ある日、太陽が空のてっぺんに昇る頃、ここ香霖堂に一人の客が来ていた。その人物は店主に間違いなく料金を支払い、商品を受け取った。
「ありがとう、確かに料金は受け取ったよ」
本当に感謝して深々と頭を下げる霖之助。なぜここまで感謝するのかというと香霖堂の客の九割が紅白腋巫女と白黒強盗魔法使いだといえばわかってもらえるだろう。
霖之助は本当に大切そうに、受け取った料金を箱の中に入れた。繰り返すが、本当に、大切そうに。
「いや、当然のことだろう?」
「そういえばそうだけどね、まあ……そのあたりは香霖堂の歴史を覗いてみてもらえばわかるよ」
「そうか……えっと、ところでこれは何だ?」
見なくても誰にでもわかるような気がした。いつの間にか話が暗い話題に転んでいってしまったので、香霖堂の客、慧音は話を変えようとキョロキョロと店内を見回したところ、それを見つけたのだ。
『新発売!! 赤外線付き!!!!』
丁寧な手書きの赤い文字で、宣伝文句が書かれている。やたらと、言い換えればしつこいほど『!』が多いので、それほど凄いということなのだろうかと慧音は疑問に思った。
その文が書かれた紙の近くに並んでいた、赤とか青とか黒、他に白などの掌に乗るくらいのサイズのそれは、ぱっと見、何に使うのかはわからない。
慧音はこれを触って調べてもいいものかと悩んでいたのだが、その様子をみた霖之助は説明した。
「それは『けいたいでんわ』という人間たちの世界の機械さ。説明するよりかは使ってみたほうがいいから、ここを押してごらん?」
そういって霖之助は普段彼が使っている机から、鎮座しているそれと同じものを取り出し、慧音に差し出した。慧音は好奇心に少し手をうずうずさせながらも受け取った。
「ふむ……」
素直に指示された場所を押す慧音。
ピリリリリリリリ……。
「何だ!?」
いきなりの音に驚く慧音。霖之助はその様子を面白そうに眺めながら、さっきの机から同じものを取り出した。その物体から音が鳴っている。
「そこから音が出ているのか?」
「ああ、それだけじゃない、ちょっと離れてくれ」
慧音は指示通り、霖之助から離れた。もちろん他の機能が知りたいからだ。
霖之助はさっきの機械のボタンを押した。そして霖之助は耳にそれを当てて、と言うジェスチャーをした。
慧音が頷いて耳に機械を当てると、霖之助は口を動かし始めた。
『もしもし?』
「む!?」
霖之助の声が霖之助の口からではなく、その『けいたいでんわ』とやらから聞こえた慧音はさらに驚いた。
『ははっ、これはね、これを持っている人が遠くにいても話せる機械なんだ。他にもいろいろ使い方がある』
簡単にメール、アドレス帳、カメラ、などと説明する。慧音はひとつ聞くたびに、手がうずうずするのを感じた。
「……ひとつ聞きたい、いくらだろうか?」
これがあれば妖怪に襲われている人がすぐ助けを呼べるという理由で、慧音はこの機械がほしくなった、と言うのは建前で、慧音がこの機械に興味があるから欲しいというのが本当の理由だった。
『う~ん、どうしようかな……よし! いつもツケもせずに買ってくれるから特別だ、タダでいいよ』
「何ッ!? それでは利益が……」
「いいよいいよ、その代わりできるだけ多くの人にその機械を見せびらかして欲しい、宣伝になるから。
いつの間にか霖之助がそばによっていた。ちなみにけいたいでんわ、というのは携帯電話と書くらしい、さっきの紙に書いてある。よって次からは携帯電話と表記する。
「感謝する……」
「良いって、それじゃあ使い方を教えるよ――」
★
「ふふっ……ふふっ……」
慧音はさっき購入した――貰った白い携帯電話を何度も見て何度も笑う。もう何度繰り返しただろうか。本人は無意識だろうが。それを眺めていた人がいればまたひとつ、噂が立つだろう。
そんなことより、慧音は今自分の中に子供のような感情が渦巻いていることに気付いた。
使ってみたい、という単純で、誰もが当然のように持つであろう好奇心を。
だが慧音はさっきまで好奇心という美しいベールによって、致命的な欠点が隠されていることに気付かなかった。それが手に入った今、その欠点に気付く。
「連絡相手がいなかった……」
相手がいなければ意味がない。それが携帯電話の欠点だ。買ってから気付いた慧音は自分に呆れる。
「はあ……」
ガッカリする慧音。
「早速欠点に気付いてしまったか……この機械を使う機会がない……」
と思わずどうしようもないギャグを言ってしまった。一人で少し震える。実はこの機械に欠点は他にもたくさんあるのだが、それをまだ慧音は知らなかった。
しばらくは無用の長物だな、と考えながらいつの間にかたどり着いていた自分の家の扉を開いた慧音。すると――。
「慧音! お帰り!」
慧音の親友、妹紅が慧音の家にいつの間にか上がりこんでいた。
どうやって入った、と言おうとして開いた口から言葉が出ない。理由は、真っ黒になって壊れた窓が目に入ったからだ。怒る気も失せ、知らん顔をしてやり過ごした。
「慧音、遊ぼうよ――あれ?」
慧音の右手を取ろうとした妹紅が何かに気付く。
「ポケット膨らんでる、何か買ったの?」
さっそく妹紅が気付いたようだ。
「ああ、携帯電話というやつだ」
いい機会だし、と携帯電話を取り出す慧音。それを妹紅に手渡す。見慣れないそれに妹紅はどうやって使うの、と聞きながらも適当に弄っていた。
「こうやって使うらしい」
そう言いつつ、霖之助から教えてもらった使い方を妹紅にそのまま説明する慧音。妹紅は目を輝かせながら聞いていた。これで宣伝になるのだろうか、と考えながら。
慧音は次の妹紅の言葉を一字一句間違えず、予想した。
「私も買ってくる!」
やはり正解だった。
妹紅はさっき燃やした場所から出ればいいものの、また新しく窓を炎で突き破って慧音の家から出て行った。
「はあ……」
そんな妹紅を眺めて、慧音はひとつため息をつく。すこし、胃が痛くなった、と腹部をさする。
★
あれから、数日たった。携帯電話はすでに幻想郷中に普及していた。原因は、携帯電話の存在を妹紅が広めていたからである。理由は、もっと連絡相手が欲しかったから、と言うのが最も大きいのだろう。
余談であるが、携帯電話の需要が一気に増えた香霖堂は、右上がりの経済成長を遂げた。直線ではなく、二次関数のような曲線の。
その理由としてもうひとつあげられる。霖之助は携帯電話の購入希望者には借金の返済を求めたのだ。こうして、莫大な借金を持つ、ある二名からの集金に成功し、香霖堂の経済は潤ったのである。
だが、いくら妹紅が広めたからといい、そう簡単に売れるはずはない。幻想郷の人々の関係に詳しい霖之助は、携帯電話の宣伝の紙にこの一文を足したのだ。
『新発売!! 赤外線付き!!!! けーねが買ってた!!!!』
これを書いた日の携帯電話の売上価格は、今までの香霖堂の売上総計の10倍になったとけーねが言ってた。
こうして、携帯電話は幻想郷中に普及したのである。最近の幻想郷には携帯電話の鳴らす音が絶えない。
だが、携帯電話には問題点がある。
ピロピロピロ……。
「む?」
慧音の携帯電話が鳴った。慧音は条件反射のように開いた。
『チ』
それだけが書かれていた。わけがわからず混乱する慧音。悪戯かもしれないし、そうでなくても用事ならまたメールしてくるだろう。とりあえず、放っておくことにした。
ピロピロピロ……。
「む?」
また鳴った。再び携帯電話を開く慧音。
『ル』
「? チル?」
またもや慧音は無視を選択した。と言っても、大体想像はついたが。だがまだ確信はしていない。
ピロピロピロ……。
『ノ』
慧音は理解した。確信の証拠はそろった。
「チルノか……」
返信のボタンを押し、メールを打つ慧音。慣れてきてからは、ずいぶんと早くなった。
『チルノ、メールを打つときはなるべく一回にまとめなさい』
送信。すぐにチルノのほうに到着するだろう。チルノに注意しつつも、一応アドレス帳に登録した。
ピロピロピロ……。
「またチルノか?」
そう思って、すぐに違うと思いなおした。今さっきメールをチルノに送ったばかりなのだ、これほど早く返信できるはずはない。しかし、こちらのメールが送られる前に送ってきた、とも考えられる。
考えても仕方がないので、携帯を開いた。
『妹紅』
妹紅からのメールらしく、慧音は安心して開いた。
『このメールを受け取ったあなたは超ラッキ!
このメールはあなたの恋愛をかなえる魔法のメール。
しかし、恋愛をかなえるには条件があるよ!
このメールを十人に回すこと、ちなみに妖怪や幽霊に回してもカウントしていいよ!
もしこのメールを無視したら、あなたはその人にふられるでしょう!
そうなりたい? 嫌だよね! だからこのメールを送ってね!
もしこのメールが届いてから二日以内に十人に回すことが出来たら……
けーねはあなたの嫁!
じゃあ頑張って!』
どうやら妹紅との付き合いはよく考案するべきのようだ。というか、本人に送っちゃ駄目だろ、と慧音は思ったが、こう返信した。
『妹紅、このメールを十人に送ったら友達やめる』
送信。まもなく妹紅に届くだろう。
妹紅の返信メールは音速のごとく、早かった。
『じゃあ頑張ってまわす! ようするに友達やめて恋人になってくれるということだよね!』
どうやら本格的に自分の都合のいいように解釈してしまったようだ。これだからこいつは困る、と慧音は返事を打った。
『違う、迷惑になるからやめろと言うんだ。つまり送ったら絶交だ』
『それは嫌! だからやめる(^^ゞ』
『よし』
そういって携帯電話をとじる慧音。閉じると現在時刻が光った。
「そういえば寺子屋に行かなければ」
そろそろ寺子屋に行っておかなければ遅刻してしまう。教師が遅刻するなど様にならない。
慧音は必要書類を持ち、すぐに寺子屋へと向かった。
★
「それで、幕府は大政奉還を――」
パララッパッパッパッパー。
こういうとき、教師としてどうすればいいのか、無視だろうか。生徒としてはそれが助かるのだが、慧音はそれを選択することはなかった。こういうときは、ちゃんとしつけよう、それが慧音の考えだった。
しかしなるべく生徒を傷つけないようにしたい。慧音は瞬時に歴史を探り、どう反応すればいいのか考えた。
携帯電話が鳴ってから、少し沈黙が流れた。慧音は言うべき事を決定し、簡潔に述べた。
「レベルアップした者、持ってきなさい」
自分でも何を言っているのかはわからなかったが、歴史はそれがいい方法だと告げていたのでそう言ったのだ。席を立って生徒が持ってきた携帯電話をいったん取り上げた。もちろん放課後には返す予定で。
「賢さはあがったか?」
真面目な慧音の言葉に、クラス中は笑いに包まれた。これも歴史に最善の方法だと書かれていた。どうやら成功だったらしい。
そんな時であった。
ピロピロピロ……。
「あ……」
慧音がはっとした顔になり、子供たちはキョロキョロと周りを見渡し、音源を調べだした。音の鳴るほうは子供たちのはるか前、すなわち慧音のほうである。
慧音は少し顔を赤くして、懐から携帯電話を取り出し、電源を切った。そしてさっきの子供に携帯電話を差しだした。
「今日は特別に許す」
子供は嬉しそうに携帯電話を受け取り、席に戻る。
「あがったのは運だったみたいだね」
「そうだね」
子供たちがこんな会話をしていた。慧音は恥ずかしくなり、子供たちに授業再開を宣言した。
★
夜、慧音は布団を敷いて就寝準備にかかっていた。服を着替え、火を点けっ放しではないかなどを調べ、やがて調べ終わると明日の資料を整理する。妹紅は今日慧音の家に泊まっている。多分今頃は寝ているだろう。
ちなみに寺子屋で届いたメールは妹紅からだった。今日泊まっていい? と言う内容だ。だから今夜は泊まっているわけである。
ピロピロピロ……。
「今日はやたらと鳴るな……」
慧音は携帯電話を開いた。
『妹紅』
寝ていなかったらしい。携帯電話を開いた。
『慧音、明日のご飯何?』
『ご飯と味噌汁だ』
『そうなの、じゃあ明日は暇?』
『明日は寺子屋に行かなくてはならない』
『そう、また今度遊びに行こうよ』
『ああ、いつかな』
慧音は、嫌な予感がしたので廊下を歩き、妹紅の部屋へと向かった。襖を開く。寝巻き姿の妹紅が驚いて飛び上がる。
「わっ!?」
「妹紅、同じ家にいるんだからやめなさい」
「うん……」
しぶしぶと、しかし忠実に慧音の言うことを聞く妹紅。おやすみ、と就寝の挨拶だけして妹紅は布団へと潜り込んだ。
その時、突然携帯電話が鳴り出した。妹紅のものではなく、慧音の。慧音は携帯電話を開く。
『[email protected]』
どうやら新しい人からのメールらしい。アドレスからして誰からかはすぐにわかるが。
あの魔法使いにアドレスなど教えただろうか、と考えつつも慧音はメッセージを読む。ちなみにこの名前を見た瞬間、慧音は猛烈に胃が痛くなった。
『魔理沙だZE☆ ところでさ、紫の小皺ってどうなってるんだ? 写メ送ってくれ(^_^)/~』
これはさすがに無理だ、こういうことは紫に直接頼むべきだろう。十割――いや百割の確率で白玉楼行き――いや、逝きだが。
『すまない、無理だ。自分で調べて欲しい』
慧音は手早くメールを打つと、魔理沙に送信した。
魔理沙は自らが幻想郷一のスピードを誇ると自慢するだけはある、恐ろしく早くメールが返ってきた。
『ちょwwwwwww殺されるってwwwwwwwつーか死亡フラグだろwwwwwww』
ここ数日の魔理沙にいったい何があったのだろう、誰かの影響を受けたのだろうか。それになんだ『w』って、変換ミスか?
疑問に思った慧音は聞いてみることにした。
『ところで『w』って何だ?』
『ググれ』
本当に何があったのだろう。ググれってなんだ、くぐれという事か? くぐるって何を? 慧音にはわからないことばかりだ。
困っていて、どう返信するか迷っていた慧音にさらにメールが来た。さっきのメールとの時間差はほんの少しだ。
『遅いぞ、早く小皺キボソ』
慧音としては何を魔理沙が言っているのかはわからないのだが、とにかく小皺の画像を催促しているのではないかと思い、その解釈の上に成り立つ返信をした。
『だから無理だ、紫にこのメールを転送しようか?』
『やっぱいいや、自分で何とかするノシ』
ノシと言うのはいったいなんだろうか? 慧音はよく分からなかったが、割と話題のキリがいいので、返信をしないことにした。魔理沙もあっさり引き下がってくれたし。
そこで初めて、慧音は明日の資料がまとまっていないことに気付いた。
「しまった、急がなければ……」
そろそろ寝なければ、明日の朝が辛い。さっさと資料をまとめて寝よう、そう考えたときに限って邪魔が入るのはなぜだろうか。
ピロピロピロ……。
『お賽銭がない』
霊夢からだ。いつものことだろうが、本人はやはり気にしているらしい。
『今度入れにいく』
ピロピロピロ……。
『あなたは恩人よ!』
『そんなことはない、ところで食事とかは大丈夫か?』
そっけなく見える慧音だが、実はおせっかいと思えるほど人に対して親切である。お賽銭がないのなら食費に困っているのではないだろうか、慧音はそう考えたのだ。
『大丈夫、割とお金はあるから』
それなら安心だ、おやすみとだけ送って慧音は資料をまとめにかかった。さっさと終わらせなければ、慧音はそれだけを考えていた。
ピポパポ……。
「……もしもし?」
『キモけーね!』
ガチャ……。
「……は?」
慧音は今の事態に混乱していた。これがいわゆる悪戯電話というやつか、慧音はそう納得することにした。
ピポパポ……。
『掘らないで~!』
ガチャ……。
ピポパポ……。
『オレだよオレ、魔理沙だよ! 金がなくてさ、振り込ん――』
ガチャ……。
どうやら幻想郷には暇人が多いらしい。慧音はそう結論付けた。
ピポパポ……。
「またか、はあ……」
『け、慧音様! 妖怪に追いかけられているんです、助けてください! 食べたら駄目だって言うのに聞いてくれなくて――』
『そーなのかー』
『わああああ! 慧音様ああ!』
「わかった、すぐに行くから……」
初めてまともな電話をもらったような気がする。そういえばこれが本来の携帯電話を買った目的だっけ、そう考えつつも慧音は助けを求める人の元へ向かった。
突然痛くなった胃を、押さえながら。
★
「ふぅ……やっと帰れた……」
あれから某妖怪を説得し、何とか戦闘は避けた。代わりに屋台でおごることになったのだが。
財布も体力もすっからかんになった慧音は、ぐったりと布団に倒れこむ。そのままじっとしていると、徐々に体力が失われていき、慧音は夢の世界へと旅立っていった。
やがて世界は黒から桃色の世界へと色を変えていく。
空も、大地も桃色の世界、水平線も地平線も見えないひたすら平面が続くこの世界で、慧音は一人で立っていた。
「……夢、か?」
このようなおかしな世界なのだ、夢であって不思議ではない。慧音は特に疑問に思うことなく、目が覚めるすべを探して歩いてみることにした。不思議と疲れはない、当たり前なのだろうか、夢なのだから。
だがその桃色の世界は突然暗くなった。やがて慧音は、それが目の前にいきなり人が現れたからだと気付いた。
三人、いた。それぞれ、ヴァイオリン、トランペット、キーボードを持っている。慧音は彼らに見覚えがあった。
「ルナサ、メルラン、リリカ、まさか夢の世界で会うとは……」
「慧音! 演奏を聴いていってよ!」
突然リリカが演奏を聞くように言い出した。慧音はごめんこうむりたかったので、断りを入れた――つもりなのだが。
その瞬間、突然轟音に似た地獄のメロディーが奏でられた。そのメロディーの中心の音はキーボードから聞こえる。
「うわああ! やめてくれ、どうしたんだいったい!」
慧音は両耳を押さえ、ひたすら音をふさごうとするが、それは無駄だった。脳に直接演奏されているかのように、一向に音が聞こえなくなることはない。
やがて、とどめのように三つの楽器が力いっぱい音を立て、慧音の脳に響いた。
「うわあああああ……はっ……」
目が覚めると、見慣れた天井が広がっていた。汗だくのだるい体を起こすと、携帯電話がしつこく、音を立てている。これは電話がかかってきたときに鳴る音だ。
「誰だ……?」
携帯電話を取ろうとすると、タイミング悪く切れた。開いてみると……。
『from 魔理沙 不在着信 87件』
よほどの重大なことなのだろうか、これほど電話をかけるなど普通の人には考えられない。あいにく電話をしている人物は普通の人ではないが。
時間は深夜、日が出るにはまだ時間がある。だがついさっきまで電話していたのだからまだ起きているだろう。慧音は着信履歴を探り、魔理沙に電話をかけた。
『うおっ!? おきてた! ははははは、霊夢、お前の負けだな! 酒をおごれよ! 何? もう時間が過ぎているだって、馬鹿を言うな。私の勝ちだ!』
電話の向こうからは何人もの声が聞こえる。宴会をやっているのだろうか。慧音は早く電話を終わらせたいので、さっさと要件を伺うことにした。
「なんのようだ?」
『いや、この時間にお前が起きているかを霊夢と賭けていたんだ、ははは、私の勝ちだがな! それだけだ、じゃあな!』
一方的に話し、電話を切る魔理沙。慧音はやりきれない気持ちになった。
「う、うわああああああああああ!」
家の扉を開け、満月に吠える。狼のような慧音は、ひとつの歴史を探す。
「もう嫌だ!」
慧音はそれを、隠した。
この日、幻想郷から携帯電話というひとつの大きな歴史が消えた。
★
ひとつの大きな歴史が消えた次の日、ここ香霖堂では店主が一人で喜んでいた。
「人間の世界から新しい物が入荷した!」
香霖堂の店主霖之助は、人間の世界から新しいものを入荷したのである。
「これで、よしっと……」
霖之助はペンを持ち、紙にその商品の紹介を書いた。その姿に、デジャヴを感じる者はここにはいない。
『PHS、本日発売!!!! 超高性能小型機械!!!!』
「ありがとう、確かに料金は受け取ったよ」
本当に感謝して深々と頭を下げる霖之助。なぜここまで感謝するのかというと香霖堂の客の九割が紅白腋巫女と白黒強盗魔法使いだといえばわかってもらえるだろう。
霖之助は本当に大切そうに、受け取った料金を箱の中に入れた。繰り返すが、本当に、大切そうに。
「いや、当然のことだろう?」
「そういえばそうだけどね、まあ……そのあたりは香霖堂の歴史を覗いてみてもらえばわかるよ」
「そうか……えっと、ところでこれは何だ?」
見なくても誰にでもわかるような気がした。いつの間にか話が暗い話題に転んでいってしまったので、香霖堂の客、慧音は話を変えようとキョロキョロと店内を見回したところ、それを見つけたのだ。
『新発売!! 赤外線付き!!!!』
丁寧な手書きの赤い文字で、宣伝文句が書かれている。やたらと、言い換えればしつこいほど『!』が多いので、それほど凄いということなのだろうかと慧音は疑問に思った。
その文が書かれた紙の近くに並んでいた、赤とか青とか黒、他に白などの掌に乗るくらいのサイズのそれは、ぱっと見、何に使うのかはわからない。
慧音はこれを触って調べてもいいものかと悩んでいたのだが、その様子をみた霖之助は説明した。
「それは『けいたいでんわ』という人間たちの世界の機械さ。説明するよりかは使ってみたほうがいいから、ここを押してごらん?」
そういって霖之助は普段彼が使っている机から、鎮座しているそれと同じものを取り出し、慧音に差し出した。慧音は好奇心に少し手をうずうずさせながらも受け取った。
「ふむ……」
素直に指示された場所を押す慧音。
ピリリリリリリリ……。
「何だ!?」
いきなりの音に驚く慧音。霖之助はその様子を面白そうに眺めながら、さっきの机から同じものを取り出した。その物体から音が鳴っている。
「そこから音が出ているのか?」
「ああ、それだけじゃない、ちょっと離れてくれ」
慧音は指示通り、霖之助から離れた。もちろん他の機能が知りたいからだ。
霖之助はさっきの機械のボタンを押した。そして霖之助は耳にそれを当てて、と言うジェスチャーをした。
慧音が頷いて耳に機械を当てると、霖之助は口を動かし始めた。
『もしもし?』
「む!?」
霖之助の声が霖之助の口からではなく、その『けいたいでんわ』とやらから聞こえた慧音はさらに驚いた。
『ははっ、これはね、これを持っている人が遠くにいても話せる機械なんだ。他にもいろいろ使い方がある』
簡単にメール、アドレス帳、カメラ、などと説明する。慧音はひとつ聞くたびに、手がうずうずするのを感じた。
「……ひとつ聞きたい、いくらだろうか?」
これがあれば妖怪に襲われている人がすぐ助けを呼べるという理由で、慧音はこの機械がほしくなった、と言うのは建前で、慧音がこの機械に興味があるから欲しいというのが本当の理由だった。
『う~ん、どうしようかな……よし! いつもツケもせずに買ってくれるから特別だ、タダでいいよ』
「何ッ!? それでは利益が……」
「いいよいいよ、その代わりできるだけ多くの人にその機械を見せびらかして欲しい、宣伝になるから。
いつの間にか霖之助がそばによっていた。ちなみにけいたいでんわ、というのは携帯電話と書くらしい、さっきの紙に書いてある。よって次からは携帯電話と表記する。
「感謝する……」
「良いって、それじゃあ使い方を教えるよ――」
★
「ふふっ……ふふっ……」
慧音はさっき購入した――貰った白い携帯電話を何度も見て何度も笑う。もう何度繰り返しただろうか。本人は無意識だろうが。それを眺めていた人がいればまたひとつ、噂が立つだろう。
そんなことより、慧音は今自分の中に子供のような感情が渦巻いていることに気付いた。
使ってみたい、という単純で、誰もが当然のように持つであろう好奇心を。
だが慧音はさっきまで好奇心という美しいベールによって、致命的な欠点が隠されていることに気付かなかった。それが手に入った今、その欠点に気付く。
「連絡相手がいなかった……」
相手がいなければ意味がない。それが携帯電話の欠点だ。買ってから気付いた慧音は自分に呆れる。
「はあ……」
ガッカリする慧音。
「早速欠点に気付いてしまったか……この機械を使う機会がない……」
と思わずどうしようもないギャグを言ってしまった。一人で少し震える。実はこの機械に欠点は他にもたくさんあるのだが、それをまだ慧音は知らなかった。
しばらくは無用の長物だな、と考えながらいつの間にかたどり着いていた自分の家の扉を開いた慧音。すると――。
「慧音! お帰り!」
慧音の親友、妹紅が慧音の家にいつの間にか上がりこんでいた。
どうやって入った、と言おうとして開いた口から言葉が出ない。理由は、真っ黒になって壊れた窓が目に入ったからだ。怒る気も失せ、知らん顔をしてやり過ごした。
「慧音、遊ぼうよ――あれ?」
慧音の右手を取ろうとした妹紅が何かに気付く。
「ポケット膨らんでる、何か買ったの?」
さっそく妹紅が気付いたようだ。
「ああ、携帯電話というやつだ」
いい機会だし、と携帯電話を取り出す慧音。それを妹紅に手渡す。見慣れないそれに妹紅はどうやって使うの、と聞きながらも適当に弄っていた。
「こうやって使うらしい」
そう言いつつ、霖之助から教えてもらった使い方を妹紅にそのまま説明する慧音。妹紅は目を輝かせながら聞いていた。これで宣伝になるのだろうか、と考えながら。
慧音は次の妹紅の言葉を一字一句間違えず、予想した。
「私も買ってくる!」
やはり正解だった。
妹紅はさっき燃やした場所から出ればいいものの、また新しく窓を炎で突き破って慧音の家から出て行った。
「はあ……」
そんな妹紅を眺めて、慧音はひとつため息をつく。すこし、胃が痛くなった、と腹部をさする。
★
あれから、数日たった。携帯電話はすでに幻想郷中に普及していた。原因は、携帯電話の存在を妹紅が広めていたからである。理由は、もっと連絡相手が欲しかったから、と言うのが最も大きいのだろう。
余談であるが、携帯電話の需要が一気に増えた香霖堂は、右上がりの経済成長を遂げた。直線ではなく、二次関数のような曲線の。
その理由としてもうひとつあげられる。霖之助は携帯電話の購入希望者には借金の返済を求めたのだ。こうして、莫大な借金を持つ、ある二名からの集金に成功し、香霖堂の経済は潤ったのである。
だが、いくら妹紅が広めたからといい、そう簡単に売れるはずはない。幻想郷の人々の関係に詳しい霖之助は、携帯電話の宣伝の紙にこの一文を足したのだ。
『新発売!! 赤外線付き!!!! けーねが買ってた!!!!』
これを書いた日の携帯電話の売上価格は、今までの香霖堂の売上総計の10倍になったとけーねが言ってた。
こうして、携帯電話は幻想郷中に普及したのである。最近の幻想郷には携帯電話の鳴らす音が絶えない。
だが、携帯電話には問題点がある。
ピロピロピロ……。
「む?」
慧音の携帯電話が鳴った。慧音は条件反射のように開いた。
『チ』
それだけが書かれていた。わけがわからず混乱する慧音。悪戯かもしれないし、そうでなくても用事ならまたメールしてくるだろう。とりあえず、放っておくことにした。
ピロピロピロ……。
「む?」
また鳴った。再び携帯電話を開く慧音。
『ル』
「? チル?」
またもや慧音は無視を選択した。と言っても、大体想像はついたが。だがまだ確信はしていない。
ピロピロピロ……。
『ノ』
慧音は理解した。確信の証拠はそろった。
「チルノか……」
返信のボタンを押し、メールを打つ慧音。慣れてきてからは、ずいぶんと早くなった。
『チルノ、メールを打つときはなるべく一回にまとめなさい』
送信。すぐにチルノのほうに到着するだろう。チルノに注意しつつも、一応アドレス帳に登録した。
ピロピロピロ……。
「またチルノか?」
そう思って、すぐに違うと思いなおした。今さっきメールをチルノに送ったばかりなのだ、これほど早く返信できるはずはない。しかし、こちらのメールが送られる前に送ってきた、とも考えられる。
考えても仕方がないので、携帯を開いた。
『妹紅』
妹紅からのメールらしく、慧音は安心して開いた。
『このメールを受け取ったあなたは超ラッキ!
このメールはあなたの恋愛をかなえる魔法のメール。
しかし、恋愛をかなえるには条件があるよ!
このメールを十人に回すこと、ちなみに妖怪や幽霊に回してもカウントしていいよ!
もしこのメールを無視したら、あなたはその人にふられるでしょう!
そうなりたい? 嫌だよね! だからこのメールを送ってね!
もしこのメールが届いてから二日以内に十人に回すことが出来たら……
けーねはあなたの嫁!
じゃあ頑張って!』
どうやら妹紅との付き合いはよく考案するべきのようだ。というか、本人に送っちゃ駄目だろ、と慧音は思ったが、こう返信した。
『妹紅、このメールを十人に送ったら友達やめる』
送信。まもなく妹紅に届くだろう。
妹紅の返信メールは音速のごとく、早かった。
『じゃあ頑張ってまわす! ようするに友達やめて恋人になってくれるということだよね!』
どうやら本格的に自分の都合のいいように解釈してしまったようだ。これだからこいつは困る、と慧音は返事を打った。
『違う、迷惑になるからやめろと言うんだ。つまり送ったら絶交だ』
『それは嫌! だからやめる(^^ゞ』
『よし』
そういって携帯電話をとじる慧音。閉じると現在時刻が光った。
「そういえば寺子屋に行かなければ」
そろそろ寺子屋に行っておかなければ遅刻してしまう。教師が遅刻するなど様にならない。
慧音は必要書類を持ち、すぐに寺子屋へと向かった。
★
「それで、幕府は大政奉還を――」
パララッパッパッパッパー。
こういうとき、教師としてどうすればいいのか、無視だろうか。生徒としてはそれが助かるのだが、慧音はそれを選択することはなかった。こういうときは、ちゃんとしつけよう、それが慧音の考えだった。
しかしなるべく生徒を傷つけないようにしたい。慧音は瞬時に歴史を探り、どう反応すればいいのか考えた。
携帯電話が鳴ってから、少し沈黙が流れた。慧音は言うべき事を決定し、簡潔に述べた。
「レベルアップした者、持ってきなさい」
自分でも何を言っているのかはわからなかったが、歴史はそれがいい方法だと告げていたのでそう言ったのだ。席を立って生徒が持ってきた携帯電話をいったん取り上げた。もちろん放課後には返す予定で。
「賢さはあがったか?」
真面目な慧音の言葉に、クラス中は笑いに包まれた。これも歴史に最善の方法だと書かれていた。どうやら成功だったらしい。
そんな時であった。
ピロピロピロ……。
「あ……」
慧音がはっとした顔になり、子供たちはキョロキョロと周りを見渡し、音源を調べだした。音の鳴るほうは子供たちのはるか前、すなわち慧音のほうである。
慧音は少し顔を赤くして、懐から携帯電話を取り出し、電源を切った。そしてさっきの子供に携帯電話を差しだした。
「今日は特別に許す」
子供は嬉しそうに携帯電話を受け取り、席に戻る。
「あがったのは運だったみたいだね」
「そうだね」
子供たちがこんな会話をしていた。慧音は恥ずかしくなり、子供たちに授業再開を宣言した。
★
夜、慧音は布団を敷いて就寝準備にかかっていた。服を着替え、火を点けっ放しではないかなどを調べ、やがて調べ終わると明日の資料を整理する。妹紅は今日慧音の家に泊まっている。多分今頃は寝ているだろう。
ちなみに寺子屋で届いたメールは妹紅からだった。今日泊まっていい? と言う内容だ。だから今夜は泊まっているわけである。
ピロピロピロ……。
「今日はやたらと鳴るな……」
慧音は携帯電話を開いた。
『妹紅』
寝ていなかったらしい。携帯電話を開いた。
『慧音、明日のご飯何?』
『ご飯と味噌汁だ』
『そうなの、じゃあ明日は暇?』
『明日は寺子屋に行かなくてはならない』
『そう、また今度遊びに行こうよ』
『ああ、いつかな』
慧音は、嫌な予感がしたので廊下を歩き、妹紅の部屋へと向かった。襖を開く。寝巻き姿の妹紅が驚いて飛び上がる。
「わっ!?」
「妹紅、同じ家にいるんだからやめなさい」
「うん……」
しぶしぶと、しかし忠実に慧音の言うことを聞く妹紅。おやすみ、と就寝の挨拶だけして妹紅は布団へと潜り込んだ。
その時、突然携帯電話が鳴り出した。妹紅のものではなく、慧音の。慧音は携帯電話を開く。
『[email protected]』
どうやら新しい人からのメールらしい。アドレスからして誰からかはすぐにわかるが。
あの魔法使いにアドレスなど教えただろうか、と考えつつも慧音はメッセージを読む。ちなみにこの名前を見た瞬間、慧音は猛烈に胃が痛くなった。
『魔理沙だZE☆ ところでさ、紫の小皺ってどうなってるんだ? 写メ送ってくれ(^_^)/~』
これはさすがに無理だ、こういうことは紫に直接頼むべきだろう。十割――いや百割の確率で白玉楼行き――いや、逝きだが。
『すまない、無理だ。自分で調べて欲しい』
慧音は手早くメールを打つと、魔理沙に送信した。
魔理沙は自らが幻想郷一のスピードを誇ると自慢するだけはある、恐ろしく早くメールが返ってきた。
『ちょwwwwwww殺されるってwwwwwwwつーか死亡フラグだろwwwwwww』
ここ数日の魔理沙にいったい何があったのだろう、誰かの影響を受けたのだろうか。それになんだ『w』って、変換ミスか?
疑問に思った慧音は聞いてみることにした。
『ところで『w』って何だ?』
『ググれ』
本当に何があったのだろう。ググれってなんだ、くぐれという事か? くぐるって何を? 慧音にはわからないことばかりだ。
困っていて、どう返信するか迷っていた慧音にさらにメールが来た。さっきのメールとの時間差はほんの少しだ。
『遅いぞ、早く小皺キボソ』
慧音としては何を魔理沙が言っているのかはわからないのだが、とにかく小皺の画像を催促しているのではないかと思い、その解釈の上に成り立つ返信をした。
『だから無理だ、紫にこのメールを転送しようか?』
『やっぱいいや、自分で何とかするノシ』
ノシと言うのはいったいなんだろうか? 慧音はよく分からなかったが、割と話題のキリがいいので、返信をしないことにした。魔理沙もあっさり引き下がってくれたし。
そこで初めて、慧音は明日の資料がまとまっていないことに気付いた。
「しまった、急がなければ……」
そろそろ寝なければ、明日の朝が辛い。さっさと資料をまとめて寝よう、そう考えたときに限って邪魔が入るのはなぜだろうか。
ピロピロピロ……。
『お賽銭がない』
霊夢からだ。いつものことだろうが、本人はやはり気にしているらしい。
『今度入れにいく』
ピロピロピロ……。
『あなたは恩人よ!』
『そんなことはない、ところで食事とかは大丈夫か?』
そっけなく見える慧音だが、実はおせっかいと思えるほど人に対して親切である。お賽銭がないのなら食費に困っているのではないだろうか、慧音はそう考えたのだ。
『大丈夫、割とお金はあるから』
それなら安心だ、おやすみとだけ送って慧音は資料をまとめにかかった。さっさと終わらせなければ、慧音はそれだけを考えていた。
ピポパポ……。
「……もしもし?」
『キモけーね!』
ガチャ……。
「……は?」
慧音は今の事態に混乱していた。これがいわゆる悪戯電話というやつか、慧音はそう納得することにした。
ピポパポ……。
『掘らないで~!』
ガチャ……。
ピポパポ……。
『オレだよオレ、魔理沙だよ! 金がなくてさ、振り込ん――』
ガチャ……。
どうやら幻想郷には暇人が多いらしい。慧音はそう結論付けた。
ピポパポ……。
「またか、はあ……」
『け、慧音様! 妖怪に追いかけられているんです、助けてください! 食べたら駄目だって言うのに聞いてくれなくて――』
『そーなのかー』
『わああああ! 慧音様ああ!』
「わかった、すぐに行くから……」
初めてまともな電話をもらったような気がする。そういえばこれが本来の携帯電話を買った目的だっけ、そう考えつつも慧音は助けを求める人の元へ向かった。
突然痛くなった胃を、押さえながら。
★
「ふぅ……やっと帰れた……」
あれから某妖怪を説得し、何とか戦闘は避けた。代わりに屋台でおごることになったのだが。
財布も体力もすっからかんになった慧音は、ぐったりと布団に倒れこむ。そのままじっとしていると、徐々に体力が失われていき、慧音は夢の世界へと旅立っていった。
やがて世界は黒から桃色の世界へと色を変えていく。
空も、大地も桃色の世界、水平線も地平線も見えないひたすら平面が続くこの世界で、慧音は一人で立っていた。
「……夢、か?」
このようなおかしな世界なのだ、夢であって不思議ではない。慧音は特に疑問に思うことなく、目が覚めるすべを探して歩いてみることにした。不思議と疲れはない、当たり前なのだろうか、夢なのだから。
だがその桃色の世界は突然暗くなった。やがて慧音は、それが目の前にいきなり人が現れたからだと気付いた。
三人、いた。それぞれ、ヴァイオリン、トランペット、キーボードを持っている。慧音は彼らに見覚えがあった。
「ルナサ、メルラン、リリカ、まさか夢の世界で会うとは……」
「慧音! 演奏を聴いていってよ!」
突然リリカが演奏を聞くように言い出した。慧音はごめんこうむりたかったので、断りを入れた――つもりなのだが。
その瞬間、突然轟音に似た地獄のメロディーが奏でられた。そのメロディーの中心の音はキーボードから聞こえる。
「うわああ! やめてくれ、どうしたんだいったい!」
慧音は両耳を押さえ、ひたすら音をふさごうとするが、それは無駄だった。脳に直接演奏されているかのように、一向に音が聞こえなくなることはない。
やがて、とどめのように三つの楽器が力いっぱい音を立て、慧音の脳に響いた。
「うわあああああ……はっ……」
目が覚めると、見慣れた天井が広がっていた。汗だくのだるい体を起こすと、携帯電話がしつこく、音を立てている。これは電話がかかってきたときに鳴る音だ。
「誰だ……?」
携帯電話を取ろうとすると、タイミング悪く切れた。開いてみると……。
『from 魔理沙 不在着信 87件』
よほどの重大なことなのだろうか、これほど電話をかけるなど普通の人には考えられない。あいにく電話をしている人物は普通の人ではないが。
時間は深夜、日が出るにはまだ時間がある。だがついさっきまで電話していたのだからまだ起きているだろう。慧音は着信履歴を探り、魔理沙に電話をかけた。
『うおっ!? おきてた! ははははは、霊夢、お前の負けだな! 酒をおごれよ! 何? もう時間が過ぎているだって、馬鹿を言うな。私の勝ちだ!』
電話の向こうからは何人もの声が聞こえる。宴会をやっているのだろうか。慧音は早く電話を終わらせたいので、さっさと要件を伺うことにした。
「なんのようだ?」
『いや、この時間にお前が起きているかを霊夢と賭けていたんだ、ははは、私の勝ちだがな! それだけだ、じゃあな!』
一方的に話し、電話を切る魔理沙。慧音はやりきれない気持ちになった。
「う、うわああああああああああ!」
家の扉を開け、満月に吠える。狼のような慧音は、ひとつの歴史を探す。
「もう嫌だ!」
慧音はそれを、隠した。
この日、幻想郷から携帯電話というひとつの大きな歴史が消えた。
★
ひとつの大きな歴史が消えた次の日、ここ香霖堂では店主が一人で喜んでいた。
「人間の世界から新しい物が入荷した!」
香霖堂の店主霖之助は、人間の世界から新しいものを入荷したのである。
「これで、よしっと……」
霖之助はペンを持ち、紙にその商品の紹介を書いた。その姿に、デジャヴを感じる者はここにはいない。
『PHS、本日発売!!!! 超高性能小型機械!!!!』
確かに夜とかに電話されると結構頭にきますよねぇ。
以前呼んだ作品より起承転結がしっかりして、テンポよくよめました
慧音を選んだことによりオチが読めちゃったのはもったいないかな
電話会社も中継点もないのにどうして繋がるのかという野暮な事は
聞かないことにします。
まぁ電源を切ればすむことだと思ったのですけど、使い方をマスターしていないということでここの部分はcuuuuuuut!!!!!
これは単純に面白いですし、今の社会の風刺にもなっていますからプラスで面白いです。あと、鍵括弧を忘れている部分がありました。
やっぱ外の本で勉強してたのだろうか。
i-podも幻想入りしてるし、確か携帯電話も紫が使ってたような。
もし一般にも普及したらこんな感じになりそうだなw
バッテリー等々は魔力利用ってとこか。
エスプリが聞いてて楽しかったです。
携帯が幻想になるのはいつになるでしょうね。
最初のチルノで吹きましたw
「w」「ググれ」「AA」「DQN」「ROMれ」
など最初訳が分からなかったし、聞いたらググれの一言
「だからそのググれの意味が分からないんだよ」とモニターの前で怒ったのも今ではいい思い出w
ほとんどが名前が無い程度の能力様なのですが、きっと私の他の作品を読んでくださった方もいらっしゃるでしょう、ありがとうございます。
携帯電話が幻想郷入りのお話しになりますが、それはiPodの幻想郷入りのお話(?)もありますし、これはこれでありかと思い書かせて頂きました、不快に思われた方は申し訳ありません。
電源の話は、やはり使い慣れていないと言うことで勘弁してあげてください。
ネット用語は使い方を間違えていないのでしょうか、指摘が内容で安心です。
私は未だにネット用語のほとんどがわかりません。
気付けば現実世界で私の周りのほとんどが『ググれ(ググる)』と言う言葉を知っていてショックを受けました。
皆様、コメントありがとうございました。
次回作発表は未定です、しばらくお待ちください。
携帯アンチの俺歓喜。携帯にまつわる問題を網羅しててほんとおもしろかったわ
ポジティブシンキングすぎるww
それにしてもけーねが可愛かった。
しかし不在着信 87件ってどんだけw
ifの世界なかなか楽しんで読むことができました。