この作品は『従者と主Ⅰ』の続編となっております。
前作での設定を引用しますので、前作から読まれることをお勧めします。
「…大きい」
魂魄妖夢は紅く巨大な屋敷を目の当たりにし漠然と呟いた。
霧の湖の澄み渡った深青、冬を越し葉をつけ始めた木々の淡緑、血の如き紅い屋敷という変わった組み合わせではある。
だが意外に馴染んでおり見ていて飽きを感じさせない。
此処の主の幼さも現れているようだが、流石と言わざるを得ない威厳漂う屋敷は立派な物である。
少々景色を楽しんでいたいがしかし、今日は観光に来た訳ではない。
事の発端は従者達の主だ。
紅魔館に一週間行ってらっしゃいと、従者からしたらとんでもない事を愉快そうに言う幽々子の姿を思い出す。少々頭が痛くなってくる。
だがおちおちそんな事も言っていられない。
遊んでいると知りつつも、こういう時の幽々子は結構本気な事は経験上知っているので、嫌々ながらも紅魔館へやって来た訳だ。
生きて帰れたら良いなぁ、と暢気に心の中で思う妖夢も妖夢なのだろうか。半人半霊だし半分死んでいるだろうに。
遠巻きにしか紅魔館を見た事の無い妖夢だが、屋敷の門とは大概目立つものである。直ぐに見つけることが出来た。
覚悟を決め門まで歩みを進める。門にはあまり迫力の無い妖精メイドが立っていた。しかし門番役なのだろうか、槍のような物を持っている。
「あのう、もしかして魂魄妖夢様ですか?」
「えっ?そ、そうですが」
声を掛けようとした瞬間、逆に話しかけられ一瞬妖夢はたじろいだ。どうして自分の事が分かったのであろうか。
「あ、ええと、幽霊のような物を連れているとメイド長から指示があったので」
成程、自分の半霊を見て分かったのか、と思わず納得。自分の半霊が目印と聞き少し苦笑する。
「お話は聞いています、中へ通せと。エントランスにメイド長がいる思います」
有難う御座います、と律儀に礼をし頑丈そうな門の中へと入った。
中庭は庭園となっている。春を迎え花々が咲き乱る様は、以前見た太陽の畑の景色を切り取ったように美しい。勿論世話も行き届いているのであろう。
「妖夢さん。お待ちしていました」
エントランスでは紅の髪を持つメイド服を来た女性が出迎えてくれた。
見覚えはある。幽々子のお供として出席した紅魔館のパーティーで見かけた事があった。名前はええと…
「確か…中国さんでしたっけ?」
「ち、違いますぅ…。私は咲夜さんの代わりに臨時でメイド長を勤めさせて頂いている紅美鈴、紅美鈴です!」
「め、美鈴さんですね。すみません」
名前を間違えて覚えていたようだ。本名を二回言ったような気がするが何か変な事でもあったのだろうか。
しかし名前を間違えたのは失礼だと思い、直ぐに謝罪する所は妖夢らしい。
「お話は伺っています。まあ、しかし、大変ですね妖夢さんも」
「もう慣れてます」
「そうですか…。ええと、早速ですがお嬢様の所へ案内させて頂きます」
「お願いします」
紅魔館の主、レミリアとは、顔等は無論見た事はあるが話したことは無い。
どんな人物なのであろうか。
やはり吸血鬼という名の通り恐ろしいイメージなのか、はたまた意外と紳士的であるのか。
吸血鬼は紳士的だとどこかで聞いた事はあるのだが、果して信用していいのだろうか。
色々と考えを巡らせている間にも、どうやらレミリアの居る部屋の前に着いたようだ。美鈴がドアをノックする。
中では何か妙に盛り上がっているような声が聞こえるが。
「失礼しますお嬢様。魂魄妖夢殿をお連れ致しました」
「いいわ。入って」
重厚なドアを開くと、そこには煌びやかな椅子に座る、この館の王が・・・居なかった。
「ああっ!パチュリー!後ろから攻撃なんて卑怯じゃないの!」
「貴方が前に居るんだからしょうがないわ」
「フラン少し落ち着きなさい。吸血鬼たるも…パチェ、後ろから攻撃なんて卑怯じゃないの!」
「貴方が前に居るのが悪いの。小悪魔貴方もよ」
「うぇ~ん…」
「さあレミィ、これで邪魔者は消えたわ」
…一体何をやっているのだろうか。少し中へ進み様子を窺ってみた。
おいおい、何処で手に入れたんだ。レミリア達はマリ○カートをやっている。
吸血鬼の威厳などまるで感じられなかったのは幸であるのか不幸であるのか。
もしかすると不幸なのかもしれない。色んな意味で。
「お嬢様、妖夢殿をお連れ…」
「分かってるわよ!ちょっと待ってなさい!それどころじゃないの!」
「はあ」
「赤甲羅三発ですって!何時の間にッ」
「ふふふ…ゴール寸前、それも1発当たって落ちた瞬間更に2発撃ち込んであげるわ」
「くっ!だけど、まだ甘いわねパチェ。ゴールまでには一回アイテムの取れる所があるのよ?」
「そう上手くいくかしらね」
「アイテムゲット!出でよスター!」
アイテムルーレットが回り始めた。ピロリロリロリロ… あ、キノコだ。
「マリ○カート!その運命を貫いてあげるわ。神槍スピア・ザ・グンニグル!!」
「ちょっ!卑怯よレm」
ちゅどーーん!轟音が響く。
哀れ、○りおかーとはレミリアを怒らせた為不運にも灰となってしまった。
「すみません、いつもこんな感じで」
「いえ、べ、別に良いんですけどね」
というやり取りがあったとか無かったとか。
「さて、貴方があの白玉楼の庭師ね。で、そのフワフワは何?」
「これは半霊と言っ…ちょっ!フランドールさん食べないで下さい!」
「わたあめ~」
「綿飴じゃないです!まず食べれないんですって!」
大口を開けて半霊を食べようとしていた魔の手から半霊を救い出した。そしてレミリアも何とか威厳を取り戻し、館の主へと戻る。
こうなると流石に貫禄がある。カリスマの具現と言われる意味も今なら頷ける。
仕草や態度を取って見ても一つ一つが洗練されている事もまた、その威厳を昇華させているのだろう。
「詳しい話は中国、任せたわ」
「美鈴です!名前位覚えて下さいよぅ…」
名前ネタでからかわれている事には気付いていないらしい。中…ではなく美鈴が妖夢に仕事の説明を始めた。
要約すれば掃除炊事etc+レミリア達の相手、らしい。相手が変わっただけで主にする事は白玉楼と変わらないだろう。
だが目に見える部分には一際重点を置いていると言われた。これはメイド長咲夜の意思であるらしい。
洗剤の使い分けや家財の扱い方まできっちりとレクチャーされ、更に少し美鈴の物を見学してから仕事、という形になった。
余談だが、レミリア達は美鈴が説明を始めた1分後にはぷれいすてーしょんとか言う物をやりだした。
自分から従者達を振り回しておいて、いざとなるとあまり興味は無いらしい。
「此処が、一週間使ってもらう部屋になります。
それで、服はメイド服を着て貰います。クローゼットに何着か入っているので洗濯すれば一週間大丈夫だと思います。
部屋にちょっとした洗面所はありますがトイレが無いので、部屋を出て右に曲がる所にあるのを使って下さい。
着替えたらエントランスの方へお願いします。部屋を出て左の階段を下ると出ますので~」
掃除の前に部屋へと案内された。質素であるものの、全て綺麗に片付いており少し安心する。
普段掃除のプロと言っても過言ではなさそうな咲夜がメイド長とあれば、部屋の心配の必要など無かったのかもしれない。
さて早速着替えなければ。しかし気が付いてしまった。
「ッ!」
顔から火を噴くとはこの事だろうか。何故ならば。
(み、短い…)
基本的に紅魔館のメイド服はスカートが短い。いつも着ている服ではあり得ない短さなのだ。
思い起こすと春雪異変の時の白玉楼へ殴りこみに来た、咲夜のメイド服もこうであっただろうか。
ここで着ない訳にもいかない。みんなこの服を着て頑張っているんだ、とみょんな所で気合を入れ一気に着替える。
「おお。私より全然似合ってますよ~」
「ど、どうも…。でもこれ恥ずかしくないですか?」
「そればっかりは慣れるしかないですね~。私も最初はかなり恥ずかしかったです」
「そうですかぁ…」
「でもチラチラ見せたりするのは何が何でも駄目ですよ。はしたない以前にメイドとして失格だ…って咲夜さんの請売りですが」
「は、はい」
嬉しいような恥ずかしいような賞賛を受けた後、一つ注意をつけられた。
チラチラ見せるのが駄目ならスカートを長くすれば良いのに、と口の中で突っ込んでおいた。
「そういえば美鈴さんって、普段は門番でしたよね?」
「そうですが…それが何か?」
「いやあ、随分手際が良いなと思って」
「ああ、その事ですか~。 実は咲夜さんが来る前は一応メイド長をやってたんですよ。取られちゃいましたけど。
時を止めるなんて有能と言うか反則ですよあれは。最近は名前すら忘れられ…ううっ…。
まあそれでも今でも時々代理でやったりします。何だかんだで門番の仕事も結構気に入ってますしね~。
偶に居眠りしてるからってナイフで刺すのだけは止めて欲しいですけど。あれはシエスタです」
「へぇ~」
美鈴の意外な話を聞きながらも掃除の手解きを受けた。
妖夢は掃除に関して結構筋がいいようで飲み込みも早い。他愛も無い話もしながら着々と仕事を覚えていくのであった。
日も山影に隠れただろうか。大分館内も暗くなってきた事を感じる。
天上に吊るされたランプに自動的に明かりが灯されていく。どうやら魔法がかけられているらしい。
「あ!もうこんな時間でした!そろそろ切り上げましょう。これで今日の掃除は終わりですね。お疲れ様でした~」
「あ、終わりですか。お疲れ様です」
「えーと、今日はお嬢様達の食事が終わったら仕事終了ですね。そろそろですし、行きましょうか。」
「はい」
どうやら掃除はこの時間で終わりのようだ。
次の仕事をする為、食堂へと向かって行く。廊下にある巨大な窓から外を見ると日は暮れてしまい、夜の闇を妖怪たちが跋扈し始める頃だというのが伺える。
紅魔館にやって来た際に見た、霧の湖で遊んでいた妖精たちも当に姿を消している。無論人間の姿も無い。
食堂へ着いた二人は早速準備に取り掛かる。美鈴は厨房、妖夢は料理を配膳する仕事を行う事となった。
妖夢も料理が苦手という訳ではなく、寧ろ上手であると言える。とはいえ流石にいきなりやって来た者に厨房が任される事は無かっただけの事であった。
紅魔館全体と幽々子様の食事どちらが多いのだろうか、等と考えていると早速最初の料理が妖夢の下へ回ってきた。
持ってきた妖精メイドによると、どうやら料理名も一緒に言って皿を置くらしい。
「えーっと。まずこの料理がミレリーゲ・アラ・パンナ・コン・イ・ブロッコリ」
「えっと…もう一回お願いします」
「いいですか?ミレリーゲ・アラ・パンナ・コン・イ・ブロッコリ」
「ミレリーゲ・アラ・パンッガッ…って無理ですよ!」
「紙か何かに書いてこっそり読みなさい!」
「あ、はい…これでよし、と」
料理をカートに乗せレミリア達の下へ運んでいく。果して上手く言えるだろうか。
「お嬢様お待たせしました。こちらはミレリーゲ・アラ・パンツッ・・・ナ・コン・イ・ブロッコリです」
ん、とだけ言いレミリアは目で指図する。すると、ちょっと顔を背けた。変な所で噛んでしまったせいか、思わず笑ってしまった様だ。自分の顔が上気していくのが分かる。
恥ずかしさを隠す様に素早く皿をフランドールとパチェリーの前にも置いていった。
一つ目の料理は配り終えたが、一息着く間も無く二つの料理が回ってきた。
「ええとこれがね、トリップ・ア・ラ・モード・カーンとテリーヌ・ド・ポワソン・オセアンヌ よ」
「…はい」
泣く泣く紙に書いていく。誰だ呪文で料理を考えたのは。苛々を静めるために深呼吸をする。
だが、先程のである程度吹っ切れたか、この料理の名前は無事に噛まずに言う事が出来た。
「これが今日のメイン…って、そんな嫌そうな目をしなくても良いじゃない。
今回は簡単だから。仔牛のフィレ肉の包み焼き よ」
「仔牛…って、最初からそんな感じにして下さいよ!」
「プッ、まあ良いじゃないの。終わった事は。さあ、とっとと配る!」
少々腑に落ちないが、兎に角今回は簡単である。無事に配れたのは言うまでも無い。
その後の料理の配膳を無事に終え、空いたお皿を集めて今日の仕事は終わりだ。
「ふう、どうでしたか?初日は」
「呪文料理は勘弁して欲しいです…」
「ああ、いきなりやられちゃったんですかぁ~。妖精のする事ですし、気にしない方がいいですよ」
「はい…」
厨房の仕事の終わった美鈴に、思わず愚痴を零した。分かっているのなら先に教えて欲しかったと思う。
「取り敢えず、お疲れ様です。それじゃあお休みなさい。」
「ええ。美鈴さんもお休みなさい。」
美鈴と別れ、風呂や寝支度を済ますともう一気に眠気が襲ってきた。今日は疲れた。良く眠れそうである。
ベッドに入り、幽々子様はどうされているのだろうか…等と考えている内に眠りに落ちてしまった。
体に沁みついた習慣とはそうそう抜ける事は無い。やはり例外なくこんな時も六時には目が覚める。
昨日の疲れはほぼ抜けたが朝起きるのは辛い。眠い目を擦りながら体を起こすと妖夢はある事に気がついた。
何か空気が重い気がする。もしや、と思い部屋の窓をあけて見ると…しとしとと雨が降っている。
この雨は桜を散らす雨であるのか、はたまた花を映えさせるものなのか。
兎も角として、朝の日差しを浴びる事は出来ないのは少々残念なところだ。
着替えや朝食を済ませると美鈴の方から声を掛けられた。
「おはようございます。良く眠れました?」
「あ、おはようございます。お陰様で。」
「それは何よりです。ええと、午前中の仕事はロビー方面の掃除になりますね。あ、仕事内容は昨日説明したとおりですので。午後は客室をお願いします」
「了解です」
「ではお願いします~」
メイド長代理の美鈴は朝から忙しいようで用件を伝えると直ぐに走り去っていった。
兎も角今日の仕事も掃除である。早速掃除場所へと向かう。
ロビーに着いた妖夢はまず、大理石の床表面の埃を取り、水拭きしその後ワックスをかけていく。
普段とは違う新鮮さもあり、テキパキと掃除を進めていく。
掃除を進めていた妖夢の耳に、どたどたという音が聞こえてきた。その音は相当のスピードで迫ってくる。
「ちょっとパチェ!それシャレになんないわよ!」
「吸血鬼なんだから大丈夫よ。大人しく実験…じゃなかった、ちょっと研究に付き合って欲しいだけ」
「研究って、対吸血鬼用武器の開発なんてしないで!しても意味なんて無いわよ!と言うかやるならフランでやりなさい!」
「妹様は私がやられるかも知れないから嫌」
「私だったらいいの!?」
何と、突然妖夢の目の前を猛スピードでレミリアとパチュリーが文字通り彗星の如く駆けていった。
モルモットになれと言うのである。そりゃ嫌だろう。
雨が降っている為屋敷の外には逃走できないらしい。晴れていても同じだと思うが。
「誰か助けてぇ!」
悲痛な叫び声が聞こえてきた。夜の帝王が、情けなさMAXである。これが幽々子様も言っていた『ヘタレミリア』なのだろうか。
ちなみに掃除した所をしっかり散らしていくのはお約束。少し頭が痛くなる。
どうにかロビーの掃除を終えると昼の休憩時間となった。
ハプニングはあったが思ったよりも掃除に熱中してしまったのか、それ程疲れは感じない。
昼食を取った後、部屋でお茶を啜り少し休憩すると直ぐに午後の仕事を始める頃だ。湯呑を片し再び仕事場へと向かう。
客室は、もう既に掃除済みと言うほど綺麗であった。掃除を前に行った人物が相当丁寧に行ったのだろう。
ベッドのシーツを換えるようにという指示があったので、シーツを交換し、絨毯の埃を取るという作業をどんどん繰り返していく。
今回は先程の掃除と較べると、正直退屈である。そうなると色々と余計な事も考えるのである。
「はあ…帰りたい…」
思わず本音が出てしまった。いけないいけない。これでは仕える者として失格だ。
だが、こんな時になると突拍子も無い事を行わせている主に妙にムカついてくるのはきっとしょうがない…筈。
その後無心で掃除を続けると、次はフランドールの部屋という所まで進んだ。
この吸血鬼に関しては、あまり良い噂は聞かないので少々不安だ。
「失礼します妹様。お部屋の掃除に参りました」
「ああ…うん」
ノックをし伺いを立てると元気の無い返事が返ってきた。一体どうしたのであろう。兎も角部屋へ入る。
「だ、大丈夫ですか?」
「うん、雨の日はいつもこうだから。別に大丈夫」
成る程、吸血鬼は雨に弱いと聞いた事がある。道理で椅子でぐったりしている訳だ。ん?そういえば…
「でも、お姉様は元気でいらっしゃいましたよ?」
「ああ、アイツはいつもピンピン。雨なんて根性でなんとでもなるらしいわ。本当に吸血鬼なのかしらあの馬…お姉様は」
そーなのかー。根性でとは…。どうやらフランドールの方がデリケートらしい。何とも意外だ。
目の前で苦しんでいるのを見ているだけ、というのは心苦しいが雨が原因というのならどうしようもない。
もう何枚目かも分からないベッドのシーツを交換していく。流石にもう慣れた手つきだ。
「そういえば妖夢、ちょっと暇だから話でも聞かせてよ~」
「ええ?話ですかぁ?と言っても私は話下手ですし、まだ仕事も…」
「仕事なんて大丈夫よほっとけば。昔話でも何でもいいから~」
少し妖夢は考え込む。このまま掃除を続けるべきか、フランに付き合うべきか。
こう話している感じでは暴れる様子も無い。それにこのまま掃除を続けるのもそろそろ退屈だし。
二つを天秤にかけると一方的に傾いた。結果は、フランに付き合う事であった。
掃除は『フランドール様に付き合ってました』って言えば大丈夫よね、と自分を納得させた。
妖夢は自分が思い出せる範囲で、尚且つ当たり障りの無い程度に記憶の糸を辿り始めた。
まず、自分の師であり白玉楼前庭師である祖父の話。
その祖父が自分に仕事を押し付けトンズラしてしまい自分が庭師となった事。
自分の仕えている主の事。少し愚痴気味になりそうだったので何十にもオブラートに包んでおいた。
西行妖の事。
そして最近起こった事等も。
話を始めると案外言葉は出てくるもので、一通り話し終えると時計の針は六時前を示していた。
長く降り続いていた雨も止み、この時間となるとフランドールも食事の時間となる。
「あ、すっ、すみません!てっきり話し込んでしまって…」
「んー?いいわよぜんぜん。珍しい話で面白かったし」
ゴーンと、香霖堂へ持っていったら高く売れそうな壁時計が鳴る。どうやら六時となったようだ。
「ああ、私は食事に行ってくるわね~」
「畏まりました。その間にお部屋掃除はさせて頂きます」
フランドールが食堂へと向かって行くのを確認し、まだ終わっていなかったフランドールの部屋の掃除を始めた。すると。
「ん?これは…」
何であろうか。掃除も大体終わり最後にベッドの下を掃除しようと動かすと、何やら紅く妖しい光を放つ環が落ちていた。拾い上げ、よく見てみると…
「指輪?」
妖夢が拾った物は、金色のリングに小さな紅い石の付いた指輪であった。しかし、どうしてこんな物が落ちているのだろうか。
内側には何か文字が刻んである様だが、古い物なのか、擦れていてよく読み取ることが出来ない。
はめ込まれている石も、今まで見た事の無い物だ。表面がくすんでいて材質までは分からない。だが、今詮索する必要も無いだろう。
この部屋にあるという事はフランドールの物であることはほぼ確かである。後で渡しておこう、と大切にポケットにしまっておいた。
掃除を切り上げ皆この時間集まっているだろう食堂へと足を進めた。
しかし思いのほかフランドールの部屋の掃除に時間が掛かったのか、食事は終わってしまったようだ。既に図書館の魔女も吸血鬼姉妹も姿を消している。
妖夢は後片付けをしている美鈴に仕事の報告の為声を掛ける。
「美鈴さん、掃除の方ですが、申し訳ありません。全て終わりませんでした」
自分の仕事を全て終えられなかった事を素直に報告する。
「ああ、もしかして妹様にでも捕まりましたか?」
「ど、どうしてそれを?」
「あ、当たりですか?まあ、伊達に紅魔館に何百年居る訳じゃないですからね。大体想像はつきますよ~」
「す、すみません…」
「いえ、謝る事では無いですよ。ほら、最初に言ったでしょう、『お嬢様方の相手も仕事の内』って。そう言うことです。
それにしても、最初は冗談のつもりだったんですが、まさか妹様の相手を出来るとは…予想外でした」
美鈴の話では、どうやらフランドールは噂通り結構気がふれているらしい。だが、今日話した限りでは全然そんな印象は受けなかった。
聞く所、想像通りフランドールはかなり水の影響を受けやすいらしい。今日のはそれが原因だろう、案外春の雨も悪くないかもしれない。
「まあともかく、仕事は以上なんですが。今日は日付が回った後館内の見回りをしてもらいます。
見回りと言っても、エントランスの方まで行って消灯確認位です」
「み、見回りですか…わ、分かりました」
「お願いしますね~」
二つ返事で受けてしまったが、正直なところ、こればっかりは凄く嫌である。
よく知らない館での夜の見回りなんて想像もしたくないくらいだ。
妖夢は怪談話や夜の病院、と言うような、俗に言うホラー系が大の苦手である。
怖い物は怖い、と今までこういった物は避けてきた妖夢だが、今回になって急に向き合わされる破目になってしまった。
部屋に戻り、普通の者なら見回りまで寝たり本を読んだりと過ごすだろうが、今の妖夢は気が気でない。
取り敢えず風呂は済ませたが、あと二時間、ああもう一時間しか無い、とずっと部屋で震えていた。
だが皮肉にも時間は無常にも過ぎていく物で、とうとう日付が変わったことを時計で確認してしまった。
意思を素直に表す体を無理やり動かし見回りの準備をしていく。
「とりあえず…楼観剣よし、白楼剣よし」
いつも身に着けてはいるが、もう一度刀がある事だけは入念に確認しておく。
ここで行かねば幽々子様に会わせる顔は無いぞ、と自分に喝を入れ、部屋に備え付けのカンテラに火を灯しドアを開ける。
今日は大分冷え込んでいるらしく、廊下に出て頬に冷たい風を感じ思わず身震いしてしまう。エントランスまではおよそ300メートル程だ。
(さっさと終わらせちゃおう)
そう決め、やや早めに足を進めていく。
窓の外の空は満点の星空が広がっているが、月は明日が新月である。だが妖夢にそんなことに気付く余裕は無かった。
「ガタッ!」
「ひゃああぁあ!? な、何だ家鳴りか…」
夜は妙に家鳴りを感じやすいと思った経験は無いだろうか。妖夢はまさに経験中だ。
この時思わず楼観剣を抜き振り向きざまに剣を振るってしまった。だが悲しいかな空気を切る音しかしない。何か切れてしまったらそれはそれで問題なのだが。
その一方で、そんなことが起きている事など露知らず、廊下には本を持って歩くパチュリーの姿があった。
図書館にトイレは無い為エントランス付近の物を利用するが、今はまさにその図書館に帰る所である。
そこでこの魔女はあることに気が付いた。いつもなら静寂に包まれる深夜の廊下に気配を感じるのである。
とはいえこんな屋敷に忍び込んでも、金庫は空間が捻じ曲げられていて見つけ出す事は困難だ。自分の図書館に頻繁に来る泥棒も昼に来る。
特に心配する要素も無い為か気に留めることなく、パチュリーは進んでいくのだった。
「あれは…確か」
どうやらパチュリーは見回り中の妖夢を発見したらしい。どうした事だろうか、妙におどおどしている。
大体の想像はつく。まあ、普通の人間なら夜のこの館は怖いかもね。
そんな妖夢を見て、少し悪戯心を覚えるパチュリー。まさに魔女、とでも言うべきなのだろうか。
レミリアをからかう為に覚えた気配を消す専用のスペル呟く様に唱える。そして背後から手をワキワキさせ近づいていく。
妖夢はこちらに気付く様子は無い。
「と、とりあえず消灯確認…と」
指示された場所の消灯を確認し見回りは無事終わる筈であった。だが。
その背後から野獣と化したパチュリーが指を立て、一気に妖夢の脇腹を捕らえた。
「わひぁぁああくぁwせdrftgyふじこlp!?」
文字通り飛び上がった妖夢は言葉にならない悲鳴を上げ、刀を抜く余裕も無いまま一気に走り去って行った。
「お、お、お化けえぇえぇ!!?」
失礼ね、お化けじゃ無いわよ、と聞こえてきた悲鳴に心の中でパチュリーは呟く。しかしまあ、半霊なんだからあちらの方がお化けではないのか。
「しかし、これはレミィ並に弄り甲斐があるわね。ふふふ…」
怪しい発言をしたパチュリーは何やら不気味な笑みを浮かべ図書館へと帰っていった。
「お化け怖いお化け怖い」
一方の妖夢はこう呟きながら眠れない一晩を過ごしたとか。
「ど、どうしたんですか?目の下に隈が…」
「大丈夫です。気にしないで下さい」
美鈴は妖夢の眼の下にある隈に随分と驚いたようだ。
結局妖夢はあの後一睡も出来無かったらしく、徹夜状態でこの日の仕事に望む破目となった。
美鈴が気遣い、休んだらどうかとも言われたが、仕事を貰っている以上自分のせいで休む事は出来ない。
「む、無理はしないで下さいね。あ、それと今日が新月なのはご存知ですか?」
「今日が新月でしたっけ。でもそれが何か?」
「今日はお嬢様を直視してはいけません」
「な、何故ですか?」
「直に分かります…」
ふむ、と思わず唸る。新月と直視してはいけない事とどう関係があるのだろうか。どうも結びつかない。
少々心に蟠りがあるが、今日は朝の食事の手伝いがあるというので答えはすぐに分かるだろう。食堂へと向かった。
「ねえちゅーごくー。朝ごはんまだあー?」
「はいはい、もうすぐですよ、お嬢様。それと私はめ・い・り・んです」
「ちゅうごくはやくしてよー。もうお腹ぺこぺこー。」
「…はい」
何と、どういうことであろうか。この館の主とその妹の姿が相当幼くなっている。
見た瞬間に、直視してはいけない事との関係の有無を疑った。しかし、謎は直ぐに解ける事となる。
「ねえそこのメイドー」
「は、はい。何でしょうかお嬢様」
「ちょっと紅茶がのみたいの」
「あ、畏まりました。只今準備致します」
「うんっ、おねがい!」
レミリアが花が弾けるような笑顔をする。ちょっ…これは!?
「あれ?おはなから血がでてるよ」
「な、何でも御座いません…」
ああ、今美鈴の言っていた事の意味が分かった。これは破壊力抜群だ。
笑顔を向けられた瞬間、思わず鼻血を出してしまった。これだったのか…。
これならあのメイド長が色々と危ない想像をしたり押し倒したくなったりするのも分からないででもない。…かもしれない。
兎も角、今日のこの館の主は永遠に紅い幼き月、れみりあ・すかーれっとだ。直視は成る丈避けなけない事を、良く理解した。
今更だが、この館へ来てから紅茶を淹れるのは初めてだ。どの様な物を入れればいいのだろうか。
棚には何十種類もの茶葉があるが、聞いた事の無い銘柄も多い。その事は更に妖夢を悩ませる。
「あ、妖夢さん紅茶ですか?」
「はい、ですがどの様な物を淹れればいいのか分からなくて…」
「そうですねえ、朝ですからこの…アッサムとニルギリのですかね。
これにあと、B型RH-の血を少し、砂糖は多めに入れて下さい」
「ち、血を入れるんですか?」
「ええ。吸血鬼の紅茶ですからね~。スプーン一杯ほどで大丈夫です」
「わ、分かりました」
美鈴が棚の上の方にある引き出しを開け、缶を取り出した。これです、と言われそれを受け取る。
早速水を火にかけておく。だが、まさかお茶に血を入れるとは。紅茶の香りが台無しな気もするが、主の好みらしいので特に何も言う必要は無いだろう。
茶葉を湯で蒸らし、丁度良い頃合でレミリア達の下へ運んでいく。
「お待たせしました、お嬢様」
良い茶葉を使っているのだろうか、ティーカップへ注いでいると非常に良い香りがする。
そこに言われた通り、血を混ぜ砂糖を大目に入れていく。
主の幽々子は緑茶派であるが、紅茶が嫌いと言う訳ではない。淹れ方はそこらのメイドとは比べ物にならないほど上手と言えるだろう。
カップをレミリアの前へ置こうとすると、食事の方も出来上がったようだ。美鈴が焼きあがったパンやらサラダやらを持ってきた。
「「ごちそうさま~」」
「ちょっとお待ち下さいお嬢様方」
「な、なによちゅうごくぅ」
レミリアが反応する。フランドールの方はレミリアが反応している隙にこっそりと逃げようとしている。
「妹様こっそり逃げようとしないで下さい。サラダがまだ残っておりますよ?」
「「う」」
幼い吸血鬼姉妹は、どうやら野菜が苦手の様だ。春の野菜をふんだんに使ったサラダだけ見事に持って来た状態のままである。
「サラダぐらい、食べなくたってどうってことはないわよ!」
「そ、そうよ!」
二人で美鈴に食って掛かる。しかしこういう時の美鈴はこんな事で動じたりはしない。
「これはお嬢様達の事を思って言っているのです。野菜を食べないと強い吸血鬼になれませんよ?
それに、この野菜を作った人達が捨てられた野菜を見たらどう思うでしょう?」
「そ、それは…」
レミリアが言葉を詰まらせる。しかし美鈴は尚も言葉を続ける。
「何も私達はお嬢様達が憎くて言っているのではありません。お嬢様達に元気で居てもらいたいからこそ言っているのです」
「……」
レミリアはバツの悪い顔をしながらも再びテーブルへ向かっていった。フランドールもその後を付けていく。
嫌々ながらも食べ終えたので、美鈴はレミリア達を誉めた後、片付けの為厨房に戻り妖夢と共に下げた食器を洗い始めた。
「いつもこうなのですか?」
「いえ、こんな態度が取れるのは新月の時だけです。それ以外の時はとてもじゃないですが…」
「そ、そうなんですか…」
美鈴は苦笑いを浮かべながらも後片付けを進めていく。と言っても妖夢が既に半分程終わらせていたので時間はそれ程掛からなかったようだ。
「片付けは終わりましたね~。妖夢さん、今日はお嬢様達の相手をお願いします」
「お嬢様の?」
「はい。私がやろうと思っていたのですが…今日私はちょっと用事が入ってしまったもので。
相手と言っても、まあ要は遊び相手です」
「了解しました」
とは言ったものの、妖夢は後悔した。原因はあの笑顔である。何というか、あの笑顔には色々と魔力があるらしい。
そういう趣味がある訳ではないのだが、かなり不安である。断れば良かったなあ、と思いながらもレミリア達のいる部屋へ向かっていくのであった。
「失礼します」
「わあ、いつものメイドじゃないんだ~!」
「はい、今日は私が相手をさせて頂きます」
意を決しドアを開くと直ぐに二人が反応した。
珍しい相手に好奇心が湧いたのだろうか、レミリアもフランドールも興味を持ってくれた。でも顔を直視してはいけない。
「そのフワフワはなあに?」
どうやら記憶も少々変わるらしい。初日に半霊の紹介をしたことを思い出す。
「これは、うーん、私を半分にしたみたいな物です」
「へぇ~。食べたらおいしい?」
「こ、これは食べられません…」
簡単に自己紹介もしたが、基本的にはあまり変わらないらしい。フランドールが食べれるかどうか聞いてきた事でそう思う。
「それで、本日は何を致しましょうか?」
「「弾幕ごっこ!」」
「へ?」
やはりボール遊びとかなのだろうか、と最初は考えた。
しかし、その考えは見事に裏切られたようだ。どうやら弾幕ごっこする気満々らしい。
「ええ、弾幕ごっこですか?」
「うん!じゃあ、早速いくわよ!」
「ちょ、ちょっと!二人同時は!」
「必殺ハートブレイク!」「禁忌レーヴァテイン!」
「くっ…、人界剣悟人幻想!」
どうやら願いは届かなかったようだ。レミリアとフランドールが同時にスペルカードを宣言する。
真紅の光を放つ槍と紅蓮の焔を纏う剣、共に強大な力を持つ二つが、同時に妖夢を襲う。
幼化しているとはいえ、幻想郷でもパワーバランスの一角を担う吸血鬼。
突然の攻撃、更に二人同時とあれば妖夢といえど劣勢を強いられるのは当然の事だった。
レミリアの弾幕を避けると間髪いれずフランドールの弾幕が襲ってくる。
こちらもスペルカードを切ればいいのだが、まさか弾幕ごっこになるとは思わず持っているスペルカードは先程の一枚のみであった。
「きゃっ!?」
良く持ち堪えていたものの、レミリアが三枚目のスペルカードを切った所でとうとう被弾してしまった。
「もうおわり~?つまんなーい」
「も、申し訳ございません…」
被弾から復帰した妖夢を見て、レミリアとフランドールはとても不服そうな顔をする。こちらはまだまだ余裕がある様だ。
「何か、別のことをしませんか?」
「じゃあね…。かくれんぼがいい~!」
「そうですね、そうしましょう」
弾幕ごっこはもうご遠慮願いたいので直ぐに一つ提案する。
それに対するレミリアの意見に、妖夢は肯定の意味で頷いた。フランドールもかくれんぼは賛成のようなのを見て妖夢は少し安心する。
そして、じゃんけんで鬼を決めることにした。
「じゃーんけーんぽーん!あは、ようむが鬼だ~」
一発で妖夢が負けてしまった。
「それでは、隠れてきて下さい。」
「三分出てきちゃ駄目だからね~!」
「分かってますよ~」
逃げる立場となった二人は、勢いよく部屋を飛び出していく。しかし三分だ、それほど遠くまでは行かないだろう。
今居る場所から考えられるのは図書館、食堂、エントランスといったところだろうか。
どたどたという足音も段々遠のいていくのが聞こえる。二手に分かれたのは音で分かった。
色々隠れているであろう場所考えていると三分経ったようだ。まずはエントランスかな、と行き先を決め向かう。
「あら、妖夢じゃないの」
「さ、咲夜さんじゃないですか!一体どうしたんですか…?」
「ちょっと心配になって。今日は新月だし。」
妖夢が驚いたも無理はない。二人を探す為に来たエントランスには何と本当の紅魔館のメイド長、咲夜が居たのである。
普段と違う主に仕えていながらも館の事を心配するとは、流石完全で瀟洒なメイドと言われるだけのことはあるのだろうか。
「それはそうと。ねえ、お嬢様は何処にいるか知らないかしら?」
「それなんですが、今かくれんぼ中で探しているんです」
「かくれんぼ…ねえ。多分お嬢様は図書館のドアの後ろ、妹様が食堂のテーブルの下ね」
「ど、どうして分かるんです?」
「大体分かるわよ。しょっちゅう付き合わされてるんだから。そんな事よりも、お嬢様が見つけられた時のあのがっかりした顔…ハァハァ」
咲夜は危ない世界へ旅立っていってしまったようだ。自分の両手で肩を抱きキャッキャ言っている。
だが恐らく時を止めたのだろう、三秒後には完全で瀟洒なメイドへと戻っていた。
「ちょっと取り乱したわ。では探しに行きましょう」
「え、ええ。でも探しに行って、咲夜さんの仕事は大丈夫なんですか?」
「私が仕事に関して失態を犯すとでも思って?」
「い、いえ、そういう訳では無いんですが…」
仕事すっぽかしてかくれんぼに参加する事が一番気になるのだが、もう聞かない事にした。
「新月の時のお嬢様…うふふふ」
「さ、咲夜さん鼻血鼻血!」
どうやらこれが本音の様子。鼻から血を垂らしながら不気味に笑う咲夜は、閻魔様であろうと寄せ付けないほど怖かった。
図書館のドアの前に着くと咲夜が、ドアを開けた陰にいるわ、と言ってきた。余談だが咲夜は以前鼻血を出したままだ。
恐る恐るノブに手をかける。確かにレミリアの姿があった。
「見つけましたよお嬢様」
「ええ~、もう見つかっちゃったの…」
自分の一番自信のあった場所で見つかってしまったので少々残念そうな様子だ。すると咲夜が図書館の中へ入ってきた。
「お久し振りですわお嬢様」
「あ、さくやだ~!」
レミリアは咲夜を見つけると、子供が母親を見つけた時のように駆けていき咲夜に飛びついた。
「ああ、もう死んでもいい…」
「あれ、さくやおはなから血が」
「ご心配には及びませんハァハァ」
レミリアに飛びつかれた咲夜は喜悦満面だが、何と鼻の両方から鼻血を出し始めた。それはもう滝のような勢いで。
本当ならこのままあちらの世界へ逝ってしまうのも咲夜にとっては本望であるのだが、今日はそういう訳にはいかない。
「申し訳ありませんお嬢様、私はこれから所用があります故」
「うん…、でもさくや、血が」
「これ位大丈夫ですよ。それでは」
時間はあまり無いようで、それとも止めていたのだろうか。
直ぐに咲夜はレミリアから離れ、先程来た道を急いで戻っていく。スキマ妖怪にこき使われているのであろうか。
ちなみに鼻血は出したままであった。
妖夢とレミリアは咲夜を見送った後、一緒にもう一人隠れているフランドールを探し始めた。
先程の咲夜の話では食堂に居るらしい。どうしよう、直接向かおうか。
「ねえ、エントランスの方をさがそう?
レミリアがそう提案してきた。否定する理由も無い、ここはレミリアの意見を優先すべきだろう。
「ええ、そうですね。行ってみましょう」
咲夜さんの言った事が必ず当たるとも限らないな、と考え共にエントランスへ向かった。
「お嬢様、そちらにはいました?」
「ううん、いなかった…」
手分けしてエントランスにある彫像の後ろ、階段の影等を隈なく探したがフランドールの姿は無かった。
「ここにはいないようですし、食堂の方を探してみませんか?」
「うん、そうする」
やはり、恐らく食堂に隠れているのだろうか。早速向かってみる。
食堂のドアを開けるメイド達の喧騒が広がっていた。ふと時計を見てみると既に十二時を回ろうかというところだ。
成る程、もう直ぐに昼食となる訳だ。メイド達が大急ぎで食器を並べたり、料理を作ったりしている。
「いた!」
レミリアが屈んでテーブルの下を見ると、フランドールを見つけたようだ。妖夢もテーブルの下を覗き込んでみる。
「ああ、見つかっちゃった」
フランドールがテーブルの下から出てくる。どうやら、丁度昼食の準備も出来たようだ。
「直ぐ昼食のようですし、かくれんぼは終わりにしましょうか」
「「は~い」」
かくれんぼを終わりにし、とりあえず妖夢も一息ついた。
昼食も終わり、レミリア達の部屋で本を読む事となった。
本と言っても絵本の読み聞かせである。すると必然的に本を選ぶ事になるのだが、一体何が良いのだろうか。
本棚を眺めていると、ふと一冊の本に目が留まった。タイトルは…『北風と太陽』だ。
もう何百年前になるであろうか、昔に読んだ記憶がある。これにしよう、と手を伸ばしたのであった。
そして二人の下に戻り、早速本を読み始めた。
「では物語の始まり始まり。
あるところに、北風と太陽がいました。そしてどちらが強いかあらそっていました。
そのとき、二人はある旅人が道を歩いているのを見て……」
話も終わり、ふと横を見ると、レミリアとフランドールは寝息を息をたてていた。
ふう、と一息つき妖夢は本を閉じる。
丁度三時位であろうか。今日の仕事はお守りな訳で目を離すわけにはいかない。
という事でレミリア達が寝ている間に部屋の掃除をする事にした。
まず雑巾を取ってきて窓を拭いていく。何時もしているのは庭掃除だが、やはりどんな事であっても掃除をしていると落ち着くのは仕事柄だろうか。
流石に主の部屋という事もあって掃除は非常に行き届いている。窓も曇りなど無い。
次に棚等の家具を拭いていく。基本的に紅色の家財が多く配置されているのは、やはりこの館の主の趣向であるのだろうか。
「ん…ん?」
クローゼットを拭いていると、後ろから幽かな声がした。
「お目覚めですか?お嬢様」
「あれ、わたし…」
「お昼寝をされていたんですよ」
「そう…」
レミリアが目覚めたようだ。しかし返事は返しているもののまだ意識はぼうっとしているらしい。
もう日も暮れかかり、夕日が幻想郷を照らしている。
「そうだ、お風呂入らなきゃ。フランもおきて~!」
紅魔館では、この時間は入浴となるのか。今日は準備を手伝わなければ。
「それでは、お着替えの方用意して参ります」
そう言い、と言っても洗濯してある寝間着がもう部屋にあるのだが、それを取りに向かう。
寝間着はこれと言って特徴のあるものではなかった。当たり前と言えば当たり前だが。
しいて特徴を挙げるとすれば、犬の刺繍がされている事だろうか。それ以外はいたって普通である。
浴場に着いた時妖夢は非常に驚いた。
紅魔館に来てからは浴場も案内されたものの、入るのは初めてである。シャワー室があったのでそれを利用していた。
と言っても浴場はレミリアやフランドール、それにパチュリー他来客専用であるので利用できないが。
まず、桁違いに広い。この館のエントランス並の面積だろう。
普段使っている白玉楼のものも普通と較べてかなり広いと思う。しかし月とスッポンだ。
そしてもう一つ、気がついたことがあった。
(あれ、これって私が入浴の手伝いするの?)
よく思い出してみると、二人を連れてこの浴場まで歩いてくる際、妖精メイド達が親の敵のような視線を送ってきていた。
ああ、そうか。私が手伝いをするのか。それが悔しかったんだ。成る程納得した。
「な、なんだってぇー!」
「な、なに…?」
「はっ…な、何でも無いです申し訳ありません」
突然妖夢が叫ぶと、びくりとフランドールの方が反応した。かなり驚いたらしい。レミリアの方は先に浴場へ行ってしまったようだ。
とりあえず冷静になろうとするが、これは本当に冗談にならない。
武器を持った敵兵に囲まれた方がまだマシだ。ああ、幽々子様申し訳ありません。こんな状況じゃもう帰れないかもしれません。
と、悲観的考えに到達した所でレミリア達がまだー?と尋ねてきた。
はっと正気に戻ったところで、行かねばならない事を確認した為とうとう腹を括った。
「一世一代の大勝負、ここで行かねば武士の恥。白玉楼庭師、魂魄妖夢いざ参上仕る!」
と叫んで妖夢は戦場へと向かっていった。その後姿は、正しく一人の武人であった。
「あ、きたきた!頭あらってよ~」
「ぐぅっ!か、畏まりました」
「…?」
戦場に入るとすぐ、フランドールがそう言ってきた。
困難な物だったので少し狼狽した。そのせいでフランドールが怪訝そうな顔をしている。
(ああ、首をかしげないで下さい!それは犯罪ですから!
取り敢えず落ち着け素数を数えるんだ…。 1、2、3、5、7、9、13…って、間違えた!)
落ち着けたのかは分からないが、既にフランドールはシャンプーハット装備済みだった。
近くにあったお肌に優しいヤゴコロ製薬特製シャンプーを適度に手に取り、フランドールの金色の髪を洗い始めた。
(何も考えるな何も考えるな何も考えるな何も考えるな…)
そう自分に念じながら洗っていく。フランドールも満足そうな顔を浮かべているので問題は無いだろう。
何も考えるな作戦の効果もあったようで、無事に洗い終えた。
泡を流すと今度はレミリアの方だ。こちらももう準備万端のようなので、このままの勢いで突破したいところだ。
レミリアの方はシャンプーハットを着けていない。妹に対して姉という事を誇示する為だろうか。
兎に角先程と同じように、しかし目に入らないように注意しながら髪を洗っていく。
(何も考えるな何も考えるな…)
「ねえ、そういえば」
唐突にレミリアが問いかけてきた。妖夢は急に声をかけられた為思わず手を止めてしまう。
無視する訳にはいかない。残念だが何も考えるな作戦はここで終了のようだ。
再び手を動かし始め、会話をする。洗う方はなるべく早く済ませたい。
「な、なんでしょう」
「どうしてさくやじゃないの?」
「ああ、今日は用事があって帰って来れないそうなんです」
「ふぅん…」
何時もこういう世話をしているのはどうやら咲夜のようで、今日は妖夢が相手をしている事が不思議だったようだ。
無理もない。幾ら自分が言い出したとはいえ、まさか従者交換しているという事など記憶が少々変わっているレミリア達は想像もつかないだろう。
レミリアの髪も洗い終え、妖夢はシャワーの栓を捻り泡を流し始めた。
その時、つい注意が散漫になってしまったのだろうか、泡がレミリアの目に入ってしまった。
「きゃっ」
「あ、申し訳ありません!」
レミリアが驚いた声を上げたので気がついた。直ぐにタオルを濡らし、目を拭いてやる。
「だ、大丈夫ですか?」
「このぐらい、ぜんぜん大丈夫だよ」
とりあえず怒ってはいない事に少し安心する。しかし泡が目に沁みたようで少し目に涙が浮かんでいるようだ。
拭き終わったところで妖夢はレミリアと目が合った。
丁度この時、妖夢は座っているレミリアを立っている状態で見る事となった。所謂上目遣いだ。
(これはっ!目に涙を溜めて上目遣いだと!?)
そう、妖夢がそう気がついたときにはもう遅かった。朝の時のように、いや、それと比較にならない魔力が妖夢を襲った。
いけない!と思った時には既に鼻血が出始め、足に力が入らなくなっていた。
そして倒れていく体を止める事も出来ず、視界は真っ白になっていく。
徐々に自らの手をすり抜けていく意識の中で、妖夢はこう思った。
(れみりあ・すかーれっと…恐るべし……)
レミリア達が悲鳴を上げるのが聞こえる。だが、妖夢の意識はここで途絶えてしまった。
「あれ…此処は…」
暗く深い闇の中から意識を取り戻し、妖夢は目を覚ました。どうやらベッドの中らしい。
はっ、と思い一気に背中を起こすと刺すような頭痛が襲ってきた。体をベッドに預ける。
「えーっと、何で寝てるんだっけ」
直ぐには思い出せない為、記憶の糸を辿り始めた。
(そうだった…鼻血を出して倒れるなんて…)
最後の記憶が残っている所まで辿ると思わず赤面してしまう。
自らの失態を思い出してしまった妖夢は目を瞑り大きなため息を一つ吐いた。倒れてしまった自分に嫌気が差す。
考えを巡らせていると、コンコンと二回ドアを叩く音が聞こえた。はい、と一つ返事を返すと直ぐにドアが開いた。
「あ、もう起きていたんですね」
「すみません。迷惑を掛けてしまって…」
「良いんですよ~。この館で一番大変な仕事を他人に任せてしまった私の責任です」
「いえ、倒れてしまったのは私の落度です」
ドアを開け部屋に入ってきたのは美鈴であった。彼女は果物の入った小さな籠を片手に持っている。
ベッドの近くにあった質素な丸椅子に腰掛けると、籠の中に入っていた小さなナイフでリンゴの皮を剥き始めた。
「美鈴さんが運んで下さったんですか?」
「いいえ、お嬢様達の叫びを聞いた妖精メイド達です」
「そうですか…あ」
「どうかしました?」
「あ、何でも無いです…」
ここで妖夢はもう一つの事実を思い出した。
妖夢がレミリア達の入浴の手伝いをしている時に、多数の人影が浴場の入り口付近にあった事を。
恐らく叫び声を聞いたその連中が、助けてくれたのだろう。
純粋に心配だと思っての行動であったのだろう、やましい気持ちなど無かった筈だ。いや、そう信じたい。
どうぞ、と美鈴が剥き終えたリンゴを乗せた皿を渡してきた。
こんなにも手早く、そして美しく仕上げた事が美鈴の料理の技術の片鱗を示している、とでも言うべきだろうか。
普段門番をしているのは役不足なのではないか、とそうも思わせる。
皿を受け取り一つ頬張る。果実特有の酸味が非常に心地よい。
「申し訳ありませんが、まだ仕事がありますので失礼します。
今日の所はゆっくり休んで下さい」
「すみません、手間を取らせて」
「いえいえ。では」
今日の仕事は休んでよい、と言われたので一瞬反対の意思を示そうとも思った。
がしかし、好意を無下にするのも憚られたので止めておいた。
美鈴がドアを出て行ったので部屋の明かりを消す。
そして再び目を瞑り眠ろうとするものの、何故か意識が冴えてしまい中々寝付けない。
そこで以前幽々子から教わった『羊を数えろ』という方法を試してみる事にした。
早速一匹、二匹と数えていく。するとどうだろうか、意識が次第にまどろんでゆく。
羊を数える事に意味があるのかどうかは定かではない。だが意識を落ち着けるという意味では効果があったようだ。
何はともあれ、妖夢は眠りについた。
前作での設定を引用しますので、前作から読まれることをお勧めします。
「…大きい」
魂魄妖夢は紅く巨大な屋敷を目の当たりにし漠然と呟いた。
霧の湖の澄み渡った深青、冬を越し葉をつけ始めた木々の淡緑、血の如き紅い屋敷という変わった組み合わせではある。
だが意外に馴染んでおり見ていて飽きを感じさせない。
此処の主の幼さも現れているようだが、流石と言わざるを得ない威厳漂う屋敷は立派な物である。
少々景色を楽しんでいたいがしかし、今日は観光に来た訳ではない。
事の発端は従者達の主だ。
紅魔館に一週間行ってらっしゃいと、従者からしたらとんでもない事を愉快そうに言う幽々子の姿を思い出す。少々頭が痛くなってくる。
だがおちおちそんな事も言っていられない。
遊んでいると知りつつも、こういう時の幽々子は結構本気な事は経験上知っているので、嫌々ながらも紅魔館へやって来た訳だ。
生きて帰れたら良いなぁ、と暢気に心の中で思う妖夢も妖夢なのだろうか。半人半霊だし半分死んでいるだろうに。
遠巻きにしか紅魔館を見た事の無い妖夢だが、屋敷の門とは大概目立つものである。直ぐに見つけることが出来た。
覚悟を決め門まで歩みを進める。門にはあまり迫力の無い妖精メイドが立っていた。しかし門番役なのだろうか、槍のような物を持っている。
「あのう、もしかして魂魄妖夢様ですか?」
「えっ?そ、そうですが」
声を掛けようとした瞬間、逆に話しかけられ一瞬妖夢はたじろいだ。どうして自分の事が分かったのであろうか。
「あ、ええと、幽霊のような物を連れているとメイド長から指示があったので」
成程、自分の半霊を見て分かったのか、と思わず納得。自分の半霊が目印と聞き少し苦笑する。
「お話は聞いています、中へ通せと。エントランスにメイド長がいる思います」
有難う御座います、と律儀に礼をし頑丈そうな門の中へと入った。
中庭は庭園となっている。春を迎え花々が咲き乱る様は、以前見た太陽の畑の景色を切り取ったように美しい。勿論世話も行き届いているのであろう。
「妖夢さん。お待ちしていました」
エントランスでは紅の髪を持つメイド服を来た女性が出迎えてくれた。
見覚えはある。幽々子のお供として出席した紅魔館のパーティーで見かけた事があった。名前はええと…
「確か…中国さんでしたっけ?」
「ち、違いますぅ…。私は咲夜さんの代わりに臨時でメイド長を勤めさせて頂いている紅美鈴、紅美鈴です!」
「め、美鈴さんですね。すみません」
名前を間違えて覚えていたようだ。本名を二回言ったような気がするが何か変な事でもあったのだろうか。
しかし名前を間違えたのは失礼だと思い、直ぐに謝罪する所は妖夢らしい。
「お話は伺っています。まあ、しかし、大変ですね妖夢さんも」
「もう慣れてます」
「そうですか…。ええと、早速ですがお嬢様の所へ案内させて頂きます」
「お願いします」
紅魔館の主、レミリアとは、顔等は無論見た事はあるが話したことは無い。
どんな人物なのであろうか。
やはり吸血鬼という名の通り恐ろしいイメージなのか、はたまた意外と紳士的であるのか。
吸血鬼は紳士的だとどこかで聞いた事はあるのだが、果して信用していいのだろうか。
色々と考えを巡らせている間にも、どうやらレミリアの居る部屋の前に着いたようだ。美鈴がドアをノックする。
中では何か妙に盛り上がっているような声が聞こえるが。
「失礼しますお嬢様。魂魄妖夢殿をお連れ致しました」
「いいわ。入って」
重厚なドアを開くと、そこには煌びやかな椅子に座る、この館の王が・・・居なかった。
「ああっ!パチュリー!後ろから攻撃なんて卑怯じゃないの!」
「貴方が前に居るんだからしょうがないわ」
「フラン少し落ち着きなさい。吸血鬼たるも…パチェ、後ろから攻撃なんて卑怯じゃないの!」
「貴方が前に居るのが悪いの。小悪魔貴方もよ」
「うぇ~ん…」
「さあレミィ、これで邪魔者は消えたわ」
…一体何をやっているのだろうか。少し中へ進み様子を窺ってみた。
おいおい、何処で手に入れたんだ。レミリア達はマリ○カートをやっている。
吸血鬼の威厳などまるで感じられなかったのは幸であるのか不幸であるのか。
もしかすると不幸なのかもしれない。色んな意味で。
「お嬢様、妖夢殿をお連れ…」
「分かってるわよ!ちょっと待ってなさい!それどころじゃないの!」
「はあ」
「赤甲羅三発ですって!何時の間にッ」
「ふふふ…ゴール寸前、それも1発当たって落ちた瞬間更に2発撃ち込んであげるわ」
「くっ!だけど、まだ甘いわねパチェ。ゴールまでには一回アイテムの取れる所があるのよ?」
「そう上手くいくかしらね」
「アイテムゲット!出でよスター!」
アイテムルーレットが回り始めた。ピロリロリロリロ… あ、キノコだ。
「マリ○カート!その運命を貫いてあげるわ。神槍スピア・ザ・グンニグル!!」
「ちょっ!卑怯よレm」
ちゅどーーん!轟音が響く。
哀れ、○りおかーとはレミリアを怒らせた為不運にも灰となってしまった。
「すみません、いつもこんな感じで」
「いえ、べ、別に良いんですけどね」
というやり取りがあったとか無かったとか。
「さて、貴方があの白玉楼の庭師ね。で、そのフワフワは何?」
「これは半霊と言っ…ちょっ!フランドールさん食べないで下さい!」
「わたあめ~」
「綿飴じゃないです!まず食べれないんですって!」
大口を開けて半霊を食べようとしていた魔の手から半霊を救い出した。そしてレミリアも何とか威厳を取り戻し、館の主へと戻る。
こうなると流石に貫禄がある。カリスマの具現と言われる意味も今なら頷ける。
仕草や態度を取って見ても一つ一つが洗練されている事もまた、その威厳を昇華させているのだろう。
「詳しい話は中国、任せたわ」
「美鈴です!名前位覚えて下さいよぅ…」
名前ネタでからかわれている事には気付いていないらしい。中…ではなく美鈴が妖夢に仕事の説明を始めた。
要約すれば掃除炊事etc+レミリア達の相手、らしい。相手が変わっただけで主にする事は白玉楼と変わらないだろう。
だが目に見える部分には一際重点を置いていると言われた。これはメイド長咲夜の意思であるらしい。
洗剤の使い分けや家財の扱い方まできっちりとレクチャーされ、更に少し美鈴の物を見学してから仕事、という形になった。
余談だが、レミリア達は美鈴が説明を始めた1分後にはぷれいすてーしょんとか言う物をやりだした。
自分から従者達を振り回しておいて、いざとなるとあまり興味は無いらしい。
「此処が、一週間使ってもらう部屋になります。
それで、服はメイド服を着て貰います。クローゼットに何着か入っているので洗濯すれば一週間大丈夫だと思います。
部屋にちょっとした洗面所はありますがトイレが無いので、部屋を出て右に曲がる所にあるのを使って下さい。
着替えたらエントランスの方へお願いします。部屋を出て左の階段を下ると出ますので~」
掃除の前に部屋へと案内された。質素であるものの、全て綺麗に片付いており少し安心する。
普段掃除のプロと言っても過言ではなさそうな咲夜がメイド長とあれば、部屋の心配の必要など無かったのかもしれない。
さて早速着替えなければ。しかし気が付いてしまった。
「ッ!」
顔から火を噴くとはこの事だろうか。何故ならば。
(み、短い…)
基本的に紅魔館のメイド服はスカートが短い。いつも着ている服ではあり得ない短さなのだ。
思い起こすと春雪異変の時の白玉楼へ殴りこみに来た、咲夜のメイド服もこうであっただろうか。
ここで着ない訳にもいかない。みんなこの服を着て頑張っているんだ、とみょんな所で気合を入れ一気に着替える。
「おお。私より全然似合ってますよ~」
「ど、どうも…。でもこれ恥ずかしくないですか?」
「そればっかりは慣れるしかないですね~。私も最初はかなり恥ずかしかったです」
「そうですかぁ…」
「でもチラチラ見せたりするのは何が何でも駄目ですよ。はしたない以前にメイドとして失格だ…って咲夜さんの請売りですが」
「は、はい」
嬉しいような恥ずかしいような賞賛を受けた後、一つ注意をつけられた。
チラチラ見せるのが駄目ならスカートを長くすれば良いのに、と口の中で突っ込んでおいた。
「そういえば美鈴さんって、普段は門番でしたよね?」
「そうですが…それが何か?」
「いやあ、随分手際が良いなと思って」
「ああ、その事ですか~。 実は咲夜さんが来る前は一応メイド長をやってたんですよ。取られちゃいましたけど。
時を止めるなんて有能と言うか反則ですよあれは。最近は名前すら忘れられ…ううっ…。
まあそれでも今でも時々代理でやったりします。何だかんだで門番の仕事も結構気に入ってますしね~。
偶に居眠りしてるからってナイフで刺すのだけは止めて欲しいですけど。あれはシエスタです」
「へぇ~」
美鈴の意外な話を聞きながらも掃除の手解きを受けた。
妖夢は掃除に関して結構筋がいいようで飲み込みも早い。他愛も無い話もしながら着々と仕事を覚えていくのであった。
日も山影に隠れただろうか。大分館内も暗くなってきた事を感じる。
天上に吊るされたランプに自動的に明かりが灯されていく。どうやら魔法がかけられているらしい。
「あ!もうこんな時間でした!そろそろ切り上げましょう。これで今日の掃除は終わりですね。お疲れ様でした~」
「あ、終わりですか。お疲れ様です」
「えーと、今日はお嬢様達の食事が終わったら仕事終了ですね。そろそろですし、行きましょうか。」
「はい」
どうやら掃除はこの時間で終わりのようだ。
次の仕事をする為、食堂へと向かって行く。廊下にある巨大な窓から外を見ると日は暮れてしまい、夜の闇を妖怪たちが跋扈し始める頃だというのが伺える。
紅魔館にやって来た際に見た、霧の湖で遊んでいた妖精たちも当に姿を消している。無論人間の姿も無い。
食堂へ着いた二人は早速準備に取り掛かる。美鈴は厨房、妖夢は料理を配膳する仕事を行う事となった。
妖夢も料理が苦手という訳ではなく、寧ろ上手であると言える。とはいえ流石にいきなりやって来た者に厨房が任される事は無かっただけの事であった。
紅魔館全体と幽々子様の食事どちらが多いのだろうか、等と考えていると早速最初の料理が妖夢の下へ回ってきた。
持ってきた妖精メイドによると、どうやら料理名も一緒に言って皿を置くらしい。
「えーっと。まずこの料理がミレリーゲ・アラ・パンナ・コン・イ・ブロッコリ」
「えっと…もう一回お願いします」
「いいですか?ミレリーゲ・アラ・パンナ・コン・イ・ブロッコリ」
「ミレリーゲ・アラ・パンッガッ…って無理ですよ!」
「紙か何かに書いてこっそり読みなさい!」
「あ、はい…これでよし、と」
料理をカートに乗せレミリア達の下へ運んでいく。果して上手く言えるだろうか。
「お嬢様お待たせしました。こちらはミレリーゲ・アラ・パンツッ・・・ナ・コン・イ・ブロッコリです」
ん、とだけ言いレミリアは目で指図する。すると、ちょっと顔を背けた。変な所で噛んでしまったせいか、思わず笑ってしまった様だ。自分の顔が上気していくのが分かる。
恥ずかしさを隠す様に素早く皿をフランドールとパチェリーの前にも置いていった。
一つ目の料理は配り終えたが、一息着く間も無く二つの料理が回ってきた。
「ええとこれがね、トリップ・ア・ラ・モード・カーンとテリーヌ・ド・ポワソン・オセアンヌ よ」
「…はい」
泣く泣く紙に書いていく。誰だ呪文で料理を考えたのは。苛々を静めるために深呼吸をする。
だが、先程のである程度吹っ切れたか、この料理の名前は無事に噛まずに言う事が出来た。
「これが今日のメイン…って、そんな嫌そうな目をしなくても良いじゃない。
今回は簡単だから。仔牛のフィレ肉の包み焼き よ」
「仔牛…って、最初からそんな感じにして下さいよ!」
「プッ、まあ良いじゃないの。終わった事は。さあ、とっとと配る!」
少々腑に落ちないが、兎に角今回は簡単である。無事に配れたのは言うまでも無い。
その後の料理の配膳を無事に終え、空いたお皿を集めて今日の仕事は終わりだ。
「ふう、どうでしたか?初日は」
「呪文料理は勘弁して欲しいです…」
「ああ、いきなりやられちゃったんですかぁ~。妖精のする事ですし、気にしない方がいいですよ」
「はい…」
厨房の仕事の終わった美鈴に、思わず愚痴を零した。分かっているのなら先に教えて欲しかったと思う。
「取り敢えず、お疲れ様です。それじゃあお休みなさい。」
「ええ。美鈴さんもお休みなさい。」
美鈴と別れ、風呂や寝支度を済ますともう一気に眠気が襲ってきた。今日は疲れた。良く眠れそうである。
ベッドに入り、幽々子様はどうされているのだろうか…等と考えている内に眠りに落ちてしまった。
体に沁みついた習慣とはそうそう抜ける事は無い。やはり例外なくこんな時も六時には目が覚める。
昨日の疲れはほぼ抜けたが朝起きるのは辛い。眠い目を擦りながら体を起こすと妖夢はある事に気がついた。
何か空気が重い気がする。もしや、と思い部屋の窓をあけて見ると…しとしとと雨が降っている。
この雨は桜を散らす雨であるのか、はたまた花を映えさせるものなのか。
兎も角として、朝の日差しを浴びる事は出来ないのは少々残念なところだ。
着替えや朝食を済ませると美鈴の方から声を掛けられた。
「おはようございます。良く眠れました?」
「あ、おはようございます。お陰様で。」
「それは何よりです。ええと、午前中の仕事はロビー方面の掃除になりますね。あ、仕事内容は昨日説明したとおりですので。午後は客室をお願いします」
「了解です」
「ではお願いします~」
メイド長代理の美鈴は朝から忙しいようで用件を伝えると直ぐに走り去っていった。
兎も角今日の仕事も掃除である。早速掃除場所へと向かう。
ロビーに着いた妖夢はまず、大理石の床表面の埃を取り、水拭きしその後ワックスをかけていく。
普段とは違う新鮮さもあり、テキパキと掃除を進めていく。
掃除を進めていた妖夢の耳に、どたどたという音が聞こえてきた。その音は相当のスピードで迫ってくる。
「ちょっとパチェ!それシャレになんないわよ!」
「吸血鬼なんだから大丈夫よ。大人しく実験…じゃなかった、ちょっと研究に付き合って欲しいだけ」
「研究って、対吸血鬼用武器の開発なんてしないで!しても意味なんて無いわよ!と言うかやるならフランでやりなさい!」
「妹様は私がやられるかも知れないから嫌」
「私だったらいいの!?」
何と、突然妖夢の目の前を猛スピードでレミリアとパチュリーが文字通り彗星の如く駆けていった。
モルモットになれと言うのである。そりゃ嫌だろう。
雨が降っている為屋敷の外には逃走できないらしい。晴れていても同じだと思うが。
「誰か助けてぇ!」
悲痛な叫び声が聞こえてきた。夜の帝王が、情けなさMAXである。これが幽々子様も言っていた『ヘタレミリア』なのだろうか。
ちなみに掃除した所をしっかり散らしていくのはお約束。少し頭が痛くなる。
どうにかロビーの掃除を終えると昼の休憩時間となった。
ハプニングはあったが思ったよりも掃除に熱中してしまったのか、それ程疲れは感じない。
昼食を取った後、部屋でお茶を啜り少し休憩すると直ぐに午後の仕事を始める頃だ。湯呑を片し再び仕事場へと向かう。
客室は、もう既に掃除済みと言うほど綺麗であった。掃除を前に行った人物が相当丁寧に行ったのだろう。
ベッドのシーツを換えるようにという指示があったので、シーツを交換し、絨毯の埃を取るという作業をどんどん繰り返していく。
今回は先程の掃除と較べると、正直退屈である。そうなると色々と余計な事も考えるのである。
「はあ…帰りたい…」
思わず本音が出てしまった。いけないいけない。これでは仕える者として失格だ。
だが、こんな時になると突拍子も無い事を行わせている主に妙にムカついてくるのはきっとしょうがない…筈。
その後無心で掃除を続けると、次はフランドールの部屋という所まで進んだ。
この吸血鬼に関しては、あまり良い噂は聞かないので少々不安だ。
「失礼します妹様。お部屋の掃除に参りました」
「ああ…うん」
ノックをし伺いを立てると元気の無い返事が返ってきた。一体どうしたのであろう。兎も角部屋へ入る。
「だ、大丈夫ですか?」
「うん、雨の日はいつもこうだから。別に大丈夫」
成る程、吸血鬼は雨に弱いと聞いた事がある。道理で椅子でぐったりしている訳だ。ん?そういえば…
「でも、お姉様は元気でいらっしゃいましたよ?」
「ああ、アイツはいつもピンピン。雨なんて根性でなんとでもなるらしいわ。本当に吸血鬼なのかしらあの馬…お姉様は」
そーなのかー。根性でとは…。どうやらフランドールの方がデリケートらしい。何とも意外だ。
目の前で苦しんでいるのを見ているだけ、というのは心苦しいが雨が原因というのならどうしようもない。
もう何枚目かも分からないベッドのシーツを交換していく。流石にもう慣れた手つきだ。
「そういえば妖夢、ちょっと暇だから話でも聞かせてよ~」
「ええ?話ですかぁ?と言っても私は話下手ですし、まだ仕事も…」
「仕事なんて大丈夫よほっとけば。昔話でも何でもいいから~」
少し妖夢は考え込む。このまま掃除を続けるべきか、フランに付き合うべきか。
こう話している感じでは暴れる様子も無い。それにこのまま掃除を続けるのもそろそろ退屈だし。
二つを天秤にかけると一方的に傾いた。結果は、フランに付き合う事であった。
掃除は『フランドール様に付き合ってました』って言えば大丈夫よね、と自分を納得させた。
妖夢は自分が思い出せる範囲で、尚且つ当たり障りの無い程度に記憶の糸を辿り始めた。
まず、自分の師であり白玉楼前庭師である祖父の話。
その祖父が自分に仕事を押し付けトンズラしてしまい自分が庭師となった事。
自分の仕えている主の事。少し愚痴気味になりそうだったので何十にもオブラートに包んでおいた。
西行妖の事。
そして最近起こった事等も。
話を始めると案外言葉は出てくるもので、一通り話し終えると時計の針は六時前を示していた。
長く降り続いていた雨も止み、この時間となるとフランドールも食事の時間となる。
「あ、すっ、すみません!てっきり話し込んでしまって…」
「んー?いいわよぜんぜん。珍しい話で面白かったし」
ゴーンと、香霖堂へ持っていったら高く売れそうな壁時計が鳴る。どうやら六時となったようだ。
「ああ、私は食事に行ってくるわね~」
「畏まりました。その間にお部屋掃除はさせて頂きます」
フランドールが食堂へと向かって行くのを確認し、まだ終わっていなかったフランドールの部屋の掃除を始めた。すると。
「ん?これは…」
何であろうか。掃除も大体終わり最後にベッドの下を掃除しようと動かすと、何やら紅く妖しい光を放つ環が落ちていた。拾い上げ、よく見てみると…
「指輪?」
妖夢が拾った物は、金色のリングに小さな紅い石の付いた指輪であった。しかし、どうしてこんな物が落ちているのだろうか。
内側には何か文字が刻んである様だが、古い物なのか、擦れていてよく読み取ることが出来ない。
はめ込まれている石も、今まで見た事の無い物だ。表面がくすんでいて材質までは分からない。だが、今詮索する必要も無いだろう。
この部屋にあるという事はフランドールの物であることはほぼ確かである。後で渡しておこう、と大切にポケットにしまっておいた。
掃除を切り上げ皆この時間集まっているだろう食堂へと足を進めた。
しかし思いのほかフランドールの部屋の掃除に時間が掛かったのか、食事は終わってしまったようだ。既に図書館の魔女も吸血鬼姉妹も姿を消している。
妖夢は後片付けをしている美鈴に仕事の報告の為声を掛ける。
「美鈴さん、掃除の方ですが、申し訳ありません。全て終わりませんでした」
自分の仕事を全て終えられなかった事を素直に報告する。
「ああ、もしかして妹様にでも捕まりましたか?」
「ど、どうしてそれを?」
「あ、当たりですか?まあ、伊達に紅魔館に何百年居る訳じゃないですからね。大体想像はつきますよ~」
「す、すみません…」
「いえ、謝る事では無いですよ。ほら、最初に言ったでしょう、『お嬢様方の相手も仕事の内』って。そう言うことです。
それにしても、最初は冗談のつもりだったんですが、まさか妹様の相手を出来るとは…予想外でした」
美鈴の話では、どうやらフランドールは噂通り結構気がふれているらしい。だが、今日話した限りでは全然そんな印象は受けなかった。
聞く所、想像通りフランドールはかなり水の影響を受けやすいらしい。今日のはそれが原因だろう、案外春の雨も悪くないかもしれない。
「まあともかく、仕事は以上なんですが。今日は日付が回った後館内の見回りをしてもらいます。
見回りと言っても、エントランスの方まで行って消灯確認位です」
「み、見回りですか…わ、分かりました」
「お願いしますね~」
二つ返事で受けてしまったが、正直なところ、こればっかりは凄く嫌である。
よく知らない館での夜の見回りなんて想像もしたくないくらいだ。
妖夢は怪談話や夜の病院、と言うような、俗に言うホラー系が大の苦手である。
怖い物は怖い、と今までこういった物は避けてきた妖夢だが、今回になって急に向き合わされる破目になってしまった。
部屋に戻り、普通の者なら見回りまで寝たり本を読んだりと過ごすだろうが、今の妖夢は気が気でない。
取り敢えず風呂は済ませたが、あと二時間、ああもう一時間しか無い、とずっと部屋で震えていた。
だが皮肉にも時間は無常にも過ぎていく物で、とうとう日付が変わったことを時計で確認してしまった。
意思を素直に表す体を無理やり動かし見回りの準備をしていく。
「とりあえず…楼観剣よし、白楼剣よし」
いつも身に着けてはいるが、もう一度刀がある事だけは入念に確認しておく。
ここで行かねば幽々子様に会わせる顔は無いぞ、と自分に喝を入れ、部屋に備え付けのカンテラに火を灯しドアを開ける。
今日は大分冷え込んでいるらしく、廊下に出て頬に冷たい風を感じ思わず身震いしてしまう。エントランスまではおよそ300メートル程だ。
(さっさと終わらせちゃおう)
そう決め、やや早めに足を進めていく。
窓の外の空は満点の星空が広がっているが、月は明日が新月である。だが妖夢にそんなことに気付く余裕は無かった。
「ガタッ!」
「ひゃああぁあ!? な、何だ家鳴りか…」
夜は妙に家鳴りを感じやすいと思った経験は無いだろうか。妖夢はまさに経験中だ。
この時思わず楼観剣を抜き振り向きざまに剣を振るってしまった。だが悲しいかな空気を切る音しかしない。何か切れてしまったらそれはそれで問題なのだが。
その一方で、そんなことが起きている事など露知らず、廊下には本を持って歩くパチュリーの姿があった。
図書館にトイレは無い為エントランス付近の物を利用するが、今はまさにその図書館に帰る所である。
そこでこの魔女はあることに気が付いた。いつもなら静寂に包まれる深夜の廊下に気配を感じるのである。
とはいえこんな屋敷に忍び込んでも、金庫は空間が捻じ曲げられていて見つけ出す事は困難だ。自分の図書館に頻繁に来る泥棒も昼に来る。
特に心配する要素も無い為か気に留めることなく、パチュリーは進んでいくのだった。
「あれは…確か」
どうやらパチュリーは見回り中の妖夢を発見したらしい。どうした事だろうか、妙におどおどしている。
大体の想像はつく。まあ、普通の人間なら夜のこの館は怖いかもね。
そんな妖夢を見て、少し悪戯心を覚えるパチュリー。まさに魔女、とでも言うべきなのだろうか。
レミリアをからかう為に覚えた気配を消す専用のスペル呟く様に唱える。そして背後から手をワキワキさせ近づいていく。
妖夢はこちらに気付く様子は無い。
「と、とりあえず消灯確認…と」
指示された場所の消灯を確認し見回りは無事終わる筈であった。だが。
その背後から野獣と化したパチュリーが指を立て、一気に妖夢の脇腹を捕らえた。
「わひぁぁああくぁwせdrftgyふじこlp!?」
文字通り飛び上がった妖夢は言葉にならない悲鳴を上げ、刀を抜く余裕も無いまま一気に走り去って行った。
「お、お、お化けえぇえぇ!!?」
失礼ね、お化けじゃ無いわよ、と聞こえてきた悲鳴に心の中でパチュリーは呟く。しかしまあ、半霊なんだからあちらの方がお化けではないのか。
「しかし、これはレミィ並に弄り甲斐があるわね。ふふふ…」
怪しい発言をしたパチュリーは何やら不気味な笑みを浮かべ図書館へと帰っていった。
「お化け怖いお化け怖い」
一方の妖夢はこう呟きながら眠れない一晩を過ごしたとか。
「ど、どうしたんですか?目の下に隈が…」
「大丈夫です。気にしないで下さい」
美鈴は妖夢の眼の下にある隈に随分と驚いたようだ。
結局妖夢はあの後一睡も出来無かったらしく、徹夜状態でこの日の仕事に望む破目となった。
美鈴が気遣い、休んだらどうかとも言われたが、仕事を貰っている以上自分のせいで休む事は出来ない。
「む、無理はしないで下さいね。あ、それと今日が新月なのはご存知ですか?」
「今日が新月でしたっけ。でもそれが何か?」
「今日はお嬢様を直視してはいけません」
「な、何故ですか?」
「直に分かります…」
ふむ、と思わず唸る。新月と直視してはいけない事とどう関係があるのだろうか。どうも結びつかない。
少々心に蟠りがあるが、今日は朝の食事の手伝いがあるというので答えはすぐに分かるだろう。食堂へと向かった。
「ねえちゅーごくー。朝ごはんまだあー?」
「はいはい、もうすぐですよ、お嬢様。それと私はめ・い・り・んです」
「ちゅうごくはやくしてよー。もうお腹ぺこぺこー。」
「…はい」
何と、どういうことであろうか。この館の主とその妹の姿が相当幼くなっている。
見た瞬間に、直視してはいけない事との関係の有無を疑った。しかし、謎は直ぐに解ける事となる。
「ねえそこのメイドー」
「は、はい。何でしょうかお嬢様」
「ちょっと紅茶がのみたいの」
「あ、畏まりました。只今準備致します」
「うんっ、おねがい!」
レミリアが花が弾けるような笑顔をする。ちょっ…これは!?
「あれ?おはなから血がでてるよ」
「な、何でも御座いません…」
ああ、今美鈴の言っていた事の意味が分かった。これは破壊力抜群だ。
笑顔を向けられた瞬間、思わず鼻血を出してしまった。これだったのか…。
これならあのメイド長が色々と危ない想像をしたり押し倒したくなったりするのも分からないででもない。…かもしれない。
兎も角、今日のこの館の主は永遠に紅い幼き月、れみりあ・すかーれっとだ。直視は成る丈避けなけない事を、良く理解した。
今更だが、この館へ来てから紅茶を淹れるのは初めてだ。どの様な物を入れればいいのだろうか。
棚には何十種類もの茶葉があるが、聞いた事の無い銘柄も多い。その事は更に妖夢を悩ませる。
「あ、妖夢さん紅茶ですか?」
「はい、ですがどの様な物を淹れればいいのか分からなくて…」
「そうですねえ、朝ですからこの…アッサムとニルギリのですかね。
これにあと、B型RH-の血を少し、砂糖は多めに入れて下さい」
「ち、血を入れるんですか?」
「ええ。吸血鬼の紅茶ですからね~。スプーン一杯ほどで大丈夫です」
「わ、分かりました」
美鈴が棚の上の方にある引き出しを開け、缶を取り出した。これです、と言われそれを受け取る。
早速水を火にかけておく。だが、まさかお茶に血を入れるとは。紅茶の香りが台無しな気もするが、主の好みらしいので特に何も言う必要は無いだろう。
茶葉を湯で蒸らし、丁度良い頃合でレミリア達の下へ運んでいく。
「お待たせしました、お嬢様」
良い茶葉を使っているのだろうか、ティーカップへ注いでいると非常に良い香りがする。
そこに言われた通り、血を混ぜ砂糖を大目に入れていく。
主の幽々子は緑茶派であるが、紅茶が嫌いと言う訳ではない。淹れ方はそこらのメイドとは比べ物にならないほど上手と言えるだろう。
カップをレミリアの前へ置こうとすると、食事の方も出来上がったようだ。美鈴が焼きあがったパンやらサラダやらを持ってきた。
「「ごちそうさま~」」
「ちょっとお待ち下さいお嬢様方」
「な、なによちゅうごくぅ」
レミリアが反応する。フランドールの方はレミリアが反応している隙にこっそりと逃げようとしている。
「妹様こっそり逃げようとしないで下さい。サラダがまだ残っておりますよ?」
「「う」」
幼い吸血鬼姉妹は、どうやら野菜が苦手の様だ。春の野菜をふんだんに使ったサラダだけ見事に持って来た状態のままである。
「サラダぐらい、食べなくたってどうってことはないわよ!」
「そ、そうよ!」
二人で美鈴に食って掛かる。しかしこういう時の美鈴はこんな事で動じたりはしない。
「これはお嬢様達の事を思って言っているのです。野菜を食べないと強い吸血鬼になれませんよ?
それに、この野菜を作った人達が捨てられた野菜を見たらどう思うでしょう?」
「そ、それは…」
レミリアが言葉を詰まらせる。しかし美鈴は尚も言葉を続ける。
「何も私達はお嬢様達が憎くて言っているのではありません。お嬢様達に元気で居てもらいたいからこそ言っているのです」
「……」
レミリアはバツの悪い顔をしながらも再びテーブルへ向かっていった。フランドールもその後を付けていく。
嫌々ながらも食べ終えたので、美鈴はレミリア達を誉めた後、片付けの為厨房に戻り妖夢と共に下げた食器を洗い始めた。
「いつもこうなのですか?」
「いえ、こんな態度が取れるのは新月の時だけです。それ以外の時はとてもじゃないですが…」
「そ、そうなんですか…」
美鈴は苦笑いを浮かべながらも後片付けを進めていく。と言っても妖夢が既に半分程終わらせていたので時間はそれ程掛からなかったようだ。
「片付けは終わりましたね~。妖夢さん、今日はお嬢様達の相手をお願いします」
「お嬢様の?」
「はい。私がやろうと思っていたのですが…今日私はちょっと用事が入ってしまったもので。
相手と言っても、まあ要は遊び相手です」
「了解しました」
とは言ったものの、妖夢は後悔した。原因はあの笑顔である。何というか、あの笑顔には色々と魔力があるらしい。
そういう趣味がある訳ではないのだが、かなり不安である。断れば良かったなあ、と思いながらもレミリア達のいる部屋へ向かっていくのであった。
「失礼します」
「わあ、いつものメイドじゃないんだ~!」
「はい、今日は私が相手をさせて頂きます」
意を決しドアを開くと直ぐに二人が反応した。
珍しい相手に好奇心が湧いたのだろうか、レミリアもフランドールも興味を持ってくれた。でも顔を直視してはいけない。
「そのフワフワはなあに?」
どうやら記憶も少々変わるらしい。初日に半霊の紹介をしたことを思い出す。
「これは、うーん、私を半分にしたみたいな物です」
「へぇ~。食べたらおいしい?」
「こ、これは食べられません…」
簡単に自己紹介もしたが、基本的にはあまり変わらないらしい。フランドールが食べれるかどうか聞いてきた事でそう思う。
「それで、本日は何を致しましょうか?」
「「弾幕ごっこ!」」
「へ?」
やはりボール遊びとかなのだろうか、と最初は考えた。
しかし、その考えは見事に裏切られたようだ。どうやら弾幕ごっこする気満々らしい。
「ええ、弾幕ごっこですか?」
「うん!じゃあ、早速いくわよ!」
「ちょ、ちょっと!二人同時は!」
「必殺ハートブレイク!」「禁忌レーヴァテイン!」
「くっ…、人界剣悟人幻想!」
どうやら願いは届かなかったようだ。レミリアとフランドールが同時にスペルカードを宣言する。
真紅の光を放つ槍と紅蓮の焔を纏う剣、共に強大な力を持つ二つが、同時に妖夢を襲う。
幼化しているとはいえ、幻想郷でもパワーバランスの一角を担う吸血鬼。
突然の攻撃、更に二人同時とあれば妖夢といえど劣勢を強いられるのは当然の事だった。
レミリアの弾幕を避けると間髪いれずフランドールの弾幕が襲ってくる。
こちらもスペルカードを切ればいいのだが、まさか弾幕ごっこになるとは思わず持っているスペルカードは先程の一枚のみであった。
「きゃっ!?」
良く持ち堪えていたものの、レミリアが三枚目のスペルカードを切った所でとうとう被弾してしまった。
「もうおわり~?つまんなーい」
「も、申し訳ございません…」
被弾から復帰した妖夢を見て、レミリアとフランドールはとても不服そうな顔をする。こちらはまだまだ余裕がある様だ。
「何か、別のことをしませんか?」
「じゃあね…。かくれんぼがいい~!」
「そうですね、そうしましょう」
弾幕ごっこはもうご遠慮願いたいので直ぐに一つ提案する。
それに対するレミリアの意見に、妖夢は肯定の意味で頷いた。フランドールもかくれんぼは賛成のようなのを見て妖夢は少し安心する。
そして、じゃんけんで鬼を決めることにした。
「じゃーんけーんぽーん!あは、ようむが鬼だ~」
一発で妖夢が負けてしまった。
「それでは、隠れてきて下さい。」
「三分出てきちゃ駄目だからね~!」
「分かってますよ~」
逃げる立場となった二人は、勢いよく部屋を飛び出していく。しかし三分だ、それほど遠くまでは行かないだろう。
今居る場所から考えられるのは図書館、食堂、エントランスといったところだろうか。
どたどたという足音も段々遠のいていくのが聞こえる。二手に分かれたのは音で分かった。
色々隠れているであろう場所考えていると三分経ったようだ。まずはエントランスかな、と行き先を決め向かう。
「あら、妖夢じゃないの」
「さ、咲夜さんじゃないですか!一体どうしたんですか…?」
「ちょっと心配になって。今日は新月だし。」
妖夢が驚いたも無理はない。二人を探す為に来たエントランスには何と本当の紅魔館のメイド長、咲夜が居たのである。
普段と違う主に仕えていながらも館の事を心配するとは、流石完全で瀟洒なメイドと言われるだけのことはあるのだろうか。
「それはそうと。ねえ、お嬢様は何処にいるか知らないかしら?」
「それなんですが、今かくれんぼ中で探しているんです」
「かくれんぼ…ねえ。多分お嬢様は図書館のドアの後ろ、妹様が食堂のテーブルの下ね」
「ど、どうして分かるんです?」
「大体分かるわよ。しょっちゅう付き合わされてるんだから。そんな事よりも、お嬢様が見つけられた時のあのがっかりした顔…ハァハァ」
咲夜は危ない世界へ旅立っていってしまったようだ。自分の両手で肩を抱きキャッキャ言っている。
だが恐らく時を止めたのだろう、三秒後には完全で瀟洒なメイドへと戻っていた。
「ちょっと取り乱したわ。では探しに行きましょう」
「え、ええ。でも探しに行って、咲夜さんの仕事は大丈夫なんですか?」
「私が仕事に関して失態を犯すとでも思って?」
「い、いえ、そういう訳では無いんですが…」
仕事すっぽかしてかくれんぼに参加する事が一番気になるのだが、もう聞かない事にした。
「新月の時のお嬢様…うふふふ」
「さ、咲夜さん鼻血鼻血!」
どうやらこれが本音の様子。鼻から血を垂らしながら不気味に笑う咲夜は、閻魔様であろうと寄せ付けないほど怖かった。
図書館のドアの前に着くと咲夜が、ドアを開けた陰にいるわ、と言ってきた。余談だが咲夜は以前鼻血を出したままだ。
恐る恐るノブに手をかける。確かにレミリアの姿があった。
「見つけましたよお嬢様」
「ええ~、もう見つかっちゃったの…」
自分の一番自信のあった場所で見つかってしまったので少々残念そうな様子だ。すると咲夜が図書館の中へ入ってきた。
「お久し振りですわお嬢様」
「あ、さくやだ~!」
レミリアは咲夜を見つけると、子供が母親を見つけた時のように駆けていき咲夜に飛びついた。
「ああ、もう死んでもいい…」
「あれ、さくやおはなから血が」
「ご心配には及びませんハァハァ」
レミリアに飛びつかれた咲夜は喜悦満面だが、何と鼻の両方から鼻血を出し始めた。それはもう滝のような勢いで。
本当ならこのままあちらの世界へ逝ってしまうのも咲夜にとっては本望であるのだが、今日はそういう訳にはいかない。
「申し訳ありませんお嬢様、私はこれから所用があります故」
「うん…、でもさくや、血が」
「これ位大丈夫ですよ。それでは」
時間はあまり無いようで、それとも止めていたのだろうか。
直ぐに咲夜はレミリアから離れ、先程来た道を急いで戻っていく。スキマ妖怪にこき使われているのであろうか。
ちなみに鼻血は出したままであった。
妖夢とレミリアは咲夜を見送った後、一緒にもう一人隠れているフランドールを探し始めた。
先程の咲夜の話では食堂に居るらしい。どうしよう、直接向かおうか。
「ねえ、エントランスの方をさがそう?
レミリアがそう提案してきた。否定する理由も無い、ここはレミリアの意見を優先すべきだろう。
「ええ、そうですね。行ってみましょう」
咲夜さんの言った事が必ず当たるとも限らないな、と考え共にエントランスへ向かった。
「お嬢様、そちらにはいました?」
「ううん、いなかった…」
手分けしてエントランスにある彫像の後ろ、階段の影等を隈なく探したがフランドールの姿は無かった。
「ここにはいないようですし、食堂の方を探してみませんか?」
「うん、そうする」
やはり、恐らく食堂に隠れているのだろうか。早速向かってみる。
食堂のドアを開けるメイド達の喧騒が広がっていた。ふと時計を見てみると既に十二時を回ろうかというところだ。
成る程、もう直ぐに昼食となる訳だ。メイド達が大急ぎで食器を並べたり、料理を作ったりしている。
「いた!」
レミリアが屈んでテーブルの下を見ると、フランドールを見つけたようだ。妖夢もテーブルの下を覗き込んでみる。
「ああ、見つかっちゃった」
フランドールがテーブルの下から出てくる。どうやら、丁度昼食の準備も出来たようだ。
「直ぐ昼食のようですし、かくれんぼは終わりにしましょうか」
「「は~い」」
かくれんぼを終わりにし、とりあえず妖夢も一息ついた。
昼食も終わり、レミリア達の部屋で本を読む事となった。
本と言っても絵本の読み聞かせである。すると必然的に本を選ぶ事になるのだが、一体何が良いのだろうか。
本棚を眺めていると、ふと一冊の本に目が留まった。タイトルは…『北風と太陽』だ。
もう何百年前になるであろうか、昔に読んだ記憶がある。これにしよう、と手を伸ばしたのであった。
そして二人の下に戻り、早速本を読み始めた。
「では物語の始まり始まり。
あるところに、北風と太陽がいました。そしてどちらが強いかあらそっていました。
そのとき、二人はある旅人が道を歩いているのを見て……」
話も終わり、ふと横を見ると、レミリアとフランドールは寝息を息をたてていた。
ふう、と一息つき妖夢は本を閉じる。
丁度三時位であろうか。今日の仕事はお守りな訳で目を離すわけにはいかない。
という事でレミリア達が寝ている間に部屋の掃除をする事にした。
まず雑巾を取ってきて窓を拭いていく。何時もしているのは庭掃除だが、やはりどんな事であっても掃除をしていると落ち着くのは仕事柄だろうか。
流石に主の部屋という事もあって掃除は非常に行き届いている。窓も曇りなど無い。
次に棚等の家具を拭いていく。基本的に紅色の家財が多く配置されているのは、やはりこの館の主の趣向であるのだろうか。
「ん…ん?」
クローゼットを拭いていると、後ろから幽かな声がした。
「お目覚めですか?お嬢様」
「あれ、わたし…」
「お昼寝をされていたんですよ」
「そう…」
レミリアが目覚めたようだ。しかし返事は返しているもののまだ意識はぼうっとしているらしい。
もう日も暮れかかり、夕日が幻想郷を照らしている。
「そうだ、お風呂入らなきゃ。フランもおきて~!」
紅魔館では、この時間は入浴となるのか。今日は準備を手伝わなければ。
「それでは、お着替えの方用意して参ります」
そう言い、と言っても洗濯してある寝間着がもう部屋にあるのだが、それを取りに向かう。
寝間着はこれと言って特徴のあるものではなかった。当たり前と言えば当たり前だが。
しいて特徴を挙げるとすれば、犬の刺繍がされている事だろうか。それ以外はいたって普通である。
浴場に着いた時妖夢は非常に驚いた。
紅魔館に来てからは浴場も案内されたものの、入るのは初めてである。シャワー室があったのでそれを利用していた。
と言っても浴場はレミリアやフランドール、それにパチュリー他来客専用であるので利用できないが。
まず、桁違いに広い。この館のエントランス並の面積だろう。
普段使っている白玉楼のものも普通と較べてかなり広いと思う。しかし月とスッポンだ。
そしてもう一つ、気がついたことがあった。
(あれ、これって私が入浴の手伝いするの?)
よく思い出してみると、二人を連れてこの浴場まで歩いてくる際、妖精メイド達が親の敵のような視線を送ってきていた。
ああ、そうか。私が手伝いをするのか。それが悔しかったんだ。成る程納得した。
「な、なんだってぇー!」
「な、なに…?」
「はっ…な、何でも無いです申し訳ありません」
突然妖夢が叫ぶと、びくりとフランドールの方が反応した。かなり驚いたらしい。レミリアの方は先に浴場へ行ってしまったようだ。
とりあえず冷静になろうとするが、これは本当に冗談にならない。
武器を持った敵兵に囲まれた方がまだマシだ。ああ、幽々子様申し訳ありません。こんな状況じゃもう帰れないかもしれません。
と、悲観的考えに到達した所でレミリア達がまだー?と尋ねてきた。
はっと正気に戻ったところで、行かねばならない事を確認した為とうとう腹を括った。
「一世一代の大勝負、ここで行かねば武士の恥。白玉楼庭師、魂魄妖夢いざ参上仕る!」
と叫んで妖夢は戦場へと向かっていった。その後姿は、正しく一人の武人であった。
「あ、きたきた!頭あらってよ~」
「ぐぅっ!か、畏まりました」
「…?」
戦場に入るとすぐ、フランドールがそう言ってきた。
困難な物だったので少し狼狽した。そのせいでフランドールが怪訝そうな顔をしている。
(ああ、首をかしげないで下さい!それは犯罪ですから!
取り敢えず落ち着け素数を数えるんだ…。 1、2、3、5、7、9、13…って、間違えた!)
落ち着けたのかは分からないが、既にフランドールはシャンプーハット装備済みだった。
近くにあったお肌に優しいヤゴコロ製薬特製シャンプーを適度に手に取り、フランドールの金色の髪を洗い始めた。
(何も考えるな何も考えるな何も考えるな何も考えるな…)
そう自分に念じながら洗っていく。フランドールも満足そうな顔を浮かべているので問題は無いだろう。
何も考えるな作戦の効果もあったようで、無事に洗い終えた。
泡を流すと今度はレミリアの方だ。こちらももう準備万端のようなので、このままの勢いで突破したいところだ。
レミリアの方はシャンプーハットを着けていない。妹に対して姉という事を誇示する為だろうか。
兎に角先程と同じように、しかし目に入らないように注意しながら髪を洗っていく。
(何も考えるな何も考えるな…)
「ねえ、そういえば」
唐突にレミリアが問いかけてきた。妖夢は急に声をかけられた為思わず手を止めてしまう。
無視する訳にはいかない。残念だが何も考えるな作戦はここで終了のようだ。
再び手を動かし始め、会話をする。洗う方はなるべく早く済ませたい。
「な、なんでしょう」
「どうしてさくやじゃないの?」
「ああ、今日は用事があって帰って来れないそうなんです」
「ふぅん…」
何時もこういう世話をしているのはどうやら咲夜のようで、今日は妖夢が相手をしている事が不思議だったようだ。
無理もない。幾ら自分が言い出したとはいえ、まさか従者交換しているという事など記憶が少々変わっているレミリア達は想像もつかないだろう。
レミリアの髪も洗い終え、妖夢はシャワーの栓を捻り泡を流し始めた。
その時、つい注意が散漫になってしまったのだろうか、泡がレミリアの目に入ってしまった。
「きゃっ」
「あ、申し訳ありません!」
レミリアが驚いた声を上げたので気がついた。直ぐにタオルを濡らし、目を拭いてやる。
「だ、大丈夫ですか?」
「このぐらい、ぜんぜん大丈夫だよ」
とりあえず怒ってはいない事に少し安心する。しかし泡が目に沁みたようで少し目に涙が浮かんでいるようだ。
拭き終わったところで妖夢はレミリアと目が合った。
丁度この時、妖夢は座っているレミリアを立っている状態で見る事となった。所謂上目遣いだ。
(これはっ!目に涙を溜めて上目遣いだと!?)
そう、妖夢がそう気がついたときにはもう遅かった。朝の時のように、いや、それと比較にならない魔力が妖夢を襲った。
いけない!と思った時には既に鼻血が出始め、足に力が入らなくなっていた。
そして倒れていく体を止める事も出来ず、視界は真っ白になっていく。
徐々に自らの手をすり抜けていく意識の中で、妖夢はこう思った。
(れみりあ・すかーれっと…恐るべし……)
レミリア達が悲鳴を上げるのが聞こえる。だが、妖夢の意識はここで途絶えてしまった。
「あれ…此処は…」
暗く深い闇の中から意識を取り戻し、妖夢は目を覚ました。どうやらベッドの中らしい。
はっ、と思い一気に背中を起こすと刺すような頭痛が襲ってきた。体をベッドに預ける。
「えーっと、何で寝てるんだっけ」
直ぐには思い出せない為、記憶の糸を辿り始めた。
(そうだった…鼻血を出して倒れるなんて…)
最後の記憶が残っている所まで辿ると思わず赤面してしまう。
自らの失態を思い出してしまった妖夢は目を瞑り大きなため息を一つ吐いた。倒れてしまった自分に嫌気が差す。
考えを巡らせていると、コンコンと二回ドアを叩く音が聞こえた。はい、と一つ返事を返すと直ぐにドアが開いた。
「あ、もう起きていたんですね」
「すみません。迷惑を掛けてしまって…」
「良いんですよ~。この館で一番大変な仕事を他人に任せてしまった私の責任です」
「いえ、倒れてしまったのは私の落度です」
ドアを開け部屋に入ってきたのは美鈴であった。彼女は果物の入った小さな籠を片手に持っている。
ベッドの近くにあった質素な丸椅子に腰掛けると、籠の中に入っていた小さなナイフでリンゴの皮を剥き始めた。
「美鈴さんが運んで下さったんですか?」
「いいえ、お嬢様達の叫びを聞いた妖精メイド達です」
「そうですか…あ」
「どうかしました?」
「あ、何でも無いです…」
ここで妖夢はもう一つの事実を思い出した。
妖夢がレミリア達の入浴の手伝いをしている時に、多数の人影が浴場の入り口付近にあった事を。
恐らく叫び声を聞いたその連中が、助けてくれたのだろう。
純粋に心配だと思っての行動であったのだろう、やましい気持ちなど無かった筈だ。いや、そう信じたい。
どうぞ、と美鈴が剥き終えたリンゴを乗せた皿を渡してきた。
こんなにも手早く、そして美しく仕上げた事が美鈴の料理の技術の片鱗を示している、とでも言うべきだろうか。
普段門番をしているのは役不足なのではないか、とそうも思わせる。
皿を受け取り一つ頬張る。果実特有の酸味が非常に心地よい。
「申し訳ありませんが、まだ仕事がありますので失礼します。
今日の所はゆっくり休んで下さい」
「すみません、手間を取らせて」
「いえいえ。では」
今日の仕事は休んでよい、と言われたので一瞬反対の意思を示そうとも思った。
がしかし、好意を無下にするのも憚られたので止めておいた。
美鈴がドアを出て行ったので部屋の明かりを消す。
そして再び目を瞑り眠ろうとするものの、何故か意識が冴えてしまい中々寝付けない。
そこで以前幽々子から教わった『羊を数えろ』という方法を試してみる事にした。
早速一匹、二匹と数えていく。するとどうだろうか、意識が次第にまどろんでゆく。
羊を数える事に意味があるのかどうかは定かではない。だが意識を落ち着けるという意味では効果があったようだ。
何はともあれ、妖夢は眠りについた。
てか、新月のレミリアwww
これはヤバイw
そして咲夜さんは色々といっちゃってますね。
いや、まぁ・・・面白いですけどね。(苦笑)
次は後編ですか。楽しみです。
しかし、あの場面があるたんびに思うんだ
目に入るとほんと~~に、沁みる!
新月にれみりゃ化も久々に見ました。やはり愛らしい。
>レミリアとは、顔等は無論見た事はあるが話したことは無い
萃夢想は正史と言われる萃香自機でEndingを迎えた後ってことで?
面白かったです。後編も期待してます。
生憎萃夢想の方は持っていないもので接点の明言は出来ないです・・・
妖夢に関しては妖々夢と永夜抄の設定を利用しているのでこう書きました。
不備があったら修正しておきます。
ア゛ーーーーーー!! (鼻血噴出中)
さ、最終兵器…。正しく鬼畜少女(特にフランドール)。
ティッシュ片手に読ませていただきました。とても面白かったです。続編に大いに期待!!