――妖怪は妖怪であるために、人間を襲わなければならない。
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○月×日 晴れ 紅美鈴
大事な話があるからとお嬢様に呼ばれる。もしかして解雇通告だろうか。
明日の夜、お嬢様の私室へと出向くことになる。緊張。
魔理沙は襲来せず、花の成長は順調。
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紅魔館の主人であるレミリアお嬢様とテーブルを挟んで向かい合わせ、私は目の前に出されている紅茶に手をつける気にはならなかった。
部屋に着てから体感10分は経過した。お嬢様は会話もない重苦しい空気をさほど気にする様子もなく、普段どおりに紅茶を啜っている。
ああ、胃がキリキリしてきた。
「美鈴。あなたに質問するわ。最後に人間を食べたのはいつだったかしら?」
世間話を振るぐらいの軽さの問い、一瞬聞き間違えかと思ったがどうやらそういうわけでもない。
聞き返すのも失礼なので、しばし考えるポーズをする。
お嬢様の傍に、咲夜さんの姿はない。私と入れ違いにお嬢様の私室から出て行った。
なるほど、合点がいった。人間である咲夜さんに対してのお嬢様の気遣いなのだろう。
「そうですねぇ・・・・・・。咲夜さんと出会う前・・・・・・。いえ、もっとずっと昔から人間は食べていませんね・・・・・・」
その言葉に嘘はない。
いつからだっただろうか、妖怪の身でありながら人間を襲うことを厭うようになったのは。
人間を食べることを否定するようになったのは。
記憶を辿れば、紅魔館に来るずっと前から、進んで人間を襲い、食べるなんていうことを止めていた。
そうなった理由はもう覚えていないが、たいした理由ではないのだろう。
「そう、じゃあ単刀直入に言うわ。一口でいい、人間をあなた自身の手で殺してその肉を食らいなさい。命令よ」
お嬢様は事務的にそう言い放った。
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○月□日 晴れ 紅美鈴
門番をしていると咲夜さんがやってきた。私に対し、1ヶ月ほどの長期休暇を出すことをお嬢様が決めたということの連絡だった。
お嬢様の突然の決定に訝しんでいる様子だったけれど、お嬢様のことだから何か考えがあるのでしょうね、ということだった。
引継ぎはきちんとやるように、それだけ言うと咲夜さんはまた館のほうへと戻っていった。
咲夜さんには、余計な心配をさせたくはない。
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1ヶ月の長期休暇、それが意味することは単純明快。
「1ヶ月の猶予期間をあげる、だから人間を食ってこい」
お嬢様の運命視によれば、私の運命はこれ以上なく不安定な状態らしい。
妖怪でありながら人を襲わず、食わないことが、存在自体が曖昧にしている・・・・・・。
何をバカなことをいっているんです、私はこんなにも元気ですと主張はしたが、お嬢様は悲しそうに目を伏せるだけだった。
境界を操る大妖怪、八雲紫。
まずは彼女を訪ねなさい、お嬢様はそれだけ言うと、部屋から出て行くように命令した。
「1ヶ月、長いようで短いようで・・・・・・」
大きくため息を吐くと、紅魔館を背にして歩き出した。
昨日、1ヶ月暇を出されたと部下に話すと、意外な反応が返ってきた。
もっといろんな反応があると思ったが、皆して覚悟を決めたような顔をして、がんばってきてくださいとだけ。
もしかしたら、咲夜さんが根回しをしてくれていたのかもしれないな。
部下は門まで見送りに出てきたけれど、咲夜さんやお嬢様は出てこなかった、当たり前か。
少し寂しい気もするが、でもたかが1ヶ月だ。
問題はない。
八雲紫、どこに住んでいるかもわからない謎の多い妖怪、けれど私には何個かアテがあった。
行こう、一路博麗神社へと。
なんとなく、空は飛びたくない気分だった。
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○月△日 晴れ 紅美鈴
道中、妖怪に襲われている親子を見かける。目の前で死なれると夢見が悪いので妖怪を追い払ってやった。
知能が低く、腕力だけの妖怪だったので軽く蹴散らすことができた。
親子に感謝され、夕飯をご馳走になる。
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父親は妖怪に殺され、母と子で二人暮しをしているらしい。
私も妖怪なんだと苦笑いで話すと、驚かれたけれど、すぐに柔らかい空気が戻った。
妖怪らしくないね、人間と変わらない。
親子の言葉に、なんだかくすぐったい気持ちを覚えた。
私は一晩泊まっていきなさいという母親の言葉に甘えることにした。
――人は人間を襲う妖怪を退治しなくてはならない。
博麗神社はあいにくと留守のようだった。参道は低級妖怪だらけで、鬱陶しく思いながら軽く蹴散らしてきた。
こんなんだから神社に参拝する人間がいないのだ。
一度あの面倒くさがり屋の巫女を説教してあげようかしら。
「おや?珍しいのがいるね」
後ろから不意にかかる声。
声の主の気配をまったく感じることができず、驚愕と恐れを交えて振り向けば、
そこには角を生やした少女が立っていた。
えっと・・・・・・、たしか以前、異変を引き起こした・・・・・・。
「萃香、伊吹萃香だよ。紅魔館の門番さん」
一瞬、戸惑ったのを見過ごさなかったのだろう、伊吹の鬼は少し拗ねた表情で自己紹介をした。
「こ、こんにちは」
「まぁまぁ、改まらなくたっていいんだよ」
見た目は稚児であるが、恐るべき実力を持った少女ということは私でも知っている。敬意を持ってあたるのは常識だろう。
「でも、それは人間の常識、あなたは妖怪なのだから。もっと傲慢に振舞うべき」
ぞくりと背筋が冷えるのを感じた。心のうちが見透かされている。
「面白いね、あんた。人間?妖怪?それともどっちでもないの?妖怪でありながら人間、あなたの本質を見せてもらおうか」
少女の存在感が爆発的に膨らむ。どうやら闘る気満々らしい。
下手に対応すれば機嫌どころか命すら危ないかもしれない、私も構えを取り、少女に相対した。
「大丈夫、軽くいくからさ。でもひしゃげないようにね」
そういってゆらりと少女が動き出す、幸いリーチは私のほうが長いのだ。
得意の間合いをキープしていればそう簡単にやられることはないだろう。
じりじりと詰まっていく間合い、萃香はフェイントを入れる様子もなくゆっくりと近づいてくる。
「飛び道具は嫌いだよ」
牽制のため、気を放とうとした瞬間にそれを咎められる。
いったいどこまで見透かされているんだろうか、背が脂汗で濡れてきた。
不意に、風切り音が響く。
トスン
思いがけない形で戦いは終わった。
「いだぁ~い」
涙目になる小鬼、頭には太い針が刺さっている。
「この馬鹿鬼、神社が壊れたらどうすんのよ・・・・・・。あら、珍しい顔もいるのね、咲夜やレミリアは?」
階段から駆け上がってきたのは神社の主、博麗霊夢だった。
隣で涙目になっている鬼からは、先ほどまで発せられていたプレッシャーを感じ取ることはできない。
というか、霊夢ぅ~と足にすがりついて頭を撫でてもらっている様子を見ると、仲のよい姉妹に見える。
まったく、なんだったんだろうか・・・・・・・。
「それで、門番だけで何の用?」
一頻り鬼を撫で終えたようで、霊夢は私のほうへと向き直った。
八雲紫に会いたいのだと霊夢へと伝えると、霊夢は何もない空間へと針を投げた。
「きゃんっ」
途端、空間に割れ目が広がり、中から隙間妖怪、八雲紫が姿を表した。
「なぁに霊夢ぅ~、そんなにツンツンしちゃって」
「うるさい、このストーカー」
「「ストーカーじゃないもん!」」
「なんで二人で叫ぶのよ」
手を頭当ててため息を吐く霊夢、同じ状況に置かれれば私だってそうするだろうが。
その姿は異様に板についていた。そして、私を放置してそのまま漫才を続ける3人
いつまでも終わらなそうなので無理やり終わらせることにした。
「あのー、私、八雲紫さまに用があって・・・・・・」
「ああんもうくすぐったい、ゆかりん☆ミって呼んでよぉ」
扇を手にあて、妖艶に微笑む隙間妖怪。いったい全体お嬢様は何故、こんな胡散臭い妖怪に会えというのか。
「でも、先に言っておくわ、人間と妖怪の境界を固定しろ。だなんていわれても私はしないわよ」
金色の瞳が、私を刺し貫いた。
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○月$日 晴れ 紅美鈴
博麗神社に行く、そこで珍客、伊吹萃香と八雲紫に会う。
二人はしばらくすると、家主に断らずに宴会をはじめた。
宿のアテがないと言うと、霊夢が一晩泊めてくれるらしい。
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「はい、お茶」
「あ、ありがとうございます」
なけなしのお茶だろう、博麗の巫女はとてつもなく貧乏で柱を齧って飢えをしのぐとも聞いたことがある。
しかし、客にはしっかり茶を出すとはなんたる精神。
霊夢の優しさに思わず涙ぐんでしまった。
「あんた、絶対今失礼な想像したでしょ」
ジト目で睨んでくる霊夢、いいえそんなことはありませんよ。私はあなたの優しさに心を打たれました。
口に出すのは気恥ずかしいので、返事代わりにお茶を啜る。
「あっ、おいしいですね」
霊夢へと感謝の気持ちを込めて、笑顔を向ける。
「はぁ・・・・・・。みんなあんたみたいな妖怪だったらいいのに。あんたみたいに腰の低い妖怪は見たことがないわよ」
庭で勝手に宴会を開いている萃香と紫に向かって、特大のため息を吐きながら巫女は茶を啜った。
人の家に勝手に上がりこんで宴会を開けるのなんて幻想郷を探しても少ないのではないか。
そう思い、知り合いの顔を頭に浮かべてみれば、そのほとんどが宴会を開ける資質の持ち主でウンザリした。
というか、自らの主人からしてそうだった。
「それで、あんた気にしてるの?」
「何がですか?」
「さっきのことよ、紫が言ったじゃない。人間と妖怪の境界がどうたらーって」
「あぁ、そのことですか」
八雲紫は言うだけ言うと、そのまま萃香と宴会の準備をはじめてしまったので、言葉の本意はわからない。
「私には、よくわかりません」
頭をポリポリをかいて、困ったような表情をつくる。
「・・・・・・ほんとあんたって、人間よりも人間くさいわよね」
巫女はそういうと、お茶を啜った。
ただ単に、あなたが人間離れしてるのでは? と衝動的にいいかけたけれど、怒られそうなので止めておいた。
代わりに、お茶を啜る音で返事をしておく。
――私の名前、新しい名前。今日から私が紅美鈴。
夢を見た、遠い遠い昔の夢。
夢の中の「私」は、まだ名前もない弱い妖怪だった。
野山を駆け回り、小動物を追い回して腹を満たす生活。
段々と獲物は大きくなっていき、猪を日常的に狩るようになったとき、自らの底にある衝動に気づいた。
「人を狩る」
私は何の躊躇いもなく、目に付いた人間を狩ることを決めた。
私が住んでいたのは、今はどこかもわからない遠い国の山の中。
人間は滅多に通らないから、普段は動物を食べていた。
でも、他の動物よりも何より、私は人間の肉が好きだった。
柔らかい内臓を引きずりだし、一心不乱にしゃぶりつくすのが何よりの快感だった。
夢の中で、私の腕は、男のようにゴツく、毛むくじゃらで強靭な腕をしていたように思う。
場面が変わる。
川のほとり、乾いた喉を潤すため、水面に顔をつけて水をがぶがぶ。本当に動物のよう。
渇きを潤し、ふと水面に写った「私」を見ると。そこには人間の少女が写っていた。
そこで目が覚めた。
隣に敷かれた布団では、巫女がすやすや寝息を立てていた。隣で妖怪が、人間を食う妖怪が寝ているというのに。
いや、私は人間を食べない、理由は忘れた。だが、夢の中の私は嬉しそうに人間の肉にかぶりついていたじゃないか。
・・・・・・いやな夢を見た。全身汗まみれになっている。
気分転換に、外を歩こう。
絞ったら汗が垂れそうになる寝巻きを脱ぎ捨て、いつもの服装へと着替える。
そういえば、いつから私はこの服を着ているっけ。
縁側へ出て、軽くノビをする。
どうやら宴会はとっくに終わっているようで、誰かがいる気配もない。
庭には空き瓶やその他のゴミがそのまま放置されていた、まったく傍若無人な奴らである。
霊夢が起きると不機嫌になるのは目に見えているので、一宿一飯の恩義、片付けておこうかと思い、庭へと降りる。
「起きてきたのね、紅魔の盾」
嬉しそうな、弾むような紫の声。
気配を感じないところをみると、隙間から話かけてきているのだろうか。
「ええ、いやな夢を見たんですよ。本当に」
目の前の空間が裂け、紫が姿を表す。
「そう、あなたにとって夢と現の境界は曖昧ではないのかしら?」
「あいにくと、狂ってるつもりはさらさらありませんよ」
そう、と紫は呟くと、何かを思案するようなポーズをとった。
「ねぇ、あなた」
「はい?」
「あなたは非常に曖昧な存在だわ。閻魔さまがここにいれば、どちらか白黒つけたがるでしょうね。
それぐらいにあなたは揺れているの、人間と妖怪という狭間に。
でも、何故揺れているのかをあなた自身は忘れてしまっている」
それは非常に悲しいことなのよ。
目を伏せる紫。
「あなたは心の底に封じてるものがあるわ。そう、あなたは本来の自分を奥底に隠してしまっているの。
でもそれはとても不安定・・・・・・。一度壊れてしまえば歪に捻じ曲がり、二度と同じ形には戻らない。
レミリア・スカーレットはそれを危惧して私に使いをよこしたのね」
お嬢様が?
今、なんと言った?
「あなたが望むと望まざると、幻想郷を乱す可能性があなたの中にある。その決着はあなたの中でつけてもらうわ」
手をとりなさい、と甘く囁く八雲紫。私は言われるがまま、その手をとった――
正直,自分もまだ違和感があるものの期待しています.
続き期待してます
だが、面白そうなにおいがプンプンするぜ。
理由や原因の描写無しにいきなりそれを前提にして話を始めているので、
芯が弱い感じを受けました。内容はまだ前編ですが普通に良いです。
得点は後編の方で入れさせて頂きますぜb