エイプリルフール。万愚節。呼称は色々あれど、ようは四月初めの一日に、害にならぬような嘘ならついても許されるという珍妙な日のことである。
ここ幻想郷の人里においても、この珍妙なお祭りは言わずもがな広がっている。
本来なら嘘を嫌うはずの鬼は、やや無理のある笑顔を浮かべつつ、けれども有意義そうに嘘を吐いていた。珍しい光景である。
曰く「嘘をつく日に嘘をつかぬのは不誠実」ということなのだとか。ただし、その割り切りが完璧ではないようで、嘘を言う際に強く頬が引き攣っていた。そして、嘘と見抜かれないと泣きそうになるなどということにもなっていた。不器用な存在である。
そして現在、そういう不器用な生物が一人、どういう嘘をつこうか頭を捻っていた。
「……どんな嘘にするべきか」
名を上白沢慧音。真面目に生きてきた彼女にとって、つまらない嘘などに興味はなかった。ただし、こうも人里に嘘の日などというものが広まっていては、自分が参加しないというのは付き合いが悪いように思えたのだ。
そこで問題なのだが、慧音は嘘をあまりついたことがない。
「どういう嘘が良いのか……」
歴史書を読み返してみるが、嘘はろくなことがないとしか描かれていない。また、嘘つきの話は読んでいて気分が良くない場合が多い。
この読書家、娯楽小説などとは無縁であった。
「おはよう、慧音」
「あ、妹紅」
丁度良い客だ、妹紅に聞いてみよう。
そう思って、すぐに思い直す。それでは、妹紅を騙してやれないじゃないか、と。
慧音の現在の認識に於いて本日に限り『騙すこと=挨拶』というような認識が成立しつつあった。誤解であるが、生憎ながら正せる人はいない。なお、この誤解は昨晩の妹紅の発言である「明日って、エイプリルフールっていうだろ。出会い頭に嘘をつきあうらしいよ」による。
そこで、慧音は雑談をしつつ、どう妹紅を騙すのかを考えた。そして会話の最中、好機と見るや、慧音は本日一発目の嘘を吐く。
「四月馬鹿というのはだな。本来、三月の終わりまでの自分を嘘として、新しい一年を歩むという為に生まれたものなのだ。これは、大罪を犯しながら、その罪を悔い改めた男に神が慈悲を与え『一度だけ過去を洗い流してやる、昨日までの自分は嘘と思え』と言ったことに由来するらしい。だから、今日つく嘘というのは、自分自身に関するものの方が良いとされている」
会心の嘘だと思った。
「へぇ、そうなんだ」
鵜呑み。
「えっ?」
あまりに会心の嘘過ぎて、その嘘は説得力を持ってしまっていた。
『し、しまったぁ!』
ここで慧音は初めて気付く。エイプリルフールは、嘘だと相手に気付いてもらえないと成立しない。
「あ、いや、あのな、妹紅」
「あ、ごめん慧音。私ちょっと用事があるから帰る」
「えっ」
そう言ったと思うと、妹紅は短く挨拶をして慧音の家を飛び出してしまった。
「ま、待て妹紅!」
追って飛び出すが、既に妹紅の姿はどこにもなかった。
「というか、私に四月馬鹿は騙さないといけないと教えたのはお前だろうが! お前が騙されてどうする!」
声は空しく響いた。
けれど、そのまま固まっていてもつまらないので、慧音は次の嘘についてを考えることにした。
『……まぁ、後で嘘だったと伝えれば良いしな』
とか思いつつ、罪悪感が溜まる慧音であった。
『難しい』
慧音は少しめげていた。
あれから里の人間に対して、いくらか嘘をついた。しかし、そのほとんどを里のみんなが信じてしまったのだ。嘘と説明して、初めて驚かれる始末である。
みんなの内心で言えば『慧音様も嘘をつくのか』『上白沢様も、意外とお茶目なのだな』などと好評であったのだが、それは慧音の耳に入らない情報なので、慧音にとっては未だ嘘による成功はないものとなっている。
ちなみに、何故か嘘をついたら驚いた里の人に飴玉をもらった。慧音の頭の中に、ハロウィンが少しだけ浮かんだ。
そんな上手く嘘がつけず悶々としていると、慧音は魔理沙と遭遇した。
「よっ、慧音」
「あぁ、魔理沙か。こんにちは」
そこまで口にしてから、慧音の脳裏に電撃的に指令が走る。
『今度こそ、出会い頭に!』
そう思い、慧音は判りやすい嘘を心掛ける。
「おや、魔法の森から煙が上がっていないか? お前の家の方じゃないだろうか」
ここから魔法の森はよく見えない。そして、慧音の見ている方角は魔法の森の方角でさえない。完璧だ。
「な、何!? それはマズイ!」
しかし、またも鵜呑み。
「え、ちょ、ちょっと」
声を掛けるより速く、魔理沙は飛び上がる。
「あ、そうだ。慧音、博麗神社に来てくれって妹紅からの伝言だぜ」
そう言い残すと、そのまま飛び去ってしまった。
「……何故信じる」
慧音は段々と悲しくなってきた。
妹紅の用件と聞いて、慧音は神社へと歩き始めていた。
そのまま嘘についてを悩みながら歩いていると、今度は前方にチルノを発見する。
「あ、慧音」
「こんにちは、チルノ」
簡単な挨拶をして、慧音はチルノに近付いた。そして、懲りずに嘘に挑戦する。
考えた嘘では上手く騙せないものだから、今度は判りやすい嘘をつくことにした。
「実はな、チルノ。今は秋なんだ」
「? 何言ってんの、もう冬も終わりじゃない」
チルノはポカンとした顔で返す。
「いや、実はまだ秋なんだ」
「あんた馬鹿? いったい何を言って……」
『頼む、エイプリルフールだと気付いてくれ』
そう、慧音は力強くチルノの肩を掴んで目を見る。睨むように、威圧するように。
「う、うぅ……」
慧音の眼光に、泣きそうになるチルノ。ふるふると震え、実に儚くなってしまった。
そんなチルノを見て、慧音はハッと思う。
『……しまった! そうか、エイプリルフールを知らないのか!』
泣きそうになっているチルノから手を離し、頭を撫でる。
「す、すまない、嘘だ、嘘なんだ。四月の一日、つまり今日は、嘘をついて良い日なんだ」
「……あぅ、うぅ……?」
「ほ、ほら、飴をやろう。美味しいぞ」
そう言いながら慧音は先程貰った飴玉をいくつか、鼻をしゃくりあげるチルノの口に放り込む。
それからしばらくして、チルノは落ち着きを取り戻し、何が何だか判らないまま飛び立っていった。
ぼうっとさっきまでの慧音がなんだったのかを考えようとするが、その意識はすぐに口内に移り、慧音から興味は失われる。
「……甘い」
「里の方に新しい社が建っていたぞ。過去の歴史からあそこには古き商売の神がいることが判明してな、奉るようになったんだと」
「な、そんな馬鹿な!」
そう言って、霊夢は飛び去っていった。
「永琳が月に帰ったそうだ」
「えぇぇぇ!」
驚きのままに輝夜は屋敷へと駆けていった。
神社に向かう途中に出会った霊夢と輝夜に何気ない嘘をついたが、やはり本気にされてしまった。
「……私には、嘘をつく才能がないのかもしれない」
半ば本気で悲しんでいた。
しかし、この場合ならどちらかというと、嘘をつく才能が豊かすぎるのかもしれない。
神社につくと、慧音は妹紅を探す。
すると、何故かそこには妹紅の他に、魔理沙、霊夢、輝夜がいた。
「……あ、あれ? お前たち、さっき神社とは逆の方角へ飛んでいかなかったか?」
慧音が驚いた顔をしていると、四人はニヤリと笑う。
「やーい、四月馬鹿」
ケラケラと笑いながら妹紅が言う。
「騙したつもりで騙されてたら世話ないぜ」
ニタニタ笑いながら魔理沙が言う。
「なかなか面白かったわよ」
上品にほほほと笑いながら輝夜が言う。
「……どういうことだ?」
唯一言葉をかけなかった霊夢に、慧音は訊ねかけた。すると霊夢は、微笑みながら答える。
「慧音に騙されたフリをして、慧音を騙そうって話になったのよ。妹紅の発案で」
「なっ、なんだと!?」
まさかの出来事だった。
「それじゃ、みんなが私の嘘を鵜呑みにしたのは……」
「いや、あんたの嘘はいちいち本当っぽくて信じかけたわよ。妹紅が予め教えてくれてなかったら騙されてたわ。ちなみに一番信じかけたのは妹紅への嘘ね」
「逆に、私に対しての嘘は一番バレバレだったわね」
最初から最後まで自分のついた嘘を聞かれていたことが判り、急激に恥ずかしくなっていく。
「うぅ……精進する」
「しなくていいけど」
「あ。もしかして、チルノも騙されたフリを」
「「「「あれはイレギュラー」」」」
「そ、そうか」
魔理沙、妹紅、霊夢、輝夜の四重奏に、僅かに慧音が驚く。
「いやぁ、面白かったよ。たまには嘘つきを見るのも良いもんだねぇ」
「え、あれ、死神?」
慧音が声のする方を見ると、のんびりと神社の縁側に横になっている小町が居た。
「あぁ、今朝からいるわよ。ゴロゴロとここで横になってるわ」
「いいのか、それで?」
ここまで堂々とサボっているのには、慧音も少し呆れてしまう。
「よっと」
小町は起き上がると、慧音たちの方に近付いてきた。
「大丈夫。四季様には病気をしたから仕事を休むって嘘をついておいたから」
そして、ケラケラと笑いながらそう口にする。
「……ほう、そうだったんですか」
ゾクリ。
突如背後から聞こえた声に、小町は全身を震わせて飛び上がった。
「……し、四季様……?」
そこに立っていた人物は、小町の上司にして幻想郷の閻魔、四季映姫であった。
笑顔を浮かべながら、四季映姫は小町を眺める。その瞳が赤黒く見えたのは、恐らく錯覚であろう。
「そうですか……嘘だったのですね」
四季映姫の纏うそれは、笑顔というには感情がなく、怒りというのは熱すぎて、殺意というには粘っこく、もはや固有の感情と結びつけて名を呼ぶことなど不可能であった。
そのあまりに圧倒的なオーラに、小町は腰を抜かして、頬の筋肉の痙攣による半笑いで後ずさる。涙が目に溜まっていく。
「……え、エイプリルフール、ですので……」
涙が溢れ全身が震える中で、どうにかそう言い訳をする。
「なるほど、そうですか。それなら仕方ないですね。許しましょう」
と、映姫の放っていたオーラが薄れて霧散した。
「えっ、本当ですか!?」
「あはははは」
四季映姫は持っていた悔悟の棒を強く握り締め……へし折った。
「ひぃ!」
「嫌ですねぇ、嘘に決まってるじゃないですか」
次の瞬間、炸裂する先程のオーラ。四季映姫の顔が、にこりと微笑む。
その場にいた全員が、強烈な悪寒に襲われた。
「ひぇぇ! 四季様お慈悲を! ご容赦をぉぉぉ!」
「さぁ、行きましょう小町。何、辛いことなんてありませんから」
「それも嘘なんですよね! お願いします、許してぇぇぇ!」
本気で恐怖する声が響き、そして静かに消えていった。
残された者にできることは、ただ静かに黙祷を捧げることだった。
「……ついてはいけない嘘もある、ということか」
「そういうことね。それを、犠牲を持って私たちは知ったのよ」
慧音と霊夢は、空に浮かぶ小町の笑顔を見上げてそう結論づけた。
「「死んでない死んでない」」
魔理沙と妹紅の否定。
「……たぶん」
余計な輝夜の付け足し。
あぁ、四月馬鹿。
けれど、四月に限らずみんな大馬鹿だ。
慧音はそう思い、くすくすと笑う。それを見て、全員が笑う。
ほれ見ろ、こんなに、馬鹿だらけだ。
慧音は一層楽しげに、良く通る声で笑った。
~April Fool’s Day~
「どうしたの、チルノちゃん?」
「ねぇ、大妖精。今日はね、嘘をついても良い日なんだって!」
「へぇ、そうなんだ」
「だからあたい、嘘つくね」
「うん、判った」
「実はね、あたいは妖精じゃなくて妖怪なんだ!」
「うわぁ、チルノちゃんすごいね」
「でも、実は嘘!」
「うわぁ、騙されたぁ」
大妖精はとても優しかった。
でも確かに妹紅への嘘は騙されますってww
あそこまで本当にありそうだと流石にwww
チルノの馬鹿さに乾杯
全体の構成がすごい良かったと思います。
なにより登場人物が皆優しくて読んでて心地よかったです。
私もこんな嘘をつきたかったなぁ。
大ちゃんは笑ってるチルノが好きなのさ…
チルノは類稀な閃きや独自の発想で他をあっと言わせるような何かを持ってそうなイメージ
あと大ちゃん良い子すぎw
えーきさまはエイプリルフールとかには理解を示しそうだけど。
逆に理解を無理に示そうとしすぎて変な風になりそうw
まさか一つ作品ができようとは。
ありがとうございます
大ちゃんのやさしさに本気で感動しました;;
それと、嘘をつこうとする先生に萌えたw
・・・えーき様こえええ!
けーね
そして大ちゃんの優しさは半端無いw
怒ってるえーき様がカッコイイと思ったのは俺だけだろうか?
その場にいる5人にも説教するのかと思ったが
ちょっと残念w
大ちゃんGJ
それにしても大ちゃんの優しさは五臓六腑に染み入りますわあ・・・。