永遠亭の廊下を永琳に連れられ、幽々子は遠足気分を味わっていた。
「それじゃあ、ここがお嬢様に一週間過ごしてもらう部屋よ」
「あら、私の部屋より広いわ。流石はお姫様の部屋ね」
永琳の案内で輝夜の部屋と通された幽々子は、開口一番に率直感想を述べる。
「それに見事なほど、何もないのね?」
「だからさっき言ったでしょう?必要な物は別室から運んでくると」
「その部屋は何処にあるのかしら?」
「必要な物は兎達に言えば持ってきてくれるわ」
「そうなの?わかったわ。貴方はこれからどうするのかしら?」
「私は研究室に籠るから、早くても夕飯までは顔を合せる事はないわ」
「それは残念だわ。折角だから、お話をしようと思っていたのだけど」
「急ぎで依頼された薬を調合しないといけないから、夕飯までには終わると思うわ。その後でよければ。満月ではないけれど、月見酒でもどうかしら?」
「満月でなくても、それもまた乙なものよ?」
「ふふ、それじゃあ夜に」
大人の約束を交わして永琳は、研究室へと向かった。
永琳が居なくなり、周りには兎一匹いない。
「お姫様はこんな部屋でいつも過ごしているのね?風情があると言うよりは、単純に淋しいところね」
部屋を見渡し、白玉楼と比べる。
部屋の広さは幽々子の部屋と大差ないだろう。ただ、部屋は空っぽで、座布団が一枚あるだけである。
する事も無いのでとりあえず、座布団の上に大人しく座る事にした。
「退屈ね~」
独り言だけが室内に響く。
「誰も来ないわ~、仕方ないわね~」
そう言うと立ち上がり、幽々子は部屋を後にした。
★★★★★★★★
白玉楼の玄関先では、ちょうどお客様を迎えていた。
「と言う訳で、私たちが監査として派遣された、四季映姫ヤマナザドゥです」
「同じく、アリス・マーガトロイドよ。一週間、よろしく」
二人は、妖夢が輝夜を屋敷の中の案内が終わるのを、見計らったように訪れた。
「閻魔様がこんなイベントに参加されるなんて、一体何が起こっているのかしら」
「大したことではありません。今日から十日ほどお休みなので、幻想郷の住人とコミュニケーションをと思いまして」
「要するに暇だったと」
「断じてそのような事はありません!アリス・マーガトロイド、貴方は少し言葉を考えて発言しなさい。それが貴方に今できる善行です」
映姫が力一杯否定し、説教モードに入る。
その事を察知したのか、アリスが救いを求めて輝夜を見る。
「まあまあ、閻魔様。今日は監査として来られたのでしょう?」
「そうですが」
「ならお説教なんて野暮な事はしないで、楽しく過ごしましょう?」
「そうですよ、映姫様。立ち話も何だと思うので、どうぞ上がってください」
妖夢が率先して居間に二人を誘導する。
「粗茶ですが、どうぞ」
「ありがとうございます」
「ありがとう、妖夢」
居間でとりあえずと言う話になり、皆でお茶を飲む事になった。
「あら?粗茶だなんて、随分謙遜するのね?」
「本当に、これは見事なお茶です。このような素晴らしいお茶を粗茶などと言うのは、お茶に対する冒涜です」
「まあまあ、閻魔様。妖夢は気を使わせない為に言ったのでしょうから。そうよね、妖夢?」
「いえ、これは本当に今白玉楼にあるお茶の中では、一番質の悪いものなんです」
妖夢が恐縮しながら話す姿を三人とも目を丸くする。
「「「妖夢、絶対に霊夢にその事は言わないようにしなさい」」」
「はい?」
三人に言われ、間抜けな声を返す。
霊夢の飲むお茶は平均的なものである。
別に特別貧乏ではないが、決して金持ちでもない。その為、奮発しても精々中の上程度が精一杯である。
それに対し今妖夢が出してきたお茶は、明らかに霊夢の精一杯のお茶のランクを超えていた。
「それはそれとして、監査って何をすればいいのかしら?」
アリスが映姫に質問する。
「監査と言うのは文字通り、監督して検査する事です。ただ今回の場合は、監査と言うよりは、審判と言うのが正しいでしょう」
「なるほど、確かに」
映姫が監査として渡されていた紙を、アリスに見せる。
「だけどこれなら、別に貴方たちは必要なかったんじゃないかしら?」
「近いから、お姫様」
輝夜が後ろから肩に顔を乗せ、書類を覗き込んでいるので息が首のあたりに当たり、アリスはちょっといけない気分になる。
「あら?随分と初ね」
「お姫様と違って、男を弄んだ事ないから」
「私も男はないわね。かわいい女の子ならあるけど」
「ふーん、はいっ!?」
「あっ、貴方達も今日から一週間寝食を共にするんでしょう?だったら、案内するわ」
「ちょっと待ちなさいよ!」
「はいはい、行くわよ。閻魔様も」
爆弾発言にアリスは驚き真相を問いただそうとするが、輝夜は映姫を連れて先に行ってしまう。
アリスは輝夜に対して、気を抜かない事を心に誓った。
★★★★★★★★★★★
紅魔館では咲夜が時間を止め、部屋にあったレミリアの物を移動させていた。
「こちらがレミリアお嬢様・・・いえ本日から紫様のお部屋になります」
「まったく、手間を掛けさせないで」
優雅に微笑む紫と対照的に、無表情で対応する咲夜。
「貴方達は、私の言った事に従っていればいいのだから」
「・・・・・・」
「返事は?」
「かしこまりました」
紫は少し考え込む素振り見せながら、咲夜を見る。
「壁を白くする件だけど、出来る限り早めにお願いね。そうね、期限は明日の夕方までにしてあげるわ」
「ありがとうございます」
咲夜の怒りのボルテージは最高潮に達していたが、レミリアの事を思い耐えぬいた。
★★★★★★★
その頃迷い家では、藍とレミリアの生活習慣の違いでまだ揉めていた。
「この家には緑茶しかないわけ?」
「ありません」
「そして湯呑しかないの?」
「ありません」
揉めていたと言っても、今回のは完全に藍のミスである。
誰が迷い家の主として過ごすか分からなかったので、レミリアに必要な物が何も準備が出来なかったのだ。
「人間も使えないと思っていたけど、獣もやっぱり役立たずなのね」
「申し訳ありません」
今回ばかりは藍も自分の非を認め謝るが、どうしても心から謝る事が出来ない。
「今日のところは緑茶で我慢してください。緑茶が嫌だと言うなら、麦茶もありますが」
「もういいわ。兎に角、出来る限り早く準備してちょうだい。まったく咲夜なら一瞬で用意するのに」
反則気味の時を操る程度の能力を持つメイド長と違い、式を使う程度の能力しか持たない藍には出来ない芸当である。分かってはいても、自分の能力にそれなりの自信を持っている藍は、地味にプライドが傷ついていた。
★★★★★
ドタドタ
永遠亭の廊下を駆け抜ける兎が一羽。兎は一つの部屋の前で、急停止する。
「すみません!長い間一人にしてしまって・・・・・・あれ?」
鈴仙が急いで部屋に駆け込むと、そこには座布団があるだけで誰もいなかった。
「おかしいわね、確かに輝夜様のお部屋にいるって言ってたんだけど」
念の為に座布団に手を当てる。
「って言うか、幽霊って体温あったっけ?」
幽霊に体温があるかは別として、座布団は冷たい。
「座布団がある以上、この部屋だと言う事は間違いないわ」
輝夜の部屋は本人が居なければ、座布団すら置いていない。それが普通だ。座布団が置いてある以上は、この部屋に幽々子が案内されたのは間違いない。
「厠かな?」
そう思い十分ほど待ったが、帰ってくる気配はない。
「もしかして、迷子とか?」
あり得ない話ではない。この屋敷は侵入者対策も兼ねて複雑に入り込んでいる。場所によっては特別な術を施しており、手順を踏まなければ永遠に迷い込む無限回廊に陥ってしまう。
「探しに行かなきゃ」
鈴仙は部屋を出て、てゐを捕まえようと思い手近にいた兎を捕まえた。
「てゐが何処にいるか知らない?でなければ、幽々子さん見なかった?」
「長老なら、さっき出かけましたよ。夜には帰ってくるって言ってましたが」
永遠亭で最古の兎の為に、比較的若い兎はてゐを長老と呼ぶ。
「そう、ありがとう」
「幽々子様は見かけていませんけど、まさか見失ったんですか?」
「部屋に居ないのよ。手の空いている兎に、幽々子さんを探す様に言っておいて。無限回廊に迷い込まれたら、また術を掛け直さなきゃいけなくなるから」
術は一度発動すると永遠に解けることはない。その代り、一度でも解除してしまうともう一度術を施さなくてはいけない。その作業を永琳がするなら文字通り数分とかからないものだが、鈴仙では下手をすると丸一日掛けて施さなくてはいけなくなる。その時の鈴仙の疲労は、想像を絶するものになる。
「それから、侵入者を発見しましたがどうしますか?」
「侵入者?妹紅でしょ。まったく輝夜様のいない時に。私が戦闘指揮をとるわ!各自戦闘配備に!!」
鈴仙が勢いよく宣言するが、兎からの返事はない。
「今回は蓬莱人ではありません」
「妹紅じゃないの?なら一体誰がこんな所に」
仮にも自分の住居をこんな処呼ばわりする辺り、鈴仙の永遠亭への愛情が測り知れる。
「はい、それが放っておいても害はないと思うのですが・・・一応報告だけと思いまして」
「?」
放っておいて大丈夫な侵入者とは一体なんだろうか?
「侵入者は死神です」
「は?」
死神と聞いて真っ先に思いついたのは、髑髏で鎌を持った黒衣だった。そして次に鈴仙が思いついたのは、花の異変に知り合った死神。
「死神が一体何をしに来ている訳?」
「さあ、それは私には分りかねます」
おおよそ彼岸で過ごす死神には、薬が必要な人物など居ない筈。では、本人が病気にでもなったのだろうか?
「でも、あの死神ならそれを理由に休めるから、態々来ないか」
と、とても失礼な感想が、鈴仙が彼女に持っている印象だった。
「とりあえず、特に何かをする訳じゃないんでしょう?だったら永遠亭に来た理由を聞いて、必要なら客間に通して」
「必要でなければ?」
「追い返してほしい所だけど、警告だけして。それでもまだ居るようなら私が行くから。それより私は幽々子さんを探さないといけないから、死神の事はそれで対処して」
「わかりました」
相手が仮にも閻魔に仕える死神なら問題はないだろうと、鈴仙は幽々子探しに向かった。
★★★★★★★★★★
「とりあえず、私が案内できる所は全てね」
妖夢に案内してもらった場所を、確認を兼ねてアリス達を案内した輝夜。
「これから、何かする?それとも部屋で休むかしら?」
「そうね、一度部屋で荷物整理をさせてもらうわ」
「私も一度部屋で荷物などの整理をさせて頂きます」
輝夜にそれだけ言って、二人は割り当てられた部屋へと向かう。
「それじゃあ、私は居間でお茶でも頂こうかしら」
おそらく台所にいるであろう妖夢に、お茶を要求すべく居間へと向かった
★★★★★★★★
時間は鈴仙が幽々子を探す前に遡る。
小町は映姫の命により永遠亭を訪れていた。
「はあ、また映姫様に説教喰らいそうだね~。時間を守るのは、当然とか言って」
溜息を吐く小町は、本来ならとっくの昔に永遠亭に辿り着いてなくてはいけなかった。
では、何故辿り着けていないのか?
迷いの竹林は文字通り迷いやすい場所だ。なので最初は博霊神社で、開会式に参加する永遠亭のメンバーと合流する予定になっていた。
「それにしても、本当に広いね~。周りを見ても竹しかないよ」
暢気に自分の周囲を見渡す。
この時小町は既に遅れているのだから、一日や二日くらい変わらないとすら思っている。そんな考えにより遅刻による説教は、本来一時間ほどで済むはずだったのが丸一日受ける羽目になったのは別の話である。
「それにしても・・・さっきからこっちを眺めるなら、案内ぐらいしてくれも良さそうなもんだけどね~」
小町が再び周囲を見渡し、腰に手を当てる。
先ほどから小町の周囲には、無数の兎がいる。見世物の様に自分を見られている小町はどうしたものかと考えたが、近づこうとすると一定の距離を置いて逃げるのだ。
話しかけても、うんともすんとも言わずにただじっと小町を見続ける兎。
「困ったね~。まあ、何とかなるか」
考えるのを止め、再び歩き出す小町。
「時間厳守って言ったはずだけど?」
歩き出した小町の耳に、冷やかな声が聞こえる。
「それはすまないって思っているんだけど、朝の空気には勝てるもんじゃない。あたいは生まれてこの方時間どおり目覚めた事は、五回もない!!」
「それ威張って言う事?別にいいけどさ」
閻魔の苦労を思い、同情の念が胸を満たした。
「にしても、どうせならもっと早く迎えに来てほしかったもんだね。てゐ」
「呼び捨てを許可した覚えないんだけど」
冷めた視線を小町に向けるてゐは、何時もの可愛らしさなど微塵も感じられない。
「今回の事は彼岸も関わっているんだから、閻魔に報告させてもらうから」
「それは手厳しいね~、できれば報告はさけてもらいたい」
「なら、これからの仕事をきっちりとこなして。それから、もう一人監査員が来るらしいからその相手とも仲良くしてよ」
「誰か知らないのかい?」
「知らない。不正を無くす為に監査員を二名つけるんだから」
「なるほど、あんたも参加者の一人だからね。事前に知っていたら買収される可能性もあるか」
「そういうこと」
「オーケイ。まっ、仮にも閻魔の部下のあたいが、不正を働くことはないよ」
「そんなことしたら文字通り、生き地獄を味わう事になり兼ねないものね?」
「いや~、ま、それも人生ってやつさね」
「永遠亭はあっちだから」
てゐが小町の後方を指差す。
「あたしはもしかしてくても、全然逆方向に行こうとしてたか」
てゐが自分の背後から現れた時点で、何となくそうではないかと言う気はしていた。
「わかったら、急いで。わたしはこれから博霊神社に行くから」
「最終打ち合わせかい?」
「そんなところ」
てゐはそれだけ言って、その場を後にした。
「それじゃあ、あたいも方向も分かったし行くとしますかね」
てゐの指差した方に向い、今度こそ歩きだした。
★★★★★
迷い家では、プライドを傷つけられた藍が何やら日曜大工に燃えていた。
「橙、そこのやすりを取ってくれないか」
「はい、藍様」
レミリアに使えないと言われた事に、いい意味でリベンジしようと日用家具を作っていた。
外国にタンスなどあるが、レミリアはお嬢様だ。広い屋敷に住んでいるので服を畳んでタンスにしまうなどと言う事はしない。服に折り目が付くなど絶対に認めない。そう考えた藍は、クローゼットを作っていた。しかもただのクローゼットではない。
「藍様、椅子はどうするんですか?」
「ああ、後はヤスリを掛けてコーティングするだけだ。今日中に仕上げたいから、橙は出来ているのからヤスリを掛けてくれ」
「はい」
陽が出て外にいる事が出来ないレミリアは、声だけを聞いてお茶を啜っていた。
★★★
ドカっ!!
「落ち着いてください、咲夜さん」
紅魔館の給湯室で休憩していた美鈴は、入ってくるなり壁を殴りつける咲夜を宥める。
「私は落ち着いているわ。ただちょっと、何かに当たらないとやっていられなくなっただけよ!」
「はぁ?」
咲夜と違い館の外で勤務する美鈴は、玄関での一件を知らない。
「あの隙間妖怪!よりにもよって、お嬢様の部屋を使っているのよ!これが許される事だと思うの!?」
「あ~。それはお嬢様が帰ってきた時、一騒動起こりそうですね」
暢気に物事を捉える美鈴は、この事がどれだけ咲夜の精神負担になっているかが分からない。
悪魔の犬とまで呼ばれ、人間はやっぱり使えないと言われようとも、レミリアに忠誠を誓い仕えてきた咲夜。その忠誠心は計り知れないものがある。
「それだけじゃなく、紅魔館が紅魔館と呼ばれる所以の紅を白にしろとまで言うのよ!」
「そしたら名前を考えないといけないですね。紅いから紅魔館なら、白くなるなら白魔館ですかね?」
「その場合、貴方には一晩で髪が真っ白になるほどの恐怖を体験してもらうけど、いいかしら?」
ナイフを美鈴の首に当たる。
力を込めて引けば、いつでも動脈が切れるベストポイントだ。
「すみません」
「まったく」
「だけど、壁を白くするのもいいかも知れませんよ?」
「なんでよ?」
「えと、気分転換になるじゃないですか」
「美鈴、貴方の今日の夕飯はスープだけね」
「そんな!」
気を操る程度の能力を持っていても、相手の気持ちを分からない美鈴は夕飯を極端に減らされることになった。
★★★★★
咲夜が紫への怒りを美鈴にぶつけていた頃、迷いの竹林ではちょっとした騒動が起きていた。
「おかしい」
小町は頭をフル活動させていた。
「なんであたいが囲まれてるか」
囲まれただけなら小町も、特別頭を使わなかっただろう。
「武器を捨て、両手を頭の上で組んで地面にうつ伏せになれ!」
と言う様に、完全に敵扱いされていた。
「どうもあたいには話が見えないんだけど・・・誰か説明してくれないかい?」
「質問はこちらがする!早く武器を捨て、うつ伏せになれ!!」
銃を突きつけ怒鳴ってくる兎に危機感を覚え、とりあえず身の安全の為に大人しく従う。
その気になれば、兎達を蹴散らすなど朝飯前である。だが今回は映姫の使いで来ているので、迂闊な行動を取る事は出来ない。
「よし!名前と所属を言え!」
うつ伏せになり頭の上に手を置いた小町に、銃を突きつけ兎が質問する。
「小野塚小町、所属は四季映姫ヤマナザドゥ配下の死神になるのか?」
何故か疑問形になる小町。
「その死神が、迷いの竹林の永遠亭に何の用だ!?」
「あたいは四季映姫様の命で、永遠亭で監査を務める様に言われたんだけどね」
「証拠は?」
「てゐから話、聞いてないのかい?」
「なるほど」
「?」
兎が納得してくれたと思い、頭から手を退かそうとすると
グシャ
頭を思い切り踏みつけられる。
「嘘をつくな!監査役の者なら既に二名揃っている!今さら監査役が来るなどありえない!」
兎は小町に全体重を乗せ、更に踏みつけた。
「貴様の本当の目的を言え!でなければ、貴様の身の安全はないぞ!!」
「あたいは・・・本当に監査役として」
頭を思い切り踏みつけられ、地面に顔が埋まりそうになりながらも必死に事実を話す。
「まだ言うか!!」
兎が小町の頭から足を退け、今まさに蹴ろうと言う瞬間
「何をしているんだ?」
「ぐぁっ」
小町は蹴られ、痛みに思わず声が出る。
「慧音様!?」
兎が知識の半獣上白沢慧音の姿を認めると、向きなおり敬礼する。
「いえ、こいつが監査役だとか言って、永遠亭への侵入を計ろうとしていたものですので」
「いや、本当にあたいは監査役で来たんだけどね」
「まだ言うか!!」
兎今一度蹴ろうとすると、小町の姿が目の前から消える。
「大丈夫ですか?小町さん」
「ああ、大丈夫だよ。ありがとな、文」
「いえいえ、こちらの不手際の様ですから」
小町をお姫様抱っこして、宙に浮く文。
「射命丸様どういう事ですか?」
先程まで小町を蹴っていた兎が、他の兎達を代表して聞く。
「勘違いさせてしまってすみません。私は監査役でもありますけど、全体の監査役を務めるので永遠亭専属ではないんですよ。つまり私を含め全屋敷に十二名の監査役がつく事になります」
「そうだったのか?初耳だぞ」
「それをこれから説明しようと思って来たんですけど、少し遅かったみたいです」
「あたいの誤解が解けたんなら、それで良しとするよ。それより、早く降ろして欲しいんだけどね」
「ああ、すみません。どうぞ」
小町を降ろし、文は改めて謝罪する。
「本当にすみません。こちらの不手際で」
「いや、元はと言えばあたいが寝坊して、時間どおりに博霊神社に行かなかったのが原因だし」
「それでも、やっぱり待っておくべきでした」
「まあ、それならお互い様って事で」
二人が謝罪する中、慧音は兎達に注意していた。
「相手は妹紅じゃないんだぞ!下手したら、怪我ですまないんだ!!」
「もうしわけありません」
「全く、今回は幸い酷い怪我も無い様だったからいいが」
「それくらいにしといたらどうだい?あたいは別に気にしてないから」
「しかし」
「そいつらだって随分反省しているし、それに」
小町が一呼吸置いて
「それがこいつらの仕事だったんだろう?」
笑顔で言う。
「小町さん!!」
この瞬間、小町はこの場にいた十数匹の兎達の信頼を得た。
★★★★★
白玉楼ではおやつの時間を迎え、妖夢以外は居間に集まっていた。
「わあ~、凄く沢山おやつがあるのね~」
アリスが居間に戻ってきて発した第一声は、彼女にしては間延びした喋り方だった。
「アリス、遅いわよ」
すでにおやつの準備が整い、輝夜も映姫も席についている。
「時間を守るのも善行の一つです」
「遅れたのは完全に私の落ち度ね、ごめんなさい」
アリスは謝った後、もう一度テーブルにのったおやつを見る。
「っで、誰がこんなに食べるの?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
アリスの問いに、輝夜と映姫は無言で返す。
「軽く見積もっても、十人分は余裕で超えるわね」
「そうね」
「そうですね」
「私達は妖夢を入れても、四人しか居ないのよね?」
「生きているのは、四人ね」
「他に住人がいるなど、私は聞いていませんが」
「なら、誰がこれを処分するのかしら?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
再びアリスに問われ、再び輝夜と映姫は無言で返す。
「仕方ないわ、食べましょう。幸い、すぐに腐る時期でもないし。二三日は持つでしょう」
輝夜が溜息を吐き、食べると言う現実的な解決策を提案する。
「そうですね、過ぎた事を言っても始まりません。兎に角食べましょう」
「絶対ここから帰るとき、増えているんでしょうねー」
「口を動かすのは正しいけど、喋るんじゃなくて食べて」
映姫もアリスも諦めて、その現実的な解決策に取り組む。
「食べても食べてもなくならない」
「まるで魔法の麺と呼ばれる、牧○うどんみたい」
「本当に。女性が三人も居れば直に片付くかと思いましたが、これは二三日では難しいですよ」
「三食これを食べて過ごすのも無理があるし、どうする?」
「そういえば、閻魔様には部下がいると因幡から聞いているけど」
「確かに小町なら、これくらい軽いですよ、とか言って食べてくれるでしょうが」
「だったら、呼べばいいじゃない。助かったわ~」
「残念ながら小町は呼ぶことができません」
「どうして?」
「小町は監査として、永遠亭に行っています。ですので、呼びだす事はできません」
「彼岸の代表が二人も監査とは、余程人で不足だったのね」
「恐らく。今回は紅魔館・永遠亭・迷い家・白玉楼の四大勢力が参加してしまった為、人員が足りなくなったんだそうです」
「それで閻魔様にまで、監査の依頼が。ぴったりだけど」
「アリス、地獄の沙汰も金次第って言うでしょう?」
「いきなり何?」
「ふふふ、分からないならいいわ。ね、閻魔様」
「そうですね」
輝夜の同意に、映姫は一瞬眉を動かす。
「聞いた話だと、白玉楼から迷い家までなら一番近いんじゃないかしら?」
「それは私も聞いた事があるわ」
「確かに、現世に行くより遥かに近いでしょう。距離だけを言うならですが」
「確かに霊夢がいるなら辿り着くのは容易いでしょうけど、私たちでは迷った挙句たどり着けない可能性があるわよ」
「そうなの?私でも辿り着けない?」
「貴方に、そこまで運があるとは思えないんだけど。そう言えば、貴方といい永遠亭の住人はあの迷いの竹林でも迷わないわね?やっぱり縄張りだから?」
「さあ、どうしてかしら?でも運でない事だけは確かね。初めてだったとしても、迷わないし」
「秘密主義ね、いいんだけど」
「ともかく、これだけの量を食べきる事は出来ないわ。それならご近所さんや知り合いに御すそ分けに行くのが、一番いい解決策だと思うけど」
「そうですね」
「そうね」
三人で食べきるのは断念し、御裾わけの案を採用する事にした。
★★★★★
永遠亭の廊下で幽々子は
「本当に広いわね~。一体何時になったら庭に面した廊下につくのかしら?」
鈴仙の心配どおり、迷っていた。
「部屋の扉は開かないし、困ったわね~」
更に鈴仙の危惧したとおり幽々子は術を発動させ、無限回廊に閉じ込められている。
幽々子は迷っている事に気がついて、直に飛んで玄関の辺りまで行こうと思った。だが無限回廊は庭でなく、部屋に面した場所に施されいる為それも叶わなかった。
頼みの綱の兎も一匹も通らない。
その理由は実は、幽々子の能力に関係していた。
死を操る程度の能力。
生き物にとって最大の本能は恐怖である。そして死こそが最大の恐怖である。その為兎達は本能が死の危険を感じ、幽々子に近づくのを拒んでいたのだ。もちろん、無意識にだ。野生に近い獣であるがゆえに、起こった悲劇である。
「どうしようかしら。こういう時、紫の能力が羨ましいわ~」
思わず親友の事を思い出してしまう。
とりあえず、手当たり次第に襖を開けようと試みる。永夜異変の時は一部の封印が間に合わなかった為、解決へと事態は運ばれた。今回もそれを期待して試していたのだ。
「あら、やっぱり」
運がいいのか、今回も襖の一部が開く。
「・・・これは」
襖を開けて、幽々子は思考が停止する。
「あああああーーーーーー」
急な声にビックリして、幽々子の思考は停止から混乱に変わる。
「鈴仙?」
「み、みっ、みましたか!!?」
襖を急いで閉め、幽々子の前に立つ。
「何を?」
「中です!」
「なか?」
「いえ、見ていないならいいんです」
「ええ、開けてすぐ貴方が来たから」
「そうですか」
鈴仙には幽々子が嘘を言っているようにも、演技をしているようにも感じられなかった。
それもその筈。幽々子は嘘をつくのも演技をするのも出来ないほど混乱しており、自分が今何を言っているかしら分かっていなかった。そして、幽々子は今見た光景を、本能が危険を察知して完全に記憶から消していた。
「と、とりあず、屋敷の案内を兼ねて色々説明させて頂きますので」
「ええ、そうして頂戴」
強引とも言える鈴仙の案内の申し出に、幽々子は気分を害するでもなく受ける。
「それではこちらに」
とりあえず、永遠亭の秘密とも言える部屋を何とか誤魔化せた事に鈴仙は安堵していた。
★★★★★★
「あら、結構美味しいのね」
紅魔館もおやつの時間を迎え、客人を迎えていた。
「たしかに、これはなかなか」
「お口に合って良かったわ」
最近神社ごと幻想郷入りした神様、洩矢諏訪子と八坂神奈子が紅魔館の監査として来ていた。
「それにしても、貴方たちは信仰を集めるので忙しいと思っていたけど」
「まあ、それなりに忙しい日々を送らせてもらっているよ」
「これも信仰集めの一環だしね」
紫の言葉に神奈子と諏訪子は近況を話す。
「信仰とは信じてもらう事から始まるからね」
「今回の監査の話も、私達への信頼の証だと思うし」
「信仰を集めるのも大変ですものね」
「それに」
諏訪子が紫を見て
「一週間豪勢な食事が食べられると聞いて、断る理由もないでしょう」
依頼を受けた一番の理由を口にする。
「それはそうね。特に労せず好条件な依頼なら、神様じゃなくても受けるわね」
紫が同意するが神奈子は苦笑する。
「確かにそれもあるけど、今後の為にも今回はいい事だと判断したのよ」
「なるほど」
神奈子の言葉の真意を理解した紫は、紅茶を啜る。
メイドでしかない咲夜はただ黙って、三時のティータイムをこなしていた。
★★★★★★★★
幽々子を発見し、永遠亭内を案内する鈴仙。
「この廊下を今教えた順番で歩けば、無限回廊は発動しません。それ以外で行こうとすると術が発動するので気をつけて下さい」
鈴仙が必要最低限屋敷の中を案内し終わる頃、ちょうどおやつの時間となる。
「それでは一度部屋に戻りましょうか?ちょうどおやつの時間ですので」
「あら~嬉しいわ。ここのおやつは一体どんなのがでるのかしら?」
「永遠亭は希望されない限りは、手作りだと決まっているんです」
部屋に戻ると既に机の上には、お手拭きと本日のおやつが置かれていた。
「あら~、これはドーナッツって言う洋菓子よね?嬉しいわ。妖夢もおやつに準備してくれるんだけど、市販のものなのよね~。それはそれで美味しいのだけど、やっぱり手作りというのが重要よね」
「喜んでもらえて良かったです。兎達でも食べられるように蜂蜜で甘みを確保していますから、おやつのおかわりもありますよ」
「ありがとう」
鈴仙はこの時自分の失言に気づいていれば、この後起る惨劇を回避できたであろう。
「美味しいわ~、おかわりお願い」
「はい、取ってきますのでお待ちください」
鈴仙が喜々と台所にドーナッツを取りに行く。
台所には鈴仙の背丈よりも高く積まれたドーナッツのピラミッドがあった。そのピラミッドから二つ皿に乗せる。本当は鈴仙の分なのだが、幽々子がドーナッツを見て余りにもはしゃぐものだから、ツイツイおかわりがあるなどと言ってしまったのだ。
鈴仙が部屋に戻ろうとすると
「あら~、こんなに準備しててくれたの~?妖夢もこんなに用意はしてくれないのに~。ありがとう、鈴仙」
背後に幽々子が来ていた。
「いえ、これは他のう「こんなにあるんじゃ、部屋まで往復するの大変でしょう~。ちょっと行儀が悪くなっちゃうけど、台所で食べるわ」
そう言って、手近に置いてあった椅子に座りドーナッツを次々に口に運んで行く。
その見事な食べっぷりに、鈴仙は口を開けて見ている事しかできなかった。
★★★★
迷い家もちょうど監査と言う名の客人を迎え、おやつを食べていた。
「着いたらハッピ着てネジリ鉢巻して、鉄鎚振りまわしているもんだから、てっきり別の場所に迷い込んだと思ったよ」
「私もちょっとビックリしました。何だか日曜大工を超えた、熱気を感じましたから」
迷い家の監査には、幻想郷唯一の鬼である伊吹萃香と、妖怪の山に最近神様諸共幻想郷入りした八坂神社の巫女であり、現人神であり風祝である東風谷早苗が抜擢されていた。
なぜこの二人が派遣されたのかと言うと
「それにしてもいくら萃香の能力があったとは言え、良く辿り着けたな」
「結構苦労したよ。って言うか、立て看板でも置いといて欲しいね」
「地図を頂いていましたけど、その時点ででたらめでしたからね」
「私だけなら霧になってまた形をとればいいけど、連れがいたし」
「すみません」
「いやいや、責めている訳じゃないから」
「なら一体どうやって来たんだ?」
「何か聞いた話によると、妖怪の山の巫女は奇跡を起こす程度の能力を持っているって聞いたからさ。博霊の巫女も普段からカンって言う奇跡に近い本能に頼っているから、妖怪の山の巫女もいけるんじゃないかと思ってね」
二人の能力に関係していた。
紅魔館は言わずとも知れた湖のそばにある為、道順さえ知っていれば確実に辿り着く事が出来る。また白玉楼、永遠亭も空だったり迷いの竹林と言う特殊条件の為、普通の人間には辿り着く事は不可能に近い。だが、誰かの手を借りたり、特殊な能力を持っていれば辿り着く可能性は上がる。
それに対し迷い家は、空の上の冥界の何処かの空間が歪んだ場所に存在する為、前記に述べたどの屋敷よりも辿り着くのは困難を極めるのだ。
早苗は能力の可能性的に一番高く、萃香は能力で確実に辿り着けると踏んでの主催者達の考え。
だけど、そんな事を知らされていなかった萃香と早苗は、一度死ぬ思いをして迷い家に辿り着いたのだった。
「はは、博霊の巫女って本当に無茶苦茶ですね」
萃香に霊夢と同列に扱われ、ちょっと悲しく自分の日頃を振り返る早苗。
(私絶対博霊の巫女より、巫女として奉仕しているのに)
どう考えても、霊夢より仕事をしているのに同評価に納得いかなかった。
早苗は今度会ったら今一度、巫女の仕事について教示しようと心に誓った。
「それはいいとして、パクリ巫女」
「パクリ巫女って・・・私の事ですか?」
「巫女があんた意外に他にいるの?」
早苗達が来てからずっと黙っていたレミリアが、漸く口を開く。
早苗は早苗で、レミリアに何だか深く気づ付く呼び名で呼ばれ、ショックを受ける。
「レミリア様、別に妖怪の山の巫女は霊夢をパクッた訳じゃ」
早苗のショックを何気に感じたのか、橙がフォローを入れる。
「誰がどう見てもパクリ以外のなんでもないじゃない。腋出して、巫女スタイルで」
巫女なのだから巫女服を着るのは当然なのだが、レミリアは幻想郷に来るまで外国で過ごしていた。なので、それが巫女としての標準服であることを知らないのである。だからと言って、霊夢の着る巫女服が標準であるかは謎である。
「オマケにツートンカラー。紅白に対抗して青白?シードのパクリ?これだから流行りに流されやすい外の若いのは」
何やら説教と言うか、愚痴に入りそうになるレミリア。
「まあまあ、パクリだっていいじゃんか。それより、一杯どう?レミリア嬢」
「いらないわ、貴族たるもの昼間からお酒なんて」
萃香がレミリアの相手をする事で迷い家は、何とか無事に過ごせるかも知れない。そう橙は考え始める。
「意外にお固いね。吸血鬼のお嬢様はもっと、気前よく付き合ってくれると思っていたけど」
「相応の理由があれば、飲むのもやぶさかじゃないわ」
「理由?」
「お祝い事とか、特別な理由ね」
「ふーん、でも昼間から飲んでいる事もあるんじゃない?」
「もちろん、食事と一緒に楽しむ事もあるわ。だけど、それ以外で飲む事はあまりないわ」
「意外だね。噂と違う」
「その噂とやらは気になるけど・・・貴族って言うのはね、民の見本になるべき者なのよ」
「悪魔に言われてもね」
「悪魔でも、スカーレット家は紳士で有名な名門貴族。スカーレットの名に恥じないようにするのは当然よ!」
「なるほど、吸血鬼でも守る規律があるって訳か。わたしも長いこと生きてきたけど、やっぱり日本の中だけじゃ全然だめだね」
「貴方も私を見習って、優雅な振舞いを身につけなさい」
「考えとくよ(いろいろと)」
萃香とレミリアが何気に仲よく話す姿を早苗と橙は微笑ましく見ていた。しかしこの場にいたもう一匹の式八雲藍は、今までの経験上で一波乱起こる事を危惧していた。
★★★★★★★★★★
博麗神社の一角では、何やら算盤の弾ける音が響いていた。
「っで、あんた達は何やってる訳?」
霊夢は機嫌が悪そうに睨みつける。だが、そんな事ではびくりともしない強心臓の持ち主たち。
「見ての通り、最終的な話し合いだぜ」
「決して無意味に集まっている訳ではありません」
「それに、これは今後の神社の運営費にも関わってくることだし」
魔理沙が現状報告し、文が重要性を訴え、てゐが止めの一撃を放つ。
「仕方ないわね。ところで、使用料についてだけど」
「こんなのでいかがでしょう?」
文が纏めていた書類の一枚を霊夢に見せる。
「随分羽振りがいいじゃない。そんなに今回儲かった訳?」
「結構な、皆賭けに乗ったぜ。まーだからこそ今回の勝負は、監査の点数が物を言う大会になるんだがな」
「あー、なるほど。賭博券購入者は投票資格を失うってやつね」
「そうしないと皆無意識にでも自分の買った奴に投票するだろう。それじゃあ、面白くもないし、賭けにもならないからな」
「そう。っで、最終オッズはいくらだったわけ?」
「最終的には幽々子さん・レミリアさん・紫さん・輝夜さんの順になりました。オッズは1.7倍・1.9倍・2倍・4.5倍になりましたね」
「どっちにしても宇宙人は最下位なのね」
「仕方がありません。輝夜さんの場合は、情報が少なすぎますから。下手な相手には賭けられないって考えの方もいたみたいです。私だったら結構ダークホースになりそうな輝夜さんに賭けますけどね」
「狙ってみて損はないだろうね」
今まで黙っていたてゐが口を挟む。
「何て言ったって、姫さまだからね。それからそれは賭博だけの稼ぎじゃないから」
「ならこの数字は何?」
「ただの皮算用。でも収益はそれなりに見込めると思う」
「ふーん」
「だから、安心して」
「それで、何処から収益が出るの」
「閻魔」
「閻魔だぜ」
「閻魔様です」
「閻魔に説教食らうわよ」
三人の言葉に呆れかえる霊夢。
「既にありがたい説教は頂きました」
「快く引き受けてくれたから」
「一体何を頼んだわけ?」
「いずれ分かりますよ」
「使用料さえちゃんと貰えれば、それでいいんだけどね」
文達の話に疑問が残ったが、自分が関係ないならとそれ以上は聞かなかった。
★★★
夕暮れになり外が赤く染まる頃、紅魔館はより一層紅さを増していく。
「ううううっ、咲夜さ~ん」
門前で美鈴が涙を流し上司の名を口にする。
「仕方ないですよ、門番長。門番長って本当にKYですから」
「何?けーわいって」
同じ門番職に就く部下の妖精に、意味不明の言葉を言われ思わず聞き返す。
「たしかに門番長って、KYだもんねー」
「うんうん、KYだよねー」
「って言うか、CKYだよね~」
「いやだから、けーわいって何?しかも、しーけーわいってのまで増えてるし」
「そのまんまですよ。門番長、流行語とかに疎すぎますよ」
門番隊員達に馬鹿にされながらも、必死に意味を考える。
「しーけーわい。しーけいわい・・・・しいけいわい」
しーけーわいを繰り返す美鈴の顔が、どんどん青ざめていく。
「しけいわい。死刑わーい。もしかして、私切腹!?」
とんでもない勘違いをする門番。その光景を紫は隙間を使い見ていた。
「やっぱりあの門番は面白いわね」
「あんたさー、その隙間使って覗くのやめたら?プライバシーの侵害だよ」
「あら?プライバシーも何も、門番は今勤務中よ?仕事をきちんとしているか確認するのも主の務めよ」
「うさんくさ」
レミリアのもとい、紫の部屋で諏訪子と二人で紅茶を飲みながら、隙間で館の様子を窺っていた。
「まあー別に、わたしに害がないからいいんだけどさ。でもあんたも主なら、もう少し主らしくした方がいいよ」
「あら?私は十分主として、勤めを果たしているわ」
「どこらへんが?」
「最初からよ」
さも当然のように言い放ち、紅茶を口に含む。
「ところで、KYとか外の言葉を広めたのは貴方達よね?」
「あー、多分。新聞とかに載っているのをね。天狗がどういう意味か、過去の新聞全部見て調べてたよ」
「新聞か。それは多少多めに見ないといけないわね」
「って言うか、苦情は全部神奈子に言って。わたしは幻想郷に来なくても別に良かったし」
紫から完全に顔をそらし、言い捨てる。
諏訪子は椅子を傾け二本の支えだけで、バランスを取る。
「幻想郷はお気に召さない?」
「いや、気に入っている。だけど、やっぱり嫌いな部分もあるよ」
「それは何かしら?」
「これはわたしの問題だから」
「幻想郷はこれからも、貴方達みたいに住人が増えていくわ。その時にできる限りの“事”は防ぎたいの。言いにくい事なら、無理に聞く事はできないけど」
「妖怪の賢者様でも神様には手をだせないってこと?」
「妖怪だって場合によっては神に喧嘩売るわよ?」
「知ってる。あれは馬鹿だと思ったし」
「はっきり言うのね」
「事実だから」
「私に出来る事なら、出来る限りするつもりよ?」
「誰かが誰かを傷つけない世界なんて、妖怪の貴方には一番出来ないと思うけど」
「なるほど、そうきたか」
「誰もが争わない世界なんて、それこそ幻想だからね」
「でも、弾幕ごっこはその争いを最も小規模にしたものだと思うけど」
「だけど、幻想郷の誰もが弾幕を使える訳じゃない。結局弱肉強食ってことでしょ?」
「手厳しい意見をありがとう。でも、だからこそ、中立と言われる博霊の巫女が幻想郷には存在するよ」
「まあ、その巫女以外にもいろいろ、天秤をうまいこと吊り合わしているのもいるみたいだしね」
「そうね、今は恵まれているわ」
「妖怪の里の白沢に、悪魔の犬みたいにね」
「そうね、彼女も大事な分銅ね」
「とにかく、流血沙汰はごめんだから」
「それは、なんとも言えないわね。だって、主を守るのも従者の仕事だもの」
「あきらかにここ居る誰よりも、あんたの方が強いんだけど」
「買いかぶりよ。ルール無用なら話は別だけど」
「そう。わたしは監査だから、一応あんたがちゃんと主をしたかで点数つけるから」
「そう、だけど・・・大切にしている者の血が流れるのを、黙って見ているのも主の務めだと言う事を覚えておいて」
「せめてこの馬鹿げた大会が終わるまでは、忘れないようにするよ」
諏訪子は話が終わりだとでも言うように、カップを置き手近にあった本を読み始める。
その態度に紫は怒るでも笑うでもなく、ただ黙って見ていた。
★★★★★★★★★★
永遠亭の広間には、夕飯を食べようと兎達が集まっていた。
「どうしたの?」
夕飯を食べようと永琳が大広間に顔を出すと、何やら兎達の纏う空気が重い。
「師匠」
力なく永琳を呼ぶ鈴仙は、あちらこちら擦り傷や引っ掻き傷ができている。
「久々ね、貴方がそんな怪我するなんて」
「はは・・・」
「で、今回は何があった訳?」
「実は「自業自得だと思うけど」
「てゐ?」
気がつけば、てゐが鈴仙の隣に座っていた。
「あら、何があったか知っているの?」
「鈴仙がみんなのおやつを、亡霊嬢に食べさせちゃったのよ」
「それでみんなから報復を受けたと?」
「そんなところです」
「道理で私の所に、おやつが届かなかった訳ね」
「わたしの分もなくなってたけど」
「ううう・・・すみません」
クシャクシャの耳を萎れさせ、謝る事しか鈴仙には出来なかった。
「今日の教訓を生かして、明日のおやつは二倍作りなさい」
永琳は幽々子が今日のおやつを全て食べる事は、実は予測済みだった。
「貴方にはいい経験でしょうね」
「師匠?」
「何でもないわ。それより、そのお嬢様は?」
「今呼びに行っています。もうすぐ来ると思いますけど」
「それならもう少し待ちましょうか」
「はい」
それから五分ほど待つと、おしゃべりをしながら待ち人の三人が入ってくる。
「いや~待たしたね。あたいの席はどこだい?」
小町が第一声から元気に広間に入ってくる。
その姿を見て永琳は首を傾げる。
「あら?貴方は確か」
「あんたが噂の永遠亭の薬師かい?」
「そうだけど」
「なら自己紹介といきますか。あたいは彼岸で、四季映姫ヤマナザドゥの死神をやっている小野塚小町。一週間慧音と監査を務めさせてもらう。よろしく頼むよ」
「そう、私は八意永琳。こちらこそよろしくお願いするわ」
友好の証として、小町と永琳は握手を交わす。
「あら~?私とは握手してくれなかったのに~」
その様子を見ていた幽々子が、恨めしそうに小町を見る。
「って言っても、お互い今さらでしょう?」
「そんな事ないわよ~。だって私は白玉楼じゃなく、永遠亭の主なんだから~」
「あー、はいはい。よろしく西行寺家のお嬢様」
小町が握手をしようと手を出すが、幽々子は手を後ろにしたまま。
「握手したかたんじゃないのかい?」
「もちろん握手はしたいわ。だけど言ったでしょう?私は永遠亭の主なの」
「・・・・・・そういう事か。それはあたいが悪かった。よろしく永遠亭のお嬢様」
「ええ、一週間よろしくね。彼岸のサボリ魔さん」
「痛いところをつくね」
「ここでもサボったら、閻魔様に報告しちゃうから」
「そいつは勘弁」
「そこまでだ」
幽々子と小町の握手を、温かい目で見ていた慧音が二人を止める。
「なんだい?慧音ももしかしてあたいと握手したかったかい?」
「いや、そういう訳じゃないんだ。ただ、お前たち、周りを見てみろ」
「「まわり」」
二人は声を重ね、動作も全く同じにあたりを見渡す。
「死屍累々って感じだね~」
「そうね~、みんなどうしたのかしら?」
「気にしないで、お腹がすいているだけだから」
永琳が苦笑をもらしながら、幽々子を見る。
「兎に角、盛大に夕飯といきましょうか。今日は貴方達の歓迎会も兼ねているからごちそうよ」
言葉通り広間の御膳の上には、食べきれないほどの料理が並べられている。
「ふふふふ、そうね。それじゃあ頂こうかしら」
「そうだな、永遠亭でこんなに豪華な物が食べられるとは」
「いいね~、あたいもこんなに豪華な物食べるのは、閻魔主催の新人死神歓迎セレモニー以来だよ~」
「死神の新人って・・・」
「鈴仙、早く乾杯の音頭とって」
「あ、うん」
「簡単でいいわよ」
みんなで思い思いの場所に腰を落ち着け、杯を手にする。
「え~、それでは今日から主のトレードを行い、幽々子さんを永遠亭の主として迎えられ」
「長い、鈴仙」
「うっ、ごめん。あーもう、とにかく一週間よろしくお願いします!!乾杯!!」
「「「「「かんぱーい」」」」」
こうして永遠亭では歓迎会が始まり、それは日付が変わっても行なわれた。
★★★★★★★★★★★★★
同じころ、白玉楼でも夕餉を迎えていた。
輝夜も映姫もアリスも、三人とも声が出なかった。
ただ茫然と目の前のそれを見ていた。
「どんどん、食べて下さいね。おかわりもまだありますから」
茫然とする三人を余所に、喜々として御櫃のご飯を茶碗についで配る妖夢。
「・・・おかわりも、あるって」
「おかわりもあるみたいね」
「おかわりですか」
おかわりの言葉を三者三様に繰り返す。その目は何だか全てを悟ったようにも見える。
「こんなに多くの人と宴会以外でご飯を一緒に食べるのって初めてで、頑張って作りました!!」
子供の様な眩しい笑顔で言われ、三人とも言葉を発せなくなる。
この笑顔を曇らせたら何だか全員、何とも言えない罪悪感に呑まれそうだった。
「ありがとう、妖夢。私も普段から同じ顔ぶれで食べているから、新鮮な気分で食べられるわ」
妖夢の頬にそっと手を添え、笑顔で感謝の言葉を述べる輝夜。
「あっ、いえ、そんな」
輝夜の顔が目前に迫り、顔を赤くする妖夢。
そんな光景をアリスと映姫は、思い思いに見つめていた。
(この瞬間をカメラに抑えて鴉天狗に売ったら、金になるだろうな~。永遠亭の主蓬莱山輝夜、白玉楼の庭師とのイケナイ関係!!とか言って。にしてもやっぱりあいつはそのケがあるみたいね。気を抜かないようにしないと)
何やら不穏な金儲けを考えるアリス。そしてもう一度輝夜に注意する事を心に決めた。
(あんなに顔を赤くしちゃって、可愛らしい。ついこの間まではいはいしていた気がするのに。あんなに成長したのですね)
映姫は妖夢の生まれた頃に思いを馳せ、成長を喜ぶ。感無量になっていた。
だけど心情がどんなものであろうと、この問題は片付かない。
三人はもう一度目の前の難題を見る。
ごくり
三人の喉が一斉に鳴る。三人とも覚悟を決め、難題へと取りかかった。
「「「いただきます」」」
輝夜達の前にはおやつ同様、山と盛られたおかずの品々が並べられていた。
★★★★★★★★★
紅魔館でも少し遅いディナーが始まっていた。
「不合格、作り直して」
相変わらず紫による嫌がらせの様な命令が、咲夜に言い渡されていた。
「お言葉ですが紫様、何故不合格なのでしょうか?」
もちろん咲夜とて、ただ黙って命令を受けてばかりはいない。いないのだが、
「物覚えの悪い、メイドね。私の言う事には黙って従っていなさい」
こう言われてしまえば、了承の言葉を口にする以外何もできない。
紅魔館のディナーが遅くなったのは、一言でいえば紫のせいだった。
咲夜が既に作り終えた料理を、今はそんな料理を食べたい気分じゃないと作り直させたのだ。
これには咲夜も黙って従った。主の食べたい物を用意できなかったのは、自分のミスだとレミリアで学んでいたからである。
しかし紫に言われ作り直した料理も不合格を出され、また作らなくてはならない。紫による壁の塗り直しやレミリアの私物の移動などで疲労困憊の咲夜は、限界に近い状態だった。そこで紫の黙って従っていればいいの言葉。咲夜の思考は完全にヒスッテリクを起こしていく。
それでも再び、ディナーを作り直す姿はパーフェクトメイドとしての威厳を保っている。
二度目の作り直したディナーを紫の前に置く。
今度こそ食材も調理も完璧にした。これで文句があるなら、言ってみろ!それくらいの挑戦的な気持ちで出した料理は
「もういいわ、このゴミ捨ててちょうだい」
ゴミ扱いされた。
「一体!一体何が気に入らないんでしょうか!?」
辛うじて敬語だが、紫に怒鳴りつける咲夜。そんな咲夜を紫は手に持っていた扇子を口に当てて冷ややかな視線を向けた。
「役に立たないばかりか、口応えまでするなんて・・・」
隠す事無く妖気を放ち、咲夜の前に立つ。
「私は、聞いて・・・いるの・・・・」
悪魔の犬と呼ばれてもただの人間でしかに咲夜は、尋常ではない紫の妖気に喋ることすら儘ならなくなる。
紫が不意に隙間を開く。隙間からは門で門番をしているはずの美鈴が落ちてくる。
「うわっ、とと」
いきなり足場を失い、空中に放り出されても一回転して猫のように静かに着地する。
「あっ、あの、一体」
紫の尋常じゃない妖気を感じても平然としている美鈴。紫はその事に少し驚いていたが、今は他にすべき事があるので後にした。
「こんばんは、門番長紅美鈴」
「あ、こんばんは。それで一体何なんでしょうか?」
暢気に質問する美鈴。
「大したことじゃないわ。そこのメイドが使えなくて困っているの」
「メイド長がですか?まさか」
「実際使えないのよ。料理一つ満足作れないほどにね。だから貴方が作ってきてちょうだい」
紫の言葉に美鈴は驚く。
パーフェクトメイドと呼ばれ、お嬢様のお気に入りとして仕える咲夜。その咲夜が使えないの一言で片づけられている。
とりあえず今回の大会の事を思い出し、紫の命令に従おうと思うのだが。思わず咲夜の顔を見てしまう。
咲夜は怒りの形相で紫を睨んでいて、美鈴を見てはいなかった。
「お願いね」
「はい、すぐに」
紫の言葉に調理場へと美鈴は向かう。
紫は睨む咲夜に視線を向け、隙間から傘を取り出す。
「ねえ咲夜。主に口答えする事が、どれほど許されざる行為かその体に教えてあげるわ」
「───っ」
妖気が更に強くなり咲夜は呼吸はおろか、動く事さえ儘ならない。
「八雲紫」
今まで黙っていた八坂神奈子が紫の前に立つ。
「なにかしら?」
「いくらなんでも、それはやりすぎなんじゃないの?」
「私がしようとする事が貴方には分かるのかしら?」
止める神奈子に微笑を向ける。
「ならその傘どうするつもりだい」
「どうするつもりかしら?」
「このっ」
「やめな、神奈子」
とぼけて返す紫に神奈子は掴みかかろうとするが、部屋にいた諏訪子の声がそれを制止する。
紫は二人を交互に見て、神奈子の肩に触れる。
「何か勘違いしているようだけど、貴方はただの監査なの。私が何をしようがルールーに反しない限り、口を挟むのは御法度なのよ」
神奈子の肩から手をどけ、横を通り過ぎる。
「貴方の相方はそれをよく分かっているわ。見習った方がいいわね」
咲夜の目の前に立ち傘を振り上げる。
「貴方達はただ黙って見ていれば、いいのよ」
そう言った瞬間、咲夜めがけて傘が振り下ろされた。
★★★★★★★★★
迷い家では、楽しい?夕飯を迎えていた。
「私の方がまだまだ飲めるわよ!」
「何を~!鬼に飲み比べで勝てると思うなよ~」
レミリアと萃香によって、飲み比べが行われていた。
「あの、止めなくていいんですか?」
「あれを誰が止められると言うんだ?」
「絶対に無理ですよ、藍様~」
早苗の質問に、藍は諦めモード全開で否定する。
「まだまだいけるわ!」
「こっちだって」
既に迷い家の居間は、酒の瓶の樹海へと化している。
「とりあえず、飲み比べ程度なら問題ないだろう」
危惧していたような事は起きなかったので、一安心の藍。
「あの二人は放っておいて、夕御飯にしよう」
「そうですね」
「はい、藍様」
レミリアと萃香が、陽が沈むと共に始めた飲み比べ。夕飯の準備が整っても止める気配がない。それならそれでいいかと、三人は結論づけた。
騒がしいが、迷い家は無事に今日を終わらせることができそうだった。
★★★★★★★★★★★
夕飯が食べ終わると同時に、みんなお風呂に入り就寝した白玉楼。
その縁側に月を眺める一つの影があった。
「輝夜姫の話の様に、月に帰るのですか?」
「閻魔様」
月から目を離さずに自分を認めた人物に倣う。
「どうしてそう思うわれるのかしら」
静まり返った廊下に彼女の柔らかい声が響く。
「それは私にもわかりません」
「そうですか」
「はい」
「私の望みが月に帰る事で叶うなら、帰る事もあるかも知れない」
「・・・・・・」
「だけど私は帰れない。だから答えはわからない。これでいいかしら?」
「十分です。貴方は罪を悔いている。蓬莱山輝夜、貴方はそのまま善行を続けなさい。そして」
「・・・・・・」
「今しなくてはいけない善行をするのです」
「ふふふふふ・・・それはいくら閻魔様のお言葉と言えど、出来ない話ですわ」
「私は貴方が見す見す罪を犯すのを、見逃すつもりはありません。しかし、善行を強制的にやらせても意味がない」
「では、諦めて下さいな」
「それはできません。しかし・・・今宵の月の美しさの前では、これ以上の話は無粋でしかない」
「ええ、無粋です」
「ですので、私は今自分が出来る善行をしようと思います」
「どうぞ、閻魔様」
輝夜は盃を映姫に差し出し、御酌をする。
「綺麗ですね」
「ええ」
生者の存在しない冥界は耳が痛いほど静かで、恐怖すら感じてしまう。でも、言葉を交わすのは二人には無粋にしか思えない。
「随分いい事してるじゃない」
このままお開きになるかと思った月見酒にも、お客がもう一人。
「アリス」
「私だけのけもの?」
「まさか」
「もうお腹は大丈夫なのですか?」
「ええ、もういいわ」
「それはよかった」
「それにしても、妖夢には驚いたわね」
「確かにあれは驚いたわよ」
「驚きましたね」
「「「まさかあんなに食べるなんて」」」
三人の声が揃う。
「普段幽々子と一緒にいるから、普通が分からなくなっているのね」
「それだけ自分のご主人様が好きという事よ」
「そうですね」
「軽く、三人前は平らげていたわよ?なんであれだけ食べてあんなに細いのかしら?」
「それだけ動くんじゃないかしら?」
「冥界は広いですから、運動量は相当なものですよ」
「明日もあの量を出されるんじゃないかと思うと、胸やけがするわ」
「だったら、食べなければ良かったのに」
「あの顔見たら、そんな事できないわよ」
「あの笑顔は反則でしたねー」
「兎に角、一週間白玉楼で過ごすこのメンバーに乾杯」
「乾杯」
「乾杯ね」
白玉楼の夜は静かに更けていった。
★★★★★
紅魔館では美鈴が困っていた。
「咲夜さ~ん」
何があったかは知らないが、咲夜が部屋に閉じこもって出てこない。心配で美鈴が部屋を訪ねてきていた。
「・・・・・・」
部屋からは返事はない。
仕方ない、明日出直そう。そう思い歩こうとした瞬間、また体が宙に浮く。
「お見事」
「どうも」
猫の如く再び着地する美鈴を褒める紫。
「あの娘のことは放っておいていいわ」
「でも」
「放っておいてあげなさい」
「はい」
紫の雰囲気に流される。
「あのところで紫様」
「何かしら」
美鈴なりに咲夜の料理がなぜゴミ扱いされたのか考えていた。
「料理のことですけど」
「貴方の考えている通りよ」
「やっぱり」
考えた結果一つの理由に思い至り、確認の為に聞いたのだ。
「それなら」
「だめよ」
「えっ」
理由が分かれば咲夜も出てくると思い、教えに行こうとする美鈴を紫が止める。
「さっき言ったでしょう、放っておきなさいって。これは主としての命令よ」
「・・・わかりました」
命令と言われた以上従う事しかできない。美鈴は自室に戻り明日の勤務に備え眠りにつく。
紫は眠ろうともせず、一晩中月を眺めていた。
こうして紅魔館の一日は終わりを迎えた。
★★★★★★★★★
「はい、どうぞ」
永遠亭の永琳の部屋で、約束通り月見酒をする幽々子。
「ありがとう」
「それにしても、見事な月ね」
「本当に」
窓から差し込む月明かりだけで過ごす。
ろうそくの炎なんて無粋な物はない。
「ひとつ聞いてもいいかしら?」
「内容次第ね」
「貴方は今回誰が優勝すると思っているの」
幽々子が永琳の表情を窺う。
「っん、そうね」
だけど無表情に淡々と永琳は予想を述べていく。
「大穴狙うなら姫でしょうけど、吸血鬼のお嬢様もいい線いけるんじゃないかしら。貴方もそうね。八雲紫にしてもそうだわ」
「賭けるなら、貴方は誰に賭けたかしら?」
「ふふふ・・・とりあえず、姫には絶対賭けないわ」
「あら?」
「意外?」
「かなり、貴方はお姫様も凄く思っているようだから」
「だからよ。今回の大会の趣旨が逆で、私が出る事になっても、絶対に自分には賭けないわ」
「・・・・・・」
「大会が終わる頃にその理由がわかるわよ。とりあえず」
「?」
「一週間仲良くしましょう、お嬢様」
「ええ」
永琳の話の内容が分からないまま、杯を交わす幽々子。
大会が終わるとき、分かると言うのならそれでいい。そう思い幽々子は永琳との一時を過ごすのだった。
賢者の言葉の真意は分からないまま、永遠亭の一日は終わった。
続く
「それじゃあ、ここがお嬢様に一週間過ごしてもらう部屋よ」
「あら、私の部屋より広いわ。流石はお姫様の部屋ね」
永琳の案内で輝夜の部屋と通された幽々子は、開口一番に率直感想を述べる。
「それに見事なほど、何もないのね?」
「だからさっき言ったでしょう?必要な物は別室から運んでくると」
「その部屋は何処にあるのかしら?」
「必要な物は兎達に言えば持ってきてくれるわ」
「そうなの?わかったわ。貴方はこれからどうするのかしら?」
「私は研究室に籠るから、早くても夕飯までは顔を合せる事はないわ」
「それは残念だわ。折角だから、お話をしようと思っていたのだけど」
「急ぎで依頼された薬を調合しないといけないから、夕飯までには終わると思うわ。その後でよければ。満月ではないけれど、月見酒でもどうかしら?」
「満月でなくても、それもまた乙なものよ?」
「ふふ、それじゃあ夜に」
大人の約束を交わして永琳は、研究室へと向かった。
永琳が居なくなり、周りには兎一匹いない。
「お姫様はこんな部屋でいつも過ごしているのね?風情があると言うよりは、単純に淋しいところね」
部屋を見渡し、白玉楼と比べる。
部屋の広さは幽々子の部屋と大差ないだろう。ただ、部屋は空っぽで、座布団が一枚あるだけである。
する事も無いのでとりあえず、座布団の上に大人しく座る事にした。
「退屈ね~」
独り言だけが室内に響く。
「誰も来ないわ~、仕方ないわね~」
そう言うと立ち上がり、幽々子は部屋を後にした。
★★★★★★★★
白玉楼の玄関先では、ちょうどお客様を迎えていた。
「と言う訳で、私たちが監査として派遣された、四季映姫ヤマナザドゥです」
「同じく、アリス・マーガトロイドよ。一週間、よろしく」
二人は、妖夢が輝夜を屋敷の中の案内が終わるのを、見計らったように訪れた。
「閻魔様がこんなイベントに参加されるなんて、一体何が起こっているのかしら」
「大したことではありません。今日から十日ほどお休みなので、幻想郷の住人とコミュニケーションをと思いまして」
「要するに暇だったと」
「断じてそのような事はありません!アリス・マーガトロイド、貴方は少し言葉を考えて発言しなさい。それが貴方に今できる善行です」
映姫が力一杯否定し、説教モードに入る。
その事を察知したのか、アリスが救いを求めて輝夜を見る。
「まあまあ、閻魔様。今日は監査として来られたのでしょう?」
「そうですが」
「ならお説教なんて野暮な事はしないで、楽しく過ごしましょう?」
「そうですよ、映姫様。立ち話も何だと思うので、どうぞ上がってください」
妖夢が率先して居間に二人を誘導する。
「粗茶ですが、どうぞ」
「ありがとうございます」
「ありがとう、妖夢」
居間でとりあえずと言う話になり、皆でお茶を飲む事になった。
「あら?粗茶だなんて、随分謙遜するのね?」
「本当に、これは見事なお茶です。このような素晴らしいお茶を粗茶などと言うのは、お茶に対する冒涜です」
「まあまあ、閻魔様。妖夢は気を使わせない為に言ったのでしょうから。そうよね、妖夢?」
「いえ、これは本当に今白玉楼にあるお茶の中では、一番質の悪いものなんです」
妖夢が恐縮しながら話す姿を三人とも目を丸くする。
「「「妖夢、絶対に霊夢にその事は言わないようにしなさい」」」
「はい?」
三人に言われ、間抜けな声を返す。
霊夢の飲むお茶は平均的なものである。
別に特別貧乏ではないが、決して金持ちでもない。その為、奮発しても精々中の上程度が精一杯である。
それに対し今妖夢が出してきたお茶は、明らかに霊夢の精一杯のお茶のランクを超えていた。
「それはそれとして、監査って何をすればいいのかしら?」
アリスが映姫に質問する。
「監査と言うのは文字通り、監督して検査する事です。ただ今回の場合は、監査と言うよりは、審判と言うのが正しいでしょう」
「なるほど、確かに」
映姫が監査として渡されていた紙を、アリスに見せる。
「だけどこれなら、別に貴方たちは必要なかったんじゃないかしら?」
「近いから、お姫様」
輝夜が後ろから肩に顔を乗せ、書類を覗き込んでいるので息が首のあたりに当たり、アリスはちょっといけない気分になる。
「あら?随分と初ね」
「お姫様と違って、男を弄んだ事ないから」
「私も男はないわね。かわいい女の子ならあるけど」
「ふーん、はいっ!?」
「あっ、貴方達も今日から一週間寝食を共にするんでしょう?だったら、案内するわ」
「ちょっと待ちなさいよ!」
「はいはい、行くわよ。閻魔様も」
爆弾発言にアリスは驚き真相を問いただそうとするが、輝夜は映姫を連れて先に行ってしまう。
アリスは輝夜に対して、気を抜かない事を心に誓った。
★★★★★★★★★★★
紅魔館では咲夜が時間を止め、部屋にあったレミリアの物を移動させていた。
「こちらがレミリアお嬢様・・・いえ本日から紫様のお部屋になります」
「まったく、手間を掛けさせないで」
優雅に微笑む紫と対照的に、無表情で対応する咲夜。
「貴方達は、私の言った事に従っていればいいのだから」
「・・・・・・」
「返事は?」
「かしこまりました」
紫は少し考え込む素振り見せながら、咲夜を見る。
「壁を白くする件だけど、出来る限り早めにお願いね。そうね、期限は明日の夕方までにしてあげるわ」
「ありがとうございます」
咲夜の怒りのボルテージは最高潮に達していたが、レミリアの事を思い耐えぬいた。
★★★★★★★
その頃迷い家では、藍とレミリアの生活習慣の違いでまだ揉めていた。
「この家には緑茶しかないわけ?」
「ありません」
「そして湯呑しかないの?」
「ありません」
揉めていたと言っても、今回のは完全に藍のミスである。
誰が迷い家の主として過ごすか分からなかったので、レミリアに必要な物が何も準備が出来なかったのだ。
「人間も使えないと思っていたけど、獣もやっぱり役立たずなのね」
「申し訳ありません」
今回ばかりは藍も自分の非を認め謝るが、どうしても心から謝る事が出来ない。
「今日のところは緑茶で我慢してください。緑茶が嫌だと言うなら、麦茶もありますが」
「もういいわ。兎に角、出来る限り早く準備してちょうだい。まったく咲夜なら一瞬で用意するのに」
反則気味の時を操る程度の能力を持つメイド長と違い、式を使う程度の能力しか持たない藍には出来ない芸当である。分かってはいても、自分の能力にそれなりの自信を持っている藍は、地味にプライドが傷ついていた。
★★★★★
ドタドタ
永遠亭の廊下を駆け抜ける兎が一羽。兎は一つの部屋の前で、急停止する。
「すみません!長い間一人にしてしまって・・・・・・あれ?」
鈴仙が急いで部屋に駆け込むと、そこには座布団があるだけで誰もいなかった。
「おかしいわね、確かに輝夜様のお部屋にいるって言ってたんだけど」
念の為に座布団に手を当てる。
「って言うか、幽霊って体温あったっけ?」
幽霊に体温があるかは別として、座布団は冷たい。
「座布団がある以上、この部屋だと言う事は間違いないわ」
輝夜の部屋は本人が居なければ、座布団すら置いていない。それが普通だ。座布団が置いてある以上は、この部屋に幽々子が案内されたのは間違いない。
「厠かな?」
そう思い十分ほど待ったが、帰ってくる気配はない。
「もしかして、迷子とか?」
あり得ない話ではない。この屋敷は侵入者対策も兼ねて複雑に入り込んでいる。場所によっては特別な術を施しており、手順を踏まなければ永遠に迷い込む無限回廊に陥ってしまう。
「探しに行かなきゃ」
鈴仙は部屋を出て、てゐを捕まえようと思い手近にいた兎を捕まえた。
「てゐが何処にいるか知らない?でなければ、幽々子さん見なかった?」
「長老なら、さっき出かけましたよ。夜には帰ってくるって言ってましたが」
永遠亭で最古の兎の為に、比較的若い兎はてゐを長老と呼ぶ。
「そう、ありがとう」
「幽々子様は見かけていませんけど、まさか見失ったんですか?」
「部屋に居ないのよ。手の空いている兎に、幽々子さんを探す様に言っておいて。無限回廊に迷い込まれたら、また術を掛け直さなきゃいけなくなるから」
術は一度発動すると永遠に解けることはない。その代り、一度でも解除してしまうともう一度術を施さなくてはいけない。その作業を永琳がするなら文字通り数分とかからないものだが、鈴仙では下手をすると丸一日掛けて施さなくてはいけなくなる。その時の鈴仙の疲労は、想像を絶するものになる。
「それから、侵入者を発見しましたがどうしますか?」
「侵入者?妹紅でしょ。まったく輝夜様のいない時に。私が戦闘指揮をとるわ!各自戦闘配備に!!」
鈴仙が勢いよく宣言するが、兎からの返事はない。
「今回は蓬莱人ではありません」
「妹紅じゃないの?なら一体誰がこんな所に」
仮にも自分の住居をこんな処呼ばわりする辺り、鈴仙の永遠亭への愛情が測り知れる。
「はい、それが放っておいても害はないと思うのですが・・・一応報告だけと思いまして」
「?」
放っておいて大丈夫な侵入者とは一体なんだろうか?
「侵入者は死神です」
「は?」
死神と聞いて真っ先に思いついたのは、髑髏で鎌を持った黒衣だった。そして次に鈴仙が思いついたのは、花の異変に知り合った死神。
「死神が一体何をしに来ている訳?」
「さあ、それは私には分りかねます」
おおよそ彼岸で過ごす死神には、薬が必要な人物など居ない筈。では、本人が病気にでもなったのだろうか?
「でも、あの死神ならそれを理由に休めるから、態々来ないか」
と、とても失礼な感想が、鈴仙が彼女に持っている印象だった。
「とりあえず、特に何かをする訳じゃないんでしょう?だったら永遠亭に来た理由を聞いて、必要なら客間に通して」
「必要でなければ?」
「追い返してほしい所だけど、警告だけして。それでもまだ居るようなら私が行くから。それより私は幽々子さんを探さないといけないから、死神の事はそれで対処して」
「わかりました」
相手が仮にも閻魔に仕える死神なら問題はないだろうと、鈴仙は幽々子探しに向かった。
★★★★★★★★★★
「とりあえず、私が案内できる所は全てね」
妖夢に案内してもらった場所を、確認を兼ねてアリス達を案内した輝夜。
「これから、何かする?それとも部屋で休むかしら?」
「そうね、一度部屋で荷物整理をさせてもらうわ」
「私も一度部屋で荷物などの整理をさせて頂きます」
輝夜にそれだけ言って、二人は割り当てられた部屋へと向かう。
「それじゃあ、私は居間でお茶でも頂こうかしら」
おそらく台所にいるであろう妖夢に、お茶を要求すべく居間へと向かった
★★★★★★★★
時間は鈴仙が幽々子を探す前に遡る。
小町は映姫の命により永遠亭を訪れていた。
「はあ、また映姫様に説教喰らいそうだね~。時間を守るのは、当然とか言って」
溜息を吐く小町は、本来ならとっくの昔に永遠亭に辿り着いてなくてはいけなかった。
では、何故辿り着けていないのか?
迷いの竹林は文字通り迷いやすい場所だ。なので最初は博霊神社で、開会式に参加する永遠亭のメンバーと合流する予定になっていた。
「それにしても、本当に広いね~。周りを見ても竹しかないよ」
暢気に自分の周囲を見渡す。
この時小町は既に遅れているのだから、一日や二日くらい変わらないとすら思っている。そんな考えにより遅刻による説教は、本来一時間ほどで済むはずだったのが丸一日受ける羽目になったのは別の話である。
「それにしても・・・さっきからこっちを眺めるなら、案内ぐらいしてくれも良さそうなもんだけどね~」
小町が再び周囲を見渡し、腰に手を当てる。
先ほどから小町の周囲には、無数の兎がいる。見世物の様に自分を見られている小町はどうしたものかと考えたが、近づこうとすると一定の距離を置いて逃げるのだ。
話しかけても、うんともすんとも言わずにただじっと小町を見続ける兎。
「困ったね~。まあ、何とかなるか」
考えるのを止め、再び歩き出す小町。
「時間厳守って言ったはずだけど?」
歩き出した小町の耳に、冷やかな声が聞こえる。
「それはすまないって思っているんだけど、朝の空気には勝てるもんじゃない。あたいは生まれてこの方時間どおり目覚めた事は、五回もない!!」
「それ威張って言う事?別にいいけどさ」
閻魔の苦労を思い、同情の念が胸を満たした。
「にしても、どうせならもっと早く迎えに来てほしかったもんだね。てゐ」
「呼び捨てを許可した覚えないんだけど」
冷めた視線を小町に向けるてゐは、何時もの可愛らしさなど微塵も感じられない。
「今回の事は彼岸も関わっているんだから、閻魔に報告させてもらうから」
「それは手厳しいね~、できれば報告はさけてもらいたい」
「なら、これからの仕事をきっちりとこなして。それから、もう一人監査員が来るらしいからその相手とも仲良くしてよ」
「誰か知らないのかい?」
「知らない。不正を無くす為に監査員を二名つけるんだから」
「なるほど、あんたも参加者の一人だからね。事前に知っていたら買収される可能性もあるか」
「そういうこと」
「オーケイ。まっ、仮にも閻魔の部下のあたいが、不正を働くことはないよ」
「そんなことしたら文字通り、生き地獄を味わう事になり兼ねないものね?」
「いや~、ま、それも人生ってやつさね」
「永遠亭はあっちだから」
てゐが小町の後方を指差す。
「あたしはもしかしてくても、全然逆方向に行こうとしてたか」
てゐが自分の背後から現れた時点で、何となくそうではないかと言う気はしていた。
「わかったら、急いで。わたしはこれから博霊神社に行くから」
「最終打ち合わせかい?」
「そんなところ」
てゐはそれだけ言って、その場を後にした。
「それじゃあ、あたいも方向も分かったし行くとしますかね」
てゐの指差した方に向い、今度こそ歩きだした。
★★★★★
迷い家では、プライドを傷つけられた藍が何やら日曜大工に燃えていた。
「橙、そこのやすりを取ってくれないか」
「はい、藍様」
レミリアに使えないと言われた事に、いい意味でリベンジしようと日用家具を作っていた。
外国にタンスなどあるが、レミリアはお嬢様だ。広い屋敷に住んでいるので服を畳んでタンスにしまうなどと言う事はしない。服に折り目が付くなど絶対に認めない。そう考えた藍は、クローゼットを作っていた。しかもただのクローゼットではない。
「藍様、椅子はどうするんですか?」
「ああ、後はヤスリを掛けてコーティングするだけだ。今日中に仕上げたいから、橙は出来ているのからヤスリを掛けてくれ」
「はい」
陽が出て外にいる事が出来ないレミリアは、声だけを聞いてお茶を啜っていた。
★★★
ドカっ!!
「落ち着いてください、咲夜さん」
紅魔館の給湯室で休憩していた美鈴は、入ってくるなり壁を殴りつける咲夜を宥める。
「私は落ち着いているわ。ただちょっと、何かに当たらないとやっていられなくなっただけよ!」
「はぁ?」
咲夜と違い館の外で勤務する美鈴は、玄関での一件を知らない。
「あの隙間妖怪!よりにもよって、お嬢様の部屋を使っているのよ!これが許される事だと思うの!?」
「あ~。それはお嬢様が帰ってきた時、一騒動起こりそうですね」
暢気に物事を捉える美鈴は、この事がどれだけ咲夜の精神負担になっているかが分からない。
悪魔の犬とまで呼ばれ、人間はやっぱり使えないと言われようとも、レミリアに忠誠を誓い仕えてきた咲夜。その忠誠心は計り知れないものがある。
「それだけじゃなく、紅魔館が紅魔館と呼ばれる所以の紅を白にしろとまで言うのよ!」
「そしたら名前を考えないといけないですね。紅いから紅魔館なら、白くなるなら白魔館ですかね?」
「その場合、貴方には一晩で髪が真っ白になるほどの恐怖を体験してもらうけど、いいかしら?」
ナイフを美鈴の首に当たる。
力を込めて引けば、いつでも動脈が切れるベストポイントだ。
「すみません」
「まったく」
「だけど、壁を白くするのもいいかも知れませんよ?」
「なんでよ?」
「えと、気分転換になるじゃないですか」
「美鈴、貴方の今日の夕飯はスープだけね」
「そんな!」
気を操る程度の能力を持っていても、相手の気持ちを分からない美鈴は夕飯を極端に減らされることになった。
★★★★★
咲夜が紫への怒りを美鈴にぶつけていた頃、迷いの竹林ではちょっとした騒動が起きていた。
「おかしい」
小町は頭をフル活動させていた。
「なんであたいが囲まれてるか」
囲まれただけなら小町も、特別頭を使わなかっただろう。
「武器を捨て、両手を頭の上で組んで地面にうつ伏せになれ!」
と言う様に、完全に敵扱いされていた。
「どうもあたいには話が見えないんだけど・・・誰か説明してくれないかい?」
「質問はこちらがする!早く武器を捨て、うつ伏せになれ!!」
銃を突きつけ怒鳴ってくる兎に危機感を覚え、とりあえず身の安全の為に大人しく従う。
その気になれば、兎達を蹴散らすなど朝飯前である。だが今回は映姫の使いで来ているので、迂闊な行動を取る事は出来ない。
「よし!名前と所属を言え!」
うつ伏せになり頭の上に手を置いた小町に、銃を突きつけ兎が質問する。
「小野塚小町、所属は四季映姫ヤマナザドゥ配下の死神になるのか?」
何故か疑問形になる小町。
「その死神が、迷いの竹林の永遠亭に何の用だ!?」
「あたいは四季映姫様の命で、永遠亭で監査を務める様に言われたんだけどね」
「証拠は?」
「てゐから話、聞いてないのかい?」
「なるほど」
「?」
兎が納得してくれたと思い、頭から手を退かそうとすると
グシャ
頭を思い切り踏みつけられる。
「嘘をつくな!監査役の者なら既に二名揃っている!今さら監査役が来るなどありえない!」
兎は小町に全体重を乗せ、更に踏みつけた。
「貴様の本当の目的を言え!でなければ、貴様の身の安全はないぞ!!」
「あたいは・・・本当に監査役として」
頭を思い切り踏みつけられ、地面に顔が埋まりそうになりながらも必死に事実を話す。
「まだ言うか!!」
兎が小町の頭から足を退け、今まさに蹴ろうと言う瞬間
「何をしているんだ?」
「ぐぁっ」
小町は蹴られ、痛みに思わず声が出る。
「慧音様!?」
兎が知識の半獣上白沢慧音の姿を認めると、向きなおり敬礼する。
「いえ、こいつが監査役だとか言って、永遠亭への侵入を計ろうとしていたものですので」
「いや、本当にあたいは監査役で来たんだけどね」
「まだ言うか!!」
兎今一度蹴ろうとすると、小町の姿が目の前から消える。
「大丈夫ですか?小町さん」
「ああ、大丈夫だよ。ありがとな、文」
「いえいえ、こちらの不手際の様ですから」
小町をお姫様抱っこして、宙に浮く文。
「射命丸様どういう事ですか?」
先程まで小町を蹴っていた兎が、他の兎達を代表して聞く。
「勘違いさせてしまってすみません。私は監査役でもありますけど、全体の監査役を務めるので永遠亭専属ではないんですよ。つまり私を含め全屋敷に十二名の監査役がつく事になります」
「そうだったのか?初耳だぞ」
「それをこれから説明しようと思って来たんですけど、少し遅かったみたいです」
「あたいの誤解が解けたんなら、それで良しとするよ。それより、早く降ろして欲しいんだけどね」
「ああ、すみません。どうぞ」
小町を降ろし、文は改めて謝罪する。
「本当にすみません。こちらの不手際で」
「いや、元はと言えばあたいが寝坊して、時間どおりに博霊神社に行かなかったのが原因だし」
「それでも、やっぱり待っておくべきでした」
「まあ、それならお互い様って事で」
二人が謝罪する中、慧音は兎達に注意していた。
「相手は妹紅じゃないんだぞ!下手したら、怪我ですまないんだ!!」
「もうしわけありません」
「全く、今回は幸い酷い怪我も無い様だったからいいが」
「それくらいにしといたらどうだい?あたいは別に気にしてないから」
「しかし」
「そいつらだって随分反省しているし、それに」
小町が一呼吸置いて
「それがこいつらの仕事だったんだろう?」
笑顔で言う。
「小町さん!!」
この瞬間、小町はこの場にいた十数匹の兎達の信頼を得た。
★★★★★
白玉楼ではおやつの時間を迎え、妖夢以外は居間に集まっていた。
「わあ~、凄く沢山おやつがあるのね~」
アリスが居間に戻ってきて発した第一声は、彼女にしては間延びした喋り方だった。
「アリス、遅いわよ」
すでにおやつの準備が整い、輝夜も映姫も席についている。
「時間を守るのも善行の一つです」
「遅れたのは完全に私の落ち度ね、ごめんなさい」
アリスは謝った後、もう一度テーブルにのったおやつを見る。
「っで、誰がこんなに食べるの?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
アリスの問いに、輝夜と映姫は無言で返す。
「軽く見積もっても、十人分は余裕で超えるわね」
「そうね」
「そうですね」
「私達は妖夢を入れても、四人しか居ないのよね?」
「生きているのは、四人ね」
「他に住人がいるなど、私は聞いていませんが」
「なら、誰がこれを処分するのかしら?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
再びアリスに問われ、再び輝夜と映姫は無言で返す。
「仕方ないわ、食べましょう。幸い、すぐに腐る時期でもないし。二三日は持つでしょう」
輝夜が溜息を吐き、食べると言う現実的な解決策を提案する。
「そうですね、過ぎた事を言っても始まりません。兎に角食べましょう」
「絶対ここから帰るとき、増えているんでしょうねー」
「口を動かすのは正しいけど、喋るんじゃなくて食べて」
映姫もアリスも諦めて、その現実的な解決策に取り組む。
「食べても食べてもなくならない」
「まるで魔法の麺と呼ばれる、牧○うどんみたい」
「本当に。女性が三人も居れば直に片付くかと思いましたが、これは二三日では難しいですよ」
「三食これを食べて過ごすのも無理があるし、どうする?」
「そういえば、閻魔様には部下がいると因幡から聞いているけど」
「確かに小町なら、これくらい軽いですよ、とか言って食べてくれるでしょうが」
「だったら、呼べばいいじゃない。助かったわ~」
「残念ながら小町は呼ぶことができません」
「どうして?」
「小町は監査として、永遠亭に行っています。ですので、呼びだす事はできません」
「彼岸の代表が二人も監査とは、余程人で不足だったのね」
「恐らく。今回は紅魔館・永遠亭・迷い家・白玉楼の四大勢力が参加してしまった為、人員が足りなくなったんだそうです」
「それで閻魔様にまで、監査の依頼が。ぴったりだけど」
「アリス、地獄の沙汰も金次第って言うでしょう?」
「いきなり何?」
「ふふふ、分からないならいいわ。ね、閻魔様」
「そうですね」
輝夜の同意に、映姫は一瞬眉を動かす。
「聞いた話だと、白玉楼から迷い家までなら一番近いんじゃないかしら?」
「それは私も聞いた事があるわ」
「確かに、現世に行くより遥かに近いでしょう。距離だけを言うならですが」
「確かに霊夢がいるなら辿り着くのは容易いでしょうけど、私たちでは迷った挙句たどり着けない可能性があるわよ」
「そうなの?私でも辿り着けない?」
「貴方に、そこまで運があるとは思えないんだけど。そう言えば、貴方といい永遠亭の住人はあの迷いの竹林でも迷わないわね?やっぱり縄張りだから?」
「さあ、どうしてかしら?でも運でない事だけは確かね。初めてだったとしても、迷わないし」
「秘密主義ね、いいんだけど」
「ともかく、これだけの量を食べきる事は出来ないわ。それならご近所さんや知り合いに御すそ分けに行くのが、一番いい解決策だと思うけど」
「そうですね」
「そうね」
三人で食べきるのは断念し、御裾わけの案を採用する事にした。
★★★★★
永遠亭の廊下で幽々子は
「本当に広いわね~。一体何時になったら庭に面した廊下につくのかしら?」
鈴仙の心配どおり、迷っていた。
「部屋の扉は開かないし、困ったわね~」
更に鈴仙の危惧したとおり幽々子は術を発動させ、無限回廊に閉じ込められている。
幽々子は迷っている事に気がついて、直に飛んで玄関の辺りまで行こうと思った。だが無限回廊は庭でなく、部屋に面した場所に施されいる為それも叶わなかった。
頼みの綱の兎も一匹も通らない。
その理由は実は、幽々子の能力に関係していた。
死を操る程度の能力。
生き物にとって最大の本能は恐怖である。そして死こそが最大の恐怖である。その為兎達は本能が死の危険を感じ、幽々子に近づくのを拒んでいたのだ。もちろん、無意識にだ。野生に近い獣であるがゆえに、起こった悲劇である。
「どうしようかしら。こういう時、紫の能力が羨ましいわ~」
思わず親友の事を思い出してしまう。
とりあえず、手当たり次第に襖を開けようと試みる。永夜異変の時は一部の封印が間に合わなかった為、解決へと事態は運ばれた。今回もそれを期待して試していたのだ。
「あら、やっぱり」
運がいいのか、今回も襖の一部が開く。
「・・・これは」
襖を開けて、幽々子は思考が停止する。
「あああああーーーーーー」
急な声にビックリして、幽々子の思考は停止から混乱に変わる。
「鈴仙?」
「み、みっ、みましたか!!?」
襖を急いで閉め、幽々子の前に立つ。
「何を?」
「中です!」
「なか?」
「いえ、見ていないならいいんです」
「ええ、開けてすぐ貴方が来たから」
「そうですか」
鈴仙には幽々子が嘘を言っているようにも、演技をしているようにも感じられなかった。
それもその筈。幽々子は嘘をつくのも演技をするのも出来ないほど混乱しており、自分が今何を言っているかしら分かっていなかった。そして、幽々子は今見た光景を、本能が危険を察知して完全に記憶から消していた。
「と、とりあず、屋敷の案内を兼ねて色々説明させて頂きますので」
「ええ、そうして頂戴」
強引とも言える鈴仙の案内の申し出に、幽々子は気分を害するでもなく受ける。
「それではこちらに」
とりあえず、永遠亭の秘密とも言える部屋を何とか誤魔化せた事に鈴仙は安堵していた。
★★★★★★
「あら、結構美味しいのね」
紅魔館もおやつの時間を迎え、客人を迎えていた。
「たしかに、これはなかなか」
「お口に合って良かったわ」
最近神社ごと幻想郷入りした神様、洩矢諏訪子と八坂神奈子が紅魔館の監査として来ていた。
「それにしても、貴方たちは信仰を集めるので忙しいと思っていたけど」
「まあ、それなりに忙しい日々を送らせてもらっているよ」
「これも信仰集めの一環だしね」
紫の言葉に神奈子と諏訪子は近況を話す。
「信仰とは信じてもらう事から始まるからね」
「今回の監査の話も、私達への信頼の証だと思うし」
「信仰を集めるのも大変ですものね」
「それに」
諏訪子が紫を見て
「一週間豪勢な食事が食べられると聞いて、断る理由もないでしょう」
依頼を受けた一番の理由を口にする。
「それはそうね。特に労せず好条件な依頼なら、神様じゃなくても受けるわね」
紫が同意するが神奈子は苦笑する。
「確かにそれもあるけど、今後の為にも今回はいい事だと判断したのよ」
「なるほど」
神奈子の言葉の真意を理解した紫は、紅茶を啜る。
メイドでしかない咲夜はただ黙って、三時のティータイムをこなしていた。
★★★★★★★★
幽々子を発見し、永遠亭内を案内する鈴仙。
「この廊下を今教えた順番で歩けば、無限回廊は発動しません。それ以外で行こうとすると術が発動するので気をつけて下さい」
鈴仙が必要最低限屋敷の中を案内し終わる頃、ちょうどおやつの時間となる。
「それでは一度部屋に戻りましょうか?ちょうどおやつの時間ですので」
「あら~嬉しいわ。ここのおやつは一体どんなのがでるのかしら?」
「永遠亭は希望されない限りは、手作りだと決まっているんです」
部屋に戻ると既に机の上には、お手拭きと本日のおやつが置かれていた。
「あら~、これはドーナッツって言う洋菓子よね?嬉しいわ。妖夢もおやつに準備してくれるんだけど、市販のものなのよね~。それはそれで美味しいのだけど、やっぱり手作りというのが重要よね」
「喜んでもらえて良かったです。兎達でも食べられるように蜂蜜で甘みを確保していますから、おやつのおかわりもありますよ」
「ありがとう」
鈴仙はこの時自分の失言に気づいていれば、この後起る惨劇を回避できたであろう。
「美味しいわ~、おかわりお願い」
「はい、取ってきますのでお待ちください」
鈴仙が喜々と台所にドーナッツを取りに行く。
台所には鈴仙の背丈よりも高く積まれたドーナッツのピラミッドがあった。そのピラミッドから二つ皿に乗せる。本当は鈴仙の分なのだが、幽々子がドーナッツを見て余りにもはしゃぐものだから、ツイツイおかわりがあるなどと言ってしまったのだ。
鈴仙が部屋に戻ろうとすると
「あら~、こんなに準備しててくれたの~?妖夢もこんなに用意はしてくれないのに~。ありがとう、鈴仙」
背後に幽々子が来ていた。
「いえ、これは他のう「こんなにあるんじゃ、部屋まで往復するの大変でしょう~。ちょっと行儀が悪くなっちゃうけど、台所で食べるわ」
そう言って、手近に置いてあった椅子に座りドーナッツを次々に口に運んで行く。
その見事な食べっぷりに、鈴仙は口を開けて見ている事しかできなかった。
★★★★
迷い家もちょうど監査と言う名の客人を迎え、おやつを食べていた。
「着いたらハッピ着てネジリ鉢巻して、鉄鎚振りまわしているもんだから、てっきり別の場所に迷い込んだと思ったよ」
「私もちょっとビックリしました。何だか日曜大工を超えた、熱気を感じましたから」
迷い家の監査には、幻想郷唯一の鬼である伊吹萃香と、妖怪の山に最近神様諸共幻想郷入りした八坂神社の巫女であり、現人神であり風祝である東風谷早苗が抜擢されていた。
なぜこの二人が派遣されたのかと言うと
「それにしてもいくら萃香の能力があったとは言え、良く辿り着けたな」
「結構苦労したよ。って言うか、立て看板でも置いといて欲しいね」
「地図を頂いていましたけど、その時点ででたらめでしたからね」
「私だけなら霧になってまた形をとればいいけど、連れがいたし」
「すみません」
「いやいや、責めている訳じゃないから」
「なら一体どうやって来たんだ?」
「何か聞いた話によると、妖怪の山の巫女は奇跡を起こす程度の能力を持っているって聞いたからさ。博霊の巫女も普段からカンって言う奇跡に近い本能に頼っているから、妖怪の山の巫女もいけるんじゃないかと思ってね」
二人の能力に関係していた。
紅魔館は言わずとも知れた湖のそばにある為、道順さえ知っていれば確実に辿り着く事が出来る。また白玉楼、永遠亭も空だったり迷いの竹林と言う特殊条件の為、普通の人間には辿り着く事は不可能に近い。だが、誰かの手を借りたり、特殊な能力を持っていれば辿り着く可能性は上がる。
それに対し迷い家は、空の上の冥界の何処かの空間が歪んだ場所に存在する為、前記に述べたどの屋敷よりも辿り着くのは困難を極めるのだ。
早苗は能力の可能性的に一番高く、萃香は能力で確実に辿り着けると踏んでの主催者達の考え。
だけど、そんな事を知らされていなかった萃香と早苗は、一度死ぬ思いをして迷い家に辿り着いたのだった。
「はは、博霊の巫女って本当に無茶苦茶ですね」
萃香に霊夢と同列に扱われ、ちょっと悲しく自分の日頃を振り返る早苗。
(私絶対博霊の巫女より、巫女として奉仕しているのに)
どう考えても、霊夢より仕事をしているのに同評価に納得いかなかった。
早苗は今度会ったら今一度、巫女の仕事について教示しようと心に誓った。
「それはいいとして、パクリ巫女」
「パクリ巫女って・・・私の事ですか?」
「巫女があんた意外に他にいるの?」
早苗達が来てからずっと黙っていたレミリアが、漸く口を開く。
早苗は早苗で、レミリアに何だか深く気づ付く呼び名で呼ばれ、ショックを受ける。
「レミリア様、別に妖怪の山の巫女は霊夢をパクッた訳じゃ」
早苗のショックを何気に感じたのか、橙がフォローを入れる。
「誰がどう見てもパクリ以外のなんでもないじゃない。腋出して、巫女スタイルで」
巫女なのだから巫女服を着るのは当然なのだが、レミリアは幻想郷に来るまで外国で過ごしていた。なので、それが巫女としての標準服であることを知らないのである。だからと言って、霊夢の着る巫女服が標準であるかは謎である。
「オマケにツートンカラー。紅白に対抗して青白?シードのパクリ?これだから流行りに流されやすい外の若いのは」
何やら説教と言うか、愚痴に入りそうになるレミリア。
「まあまあ、パクリだっていいじゃんか。それより、一杯どう?レミリア嬢」
「いらないわ、貴族たるもの昼間からお酒なんて」
萃香がレミリアの相手をする事で迷い家は、何とか無事に過ごせるかも知れない。そう橙は考え始める。
「意外にお固いね。吸血鬼のお嬢様はもっと、気前よく付き合ってくれると思っていたけど」
「相応の理由があれば、飲むのもやぶさかじゃないわ」
「理由?」
「お祝い事とか、特別な理由ね」
「ふーん、でも昼間から飲んでいる事もあるんじゃない?」
「もちろん、食事と一緒に楽しむ事もあるわ。だけど、それ以外で飲む事はあまりないわ」
「意外だね。噂と違う」
「その噂とやらは気になるけど・・・貴族って言うのはね、民の見本になるべき者なのよ」
「悪魔に言われてもね」
「悪魔でも、スカーレット家は紳士で有名な名門貴族。スカーレットの名に恥じないようにするのは当然よ!」
「なるほど、吸血鬼でも守る規律があるって訳か。わたしも長いこと生きてきたけど、やっぱり日本の中だけじゃ全然だめだね」
「貴方も私を見習って、優雅な振舞いを身につけなさい」
「考えとくよ(いろいろと)」
萃香とレミリアが何気に仲よく話す姿を早苗と橙は微笑ましく見ていた。しかしこの場にいたもう一匹の式八雲藍は、今までの経験上で一波乱起こる事を危惧していた。
★★★★★★★★★★
博麗神社の一角では、何やら算盤の弾ける音が響いていた。
「っで、あんた達は何やってる訳?」
霊夢は機嫌が悪そうに睨みつける。だが、そんな事ではびくりともしない強心臓の持ち主たち。
「見ての通り、最終的な話し合いだぜ」
「決して無意味に集まっている訳ではありません」
「それに、これは今後の神社の運営費にも関わってくることだし」
魔理沙が現状報告し、文が重要性を訴え、てゐが止めの一撃を放つ。
「仕方ないわね。ところで、使用料についてだけど」
「こんなのでいかがでしょう?」
文が纏めていた書類の一枚を霊夢に見せる。
「随分羽振りがいいじゃない。そんなに今回儲かった訳?」
「結構な、皆賭けに乗ったぜ。まーだからこそ今回の勝負は、監査の点数が物を言う大会になるんだがな」
「あー、なるほど。賭博券購入者は投票資格を失うってやつね」
「そうしないと皆無意識にでも自分の買った奴に投票するだろう。それじゃあ、面白くもないし、賭けにもならないからな」
「そう。っで、最終オッズはいくらだったわけ?」
「最終的には幽々子さん・レミリアさん・紫さん・輝夜さんの順になりました。オッズは1.7倍・1.9倍・2倍・4.5倍になりましたね」
「どっちにしても宇宙人は最下位なのね」
「仕方がありません。輝夜さんの場合は、情報が少なすぎますから。下手な相手には賭けられないって考えの方もいたみたいです。私だったら結構ダークホースになりそうな輝夜さんに賭けますけどね」
「狙ってみて損はないだろうね」
今まで黙っていたてゐが口を挟む。
「何て言ったって、姫さまだからね。それからそれは賭博だけの稼ぎじゃないから」
「ならこの数字は何?」
「ただの皮算用。でも収益はそれなりに見込めると思う」
「ふーん」
「だから、安心して」
「それで、何処から収益が出るの」
「閻魔」
「閻魔だぜ」
「閻魔様です」
「閻魔に説教食らうわよ」
三人の言葉に呆れかえる霊夢。
「既にありがたい説教は頂きました」
「快く引き受けてくれたから」
「一体何を頼んだわけ?」
「いずれ分かりますよ」
「使用料さえちゃんと貰えれば、それでいいんだけどね」
文達の話に疑問が残ったが、自分が関係ないならとそれ以上は聞かなかった。
★★★
夕暮れになり外が赤く染まる頃、紅魔館はより一層紅さを増していく。
「ううううっ、咲夜さ~ん」
門前で美鈴が涙を流し上司の名を口にする。
「仕方ないですよ、門番長。門番長って本当にKYですから」
「何?けーわいって」
同じ門番職に就く部下の妖精に、意味不明の言葉を言われ思わず聞き返す。
「たしかに門番長って、KYだもんねー」
「うんうん、KYだよねー」
「って言うか、CKYだよね~」
「いやだから、けーわいって何?しかも、しーけーわいってのまで増えてるし」
「そのまんまですよ。門番長、流行語とかに疎すぎますよ」
門番隊員達に馬鹿にされながらも、必死に意味を考える。
「しーけーわい。しーけいわい・・・・しいけいわい」
しーけーわいを繰り返す美鈴の顔が、どんどん青ざめていく。
「しけいわい。死刑わーい。もしかして、私切腹!?」
とんでもない勘違いをする門番。その光景を紫は隙間を使い見ていた。
「やっぱりあの門番は面白いわね」
「あんたさー、その隙間使って覗くのやめたら?プライバシーの侵害だよ」
「あら?プライバシーも何も、門番は今勤務中よ?仕事をきちんとしているか確認するのも主の務めよ」
「うさんくさ」
レミリアのもとい、紫の部屋で諏訪子と二人で紅茶を飲みながら、隙間で館の様子を窺っていた。
「まあー別に、わたしに害がないからいいんだけどさ。でもあんたも主なら、もう少し主らしくした方がいいよ」
「あら?私は十分主として、勤めを果たしているわ」
「どこらへんが?」
「最初からよ」
さも当然のように言い放ち、紅茶を口に含む。
「ところで、KYとか外の言葉を広めたのは貴方達よね?」
「あー、多分。新聞とかに載っているのをね。天狗がどういう意味か、過去の新聞全部見て調べてたよ」
「新聞か。それは多少多めに見ないといけないわね」
「って言うか、苦情は全部神奈子に言って。わたしは幻想郷に来なくても別に良かったし」
紫から完全に顔をそらし、言い捨てる。
諏訪子は椅子を傾け二本の支えだけで、バランスを取る。
「幻想郷はお気に召さない?」
「いや、気に入っている。だけど、やっぱり嫌いな部分もあるよ」
「それは何かしら?」
「これはわたしの問題だから」
「幻想郷はこれからも、貴方達みたいに住人が増えていくわ。その時にできる限りの“事”は防ぎたいの。言いにくい事なら、無理に聞く事はできないけど」
「妖怪の賢者様でも神様には手をだせないってこと?」
「妖怪だって場合によっては神に喧嘩売るわよ?」
「知ってる。あれは馬鹿だと思ったし」
「はっきり言うのね」
「事実だから」
「私に出来る事なら、出来る限りするつもりよ?」
「誰かが誰かを傷つけない世界なんて、妖怪の貴方には一番出来ないと思うけど」
「なるほど、そうきたか」
「誰もが争わない世界なんて、それこそ幻想だからね」
「でも、弾幕ごっこはその争いを最も小規模にしたものだと思うけど」
「だけど、幻想郷の誰もが弾幕を使える訳じゃない。結局弱肉強食ってことでしょ?」
「手厳しい意見をありがとう。でも、だからこそ、中立と言われる博霊の巫女が幻想郷には存在するよ」
「まあ、その巫女以外にもいろいろ、天秤をうまいこと吊り合わしているのもいるみたいだしね」
「そうね、今は恵まれているわ」
「妖怪の里の白沢に、悪魔の犬みたいにね」
「そうね、彼女も大事な分銅ね」
「とにかく、流血沙汰はごめんだから」
「それは、なんとも言えないわね。だって、主を守るのも従者の仕事だもの」
「あきらかにここ居る誰よりも、あんたの方が強いんだけど」
「買いかぶりよ。ルール無用なら話は別だけど」
「そう。わたしは監査だから、一応あんたがちゃんと主をしたかで点数つけるから」
「そう、だけど・・・大切にしている者の血が流れるのを、黙って見ているのも主の務めだと言う事を覚えておいて」
「せめてこの馬鹿げた大会が終わるまでは、忘れないようにするよ」
諏訪子は話が終わりだとでも言うように、カップを置き手近にあった本を読み始める。
その態度に紫は怒るでも笑うでもなく、ただ黙って見ていた。
★★★★★★★★★★
永遠亭の広間には、夕飯を食べようと兎達が集まっていた。
「どうしたの?」
夕飯を食べようと永琳が大広間に顔を出すと、何やら兎達の纏う空気が重い。
「師匠」
力なく永琳を呼ぶ鈴仙は、あちらこちら擦り傷や引っ掻き傷ができている。
「久々ね、貴方がそんな怪我するなんて」
「はは・・・」
「で、今回は何があった訳?」
「実は「自業自得だと思うけど」
「てゐ?」
気がつけば、てゐが鈴仙の隣に座っていた。
「あら、何があったか知っているの?」
「鈴仙がみんなのおやつを、亡霊嬢に食べさせちゃったのよ」
「それでみんなから報復を受けたと?」
「そんなところです」
「道理で私の所に、おやつが届かなかった訳ね」
「わたしの分もなくなってたけど」
「ううう・・・すみません」
クシャクシャの耳を萎れさせ、謝る事しか鈴仙には出来なかった。
「今日の教訓を生かして、明日のおやつは二倍作りなさい」
永琳は幽々子が今日のおやつを全て食べる事は、実は予測済みだった。
「貴方にはいい経験でしょうね」
「師匠?」
「何でもないわ。それより、そのお嬢様は?」
「今呼びに行っています。もうすぐ来ると思いますけど」
「それならもう少し待ちましょうか」
「はい」
それから五分ほど待つと、おしゃべりをしながら待ち人の三人が入ってくる。
「いや~待たしたね。あたいの席はどこだい?」
小町が第一声から元気に広間に入ってくる。
その姿を見て永琳は首を傾げる。
「あら?貴方は確か」
「あんたが噂の永遠亭の薬師かい?」
「そうだけど」
「なら自己紹介といきますか。あたいは彼岸で、四季映姫ヤマナザドゥの死神をやっている小野塚小町。一週間慧音と監査を務めさせてもらう。よろしく頼むよ」
「そう、私は八意永琳。こちらこそよろしくお願いするわ」
友好の証として、小町と永琳は握手を交わす。
「あら~?私とは握手してくれなかったのに~」
その様子を見ていた幽々子が、恨めしそうに小町を見る。
「って言っても、お互い今さらでしょう?」
「そんな事ないわよ~。だって私は白玉楼じゃなく、永遠亭の主なんだから~」
「あー、はいはい。よろしく西行寺家のお嬢様」
小町が握手をしようと手を出すが、幽々子は手を後ろにしたまま。
「握手したかたんじゃないのかい?」
「もちろん握手はしたいわ。だけど言ったでしょう?私は永遠亭の主なの」
「・・・・・・そういう事か。それはあたいが悪かった。よろしく永遠亭のお嬢様」
「ええ、一週間よろしくね。彼岸のサボリ魔さん」
「痛いところをつくね」
「ここでもサボったら、閻魔様に報告しちゃうから」
「そいつは勘弁」
「そこまでだ」
幽々子と小町の握手を、温かい目で見ていた慧音が二人を止める。
「なんだい?慧音ももしかしてあたいと握手したかったかい?」
「いや、そういう訳じゃないんだ。ただ、お前たち、周りを見てみろ」
「「まわり」」
二人は声を重ね、動作も全く同じにあたりを見渡す。
「死屍累々って感じだね~」
「そうね~、みんなどうしたのかしら?」
「気にしないで、お腹がすいているだけだから」
永琳が苦笑をもらしながら、幽々子を見る。
「兎に角、盛大に夕飯といきましょうか。今日は貴方達の歓迎会も兼ねているからごちそうよ」
言葉通り広間の御膳の上には、食べきれないほどの料理が並べられている。
「ふふふふ、そうね。それじゃあ頂こうかしら」
「そうだな、永遠亭でこんなに豪華な物が食べられるとは」
「いいね~、あたいもこんなに豪華な物食べるのは、閻魔主催の新人死神歓迎セレモニー以来だよ~」
「死神の新人って・・・」
「鈴仙、早く乾杯の音頭とって」
「あ、うん」
「簡単でいいわよ」
みんなで思い思いの場所に腰を落ち着け、杯を手にする。
「え~、それでは今日から主のトレードを行い、幽々子さんを永遠亭の主として迎えられ」
「長い、鈴仙」
「うっ、ごめん。あーもう、とにかく一週間よろしくお願いします!!乾杯!!」
「「「「「かんぱーい」」」」」
こうして永遠亭では歓迎会が始まり、それは日付が変わっても行なわれた。
★★★★★★★★★★★★★
同じころ、白玉楼でも夕餉を迎えていた。
輝夜も映姫もアリスも、三人とも声が出なかった。
ただ茫然と目の前のそれを見ていた。
「どんどん、食べて下さいね。おかわりもまだありますから」
茫然とする三人を余所に、喜々として御櫃のご飯を茶碗についで配る妖夢。
「・・・おかわりも、あるって」
「おかわりもあるみたいね」
「おかわりですか」
おかわりの言葉を三者三様に繰り返す。その目は何だか全てを悟ったようにも見える。
「こんなに多くの人と宴会以外でご飯を一緒に食べるのって初めてで、頑張って作りました!!」
子供の様な眩しい笑顔で言われ、三人とも言葉を発せなくなる。
この笑顔を曇らせたら何だか全員、何とも言えない罪悪感に呑まれそうだった。
「ありがとう、妖夢。私も普段から同じ顔ぶれで食べているから、新鮮な気分で食べられるわ」
妖夢の頬にそっと手を添え、笑顔で感謝の言葉を述べる輝夜。
「あっ、いえ、そんな」
輝夜の顔が目前に迫り、顔を赤くする妖夢。
そんな光景をアリスと映姫は、思い思いに見つめていた。
(この瞬間をカメラに抑えて鴉天狗に売ったら、金になるだろうな~。永遠亭の主蓬莱山輝夜、白玉楼の庭師とのイケナイ関係!!とか言って。にしてもやっぱりあいつはそのケがあるみたいね。気を抜かないようにしないと)
何やら不穏な金儲けを考えるアリス。そしてもう一度輝夜に注意する事を心に決めた。
(あんなに顔を赤くしちゃって、可愛らしい。ついこの間まではいはいしていた気がするのに。あんなに成長したのですね)
映姫は妖夢の生まれた頃に思いを馳せ、成長を喜ぶ。感無量になっていた。
だけど心情がどんなものであろうと、この問題は片付かない。
三人はもう一度目の前の難題を見る。
ごくり
三人の喉が一斉に鳴る。三人とも覚悟を決め、難題へと取りかかった。
「「「いただきます」」」
輝夜達の前にはおやつ同様、山と盛られたおかずの品々が並べられていた。
★★★★★★★★★
紅魔館でも少し遅いディナーが始まっていた。
「不合格、作り直して」
相変わらず紫による嫌がらせの様な命令が、咲夜に言い渡されていた。
「お言葉ですが紫様、何故不合格なのでしょうか?」
もちろん咲夜とて、ただ黙って命令を受けてばかりはいない。いないのだが、
「物覚えの悪い、メイドね。私の言う事には黙って従っていなさい」
こう言われてしまえば、了承の言葉を口にする以外何もできない。
紅魔館のディナーが遅くなったのは、一言でいえば紫のせいだった。
咲夜が既に作り終えた料理を、今はそんな料理を食べたい気分じゃないと作り直させたのだ。
これには咲夜も黙って従った。主の食べたい物を用意できなかったのは、自分のミスだとレミリアで学んでいたからである。
しかし紫に言われ作り直した料理も不合格を出され、また作らなくてはならない。紫による壁の塗り直しやレミリアの私物の移動などで疲労困憊の咲夜は、限界に近い状態だった。そこで紫の黙って従っていればいいの言葉。咲夜の思考は完全にヒスッテリクを起こしていく。
それでも再び、ディナーを作り直す姿はパーフェクトメイドとしての威厳を保っている。
二度目の作り直したディナーを紫の前に置く。
今度こそ食材も調理も完璧にした。これで文句があるなら、言ってみろ!それくらいの挑戦的な気持ちで出した料理は
「もういいわ、このゴミ捨ててちょうだい」
ゴミ扱いされた。
「一体!一体何が気に入らないんでしょうか!?」
辛うじて敬語だが、紫に怒鳴りつける咲夜。そんな咲夜を紫は手に持っていた扇子を口に当てて冷ややかな視線を向けた。
「役に立たないばかりか、口応えまでするなんて・・・」
隠す事無く妖気を放ち、咲夜の前に立つ。
「私は、聞いて・・・いるの・・・・」
悪魔の犬と呼ばれてもただの人間でしかに咲夜は、尋常ではない紫の妖気に喋ることすら儘ならなくなる。
紫が不意に隙間を開く。隙間からは門で門番をしているはずの美鈴が落ちてくる。
「うわっ、とと」
いきなり足場を失い、空中に放り出されても一回転して猫のように静かに着地する。
「あっ、あの、一体」
紫の尋常じゃない妖気を感じても平然としている美鈴。紫はその事に少し驚いていたが、今は他にすべき事があるので後にした。
「こんばんは、門番長紅美鈴」
「あ、こんばんは。それで一体何なんでしょうか?」
暢気に質問する美鈴。
「大したことじゃないわ。そこのメイドが使えなくて困っているの」
「メイド長がですか?まさか」
「実際使えないのよ。料理一つ満足作れないほどにね。だから貴方が作ってきてちょうだい」
紫の言葉に美鈴は驚く。
パーフェクトメイドと呼ばれ、お嬢様のお気に入りとして仕える咲夜。その咲夜が使えないの一言で片づけられている。
とりあえず今回の大会の事を思い出し、紫の命令に従おうと思うのだが。思わず咲夜の顔を見てしまう。
咲夜は怒りの形相で紫を睨んでいて、美鈴を見てはいなかった。
「お願いね」
「はい、すぐに」
紫の言葉に調理場へと美鈴は向かう。
紫は睨む咲夜に視線を向け、隙間から傘を取り出す。
「ねえ咲夜。主に口答えする事が、どれほど許されざる行為かその体に教えてあげるわ」
「───っ」
妖気が更に強くなり咲夜は呼吸はおろか、動く事さえ儘ならない。
「八雲紫」
今まで黙っていた八坂神奈子が紫の前に立つ。
「なにかしら?」
「いくらなんでも、それはやりすぎなんじゃないの?」
「私がしようとする事が貴方には分かるのかしら?」
止める神奈子に微笑を向ける。
「ならその傘どうするつもりだい」
「どうするつもりかしら?」
「このっ」
「やめな、神奈子」
とぼけて返す紫に神奈子は掴みかかろうとするが、部屋にいた諏訪子の声がそれを制止する。
紫は二人を交互に見て、神奈子の肩に触れる。
「何か勘違いしているようだけど、貴方はただの監査なの。私が何をしようがルールーに反しない限り、口を挟むのは御法度なのよ」
神奈子の肩から手をどけ、横を通り過ぎる。
「貴方の相方はそれをよく分かっているわ。見習った方がいいわね」
咲夜の目の前に立ち傘を振り上げる。
「貴方達はただ黙って見ていれば、いいのよ」
そう言った瞬間、咲夜めがけて傘が振り下ろされた。
★★★★★★★★★
迷い家では、楽しい?夕飯を迎えていた。
「私の方がまだまだ飲めるわよ!」
「何を~!鬼に飲み比べで勝てると思うなよ~」
レミリアと萃香によって、飲み比べが行われていた。
「あの、止めなくていいんですか?」
「あれを誰が止められると言うんだ?」
「絶対に無理ですよ、藍様~」
早苗の質問に、藍は諦めモード全開で否定する。
「まだまだいけるわ!」
「こっちだって」
既に迷い家の居間は、酒の瓶の樹海へと化している。
「とりあえず、飲み比べ程度なら問題ないだろう」
危惧していたような事は起きなかったので、一安心の藍。
「あの二人は放っておいて、夕御飯にしよう」
「そうですね」
「はい、藍様」
レミリアと萃香が、陽が沈むと共に始めた飲み比べ。夕飯の準備が整っても止める気配がない。それならそれでいいかと、三人は結論づけた。
騒がしいが、迷い家は無事に今日を終わらせることができそうだった。
★★★★★★★★★★★
夕飯が食べ終わると同時に、みんなお風呂に入り就寝した白玉楼。
その縁側に月を眺める一つの影があった。
「輝夜姫の話の様に、月に帰るのですか?」
「閻魔様」
月から目を離さずに自分を認めた人物に倣う。
「どうしてそう思うわれるのかしら」
静まり返った廊下に彼女の柔らかい声が響く。
「それは私にもわかりません」
「そうですか」
「はい」
「私の望みが月に帰る事で叶うなら、帰る事もあるかも知れない」
「・・・・・・」
「だけど私は帰れない。だから答えはわからない。これでいいかしら?」
「十分です。貴方は罪を悔いている。蓬莱山輝夜、貴方はそのまま善行を続けなさい。そして」
「・・・・・・」
「今しなくてはいけない善行をするのです」
「ふふふふふ・・・それはいくら閻魔様のお言葉と言えど、出来ない話ですわ」
「私は貴方が見す見す罪を犯すのを、見逃すつもりはありません。しかし、善行を強制的にやらせても意味がない」
「では、諦めて下さいな」
「それはできません。しかし・・・今宵の月の美しさの前では、これ以上の話は無粋でしかない」
「ええ、無粋です」
「ですので、私は今自分が出来る善行をしようと思います」
「どうぞ、閻魔様」
輝夜は盃を映姫に差し出し、御酌をする。
「綺麗ですね」
「ええ」
生者の存在しない冥界は耳が痛いほど静かで、恐怖すら感じてしまう。でも、言葉を交わすのは二人には無粋にしか思えない。
「随分いい事してるじゃない」
このままお開きになるかと思った月見酒にも、お客がもう一人。
「アリス」
「私だけのけもの?」
「まさか」
「もうお腹は大丈夫なのですか?」
「ええ、もういいわ」
「それはよかった」
「それにしても、妖夢には驚いたわね」
「確かにあれは驚いたわよ」
「驚きましたね」
「「「まさかあんなに食べるなんて」」」
三人の声が揃う。
「普段幽々子と一緒にいるから、普通が分からなくなっているのね」
「それだけ自分のご主人様が好きという事よ」
「そうですね」
「軽く、三人前は平らげていたわよ?なんであれだけ食べてあんなに細いのかしら?」
「それだけ動くんじゃないかしら?」
「冥界は広いですから、運動量は相当なものですよ」
「明日もあの量を出されるんじゃないかと思うと、胸やけがするわ」
「だったら、食べなければ良かったのに」
「あの顔見たら、そんな事できないわよ」
「あの笑顔は反則でしたねー」
「兎に角、一週間白玉楼で過ごすこのメンバーに乾杯」
「乾杯」
「乾杯ね」
白玉楼の夜は静かに更けていった。
★★★★★
紅魔館では美鈴が困っていた。
「咲夜さ~ん」
何があったかは知らないが、咲夜が部屋に閉じこもって出てこない。心配で美鈴が部屋を訪ねてきていた。
「・・・・・・」
部屋からは返事はない。
仕方ない、明日出直そう。そう思い歩こうとした瞬間、また体が宙に浮く。
「お見事」
「どうも」
猫の如く再び着地する美鈴を褒める紫。
「あの娘のことは放っておいていいわ」
「でも」
「放っておいてあげなさい」
「はい」
紫の雰囲気に流される。
「あのところで紫様」
「何かしら」
美鈴なりに咲夜の料理がなぜゴミ扱いされたのか考えていた。
「料理のことですけど」
「貴方の考えている通りよ」
「やっぱり」
考えた結果一つの理由に思い至り、確認の為に聞いたのだ。
「それなら」
「だめよ」
「えっ」
理由が分かれば咲夜も出てくると思い、教えに行こうとする美鈴を紫が止める。
「さっき言ったでしょう、放っておきなさいって。これは主としての命令よ」
「・・・わかりました」
命令と言われた以上従う事しかできない。美鈴は自室に戻り明日の勤務に備え眠りにつく。
紫は眠ろうともせず、一晩中月を眺めていた。
こうして紅魔館の一日は終わりを迎えた。
★★★★★★★★★
「はい、どうぞ」
永遠亭の永琳の部屋で、約束通り月見酒をする幽々子。
「ありがとう」
「それにしても、見事な月ね」
「本当に」
窓から差し込む月明かりだけで過ごす。
ろうそくの炎なんて無粋な物はない。
「ひとつ聞いてもいいかしら?」
「内容次第ね」
「貴方は今回誰が優勝すると思っているの」
幽々子が永琳の表情を窺う。
「っん、そうね」
だけど無表情に淡々と永琳は予想を述べていく。
「大穴狙うなら姫でしょうけど、吸血鬼のお嬢様もいい線いけるんじゃないかしら。貴方もそうね。八雲紫にしてもそうだわ」
「賭けるなら、貴方は誰に賭けたかしら?」
「ふふふ・・・とりあえず、姫には絶対賭けないわ」
「あら?」
「意外?」
「かなり、貴方はお姫様も凄く思っているようだから」
「だからよ。今回の大会の趣旨が逆で、私が出る事になっても、絶対に自分には賭けないわ」
「・・・・・・」
「大会が終わる頃にその理由がわかるわよ。とりあえず」
「?」
「一週間仲良くしましょう、お嬢様」
「ええ」
永琳の話の内容が分からないまま、杯を交わす幽々子。
大会が終わるとき、分かると言うのならそれでいい。そう思い幽々子は永琳との一時を過ごすのだった。
賢者の言葉の真意は分からないまま、永遠亭の一日は終わった。
続く
次に引き込ませる終わり方で大変面白かったと思います。
ただ何回か横スクロールしないと読めない。というところが残念です。
次回作も期待しています。
にしてもゆかりん鬼だろwww
改行プリーズ
あと、あらかじめストーリーが決まっていてそれにキャラを無理矢理あわせているような感じがあります。藍様も咲夜さんもここまで無能でもなければ大人げなくもないような。ま、個人個人の感じ方だと言われればそれまでですが。
ゆかりんには何か考えがありそうですけれども。
てか妖夢、ゆゆ様に影響受けすぎw
白玉楼・永遠亭と紅魔館・迷い家の空気の違いがすごいw
4つの話を同時進行していきますから
作者さんも大変ですよね。
第三話楽しみに待ってます。
誤字脱字らしきモノ
「ここいる誰よりも~」→「ここにいる」
「ですにで~」→「ですので」
あと善業→善行ではないかと。
というか、全従者の変化が気になるw次回も期待しています。
誤字と思われるものをいくつか。
>「誰も来ないのわ~
のが余計かと。
>幻想郷の住人とコミニュケーションを
コミュニケーション
>なので最初は博霊神社で、(以下数箇所
博麗
とりあえず紫様の真意とか永琳の最後の台詞が気になるw
スミマセン
ゆかりんは鬼畜過ぎるなぁ・・・・
まあ、どうして食べないか予想はつきましたが・・・・
みんな、自分の主になれてるから、やっぱり他の人だと違和感があるんですねー・・・。
ないかなと思ったりもします。
でも、ちゃんとした伝え方があるんじゃなかろうかと思ったりも。
威圧したりとかではなく、罰を与えたりとかではなく、もっと別の言い方が。
そこら辺が私としてはあまり評価できないなと思うわけで。
でも、作品事態は面白いと思ってます。
なので続きをまって改めて評価したいです。
続きがよみたくてたまりません。
もっと読みたい時に限って、場面が変わってしまうのもやられたーって感じです。じらされてるww
早く続き読みたいです。
そして、早くも輝夜落第。
永琳に言われた以上、もう駄目ですね。
続きがめちゃくちゃ気になります。><
姫(輝夜)が駄目な理由は何となく分る様な分らないような。
お嬢様(レミリア)は、生活様式さえどうにかなればいいとこ行きそうだ。
でも続きがものすごく気になりますw
なんだか見捨てられてしまってはいるものの、自分が賭けるのなら輝夜に一票入れるかなぁ。あと、それとは別に咲夜さんの成長に期待。
おもすれー。
コメントで書いている 各屋敷ごとに ってのは採用しなくて正解だと自分は思う、人によって感じ方は違うとは思うけどさ。こっちはそうであっちはこう、なんて比較をしながら読めるのが凄く面白い。
後は他のコメントでも書かれているけど続きが読みたい!ってのと改行について。
幸運にも自分はスクロール無しで読めたけれど、この板はいろんな人が読みに来るということを考慮してもうちっと配慮して欲しいとは思う。
続きは……確かに早く読みたい、面白いし。けれども焦って書かないで欲しい。
誤字や脱字があると多少は興ざめするし、安易な展開に走っちゃうと面白くなくなってしまうかもしれない。超名作の匂いがするので読者を待たせるくらいの気持ちで書いて欲しいな、とも思う。
コメントは以上。
続きに次回作、そのまた次の作品にも期待して待ってます!
一介の読者の癖に偉そうなこと書いてゴメンネ。
鬼のように見える態度の中に愛が隠れていると私は信じているっ!
みんなそれぞれ思惑があって、純粋にゲームに勤しんでるのはお嬢様
だけっぽい感じ?
監査役の中では、全てを見通しながら何も動こうとしない諏訪子様が
神様っぽくてステキ
誤字が目立ちますので推敲をしっかりとなされてはいかがでしょう
>博霊神社 → 博麗神社
他にも誤字が多数あって、誤字が出るたびに心の中で突っ込み入れて、作品を十分に楽しめなかったのが残念。