季節は春。
色とりどりの花が咲き誇り、命の芽吹きを感じる時。
そんないつも通りの春。
彼女はそこにいた。
「お、見ない顔だな。」
「……。」
「新入りか?」
「……。」
何の反応も見せないことにがっかりしたのか、それとも単に興味を損失したのか、声の主は飛び去って行った。
「……。」
彼女はそこにいた。
そよ風に吹かれ、光沢のある銀の髪が空を泳いだ。
「……。」
一見景色を眺めているように見える紫紺の瞳は、この世を見てはいなかった。
幼い、しかし端正な顔立ちは表情を忘れた人形のようでもある。
身に纏った、雪のように白いワンピースは、不思議と周囲の緑に相反しない。
日が傾き始め、碧かった空が徐々に茜色に染まっていく。
そして、ふと思い出したかのように少女は考えた。
どうしてここにいるのだろう、と。
「っは!」
銀光が一閃し、何もない空間を切り裂く。
一瞬だけ切り裂かれた大気が渦を巻き、刃が切り裂いた空を巻き込んで旋風が舞った。
「っせ!」
瞬きの間、銀の軌跡をなぞるようにもう一閃。
瞬きの終わらぬ間、十字に一閃。
「これで!」
そして最後、振り向き様の居合いを一撃。
澱みのない曲線を描く、直線的な太刀筋は使い手の性格を如実に現している。
「終わった~!」
空を舞った白刃が鞘に収まったとき、銀髪の少女が前にしていた桜の枝は見事に、それは見事に手入れされていた。
「幽々子様~、終わりましたよ~!」
嬉しくてたまらないという風に、魂魄妖夢は縁側に向かって手を振った。
「ご苦労様~。」
白玉楼の縁側にゆったりと腰掛けていた西行寺幽々子も、これまたゆったりとした動作でそれに応える。
「どうですか、今回の出来映えは。」
さも自身ありげに、妖夢は無い胸を大きく張って見せた。
その背後には、徹底的に一部の隙も、隙間も無く手入れされた幽玄たる雰囲気の大庭園が広がっている。
「まぁ、頑張ったんじゃないの~?」
「やった!」
実際に幽々子の目から見ても、嬉しそうに庭を眺める妖夢の腕は間違いなく一流のそれだった。
何の腕が、とは言うまい。
「でも…。」
「う…。」
「先代とは、やっぱり違うわね~。」
「はぁ…やっぱりそれですか…。」
あからさまに項垂れる妖夢を面白そうに眺めながら、幽々子の心は記憶を辿った。
妖夢の先代、魂魄妖忌はこれ以上ないと思うほどの武人だった。両の手にした剣は如何なる敵をも退け、何人が来ようともその闘気の衰えることは無かった。
「先代とは、違うのよね…。」
妖夢は、先代とは違っていた。恐らく誰も、妖夢本人すら気づいていないことだろうが、妖夢は決して自分のために二振の剣を抜いたことは無かった。常に自分以外のために剣を振るっていた。
弾幕ルール。スペルカードシステム。
これが幻想郷で施行されたときも、妖夢は二つ返事でこれの採用を快諾した。
決して剣を振るわぬ、気弾による戯れを、である。
この時、幽々子は傍らにいたのが妖忌ではなく妖夢で、本当によかったと思っていた。
「……? どうしました、幽々子様。」
自分を見つめたまま視線を動かさない幽々子に、妖夢は訝しげに訊ねた。何か、不都合でもあったのだろうか。
「…いいえ、なんでもないわ。」
「本当ですか?私、手違いか何かしてませんか?」
「そんなことよりこんな所でさぼってたら、先代には何時まで経っても追いつけないわよ?」
「うぅ…そればっかり~。」
再び項垂れる妖夢に対し、幽々子は微笑むだけだった。
しかし決して、その笑みに嘲りはなかった。
「う~、む~。」
ごにょごにょごにょ…ごろん。
寝言に続いて寝返りを一つ。
とても気持ちよさそうであり、鬱陶しいとはいえ起こしてしまうのは真に忍びない。
「あ~もう、五月蝿い…。」
他人のベッドを我が物顔で占領する白黒金髪の魔法使いを振り返り、アリス・マーガトロイドはため息を一つ。
再びデスクに向き直り、研究成果の制作を再開する。
何やら怪しい魔道実験の失敗により、霧雨邸の屋根は今現在大穴が開いている。その他にも窓は例外なく殆どが外に向かって弾け飛び、壁面も所々怪しい場所がある。
流石にこれではいかな霧雨魔理沙といえど「星が綺麗で眠りやすいぜ!」などとのたまっている場合ではなく、(少なくとも屋根の)修復が終わるまでアリスの家に泊まりに来ていたのだった。
「別に泊まりにくるくらいならいいのよ…全然全く何にも問題ないんだけど…。」
「マスタァァァァ!!スパアアアアクゥゥゥゥゥ……。」
危うく手元を狂わせそうになりながら跳ね上がり、背後を振り返る。
むにゃむにゃむにゃ…ごろん。
天高く突き上げた平手が元の位置に戻っていくのが見えた。
「寝てるときくらいもうちょっと静かに出来ないの…。」
言葉とは裏腹に、その表情は何処か楽しそうにも見える。
実際、何も迷惑をかけないことを条件に泊まらせている筈だというのにこの騒音を不問としている。ついで、魔理沙には気づかれないよう人形たちは邸宅の修復を手伝っていた。
もう何度目かになる中断と再開を繰り返しつつ、手元の人形はどうやらそれらしい形を取りつつあった。
「これでよしっと…。」
そして、最後の仕上げに取り掛かった。
人形の上に手を掲げ、そっと目を閉じる。
手の平から、淡い光が人形へと降り注いでいく。
見れば、人形の周りには六芒星を基調とした複雑な文様が描かれていた。
そのまま数秒。光が収まると同時に、作り物の目蓋が瞬いた。
そして、動き始めた人形がこちらを見止めるのを待って、アリスは語り始めた。
「目が覚めた? 初めまして。 私の名前は……」
彼女の夜は、まだまだ長い。
早春の緑の中にあって、周囲とのコントラストを完全に無視した紅の館。
現当主は少ない窓の一つを開け放ち、春の息吹を肌で感じた。
すかさず脇に控えていたメイド長が日傘を差し出す。
階下を見やると、門番が仕事をさぼって人間と手合わせしている様子が伺えた。
「いけないわねぇ、美鈴……今回はどうしてくれようかしら。」
「咲夜、虐め過ぎは部下の作業効率を低下させるわよ。」
「それには及びません、お嬢様。ああいった輩は手を抜くと付け上がってしまいますわ。ここは一つ、今年はもう一度もさぼれない様、徹底的に…」
真夏の太陽のような笑みを浮かべ、くつくつと喉をならす従者を横目にため息をつきながら、レミリア・スカーレットは外の門番に視線を戻した。
「懲りないわねぇ、あいつも。」
咄嗟に“あいつ”の名前が出てこなかったが、中国という単語が浮かんだので納得することにした。
「そこ!」
掛け声と共に放った回し蹴りが、相手の側頭部にクリーンヒットした。
しなやかな脚線美に見とれながら、門番に試合を申し込んだ男は幸せそうな表情で弾き飛ばされた。
「はい、ここまでですね。」
「あ…ありがとう…御座いました。」
それなりに端正な顔立ちをした、それなりに育ちのよさそうな、それなりに体力のある青年はふらふらと立ち上がると、相手の門番に一礼した。それに応じて、赤毛の門番も軽く頭を下げた。
「いやはや…もうちょっとで抜かれちゃいそうですね~。」
「い、いえ。まだまだです。」
笑顔で汗を拭く紅美鈴を前に、青年はほんのりと頬を紅潮させた。
額の汗をふき取るのも忘れ、何か意を決したような表情で美鈴の目を真直ぐに見つめる。
「あ、あの…美鈴さん!」
「はい?」
「よかったらこれ、受け取ってください。」
そういって青年は近くに放置していた荷物の中から、袋を一つ取り出した。それなりに大きく、中には長方形の箱が入っているように見える。
「わぁ、ありがとうございます。」
「よ、喜んでもらえて光栄です!」
「所で…なんですか、これ?」
「え~っと、その…とにかく!ありがとう御座いました!!」
真っ赤な顔でそれだけ叫ぶと、青年は走り去っていった。
とりあえず袋を解いて箱を開けてみると、中には×××が沢山入っていた。
「こ、こんなに…。」
一人でこんなものを全て処理するのは皆に悪い。
間違いなく青年は美鈴のみに宛てたのだろうが、そうとは気づかず美鈴は他の門番隊のところに大喜びで駆けていった。
その後ろで氷精やら蛍やら白黒やら紅白が堂々と正門を通っていったが、彼女が気づくことはなかった。
やがて、幻想郷にも夜が訪れた。
少女はやはり、同じ場所に立っていた。
辺りは闇で包まれていたが、少女の姿はその中にあって明るいときより一層はっきりと浮かび上がっていた。
「……。」
相変わらず、表情を忘れた瞳は同じ場所を見つめ続けている。
不意に、少女の姿が揺らいだ。
辺りの闇より一層深い闇が、少女の周りに漂っている。
あなたは何なの?
何の音も聞いていなかった少女の脳裏に、その声ははっきりと届いた。
私は光を統べる者。
少女の周りに漂う闇にも、その言葉ははっきりと届いた。
あはは…じゃあ私と逆ね。私は闇を統べる者。
その言葉に、初めて少女の口元が動いた。少しぎこちなくも見えるが、それは笑みの形を作っていた。
逆…違うわ。むしろ、似たもの同士。
そうなのか~?
いつの間にか、少女の目の前にはもう一人の少女が立っていた。
ねぇ…ところで、ここは何処?
私は何故ここにいるの?
白い少女の問いに、黒い少女は笑って答えた。
なんだ、知らなかったのか~。 ここは……
しかし話のつながりがよく分からなかったのは僕の読解力が足りないせいか
個人的に書き方が好みだったので、次回作を期待する意味でこの評価を
作中では話の繋がりも読めないので、筆者の意図を読む事が困難でした。
投げかける形を取るにしても、作中に方向を指し示すか
文章そのものをただ並べるのではなく、流れを作る形にするとわかり易いかと存じます。
伝えたいものがなかったり、そのまま書き表してしまうものが多い中で、
こうも自然に、読者自身に意図を読み取ってもらおうと文章を配する技量と感性は
たいへんよかったです。
一様に受け取られるとは思いませんが、確かに伝わるものがあると思います。
むしろ読者が自らの考える幸せをこの物語と絡み合わせて、各々の幸せを確立させることこそ、作者さんの狙いなのかな、とも感じました。
ありがとうございます。
これはいいルーミアだ、最初のオリキャラ(?)のシーンでルーミア来そうだなと期待し
見事に期待通り出てきてくれて良かったです。私の考えるイメージと似通っていて楽しく読めました。