Coolier - 新生・東方創想話

nity

2008/03/29 18:23:04
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「霊夢の所に行ってくるわ。留守番よろしくね、咲夜」
 今日も我が主、レミリア・スカーレットは神社へと足を運ぶ。
「畏まりました。行ってらっしゃいませお嬢様」
 仕度を整え館を出て行く彼女を、私は黙って見送った。

「ハァ……。どうしたものかしら……」
 最近のお嬢様はほぼ毎日の様に神社に向かっている。
 嬉々として神社へ出掛けて行くその姿は、まるで恋人との待ち合わせに出向く少女の様だ。
 私はそんなお嬢様を───少しだけ胸を痛めながら送り出していた。
 交友関係が広まるのは喜ばしい事だと感じつつも───正直に言えば『紅い悪魔』にはもっと高潔な存在であって欲しいと思っている自分もいる。
「どちらにせよ───」
 私は洗い物をしていた手を止めて呟いた。
 主人であるお嬢様に対して、従者の私が身勝手な意見を述べる訳にはいかないのだ。
「ハァ……。どうしたものかしらね……」
 先程と同じ台詞とともに吐いたため息は、手に持っていたグラスの外側を白く染め上げた。


nity


「それじゃあ私は買出しに行ってくるから」
「はい! 館の方はお任せください咲夜さん!」
 無駄に元気な美鈴を尻目に里へと降りる。
 昼間の里は往来に人々が行きかい、活気に満ち溢れていた。
「さて、買い物は……」
 エプロンドレスのポケットから買い物のメモを取り出そうとして気を取られたその時、
「へへーん! 捕まえてみろ───ってうわぁッ!」
「───おっと」
 人波を縫って走ってきた小さな男の子とぶつかってしまった。危うく転びそうになったその男の子を支えてあげる。
「大丈夫かしら?」
「あ、うん……。大丈夫……」
 そう言って顔を上げた男の子は、申し訳なさそうに私から離れた。と、その足元に何かが落ちている事に気がつき、拾ってあげようと腰を屈めた瞬間、
「───待って! 待ってよぉ!」
「げっ! 追いついてきた! 逃げろ!」
 男の子が急に駆け出した。咄嗟の事で呼び止められなかった私の横を、さらに小さな女の子が泣き顔で駆け抜けていった。
 二人の姿は直ぐに人込みに消えてしまい、後にはその場でしゃがんだままの私と、
「……どうしたものかしらね、コレ……」
 男の子の落し物らしい、一体の人形が取り残されてしまった。
 時を止めて追い掛けようかと一瞬思案したが、
「まあ、後で誰かに預けておけば良いかしら?」
 そう考え直した私はエプロンドレスの裾を払いつつ立ち上がり、改めて買い物へと出向いていった。

「ここにいたか咲夜殿。少しばかりお時間宜しいか?」
「こんにちは慧音。───あら、貴方達……」
 馴染みの店で紅茶の品定めをしている最中、不意に後ろから声を掛けられ振り向くと、そこには先程出会った二人がしょんぼりとした様子で慧音に連れられていた。
 そんな二人を見て彼らの事情を察した私は、ポケットから取り出した『それ』を俯いていた男の子に手渡してあげる。
「───!! あ、ありがとうお姉ちゃん! 拾っててくれて!」
 よほど嬉しかったのか、男の子は人形を握り締めて泣き出してしまった。その男の子に慧音が声を掛ける。
「良かったな……。さあ、お前は泣かないでまだすべき事があるだろう?」
 そう言われ、慧音に背中を押された男の子が隣の女の子の前に出た。
 涙を浮かべながらじっと彼を伺う女の子に気圧されたのか、彼の方はなかなか動く事が出来なかったが───やがて意を決したのかぐっと目を瞑って、
「ごめん!!」
 大きく頭を下げて人形を差し出した。
 女の子はゆっくりとそれを受け取り、大事そうに胸に抱いた。そこでようやく安心したのか、涙を拭い、年相応の可愛らしい笑顔を見せた。
「さて、こうして人形も見つかった事だし、十分反省もしているだろう。そろそろこいつの事を許してやってくれるか?」
 慧音のその言葉に、女の子は気まずそうに頬を掻く男の子を再び見遣った。少しの沈黙の後、
「……いいよ。許してあげる」
 彼女は小さく頷いた。
「そうか───。良かったなお前。もうこんな事はするんじゃないぞ」
 これで一安心だとばかりに笑みを浮かべた慧音が男の子の頭をガシガシと撫でた。
「ちょ! 止めろよ先生!」
 男の子は恥ずかしそうに慧音の手を振り払ってその場から逃げ出した。そんな彼の後を追いかけ駆け出した女の子は、一転、私の方に向き直り、
「あの……ありがとうございました!」
 一礼して再度駆け出した。
「遅くならないうちに帰宅するんだぞー!」
 二人の後姿を見送った慧音は「やれやれ……一件落着だな」と腕を組んだ。
「貴方が拾っていてくれて助かった。私からも礼を言わせて貰いたい。ありがとう咲夜殿」
「いいえどういたしまして。早く見つかって良かったわ。あの子達にとっても、私にとってもね」
 頭を下げようとする慧音を私が制すると、彼女はもう一度謝礼を述べて笑った。
「それにしても先生っていうのは大変ね。私には到底出来そうも無いわ」
 そんな彼女に私は感心の声をあげる。「そうか?」と首を傾げる慧音の姿を見て、やはり教職とは彼女の天職なのだろうと感じた。
 その場で何か思案している彼女から離れ、私は目の前の棚に手をやり再び紅茶の葉を選び始めた。

「これは私見だが、貴方には適正があるように見える。少なくとも、他の人間達よりはずっと安心して生徒を任せられそうだ」
「その比較対象が霊夢や魔理沙だって言うのなら、流石に失礼ですわよ?」
 店からの帰り道。唐突に言われた台詞に、私は思わず突っ込みを入れてしまった。
「勿論そういう意味じゃない。幻想郷全体を見渡しても、貴方は人格者だと言う事さ」
 慧音は首を振り、真面目に答えを返してきた。
 私はその彼女の言葉にある思いを巡らせる。
「人格者、ね」
「ああ。だからこそあの館でも立場ある職に就かれておられるのだろう?」
 慧音の質問に───自分の境遇と、そして最近の事を思う。
「……クス」
「どうした? 何かおかしい事を聞いただろうか?」
 我知らず零れてしまった笑い声を聞き取った慧音が慌てたように尋ねてきた。どうやら彼女は私の笑いの意味を勘違いして受け取ったようだ。
「いいえ。なんでもないわ。───私がメイド長をやっているのは、単に私の能力が秀でているからよ。それ以上でもそれ以下でもないわ」
 そう───今の笑みは喜ばしいからでもましてや可笑しいでも無い。ただ自嘲しただけなのだ。
「咲夜殿……? もしかすると何か悩みをお抱えか? 先程の礼もある。よければ相談に乗るが……」
 慧音の勘の良い指摘に、私は驚いて立ち止まった。
「……どうしてそう思うの?」
「やはりそうか。いや、自信があって提案した訳では無いが……なに、人間を見る目には長けているつもりだからな」
 先を行く格好になっていた慧音もそう言って立ち止まり、そして私の方へ振り返った。
 それきり何も言わず、ただこちらを待つ様にする彼女。私はそんな彼女の姿に感謝しつつ───、
「……それでは『先生』に一つご教授願おうかしらね」
「……私自身まだまだ至らぬ身ではあるが、及ばずながら力になろう」
 このところの悩みを打ち明ける事にしたのだった。

「ふむ……。つまり貴方は自分の中に矛盾した思いを抱えている、その事について悩んでいる訳だな。主のそうような変化を嬉しく感じている貴方と、それを否とする貴方、二つの相反する想いが鬩ぎ合っていると言うのか」
 私の話を一通り聞いた慧音は、その内容を分析するかのように纏めて言った。
「ええ。どの道、私には分不相応な悩みではあるのだけれどね」
 そう自嘲する私の言葉を、
「そんな事は無い。相手の事を想う気持ちには、立場の上下など些細な事のはずだ」
 慧音が語気を強めて否定した。
 思わず眼を丸くする私に、慧音は「……いや」と首を振り、
「……非常に難しく、また繊細な問題だ。残念ながら、私には貴方のその悩みに的確な答えを用意する出来ない」
 だが、と彼女は続け、
「そんな風に主を想っている貴方ならば、例えどんな答えを出したとしても、それは決して間違ったものにはならないだろう。それは私が保証する」
 極めて真剣な面持ちで私の顔を見つめてきた。直接的な彼女の言葉に、私は照れ臭くなってしまって顔を背ける。
「貴方に保障されてもね……」
「す、すまない。確かに役に立っていない私が言っても何の説得力も無いな……」
 照れ隠しに言った一言に、慧音はまた勘違いをしたらしく慌てて頭を下げた。
「え? ああ、別に気分を悪くした訳じゃないわ。謝らないで」
「そ、そうか。良かった」
 そうして互いの間に微妙な空気が流れてしまう。しばらくして、それを取り繕うように慧音が声を大にして言った。
「そ、それにしても!」
「な、何?」
「普段は何事においても完璧な貴方でも、そんな人間味ある悩みを抱えていたのだな」
 彼女の突然の言葉に、私は理解が及ばず聞き返した。
「……こんな悩みが、人間らしい?」
「あ、いや、その悩みと言うよりも、そこに抱えた矛盾を、人間らしいと言ったんだ」
 私にそう返答しながら、腰に手を当て、まだ通りを行き交う人々を見て笑う慧音。
「人間は、時に自分の気持ちに素直になれず、矛盾した行動をとってしまうものだ。───先程の男の子もそうだ。見ていて分かったとは思うが、あいつはあの娘の事を好いているんだ。本当は優しい態度を取り、彼女に気に入られたい。しかし実際にはその想いとは裏腹に、彼女を苛める様な行動をとってしまっている。それはまさしく人間が抱える矛盾の一種であり、妖怪達に比べ精神的に脆く繊細な人間だけが持ち得る美徳なのだろうと、そう私は思っているよ」
 その笑顔には───幾年も里で人々の営みを見守ってきた、観測者としての母性が満ちていた。
「妖怪は己が欲望に忠実だからな。欲しいと思ったものには、周りへの配慮などせずに突き進んで行くさ。その姿に……迷い多き人間が惹かれるのも、ある意味自然な事なのかも知れないな。───貴方もそうなのだろう? 咲夜殿───」
 不意の慧音の問いかけに、
「ええ───。そうなのかもしれないわね───」
 私の方も、彼女と同じように人波を見つめながら、そんな頷きを返していた。

 
「それじゃあ神社に行って来るわ。留守を頼むわよ咲夜」
 今日も我が主、レミリア・スカーレットは神社へと足を運ぶ。
「はい。お気をつけて、お嬢様」
 仕度を整え館を出て行く彼女を、私は快く見送った。

 結局、私は自身の身勝手な想いを胸に封じる事にした。
 何故なら、私が望む主は『紅い悪魔』であるし、お嬢様が望む従者は───。

 きっと、『人間』である私だからだ。
創想話への投稿は久々になります。
どれくらい久々なのか自分でも分からず、前回投稿作を探した所、

さ、三年前だってえぇええええ!!

と言う訳でむしろ初めまして萩宮アルトと言います(汗

三年経っても全く衰えない東方熱に乾杯。
三年経っても全く変わらない作風に失笑。
三年経っても全く成長しない文章力にorz。

ではまた三年後に←オイ
萩宮アルト
[email protected]
http://www.aikis.or.jp/~kt373
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コメント



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2.40500削除
もう少し何かイベントが欲しかったかな?
4.70煉獄削除
う~ん・・・・咲夜とレミリアの話がもう少し欲しかったかなと思います。
お話自体は面白かったですよ。
三年後といわずにすぐにでも(ぇ