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運命
それは超自然的な力によって定められた巡り合わせ
非常に抽象的な概念だが、
何者にも変えることの出来ないものであると言われている
しかし、彼女はそれを操る
無意識に
無意識であるが故に強力で
無意識であるが故に不安定で
そして、無意識であるが故に
時に無力となる
―――――――――
5:30
「―――!」
身体が酷く痛い…
ゆっくりと目を開けると、そこには右腕を失ったフランが立っていた。
フランは残った左手で私の頭を掴んでいる。
その左手を振り払おうとするが、私の手は動かない。
不思議に思い、視線を下に向けてみると私の身体はなくなっていた。
身体から首だけもぎ取られたのだろうか?
なるほど、手が動かない訳だ。
「―――」
フランが私に向かって囁いた。
しかし、私の耳はその機能を失っているのか、フランが何と言ったのかまるでわからなかった。
それでも何を言ったのか確かめようと、私はフランの顔へと視線を移す。
そして、私は後悔した。
視線を移した先、フランのその瞳には純粋で強大な狂気が満ちていた。
私はその瞳に恐怖し、絶叫した。
いや、絶叫しようとしたが、私の喉から声が出ることはなかった。
そんな私をフランは可笑しそうに笑うと、何を思ったのか私の首を反対向きに持ち直した。
逆向きにされたことでフランの瞳から開放され、私はホッと安堵のため息をつく。
だが次の瞬間、状況は一変する。
「―――」
私の目に飛び込んできたのは朝日。
私たち吸血鬼を灰に変える、忌むべき太陽の光。
「―――!!」
目が焼け、髪が溶け、肌が爛れる。
私は声にならない悲鳴を上げる。
私の背後でフランが笑っていることが気配でわかる。
そして…
14:00
「ぁぁぁあぁあああ!?」
昼下がりのいつもどうり静まり返っていた紅魔館に悲鳴が響き渡る。
「お嬢様!?」
「ハァ…ハァ……咲夜…?」
レミリアが血走った目で声のする方へと視線を向けると、
そこには彼女が最も信頼している者の一人、メイド長の咲夜の姿があった。
「ハァ…ハァ…ゆ、夢?」
レミリアはぐるりと自室を見回すが、特に変わったところはなく、掃除もしっかりと行き届いている。
もちろんレミリアの身体も全て揃っていて、傷一つない。
ただ表情が…
「お嬢様?どうかしましたか?」
咲夜はそんなレミリアの様子を不思議そうに覗き込んだ。
「な、なんでもない。それより咲夜、今は何時かしら?」
レミリアは動揺している自分を咲夜に見せまいと、精一杯気丈に振舞おうとした。
そのことをわかってる咲夜はレミリアの態度に触れることなく普段の口調で答える。
「今は昼の2時、お嬢様が起きるには随分と早い時間ですね」
「そう、まだ2時なの…」
2時と聞いたレミリアはベットにばっともぐり込むがが、10数える間もなくベットから飛び起きた。
「寝れないから遊びに行くわよ」
「わかりましたわ」
不安を捨て去るようにレミリアが宣言すると、
その場に控えていた咲夜の手には、既に外出用のドレスが収まっていた。
「わかってるじゃない…」
相変わらずの咲夜の手際の良さにレミリアから苦笑が漏れた。
もちろんですわ、そう告げるように微笑む咲夜を見ているうちに、レミリアから不安が薄れていった。
不安の薄れたレミリアは普段の調子をすぐに取り戻し、何事もなかったかのように出かける準備を始めた。
いつもと変わらない様子で
15:00
掃除の行き届いていない、普段どうりの神社にレミリアと咲夜が姿を現した。
二人を見つけた霊夢は不機嫌そうな表情を隠しもせずため息をついた。
「で、何しに来たの?」
「暇だから霊夢に会いに来たの」
「帰れ」
神社の縁側でお茶を啜っていた霊夢は、レミリアの突然の訪問を素っ気無く突き放した。
しかしそれは日常会話、レミリアは笑顔のまま何一つ気にすることなく霊夢の横に転がり、
一緒に来た咲夜も日傘を持ったまま霊夢のそば、レミリアが日傘の影に入る位置に立つ。
そんなレミリアと咲夜の相変わらずの唯我独尊っぷりに、霊夢はもう一度大きくため息をついた。
「いつものことだけど、何で吸血鬼が真昼間から活動してるのかしら…」
「いつものことだから気にしなくても良いんじゃない?」
「いつもと同じ会話ですね」
表面上は拒絶しているが、実際は全く気にしていない、拒むことはない。
まるで幻想郷そのもののように、霊夢は訪れるもの受け入れる。
吸血鬼はその強大すぎる力のせいで、人からも他の妖怪からも畏怖される存在だ。
レミリア自身は畏怖されるのは当たり前だと思っているし、むしろ少しでも軽く見られることのほうが気に喰わない。
ただし、霊夢のことは例外的に気に入っていた。
何故気に入っているのかはっきりとはわからないが、それ自体がきっと霊夢の魅力なのだろう。
霊夢の方はレミリアの気持ちを知ってか知らずか…
いや、きっとレミリアの甘えるような態度は霊夢にとっては当たり前のものなのだろう。
霊夢はすっと立ち上がり、面倒臭そうに三人分のお茶を用意する。
「咲夜、あんたもそんなところに立ってないで、こっちでお茶ぐらい飲んでいきなさいよ」
「だって、咲夜」
霊夢の言葉と、レミリアの肯定の意味の含まれた笑顔。
咲夜は、それでは、と二人と並ぶように縁側に腰掛けた。
もちろんレミリアも日に当たらない位置まで移動していた。
日はまだ高く、暖かな日差しを縁側へとそそいでいた。
そうして、三人がお茶を飲みながらのんびりと会話を弾ませようとした時、
轟っと風が吹き、一人の少女が颯爽と空から降りてきた。
「お?今日も来てるのか」
レミリアと咲夜、二人の姿を見てそう声をかけたのは魔理沙だ。
魔理沙が姿を現した途端に、レミリアの表情が一気に曇った。
「別に私たちがココにいても問題ないだろ?」
「ん?あぁ、まぁ、そうだけどな…
最近よく見かける気がしたからちょっと気になっただけだ」
レミリアの威圧的な態度に面倒臭そうに魔理沙は答えた。
魔理沙はレミリアたち吸血鬼を恐れない数少ない人間の一人だ。
ただし、霊夢とは異なり、レミリアはそのことをあまり快く思っていなかった。
魔理沙は弾幕ごっこにおいてはレミリアにも引けを取らないほど強い。
そのことはレミリアも認めているが、何か気に入らない。
何故気に入らないのか、そのことをレミリアが考えていると一つの言葉が浮かんだ。
「気品が足りない」
「は?」
レミリアは自信満々で魔理沙を指差す。
「そう、気品が足りないな。魔理沙、お前には気品が足りない。
だいたいお前がうちに来るようになってから色々と面倒なんだよ。
パチェもうるさくなったし、何よりあいつが出たがるようになった」
「ぁぁー、ちょっと待ってくれ」
「そうだ、あいつが出たがるようになってから、私がどれだけ迷惑しているか、
お前はわかってるのか?」
「長くなりそうなら、後にしてくれ。
私はこいつを霊夢に届けに来ただけで、まだ行く所があるんだ」
「……」
レミリアの話が長くなりそうだと感じた魔理沙は、バッと手を広げレミリアの言葉を遮った。
魔理沙はそういうとジトっと睨むレミリアを無視して霊夢に荷物を渡すと、颯爽と箒に跨り空へと舞い上がった。
「それじゃ、霊夢、ちゃんと届けたからな」
「魔理沙!あとでうちに来い!!」
「あぁ、覚えてたらあとでちゃんと行くぜ」
まだ話したりないレミリアは魔理沙に向かって不満を顕わに命令するが、
魔理沙はレミリアに対して曖昧な返事をし、来たときと同じように風を切って飛び去っていった。
レミリアは魔理沙の飛び去っていった方角を、ぅぅ~と、睨みつけていた。
レミリアは気付いているのだろうか?
レミリアが魔理沙に言おうとしたことは『紅魔館に来るな』ということのはずだ。
それなのに話をするためとはいえ、紅魔館に招くのでは話が矛盾してしまうのだ。
一方、咲夜は『あの魔理沙』が置いていった届け物が何なのか気になっているようだった。
その視線に気付いた霊夢は風呂敷に包まれた届け物をその場に出した。
風呂敷の中から出てきたのは極普通の鍋であった。
「鍋…?」
「そう鍋よ」
何か特別な鍋なのだろうか、と注意深く観察する咲夜に、
霊夢は特に気にすることなく、それがただの鍋であることを告げた。
「こないだ魔理沙がうちで魔法の実験を勝手にやってくれてね…
鍋に見事な穴を開けてくれたのよ」
「ぁぁ、なるほど」
咲夜は霊夢の回答にあっさりと納得がいったようだった。
こうして、魔理沙の闖入もあったが、三人は思い思いに言葉を発し
会話なのか、そうでないのかよくわからないやり取りをのんびりと続けていった。
そして、どれくらいの間そうしていただろうか、日が傾き夕日が縁側に差し込んだ。
レミリアがそろそろ帰る、と言い出し、咲夜はサッと帰る準備を整え日傘をレミリアに手渡した。
日がだいぶ傾いてきてるため、咲夜が差していたのでは日光を上手く遮ることができないからだ。
レミリアは日傘を差すと、まるで悪戯をしようとしている子供のように駆け足で境内から飛び出していった。
屋敷で魔理沙を待ち構える気だろう。
咲夜はそんなレミリアの後姿に苦笑しつつ、霊夢に一言礼を言うとレミリアの後を追うように歩き出した。
「……ねぇ、咲夜」
その背に向かって霊夢が少し戸惑い気味に声をかけた。
「あんた、体調でも悪いの?ずっと気になってたんだけど顔色悪いわよ」
「……」
「なによ?」
霊夢の言葉に咲夜は珍しい物を見るかのような視線を向けていた。
その視線に霊夢はちょっとムッとしたようだった。
しかし、咲夜はそんなこと気にせず、珍しい物を見るような視線のまま口を開いた。
「いえ、霊夢が他人の心配をするなんて、珍しいこともあるものだとね」
確かに霊夢は普段は他人を心配するような態度は滅多に取らない。
咲夜が珍しそうに見るのは仕方のないことなのかもしれないが、霊夢からしてみれば、失礼な事この上ない。
「ぁ、あんたねぇ…人が心配してれば…」
「ふふ、別に体調はいつもどうり万全よ。あなたの見間違いなんじゃない?」
霊夢は思わず懐の御札に手を伸ばしかけるが、咲夜がクスクスと笑うのを見て毒気が抜かれていった。
「……う~ん、まぁ、見間違いなら良いんだけどね。」
「それより、本当にらしくないわよ。あなたの方が体調が悪いんじゃない?」
「あんたねぇ……と言っても、確かに私らしくないわね…」
今の霊夢の行動は咲夜の言うとおり霊夢らしくない、それは霊夢自身がよくわかってる。
だから霊夢自身も何か納得がいかないように頬をポリポリとかきながらぼそりと呟いた。
「でも、何だか聞かないといけないような気がしたのよ」
「ふーん…」
「咲夜ぁ!さっさと帰るわよ!!」
咲夜は霊夢の言葉に何か引っかかるものを感じたが、
いつまで経っても後を追ってこない咲夜に向かって、痺れを切らしたレミリアが大声を上げて駆け寄ってくる。
その様子は母を待つ幼い子供のようにも見えて、咲夜と霊夢はフッと表情を緩ませた。
「お嬢様が呼んでるから行くわ」
「もう来るなって伝えといて」
「一応伝えておくわ」
何の変哲もないいつもと同じ会話…
山の向こうへと沈む夕日のように、小さな疑問は心の奥底へと沈んでいった。
18:30
屋敷に戻るなり、レミリアは魔理沙を迎えるために部屋の準備をし、自分も新しいドレスに着替えた。
そうして、今か今かと魔理沙の訪問を待ち構えていたが、すぐに魔理沙が姿を現すことはなかった。
痺れを切らしたレミリアは魔理沙が最も頻繁に出入りする場所、
紅魔館の地下にあるパチュリーの図書館にまで来ていた。
「う~…遅い。遅すぎる!魔理沙のやつは一体何をしているんだ」
「レミィ、図書館では静かに。
それにレミィが帰ってきてから、まだ30分も経っていないわ」
子供のように駄々をこねるレミリアに、パチュリーは諦め半分に注意をした。
もちろんレミリアはパチュリーの予想どおり、静かになることもなく愚痴を続ける。
「こういう時は私の帰宅に合わせて来るものでしょ?パチェもそう思わない?」
「…まぁ、あの白黒にそんなこと言っても無駄だと思うけどねぇ」
どうせ今のレミリアには何を言っても無駄なので、パチュリーは気のない返答をするが、
騒がしい状況で本を読んでいても気が散るだけ。
それならば、少しレミリアをからかってやろうと、
パチュリーは読みかけの本をポンっと閉じてレミリアと向き合った。
「で、魔理沙を呼んで一体何を話すつもりなの?
図書館の本を返せ……とは言わないのでしょう?」
少し皮肉のこもったパチュリーの問いかけに、レミリアは少しばつの悪い表情をした。
確かに、今まで話そうと考えていたことの中には本の事は含まれていなかった。
「ぁー…うん、本のことも言っておくよ」
先程とは打って変わってモゴモゴと口を濁しながらレミリアは呟く。
そんなレミリアの仕草をパチュリーはニヤニヤと眺めた。
「えぇ、お願いね。あまり期待してないけど」
「ぅぅ~…」
そうしてパチュリーは可愛らしいレミリアの姿を満足いくまで観察すると本題へと話題を意識を切り替えた。
「それよりどんな話をするつもりなの?」
すると途端に、レミリアの表情も真剣になり、場の空気が変わる。
「あいつのことだよ」
「あいつ…フランのことね」
予想どおりの単語にパチュリーの表情も険しくなる。
フランドール・スカーレット、レミリアの妹にして姉であるレミリアを上回る能力を秘めた吸血鬼。
その能力は『ありとあらゆるものを破壊する』ことが出来る。
その能力と情緒不安定な性格も相まって、
紅魔館の妖精メイドの中には名前を聞いただけで逃げ出すものさえいる。
しかし、今までは自らこの図書館より下、紅魔館の地下深くにある自室に引きこもっていた。
そう『今までは』
レミリアが紅霧異変を起こし、霊夢よって退治された。
その後、霊夢と魔理沙、この二人が紅魔館に来るようになり、そしてフランと出会った。
二人との出会い、特に魔理沙との出会いはフランにとっては衝撃的なものであった。
それ以降、フランは『今まで』とは違い、自分の部屋の外へ、いや屋敷の外へと出たがるようになったのだ。
だが、ここで問題が発生する。
フランの能力は『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』
しかも、フラン自身この能力をコントロールしきれていない。
加えて言うなら、性格にも問題があった。
フランは普段は掴みどころはないが大人しい性格をしている。
しかし、情緒不安定であり、いつ暴れだすかわからない爆弾のような性格をしているのだ。
そんな危険なものを外に出す訳には行かない。
そう判断したレミリアは、フランが外に出ようとすればレミリア自ら地下へと連れ戻し、
レミリアがいなければパチュリーが雨を降らせ外出を阻む。
そうしてフランをムリヤリ押さえつけているのだった。
しかし、魔理沙はそんな二人の苦労など知るはずもなく
自らの目的のために紅魔館への侵入を繰り返す。
その侵入が毎回フランを刺激し、徐々にフランは苛立ちを募らせていく。
そして、苛立ったフランを二人が押さえつける。
まさに悪循環であった。
レミリアはその悪循環を魔理沙を紅魔館に来ないようにする事で絶とうというのだ。
「確かに魔理沙が来なくなれば、フランの苛立ちも多少は治まるでしょうね」
「そう思うでしょう。全く、あいつは本当に疫病神みたいなやつだよ」
パチュリーがボソリと肯定の意見を述べると、レミリアは水を得た魚のように目を輝かせる。
しかしパチュリーは肯定の意見を述べたにも関わらず、複雑な表情でレミリアを見ていた。
「……ねぇ、レミィ。本当に魔理沙は疫病神だと思う?」
「ん?パチェはそう思わないのか?本を盗られて迷惑してるんでしょ?」
「確かに迷惑してるわ。でも……」
「…でも?」
パチュリーがその先を言わないのでレミリアは催促するようにパチュリーの顔を覗き込んだ。
その顔は何か言いたいのだが言えない、そんな矛盾した焦りのようなものが見て取れた。
「パチェ?」
「……」
「パチェ、どうした?」
あのパチュリーが、自分の意見を表現する言葉が思い浮かばない、そんなことは有り得ない。
レミリアが心配そうにパチュリーを見つめていると、
パチュリーはしばらくその状態で黙り込んだ後、フゥと息をついた。
「いえ、なんでもないわ。今のは忘れて頂戴」
「…まぁ、パチェがそういうなら私は別に気にしないけど…」
パチュリーは諦めたような納得したような表情をしているが、レミリアは何か歯切れの悪い表情になっていた。
今パチュリーが言おうとしたことを、ちゃんと聞かなければいけない、そんな気がするのだ。
「ねぇ、パチェ…」
意を決してレミリアが口を開いたとき、図書館の扉がノックと共に開き、咲夜が図書館の中へと入ってきた。
「お嬢様、魔理沙が来ましたよ。
今日は招待されたのだと美鈴を引き連れて堂々と」
「……」
あれ程、魔理沙の到着を待ちわびていたにも関わらず、
レミリアは一瞬、咲夜が何を言っているのか理解できなかった。
「お嬢様?」
「ぁ、わかった。広間の方に連れて行くよう美鈴に言っておいて」
「わかりました」
レミリアは咲夜の呼びかけで我に返り、咲夜はレミリアの言葉を受け取るとサッと図書館から立ち去っていった。
レミリアはやはり歯切れの悪い顔でパチュリーを見るが、パチュリーは既に先程閉じた本を読み始めていた。
「…まぁ…いってくるよ」
「本のこともついでで良いから言っておいてね」
「わかった」
どうにも気持ち悪い。
レミリアはこの感情も魔理沙が原因だと思うことで、気分をムリヤリ高揚させた。
18:50
「ぅぅ…なんで私が…」
「客に対して攻撃してきた罰だぜ」
魔理沙は美鈴の案内で紅魔館の中を堂々と歩いていた。
普段侵入する時も堂々としてはいるが、今日に限っては悠々としていた。
魔理沙を案内している美鈴のほうはというと、
普段と同じように魔理沙の弾幕の餌食となりボロボロの姿をしていた。
普段と違うのは、ボロボロの姿のままで屋敷を案内させられている点だった。
「さぁ、さっさと案内してくれよ」
「案内って言ったって、どこに通せば良いのか聞いてないし…」
美鈴がそうぼやくと、それを見計らったかのように妖精メイドがワタワタと近づいてきた。
妖精メイドは魔理沙を広間に連れて行くようにと美鈴に伝言すると、
来た時と同じようにワタワタと去っていった。
去っていく妖精メイドの後ろ姿を見送りつつ、美鈴は大きくため息をついた。
「はぁ…お嬢様が招待したって本当だったんですね」
「まだ疑ってたのか…それはちょっと傷つくぜ」
「心にもないことを…」
「何か言ったか?」
「いえ、何も言ってませんから…だから、そのミニ八卦炉しまってください…」
悪戯っぽい笑顔でミニ八卦炉を取り出した魔理沙を、
美鈴は涙目になりながらも広間へと案内していった。
そして、程なく案内するよう指示された広間の扉の前へと到着した。
滅多に使われることはないが、豪華な装飾の施された扉を持つ来客用の広間だった。
「はい、着きましたよ。これで良いですか?良いですね、
私はこれで失礼します」
美鈴は半ばやけくそ気味にそう言うとその場を立ち去ろうとした。
しかし、その視線が一人の少女の姿を捉えたことで状況は一変した。
「い…いも…いも」
「ぁ?芋がどうかしたのか?」
既に扉に手をかけていた魔理沙はおかしな発言をする美鈴のほうを振り返った。
「魔理沙?」
「ぉ…フランか」
魔理沙が振り返った先、美鈴の視線の先にはフランがポツリと立っていた。
フランは魔理沙の姿を認めると、ニコッと笑い、魔理沙の方に駆け寄ってきた。
「魔理沙、今日は何しに来たの?今日こそ私と遊んでくれるんでしょ?」
フランは魔理沙のエプロンの端を握り締め、期待に満ちた目で魔理沙の顔を見上げた。
魔理沙はそんなフランに対して、少し申し訳ないような表情で頬をかいた。
その様子にフランの表情は一気に陰っていく。
「悪いなフラン。今日はレミリアに呼ばれてきたんだ」
「お姉様に…?」
レミリアの名前が出てきたことで、フランの表情は益々陰りを増していく。
「あぁ、一応約束した訳だから…」
「…遊ぼうよ」
苦笑いでその場を誤魔化して逃げるつもりだった魔理沙は、
フランの様子の変化に気付くのが遅れた。
「フラン?」
「あんなやつのことなんて放っておいて遊ぼうよ!」
「いや、いくら私でも約束を簡単に破るわけには…」
「そんなこと気にしないで、私とあそ」
「フランドールお嬢様」
フランが魔理沙にしがみつき、魔理沙がオタオタと対応に困っていると、
突然広間の扉が開き、中から咲夜が姿を現した。
「……咲夜…」
「フランドールお嬢様…ワガママ言うとオヤツ抜きですよ?」
「ぅー…」
オヤツ抜き、咲夜は笑顔でそうフランに告げた。
ただし咲夜の瞳は、威嚇とでも言うのだろうか、フランに対して殺気を放っていた。
その視線を受けてフランは渋々といった様子で魔理沙のエプロンから手を放した。
「魔理沙…待ってるから…待ってるから、あとで一緒に遊ぼう!」
フランは魔理沙を見上げてそう言うと、サッと二人の視界から姿を消した。
「ぁ、フラン…って…う~ん、なんだかなぁ」
魔理沙はばつが悪い表情をしつつも、咲夜に促されるまま広間へと入っていった。
「ようこそ、夜の王の城へ」
広間に足を踏み入れた途端、魔理沙は禍々しい気配を感じ、足を止めた。
「どうかしたのかしら、魔理沙?」
豪勢な造りをした広間にはロウソクの並んだ長いテーブルがあり、
その先、一番奥の席にはレミリアが悠々と腰掛けていた。
先程のフランの行動もあり、完全に油断していた魔理沙はレミリアが放っている気に当てられたようだった。
魔理沙は、ふぅ、と一息つき、気を取り直してレミリアの正面に座った。
「別にどうもしないぜ。それより、わざわざ招待してくれたんだ。
食事の一つも出てこないのか?」
レミリアに対抗するように気を張り詰めた魔理沙は、いつもの調子で軽口を叩いた。
いつものように軽口でも叩いていないと押しつぶされるような気がしたのだ。
それほど今夜のレミリアは本気のようだった。
「そうね。私が招待したのだから食事ぐらいは出そうか。…咲夜」
「わかりましたわ」
広間の入り口に控えていた咲夜はレミリアに指示されると広間から去っていった。
こうして広間にはレミリアと魔理沙、二人だけとなった。
「さて…それじゃぁ、咲夜が食事を持ってくる前にお前を招いた用件を話そうか」
「ぁぁ、私もそこまでヒマじゃないんでね。手短に頼むぜ」
レミリアは威風堂々と、魔理沙は額に汗を滲ませながら、お互いを睨みあった。
「用件は二つ。
まず一つ目、二度とこの紅魔館に近づくな」
「は?」
全く予想外の要求に魔理沙は虚をつかれ、レミリアは魔理沙の呆けた様子を見ると不敵に笑った。
「聞こえなかったのか?もう一度言うぞ。二度と」
「聞こえてる!でも、一体どういうことだ?どうして私に来るなと言うんだ!?」
魔理沙は不敵に笑うレミリアに喰いついた。
今までも何度か紅魔館に来るなと言われたことはあった。
しかし、それを言うのは咲夜やパチュリー、美鈴といった他の住人だ。
屋敷の主であるレミリアは迷惑と思っていても来るなと言う事はなかった。
それに威嚇するように本気で拒否されたのも始めてであった。
「理由が必要か?」
「当たり前だ!理由もないなら私は今までどうり勝手に侵入させてもらう。
もちろん理由があっても勝手に」
「理由は迷惑だから」
レミリアは魔理沙の言葉を遮り堂々と簡潔に言い放った。
「お前が来るたびに騒がしくて目が覚める。
それに何よりフランが出たがるのよ。
あれを抑えるのに私やパチェがどれだけ苦労しているか、お前にわかるか?」
「フラン…昼間の話か」
「そうよ。だから二度と近づくな」
バンッとテーブルを叩き魔理沙は勢いよく立ち上がった。
その衝撃でろうそくの炎が揺らめく。
そして、魔理沙はレミリアを睨みつけるようにゆっくりと視線を上げた。
「……前々から思っていたんだが…何でお前たちはフランを閉じ込めようとするんだ?
外で遊ばせてやれば良いじゃないか!?なんで閉じ込める必要がある!!」
「ありとあらゆるものを破壊する程度の能力」
「…フランの能力だろ、それくらい知ってる」
「フランは自分の能力をコントロールしきれていない。
そんな爆弾を外に放り出せと?」
レミリアは魔理沙の問いに、素っ気無く、しかし反論を許さない気迫を込めて答える。
その返答の仕方が魔理沙の感情を逆なでしていく。
「そんなのコントロールできるように訓練すればいいだけだろ?
なんなら私がコーチしてやろうか!?」
「それは絶対にダメだ」
「なんで!?」
「お前には気品がないから」
気品、昼間に神社でも出てきた言葉だ。
魔理沙にはレミリアの言う気品が何か理解できなかった。
「吸血鬼にとって最も重要なものは何かわかるか?」
魔理沙が気品とは何か、そう反論しようとすると、レミリアは唐突に別の話題を持ち出した。
吸血鬼にとって重要なもの、魔理沙にはそんなものは全く心当たりがなかった。
「吸血鬼にとって最も重要なもの、それは誇りだ」
「誇り…?」
「吸血鬼としての誇り、そして誇りある吸血鬼として振舞う気品。
気品のないお前があいつの面倒をみるなんてありえない」
「気品、気品って…お前はどうなんだ!?
霊夢の前だとベッタリで誇りや気品なって欠片も見えやしない!!」
「私は良いのよ。ちゃんと場をわきまえているから」
「場をわきまえている…だって?」
「えぇ、そうよ…魔理沙……」
「……」
「魔理沙」
「……」
「私の目を見て話したらどうなんだ!?霧雨 魔理沙!!」
「!?」
初めてだった。
今まで何度かレミリアと戦ったことはあった。
もちろんレミリアも魔理沙も手を抜いてなどいなかった。
でも、初めてだった。
レミリアの本当の殺気を一身に受けたのは…
魔理沙はレミリアに恐怖した。
気付けば、いつの間にかレミリアから視線を外し儚げに揺らめくロウソクの炎を見つめてしゃべっていた。
そのとき、コンコンという扉を叩く音と共に、咲夜が食事を持った妖精メイドを引き連れて広間に現れた。
「お嬢様、食事の用意が整いました」
「そう、早速並べて頂戴」
咲夜たちが広間に現れた時にはレミリアは殺気を放つのを止めていた。
それでも、魔理沙はレミリアを直視することは出来なかった。
「魔理沙、お待ちかねの食事が届いたわよ?冷めないうちに食べたらどうなの?」
レミリアは殺気を放つのは止めたが、怯えた様子の魔理沙をおちょくる様に声をかけた。
魔理沙は一瞬ビクッと身体を震わせたあと、ゆっくりと息を吐いた。
「……らう」
「ん?」
「今日は帰らせてもらう」
「あら?そう…用件の方はどうなのかしら?」
「……」
「聞くまでもなさそうね。理解のあるやつは嫌いじゃないよ」
「…くっ」
魔理沙はレミリアの言葉から逃げるように広間から飛び出していった。
魔理沙が見えなくなるのを確認すると、咲夜は自分の主人、レミリアのほうを見た。
「お嬢様、ちょっとやりすぎじゃないですか?」
「あいつにはこれくらいがちょうど良いのよ。それより咲夜」
「はい、なんでしょう?」
「何で食事の用意が一人分しかないのかしら?」
「あぁ、材料が勿体無かったので」
「…わかってるじゃないか」
咲夜の相変わらずの手際の良さにレミリアは苦笑した。
魔理沙は自分が情けなかった。
大きな態度で紅魔館に乗り込んできた結果がこれだ。
全く馬鹿げている。
「クソ…」
悔しげに口元を歪ませながら屋敷の玄関に向かうと、そこにはフランの姿があった。
フランは魔理沙の姿を確認すると嬉々として魔理沙に飛びついた。
「魔理沙!お姉様との話は終わったんだよね?じゃあ、一緒に」
「フラン…」
「一緒にあそ」
「悪い…」
魔理沙はボソリと呟くように告げるとフランを振り切って屋敷から飛び出していった。
フランは魔理沙の予想外の行動に呆然とした。
まさか、こんな風に拒絶されるとは思っていなかったのだ。
「…魔理沙?なんで…?ねぇ、なんで行っちゃうの?
魔理沙ぁぁぁぁあああああああああ!!」
フランの絶叫が屋敷に響き渡った。
23:00
レミリアが魔理沙と会ってから数時間後、レミリアは再びパチュリーの元を訪れていた。
「パチェにも見せたかったよ。あの魔理沙の怯えた顔」
「……」
「普段の図々しい様子からは想像できないくらい可愛かったよ」
「……」
「パチェ?」
「……」
「やっぱり怒ってる?」
「……」
「ぅ~…だから、悪かったって~、だいたい魔理沙も二つ目の用件言う前に逃げちゃったんだし」
「でも、忘れてたんでしょ」
「ぅ…」
パチュリーは何も言えないレミリアをしばらくジトッと睨みつけた後、ふぅ、とため息をついた。
レミリアは日ごろの鬱憤を晴らすかのように魔理沙をいじめるのに夢中になって、
パチュリーに頼まれていた図書館の本のことをすっかり忘れていたのだ。
レミリアの性格上、こうなる可能性が非常に高いことはわかってはいたが…
「まぁ、最初からあまり期待はしてなかったけどね」
「パチェ!」
許してもらえると思ったレミリアは目を輝かせてパチュリーを見つめた。
「でも、言い忘れたのはダメね。罰として実験に付き合ってもらおうかしら?」
「…やっぱり怒ってるんだ」
「現実はそんなに甘くないのよ。さぁ、さっさとこっちにいらっしゃい」
「ぁー、たすけてーさくやぁー」
レミリアはふざけて側に控えている咲夜に抱きついた。
すると咲夜はレミリアは抱き上げパチュリーの目の前に運んでいった。
「約束を守らなかったお嬢様が悪いのですから、
ちゃんとパチュリー様の言うことを聞いたほうが良いですよ?」
「その通りよ、レミィ」
「咲夜の裏切り者ー」
そんな風にふざけあっている時に、ふとレミリアは思い出したようにパチュリーに質問をした。
「そういえば、パチェ」
「なにかしら?」
「パチェはあの時なんて言おうとしたんだ?」
「あの時?…ぁぁ、魔理沙が来る前の話ね」
レミリアが魔理沙の訪問が遅いとパチュリーに愚痴を漏らしていたとき、
パチュリーが言葉に詰まり、その時は聞くことができなかった話のことだ。
パチュリーは、う~ん、と話の内容を思い出すように軽く首を捻った後、不意に口を開いた。
「あれは、魔理沙がフランの面倒を見ることでフラン自身が変わるきっかけになるんじゃないか、
そう思っただけよ」
「きっかけ?」
パチュリーの口から発せられた『きっかけ』という言葉を、レミリアは思わず復唱した。
「そう、きっかけよ。
確かに魔理沙には気品の欠片もないけど、何か惹きつけるような魅力があるのよ。
その魅力にフランが気付けば、あの娘も自分と向き合うんじゃないか……」
パチュリーの言葉が不自然に途切れた。
しかし、レミリアはその様子に気付くことなく、
パチュリーの言葉を反芻するように腕を組み、首を傾げた。
「…う~ん。そういう考え方もあるのか」
レミリアはうんうん、と頷き、パチュリーの方に向き直った。
「さすがパチェだな…って、どうかしたの?」
パチュリーはレミリアの問いかけに答えることなく、ブツブツと独り言を呟いていた。
しばらくして自分の顔を覗き込むレミリアに気付くと、パチュリーは慌てて、なんでもないと答えた。
そして、またすぐに何かを考え込むように自分の椅子へと向かっていった。
レミリアと咲夜の二人はそんなパチュリーの行動に対して、顔を見合わせることしか出来なかった。
2:00
満月から少し欠けた月、十六夜だろうか?
そんな月が輝く中、レミリアは夜の散歩に行こうとテラスで準備を整えていた。
普段、散歩に行くときは咲夜が付いてくるが、
考え事をしたかったため、レミリアは一人で散歩に出ようとしていた。
珍しいと言えば、珍しいことだが、まるで無いことでもないため、
咲夜は特に疑問に思うことなく準備を手伝っていた。
「それじゃ、行ってくるよ」
「はい、お気をつけて」
準備を終え、レミリアが夜空に飛び立とうとした時、テラスに飛び出してくる影があった。
「お姉様、私も散歩に行きたんのだけど…」
飛び出してきた陰、それはフランであった。
レミリアはフランの申し出を聞くと顔をしかめた。
「部屋にいなさい」
「…ねぇ、咲夜でも良いから一緒に散歩に行こう」
「部屋にいなさい」
殺気こそ向けないが、レミリアが簡潔に答えると、フランは唇を噛み、俯いた。
咲夜はそんな二人の間を取り持つように、レミリアのそばからフランの方へと歩み寄る。
「そういうことですので、フランドールお嬢様、お部屋に戻りましょう」
そしてフランは俯いたまま咲夜に連れられて地下の自室へと、
レミリアは優雅に飛翔し、一人で夜空へと向かっていった。
その頃、魔理沙は魔法の森にある自宅で眠れない夜を過ごしていた。
自分のことが情けなくて眠れないのだ。
あの時はレミリアの予想外の殺気に圧倒されてしまった。
あの殺気はどんな妖怪でも怯むほどの迫力が確かにあった。
「でも、あれは私らしくないよな…。
そうだ、私らしくない!!」
殺気に圧倒され一度は逃げてしまった。
でも、もう一度挑めば良い。
何度でも何度でも、それを越えられるよう、努力して努力して…
そして、レミリアに文句を言わせずに堂々と紅魔館に乗り込んでやるのだ。
「そうと決まれば、さっさと寝る!
明日からレミリアが納得するまで何度でも挑んでやる」
魔理沙はそう心に決め、無理やり眠りについた。
4:00
咲夜はレミリアが散歩に出てしばらく経ったあと、
ケーキと紅茶を持ってフランの部屋へと向かっていた。
フランが不機嫌になっているのはわかっているため、
いつものように少し時間を置いて落ち着かせ、ご機嫌を取るつもりだった。
コンコンとフランの部屋の無機質な扉を叩き、部屋の中に入っていった。
「フランドールお嬢様、ケーキをお持ちしました」
「……」
普段なら咲夜に文句を言いつつもケーキに手を伸ばすはずだが、
今日のフランはベットに座り込んだまま、身動き一つ取ろうとしなかった。
普段とは違う態度に、咲夜は違和感を感じつつもフランに歩み寄っていく。
「…フランドールお嬢様、レミリアお嬢様もちゃんと考えがあって
貴女を止めているのですよ」
「……」
歩み寄りながら、普段は決して言うことない『意見』を述べる。
「何も貴女が憎くて閉じ込めている訳ではないのです。
ですから、お嬢様の期待に沿えるり」
その意見がフランの逆鱗に触れようとしていた。
「期待って何?あいつは私に何か期待してるの?」
「フランドールお嬢様、れみ」
だが、咲夜はそのことに気付かない。
「うるさいっ!うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいっ!!」
フランは咲夜の持ってきたケーキを跳ね除けた。
ケーキは地面に落ちて潰れ、ティーカップは砕け、トレイは床に転がる。
「あいつは私のすることを何でも否定する!
私の存在さえ否定している!!」
フランの精神状態が危険なことに気付いた咲夜はとっさに時間を止め距離を置こうとした。
しかし、フランは咲夜の目の前、
時間を止める間もなく咲夜はフランの持つ魔杖を叩きつけられ、轟音を立てて壁に激突した。
その様子に部屋の外に控えていた妖精メイドが慌てて逃げ出した。
フランはその妖精を追うこともせず、ゆっくりと部屋の外へと足を進めた。
「あいつの言うことなんて、もう聞かない。私は私の思うとおりに行動する」
床に転がったトレイが咲夜がぶつかった壁の近くに当たり、カランッと音を立てて止まった。
地上へと続く長い通路をフランはゆっくりと歩いていた。
その途中で出会った妖精メイドのほとんどはフランの姿を見るなり
慌てて逃げ出していったが、一部の、ほんの数体の妖精がフランを説得しようと近づいた。
しかし、それらの妖精たちはフランに触れることも出来ずに身体の内から弾けた。
「ふふふ、メイドのクセに私の邪魔をしようとするからだよ」
フランは心底楽しそうに笑い、地上を目指して歩き出した。
歩き出したが、フランの目の前に無数のナイフが唐突に出現した。
フランは慌てることなく、左手に持った杖でナイフを払いのけると
正面、ナイフの向こうに突然現れた咲夜を睨みつけた。
「あれぇ…生きてたんだ」
「えぇ、あれくらいで死んでいては紅魔館のメイド長は務まりませんので」
壁に叩きつけられた衝撃で一時的に気を失っていた咲夜であったが、
すぐに気がつき、フランを追いかけてきたのだ。
「ふんっ、あそこで壊れちゃえば良かったのに!」
フランはそう言うと、杖を振りかざし咲夜に向かっていった。
しかし、フランが杖を振り下ろした時には、咲夜はフランの遥か後方へと移動していた。
「…咲夜の能力って、ほんっと嫌な能力だよね」
「お褒めに預かり光栄ですわ」
フランはゆっくりと咲夜の方へと振り返った。
その顔には怒りや苛立ちといった感情が純粋に表れていた。
咲夜はフランの視線に圧倒されないよう、気を引き締め相手の攻撃に備え姿勢を低くした。
するとフランは、無造作に紅弾を放った、天井に向けて。
「なっ!?」
ここはフランの部屋へと続く通路。
そして、フランの部屋は地下深くに存在する。
フランの攻撃により天井が崩壊し大量の土砂と岩盤が流れ込んできた。
咲夜は自分に向けて攻撃が来ると想定し、かなりの距離をとっていた。
慌てて時間をとめて移動しようとするが、
気付いた時には既に通路は土砂で埋まり、完全に閉じ込められていた。
「あははははっ、咲夜の相手なんて面倒でやってられないよ!」
フランは土砂の壁に向かって笑うと、悠々とその場を立ち去った。
咲夜が閉じ込められたあと、妖精メイドたちにもフランの行動が知れ渡ったのか、
フランの前に姿を現すものはいなかった。
フランは誰もいない地下通路を越え、いくつもの階段を上り、ついに地上へと繋がる階段の前に立った。
しかし、地上に繋がるその階段には一人の少女がゆったりと佇んでいた。
「パチュリー…」
「あら、フラン。こんな所で何をしているのかしら?」
本を片手に佇むのは七曜の魔女パチュリー。
その姿は実に堂々としていて、表情からも自信の程がうかがえた。
だが、その自信も今のフランには何の意味も持たない。
「あはっ…あははははっ!パチュリーも私の邪魔をするの?」
パチュリーに対してフランは狂気を顕わにして睨みつけた。
フランの視線にパチュリーは臆することなく、微笑を浮かべた。
「いいえ。邪魔をする気なんてないわ。ただ…」
「…ただ?」
「ただ、我侭な友人の頼みで、その友人の我侭な妹様を大人しくさせようと思ってね」
「ぁぁぁああああああ゛!!」
パチュリーが口を閉じた直後、フランが奇声を上げ、右手を突き出した。
ボンッ
フランが右手を握ると、鈍い音を立ててパチュリーの身体が弾けた。
弾けた身体から切り離されたパチュリーの頭が階段から転げ落ち、フランの足元へと転がっていく。
「……」
フランはパチュリーの頭部を一瞥すると、無造作に踏み潰した。
踏み潰された頭部はボフッという軽い音を立てて崩れ去った。
「…何て言うんだっけ?泥人形?それともゴーレム?」
いつの間にか、フランの周りには無数の人影が並び、フランを囲むように輪を作っていた。
その人影たちは、パチュリーの姿をしたものはもちろん、美鈴、咲夜、レミリア、
そして、フランの姿をしたものも存在した。
「対魔理沙用に開発中だったゴーレムよ。
今日はあまり体調が良くないの。だから少し楽をさせてもらうわ」
何処からともなくパチュリーの声が響くと、フランを囲んでいた人影、
パチュリーのゴーレムたちが、一斉にフランに襲い掛かった。
「あはははははははっ!!ゴーレムなんかで、この私を止めれると思ってるの!?」
フランは迫り来る無数のゴーレムたちを左手に持った杖でなぎ払い、
右手で握りつぶし、紅弾で破壊した。
フランは圧倒的な力を発揮し、ゴーレムたちを圧倒したかの様の見えた。
だが、ゴーレムは壊しても壊して、次から次へとフランに襲い掛かった。
「くっ、こんな玩具にぃ!!」
さすがのフランもゴーレムの数に押され始めた。
そこでフランはゴーレムを一掃しようと、杖に魔力を込めた。
「今よ!」
その瞬間、パチュリーはフランの周りにいる全てのゴーレムを自爆させた。
爆風と土煙で動きと視界を制限されたフランは驚き、決定的な隙を作ってしまった。
パチュリーはその隙を逃さず、ゴーレムの残骸、土を媒介にドヨースピアを放つ。
ドヨースピアはフランの両手、両足を打ち抜き、そのままフランを壁へと張り付け、
とどめとばかりに最後の一本がフランの腹部を貫いた。
「がふっ」
「フラン!そのまま大人しくしていなさい!」
フランは腹部を貫かれた衝撃に吐血し、
パチュリーは簡易ではあるが、フランの力を封じる結界を張った。
結界を張り終えると、パチュリーはフランの前に姿を現した。
どうやら、周囲に水の幕を張ることで光の屈折を利用し姿を隠していたようだ。
壁に張り付けられ、俯くフランを見つめ、パチュリーは軽く咳払いをした。
「……」
「…フラン、貴女がどういうつもりで行動を起こしたか多少は理解しているつもりよ。
だからこそ言うわ、もう少し…?」
パチュリーはフランを諭すように話しかけたが、何か違和感を感じて口を閉ざした。
パチュリーが探るように注意深く近づいていくと、フランはゆっくりと顔を持ち上げる。
「…フラン……?」
「……クスクス」
フランは力を封じられ、更に壁に張り付けられる事で完全に自由を失っている。
しかし、フランはパチュリーを見つめたまま、不敵に笑っていた。
フランが笑っている、そのこと自体も違和感を伴うことだが、
それとは別の違和感がパチュリーには感じられた。
「フラン…貴女一体なにを……」
フランを問いただそうとパチュリーはもう一歩踏み出した。
その時、パチュリーの真後ろでゴーレムが突然立ち上がった。
そのゴーレムは何の躊躇もなくパチュリーの腹部を背後から貫く。
「ぇ?」
パチュリーは自分の腹部から生えた腕を信じられないような目で見つめた。
そして、そのままゆっくりと顔を後ろに向けると、そこにはフランの姿をしたゴーレム、
いや、禁忌『フォーオブアカインド』、フランの分身体が立っていた。
「…しまっ……がはっ」
自分の失敗に気付いたパチュリーは分身体から逃れようとしたが、
分身体はパチュリーの腹部を貫いたまま、パチュリーの身体を持ち上げた。
「あはははははっ!!どうパチュリー?お腹を貫かれる気分は??」
「ぁ……ぁ…」
大量の血を吐き苦しむパチュリーを尻目に、フランは残り二体の分身体を呼び寄せ、
パチュリーの張った結界を破った。
「ねぇ、どんな気分なの?ねぇ、お腹を貫かれてどんな気分になったの?」
「…ぁ…ぅ」
苦しむパチュリーに、フランは嬉々として尋ねるが、パチュリーはうめき声を上げるのが
やっとで会話など出来るような状態ではなかった。
何も話そうとしないパチュリーにイラつき始めたフランは杖を握りなおした。
「ねぇ…答えてくれないなら……」
フランは握りなおした杖を振り上げた。
「壊れちゃえ!!」
フランは杖を無造作に振り下ろした。
「やらせません!!」
フランの振り下ろした杖がパチュリーに届く直前、
フランの懐に人影が飛び込んできた。
「なに!?」
「はぁぁあああ!!――三華『崩山彩極砲』――」
飛び込んできたのは、紅魔館の門番、紅美鈴。
妖精メイドからの緊急要請に応え、全速力で駆けつけてきたのだ。
美鈴は気合と共にフランに拳を叩き込んだ。
「ぐっ」
フランは防御どころか、受身を取ることもできずに吹き飛ばされた。
その様子にフランの分身体たちは一瞬呆気に取られたが、その隙もほんの僅かなもの。
美鈴がスペルを放った直後の状態から迎撃体勢へと切り替える前に美鈴へと襲い掛かった。
後先考えずに飛び出したことを美鈴は一瞬後悔したが、
そうしなければ、恐らくパチュリーをパチュリーを救うことは出来なかっただろう…
そんな諦めにも似た感情が芽生えた。
しかし、フランの分身体は美鈴に攻撃を加える前に無数のナイフに囲まれた。
「そう簡単にやらせはしない!――幻葬『夜霧の幻影殺人鬼』――」
美鈴に襲い掛かろうとした分身体はもちろんのこと、
パチュリーを持ち上げていた分身体も、咲夜のナイフで貫かれ、消滅した。
咲夜は血で真っ赤に染まった手で、そっとパチュリーは抱きとめた。
「さ、咲夜さん、その手…」
美鈴は咲夜の血まみれの手を見て驚き、声をかけたが、咲夜はそれを制した。
「美鈴、油断するのはまだ早いわよ」
「はっはい!」
咲夜の注意に美鈴が返事をすると、それを待っていたかのように、
ひたひたと足音が三人の方へ向かってきた。
「なんだぁ…咲夜、もう出てきちゃったんだ」
「えぇ、これでも随分と苦労したんですよ」
「…それに、美鈴まで来たの?ホントにみんなで寄ってたかって私の邪魔をするんだね」
「い、妹様…」
フランは不快感を隠しもせず二人の顔を見つめた。
「ねぇ、二人とも…そんなにあいつの言葉が大事なの?」
「もちろんですわ」
「もちろんです」
「あっそ」
フランの質問に二人が即答するとフランは全身に殺気を漲らせた。
「じゃぁ、二人とも壊れちゃえ」
フランは完全に戦闘体勢に入った。
咲夜はフランのその様子に表情を曇らせた。
すると、フランと咲夜、二人の視線の間に美鈴が立った。
「咲夜さんはパチュリー様を安全なところへ。
妹様…いえ、フランドール様、貴女の相手は私がします」
「美鈴っ!?」
咲夜は美鈴の顔を見上げた。
そして、その表情を見ると口から出掛かった反論を飲み込んだ。
「わかったわ。五分だけ一人でお願い」
「五分といわず、何分でも何時間でも任せてください」
「…お願いね」
美鈴の言葉で決心が付いたのか、咲夜はパチュリーを抱きかかえたまま、
時間を止め移動した。
「さぁ、フランドール様……いきますよ!!」
「あははっ!門番ごときが私に勝つつもり?」
「やってみなければわかりません!!」
「やる前からわかりきってるよ!!」
美鈴はフランのセリフが終わる前に飛び出し、一気にフランとの間合いを詰めた。
実際にフランの言うとおり、フランと美鈴の力の差は歴然としている。
フランの攻撃を一撃でも受ければ、美鈴の負けはほぼ確定と言って良いだろう。
つまり美鈴が勝てる唯一の方法は、フランに攻撃させないこと。
美鈴は詰めた間合いから流れるような動きで蹴りを、拳を、繰り出した。
フランは普段の美鈴からは想像できない、思い切りの良い攻撃に戸惑い防戦一方となった。
フランは苛立ち紛れに杖を振るうが、いとも簡単に避けられた。
それでも諦めず、美鈴を掴もうと手を伸ばすが、逆にその手を受け流され、
強烈な蹴りを喰らう結果となった。
「くぅ、門番のクセに!!」
「まだまだぁ!!」
強烈な蹴りでそのまま吹き飛びかけたフランに対して、
美鈴はすばやくフランの後方に回り込み、両手に気を集中する。
「いきます!!――極光『華厳明星』――」
吹き飛ばされたフランに叩きつけるようにして放たれた必殺の一撃は正確にフランを捕らえた。
フランは気弾の奔流に飲まれ壁へと勢いよく激突した。
「ハァ、ハァ…」
美鈴は息を荒げながらも、舞い上がる砂埃の向こうを油断せず見つめた。
そして、数秒と経たないうちに美鈴の見つめる先、砂埃の中心からフランがゆっくりと姿を現した。
「ねぇ…あれで本気?」
「…くっ……」
姿を現したフランは、まるでノーダメージだ、と言うように首を曲げ、肩を回した。
その様子に美鈴は焦りを覚えるが、咲夜の前で大見得を切った手前、逃げ出すことなど出来ない。
「あんなのお話にならないよぉ…やっぱり門番はただの役立たずだったねぇ」
「あの攻撃で足りないというのなら…
貴女が止まるまで攻撃を続けるまでです!!」
美鈴は叫ぶと再びフランに詰め寄り攻撃を再開しようとした。
先程は簡単に間合いを詰めることができた。
だが、今度は美鈴が間合いを詰めようとした瞬間、
美鈴が気付かないうちに、既にフランが目の前に迫っていた。
「なっ!?」
フランは容赦なく美鈴に驚く暇さえ与えず、杖を叩きつける。
その杖を美鈴は間一髪の所で受け流し、反撃を試みるが、
その時にはフランは美鈴の間合いから離脱していた。
「……は、速い」
「お前が遅いだけだよぉ…だから、最初に言ったでしょ…
門番ごときが私に勝てると思ってるのかって!!」
フランは再び、美鈴の視覚では捉えきれない動きで美鈴に迫り、
杖を振りぬき、美鈴を貫こうと腕を突き出した。
フランの攻撃は、既に美鈴が知覚できる速度を超えていたが、
日々の鍛錬により染み付いた動きが、美鈴の身体を動かし、紙一重でそれらの攻撃を避けていた。
しかし、その動きも美鈴自身の限界を超えた動きであったため、そう長くは続かない。
フランの攻撃が美鈴の身体をかすめた。
そのかすった一撃でさえ気を失いかねないほどの激痛であった。
「くぁ!?」
「これで…!!」
激痛に驚いた美鈴はフランに対して決定的な隙を与えてしまったはずだった。
だが、フランは追撃をせず、美鈴との間合いを広げた。
「…ホント邪魔……一番邪魔……咲夜なんか大嫌い!!」
フランの発言でハッとした美鈴が後ろを振り返ると、
瞳を朱色に染めた咲夜がフランを睨みつけていた。
「美鈴、よく頑張ったわね。
ここからは私も全力を出し切ってフランドール・スカーレットを止めるわ」
「咲夜さん……はいっ!!」
美鈴はフランの注意が咲夜に向かっている隙に自分の最も得意とする間合い、
格闘戦をするための間合いまで迫った。
フランは慌てることなく、美鈴を迎え撃とうと杖を構えた。
そうしてフランの注意が美鈴に映った瞬間、フランの目の前にナイフが出現する。
フランは美鈴を打ち払うために構えた杖でナイフをムリヤリ叩き落すが、
ほんの一瞬の間、フランの視覚から美鈴の姿が外れる。
その数秒を美鈴は見逃さず、攻撃を加えていく。
美鈴を狙えば咲夜のナイフが目の前に迫り、咲夜を狙えば美鈴の一撃が迫り、
攻めあぐねたフランがスペルを使おうとすれば、二人同時にタイミングを合わせて攻撃してくる。
まるで姉妹のような息の合った二人の連携攻撃の前にフランは完全に攻撃の手を封じ込められた。
「ぅぅぅぅううううううああああああああああああああ!!」
フランは奇声を上げがむしゃらに攻撃を仕掛けるが
全て難なく避けられ、成すすべもなく反撃をうけ続けた。
咲夜と美鈴、二人に勝利の予感が芽生え始めた時、
ほんの少しの気の緩みが生じた時、
美鈴の攻撃がフランに当たり、フランが大げさに吹き飛んだ。
咲夜も美鈴も一撃離脱を基本に攻撃していたため、
フランが攻撃を受けてよろめく事はあっても、吹き飛ぶことなどないはずだった。
予想外の行動に咲夜と美鈴は驚き、一瞬、思考が止まった。
その時、吹き飛んでいくフランの瞳が咲夜を捉えた。
フランは咲夜を瞳に捕らえたまま右手を突き出す。
そして、突き出した右手を…
咲夜は咄嗟に手に持っていた懐中時計をフランと自分の視線の間に投げた。
次の瞬間、咲夜の目の前でパンッと音を立てて懐中時計が弾けとんだ。
「咲夜さん!?」
「うっ!?」
時計の弾けた音で、我に返った美鈴は咲夜の方を振り返った。
「大丈夫よ!それより来るわよ!!」
咲夜の無事を確認しホッとしたのも束の間、
美鈴の目の前には吹き飛んだはずのフランが既に迫っていた。
「残念、外れちゃったかぁ」
文句を言いつつもフランには先程までの焦りはない。
「くっ…はぁ!!」
美鈴は先程までと同様に咲夜の援護を期待して攻撃を繰り出した。
当然、美鈴の攻撃は簡単に避けられ、その代わりに咲夜の攻撃が迫る…はずだった。
「え!?」
「くっ」
「やっぱり~♪」
フランは美鈴の攻撃を避けたままの姿で悠々と立っていた。
驚く美鈴に説明するかのようにフランは楽しそうに話し始めた。
「咲夜って、確かさっきの懐中時計を媒介に能力を発動してたんだよね?
ということは、時計がなくなったら、発動は出来ても…」
美鈴はフランの言わんとしている事に気付き咄嗟にスペル発動のために気を集中する。
「今までのように切れ味の良くは…」
咲夜も同様に持てる魔力の全てを注ぎ込むように一点に集中した。
「発動出来ないよね!!」
「――彩華『虹色太極拳』――」
「――傷魂『ソウルスカルプチュア』――」
「そんなの効かないよ!!――禁忌『レーヴァテイン』――」
フランの杖から舞い上がる炎の刃は天井を溶かし、地上の屋敷さえも吹き飛ばした。
普段の倍以上の威力を誇るレーヴァテインが放つ熱気だけで、
咲夜と美鈴、二人のスペルの威力は相殺され、フランにかすり傷一つ負わせることが出来なかった。
フランは笑いながら、その笑い声さえも飲み込む熱気を放つ炎の刃で無造作にその場をなぎ払った。
直撃は何とか避けた美鈴だったが、振り抜かれたレーヴァテインの衝撃波を受け、
はるか後方へと吹き飛んだ。
「ぐぅ!?」
美鈴は背中を打ちつけた衝撃に呻き声を上げた。
激痛に顔を歪めながらも、美鈴は必死で体勢を立て直した。
「あははははははっ
咲夜はもう役立たず!美鈴から壊すことに決めた!!」
「く……はっ!?」
レーヴァテインを振りかざし、ゆっくりと美鈴に歩み寄ってくるフラン。
逃げ道は…
逃げ道は…美鈴の後ろにある図書館へ通じる扉のみ
「あははははははっ」
フランの笑い声が響く中、美鈴は図書館の中の二つの気配に気付いた。
弱々しく今にも消えそうな気配と、必死にそれを救おうとする気配。
「ぅ…」
「あはははははははははははははははっ」
今、美鈴が図書館に逃げ込めば美鈴自身は助かるかもしれない。
だが、中の二人は確実にフランに壊されてしまうだろう。
ならばフランの横をすり抜けて逃げるか?
それも一つの手だが、美鈴がすり抜ける時にフランがレーヴァテインを横薙ぎに振りぬいたなら、
美鈴自身も、そして強力な結界が張ってある図書館さえも破壊されるだろう。
どうする?
どうすれば助かる?
「あははははははははははははははは…
何したって無駄だよぉ…みんな、みんな、ぜ~んぶ私が壊すからさぁ!!」
フランは美鈴を嘲笑うかのようにゆっくりとレーヴァテインを持ち上げた。
そして、全てを焼き尽くす炎の刃が振り落とされる。
「さぁ!!壊れちゃえ!!!」
「ぁ…」
その瞬間、美鈴の中を妙な感覚が駆け抜ける。
美鈴はその感覚に身を委ね、
両手に自分の持つ全ての、限界を超えた全ての力をこめた。
「…今度こそ……
今度こそ守って、守ってみせる!!」
美鈴は正面からレーヴァテインの炎の刃を受け止めた
「あははははははははっ」
「ぅ…ぁ…ぁぁぁぁああああああああああああ!!」
岩さえも溶かす灼熱の炎を気を手中した素手で受け止める。
熱い、痛いなんてレベルではない。
普段ならこんな怖くて痛いことは決してやらない、いや出来ない。
だが、今の美鈴には可能だった。
今の美鈴だからこそ可能だった。
「あはは…は……は?
なんで、なんで?なんで止めれるの!?何で門番ごときにぃ!!」
さすがのフランも驚きを隠せなかった。
フランは美鈴に止められた事実を否定するかのように、
レーヴァテインを持つ手に更に力を込めた。
「消えてしまえぇぇぇええええええええええ!!」
「わ、私は…私は絶対に諦めない!!」
威力を増したレーヴァテインを圧倒しかねない気迫で
美鈴はその炎の刃を受け止め続けた。
「くそぉぉおおおお!!」
「フランドール・スカーレット!!」
フランが意地になってレーヴァテインを振り抜こうとした時、
咲夜がフランの背後から飛び掛った。
その手に握られているのは、銀のナイフ、
咲夜の残り少ない全ての魔力のこもった一振りのナイフ。
そのナイフが咲夜の手によって、吸い込まれるようにフランの身体に突き刺さる。
それはフランの心臓を的確に捉えていた。
「ぁぁあああ゛!?」
決して致命傷になることはない。
しかし、レーヴァテインを止めるには十分過ぎる一撃。
レーヴァテインは激しい閃光を放って消滅し、フランはその場に倒れた。
レーヴァテインの熱気にあてられ、更に魔力も尽きた咲夜は、
倒れそうになる身体を引きずるようにして美鈴のほうへ歩み寄る。
「め、美鈴…よく頑張ったわね…貴女のお陰で…」
「……」
「美鈴…?」
「……」
咲夜は、両手を正面に構えたまま動こうとしない美鈴の頬へ、そっと手を当てた。
すると美鈴は咲夜の触れた箇所から溶けるように崩れ去っていく。
「…美鈴?」
咲夜はその様子を呆然と眺めていた。
そして、美鈴が崩れ去ったその先には、図書館へと続く扉が傷一つない姿を保っていた。
「ぁ…ぁぁ…」
その扉を見た瞬間、咲夜は大声を上げて泣き出した。
普段の咲夜からは想像できないような声で泣き、狂ったように灰を、
美鈴だった灰をかき集めようとした。
かき集めようとしたが、無情にも灰は咲夜の手をすり抜けていく。
「美鈴ーーー!!」
「うるさいよ」
赤い影が夜の空を駆け抜ける。
考えるべきことはたくさんある。
やらなければいけないこともある。
思い悩みながら空を舞い、出ることのない答えを探し続ける。
そうして飛び続けて一体どのくらい経ったのだろうか、
空が白み始め、夜明けが迫ってきた。
さすがに帰る時間だと、レミリアは紅魔館の方へ向きを変えた。
その時、紅魔館から轟音と共に炎が立ち昇った。
咲夜が瓦礫の山に衝突し、ガシャンッという轟音が響いた。
「ねぇ、咲夜ぁ?」
フランがモクモクと粉塵のあがる方へと歩いていく。
瓦礫の山に埋まった咲夜は、生気のない目でぼんやりとそれを見つめていた。
「咲夜って人間だよね?」
フランは咲夜の前に立つと、咲夜の首を掴み持ち上げた。
咲夜はそれでも生気のない目でフランを見つめるだけで、何の反応も示さなかった。
フランは首を捻り、考え込むようなポーズをとった。
「人間は脆いモノだって聞いたと思ったんだけど、咲夜ってさ…
なかなか壊れないよね。美鈴と違って」
「!!」
美鈴の名前をだした途端に、咲夜の目に僅かに光が戻った。
その様子にフランはニヤリと笑い、そのまま咲夜を崩れかけた紅魔館の壁へと投げつけた。
咲夜は壁に激突し、その衝撃で壁が崩れ落ち咲夜の上へと降り注いだ。
「あはははははははっ」
「…ぅぅ……」
フランは大声で笑いながら、またゆっくりと咲夜の元へと向かっていく。
咲夜はボロボロの体を引きずり、瓦礫の中から這い出た。
そして、周りの瓦礫で身体を支え、なんとか立ち上がった。
「わぁ、すごいすごい!その身体で立ち上がるなんて、
咲夜ってホントは人間じゃないでしょ?」
「フ、フランドール…」
立ち上がった咲夜の手には先端の尖った瓦礫が握られていた。
その瓦礫を見たフランは腹を抱えて笑い出した。
「あははははははははははっ!!
何?そんなもので私を止めようっていうの!?」
「……」
「むだむだぁ、銀のナイフで止められなかったことを、
もう忘れちゃったの?」
そんなことはもちろん百も承知だ。
だが、今の咲夜は…
「…ぅ……うぁぁああああああああ!!」
自分の身体を支えきることさえ出来ない、そんな状態で、
咲夜は倒れこむようにして、瓦礫をフランに向けて突き出した。
フランが片手で瓦礫を奪い取ると、咲夜はそのままフランの足元に倒れた。
「あははははは~っと、…そろそろ飽きちゃったかな」
「ぅぅ…」
「うん。もう咲夜で遊ぶのは飽きちゃった。
次は~、そうだなぁ…魔理沙でも探してみようかな」
「…め、めい…」
「そういうことだから…バイバイ、咲夜」
咲夜は涙で滲む目でフランを睨みつける。
フランは笑顔で咲夜から奪った瓦礫を持ち上げ、そしてその手から瓦礫が放たれ…
「貫け!!――神槍『スピア・ザ・グングニル』――」
「!?」
白く明るくなり始めた空に真っ赤なオーラを纏ったレミリアが浮かんでいた。
レミリアの放ったグングニルはフランの右腕もろとも瓦礫を消し飛ばした。
「…お嬢、様」
「……」
レミリアはフランを睨みつけ、
フランは消し飛んだ右腕を押さえながらレミリアを睨み返した。
「フラン、一体これはどういうことかしら?」
「あら?お姉様は目が悪くなったのかしら?」
「どういうこと?」
「自分の目で見てることがわからないのか?ということよ」
フランが挑発するように目を細めた。
その瞬間、レミリアがフランに飛び掛った。
「フラン!!」
「あははっ!そんな攻撃で私が捉まるとでも?」
「いけ、サーヴァントフライヤー!」
レミリアは咲夜のそばに着地すると、間髪いれずにフランに追撃を放った。
その足元で、咲夜はレミリアに向かって苦しげに声を上げた。
「お嬢様…すみま…」
「咲夜は休んでろ。フランは私が止める」
「…め、めい…美鈴が…」
「…くっ」
咲夜の様子から、美鈴の結末を悟ったレミリアは目を血走らせ、
サーヴァントフライヤーに追われているフランを睨みつけた。
「フラン!!お前はぁ!!」
レミリアはそう絶叫すると、物凄い速度でフランに迫った。
「あはははははっ
なぁに?お姉様も壊されたいの?」
「私のものを壊した、その罪の重さを思い知れ!!」
フランは残った左腕に杖を持ち、サーヴァントフライヤーをなぎ払った。
しかし、サーヴァントフライヤーが破られることなど、レミリアの予想の範疇。
レミリアは、杖を振ったことでがら空きになったフランの懐に飛び込み、鋭い爪を突き立てた。
何度も何度も、爪を突き立て、ついにフランの身体が上下に引き裂かれた。
「がふっ」
さすがのフランも身体を真っ二つにされ、苦悶の表情を浮かべた。
「さぁ、フラン!己の愚かさを知れ!!
――『スカーレットディスティニー』――」
「愚かさ?なにそれ?」
ドンッと鈍い音が鳴った。
「!?」
その瞬間、レミリアの右腕が消し飛んだ。
「ふふっ…ねぇ、お姉様?愚かさってなにかしら?」
ドンッ、ドンッと何度も音が鳴り、
その度にレミリアの左腕が、右足が、消し飛んでいく。
「なに!?」
フランの能力はありとあらゆるものを破壊する。
だが、その能力は不完全で対象を確認する眼と、能力を発動させる右手が必要なはずだった。
しかし、今のフランは右腕を丸ごと失っている。
それにも拘らず、レミリアが受けた力はどう考えてもフランの破壊する能力だった。
「フラン、一体何を…」
レミリアが困惑して問いかける間にも、左足が消え、翼が消え、肩が、わき腹が…
「あはははははははははははははははははははははっ」
5:30
頭部だけとなったレミリアは重力に逆らうことなく地面へと落下した。
フランは自分の上半身と下半身を繋ぐと、ゆっくりとレミリアの元へ降りていく。
そしてレミリアの元へと降り立ったフランは、
愛おしそうにレミリアの首を左手で掴み上げた。
「ねぇ、お姉様…私はこれでも、お姉様のことが好きだったんだよ?」
フランはレミリアの首を見つめて話し続ける。
「でもね、私は何でも持ってるお姉様が大嫌いだったんだよ」
話し続けるにつれ、フランの表情から愛おしさが消え、憎しみが増していく。
その様子に首だけとなったレミリアが怯えた表情を浮かべた。
フランはそれを満足そうに見つめると、レミリアの首を胸に抱くようにして東の空の方へと向けた。
「ねぇ、お姉様、朝だよ」
東の空から降り注ぐ朝日、その光によってレミリアはもちろん、
フラン自身も徐々に灰へと変わっていく。
「あははははははははははははははははっ
ねぇ、次は仲良くなれるかな?なれるよね。
今度こそ、今度こそみんなで仲良く、仲良く遊ぼうよ」
「いやぁぁぁぁあああああああああああああ!?」
「あれ?咲夜ぁ…
うん、そうだね。咲夜も一緒に、一緒に行こうよ」
朝日で気を取り戻した咲夜にフランが歩み寄っていく。
「そうだ。パチュリーも美鈴も、あと小悪魔も仲間外れにしちゃいけないよね」
「お嬢様ぁぁぁあああああああああああああ!?」
やがてレミリアが完全に灰と化し、フランも身体の半分近くが灰と化した。
それでもフランは自由になった左手を咲夜の首へと向ける。
そして…
5:40
「ぁぁぁあああああああ!?」
咲夜は自室のベットで飛び起きた。
「ハァ…ハァ…ぐ……おえぇぇ」
咲夜は悲鳴を上げて飛び起きるなり、嘔吐した。
「ハァ…ハァ…何?今…私は……一体何を?」
そして、一日が始まる。
―――――――――
時間
それは過去、現在、未来をつなぐ不可逆的な流れを持つもの
こちらも非常に抽象的な概念だ
しかし、彼女はそれを操る
但し、彼女は時間を止めることは出来ても、戻すことは出来ないという
彼女に限らず、時間操作能力者は皆、時間を戻すことは出来ないという
果たして、それは事実なのだろうか?
術者自身が気付いていないだけで、
実は時間を戻すことも可能なのではないだろうか
時間という流れを砂時計に例えてみよう
砂時計の上部にある砂が未来、下部にある砂が過去
そして、上から下へと流れ落ちていく境目が現在
この場合、時間を戻そうとしても特定の時間のみ
下部に流れ落ちた砂の山からたった一粒の時間のみを戻すなど不可能だ
それでも戻そうとするのならば上下逆さまにして下部に流れた砂を全て上部に戻す他ない
つまり時間を戻すという動作は術者も含めて
全てのものが、全ての存在がある地点まで戻ることを指すのだ
これは飽くまで仮説だが、
全てのもの、全ての存在が運命により定められた道を辿っているのだとしたら
術者が気付いていないだけというのも、あながち間違いではないだろう
現に、こうして私は同じ一日を何度も繰り返している
しかし、ここで疑問が浮上する
時間が戻ることにより運命が繰り返すというのならば
何故、私はこうして繰り返す一日を知ることが出来たのか?
本来ならば、誰一人、術者でさえも繰り返される一日に気付くはずはない
つまり、これは彼女の力で運命に綻びが生じたということなのだろうか?
それとも
ドーンという鈍い音が響き、しばらくすると妖精メイドが勢い良く図書館に飛び込んでくる。
「パチュリー様!」
酷く慌てた様子の妖精メイドの姿にパチュリーは『その時』がきたことを悟る。
「フランが暴れてるのね」
「ぇ?ぁ、はい!お嬢さまも不在なのでパチュリー様に」
「わかったわ。あなたは安全なところに隠れてなさい」
妖精メイドはパチュリーに言われるまま、図書館から逃げ去っていった。
その姿を見送ったあと、パチュリーは小悪魔を呼び寄せた。
「何の用ですか?」
いつの間にか図書館に住み着いた本好きの変わり者の小悪魔、
パチュリーは彼女に一冊の本を渡した。
「この本を…そうね、博麗の巫女に届けてもらえるかしら」
「えー?パチュリー様が届けた方が早くないですか?
私はこの図書館から出ることなんて滅多にありませんよ?」
「だからこそよ。あなたがココから出なければならなくなった時、
その時にその本を届けて頂戴」
小悪魔は非常に不思議そうな顔でパチュリーを見返すが、
パチュリーは穏やかに微笑んでいるだけだった。
そして再び、今度は前より近くで、ドーンという音が響く。
その音を聞くとパチュリーはサッと身を翻し、図書館の外へと向かっていく。
「あ、あの!」
その後姿に小悪魔が慌てて声をかける。
「以前にもこんなことありませんでしたか?」
その言葉にパチュリーは歩みを止める。
しかし、止めたのは一瞬だけ。
小悪魔の問いに答えることなくパチュリーは図書館から出て行った。
それとも、彼女自身が能力の負荷に耐えかねて綻びが生じているのだろうか?
どちらにせよ、繰り返される一日は永遠には続かない
砂時計が砂の流れにより長い時間をかけて削られ
その機能を果たすことが出来なくなるように
この一日もいずれ終わりを迎える
終わりを迎えたとき
私たちの運命は変わっているのだろうか?
「ねぇ、レミィ
全ては貴女次第なのよ…」
運命
それは超自然的な力によって定められた巡り合わせ
非常に抽象的な概念だが、
何者にも変えることの出来ないものであると言われている
しかし、彼女はそれを操る
無意識に
無意識であるが故に強力で
無意識であるが故に不安定で
そして、無意識であるが故に
時に無力となる
―――――――――
5:30
「―――!」
身体が酷く痛い…
ゆっくりと目を開けると、そこには右腕を失ったフランが立っていた。
フランは残った左手で私の頭を掴んでいる。
その左手を振り払おうとするが、私の手は動かない。
不思議に思い、視線を下に向けてみると私の身体はなくなっていた。
身体から首だけもぎ取られたのだろうか?
なるほど、手が動かない訳だ。
「―――」
フランが私に向かって囁いた。
しかし、私の耳はその機能を失っているのか、フランが何と言ったのかまるでわからなかった。
それでも何を言ったのか確かめようと、私はフランの顔へと視線を移す。
そして、私は後悔した。
視線を移した先、フランのその瞳には純粋で強大な狂気が満ちていた。
私はその瞳に恐怖し、絶叫した。
いや、絶叫しようとしたが、私の喉から声が出ることはなかった。
そんな私をフランは可笑しそうに笑うと、何を思ったのか私の首を反対向きに持ち直した。
逆向きにされたことでフランの瞳から開放され、私はホッと安堵のため息をつく。
だが次の瞬間、状況は一変する。
「―――」
私の目に飛び込んできたのは朝日。
私たち吸血鬼を灰に変える、忌むべき太陽の光。
「―――!!」
目が焼け、髪が溶け、肌が爛れる。
私は声にならない悲鳴を上げる。
私の背後でフランが笑っていることが気配でわかる。
そして…
14:00
「ぁぁぁあぁあああ!?」
昼下がりのいつもどうり静まり返っていた紅魔館に悲鳴が響き渡る。
「お嬢様!?」
「ハァ…ハァ……咲夜…?」
レミリアが血走った目で声のする方へと視線を向けると、
そこには彼女が最も信頼している者の一人、メイド長の咲夜の姿があった。
「ハァ…ハァ…ゆ、夢?」
レミリアはぐるりと自室を見回すが、特に変わったところはなく、掃除もしっかりと行き届いている。
もちろんレミリアの身体も全て揃っていて、傷一つない。
ただ表情が…
「お嬢様?どうかしましたか?」
咲夜はそんなレミリアの様子を不思議そうに覗き込んだ。
「な、なんでもない。それより咲夜、今は何時かしら?」
レミリアは動揺している自分を咲夜に見せまいと、精一杯気丈に振舞おうとした。
そのことをわかってる咲夜はレミリアの態度に触れることなく普段の口調で答える。
「今は昼の2時、お嬢様が起きるには随分と早い時間ですね」
「そう、まだ2時なの…」
2時と聞いたレミリアはベットにばっともぐり込むがが、10数える間もなくベットから飛び起きた。
「寝れないから遊びに行くわよ」
「わかりましたわ」
不安を捨て去るようにレミリアが宣言すると、
その場に控えていた咲夜の手には、既に外出用のドレスが収まっていた。
「わかってるじゃない…」
相変わらずの咲夜の手際の良さにレミリアから苦笑が漏れた。
もちろんですわ、そう告げるように微笑む咲夜を見ているうちに、レミリアから不安が薄れていった。
不安の薄れたレミリアは普段の調子をすぐに取り戻し、何事もなかったかのように出かける準備を始めた。
いつもと変わらない様子で
15:00
掃除の行き届いていない、普段どうりの神社にレミリアと咲夜が姿を現した。
二人を見つけた霊夢は不機嫌そうな表情を隠しもせずため息をついた。
「で、何しに来たの?」
「暇だから霊夢に会いに来たの」
「帰れ」
神社の縁側でお茶を啜っていた霊夢は、レミリアの突然の訪問を素っ気無く突き放した。
しかしそれは日常会話、レミリアは笑顔のまま何一つ気にすることなく霊夢の横に転がり、
一緒に来た咲夜も日傘を持ったまま霊夢のそば、レミリアが日傘の影に入る位置に立つ。
そんなレミリアと咲夜の相変わらずの唯我独尊っぷりに、霊夢はもう一度大きくため息をついた。
「いつものことだけど、何で吸血鬼が真昼間から活動してるのかしら…」
「いつものことだから気にしなくても良いんじゃない?」
「いつもと同じ会話ですね」
表面上は拒絶しているが、実際は全く気にしていない、拒むことはない。
まるで幻想郷そのもののように、霊夢は訪れるもの受け入れる。
吸血鬼はその強大すぎる力のせいで、人からも他の妖怪からも畏怖される存在だ。
レミリア自身は畏怖されるのは当たり前だと思っているし、むしろ少しでも軽く見られることのほうが気に喰わない。
ただし、霊夢のことは例外的に気に入っていた。
何故気に入っているのかはっきりとはわからないが、それ自体がきっと霊夢の魅力なのだろう。
霊夢の方はレミリアの気持ちを知ってか知らずか…
いや、きっとレミリアの甘えるような態度は霊夢にとっては当たり前のものなのだろう。
霊夢はすっと立ち上がり、面倒臭そうに三人分のお茶を用意する。
「咲夜、あんたもそんなところに立ってないで、こっちでお茶ぐらい飲んでいきなさいよ」
「だって、咲夜」
霊夢の言葉と、レミリアの肯定の意味の含まれた笑顔。
咲夜は、それでは、と二人と並ぶように縁側に腰掛けた。
もちろんレミリアも日に当たらない位置まで移動していた。
日はまだ高く、暖かな日差しを縁側へとそそいでいた。
そうして、三人がお茶を飲みながらのんびりと会話を弾ませようとした時、
轟っと風が吹き、一人の少女が颯爽と空から降りてきた。
「お?今日も来てるのか」
レミリアと咲夜、二人の姿を見てそう声をかけたのは魔理沙だ。
魔理沙が姿を現した途端に、レミリアの表情が一気に曇った。
「別に私たちがココにいても問題ないだろ?」
「ん?あぁ、まぁ、そうだけどな…
最近よく見かける気がしたからちょっと気になっただけだ」
レミリアの威圧的な態度に面倒臭そうに魔理沙は答えた。
魔理沙はレミリアたち吸血鬼を恐れない数少ない人間の一人だ。
ただし、霊夢とは異なり、レミリアはそのことをあまり快く思っていなかった。
魔理沙は弾幕ごっこにおいてはレミリアにも引けを取らないほど強い。
そのことはレミリアも認めているが、何か気に入らない。
何故気に入らないのか、そのことをレミリアが考えていると一つの言葉が浮かんだ。
「気品が足りない」
「は?」
レミリアは自信満々で魔理沙を指差す。
「そう、気品が足りないな。魔理沙、お前には気品が足りない。
だいたいお前がうちに来るようになってから色々と面倒なんだよ。
パチェもうるさくなったし、何よりあいつが出たがるようになった」
「ぁぁー、ちょっと待ってくれ」
「そうだ、あいつが出たがるようになってから、私がどれだけ迷惑しているか、
お前はわかってるのか?」
「長くなりそうなら、後にしてくれ。
私はこいつを霊夢に届けに来ただけで、まだ行く所があるんだ」
「……」
レミリアの話が長くなりそうだと感じた魔理沙は、バッと手を広げレミリアの言葉を遮った。
魔理沙はそういうとジトっと睨むレミリアを無視して霊夢に荷物を渡すと、颯爽と箒に跨り空へと舞い上がった。
「それじゃ、霊夢、ちゃんと届けたからな」
「魔理沙!あとでうちに来い!!」
「あぁ、覚えてたらあとでちゃんと行くぜ」
まだ話したりないレミリアは魔理沙に向かって不満を顕わに命令するが、
魔理沙はレミリアに対して曖昧な返事をし、来たときと同じように風を切って飛び去っていった。
レミリアは魔理沙の飛び去っていった方角を、ぅぅ~と、睨みつけていた。
レミリアは気付いているのだろうか?
レミリアが魔理沙に言おうとしたことは『紅魔館に来るな』ということのはずだ。
それなのに話をするためとはいえ、紅魔館に招くのでは話が矛盾してしまうのだ。
一方、咲夜は『あの魔理沙』が置いていった届け物が何なのか気になっているようだった。
その視線に気付いた霊夢は風呂敷に包まれた届け物をその場に出した。
風呂敷の中から出てきたのは極普通の鍋であった。
「鍋…?」
「そう鍋よ」
何か特別な鍋なのだろうか、と注意深く観察する咲夜に、
霊夢は特に気にすることなく、それがただの鍋であることを告げた。
「こないだ魔理沙がうちで魔法の実験を勝手にやってくれてね…
鍋に見事な穴を開けてくれたのよ」
「ぁぁ、なるほど」
咲夜は霊夢の回答にあっさりと納得がいったようだった。
こうして、魔理沙の闖入もあったが、三人は思い思いに言葉を発し
会話なのか、そうでないのかよくわからないやり取りをのんびりと続けていった。
そして、どれくらいの間そうしていただろうか、日が傾き夕日が縁側に差し込んだ。
レミリアがそろそろ帰る、と言い出し、咲夜はサッと帰る準備を整え日傘をレミリアに手渡した。
日がだいぶ傾いてきてるため、咲夜が差していたのでは日光を上手く遮ることができないからだ。
レミリアは日傘を差すと、まるで悪戯をしようとしている子供のように駆け足で境内から飛び出していった。
屋敷で魔理沙を待ち構える気だろう。
咲夜はそんなレミリアの後姿に苦笑しつつ、霊夢に一言礼を言うとレミリアの後を追うように歩き出した。
「……ねぇ、咲夜」
その背に向かって霊夢が少し戸惑い気味に声をかけた。
「あんた、体調でも悪いの?ずっと気になってたんだけど顔色悪いわよ」
「……」
「なによ?」
霊夢の言葉に咲夜は珍しい物を見るかのような視線を向けていた。
その視線に霊夢はちょっとムッとしたようだった。
しかし、咲夜はそんなこと気にせず、珍しい物を見るような視線のまま口を開いた。
「いえ、霊夢が他人の心配をするなんて、珍しいこともあるものだとね」
確かに霊夢は普段は他人を心配するような態度は滅多に取らない。
咲夜が珍しそうに見るのは仕方のないことなのかもしれないが、霊夢からしてみれば、失礼な事この上ない。
「ぁ、あんたねぇ…人が心配してれば…」
「ふふ、別に体調はいつもどうり万全よ。あなたの見間違いなんじゃない?」
霊夢は思わず懐の御札に手を伸ばしかけるが、咲夜がクスクスと笑うのを見て毒気が抜かれていった。
「……う~ん、まぁ、見間違いなら良いんだけどね。」
「それより、本当にらしくないわよ。あなたの方が体調が悪いんじゃない?」
「あんたねぇ……と言っても、確かに私らしくないわね…」
今の霊夢の行動は咲夜の言うとおり霊夢らしくない、それは霊夢自身がよくわかってる。
だから霊夢自身も何か納得がいかないように頬をポリポリとかきながらぼそりと呟いた。
「でも、何だか聞かないといけないような気がしたのよ」
「ふーん…」
「咲夜ぁ!さっさと帰るわよ!!」
咲夜は霊夢の言葉に何か引っかかるものを感じたが、
いつまで経っても後を追ってこない咲夜に向かって、痺れを切らしたレミリアが大声を上げて駆け寄ってくる。
その様子は母を待つ幼い子供のようにも見えて、咲夜と霊夢はフッと表情を緩ませた。
「お嬢様が呼んでるから行くわ」
「もう来るなって伝えといて」
「一応伝えておくわ」
何の変哲もないいつもと同じ会話…
山の向こうへと沈む夕日のように、小さな疑問は心の奥底へと沈んでいった。
18:30
屋敷に戻るなり、レミリアは魔理沙を迎えるために部屋の準備をし、自分も新しいドレスに着替えた。
そうして、今か今かと魔理沙の訪問を待ち構えていたが、すぐに魔理沙が姿を現すことはなかった。
痺れを切らしたレミリアは魔理沙が最も頻繁に出入りする場所、
紅魔館の地下にあるパチュリーの図書館にまで来ていた。
「う~…遅い。遅すぎる!魔理沙のやつは一体何をしているんだ」
「レミィ、図書館では静かに。
それにレミィが帰ってきてから、まだ30分も経っていないわ」
子供のように駄々をこねるレミリアに、パチュリーは諦め半分に注意をした。
もちろんレミリアはパチュリーの予想どおり、静かになることもなく愚痴を続ける。
「こういう時は私の帰宅に合わせて来るものでしょ?パチェもそう思わない?」
「…まぁ、あの白黒にそんなこと言っても無駄だと思うけどねぇ」
どうせ今のレミリアには何を言っても無駄なので、パチュリーは気のない返答をするが、
騒がしい状況で本を読んでいても気が散るだけ。
それならば、少しレミリアをからかってやろうと、
パチュリーは読みかけの本をポンっと閉じてレミリアと向き合った。
「で、魔理沙を呼んで一体何を話すつもりなの?
図書館の本を返せ……とは言わないのでしょう?」
少し皮肉のこもったパチュリーの問いかけに、レミリアは少しばつの悪い表情をした。
確かに、今まで話そうと考えていたことの中には本の事は含まれていなかった。
「ぁー…うん、本のことも言っておくよ」
先程とは打って変わってモゴモゴと口を濁しながらレミリアは呟く。
そんなレミリアの仕草をパチュリーはニヤニヤと眺めた。
「えぇ、お願いね。あまり期待してないけど」
「ぅぅ~…」
そうしてパチュリーは可愛らしいレミリアの姿を満足いくまで観察すると本題へと話題を意識を切り替えた。
「それよりどんな話をするつもりなの?」
すると途端に、レミリアの表情も真剣になり、場の空気が変わる。
「あいつのことだよ」
「あいつ…フランのことね」
予想どおりの単語にパチュリーの表情も険しくなる。
フランドール・スカーレット、レミリアの妹にして姉であるレミリアを上回る能力を秘めた吸血鬼。
その能力は『ありとあらゆるものを破壊する』ことが出来る。
その能力と情緒不安定な性格も相まって、
紅魔館の妖精メイドの中には名前を聞いただけで逃げ出すものさえいる。
しかし、今までは自らこの図書館より下、紅魔館の地下深くにある自室に引きこもっていた。
そう『今までは』
レミリアが紅霧異変を起こし、霊夢よって退治された。
その後、霊夢と魔理沙、この二人が紅魔館に来るようになり、そしてフランと出会った。
二人との出会い、特に魔理沙との出会いはフランにとっては衝撃的なものであった。
それ以降、フランは『今まで』とは違い、自分の部屋の外へ、いや屋敷の外へと出たがるようになったのだ。
だが、ここで問題が発生する。
フランの能力は『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』
しかも、フラン自身この能力をコントロールしきれていない。
加えて言うなら、性格にも問題があった。
フランは普段は掴みどころはないが大人しい性格をしている。
しかし、情緒不安定であり、いつ暴れだすかわからない爆弾のような性格をしているのだ。
そんな危険なものを外に出す訳には行かない。
そう判断したレミリアは、フランが外に出ようとすればレミリア自ら地下へと連れ戻し、
レミリアがいなければパチュリーが雨を降らせ外出を阻む。
そうしてフランをムリヤリ押さえつけているのだった。
しかし、魔理沙はそんな二人の苦労など知るはずもなく
自らの目的のために紅魔館への侵入を繰り返す。
その侵入が毎回フランを刺激し、徐々にフランは苛立ちを募らせていく。
そして、苛立ったフランを二人が押さえつける。
まさに悪循環であった。
レミリアはその悪循環を魔理沙を紅魔館に来ないようにする事で絶とうというのだ。
「確かに魔理沙が来なくなれば、フランの苛立ちも多少は治まるでしょうね」
「そう思うでしょう。全く、あいつは本当に疫病神みたいなやつだよ」
パチュリーがボソリと肯定の意見を述べると、レミリアは水を得た魚のように目を輝かせる。
しかしパチュリーは肯定の意見を述べたにも関わらず、複雑な表情でレミリアを見ていた。
「……ねぇ、レミィ。本当に魔理沙は疫病神だと思う?」
「ん?パチェはそう思わないのか?本を盗られて迷惑してるんでしょ?」
「確かに迷惑してるわ。でも……」
「…でも?」
パチュリーがその先を言わないのでレミリアは催促するようにパチュリーの顔を覗き込んだ。
その顔は何か言いたいのだが言えない、そんな矛盾した焦りのようなものが見て取れた。
「パチェ?」
「……」
「パチェ、どうした?」
あのパチュリーが、自分の意見を表現する言葉が思い浮かばない、そんなことは有り得ない。
レミリアが心配そうにパチュリーを見つめていると、
パチュリーはしばらくその状態で黙り込んだ後、フゥと息をついた。
「いえ、なんでもないわ。今のは忘れて頂戴」
「…まぁ、パチェがそういうなら私は別に気にしないけど…」
パチュリーは諦めたような納得したような表情をしているが、レミリアは何か歯切れの悪い表情になっていた。
今パチュリーが言おうとしたことを、ちゃんと聞かなければいけない、そんな気がするのだ。
「ねぇ、パチェ…」
意を決してレミリアが口を開いたとき、図書館の扉がノックと共に開き、咲夜が図書館の中へと入ってきた。
「お嬢様、魔理沙が来ましたよ。
今日は招待されたのだと美鈴を引き連れて堂々と」
「……」
あれ程、魔理沙の到着を待ちわびていたにも関わらず、
レミリアは一瞬、咲夜が何を言っているのか理解できなかった。
「お嬢様?」
「ぁ、わかった。広間の方に連れて行くよう美鈴に言っておいて」
「わかりました」
レミリアは咲夜の呼びかけで我に返り、咲夜はレミリアの言葉を受け取るとサッと図書館から立ち去っていった。
レミリアはやはり歯切れの悪い顔でパチュリーを見るが、パチュリーは既に先程閉じた本を読み始めていた。
「…まぁ…いってくるよ」
「本のこともついでで良いから言っておいてね」
「わかった」
どうにも気持ち悪い。
レミリアはこの感情も魔理沙が原因だと思うことで、気分をムリヤリ高揚させた。
18:50
「ぅぅ…なんで私が…」
「客に対して攻撃してきた罰だぜ」
魔理沙は美鈴の案内で紅魔館の中を堂々と歩いていた。
普段侵入する時も堂々としてはいるが、今日に限っては悠々としていた。
魔理沙を案内している美鈴のほうはというと、
普段と同じように魔理沙の弾幕の餌食となりボロボロの姿をしていた。
普段と違うのは、ボロボロの姿のままで屋敷を案内させられている点だった。
「さぁ、さっさと案内してくれよ」
「案内って言ったって、どこに通せば良いのか聞いてないし…」
美鈴がそうぼやくと、それを見計らったかのように妖精メイドがワタワタと近づいてきた。
妖精メイドは魔理沙を広間に連れて行くようにと美鈴に伝言すると、
来た時と同じようにワタワタと去っていった。
去っていく妖精メイドの後ろ姿を見送りつつ、美鈴は大きくため息をついた。
「はぁ…お嬢様が招待したって本当だったんですね」
「まだ疑ってたのか…それはちょっと傷つくぜ」
「心にもないことを…」
「何か言ったか?」
「いえ、何も言ってませんから…だから、そのミニ八卦炉しまってください…」
悪戯っぽい笑顔でミニ八卦炉を取り出した魔理沙を、
美鈴は涙目になりながらも広間へと案内していった。
そして、程なく案内するよう指示された広間の扉の前へと到着した。
滅多に使われることはないが、豪華な装飾の施された扉を持つ来客用の広間だった。
「はい、着きましたよ。これで良いですか?良いですね、
私はこれで失礼します」
美鈴は半ばやけくそ気味にそう言うとその場を立ち去ろうとした。
しかし、その視線が一人の少女の姿を捉えたことで状況は一変した。
「い…いも…いも」
「ぁ?芋がどうかしたのか?」
既に扉に手をかけていた魔理沙はおかしな発言をする美鈴のほうを振り返った。
「魔理沙?」
「ぉ…フランか」
魔理沙が振り返った先、美鈴の視線の先にはフランがポツリと立っていた。
フランは魔理沙の姿を認めると、ニコッと笑い、魔理沙の方に駆け寄ってきた。
「魔理沙、今日は何しに来たの?今日こそ私と遊んでくれるんでしょ?」
フランは魔理沙のエプロンの端を握り締め、期待に満ちた目で魔理沙の顔を見上げた。
魔理沙はそんなフランに対して、少し申し訳ないような表情で頬をかいた。
その様子にフランの表情は一気に陰っていく。
「悪いなフラン。今日はレミリアに呼ばれてきたんだ」
「お姉様に…?」
レミリアの名前が出てきたことで、フランの表情は益々陰りを増していく。
「あぁ、一応約束した訳だから…」
「…遊ぼうよ」
苦笑いでその場を誤魔化して逃げるつもりだった魔理沙は、
フランの様子の変化に気付くのが遅れた。
「フラン?」
「あんなやつのことなんて放っておいて遊ぼうよ!」
「いや、いくら私でも約束を簡単に破るわけには…」
「そんなこと気にしないで、私とあそ」
「フランドールお嬢様」
フランが魔理沙にしがみつき、魔理沙がオタオタと対応に困っていると、
突然広間の扉が開き、中から咲夜が姿を現した。
「……咲夜…」
「フランドールお嬢様…ワガママ言うとオヤツ抜きですよ?」
「ぅー…」
オヤツ抜き、咲夜は笑顔でそうフランに告げた。
ただし咲夜の瞳は、威嚇とでも言うのだろうか、フランに対して殺気を放っていた。
その視線を受けてフランは渋々といった様子で魔理沙のエプロンから手を放した。
「魔理沙…待ってるから…待ってるから、あとで一緒に遊ぼう!」
フランは魔理沙を見上げてそう言うと、サッと二人の視界から姿を消した。
「ぁ、フラン…って…う~ん、なんだかなぁ」
魔理沙はばつが悪い表情をしつつも、咲夜に促されるまま広間へと入っていった。
「ようこそ、夜の王の城へ」
広間に足を踏み入れた途端、魔理沙は禍々しい気配を感じ、足を止めた。
「どうかしたのかしら、魔理沙?」
豪勢な造りをした広間にはロウソクの並んだ長いテーブルがあり、
その先、一番奥の席にはレミリアが悠々と腰掛けていた。
先程のフランの行動もあり、完全に油断していた魔理沙はレミリアが放っている気に当てられたようだった。
魔理沙は、ふぅ、と一息つき、気を取り直してレミリアの正面に座った。
「別にどうもしないぜ。それより、わざわざ招待してくれたんだ。
食事の一つも出てこないのか?」
レミリアに対抗するように気を張り詰めた魔理沙は、いつもの調子で軽口を叩いた。
いつものように軽口でも叩いていないと押しつぶされるような気がしたのだ。
それほど今夜のレミリアは本気のようだった。
「そうね。私が招待したのだから食事ぐらいは出そうか。…咲夜」
「わかりましたわ」
広間の入り口に控えていた咲夜はレミリアに指示されると広間から去っていった。
こうして広間にはレミリアと魔理沙、二人だけとなった。
「さて…それじゃぁ、咲夜が食事を持ってくる前にお前を招いた用件を話そうか」
「ぁぁ、私もそこまでヒマじゃないんでね。手短に頼むぜ」
レミリアは威風堂々と、魔理沙は額に汗を滲ませながら、お互いを睨みあった。
「用件は二つ。
まず一つ目、二度とこの紅魔館に近づくな」
「は?」
全く予想外の要求に魔理沙は虚をつかれ、レミリアは魔理沙の呆けた様子を見ると不敵に笑った。
「聞こえなかったのか?もう一度言うぞ。二度と」
「聞こえてる!でも、一体どういうことだ?どうして私に来るなと言うんだ!?」
魔理沙は不敵に笑うレミリアに喰いついた。
今までも何度か紅魔館に来るなと言われたことはあった。
しかし、それを言うのは咲夜やパチュリー、美鈴といった他の住人だ。
屋敷の主であるレミリアは迷惑と思っていても来るなと言う事はなかった。
それに威嚇するように本気で拒否されたのも始めてであった。
「理由が必要か?」
「当たり前だ!理由もないなら私は今までどうり勝手に侵入させてもらう。
もちろん理由があっても勝手に」
「理由は迷惑だから」
レミリアは魔理沙の言葉を遮り堂々と簡潔に言い放った。
「お前が来るたびに騒がしくて目が覚める。
それに何よりフランが出たがるのよ。
あれを抑えるのに私やパチェがどれだけ苦労しているか、お前にわかるか?」
「フラン…昼間の話か」
「そうよ。だから二度と近づくな」
バンッとテーブルを叩き魔理沙は勢いよく立ち上がった。
その衝撃でろうそくの炎が揺らめく。
そして、魔理沙はレミリアを睨みつけるようにゆっくりと視線を上げた。
「……前々から思っていたんだが…何でお前たちはフランを閉じ込めようとするんだ?
外で遊ばせてやれば良いじゃないか!?なんで閉じ込める必要がある!!」
「ありとあらゆるものを破壊する程度の能力」
「…フランの能力だろ、それくらい知ってる」
「フランは自分の能力をコントロールしきれていない。
そんな爆弾を外に放り出せと?」
レミリアは魔理沙の問いに、素っ気無く、しかし反論を許さない気迫を込めて答える。
その返答の仕方が魔理沙の感情を逆なでしていく。
「そんなのコントロールできるように訓練すればいいだけだろ?
なんなら私がコーチしてやろうか!?」
「それは絶対にダメだ」
「なんで!?」
「お前には気品がないから」
気品、昼間に神社でも出てきた言葉だ。
魔理沙にはレミリアの言う気品が何か理解できなかった。
「吸血鬼にとって最も重要なものは何かわかるか?」
魔理沙が気品とは何か、そう反論しようとすると、レミリアは唐突に別の話題を持ち出した。
吸血鬼にとって重要なもの、魔理沙にはそんなものは全く心当たりがなかった。
「吸血鬼にとって最も重要なもの、それは誇りだ」
「誇り…?」
「吸血鬼としての誇り、そして誇りある吸血鬼として振舞う気品。
気品のないお前があいつの面倒をみるなんてありえない」
「気品、気品って…お前はどうなんだ!?
霊夢の前だとベッタリで誇りや気品なって欠片も見えやしない!!」
「私は良いのよ。ちゃんと場をわきまえているから」
「場をわきまえている…だって?」
「えぇ、そうよ…魔理沙……」
「……」
「魔理沙」
「……」
「私の目を見て話したらどうなんだ!?霧雨 魔理沙!!」
「!?」
初めてだった。
今まで何度かレミリアと戦ったことはあった。
もちろんレミリアも魔理沙も手を抜いてなどいなかった。
でも、初めてだった。
レミリアの本当の殺気を一身に受けたのは…
魔理沙はレミリアに恐怖した。
気付けば、いつの間にかレミリアから視線を外し儚げに揺らめくロウソクの炎を見つめてしゃべっていた。
そのとき、コンコンという扉を叩く音と共に、咲夜が食事を持った妖精メイドを引き連れて広間に現れた。
「お嬢様、食事の用意が整いました」
「そう、早速並べて頂戴」
咲夜たちが広間に現れた時にはレミリアは殺気を放つのを止めていた。
それでも、魔理沙はレミリアを直視することは出来なかった。
「魔理沙、お待ちかねの食事が届いたわよ?冷めないうちに食べたらどうなの?」
レミリアは殺気を放つのは止めたが、怯えた様子の魔理沙をおちょくる様に声をかけた。
魔理沙は一瞬ビクッと身体を震わせたあと、ゆっくりと息を吐いた。
「……らう」
「ん?」
「今日は帰らせてもらう」
「あら?そう…用件の方はどうなのかしら?」
「……」
「聞くまでもなさそうね。理解のあるやつは嫌いじゃないよ」
「…くっ」
魔理沙はレミリアの言葉から逃げるように広間から飛び出していった。
魔理沙が見えなくなるのを確認すると、咲夜は自分の主人、レミリアのほうを見た。
「お嬢様、ちょっとやりすぎじゃないですか?」
「あいつにはこれくらいがちょうど良いのよ。それより咲夜」
「はい、なんでしょう?」
「何で食事の用意が一人分しかないのかしら?」
「あぁ、材料が勿体無かったので」
「…わかってるじゃないか」
咲夜の相変わらずの手際の良さにレミリアは苦笑した。
魔理沙は自分が情けなかった。
大きな態度で紅魔館に乗り込んできた結果がこれだ。
全く馬鹿げている。
「クソ…」
悔しげに口元を歪ませながら屋敷の玄関に向かうと、そこにはフランの姿があった。
フランは魔理沙の姿を確認すると嬉々として魔理沙に飛びついた。
「魔理沙!お姉様との話は終わったんだよね?じゃあ、一緒に」
「フラン…」
「一緒にあそ」
「悪い…」
魔理沙はボソリと呟くように告げるとフランを振り切って屋敷から飛び出していった。
フランは魔理沙の予想外の行動に呆然とした。
まさか、こんな風に拒絶されるとは思っていなかったのだ。
「…魔理沙?なんで…?ねぇ、なんで行っちゃうの?
魔理沙ぁぁぁぁあああああああああ!!」
フランの絶叫が屋敷に響き渡った。
23:00
レミリアが魔理沙と会ってから数時間後、レミリアは再びパチュリーの元を訪れていた。
「パチェにも見せたかったよ。あの魔理沙の怯えた顔」
「……」
「普段の図々しい様子からは想像できないくらい可愛かったよ」
「……」
「パチェ?」
「……」
「やっぱり怒ってる?」
「……」
「ぅ~…だから、悪かったって~、だいたい魔理沙も二つ目の用件言う前に逃げちゃったんだし」
「でも、忘れてたんでしょ」
「ぅ…」
パチュリーは何も言えないレミリアをしばらくジトッと睨みつけた後、ふぅ、とため息をついた。
レミリアは日ごろの鬱憤を晴らすかのように魔理沙をいじめるのに夢中になって、
パチュリーに頼まれていた図書館の本のことをすっかり忘れていたのだ。
レミリアの性格上、こうなる可能性が非常に高いことはわかってはいたが…
「まぁ、最初からあまり期待はしてなかったけどね」
「パチェ!」
許してもらえると思ったレミリアは目を輝かせてパチュリーを見つめた。
「でも、言い忘れたのはダメね。罰として実験に付き合ってもらおうかしら?」
「…やっぱり怒ってるんだ」
「現実はそんなに甘くないのよ。さぁ、さっさとこっちにいらっしゃい」
「ぁー、たすけてーさくやぁー」
レミリアはふざけて側に控えている咲夜に抱きついた。
すると咲夜はレミリアは抱き上げパチュリーの目の前に運んでいった。
「約束を守らなかったお嬢様が悪いのですから、
ちゃんとパチュリー様の言うことを聞いたほうが良いですよ?」
「その通りよ、レミィ」
「咲夜の裏切り者ー」
そんな風にふざけあっている時に、ふとレミリアは思い出したようにパチュリーに質問をした。
「そういえば、パチェ」
「なにかしら?」
「パチェはあの時なんて言おうとしたんだ?」
「あの時?…ぁぁ、魔理沙が来る前の話ね」
レミリアが魔理沙の訪問が遅いとパチュリーに愚痴を漏らしていたとき、
パチュリーが言葉に詰まり、その時は聞くことができなかった話のことだ。
パチュリーは、う~ん、と話の内容を思い出すように軽く首を捻った後、不意に口を開いた。
「あれは、魔理沙がフランの面倒を見ることでフラン自身が変わるきっかけになるんじゃないか、
そう思っただけよ」
「きっかけ?」
パチュリーの口から発せられた『きっかけ』という言葉を、レミリアは思わず復唱した。
「そう、きっかけよ。
確かに魔理沙には気品の欠片もないけど、何か惹きつけるような魅力があるのよ。
その魅力にフランが気付けば、あの娘も自分と向き合うんじゃないか……」
パチュリーの言葉が不自然に途切れた。
しかし、レミリアはその様子に気付くことなく、
パチュリーの言葉を反芻するように腕を組み、首を傾げた。
「…う~ん。そういう考え方もあるのか」
レミリアはうんうん、と頷き、パチュリーの方に向き直った。
「さすがパチェだな…って、どうかしたの?」
パチュリーはレミリアの問いかけに答えることなく、ブツブツと独り言を呟いていた。
しばらくして自分の顔を覗き込むレミリアに気付くと、パチュリーは慌てて、なんでもないと答えた。
そして、またすぐに何かを考え込むように自分の椅子へと向かっていった。
レミリアと咲夜の二人はそんなパチュリーの行動に対して、顔を見合わせることしか出来なかった。
2:00
満月から少し欠けた月、十六夜だろうか?
そんな月が輝く中、レミリアは夜の散歩に行こうとテラスで準備を整えていた。
普段、散歩に行くときは咲夜が付いてくるが、
考え事をしたかったため、レミリアは一人で散歩に出ようとしていた。
珍しいと言えば、珍しいことだが、まるで無いことでもないため、
咲夜は特に疑問に思うことなく準備を手伝っていた。
「それじゃ、行ってくるよ」
「はい、お気をつけて」
準備を終え、レミリアが夜空に飛び立とうとした時、テラスに飛び出してくる影があった。
「お姉様、私も散歩に行きたんのだけど…」
飛び出してきた陰、それはフランであった。
レミリアはフランの申し出を聞くと顔をしかめた。
「部屋にいなさい」
「…ねぇ、咲夜でも良いから一緒に散歩に行こう」
「部屋にいなさい」
殺気こそ向けないが、レミリアが簡潔に答えると、フランは唇を噛み、俯いた。
咲夜はそんな二人の間を取り持つように、レミリアのそばからフランの方へと歩み寄る。
「そういうことですので、フランドールお嬢様、お部屋に戻りましょう」
そしてフランは俯いたまま咲夜に連れられて地下の自室へと、
レミリアは優雅に飛翔し、一人で夜空へと向かっていった。
その頃、魔理沙は魔法の森にある自宅で眠れない夜を過ごしていた。
自分のことが情けなくて眠れないのだ。
あの時はレミリアの予想外の殺気に圧倒されてしまった。
あの殺気はどんな妖怪でも怯むほどの迫力が確かにあった。
「でも、あれは私らしくないよな…。
そうだ、私らしくない!!」
殺気に圧倒され一度は逃げてしまった。
でも、もう一度挑めば良い。
何度でも何度でも、それを越えられるよう、努力して努力して…
そして、レミリアに文句を言わせずに堂々と紅魔館に乗り込んでやるのだ。
「そうと決まれば、さっさと寝る!
明日からレミリアが納得するまで何度でも挑んでやる」
魔理沙はそう心に決め、無理やり眠りについた。
4:00
咲夜はレミリアが散歩に出てしばらく経ったあと、
ケーキと紅茶を持ってフランの部屋へと向かっていた。
フランが不機嫌になっているのはわかっているため、
いつものように少し時間を置いて落ち着かせ、ご機嫌を取るつもりだった。
コンコンとフランの部屋の無機質な扉を叩き、部屋の中に入っていった。
「フランドールお嬢様、ケーキをお持ちしました」
「……」
普段なら咲夜に文句を言いつつもケーキに手を伸ばすはずだが、
今日のフランはベットに座り込んだまま、身動き一つ取ろうとしなかった。
普段とは違う態度に、咲夜は違和感を感じつつもフランに歩み寄っていく。
「…フランドールお嬢様、レミリアお嬢様もちゃんと考えがあって
貴女を止めているのですよ」
「……」
歩み寄りながら、普段は決して言うことない『意見』を述べる。
「何も貴女が憎くて閉じ込めている訳ではないのです。
ですから、お嬢様の期待に沿えるり」
その意見がフランの逆鱗に触れようとしていた。
「期待って何?あいつは私に何か期待してるの?」
「フランドールお嬢様、れみ」
だが、咲夜はそのことに気付かない。
「うるさいっ!うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいっ!!」
フランは咲夜の持ってきたケーキを跳ね除けた。
ケーキは地面に落ちて潰れ、ティーカップは砕け、トレイは床に転がる。
「あいつは私のすることを何でも否定する!
私の存在さえ否定している!!」
フランの精神状態が危険なことに気付いた咲夜はとっさに時間を止め距離を置こうとした。
しかし、フランは咲夜の目の前、
時間を止める間もなく咲夜はフランの持つ魔杖を叩きつけられ、轟音を立てて壁に激突した。
その様子に部屋の外に控えていた妖精メイドが慌てて逃げ出した。
フランはその妖精を追うこともせず、ゆっくりと部屋の外へと足を進めた。
「あいつの言うことなんて、もう聞かない。私は私の思うとおりに行動する」
床に転がったトレイが咲夜がぶつかった壁の近くに当たり、カランッと音を立てて止まった。
地上へと続く長い通路をフランはゆっくりと歩いていた。
その途中で出会った妖精メイドのほとんどはフランの姿を見るなり
慌てて逃げ出していったが、一部の、ほんの数体の妖精がフランを説得しようと近づいた。
しかし、それらの妖精たちはフランに触れることも出来ずに身体の内から弾けた。
「ふふふ、メイドのクセに私の邪魔をしようとするからだよ」
フランは心底楽しそうに笑い、地上を目指して歩き出した。
歩き出したが、フランの目の前に無数のナイフが唐突に出現した。
フランは慌てることなく、左手に持った杖でナイフを払いのけると
正面、ナイフの向こうに突然現れた咲夜を睨みつけた。
「あれぇ…生きてたんだ」
「えぇ、あれくらいで死んでいては紅魔館のメイド長は務まりませんので」
壁に叩きつけられた衝撃で一時的に気を失っていた咲夜であったが、
すぐに気がつき、フランを追いかけてきたのだ。
「ふんっ、あそこで壊れちゃえば良かったのに!」
フランはそう言うと、杖を振りかざし咲夜に向かっていった。
しかし、フランが杖を振り下ろした時には、咲夜はフランの遥か後方へと移動していた。
「…咲夜の能力って、ほんっと嫌な能力だよね」
「お褒めに預かり光栄ですわ」
フランはゆっくりと咲夜の方へと振り返った。
その顔には怒りや苛立ちといった感情が純粋に表れていた。
咲夜はフランの視線に圧倒されないよう、気を引き締め相手の攻撃に備え姿勢を低くした。
するとフランは、無造作に紅弾を放った、天井に向けて。
「なっ!?」
ここはフランの部屋へと続く通路。
そして、フランの部屋は地下深くに存在する。
フランの攻撃により天井が崩壊し大量の土砂と岩盤が流れ込んできた。
咲夜は自分に向けて攻撃が来ると想定し、かなりの距離をとっていた。
慌てて時間をとめて移動しようとするが、
気付いた時には既に通路は土砂で埋まり、完全に閉じ込められていた。
「あははははっ、咲夜の相手なんて面倒でやってられないよ!」
フランは土砂の壁に向かって笑うと、悠々とその場を立ち去った。
咲夜が閉じ込められたあと、妖精メイドたちにもフランの行動が知れ渡ったのか、
フランの前に姿を現すものはいなかった。
フランは誰もいない地下通路を越え、いくつもの階段を上り、ついに地上へと繋がる階段の前に立った。
しかし、地上に繋がるその階段には一人の少女がゆったりと佇んでいた。
「パチュリー…」
「あら、フラン。こんな所で何をしているのかしら?」
本を片手に佇むのは七曜の魔女パチュリー。
その姿は実に堂々としていて、表情からも自信の程がうかがえた。
だが、その自信も今のフランには何の意味も持たない。
「あはっ…あははははっ!パチュリーも私の邪魔をするの?」
パチュリーに対してフランは狂気を顕わにして睨みつけた。
フランの視線にパチュリーは臆することなく、微笑を浮かべた。
「いいえ。邪魔をする気なんてないわ。ただ…」
「…ただ?」
「ただ、我侭な友人の頼みで、その友人の我侭な妹様を大人しくさせようと思ってね」
「ぁぁぁああああああ゛!!」
パチュリーが口を閉じた直後、フランが奇声を上げ、右手を突き出した。
ボンッ
フランが右手を握ると、鈍い音を立ててパチュリーの身体が弾けた。
弾けた身体から切り離されたパチュリーの頭が階段から転げ落ち、フランの足元へと転がっていく。
「……」
フランはパチュリーの頭部を一瞥すると、無造作に踏み潰した。
踏み潰された頭部はボフッという軽い音を立てて崩れ去った。
「…何て言うんだっけ?泥人形?それともゴーレム?」
いつの間にか、フランの周りには無数の人影が並び、フランを囲むように輪を作っていた。
その人影たちは、パチュリーの姿をしたものはもちろん、美鈴、咲夜、レミリア、
そして、フランの姿をしたものも存在した。
「対魔理沙用に開発中だったゴーレムよ。
今日はあまり体調が良くないの。だから少し楽をさせてもらうわ」
何処からともなくパチュリーの声が響くと、フランを囲んでいた人影、
パチュリーのゴーレムたちが、一斉にフランに襲い掛かった。
「あはははははははっ!!ゴーレムなんかで、この私を止めれると思ってるの!?」
フランは迫り来る無数のゴーレムたちを左手に持った杖でなぎ払い、
右手で握りつぶし、紅弾で破壊した。
フランは圧倒的な力を発揮し、ゴーレムたちを圧倒したかの様の見えた。
だが、ゴーレムは壊しても壊して、次から次へとフランに襲い掛かった。
「くっ、こんな玩具にぃ!!」
さすがのフランもゴーレムの数に押され始めた。
そこでフランはゴーレムを一掃しようと、杖に魔力を込めた。
「今よ!」
その瞬間、パチュリーはフランの周りにいる全てのゴーレムを自爆させた。
爆風と土煙で動きと視界を制限されたフランは驚き、決定的な隙を作ってしまった。
パチュリーはその隙を逃さず、ゴーレムの残骸、土を媒介にドヨースピアを放つ。
ドヨースピアはフランの両手、両足を打ち抜き、そのままフランを壁へと張り付け、
とどめとばかりに最後の一本がフランの腹部を貫いた。
「がふっ」
「フラン!そのまま大人しくしていなさい!」
フランは腹部を貫かれた衝撃に吐血し、
パチュリーは簡易ではあるが、フランの力を封じる結界を張った。
結界を張り終えると、パチュリーはフランの前に姿を現した。
どうやら、周囲に水の幕を張ることで光の屈折を利用し姿を隠していたようだ。
壁に張り付けられ、俯くフランを見つめ、パチュリーは軽く咳払いをした。
「……」
「…フラン、貴女がどういうつもりで行動を起こしたか多少は理解しているつもりよ。
だからこそ言うわ、もう少し…?」
パチュリーはフランを諭すように話しかけたが、何か違和感を感じて口を閉ざした。
パチュリーが探るように注意深く近づいていくと、フランはゆっくりと顔を持ち上げる。
「…フラン……?」
「……クスクス」
フランは力を封じられ、更に壁に張り付けられる事で完全に自由を失っている。
しかし、フランはパチュリーを見つめたまま、不敵に笑っていた。
フランが笑っている、そのこと自体も違和感を伴うことだが、
それとは別の違和感がパチュリーには感じられた。
「フラン…貴女一体なにを……」
フランを問いただそうとパチュリーはもう一歩踏み出した。
その時、パチュリーの真後ろでゴーレムが突然立ち上がった。
そのゴーレムは何の躊躇もなくパチュリーの腹部を背後から貫く。
「ぇ?」
パチュリーは自分の腹部から生えた腕を信じられないような目で見つめた。
そして、そのままゆっくりと顔を後ろに向けると、そこにはフランの姿をしたゴーレム、
いや、禁忌『フォーオブアカインド』、フランの分身体が立っていた。
「…しまっ……がはっ」
自分の失敗に気付いたパチュリーは分身体から逃れようとしたが、
分身体はパチュリーの腹部を貫いたまま、パチュリーの身体を持ち上げた。
「あはははははっ!!どうパチュリー?お腹を貫かれる気分は??」
「ぁ……ぁ…」
大量の血を吐き苦しむパチュリーを尻目に、フランは残り二体の分身体を呼び寄せ、
パチュリーの張った結界を破った。
「ねぇ、どんな気分なの?ねぇ、お腹を貫かれてどんな気分になったの?」
「…ぁ…ぅ」
苦しむパチュリーに、フランは嬉々として尋ねるが、パチュリーはうめき声を上げるのが
やっとで会話など出来るような状態ではなかった。
何も話そうとしないパチュリーにイラつき始めたフランは杖を握りなおした。
「ねぇ…答えてくれないなら……」
フランは握りなおした杖を振り上げた。
「壊れちゃえ!!」
フランは杖を無造作に振り下ろした。
「やらせません!!」
フランの振り下ろした杖がパチュリーに届く直前、
フランの懐に人影が飛び込んできた。
「なに!?」
「はぁぁあああ!!――三華『崩山彩極砲』――」
飛び込んできたのは、紅魔館の門番、紅美鈴。
妖精メイドからの緊急要請に応え、全速力で駆けつけてきたのだ。
美鈴は気合と共にフランに拳を叩き込んだ。
「ぐっ」
フランは防御どころか、受身を取ることもできずに吹き飛ばされた。
その様子にフランの分身体たちは一瞬呆気に取られたが、その隙もほんの僅かなもの。
美鈴がスペルを放った直後の状態から迎撃体勢へと切り替える前に美鈴へと襲い掛かった。
後先考えずに飛び出したことを美鈴は一瞬後悔したが、
そうしなければ、恐らくパチュリーをパチュリーを救うことは出来なかっただろう…
そんな諦めにも似た感情が芽生えた。
しかし、フランの分身体は美鈴に攻撃を加える前に無数のナイフに囲まれた。
「そう簡単にやらせはしない!――幻葬『夜霧の幻影殺人鬼』――」
美鈴に襲い掛かろうとした分身体はもちろんのこと、
パチュリーを持ち上げていた分身体も、咲夜のナイフで貫かれ、消滅した。
咲夜は血で真っ赤に染まった手で、そっとパチュリーは抱きとめた。
「さ、咲夜さん、その手…」
美鈴は咲夜の血まみれの手を見て驚き、声をかけたが、咲夜はそれを制した。
「美鈴、油断するのはまだ早いわよ」
「はっはい!」
咲夜の注意に美鈴が返事をすると、それを待っていたかのように、
ひたひたと足音が三人の方へ向かってきた。
「なんだぁ…咲夜、もう出てきちゃったんだ」
「えぇ、これでも随分と苦労したんですよ」
「…それに、美鈴まで来たの?ホントにみんなで寄ってたかって私の邪魔をするんだね」
「い、妹様…」
フランは不快感を隠しもせず二人の顔を見つめた。
「ねぇ、二人とも…そんなにあいつの言葉が大事なの?」
「もちろんですわ」
「もちろんです」
「あっそ」
フランの質問に二人が即答するとフランは全身に殺気を漲らせた。
「じゃぁ、二人とも壊れちゃえ」
フランは完全に戦闘体勢に入った。
咲夜はフランのその様子に表情を曇らせた。
すると、フランと咲夜、二人の視線の間に美鈴が立った。
「咲夜さんはパチュリー様を安全なところへ。
妹様…いえ、フランドール様、貴女の相手は私がします」
「美鈴っ!?」
咲夜は美鈴の顔を見上げた。
そして、その表情を見ると口から出掛かった反論を飲み込んだ。
「わかったわ。五分だけ一人でお願い」
「五分といわず、何分でも何時間でも任せてください」
「…お願いね」
美鈴の言葉で決心が付いたのか、咲夜はパチュリーを抱きかかえたまま、
時間を止め移動した。
「さぁ、フランドール様……いきますよ!!」
「あははっ!門番ごときが私に勝つつもり?」
「やってみなければわかりません!!」
「やる前からわかりきってるよ!!」
美鈴はフランのセリフが終わる前に飛び出し、一気にフランとの間合いを詰めた。
実際にフランの言うとおり、フランと美鈴の力の差は歴然としている。
フランの攻撃を一撃でも受ければ、美鈴の負けはほぼ確定と言って良いだろう。
つまり美鈴が勝てる唯一の方法は、フランに攻撃させないこと。
美鈴は詰めた間合いから流れるような動きで蹴りを、拳を、繰り出した。
フランは普段の美鈴からは想像できない、思い切りの良い攻撃に戸惑い防戦一方となった。
フランは苛立ち紛れに杖を振るうが、いとも簡単に避けられた。
それでも諦めず、美鈴を掴もうと手を伸ばすが、逆にその手を受け流され、
強烈な蹴りを喰らう結果となった。
「くぅ、門番のクセに!!」
「まだまだぁ!!」
強烈な蹴りでそのまま吹き飛びかけたフランに対して、
美鈴はすばやくフランの後方に回り込み、両手に気を集中する。
「いきます!!――極光『華厳明星』――」
吹き飛ばされたフランに叩きつけるようにして放たれた必殺の一撃は正確にフランを捕らえた。
フランは気弾の奔流に飲まれ壁へと勢いよく激突した。
「ハァ、ハァ…」
美鈴は息を荒げながらも、舞い上がる砂埃の向こうを油断せず見つめた。
そして、数秒と経たないうちに美鈴の見つめる先、砂埃の中心からフランがゆっくりと姿を現した。
「ねぇ…あれで本気?」
「…くっ……」
姿を現したフランは、まるでノーダメージだ、と言うように首を曲げ、肩を回した。
その様子に美鈴は焦りを覚えるが、咲夜の前で大見得を切った手前、逃げ出すことなど出来ない。
「あんなのお話にならないよぉ…やっぱり門番はただの役立たずだったねぇ」
「あの攻撃で足りないというのなら…
貴女が止まるまで攻撃を続けるまでです!!」
美鈴は叫ぶと再びフランに詰め寄り攻撃を再開しようとした。
先程は簡単に間合いを詰めることができた。
だが、今度は美鈴が間合いを詰めようとした瞬間、
美鈴が気付かないうちに、既にフランが目の前に迫っていた。
「なっ!?」
フランは容赦なく美鈴に驚く暇さえ与えず、杖を叩きつける。
その杖を美鈴は間一髪の所で受け流し、反撃を試みるが、
その時にはフランは美鈴の間合いから離脱していた。
「……は、速い」
「お前が遅いだけだよぉ…だから、最初に言ったでしょ…
門番ごときが私に勝てると思ってるのかって!!」
フランは再び、美鈴の視覚では捉えきれない動きで美鈴に迫り、
杖を振りぬき、美鈴を貫こうと腕を突き出した。
フランの攻撃は、既に美鈴が知覚できる速度を超えていたが、
日々の鍛錬により染み付いた動きが、美鈴の身体を動かし、紙一重でそれらの攻撃を避けていた。
しかし、その動きも美鈴自身の限界を超えた動きであったため、そう長くは続かない。
フランの攻撃が美鈴の身体をかすめた。
そのかすった一撃でさえ気を失いかねないほどの激痛であった。
「くぁ!?」
「これで…!!」
激痛に驚いた美鈴はフランに対して決定的な隙を与えてしまったはずだった。
だが、フランは追撃をせず、美鈴との間合いを広げた。
「…ホント邪魔……一番邪魔……咲夜なんか大嫌い!!」
フランの発言でハッとした美鈴が後ろを振り返ると、
瞳を朱色に染めた咲夜がフランを睨みつけていた。
「美鈴、よく頑張ったわね。
ここからは私も全力を出し切ってフランドール・スカーレットを止めるわ」
「咲夜さん……はいっ!!」
美鈴はフランの注意が咲夜に向かっている隙に自分の最も得意とする間合い、
格闘戦をするための間合いまで迫った。
フランは慌てることなく、美鈴を迎え撃とうと杖を構えた。
そうしてフランの注意が美鈴に映った瞬間、フランの目の前にナイフが出現する。
フランは美鈴を打ち払うために構えた杖でナイフをムリヤリ叩き落すが、
ほんの一瞬の間、フランの視覚から美鈴の姿が外れる。
その数秒を美鈴は見逃さず、攻撃を加えていく。
美鈴を狙えば咲夜のナイフが目の前に迫り、咲夜を狙えば美鈴の一撃が迫り、
攻めあぐねたフランがスペルを使おうとすれば、二人同時にタイミングを合わせて攻撃してくる。
まるで姉妹のような息の合った二人の連携攻撃の前にフランは完全に攻撃の手を封じ込められた。
「ぅぅぅぅううううううああああああああああああああ!!」
フランは奇声を上げがむしゃらに攻撃を仕掛けるが
全て難なく避けられ、成すすべもなく反撃をうけ続けた。
咲夜と美鈴、二人に勝利の予感が芽生え始めた時、
ほんの少しの気の緩みが生じた時、
美鈴の攻撃がフランに当たり、フランが大げさに吹き飛んだ。
咲夜も美鈴も一撃離脱を基本に攻撃していたため、
フランが攻撃を受けてよろめく事はあっても、吹き飛ぶことなどないはずだった。
予想外の行動に咲夜と美鈴は驚き、一瞬、思考が止まった。
その時、吹き飛んでいくフランの瞳が咲夜を捉えた。
フランは咲夜を瞳に捕らえたまま右手を突き出す。
そして、突き出した右手を…
咲夜は咄嗟に手に持っていた懐中時計をフランと自分の視線の間に投げた。
次の瞬間、咲夜の目の前でパンッと音を立てて懐中時計が弾けとんだ。
「咲夜さん!?」
「うっ!?」
時計の弾けた音で、我に返った美鈴は咲夜の方を振り返った。
「大丈夫よ!それより来るわよ!!」
咲夜の無事を確認しホッとしたのも束の間、
美鈴の目の前には吹き飛んだはずのフランが既に迫っていた。
「残念、外れちゃったかぁ」
文句を言いつつもフランには先程までの焦りはない。
「くっ…はぁ!!」
美鈴は先程までと同様に咲夜の援護を期待して攻撃を繰り出した。
当然、美鈴の攻撃は簡単に避けられ、その代わりに咲夜の攻撃が迫る…はずだった。
「え!?」
「くっ」
「やっぱり~♪」
フランは美鈴の攻撃を避けたままの姿で悠々と立っていた。
驚く美鈴に説明するかのようにフランは楽しそうに話し始めた。
「咲夜って、確かさっきの懐中時計を媒介に能力を発動してたんだよね?
ということは、時計がなくなったら、発動は出来ても…」
美鈴はフランの言わんとしている事に気付き咄嗟にスペル発動のために気を集中する。
「今までのように切れ味の良くは…」
咲夜も同様に持てる魔力の全てを注ぎ込むように一点に集中した。
「発動出来ないよね!!」
「――彩華『虹色太極拳』――」
「――傷魂『ソウルスカルプチュア』――」
「そんなの効かないよ!!――禁忌『レーヴァテイン』――」
フランの杖から舞い上がる炎の刃は天井を溶かし、地上の屋敷さえも吹き飛ばした。
普段の倍以上の威力を誇るレーヴァテインが放つ熱気だけで、
咲夜と美鈴、二人のスペルの威力は相殺され、フランにかすり傷一つ負わせることが出来なかった。
フランは笑いながら、その笑い声さえも飲み込む熱気を放つ炎の刃で無造作にその場をなぎ払った。
直撃は何とか避けた美鈴だったが、振り抜かれたレーヴァテインの衝撃波を受け、
はるか後方へと吹き飛んだ。
「ぐぅ!?」
美鈴は背中を打ちつけた衝撃に呻き声を上げた。
激痛に顔を歪めながらも、美鈴は必死で体勢を立て直した。
「あははははははっ
咲夜はもう役立たず!美鈴から壊すことに決めた!!」
「く……はっ!?」
レーヴァテインを振りかざし、ゆっくりと美鈴に歩み寄ってくるフラン。
逃げ道は…
逃げ道は…美鈴の後ろにある図書館へ通じる扉のみ
「あははははははっ」
フランの笑い声が響く中、美鈴は図書館の中の二つの気配に気付いた。
弱々しく今にも消えそうな気配と、必死にそれを救おうとする気配。
「ぅ…」
「あはははははははははははははははっ」
今、美鈴が図書館に逃げ込めば美鈴自身は助かるかもしれない。
だが、中の二人は確実にフランに壊されてしまうだろう。
ならばフランの横をすり抜けて逃げるか?
それも一つの手だが、美鈴がすり抜ける時にフランがレーヴァテインを横薙ぎに振りぬいたなら、
美鈴自身も、そして強力な結界が張ってある図書館さえも破壊されるだろう。
どうする?
どうすれば助かる?
「あははははははははははははははは…
何したって無駄だよぉ…みんな、みんな、ぜ~んぶ私が壊すからさぁ!!」
フランは美鈴を嘲笑うかのようにゆっくりとレーヴァテインを持ち上げた。
そして、全てを焼き尽くす炎の刃が振り落とされる。
「さぁ!!壊れちゃえ!!!」
「ぁ…」
その瞬間、美鈴の中を妙な感覚が駆け抜ける。
美鈴はその感覚に身を委ね、
両手に自分の持つ全ての、限界を超えた全ての力をこめた。
「…今度こそ……
今度こそ守って、守ってみせる!!」
美鈴は正面からレーヴァテインの炎の刃を受け止めた
「あははははははははっ」
「ぅ…ぁ…ぁぁぁぁああああああああああああ!!」
岩さえも溶かす灼熱の炎を気を手中した素手で受け止める。
熱い、痛いなんてレベルではない。
普段ならこんな怖くて痛いことは決してやらない、いや出来ない。
だが、今の美鈴には可能だった。
今の美鈴だからこそ可能だった。
「あはは…は……は?
なんで、なんで?なんで止めれるの!?何で門番ごときにぃ!!」
さすがのフランも驚きを隠せなかった。
フランは美鈴に止められた事実を否定するかのように、
レーヴァテインを持つ手に更に力を込めた。
「消えてしまえぇぇぇええええええええええ!!」
「わ、私は…私は絶対に諦めない!!」
威力を増したレーヴァテインを圧倒しかねない気迫で
美鈴はその炎の刃を受け止め続けた。
「くそぉぉおおおお!!」
「フランドール・スカーレット!!」
フランが意地になってレーヴァテインを振り抜こうとした時、
咲夜がフランの背後から飛び掛った。
その手に握られているのは、銀のナイフ、
咲夜の残り少ない全ての魔力のこもった一振りのナイフ。
そのナイフが咲夜の手によって、吸い込まれるようにフランの身体に突き刺さる。
それはフランの心臓を的確に捉えていた。
「ぁぁあああ゛!?」
決して致命傷になることはない。
しかし、レーヴァテインを止めるには十分過ぎる一撃。
レーヴァテインは激しい閃光を放って消滅し、フランはその場に倒れた。
レーヴァテインの熱気にあてられ、更に魔力も尽きた咲夜は、
倒れそうになる身体を引きずるようにして美鈴のほうへ歩み寄る。
「め、美鈴…よく頑張ったわね…貴女のお陰で…」
「……」
「美鈴…?」
「……」
咲夜は、両手を正面に構えたまま動こうとしない美鈴の頬へ、そっと手を当てた。
すると美鈴は咲夜の触れた箇所から溶けるように崩れ去っていく。
「…美鈴?」
咲夜はその様子を呆然と眺めていた。
そして、美鈴が崩れ去ったその先には、図書館へと続く扉が傷一つない姿を保っていた。
「ぁ…ぁぁ…」
その扉を見た瞬間、咲夜は大声を上げて泣き出した。
普段の咲夜からは想像できないような声で泣き、狂ったように灰を、
美鈴だった灰をかき集めようとした。
かき集めようとしたが、無情にも灰は咲夜の手をすり抜けていく。
「美鈴ーーー!!」
「うるさいよ」
赤い影が夜の空を駆け抜ける。
考えるべきことはたくさんある。
やらなければいけないこともある。
思い悩みながら空を舞い、出ることのない答えを探し続ける。
そうして飛び続けて一体どのくらい経ったのだろうか、
空が白み始め、夜明けが迫ってきた。
さすがに帰る時間だと、レミリアは紅魔館の方へ向きを変えた。
その時、紅魔館から轟音と共に炎が立ち昇った。
咲夜が瓦礫の山に衝突し、ガシャンッという轟音が響いた。
「ねぇ、咲夜ぁ?」
フランがモクモクと粉塵のあがる方へと歩いていく。
瓦礫の山に埋まった咲夜は、生気のない目でぼんやりとそれを見つめていた。
「咲夜って人間だよね?」
フランは咲夜の前に立つと、咲夜の首を掴み持ち上げた。
咲夜はそれでも生気のない目でフランを見つめるだけで、何の反応も示さなかった。
フランは首を捻り、考え込むようなポーズをとった。
「人間は脆いモノだって聞いたと思ったんだけど、咲夜ってさ…
なかなか壊れないよね。美鈴と違って」
「!!」
美鈴の名前をだした途端に、咲夜の目に僅かに光が戻った。
その様子にフランはニヤリと笑い、そのまま咲夜を崩れかけた紅魔館の壁へと投げつけた。
咲夜は壁に激突し、その衝撃で壁が崩れ落ち咲夜の上へと降り注いだ。
「あはははははははっ」
「…ぅぅ……」
フランは大声で笑いながら、またゆっくりと咲夜の元へと向かっていく。
咲夜はボロボロの体を引きずり、瓦礫の中から這い出た。
そして、周りの瓦礫で身体を支え、なんとか立ち上がった。
「わぁ、すごいすごい!その身体で立ち上がるなんて、
咲夜ってホントは人間じゃないでしょ?」
「フ、フランドール…」
立ち上がった咲夜の手には先端の尖った瓦礫が握られていた。
その瓦礫を見たフランは腹を抱えて笑い出した。
「あははははははははははっ!!
何?そんなもので私を止めようっていうの!?」
「……」
「むだむだぁ、銀のナイフで止められなかったことを、
もう忘れちゃったの?」
そんなことはもちろん百も承知だ。
だが、今の咲夜は…
「…ぅ……うぁぁああああああああ!!」
自分の身体を支えきることさえ出来ない、そんな状態で、
咲夜は倒れこむようにして、瓦礫をフランに向けて突き出した。
フランが片手で瓦礫を奪い取ると、咲夜はそのままフランの足元に倒れた。
「あははははは~っと、…そろそろ飽きちゃったかな」
「ぅぅ…」
「うん。もう咲夜で遊ぶのは飽きちゃった。
次は~、そうだなぁ…魔理沙でも探してみようかな」
「…め、めい…」
「そういうことだから…バイバイ、咲夜」
咲夜は涙で滲む目でフランを睨みつける。
フランは笑顔で咲夜から奪った瓦礫を持ち上げ、そしてその手から瓦礫が放たれ…
「貫け!!――神槍『スピア・ザ・グングニル』――」
「!?」
白く明るくなり始めた空に真っ赤なオーラを纏ったレミリアが浮かんでいた。
レミリアの放ったグングニルはフランの右腕もろとも瓦礫を消し飛ばした。
「…お嬢、様」
「……」
レミリアはフランを睨みつけ、
フランは消し飛んだ右腕を押さえながらレミリアを睨み返した。
「フラン、一体これはどういうことかしら?」
「あら?お姉様は目が悪くなったのかしら?」
「どういうこと?」
「自分の目で見てることがわからないのか?ということよ」
フランが挑発するように目を細めた。
その瞬間、レミリアがフランに飛び掛った。
「フラン!!」
「あははっ!そんな攻撃で私が捉まるとでも?」
「いけ、サーヴァントフライヤー!」
レミリアは咲夜のそばに着地すると、間髪いれずにフランに追撃を放った。
その足元で、咲夜はレミリアに向かって苦しげに声を上げた。
「お嬢様…すみま…」
「咲夜は休んでろ。フランは私が止める」
「…め、めい…美鈴が…」
「…くっ」
咲夜の様子から、美鈴の結末を悟ったレミリアは目を血走らせ、
サーヴァントフライヤーに追われているフランを睨みつけた。
「フラン!!お前はぁ!!」
レミリアはそう絶叫すると、物凄い速度でフランに迫った。
「あはははははっ
なぁに?お姉様も壊されたいの?」
「私のものを壊した、その罪の重さを思い知れ!!」
フランは残った左腕に杖を持ち、サーヴァントフライヤーをなぎ払った。
しかし、サーヴァントフライヤーが破られることなど、レミリアの予想の範疇。
レミリアは、杖を振ったことでがら空きになったフランの懐に飛び込み、鋭い爪を突き立てた。
何度も何度も、爪を突き立て、ついにフランの身体が上下に引き裂かれた。
「がふっ」
さすがのフランも身体を真っ二つにされ、苦悶の表情を浮かべた。
「さぁ、フラン!己の愚かさを知れ!!
――『スカーレットディスティニー』――」
「愚かさ?なにそれ?」
ドンッと鈍い音が鳴った。
「!?」
その瞬間、レミリアの右腕が消し飛んだ。
「ふふっ…ねぇ、お姉様?愚かさってなにかしら?」
ドンッ、ドンッと何度も音が鳴り、
その度にレミリアの左腕が、右足が、消し飛んでいく。
「なに!?」
フランの能力はありとあらゆるものを破壊する。
だが、その能力は不完全で対象を確認する眼と、能力を発動させる右手が必要なはずだった。
しかし、今のフランは右腕を丸ごと失っている。
それにも拘らず、レミリアが受けた力はどう考えてもフランの破壊する能力だった。
「フラン、一体何を…」
レミリアが困惑して問いかける間にも、左足が消え、翼が消え、肩が、わき腹が…
「あはははははははははははははははははははははっ」
5:30
頭部だけとなったレミリアは重力に逆らうことなく地面へと落下した。
フランは自分の上半身と下半身を繋ぐと、ゆっくりとレミリアの元へ降りていく。
そしてレミリアの元へと降り立ったフランは、
愛おしそうにレミリアの首を左手で掴み上げた。
「ねぇ、お姉様…私はこれでも、お姉様のことが好きだったんだよ?」
フランはレミリアの首を見つめて話し続ける。
「でもね、私は何でも持ってるお姉様が大嫌いだったんだよ」
話し続けるにつれ、フランの表情から愛おしさが消え、憎しみが増していく。
その様子に首だけとなったレミリアが怯えた表情を浮かべた。
フランはそれを満足そうに見つめると、レミリアの首を胸に抱くようにして東の空の方へと向けた。
「ねぇ、お姉様、朝だよ」
東の空から降り注ぐ朝日、その光によってレミリアはもちろん、
フラン自身も徐々に灰へと変わっていく。
「あははははははははははははははははっ
ねぇ、次は仲良くなれるかな?なれるよね。
今度こそ、今度こそみんなで仲良く、仲良く遊ぼうよ」
「いやぁぁぁぁあああああああああああああ!?」
「あれ?咲夜ぁ…
うん、そうだね。咲夜も一緒に、一緒に行こうよ」
朝日で気を取り戻した咲夜にフランが歩み寄っていく。
「そうだ。パチュリーも美鈴も、あと小悪魔も仲間外れにしちゃいけないよね」
「お嬢様ぁぁぁあああああああああああああ!?」
やがてレミリアが完全に灰と化し、フランも身体の半分近くが灰と化した。
それでもフランは自由になった左手を咲夜の首へと向ける。
そして…
5:40
「ぁぁぁあああああああ!?」
咲夜は自室のベットで飛び起きた。
「ハァ…ハァ…ぐ……おえぇぇ」
咲夜は悲鳴を上げて飛び起きるなり、嘔吐した。
「ハァ…ハァ…何?今…私は……一体何を?」
そして、一日が始まる。
―――――――――
時間
それは過去、現在、未来をつなぐ不可逆的な流れを持つもの
こちらも非常に抽象的な概念だ
しかし、彼女はそれを操る
但し、彼女は時間を止めることは出来ても、戻すことは出来ないという
彼女に限らず、時間操作能力者は皆、時間を戻すことは出来ないという
果たして、それは事実なのだろうか?
術者自身が気付いていないだけで、
実は時間を戻すことも可能なのではないだろうか
時間という流れを砂時計に例えてみよう
砂時計の上部にある砂が未来、下部にある砂が過去
そして、上から下へと流れ落ちていく境目が現在
この場合、時間を戻そうとしても特定の時間のみ
下部に流れ落ちた砂の山からたった一粒の時間のみを戻すなど不可能だ
それでも戻そうとするのならば上下逆さまにして下部に流れた砂を全て上部に戻す他ない
つまり時間を戻すという動作は術者も含めて
全てのものが、全ての存在がある地点まで戻ることを指すのだ
これは飽くまで仮説だが、
全てのもの、全ての存在が運命により定められた道を辿っているのだとしたら
術者が気付いていないだけというのも、あながち間違いではないだろう
現に、こうして私は同じ一日を何度も繰り返している
しかし、ここで疑問が浮上する
時間が戻ることにより運命が繰り返すというのならば
何故、私はこうして繰り返す一日を知ることが出来たのか?
本来ならば、誰一人、術者でさえも繰り返される一日に気付くはずはない
つまり、これは彼女の力で運命に綻びが生じたということなのだろうか?
それとも
ドーンという鈍い音が響き、しばらくすると妖精メイドが勢い良く図書館に飛び込んでくる。
「パチュリー様!」
酷く慌てた様子の妖精メイドの姿にパチュリーは『その時』がきたことを悟る。
「フランが暴れてるのね」
「ぇ?ぁ、はい!お嬢さまも不在なのでパチュリー様に」
「わかったわ。あなたは安全なところに隠れてなさい」
妖精メイドはパチュリーに言われるまま、図書館から逃げ去っていった。
その姿を見送ったあと、パチュリーは小悪魔を呼び寄せた。
「何の用ですか?」
いつの間にか図書館に住み着いた本好きの変わり者の小悪魔、
パチュリーは彼女に一冊の本を渡した。
「この本を…そうね、博麗の巫女に届けてもらえるかしら」
「えー?パチュリー様が届けた方が早くないですか?
私はこの図書館から出ることなんて滅多にありませんよ?」
「だからこそよ。あなたがココから出なければならなくなった時、
その時にその本を届けて頂戴」
小悪魔は非常に不思議そうな顔でパチュリーを見返すが、
パチュリーは穏やかに微笑んでいるだけだった。
そして再び、今度は前より近くで、ドーンという音が響く。
その音を聞くとパチュリーはサッと身を翻し、図書館の外へと向かっていく。
「あ、あの!」
その後姿に小悪魔が慌てて声をかける。
「以前にもこんなことありませんでしたか?」
その言葉にパチュリーは歩みを止める。
しかし、止めたのは一瞬だけ。
小悪魔の問いに答えることなくパチュリーは図書館から出て行った。
それとも、彼女自身が能力の負荷に耐えかねて綻びが生じているのだろうか?
どちらにせよ、繰り返される一日は永遠には続かない
砂時計が砂の流れにより長い時間をかけて削られ
その機能を果たすことが出来なくなるように
この一日もいずれ終わりを迎える
終わりを迎えたとき
私たちの運命は変わっているのだろうか?
「ねぇ、レミィ
全ては貴女次第なのよ…」
レミリアの口調とは例を上げて言ってみると
「そう、気品が足りないな。魔理沙、お前には気品が足りない」
って言っているところがあります。レミリアの口調は
「そう、気品が足りないわ。魔理沙、あなたには気品が足りないのよ」
ってなるんじゃないかなって思った。そのほかにもたくさんあるがあえて一番分かりやすいところを例に挙げてたとえてみました。まぁ簡単に言えばレミリアが男っぽい口調になっていたと言う所でしょうか。
その他にも違和感が若干あったが内容的にはよかった。次回作に期待。
心理描写や情景描写がなく表面だけな印象を受けました。
心理描写は敢えて省くとしても情景は描写すべきだと思います。
せっかく面白い観点で話が展開しているのですから、
薄く冗長に書くよりも各部分に肉付けしたほうがいいです。
ただもう少し何か・・・キャラの心理描写があれば良いのかな・・・と。
でも、この話にかなり引き込まれました。
次回にも期待したいです。
繰り返してること、小悪魔もその内気づきそうですね
>フラン自身も灰へと変わっていく
のわりには、その後も普通に活動しとりますな?
読んでくださってありがとうございます。
個別に返事をしたいのですが
かぶっている内容もあるので申し訳ありませんが
まとめての返事とさせていただきます
お嬢様の口調については、
子供っぽく、強気な口調にしようと意識したので、
大天使さんと04-12 13:42:12の名無しさんのように人によって男っぽい口調だと感じてしまうのは仕方ないかもしれません。
言い訳染みてるのであまりよくない言い方ですが、私と大天使さんのお嬢様の性格の捉え方がずれているようです。
こういう口調などを合わせるのは難しいですね…
心理描写は、私の頭の中では出来上がってるのですが、
やはり未熟の一言で…
それを表そうとするとかなり説明臭くなってしまい、
且つ、話がグダグダになってしまうので、中途半端に削ってしまいました。
情景描写はまるで頭にありませんでした。
指摘されて、なるほどと気付いたので、今後は情景などの肉付けを意識してやっていこうと思います。
ただ、心理描写同様
難しいですよね・・・
もっと勉強が必要なのを再確認出来ました。
あと、妹様が灰になっているのに動けるのは何故かという質問ですが、
私のイメージが、光に当たって一気に灰になるのではなく氷が溶けるように灰になっていくというモノだったので、
身体が崩れかけている妹様が咲夜さんに近づいたという感じです。
これも本文中に入れるべき箇所でしたね…
自分の未熟さが身に染みます
ご指摘ありがとうございました。
私はかっこいいお嬢様、好きです。
内容は面白かったです。
むしろこのレミリアならこの口調がいいと思う。
同じ文末が多々あったために、最初は読みにくいと感じたのですが、
読み進めるうちにどんどん引き込まれていきました。
パチュリー(ゴーレム)が弾けた時はどきっとしましたよ。
話自体はとても面白かったです。
口調に関しても全然違和感ないですよ。
緋色様の次回作に期待しています
他の方々が気にしていた描写や口調は、自分は気になりませんでした
うわあ、しかしこれは怖いわ
果たして運命の輪が壊れるのが先か、抜け出すのが先か
非常に気になる
内容に関しては、もう少し登場人物の心理描写を書いて欲しかったかもですね。発想は素晴らしいのに、そこに至るまでの各々の描写が少ないのでなおさらそう感じてしまいました。
そのせいか、咲夜の顔色やレミリアの夢(と思い込んでいる所)パチュリーの言いかけた言葉など、伏線があるところが浮いてしまい最終的にそうなる、ということを露骨に感じ取ってしまいました。最後は良い意味で裏切られたわけですが。
魔理沙をフランの引き金にしたのは分かりますが、そのあとで魔理沙の家での行動描写はいらなかったかもしれないですね。戦闘中、いつ魔理沙が乱入してくるかと思っていたのですが、そんなことはなく、あの描写はなんだったんだろう? と思ってしまいましたから。個人的には蛇足に感じました。
もう少し推敲すれば、素晴らしい作品になると思います。これからも頑張ってください。
まずコメントしてくださった皆さん、ありがとうございます
話は面白かったと言ってくれる人が多いので、ホッとしたというかなんというか…
とにかく嬉しく、とてもありがたいです
そして多々指摘のある描写ですが、
前に返事のコメントを投稿した時にそれを踏まえて自分で読み直したのですが、
違和感の塊ですね
特に04-14 14:46の名無しさんの指摘のように、複線を意識しすぎて逆に浮いてますね…
あと、今更ながら誤字も発見しました
ここまで未完成な状態だと何だか悔しく、次回作などと現を抜かしてる場合じゃないと感じたので、
指摘された箇所、心理描写を重点的に修正しようと思います
04-14 01:57の名無しさん
よかった。とコメントしてくれて、ありがとうございます
しかし、この程度で満足していては良い作品にはならないので、もっと多くの人に認めてもらえるように修正をしていきたいと思います
あと、04-14 14:46の名無しさんから指摘の魔理沙の件ですが、
私としては「明日から」の部分を意識してもらいたかったのと、お嬢様に言い含められたままだと後ろ向きで魔理沙らしくなかったので、前向きな彼女を入れようと思いました
なので、この描写は修正後も残すつもりです
見方によれば蛇足っぽく映るのもわかりますが、私は必要な描写だと思っています
今のままであれば、面白かったのですが、1人称に絞らないのであれば
3人称からの情景描写がもっと欲しいです。
シリアスでバトルものであれば、セリフの掛け合いでは魅力が出せないので。
でも、話は僕の好みなので80点いれさせてもらいますー。
でも勢いのある文が書けるのはすごいことだと思います。
次回に期待で。
自分は、楽しんで読むことができました。
ただ、これを読んだとき、あるノベルのことを思い出しました。
繰り返すけど面白かったのは間違いないので。
いや・・・まだ読んでくれている方がいようとは と驚いてます。
今ひとつなのは自分で読み返しても感じますので、やはり私の技術が足りないのだと・・・
この話は自分でももう一度書き直したいなぁーとか思ってます。
あと面白かったの一言だけで、物凄く嬉しいです。
読んでくださって本当にありがとうございます