Coolier - 新生・東方創想話

レミリア・スカーレット~誇り高き吸血姫が守った未来~

2008/03/31 13:47:32
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この物語は作品集51の『八雲藍~従者、その愛~』の設定を使っていますが
特に読んでいなくても大丈夫だと思います。それとこの物語は独自解釈がありますのでご注意下さい。



























悪魔の館、紅魔館。人々に恐れられ、恐怖の象徴として畏怖されていたことも今は昔。
その館の一室からはいつものようにドタバタと暴れまわる音が響き渡っていた。

「美鈴!恥ずかしがらずにさっさとその手をどけなさい!大事な部分が見えないじゃないの!」

「お、お嬢様これ以上は本当に勘弁して下さいいいいい!!!!」

床に押し倒され必死に抵抗する華人小娘――紅美鈴に、彼女の主ことレミリア・スカーレットは馬乗りになって興奮していた。
よくよく見れば美鈴の服装はいつものように中華服…ではなく、明らかに異常な程に改造が施されたメイド服である。
胸元は大きく開かれ、スカート部分には何故か大きくスリットが入れられ、少し油断をすれば胸と下着が見えかねない
ギリギリのライン上に造られた、ある種芸術的と表現しても過言ではないメイド服である。
勿論、このメイド服は美鈴の為にメイド長が拵えた世界に唯一つの特注品であるのは言うまでもない。
そんな服装だから、美鈴は現在必死に両手を胸元とスリット部を押さえるのに必死でなのである。

「ひいいいいん!!!!お嬢様の嘘つきいいい!!服を着せるだけで何もしないって言ったじゃないですか!!」

「そんな昔の台詞なんて覚えてないわ!いいからさっさとその手をどけなさい!!
 ああ、でも羞恥に悶えながら顔を真っ赤にする美鈴をこのまま眺め続けるのも、これはこれで!!」

「お嬢様、失礼ながら鼻血が出ていますので拭かせて頂きますわ」

「あら、私としたことが…ありがとう、咲夜。流石は私の従者ね」

「勿体無きお言葉」

「主の鼻血を拭く前にまず己の鼻血を拭かんか馬鹿者」

一礼するメイド長、十六夜咲夜に対し、その光景を横から見ていた上白沢慧音は呆れたように突っ込みを入れる。
昼下がりの紅魔館。今日はみんなでお茶会をという主旨の元で集った筈なのだが、いつの間にかこのような騒ぎになっていた。
しかし、慧音はその事に別段驚くことも無い。この紅魔館に厄介になって数週間。
こんなことは些細な日常だと身を持って痛感したからだ。むしろ、このような騒ぎが起こらない日が無い程に。

「妹様も起きていればもっと賑やかになっていたでしょうね」

「それだけは勘弁してくれ…」

本を読みながら他人事のように話すパチュリーに、慧音は先日の悪夢を思い出す。
三日前、慧音の部屋に遊びに来ていた美鈴をレミリアとフランドールが些細なことから争奪合戦に発展した。
その際、この館に慧音が持ってきていた机が見事に壊されてしまったのだ。結構高かったのに。
今日、フランは睡眠中でこの場にいないことは不幸中の幸いなのかもしれない。

「それにしても…お前達は本当にアレでいいのか?」

「アレとは?」

素で訊ね返すパチュリーに、慧音は無言でこの館の主、レミリアの方を指差した。
そのレミリアはというと、現在美鈴の胸をここぞとばかりに揉みしだいている。それはもう遠慮なくガッツリと。
レミリアの性別が女であることと、外見が幼女である分、大分緩和されてはいるものの、普通なら一発レッドで犯罪の光景である。

「レミィがどうかしたの?私にはいつものレミィに見えるんだけど」

「そのレミリアだ。何というか…まあ、彼女が美鈴の事を好きだということはよく分かった。
 だが、仮にも彼女は紅魔館の主だろう?もう少しこう…威厳というか、カリスマというか…
 そういうのが少しくらいあってもいいのではないかと私は思うんだが」

「あら?貴女はレミィの実力を知らない訳でもないでしょう」

パチュリーの言葉に、慧音は勿論だと頷いて肯定する。
レミリア・スカーレットの実力がどれだけ凄いものか等、慧音が知らない訳がないのだ。
スカーレット・デビルの異名を持ち、幼いながらもその力は幻想郷で最強の一角を担う吸血鬼。
加えて彼女が持つ能力を知れば、一体何所の誰が彼女に争いを挑むような自殺行為をするだろうか。
レミリア・スカーレットの実力を疑うなど、幻想郷に住んでいる人間がそんな愚考を行う訳がないのだ。

「無論、私とて歴史喰いの半獣だ。レミリアの強さなど嫌な程に知っているさ。
 ただ、な。あの恐怖の象徴だったスカーレット・デビルが果たしてこれでいいものかと疑問に思っただけだ」

「いいのよ」

慧音の発言にパチュリーは迷うことなく断言する。
即座に答えられるとは思っていなかったのか、慧音は意外そうな表情でパチュリーを見つめていた。

「他人の瞳にどう映るかなんてレミィがわざわざ思慮することではないわ。
 下賎な連中なんか気にせずに自分の望むがまま自由に生きること、それがレミィ本来の生き方だもの。
 恐れたい人間には恐れさせればいい。笑いたい人間には笑わせてあげればいい。ただ…」

「ただ?」

言葉を切り、パチュリーはその時初めて視線を本から切り、慧音の方に向ける。
その瞳に慧音は少しばかり驚かされる。いつもの無気力なパチュリーの瞳から、強靭な意志を感じられたからだ。

「レミィの事を笑う人間や妖怪がいれば、私はそいつを許さない。
 レミィが手を下すまでもないわ。そんな愚昧な輩は私が己の百余年の知識を持ってその存在を消し去ってあげる」

「…意外だな。お前がそのように己の感情を前面に押し出すのは。
 失礼かもしれないが、お前と付き合いが短い私には素直にそう感じられてしまった」

図書館に常に篭もり、書を通じて識を愉しむことこそ至上。それ以外のことなど全て他人事。
それが人々の目に映る紅魔館の魔女、パチュリー・ノーレッジの姿だった。実際はそれだけでは決してないのだが。
慧音はこの紅魔館に滞在して、そのような人々よりは遥かに彼女の事を理解出来たつもりなのだが、
それでも彼女の先ほどの発言は意外だったのだ。パチュリーが感情を他人に曝け出すことは。

「否定はしないわ。自分でも『らしくない』とは思うもの。
 …まあ、私がこんなこと言うのはレミィの事だけよ。他の事ではこんなに熱くならないわ」

「そうか。私にはその読んでいる本に対して大層お熱が入っているように見えるが」

「読書は私にとって呼吸も同義だわ。智を蓄える愉しさは貴女となら解かり合えると思っていたのだけれど」

「ふむ、それには私も同意しよう。
 だが、その本の一体何処に智を蓄える箇所が存在するのか是非教えて欲しいところだが」

「性欲の発散も時には必要よ。欲望と発展は陰と陽、常に隣り合わせに存在しているわ。
 欲を捨てた生物に未来は用意されないのはこの世の常事。人は常に欲望を昇華させて道を刻んできたのだから」

緑茶を啜りながら指摘する慧音にパチュリーは視線を再び本に戻し、しれっと答える。
ちなみに彼女が現在読んでいる本は『紅美鈴写真集21~はじめてのフランドール×美鈴編~』と書かれている。
どうやら紅魔館の魔女は写真集に服装だけでなく、シチュエーションにも拘り始めたらしい。

「とにかく、レミィが例え何をしようが、私は何も言うつもりはないわ。
 私はレミィを疑わない。私はレミィを裏切らない。レミィが楽しければ、私はそれでいいわ」

「成る程。レミリアと長年の付き合いであるお前がそこまで言うなら私とて居候の身だ、何も言わんよ。
 しかし、館に住んで初めて知ったことだが、レミリアは本当にこの館の住人達に愛されているな。
 最初はレミリアがこの館の住人達を力や恐怖で支配しているのでは、と思っていたんだが…とんでもなかったな」

「当然よ。この館でレミィの事を嫌いな者なんて存在しないわ。
 レミィがこの館の主だからこそ皆はこの場所に集ったのだし、レミィの為なら命を捨てることだって構わない。
 レミリア・スカーレットという唯一無二の存在に魅入り引き寄せられた者達…ここはそういう連中の集る場所よ」

――そう。その言葉には何の相違もありはしない。
この館の住人は誰もがレミリアの存在に心を捧げたからこそ今この場所に存在しているのだ。
パチュリーは瞳を閉じ、想いを過去へと馳せる。それは幻想郷に紅魔館が現れた幾月か後の事。
あの日、パチュリーを初めとした今この館の住人達は誰もがレミリアに全てを捧げる決意をした。
何があってもこの人についていこうと。この人の為ならば命など惜しくはないと。

そう…命など惜しくは無い。私達は死など恐れない。彼女が望むなら私達はその全てを彼女に捧げよう。
あの日、両眼に焼き付けた光景を忘れぬ限り――それはいつまでも変わることは無い永遠の誓い。






















「…駄目ね。私の言うことなんか子供の戯言、聞く耳すら持たないと一蹴されたわ」

薄暗い地下の一室で、レミリアは自嘲気味にそう告げた。
それを聞いたパチュリーは、最初からその結果が分かっていたのか別段驚くようなことはなかった。

「幻想郷に来て一月余り…主様達は人や妖怪を無闇に殺し過ぎたわ。
 確かに吸血鬼の力を誇示する必要はあるかもしれないけれど、これは余りにやり過ぎよ。
 これではそう遠くない日に、他の妖怪達からこの館を攻められるかもしれない」

「アイツはそれを含めて愉しんでいるのよ。まるでゲームか何かと勘違いしてるみたいにね。
 下らない。アイツの下賎な思考回路には吐き気を催して仕方が無いわ」

苛立たしげに己の父親を罵倒するレミリアを咎める声はどこからも上がりはしない。
それも当然だ。この部屋には最初からレミリアとパチュリーの二人だけしか存在しないのだから。
彼女達がこのように当主の憎言を発しているのには当然訳がある。話は今から約一月前へと遡る。
その日、レミリア達は外の世界から紅魔館ごと幻想郷に転移してきた。
そして、レミリアの父であり、紅魔館の主である吸血鬼は部下達に周囲の妖怪や人間狩りを命じた。
その理由は当然、この幻想郷における己が力の誇示の為であり、吸血鬼の恐怖をこの世界に知らしめる為だ。
それはやり過ぎだと諌める家臣も確かに存在した。だが、彼はそんな家臣達を次々と牢獄へと押し込んだ。
彼等がその場で処刑されなかったのは、常にその場で彼等を庇った娘、レミリアの存在によるものだ。

「あれから一月…今となっては紅魔館は見事に幻想郷での恐怖の象徴となり、アイツの狙い通りという訳か。
 本当に馬鹿な男ね。そんなことをして一体何の意味があるというのかしら」

「…妖怪とは己が力を誇示したいものよ。
 そしてこの世界には最強と謳われ、外の世界からは当の昔に姿を消した古参の妖怪達が存在している。
 きっと主様はそんな連中を倒して最強の座を手中に収めたいのでしょうね」

「その為には己が娘の力を吸い取ってでも…か。
 笑わせるわね。それの一体何処が誇り高き吸血鬼の姿なのやら…フランの事、道具か何かと勘違いして」

「…レミィ、間違っても変な気は起こさないでね」

「分かってるわよ、私じゃアイツに敵わないことくらい。…本当、忌々しいけどね」

憎悪の炎を瞳に宿し、レミリアは吐き捨てるように呟いた。
レミリアの言葉に、パチュリーはそっと視線を近くのベッドの方へと向けた。
そこにはレミリアにそっくりな少女――彼女の妹、フランドール・スカーレットがすやすやと寝息を立てていた。
それだけを言うと、普通に眠っているだけのように聞こえるが、彼女はレミリアやパチュリーとは決定的に違う部分があった。
――両手両足の拘束。そして特殊な紋様が描かれた首輪。
幼い少女につけられた拘束具は、妖しげな光沢を放ち、それがレミリアを更に不快にさせた。

「全身の拘束と自己思考の封印、そして魔力の吸引。
 これならフランの力も封印出来、己の力に流用出来るって訳ね。…本当、下等なことだけは一人前だこと」

「それだけ妹様の力を恐れているのよ。妹様はもしかすると主様を倒してしまうだけの能力を持っているもの。
 それならば力を封印し、己の魔力へと利用するという考えも理に適っているわね」

「…お願いだからアイツの行動を肯定しないで。
 いくらパチェが相手でも次は自分を抑えられる自信がないわ」

「…失言だったわ。ごめんなさい、レミィ」

謝るパチュリーにレミリアは何も言わず、唇を噛み締めた。それは決してパチュリーに苛立っているのではない。
妹をこのような状態から解放出来ない己の無力さ、レミリアはただそれが腹立たしかったのだ。
彼女の妹、フランドールはもう彼是数百年もこのような束縛状態だった。
それは彼女が己の力に目覚めた時から続く狂気の拘束。
自らの意思を魔道具に奪われた時から、彼女はもう自分で行動することは許されなかった。
暗い地下室に一人束縛され、思考することも許されず、ただ眠るように毎日を過ごす日々。
実の娘に対するその狂気とも思えるような行動を止めさせる事など、この館の誰一人として出来なかったのだ。
無論、もう一人の実の娘であり、彼女の姉でもあるレミリアをもってしてもだ。

「…いっそのこと、幻想郷の妖怪達に攻め滅ぼされたほうが幸せなのかもしれないわね。
 もしそうなれば、私達は自由になれるのかしら。私も貴女も…そしてフランも」

「レミィ…」

「…行くわ、パチェ。どうやらアイツが私を呼んでいるみたい。
 今度は一体何処の人妖達を滅ぼすつもりなのかしらね…いつまで私達はアイツに振り回され続ければいいのかしら」

自嘲気味に笑いながら、レミリアはゆっくりと影に溶けてその場から消えた。
パチュリーは溜息をつき、本を閉じる。そして、一人眠るフランの傍へと寄り添った。そして優しくフランの頭を撫でる。
幼き頃に両親を殺され、魔女の一人娘として面白半分にこの館に連れ帰られ、育てられた彼女だが、
未だこの眠れる少女の声を聞いたことがなかった。何故ならフランの束縛が彼女にそれを許さないから。

「妹様…一度でいいから貴女の声が聞いてみたいわ。
 きっとレミィのようにどこまでも美しく、そして可愛らしいお声をしているのでしょうね」

パチュリーの声は眠れる少女には届かない。それでもパチュリーはいつも彼女に話しかけるのだ。
いつの日か目が覚めたとき、自分の事を覚えているように。その目覚めの時に、自分がまだ生かされている保障は何処にもないのだから。














父に呼び出され、話を聞かされたレミリアは顔を蒼くした。
普段は冷徹で父のまでは滅多なことで表情を変えない彼女がここまで動揺するのは珍しいことだった。

「正気ですか、お父様…本当にその話を断るおつもりですか」

「無論だ。何故私が外の世界からいち早く逃げ去った妖怪共との協定を結ぶ必要があるのだ。
 これは良い機会なのだ。この世界の管理人である奴を叩けば、この世界で最強の名は私のモノになるのだからな」

ククッと嗤う父に、レミリアは本気で嫌悪する。この男、何処まで馬鹿なのかと。
父に呼び出され、聞かされた話は以下の内容だった。
幻想郷に現れ、父の行動の非道ぶりについに見かねたこの世界の管理者が最後通告を突きつけてきた。
他の人間や妖怪達の殺生を今すぐ止め、我々との契約を結ばなければ、お前達を一人残らず滅ぼすと。
今まで沈黙を保っていた管理者がとうとう動き始めたのだ。それを聞いて、どうして顔を蒼くせずにはいられよう。
このような隔離された別世界を生み出し、他の妖怪達が争わないような秩序を作り出した程の存在が自分達を滅ぼすと言っているのだ。
それは果たして一体どれ程の実力を秘めた存在なのか。そんなものはまだ幼い彼女ですら分かるというのに。

「お父様っ!!どうか考え直し下さい!!
 我々はもう十分に吸血鬼の力をこの世界に示しました!これで良いではありませんか!!」

「下らんな。どうして現状で遥かに優勢な我々が引かねばならんのだ。
 いいか、レミリア。これは最早戦争なのだ。私がこの世界を手中に収めるかどうかのな」

「お父様!!」

「フン…今晩の零時丁度と共に奴等はこの館に来るそうだ。
 お前もこの戦いに参加せよ。下等な妖怪どもに我々吸血鬼の力を示すのだ!」

高笑いする父を他所に、レミリアは絶望以外の言葉を見つけることが出来なかった。
殺される。きっと自分達は誰一人生き残ることなく殺される。それだけのことを紅魔館はやってきたのだ。
無論、彼女とて誇り高き吸血鬼。戦いの中で死ぬことは怖くない。強者と戦い死することは望むところだ。
だが、だがフランドールは。妹は何も知らぬまま死んでいくというのか。
星空の美しさも月の優しさも、そしてこの幻想郷に吹く風の心地よさも。妹は何一つ知らずに死んでゆくというのか。
母が死に、狂気に満ちた父に道具として扱われ、たった一人あの冷たい地下室の中で。
それだけではない。この館には他にも守りたい人達が沢山いるのだ。
命を失うと知りながらも父を諌めようとした賢人達。幼き頃からレミリアの面倒を見てくれた使用人達。
そして、この孤独な世界で私に生きる意味を再び教えてくれた親友。そんな人達すら殺されるというのか。

――認めない。
――許さない。
――そんなこと絶対にさせはしない。
拳を強く握りしめ、レミリアの瞳に再び決意の炎が灯る。
父に一礼し、レミリアはその場を後にした。その表情にもはや怯えの色は無い。
己がやるべきことは決まった。あとは運命が自分に微笑んでくれるかどうか。
否。絶対に微笑ませてみせる。大切な者達を守る為に、自分は一つの運命を紡ぐのだ。
――例えその先の運命に、自分の姿が見えずとも。














時刻は夜の十一時を少し回ったところだろうか。
紅魔館の地下の一室に、レミリアは人を集めていた。
その場所に集められたのはパチュリーとフランドールを始め、戦うことが出来ないこの館の使用人達。
そして、父に歯向かい投獄されていた賢者達だ。レミリアは地下牢を破壊し、彼等をこの部屋へと導いたのだ。
皆の視線がレミリアに集るなか、レミリアはその場の全員に語りかけるように口を開いた。

「もうみんなも知っていると思うけれど、もうすぐこの紅魔館に妖怪や人間達が攻め込むわ。
 そしてこの戦いは恐らく…いいえ、間違いなく私達が敗れるでしょう」

レミリアの言葉に、周囲が一瞬ざわめいた。
しかし、レミリアが再び言葉を続け始めた時にその喧騒はすぐに収まった。

「けれど、安心して。貴方達は私が守るわ。
 例え何があっても私が貴方達に指一本触れさせない。誰であろうとこの地下には一歩たりとも踏み込ませない。
 きっと一時間もすれば全ては終わると思うから…こんな悪夢は全て終わるから…
 もう…紅魔館はこれでお終いだから…だから、最後に私から貴方達にお礼を言わせて」

言葉を一旦切り、レミリアは皆に頭を下げた。
そして頭を上げ、レミリアは声を張って告げる。それはどこまでも高貴な在り方で、どこまでも美しくて――

「皆、長年の間よくこの紅魔館に尽くしてくれたわ。本当にありがとう。
 貴方達のような従者達に仕えて貰い、私は本当に幸せだった。
 私は誇る。最後のこの時まで紅魔館で貴方達と一緒に過ごせた日々を。この瞬間を」

それはどこまでも誇り高き主の姿で。きっと誰もが望んだ当主の姿で。
レミリアの言葉が終わり、賢者たちは一人、また一人と涙を零した。自分達は決して間違いではなかったと。
誇り高きスカーレット家の血筋は終えてなどいなかった。今ここに、我等が望んだ主がいたのだから、と。
従者達はレミリアに感謝の声をあげた。自分たちこそ貴女に仕えることが出来て幸せだったと。
嗚咽と喚声が上がるなか、レミリアは苦笑を浮かべながらも、ゆっくりと足を進める。
一歩。また一歩。その歩みの先にいるのは数十年の付き合いとなる親友の下。
一歩。また一歩。そして、その歩みは親友の前でようやく止まった。

「…何よ、それ。まるで今から死ぬみたいじゃない。
 ふざけないでよレミィ…そんなの、私は絶対許さないわよ…」

「馬鹿ね、死ぬ訳ないじゃない。私は誇り高き最強の吸血鬼よ?
 私が強いことは親友のパチェが一番知ってる筈じゃないの」

茶化すレミリアだが、パチュリーの表情は変わらなかった。
解かるからだ。親友だからこそ、要らぬことまで解かってしまうのだ。――レミリアは、死ぬつもりだと。

「ねえ、パチェ…貴女にお願いがあるの。聞いてくれる?」

「嫌よ…嫌!そんなの嫌よ!お願いだからそんな遺言みたいな言い方は止めてよ!聞きたくない!」

両耳を押さえ、必死に首を振るパチュリーにレミリアは苦笑しながら、そっと優しく抱きしめた。
最初は抵抗していたパチュリーだが、レミリアの温もりがゆっくりと伝わると同時に全身の力を抜いていく。
――分かっているのだ。親友だからこそ、痛いほどに分かる。自分では、彼女を止められないことくらい。

「…フランにね、沢山お話をしてあげて欲しいの。
 お父様の力が弱まれば、フランの拘束具は外れ、数年もすれば意識は戻る筈よ。
 もしフランが目を覚ましたその時に、貴女の知っているお話を沢山してあげて。
 この娘は絵本が大好きで、小さい頃はいつも私に引っ付いて本を読んであげるまで離れなかったから…きっと喜ぶわ」

「馬鹿…そんなのは自分でしてあげなさいよ…貴女はあの娘の姉でしょう…」

「そうね…お話、フランに沢山してあげたかったな…
 あの娘がいつ目覚めてもいいように、昔は絵本をそれこそ暗記するほど読み漁ったんだけどなあ…」

「何でよ!!何で過去形に言うのよ!!馬鹿!!レミィの馬鹿!!」

パチュリーの瞳から涙が止まらなかった。拭っても拭っても何度でも溢れてくるのだ。
嫌だ。親友を死なせたくなんかない。そんなの絶対に嫌だ。
けれど、止められる筈が無かった。レミリアは己の死を覚悟しているのだ。
この場の全ての人を、自分を、そして大切な妹を守る為に。紅魔館の最後の主として、死を遂げようとしているのだ。

「もう、パチェったらいつからこんな泣き虫になったのよ…
 いい?約束だからね?破ったりなんかしたら、パチェの大切な本全部燃やすからね」

「分かったわ…大切な本を燃やされちゃ…かなわないものね…」

本などで彼女の代わりが務まるならどんなにいいだろう。
そんな交換に応じてくれるなら、パチュリーは幾らでも自分の本を差し出したかった。
これから先二度と本を読めなくてもいい。自分の命と引き換えでもいい。だから、レミィの命を救って。
レミリアはパチュリーから離れ、ゆっくりとベッドの方へと足を進めた。
そして、そこに横たわったまま眠り続けているフランをそっと抱きしめ、レミリアは優しく呟いた。

「フラン…貴女はヤンチャできっと私の言うことなんて聞いてはくれないと思うけど…最後に私からのお願いよ。
 パチュリーの言うことをしっかり聞くこと、血を飲む時は好き嫌いしないこと。
 スカーレットの血は貴女が受け継いでいくの…だから、それくらい簡単にこなして立派なレディにならないとね?
 そして最後に…」

レミリアはそっとフランの頬に優しくキスをして、笑った。
それはどこまでも慈愛に満ちていて。そこまでも優しさに満ち溢れていて。

「いつまでも、笑顔でいなさい。貴女はいつでも笑顔の似合う向日葵のような女の子だから。
 そしていつか立派なレディになった時、その時にまた会いましょう?私はその日をいつまでも楽しみに待ってるから」

――分かっている。嗚呼、そんなことは分かっている。
この姉妹が再び言葉を交わすことも、温もりを分かち合うことも、決して出来はしないということくらい。
誰か。誰か教えて欲しい。一体誰がこんな結末を望んでいたというのか。
少女は会えない。自分を愛し続けてくれた姉にもう二度と会えない。
きっとその少女が目覚めた時には、彼女の姉はもうこの世には存在していないだろうから。

「…行くわ。そろそろ、舞台の幕が上がりそうだもの。
 最後の晴れ舞台、主役の身としては格好良く終わらないとね」

足を進めるレミリアに周囲から声が上がる。私も共に戦うと。最後の戦いにお供すると。
だが、レミリアは首を横に振って認めない。それでは彼女の行動が無駄になる。
レミリアは守る為に命を散らすのだ。ここにいる、愛する者達全てを守る為に。
そして地上へと続く階段の前で、レミリアは擦違い様にパチュリーに言葉を告げる。そしてパチュリーも言葉を返す。
それはきっと、二人がかわす最後の台詞。吸血鬼と魔女、親友同士が紡ぐ最後の言葉。

「先に空の上で紅茶でも飲みながら待ってるわよ、親友」

「悪魔と魔女が行く先は大地の底でしょう、親友」

冗談交じりに交わされた言葉は、きっと何よりも重たくて。何よりも優しくて。
影に消えたレミリアの姿を、パチュリーは最後まで瞳を逸らさずに眺め続けていた。例え涙で視界が見えなくとも。


















父が待つ主の間へと続く大階段で、レミリアは瞳を閉じて一人、侵入者を待っていた。
地下へと続く階段はレミリアの魔術により封鎖され、彼女の知りうる限り封印は解けないように施錠した。
その封印は如何な外的要因にも耐えうる、彼女が持つ最高の魔術によって造られた封印だ。
全ての後始末はパチュリーに任せた。後は自分が運命を紡ぎ取るだけだ。
己が能力によって見つけた一つの未来。皆を守り抜く為に、たった一つの運命を。

「来たわね…」

気配を感じ取り、レミリアはそっと瞳を開ける。
そこにはいつの間に現れたのか、三人の女性がレミリアの前に立ち、自分の方を見つめていた。

「…紅魔館へようこそ。歓迎するわ、管理者さん。
 我が名はレミリア・スカーレット。この館の主が娘にして、運命の力を継し誇り高き吸血鬼」

「別にアンタの事なんかどうでもいいわ。
 それよりもアンタ達は私達の世界を滅茶苦茶にしようとした。その代償は勿論受け取って貰えるのよね?」

レミリアの言葉を切って捨て、三人の中で右側に立っていた一人の少女が一歩前へと踏み出した。
どうやらその少女は三人の中で唯一の人間らしく、巫女服を纏っている。だが、その身体に秘める妖力は尋常ではない。

「失礼な客ね。パーティーに参加する者は主催者側の挨拶くらい黙って耳を傾けるものでしょう?」

「悪いが私達にはそんなつもりはない。
 貴様達は我等が幻想郷の同胞達を殺め過ぎた。その償いは払ってもらう」

そして、三人の中で左側に立っていた女性が声をあげる。
彼女からは九本の尻尾が見え、その身体に奔流する妖力ともに明らかに人間とは異なっている。
恐らく妖獣か霊獣の類だろう。そして彼女はその中でもトップクラスの力を秘めている筈だ。
幻想郷内の最強の人間と妖獣。やはり管理者は本気で自分達を殺し尽くすつもりらしい。
レミリアは表情を変えないまま、その視線を残る一人に向ける。
――そう。恐るべきは人間でも妖獣でもない。このなかで未だ不動のこの人物こそ、最強と謳われる管理者。

「…お前がこの世界の管理者ね。成る程、その全身から迸る妖力…確かに桁が違う。
 ふふ、お父様も馬鹿なコトをしたものね。このような妖怪を敵に回すなんて、正気の沙汰では出来ないわ」

「…そこまで分かっているなら自分の行動がどれだけ無駄なことか分かるでしょう?
 貴女は私には勝てないわ。いいえ、貴女だけじゃない。貴女の父も私には決して勝てない。
 例え私達が倒れても、外には力のある妖怪達が貴方達の部下を掃除している最中よ。
 敵を全て排除したら、彼等はこの場所に乗り込んでくる。温厚な妖怪まで敵に回す…貴方達は余りにこの世界で暴れ過ぎた」

「分かっているわ。私達の行った事がどれだけ愚かだったのかということくらい…
 けれど、私達とて最後の意地と誇りがある。ただ黙って殺される訳にはいかないわね」

レミリアの言葉に、管理者は下らないとばかりに溜息をつく。
そして、これ以上の話し合いは無駄だと判断したのか口を開く。

「藍。この場は貴女に任せるわ。
 あの愚かな吸血鬼を黙らせてあげなさい。私達はさっさと大元を潰すことにするから」

「はっ…」

管理者は妖獣に指示を告げ、巫女と二人で宙を翔けた。
二人は神速とも思えるスピードで爆ぜ、レミリアの隣をすり抜けて最上階へと向かう。
だが、レミリアは二人の妨害をすることなく、身体を静止させたままでじっと妖獣の方を見つめ続けていた。

「…邪魔しないのか?」

「私が二人を妨害しようとしたら、貴女は迷うことなく私に攻撃をしかけるつもりだったのでしょう?
 …まあ、そんな事はしなくても私は二人を通すつもりだったけど。良かったわ、貴女が残ってくれて」

「どういう意味だ」

レミリアの言葉に妖獣は構え、全身から妖気を噴出させる。
それを見て、レミリアはクスリと笑い、そっと告げた。

「私の実力をあの管理者に示すには貴女が一番都合が良かったと言っているのよ、狐さん」

「…貴様、私を愚弄するか」

「冗談。私はただ確実にアイツを葬りたいだけよ。そして最初の賭けに私は勝った。
 後は貴女の相手をするだけ…喜びなさい、妖獣。貴女は私のラストダンスのパートナーに選ばれたのだから」

「いいだろう…私は負けない。紫様の為に、私には勝利以外の道は無い。
 八雲紫の式、八雲藍が貴様の物語に終わりを告げてくれる!」

「ふふ、出し惜しみは要らないわ。貴女の全てを出し切るつもりでかかってきなさい。
 こんなにも月が紅い夜だもの、気を緩めれば簡単に殺してしまいそうだわ」

「ほざけっ!!」

瞬間、藍は大量の妖気を爆ぜさせ、レミリアの下へと真っ直ぐに跳躍する。
藍の振りかざした右手をレミリアは何なく避け、藍に向けて収束された気弾を放つ。
恐ろしいほどに魔力に帯びたその凶弾を藍は何でもないように左腕で弾き、無効化する。
それを見てレミリアは心から楽しそうに微笑む。そうだ、そうこなくては張り合いがない。
レミリアの隙を見つけ出すように藍は数百の弾丸を繰り出し、レミリアに放った後に藍は姿を風に溶けさせる。
緻密で計算された弾幕を回避しながら、レミリアは姿を消した藍の気配を探る。
何処からくる。上か。下か。右か。左か。前か。それとも。

「甘いわよ、妖獣!!」

「がっ!!!」

藍の凶爪がレミリアの身体に触れる千分の一秒の世界。藍が彼女を貫かんとした刹那。
レミリアは身体を後ろに反転させ、鞭のようにしならせた蹴りを藍の腹部へと容赦なく叩き込んだ。
身体能力が並みの妖怪とは比較にならない吸血鬼の蹴りを受け、藍の身体はゴムボールのように
館の柱へと叩きつけられる。無論、その衝撃を受け止めきれる筈も無く、柱は無残にも崩壊した。

「どうしたの?まさかこれで終わりという訳ではないでしょうね?
 ダンスミュージックはまだ始まったばかりなのよ。あまり無様な姿を晒してパートナーを失望させないで頂戴。
 貴女がその程度なら、あの管理者の実力も高が知れてしまうわよ」

「…小娘如きが紫様を侮辱するか。小娘如きが紫様の実力を語るか」

「…へえ、やれば出来るじゃない。そうよ、その全身から溢れ出る殺気と妖気の入り混じった姿。それでいいのよ。
 さ、遊びは終わり。二度目は無いわ。次に自分の力を出し惜しむようなら、今度は本気で殺してあげる」

光の弾壁を生み出し、レミリアは迷うことなく藍へと放つ。
レミリアによって生み出された光弾の雨は無慈悲に藍へと降り注ぎ、魔力を爆発させる。
一発一発が並みの妖怪を容易く破壊せしめる程の威力を秘めた魔弾だが、レミリアはこれを牽制程度にしか考えていない。
何故なら彼女が相対する敵、八雲の式もまたレミリアと同様に並の妖怪とは線を逸する化物だからだ。
荒れ狂う光弾の嵐を無理矢理消し貫くように、藍は巨大な三本の光槍を解き放つ。
圧倒的な魔力をねじ込められた光線は弾丸を消し去り、レミリアの身体を刺し貫かんと一直線に迸る。
その圧倒的な熱量に、レミリアは舌打ちをして受け止めることを諦め回避に転じた。
だが、それこそが策士たる九尾の狐の狙い。上方に回避したレミリアを待っていたかのように、藍はその方角に跳躍していた。
己が放った弾幕の爆ぜた煙が仇となり、一瞬レミリアは藍の姿を視界から消失させる。それが彼女を後手に回らせた。
レミリアが飛んだ方向に藍は迷うことなく爆ぜ、あたかもレミリアの前に瞬間移動でもしたかのように現れた。
藍の姿を視界に入れた時にはもう遅い。魔力を余すことなく付加された藍の拳がレミリアを捕えたのだ。
頬を殴られ、吹き飛ぶレミリアに藍は迷わず追い討ちをかける。彼女の能力――式神の使役である。
藍に召還され、己の意思を持たない式が十二匹、レミリアの周囲を囲む。そして藍は式神達に命を送る。

「踊れ!!式神『十二神将の宴』!!」

其は妖狐が誘う死の円舞。彼女の声に応えるように十二の式が光を放ち、レミリアへ無慈悲の断罪を開始する。
先ほどまでの弾幕とは打って変わり、十二の式のどれもが必殺となる威力を込められた絶望の宴。
そう、彼女は八雲の式にして誇り高き九尾の妖狐。獣の身でありながら八雲の名を与えられた最強の妖獣。
彼女はただ積んできた。八雲紫の傍で、奢ることも無く、彼女はただ研鑽を重ねてきた。
天賦の才を与えられ、生まれながらに最強の妖獣の血を持ちながらも彼女はただ上だけを目指し続けたのだ。
一日。一月。一年。十年。百年。千年。記憶すら磨耗するような年月の中で、彼女は一度も下を見ることは無かった。
全ては自分を育ててくれた主の為に。自分を愛してくれた母の為に。その無垢なる想いこそが最強の妖獣たる所以。
ならば、最強の妖獣たる彼女が一体どうして高々数百年しか生きていない吸血鬼如きに遅れを取ろうか。
否。断じて否。八雲の最強は則ち彼女の最強。最強の二つ名である八雲の名を冠する彼女に敗北の二文字は存在しない。
たとえ相手がどのような強敵であっても彼女が遅れを取ることはない。後塵を拝することなどあってはならない。
最強こそ八雲。それを身を持って証明してこそ、彼女が最強の妖怪、八雲紫の式たる己の存在意義なのだから。
だから。だからこそ――

「……馬鹿な」

目の前の光景が未だに彼女には受け入れることが出来なかった。
己の妖力を全て式に注ぎ込んだ全力の一撃だ。その圧倒的な火力は遺体が残れば奇跡とも思えるべきモノだった筈だ。
命を受けた式は主と同等の力を持つ。つまり今の彼女は最強の妖怪である八雲紫と同等の妖力を秘めているのだ。
その彼女が解き放った必殺の技は誰が相手でも抜けられるようなモノではない。それほどの研鑽を重ねた技なのだ。
それなのに、それなのに何故――目の前の吸血鬼は無傷のまま佇んでいるというのか。

「…流石は管理者の式ね。まさかここまでの力を持っているとは思わなかったわ」

「貴様…!!一体どうやって私の式神から逃れた!?何故傷一つ負っていない!?」

「そうでもないわよ。これでもかなり力を消費してしまったもの。
 私はただ貴女の攻撃の全てに気弾をぶつけて相殺させただけ…簡単でしょう?」

動揺を隠せない藍にレミリアは笑って何でもないように答える。
レミリアの言葉に藍は戦慄する。それが一体どれだけ奇跡に近い芸当か、藍は知っているからだ。
目の前の吸血鬼は、十二の式神から放たれる必殺の光弾を全て打ち落としたと言っているが、
そのような事が出来る程、藍は単純な式を練っていない。
彼女の式神はそれこそ神域とまで昇華されたほどに難解なプログラムが組んであり、そのパターンは億を超える程だ。
つまり、彼女の式神の攻撃を打ち落とす為にその攻撃を先読みすることなど不可能。
故に彼女の攻撃は『必殺』。彼女の攻撃を防ぐ為に、先ほどのレミリアのように気弾をぶつけて相殺させる余裕など与えない。
例えそれだけのスピードで気弾を放てたとしても、一つ判断をしくじれば残る十一の式神の攻撃で滅せられてしまう。
つまり、目の前の少女は二つの奇跡をやってのけたのだ。
十二の式神の攻撃を全て『放たれた後』に視認し、その何千万分の一秒という世界での迎撃。
その一つ失敗すれば確実に死が訪れる迎撃を式神が消えるまで続けた恐るべき集中力と判断力。
藍は息を呑んだ。彼女とて歴戦の強者、自分が適わない相手などいくらでもいる。
華胥の亡霊、小さな百鬼夜行、そして彼女の主である境界の妖怪。だが、彼女達と藍は一度として戦ったことが無かった。
最強として生まれ、八雲の名の下に育ち、紫の命を受けて生きてきた藍にとって、それは初めての経験だったのだ。
たった一度技を防がれただけで全身に走る絶望。どうしようもない程の無力感。それは藍が強者だからこそ分かる事。
――ああ、どうしようも無いほどに伝わってくる。私では、決して目の前の少女に勝てないということが。

「貴女は優秀だわ。あんな化物染みた主を持ち、貴女自身もそれほどの力を振るう。
 …けれど、私には勝てない。私には届かない。昨日までの私だったなら、いい勝負だったと思うのだけど、ね」

「…たった一度技を防いだだけで勝ったつもりか?」

「一度でも解かる筈でしょう。貴女ほどの実力を持つ妖獣ならば、ね」

レミリアの言葉に、藍は悔しそうに唇を噛み締める。強く握り締めた掌には爪が食い込み血が流れそうな程だ。
そう。藍程の実力を持っているからこそ解かるのだ。自分が敵わない敵を見分ける程度の技量があるからこそ。
けれど、藍は構えを解かない。当然だ。主から命じられ、敵わないからといって背を向ける選択肢など存在し得ない。

「…貴女と私、きっと実力差はそんなに無い筈よ。だけど、貴女では絶対に私に勝てない。
 さて、ここで問題よ。実力は100と100で均衡し合っている者同士なのに、どうして貴女は私に勝てないのでしょう?」

レミリアが言葉を終えた瞬間、藍は再びレミリアへと爆ぜた。そして獣が獲物に襲い掛かるように爪を立てる。
殺気の篭もった藍の猛攻をレミリアは全て受け止める。時に弾き、時に払い、時に避け、時に受け。
その爪は如何なる外敵をも除外してきた。紫の道を阻む輩を誰一人残らず葬り去ってきた。
だが、届かない。爪が空を切る度に藍の積み重ねてきたモノが一つ、また一つと剥がれ落ちていく。
ただ紫の為に高みを目指し、共に歩む為に研鑽を重ねてきた藍の全てが否定されていく。
八雲の式として育ち、天賦の才と不断の努力によって築き上げた自身の全てが否定されていく。

「がああああああ!!!!!!!」

憎悪。嫌悪。屈辱。絶望。憤怒。諦念。
幾重にも負の感情が入り混じった最早声にならない悲鳴を上げ、藍はその身を獣に落としレミリアを攻め立てる。
負けられない。負けられない。負けてしまえばそこで全てが終わる。何もかもが終わってしまう。
負けてしまえば八雲の名に傷をつけてしまう。紫様の名を穢してしまう。そんなことは絶対に許されない。

「…時間切れよ。それでは正解を教えてあげる。
 貴女と私とでは決定的に違うもの…それは覚悟の差、そして背負っているモノの差よ」

「あぐっ!!!!」

藍の腕を払い、レミリアは全身のバネを総動員させて拳を鳩尾にねじ込んだ。
そして頭が下がった所に迷うことなく踵を叩き込み、藍の身体を容赦なく床へと叩きつけた。

「貴女が背負っているのは主の命令だけ…それだけでは今の私には勝てないわ。
 フラン、パチェ、そして従者達…皆の為にも私はこんなところで膝をつく訳にはいかないのよ。
 まだ私には最後にやるべきことが残っているの」

「ぐ…あ…」

朦朧とした意識の中、藍は何とか立ち上がろうと足に力を込める。
しかし身体は言うコトを聞かず、視界も覚束ない。だが、聴覚だけは嫌に冴えていた。
だから、レミリアの声だけは気持ち悪いほどにハッキリと聞こえていた。

「それじゃ狐さん、ゆっくりおやすみなさい。
 この敗北を恥じることはないわ。貴女は充分によくやった…ただ、今回は少し状況が悪かったのよ。
 出来ることならもう一度貴女と手合わせ願いたかったわ。今度はお互い、余計な事は無しにして…ね」

苦笑を浮かべ、レミリアは掌から一際大きな光弾を放つ。
まるで空に浮かぶ紅い月のような光球――それが藍の意識を失う前に覚えている最後の光景だった。
気弾を受け、藍の気配が消えたことを確認してレミリアは軽く息をついた。
実は彼女とて無傷で藍に勝った訳ではない。藍の式神を防ぐのにかなりの妖力を持っていかれたのだ。
だが、弱音を吐く訳にはいかない。これはまだ始まりに過ぎない。
妹を、親友を、そして従者達を守る為の道…たった一つの運命を掴み取る為に、今はまだ休む訳にはいかない。
レミリアは再び軽く息を吐いて、視線をこの部屋の入り口の方へと向ける。
そこには何時現れたのか、妖怪の集団がレミリアの方を睨みつけていた。

「どうやらお父様に尻尾を振るだけが能の屑達を片付けてくれたみたいね…本当、優秀な掃除屋さん達だこと。
 お礼の一つも言いたいところだけど…生憎私の話は聞いてもらえないようね」

妖怪達はレミリアを睨みつけたまま静止していたものの、ボロボロにされた藍の姿を見て表情を変える。
そして、全身から殺気を放った一匹がレミリアに向かって飛び出し、それに続くように他の妖怪達も飛び掛る。

「いち、に、さん…ふふ、数えるのも嫌になる人数ね。まあ、それでこそ踊り甲斐があるというものだけど」

口元を歪ませ、レミリアは右手に妖力を集めて一本の槍を成形する。
その真紅に染まった紅い光槍こそが悪鬼から彼女に与えられた紅悪魔の象徴。触れるもの全てを薙ぎ払う神槍。

「我が名はレミリア・スカーレット…誇り高き吸血鬼にしてブラド・ツェペシュの末裔。
 お前達のような有象無象如きが易々と手に出来る程この首は安くない事を教えてあげる!」

翼を広げ、閃光一閃レミリアは妖怪達の中へと飛翔する。
その表情に絶望の色は何処にも存在しない。あるのは己が命の燃やし場所を悟り、ただ愉悦に歪む微笑。
愛する妹達の命を背負い、真の己が力に目覚めた幼き夜の女王は華麗に舞う。それがきっとこの人生における楽しいラストダンスになる筈だろうから。

















大きな衝撃が加えられ、一際館が大きく揺れる音が地下室に響き渡る。
ざわつく従者達の中で、一人パチュリーはフランを抱いたままベットの上に黙したまま座り込んでいた。
少女の心の中はいつものように微笑んだまま戦場へと向かって行った親友の事だけが占めていた。
――本当にこれでよかったのか。何もかもをレミィ一人に背負わせてしまうような、こんな形になってしまって。
確かに自分と彼女では実力に大きく差があり、今の自分は足手纏いにしかならない。
それにレミィは自分達を死なせない為に戦場へと向かったのだ。今、自分が出て行けばレミィの意を無駄にすることになる。
何よりレミィは自分に託してくれた。その命を散らしても、妹様に生きてもらうことを強く望んだ。
親友の私に妹様と生きることを、自分の代わりに妹様を支えることを最後に願った。
分かっている。頭では分かっている。これが一番の選択肢なのだと。レミィが望んだ事なのだと。
――だけど。だけど、それでも。
パチュリーは軽く息をつき、フランをベットに寝かせてその場に立ち上がった。

「…ごめんねレミィ。やっぱり私、貴女がいない世界なんて考えられない」

それでも願わずにはいられなかった。死の際まで親友と共にあることを。いつまでも傍にいることを。
きっと自分は従者としては失格なのだろう。だけど、自分はレミィの従者なんかではない。
あの日、レミィは言ってくれた。自分達は親友だと。両親を彼女の父に殺され、何の関係も無い彼女に酷いことを沢山言った自分に、だ。
奴隷の身分に身を落としても不思議ではなかった自分を、レミィは救ってくれた。
身体の弱いこんな私を、レミィは己の立場も気にすることなく対等に見てくれた。友達でいてくれた。
そう。レミィは自分にとって全てだ。レミィがいたからこそ自分はここまで生きてきた。
私に沢山の世界を与えてくれたレミィ。いつも我侭で、そのくせ馬鹿みたいに優しいレミィ。私の大好きなレミィ。
だから、ごめんなさい。たった一つの約束も守れない馬鹿な私を許して。
貴女の犠牲の上に成り立つ余生など要らない。私は最期のその時まで貴女と共に在りたい。大好きな貴女と。

「唯一の心残りは妹様、貴女と一度でもいいからお話したかったことくらいかしらね…さようなら。
 貴女のお姉様と共に、一足お先に地獄でノンビリと貴女の成長を見守らせてもらうわ」

優しく微笑み、パチュリーは優しくフランの髪を一撫でした。
自分がこの館に来る以前から続くずっと眠れる森の少女。大好きな親友がいつも嬉しそうに話していた妹君。
この少女が一体どのような女の子だったのか、最早自分には知りうる術はないが、それも死後の一つの楽しみ。
レミィと二人、地獄の底からそれを楽しみに過ごしていこうではないか。そしてレミィのくどい妹自慢に私は苦笑するのだ。
フランからそっと手を離し、パチュリーはレミリアのいる地上への扉へと足を進めようとして、止める。
何故なら彼女の向かう道の前に、レミリアが牢から救出した賢者たちが揃って道を塞いでいたからだ。

「…何のつもり?」

「パチュリー様、どうかその死出の旅、我等もお付き合いさせて頂きたい。
 レミリア様が封じたあの扉も、我等が力を合わせれば必ずや開ける事が出来ましょう」

賢者の言葉に、パチュリーは驚き言葉を失う。
まさかそのような申し出をされるとは思ってもいなかったからだ。

「正気?折角レミィに救われた命を無駄に散らしてどうするのよ。
 このまま地下に大人しく篭もっていなさい。大丈夫、貴方達の命だけは絶対に守り抜いてみせるから」

「それはパチュリー様とて同じことではありませんか。
 我等は主様に逆らい、一度死を覚悟した身。今更命など惜しくはありません。
 この命はレミリア様に救われた命、そのレミリア様が私達の為に命を賭して戦っておられるというのに
 どうして我が身を可愛がる必要がありましょう。我等が命を燃やす時は今をおいて他ありませぬ」

一人の賢者の声を皮切りに、周囲から賛同の声が上がる。
あの方こそが我等の主であると。あの方を決して死なせる訳にはいかないと。その為には命など惜しくはないと。
一つの想いがつながり、地下室に集った人々の心が一つに同化していく。全ては我等が主、レミリア様の為にと。
その光景を見て、パチュリーは苦笑せずにはいられなかった。――自分を含めて、本当に馬鹿ばかりだと。

「全くもう…これじゃレミィが何の為に戦っているのか分からないじゃない。
 本当にいいのね。ここから先はもう二度と引き返せないわ」

パチュリーの言葉に、地下室の誰もが力強く頷いた。
死なせはしない。絶対に死なせたりするものか。この場の誰もがレミリアという存在に希望を見たのだ。
我侭で、自分勝手で、意地っ張りで、強情で。けれど、慈愛に溢れ、誰よりも気高く、優しく、不思議な魅力に溢れた女の子。
あの方は私達に仰った。ありがとう、と。一緒にいられたことを誇りに思う、と。
それは私達とて同じこと。私達は感謝する。あの方に仕えられたことを。あの方の傍にいられたことを。
今更生き延びようとは思わない。我等が命はただあの方の為に。あの方が生き延びる為ならば全てを投げ捨てよう。
何故なら私達はあの方を――レミリア・スカーレットの事が大好きなのだから。

「開くわよ…力のある者は扉に魔力を集中して。一気に破壊するわ」

いざ扉を開こうと呪文の詠唱を始めたパチュリーと賢者達だが、その詠唱は最後まで唱えられることはなかった。
詠唱を始めた刹那、大きな破壊音と共にレミリアの魔力によって封じられた扉がバラバラに吹き飛ばされたのだ。
それも外からではなくこちら側、地下室内側からの大きな破壊。突然の出来事にパチュリーは驚愕の表情を浮かべる。

「どうして扉が…」

「パ、パチュリー様!!!」

背後から大声が上がり、何事かとパチュリーは後ろを振り返った。
その光景にパチュリーは己が目を疑った。自分は夢を見ているのかと。これは何かの幻かと。
従者達が海を割ったように道を空けたその先。歪な翼を大きく広げて一人の少女は舞い降りた。
紅蓮の炎に魅入られたような真紅に染まった美しい瞳。それは眠り続けた彼女からは見ることが出来なかったモノ。
手足の縛りは砕かれ、彼女の意識を奪った忌々しき首輪は最早何処にも存在しない。
何者にも縛られぬ狂気と破壊の吸血鬼の覚醒。フランドール・スカーレットの目覚めは数百年の時を経て、今ここに完遂する。

「妹…様…」

「パチュリー…貴女の声、ちゃんと聞こえてたよ。
 眠っている間も、貴女とお姉様の声はずっと私に届いていたよ…」

其れはきっと運命がくれた最後のチャンスなのかもしれない。
フランの目覚めは絶対にありえなかったこと。例え主が死んだとしても、フランの身体は数百年も寝たきりだったのだ。
そんな錆び付いた身体が、意識がまともに動くことなどありえない筈だった。だが、そんな奇跡が今目の前にあるのだ。
親友の命を助ける為に、誰かがくれた最初で最後の好機。私達の大切な人を助ける為のラストチャンス。
きっと自分達ではレミィの命を救うことが出来ない。だけど、この娘なら――主様も恐れていた妹様ならば。
絶望の中に差し込んだ一筋の光。その希望の光はパチュリーに笑って告げた。

「死なせないよ。お姉様は絶対に死なせない。私はまだお姉様にお話を全然聞かせてもらってないもの」

フランドールの言葉に、パチュリーは涙を堪えて力強く頷いた。
そうだ。まだレミィを死なせる訳にはいかない。私達にはレミィが必要なのだから。



















――悪鬼羅刹。それがこの光景を視界に入れた少女の心からの感想だった。
館の主である吸血鬼は苦戦はしたものの、仕留める事に成功した。其れも当然だ。
何故なら博麗の巫女である自分と最強の妖怪である紫が手を組んだのだ。二人掛りで手に負えない敵など存在しない。
この幻想郷を乱してくれた愚かな吸血鬼はあっけない終わりを迎えた。
これでこの異変は終結。後始末は他の妖怪達に任せればいい。少なくとも自分はそんな考えだった。
それも仕方ないだろう。敵の頭を潰し、残るは残党狩りだ。そんなことはこの吸血鬼に恨みを持つ妖怪達に任せればいい。
そのように考え、私と紫は藍を迎えに階下へと降りた。藍があの小生意気な吸血鬼を倒してくれているだろうと確信して。
だが。そこに待っていた光景は私のそんな甘い考えをこれ以上無いくらいに粉々に打ち砕いてくれた。


夥しい程の妖怪達の屍の上に、少女はいた。


身体は己が流した血と返り血でこれ以上ないほどに紅く染まり、汚れていない箇所が見つからない程だ。
片腕はもがれ、わき腹に穴は開き、左足は見るも無残な状態だった。
――だが、生きている。少女は独り舞台の上に立ち、一度たりともその膝をつくことも無い。
一体何匹の妖怪を相手にしたのだろう。自分の周囲にある屍を数えても両手では追いつかない。
この数を、一人で相手にしたというのか。もしそうだとしたら、私はとんでもない思い違いをしていたことになる。
真に倒すべき相手は先ほどの吸血鬼ではなく、その娘。アレは間違いなく人の手には負えぬ『化物』だ。

「あら…随分遅かったじゃない。
 レディをあまり待たせるのは感心しないわね…それでお父様には勝てたのかしら?」

「上にいた吸血鬼なら冥府に送りつけてやったわ。二度と転生すら出来ないようにね。
 …ただ、どうやらそれ以上の化物がここにいたみたいだけど」

「…そう、お父様は逝ったのね。ふふ、ふふふ…あは、アハハハハハ!!!!!」

その光景に巫女は言葉を絶する。
父の死を告げられ、歓喜に狂う少女の姿は彼女に恐怖を覚えさせるには充分なものだった。

「フフ…そう、アイツは死んだのね。殺してくれたのね。
 感謝するわ、管理者に人間。貴女達のおかげでこの戯けた悪夢から解放されそうよ」

「…父親が殺されたというのに随分嬉しそうね」

「父?フフ…あんな下衆が父ですって?それこそ性質の悪い冗談でしょう。
 私はアイツを自分の父親だと認めたことなんて唯の一度もないわ。
 己が力に酔い、力無き者を無意味に殺め、娘の力に怯え利用し、吸血鬼の誇りを忘れスカーレットの血筋を汚した愚者。
 アレは滅されて当然の存在なのよ。生きているだけで害を為す存在が消え、喜ばない筈がないじゃない。
 家臣の忠言に耳を背け、己が欲望の為だけに他を踏み潰すような愚昧の輩に私の父を名乗る資格はないわ」

その言葉に、巫女は初めて幼き吸血鬼の狙いを理解した。
この少女は、自分達を利用したのだ。父を殺める為に、自分と紫を故意に素通ししたのだと。
それに、彼女の放つ言葉の重さ。それは何と何処までも気高き吸血鬼か。
先ほど倒した己の欲望だけに捕われた吸血鬼などとは比べ物にならない程の存在感。――これが、真の吸血鬼なのか。

「さて…そこの管理者さん、ここで一つ私と取引をするつもりはないかしら?」

レミリアの言葉に、今まで黙していた紫が初めて反応する。
そう。ここまで数多の妖怪達を相手にただ一人で戦い抜いた理由、それはこのカードを彼女に示す為。

「もう分かるように紅魔館はこれで終わりよ。愚かな主は死に、奴の愚挙に付き従った屑共は既に貴女達が葬った。
 地下に残るは力なき従者と奴を諌めて無辜の罪で投獄された賢者のみ。
 貴女達が手を下さずともこの館は消え去る運命にある…だから、これで手打ちにして欲しいの。
 この世界の管理者である貴女から、この世界に害をなした者共は全て死に潰えたことを、
 その命を持って贖罪を終えたことを公表して欲しい。そして、生き残った地下の者達には何の罪もないということを」

「…取引とは互いに利があるが故に取引と言うのよ。その行動に私にとって何の利益が存在するのかしら。
 ここで貴女達を滅ぼしてしまった方が後の禍根が残らない。それを曲げろと貴女は私に要求をする。
 さて、貴女達は私に一体何を差し出すというの?」

――運命を掴んだ。最後のピースが見事に埋まった事を確信し、レミリアは口元を歪ませる。
数多の賭けはここに一人の少女の勝利によって幕を閉じる。ここに至るまでの多くの条件を少女は乗り越えてみせたのだ。
一つ、管理者達が己が父を倒してくれること。一つ、己が力を管理者達に示すこと。
そして最後の一つ――この命に、最強の妖怪との取引に適うだけの付加価値をつけること。

「――差し出すものは私の命。
 紅魔館が最後の主、このレミリア・スカーレットの命を貴女にあげる。
 取引に応じてくれるなら、この身を一欠片残さず喰らい、我が血我が肉我が魔力を己が力の一部とするがいい」

レミリアの言葉に、巫女は絶句する。
ボロボロの身体で何を言い出すかと思えば、そんな戯けたことを目の前の少女は平然と口にしたのだ。
自分の命と引き換えに、他の者を救えと。自分の命と引き換えに、取引に応じろと。
それは妖怪退治を生業としていた彼女にとって、どんなに衝撃だっただろう。
妖怪とは常に自分本位、優先すべきは自分。そこに他者など入る余地などないのが常だというのに。
それをこの少女は根底から覆す発言をしたのだ。自分を犠牲に他者を救う、そんな戯言をのたまったのだ。
これだけの妖怪を屠りながら、他の命を殺めながら、憎むべき敵がそんな綺麗ごとを言うのだ。

「っ!!冗談じゃ――」

激昂し、声を荒げそうになった巫女を紫が静止する。
ただ、視線は以前レミリアに向けたまま。何かを試すように紫は彼女に尋ねかける。

「仮に私がその取引を飲んだとして、それを私が本当に実行するかどうか分からないわよ」

「するわ。貴女は契約を必ず守る。
 そうでしょう?己の都合で契約を守ったり破いたりするような存在に管理者は務まらない。
 世界の管理者は常に契約に対して絶対でなければならない筈よ。
 貴女が好き勝手に契約を破っていてはこの世界に秩序なんて生まれたりしない。違う?」

「契約をするに値するほど自分に価値があるとでも?」

「あるわ。この身は吸血鬼にして誇り高きスカーレット家の最後の主。吸血鬼の力は愚者が充分示したでしょう。
 そして私自身の実力はこの部屋に積み重ねられた屍の数が証明している筈。
 私の価値を証明する為に貴女の式もその数に含めても構わないわ」

レミリアの言葉に紫の表情がはじめて変わる。
その色は憎悪。鋭さを増した視線で紫はレミリアを睨みつける。その変化にレミリアは笑って紫に告げる。

「安心なさい、あの狐なら気絶しているだけよ。別に命には何の問題もないわ。
 もしあれを殺してしまっていたら、こんな風に私の話なんて聞いてもらえなかったでしょう」

顎で藍を指すレミリアに、巫女は慌てて倒れている藍の元へと駆け寄る。
だが、紫はレミリアから視線を逸らさない。藍の方を見ないまま、言葉を続ける。

「別に貴女と取引をせずとも、私が貴女をこの場で殺せば問題なくてよ?
 その首を刈り取った後にゆっくりと貴女を咀嚼することだって出来る。
 手負いの吸血鬼の一匹や二匹倒せないほど私が余力を残していないと思って?」

「無理ね。交渉決裂なら貴女が私の首を掻っ切る前に私が私自身を消し飛ばすもの」

レミリアは薄笑いを浮かべ、残る隻腕に膨大な魔力を集中させる。彼女の身体に残る全魔力の解放。
その純粋な魔力の流動に巫女は目を見開く。何と強大かつ恐るべき力か。
あんなものが放たれればこの館が壊れるだけでは済まない筈だ。少なくともこの周囲一帯が跡形もなく吹き飛ぶ、それ程の濃密な魔力の塊なのだ。

「…正気?そんなモノを放てば自分だけではなく貴女の守りたい連中も跡形もなく消し飛ぶわよ」

「そうね…だけどそれも仕方のないこと。
 このまま貴女達に殺されるくらいなら、私自らの手で最期を迎えさせてあげる方がいいでしょう?
 死出の旅路は多いほうが楽しいわ。私や地下の連中…そして、そこで寝ている狐や巫女も一緒にね。
 さて?どうする?消耗する前の貴女なら難なく狐や巫女も救出出来たでしょうけど…
 今も出来るかどうかの分の悪い賭けに乗ってみる?ベットするのは勿論そこの二人の命になるけれど」

何と恐ろしい吸血鬼か。彼女の行動が全て一つの線となったことに気付き、巫女は息を呑む。
彼女の行動全てがこの駆け引きの為に用意されたもの。
藍を殺さずに気絶させたことも、自分をこの場に残していることも全ては紫との取引の為。
彼女の言は全てが真実。きっと紫が要求を突っぱねた瞬間、あの魔力の塊を地面に叩きつけて暴走させるだろう。
全ては己が掌の上に。その命を賭して描いたシナリオを形にし得た少女に賛美の言葉を送ろう。
今ここに彼女の見た運命は成る。紫は軽く瞳を閉じ、ゆっくりと口を開く。

「…分かったわ。八雲の名において契約はここに成立した。
 地下の者達には一切手を出さないことを約束するわ。そして、その者達に罪は無い事も他の妖怪達に証明してあげる」

「紫…」

「フフ…そう。ありがとう、これでようやく安心して眠れそうだわ。
 抵抗はしないから、この首、好きなように持って行きなさい」

掌に集った濃密な魔力を分散させ、レミリアはとうとうその場に膝をついた。
そう、既に彼女の身体は限界などとうに超えてしまっていたのだ。吸血鬼でありながら、腕も腹部も一切が再生しない事が何よりの証拠。
だが、彼女はこの時まで決して弱さを見せなかった。彼女をここまで奮い立たせたのは誇りか、守るべき命か。
肢体は欠け、力は尽きても彼女はどこまでも強く。そしてどこまでも美しく。
方膝をついたレミリアに、紫は表情を変えることなくゆっくりと近づいて行く。そしてその細い首にゆっくりと手をかけた。

「…最期に一つ、質問をしてもいいかしら。
 貴女はどうしてそこまでするの?愛する者を守る為?それとも己が肉親の罪を贖罪する為?
 どうして貴女ほどの力を持つ妖怪が他人の為に簡単に命を投げ捨てることが出来るの?」

紫の言葉に、レミリアは笑った。
どうしてそこまでするのか、何てそれ程簡単な質問は存在しない。
ああ、その答えは最初から決まっている。ここまで自分が最期まで立っていられた理由なんてただ一つしかないではないか。

「――自分の為よ。全ては私が『そうしたいから』、ただそれだけの理由。
 あの下らない男の為に何の罪も無い従者達が殺されるのは我慢ならないし、させるつもりも毛頭ない。
 誰かを守りたいという理由なんて所詮後付けでしかないわ。結局は私が『そうさせたくない』からよ。
 自分の気持ちに嘘をつくような生き方なんて私は死んでも御免だわ。己の欲望の為に私は命を捨てるのよ」

ただ、守りたかった。妹の、親友の、そして従者達の命をただ守りたいと願った。
それは突き詰めたなら結局は己の欲望で。ただ『そうしたい』という気持ちが昇華して生み出された形。
ならば自分の気持ちに嘘はつけない。夜の覇者はどんな時にも自分に正直に生きることこそが本懐。
人々を守りたいという『自分の欲望』。大義など不要、大層な理由なんて必要ない。そんなものには縛られない。
レミリア・スカーレットはただ一つの理由によって立つのだ。自分がしたかったから、守りたいという気持ちによって。

「…己が欲望は弱き者の為に在る。それは天性の王者の資質にして、理想の主の姿。
 その身に宿す果て無き力と誰にも負けぬ強き心…そして誰にも穢されないその気高き誇り。
 本当、末恐ろしい娘ね…貴女があと千年ほど早く生まれていたらと思うとゾッとするわ」

「フン…千年も要らない。貴女如きに追いつくなんて百年もあれば充分だったわ。
 まあ、楽しみにしてなさい。私の代わりに、自慢の妹がきっと貴女の期待に応えてくれる筈だから」

最後のその時まで尊大な態度をとるレミリアに、紫ははじめて表情を崩した。
それはこの世から去り行く者への最大の敬意と愛情を込めた微笑み。強き者へ送る鎮魂の意。

「さようなら、気高き紅月に魅入られし吸血姫。
 …貴女が初めてよ。私が他の存在に心から敬意を表したいと思ったのは」

紫はそっと手に魔力を込める。せめて最期のその時は苦しまぬよう、一瞬で。
己が最期を確信し、レミリアはそっと瞳を閉じる。――これでいい。これで何もかも終わりだ。
そう。彼女は運命をその手に掴み取ったのだ。従者を守り、親友を守り、そして愛する妹を守るその未来を。
どうせ残り数刻もない命だ。最期の瞬間くらいは幸せな光景を夢見てもいいだろう。
少女は一人、夢想に馳せる。それは彼女が幻視した一つの未来。




この紅魔館の主に君臨するはフランドール・スカーレット。
スカーレット・デビルの異名を取る程の実力を持つ吸血鬼のくせに、子供っぽさがまだまだ抜け切れない可愛い娘。
そのフランの傍で、パチュリーはいつも我侭な主に頭を痛めているのだ。
そして彼女の周りはいつも賑やかで。紅白の巫女や黒白の魔法使い、多くの人々に囲まれてフランに笑顔は絶える事は無い。
嗚呼、なんて何処までも優しくて何処までも幸福に満ちた未来なのだろう。
この世界を手にする為に私は運命をその手に掴んだのだ。これが未来ならば、私の命にはこれ以上無い価値があったのだ。
喜ぼう、己の死を。祝おう、妹の幸せを。願おう、彼女達に待つ優しい世界を。
悔いは無い。心残りは無い。レミリア・スカーレットの生涯は誰よりも充実に満ちたものであったことを私は誇る。






――さようなら、愛しき人達。
――さようなら、愛しき日々。





――ごめんね、フラン。パチュリー。
























幻視。









それは死に行く狭間に見た光景。
何も無い宙に身を投じたレミリアの前に現れた二人の人物。

誰だろう。この人達は誰だろう。
私は知らない。だって見えないもの。顔も見えないから知っているかどうかすら分からない。
だけど、温かい。それは誰よりも温かく、優しくて。傍にいたいと願ってしまうほどに心地よくて。

『お嬢様、本日の紅茶はアッサムをご用意させて頂きました。お口に合えばよろしいのですが』

『あ、お嬢様。珍しいですね、こんな昼間に門前にいらっしゃるなんて。何処かにお出かけですか?』

それはきっと知らない人達。だけど、何故かどうしようもない程に愛おしくて。心動かされて。
だから、私は手を伸ばした。触れたいと、ただ彼女達に触れたいと願ってしまったから。

『明日からはしばらく雨が続くそうですよ。
 …そんな表情をなさらないで下さい、こればかりは仕方がないのですから』

『あわわわわ!?わ、ワザとじゃないんです!!本当なんです!!全然居眠りなんかしてません!!
 ですからお嬢様、どうかお許しを!!あ、あああ、うわあああああん!!!!』

それはフランの未来にも無かった光景。ならばこの光景は一体何なのだろう。
どうすればこの人達に逢えるのだろう。私の傍にいてくれるのだろう。どうすればあの温もりを知ることが出来るのだろう。
答えが分からないから、必死に手を伸ばした。あの人達の温もりをもっと感じ取る為に、ただ我武者羅に。

『でも、貴女はお嬢様には会えない。それこそ、時間を止めてでも時間稼ぎが出来るから』

『番人だから、邪魔をするのよ』

あと少し。もう少しでこの手が届く。
あの人達距離なんて見えない。だけど分かる。この手は届く。諦めずに手を伸ばせばきっと――
あと少しだ。あと少し伸ばすだけでいい。そうすればきっと――

『お嬢様、私達はいつまでもお待ちしています』

『お嬢様が私達の運命を掴み、共に歩んで下さるその愛しき日々を』

きっと――私の手を二人が掴んでくれる。
私の差し出した手を二人が優しく取ってくれた瞬間、世界に色が灯る。急速に意識が覚醒されていく。
二人の顔は相変わらず見えないけれど、それでも一つだけ分かることがある。
彼女達はきっと笑っている。私に微笑みかけてくれている。それだけはきっと間違いない。



『――お姉様、早く起きないとお寝坊さんだよ』

『――レミィ、お願いだから返事をして!レミィ!』



外の世界から私を呼ぶ声。その声に呼び寄せられるように私は二人から引き離される。
待って。お願いだから私の傍から離れないで。貴女達は、貴女達は一体――
私の声に呼応するように、二人の姿はゆっくりと消え去っていく。そして最後に聞こえた優しい声。



『また逢えますよ。お嬢様のお傍こそが、私達の居場所なんですから――』



古びた懐中時計を手に、虹色の龍の上に立つ一人の少女。
最後の声が聞こえた時、私はそんな光景を見たような気がした。























これは夢か。レミリアが瞳を開いた最初の感想はその一言だった。
目覚めて最初に見た光景が信じられなかったからだ。そこにあったのは長き眠りによって見ることが出来なかった妹の瞳。

「フラン…?どうして…」

「お姉様、大丈夫?身体は動く?一人で立てそう?」

どうしてここに妹がいるのか。そもそも自分はあの管理者に殺された筈ではなかったのか。
状況を確認する為、レミリアはゆっくりと視線を周囲にめぐらせる。どうやら自分はフランの腕の中にいるらしい。
場所は先ほどと変わらず大階段の前。ただ、決定的に違うことが幾つかあった。その一つが。

「パチェ…?」

「よかった…レミィ、気がついたのね…貴女の姿を最初に見たとき、もう駄目かと思ったわ…」

パチュリーを始め、自分の周囲を取り囲むように地下にいた従者達の姿があった。
もう会えないと思っていた親友は涙を零し、自分の手をしっかりと強く握り締めていた。

「それよりどうして貴女達が…私は管理者に殺された筈ではないの…」

「殺せる訳がないでしょう?貴女の妹に右腕を焼き潰されたのよ、未だに再生が追いつかない程にね。
 本当、貴女だけでも充分化け物なのにその妹までコレなんて本当に末恐ろしい姉妹ね」

突如声が聞こえ、レミリアはゆっくりとそちらに視線を送る。
そこには先ほど自分の命を奪おうとした紫と巫女がレミリアの傍に佇んでいた。
表情を見ると紫は苦笑、巫女は不満顔といったところだ。
状況がサッパリ分からないというレミリアに、管理者である彼女は仕方ないわねと楽しそうに説明を始める。

「貴女を殺そうとした瞬間、そこのお嬢さん達がこの部屋に現れてね。
 私が手を下すよりも早く私の手を貴女の妹さんが吹き飛ばしたという訳。残念よ、貴女を食べられなくて」

「…何のつもり。貴女ならフランが攻撃するよりも早く私を殺すことが出来たでしょう。
 どうして私を殺さなかったのよ。まさか情をかけた訳でもないでしょう」

レミリアの追求に、紫は少し考えるような仕草を見せて、笑って答えた。

「言ったでしょう?貴女が初めてなのよ、私が心から敬意を表したいと思った相手は。
 ふふ…沢山の人に愛されている貴女を見て、もっと知りたいと思ったのよ。
 貴女の紡ぐその未来を、もう少し見ていたいとね」

紫は微笑みながら後ろを振り返り、寝かせておいた藍をその手に抱く。
そして、小さな詠唱と共に境界を発生させ、その中からレミリアに言葉をかけた。

「八雲の名においてここに契約は完了したわ。
 一つ、幻想郷内の生きた人間を襲わないこと。代わりに食料となる人間はこちらから提供するわ。
 一つ、幻想郷内で無意味な殺戮は行わないこと。暇潰しなら私がいつでも相手になってあげる。
 …頑張りなさい、小さな吸血姫さん。貴女がその命を賭けて守りぬいた人達を失望させない為にもね」

「…フン、当然よ。私を誰だと思っているのよ。
 ここで殺さなかったことを絶対に後悔させてあげるわ。首を洗って待ってなさい」

レミリアの言葉に満足そうに微笑み、紫は境界の中へと消えていく。
その紫を追うように巫女も境界へと入っていくが、最後にレミリアの方を振り返り、不満気な声をあげる。

「私は納得してないからね。アンタがこのまま大人しくしてるなんて到底思えない。
 いい?もしこの先幻想郷で何か悪さでもしてみなさい。その時は私がアンタをボッコボコにしてあげるんだから!」

「ふふ…なら貴女が死んだ後なら問題ないわね」

「その時は私の子孫がアンタをボッコボコにするだけよ!!」

捨て台詞を残し、巫女は紫と共に境界へと消えていった。
そして、その境界は閉じられ、その場に残されたのは紅魔館の生き残りだけとなる。
深く息をつき、レミリアはそっと妹の顔を見上げた。
これは自分が見た未来とは違う道。掴んだ運命を強制的に変えられたような世界。それはきっと――

「…貴女は本当に凄い娘ね。まさか私の紡いだ未来すら『壊して』しまうなんて」

「?」

「何でもないわ。それよりも…おはよう、フラン」

「うん!!おはよう、お姉様!!」

無邪気に笑う少女の数百年ぶりの笑顔に、レミリアは自分の守りぬいたモノの重さを知る。
そうだ。自分はこれを守りたかったのだ。この笑顔が、みんなの笑顔が見たいから。だから――
苦笑を浮かべ、レミリアはパチュリーの方を見つめる。パチュリーは相変わらず涙を目に浮かべたままだ。

「悪いけど、貴女にはもう少しだけ私の我が侭に付き合ってもらうわよ、パチェ」

「馬鹿…もう少しなんて言わないで。私以外の誰が貴女の我が侭に付き合うと思ってるのよ。
 私は死ぬまで貴女の我が侭に振り回されるつもりなんだから…」

相変わらずの親友に、レミリアは笑う。
そうだ。こうして今自分は生きている。運命は変わった。ならば明日をまた自らの足で歩かなければならない。
レミリアはそっと瞳を閉じ、これからの未来を夢想する。まずは明日、自分の未来に一体何が待つのだろう。

「お姉様、またおねむの時間?

「ちょ、ちょっとレミィ!?しっかりして!!」

「大丈夫よ、フラン、パチェ。少し眠るだけだから…本当、今日は疲れちゃったわ。
 パチェ、私が次に目を覚ます時までにこの館を綺麗に修復してて。私はこんなボロボロの館に住みたくないわ」

「もう…またそんな無茶苦茶を。
 分かったわよ。だから今はゆっくり寝てなさい。…お疲れ様、レミィ」

ありがとう。そう小さく呟いてレミリアは意識をゆっくり深遠の中へと落としていく。
さあ、明日からは何をしよう。どんな未来が待っていたとしても、それはきっと楽しい未来に違いない。
手始めに人探しをしよう。夢の中で私の手を優しく包んでくれたあの二人。
きっとあれは私の未来。そうだとすれば、あの人達とはまたいつか出会える筈だ。
今はそれを楽しみにしつつ、ゆっくりと眠るとしよう。自分の守り抜いたこの愛しき人々に囲まれながら。

























「レミィはね、常に笑っていないと駄目なのよ。
 沢山頑張った者には沢山の幸せが与えられないと不公平だわ。そうでしょう」

パチュリーの言葉に、慧音はこれまた突然だなと飲んでいたお茶から口を離す。

「この館の今はレミィが守り抜いた全て。
 レミィが大切にしてる今を何を賭してでも守り抜くこと。それがこの館に住んでいる私達のすべきこと」

そう。この館の小さな主はその命を賭してこの未来を守り抜いた。
ならばその主の幸せを今度は自分達が守る番なのだ。いつまでも少女に笑顔が絶やされない為に。

「ふむ…成る程、先人の言葉をありがたく受け入れることにしよう。
 仮とはいえ私も一応この館の住人になるのだろうからな」

「貴女はもう既に紅魔館の一員に数えられてるみたいよ。
 レミィったら貴女の事も随分気に入ってるみたいだもの。嬉しいわ、美鈴の素晴らしさを共有できる仲間が増えて」

「私はいつでも妹紅一筋だっ!!!」

ガーッと怒鳴る慧音を気にすることもなく、パチュリーは本を読みながら紅茶に口をつける。
そんな二人を他所に、レミリアと美鈴の攻防はいつの間にか更にヒートアップしていた。

「そうよ美鈴!!そのチラリズムこそが大事なのよ!!
 はぁはぁ…ところで咲夜、この美鈴の素晴らしき生足を見なさい!どう思う?」

「凄く…芸術ですわ…。かの有名な美の女神、アフロディーテも美鈴の生足の前には霞んでしまいます」

「あうう……着替えるだけだって言ったのに…言ったのにいいい…」

メソメソと泣く美鈴にシャッターを切りながら、興奮が最高潮に達しているレミリアと咲夜。
きっと彼女の涙は一つの思い出となり、またパチュリーの写真集へと収められていくのだろう。
その光景を見て、パチュリーは小さく笑う。レミィが守り抜いた日常はこんなにも騒がしく、こんなにも楽しい日常。
だったら自分は守り抜いていこう。親友が愛したこの日々を、幸せを共に享受しながら。

「ふああ、おはよー…あ!!お姉様めーりんに手を出してるー!!ずるーい!!
 そういう時は私も誘ってくれるって約束してたのに!!」

「そんな昔の約束なんて覚えていないわ!いいことフラン、愛とは常に奪うものなのよ?
 パンが無ければお菓子をお食べ、羨ましいなら貴女も美鈴にえっちなことをすればいいじゃない!」

「うん、そうする~。めーりーんっ!私にもおっぱい揉ませて~!!!」

「うああああああん!!私が一体何をしたって言うんですかあああああ!!!!」

「妹様とお嬢様と美鈴の三人プレイ…
 ああ、お嬢様…咲夜は貴女に付き従えたことを誇りに思います…」

「ちょ、おいパチュリー!?何か咲夜が鼻血を噴出して倒れたぞ!?いいのか!?放っておいていいのか!?」

「いいのよ。いつものことだから」

美鈴の悲壮な叫びを聞きながら、パチュリーは読んでいる本の次のページをゆっくりと捲った。
紅魔館の騒々しい一日は、きっと皆にとっては平坦な一日に過ぎないのかもしれない。
だけど、きっとレミリアにとっては忘れられない一日。過ぎ行く毎日を、きっと彼女は死ぬまで忘れない。













少女が命を賭して手に入れたこの物語はどこまでも続いていく。

彼女が守りたいと願った人々に囲まれ、優しい世界に抱かれ、きっとそれは終わることは無い。











――誇り高き吸血姫、レミリア・スカーレット。


――彼女が守り抜いた優しい未来はまだ、始まったばかりなのだから。








長文、ここまで読んで頂き本当にありがとうございました。
前回、『八雲藍~従者、その愛~』を書き終えたときに見た、ふと東方求聞史紀内にある一項目、
吸血鬼の欄に『幻想郷に現れた時、問題を起こしまくったけど強い妖怪に敗北』的なことが書かれていまして。
それは一体どんな風だったんだろう、そう考えて妄想しまくった結果がこのお話となります。
独自解釈ばかりですが、少しでも多くの方に楽しんで頂けたら嬉しく思います。
…別に強いレミィが書きたかっただけとかでは全然ありません。ほ、本当ですよ?嘘じゃないですよ?
何はともあれ、次回作がありましたら次は絶対ギャグでいこうと思います。
シリアスってやっぱり凄く難しいです…本当、まだまだ努力の余地ありです。頑張りたいと思います。


ここまで長くなりましたが、重ねて本当にありがとうございました。
普段は超がつくほど変態な紅魔館ではありますが、彼女達の未来がどうか幸せなものでありますように。
あと最近ようやく風神録を買ってプレイしました。可愛いですよね、ケロちゃん。


※ 5/18 創想話番号表記のズレを修正しました。
にゃお
http://nyamakura.web.fc2.com/
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コメント



0.9680簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
レミリアかっこいい!
紫との駆け引きには素直に感心しました。
シリアス物を書くセンスを感じました。
次回作はギャグ調になるそうですが、期待して待ってます!
3.90名前が無い程度の能力削除
久しぶりにカリスマ全開なお嬢様を見た気がします。
それにしても、変態とカリスマの差がひどいなw
5.100名無し妖怪削除
レミリアがとってもカッコイイ!!
GJです
6.100名前が無い程度の能力削除
相変わらず最後の最後で台無しだwww(いい意味で)
にゃおさんの描くお嬢様のカリスマに惚れました。
次回作も楽しみです。
8.100てるる削除
落差が激しすぎるwww
せっかくシリアスでかっこよかったのにwww

ギャグもシリアスも上手くて羨ましいです!!
次回作、待ってますね~!!
9.100名前が無い程度の能力削除
カリスマと変態のギャップがww
死ぬわけないのに、お嬢様死なないでーと過去の話には不覚にも涙しました。
シリアスでありながら、こういう落とし方をしていただけると後味もさっぱりでとても良かったです。
11.100名前が無い程度の能力削除
孤高でいて慈愛に満ちた姿が全く悪魔に見えない。
でも、それこそが皆に愛されるレミリアなんですね。
すごくかっこよかったし、感動しました!!
藍との戦闘も、その藍の高い戦闘力や心情が細かく表現されていて、
尚更レミリアの力強さを際立たせていたと思います。
次回作も楽しみです!
12.90名前が無い程度の能力削除
おぜうさまはかっこよかったなぁ。今じゃもう見る影もない。前作の狐様の気持ちがよく分かる。何はともあれGJでした。
次はレミリアと美鈴の邂逅編ですね。ぜひとも書いていただきたい。
期待してます。
13.100日々流離う程度の能力削除
お嬢様……そうか、あの時カリスマ全開で放出したために今は空っぽなのか(TT)
にしても親父むかつくなぁ……シナス(もう死んでるが
14.90名前が無い程度の能力削除
どっちかというとふらんがかっこいい
16.100名前が無い程度の能力削除
すばらしい、すばらしいとしか言えないです。
17.100名前が無い程度の能力削除
ちょ、何?
まさか壊れ紅魔館の話で感動でマジ泣きするとはおもわなかったよ!!
最高でした
お嬢様はもちろん、パチュリ、妹様、名も無き賢者たちに
狐、紫様など過去編登場人物がみんな格好良かった
24.無評価名前が無い程度の能力削除
お嬢様の生き方が格好良いですね。何度読んでもそう思います。
だからこそ(こんな癖の在る)紅魔館の住人の心を鷲掴みにした美鈴との出会い話を書かれる事を切に願ってます。
25.無評価名前が無い程度の能力削除
お嬢様の生き方が格好良いですね。何度読んでもそう思います。
だからこそ(こんな癖の在る)紅魔館の住人の心を鷲掴みにした美鈴との出会い話を書かれる事を切に願ってます。
点数は読んだ直後に簡易評価で50点入れてしまったので。
26.100名前が無い程度の能力削除
カリスマが眩しすぎて、涙が出てきました。(;;
最高ですお嬢様。
28.100名前が無い程度の能力削除
カリスマだから慕われてるのじゃない。
慕われているからカリスマとよばれているんだね!
29.無評価にゃお削除
ご感想、本当にありがとうございます。
今回は東方で初のシリアス、しかも独自設定爆発、原作から乖離という事で
果たして大丈夫なのだろうかと凄く不安でした…色々とマズイかなあ、と。
皆様の感想を読んだ瞬間喜びで本気で泣きそうになりました。本当にありがとうございました。
レミィを始め、変態揃いの紅魔館ですが、どうかこれからもお付き合いの程よろしくお願い致します。

あとこれ書いてる時に思ったのですが幻想郷で強い人はやっぱり
紫を筆頭に幽香、レミリア(フラン)、萃香辺りなんでしょうか。
幽々子や永琳、ぐーや、妹紅は能力が違反という意味では強い部類なのかなあ…
個人的には贔屓でそこに美鈴や藍しゃまがいつの日か…げふんげふん。余談、失礼しました。
それでは皆様とまたお会い出来る日を楽しみにしています。
…あ、いや、こっちが次回作書かないと駄目なんですからその台詞は変ですよね、にぱー。
34.100名前が無い程度の能力削除
お嬢様最高です。
ところでめーりん写真集はどこで買えますか?
38.70名前が無い程度の能力削除
東方の話に出てくるオリキャラのレミリアとフランの父親って、どこまでも見下げた下衆野郎か、あるいは二人に尊敬される誇り高き吸血鬼かのどちらかにハッキリと分かれるよなぁ、とか思ったり
GJ
42.100名前が無い程度の能力削除
カリスマが素敵過ぎて、「そういえばこれギャグで始まってたんだった」と最後になってようやく思い出した程、完全に惹き込まれましたw
いい話をありがとうございました。
43.100名前が無い程度の能力削除
普通なら最後こんな風に終わらされると評価を下げるものですが、そのすさまじいギャップにもかかわらず、逆に本文を引き立てていることにすごさを感じました
何はともあれ、お嬢様カリスマ万歳、の一言に尽きます
こんな主だったら、一生をかけて誠心誠意勤めますよ
45.100三文字削除
最後がギャグのシーンのはずなのにとても綺麗で幸せな日常って感じがする・・・
やっぱりカリスマのあるお嬢様は素晴らしい。
47.90名前が無い程度の能力削除
最後の壊れギャクがほのぼのに見える。・・・不思議!
いい話でした。次も期待しています。
50.100時空や空間を翔る程度の能力削除
シリアスとギャグをココまでに書き上げるとは・・・
55.100名前が無い程度の能力削除
ヤベェww鼻血と涙一緒に出たwww
65.100名前が無い程度の能力削除
凄いとしか言いようが無い。

ギャグとシリアスの共演、お見事!
74.100名前が無い程度の能力削除
感動の涙が止まらなかったです。
霊夢はあまり出番がなかったというのに、あの紅魔郷につながるセリフで強く印象に残りました。
良かったね霊夢。
77.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしい、としか言えませんww
シリアスかと思いきやちゃんとオチがあるのがたまらなくいいですね!

紫が大好きですが、それに匹敵するくらい、レミィが好きになれそうです。
ありがとうございました!
82.100名前を表示しない程度の能力削除
最初と最後のカオスが霞む程のカリスマに目から塩水が……!
83.100名前が無い程度の能力削除
凄い引き込まれる作品で素晴らしい
けど最後の最後で茶吹いたじゃ無いか!w
92.100名前が無い程度の能力削除
カリスマ溢れるお嬢様に涙が止まりません・・・!
良い物語をありがとうございました!
97.100名前が無い程度の能力削除
カリスマ溢れる話に思わず涙が。
100.100名前が無い程度の能力削除
今日からおぜうさまカリスマ党入るわ
105.100名前が無い程度の能力削除
涙と鼻血とお茶一度に吹いたww
シリアス上手いなぁと素直に感動しました。
111.90名前が無い程度の能力削除
只一言に尽きる。

お見事!
116.100名前が無い程度の能力削除
俺もカリスマ党に入ります
124.90名前が無い程度の能力削除
なんというギャップw
127.100名前が無い程度の能力削除
なんと言うカリスマ
これこそが永遠に紅い月
140.100まお削除
やっぱりカリスマのあるお嬢様が好き!
151.100名前が無い程度の能力削除
感動した
152.100名前が無い程度の能力削除
素直に感動で泣けた…負の涙ではなくあくまで正しい方向で心が震えたと思う。
だから今は変態でいいんだと素直に思えるんだ、僕は…w
うん、本当に涙がボロボロ出たんですよ?間違いなく!
153.90名前が無い程度の能力削除
むぅ
154.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしいスカーレットだ。やっぱお嬢様はこうだよね
163.100名前が無い程度の能力削除
賢者達はどうなったんだろう
166.100名前が無い程度の能力削除
もう、最高。
169.100名前が無い程度の能力削除
ちょっと幻想郷の皆さん崇めてきます。おぜ・・・レミリアがかっこよくて泣いた。
あ、めーりん写真集も土産リストに入れなければ。
173.100名前が無い程度の能力削除
なんというカリスマ・・!
174.無評価名前が無い程度の能力削除
もの凄いカッコよかった。
亡き皇女のためのセプテットのハードロック版みたいな話。
175.100名前が無い程度の能力削除
・・・ごめん、点数忘れて。
192.100名前が無い程度の能力削除
護りたい者達は、護ることができたレミリア
感動
194.100名前が無い程度の能力削除
これほど素晴らしく美しいお嬢様は見たことがない・・・

この文章を書いてくれたことを感謝します
199.100名前が無い程度の能力削除
いや素晴らしい話だった。そして全俺が泣いた。
だれか映画化してくれwww
203.40名前が無い程度の能力削除
うーん。藍との戦闘があそこまで圧倒的なのは納得いかないですね。
私も九尾の狐について余り知りませんが、どうにもご都合主義過ぎると思う。

ストーリーに関しては良いだけに勿体ない気がしますね。
207.100名前が無い程度の能力削除
カ リ ス マ ! !
208.100名前が無い程度の能力削除
最高だわ(´ι_` )
個人的な希望では

紫→レミフラ→なむさん→ゆゆこ→すいか
体術
幽香→神奈子→星熊→寅→美鈴
かな(*´・ω・)(・ω・`*)
214.90名前が無い程度の能力削除
ちょっと泣きそうになった
230.100名前が無い程度の能力削除
いい・・・
231.100名前が無い程度の能力削除
久々に読んだけど、紅魔館の過去話で本作に敵うものは依然として見つからない程に素晴らしい。
235.100名前が無い程度の能力削除
ガチで涙が溢れたわ…。
237.100名前が無い程度の能力削除
これ以上の良作が未だに見つからない。
ガチ泣きしてしまった…。
個人的には1万点をつけたい位です。
238.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしい作品に出会えました。
カリスマレミリア最高!!
247.100名前が無い程度の能力削除
いい
248.100名前が無い程度の能力削除
ここまでかっこよくて変態でかっこいい紅魔館は今までもこれからもそうは出会えないだろう。
この作品を書いてくれた作者さんとこの作品を見ることができた幸運に最大級の感謝を。
259.無評価SSを読み漁る程度の能力削除
泣きながら大爆笑…
にゃおさん今後も頑張って!!