※1 続きものですが一話完結ですので、
これだけ読んでいただいてもキャラクターの関係が混乱することはなと思います。
※2 百合話だけではないつもりですが、やっぱり百合ぃです。
「本がたくさんあるから」と魔理沙に誘われ一緒に訪ねた紅魔館の図書館で、アリス・マーガトロイドは久しぶりに魔法使いとしての自分を刺激する人物に出会った。
パチュリー・ノーレッジ。
魔理沙も確かに優秀な魔法使いではあるがのだが、力技で理屈をねじ伏せるやり方をするのでアリスには彼女の技術的な部分をそのまま生かすことができない。自分で扱える限界ぎりぎりの、半分暴走させたような魔法をどうして制御できるのか。一度聞いてみたが、さっぱり理屈がわからなかった。
それに比べるとパチュリーの魔法はアリスにはとっつきやすい。
魔理沙のような力技ではなく「まず理論ありき」のパチュリーの魔法は、少し理屈を教えてもらえば彼女の魔力がどうして「そう」発現されるのかが理解できる。
パチュリーが書いたという一冊の本をはさんで、著者である彼女と頭を突き合わせていたアリスは納得すると大きく息をつきながら椅子の背もたれに倒れこんだ。
「なるほど。
属性の組み合わせをこんな風に……」
「ええ。今のが水と風の組み合わせの初歩。
あとは発展させるだけだから、あなたなら今の時点で私のスペルカードに使われている術式も推測がついているんじゃないかしら?」
「……おぼろげなものだけどね」
中途半端に理解するとその奥の深さに途方にくれることもあるのだが。
アリスの言葉に頷いたパチュリーは彼女の使い魔だという蝙蝠羽の司書が持ってきた紅茶のカップを手に取った。司書はさりげなくパチュリーが押しやった本を手にすると、本棚のほうへと姿を消す。
「はぁ……やっぱりたいしたもんだなぁ。
私も横で聞いてたのにさっぱりだ」
「ああ、そういえばあなたもいたんだったわね」
「あんまりだぜ」
容赦ない言葉に拗ねたふりをする魔理沙を無視して紅茶を口にしているパチュリーの視線が、一箇所に固定されているのを見てアリスは自作の人形の名を呼んだ。
「上海」
拗ねたふりをしている魔理沙の頭を撫でていた上海人形が、それに応じて踊るように宙を舞い、アリスの前まで戻ってくる。軽く頷いてやると、上海人形はパチュリーに向かってスカートをつまんでお辞儀をしてみせた。
「動作に含まれた感情が驚くほど豊かな子ね」
パチュリーが上海人形をそっと手招く。
上海人形は机の上を飛んでパチュリーに近寄った。パチュリーが優しく触れてくるのに抵抗せず身を任せている。パチュリーは上海人形を腕に抱えるようにして、目を細めた。
上海人形を手繰るための糸が、パチュリーの魔力が上海人形に侵入してきたことをアリスに伝える。本に目を落としかけていたアリスはもう一度上海人形に目を向けて、結局何も言わずに本に目を落とした。くすぐったそうに身じろぎする上海人形をあやしてやりながら、パチュリーが使っているのは解析の魔法だった。アリスの人形使いの魔法に興味を持ったのだろう。上海人形がくすぐったそうにしているのはその魔力があちこちを触れてまわっているかららしい。
アリスとしても普段であればそんな解析の魔法を受け入れてやることはないのだが、パチュリーの魔法の奥儀とも言える、属性合成を教えてもらっていたので、まあいいか、と考えたのだ。
そのまま上海人形の声のない笑い声をBGMに本を読んでいたアリスは紅茶を飲もうとして、不機嫌そうな魔理沙に気がついた。
「どうかした?」
「あ? あ、いや、なんでもない」
何故か慌ててそういう魔理沙にアリスが首をかしげていると、ようやくパチュリーに解放された上海人形が戻ってきた。乱れたリボンや服を直してから、頬を膨らませ拳を振り上げてパチュリーに抗議する。妙に機嫌のいいパチュリーはそんな上海人形に笑って手を振ると、アリスに向かって言う。
「いい子ね」
素直に誇らしかった。
アリスはその後もパチュリーが書いたという属性合成に関しての文献を読ませてもらいながら、時折投げかけられるパチュリーの質問に答えていたのだが、冷めてしまったり飲み干してしまったりすると小悪魔がさりげなく注いでくれる紅茶は、ふと気づいてみれば四杯目。随分と時間が過ぎ去っていた。
「なぁ、そろそろ帰らないか?」
アリスは魔理沙の言葉に頷いた。もう日が赤くなり始めている。そろそろ紅魔館を出なければ、明るいうちに魔法の森につけないだろう。明かりを作る魔法は初歩の初歩だが、夜は妖怪たちの時間。真っ暗になると何かと面倒だ。
「あら、いいじゃない。
今夜はここに泊まっていけば?」
「おいおい、今日は随分とサービスがいいじゃないか。
何かありそうで怖いな」
「別に貴方には言ってないのよ?」
うっすらと笑みを浮かべているパチュリーの言葉はありがたかったが、着替えもなにも用意していなかったので断らせてもらった。それに、ずっと不機嫌そうだった魔理沙が追い討ちのようなパチュリーの言葉で更に険悪な顔になってしまっている。そのまま放置していると後が怖そうだ。
何冊か本を貸してほしいと頼むと快く承諾してもらえたので、何冊か見繕って用意してきた鞄に詰める。魔理沙は本を物色することなく、苛々とつま先で床を叩きながら図書館の入り口で待っていた。
「まだか?」
「もう少しだけ待って」
少し迷ってから、パチュリーが書いた精霊魔術の書籍も鞄に詰めて、アリスは立ち上がった。
「お待たせ」
魔理沙は物言いたげに顔をゆがめたが、結局何も言わずに背を向けた。
「あ、ちょっと!」
アリスが声をかけてもお構いなしだ。
ため息をついて上海人形に鞄を持たせると、アリスはパチュリーに向き直った。
「それじゃ」
「ええ。レミィにお願いして貴方を賓客登録しておくわ。
次回からは門番に声をかけてちょうだい」
「ありがとう。
今度はおみやげを持ってお邪魔するわね」
「期待しているわ」
アリスはパチュリーの声に見送られて図書館を後にした。
とりあえず、よくわからないが妙に不機嫌な魔理沙に追いつかなければ。
アリスが魔理沙と一緒に紅魔館の図書館を訪ねてから数日が経った。
アリスはその数日を図書館から借りてきた本を読んですごしていた。アリスが所有している本は呪術関連のものが多い。アリスが使う人形遣いの技術は呪術を中心としていくつかの魔法を組み合わせて実現しているため、自分のための資料はどうしてもそれに関連した分野に偏ってしまうのだ。そんなアリスの本棚は、本そのものに呪いがかかっているものもあって、妙な瘴気を漂わせている。魔法の研究に頻繁に手にとる本を離れた場所に置いておくわけにもいかず、結界を張って居間の隅っこに本棚を置いてあるのだが、小奇麗なアリスの家の中で間違った存在感を放つ本棚には、魔理沙でさえなんとも言えない微妙な顔をした。
図書館にはそんな本棚を所有しているアリスでさえ「これはなんとかしないとまずいんじゃないかしら」と思わせるほど瘴気が漂っている一角もあった。実際、初めてヴワルを訪ねてどんな本があるのかもわからないアリスに、司書である小悪魔が薦めた本はそのあたりから持ち出されたものだったらしいのだが、今回はあえて自分が持っていない分野の本を借りてきていた。
自分が詳しく知っている分野以外の本は、読むのに手間がかかる。当たり前のように書いてある魔法技術がピンとこなかったり、前提になっている知識がないために説明されている理論が理解できなかったりと、手探りになってしまう部分が多くあるからだ。
だが、逆にそれが楽しかった。
自分が知らない知識。技術。考え方。それらに触れることができるのは魔法使いとしての好奇心を刺激され、同時にそれは新しい発想を生み出す土壌となる。ある程度実力が付いてからはあまり感じることのなかった新しいものに挑戦する新鮮さを感じながら、借りてきた本の見慣れない単語を調べるために自分の家の蔵書をひっくり返したりしていると、時間はあっという間に過ぎていく。うっかり食事するのを忘れてしまうなんて、いつ以来だろうか。
そんなこんなで引きこもりと言われてしまえばそれまでだが、本人的には結構楽しく過ごしていた。しかし、初めて会った人物から借りたものを長々と借りているのは気が引ける。
アリスはパチュリーから借りていた本を閉じて窓に目を向けた。魔法の森の輪郭が、燃えるような夕焼けの中にくっきりと浮かびあがっている。雲は少なそうだ。明日は寒いかもしれないが、きっと抜けるような青空になるだろう。
「……よし」
明日は紅魔館に行こうと決めた。そうと決まれば前回の帰りがけに約束したおみやげを用意しなければ。アリスが本を閉じたのに気づいて近づいてきた上海にオーブンの準備を言いつけておいて、アリスは魔力の糸を操りながら上海よりも強い力を持った人形の名を呼ぶ。
「蓬莱」
呼ばれた蓬莱人形は自分が納められていたドールケースの扉を蹴り飛ばすようにして開けて飛び出すと、アリスの目の前に浮かんでにっと笑って見せた。アリスはそんな蓬莱人形を見て苦笑する。
アリスは人形の行動全てを操っているわけではない。
そうでなければ人形から送られてくる感覚(視覚や聴覚)の情報だけでアリスの処理能力が飽和してしまい、アリス自身が動けなくなって本末転倒になってしまう。だから人形たちにはあらかじめ行動基準や優先順位を作ってやり、それを基にそれぞれが判断して勝手に動くようにしている。弾幕中などは別だが、普段のアリスは人形たちに糸を通じて魔力を送ってやっているだけだ。
ちなみに、行動基準や優先順位……要するに性格は身近な人間を手本に作らせてもらっている。最初は自前で作っていたのだが、やたらと無感情な冷血人形(そもそも人形だから血も涙もないのだが)になってしまったり、情緒不安定で危険な人形(放っておいたら世を儚んで勝手に首を吊っていた)になってしまったりでうんざりしていたときに、ふと自分ならどうするかをそのまま手本にしてみたのだ。
その思い付きを元に作ったアリスに良く似た性格を持った人形である上海人形は、密かに妹のように感じている。それも結構自慢の妹だ。
「私はパイ生地を作り始めるから、貴方は外の畑から南瓜を取ってきてちょうだい」
アリスの言葉に「びしっ!」と親指を立てて外に飛んでいく蓬莱人形。「人形」という言葉の印象を裏切る、活発すぎるその性格モデルは魔理沙だ。連れ歩いていると興味を引かれたものにやたらとちょっかいを出したがる。精神的にも魔力の維持にも疲れるので普段は留守番だが、お転婆な蓬莱は見ていて飽きない。世に絶望して首を吊っていた面影は微塵もない。
蓬莱を見送ったアリスは腕まくりをしてエプロンを身につけた。手を洗い、戸棚からお菓子用の小麦粉を取り出しながら、自分の体ほどもある南瓜を抱えて帰ってきた蓬莱を見て、上海にそれを手伝うようにいいつける。
オーブン準備の手を止めて、南瓜の重さにふらふらしている蓬莱を手伝いにいく上海。面倒そうに眉を顰めているくせに口元が緩んでいた。アリスは上海のひねくれた顔に苦笑する。
そういえば、紅魔館の帰りに不機嫌だった魔理沙はどうしているだろう。あの日の魔理沙の刺々しい態度に喧嘩別れのようになってしまったきりで、それから一度も会っていない。
「まったく……普段なら毎晩のように夕食をたかりに来るくせに。
今回も私から譲歩するのを待ってるつもりなのかしら」
紅魔館に行く前に魔理沙の顔を見て少し文句を言っておいてやろう。
小麦粉を捏ねながらそんな風に考えているアリスの表情が上海の表情の手本であることは、南瓜に叩き込んだ包丁が動かなくなって四苦八苦している蓬莱だけが知っていた。
翌日。
「いらっしゃいませ、マーガトロイド様とお人形さん方。
紅魔館へようこそ!」
「おいおい、応対が私のときと違いすぎやしないか?」
「あんたはそもそもお客様じゃないでしょうが」
アリスは文句を言いに行ったら何故かついてきた魔理沙と一緒に、紅魔館を訪ねていた。
「何を言ってるんだ、すっかり顔見知りだろ。
そろそろ客扱いしてくれてもいいじゃないか。私とお前の仲だろ?」
「それこそ何を言ってるんだって話よ。
顔見知りになるほど襲撃してこないでほしいわ。
あんたの魔砲で消し飛ぶ門の修理を誰がやってると思っているのよ」
「おー、ご苦労ご苦労。
それじゃ、今日もがんばって修理してくれ」
「だから壊すなって言うのにー!」
「ええと……?」
話の流れから八卦炉を構えた魔理沙とその前であたふたしていた背の高い紅い髪をした女性が、唐突に始まった寸劇に戸惑ったアリスの声で我に返った。
「いやー、悪い悪い。
こいつはここの門番だ」
「紹介してくれるんなら、もうちょっとちゃんと紹介してよ。
紅 美鈴と申します。こっちの泥棒鼠が言うとおり、紅魔館の門番をやってます」
性別と年齢から考えれば妥当な体格の魔理沙だが、彼女の横にいると妙に小柄に見える。その分美鈴と名乗った女性の背の高さが際立って見えた。ただ背が高いだけではなく、女性的な豊かさと門番という戦うことを生業にする引き締まった部分が同居しているその身体は同性であるアリスの目から見ても魅力的だ。
だがそれ以上に、ちょこんと頭に乗せていた帽子を取って挨拶する美鈴が浮かべる柔らかな笑顔の方が、アリスには羨ましい。慌てたり、面識のない人から声をかけられたりすると咄嗟に尖った態度を取ってしまうのは自分でもわかっているだけに、彼女の柔らかさにはほっとすると同時に憧れる。
「もうご存知のようだけど。
アリス・マーガトロイドよ」
「はい、ありがとうございます。
パチュリー様からお通しするよう仰せつかっております」
口に出した自分でも険を感じる名乗りに気にした風もなく、美鈴は笑顔のまま門の前で両手を広げた。
「改めまして、いらっしゃいませ。
紅魔館へようこそ! ご来訪を歓迎いたします」
そして背を向けて門を押し開く。
門の向こうには魔理沙につれられて来た前回は強引に押し通ったせいで見ている暇がほとんどなかった庭が広がっていた。奥のほうには雪化粧された紅魔館の姿も見える。冬であるため花どころか葉すらないものがほとんどで全体的に寒々しい印象はぬぐえないが、整えられた木や花壇を見れば、十分に手入れされていることは見て取れた。
「おう、お勤めご苦労」
「あんたは客じゃないってのに」
「なら改めて一戦やらかすか?」
「あんたが格闘技を覚えてたら喜んで相手させてもらうんだけどねー。
今日はいいわよ。なんでかだかしらないけど、
パチュリー様からマーガトロイド様と一緒だったら通すように指示が出てたから」
「ならやっぱり私は客じゃないか。
ほれ、もてなせもてなせー」
魔理沙の言葉にうんざりとため息をつく美鈴に先導されて館まで歩く途中、アリスは白で埋め尽くされた庭の中に、わずかに紅いものを見つけた。
「あら……?」
アリスが洩らした声を耳にした魔理沙がアリスの視線を追ってそれを見つける。
薔薇の花が咲いていた。
「薔薇って暖かい季節じゃないのか?」
「冬薔薇っていうのもあるのよ」
アリスの返事に、美鈴が頷く。
「あれはこの季節に花をつける品種なんです。
まあ、パチュリー様がその気になれば
品種改良なり何なりでどんな季節にどんな花でも咲かせられるんでしょうが、
やっぱり季節に準じたお花がいいですよね」
どこぞのチェック柄が喜びそうな美鈴の言葉を聞きながら、アリスは館への道を外れて薔薇の前に膝を折った。遠目には小さなものに見えたが、近づいてみれば大輪の薔薇だった。よほど行き届いた手入れを受けているのだろう。周囲の寒々しい光景など知ったことかとばかりに咲き誇っている。
冷たい空気にわずかに漂う薔薇の香を楽しんでいると、美鈴がアリスを追ってきた。
「お花、お好きなんですか?
よければお帰りのときに少しお持ちになりますか?」
「遠慮しておくわ。
ここほどお手入れしてあげることもできなさそうだし」
ちょっと惜しい気もしたが、魔女の住む暗い森に赤い薔薇はさぞ不気味だろう。近くに魔理沙も住んでいるし、妙な魔力の影響を受けて、そのうち動き出して襲ってきそうだ。
「別にそんなに大したことはしてないんですけどねー」
魔理沙が人形たちと待っている場所まで戻る途中で美鈴が首をかしげながらつぶやく。
「あなたがあの花を育てているの?」
「はい。というよりも、紅魔館のお花の管理を任されてるんです。
門番のついでですから、あんまり手をかけてあげれてないんですが」
「そう」
庭の手入れをしている美鈴自身がそんな風に言うのだから、アリスが見れば十分でも美鈴が納得できるだけの手入れができていないことは確かなのだろう。
アリスは肩越しに振り返ってもう一度その花たちを視界に入れた。
美鈴に育てられた薔薇たちは冬空の下でも元気に咲き誇っている。美鈴は咲夜と違った部分で、どこまで丁寧に手入れをしても満足できない部分を持っているらしかった。
「でも、本当に綺麗な薔薇だわ。
今度は春にここのお庭を見せてもらいたいわね」
アリスの言葉に、美鈴はうれしそうに笑った。
荷物を持たせた人形たちと一緒に待っていた魔理沙と合流して館のドアをくぐる。
張り詰めた冷たい空気から一転しての暖かな空気に、こわばっていた肩の力が抜ける。
「いやー、寒かったなぁ」
「先に行ってしまえばよかったのに」
「上海や蓬莱も待ってるのに、私だけ先に行くのもなぁ?」
さりげなく後ろに回った美鈴の手にコートとマフラーを脱ぎながら、魔理沙は上海と蓬莱に視線を向ける。人形たちは当然だ、とばかりに芝居がかった仕草で頷いて見せた。アリスもそんな仲のいい様子を微笑ましく思いながら、魔理沙と同じように後ろに回った美鈴の手にコートを脱いだ。
「貴方がそんなまともな気遣いをするところ、初めて見たような気がするわ」
唐突にその場にいなかったはずの人物の声が聞こえたが、誰も驚かない。
「おう、メイド長か。
とりあえず寒いからあったかいお茶が欲しいんだがな」
「どうせ行き先は図書館でしょう。
そっちに小悪魔が用意しているわよ」
挨拶もそこそこに言う魔理沙を適当にあしらっておいて、咲夜は美鈴の手に抱えられていた魔理沙とアリスのコートを受け取って姿を消したが、すぐに手を空にしてもう一度姿を現した。
「それじゃ行きましょう。
パチュリー様がお待ちよ」
そう言って咲夜が先に立って歩き始める。アリスが魔理沙に視線を向けると、魔理沙は笑みを返して口だけ「行こうぜ」と動かして咲夜の後に続いた。アリスも頷いて人形たちを促しながら魔理沙と肩を並べる。
「なんだ、何で門番が一緒についてきてるんだ?」
歩き出してすぐに後ろを振り返った魔理沙が不思議そうに声を出した。アリスも振り返ってみると、庭を案内してくれた美鈴がそのまま後ろについてきていた。
「とうとう門番を首になるのか?」
「強行突破回数ナンバーワンのあんたが言う台詞じゃないわね……。
そういうわけじゃないわよ。
あんたとマーガトロイド様が訪ねてきたら、
私も一緒に図書館に来るようにって言われてただけよ」
「ふぅん?」
美鈴の言葉に訝しげな返事を返した魔理沙だったが、詳しく聞きだそうとはせずに前に向き直った。もう図書館のドアが目の前だったからだ。咲夜が空間を操って近道したらしい。
咲夜がドアをノックすると、ほどなく小悪魔の声が聞こえてドアが引き開けられた。
「いらっしゃいませ、アリスさん。
あ、お人形さんたちのほかに魔理沙さんもご一緒ですか」
何かの作業中だったのか片眼鏡をかけたまま出てきた小悪魔にアリスは笑顔を浮かべてみせ、魔理沙は気楽に「よぅ」と返事を返した。人形たちは荷物を手に深々と頭を下げる。
小悪魔は大きくドアを開いて下がると、そっと頭を下げた。
アリスと魔理沙はそれに応じて図書館に足を踏み入れる。魔理沙はそのまま小悪魔の案内を待つことなく自分の家のように奥へ行ってしまい、客人の案内に来た小悪魔は同じように魔理沙の背中を見送ったアリスと苦笑を交わした。最後まで廊下に残っていた美鈴も図書館に入ってくると、魔理沙の後姿を見て同じように苦笑を浮かべる。
ふとアリスが目を向けると、廊下に残っている咲夜も笑みを浮かべていた。しかし、こちらは苦笑などではなく、普段の咲夜からは想像できないほど柔らかな笑みだった。
だが、アリスの驚いた様子に気づいたのか、咲夜はわずかに目を丸くして……すぐに普段どおりの表情に戻そうとして失敗しながら頭を下げて姿を消した。声をかける暇もなかったが、慌てて頭を下げた拍子に髪からちらりとのぞいた耳とうなじが真っ赤に染まっていた。
「アリスさん、私たちも行きましょう」
咲夜の様子に気づかなかったらしい小悪魔に促されて足を図書館の奥に向けながら、アリスはちらりとだけ目にした咲夜の表情を脳裏に浮かべる。
神社などで見かけるときは、憎らしいほど余裕があって完璧な咲夜。しかし、アリスの脳裏の咲夜の表情はずいぶんと余裕のない表情だった。
「ま、そのほうが人間らしいけど」
と、人間であることを放棄して魔法使いになることを選んだアリスはこっそり口に出してみる。だが、妖怪だらけの博麗神社で人外どもと宴会をやっていても瀟洒さを崩さない咲夜が、何故その瀟洒さを取り繕い損ねたのか。
いや、それよりも。
「……何を見ていたのかしら」
歩きながら柳眉をしかめて考え込むアリス。
突然難しい顔になったアリスに人形たちは不思議そうに顔を見合わせる。
その後ろを、急かすでもなく美鈴がゆっくりと続いた。
「普段はこんなにひどくないだろ……。
何なんだよ今日は」
「いやぁ、アリスさんが訪ねてこられるかもしれないと思って、
呪術関係の本を奥から出してきてあっただけなんですけどねー。
本の魔力が交じり合ってひどい瘴気になっちゃってますね」
「この図書館、こんなに危険なところだったのね。
小悪魔ちゃん、ここで門番隊の実戦訓練させてくれない?」
「実戦訓練できるほど危ない図書館って何か間違えているような気がするわ……」
ちょっと進んだところで図書館の惨状に呆気にとられて足を止めていた魔理沙を拾い、閉じられた本から這い出してくる影を踏みにじって退け、「クケケケー!」とか言いながら羽ばたいて飛び掛ってくる本を叩き落し、声を出して手に取るよう誘う本は「読んでほしければお前が来い」と無視し、刃物のような鋭さを帯びてに襲ってくるページは避けてすれ違い様に落書きしてやり、四人はパチュリーが本を読んでいるテーブルを目指していた。
「パチュリーのところにたどり着くまでを文章に起こすだけで、
図書館に冒険小説が一本増えるぜ……」
「まったくだわ。
というよりも、図書館がこの状態でパチュリーは大丈夫なの?」
「そうですねぇ。パチュリー様、全方位広域殲滅魔法とかはお得意ですけど、
持久力のないお方ですから」
「パチュリー様はたぶん大丈夫でしょう。
おそらく、図書館がこんな状態なのは魔理沙さんが原因だと思います。
さっき私がパチュリー様のところから図書館の入り口まではすぐ出れましたから」
「私か!? 別に私は何もしてないじゃないか!」
「ああ……盗みが過ぎて私たち門番隊だけじゃなく、
とうとう本からも怨まれるようになっちゃったのね……」
「扱いが雑だからね。
本から怨まれても仕方ないわ」
「いえ、そうではなくて。
魔理沙さん個人がどうこうというよりは、
魔理沙さんが人間だから手を出してくる本が多いんでしょう」
「正解よ。ここの図書館の奥じゃ悪魔か魔女しかきてくれないから、張り合いがなくてねー」
「うへぇ、迷惑な話だな」
と、返事してから魔理沙は動かしていた足を止めた。
それにつられて『ほかの四人』も足を止める。
「何で正解なんて言えるのがいるんだ?」
「……なんか一人増えてるー!?」
美鈴の回し蹴りが、いつの間にか本から出てきたらしい悪魔に炸裂する。小悪魔とそっくりの容姿ながら、年齢はその悪魔のほうが少し上に見えた。服装のほうは「見えちゃいけないところだけ隠してます」といった程度。扇情的な服装に見合った豊かな体つきをした彼女は「あぁん、ちょっとは遊びましょうよぅ」という言葉を残して消えていった。
「ちょっとびっくりしたわね」
「おい、美鈴。
気を操る能力持ってるんだから、気配で気づけよ」
「あははー。ごめんごめん。
パチュリー様の気配を探ろうと思って遠くに意識を向けてたら見落としちゃった」
「どの本から出てきたか調べて、
厳重に封印かけておきますね……」
小悪魔は真っ平らな自分の胸に手を当てて憎々しげに呟いた。
「それにしても、本の相手をしながら進むのもそろそろ飽きてきたな。
パチュリーのところまでマスタースパークでぶち抜いて道を作ってもいいか?」
「そんなことをしたら、本が消し飛ぶわよ」
物騒なことを言い出した魔理沙を諌めておいて、アリスは懐から小さなベルを取り出した。
「お? なんだそりゃ?」
「最近作ったものなんだけどね。結構便利よ。
司書さん、ちょっとだけ我慢してね?」
小悪魔が頷くのを確認して、アリスは小さくベルを鳴らした。
アリスが鳴らした小さな小さな金色のハンドベル。
手の中に隠れてしまいそうな大きさのそれから放たれる、浄化の魔力がこもった音色があたりにわだかまっていた瘴気を吹き飛ばしていく。それと同時にゆがんで見えた廊下が、まっすぐ見えるようになった。
「おー」
遠くまで見通せるようになった本棚の向こうに、パチュリーが本を読むために点けていると思われる明かりが見えた。ページをめくる音も聞こえてきそうな距離だ。
「司書さん、大丈夫だったかしら?」
ベルの効果に満足すると、アリスは小悪魔に声をかけた。浄化の魔力は一応悪魔の端くれである小悪魔にも影響がでていた。人形たちは最初から浄化対象から外してあるので平気だったが、他人様の使い魔である小悪魔まで対象からはずせなかったのだ。あたりの瘴気と一緒に吹っ飛ばされかかった小悪魔は、自分も多少影響を受けているのに咄嗟に庇ってくれた美鈴の腕の中で、ほつれた髪を整えながら笑みを浮かべた。
「小悪魔が迎えに行ったのに、妙に時間がかかっていると思ったら」
ようやくたどり着いたテーブルで図書館の状況を説明すると、パチュリーはそう呟いてから小悪魔を睨んだ。
「お客様のために本を出しておくのはいいけど、
お客様が訪ねてくるのを邪魔したらダメじゃないの」
「すみません……」
「まあまあ、いいじゃないか。
あれはあれで面白かったぜ?」
「そうね。それに、私のために本を用意してくれたんだし、
そのくらいにしてあげて」
恐縮して縮こまっている小悪魔を見て助け舟を出した魔理沙に、アリスも便乗して言葉を重ねると、パチュリーは軽く息をついて小悪魔に向かって頷いて見せた。
「今度はせめて私に相談してからになさい。
……お茶の用意を手伝ってらっしゃい」
「は、はいっ!」
「あ、ちょっと待って」
アリスはあわただしく小悪魔が姿を消そうとするのを呼び止めると、上海にバスケットを渡すよう指示を出した。上海からバスケットを受け取った小悪魔は訝しげにアリスに向かって首をかしげる。
「パンプキンパイよ。
お茶請けのつもりで焼いてきたの」
「そんなに気を遣ってくれなくてもいいのに」
パチュリーが呟く。
小悪魔はアリスに頭を下げると、先にお茶の用意を始めている美鈴を手伝うために姿を消した。
「先に本を返しておくわね。
ありがとう、面白かったわ」
アリスの言葉に応じて蓬莱が手に持っていた鞄から本を取り出して、パチュリーの前に並べていく。パチュリーが得意とする精霊魔術の書籍のほかは、錬金術や霊魂を扱う技法、古い魔女術(ウィッチクラフト)などの本だ。
「なんだ、ずいぶんと無節操に借りていったんだなぁ」
「私の家にない本を片っ端から借りて帰ったからね。
どれも知らなかったことが多くて面白かったわ」
実はさっき使った浄化のベルも、借りていった本の技術を元にした産物だ。錬金術の本にあった基礎技術の一つを応用して作ったもので、重宝している。
そんなことを話していると、小悪魔が美鈴と一緒に茶器を乗せたワゴンを押して戻ってきた。
「パンプキンパイはクリームでよかったですか?」
「ええ」
切り分けられたパイにホイップクリームが添えられた皿を、小悪魔が客人たちと自分の主に配って回る。だが魔理沙の視線は自分の前におかれたその皿には向けられず、ワゴンで紅茶を入れている美鈴に注がれていた。
「お前、お茶淹れれたのか」
「あんた、私を何だと思ってるのよ?」
美鈴はうんざりした声を出す。
程なく美鈴が淹れた紅茶を満たしたカップが魔理沙の前に運ばれてきた。
椅子の背もたれにひじを乗せて頬杖をついて美鈴の手元を珍しげに見ていた魔理沙は、すぐにカップに口をつけると満足のため息をついた。
「意外だな。美味いじゃないか」
「一言余計だけど、お褒めの言葉と受け取っておくわ」
軽口を叩き合う二人の横で、アリスもカップに口をつけた。香りは弱いが渋みの少ない柔らかな味だ。魔理沙が言うとおり確かに美味しいし、自己主張の強くない味なので持参してきたパンプキンパイの甘味と喧嘩しなさそうなのがうれしい。小悪魔と美鈴の配慮だろうか。
そんな風に思いながらパチュリーを見ると、カップには手をつけず、フォークを手に口元を動かしていた。
わずかな緊張を感じて見ていると、それを感じたのかパチュリーが笑みを含んだ視線を返してきた。
「ありがとう。美味しいわ」
ほっとしてアリスもフォークを手に取る。
「そーだろそーだろ。
アリスはほかのお菓子や料理も上手いんだぞ」
何故か自慢げな魔理沙の言葉にパチュリーの笑みが深まった。
だが、パチュリーは魔理沙に対して言葉を返さずに、給仕が終わるとそのまま客人たちの後ろに控えてきた小悪魔と美鈴に目を向けた。
「小悪魔。美鈴。
せっかくいただいたのだし、貴方たちもここでおあがりなさい」
「わ、いいんですか?」
小悪魔の言葉にアリスが頷くと、パンプキンパイにナイフが入れられた。それも遠慮なく大きくざっくりといくあたり、小悪魔も甘いものが好きらしい。尖った尻尾もうれしそうに揺れている。小悪魔がパイを切り分けている間に、美鈴は新しく用意したカップに紅茶を淹れた。
「うわ、おいしー」
「わー、ホントに美味しいですねコレ。
ありがとうございます、アリスさん」
客人たちの隣の椅子に腰を落ち着け、パイを口に入れるなり幸せそうに美鈴の顔が緩む。小悪魔も礼を言いながらフォークを持つ手が止まらない。
アリスは黙って頷いた。
顔が熱い。きっと顔が赤くなっているだろう。褒められ慣れていないのは自覚している。
「なあ、パチュリー。
美鈴を図書館に呼んであるのはどうしてなんだ?」
会話が途切れる瞬間を計っていたのか、魔理沙が声を出した。
「それもアリスが来るのにあわせて図書館に来いって言ってあったんだろ?
なんかやるのか?」
魔理沙の言葉を聞いて、まだパイを食べている途中だった美鈴もフォークを置いてパチュリーに目を向ける。アリスもティーカップをソーサーに戻した。
パチュリーは魔理沙の質問に答えずカップに目を落としてゆらゆらとゆれる紅茶を見ていたが、しばらくして顔を上げるとアリスを見つめて言った。
「アリス。
私と共同研究で、生きた人形を作ってみる気はないかしら」
これだけ読んでいただいてもキャラクターの関係が混乱することはなと思います。
※2 百合話だけではないつもりですが、やっぱり百合ぃです。
「本がたくさんあるから」と魔理沙に誘われ一緒に訪ねた紅魔館の図書館で、アリス・マーガトロイドは久しぶりに魔法使いとしての自分を刺激する人物に出会った。
パチュリー・ノーレッジ。
魔理沙も確かに優秀な魔法使いではあるがのだが、力技で理屈をねじ伏せるやり方をするのでアリスには彼女の技術的な部分をそのまま生かすことができない。自分で扱える限界ぎりぎりの、半分暴走させたような魔法をどうして制御できるのか。一度聞いてみたが、さっぱり理屈がわからなかった。
それに比べるとパチュリーの魔法はアリスにはとっつきやすい。
魔理沙のような力技ではなく「まず理論ありき」のパチュリーの魔法は、少し理屈を教えてもらえば彼女の魔力がどうして「そう」発現されるのかが理解できる。
パチュリーが書いたという一冊の本をはさんで、著者である彼女と頭を突き合わせていたアリスは納得すると大きく息をつきながら椅子の背もたれに倒れこんだ。
「なるほど。
属性の組み合わせをこんな風に……」
「ええ。今のが水と風の組み合わせの初歩。
あとは発展させるだけだから、あなたなら今の時点で私のスペルカードに使われている術式も推測がついているんじゃないかしら?」
「……おぼろげなものだけどね」
中途半端に理解するとその奥の深さに途方にくれることもあるのだが。
アリスの言葉に頷いたパチュリーは彼女の使い魔だという蝙蝠羽の司書が持ってきた紅茶のカップを手に取った。司書はさりげなくパチュリーが押しやった本を手にすると、本棚のほうへと姿を消す。
「はぁ……やっぱりたいしたもんだなぁ。
私も横で聞いてたのにさっぱりだ」
「ああ、そういえばあなたもいたんだったわね」
「あんまりだぜ」
容赦ない言葉に拗ねたふりをする魔理沙を無視して紅茶を口にしているパチュリーの視線が、一箇所に固定されているのを見てアリスは自作の人形の名を呼んだ。
「上海」
拗ねたふりをしている魔理沙の頭を撫でていた上海人形が、それに応じて踊るように宙を舞い、アリスの前まで戻ってくる。軽く頷いてやると、上海人形はパチュリーに向かってスカートをつまんでお辞儀をしてみせた。
「動作に含まれた感情が驚くほど豊かな子ね」
パチュリーが上海人形をそっと手招く。
上海人形は机の上を飛んでパチュリーに近寄った。パチュリーが優しく触れてくるのに抵抗せず身を任せている。パチュリーは上海人形を腕に抱えるようにして、目を細めた。
上海人形を手繰るための糸が、パチュリーの魔力が上海人形に侵入してきたことをアリスに伝える。本に目を落としかけていたアリスはもう一度上海人形に目を向けて、結局何も言わずに本に目を落とした。くすぐったそうに身じろぎする上海人形をあやしてやりながら、パチュリーが使っているのは解析の魔法だった。アリスの人形使いの魔法に興味を持ったのだろう。上海人形がくすぐったそうにしているのはその魔力があちこちを触れてまわっているかららしい。
アリスとしても普段であればそんな解析の魔法を受け入れてやることはないのだが、パチュリーの魔法の奥儀とも言える、属性合成を教えてもらっていたので、まあいいか、と考えたのだ。
そのまま上海人形の声のない笑い声をBGMに本を読んでいたアリスは紅茶を飲もうとして、不機嫌そうな魔理沙に気がついた。
「どうかした?」
「あ? あ、いや、なんでもない」
何故か慌ててそういう魔理沙にアリスが首をかしげていると、ようやくパチュリーに解放された上海人形が戻ってきた。乱れたリボンや服を直してから、頬を膨らませ拳を振り上げてパチュリーに抗議する。妙に機嫌のいいパチュリーはそんな上海人形に笑って手を振ると、アリスに向かって言う。
「いい子ね」
素直に誇らしかった。
アリスはその後もパチュリーが書いたという属性合成に関しての文献を読ませてもらいながら、時折投げかけられるパチュリーの質問に答えていたのだが、冷めてしまったり飲み干してしまったりすると小悪魔がさりげなく注いでくれる紅茶は、ふと気づいてみれば四杯目。随分と時間が過ぎ去っていた。
「なぁ、そろそろ帰らないか?」
アリスは魔理沙の言葉に頷いた。もう日が赤くなり始めている。そろそろ紅魔館を出なければ、明るいうちに魔法の森につけないだろう。明かりを作る魔法は初歩の初歩だが、夜は妖怪たちの時間。真っ暗になると何かと面倒だ。
「あら、いいじゃない。
今夜はここに泊まっていけば?」
「おいおい、今日は随分とサービスがいいじゃないか。
何かありそうで怖いな」
「別に貴方には言ってないのよ?」
うっすらと笑みを浮かべているパチュリーの言葉はありがたかったが、着替えもなにも用意していなかったので断らせてもらった。それに、ずっと不機嫌そうだった魔理沙が追い討ちのようなパチュリーの言葉で更に険悪な顔になってしまっている。そのまま放置していると後が怖そうだ。
何冊か本を貸してほしいと頼むと快く承諾してもらえたので、何冊か見繕って用意してきた鞄に詰める。魔理沙は本を物色することなく、苛々とつま先で床を叩きながら図書館の入り口で待っていた。
「まだか?」
「もう少しだけ待って」
少し迷ってから、パチュリーが書いた精霊魔術の書籍も鞄に詰めて、アリスは立ち上がった。
「お待たせ」
魔理沙は物言いたげに顔をゆがめたが、結局何も言わずに背を向けた。
「あ、ちょっと!」
アリスが声をかけてもお構いなしだ。
ため息をついて上海人形に鞄を持たせると、アリスはパチュリーに向き直った。
「それじゃ」
「ええ。レミィにお願いして貴方を賓客登録しておくわ。
次回からは門番に声をかけてちょうだい」
「ありがとう。
今度はおみやげを持ってお邪魔するわね」
「期待しているわ」
アリスはパチュリーの声に見送られて図書館を後にした。
とりあえず、よくわからないが妙に不機嫌な魔理沙に追いつかなければ。
アリスが魔理沙と一緒に紅魔館の図書館を訪ねてから数日が経った。
アリスはその数日を図書館から借りてきた本を読んですごしていた。アリスが所有している本は呪術関連のものが多い。アリスが使う人形遣いの技術は呪術を中心としていくつかの魔法を組み合わせて実現しているため、自分のための資料はどうしてもそれに関連した分野に偏ってしまうのだ。そんなアリスの本棚は、本そのものに呪いがかかっているものもあって、妙な瘴気を漂わせている。魔法の研究に頻繁に手にとる本を離れた場所に置いておくわけにもいかず、結界を張って居間の隅っこに本棚を置いてあるのだが、小奇麗なアリスの家の中で間違った存在感を放つ本棚には、魔理沙でさえなんとも言えない微妙な顔をした。
図書館にはそんな本棚を所有しているアリスでさえ「これはなんとかしないとまずいんじゃないかしら」と思わせるほど瘴気が漂っている一角もあった。実際、初めてヴワルを訪ねてどんな本があるのかもわからないアリスに、司書である小悪魔が薦めた本はそのあたりから持ち出されたものだったらしいのだが、今回はあえて自分が持っていない分野の本を借りてきていた。
自分が詳しく知っている分野以外の本は、読むのに手間がかかる。当たり前のように書いてある魔法技術がピンとこなかったり、前提になっている知識がないために説明されている理論が理解できなかったりと、手探りになってしまう部分が多くあるからだ。
だが、逆にそれが楽しかった。
自分が知らない知識。技術。考え方。それらに触れることができるのは魔法使いとしての好奇心を刺激され、同時にそれは新しい発想を生み出す土壌となる。ある程度実力が付いてからはあまり感じることのなかった新しいものに挑戦する新鮮さを感じながら、借りてきた本の見慣れない単語を調べるために自分の家の蔵書をひっくり返したりしていると、時間はあっという間に過ぎていく。うっかり食事するのを忘れてしまうなんて、いつ以来だろうか。
そんなこんなで引きこもりと言われてしまえばそれまでだが、本人的には結構楽しく過ごしていた。しかし、初めて会った人物から借りたものを長々と借りているのは気が引ける。
アリスはパチュリーから借りていた本を閉じて窓に目を向けた。魔法の森の輪郭が、燃えるような夕焼けの中にくっきりと浮かびあがっている。雲は少なそうだ。明日は寒いかもしれないが、きっと抜けるような青空になるだろう。
「……よし」
明日は紅魔館に行こうと決めた。そうと決まれば前回の帰りがけに約束したおみやげを用意しなければ。アリスが本を閉じたのに気づいて近づいてきた上海にオーブンの準備を言いつけておいて、アリスは魔力の糸を操りながら上海よりも強い力を持った人形の名を呼ぶ。
「蓬莱」
呼ばれた蓬莱人形は自分が納められていたドールケースの扉を蹴り飛ばすようにして開けて飛び出すと、アリスの目の前に浮かんでにっと笑って見せた。アリスはそんな蓬莱人形を見て苦笑する。
アリスは人形の行動全てを操っているわけではない。
そうでなければ人形から送られてくる感覚(視覚や聴覚)の情報だけでアリスの処理能力が飽和してしまい、アリス自身が動けなくなって本末転倒になってしまう。だから人形たちにはあらかじめ行動基準や優先順位を作ってやり、それを基にそれぞれが判断して勝手に動くようにしている。弾幕中などは別だが、普段のアリスは人形たちに糸を通じて魔力を送ってやっているだけだ。
ちなみに、行動基準や優先順位……要するに性格は身近な人間を手本に作らせてもらっている。最初は自前で作っていたのだが、やたらと無感情な冷血人形(そもそも人形だから血も涙もないのだが)になってしまったり、情緒不安定で危険な人形(放っておいたら世を儚んで勝手に首を吊っていた)になってしまったりでうんざりしていたときに、ふと自分ならどうするかをそのまま手本にしてみたのだ。
その思い付きを元に作ったアリスに良く似た性格を持った人形である上海人形は、密かに妹のように感じている。それも結構自慢の妹だ。
「私はパイ生地を作り始めるから、貴方は外の畑から南瓜を取ってきてちょうだい」
アリスの言葉に「びしっ!」と親指を立てて外に飛んでいく蓬莱人形。「人形」という言葉の印象を裏切る、活発すぎるその性格モデルは魔理沙だ。連れ歩いていると興味を引かれたものにやたらとちょっかいを出したがる。精神的にも魔力の維持にも疲れるので普段は留守番だが、お転婆な蓬莱は見ていて飽きない。世に絶望して首を吊っていた面影は微塵もない。
蓬莱を見送ったアリスは腕まくりをしてエプロンを身につけた。手を洗い、戸棚からお菓子用の小麦粉を取り出しながら、自分の体ほどもある南瓜を抱えて帰ってきた蓬莱を見て、上海にそれを手伝うようにいいつける。
オーブン準備の手を止めて、南瓜の重さにふらふらしている蓬莱を手伝いにいく上海。面倒そうに眉を顰めているくせに口元が緩んでいた。アリスは上海のひねくれた顔に苦笑する。
そういえば、紅魔館の帰りに不機嫌だった魔理沙はどうしているだろう。あの日の魔理沙の刺々しい態度に喧嘩別れのようになってしまったきりで、それから一度も会っていない。
「まったく……普段なら毎晩のように夕食をたかりに来るくせに。
今回も私から譲歩するのを待ってるつもりなのかしら」
紅魔館に行く前に魔理沙の顔を見て少し文句を言っておいてやろう。
小麦粉を捏ねながらそんな風に考えているアリスの表情が上海の表情の手本であることは、南瓜に叩き込んだ包丁が動かなくなって四苦八苦している蓬莱だけが知っていた。
翌日。
「いらっしゃいませ、マーガトロイド様とお人形さん方。
紅魔館へようこそ!」
「おいおい、応対が私のときと違いすぎやしないか?」
「あんたはそもそもお客様じゃないでしょうが」
アリスは文句を言いに行ったら何故かついてきた魔理沙と一緒に、紅魔館を訪ねていた。
「何を言ってるんだ、すっかり顔見知りだろ。
そろそろ客扱いしてくれてもいいじゃないか。私とお前の仲だろ?」
「それこそ何を言ってるんだって話よ。
顔見知りになるほど襲撃してこないでほしいわ。
あんたの魔砲で消し飛ぶ門の修理を誰がやってると思っているのよ」
「おー、ご苦労ご苦労。
それじゃ、今日もがんばって修理してくれ」
「だから壊すなって言うのにー!」
「ええと……?」
話の流れから八卦炉を構えた魔理沙とその前であたふたしていた背の高い紅い髪をした女性が、唐突に始まった寸劇に戸惑ったアリスの声で我に返った。
「いやー、悪い悪い。
こいつはここの門番だ」
「紹介してくれるんなら、もうちょっとちゃんと紹介してよ。
紅 美鈴と申します。こっちの泥棒鼠が言うとおり、紅魔館の門番をやってます」
性別と年齢から考えれば妥当な体格の魔理沙だが、彼女の横にいると妙に小柄に見える。その分美鈴と名乗った女性の背の高さが際立って見えた。ただ背が高いだけではなく、女性的な豊かさと門番という戦うことを生業にする引き締まった部分が同居しているその身体は同性であるアリスの目から見ても魅力的だ。
だがそれ以上に、ちょこんと頭に乗せていた帽子を取って挨拶する美鈴が浮かべる柔らかな笑顔の方が、アリスには羨ましい。慌てたり、面識のない人から声をかけられたりすると咄嗟に尖った態度を取ってしまうのは自分でもわかっているだけに、彼女の柔らかさにはほっとすると同時に憧れる。
「もうご存知のようだけど。
アリス・マーガトロイドよ」
「はい、ありがとうございます。
パチュリー様からお通しするよう仰せつかっております」
口に出した自分でも険を感じる名乗りに気にした風もなく、美鈴は笑顔のまま門の前で両手を広げた。
「改めまして、いらっしゃいませ。
紅魔館へようこそ! ご来訪を歓迎いたします」
そして背を向けて門を押し開く。
門の向こうには魔理沙につれられて来た前回は強引に押し通ったせいで見ている暇がほとんどなかった庭が広がっていた。奥のほうには雪化粧された紅魔館の姿も見える。冬であるため花どころか葉すらないものがほとんどで全体的に寒々しい印象はぬぐえないが、整えられた木や花壇を見れば、十分に手入れされていることは見て取れた。
「おう、お勤めご苦労」
「あんたは客じゃないってのに」
「なら改めて一戦やらかすか?」
「あんたが格闘技を覚えてたら喜んで相手させてもらうんだけどねー。
今日はいいわよ。なんでかだかしらないけど、
パチュリー様からマーガトロイド様と一緒だったら通すように指示が出てたから」
「ならやっぱり私は客じゃないか。
ほれ、もてなせもてなせー」
魔理沙の言葉にうんざりとため息をつく美鈴に先導されて館まで歩く途中、アリスは白で埋め尽くされた庭の中に、わずかに紅いものを見つけた。
「あら……?」
アリスが洩らした声を耳にした魔理沙がアリスの視線を追ってそれを見つける。
薔薇の花が咲いていた。
「薔薇って暖かい季節じゃないのか?」
「冬薔薇っていうのもあるのよ」
アリスの返事に、美鈴が頷く。
「あれはこの季節に花をつける品種なんです。
まあ、パチュリー様がその気になれば
品種改良なり何なりでどんな季節にどんな花でも咲かせられるんでしょうが、
やっぱり季節に準じたお花がいいですよね」
どこぞのチェック柄が喜びそうな美鈴の言葉を聞きながら、アリスは館への道を外れて薔薇の前に膝を折った。遠目には小さなものに見えたが、近づいてみれば大輪の薔薇だった。よほど行き届いた手入れを受けているのだろう。周囲の寒々しい光景など知ったことかとばかりに咲き誇っている。
冷たい空気にわずかに漂う薔薇の香を楽しんでいると、美鈴がアリスを追ってきた。
「お花、お好きなんですか?
よければお帰りのときに少しお持ちになりますか?」
「遠慮しておくわ。
ここほどお手入れしてあげることもできなさそうだし」
ちょっと惜しい気もしたが、魔女の住む暗い森に赤い薔薇はさぞ不気味だろう。近くに魔理沙も住んでいるし、妙な魔力の影響を受けて、そのうち動き出して襲ってきそうだ。
「別にそんなに大したことはしてないんですけどねー」
魔理沙が人形たちと待っている場所まで戻る途中で美鈴が首をかしげながらつぶやく。
「あなたがあの花を育てているの?」
「はい。というよりも、紅魔館のお花の管理を任されてるんです。
門番のついでですから、あんまり手をかけてあげれてないんですが」
「そう」
庭の手入れをしている美鈴自身がそんな風に言うのだから、アリスが見れば十分でも美鈴が納得できるだけの手入れができていないことは確かなのだろう。
アリスは肩越しに振り返ってもう一度その花たちを視界に入れた。
美鈴に育てられた薔薇たちは冬空の下でも元気に咲き誇っている。美鈴は咲夜と違った部分で、どこまで丁寧に手入れをしても満足できない部分を持っているらしかった。
「でも、本当に綺麗な薔薇だわ。
今度は春にここのお庭を見せてもらいたいわね」
アリスの言葉に、美鈴はうれしそうに笑った。
荷物を持たせた人形たちと一緒に待っていた魔理沙と合流して館のドアをくぐる。
張り詰めた冷たい空気から一転しての暖かな空気に、こわばっていた肩の力が抜ける。
「いやー、寒かったなぁ」
「先に行ってしまえばよかったのに」
「上海や蓬莱も待ってるのに、私だけ先に行くのもなぁ?」
さりげなく後ろに回った美鈴の手にコートとマフラーを脱ぎながら、魔理沙は上海と蓬莱に視線を向ける。人形たちは当然だ、とばかりに芝居がかった仕草で頷いて見せた。アリスもそんな仲のいい様子を微笑ましく思いながら、魔理沙と同じように後ろに回った美鈴の手にコートを脱いだ。
「貴方がそんなまともな気遣いをするところ、初めて見たような気がするわ」
唐突にその場にいなかったはずの人物の声が聞こえたが、誰も驚かない。
「おう、メイド長か。
とりあえず寒いからあったかいお茶が欲しいんだがな」
「どうせ行き先は図書館でしょう。
そっちに小悪魔が用意しているわよ」
挨拶もそこそこに言う魔理沙を適当にあしらっておいて、咲夜は美鈴の手に抱えられていた魔理沙とアリスのコートを受け取って姿を消したが、すぐに手を空にしてもう一度姿を現した。
「それじゃ行きましょう。
パチュリー様がお待ちよ」
そう言って咲夜が先に立って歩き始める。アリスが魔理沙に視線を向けると、魔理沙は笑みを返して口だけ「行こうぜ」と動かして咲夜の後に続いた。アリスも頷いて人形たちを促しながら魔理沙と肩を並べる。
「なんだ、何で門番が一緒についてきてるんだ?」
歩き出してすぐに後ろを振り返った魔理沙が不思議そうに声を出した。アリスも振り返ってみると、庭を案内してくれた美鈴がそのまま後ろについてきていた。
「とうとう門番を首になるのか?」
「強行突破回数ナンバーワンのあんたが言う台詞じゃないわね……。
そういうわけじゃないわよ。
あんたとマーガトロイド様が訪ねてきたら、
私も一緒に図書館に来るようにって言われてただけよ」
「ふぅん?」
美鈴の言葉に訝しげな返事を返した魔理沙だったが、詳しく聞きだそうとはせずに前に向き直った。もう図書館のドアが目の前だったからだ。咲夜が空間を操って近道したらしい。
咲夜がドアをノックすると、ほどなく小悪魔の声が聞こえてドアが引き開けられた。
「いらっしゃいませ、アリスさん。
あ、お人形さんたちのほかに魔理沙さんもご一緒ですか」
何かの作業中だったのか片眼鏡をかけたまま出てきた小悪魔にアリスは笑顔を浮かべてみせ、魔理沙は気楽に「よぅ」と返事を返した。人形たちは荷物を手に深々と頭を下げる。
小悪魔は大きくドアを開いて下がると、そっと頭を下げた。
アリスと魔理沙はそれに応じて図書館に足を踏み入れる。魔理沙はそのまま小悪魔の案内を待つことなく自分の家のように奥へ行ってしまい、客人の案内に来た小悪魔は同じように魔理沙の背中を見送ったアリスと苦笑を交わした。最後まで廊下に残っていた美鈴も図書館に入ってくると、魔理沙の後姿を見て同じように苦笑を浮かべる。
ふとアリスが目を向けると、廊下に残っている咲夜も笑みを浮かべていた。しかし、こちらは苦笑などではなく、普段の咲夜からは想像できないほど柔らかな笑みだった。
だが、アリスの驚いた様子に気づいたのか、咲夜はわずかに目を丸くして……すぐに普段どおりの表情に戻そうとして失敗しながら頭を下げて姿を消した。声をかける暇もなかったが、慌てて頭を下げた拍子に髪からちらりとのぞいた耳とうなじが真っ赤に染まっていた。
「アリスさん、私たちも行きましょう」
咲夜の様子に気づかなかったらしい小悪魔に促されて足を図書館の奥に向けながら、アリスはちらりとだけ目にした咲夜の表情を脳裏に浮かべる。
神社などで見かけるときは、憎らしいほど余裕があって完璧な咲夜。しかし、アリスの脳裏の咲夜の表情はずいぶんと余裕のない表情だった。
「ま、そのほうが人間らしいけど」
と、人間であることを放棄して魔法使いになることを選んだアリスはこっそり口に出してみる。だが、妖怪だらけの博麗神社で人外どもと宴会をやっていても瀟洒さを崩さない咲夜が、何故その瀟洒さを取り繕い損ねたのか。
いや、それよりも。
「……何を見ていたのかしら」
歩きながら柳眉をしかめて考え込むアリス。
突然難しい顔になったアリスに人形たちは不思議そうに顔を見合わせる。
その後ろを、急かすでもなく美鈴がゆっくりと続いた。
「普段はこんなにひどくないだろ……。
何なんだよ今日は」
「いやぁ、アリスさんが訪ねてこられるかもしれないと思って、
呪術関係の本を奥から出してきてあっただけなんですけどねー。
本の魔力が交じり合ってひどい瘴気になっちゃってますね」
「この図書館、こんなに危険なところだったのね。
小悪魔ちゃん、ここで門番隊の実戦訓練させてくれない?」
「実戦訓練できるほど危ない図書館って何か間違えているような気がするわ……」
ちょっと進んだところで図書館の惨状に呆気にとられて足を止めていた魔理沙を拾い、閉じられた本から這い出してくる影を踏みにじって退け、「クケケケー!」とか言いながら羽ばたいて飛び掛ってくる本を叩き落し、声を出して手に取るよう誘う本は「読んでほしければお前が来い」と無視し、刃物のような鋭さを帯びてに襲ってくるページは避けてすれ違い様に落書きしてやり、四人はパチュリーが本を読んでいるテーブルを目指していた。
「パチュリーのところにたどり着くまでを文章に起こすだけで、
図書館に冒険小説が一本増えるぜ……」
「まったくだわ。
というよりも、図書館がこの状態でパチュリーは大丈夫なの?」
「そうですねぇ。パチュリー様、全方位広域殲滅魔法とかはお得意ですけど、
持久力のないお方ですから」
「パチュリー様はたぶん大丈夫でしょう。
おそらく、図書館がこんな状態なのは魔理沙さんが原因だと思います。
さっき私がパチュリー様のところから図書館の入り口まではすぐ出れましたから」
「私か!? 別に私は何もしてないじゃないか!」
「ああ……盗みが過ぎて私たち門番隊だけじゃなく、
とうとう本からも怨まれるようになっちゃったのね……」
「扱いが雑だからね。
本から怨まれても仕方ないわ」
「いえ、そうではなくて。
魔理沙さん個人がどうこうというよりは、
魔理沙さんが人間だから手を出してくる本が多いんでしょう」
「正解よ。ここの図書館の奥じゃ悪魔か魔女しかきてくれないから、張り合いがなくてねー」
「うへぇ、迷惑な話だな」
と、返事してから魔理沙は動かしていた足を止めた。
それにつられて『ほかの四人』も足を止める。
「何で正解なんて言えるのがいるんだ?」
「……なんか一人増えてるー!?」
美鈴の回し蹴りが、いつの間にか本から出てきたらしい悪魔に炸裂する。小悪魔とそっくりの容姿ながら、年齢はその悪魔のほうが少し上に見えた。服装のほうは「見えちゃいけないところだけ隠してます」といった程度。扇情的な服装に見合った豊かな体つきをした彼女は「あぁん、ちょっとは遊びましょうよぅ」という言葉を残して消えていった。
「ちょっとびっくりしたわね」
「おい、美鈴。
気を操る能力持ってるんだから、気配で気づけよ」
「あははー。ごめんごめん。
パチュリー様の気配を探ろうと思って遠くに意識を向けてたら見落としちゃった」
「どの本から出てきたか調べて、
厳重に封印かけておきますね……」
小悪魔は真っ平らな自分の胸に手を当てて憎々しげに呟いた。
「それにしても、本の相手をしながら進むのもそろそろ飽きてきたな。
パチュリーのところまでマスタースパークでぶち抜いて道を作ってもいいか?」
「そんなことをしたら、本が消し飛ぶわよ」
物騒なことを言い出した魔理沙を諌めておいて、アリスは懐から小さなベルを取り出した。
「お? なんだそりゃ?」
「最近作ったものなんだけどね。結構便利よ。
司書さん、ちょっとだけ我慢してね?」
小悪魔が頷くのを確認して、アリスは小さくベルを鳴らした。
アリスが鳴らした小さな小さな金色のハンドベル。
手の中に隠れてしまいそうな大きさのそれから放たれる、浄化の魔力がこもった音色があたりにわだかまっていた瘴気を吹き飛ばしていく。それと同時にゆがんで見えた廊下が、まっすぐ見えるようになった。
「おー」
遠くまで見通せるようになった本棚の向こうに、パチュリーが本を読むために点けていると思われる明かりが見えた。ページをめくる音も聞こえてきそうな距離だ。
「司書さん、大丈夫だったかしら?」
ベルの効果に満足すると、アリスは小悪魔に声をかけた。浄化の魔力は一応悪魔の端くれである小悪魔にも影響がでていた。人形たちは最初から浄化対象から外してあるので平気だったが、他人様の使い魔である小悪魔まで対象からはずせなかったのだ。あたりの瘴気と一緒に吹っ飛ばされかかった小悪魔は、自分も多少影響を受けているのに咄嗟に庇ってくれた美鈴の腕の中で、ほつれた髪を整えながら笑みを浮かべた。
「小悪魔が迎えに行ったのに、妙に時間がかかっていると思ったら」
ようやくたどり着いたテーブルで図書館の状況を説明すると、パチュリーはそう呟いてから小悪魔を睨んだ。
「お客様のために本を出しておくのはいいけど、
お客様が訪ねてくるのを邪魔したらダメじゃないの」
「すみません……」
「まあまあ、いいじゃないか。
あれはあれで面白かったぜ?」
「そうね。それに、私のために本を用意してくれたんだし、
そのくらいにしてあげて」
恐縮して縮こまっている小悪魔を見て助け舟を出した魔理沙に、アリスも便乗して言葉を重ねると、パチュリーは軽く息をついて小悪魔に向かって頷いて見せた。
「今度はせめて私に相談してからになさい。
……お茶の用意を手伝ってらっしゃい」
「は、はいっ!」
「あ、ちょっと待って」
アリスはあわただしく小悪魔が姿を消そうとするのを呼び止めると、上海にバスケットを渡すよう指示を出した。上海からバスケットを受け取った小悪魔は訝しげにアリスに向かって首をかしげる。
「パンプキンパイよ。
お茶請けのつもりで焼いてきたの」
「そんなに気を遣ってくれなくてもいいのに」
パチュリーが呟く。
小悪魔はアリスに頭を下げると、先にお茶の用意を始めている美鈴を手伝うために姿を消した。
「先に本を返しておくわね。
ありがとう、面白かったわ」
アリスの言葉に応じて蓬莱が手に持っていた鞄から本を取り出して、パチュリーの前に並べていく。パチュリーが得意とする精霊魔術の書籍のほかは、錬金術や霊魂を扱う技法、古い魔女術(ウィッチクラフト)などの本だ。
「なんだ、ずいぶんと無節操に借りていったんだなぁ」
「私の家にない本を片っ端から借りて帰ったからね。
どれも知らなかったことが多くて面白かったわ」
実はさっき使った浄化のベルも、借りていった本の技術を元にした産物だ。錬金術の本にあった基礎技術の一つを応用して作ったもので、重宝している。
そんなことを話していると、小悪魔が美鈴と一緒に茶器を乗せたワゴンを押して戻ってきた。
「パンプキンパイはクリームでよかったですか?」
「ええ」
切り分けられたパイにホイップクリームが添えられた皿を、小悪魔が客人たちと自分の主に配って回る。だが魔理沙の視線は自分の前におかれたその皿には向けられず、ワゴンで紅茶を入れている美鈴に注がれていた。
「お前、お茶淹れれたのか」
「あんた、私を何だと思ってるのよ?」
美鈴はうんざりした声を出す。
程なく美鈴が淹れた紅茶を満たしたカップが魔理沙の前に運ばれてきた。
椅子の背もたれにひじを乗せて頬杖をついて美鈴の手元を珍しげに見ていた魔理沙は、すぐにカップに口をつけると満足のため息をついた。
「意外だな。美味いじゃないか」
「一言余計だけど、お褒めの言葉と受け取っておくわ」
軽口を叩き合う二人の横で、アリスもカップに口をつけた。香りは弱いが渋みの少ない柔らかな味だ。魔理沙が言うとおり確かに美味しいし、自己主張の強くない味なので持参してきたパンプキンパイの甘味と喧嘩しなさそうなのがうれしい。小悪魔と美鈴の配慮だろうか。
そんな風に思いながらパチュリーを見ると、カップには手をつけず、フォークを手に口元を動かしていた。
わずかな緊張を感じて見ていると、それを感じたのかパチュリーが笑みを含んだ視線を返してきた。
「ありがとう。美味しいわ」
ほっとしてアリスもフォークを手に取る。
「そーだろそーだろ。
アリスはほかのお菓子や料理も上手いんだぞ」
何故か自慢げな魔理沙の言葉にパチュリーの笑みが深まった。
だが、パチュリーは魔理沙に対して言葉を返さずに、給仕が終わるとそのまま客人たちの後ろに控えてきた小悪魔と美鈴に目を向けた。
「小悪魔。美鈴。
せっかくいただいたのだし、貴方たちもここでおあがりなさい」
「わ、いいんですか?」
小悪魔の言葉にアリスが頷くと、パンプキンパイにナイフが入れられた。それも遠慮なく大きくざっくりといくあたり、小悪魔も甘いものが好きらしい。尖った尻尾もうれしそうに揺れている。小悪魔がパイを切り分けている間に、美鈴は新しく用意したカップに紅茶を淹れた。
「うわ、おいしー」
「わー、ホントに美味しいですねコレ。
ありがとうございます、アリスさん」
客人たちの隣の椅子に腰を落ち着け、パイを口に入れるなり幸せそうに美鈴の顔が緩む。小悪魔も礼を言いながらフォークを持つ手が止まらない。
アリスは黙って頷いた。
顔が熱い。きっと顔が赤くなっているだろう。褒められ慣れていないのは自覚している。
「なあ、パチュリー。
美鈴を図書館に呼んであるのはどうしてなんだ?」
会話が途切れる瞬間を計っていたのか、魔理沙が声を出した。
「それもアリスが来るのにあわせて図書館に来いって言ってあったんだろ?
なんかやるのか?」
魔理沙の言葉を聞いて、まだパイを食べている途中だった美鈴もフォークを置いてパチュリーに目を向ける。アリスもティーカップをソーサーに戻した。
パチュリーは魔理沙の質問に答えずカップに目を落としてゆらゆらとゆれる紅茶を見ていたが、しばらくして顔を上げるとアリスを見つめて言った。
「アリス。
私と共同研究で、生きた人形を作ってみる気はないかしら」
だが忘れるな、貧乳はステータスだっ!!
楽しみに続きお待ちさせていただきます。
こういう透明感のある話は好きです.今後の展開を楽しみに待っています.
上海&蓬莱が可愛らしい。
彼のシリーズはかなり面白かったです。
今後も続編を期待して待たせていただきます。
続きを期待して待ってます。
魔理沙風味の蓬莱が、なんだかとても愛しいですw
それにしても、パパさんの発言も含め、続きが気になる引き方ですねぇ。
次回を楽しみにしています。
待ってましたよ!
今回の話はアリスがメインに。
続きが気になります。
続きを首を流して待っておりますが、気長に書いてくださいませ。
早く読みたいですが、急いでも良い作品はつくれませんもんねぇ。
楽しみです。
相変わらず描写が丁寧で人物の行動や心情が手に取るように分かるのがイイ!!
魔法使いについてというか魔法について少し詳しくなったような錯覚を起こしたw
楽しみに続きを待たせていただきます。
とまれ、キャラ立ちと設定がしっかりしている紅魔館シリーズ、続きも楽しませていただきますよー。
最後のセリフパチェリーからのプロポーズかなーと電波来た私はちょっと九天の滝に撃たれてきます
貴方の書く紅魔館の人々+魔理沙とアリスの関係が自分の理想にぴったりでかなり好きです!
続き楽しみにして待っています
パチュアリになるようだったら尚期待…!
紅魔館シリーズ、ようやく全部読めました。
続きも楽しみにしています。