「風見幽香、お前に聞きたいことがある」
「なぁに、人間の守護者気取りの半獣さん」
二人の間に、緊迫した空気が流れる。
相手の一挙一動を見逃さないよう、二人の目線は相手にのみ注がれていた。
「野菜は、作れるか?」
◆
たしかに今年は変だった。
雨は降らないし気温は妙な変動を繰り返すし。
おかげで花たちの元気もなくってちょっぴり憂鬱。
何よりおかしいのは。
「頼む、風見幽香。妖怪であるお前に頼むのは筋違いだが、人間のために野菜を作ってくれ」
目の前で頭を下げているのは人間の里のワーハクタク、上白沢慧音。
こんなのが訪問してきているということ。
こいつは妖怪連中からはあまり好かれてはいない。
私にとっては取るに足らない小物だから相手にはしていないけどね。
「話が見えないわ、なんで私に野菜を作れって頼みにくるのよ」
「・・・・・・異常気象のせいでな、慢性的な食糧不足に陥っているんだ。幻想郷のどこもかしも食料がない。
この危機を救えるのは私の知識の範囲内ではお前しかいないんだ」
「ワーハクタクの知識内にないって・・・・・・。それじゃあ幻想郷の中で私以外にはできないってことじゃないの」
「そうだ、そうなるな」
「妖怪の山には豊穣の神様がいるわ?」
「あいにくと、食料を作り出せるほど都合のいい能力を持った神様はいない」
「ふむぅ・・・・・・つまり私は神をも越えたのね、当たり前だけど」
さすが最強、ビバノウレッジ。ビバはイタリア語でノウレッジは英語だ。
まったく、自分凄すぎ、自分で自分を褒めてあげたいくらい。
あまりに愉快すぎで笑いがこみ上げてきたわ。
しかも、半獣は私の機嫌を伺っている、それがまた面白くって仕方がない。
「ええ、いいわ。花のすべてが私の眷属。
たとえついた実が目的であっても、花はその役割を果たしたといえるし」
「すまない、この未曾有の危機を救えるのはお前、いや、あなたしかいないんだ」
そういって頭を下げる半獣、ああ楽しいったらありゃしない。
「でも、当然対価は支払ってもらうわ」
「出来る限りの謝礼は払おう」
そうねえ、とわざとらしく考えるポーズをする。
半獣はじぃっと私をねめつける、視線を外そうとはしない。
「人間の里の統治権とか」
「断る」
「流石にそれは冗談よ、それに王様気取りをするなんて面白くもなんともないもの。どこかのチビっ子とは違うのよ」
何を要求されるのかと、内心ビクビクしているんじゃないかしら?
可愛いわまったく。だって、気概のある子ほどイジメ甲斐があるものね。
「とりあえず、胡瓜を出してみてくれないか」
「お安い御用」
パチン、と指を弾くとニョキニョキと弦が伸びる。
ふふ、驚いてる、やはり私ったら最強の妖怪ね。
どこぞの妖精とさほど変わらない思考であるとは気づかずに
おまけとばかりに次々と野菜を生み出していく。
「・・・・・・まいったな、ここまでとは。一本試食させてくれないか?」
「ふふん、どうぞ食べなさいな」
パキッと瑞々しい音がする、どう? 私の自信作は、最高でしょう、うふふh
「マズッ!!」
は?
「相当不味いぞ、この胡瓜。ていうかなんだこの臭いは!」
ぺっぺっと胡瓜を吐き出す半獣、私のプライドが瓦解していく音がする。
「そ、そんなことあるわけないでしょうが!」
半獣の言葉を打ち消すため、自ら胡瓜へと齧り付く。
「マズッ!」
思わず吐き捨ててしまう、ああごめんなさい私の子供たち。
「な、何故私の野菜がこんなことに・・・・・・?」
私の能力は完璧だったはず。
もっとも美しく花が咲くように全身全霊を込めたというのに!
「風見幽香・・・・・・。お前、農家の人たちに野菜作りを習ったらどうだ?」
哀れみの目線でみるんじゃない!悲しくなるじゃないの。
「きゅ、胡瓜だけ失敗したのよ! ほら! このトマト食べて見なさいよ!
すっごく青々してて美味しそうじゃないの!」
「ええいバカ近づけるな! 大体青かったら熟れてないだろうが!」
「ほ、ほほら、このピーマンなんてすごく美味しそうよおっきくて」
「パプリカとピーマンの区別ぐらいつけろ! それでもベジタブルマスターか!」
「何その微妙にかっこ悪い名前! 変な名前つけないでよ!」
「と、とりあえずお前が役に立たないことはよくわかった! どうにかしなければ・・・・・・」
「私はまだ・・・・・・。まだ負けていないわ!今日はたまたまコンディションが悪かっただけ!」
「言い訳は見苦しいぞ風見幽香。お前の作り出した胡瓜では、河童も泡吹いて倒れるだろうさ!
はは! 無様だなベジタブルマスター! それで最強の妖怪を気取ってるとは聞いて呆れるわ!」
お互いに睨みあったまま対峙する二人。
まさに、一触即発。
「1週間」
どちらが言い出したわけでもない、期限が提示された。
「1週間でまともな味にできたなら、風見幽香。お前を認めようじゃないか」
「上等だわ、半端な力しか持ってないあなたに目にもの見せてあげるんだから」
◆
人間の里、その中心部にある広場では、妖怪へ陳情しにいった慧音を待つ人々で溢れていた。
「お母さん、慧音先生は無事に帰ってくるよね?」
「大丈夫さ、きっと博麗の巫女だとか慧音様のラマン(愛人)が守ってくれるさ」
「そっか、ラマン(愛人)がいたら安心だね」
里を守る半獣、上白沢慧音には浮いた話がこれっぽっちもなかった。
しかし、数年前から深夜出歩く姿がたびたび目撃されるようになり
あるとき、慧音のあとを尾けた若者がその真相を暴いた。
「間違いねぇ、慧音さまは女の子と付き合ってるんだ」
その噂はたちまち里中へと広まり、やれその女の子は鳥と人間の半獣だとか。
実は生き別れた姉妹の禁断の愛だとかとんでもない噂が跋扈しているのだった。
もちろんその相手は妹紅なのだが、困ったことに妹紅がそれを否定しない。
それどころかそう言われるのも楽しんでいる節があるのだった。
というわけで、人間の里は概ね平和である。このままでは冬を越すことは難しいこと以外は。
「はー、やれやれ・・・・・・まいったな」
腕を回しながら帰ってくる慧音、肩こったときによくやるアレ。
「あ、慧音先生だー」
「ど、どうでしたか陳情は」
帰ってくるなり取り囲まれる慧音、大人気である。
「おぉぉ・・・・・・青き衣の戦士、里の広場に降り立つとき、金色の稲穂が・・・・・・」
「ああ! 田吾作がトリップした! いくら田んぼが全滅したからって!」
「あー、みんな、ちょっと静かにしてくれ。大事な話がある」
大事な話と聞くと、オーディエンスは一挙に静まった。
「えー、諸君。餓死と、とんでもなくマズい飯。選ぶならどっち?」
幽香にこれっっぽっちも期待していない、慧音であった。
◆
「というわけで河童、私の修行に付き合いなさい」
「ん? 修行? 私は胡瓜をおなか一杯食べさせてもらえるからってついてきたんだけど」
「胡瓜でも相撲でもなんでもしてあげるから付き合いなさいよ」
そういって指を鳴らし、胡瓜を生み出す幽香。
このままではプライドが許さないのだ。
「わぁ、胡瓜だぁ。ねぇねぇ? 食べてもいい?」
修行相手、もとい試食係に妖怪の山から河童を連れてきた。
胡瓜が腹一杯食べられると言うとそれだけでホイホイついてくるとは色々心配だ。
「よく味わいなさい」
「いっただっきまーす。(かぷっ) うわこれまっず!」
「大変、口調が壊れているわ!」
「そんなこといったって不味いよこの胡瓜! 人間の作ってる胡瓜のほうが100万倍美味しいね。
というか私はこれを胡瓜と認めない。河童のにとりの名にかけて」
「ふむ・・・・・・。苦味が足りないと思ったのだけど違うみたいね」
「ゴーヤーじゃないんだから・・・・・・。胡瓜はね、瑞々しくってほんのり青臭い香りがして・・・・・・。
それにあの独特の食感がたまらないの。これは胡瓜の格好をした別の物体ね。
はっきりいって、お化け化した胡瓜にも劣るわ。
それにこんなにパサパサしてちゃ、喉の渇きを癒せないじゃないの」
成る程、やはり河童を連れてきて正解だったようだ。
理想の胡瓜像について切々と語ってくる様は段々と熱を帯びて、群集に熱く語りつける独裁者のよう。
きっと胡瓜の大隊なんかを率いてどっかの大陸に攻め込むに違いない。
「それじゃあ、もう一度胡瓜を作ってみるから味見をしてもらえる?」
「今度は美味しい胡瓜にしてよね」
もう一度指を弾く、たちまち弦が伸び、ムクムク胡瓜の実が大きくなっていく。
「あぁ! ストップ!」
「え? まだ小さいじゃない、もう少し育てないとダメなんじゃないの?」
「何言ってるのよ、育ちきらないぐらいの胡瓜はもろきゅうって言って生で食べるととっても美味しいの」
「へぇ、ロリコンなのね」
「変なこと言わない!」
河童は胡瓜をむしりとり、数瞬躊躇ってから思い切って胡瓜に齧り付いた。
「ん、案外いけるかも」
たちまち一本食べきると、お代わりと言いたげに手を伸ばしてきた。
「アドバイスはないの?」
「しいて言えば・・・・・・。本数が足りないかな」
河童の食い意地に思わず苦笑した。
◆
「それで、出来損ないの胡瓜はどうするの? 結構あったみたいだけど」
河童に助言を求めるという妥協をするまで、私は何度も何度も胡瓜を作っては吐き、作っては投げ、作っては埋めていた。
それでも失敗作の胡瓜はかなりの本数が余っていたわけで。
「大丈夫、博麗神社にお賽銭代わりにおいてきたわ。
あの巫女だったら不味くっても食べるでしょ。
それに冬の食料の備蓄なんてしてないだろうから逆に感謝されるかも」
「そう。あ、あのさ」
「ん?」
「また、胡瓜作ってね」
「他の野菜もちゃんと作れるようになったら考えておくわ」
「今年は胡瓜だけじゃなくって大抵の作物が全滅だからさ、山も何かと大変なの」
にへへ、と力ない笑いをしながら頭を掻くカッパ。
なるほど、異常気象は私が思ってるよりも遥かに影響が出ているらしい。
「そう、妖怪も大変なのね」
「人間よりは燃費はいいよ。本当はカッパからも人間に手助けしてあげたいんだけどなー、
ほら、カッパと人間は盟友だしね」
時代錯誤もいいところだと苦笑するが、カッパの少女は本気でそう思っているようなので指摘しないでおいた。
人から教えられるよりも、自分で現実知ったほうがショック大きそうだしね。
◆
博麗神社、ここでも一風変わった異変が起きていた。
「今日もきゅうり、明日もきゅうり」
調味料も何もつけずにただひたすらにきゅうりを貪る霊夢
その隣には涙を流して霊夢の肩を揺する魔理沙の姿があった。
「霊夢! 私が、わたしがお前の話を真剣に聞いてあげていればこんなことにはならなかったのに」
「あははにとり、なんでそこで手を振っているの? わたしもカッパの仲間入り?」
「霊夢、そこにはにとりなんていないんだよ。私が悪いんだ、責めるなら普通に責めてくれ!
お前がおなかが空いていて倒れそうだって言ってたのに、いつものことだろうと思って放置した私を!
なんだってそんな風に私を責めるんだ!」
「あらやだ、きゅうりだったらまだ余ってるからどうぞどうぞ遠慮なく」
誰もいない空間に向かって胡瓜を差し出す霊夢、変わり果ててしまった親友の姿に、魔理沙は涙した。
正気を取り戻したらきのこを持ってきてあげよう、魔法の森で取れた新鮮なきのこを。
それもどこか危ない気がするけれど、とにかくそう誓った魔理沙であった。
◆
さて、ご飯と言ったら白玉楼、白玉楼といえば幽々子さま、そして幽々子さまと言えばご飯である。
当然のごとく、庭師でお世話係の妖夢は、白玉楼の食糧事情に心を痛めていた。
「備蓄食料が・・・・・・もう、ない」
食材の買占め、密猟、家庭菜園。できることは全てやった。
しかし、それでも・・・・・・それでも!
今の白玉楼には、冬を乗り切るだけの余力がなかった。
まだ秋なのに。
「幽々子様に・・・・・・正直なところを話すしかないか」
しかし話したところで何になる?
謝ったところで食料が沸いて出てくるわけでもない。
落ち着け妖夢、今の私にできることを冷静に考えるんだ。
1、3,5,7、11。
大分落ち着いてきた、よし、このまま深呼吸だスーハー。
「よし、不思議な洞窟を探検してオニギリを探そう」
やっぱりダメだった。
「妖夢、ちょっと来なさい」
「はっ! 幽々子さま一体どうなっしゃいませ!」
「敬語がおかしいわ。すぐに動揺するからいつまで経っても半人前なのよ」
扇で口元がわからないけれど、目元が笑っているのできっと微笑んでいるであろう幽々子さま。
ああ、流石は幽々子さま、私の悩みなど既に看破していらっしゃる。
「なかったら奪えばいいじゃない、さぁ行きなさい私の可愛い妖夢。天地を喰らうのよ」
前言撤回、主人からしてダメだった。
◆
「まずい・・・・・・。まずいわ・・・・・・」
「どうしましたか? 紫さま」
「このままでは幻想郷が滅びてしまうわ」
「またまたそんなこといって紫さまは。
この前だって食べてる途中の棒アイスがポロっと落ちただけで
幻想郷潰そうかな、とか言ってたじゃないですか。
その前だって大福がちょっと硬くなってただけで駄々こね始めるし。」
あーあーきこえなーい。
「・・・・・・もしこのままなら、僅かばかり残った食料を巡って争いがはじまるわ・・・・・・。
というか、既に幽々子辺りが動こうとしてるはずよ。
何も食べなくてもいい一部の妖怪はいいけれど、そうじゃない人間や妖怪たちが争えば・・・・・・。
かつてない規模での異変になるわ」
藍の小言は華麗にスルーし、いつになく真面目な表情で語る紫。
ようやく、真面目な話だというのが藍にも伝わった。
「じゃ、ポンっと外の世界から盗んできたらどうです?」
「最終手段はそれね、しかし冬眠前にこんなことになるとは予想外だわぁ」
頭を抱える紫、藍は紫を心配して寄り添っている。
「紫さま、私にできることがあればなんでもおっしゃってください」
「そうね・・・・・・。とりあえず霊夢の様子が気になるわ。
少し見に行ってくるから留守番をしていて」
「いつもいつも霊夢霊夢。まったくこの人は」
畏まりました。
「発言と心の中身が逆よ、精進なさい」
そういってスキマの中に飛び込む紫。
藍は、別のスキマから出た手と日傘で殴打されていた。
◆
スキマから飛び出した瞬間、縁側に座る霊夢と、その隣で大泣きしている魔理沙が目に入った。
一体何事?何があったの?
魔理沙は私に気づいた瞬間、獲物を狩るチーターのようなスピードで駆け寄ってきた。
「ゆぅかぁぁりいいい! 霊夢がああああああ!」
「ああもううっさいわね魔理沙!
抱きついてくるんじゃないわよ暑苦しい!
で、霊夢がどうかしたの?」
「霊夢がなぁ、霊夢がなぁ、おかしくなっちゃったんだよぉ」
そういって、紫の胸で泣く魔理沙。
霊夢のほうを見れば、誰もいない空間に向かって胡瓜を差し出していた。
一目でわかる、重症だ。
「何故ここまで放っといたんだ!!」
「誰だよお前はっ!」
魔理沙のツッコミをスルーした私は、急いで霊夢へと駆け寄る。
ヤバイ、この子目が虚ろだ。
「霊夢、私よ、紫よ。わかる? わかるでしょう?」
「にとりったら冗談キツいってー。
胡瓜に胡瓜のすり身をかけて食べるのが今巷で流行ってるのよ。
え? 本当に? きゅうりにハチミツをかけるとメロンになるの?」
「くっ、重症ね。こうなったら48の必殺技を使わざるおえないわ。
というかこんな状況で何故この子は胡瓜をモシャモシャ食ってるわけ?」
「それが・・・・・・私にもわからないんだ。私が神社にきたときにはもう・・・・・・こんな状態で」
相変わらず虚ろな目で胡瓜を貪る霊夢。
そして見えない誰かとの会話に時折相槌を打ち、時たま大笑いをするのだった。
霊夢、メロンだったら私がいっぱい食べさせてあげるから。
正視に堪えないのか、魔理沙は霊夢から視線を外していた。辛かったのだろう。
泣き腫らした目が言わずとも伝えている。
「わかったわ、私がこの子を助け出す。行くわよ、紫の隠された666の超必殺能力で」
「増えてる! 増えてるって!」
魔理沙、既にあなたのツッコミはスルー確定よ。
発動、ゆかりん☆マジック『現と虚の境界』
さあ霊夢、帰ってきなさい。私たちの元へ。
「あああああ! 霊夢が緑色の涙流してる!」
「げろまずっ!」
そして三ヵ月後! 元気に博麗神社を掃除する霊夢の姿が!
『あの時は死ぬかと思ったよ、もう2度と、落ちている物を食べたりなんてしないよ』
続きますよ。
ゆっくりスレ思い出す
最近の不思議な洞窟はオニギリだけじゃなくパンやピザも落ちてますしwww
>こんなことにはなかったのに
こんなことにはならなかったのに、かな?
霊夢がかわいいw
>そして三ヵ月後! 元気に博麗神社を掃除する霊夢の姿が!
『あの時は死ぬかと思ったよ、もう2度と、落ちている物を食べたりなんてしないよ』
↑
これの意味がわからないのですが
一番最後に書いてあるなら分かるのですが・・・
俺もなんでそこに置いたのかよくわからんのです。
勢いだけで書いたもんで。
後半読ませていただきます。
その発想はなかったwww
その勢いのまま点数つけましたw
流石アルティメットサディスティッククリーチャーだ。