「って夢を見たのよ」
「はぁ」
机を挟んであぐらをかいて踏ん反り返る雛を見て、早苗は「はぁ」としか言えなかった。
いや、なんでわざわざ私に言いに来たんですか? と言いたくて仕方が無い。
「えっと、その夢は誰が言ったんですか?」
「諏訪子さんよ」
あぁ、だから私に言いにきたんですか。
と一瞬思ったが、よく考えれば全然関係ない。
そりゃあ守矢神社に来れば諏訪子には会えるかもしれないが、雛は一直線に早苗に向かってきたのである。
早苗の許可が必要とでも思ったのか。
「…………」
「諏訪子さんの夢を見た。って事はつまり、諏訪子さんが私に何か用事があるってことでしょう?」
「…………」
絶句してみた早苗。
なんだこのとんでも思考な神様は。チルノなんてレベルじゃねーぞ。
そんな言葉をゆっくりと飲みこんで、早苗はとりあえずお茶を飲んだ。
そして一息ついた後に、申し訳なさそうに一言つぶやいた。
「えっと、申し訳ないんですけど、今諏訪子様いないんですよ」
「どこにいるか知ってる?」
「いえ、何も言わずに出て行っちゃったので」
「そう……」
顎に手を当ててなにか考え事をする雛。
あ、これは帰ってくれる流れじゃないかな? と淡い期待をもつ早苗だったが、もちろんそれは淡い期待でしかなかった。
雛は顎に当てた手をどけると、にこやかな笑顔を浮かべた。
「それじゃあ、早苗さんも着いて来て」
「……え?」
「諏訪子さんを探しにいくから、早苗さんも」
「……え、っと」
次の言葉を言わせる間もなく、雛は早苗の手を取って歩き出した。
これが厄神様の力か。雛が来てから早苗にはよくない事しか起きていない。
まだ神奈子の昼食は作っていないし、このあと家中の掃除をしようとしていたのに。
掃除はいいとしても、神奈子のご飯は拙い。まだ寝ているからいいものを、起きた時に早苗もいなくてご飯も無かったらかんかんである。
早苗は引かれる手にちょとした抵抗を加える。
「あの、私ちょっと用事があるんですけど……」
「大丈夫。うまくいけば夕方には終わるから」
雛と一緒に行動してうまくいくはずが無い。
と思う早苗だったが、もうここまで来るときっと抜け出すことは無理だろう。
しかたないとばかりに早苗は加えていた抵抗を解いた。
神奈子には申し訳ないけど、外の世界にいた時に持ってきたカップラーメンで我慢してもらおう。
きっと今日は、雛が守矢神社を訪れた時点で早苗には厄が降りてきているんだろう。
これが無かったらいい神様なのになー。と思った早苗だったとか。
「居ないけど?」
「滝には居ないみたいね」
「……」
いきなり滝かよ。
という言葉も飲み込んだ早苗だった。
雛はあれでなかなか傷つきやすい神様だからあまり強くは言えないのだ。
なんだかんだで優しい早苗だった。
そんな事はさておき、雛と早苗は目の前にいる椛とにとりのきょとんとした顔を見ていた。
どうやら大将棋をしているようだった。
しかしそのルールが分からない早苗としてはどうでもよかった。
「なに、今諏訪子様神社に居ないの?」
「はい。何も言わずに朝方出かけてしまって」
「今諏訪子様神社って漢字並べるとそういう名前の神社みたいじゃない?」
「あぁ、確かにそうですね」
にとりと話す早苗だったが、雛と椛のどうでもいい話も耳に入ってすこし頭に来ていた。
お前は諏訪子様探してるんじゃないのかと。なんで私が率先してんだと。
「……それで、にとりさんは何か知りませんか?」
「全然。今日はずっと椛と将棋してたから」
「あ、そういえば」
話を振られた椛は何かを思い出したように手をポンと叩いた。
「何か知ってるの?」
「射命丸さんが何か言ってた気がします。どこかで諏訪子さんを見たって」
「天狗ね。わかったわありがとう。さ、行くわよ早苗さん」
必要な情報だけ聞きだすとさっさと歩きだす雛。
ほんとにめんどくさい神様だなと思いつつ、2人に分かれの挨拶をして早苗も後をついていくのだった。
「あの、そういえば雛さんは諏訪子様に会ったらなにを話すんですか?」
「きっと諏訪子さんはあの質問がしたかったのよ。だから多分私の顔を見たら、いの一番に聞いてくるわ。
なんで回るの? ってね。だから私は答えるのよ。厄神ですからー。って」
あぁ、この神様は回りすぎて脳みそが腐っちゃったんだな。と結論づけた早苗はもう何も聞かなかった。
もう今日は好きなだけ振り回されてあげようと早苗はモクモクと歩いている。
……歩いている?
「あの、雛さん。文さんの居場所、知ってて歩いてるんですよね?」
「……早苗さん。あの幻想郷中を駆け回るような最速の天狗に追いつけると思ってるの?」
つまりはまぁ、知らないといいたいのだろう。
じゃあなんでこんな自信満々なんだよ。と言いたいけど言えない。そんな世の中。まさにポイZUN。
今さっき好きなだけ振り回されてあげようと誓った早苗だったが、前途多難である。
果たして家に帰れるのはいつなのか。夕飯までには帰りたいものである。
ちなみに、その頃の神奈子様。
「早苗ー。ご飯ー……っていないし」
ジャージ姿でダラダラ全開な神奈子は家中を探していたが、早苗はもちろん見つからなかった。
なので、寝ぐせぼさぼさな頭を掻きながら台所に向かった。
「……ったく、お昼御飯の準備くらいして出掛けろっていうのよ」
ブツブツと早苗に向けての不満を漏らしながら、神奈子は棚からカップラーメンを取り出した。
そこに、『諏訪子』が顔を出す。
「おーっす。何してるの神奈子」
「早苗がご飯準備してなかったから、これ食べるのよ」
「へー、あの早苗が。あ、ついでに私のもよろしく」
しょうがないわね。と言いながら本当に仕方なさそうにもう1つカップラーメンを取り出す神奈子。
諏訪子はポットを取り出してお湯を沸かしていた。
「そういえば、あんた今日どこか行くんじゃなかったの?」
「え? あぁ、大天狗さんとこにちょっと話し合いにね。今帰ってきたんだけどね」
「早かったのね」
「まぁね。簡単な話だったし。本当は神奈子も連れていった方がよかったんだろうけど……」
「はいはい、どうせ昼まで寝てるようなズボラですよ」
「わかればよろしい」
そんなわけでまぁ、ちょっとした、あっさりとネタバレをしつつ場面は早苗と雛に戻ります。
報われない旅を続ける2人を、どうか和やかな目で見てやってください。
「射命丸? 見た? お姉ちゃん」
「ううん。見てないけど」
「そう。うーん、だったらやっぱり山には居ないのかな」
顔を見合せる秋姉妹を見ながら、なんかこんなに長距離を歩くのは久し振りだなぁと、肩で息をしながら早苗は思った。
まさか全部の移動が徒歩とは思わず、もうくたくたである。さっさと風呂に入って寝たいくらいである。
でも腕を組んで首をひねる雛をおいて帰るわけにもいかない心優しい早苗ちゃんは仕方なく着いて行くのでした。
「早苗ちゃん、疲れてるみたいだけど大丈夫?」
「……だいじょう、ぶ」
「大丈夫な人はそんな息が途絶え途絶えじゃないわよ?」
「もう、早苗さん。キツイのならキツイって言えばいいのに」
確かにその通りである。
でもそんな正論を連れ回して雛自身に言われると釈然としない。
いや、でもそれはやっぱり自分が言えばよかっただけで、ようは自分のせいなのか。
とちょっとだけ早苗は落ち込んだりした。
「ごめんね2人とも。時間とらせちゃって」
「ううん、別にいいよ」
「それより雛。あなたこの前うちのお芋盗ってったでしょ?」
「ギクゥ。いや、あれは厄が……」
自分でギクゥとか言うなよ。つーかそこで厄を言い訳にすんなよ。
とか思ったけど、今回は体調的に言えるような状態じゃなかったので飲み込んだ。
なかなかこの神様といると思い通りに喋れない。これも一種の厄か。と早苗は思った。
「まぁいいけどね。どうせ腐るほどあるんだし」
「なに言ってるのよ静葉! うちのお芋が盗まれてるのよ!? うちのアイデンティティーがよ!?」
そもそも、なんでこの季節に芋ができてるんだよ。と言いたがったが、残念ながら早苗は芋はいつ採れるのか知らないので下手なことは言えない。
とりあえず秋が旬なんだろうって事は理解しているのだが。
まぁとにかく、なぜか始まった秋姉妹の口喧嘩を避けるように雛は歩きだした。
「雛さん。あの、放っておいていいんですか?」
「あぁいう問題は第三者が口をはさむべきじゃないわ」
「でも原因は雛さんじゃ……」
「シーッ!!」
いや、シーって。
でもまぁ、確かにこの喧嘩に巻き込まれたくないから去るのが得策だろう。
この口喧嘩もまぁ、雛の巻き起こした厄の1つだと思えば秋姉妹も納得するだろうし。
そう結論づけると、早苗も雛に続いて歩きだした。
なんだかんだで、雛に毒されてきた早苗である。まさにポイZUN。
「歩けども歩けども見つからない……」
「……雛さんと一緒にいると見つからないんじゃないですか?」
すっかり日が落ちてしまった夕方過ぎ。
重い足取りで早苗と雛は歩いていた。
雛なんかはむしろ回りながら歩いている。器用にもほどがある。
「あら、そういう事言うの早苗さん。とびっきりの厄を与えてあげるわよ?」
「ちょ、厄をそんな使い方しないでくださいよ」
「冗談じゃない。やーねー」
冗談と言いつつも、厄を与えてあげるわよ? の時の目はかなり本気に見えた。
やっぱり厄介な神様な雛だった。
「(でも考えてみれば、厄介っていう字に厄って字があるんだから当然かもしれない)」
「あーあ。どうやったらあの天狗を見つけることができるんだろうなー」
「……適当に新聞のネタになりそうなことでも言えば勝手に寄ってくるんじゃないですか?」
自分で言っておいて微妙な案である。
いやしかし、あのネタドランカーな射命丸ならありえない事も無い。とも思える。
射命丸とはそういう存在なのだった。
「そうね。えーっと……早苗さんと霊夢に熱愛発覚――ッ!!!」
「ブッ!!! ばか、ありえねー!!!!!!」
「それは本当ですかぁぁぁぁぁあああ!!!?」
「って本当に来たー!!!」
さすが幻想郷最速である。
ドップラー効果を与えながらのご登場な射命丸である。
息を切らせるでもなく、メモ帳片手に推参。
「嘘よ」
「嘘ですか。まぁ時にはガセネタも必要ですからね。そのネタいただきです」
「止めてください。霊夢さんにも迷惑がかかりますから」
射命丸からメモ帳をふんだくりつつ、数ページをビリビリに破いた。
メモ帳を破いたところで意味は特にないのだが、精神的ダメージを与えるためである。
「あーあ。せっかく1週間書きためたネタが……」
「どうせ覚えてるんだからいいじゃないですか」
「まぁそうですけど。それで、なんの用ですか?」
「よくぞ聞いてくれました」
わりとどうでもいいみたいな反応の射命丸に早苗は呆れつつ、雛は一歩前に出て胸を張った。
「あなた、諏訪子さんがどこにいるか知らない?」
「諏訪子さん? えっと、今朝うちの上司……というか、大天狗さまのところに来ましたけど」
「えっ。遊びに行ったわけじゃなかったんですか?」
早苗としては初耳である。
何も言わずに出て行く位なので適当に遊びにでも行っていると思っていたから余計である。
ふーん。と言いながら、雛はさらに追及する。
「それで、まだそこにいるの?」
「いいえ。お昼には帰りましたけど」
「えっ……」
雛からの鋭い視線が突き刺さる。
そんなばかな。さらに初耳な早苗である。
お昼といえば雛と一緒に家を出た辺りで、つまりそれは行き違いで諏訪子が帰ってきたということである。
こちらとしては、先にネタバレしてるから特に驚きは無いが。
「早苗さん……」
「だ、だって知らなかったんですから仕方ないじゃないですか!」
「なんだか分かりませんけど、お役に立てたのなら幸いです」
雛に一方的に攻められる早苗には特に興味は無いのか、射命丸はさっさと帰っていった。
残った雛と早苗は睨みあいを続けている。
「……ここで睨みあいを続けても仕方ないですし、家に帰りませんか」
「そうね。ついでに夕飯でもお呼ばれしようかしら」
え、当初の目的は?
とか思ったけど、その当初の目的自体早苗にとっては正直どうでもいい事なのでスルーすることにした。
「遅いッ!!! 今何時だと思ってるの!?」
「罰として夕ご飯当番!!」
「……それ、いつも通りじゃないですか」
帰ってみると、案の定怒られた。
カップラーメンでも食ってろよニート共。とは口が裂けても言えない早苗である。
そもそも神様をニート扱いするのはどうだろうか。
いやでもまぁ、ある意味でニートなわけだし。
と、なぜかどうでもいい事で悩む早苗の影から雛が身を乗り出した。
「こんばんわー」
「あら雛じゃない。どうしたの?」
「いや、今日一日早苗さんと遊び回ってて。ついでに夕飯一緒にどう? って言われたから」
「遊び回って? 私のお昼ご飯作らないで随分といい身分ね早苗?」
いや、だったら別にお昼ご飯くらい自分で作ればいいじゃないですか。
とは思うものの、作ったら作ったで台所を荒らされるだけなので言わないでおくことにした。
「もう。どうでもいいから3人とも待っててください。急いで適当に作りますから」
「私は和食がいいわ」
「私はカレーが食べたいな」
「あ、それじゃあ私はチャーハン」
「…………」
なんという統一感の無い神様たちだろうか。
神様ってのはどれをとっても迷惑なだけの存在な気がしてきた巫女だった。
「結局、カップラーメン……」
「いや、でも私にとっては珍しいから嬉しいわよ?」
「でも、私達お昼にも食べたばっかだし……」
「文句なら自分たちに言ってください。みんな別々のメニュー頼むからめんどくさくなったんですよ」
結局、夕飯はカップラーメンとご飯だけだった。
手抜きにもほどがあるが、あまり強く言えない3人だった。
それでも、雛にとっては初めて食べるカップラーメンなので物珍しさが勝っているのか、おいしいおいしいと舌鼓をうっている。
「雛が羨ましいわね」
「まったくよ」
「2人とも、外の世界に馴染み過ぎてるんですよ」
まるで現代人かのような物言いの神様2人。なんだこいつら。
結局数分すると、4人共カップラーメン定食を食べ終わっていた。
なんだかんだでもう日が落ちて随分と経ってしまっている。
で、
「……なんで隣で寝ているんですか、雛さん」
「お泊りしてるからよ」
「ぐーぐー」
「むにゃむにゃ」
なぜか4人が川の字? になって1部屋で寝ていた。
ちなみに早苗、雛、神奈子、諏訪子の順である。
ちなみに神奈子は今日一日ずっとジャージだったとか。
それとちなみに神奈子と諏訪子はすでに寝ている。
寝付きがいい神様である。でも神奈子は昼まで寝ていたわけであって。ゴニョゴニョである。
「結局、雛さん諏訪子様に夢の話聞かないし」
「…………はっ!」
「……今気づきましたね?」
「そんなわけないじゃない」
動揺が見え見えだった。
「はぁ……もういいですよ。今日は疲れたんでもう寝ます」
「私が暇じゃない」
「知りませんよ」
結局2人は妖怪の山のほとんどを回ったことになる。
なんであれだけの距離を歩いてこの人は疲れないんだろうか。
「……結局、なんで私達は山をグルーって回ったんでしょうね」
「……あー、それはあれよ」
雛が何かを思いついたみたいな顔で手をポンと叩いた。
どうせまともな話では無いだろうけど、しかたなさそうに早苗は雛の方に顔を向けた。
「……なんで回ってたんですか?」
「厄神ですから~」
そういうわけで、ここで伏線を回収しつつ、2人は眠りについたのだった。
結局は一日暇だった雛の相手をさせられただけの早苗は、次の日は当然のように筋肉痛になったとか、ならなかったとか。
雛かあいいよ!
面白かったです(*^O^*)