幻想郷の明け方のとある場所。
そこで一つの屋台が営業している。屋台は小さく、長い間使われているようだがよく手入れがされており、傷んでいる場所は少ない。
その屋台で二人の妖怪がのんびりと話をしていた。テーブルの奥で酒を注いでいるミスティア・ローレライと、テーブル席に座っている河城にとりの二人である。
「いやー、射命丸さんに誘われてきたときはどういうところなんだろうと思ったけど、ここの八目鰻はおいしいねえ。そしてまたこれが酒に合うからますます食が進んじゃうよ」
「ありがとうございまーす♪」
にとりの言葉にミスティアが歌いながら返答する。ここではミスティアの歌う歌も八目鰻と並んで名物であり、その時の屋台の雰囲気に合わせてミスティアが歌う曲を即興で変えて歌っている。屋台に来る客たちの話が弾む要因の一つでもあり、非常に受けが良い。
今はにとり以外の客は既に帰ってしまったあとで、明け方に近い店じまいの時間になるとミスティアはこうして残った客とのんびりとお酒を飲んで過ごす。
そしてこの屋台はカウンター席しかないので、客から話を振られるとミスティアはこうして歌いながら返答する。
「今まではきゅうりに敵うもの食べ物なんてないと思ってたけど、これはきゅうりといい勝負してるよ、間違いなくナンバー2には入るね」
「光栄でーす♪」
にとりは先ほどの言葉のように射命丸文に誘われてこの屋台にやってきた。始めは食べたことのない八目鰻を目にして少しとまどっていたが、一度食べてからは病みつきになったらしく、度々こうしてミスティアの屋台に足を運んでくるようになり、最近ではすっかり常連の一人となっている。
「これだけおいしければ、きっと守矢神社のあの神様達も気に入ること間違いなしだね、うん。私が保証する」
「もりや、じんじゃ? そんな神社ありましたっけ?」
ミスティアが歌うのを止めて、にとりに質問する。
「ああ、店主さんは知らないのか。最近、妖怪の山に守矢神社っていう神社が湖ごと引っ越してきたんだよ」
「へぇ~湖ごとって…本当に?」
なんともすごい話である。ミスティアが聞き入っている様子に、にとりは少し得意げに人差し指を立てて話を続ける。
「うん、どうも外の世界じゃあ信仰心が得られないっていうんで幻想郷にやってきたんだって。入ってきたその時はもうてんやわんや。私達河童は勿論、妖怪の山に住んでいる妖怪達みんな大慌てさ。で、あろうことかそこの神社が博麗神社にちょっかいを出したらしくって、そこの巫女が妖怪の山に乗り込んできてね…私も巫女に挑んでみたけど、やられちった」
にとりがその時のことを思い出して苦笑する。ああ、この人もあの巫女の犠牲者だったのか、とミスティアは一人親近感に浸る。
「で、ドンパチあった後にそこの神社の神様が妖怪の山の妖怪のえらいさんと話し合ってなんとか和解できたのさ。神様側もそれなりに信仰を得ることができてめでたしめでたしってわけ。今は結構な頻度で宴会もやってるよ、私もたまに顔を出してるし」
神様、一体どんな姿なんだろうか。少なくともにとりさんが会ったことがあるみたいだからその場に行けば姿くらいは見れるのだろう。やっぱり神々しいんだろうか、白い服着てたり大きな翼が背中から生えてたりとか。ミスティアの中で神様に対する想像が加速していく。
「だから店主さん、守矢神社にこの屋台の宣伝に行ってみたらどう? もし気に入られたら宴会の時呼んでくれるかもしれないよ、妖怪の山からもお客が獲得できて一石二鳥だと思うんだけど」
にとりに言われてミスティアは考える。確かに今まで努力してきて幻想郷のいろいろなところからお客が来るようになった。だけど、妖怪の山からはあまり客は来ていないような気がする。
ぱっと思いつくのはここにいるにとりを除いて新聞記者の射命丸文と白狼天狗の犬走椛ぐらいで他には特に思いつかない。今までのお客の話を聞いているだけでも楽しかったが、客層が増えればそれだけ話も増える。妖怪の山の客を獲得するいい機会なのかもしれない、とミスティアは思った。
そう考えたミスティアは早速準備に取り掛かる。屋台に休みの看板を立てかけ、準備してあった八目鰻を保存の聞くケースに入れ始めた。
「お、その様子だと神社に行くのかな?」
「今日はもともと仕入れと仕込みの日だから屋台はお休み。だからにとりさんの話に従ってその神社に行ってみることにします、どんな神様なのか見てみたいし」
「じゃあ、宣伝の時には河城にとりが宣伝してたって伝えておいてね、ごちそうさま、お勘定置いとくよ」
「まいど~」
ミスティアを激励し、代金を置いてにとりは帰って行った。屋台には眩しい朝日の光が照りつけ始めていた。そしてミスティアはにとりに手を振りながら、宣伝文句をどうするかについて考え始めるのだった。
屋台で準備をしていたミスティアはしばらくしてあっ、と声を上げて、そして頭を抱え込んだ。というのも、ある事実に気づいてしまったからなのだが、それは。
「そう言えば、守矢神社の場所知らないんだっけ…」
肝心の守矢神社の場所がわからない。本来なら先ほどまで話をしていたにとりに場所を聞くことができたのだが、もうその機会は失われてしまっている。
「う~んどうしようかな…人里にでも行ってみよう」
こういう時は誰か知っている人に聞けばてっとり早い、そう思ったミスティアは進路を人里に変更し、人里を目指すことにした。そして休業準備が完了し、右手に八目鰻を入れたケースを持つ。
「さて、準備もできたし、いっちょ頑張ってみますか!」
気合を入れなおして、ミスティアは人里へ向かって飛んでいった。
人里にミスティアがつくと、いつものように人間と妖怪でにぎわっていた。本来人間と妖怪は食う、食われるの関係にあるが、ここではそのようなことはない。通りからは喧騒が程よく聞こえ、人も妖怪も忙しなく通りを行き交っている。
ミスティアはそんな通りの流れの一つになって歩きながらあるお店を目指していた。
「ええっと…あ、ここだ」
少し歩いたところにこじんまりとした佇まいのお店があった。そこにミスティアは入って行った。ドアを開けると中には戸棚に並んだ器、皿、鍋、フライパン、そして包丁。食器や料理用具を扱うお店らしい。
「どーも、おばさん」
「いらっしゃ…、ってミスティアちゃん、いらっしゃい。仕入れには昨日来ていたはずだけど、今日は何の用?」
中年の落ち着いた雰囲気の女性店主がミスティアを出迎える。ここのお店は、ミスティアが屋台で使っている料理用具を揃えるときに使っている。屋台を始めたときには料理道具をノウハウを教えてくれたりと、結構お世話になっているのだ。
「うん、それとは別の用事があってね。聞きたいことがあるんだけど、最近幻想郷に来た守矢神社って知ってる?」
「ああ、知っているよ。ここにも以前そこの神社の巫女さん、本人はかぜ…なんとかと言っていたけど…その子が包丁を買いに来たことがあったかしらね」
「へぇ~、ここにも来たんだ。で、そこの神社の場所ってわからないかな?」
「う~んそれは私も行ったことがないからちょっとわからないけど。でもなんでその神社の場所が知りたいの?」
「えっと、それは…」
ミスティアは店主に手短に事情を話した。
「なるほど。神社に行って神様に屋台を宣伝したいのね」
「うん、そう」
「私は確かにその神社の場所は知らないけど、幻想郷で大きい里と言ったらまずここしかないわけだから、神社の人も来ているはず。だから他の店も利用しているはずよ。八百屋とかに行って聞けばほぼ確実にわかるんじゃないかな、ひょっとしたら、会えるかもしれないよ」
「そっか、うん、じゃあ探してみるよ。おばさんありがとね!」
「頑張ってね、幸運を祈るわ」
店主にお礼を言って、ミスティアは店を後にした。
八百屋を目指して通りを歩いていく途中でミスティアは神社のことについて考えていた。今までで幻想郷で神社といえばまず確実に博麗神社だったが、にとりと先ほどの店主の反応を見る限り、守矢神社も幻想郷に来て間もないものの、それなりの立場は獲得しているように思える。
しかし、今までの神社と言えば博麗神社に住む博麗霊夢の印象が強い。以前の月の異変のときにちょっかいを出したらボコボコにされた。そしてミスティアが屋台を出してからも食事の代金を度々いろんな理由をつけて踏み倒していく。始めは異変の時はともかく異変が収まってもこうなのかと思っていたが、神社にお賽銭がないせいで日々の暮らしで精いっぱいの貧乏暮らしをしていると聞いた時、少しだけ同情した。
そんな霊夢と博麗神社のイメージがあるせいで、ミスティアは神社に対して正直あまりいいイメージがなかったので、売り込みに行くのが正直少し不安だった。ミスティアの中では、
神社=閑古鳥が鳴く
巫女=乱暴、貧乏
という変換がされていた。はたしてこれから行く守矢神社はどうなんだろうか。にとりの言葉から推測するに博麗神社よりは期待できそうではあるけれど。
そんなことを考えながら歩いていた時だった。
「全く…八坂様も洩矢様もお酒ばっかり欲しがって…」
そんな声が聞こえた。ミスティアが声のした方を何気なく振り返ると、振り返った先には髪の毛が緑色の少女が歩いていくところであった。服装は色づかいは異なっているが霊夢が来ている腋の開いた巫女服と同じであり、いかにも神社の巫女、といった様子。腕には酒屋で買ったと思われる酒の入った大きな布袋を持っている。おそらくこの人が先ほど店主が言っていた人だろう。
ミスティアは通りを急いで引き返し、声の主の方へ向かって近づき、声をかける。
「あのー、すいませーん」
「? 私、ですか?」
ミスティアに呼ばれた巫女さんのような人が振り返る。後姿からは気付かなかったが髪にかわいらしい蛙と蛇の髪飾りをしており、それが緑色の髪の毛と合わさることで、食う、食われるの関係という少々物騒な取り合わせの割に、ミスティアには不思議とかわいらしく見えた。
「ちょっと聞きたいんですけど、守矢神社から来てる人がいると聞いたんですど、それってあなたのことですか?」
「ええ、確かに私は守矢神社から来てますけど…」
やっぱりこの人だ、ミスティアは早速営業モードに切り替わる。
「あの、私は幻想郷で八目鰻の屋台をやってるミスティア・ローレライっていう者なんですけど、ちょっとお話をさせてもらっても大丈夫ですか?」
ミスティアが言うと、その巫女さんは少し考えるような素振りを見せた後、何か合点がいったような顔で頷いて言った。
「幻想郷の屋台…ああ、うちの神社の宴会でにとりさんが言ってた気がします。ではあなたがその屋台の?」
「はい、私がその屋台の店主ですよ」
「そうでしたか…それで、店主さんが何の御用ですか?」
神社の宴会のにとりの話を覚えていてくれたらしく、向こうもこちらの存在は知っていてくれたようだ。これならいけるとミスティアは思い、営業モードのまま一気に畳みかけていく。
「実はですね、うちの屋台によく来てくれてるにとりさんからこちらの神社の話を聞いて、守矢神社に行ってそこの神様にうちの屋台の宣伝をしたいなと思ったんです。妖怪の山の妖怪たちとも良い関係を築いて信仰心も豊富だと聞きました。あまりうちの店には妖怪の山からお客さんが来ないので、これを機会にさらにお客さんを獲得できるようになればいいなと思ったんだけど…どうでしょう?」
その言葉に巫女さんは少し考えた後。
「えっと、確かミスティアさんは八目鰻の屋台をしているんでしたよね?」
「そうですよ~」
「じゃあその手に持っているケースの中にその八目鰻が入ってるんですか?」
「もちろん。実際に食べてもらわないと宣伝になりませんから。見てみますか?」
そう言ってミスティアはケースを少しだけ開けると、中にはたくさんの八目鰻が顔をのぞかせた。持ち出してから時間が結構経っているが、ケース内でピチピチ跳ねている様子を見るとまだまだ元気なようだ。
「これを、どのように料理するんですか?」
「ん~、主には蒲焼かなあ。でもこれだけじゃ味気ないから屋台では他にも鰻とかどじょうとかも扱ってるし、お酒やご飯も出してますよ」
「へぇ~おいしそう…」
よし、いい感じ。もう一息だ。そう思ったミスティアは懐から液体の入った瓶を取り出した。
「それで、これが蒲焼に使ってる私の秘伝のたれ。宣伝に行く準備は万端ですよ。宣伝、させてくれませんか?」
ミスティアは頭を下げた。
「わかりました、私からも宣伝できるように頼んでみますね。私もミスティアさんの話を聞いてたら食べたくなっちゃいましたし」
「ほんとですか?!」
「はい。私の方の用事をすませたら早速神社に行きましょうか」
「お、すぐに会えるんですか?」
「ええ、八坂様と洩矢様…あ、うちの神社に住んでいる神様なんですけど、会うだけなら全然問題ないですよ、宣伝の許可がおりるかどうかは保証できませんが…」
どうやら神様にもいろいろいるらしい。これなら神社に行ってもいつもの屋台の時とあまり変わらず、堅苦しくなさそうでやりやすそうだ。
「それじゃあ、私は用事をすませてから来るので、町の出口で待っててもらって…」
「いや、私もお付き合いしますよ。その手に持っている酒結構重いと思うし、私も荷物はありますけどそこまで重くはないし、妖怪なので力もあります。なので少しくらいなら荷物を持つのを手伝えます。それに守矢神社の話をもう少し詳しく聞きたいし、神様二人がどのような方なのか知っておきたいですから」
「あ、ありがとうございます。じゃあその好意に甘えさせてもらいますね」
「では行きましょうか、ええっと…」
ミスティアが口ごもったのを見て、巫女さんは笑顔で答える。
「申し遅れました、私は東風谷早苗といいます。守矢神社で風祝…といってもやってることは守矢神社の一人の巫女ですけどね」
「早苗さん、ですか。よろしく」
「はい、よろしく。では、行きましょうか」
そう言って二人は再び喧騒が飛び交う人ごみの中を歩いて行った。
日が傾きかけた夕暮れの妖怪の山。ミスティアと早苗は大きな袋を両手に持ちながら飛んでいた。持っている袋の中身には大きな瓶に入ったお酒が何本も入っている。早苗も同じように両手に酒の瓶が入った袋を持っているが、早苗は人間なので普通の腕力のため、両手にそれぞれ一本ずつしか入っていない。
「ほんとにありがとうございます、ミスティアさんがいてくれたおかげで頼まれていたお酒をほとんど買ってくることができました。いつもなら何回にも分けていっていたところなので」
「いやいや、これぐらい気にしないで。私も宣伝に成功したら神社の信仰の一部にあやかることになるんですからこれくらい当然の経費ってことで」
そう言いながら、ミスティアは買い物をしている最中に聞いた神様について考えていた。八坂神奈子様と洩矢諏訪子様というらしい。よくちょっとしたことで言い争いをするらしいが、とても仲が良く、そして非常に対照的な見た目なんだとか。どういうことなんだろうか。まぁ、百聞は一見にしかずというし、それはおいおいわかるのだろう。
「あ、あれですよ。あれが私達の守矢神社です」
「ほ~…」
でかい。博麗神社のような境内と本殿を予想していたが、敷地は博麗神社の倍は広く、本殿も細部まで手の込んだ作りで風情のある荘厳な雰囲気を醸し出しており、いかにも神様がおわす場所といえた。
その神社の本殿に二人の人が腰かけていた。一人は背中にしめ縄を背負っていて、もう一人は目玉のついた帽子を被っている。はて、あれは誰だろうか。
「あそこにいる二人は…」
「はい、八坂様と洩矢様です」
さすが神様、そして外の世界にいただけあって、幻想郷では見ないセンスを持っているなと、ミスティアは妙なところで一人感心する。
境内に二人が降り立つと、座っていた二人が気づいてこちらに近づいてきた。
「ただいま戻りました~」
「やっと帰ってきた~。早苗遅いよーお腹へったー」
「まったく、もう少し落ち着いて待ってられないのかい諏訪子…とにかく、お帰り、早苗」
「はい、お待たせして申し訳ありませんでした」
「いや、早苗が無事なら何よりさ。…ん」
神奈子がミスティアの方を見る。その目があった瞬間、ミスティアは一瞬だが威圧感のようなピリピリしたものを肌に感じて一歩後ずさる。
「あんた、見ない顔だね。そしてその姿を見る限り妖怪みたいだけど…早苗、こいつはあんたが連れて来たのかい?」
「はい、この方が以前にとりさんが言っていた屋台の店主のミスティアさんです」
「屋台…?」
神奈子が思い出そうとしていると、横から諏訪子が割り込んできた。
「私は覚えてるよ~、確か八目鰻の屋台をしてるんだっけ?」
「そ、そうです」
諏訪子から話を振られてミスティアが頷く。
「八目鰻…ああ、そう言えばあの河童がそんなこと言ってたか。というか諏訪子よく覚えてたねえ、さすが、こういうことには頭が冴えるね」
「そりゃあ、あんたとは出来が違うからね~」
「へぇ~言ってくれるじゃないか諏訪子?」
「ちょ、ちょっと御二人とも?! 私たちだけならともかく、今はミスティアさんが来てるんですよ!」
少々険悪になり始めたのを察知して慌てて早苗が止めに入る。
「あ、ああ…悪かったね早苗」
早苗に叱られて紫色の髪の毛をばつが悪そうに紫色の髪の毛をいじりながら神奈子が謝る。
「ごめんね早苗~、神奈子がこんなで」
「こ、この…」
「私の言葉に反応した神奈子が悪いんだもーん」
「洩矢様もです!」
「あーうー…」
早苗にピシャリと言われてしゅんとする諏訪子。その様子はどう見ても母親に注意された子どもにしか見えず、見ていたミスティアは一人和んでいた。
「すいません、見苦しいところを見せてしまって。いつもならとても仲の良いお二人なんですけど」
「い、いや…気にしないでください」
そう言いながらミスティアは早苗のそばでぷうとほっぺたを膨らませていじける諏訪子を見ていた。こんなことを思っては失礼なのかもしれないが、かわいい、とても神様には思えない。
一見すると人里にいそうなごく普通の女の子だ。頭には目玉のような飾りのついた帽子を被っている。それがミスティアには麦藁帽子のように見えてさらに愛らしく映っていた。屋台のマスコットになってくれたら客引きに効果的だろうなあ、とミスティアは考えていた。
「ところでミスティア、そろそろここに来たちゃんとした目的を果たしてもらうよ。あんたはこの神社に宣伝に来たんだろ、私らがいるんだからこれ以上の場はないはずさ」
その言葉に諏訪子に何を着せたら一番客引きになるのか考えていたミスティアはビクッとして我に返り、慌てて服装を少し正す。
今の言葉といい、神奈子は先ほど見られた時に感じたように少し威圧感のある女性という印象だ。紫色の髪の毛と胸についている装飾がその威圧感を引き立てているように見える。ただ、背中にしょっているしめ縄は…なんなのだろう。いつか機会があったら聞いてみようとミスティアは思った。
服装を正してそして一度深呼吸し、ミスティアはしゃべり始める。
「では改めまして、先程早苗さんの紹介にあずかりました、ミスティア・ローレライといいます。とある場所で八目鰻の屋台をやってます。今日は是非私の屋台の品を味わってほしいと思ってここにきました。ここの神社のことは、屋台をやっている時に河城にとりさんから聞きました。ここの神社は妖怪の山の信仰を得ていると聞いたので、ここで宣伝して成功すれば妖怪の山全体に宣伝できる、と思ったんです」
一気にミスティアは言った。ミスティアの言葉に神奈子と諏訪子は顔を少し見合わせた後、神奈子が口を開く。
「ふ~ん、宣伝のためにわざわざこんなところまで出張してくるなんてご苦労なこったね。それに、妖怪の山の宣伝のためにうちの神社を頼るとは殊勝な心がけじゃないか」
「鰻は早苗がたまに買ってきて蒲焼を作ってくれることがあったけど、八目鰻なんて珍しいね。で、店主さんが持ってるケースに八目鰻が入ってるの?」
「そうですよ」
その言葉に諏訪子の目が輝く。
「え、じゃあここで作ってくれるってこと?」
「はい、そのつもりでここまで来ましたので準備もばっちりしてきました!」
そう言ってミスティアは神奈子と諏訪子のそばまで来ると、八目鰻の入ったケースを取り出して二人に見せた。袋の中を覗き込むと、八目鰻が跳ねている様子が見える。
「へぇ~、これがその八目鰻か」
「これからこれがどうなって出てくるのかな~楽しみ~♪」
八目鰻を食べられると聞いてぴょんぴょん跳ねてはしゃぎまくる諏訪子。
「諏訪子…あんたねぇ…早苗はいいのかい、これで?」
「はい、八目鰻は食べたことがないので私も食べてみたいと思いまして」
「わかった。それじゃミスティア、早速料理に取り掛かってもらえるかな?」
「わかりました~♪」
「それじゃ私はミスティアさんを台所まで案内してきますので」
二人に言い残して早苗はミスティアを連れて奥に入って行った。
「こちらですよ」
台所に入ったミスティアは周囲を見渡す。台所はどこの家にもあるようなありふれた大きさと様式だが、戸棚の中には非常に多くの調理用具が揃っていた。鍋料理用の鍋だけで10種類以上あり、調味料もしっかり揃っているようだ。
「いや~、これだけあればいろんなものが作れちゃうね。これだと神様お二人はいいものを食べているだろうし、結構強敵かもしれませんね」
「宴会のときにはいろいろ作りますけど、普段は普通の料理しかお出ししてないですけどね」
ミスティアはケースを置き、懐から鉢巻を取り出して額に巻いた。そしてほっぺたを叩いて気合いを入れる。
「調理用具と食材はご自由に使ってください。それから料理で手伝ってほしいことがあったら言ってくださいね、できる限りのことはしますので」
「ありがとう!」
「それじゃ、頑張ってくださいね!」
激励の言葉を残して早苗は台所を出て行った。
「…さぁこれからが本番、頑張りますよ~♪」
何を作ろうか考えながらケースからミスティアは一匹目の八目鰻を取り出し、鼻歌を歌い始めながら包丁でさばき始める。
「八目鰻~八目鰻~♪」
「…いい加減落ち着きなよ諏訪子、騒ぎすぎると余計にお腹が空くだろうに」
「そんなこと言ってる神奈子だって楽しみなくせに~」
「まぁ否定はしないよ」
ミスティアが料理をするために台所へ入って行った後、加奈子と諏訪子はまた懲りずに小競り合いをしていた。しかし、二人の声にはもう先ほどのような棘はない。表現の仕方は違えど、二人ともミスティアの料理を楽しみに待っているのである。
実際に、神奈子と諏訪子の周りにはミスティアが作っていると思われる料理の匂いが漂ってきており、香ばしい匂いが二人の鼻をくすぐる。
そんな時、早苗が廊下の角のところから顔だけ出す。
「お二人とも、ミスティアさんの料理がもうすぐで完成しますよ~」
「「待ってましたー!」」
早苗が呼ぶと二人はまるで繋がっているかのように同じ動作で立ち上がる。そして。
くぅ~
「「…あ」」
「ふふ」
二人のお腹の虫も同時に喜ぶ。なんだかんだで仲の良い二人である。
「さぁ、食卓の方へ移動してください。お酒の用意もできてますよ」
「お、わかってるじゃないか早苗」
「いざゆかん~八目鰻のもとへ」
そんなことを言いながら、三人は食卓へと向かった。
三人が食卓に着くと、八目鰻の香ばしい匂いが出迎える。ミスティアは焼いた八目鰻を食卓に運んでいるところだった。
「お、出来たみたいだね」
「はい、今日は特別ですから、蒲焼の他にもいろいろなものを作りましたから、楽しみにしててください」
「へー、蒲焼以外の料理も作ってたんだ、さっすが店主さん」
「はい、なんてったってこっちも商売ですからね、売上を伸ばすために本気で作りましたよ~」
話している間にもミスティアはてきぱきと食卓に作ったものを運んでくる。たちまちテーブルの上は料理で埋め尽くされていく。たくさんの串に刺さった蒲焼がいい香りをあげ、別の皿には肝と軟骨を混ぜ合わせ、それを蒲焼と同様に串に刺して焼いたものもある。そして真ん中には味噌で八目鰻とたくさんのごぼう、ネギ、豆腐が煮込まれた鍋がぐつぐつと煮立っている。
そしてミスティアが全ての料理を運び終わった。
「それじゃ、いただいちゃってください!」
「御苦労だったねミスティア。存分に味あわせてもらうよ」
「それではみなさん、ご唱和ください!」
諏訪子が言うと早苗と神奈子が手を合わせる。
「「「いただきまーす!」」」
まず三人は蒲焼を頬張る。すると口の中で八目鰻の独特の風味とたれの香ばしい香りが広がる。
「んーおいひー」
「へぇ~こんな味なのか、うなぎって名前がつくわりに鰻とはだいぶ違うんだね、うまいけど」
「たれがすごくおいしい…」
三人が口々に賞賛する。その言葉に少し緊張していたミスティアの表情が一気にほころぶ。
「ありがとうございます、こちらの鍋もおいしいですから、どんどん食べてくださいな。肝焼きは少し好き嫌いあるかもわからないですけどお酒にきっとあうはずです」
ミスティアはそう言いながら三人の器に鍋の具を取り分けていって三人に渡していく。見た目の色から普通の味噌汁に使う味噌で煮込まれているらしい。神奈子が先陣をきってその鍋を食べてみる。
「ほう…うまいね」
神奈子が唸る。味噌汁が八目鰻にしっかりと滲みている。他に入っているネギ、ゴボウ、豆腐にもしっかりと汁の味がついている。
「おーい神奈子、肝焼きもうまいぞ、お酒とすごく合う」
「お、そうかい。それじゃ私も…」
神奈子は肝焼きの串を一本取って頬張り、じっくりと噛んで味わう。そしてゆっくりと酒を飲んで。
「いいねえ~」
ぐっと親指を立てた。
「よかった…」
神様二人の様子を見て、ミスティアは今回の宣伝が上手くいったことを確信する。自分の料理にはある程度の自信はあったが、正直自分の予想していた以上に評判がよかった。そして何より、自分の料理をおいしいと言って笑いながら食べてくれることが、うれしかった。
「ところで、八坂様、洩矢様。せっかくミスティアさんが作ってくれたことですし、ミスティアさんもこの食卓に参加してもらいたいと思うんですけど…」
「うん、そうだね。この食卓の真の主役は宣伝にきたミスティアだからね。料理だけじゃなくて屋台の話なんかも聞いてみたいな」
「え…よろしいんですか?」
早苗からの思わぬ提案にミスティアは少したじろぎつつも返答する。
「そうそう、私達だけ楽しんでも肝心の主役がいなくちゃね~。ほらほら、せっかくお酒もたくさんあるんだし、今日は楽しんでいっちゃいなよ、さぁさぁ」
諏訪子に促されつつ、ミスティアは恐る恐る席につく。
「それじゃあ、お邪魔しますね」
「あ~もう硬い硬い、そんなに気を使わなくてもいいんだよ、もうとっくにあんたの料理は私らに受け入れられたんだ、一緒に楽しもう、ほら」
神奈子はそう言って酒がなみなみと注がれたコップをミスティアに渡す。
「……」
ミスティアはコップを受け取ったままの状態でぽかんとしている。
「ん、どうしたミスティア?」
「今、私の料理が受け入れられたって…それはつまり…」
「ミスティア、お前の宣伝、合格さ。お前さんの屋台の宣伝、喜んで協力させてもらうよ。早苗と諏訪子も構わないだろう?」
「もちろん!」
「ええ」
一瞬驚きの表情を浮かべたミスティアだが、その表情はすぐにこれ以上ないくらいの笑顔に変わって。
「ありがとうございます!!」
「わわっ!」
次の瞬間ミスティアは神奈子を思いっきり抱きしめていた。といってもミスティアの方が体が小さいので子供が親に抱きつくような格好になる。
「こ、こら、離れろってミスティア! 二人が見てるだろ!」
あたふたする神奈子を早苗と諏訪子はニヤニヤしながら見つめる。
「さーてアツアツなお二人さんは置いといて、また食べ始めようか早苗」
「そうですね、冷めてしまったらもったいないですもんね」
「こらー二人とも助けろー!」
その日の夜は四人の楽しげな笑い声が絶えることはなかったという。
ミスティアが守矢神社での宣伝に成功してから数日後。ミスティアはまたいつもの場所で屋台を開いていた。時間は夕暮れ時で、仕込みを終えたミスティアは暇なので少し洗い物をしている。
「~♪」
「きれいな歌ですね」
ミスティアに声がかけられる。声の主は聞き覚えのある声だった。
「お、早苗さん。今日初めてのお客さんだね。いらっしゃーい♪」
「席、いいですか?」
「どうぞ~」
早苗はミスティアがすぐ前にいる席に座る。
「八目鰻の蒲焼と、それからお冷をいただけますか?」
「毎度~」
早苗の注文にミスティアは串に刺さっている八目鰻をたれに浸して焼き始める。
「あと、それから今日は八坂様から言伝を預かってきたんです」
「八坂様から? なんですか?」
早苗の言葉にミスティアは身を乗り出す。早苗はそんなミスティアを見てにっこりと笑って。
「「あさって妖怪の山の妖怪達を集めて宴会をするので、宣伝の協力として料理を出してもらいたい」とのことです。引き受けてもらえますか?」
「…はぇ?」
驚いて思わず変な声が出るミスティア。そんな彼女の表情は驚いたような、喜んでいるような、そんな表情になっていた。
「あ、え、ええと、うわーどうしよう…こんなすぐにチャンスが巡ってくるなんて…」
屋台の中で羽をぴこぴこ動かし、わたわたと右へ左へいったりきたりして気持ちを存分に表現するミスティア。しかし。
「あの~、なんか焦げくさくありません?」
「へ? あーヤバい焦げてるー!」
慌てて串を取るも、焼いていた面は真黒に焦げてしまっていた。
「たはは…すいません、もう一回焼きなおしますね。今度は焦がさないようにしますから」
ミスティアの言葉に早苗も苦笑いして頷く。ミスティアはもう一度八目鰻の串を焼き始める。
しばらく無言の間が続き、やがてミスティアが焼き終わる。
「はい、今度こそお待ちどうさま」
「ありがとう…うん、今日もおいしいですね」
「ありがとうございます♪」
「ところで先日、この屋台の近くを夜に通ることがあったんですよ」
「へぇ~この辺りを通ることあるんですねぇ、守矢神社からは結構離れてますけど?」
「とある用事で神社からおつかいに出ていてその帰りだったので…でも雰囲気だけは感じようと思って少し離れたところから屋台の様子を見てたんです。見ているだけでも屋台からは楽しそうな話し声、笑い声が絶えず聞こえていました。それがなんだか、うちの神社でやる宴会と似ていて」
ここで早苗は一旦言葉を切って、また口を開く。
「この屋台も、幻想郷の人に信仰されているのかもしれませんよ。気兼ねなく話ができる場所として」
「よしてください、もとはと言えば、焼き鳥撲滅のために始めた屋台なんですから…」
とここでミスティアに一つ疑問がわく。
「そういえば話は変わりますけど、おつかいとしてここに来ているんですよね? そろそろ夕食ですし、帰って食事をしなくてよかったんですか?」
「ああ…それはですね…」
ミスティアの質問に早苗は深いため息をついて。
「出てくる直前に、今日のおかずの事で八坂様と洩矢様が喧嘩になって弾幕ごっこにまで発展してしまって…」
「…おかず?」
「はい、八坂様がコロッケ、洩矢様がメンチカツがいいとおっしゃられて…帰って料理をしたいのはやまやまなんですけど…入れないんですよ」
困った顔をしながら早苗が話を続けていると、ミスティアがコップにお酒を注ぎ、早苗のそばに置いた。
「これでも飲んで少しだけでも気を紛らわしてください、奢りってことにしておきますよ、喧嘩が収まるまでゆっくりしてってくださいね」
そう言ってミスティアは早苗に微笑む。出された酒を少しの間見つめてから、早苗もミスティアに微笑み返す。
「…あまりお酒は飲める方ではないですけど、そうですね、ありがたくいただきます」
二人が話をしている間に日は沈み、月が昇り始めていた。おおよそ、今日の屋台もにぎやかになるだろう。早苗はミスティアからの酒に口をつけ、静かに飲み干すのだった。
そこで一つの屋台が営業している。屋台は小さく、長い間使われているようだがよく手入れがされており、傷んでいる場所は少ない。
その屋台で二人の妖怪がのんびりと話をしていた。テーブルの奥で酒を注いでいるミスティア・ローレライと、テーブル席に座っている河城にとりの二人である。
「いやー、射命丸さんに誘われてきたときはどういうところなんだろうと思ったけど、ここの八目鰻はおいしいねえ。そしてまたこれが酒に合うからますます食が進んじゃうよ」
「ありがとうございまーす♪」
にとりの言葉にミスティアが歌いながら返答する。ここではミスティアの歌う歌も八目鰻と並んで名物であり、その時の屋台の雰囲気に合わせてミスティアが歌う曲を即興で変えて歌っている。屋台に来る客たちの話が弾む要因の一つでもあり、非常に受けが良い。
今はにとり以外の客は既に帰ってしまったあとで、明け方に近い店じまいの時間になるとミスティアはこうして残った客とのんびりとお酒を飲んで過ごす。
そしてこの屋台はカウンター席しかないので、客から話を振られるとミスティアはこうして歌いながら返答する。
「今まではきゅうりに敵うもの食べ物なんてないと思ってたけど、これはきゅうりといい勝負してるよ、間違いなくナンバー2には入るね」
「光栄でーす♪」
にとりは先ほどの言葉のように射命丸文に誘われてこの屋台にやってきた。始めは食べたことのない八目鰻を目にして少しとまどっていたが、一度食べてからは病みつきになったらしく、度々こうしてミスティアの屋台に足を運んでくるようになり、最近ではすっかり常連の一人となっている。
「これだけおいしければ、きっと守矢神社のあの神様達も気に入ること間違いなしだね、うん。私が保証する」
「もりや、じんじゃ? そんな神社ありましたっけ?」
ミスティアが歌うのを止めて、にとりに質問する。
「ああ、店主さんは知らないのか。最近、妖怪の山に守矢神社っていう神社が湖ごと引っ越してきたんだよ」
「へぇ~湖ごとって…本当に?」
なんともすごい話である。ミスティアが聞き入っている様子に、にとりは少し得意げに人差し指を立てて話を続ける。
「うん、どうも外の世界じゃあ信仰心が得られないっていうんで幻想郷にやってきたんだって。入ってきたその時はもうてんやわんや。私達河童は勿論、妖怪の山に住んでいる妖怪達みんな大慌てさ。で、あろうことかそこの神社が博麗神社にちょっかいを出したらしくって、そこの巫女が妖怪の山に乗り込んできてね…私も巫女に挑んでみたけど、やられちった」
にとりがその時のことを思い出して苦笑する。ああ、この人もあの巫女の犠牲者だったのか、とミスティアは一人親近感に浸る。
「で、ドンパチあった後にそこの神社の神様が妖怪の山の妖怪のえらいさんと話し合ってなんとか和解できたのさ。神様側もそれなりに信仰を得ることができてめでたしめでたしってわけ。今は結構な頻度で宴会もやってるよ、私もたまに顔を出してるし」
神様、一体どんな姿なんだろうか。少なくともにとりさんが会ったことがあるみたいだからその場に行けば姿くらいは見れるのだろう。やっぱり神々しいんだろうか、白い服着てたり大きな翼が背中から生えてたりとか。ミスティアの中で神様に対する想像が加速していく。
「だから店主さん、守矢神社にこの屋台の宣伝に行ってみたらどう? もし気に入られたら宴会の時呼んでくれるかもしれないよ、妖怪の山からもお客が獲得できて一石二鳥だと思うんだけど」
にとりに言われてミスティアは考える。確かに今まで努力してきて幻想郷のいろいろなところからお客が来るようになった。だけど、妖怪の山からはあまり客は来ていないような気がする。
ぱっと思いつくのはここにいるにとりを除いて新聞記者の射命丸文と白狼天狗の犬走椛ぐらいで他には特に思いつかない。今までのお客の話を聞いているだけでも楽しかったが、客層が増えればそれだけ話も増える。妖怪の山の客を獲得するいい機会なのかもしれない、とミスティアは思った。
そう考えたミスティアは早速準備に取り掛かる。屋台に休みの看板を立てかけ、準備してあった八目鰻を保存の聞くケースに入れ始めた。
「お、その様子だと神社に行くのかな?」
「今日はもともと仕入れと仕込みの日だから屋台はお休み。だからにとりさんの話に従ってその神社に行ってみることにします、どんな神様なのか見てみたいし」
「じゃあ、宣伝の時には河城にとりが宣伝してたって伝えておいてね、ごちそうさま、お勘定置いとくよ」
「まいど~」
ミスティアを激励し、代金を置いてにとりは帰って行った。屋台には眩しい朝日の光が照りつけ始めていた。そしてミスティアはにとりに手を振りながら、宣伝文句をどうするかについて考え始めるのだった。
屋台で準備をしていたミスティアはしばらくしてあっ、と声を上げて、そして頭を抱え込んだ。というのも、ある事実に気づいてしまったからなのだが、それは。
「そう言えば、守矢神社の場所知らないんだっけ…」
肝心の守矢神社の場所がわからない。本来なら先ほどまで話をしていたにとりに場所を聞くことができたのだが、もうその機会は失われてしまっている。
「う~んどうしようかな…人里にでも行ってみよう」
こういう時は誰か知っている人に聞けばてっとり早い、そう思ったミスティアは進路を人里に変更し、人里を目指すことにした。そして休業準備が完了し、右手に八目鰻を入れたケースを持つ。
「さて、準備もできたし、いっちょ頑張ってみますか!」
気合を入れなおして、ミスティアは人里へ向かって飛んでいった。
人里にミスティアがつくと、いつものように人間と妖怪でにぎわっていた。本来人間と妖怪は食う、食われるの関係にあるが、ここではそのようなことはない。通りからは喧騒が程よく聞こえ、人も妖怪も忙しなく通りを行き交っている。
ミスティアはそんな通りの流れの一つになって歩きながらあるお店を目指していた。
「ええっと…あ、ここだ」
少し歩いたところにこじんまりとした佇まいのお店があった。そこにミスティアは入って行った。ドアを開けると中には戸棚に並んだ器、皿、鍋、フライパン、そして包丁。食器や料理用具を扱うお店らしい。
「どーも、おばさん」
「いらっしゃ…、ってミスティアちゃん、いらっしゃい。仕入れには昨日来ていたはずだけど、今日は何の用?」
中年の落ち着いた雰囲気の女性店主がミスティアを出迎える。ここのお店は、ミスティアが屋台で使っている料理用具を揃えるときに使っている。屋台を始めたときには料理道具をノウハウを教えてくれたりと、結構お世話になっているのだ。
「うん、それとは別の用事があってね。聞きたいことがあるんだけど、最近幻想郷に来た守矢神社って知ってる?」
「ああ、知っているよ。ここにも以前そこの神社の巫女さん、本人はかぜ…なんとかと言っていたけど…その子が包丁を買いに来たことがあったかしらね」
「へぇ~、ここにも来たんだ。で、そこの神社の場所ってわからないかな?」
「う~んそれは私も行ったことがないからちょっとわからないけど。でもなんでその神社の場所が知りたいの?」
「えっと、それは…」
ミスティアは店主に手短に事情を話した。
「なるほど。神社に行って神様に屋台を宣伝したいのね」
「うん、そう」
「私は確かにその神社の場所は知らないけど、幻想郷で大きい里と言ったらまずここしかないわけだから、神社の人も来ているはず。だから他の店も利用しているはずよ。八百屋とかに行って聞けばほぼ確実にわかるんじゃないかな、ひょっとしたら、会えるかもしれないよ」
「そっか、うん、じゃあ探してみるよ。おばさんありがとね!」
「頑張ってね、幸運を祈るわ」
店主にお礼を言って、ミスティアは店を後にした。
八百屋を目指して通りを歩いていく途中でミスティアは神社のことについて考えていた。今までで幻想郷で神社といえばまず確実に博麗神社だったが、にとりと先ほどの店主の反応を見る限り、守矢神社も幻想郷に来て間もないものの、それなりの立場は獲得しているように思える。
しかし、今までの神社と言えば博麗神社に住む博麗霊夢の印象が強い。以前の月の異変のときにちょっかいを出したらボコボコにされた。そしてミスティアが屋台を出してからも食事の代金を度々いろんな理由をつけて踏み倒していく。始めは異変の時はともかく異変が収まってもこうなのかと思っていたが、神社にお賽銭がないせいで日々の暮らしで精いっぱいの貧乏暮らしをしていると聞いた時、少しだけ同情した。
そんな霊夢と博麗神社のイメージがあるせいで、ミスティアは神社に対して正直あまりいいイメージがなかったので、売り込みに行くのが正直少し不安だった。ミスティアの中では、
神社=閑古鳥が鳴く
巫女=乱暴、貧乏
という変換がされていた。はたしてこれから行く守矢神社はどうなんだろうか。にとりの言葉から推測するに博麗神社よりは期待できそうではあるけれど。
そんなことを考えながら歩いていた時だった。
「全く…八坂様も洩矢様もお酒ばっかり欲しがって…」
そんな声が聞こえた。ミスティアが声のした方を何気なく振り返ると、振り返った先には髪の毛が緑色の少女が歩いていくところであった。服装は色づかいは異なっているが霊夢が来ている腋の開いた巫女服と同じであり、いかにも神社の巫女、といった様子。腕には酒屋で買ったと思われる酒の入った大きな布袋を持っている。おそらくこの人が先ほど店主が言っていた人だろう。
ミスティアは通りを急いで引き返し、声の主の方へ向かって近づき、声をかける。
「あのー、すいませーん」
「? 私、ですか?」
ミスティアに呼ばれた巫女さんのような人が振り返る。後姿からは気付かなかったが髪にかわいらしい蛙と蛇の髪飾りをしており、それが緑色の髪の毛と合わさることで、食う、食われるの関係という少々物騒な取り合わせの割に、ミスティアには不思議とかわいらしく見えた。
「ちょっと聞きたいんですけど、守矢神社から来てる人がいると聞いたんですど、それってあなたのことですか?」
「ええ、確かに私は守矢神社から来てますけど…」
やっぱりこの人だ、ミスティアは早速営業モードに切り替わる。
「あの、私は幻想郷で八目鰻の屋台をやってるミスティア・ローレライっていう者なんですけど、ちょっとお話をさせてもらっても大丈夫ですか?」
ミスティアが言うと、その巫女さんは少し考えるような素振りを見せた後、何か合点がいったような顔で頷いて言った。
「幻想郷の屋台…ああ、うちの神社の宴会でにとりさんが言ってた気がします。ではあなたがその屋台の?」
「はい、私がその屋台の店主ですよ」
「そうでしたか…それで、店主さんが何の御用ですか?」
神社の宴会のにとりの話を覚えていてくれたらしく、向こうもこちらの存在は知っていてくれたようだ。これならいけるとミスティアは思い、営業モードのまま一気に畳みかけていく。
「実はですね、うちの屋台によく来てくれてるにとりさんからこちらの神社の話を聞いて、守矢神社に行ってそこの神様にうちの屋台の宣伝をしたいなと思ったんです。妖怪の山の妖怪たちとも良い関係を築いて信仰心も豊富だと聞きました。あまりうちの店には妖怪の山からお客さんが来ないので、これを機会にさらにお客さんを獲得できるようになればいいなと思ったんだけど…どうでしょう?」
その言葉に巫女さんは少し考えた後。
「えっと、確かミスティアさんは八目鰻の屋台をしているんでしたよね?」
「そうですよ~」
「じゃあその手に持っているケースの中にその八目鰻が入ってるんですか?」
「もちろん。実際に食べてもらわないと宣伝になりませんから。見てみますか?」
そう言ってミスティアはケースを少しだけ開けると、中にはたくさんの八目鰻が顔をのぞかせた。持ち出してから時間が結構経っているが、ケース内でピチピチ跳ねている様子を見るとまだまだ元気なようだ。
「これを、どのように料理するんですか?」
「ん~、主には蒲焼かなあ。でもこれだけじゃ味気ないから屋台では他にも鰻とかどじょうとかも扱ってるし、お酒やご飯も出してますよ」
「へぇ~おいしそう…」
よし、いい感じ。もう一息だ。そう思ったミスティアは懐から液体の入った瓶を取り出した。
「それで、これが蒲焼に使ってる私の秘伝のたれ。宣伝に行く準備は万端ですよ。宣伝、させてくれませんか?」
ミスティアは頭を下げた。
「わかりました、私からも宣伝できるように頼んでみますね。私もミスティアさんの話を聞いてたら食べたくなっちゃいましたし」
「ほんとですか?!」
「はい。私の方の用事をすませたら早速神社に行きましょうか」
「お、すぐに会えるんですか?」
「ええ、八坂様と洩矢様…あ、うちの神社に住んでいる神様なんですけど、会うだけなら全然問題ないですよ、宣伝の許可がおりるかどうかは保証できませんが…」
どうやら神様にもいろいろいるらしい。これなら神社に行ってもいつもの屋台の時とあまり変わらず、堅苦しくなさそうでやりやすそうだ。
「それじゃあ、私は用事をすませてから来るので、町の出口で待っててもらって…」
「いや、私もお付き合いしますよ。その手に持っている酒結構重いと思うし、私も荷物はありますけどそこまで重くはないし、妖怪なので力もあります。なので少しくらいなら荷物を持つのを手伝えます。それに守矢神社の話をもう少し詳しく聞きたいし、神様二人がどのような方なのか知っておきたいですから」
「あ、ありがとうございます。じゃあその好意に甘えさせてもらいますね」
「では行きましょうか、ええっと…」
ミスティアが口ごもったのを見て、巫女さんは笑顔で答える。
「申し遅れました、私は東風谷早苗といいます。守矢神社で風祝…といってもやってることは守矢神社の一人の巫女ですけどね」
「早苗さん、ですか。よろしく」
「はい、よろしく。では、行きましょうか」
そう言って二人は再び喧騒が飛び交う人ごみの中を歩いて行った。
日が傾きかけた夕暮れの妖怪の山。ミスティアと早苗は大きな袋を両手に持ちながら飛んでいた。持っている袋の中身には大きな瓶に入ったお酒が何本も入っている。早苗も同じように両手に酒の瓶が入った袋を持っているが、早苗は人間なので普通の腕力のため、両手にそれぞれ一本ずつしか入っていない。
「ほんとにありがとうございます、ミスティアさんがいてくれたおかげで頼まれていたお酒をほとんど買ってくることができました。いつもなら何回にも分けていっていたところなので」
「いやいや、これぐらい気にしないで。私も宣伝に成功したら神社の信仰の一部にあやかることになるんですからこれくらい当然の経費ってことで」
そう言いながら、ミスティアは買い物をしている最中に聞いた神様について考えていた。八坂神奈子様と洩矢諏訪子様というらしい。よくちょっとしたことで言い争いをするらしいが、とても仲が良く、そして非常に対照的な見た目なんだとか。どういうことなんだろうか。まぁ、百聞は一見にしかずというし、それはおいおいわかるのだろう。
「あ、あれですよ。あれが私達の守矢神社です」
「ほ~…」
でかい。博麗神社のような境内と本殿を予想していたが、敷地は博麗神社の倍は広く、本殿も細部まで手の込んだ作りで風情のある荘厳な雰囲気を醸し出しており、いかにも神様がおわす場所といえた。
その神社の本殿に二人の人が腰かけていた。一人は背中にしめ縄を背負っていて、もう一人は目玉のついた帽子を被っている。はて、あれは誰だろうか。
「あそこにいる二人は…」
「はい、八坂様と洩矢様です」
さすが神様、そして外の世界にいただけあって、幻想郷では見ないセンスを持っているなと、ミスティアは妙なところで一人感心する。
境内に二人が降り立つと、座っていた二人が気づいてこちらに近づいてきた。
「ただいま戻りました~」
「やっと帰ってきた~。早苗遅いよーお腹へったー」
「まったく、もう少し落ち着いて待ってられないのかい諏訪子…とにかく、お帰り、早苗」
「はい、お待たせして申し訳ありませんでした」
「いや、早苗が無事なら何よりさ。…ん」
神奈子がミスティアの方を見る。その目があった瞬間、ミスティアは一瞬だが威圧感のようなピリピリしたものを肌に感じて一歩後ずさる。
「あんた、見ない顔だね。そしてその姿を見る限り妖怪みたいだけど…早苗、こいつはあんたが連れて来たのかい?」
「はい、この方が以前にとりさんが言っていた屋台の店主のミスティアさんです」
「屋台…?」
神奈子が思い出そうとしていると、横から諏訪子が割り込んできた。
「私は覚えてるよ~、確か八目鰻の屋台をしてるんだっけ?」
「そ、そうです」
諏訪子から話を振られてミスティアが頷く。
「八目鰻…ああ、そう言えばあの河童がそんなこと言ってたか。というか諏訪子よく覚えてたねえ、さすが、こういうことには頭が冴えるね」
「そりゃあ、あんたとは出来が違うからね~」
「へぇ~言ってくれるじゃないか諏訪子?」
「ちょ、ちょっと御二人とも?! 私たちだけならともかく、今はミスティアさんが来てるんですよ!」
少々険悪になり始めたのを察知して慌てて早苗が止めに入る。
「あ、ああ…悪かったね早苗」
早苗に叱られて紫色の髪の毛をばつが悪そうに紫色の髪の毛をいじりながら神奈子が謝る。
「ごめんね早苗~、神奈子がこんなで」
「こ、この…」
「私の言葉に反応した神奈子が悪いんだもーん」
「洩矢様もです!」
「あーうー…」
早苗にピシャリと言われてしゅんとする諏訪子。その様子はどう見ても母親に注意された子どもにしか見えず、見ていたミスティアは一人和んでいた。
「すいません、見苦しいところを見せてしまって。いつもならとても仲の良いお二人なんですけど」
「い、いや…気にしないでください」
そう言いながらミスティアは早苗のそばでぷうとほっぺたを膨らませていじける諏訪子を見ていた。こんなことを思っては失礼なのかもしれないが、かわいい、とても神様には思えない。
一見すると人里にいそうなごく普通の女の子だ。頭には目玉のような飾りのついた帽子を被っている。それがミスティアには麦藁帽子のように見えてさらに愛らしく映っていた。屋台のマスコットになってくれたら客引きに効果的だろうなあ、とミスティアは考えていた。
「ところでミスティア、そろそろここに来たちゃんとした目的を果たしてもらうよ。あんたはこの神社に宣伝に来たんだろ、私らがいるんだからこれ以上の場はないはずさ」
その言葉に諏訪子に何を着せたら一番客引きになるのか考えていたミスティアはビクッとして我に返り、慌てて服装を少し正す。
今の言葉といい、神奈子は先ほど見られた時に感じたように少し威圧感のある女性という印象だ。紫色の髪の毛と胸についている装飾がその威圧感を引き立てているように見える。ただ、背中にしょっているしめ縄は…なんなのだろう。いつか機会があったら聞いてみようとミスティアは思った。
服装を正してそして一度深呼吸し、ミスティアはしゃべり始める。
「では改めまして、先程早苗さんの紹介にあずかりました、ミスティア・ローレライといいます。とある場所で八目鰻の屋台をやってます。今日は是非私の屋台の品を味わってほしいと思ってここにきました。ここの神社のことは、屋台をやっている時に河城にとりさんから聞きました。ここの神社は妖怪の山の信仰を得ていると聞いたので、ここで宣伝して成功すれば妖怪の山全体に宣伝できる、と思ったんです」
一気にミスティアは言った。ミスティアの言葉に神奈子と諏訪子は顔を少し見合わせた後、神奈子が口を開く。
「ふ~ん、宣伝のためにわざわざこんなところまで出張してくるなんてご苦労なこったね。それに、妖怪の山の宣伝のためにうちの神社を頼るとは殊勝な心がけじゃないか」
「鰻は早苗がたまに買ってきて蒲焼を作ってくれることがあったけど、八目鰻なんて珍しいね。で、店主さんが持ってるケースに八目鰻が入ってるの?」
「そうですよ」
その言葉に諏訪子の目が輝く。
「え、じゃあここで作ってくれるってこと?」
「はい、そのつもりでここまで来ましたので準備もばっちりしてきました!」
そう言ってミスティアは神奈子と諏訪子のそばまで来ると、八目鰻の入ったケースを取り出して二人に見せた。袋の中を覗き込むと、八目鰻が跳ねている様子が見える。
「へぇ~、これがその八目鰻か」
「これからこれがどうなって出てくるのかな~楽しみ~♪」
八目鰻を食べられると聞いてぴょんぴょん跳ねてはしゃぎまくる諏訪子。
「諏訪子…あんたねぇ…早苗はいいのかい、これで?」
「はい、八目鰻は食べたことがないので私も食べてみたいと思いまして」
「わかった。それじゃミスティア、早速料理に取り掛かってもらえるかな?」
「わかりました~♪」
「それじゃ私はミスティアさんを台所まで案内してきますので」
二人に言い残して早苗はミスティアを連れて奥に入って行った。
「こちらですよ」
台所に入ったミスティアは周囲を見渡す。台所はどこの家にもあるようなありふれた大きさと様式だが、戸棚の中には非常に多くの調理用具が揃っていた。鍋料理用の鍋だけで10種類以上あり、調味料もしっかり揃っているようだ。
「いや~、これだけあればいろんなものが作れちゃうね。これだと神様お二人はいいものを食べているだろうし、結構強敵かもしれませんね」
「宴会のときにはいろいろ作りますけど、普段は普通の料理しかお出ししてないですけどね」
ミスティアはケースを置き、懐から鉢巻を取り出して額に巻いた。そしてほっぺたを叩いて気合いを入れる。
「調理用具と食材はご自由に使ってください。それから料理で手伝ってほしいことがあったら言ってくださいね、できる限りのことはしますので」
「ありがとう!」
「それじゃ、頑張ってくださいね!」
激励の言葉を残して早苗は台所を出て行った。
「…さぁこれからが本番、頑張りますよ~♪」
何を作ろうか考えながらケースからミスティアは一匹目の八目鰻を取り出し、鼻歌を歌い始めながら包丁でさばき始める。
「八目鰻~八目鰻~♪」
「…いい加減落ち着きなよ諏訪子、騒ぎすぎると余計にお腹が空くだろうに」
「そんなこと言ってる神奈子だって楽しみなくせに~」
「まぁ否定はしないよ」
ミスティアが料理をするために台所へ入って行った後、加奈子と諏訪子はまた懲りずに小競り合いをしていた。しかし、二人の声にはもう先ほどのような棘はない。表現の仕方は違えど、二人ともミスティアの料理を楽しみに待っているのである。
実際に、神奈子と諏訪子の周りにはミスティアが作っていると思われる料理の匂いが漂ってきており、香ばしい匂いが二人の鼻をくすぐる。
そんな時、早苗が廊下の角のところから顔だけ出す。
「お二人とも、ミスティアさんの料理がもうすぐで完成しますよ~」
「「待ってましたー!」」
早苗が呼ぶと二人はまるで繋がっているかのように同じ動作で立ち上がる。そして。
くぅ~
「「…あ」」
「ふふ」
二人のお腹の虫も同時に喜ぶ。なんだかんだで仲の良い二人である。
「さぁ、食卓の方へ移動してください。お酒の用意もできてますよ」
「お、わかってるじゃないか早苗」
「いざゆかん~八目鰻のもとへ」
そんなことを言いながら、三人は食卓へと向かった。
三人が食卓に着くと、八目鰻の香ばしい匂いが出迎える。ミスティアは焼いた八目鰻を食卓に運んでいるところだった。
「お、出来たみたいだね」
「はい、今日は特別ですから、蒲焼の他にもいろいろなものを作りましたから、楽しみにしててください」
「へー、蒲焼以外の料理も作ってたんだ、さっすが店主さん」
「はい、なんてったってこっちも商売ですからね、売上を伸ばすために本気で作りましたよ~」
話している間にもミスティアはてきぱきと食卓に作ったものを運んでくる。たちまちテーブルの上は料理で埋め尽くされていく。たくさんの串に刺さった蒲焼がいい香りをあげ、別の皿には肝と軟骨を混ぜ合わせ、それを蒲焼と同様に串に刺して焼いたものもある。そして真ん中には味噌で八目鰻とたくさんのごぼう、ネギ、豆腐が煮込まれた鍋がぐつぐつと煮立っている。
そしてミスティアが全ての料理を運び終わった。
「それじゃ、いただいちゃってください!」
「御苦労だったねミスティア。存分に味あわせてもらうよ」
「それではみなさん、ご唱和ください!」
諏訪子が言うと早苗と神奈子が手を合わせる。
「「「いただきまーす!」」」
まず三人は蒲焼を頬張る。すると口の中で八目鰻の独特の風味とたれの香ばしい香りが広がる。
「んーおいひー」
「へぇ~こんな味なのか、うなぎって名前がつくわりに鰻とはだいぶ違うんだね、うまいけど」
「たれがすごくおいしい…」
三人が口々に賞賛する。その言葉に少し緊張していたミスティアの表情が一気にほころぶ。
「ありがとうございます、こちらの鍋もおいしいですから、どんどん食べてくださいな。肝焼きは少し好き嫌いあるかもわからないですけどお酒にきっとあうはずです」
ミスティアはそう言いながら三人の器に鍋の具を取り分けていって三人に渡していく。見た目の色から普通の味噌汁に使う味噌で煮込まれているらしい。神奈子が先陣をきってその鍋を食べてみる。
「ほう…うまいね」
神奈子が唸る。味噌汁が八目鰻にしっかりと滲みている。他に入っているネギ、ゴボウ、豆腐にもしっかりと汁の味がついている。
「おーい神奈子、肝焼きもうまいぞ、お酒とすごく合う」
「お、そうかい。それじゃ私も…」
神奈子は肝焼きの串を一本取って頬張り、じっくりと噛んで味わう。そしてゆっくりと酒を飲んで。
「いいねえ~」
ぐっと親指を立てた。
「よかった…」
神様二人の様子を見て、ミスティアは今回の宣伝が上手くいったことを確信する。自分の料理にはある程度の自信はあったが、正直自分の予想していた以上に評判がよかった。そして何より、自分の料理をおいしいと言って笑いながら食べてくれることが、うれしかった。
「ところで、八坂様、洩矢様。せっかくミスティアさんが作ってくれたことですし、ミスティアさんもこの食卓に参加してもらいたいと思うんですけど…」
「うん、そうだね。この食卓の真の主役は宣伝にきたミスティアだからね。料理だけじゃなくて屋台の話なんかも聞いてみたいな」
「え…よろしいんですか?」
早苗からの思わぬ提案にミスティアは少したじろぎつつも返答する。
「そうそう、私達だけ楽しんでも肝心の主役がいなくちゃね~。ほらほら、せっかくお酒もたくさんあるんだし、今日は楽しんでいっちゃいなよ、さぁさぁ」
諏訪子に促されつつ、ミスティアは恐る恐る席につく。
「それじゃあ、お邪魔しますね」
「あ~もう硬い硬い、そんなに気を使わなくてもいいんだよ、もうとっくにあんたの料理は私らに受け入れられたんだ、一緒に楽しもう、ほら」
神奈子はそう言って酒がなみなみと注がれたコップをミスティアに渡す。
「……」
ミスティアはコップを受け取ったままの状態でぽかんとしている。
「ん、どうしたミスティア?」
「今、私の料理が受け入れられたって…それはつまり…」
「ミスティア、お前の宣伝、合格さ。お前さんの屋台の宣伝、喜んで協力させてもらうよ。早苗と諏訪子も構わないだろう?」
「もちろん!」
「ええ」
一瞬驚きの表情を浮かべたミスティアだが、その表情はすぐにこれ以上ないくらいの笑顔に変わって。
「ありがとうございます!!」
「わわっ!」
次の瞬間ミスティアは神奈子を思いっきり抱きしめていた。といってもミスティアの方が体が小さいので子供が親に抱きつくような格好になる。
「こ、こら、離れろってミスティア! 二人が見てるだろ!」
あたふたする神奈子を早苗と諏訪子はニヤニヤしながら見つめる。
「さーてアツアツなお二人さんは置いといて、また食べ始めようか早苗」
「そうですね、冷めてしまったらもったいないですもんね」
「こらー二人とも助けろー!」
その日の夜は四人の楽しげな笑い声が絶えることはなかったという。
ミスティアが守矢神社での宣伝に成功してから数日後。ミスティアはまたいつもの場所で屋台を開いていた。時間は夕暮れ時で、仕込みを終えたミスティアは暇なので少し洗い物をしている。
「~♪」
「きれいな歌ですね」
ミスティアに声がかけられる。声の主は聞き覚えのある声だった。
「お、早苗さん。今日初めてのお客さんだね。いらっしゃーい♪」
「席、いいですか?」
「どうぞ~」
早苗はミスティアがすぐ前にいる席に座る。
「八目鰻の蒲焼と、それからお冷をいただけますか?」
「毎度~」
早苗の注文にミスティアは串に刺さっている八目鰻をたれに浸して焼き始める。
「あと、それから今日は八坂様から言伝を預かってきたんです」
「八坂様から? なんですか?」
早苗の言葉にミスティアは身を乗り出す。早苗はそんなミスティアを見てにっこりと笑って。
「「あさって妖怪の山の妖怪達を集めて宴会をするので、宣伝の協力として料理を出してもらいたい」とのことです。引き受けてもらえますか?」
「…はぇ?」
驚いて思わず変な声が出るミスティア。そんな彼女の表情は驚いたような、喜んでいるような、そんな表情になっていた。
「あ、え、ええと、うわーどうしよう…こんなすぐにチャンスが巡ってくるなんて…」
屋台の中で羽をぴこぴこ動かし、わたわたと右へ左へいったりきたりして気持ちを存分に表現するミスティア。しかし。
「あの~、なんか焦げくさくありません?」
「へ? あーヤバい焦げてるー!」
慌てて串を取るも、焼いていた面は真黒に焦げてしまっていた。
「たはは…すいません、もう一回焼きなおしますね。今度は焦がさないようにしますから」
ミスティアの言葉に早苗も苦笑いして頷く。ミスティアはもう一度八目鰻の串を焼き始める。
しばらく無言の間が続き、やがてミスティアが焼き終わる。
「はい、今度こそお待ちどうさま」
「ありがとう…うん、今日もおいしいですね」
「ありがとうございます♪」
「ところで先日、この屋台の近くを夜に通ることがあったんですよ」
「へぇ~この辺りを通ることあるんですねぇ、守矢神社からは結構離れてますけど?」
「とある用事で神社からおつかいに出ていてその帰りだったので…でも雰囲気だけは感じようと思って少し離れたところから屋台の様子を見てたんです。見ているだけでも屋台からは楽しそうな話し声、笑い声が絶えず聞こえていました。それがなんだか、うちの神社でやる宴会と似ていて」
ここで早苗は一旦言葉を切って、また口を開く。
「この屋台も、幻想郷の人に信仰されているのかもしれませんよ。気兼ねなく話ができる場所として」
「よしてください、もとはと言えば、焼き鳥撲滅のために始めた屋台なんですから…」
とここでミスティアに一つ疑問がわく。
「そういえば話は変わりますけど、おつかいとしてここに来ているんですよね? そろそろ夕食ですし、帰って食事をしなくてよかったんですか?」
「ああ…それはですね…」
ミスティアの質問に早苗は深いため息をついて。
「出てくる直前に、今日のおかずの事で八坂様と洩矢様が喧嘩になって弾幕ごっこにまで発展してしまって…」
「…おかず?」
「はい、八坂様がコロッケ、洩矢様がメンチカツがいいとおっしゃられて…帰って料理をしたいのはやまやまなんですけど…入れないんですよ」
困った顔をしながら早苗が話を続けていると、ミスティアがコップにお酒を注ぎ、早苗のそばに置いた。
「これでも飲んで少しだけでも気を紛らわしてください、奢りってことにしておきますよ、喧嘩が収まるまでゆっくりしてってくださいね」
そう言ってミスティアは早苗に微笑む。出された酒を少しの間見つめてから、早苗もミスティアに微笑み返す。
「…あまりお酒は飲める方ではないですけど、そうですね、ありがたくいただきます」
二人が話をしている間に日は沈み、月が昇り始めていた。おおよそ、今日の屋台もにぎやかになるだろう。早苗はミスティアからの酒に口をつけ、静かに飲み干すのだった。
そんなみすちーの料理が食べたい!!
屋台の和やかな雰囲気が伝わってきます
しかしすんごい営業モードだw
しかしこのみすちー、商魂逞しいなw
ソレにしてもどの料理も美味しそうですね。
話も読みやすく、堪能させて頂きました。
ミスチーファンとしても素晴らしい、SS素人の目からしてもなかなか。
もうね、雰囲気が抜群なのよ。雰囲気が。
これだけで食えるなあ。おいしかった。ありがとう。これは御代、お釣りは結構だ
みすちーの八目鰻は一度ぜひ食べてみたいよ
つうか、こんな屋台があったら通うわ
このみすちーは間違いなく良い女将さん。
さりげない料理の描写にグッと来ました。
とても美味しそうに感じます。
守矢神社のメンバーも良い感じです。
ご馳走様でした。
ミスチーの屋台話が出るたびに、こういう屋台に行ってみたいなぁと思う、今日この頃。
素晴らしきほのぼのです!
みすちーの店で八目鰻と熱燗でゆっくりしてたい今日この頃。
自分もこんな店があるなら行ってみたいです!
個人的に少しみすちーの口調に違和感を感じましたが、
こういう商売人なみすちーもいいものですね。
まわりの情景がどうだったとか、ヤツメウナギがどんな風においしそうとかがもうちょっと多いとより良かったです。