この物語は作品集51の『レミリア・スカーレット~誇り高き吸血姫が守った未来~』の設定を使っていますが
特に読んでいなくても大丈夫だと思います。色々あって慧音が紅魔館、霊夢がマヨヒガに居候してます。
悪魔の館、紅魔館。人々に恐れられ、恐怖の象徴として畏怖されていたことも今は昔。
とある日の昼下がり、レミリアと慧音は咲夜の入れた紅茶を口に優雅なひと時を過ごしていた。
この館に来るまでは緑茶一筋だった慧音だが、この館の主であり大の紅茶党であるレミリアに幾度となく勧められ、
最近では紅茶を口にする機会が多くなっている。
そして紅茶も悪くないなと思うようになった辺り、彼女も大分紅魔館に馴染んでしまっているのかもしれない。
部屋を包む穏やかな静寂。普段は毎日がこれ以上無いくらい騒がしい紅魔館だが、こういう静かな一面も当然持ち合わせているのだ。
「失礼します、お嬢様」
「ふああ…おはよ~、お姉様」
ガチャリと開かれた扉の向こうから、咲夜とフランが静けさを打ち消すように現れる。
咲夜の手に持つトレイにはフランの分のジュースと追加分の洋菓子が乗せられている。
一方、フランはまさに寝起きですと言わんばかりの様子で大あくびを一つ。
フラフラと身体をよろけさせながらレミリアの隣の席に腰を下ろし、ぺたんと机の上に顔を伏せさせる。
そしてその状態のままで机の上に置かれている菓子に手を伸ばし、緩慢な動作でそれを口に運んだ。
「こら、フラン。寝起きとはいえ、そんなはしたない真似しないの」
「う~…だってまだ眠いんだもん。昨日の夜はけーねが私を眠らせてくれなかったし」
「…それだけを聞くと、何故かとても如何わしく思えるわね。
ちょっと慧音、まさかとは思うけど私の妹に何か変なコトをしたりしていないでしょうね」
「お前が私に妹の家庭教師をしろと言ったんだろうが!!」
レミリアの発言に慧音はドンと力強く机を叩いて吼える。その振動に驚いたのかフランはビクっと身体を反応させた。
慧音の言う通り、昨日の夜、レミリアは慧音の部屋を訪れ臨時でフランの家庭教師をするよう願い出た。
何故突然そのような願い出をしたのかというと、いつもフランの家庭教師を務めているパチュリーが
何かの実験で手が離せなかった為らしい。このような時、いつもは教える人間がいない為、休みになっていたのだが、
現在紅魔館には居候という形で最高の知識人が滞在していた。そこに目をつけ、レミリアは慧音に頼んだという訳だ。
「けーねの授業は長いし眠いしつまんない。パチュリーの方が楽だから好き。
真面目にしなくても怒られないし、お話に付き合ってくれるし、今日はもう寝るって言ったら終わりにしてくれるもん」
「それはお前が今まで勉学というものを真面目にしてこなかったからそう感じるんだろう。
そもそもパチュリーは知識を得る者、他人への教育は本分ではない。今までの授業自体がおかしかったんだ。
今は苦しくとも、後にそれが楽しいと感じられるようになる。智を得る喜びを見つけること、それが勉強だ」
「いやー!パチュリーがいい!楽しいことなら今がいいー!けーねの授業なんか嫌いー!」
「…こうして面と向かってハッキリと言われると、何気にかなり傷つくな。
まあ、安心しろ。私の授業は昨日だけだ。今日からはパチュリーが戻ってくるだろうからな」
慧音の言葉にフランはやったーと両手を上げて喜びを表した。慧音は軽くショックを受けているのか、ブツブツと何かを呟いている。
その光景にレミリアは軽く頭を痛めながら小さく溜息をついた。紅茶を一度口に運び直し、咲夜に尋ね掛ける。
「そういえば咲夜、美鈴とパチェはどうしたの?
貴女がフランを呼びに行く時に、二人もお茶会に誘うように言っておいた筈だけど」
「それが、美鈴を呼びに門前へ向かおうとしたら、廊下で美鈴と会いまして。
何でもパチュリー様から用があるから図書館に来るようにと呼び出しをされたそうです。
私がお茶会の話をすると、パチュリー様には自分から言っておくからと言われましたわ」
「そう。それにしても、昨日からずっと図書館に篭もってると思えば突然美鈴を呼び出したりするなんて。
パチェったら、今度は一体何をしてるのかしら…はっ!?ま、まさか私に内緒で美鈴と二人、図書館で甘い一時を過ごしているのでは!?
そして図書館にある様々な本を使って私の美鈴にあんなことやこんなことを少女密室ラクトガール!?
駄目よパチェ、落ち着きなさい!本というものは本来そのような使い方をする物ではなくてよ!?」
「落ち着く必要があるのはお前の方だと私は思うが」
いやんいやんと暴走するレミリアに、慧音は呆れたような視線を送りつつ突込みを入れる。
この紅魔館において常識人である彼女の存在は本当に大切なのかもしれない。まあ、最近は慧音も色々とアレなのだが。
「そんなに心配しなくてもパチュリーならそのうち来るだろう。
昨日だって食事の時間にはちゃんと顔を見せていたしな」
「そ、そうよね…ふふ、私としたことがあまりのマニアックなプレイについ興奮してしまったわ。
そう、落ち着くのよレミィ。紅魔館の主である私がそんな些細な事で動揺してはいけないわ。
常に気高く、美しく、華麗に、優雅に、そしてエレガントに。それが私、レミリア・スカーレット」
「その誇り高く、気品に満ちた麗しいお姿。流石ですわお嬢様」
「当然ね。この私を一体誰だと思っているの」
ふふん、と笑みを浮かべ、平静を取り戻したレミリアは紅茶をゆっくりと口に運ぶ。ちなみに優雅にとエレガントには意味の重複である。
その光景を見ながら慧音は思う。『本当、こいつは口さえ開かなければカリスマに溢れてるんだがなあ』と。
レミリアが紅茶を口に含んだ瞬間、部屋の扉が再び開かれた。そして、そこから噂していた人物の人影が。
「ごめんなさい、お茶会の時間には少し遅れちゃったわね」
「ああ、パチュリーか…って、お『ブゥーーーーー!!!!!!!!』ぬ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」
部屋に入ってきたパチュリーの姿を見て、レミリアは口に含んでいた紅茶を思いっきり噴出してしまった。
ちなみにその噴出された紅茶は隣に座っていたフラン…は、先ほどと同じように机に伏せていたままだったので
運よく被害を逃れた為、更にその横に座っていた慧音の顔面にこれ以上ないほどにクリティカルヒットした。
「ぐあああああああ!!!!!!!!目が!!目がああああああああ!!!!!!!」
レミリアの噴出した紅茶が目に入ったのか、慧音は椅子から落ち、ゴロゴロと床を転げまわっていた。
どうやらレミリアの紅茶は人間の血液が入った特製品の為、かなり強烈に目に染みたらしい。
そんな慧音を気にすることも無く、レミリアは相変わらず口から紅茶を零したままでパチュリーの方を見て固まっている。
それは咲夜も同様で、レミリアの横でぽかんと口を開けたままパチュリーから視線を逸らせないでいる。
ちなみにフランはパチュリーの事や転がる慧音なんか気にすることもなく本日五つ目のクッキーに手を伸ばしていた。
「…?何よレミィ、それに咲夜も。私の顔に何かついてるかしら」
首を傾げるパチュリーに、レミリアはふるふると震える指でゆっくりとパチュリーの方を指差す。
レミリアの指をパチュリーはゆっくりと追う。その指先は自分のお腹の辺り。
パチュリーは一度視線をゆっくり腹部へと下げる。――そこには、ぽっこりと異様に膨らんだパチュリーのお腹。
己の腹部を確認した後、パチュリーは再びレミリアの方へと視線を向ける。
「…私のお腹がどうかしたの?」
「ぱ…ぱ…ぱ…」
「…ぱ?」
「パチェが妊娠してるうううううううううう!!!!!!!!!!!!!!!」
レミリアの絶叫は紅魔館の屋根を貫き、果てしなく広がる幻想郷の青空へと木霊した。
どうやら今日も紅魔館には心休まる時間は存在しないようだ。
「馬鹿ねレミィったら。どうして私が妊娠なんかしなきゃいけないのよ」
席に座り、咲夜の入れた紅茶を飲みながらパチュリーは呆れたように言葉を返す。
パチュリーの一言に、室内に満ちていた張り詰めた空気が幾分解消されるものの、
レミリアはムッとした表情でパチュリーのお腹を指差して声を荒げる。
「じゃあそのお腹は一体どうしたのよ!?その中には一体何が入ってるのよ!
まさかパチェ、あまりに運動を嫌うから今流行のメタルラック症候群とやらにかかったんじゃ…」
「お嬢様、それは恐らくメタボリック症候群のことかと」
「そんな事はどっちでもいいのよ!!さあ、そのお腹は何なの!?早く答えなさいパチェ!
それは脂肪なの!?私は嫌よ、太ましいパチェなんて!そんなのはどこぞの黒幕女だけで充分よ!!」
鼻息を荒くして問い詰めるレミリアに、パチュリーはやれやれと小さく溜息をつく。
しかし、声を荒げるレミリアを責めるのも酷と言うものだ。百年近くの付き合いである親友が突然お腹を大きくして現れたのだ。
彼女でなくとも平然としていられる者など普通はいないだろう。
「私はただコレを温めていただけよ。よいしょ…っと」
着ている服の中に手を入れ、パチュリーはお腹の部分から大きな丸い物体を取り出しゆっくりと机の上に置いた。
それは真っ白な卵状の…というか、ぶっちゃけ卵そのものである。どう見ても卵にしか見えない物体だ。
「これは…何かの卵か?鳥類…にしてはやや大き過ぎるな。
それこそ人間の赤子が軽く一人分は入るような…」
それまで沈黙を守っていた慧音が物珍しそうに卵を観察し始める。
ちなみに慧音の服は先ほどのレミリアのせいで紅茶で汚れてしまっていたりする。咲夜の用意してくれたタオルのおかげで未だに濡れ鼠ということは無いのだが。
そんな彼女の横で、フランは目を丸くして卵をじーっと見つめている。
彼女の瞳が輝いているところを見ると、どうやらこの卵は彼女に眠気を吹き飛ばす程度の好奇心をもたらしたらしい。
「ねえ、パチェ。この卵は一体何?
さっき温めてるって言ってたけど、もしかしてこの卵、孵るの?」
「ええ、孵るわよ。ただ、温めていたっていうのは語弊があったわね。
私はこの卵に自分の魔力を与え続けていたのよ。
ただ、一気に魔力を送るのは体力的につらいから、人肌を通じてゆっくりと魔力を卵に流動させていたの」
「ふーん…もしかして、昨日からずっと図書館に篭もって研究していたのはコレ?」
「ご名答。ここまで理論を完成させるのに相当手を焼いたけれど、今朝何とか組み上げることに成功したわ。
それで早速その成果を見てみようと思った訳。…妹様、お願いだから余り強く叩かないで。卵が割れてしまうわ」
レミリアと会話をしつつ、パチュリーはフランをやんわりと窘める。
どうやらフランの好奇心は完全に卵に奪われたらしく、現在はツンツンと指で卵を熱心に突いている最中だ。
「相変わらずパチェは変なモノが好きねえ…まあ、いいけど。
それでこの卵の中身は何が入ってるの?使い魔なら図書館にいるので充分間に合ってるでしょう?」
「この中に入ってるのは使い魔じゃないわよ。この中には美鈴が入ってるの」
パチュリーの言葉にふうんと興味なさげに紅茶を啜るレミリア。
妊娠じゃない事に安心し、いつものようにレミリアの後ろで完全で瀟洒を振舞う咲夜。
何の卵かを己の知識から探し出そうとするも、なかなか該当する項目が見つからない慧音。
卵に完全に心を奪われ『ゆでたまごっ、ゆでたまごっ』と楽しそうにちょっと拙いことを口ずさむフラン。
パチュリーの発言の後、それぞれが以上のような行動を取った。そして一呼吸置いて――
「「えええええええ『ブゥーーーーーーーー!!!!!!!!』ぎゃあああああああ!!!!!!!」えええええ!?」
部屋中に上がる咲夜の驚きの声と本日二度目となるレミリアの紅茶を噴出す音、そして慧音の絶叫。
ちなみに今回もレミリアの噴出した紅茶は卵の上を通過し、向かい側で卵を観察していた慧音の顔面に見事にナイスオン。
「ぬわーーーーーーっっ!!!!!!!ほ、ほーっ、ホアアーッ!!ホアーッ!!」
再び身体を床に投げ出し、奇声を上げながらカーペットの上を転がり回る慧音先生。
どうやら咲夜の用意したばかりの紅茶はほどよく熱されていて、先ほどよりも程よく眼球への刺激が強まっていたらしい。
だがそんな慧音に誰も救いの手を差し出そうとしないところが悪魔の館、紅魔館たる所以。
口からダラダラと紅茶を垂れ流しながら、カリスマのカの字も見えないレミリアは驚きを隠せずにパチュリーに口を開く。
「ちょ、ちょっとパチェ!このなかに美鈴が入ってるってどういうこと!?」
「落ち着いてレミィ、口から紅茶が垂れ流し状態になってるわよ」
「出してんのよ!!そんなことよりも早く説明なさい!」
紅茶と共に悪魔として大事なモノまで溢れていそうなレミリアに、パチェは軽く息をついて口を開く。
ちなみに現在、咲夜はレミリアの口周りを優しく拭いてあげていたりする。
主同様に驚きつつも、きちんと為すべきことは完璧にこなす事こそ彼女が幻想郷一の従者と呼ばれる所以である。
「…って咲夜!?貴女それ台拭きじゃないの!?主の尊顔を一体なんてモノで拭いてるのよ!?」
「…あ、も、申し訳ありません。パチュリー様のお言葉に驚いてしまってつい…」
前言撤回。時々は小さなミスもするが、そんな魅力も含めて彼女は幻想郷一の従者と呼ばれる所以なのである。
「だから、この中には美鈴が入ってるのよ。
もっとも、このなかに入ってるのは私達の知ってる美鈴とは少し異なるけれど」
「…それはどういうことだ?」
どうやら眼球の痛みから解放されたらしく、慧音が席に着きながらパチュリーに尋ね掛ける。
どうでもいい事だが、慧音の服と帽子に付着した紅茶と血液の染みはちゃんと取れるのだろうか。心配である。
「それに関しては分かりやすいように、まず私が完成させたモノについての説明からさせてもらうわ。
私が完成させた術は簡単に言うなら『対象者を赤子の状態まで退化させる』呪術。
そもそも、この魔術はかなり大掛かりなモノで発動に必要な前提条件として…」
「そんな事はどうでもいいのよ!さっさと重要な部分だけを掻い摘んで話しなさい!」
吼えるレミリアにパチュリーはやれやれと溜息をつく。
どうやら魔女である彼女の話に主は少しも興味が無いらしい。まあ、仕方が無いといえばその通りなのだが。
「…この中に入ってるのは幼児退行した美鈴、つまり美鈴が赤子状態になって入ってるの。
この卵は言わば胎内ね。私が美鈴に魔法をかけて、美鈴がこの中に入ったという訳。
そして、この卵は一定量の魔力を与えると孵化をする仕組みになっているのよ」
「えーと…それはつまり…」
「この卵にもう少し魔力を与えたら、美鈴の赤ちゃん時代を見ることが出来るという事よ」
パチュリーの言葉に、先ほどまであれだけ騒がしかった室内に静けさが生じる。
その突然舞い降りた室内の沈黙に何事かと驚く慧音を他所に、レミリアはガタリと椅子を引き、その場に立ち上がる。
そしてパチュリーの元へと歩み寄り、鋭い視線をパチュリーにぶつける。
「パチェ…」
「何、レミィ」
親友の鋭い眼光にも気にすることもなく、さらりと尋ね返すパチュリー。
それを見て、慧音は小さな溜息をつく。レミリアが怒るのも当然だ。
何故なら紅美鈴は彼女の何よりのお気に入りであり大切な従者だ。それを突如勝手に赤子にされたのだ、怒らない方がおかしい。
大事になる前に止めなければ、そう考え慧音も席から立ち上がり二人の間に割り込もうとしたその時。
レミリアはガシリとパチュリーの両手を包み込むように握り締め、絶叫。
「やっぱり貴女は私の大切な親友よ!!いえ!!心の友と呼ばせてもらうわ心友!!
愛してる!!パチェは今世界で一番輝いてるわ!!」
「そう。レミィなら分かってくれると思っていたわ」
そこには怒るどころか歓喜に満ち、今にも喜びの舞でも踊りだしそうなお嬢様と主に抱きしめられる魔女の姿が。
その光景にあんぐりと口を開ける慧音。どうやらこの二人の思考回路はまだまだ付き合いの少ない慧音には理解出来ないらしい。
「つまりこの卵の中からもう少しで私の愛する可愛い美鈴が愛くるしい姿で生まれるというのね!?
いいえもう待つことなんて出来ないわ卵を孵しましょう今すぐ孵しましょうこの場で孵しましょう!」
「ちょ、ちょっと待て!少し落ち着けレミリア!まだ私達はパチュリーに対して他に聞くべきことが色々と…」
「魔力!?魔力が必要なのね!?いいわ、私の魔力を好きなだけ持っていきなさい!
さあ美鈴、この私、レミリア・スカーレットの純然たる魔力の胎動を聞きなさい!」
「人の話を聞かんかいこのアワビがぁぁぁ!!!!!」
「落ち着いてレミィ。とりあえず魔力を送るのは慧音の話が終わってからでも遅くはないわ。
…それと妹様、お願いだから卵を転がさないで。卵が割れてしまうわ」
パチュリーの静止に、レミリアは不満顔たらたらで渋々と席に戻る。
ちなみにフランはというと先ほどから卵を机の上で転がして遊んでいたりする。
「それで慧音、貴女は何が聞きたいのかしら」
「色々とあるが…そもそも、何故こんなことをしようと思ったんだ」
「幼い美鈴の写真を私のコレクションに加えたかったからよ」
「そんな理由で!?というか本人によく許可貰えたな…勿論これは同意の上なんだろうな?」
「当然よ。『若返りの薬が存在するとしたら貴女は飲む?』って美鈴に訊ねたら
『そうですね~、あったら面白いですね』って言ってたもの」
「それは全然同意の上じゃないだろ!!しかも美鈴は滅茶苦茶曖昧な返事しか返してないし!」
「そんな事より早く卵を孵すわよ!!パチェ、一体どのくらいの魔力を送ればいいの!?
適量を教えてくれないと私の全魔力を卵に送ってしまいそうだわ!」
どうやら一刻も早く赤子の美鈴の姿が見たいのか、レミリアは卵に手を当てた状態でパチュリーを急かす。
この紅魔館にとって、良くも悪くも常識人の意見は常に採用されないのだ。
自分本位、望むがままの生を力の限り謳歌せよ。それがこの紅魔館の住人達なのである。
「別に適量なんて存在しないわ。
その卵は元となった人物の魔力、妖力の容量に応じて必要量が決まるの。
必要分の魔力が補充されれば、卵は自然にひび割れて孵化する筈よ。…理論上は」
「そう、ならば話は早いわ。フラン、咲夜、慧音、パチェ、貴女達も卵に魔力を送りなさい。
美鈴の容量だと私一人では少し面倒だもの」
レミリアの一言に、咲夜もフランもパチュリーもすぐに了解し卵に手を当てる。
残る慧音もレミリアの言葉に首をかしげながらも卵に手を当てる。
確かに紅美鈴はかなり強力な妖怪なのだろうが、それでもレミリア一人の魔力量で充分に事足りるのではないか。
そんな事を考えながらも、慧音はどうせ美鈴の顔が早く見たいのだろうなと結論付け、レミリアに協力する。
「それじゃ卵に魔力を送るわよ…せーのっ」
レミリアの合図に合わせるように、慧音は魔力を卵へと注入させる。
――冗談だろう。それが慧音の最初に脳裏に浮かんだ素直な感想だった。
五人掛り、それも紅魔館という幻想郷でも最強クラスの面々が揃ったこの面子だ。
それが一気に魔力を送れば、卵は簡単に孵化するだろう、少なくとも慧音はそう考えていた。
だが、美鈴の卵は魔力を送り続けている今も終わることなく、ただ貪欲に純粋な魔力を貪り続けているではないか。
驚きに表情を歪める慧音だが、周囲の面々を見て彼女は更に表情を固める。
この異常な現象に、慧音以外のこの場の誰もが表情一つ変えていないのだ。まるでこれが当然の事だと言わんばかりの様子で。
それはつまり、慧音だけが紅美鈴という妖怪の持つ能力を過小評価していたことに他ならない。
では、あれは一体どれ程の化け物だと言うんだ。この館の守護者は、一体どれ程の――
「あっ…ほらほら!みんな見て!卵にヒビが入ってる!」
楽しそうに声を上げるフランに、皆の視線は卵の一点に集中する。
卵に走った亀裂から一筋の光が放たれ、それに呼応するように次々と卵の表面にひび割れが現れていく。
ペキペキと次々に卵の殻が割れる音が生まれ、とうとう卵全体から光が放たれた。
「…生まれるわ。紅魔館の守護者、幼き紅龍が」
卵から放たれる光と溢れる魔力の為、もはや慧音にパチュリーの言葉は耳に届かなかった。
汚れ無き命の誕生に祝福を。部屋中に満たされた光はやがてゆっくりと収束していく。
そして、やがて光は消え、机の上には卵の残骸、そして…
「あぅ」
一子纏わぬ姿で幼き妖怪がそこにいた。
穢れを知らぬ純粋な瞳に、幼き身体。けれど、彼女の持つその美しき紅髪は今もなお健在で。
その姿はどこまでも愛おしく狂おしく。――成る程、確かにこれは彼女に違いない。紅魔館を護る守護者、華人小娘こと紅美鈴に。
「ほう…なかなか可愛いじゃないか。ほらレミリア、待望の美鈴だぞ。
まあ、お前が毎日見てるような彼女のプロポーションは見る影もないがな」
笑いながらレミリアに冗談を言う慧音だが、レミリアの様子が少しおかしいことに気付く。
美鈴を凝視したままフルフルと拳を震わせ、この世界に警察があったなら三秒で通報されてもおかしくない程だ。
「れ、レミリア…?」
「わ…」
「わ?」
「我が生涯に一片の悔い無し!!!」
「ちょ、ちょっと待てええええ!!!ぐああああああ」
咽び泣きながら拳を突き上げ、天井に向けて気弾を思いっきりぶつけるレミリア。幼美鈴は彼女にとって最高にツボだったらしい。
ちなみに先ほどの慧音の悲鳴は、レミリアの放った弾幕の流れ弾が思いっきりピチューンした悲鳴である。
どうやら今日は慧音先生にとって厄日のようである。
「巨星堕つ…ね」
「お前も訳の分からないことを言いながら冷静に写真を撮ってるんじゃない!!」
「今撮らずして何時撮るのよ。私の目的は美鈴の写真集~幼女編~の完成だって言っていたでしょう?」
「そんなことは一度も聞いてないっ!!おい咲夜、頼むからお前の主をどうにかしてくれ…」
咲夜に声をかけた瞬間、慧音はハッと息を呑んだ。
レミリアの背後から幼き美鈴に視線を向けたまま、咲夜は指先一つすら微動だにしない。
その咲夜に近づき、慧音はようやく彼女の異変に気づいた。
「咲夜…!?こ…こいつ……死んでいる……!?」
どうやら幼美鈴の裸は咲夜にとっては致命傷だったらしい。
主が主なら、その娘も同然であり、幻想郷一の従者と呼ばれる彼女もまた遥か怪物(へんたい)。
幻想郷よく分からない年、春だということは分かる月。悪魔の狗――十六夜咲夜、死亡確認。
ちなみにフランは美鈴の頬っぺたを指で突いて楽しそうに笑っていた。
狂気の申し子と人々から恐れられるフランがどうしてこの中で一番まともに見えるのか、本当に謎である。
レミリアが破壊した天井をパチュリーが魔法で修復したり、咲夜の心肺蘇生が五分以内でセーフだったりと
色々あったものの、何とか場の状態はいつもの紅魔館に戻っていた。
「それで、美鈴の写真を撮ったとして…その後は一体どうするんだ?
いくらなんでも美鈴をずっとこのままにしておく訳にはいかんだろう」
もっともな質問をちび美鈴が誕生して十七分と二十八秒後にようやく訊ねる慧音。
ちなみに現在、ちび美鈴はレミリアの古着を着せられ、机の隣に置かれたベビーベッドの上でゆっくり眠っている最中である。
「それは大丈夫よ。この魔術は一時的なものだから、一週間もすれば元に戻るわ。
ちなみにこの魔術の優れたところは対象者が元に戻った時、赤子の頃の記憶は一切残っていないというところなの」
「それは果たして優れた点と言えるのか…?」
疑問を口にした慧音だが、ふとレミリアの方を見ると、彼女が何やらおかしなことをしているのに気付いた。
椅子から立ち上がり、ゆっくりとちび美鈴の眠るベビーベッドの方へと足を進め、
そしてちび美鈴を優しくその手に抱き――部屋の外へと全速力で逃げていった。
「うおおおおおおい!!!!?何をやってるんだあの馬鹿は!!!!」
「出たわね。あれはレミィの持つ四十八の殺人技の一つ、『かぁいいものはみーんなレミィがお持ち帰りぃぃっ♪』ね。
あの娘は可愛いモノを見て愛欲の臨界点を超えたとき、あれを発動させるのよ」
「殺人技!?というか何だその訳の分からん設定は!!」
喚く慧音を置き去りにしたままで、部屋の扉の向こうからはレミリアを抱き抱えた咲夜が現れる。
どうやら時を止めてレミリアを捕まえたらしい。咲夜から逃れる為にレミリアは宙に浮いた足をジタバタとさせて
『は~な~し~て~!』と従者に訴えていた。咲夜に抱き上げられているレミリアが更に赤子を抱いているものだから、
それはそれは正直かなり異様な光景だった。
「お前の頭の中は一体どうなっているんだ。というか何故に美鈴を抱いて逃げる」
「仕方ないじゃない!美鈴が余りに可愛かったから他の連中に自慢したかったのよ!
ママが我が娘の事を自慢して一体何が悪いのよ!」
「一寸待て、いつから美鈴はお前の娘になったんだ」
「いつからも何もこの娘は私の娘よ!私がお腹を痛めて産んだ美鈴との愛の結晶だもん!!」
「その発言は何か色々と危険な香りがするから本気で止めてくれ」
ちび美鈴を抱きしめ、滅茶苦茶な捏造話を展開するレミリアは慧音は本気で頭を痛める。
そんな慧音に助け舟を送るように、小さく溜息をついて咲夜が口を開く。
「慧音の言う通りですわお嬢様。美鈴がお嬢様の娘だなんてありえませんわ」
「はあ…咲夜、もっと言ってやってくれ。このお嬢様はどうも美鈴のことになると頭のネジが…」
「だって美鈴は私がお腹を痛めて産んだ大切な私の娘ですもの。
ですのでお嬢様にとって美鈴は従者の娘に当たるのです。二度と間違えないで下さいね」
「…っておい!!?お前もなのかー!!!」
人類は十進法を採用しましたと言わんばかりに絶叫する慧音。
どうやら彼女が乗った助け舟は泥舟だったらしい。きっと今頃永遠亭の兎ならぬう詐欺は楽しそうに笑っているに違いない。
「違うわ!美鈴は私の娘よ!」
「いいえお嬢様、美鈴は私の娘ですわ」
「…まあ、そういう流れなら私の娘とも言えなくもないわね」
「言えるか!!!というか言うな頼むから!!」
パチュリーの発言に慧音は本気で絶叫突込みをあげる。
駄目だこいつら…早く何とかしないと。慧音は心に決意を固め、折れそうになった心を立て直す。
「とりあえずお前等、少し落ち着いてくれ…。
この娘はお前達が日頃追い掛け回してる紅美鈴であり、レミリアの娘でも咲夜の娘でもましてやパチュリーの娘でもない。
ったく…何でこんな当たり前のことをイチイチ言わねばならんのだ」
「よしよし…いい娘ね。私が貴女のママよ。
貴女の名前は美鈴…美しき鈴と書くのよ。今日から貴女は美鈴・スカーレットを名乗りなさい」
「いいから聞けよ人の話を!!!
大体お前達は自分の娘だと主張しているが、子宝というものはしっかり手順を踏まねば出来ないんだぞ!?
……ちょっと待てお前達、どうしてそこで私から目を逸らすんだ」
慧音の言葉に、レミリア達は揃って慧音から目を逸らす。
ちなみに唯一フランだけはレミリアの横で、ちび美鈴の手に自分の指を握らせてきゃっきゃと遊んでいる。
もしかしたら彼女、フランドール・スカーレットこそ紅魔館の最後の良心なのかもしれない。
「でも…ちゃんと避妊はしていたし…危険日だってちゃんと考えて…」
「避妊!?危険日!?どうしてここでそんな単語が出てくるんだ!?」
頬を染めて視線を逸らす咲夜に慧音先生絶叫。
どうやら完全で瀟洒な従者はそういう面に関しても完全で瀟洒らしい。別にどうでもいい話なのだが。
「何!?悪い!?ええそうよ!やったわよ!美鈴を夜通しで愛でたわよ!!
羞恥に染まる美鈴の『ぴちゅーん』に『ぴちゅーん』を『ぴちゅーん』して『弾幕はパワーだZE☆』したわよ!!」
「逆切れ!?というかその危険な発言を今すぐ止めろおおおお!!」
レミリアの発言に堪らず制止の声をあげる慧音。どうやら今日のレミリアはいつにも増してルナティックらしい。
ちなみにこの物語が削除された場合、間違いなくレミリアのせいである。別にどうでもよくない話なのだが。
「…うまく言語化できない。情報の伝達に齟齬が発生するかもしれない」
「しなくていい…というかするな頼むから…」
ちび美鈴に向けてカメラのシャッターを切りながら淡々と話すパチュリー。
この魔女はどうやら本気でちび美鈴の写真集を作る為だけに徹夜で魔術式を組んでいたらしい。
己の欲望の為には努力の浪費を微塵も惜しまない彼女は、やはり魔法使いとして超一流なのだろう。本当、無駄な努力である。
「とにかく…あと一週間は美鈴はこの状態なんだな。その間に解呪したりは出来ないんだな」
「出来ないわね。これは本来、対象者を我が子として育てる為の術式だもの。
この魔術の最終形は永遠の若返り、そして記憶の消去。それを途中解呪なんてされては意味がないでしょう?
美鈴が元に戻るには一週間待つしかない事を断言してあげる…レミィ、少しその手をどけて。美鈴の顔が隠れてしまっているわ」
「そうか…だったら、やるべきことは一つだな。
美鈴が元に姿に戻るまでは私達が協力し合ってこのちび美鈴の面倒を…」
「仕方ないわね…ならこうしましょう。
美鈴に最初に『ママ』と呼ばれた者が美鈴の母親になる権利が与えられるの。咲夜、それで構わないかしら?」
「ええ、勿論それで構いませんわ」
「いい加減に人の話を聞けええええええ!!!!仕舞いには本気でぶっこおすぞ!!!」
どうやら怒りゲージがMAX値を完全に振り切ったのか、慧音はレミリア達に危険な発言を放ち始める。
満月の夜でもないのに、髪はやや緑掛かり始め、角が生え始めたところを見るに、慧音先生のお怒りは本気でヤバイらしい。
というか、むしろ今のレミリア達にここまで切れなかったのが奇跡なくらいではあったのだが。
「くっ…もういい…もう我慢できん!悪いが言わせてもらうぞ!!
お前達が何をしたところで美鈴がお前達の娘である訳がないだろうがこの馬鹿共が!!
この娘はお前たちがいつも愛して止まないあの紅美鈴!吸血鬼の娘でも人間の娘でもましてや魔女の娘でもない!
現実をみろ!!起きないから奇跡!!人の話を聞け!!!」
「…吼えているところ悪いんだけど、レミィ達はもうこの部屋から出て行ったわよ。勿論、美鈴も」
「うがああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
パチュリーの言葉に、慧音はとうとう怒りを抑えられずに思いっきり机を投げ飛ばした。
ちなみに慧音と共に唯一この部屋に残っていたパチュリーは、現在切れてしまったカメラのフィルムを入れ替えている最中である。
ちなみに彼女が既にハクタク化してしまっていることは今更書く必要もないだろう。
「へえ、それがあの門番ねえ…まあ、面影は確かに無くもないけど」
咲夜の腕の中で眠るちび美鈴を一瞥して、コタツの中に入ったままで霊夢は興味なさげに答えた。
美鈴を抱いて紅魔館を飛び出したレミリア達は現在、マヨヒガへと訪れていた。
ちなみに現在、美鈴が咲夜の腕の中にいる理由はレミリアとフランと咲夜で話し合った結果、
美鈴を抱くのは三十分交代と取り決めたからである。そして今は咲夜の番という訳だ。
「ちょっと霊夢、何よその薄い反応は。あの美鈴がこんなに可愛くなったのよ!もっと興奮しなさいよ!」
「や、だって私アンタと違って門番に興味なんかないし…」
「美鈴の良さが分からないなんて…魔理沙ですら理解を示したというのに」
「魔理沙は魔理沙、私は私よ。
第一、私は今、どうしたら藍が私をお嫁に貰ってくれるのか考えるので忙しいの」
「だからどうして私がわざわざお前を嫁に貰わにゃならんのだ…
怠惰な同居人は紫様だけで充分間に合ってると何度も言っただろうが」
霊夢の言葉に、台所の方から藍がお茶と菓子を盆に載せて運びながら、呆れたように溜息をつく。
そして、レミリア達にお茶を出す。ちなみにフランだけはジュースだ。勿論、それは元々は橙の為に買っておいたものなのだが。
「それにしても、あの門番…紅美鈴だったか。それがこんな風になるとはなあ…
まあ、いいんじゃないか。本人の許可を取っての行動だろうし、何より子供は可愛いからな」
取ってない。美鈴に許可なんて一度たりとも取ってない。
だが、この場にそれを証言する人物など誰一人いない。そんなことは誰も知る由も無いのだ。
「ふふっ、流石は八雲の式ね。どこぞの腋巫女と違って見る目があるわ。
貴女には特別に一度だけ美鈴を抱かせてあげても良くってよ?」
「結構だ。それよりもお茶を飲んだらさっさと帰ってくれよ。
これから私は夕飯の支度をしなければいけないんだから」
「あら、それじゃ今日は貴女に持て成されてあげるわ。
誇り高き吸血鬼に夕飯を馳走できるのよ、光栄に思いなさいな」
「いいから帰れこの変態吸血鬼」
自慢げに胸を張るレミリアに呆れたような視線を向けて辛辣な言葉を投げつける藍。
どうやら先日紅魔館での出来事以来、彼女の中ではレミリア=変態の図式が完全に成り立ってしまったらしい。
以前までならレミリア=自分を下した誇り高き吸血鬼だったのに。本当に時間の流れとは残酷である。
「わあ~!可愛い~!ほっぺた柔らかい~!」
ちなみにそんな主を他所に、藍の式神である橙には大変好評である。
咲夜の横で尻尾を振りながら、橙はフランと一緒に美鈴の頬をぷにぷにとつついていたりする。
「大体何でお前の妹はここに来てるんだ。外に出してはいけないんじゃなかったのか?」
「ここなら問題ないわ。たとえ突然フランが狂気に魅入られたとしても、ここには抑制力が存在するもの。
という訳で何かあったら貴女の主人を起こしなさい。アレならフランも簡単に止められるでしょう?」
「人の主人を勝手に制止役にするな。はぁ…ただでさえ最近は我が家のエンゲル係数が上がってると言うのに…
レミリアにその妹、それに咲夜。お前達は食えないモノはあるか?あるなら私が作る前に言ってくれ」
ぶつぶつと言いながらも、きっちりと持て成す準備をしている辺り藍も相変わらず人が良い。
ちなみに彼女は妖獣の為、人が良いと表現するのは些か語弊があるような気もするのだが。
「ところで霊夢、貴女はさも当然のようにこの場所にいるけれど神社にいなくてもいいの?」
「いいのいいの。何かあったら神社にはすぐ行けるように紫が道を作ってくれてるし、どうせやることないし」
咲夜の言葉に、霊夢は顎で部屋の隅を指す。
その霊夢の指し示した先には紫のスキマが開かれており、恐らくその先は博麗神社へと続いているのだろう。
ところで少し話は逸れるが、現在巫女が口にしている蜜柑は本日七個目だったりする。
勿論その蜜柑は藍が橙の為に買ってきたものである。博麗の名を継ぐ者に遠慮という二文字など存在しないのだ。
「…それで?今更聞くのもどうかと思うが、お前達はここまで一体何しに来たんだ。
わざわざマヨヒガまで飛んできたんだ。まさかその門番を自慢しに来ただけという訳ではあるまい?」
「美鈴を自慢しに来ただけよ?それが何か?」
「やっぱりお前さっさと茶飲んで帰れ」
どうやら藍の中でレミリアの尊厳は遥か地の底へと叩き落されたらしい。
かつて己に初めての敗北を与えた吸血鬼は、どうやら遥か遠き理想郷へと逝ってしまったようだ。
「さっきから失礼な狐ね。貴女も慧音と同じ考えなのかしら。
可愛い我が娘を他の連中に自慢しようと思うのは自然の摂理だと思わないの?」
「ちょっと待て。その気持ちは分からんでもないが、その娘はお前の娘じゃないだろう」
「そうです、お嬢様。美鈴は私の娘だと何度申し上げれば」
「いやだからアンタの娘でもないでしょ…」
再び始まったレミリアと咲夜のちび美鈴親権争奪戦に藍と霊夢は呆れたような溜息をついた。
ちなみに現在、ちび美鈴は橙が咲夜に頼み込んで抱かせて貰ってる最中である。
きゃっきゃと笑う美鈴にそれを見て喜ぶフランと橙。こちらとは対照的に本当に平和な光景である。
「ところで美鈴は何時ごろ元に戻る訳?流石にいつまでもこのままって訳でもないんでしょ」
「パチェの話だと一週間くらいだって言ってたわね。
それまでの間に私は美鈴に『ママ』と呼ばれてみせるわ」
「呼ばれるとどうなる訳?」
「最初に美鈴に『ママ』と呼ばれた者が一週間美鈴の母親代わりになれるという取り決めなのよ」
レミリアの話に霊夢はふぅんと興味なさげに呟き、コタツの上に出されていた煎餅をポリポリと噛み砕く。
ちなみにその煎餅は藍が橙の為に(以下略)。博麗の名を告ぐ者に遠慮という(以下略)。
そしてじーっと美鈴の方を見つめていた霊夢だが、ふと何かを思いついたのかちび美鈴を抱いている橙に口を開く。
「ちょっと橙、美鈴を貸して頂戴」
「え?えっと…」
自分の一存で決めて良いものかどうか迷った橙は、レミリアと咲夜に視線を送る。
そんな橙に二人は構わないと告げ、橙は美鈴を抱き抱えたまま立ち上がり、霊夢の方へと歩いていく。
「はい、霊夢」
「ありがと。へえ…これがあの美鈴ねえ」
本日四枚目の煎餅を口に咥えたままに、霊夢はちび両手で美鈴を抱いてその顔をまじまじと観察する。
対するちび美鈴も、霊夢の方をぼーっと見つめたまま動かない。恐らくこちらは何も考えていない赤子特有の動作だろう。
そして霊夢は口に咥えていた煎餅を皿に置き、その場で軽く息を吸った。次いで――
「ママ、ママ、ママ、ママ、ママ、ママ、ママ、ママ、ママ、ママ、ママ、ママ」
まるでちび美鈴に暗示をかけるかのように、『ママ』という言葉を連呼する霊夢。
その光景に唖然として言葉を失っていた面々だが、いち早く異変に気付いた咲夜が慌てて霊夢に言葉を投げる。
「ちょ!?ちょっと霊夢、貴女一体何をしているのよ!!?」
「何って…アンタ達、美鈴にママって呼ばれたいんでしょ?だったら言葉をさっさと覚えさせた方がいいかなって」
「馬鹿!!美鈴をオウムか何かと勘違いしてるんじゃないわよ!この腋巫女!ねこ巫女!貧乏巫女!」
「失礼な!!せめて楽園の素敵な巫女と言って頂戴!」
ギャーギャーと口論するレミリアと咲夜、そして霊夢に藍は再び頭を痛める。
何でこんなことになってるんだ、と。今日は来客の予定もなく、主も眠りっぱなしで自由に出来る筈だったのに、と。
そんな喧騒の中、霊夢の腕の中で抱かれていた美鈴がゆっくりと表情を変え始める。そして。
「ふぇぇ・・・うええええええん!!!!」
「「「あ…」」」
突如癇癪を起こしたように泣き始めたちび美鈴に、口論を広げていた三人の口が止まる。
そして、レミリアと咲夜は瞬時に目配せし、霊夢の方を見ながら口を開いた。
「あ~あ…霊夢、美鈴を泣かせちゃった。泣かれいむ」
「え!?あ!ちょっとレミリア、アンタ卑怯よ!」
「美鈴を泣かせるなんて最低ね…怖がられいむ」
「咲夜まで!?く…な、何よこの空気!?これじゃ私が美鈴を泣かせたみたいじゃないの!?」
咄嗟に機転を利かし、言葉を介することも無く、瞬時に霊夢を悪役に仕立て上げるレミリアと咲夜。
これぞ紅魔館が誇る主従関係である。この阿吽の呼吸は他の主従には絶対に真似出来ない行為である。
ちなみに昨日、食事中に醤油が欲しくて『藍、それ取って』と藍に指示し『どうぞ』とマヨネーズを差し出された紫という
戦闘中以外では阿吽のあの字も見えないマヨヒガの主従コンビには持っての他である。
「ふぇぇぇ!!!ふぇぇぇ!!!」
「ちょ、ちょっと泣き止んでよ…うう、何故か物凄く罪悪感が…私が悪いの!?私が悪い訳!?」
「貴女が泣かしたんだから責任をもってあやしなさいよ。ほら、いないいないばー、とか」
「えっと…い、いないいないばー!」
「「あはははははは!!!!」」
「アンタ達は笑わなくてもいいのよ!!!」
霊夢を見て腹を抱えて大笑いする橙とフランに霊夢は激昂して声を荒げる。
その霊夢の声に反応してちび美鈴の泣き声は更に大きくなる。これぞまさしく悪循環である。
「…というか、単にお腹が空いてるんじゃないのか?」
「そ、そうよ!!きっとそうに違いないわ!美鈴はお腹が空いているのよ!」
藍の助け舟に、霊夢は安堵の表情を浮かべて全力で飛び乗った。
どうやら唯我独尊な腋巫女も赤子の涙には弱いらしい。こんな風に素で困り果てる巫女は少し珍しい。
もしこの場に魔理沙がいたら、きっと全力で霊夢をからかっていただろう。
「確かに美鈴は生まれてからまだ何も口にしていないわね。
…分かったわ。狐、美鈴に何か作ってあげなさい」
「…何でお前はそんなに偉そうなんだ。というか何故私がお前に命令されねばならんのか甚だ疑問だが…まあいい。
とりあえず、その娘は離乳しているのか?離乳しているならば消化のよい柔らかいモノ程度なら作ってはやれるが…」
藍の言葉に、レミリア達はちらりと霊夢の腕の中で泣いているちび美鈴に目を向ける。
大声を上げて泣く美鈴。その身体はまだ幼く、どう見ても離乳しているようには見えなかった。
「私にはその娘がどうみても乳飲み子にしか見えんが…やはり母乳が必要なんじゃないのか?」
「母乳…ね」
少し考えるような仕草を見てレミリアはまず己の胸に視線を送る。
そして今度はサラリと周囲を見渡す。端から順に橙、フラン、咲夜、霊夢、そして藍。
「大丈夫よ。貴女ならいけるわ、狐」
「…ちょっと待て。お前、一体人の何処を見て話してる?」
「五月蝿いわね。いいからさっさと美鈴に母乳を与えなさいよ。
その無駄にでかい胸は一体何の為にあると思っているの。私達はみんなオッパイないのよ。仕方ないじゃない」
「死ね。頼むから一度死んでくれ。
いやむしろ私がお前を今度こそ殺してやるから安心して一度閻魔に裁かれてこい」
「あの、お嬢様…そのお言葉には少し反論が…」
レミリアの言葉を切って捨てる藍。そして凄く納得がいかないと言わんばかりの表情を浮かべて口を挟む咲夜。
どうやらレミリア的判断では
自分、フラン、橙→無
霊夢→貧
咲夜→貧(現在審議中)
藍→巨
だったらしい。ちなみに咲夜さん、審判の判定に執拗に抗議中。
下手をすれば選手を全員ベンチに引き上げさせて試合放棄と見なされかねない勢いである。
「ねーねーお姉様、だったら私がめーりんにおっぱいあげていいー?」
「だ、駄目よフラン!!!一体なんて恐ろしい事を言うの!!
まだ幼い貴女が美鈴相手に授乳だなんて…それじゃ唯のアブノーマルプレイじゃないの!!
そんなのまだフランには早すぎるわ!!フランはまだ色を知る歳ではないのよ!!
フランったら私より年下のくせに美鈴とそんなプレイを試みようとするなんて!!私だってまだそんな事はしたことないのに!!」
「恐ろしいのはお前の頭の中だ。というか妹の桃色プレイなんぞよく想像出来るな」
泣き喚く美鈴を霊夢から抱きあげ、必死にあやしながら、藍は大きく溜息をついた。
さて、どうしたものかと藍は一人頭を抱える。いくら彼女が数千年を生きた妖獣とはいえ、流石に授乳の経験は無い。
こういう場合どうすればいいものか。牛乳は母乳代わりにはならないだろうか。
そんな事を考えていた時、隣の部屋に続く襖がゆっくりと開かれ、彼女の主が眠そうな表情を浮かべて現れた。
「ちょっと藍、さっきからうるさくて眠れない…あら?何かお客様が沢山来てるわね」
「邪魔してるわよ、八雲の妖怪」
「ああ…何だ、誰かと思えば吸血鬼のお嬢さんじゃないの。それにその妹さんや従者まで。
ふぁぁ…で、これは一体何の騒ぎ?ウチで宴会開く約束なんてしてたかしら…」
隣の部屋から出てきた藍の主――境界の妖怪、八雲紫は欠伸を一つ噛殺し、いそいそとコタツの中に身体をもぐりこませる。
ちなみに彼女が目覚めて最初に行う行動はコタツに潜ることなのである。
また、そうしなければ彼女のグータラな脳細胞は目覚めないのだ。邪魔をしてはいけない。
コタツに入り、眠気を纏っていた脳がゆっくりと活性化され、その時になって紫はようやく藍の抱いている赤子の存在に気付いた。
「…藍、それ何?私の朝ごはん?」
「まだ眠気が残っているようですね。とりあえず電撃いっときますか?」
「ちょ、ちょっとストップ!!ゆかりんのちょっとしたお茶目な冗談じゃない!!」
問答無用で式符を構えた自分の式に慌てて制止の声をあげる主。実に情けない光景である。
こほんと小さく咳を払い、紫は真面目な表情を浮かべ直して再び藍に口を開く。
「それは紅魔館の門番でしょう?随分とまあ、可愛い姿になってるみたいだけど。
…魔術と言うより呪術ね。それもかなり強力な。本当、貴女達は毎日面白いことばかり考えるものね。
まあ、そんなことはどうでもいいわ。その娘、泣いちゃってるじゃないの。何とかしなさいよ」
「何とかと言われましても…
恐らくお腹を空かせているのだと思うのですが、授乳出来る者など誰もいませんし」
「誰が授乳なんてしろと言ったのよ。えっと…」
紫は小さな境界を空間に生み出し、その中に片手を突っ込み何やらゴソゴソと漁り始めた。
そして、赤子の絵が描かれた缶と哺乳瓶を掴み取り、藍に差し出した。それを受け取った藍は小さく首を捻って紫に尋ね掛ける。
「あの、紫様…これは一体」
「粉ミルクと哺乳瓶。人間用だけどまあ…問題ないでしょ、その娘は人型だし。
作り方はちゃんと缶の裏側に書いてあるから。火傷させないよう、しっかり温度を調節してあげなさい」
紫の言葉に分かりました、と小さく頷き、藍は泣いているちび美鈴を咲夜に渡して台所へと消えていく。
その藍の姿が部屋の奥へと消えていくのを確認し、紫は小さく欠伸を浮かべようとしたが、
ふと周囲の視線が自分に集っていることに気付き、紫は眉を顰めた。
「な、何よ?」
「…紫がまともな応対をするなんて在り得ない」
「…在り得ないわね。貴女誰?」
「…そんなの紫様じゃないです」
「れ、霊夢やレミリアはともかく橙まで!?酷い!酷すぎるわ!!
良い事した筈なのにどうして私がこんな風に責められなきゃいけないのよ!?普段の私が一体何をしたと言うのよ!」
「普段何もしてないからこんな風に言われるんでしょ、この怠惰妖怪」
「な…れ、霊夢にだけは言われたくないわよ!この怠惰巫女!」
「失礼なコトを言うな!私はちゃんと仕事してるわよ!怠惰妖怪と違ってね!」
「私だって色々としてるのよ!怠惰巫女とは違って!」
「ちょっと…見苦しいわね。少しは落ち着きなさいよ、幻想の怠惰チーム」
「「怠惰チームって言うな!!」」
「声を荒げないで。美鈴が怖がってるじゃない」
咲夜の言葉に、霊夢と紫は不満そうな表情を浮かべつつも押し黙る。
彼女の腕に抱かれているちび美鈴は依然として泣いたままである。
「よしよし…泣かないで、美鈴」
「…どうでもいいけど、やっぱりレミリアよりも咲夜の方が美鈴を抱いてる姿は母親に見えるわね」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ霊夢!咲夜よりも私の方がどう見ても母親らしいじゃない!」
「アンタじゃなんか小さな女の子が妹を可愛がってるようにしか見えないのよねえ…
まあ、あの歳で母親に見えるくらい落ち着いてる咲夜にも問題があるとは思うんだけど」
「異議あり!!断固として異議あり!!霊夢のその発言には遺憾の意を表明せざるを得ないわ!」
「ふぇぇぇん!!!!!!」
「お嬢様、声が大きいです。美鈴が泣いてます。美鈴が怖がるので止めて下さい」
「ごめんなさい」
レミリアと咲夜の繰り広げる光景を眺めながら紫は思う。主従ってどこもこんなものなのだろうか、と。
そして、紫のそんな思考を他所に、ミルクを作り終えた藍が小さく首を捻りながら台所の方から再び姿を現した。
「一応缶に書いてある説明通りには作ってはみましたが…何分初めての事なのでこれでいいのかどうか」
「ちょっと哺乳瓶を貸しなさい…まあ、これくらいの温度なら大丈夫でしょ。レミリアの従者、その娘を渡しなさい」
咲夜からちび美鈴を受け取り、紫は慣れた手付きでちび美鈴にミルクを与える。
その姿に藍以外の全員が本当に驚いたと言わんばかりの表情で紫の方を見つめていた。
何故なら、紫の赤子を抱く姿が、これ以上ないほどに様になっていたからだ。
ちび美鈴の抱き方一つもレミリアや咲夜のように不慣れなものではなく、完全に経験者の手付きによるものだ。
「何?また何か言いたいことでもあるのかしら?」
「いや…何ていうか、アンタなんか手馴れてない?
さっきの粉ミルクの対応といい、何だかこういう赤子の面倒を見る経験があるように見えるんだけど…」
「ふふっ、真面目な顔して今度は何を言い出すかと思えば。
馬鹿ね、私に育児の経験がない訳がないでしょう。そこの娘は一体誰がここまで立派に育て上げたと思ってるのよ。
まあ、その頃はこんな便利な道具はなかったけれどね」
霊夢の言葉を受けた紫は、一度視線を藍に向けて楽しそうに笑って答える。
紫の視線を追うように一同の視線が藍に集まるが、藍は対して気にすることもなく口を開く。
「私は紫様に物心着く前、それこそこの娘以上に赤子の頃に拾われたんだ。
紫様に子育ての経験が無い筈がないな。私がこうして生き証人となっている以上」
「嘘…アンタって紫に無理矢理実力行使で式神にされたもんだと思ってたわよ。
でも、確かに赤子の頃から紫と付き合っていないと、今頃とうに愛想を尽かして出て行ってる筈よね。
拾ってもらった恩があるからこそ、こんな主人でも一緒にいるのね。納得だわ」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!言うに事欠いてなんて酷い発言をするのよ!
藍が私と一緒にいるのはあくまで愛情でつながっているからよ。いつまでたっても親離れ出来ない娘なの。
藍は私の事が好きで好きで大好きで離れられないの。藍は私から離れると寂しさで死んじゃうのよ。
そうよね、藍?」
「そうですね、プロテインですね」
「話を聞く気ゼロ!?うう…最近藍の反抗期がどんどん進んでいってる気がするわ…
昔はこんな風じゃなかったのに…昔は口を開く度に『藍は紫しゃまと結婚します!』って言ってくれたのに…」
「嘘だ」
「嘘ね」
「嘘でしょう」
「あんまり戯けた空言抜かしてると今日の晩御飯抜きにしますよ」
「な、何で誰も信じてくれないのよおおお!!!本当の事なのにいいいいい!!!!!」
おいおいと涙をコタツ布団で拭きながらも、ちび美鈴にミルクを与え続けている辺り、授乳には本当に手馴れているのだろう。
ミルクを飲み終えたちび美鈴にげっぷを促した後、紫はちび美鈴を咲夜へと渡して再びスキマに手を突っ込む。
そして一枚の紙切れを取り出し、胸を張って全員に突きつける。
「ほら!これを見なさい!
これは藍がまだ今の橙より一回りくらい小さい頃に書いたものよ!
『らんのゆめはおおきくなったらゆかりさまとけっこ』…」
「式輝『狐狸妖怪レーザー』」
「あああああ!?月まで届け不死の煙!?」
その内容を読み上げていた紫に、藍は迷うことなくスペルカードを展開して紙切れを燃やし尽くした。
ちなみに彼女の放ったレーザーは紙を燃やし、玄関を飛び越え、
現在レミリア達を探す為にこのマヨヒガに向かっていた某ハクタクに直撃した事は今は関係ないので割愛する。
というかもう某ハクタクさんは今日は部屋から出ないほうがいいと思う。もう本当に今日は厄日以外の何モノでもないのだから。
「すいません、うっかり手が滑りました」
「うっかり手が滑ってスペルカード発動!?橙だってそんな間違いしないわよ!?」
「私は橙とは桁が違うんですよ。色々と」
「こんなどうでもいいところまで桁が違わなくてもいいでしょ!?ていうかここは違っちゃ駄目なところでしょう!?」
「…何だかこの光景を見てるとアレが本当に最強の妖怪かと疑いたくなるわね。
本当に威厳やカリスマなんてあったものじゃないわ。主ならもう少しシャンと出来ないものかしらね」
「レミリア、とりあえずアンタには『お前が言うな』と言っておくわ」
紫と藍の遣り取りを見ていたレミリアと霊夢はお茶を飲みながらかなり自分勝手な発言を放っていたりする。
相手が霊夢だからこそこの程度の突っ込みで済んでいるが、もし紅魔館でこのような発言をしていたならば
居候の慧音大先生から問答無用で幻想天皇を炸裂されていただろう。
「…しかし、拙いわね。このままでは美鈴の母親がまるで八雲の妖怪みたいじゃない」
「みたい、じゃなくてその通りでしょ。
少なくともアンタがその娘に対して母親の仕事をしているところを私は見てないけど。
あれじゃアンタより先に紫が美鈴に『ママ』って呼ばれるのも時間の問題なんじゃない?」
「フン…下らないわね。
美鈴の母親は後にも先にも私一人。運命は私の手の中にあるの。
私以外を美鈴が『ママ』と呼ぶなんてありえないことね」
自信満々に言ってのけるレミリアに霊夢は煎餅を齧りながら呆れたように溜息をつく。
あの無駄なまでの自信は一体何処から来るのだろう、と。
ポリポリと煎餅を噛み砕きながら、霊夢は視線をちび美鈴の方へと向ける。
現在ちび美鈴は咲夜の手を離れ、ちびっ子達と一緒に戯れていた。
「フーラーン」
「ふーあーん」
「んー…もうちょっと。私の名前はふーらーん」
「うーあーん」
「やっぱり『ラ』はまだ難しすぎるんじゃないかなあ…もう少し難易度を下げようよ、フラン」
「そうかなあ…でも橙だともっと難しいと思うんだけど。むー…もう一回だけ。
頑張れめーりん!ふーらーんっ」
「ふーあーん」
そのちび美鈴に何とか自分の名前を呼ばせようと苦闘するフランと、それを助ける橙。
どうやら大人達の醜いケンカの合間に、二人はぐっと仲を深めたらしい。
二人の精神年齢が近い為、意外と仲良くなれたようだ。
その光景を見てほのぼのとしていた霊夢だが、ふと視線を巡らせると
部屋の隅にある博麗神社へとつながっているスキマの先から人の気配を感じた。
そして、その気配は形となり、スキマの奥からよく見知った二人の人物が現れた。
「神社にいないと思ったらこんなところにいたのかよ。随分境内の中を探したんだぜ?」
「ここは…マヨヒガかしら?」
その二人の人物――霧雨魔理沙とアリス・マーガトロイドを見て、霊夢は軽く息をついて口を開く。
「魔理沙にアリスじゃない。別に珍しくともなんともない組み合わせね。
神社からスキマを潜ってここに来たってことは私に何か用でもあったの?」
「いんや。用は無いが暇だったんでな。
お前のトコに行けば面白いコトがありそうなんで遊びに来ただけだぜ。
まあ、私の予想は見事に当たった訳だ。レミリアやらフランやら咲夜やら、何やら面白そうな集りじゃないか」
「また?あのねえ、デート場所に困ったからってイチイチ神社に来るの止めてくれる?
目の前で無闇矢鱈にイチャつかれると見てるこっちがムカつくのよね」
「だ、誰がデートよっ!!こっちは魔理沙に無理矢理振り回されてるだけなんだから私だって被害者よ!!」
「その割には私が遊びに誘いに行ったときは嬉しそうだったなあ」
「ち、違っ…馬鹿魔理沙っ!」
「あのさ。盛り上がってるところ悪いんだけど、イチャつくだけならさっさと帰ってくれない?
これ以上目の前でイチャつかれると、ムカつき過ぎて思わず夢想封印ぶちかましちゃいそう」
「あら、奇遇ね霊夢。
私もこれ以上目の前でイチャつかれると思わずスカーレットシュート放ってしまいそうだもの」
「おいおい、勘弁してくれよ。遊びに来た早々訳の分からん理由で吹き飛ばされるのは嫌だぜ」
苦笑を浮かべながら両手を上げて降参の意を取る魔理沙。
流石の彼女も二対一での弾幕勝負(しかも相手は巫女&吸血鬼の本気モード)は勘弁願いたいらしい。
「しかしマヨヒガに集るなら集ると前持って教えてくれよ。
今日は何をしてるんだ?宴会か?こんな真昼間から宴会か?酒飲んだのか?ずるいぜ霊夢、私にもくれよ」
「何処をどう見たら酒を飲んでるように見えるのよ。
今日はそこの吸血鬼が厄介なモノをここに持ち込んできただけよ」
「厄介なモノって何よ!!美鈴は私達の心を癒してくれる天使なのよ!!」
「悪魔が天使を連れてくるっていうのも何だか変な話よね」
「…?イマイチ話が見えないんだが、中国もここに来てんのか?
その割には姿が見えないが…」
「美鈴なら妹様の腕の中にいるじゃない」
咲夜の指摘を受け、魔理沙はよっと身体をずらし、座り込んでいるフランの正面を覗き込む。
魔理沙の視線の先には純粋無垢な瞳が二つ。否、フランの分も合わせると四つ。
「あ、魔理沙っ!おはよー!ほら、魔理沙だよ。めーりん、挨拶は?」
「ふーあーん」
「フラン、挨拶なんてまだ美鈴に教えてないよ?
ていうか、『フラン』って言葉しか覚えさせてないような…」
「あ、そっか」
目の前で繰り広げられるチビッ子コントにも魔理沙は反応することなく、
魔理沙は赤子の方を見つめたままで呆然と固まっていた。
そんな魔理沙を見て首を傾げつつも、アリスも魔理沙に続くようにフランの腕の中を覗き込む。
「…赤ちゃん?あれ?美鈴ってあの紅魔館の門前にいつもいる紅美鈴の事よね」
「な…」
「な?」
「なんじゃこりゃああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!???」
驚きが限界点を突破したのか、魔理沙はまるで腹部でも刺されたかのような絶叫を上げる。
否、それは驚きによるものではない。彼女は嬉しかったのだ。喜びを抑えられなかった、だからこそ絶叫した。
では魔理沙は何故喜んでいるのか。そんな事は簡単だ。彼女がこの場所を訪れた理由は何だったのか。
――ああ、ここにはこんなにも面白そうな出来事が転がっているじゃないか。
「あははははははっ!!!!え、何!?これが中国!?本当に!?ドッキリとかじゃなくて!?」
「嘘なんか言ってどうするのよ。正真正銘、誰が見ても美鈴じゃないの。
こんなに愛くるしい表情や仕草、そして円らな瞳…その全てが芸術にして至高。これを美鈴と呼ばずしてなんだと言うの?」
「そっかそっか、レミリアが言うなら間違いないな。
それにしてもこれがあの中国ねえ…あははっ!随分可愛くなっちゃったじゃないか!
なあフラン、中国を私にも抱かせてくれないか?」
「いーよ。けど、落としたりしないでよ」
「大丈夫だって。…おっと、赤ちゃんって意外と重いんだな」
フランからちび美鈴を渡され、魔理沙は楽しそうに表情を崩してちび美鈴を抱き抱える。
そして、ようやく長話が終わったのか、紫が藍を解放し、いそいそとコタツの中に潜りなおして魔理沙に口を開く。
「駄目よ魔理沙。首元をちゃんと支えてあげないと」
「えっと…こ、こうか?
ははっ!本当に可愛い姿になっちゃったなあ中国の奴」
「ちょ、ちょっと魔理沙?結局どういうことなの?どうして美鈴は小さくなっちゃってるの?
この娘、本当にあの紅美鈴なの?私には何がなんだか…」
「まあまあ、そんなどうでもいいことは気にするなって。そもそも私が知る訳ないし。
それよりアリス、お前も中国を抱いてみろよ。可愛くて暖かくて柔らかくて気持ちいいぜ」
「え…わ、わっ!?」
魔理沙にちび美鈴を渡され、驚きつつも必死に優しく丁寧に抱こうとするアリス。
四苦八苦したものの、何とかちび美鈴は彼女の腕の中に収まり、アリスは軽く安堵の息をつく。
そして、アリスはゆっくりとちび美鈴の顔を覗き込んだ。
「あ……」
「あーう」
純粋無垢な視線はどこまでも澄み渡り、ただアリスだけ見つめていて。
恐らく、全てが噛み合っていたのだ。赤子を初めて抱いた事、アリスが元来優しい女の子であること、
そして実はこんな風に真っ直ぐに信頼される事に全然慣れていないということ。
多くの歯車が複雑に噛み合い、そのちび美鈴の笑顔は余すことなくアリスの中枢部へと達していく。
ちび美鈴の重みをその手に感じた時、ちび美鈴の暖かさをその身に感じた時、アリスの強張った表情は次第にどんどん崩れて行き、そして――
「…あはっ、元気がいいのね貴女は。よしよし、いい娘ね」
「あ、アリスがデレた!?」
ちび美鈴に普段彼女が見せないとびっきりの笑顔を爆発させた。
どうやらアリスはちび美鈴に心奪われたらしい。これ以上ない程に可愛い笑顔を浮かべ、優しくちび美鈴をあやしていた。
あまり知られてはいないが、普段は素っ気無いアリスだが一度好きになった者に対してはこれ以上ない程に愛情を注ぐタイプだ。
もしもの話を一つしよう。もし、彼女に将来子供が出来たならば。
それはきっと藍といい勝負をする程に親馬鹿になるに違いない。それほどまでに彼女の個に対する愛情は深いのだ。
アリスに優しく抱きしめられ、きゃっきゃと笑うちび美鈴を見て、魔理沙もつられるように笑顔を零す。
「はは、中国もアリスが好きか。良かったな、アリス」
「そ、そうかしら…私の事、好きだと思ってくれてると考えていいのかしら」
「構わないだろ。だって中国、凄く笑ってるぜ」
ちび美鈴を間に挟み、魔理沙とアリスはまるで夫婦のような会話を交わしている。
それを見てイラつく人間が約三名。うち一名は勿論人間ではなく吸血鬼なのだが。
「…何かムカつくわね。私なんか美鈴に思いっきり泣かれたっていうのに…」
「霊夢が泣かれたのはともかく、気に入らないわね…
何よあれ…まるで美鈴が魔理沙とアリスの娘みたいじゃない…」
「あの幸せそうな空気が気に入りませんわ。時間を止めて美鈴を奪い返してやろうかしら」
「…お前等、まるでシンデレラの義理の姉達か何かみたいだな」
そんな三人に一人溜息をつく藍。
皆の飲み終えた湯のみを片付けながら、藍は一人『魔理沙達の分の夕食も用意しないと駄目なのかなあ』などと考えたりしていた。
「でも…拙いわ。そんな気がする」
「…拙いって何がよ?」
「このまま美鈴をあの二人の手に置いておくと、何故か取り返しのつかないことになるような気がするのよ…」
「また唐突に訳の分からないことを…ただ美鈴が奪われてイライラしてるだけじゃない」
「違うわよ!これはきっと運命が私にそう教えてくれてるのよ!…多分」
レミリアの言葉に、霊夢は呆れて『ハイハイ』と適当に相槌を打つ。
そんな二人を他所に、魔理沙とアリスの輪の中に今度はフランが入ってきた。
「ねえねえ魔理沙、見てて見てて」
「へ?見るのは構わんが何を?」
「行くよめーりん、ふーらーん!」
「ふーあーん」
「おおおお!?中国がフランの名前を言ったぞ!?
拙かったけど、今確かにフランって聞こえたぞ!?凄いぜ中国!!お前はやれば出来る子なんだな!」
「えへへっ」
ちび美鈴が褒められ、自分の事のように喜ぶフラン。
実は紅魔館の面々で一番ちび美鈴の母親に相応しいのは他ならぬフランなのかもしれない。
狂気の申し子と人々から恐れられるフランがどうしてこの中で一番まともに見えるのか、本当に謎である。(二回目)
「なあ、中国に私の名前を呼ばせることも出来るのか?」
「出来るよっ!めーりんは頭良いもん!めーりんに自分の名前を何度も呼びかけてみるといいよ」
「そうかそうか、じゃあ早速呼ばせてみよう。
なあ中国、私の名前は霧雨魔理沙。魔理沙だぜ」
「?」
魔理沙の呼びかけに、小さく首を傾げるちび美鈴。
その光景に苦笑しながら、アリスは魔理沙に口を挟む。
「もう少しゆっくり言ってあげないと聞き取れないんじゃない?
さっきフランが言ってたみたいに間延びさせてみたら?」
「そっか…それもそうだな。よし中国、私は魔理沙。まーりーさ。まーりーさ」
「…あ」
その刹那、魔理沙達の光景を苛立ちながら眺めていたレミリアに電流走る。
先ほどから胸の中に靄がかっていた言いようの無い不安が突如、如実に形を形成したのだ。
――拙い。拙い拙い拙い拙い拙い。美鈴に『魔理沙』の名前を呼ばせてはいけない。もし呼んでしまったら。
「…ま」
「だ、駄目えええええええ!!!!!」
コタツから飛び出し、隣にいた霊夢を突き飛ばして(どう見ても無駄な巻き添え)、
ちび美鈴の元へと駆け寄ろうとするレミリア。だが、それは一足遅く。まるでスローモーションのように、ちび美鈴がゆっくりと口を開いた。
「まぁま」
「…あ。めーりんが魔理沙のこと『ママ』って呼んだ。ということはめーりんのママは魔理沙?」
「「あああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」
フランの言葉を皮切りに、レミリアと咲夜がこの世の終わりを見たような絶望の声をあげた。
何が起こったのか分からない魔理沙とアリスは互いに顔を合わせて小さく首を捻る。
「どういう事だ?中国が私の事をママって呼んだら何か拙かったか?」
「ううん。めーりんは小さくなっちゃったから、パチュリーが言うには元に戻るまで一週間かかるんだって。
だから、それまでめーりんのお母さんが誰か決めようってなったの。
それで、最初にめーりんに『ママ』って呼ばれた人がめーりんのママって訳」
「ああ、成る程なあ…通りでこいつ等がこんなに落ち込んでる訳だぜ」
フランの言葉に苦笑し、魔理沙は床に泣き崩れているレミリアと咲夜を一瞥する。
だが、ただでは倒れないのがレミリア・スカーレットである。床から立ち上がり、必死に抗議の声をあげる。
「ノーカウントよっ!!魔理沙は紅魔館の人間ではないわ!今のは紛う事無きノーカウントだわ!!」
「え?でもお姉様、そんな取り決めしてなかったような…」
「う…だ、だってよく考えなさいよフラン。美鈴の面倒を一週間も他の人に見させるなんて出来ないでしょ?
いきなり子供を押し付けられて『面倒を見ろ』、なんて魔理沙達には良い迷惑だわ」
「そっかあ…確かにそれもそうだよね」
納得しかけたフランを見て、レミリアは小さく心の中でガッツポーズを取った。
計算通り。運命は私の掌の中に。これで今のはノーカウント、美鈴の母親権は私のものに…
「私は別に構わないぜ?子育てなんて滅多に出来る経験じゃないしな。何より面白そうだ」
「ば、馬鹿っ!!何をふざけたことを言ってるのよ!?
子育てを甘く見ないで頂戴!そんな温い気持ちや遊び半分で出来ることじゃないのよ!?
小さな命を育む行為がどれだけ大変だと思っているのよ!今すぐ全国のお母さんに謝りなさいっ!!」
ならなかった。突然の魔理沙の発言にレミリアは必死に反論する。
ちなみに今回の『お前が言うな』の突っ込みは、霊夢が現在レミリアに突き飛ばされた際に
頭を強く打って気絶している為、不可能であった。
「そうよ魔理沙。貴女一人でこの娘を育てられる訳ないでしょ」
「そうか?うーん…アリスが言うならそうかもしれないな。
レミリアが出来るなら私にも出来ると思うんだがなあ…」
「そうそう…って、何失礼なコトをサラリとほざいてんのよ!?スペルカード発動させるわよ!?」
がるる、と噛み付くレミリアに対し、残念そうに溜息をつく魔理沙。どうやら彼女は本気で美鈴を育てるつもりだったらしい。
そんな魔理沙を見て、ちび美鈴を優しく抱きなおしてアリスは軽く息をついて口を開く。
「だから、私も手伝ってあげるわ。魔理沙一人じゃ無理でも、二人なら何とかなるでしょ」
「な、何訳の分からない暴論かましてんのよこの色ボケ人形遣い!!
駄目駄目!!そんなの認めないわ!!例え二人が力を合わせてマリス砲になっても美鈴を任せられないわ!!」
「でもなあ…お前が認めなくても中国はどうかなあ。
なあ中国。私の名前はまーりーさー。私の名前を繰り返す、はいっ」
「まぁま」
「そ…そんな……そんなの嘘よ……
美鈴は私が…私が一番上手く育てられるのよ…こんな結末なんて…」
ちび美鈴の言葉が致命傷となり、レミリアは力なく床へと倒れこんだ。涙で床に文字が書けそうな勢いである。
その光景を最後まで見ていた藍は、呆れるように一言レミリアに呟いた。『お前は紛う事無き本物のアホだな』、と。
なお、ここから先は後日談ではあるが、美鈴の子育ては約束通り魔理沙とアリスが二人で担当した。
ただし、最後まで抵抗したレミリアと咲夜の意見により、子育ての場所はあくまで紅魔館で、
その為に二人は慧音と同じく一週間ほど紅魔館の客扱いで住む事になったりした。吸血鬼は何事も最後まで諦めないのである。
子育てをしている二人の隙を見つけてはレミリア達がちび美鈴に手を出そうとしたり、
パチュリーが天狗顔負けな程一心不乱に写真を取り捲ったりと、ドタバタ騒ぎも色々あったのだが、
慧音の助けもあり、魔理沙とアリスは無事一週間ちび美鈴の面倒を見ることに成功した。
そして美鈴が小さくなって一週間を迎えたその日、彼女は無事にもとの姿に戻ることが出来た。
魔理沙とアリス、二人と過ごした時間を含めた一週間の記憶。そして情の完全に移ってしまったアリスのちび美鈴との別れの涙と引き換えに。
美鈴が元の姿になり、こうして一連のドタバタ騒ぎが終結した。
それから更に一週間後の事。
晴天に恵まれ、気持ちよいくらい青空が澄み渡ったとある日。
美鈴がいつものように門前でのんびり過ごしている時、ふと門前へと続く道に珍しい人物の姿が見えた。
「あれ?アリスさんじゃないですか。こんにちは。
どうしたんですか、こんな昼間に紅魔館を訪れるなんて。ひょっとして図書館に何か用ですか?」
「こんにちは、美鈴。今日は図書館じゃなくて貴女に用があったのよ」
アリスの言葉に、美鈴は『へ?』と首を傾げる。
それもそうだ。美鈴はアリスが図書館に来たときに一言二言会話を交わす程度の付き合いで、
向こうから自分に用があるなどと言うなんて思いもよらなかったからだ。
不思議そうな表情を浮かべる美鈴に、アリスは苦笑しながら手に持っていたバスケットを美鈴に差し出した。
「ええっと、これは一体…」
「差し入れ。まだ少し昼食には早いかもしれないけれど…」
「え?え?えええ?
えっと…これ、私にですか?パチュリー様の間違いじゃなくて?」
「今私の目の前にいるのはパチュリーじゃなくて貴女でしょう。
いいから受け取りなさい。別にお腹が減ってない訳でもないんでしょう?」
アリスの言葉に、美鈴は更に頭の上に疑問符を生じさせる。
アリスさんから差し入れして貰えるような事を自分は何かしたのだろうか。全く思い当たる節が無いのだけど。
未だに状況が把握出来ない事に変わりはないが、折角の差し入れを受け取らない手は無い。それにお腹も程よく空いている。
「えっと…何がなんだか良く分かりませんが、ありがとうございます!
実はお腹が減ってたので凄く嬉しかったりします。ここで食べちゃっても大丈夫ですか?」
「構わないわよ。変に遠慮なんかしないで好きなように食べなさい」
バスケットを受け取り、美鈴はその場に腰を下ろす。
そして、美鈴に合わせるようにアリスも微笑みながらも美鈴の隣に腰を下ろす。
期待に胸を膨らませながら、美鈴はゆっくりとバスケットを開き、中身を確認する。
「わあ…!サンドイッチじゃないですか!
凄く美味しそう…ほ、本当に私が食べてしまってもいいんですか!?後で料金を請求されたりしませんか!?」
「馬鹿ね、そんなことする訳ないでしょう。いいから遠慮せずに食べて頂戴」
アリスの言葉に美鈴は笑顔を零し、嬉しそうにサンドイッチを口に頬張った。
んぐんぐとサンドイッチを飲み込んでいる美鈴を優しげな瞳で見つめながら、アリスはハンカチで優しく美鈴の口元を拭ってあげる。
「あんまり急いで食べないの。そんなに慌てなくてもサンドイッチは逃げないから」
「あ…どうもすみません。でもアリスさんのサンドイッチ、凄く美味しいです!
こんな素敵な差し入れまでしてもらって、何か私もお礼が出来ればいいんですが…」
むむむ、と悩む美鈴にアリスは優しく微笑み、少し考えるような素振りを見せた後で口を開いた。
「…それじゃ、サンドイッチを食べ終わったら貴女の話を聞かせてくれる?」
「私の話、ですか?」
「そう、貴女の話。貴女が最近、紅魔館で起こった楽しかった事、悲しかった事、笑った事、泣いた事…
どんなことでも構わないわ。貴女の過ごすそんな日常のお話を、私に聞かせて頂戴」
アリスの言葉に、美鈴は不思議そうな表情を浮かべたものの、『分かりました』と笑顔で答える。
美鈴が再びサンドイッチに手をつける姿を眺めながら、アリスは再び優しく微笑む。
悲しむことは無い。あの娘は今、ここにいる。私の事を忘れても、消えた訳じゃない。
これからもう一度、ゆっくりと美鈴との思い出を刻んでいこう。今日のこの時が私達の新しいスタートなのだ。
さあ、今は美鈴の話に胸を期待させていよう。この娘が話してくれる日常がきっと目まぐるしくも幸せな日々であることを願いながら――
「ううう…アリスったら私の美鈴とあんなに仲よさそうに…あの役目は本当なら私の役目だった筈なのに…
認めない!私は絶対にこんな結末なんて認めないわ!!キィーー!!!」
「…お前、本当に諦めが悪いんだな。あ、ハンカチ破れた」
そして、そんな二人を影から見つめてハンカチを噛み締めるお嬢様と呆れるワーハクタク。
紅魔館は今日も晴れのち大騒乱。けれど、そんな日常が紅魔館の幸福な日常なのである。
藍しゃまのプロテインで死んだwwww
アリスは母性本能かなりなものだと思うんだ。
後なんだかんだでゆかりんも。
何というお母さんアリスw
面白かったです。次回作も期待してます。
アリス、貴女は少し母性本能が強過ぎる。
誤字らしきモノ
「幼児対抗~」→「退行」ではないかと。
もうそろそろこの桃魔館どうにかした方が良いと思うんだが…あーいや、ほっといたほうが面白いかww
紫様にとっての橙のポジションかな
それにしてもさすが妖怪
人間より大きくなるのがはやいな(違
確かにこの紅魔館は慧音がいないと成り立たないよなぁ。
でもまぁ世の中には突っ込み不在の全員変態でうまくやってるぶっ壊れ紅魔館もありますしw
慧音先生もそろそろ妹紅と仲直りして幸せになってもらわないと。
なんだか不憫で不憫でw
八雲一家私も大好きなのでこれからの作品にも期待しています。
そしてアリス、キングオブお母さんはあなたの手に…グフッ
・・・・・・詳細を・・・・・・・・・・
魔理沙とアリスがめーりんの世話をしていたときの詳細をおおぉぉぉ!!!
魔理沙がママと呼ばれた後に「レミリア・フランドール」がいらっしゃいますね。
お嬢様はショックがでかすぎて勝手に妹と融合しちゃったようです。
母性アリスいいなあ。
おぜうさまはやるときはやる人だと前回の話で証明されてますので、普段は変態でもまあよしw
ご心配なく。何処に出しても恥ずかしくないギャグですwww
とても楽しかった!!前作、前々作も読まして頂いたけど、どれも面白いww
次回作に大いに期待。
早く何とかしないと……
紫様素敵ですね。違和感なさすぎワロタw
パパ魔理沙とママアリスの子育て記録が読みたいな。
藍にデレデレなゆかりんの愛くるしい若奥様然とした姿なんて考えただけで…(脳みそが蒸発したためこれ以上は何も語れません。
良いお話、ごちそうさまでした。
しかし藍の「そうですね、プロテインですね」はフイタw
にゃおさんの描くマヨヒガ主従は最高ですわ。
それはさておき沢山のご感想、本当にありがとうございます!
皆様のメッセージの全てを舐めるように読んでは嬉しさの余り一人モニターの前で
ニヤニヤが抑えられない状態です。そろそろ友人に本気で警察に電話されそうな勢いです。
えっと、いくつかご感想で尋ねられた事を私でよければ答えさせて頂きます。
>あなたの八雲一家のお話も読んでみたいです。
八雲一家のお話…かどうかは分かりませんが、藍様主役のお話を
前々作で一本書いています故、もしよければ過去作も併せて読んで頂けると嬉しく思います。
作品集その51『紅美鈴~みんなに愛される程度の能力~』…紅魔館が変態なお話
作品集その52『八雲藍~従者、その愛~』…紅魔館がとても変態なお話
作品集その52『レミリア・スカーレット~誇り高き吸血姫が守った未来~』…紅魔館が手遅れなくらい変態なお話
…えっと、せ、宣伝なんかじゃないんだからねっ!?勘違いしないでよねっ!?(マテ
これから先も八雲一家は出続けると思いますし、メイン張ることも多いと思います。
>アリスと魔理沙の育児物語
まさかの要望にこれまた驚きました…しかも沢山の方から(汗)
アリスの育児日記なんてUPした時は思いもつきませんでしたが、
もし作者の作品などでよろしければ、是非とも書かせて頂きたく思います。
ただ、紅魔館にアリス…キャラがまた大きくブレイクしてしまいそうですが(苦笑)
ですので、次回作は美鈴過去話と平行で作って行こうと思います。
あと余談ですが私は原作ではマリアリ、レミパチェがジャスティスです。どうでもいい話ですね…失礼しました。
>ゆかりんと藍しゃま
藍様はツンデレなんですよ!本当はゆかりんの事が大好きなんですよ!(拳を握り締めて力説
なんというか、原作では絶対そんなこと無いのに主従関係を見ると
どうしても親子フィルターが掛かって見えてしまうのです。本当に病気です、私。(全くだ
ゆかりんの過去話も書いてみたいなあ…本当、まだまだ書きたい事が沢山ですね。
文章中の誤字の指摘、本当にありがとうございました!凄く助かりました!
幼児対抗はまだしもレミリア・フランドールって…レミリア・フランドールって…(落ち着け
俺の母さんに、いやむしろ俺の嫁になってく(ry
それが、今の貴方に積める善行の1つです」
でも、無理はしないで下さいねっ!
てか、どいつもこいつもブレイクしすぎww
おもしろかったです!
ところで、こぁはまだ出てこないのですかな?
…あ、あれ?そんな筈は…こぁ、確かに出てませんね…(マテ
何故アリスや永琳、うどんげですら出てるのに紅魔館に住んでるこぁが…
次回作は紅魔館のお話ですので、間違いなく出ると思います、はい。
それとへたれな紫様が大好きですw
デレたアリスかわゆす。フランいいなぁ。
あとゆかりんww
お嬢様… 中途半端に運命読んでます(笑)
腹筋返してwwwww
ゆかりんの藍しゃま育児が見てみたい
そうですね、プロテインですね は秀逸すぎるw
くそ・・・ちょっと妄想しただけでこれだよ・・・
鼻血が止まらないじゃないか・・・