あいつは
どうしようもなく
『博麗霊夢』を狂わせる
春告精も通り過ぎ、神社の桜も満開になった数日後。
神社の縁側には鯨幕が掛かっていた。
「そりゃ言い過ぎだぜ」
「あらそう?」
のっそりと起き上がる魔理沙にかけられる言葉は冷たい。
「いくらなんでも鯨幕は酷いぜ。私はそこまで縁起悪いか?」
「お賽銭入れないでゴロゴロされてる分には縁起悪く感じるわ」
「その理屈じゃ白黒じゃなくても縁起悪いじゃないか…」
再び魔理沙は縁側に寝転がる。
なにしに来たのか、と小突く霊夢に魔理沙は締まりのない顔で答えた。
「いやー神社は日当たりいいからなぁ。私ん家と違って昼寝するのに最適なんだ」
巫女チョップが延髄に叩き込まれた。
桜がはらはらと散っていく。
「うべっ」
身動きできない程度に悶絶してた魔理沙の大きく開かれた口に花びらが入ったようだ。
「ぺっ ぺっ」
「汚いわねぇ」
お茶を啜りながら嘆息する霊夢を軽く睨んだ。
「そう思うなら縁側で攻撃しかけるなよ…」
「針の方がよかった?」
「何百本刺されるんだかわかったもんじゃないから辞退しとくぜ」
起き上がり、出されていたお茶を一口啜る。
見上げた桜は満開。風が吹く度にその花びらを散らしていく。
その様はまるで風に薄紅の色がついたかのよう。
「まだは葉っぱは見えないな」
「そうね。まだ見頃は続くわ」
また、お茶を一口。
「じゃあもう一回宴会でも」
「じゃあと繋がって」
「なくはないぜ。言うだろ? 命短しなんとやらってな」
「なにそれ?」
「なんかの詩だったかな。パチュリーのとこで読んだ」
「出所も詩自体も怪しいじゃない」
「いいじゃないか。春は花見。夏は納涼。秋は月見。冬は…まぁ寒いから鍋つつきながら宴会だ」
「やっぱり怪しい」
「お。そうそう正月で宴会だ。新年を祝って」
「後付じゃない。片付ける方の身にもなってよ」
ふう、と陰気な溜息を一つ。
霊夢に似合わないその仕草に、魔理沙は眉を顰めた。
「どうした?」
「別に――ちょっと、桜を見ると憂鬱になるだけよ」
言われ、見上げる。
これといっておかしな所は見当たらない。悪戯好きの妖精が潜んでいるということもなさそうだ。
ただ、満開の桜がそこにあるだけ。
美しい花が、そこにあるだけ。
「……なんでだ? キレイじゃないか」
「綺麗だから、憂鬱になるのよ」
さらに深い溜息一つ。
ますます訳が分からない。
「桜は人を狂わせるのよ」
ぽつりと呟いた言葉に、霊夢を見る。
「桜は花の中で最も強大な魔力を持っているの。散り行く様すら人を狂わせる」
花が舞う。
「毎日毎日見ていると――桜が、狂うのを今か今かと待ち構えているような気さえしてくる」
ざぁ、と風が吹いた。
狂うとわかっていても目を離せない。
花が散る度に正気を削られる錯覚。
風が吹けば――それは桜の花びらに抱き締められているかのように――
「……それは、怖いな」
「ええ。憂鬱よ」
春の象徴。酒の肴程度にしか見ていなかった桜を見上げる。
「確かに……狂いそうだぜ」
桜の下で恋人を殺す男の話を読んだことがある。
桜の下には死体を埋めてあるから美しく狂い咲くという話を読んだことがある。
何故男は恋人を殺したのだろう?
何故桜の下に死体を埋めたのだろう?
うろ覚えだ。
答えなんて出やしない。
だが、人を殺す、死体を埋める。そんな、忌避するべきはずの行為まで……桜の下では美しく見えてしまう。
だから、桜に狂うというのは理解できる気がした。
「…帰るぜ」
「あら、宴会はいいの?」
「そんな話を聞かされたあとじゃやる気が出ないぜ。まぁ幹事やってくれるなら参加するが」
「お断りね」
そうか、と言って黒白の魔法使いは飛びたった。
桜が散る。
日は沈み空は赤から黒に変わりつつある。
赤と黒の狭間。
その色をぼんやりと眺めて、霊夢はお茶を注ぐ。
「こんばんは」
無言で、お茶を差し出した。
「あら気づいてた? もっと驚いてくれると思ったのに」
「何年あんたと付き合ってると思ってるのよ。人間は成長するものよ」
「寂しいわねぇ」
かたりと日傘を置き、紫は縁側に腰を下ろした。
会話は無く、音も無く散る桜の花びらだけが視界を埋める。
もう空は暗く、完全に夜となっていた。
お茶を飲む紫を横目に霊夢は立ち上がり、部屋の行灯に火を入れる。
「桜に、狂うんですって?」
戻りかけた背に言葉がかかった。
「……あんた、いつから聞いてたの?」
魔理沙が帰ってから大分経っているのだが。
はてさて、と誤魔化す紫を無視して縁側に戻り腰を下ろす。
そういえば――紫の古い友人は桜に縁の深い人物だった。
「気を悪くした?」
「なぜ?」
「桜を悪く言ったから」
問いに返ってくるのは曖昧な笑み。人を小馬鹿にしたような、いつもの紫の笑み。
「別に……ただ、ちょっと意外だっただけよ」
答えを求めても、はぐらかされる。
「桜は昔から死を連想させた。死は人間にとって身近で恐ろしいものだもの。桜を見れば狂うのも頷ける」
そんな解釈は求めていない。
「だから誰でも怖がって当然。あれは身近で身近じゃないモノだもの」
私が聞きたいのは――
「だから意外。『あなた』が拘るなんて」
ざぁ、と風が吹く。
「あなたがなにかに拘るなんて」
いつもの、紫の笑み。
「…意味がわからないわ」
パチン
扇子で紫の口元が隠される。
「だって、あなたは博麗の巫女だもの」
風が吹く。
桜が散る。
「どこかに――」
紫は遠くを、桜より遠くの空を見上げた。
「……飛んで行ってしまいそうな女の子が居て……それを見たあなたはどうするかしら?」
「――放っておくわ」
「嘘はだめよ霊夢」
嘘なんてついてない。
真実そう思った。
どこかに飛んでいくというのなら、それは『彼女』が望んだことだ。
ならば『彼女』の望みどおり飛ばしておけばいい。
「私はね」
カタン、と扇子が落ちる。
「摑まえたいわ。逃がしたくない。鳥籠に閉じ込めてしまいたい。だって不安ですもの。いつ消えてしまうか怖くて怖くて――だからずっと傍に置きたいと願う」
霊夢の腕が。
摑まえられていた。
「でもその女の子は拒むでしょうね」
答えられない。
「だって彼女は飛び続けなければいけないのだから。何者にも束縛されずに飛び続けなければいけないのだから」
それがわかっていて、何故摑まえようとする。
「だって、それがどんなに残酷で非道いことでも。私は彼女を求めるから」
それが答え。境界の妖怪が曖昧な笑みではなく真摯な顔で紡いだ答え。
「桜の檻で狂うのなら、それで飛んでいってしまわないのなら、私が一生閉じ込めたい」
引き寄せられる。
「ねぇ『誰にでも平等で』『誰にも束縛されない』『博麗の巫女』――」
紫の顔が近づく。
「あなたは、私を拒むのかしら」
風が吹く――
ジュ、と桜の花びらが行灯の灯りを消した。
狂う。
今まで生きてきた道を外れてしまう。
「逃げないの?」
狂う。
博麗の巫女でいられない。
「――桜に、酔っただけよ」
狂う。
花の匂いに押しつぶされる。
「それでも構わない」
狂う。
思考が一色に塗りつぶされる。
「……一時の、気の迷い」
狂う。
「なら――」
くる う。
「狂ったあなたを 抱き締めさせて」
ああ
こいつは
本当に
博麗霊夢を狂わせる――
ちょっと狂っちゃうぐらいが合ってると思うよこの二人には。
まぁ多分桜だけでなく酒の性でもあるとおもうけど。
私はなかなかこんな話も好きですね。
実際、ゆうかりんにしても、桜にしても、狂わせてしまいそうな感じですしね。
いやはや・・・この紫様×霊夢はいいですね。
桜に狂った二人の情・・・良かったです。
今後また作品を出すのなら期待してます。
これは見事に騙された。
後書き読むまではもっと深い哲学的な意味がこめられていると思ったのに・・・
一気にさめた
こういう雰囲気の作品もいいですね。
突っ込まずにはいられなかったので。
作品自体には溶けました。
主に俺のアタマが。