもしれませんね。妖怪や吸血鬼相手に手品。うーん、考えただけでも燃えてきた! ついでに幻想郷中のおっぱいも極めてみせますよ!」
呆気にとられるレミリアをよそに、有間は力強く拳を握りしめる。瞳には轟々と燃える炎が宿り、引き締まった顔は再び月を睨みつける。
「ふふふ、ははははははは!」
突然、大声で笑い始めたレミリア。
すわ壊れたのかとパチュリーは目を丸くして、有間も虚をつかれたように言葉を閉ざす。
そして、レミリアはひとしきり笑い終えると、自分の頭を叩きながら、可愛い仕草で言い放つ。
「人違いだったみたい。てへっ」
月の綺麗な夜のことだった。
ティーカップを置いて、レミリアは空を見上げた。
「懐かしい記憶ね、咲夜」
「それ、私と関係ないじゃないですか! というか、そんなことがあったんですか!?」
どうしたことか、瀟洒な従者は声を荒げてレミリアに詰め寄る。
その弾みでビスケットの欠片がテラスに零れるが、咲夜は気付いていない。
「有間仙も、今では立派な手品師になって、人間の里でも有名になってるみたいよ。人妖問わず、その技は多くの者達を魅了しているとか。無論、乳ニストとしても有名になったみたい」
「勝手に纏めに入らないでください。私との思いではどうしたんですか。あの熱い夜のバトルとか、感動的なお嬢様との誓いのシーンとか」
がなり続ける従者を無視して、レミリアはティーカップを夜空に掲げた。
あの時と同じ色の月が、優しい面もちでレミリア達を見下ろしている。
「懐かしい思い出に、おっぱい」
「乾杯です」
「懐かしい思い出に、おっぱい。byニーチェ」
「今回ばかりはニーチェでもどうしようがありません。それよりも、私との思い出を!」
爽やかなティータイムは一転して、騒々しいものとなった。
それでも、レミリアは微笑みながら夜空を満喫している。
きっと、あの美人とのこ「さぁー、次は腕立て百回!」ているのだろう。
今宵の月も、おっぱいのようにまん丸だった。
不思議な幻想郷をありがとうございました。
おっぱい。
こっぱいよりいいタイトルはきっとない。おっぱい。
……おっぱいとケーキの
もう最高です。
とりあえずおっぱい。
パチェは誰に運んでたんだろう……。
いやぁ、鈍いってたまに良い事ありますねw
つーかそのオチは予想してませんでしたw 違和感はありましたがまぁそれもありか、と思ってた矢先に全てを台無しにw
というか突っ込みどころが多すぎて突っ込みきれないw
おっぱい。
…は置いておいて、笑いっぱなしでした。
綺麗な文体で、こうもさりげなく小ネタを仕込むのに感服。
>素直な感想に、梟も感心する。ホーホー。
これ、すごく好きです。
とりあえず有間仙さんの現在の様子を詳しく知りたいです。
そして有間仙の魅力に嫉妬。
あれ、おかしいな、口調が変におっぱ(ry
咲夜さんは18歳以上じゃありません!!もっと若いハズ!!って突っ込むつもりだったのにw
とりあえずおっぱい。
きっとけーねの乳でも揉んでる頃だと思うんでぜひ詳細にお願いします。(真剣)
というか、有間が凄い気になるww
byニーチェ
そのような人こそ最高の友であるおっぱい。 ニーチェ
お粗末