Coolier - 新生・東方創想話

広有射流星事~Oriental Dark Blade(MILD)

2008/03/27 18:30:44
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広有射流星事~Oriental Dark Blade

 冥界、無限に続くかと思われた階段の最上、白玉楼の正門前

その上空に二つの人影が舞う。

「業風閃影陣!」

人影の一つが気迫をこめて叫ぶ。途端、禍々しい剣気が辺りにたちこめ、

凝縮したかと思うと弾け、大小無数の気弾となって無原則に拡散し、

もう一つの人影を飲み込まんと迫る。

「ちっ、避け切れんか」

忌々しげにつぶやき、懐から一枚の符を取り出し朗々と詠唱する

「ミルキーウェイ!」

刹那、解き放たれた魔力が星の濁流となり、気弾の幕を押し流していく。

それらは、洗練とは程遠い、ただ己の全力を込めただけの荒々しい未完成な一撃、

しかし、その二人の瞳と心にはなぜかそんな互いの一撃が強く焼きついて消えることがなかった

「私の勝ちだな。その妖怪桜のところまで案内してもらおうか」

人影の一つ、箒にまたがった魔女が冷や汗をぬぐいながら言う。

「別に案内などしなくてもすぐに分かる」

人影のもう一つ、大小二振りの刀を背負った剣士が肩で息をしながら答える。

「そうかい、そういえばまだ名前を聞いてなかったな、私は霧雨魔理沙、お前は?」

魔女が問うた。

「私の名は魂魄妖夢」

剣士もそれに答えた。

「そうか、まぁ縁があったらまた会おう。それじゃ私は花見をしてくる」

そう行って白玉楼の門をくぐる。

「お互いに見苦しい一撃だったな」

去り際にそんな捨て台詞を残しながら。

「本当に」

と剣士が見えなくなった魔女につぶやいた。これが二人の邂逅だった。




再開のときは案外早く訪れる。白玉楼階段の戦いよりいつかほどが過ぎた頃、

魔理沙は白玉楼の庭先、一本の桜の根元に腰掛け、ぼんやりと上方を眺めている。

桜の花は既に満開を過ぎてはいたが、花びらの桃色にくわえ、がくの赤、

芽吹き始めた若葉の淡い緑色という色彩が満開とはまた違った趣を醸していた。

呆けたような目をしながら首を上に向けていた魔理沙だったが、背後からの足音に気づいて振り向く

その先には、あの剣士が立っていた。

「今度は一体何の用です?」

訝しげに妖夢が問う。

「もう一度ここの桜を見たくなった」

なぜか心ここにあらずといった様子で魔理沙が答える。

「桜ならば顕界でも見ることは出来るでしょう? 生きたまま冥界に来るなんて、

本来あまり推奨できることではないですよ」

呆れ顔で返す妖夢。

「あるいは……私は死にたいのかもな。気が付いたらここに来ていた」

急に真顔になって言葉を紡ぐ。

「生き急ぐなどおろかです。……まして、長くて数十年の人間の生を」

平静を装いながら、その実心中に怒りをたぎらせ、目の前の人間に言葉を叩きつける。

「お前は……今の自分がどうしようもなく嫌になることは無いのか?」

やり切れないという表情を浮かべながら魔理沙が問い返す。

「……無いといえば嘘になります」

そんなことはしょっちゅうだ。未熟な自分に人知れず涙を流した事だって数え切れない。

「……でも、だからといってこの身を捨てたって、半分幽霊が全部幽霊になるだけ、

他は何ら変わりはしません!」

きっ、と魔理沙をにらみつけながら決然と言い放つ。死んだところで何の解決にもならない

という思いを込めて、半ば自分に言い聞かせるように。……なぜ二回あっただけの他人に

これほど真剣になれるのか自分でも分からなかった。

「ふ、一理あるな」

その様子を見て、どこか吹っ切れたように微笑む魔理沙。そしてすっくと立ち上がると、

桜の幹に立てかけてあった箒を手に取り、

「帰る、それを聞いたら死にたくは無くなった」

そう言って箒にまたがる。自分も幽霊になったところで、さして変わらないだろうからな。

そんな響きを言外ににじませながら。

「えっ、あの」

目の前の人間の突然の態度の豹変に戸惑う、。良いことなのだがいかんせん急すぎる。

そして、今まさに飛び立とうとする魔理沙から発せられた言葉がさらに妖夢を戸惑わせる。

「お前、綺麗な目をしているな」

「なっ」

目を白黒させ、両手が跳ね上がり胸の前で固まる。そんな妖夢に構わず、

魔理沙は顕界の方角に飛び去っていった。

「一体何なんだあの人は?」

そのつぶやきが相手の耳に入ることは無かった。





そんな白玉楼庭園でのやり取りがあってからさらに三週間ばかりが過ぎた。

「やぁっ!」

気合を込めた掛け声とともに、わらの束に向かって楼観剣を振り下ろす。袈裟切りの形に

両断されるわらの束。妖夢は残心を解き、右手に楼観剣をぶら下げる格好でわらの束に歩み寄り、

切断面を覗き込む。

「まただめか」

落胆をあらわにする。楕円形の切断面は、終わり4分の1ほどのわらの繊維が押しつぶされていた。

これは、自分の斬りそこないを意味する。

「もう一回だ」

地面に打ち付けられた杭に、固く結束されたわらをセットし、それに桶の水を浴びせる。

こうすることで人を斬る感触に近付けるのだ。そうして自身も呼吸を整えると、

再び楼観剣を上段に振りかぶり、わらの束に振り下ろす。

「っ!」

刀を振り抜こうとした時。右手に鋭い痛みが走り、刃が止まってしまう。右手を見ると、

薬指の付け根に出来た豆がつぶれ、赤い血が流れている。

ひときわ大きな落胆の息を漏らす妖夢。今度は確かめるまでも無く失敗だ。

「手……消毒しないと」

力なくつぶやき、自室へと歩を進めた。

(まったくいつまでも頼りないわね妖夢は)

手に包帯を巻きながら、妖夢は頭の中に響く主君の声にさいなまれていた。

「うっ……」

涙が溢れてくる。包帯を巻かれた手が涙でかすむ。またもや頭の中に声が響く

(何かあればすぐ泣いて……なんで妖忌が後を託したのか分かりやしない)

「黙れぇっ!」

涙ながらに怒鳴る。仮にも仕えるべき主に向かって……いや、本当は分かっている。

この声の主が幽々子の姿を借りた自分自身のものであることぐらい。自分の自信の無さを

幽々子に仮託して、それに怒りをぶつけることで精神の平衡を保っているに過ぎなかった。

(自分がどうしようもなく嫌になることは無いのか?)

唐突に頭に響いてきた魔法使いの声に涙声になりながら答える。

「あるわよ、……ぐすっ……今がまさにその時」

なぜ今、その声が聞こえてきたのかは分からないが、その言葉通り、妖夢は自分に嫌気がさしていた。

未熟さにも、そんな自分に自信をなくし、心の中だけでとはいえ、主君に非礼をはたらく心の弱さにも。

ふと顔を上げる妖夢、その先には一枚の鏡があり、そこには打ちひしがれて弱弱しく涙を垂れ流す自分の目が有った。

「こんな目の、どこが綺麗だって言うのよ……」

また頭の中に魔法使いの言葉が浮かび、何度もリフレインされる。……今日はもう何をやっても手に付きそうにない。

丁度というか、幽々子は泊りがけでどこかに出かけている。

「顕界へ……行ってみよう」

別に行ったところで、何が変わるわけではないだろうが、気分転換にはなる。

どの道、この顔では幽々子の前に出られたものではない。そう思い立つと、妖夢は書置きを残し、

白玉楼を後にした。……どういうわけか脳裏に星の濁流を思い浮かべながら。





同じ頃、魔法の森の一角にある広場。

「ちくしょう、また失敗だ」

憎憎しげに魔理沙が吐き捨てる。自身の使い魔を仮想敵の後方に送り込むまでは良い。

だが、そこから攻撃を行わせる段になると、突如使い魔が消失してしまい、魔法として成り立たなくなってしまう。

何度も魔術式は読み直した。理論値としては自分の扱い切れない魔力ではない。

「なんだというんだ」

(センスの無い野魔法使い)

唐突に頭の中に嘲りの声が響く。よりによって、あの人形遣いの口調と声音を借りて。

ぎりっ、魔理沙は奥歯を噛み締める。それでも嘲りの声は止むことは無い。

(所詮あんたは弱い人間、どんなに努力してもその壁は越えられないのよ)

「黙れっ、黙れぇっ!」

虚空に向かって怒鳴る。心の奥から暗くドロドロしたものが湧き上がってくるのを抑えられない。

(そうだ、あの魔女め、いつもいつも人を小ばかにして、私が全力を振り絞ってやっとできることでも

まるで片手間のように……)

(止めろ、こんなのは八つ当たりだ)

理性が制動をかける。まったく自分でも嫌になる。自分の弱さを棚に上げ、仮にも友人に対して

怒り、あまつさえ憎いとさえ思ってしまうなんて……。

醜い嫉妬だ、と魔理沙は思う。彼女は妖怪、まず扱える魔力の総量に差がある。

無いものねだりをしても仕方が無いのに……。

(この身を捨てたって半分幽霊が全部幽霊になるだけ)

不意に冥界の剣士の言葉が浮かんだ。

(少なくともあいつは、自分を不甲斐なく思っていても、それをありのままに受け止め、

私のように誰かを憎んだり、その力を妬んだりはしていなかった)

「だから、あんなに澄んだ目をしていたんだな」

誰に言うでもなくつぶやく。そう考えると己の卑小さを思い知らされる。

「ちくしょう」

吐き捨てるように叫び、どこへともなく飛び去っていった。






どこかの山の中、妖夢は川べりの石に腰掛け、小川の流れを眺めていた。

川の中で小魚が日の光を反射してきらりと光る。遠くからは小鳥のさえずりが聞こえる。

こんな風に自然の流れに身を任せていると、沈んだ気分もまぎれる。

先ほどまで流れていた涙も落ち着いてきて、そろそろ帰ろうかと腰を持ち上げると。

「あぁぁぁぁぁぁ……」

女のもと思われる絶叫が響いてきた。妖怪が出没するにはまだ早い時間、とすれば熊にでも襲われているのか?

そう思って声のした方角へと急いで駆け出す。

「向うは確か崖になっていたはず、早く助けなくては」

森が開けた先、声の主は無事であった。いや、最初から危険など迫っていなかった。

「あぁぁぁー!」

声の主は一人叫び続ける魔理沙だった。

崖っぷちのひときわ突き出した岩場の上から、眼下に開けた裾野に向かって声を張り上げている。

「ぜぇぜぇ」

一旦生きが途切れる。叫びつかれたのか肩で息をしている。呼吸が落ち着くと、再び息を吸い込み。

「あぁぁぁー」

あらん限りの声を振り絞り、虚空に吠える。妖夢はその場に立ち尽くし、動くことが出来ずにいた。

「ゴホッゴホッ」

目の前の魔女が咳き込む、叫びすぎてのどがかれたのだろう。妖夢は瞬きもせずに魔理沙を見つめていた。

そう、その姿はつい先刻までの自分と同じ、自らの不甲斐なさを嘆き、弱弱しく涙を流す自分と、

今、目の前で叫び続ける魔女は同じだった。その絶叫にはどれだけ叱咤しても思うようにならぬ

自分への怒り、悲しみ、絶望、苛立ち……およそ考え付く限りの負の感情が込められていた。

妖夢に対しては背中が向けられる格好になっているため、その表情を伺うことは出来ない。

しかし、妖夢には分かる。

(あの人は泣いている……涙を流さずともその心が)

自分と同じだ。だからあの時妙に真剣になってしまったのだと一人納得していると、

「!、誰だっ」

その声に思考を断ち切られ現実に引き戻される。振り向いた魔理沙と目が合った。

「なっ、お前……」

驚きでうまく言葉が出てこない。それは妖夢も同じだった。

「あっ、ご……ごめんなさい」

やっとそれだけを言うことが出来た。こちらを見る魔理沙の目が鋭くなる。怒られると思い身構える。

しかし、魔理沙は大きな溜息をついて、横を向いてうつむき、

「見られてしまったか……」

と力なく呟き、観念したように言葉を続ける。

「魔法がな……魔法が何回やっても成功しないんだ。理論上では扱い切れない魔力じゃないのに、

いざ実践しようとすると失敗ばかりさ」

「……」

何も言うことができない。

(それじゃまるっきり今の私と一緒じゃないか)

心の中で思う。自身の負う楼観剣に斬れむものは殆どないはずだ。刀の切れ味が足りないわけではない。

だというのに、自分はその刀でわらの束を完全に斬る事ができなかったではないか。

「それでそんな自分に腹が立って、こんな所で恥をさらしているというわけだ。

……滑稽だろ? 笑ってくれ」

自嘲気味に言うと。再び崖のほうを向いてしまう

「笑えるわけがない」

「同情ならいらないぜ」

その言葉に対し、少し怒ったような響きをにじませる魔理沙の声、妖夢はそれにひるまず強く真剣な口調で

魔理沙に言葉をかける。

「同情なんかじゃありません。私も剣の修練に行き詰ってここに来てたんです。さっきまで川のほとりで

泣いてました。恥をさらしているのはお互い様。そんな私がどうしてあなたを笑えますか?」

「お前……」

くるりとこちらに向き直る魔理沙、顔には戸惑いの色が浮かんでいる。しばらく考え込むような顔をした後

どこか納得したように、

「そうかお前もか、どこかしら似ているな私達……道理であの時冥界に足が向いたわけだ」

首を何度も縦に振りながら魔理沙が感慨深げに述懐する。妖夢ならば自分を嘲笑することなく

親身になってくれるとあの時も直感で感じ取っていたのだ。

「えぇ、本当……似てますよね私達、今気が付きました」

妖夢もまた目を細めながら穏やかに語る。冥界を出る前にこの魔法使いのことが浮かんだことに

やっと合点が言ったといった様子で。

「ふふっ」

「はははっ」

「「はははははっ」」

二人はしばらくの間、声を立てて笑いあった。





「魔力とはどういうものなのですか?」

真顔に戻った妖夢が問う。

「お前が知ってどうするんだ」

訝しげに魔理沙が返した。

「私がこんなこと言うのもおこがましいんですけど、あなたの力になりたいんです。

魔力がどういうものか分かれば、剣術の知識から何か助言が出来るかもと思って」

そう、自分は刀を、魔理沙は魔法を扱い切れていないのだから。

魔理沙は顎に手を当てて、しばらく考え込むと、やがて意を決したように。

「わらにもすがる……か、良いだろう」

ここまで言うと一呼吸置いて、妖夢に分かるよう、慎重に言葉を選んで説明を始める。

「……マナだとか、エーテルだとか、学派によって名前は違うが、大気中に漂っている

魔法の素みたいなものがあるんだが、これを自らの体内に取り込み、光や熱といった現象に変換して

放出するのが魔法、魔力とは、魔法の素を一旦体内に取り込んだ状態で、魔力量とはその最大容量のことだな」

妖夢はここまで聞くと目を閉じて考えに沈む。

「で、次に放出量というのがあってこれは単位時間当たりに吐き出せる魔力のことなんだが、って

おい聞いてるのか?」

その様子を見て不機嫌そうに言う。

「聞いてますよ、つまり溜め込んでおける魔力と吐き出せる魔力の帳尻は合っているのにうまくいかない。

そういうことですよね」

「そうなるかな、溜め込むほうは目一杯までチャージしているから問題は放出のほうだろうな」

憮然として魔理沙が答える。

(魔力を刀、魔法の発動を技に比するなら……)

そう考えて目を開き。

「偉そうなこと言いますけどごめんなさい」

前置きしてからゆっくり語りだす。

「剣の奥義は己を空ずることにあります」

「己を空ずる?」

鸚鵡返しに魔理沙が問う。

「はい、ようは自分で斬ろうと思って剣を振るってはならないということなんです」

魔理沙は身じろぎ一つせず聞き入っている。

「つまり、自分の計らい、たとえば、ああ斬ってやろうとか、こう斬ってやろうとか

そういうことを考えずに、刀と斬る対象と一体となり、そのものが斬れるように斬れということです」

「それと魔法とは?」

魔理沙が核心を問う。妖夢は魔理沙の目を見据えて諭すように言った。

「あなたの場合は、魔法を完成しようと思うあまりに、必要以上に放出する魔力に手を加えすぎているのではないですか?

もともと自分の力でないものを使うんですから、完全にコントロールすることはあきらめて、

ある程度自由にしてみてはどうでしょうか?」

魔理沙は目を閉じ。その言葉を噛み締める。

「ごめんなさい、本当は私もこんな偉そうな事言う資格無いんです。私も物をうまく斬ることばかり考えてて、

今の今までこんな大事なことを忘れていた」

その言葉の終わりのほうで妖夢はうつむき、その声は震えていた。

「いや、貴重な助言をありがとう。……本当なら私も、こんなところに来るんじゃなくて、誰かに頭を下げてでも

教えを請うべきだった。それを変なプライドが邪魔して、そうすることができずにいた。お前はそれに気付かせてくれたよ」

そう、魔法に関しては専門外の妖夢からですら、抽象的ながらも助言を得ることができた。それを専門とするものに聞けば

時間を無駄にすることも無かったろう。自分に足りなかったものは謙虚さであったと知り、微かだが、確かに頭を下げた。

なぜか、この剣士には自然とそうすることが出来た。

それを見て妖夢はますますいたたまれなくなってしまった。

「そんな、お礼なんて……私のほうこそここであなたに出会えなかったら、何も得られないまま」

そう言って包帯が巻かれた右手を胸の前で握り締める。まさか剣を握ったことも無いような魔理沙から

気付かされるとは……。己の不明を恥じる。

「お前、その手は?」

「豆が潰れたんです」

震える声のまま答えた。

「どれ」

といって魔理沙はその手をとる。

「あっ」

戸惑う妖夢に構わず、口が何らかの呪文を紡ぐ。

「治癒の呪文をかけた。助言の礼だよ。あと、今日の口止め料としてお前にお茶をご馳走したいんだが

受けてくれるか?」

「えっ、あの」

それを聞いて困惑する妖夢。別に誰かに喋るつもりはないし、自分のほうこそ何かお礼をしなければと

思っていたので、その申し出を受けるのは気がとがめた。

魔理沙はその様子を見て、自分なりの誘い方が通じなかったと悟ると首を横に振り。

「えっと……妖夢でよかったよな? お前ともっと話がしたいんだ。……それじゃだめか?」

ストレートに言い直し、にっこりと微笑む。

「はい、そういうことなら魔理沙……さん」

そう言われて妖夢も申し出を受ける。魔理沙には親近感が湧き出していたし、白玉楼

に帰っても誰もいないので断る理由も無い。

「決まりだな、私の家はこっちだ。ついて来な」

そうして二人は崖を後にした。





魔理沙の家、玄関から入ってすぐのスペースが実験室兼応接間になっており、その中央に

位置するテーブルの椅子に妖夢は腰掛けていた。奥のほうから魔理沙が、急須と二人分の

湯飲みを乗せた盆を持って現れる。

「ちょっと散らかってるのは勘弁してくれ」

そんな言葉とともに、妖夢の対面に座り、お茶を注ぎ分け、妖夢に湯飲みを差し出す。

「いただきます」

ぺこりと頭を下げて湯飲みを受け取る。

ふと妖夢は視界の端に一枚の紙切れを見つけ、手にとって眺める。その中には

何やら訳の分からない数式のようなものがびっしりと書き連ねられていた。

魔理沙はそれを見つけるとポツリポツリと語りだした。

「それが件の魔法の魔術式だよ……私に使えない物でないことは何度も検算して

確かめていたんだが……まさか、私自身の心の問題だったとはなぁ」

妖夢は思う、剣の切れ味のように比喩的な形容だけで表されるのと違い、こうして目に見える形で

成功を義務付けられ、それを果たせぬことの焦燥はいかばかりであったのかと。

「魔法の制御にかけては超一級品の奴がこの近くに住んでいるんだ……そいつに聞けば

一発で解決しただろうに、くだらないプライドのために回り道して、

あまつさえそいつのことを憎み、その力に嫉妬してしまうなんて……

自分の馬鹿さ加減に反吐が出そうだよ。弱いくせにプライドばかり高くて……

本当に救いようが無い」

ここまで言うと上を向いて目を瞑り、ほうっ、と溜息をつく。

妖夢は首を二、三度横に振り。

「でも、あなたはその憎しみや嫉妬さえもバネにして己を高めている。

現に私や幽々子様にだって勝ったじゃないですか」

その他にも道すがら聞いた吸血鬼姉妹や七曜の魔女、そして博麗の巫女などの強力な人妖に

周囲を囲まれながら劣等感に押しつぶされること無く努力を続けている魔理沙を妖夢は素直に

賞賛する。

「お前の持ち味はその素直さと謙虚さだ。お前の澄んだ瞳の源であり、強くなるために最も必要なもの

……そして私が持ち合わせていないもの、醜い嫉妬に凝り固まる私にはお前のその目が眩しいよ」

こんなひねくれ者の自分にまで美点を見出すことの出来る妖夢のまっすぐな目を、

こちらも率直に評価する。妖夢はまた首を振り。

「心に醜いところがあるのはお互い様、私だって行き詰ると最も憎んではならない相手を

思わず憎んでしまう。」

そう、自分だって何かに行き詰ると決まって頭の中に幽々子が現れ、自分はそれに対し

あろうことか憎いとさえ思ってしまうではないか。ふぅっ、と妖夢も溜息をつく、そして

遠くを見つめるような瞳をして呟くように語る。

「実際、剣を捨てようと思ったことだって数知れませんよ。そんな弱い心の私が

今まで何とか頑張ってこれたのはお師匠様のおかげなんです。

……お師匠様、私のおじい様なんですが、私が幼い頃に雲隠れしてしまいました。

でも、厳しくも暖かい人だったことはなんとなく覚えています。いつか……いつか

また会えたときに、一人前になったといわれたい一心で私は遮二無二剣を振ってきたんです」

それを聞いて魔理沙は驚きの表情を浮かべ、信じられないといった口調で言葉を吐き出す。

「嘘だろ……、そんな……そんな偶然が」

「魔理沙さん?」

その様子を見て心配そうに声をかける。

「私にもいるんだよ、今は離れてしまった魔法の先生がっ! 

私もその人みたいな立派な魔法使いになりたいってがむしゃらに……、

どうしてこんなにまで似ているんだ私たちはっ!?」

今度は妖夢が息をのむ番だった。

――そう二人には共通点が多すぎた。未熟さも、たびたび自信をなくしかける心の弱さも、

今は見ぬ師にかける思いまでも……。

「ふっ、くっくっくっくっ」

テーブルに突っ伏し魔理沙が愉快でたまらない様子で笑い声を上げる。

「魔理沙さん」

ひとしきり笑った後、魔理沙は身を起こし、泣き笑いのような表情を浮かべて言葉を紡ぐ

「なぜだろうな? ひねくれものの負けず嫌いの私が、お前になら、

どんな恥ずかしいところも、弱いところもさらけ出していいと思える。

そしてお前の良い所は素直に認められる。一緒にいるととても心が軽くなるんだ」

「私もです」

妖夢もまた、こぼれる涙を指でぬぐいながら微笑む。同じ境遇で、同じ苦悩を抱え、

互いにそれを全て吐き出すことができ、互いに認め合える知己に出会えた事を

とても嬉しく思った。

「しかし……」

急に悲しそうな顔をして魔理沙が口を開く。

「空しい傷の舐めあいなんだろうか? この思いは?」

「否!」

言下に妖夢が否定する。そんな馴れ合いなど自分は求めていないと言わんばかりに、

強い口調で言い切った。

「そんな……断じてそんなものではない。それはあなたも分かっているでしょ?」

魔理沙も強く頷く。そして静かに、しかしとてもしっかりした強い口調で

言葉を紡いでいく。

「そう、そんな関係なら、……残念ながら今日限りだ」

魔理沙は二人が出会った時。あの白玉楼階段の戦いを回想する。

「あの時、私はお前の放った技を見苦しいと評した。でも未完成ながらもその中に

確かな力強さを感じた」

「えぇ、私もあなたの魔法は見苦しいと思った。でもあの星の激流の中に

不屈の意志のきらめきを確かに見た」

妖夢の意識もまたあの戦いへと向かう。二人の想いが重なる。

――そう、あの時に互いが放った一撃、己の全力を注ぎ込んだだけの、

荒削りで未完成な。美しさや洗練などとは対極に位置する技と魔法。

しかしその中には、さらなる高みを目指す一途な意志と、それに裏打ちされた力強さが

確かにあった。互いにそれを見出しあったからこそ、その一撃は眩しく強烈に

互いの目に焼き付けられた。そして……、

「そんな互いの姿を見、自分に似ていると思えるからこそ、私たちは……、

ともすれば信じられなくなる自分の可能性を……」

「……また信じることが出来る」

上の句に下の句を継ぐ連歌のごとく、魔理沙の言葉を妖夢が引き取って補う。

――また高みを目指す力が湧いて来る。心が軽いのはそのためだ。

またもや重なる二人の思考

――この人とならどんな壁でも打ち破れる。

――こいつとならどんな高みへも登っていける。

二人の心臓が大きく跳ねる。

「魂魄妖夢」

「霧雨魔理沙」

見つめ合いながら互いの名前を呼ぶ二人、その姿がとても眩しく映る。

嫉妬、羨望、劣等感、そんな感情から全く遊離した純粋な敬意と、

その念を抱く相手の全存在への肯定が短い言葉に込められる。

本来ならそんな相手と出会い、同じときをわずかに過ごせるだけで、

奇跡と思わなければならない。それが何の偶然か出会えてしまい

互いに深い親愛の情までも抱くに至る。二人はこの出会いをもたらしてくれた

縁に深く感謝し、互いにそれを伝え合うために椅子から立ち上がり、

固くその手を握った。

その後二人は夕食をともにし、さらに親睦を深め合った。

二人して話に花を咲かせ、その声は夜半まで途切れることがなかった。





翌朝、妖夢は寝室に差し込む日の光で目を覚ました。隣に魔理沙の姿を探す。

……居ない。もう起きたのだろうと思い、自分も着替えようと寝巻きを脱ぎ終わった途端、

表から轟音が響いてきた。急に胸騒ぎがする妖夢、

(もしや……あの人の身に何か?)

そう思うと居ても立ってもいられず、シーツを身体に巻きつけると

楼観剣を引っ掴み、寝室を飛び出す妖夢。階段を駆け下り、応接間を抜け

玄関の扉を開ける。そこには、嬉しそうな表情を浮かべた魔理沙が居た。

「やった……成功したぞ」

立ち尽くす妖夢に気づかず。喜びを噛み締めていた。

「あの……魔理沙さん……」

恐る恐る声をかける妖夢。魔理沙は妖夢に気が付くとまずその姿に驚き

「妖夢……お前なんて格好で」

そういわれて妖夢はシーツを掴み身体を丸めて

「あっ……その……急に物音が聞こえたものだから……」

魔理沙は合点がいったように、

「そうか、私を心配して出てきてくれたんだな。服を着る間も惜しんで」

「はい……」

早とちりが恥ずかしくなり、顔を真っ赤にして俯く。頭に手が置かれた

「その気持ちはとても嬉しい……心配かけて悪かったな」

「どうしたんですか? こんな朝早くに」

そうされた事によって落ち着きを取り戻し、当然の疑問をぶつける

「朝飯前の運動に、例の魔法を試すことにしたのさ。お前の助言を踏まえて……

そしたら大成功だ」

満面の笑みを浮かべながら、魔理沙が言う。その笑みに妖夢も嬉しくなる

「おめでとうございます……お役に立てて良かったです」

こちらも精一杯の笑顔で祝福する。

「いや……よく考えたら出来て当然というか……」

急にばつが悪そうな顔をする魔理沙

「?」

どういうわけだろう、その思いが顔に出たのか魔理沙が理由の説明を始める

「この魔法は、正面からの星型弾で相手を牽制しつつ、背後から使い魔の放つレーザーで

相手を倒す……名前は『アースライトレイ』というんだが……」

(正面から牽制? 背後からの攻撃で倒す? ……待てよ、どこかで聞いたことがあるな)

そこまで考えてはっとする。もしやと思い魔理沙の言葉の続きを待つ

「これ、着想自体はお前の『大悟顕晦』と同じなんだよな。無我夢中でやってるうちは分からなかったが

成功してからお前の顔を見てはっと気が付いたんだよ。どうやら知らず知らずのうちに影響を受けて

いたらしい」

そういって魔理沙は頭を掻く。

(やはりかっ)

そう思うと思わず苦笑する。笑い声を抑えられなかった。

自分の技がこの出会いを手引きしたとは、私たちは会うべくして会ったのだ。

「ふふふっ」

「妖夢?」

魔理沙が怪訝そうな顔をしている。妖夢は幸せそうに笑い、

「嬉しいんです、自分の技がこんな素敵な出会いをもたらしてくれたことが。

……それに」

「それに?」

「己を空じろと言われてあなたはやってのけた。とすれば私だって」

そう、魔理沙に出来たなら自分にもきっとできると言う確信がある。何せ二人は似ているのだから。

「なるほど……ふと思ったが、魔法と剣、道は違っても案外目指すところは一つなのかもな」

「ええ、きっとそうです。古歌にこんなのがあります」

妖夢が和歌をそらんじる。

――わけのほるふもとの道はおほけれと おなし高ねの月をこそみれ

「ならばその同じ月が見えるところまで登ってみるか。魂魄妖夢」

魔理沙が同じ高みを目指す伴侶、いかなる苦難の壁をも切り裂く刃に告げる。

「望むところです。霧雨魔理沙」

妖夢もまた自身の伴侶、自分をより高くへ運んでくれる、天かける流星に答える。

――私達二人に登れぬ高みなどありはしない。

曙光の下、二人の少女が声を重ねた。





――完


*魔理沙のスペルに関する考証に狂いがありますが、作劇上の都合と言うことで
ご容赦いただけると幸いです。
別所に投稿していたものを、表用に加筆、修正したものになります。

感想、ご指摘等歓迎いたします。
つわ
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