夜の無縁塚。咲き誇っていた紫の桜の花も今は無く、満月に照らし出された木々は不気味な影を
地に映している。ここには無縁仏の亡骸や幽霊も多く、それもあいまって此の世のものとは思えない
ほどの恐ろしい風景を作り出していた。この場に人が訪れるとしたらよほど豪胆な人物か、あるいは
気が触れている者かのどちらかであろう。そんな場所に二つの人影が対峙していた。
「こんな夜更けにこのような場所を訪れるとは、一体何の用なのですか?蓬莱山輝夜」
片方の影が問いかける。輝夜、そう呼ばれたもう片方の影は袖で完全に隠された腕を口元に寄せた。
「こんな夜更けだからこそ、私の御幸に相応しいの。貴女様を探していたのですけど、先程の疑問は
私の方が呈したい気分ですわ、閻魔様」
「紫の桜が司るものは死者の罪、それを扱う私がここにいるのはむしろ必然なのです。私を探していた
というのなら丁度良い。貴女は死者ではなく、今後そうなることもないでしょうが貴女の背負っている
罪は到底看過できるものではない。今この場で私が裁く」
閻魔・四季映姫は言い放ち、手にしていた悔悟の棒を輝夜に突きつける。
「説教の押し売りかしら、無粋だわ。でもそれならあと少し待って頂けない?これから罪を重ねようと
思いますの。その後でならいくらでも拝聴しますわ。罪はまとめて裁いた方が効率的ではなくて?」
何気なく告げられる輝夜の言葉は映姫に沈黙と瞠目をもたらす。その様を前にして、輝夜は満足そうに
目を細める。
「私、珍しい物に目が無くて、ずっと昔から蒐集しておりますの。閻魔様、貴女も相当に珍しい品を
お持ちだと聞きました。そう、例えば・・・浄頗梨の鏡。私はそれが欲しいの。ただ、貴女の許しは
求めていないのだけれど」
浄頗梨の鏡。映った者の生前の行いを余すところ無く白日の下にさらけ出す鏡。閻魔が公正な審判を
下すために不可欠の道具。映姫は、輝夜の意図するところを飲み込み、あえて曲解した言葉を紡ぐ。
「それを所望するとは丁度良い、自分の過去と向き合う覚悟があるのならば今この場で」
「一瞬でも過去のことはどうでもいいの、私のは」
口を挟む輝夜。続く言葉ははしゃぐように紡がれる。
「私が知りたいのは私の顔なじみの昔。その子とはずっと反りが合わなくて・・・考えたのですけれど、
お互いの昔のことを知り合えば何か変わるんじゃないかって。ほら、歴史認識の齟齬を正す事が
関係改善への一歩だと言うじゃありませんか?」
この言葉がもたらしたものは、しかめられる映姫の眉。
「大した肝の太さですね、流石は蓬莱人と言うべきですか。私の前でそのような戯言を吐くとは。貴女は
ただ一方的に他者の過去を暴きたいだけでしょう」
不機嫌さを露わにした映姫の言葉を受けても、輝夜は悪びれることなく微笑む。
「そもそも罪を見過ごすという罪を私に提案するなど言語道断。貴女にはまず畏れというものが
どういうものであるか教育する必要がある。貴女はかつて自分の欲する物の危うさを全く考えずに
作り出し、使用したという罪を犯している。ならば、自分が求める物の恐ろしさを身をもって味わう
こと、それが貴女が最初に積む善行となる!」
朗々と宣言し、両腕を大きく開く。その映姫の胸元で徐々に存在感を現していくのは小さな手鏡。
「浄頗梨審判、開廷。被告、蓬莱山輝夜!」
完全に顕現した手鏡に映った、輝夜の鏡像と瓜二つの姿が鏡の手前、二者の間に形作られる。
「さぁ、己が重ねてきた幾星霜の時間を見つめなおすと」
「使いましたわね、閻魔様」
再び口を挟む輝夜。その顔には周到に準備した罠に掛かった獲物を確認したときのような満ち足りた
感情を浮かべていた。
「さてさて、それでは閻魔様には退廷願おうかしら。私はこれから鏡の前で舞踊の練習をしなくては
ならないみたいだし」
「何をふざけたことを」
「そういえば、閻魔様の部下の死神さんは今は三途でお仕事中だったかしら」
三度差し挟まれる輝夜の言葉。再びの沈黙と瞠目、そして動揺までもがもたらされた。
「・・・小町に何をするつもりです」
「閻魔様、貴女は確かに恐ろしいわ。こうして向かい合っているだけで身体の震えを抑えるのに
精一杯。加えてその鏡があれば少なくとも貴女は何者にも敗北しない。では、どのような手段を以て
すれば貴女から勝利を得られるのかしら?それを永琳に相談したの」
「・・・交換材料」
歯の軋む音と共に吐き捨てられる回答。その後に続く沈黙は即座の行動によって破られる。
映姫は自分の周囲を暗褐色の靄で覆い、大量の悔悟の棒を散布する。悔悟の棒が靄を抜けた地点からは
更なる悔悟の棒が連なり現れる。突如として傾けられた如雨露、相対する輝夜の採った行動は・・・不動。
果たせるかな、棒は一本たりとて直立する彼女を打擲することはなかった。全ての棒が地面に突き刺さる
までの間、背中を向け空を駆けて行く映姫の姿を輝夜は目で追っていた。
「さぁさ、お急ぎ下さいな、閻魔様。私がこの鏡像を打ち破り鏡を手にする前に、貴女の大切な部下が
私の手駒に捕らわれないように保護する、それが私から貴女様に送る難題。これを置いて他に、私が
犯すであろう数々の罪・・・強奪、拉致、恐喝、拷問・・・を未然に防ぐ手段は無いでしょう」
眺めること須臾にして空に消えていった映姫の背を認め、呟く輝夜。
「それにしてもこれ程の策を瞬時に考え付く永琳はやはり凄いわ。流石、私にとって一番の神宝」
それから今思い出したかのように、自分の鏡像に向き直る。
「少しでも前の私のことなどどうでもいい。ただ、少し前までの私は今この時、どんな難題を以て
愉しませてくれるのかしら?」
中有の道。三途の河まで伸びる、死者の通り道である。この道は普段屋台が軒を連ね、生きている
者も巻き込んだ賑やかな縁日状態となっている。ただしこの今、深夜には人影は殆ど無く、河へ
向かう幽霊が彷徨い行くだけの道となっている。さらにこの今、珍しい事に満月を隠す分厚い雲から
あらゆる音をかき消す豪雨が降り注いでいた。そのことを改めて確認した存在が、共にいる者に
報告する。
「・・・駄目です。この暗闇と大雨で視界は塞がれ、音も全く辿れません」
「そのようね」
報告された者・八意永琳は報告した者・鈴仙=優曇華院=イナバに相槌を打ち、更なる質問を重ねる。
「でも、貴女の能力は光波や音波を探るだけではないでしょう?彼女特有の気質はどこにあるの
かしら?」
ややの期待を込められた問いに、しかし鈴仙は首を横に振りつつ、中有の道の左右に広がる林を
一度見渡してから永琳に答えを返した。
「それも撹乱されています。彼女に似た気質の存在がこの周辺にそれなりの数、散在しています。
これはおそらく陽気な幽霊達でしょう。彼等は適当に彷徨っていますが、ある範囲を超えて動く
ことはありません。距離を、操られているものと思われます。なんてこと、過去に数度、交戦した
だけで私の能力への対策を講じてくるなんて」
それを聞いて永琳は、困ったように手を頬に添える。しかし笑みは崩さない。
「流石、暢気に見えてかなりのやり手ね。最初に接触したとき、真っ先に私に的を絞って動きを縫い
止め、中有の道に雨を降らせた。それに乗じて林の中へ姿をくらまし、あまつさえ無数のデコイを
ばら撒く。これで彼女にとって一番重要なもの、時間を手に入れたというわけね」
「申し訳ありません、まさかあれほど迅速に行動するとは思っていませんでした。私が早々に狂気の
瞳を発動させていれば師匠の動きを封じられる事はなかったのに・・・このままでは姫が・・・」
不安げな面持ちになる鈴仙。と、そこに新たな声が掛かった。
「言われたとおり、一番の近場を見てきたけどやっぱり幽霊しかいなかったよ」
「わっ!?」
唐突に鈴仙の背後から現れた小さな人影は、そのまま永琳の前に進み出る。この闖入者にも永琳は
驚かず、ねぎらいの言葉をかける。
「ご苦労様、てゐ」
偵察を勤めた因幡てゐは手をひらひらと振って答える。永琳はそれを見届け、鈴仙に向き直った。
「姫の心配は無用よ。どれだけ欠けようとも再び満ちて天に昇る、それが月だもの。それよりも、
私達が姫の時間稼ぎに甘えている事の方が問題ね。怖い方がこちらにいらっしゃる前にケリを
つけないと。鈴仙、その陽気な気配は一つたりともこの辺りから離れていこうとしていないのかしら」
言われて、目を閉じ耳を澄ます鈴仙。
「・・・はい。把握している数・陣形は変化していません。しかし虱潰しに探すには多すぎる数です」
「そう。・・・二人とも、これから私の言うとおりにしなさい」
報告を受けて永琳が黙考したのは、寸毫の間。そして動けない自分の傍に二人を呼び、秘策と秘薬を授けた。
一通りの説明を終えると、永琳は小町の逃げ込んだ茂みの方を見渡し、高らかに宣言した。
「さあ、狩りを再開しましょう。今宵に限っては、無慈悲な刈り手たる死神もただの収獲物に過ぎないわ」
「さっきのアレって、the Grim Reaper のことを言っていたのかな」
激しく叩きつける雨を突き破り、遥か上空を目指す鈴仙。永琳から渡された秘薬を抱えた手元に視線を
向けつつ呟く。
「それにしても師匠も抜け目ないなぁ。こんな薬、いつの間に作っていたんだろう。メディスンあたり
から着想を得たのかしら?そりゃ確かに精神に異常をきたす薬が、気質の具現である幽霊にも直接
効果があると予想できるかもしれないけど・・・敵わないなぁ」
そのうち自分の能力も分析され薬になってしまうのでは、という懸念を抱く。そうしている内に目的の
地点、雲海の中に飛び込んだ。この、敵の作り出した天の不利すらも利用しようとする、自分の師に少々
恐怖を感じつつ、鈴仙は秘薬を一つ解き放つ。
「確か外の世界では、酸性雨っていう酸っぱい雨が降るんだっけ。その原因は酸っぱいものが
空に上がって雨に溶けて降り注ぐから・・・」
別の場所で同じ薬を散布する。飛散した秘薬は雲に、雨に取り込まれ、徐々に浸透してゆく。
豪雨の降り注ぐ中、茂みの中で息を潜めて伏せる者がいる。三途の水先案内人・小野塚小町、今後の
展開の鍵を握る存在である、本人にとっては甚だ不本意な事に。林の中とはいえ、雨滴は容赦なく
小町の全身を叩いている。そんな状態で現在の状況に思いを馳せる。
(今のところ幽霊達の数に変化はなし、と)
今の彼女は、八意永琳を止める事と陽気な幽霊達の布陣を保持する作業にかかりきりになっていた。
一方で永琳を掌握しておきつつ、もう一方では大勢の幽霊達の正確な位置を思い出しつつその付近を
泳がせておく、全身全霊でその緻密な仕事に専念する。幽霊達の傍には思い出しやすいように金・銀・
銅貨を一定の組み合わせで配置しておいた。こればかりは手を抜くわけにはいかない。
(四季様はどうしているだろう?・・・普段から定時には帰るべきだったかな。あたいが戻ってこないと
気付いてもどこかで道草を食っている、くらいにしか思われていないんだろうな。でも・・・)
自分で生み出した豪雨の空を見上げる。
(あの方はいつもいつも、あたいを連れ戻しに出てきてくれていた・・・なら、今もそれを信じて
待つしかない、か)
映姫の小さな姿を思い浮かべる、その表情は怒りと呆れを含んだもの、思えばいつもこんな顔を
見ているような気がする。その記憶を頭に留めつつ、幽霊達の位置を調整しようとする。
「!?」
手が空振りした、そんな感触を覚えた。慌てて能力を再発動する。しかし、空しく宙をさまよう
ばかりで幽霊の手ごたえがない。今度はより自分に近い位置を思い出して試す・・・いた。
(幽霊が消えた?攻撃したのか、それとも・・・吸霊?虱潰しを始めたのか?おそらく月の兎と地上の
兎の仕業。なら、うまく立ち回れば隙をついて逃げられるかも)
そう考え、現在の幽霊達の陣形を確認するためにざっと広範囲を走査する・・・その途中で驚愕も広げた。
(な、何なんだこれは!?あいつらの吸霊範囲を明らかに超えた侵食じゃないか)
幽霊達はだいたい広大な円を描き、その中を等間隔で埋めるように配置してある。その陣形が、まるで
月が欠けていくかのように外周から削られていっている。その部分食の進行方向の先には・・・。
(八意永琳、か。対処までの時間が短すぎる。やっぱりあいつは只者じゃなかったな)
最初に出くわしたときの、映姫とは別種で同等のプレッシャーを思い出す。どうやってこの、自分
くらいしか出来ないような広範囲吸霊を達成したのかは解らないが、たとえ今動けない状況にあると
しても彼女との接触は避けたかった。
(もう残ってる幽霊は多くない。こいつらの距離を一斉に動かして、その混乱に乗じてあたいも
急いで逃げるしかない!)
今や幽霊達の陣形は、上から見れば三日月を描く程度にまで削られている。小町はそのことを確認
すると、自分の近く・遠く・近く・近く・遠く・・・不規則にそれらの場所にいる幽霊達を敵の展開
した吸霊範囲から遠ざけ始めた。一定数動かしたところで今度は小町が駆け出す。永琳の位置は
把握しているが、二匹の兎がどこにいるかは解らない。不意打ちに充分注意しつつ幽霊の距離操作を
再開する。
しかし、不意打ちは予想もしていなかった形で訪れた。
「きゃん!」
足を、更に、腕を胴を頬を髪を胸を・・・全身を何かが襲った。
(蜘蛛の・・・糸?)
もがけばもがくほど、自身の動きが奪われる結果となる。小町はなんとか、胸襟の奥に手を挿し
入れようとする。そこから取り出したのは一枚の札。そこに記されている言葉は・・・
(死歌『八重霧の・・・渡し』!)
札に込められていた力が具現化する。それは、小町を取り巻き高速で回転する光の刃。この光の
暴風を受けて小町を絡め捕っていた蜘蛛の糸が細切れになる。束縛から解放されその場に崩れ
落ちる小町。地面は水浸しで、小町は泥にまみれてしまった。しかし先ほどまでの豪雨が嘘の
ように止んだことで、それ以上濡れることはなかった。同時に雲も消え、満月が林の中を照らす。
(はぁ、はぁっ!こんなところに網を?まだあいつとは随分と距離があるってのに)
永琳を縫いとめておいた方向に目を向ける。この、力の規模に対して覚えた戦慄を糧に、自身を
立ち上がらせる。そして逃走の続きを始めようとしたところで、
「斯くも儚き幽霊の~、寄る辺となるべき花を摘み取る行いは~、狩りというより刈りに似て~」
調子っぱずれた歌声に出足をくじかれた。
「やあやあ、流石はお師匠様。見事に兎狩りを成功させたねぇ。それを兎にやらせるところがあの
方の趣味の悪いところだけど」
木陰からひょこりと現れたのは地上の兎・因幡てゐ。それを確認して小町は動揺した。思わず呟きが
洩れる。
「なんで・・・あたいがここにいるって・・・」
「お師匠様からの伝言だよ」
てゐはそういって耳を澄ます。そこに囁かれるのは鈴仙の声、正確には永琳から鈴仙を中継しての
通信である。
「『いかがだったかしら、私の極意(ラストワード)は?それで貴女の質問の答えだけど、私の
『天網地網補蝶の法』は幽霊には効かないみたいなのよ。魂魄妖夢、ご存知でしょう?あの娘の
半幽霊を拘束しようとしたことがあったのだけど、出来なかったのよね。そういうわけで
ウドンゲには不自然に止まる気質があればそれが貴女だ、って言っておいたのよ』ってさ」
言葉の切れと時を同じくして、新たな存在が空から降りてきた。秘薬を撒き終えた鈴仙である。
「お疲れ~」
「そうね、確かに疲れたわ。幽霊を活性化させる薬、急いで拡散させたものだから・・・」
幽霊にだけ効果のあるもの、幽霊には効果のないもの、そして天候の不利を逆手にとる手腕・・・月の頭脳
という異名は伊達ではないということを小町は思い知らされた。覚悟を決めて大鎌を構える。
お互いの姿が明確である今、狂気の瞳には充分注意しなくてはならない。自分の能力はまず位置を視認・
記憶する必要があるのだが、あの瞳はそれを効果的に妨害できる、天敵と言える技である。狙うべきは
てゐの方、しかし少しでもてゐに意識を向けていると鈴仙が気付けば、そこに狂気の瞳を叩き込んで
くるだろう。油断なく双方の隙を窺う、丁度そんな時に稲光のような閃光が差し込んだ。
(そういえば『八重霧の渡し』を使ったことで『黄泉中有の旅の雨』の効果が解除されて・・・?)
小町はそこでこの閃光の不自然さに気付いた。ふと、敵の方に意識を向けるとてゐの方はわざとらしい程に
はっきりと、鈴仙もわずかに閃光の方を意識していることが解った。小町は頬を照らす閃光を吟味する。
(この色、この照度・・・四季様の、審判の光!)
思うや否や、鈴仙の方を向かず大量の金貨・銀貨を敵二人にばら撒く。先に行動した事で半刻、
出鱈目な弾幕で更に半刻を稼ぎ、その間に視線と意識を閃光の方に集中させる。枝葉の合間を縫って
遥か遠く視界に映るのは、空に向けて昇り行く稲妻。その根元を辿ればそこには待ち望んだ姿が。
「捉えた、四季様ァ――!」
全力でこちらに引き寄せる。しかし稼げた一刻の猶予はそこまでだった。
何かが迫る気配を察知し、しかし確認している時間は無い、勘に任せてしゃがみこむ、その頭上を
巨大な兎玉が掠める。危ういところを凌いだ、そう思った刹那衝撃が小町を容赦なく打ちつけた。地面を
二転三転する中、この攻撃を何とか分析する。
(マインドエクスプロージョンのための牽制・・・しまった!八意に使った拘束が解けた!)
把握していた永琳の位置を見失う。だがそれに構っている余裕はなく、次の攻撃に備えようとして・・・
攻撃が止んでいることに小町は気付いた。その理由を求めてうつ伏せの状態から顔を上げると、答えが
目の前に屹立していた。その揺るがぬ後ろ姿から穏やかな声が送られてくる、柔和な眼差しと共に。
「こんな所で道草を食っているなんて、全く貴女はいつもいつも面倒ばかりかけて!」
声色ほど穏やかではない内容の言葉を受けて小町は笑い返す、この理不尽な言葉に慣れきっている
自分を可笑しく思いつつ。
「いや、今日ばっかりはどうしようもなかったんですよ。ちょいとシージャックの憂き目に遭遇して
しまいましてね」
「あら、生憎と船舶が欲しかったのではなく、船頭が欲しかったのですけど」
からかうような笑いを含んだ声が空から降りてくる。小町の能力から解放された八意永琳の発したもの
だった。その視線は小町の方をよぎり、新たに現れた四季映姫のところで止まる。
「ようこそ、閻魔様。貴女がここに一人でいらしたということは、浄頗梨の鏡は姫の傍にあるのかしら?
いくら貴女と言えど無限の命を持つ姫をこれほど早く駆逐して駆けつけられるとは思えませんもの」
事がほぼ思い通りに進んでいる、それを確信して笑みを深める永琳。一方の映姫は引き結んだ顔に苦渋を
滲ませる。しかし発する声はそれをわずかでも感じさせるものではなかった。
「こうして小町も無事確保できました。同じように鏡も確保するつもりです。八意永琳、鈴仙=優曇華院=
イナバ、因幡てゐ、貴女達の罪は未遂に終わりました。以後、二度とこのような振る舞いの無いよう
言い渡します。それでは、私はこれから貴女達の主人を止めに行きますので」
「残念ですが閻魔様、私達はこれから公務執行妨害の裁きを賜ることを希望します」
永琳の不条理な宣言を受け、鈴仙とてゐが彼女の傍に寄る。しかめられる映姫の視線にやや怯えつつも。
「あくまでも罪を重ねるつもりなのですか?このままでは兎二匹は死後に地獄行き、蓬莱人二人は生き
地獄を味わう事になってしまいますよ」
「生憎ですけど、私と鈴仙の罪は月に対して犯したものですので、幻想郷の裁きを受ける筋合いは
ありませんわ。まして、姫の罪は既に月で裁かれ、その刑期も当の昔に終えています。今更蒸し
返されても困ります」
唯一、見かけ上平然としている永琳が態度そのままに答える。それを聞いて、隣のてゐも前のめりになる。
「わたしゃ閻魔様に言われたとおり、自分の家族を重んじているだけでっ!?」
突如放たれた審判の光によって言葉と身体を退かされた。
「家族を地獄に向かわせるような行為は、重んじているとは言いません」
光の発信源である映姫の、まさに地獄の底から響いてくるような語りと同時に、彼女の周囲を褐色の靄が
覆い始める。
「それと、罪は犯した場所に置き捨てることが出来るものではありません。逃げても逃げても振り向けば
そこに頑としてある、故に罪を負う、と言うのです。貴女達は私が月に代わって断罪を下す必要がある!」
厳格な宣言を終えると同時に、映姫は空へと飛び上がる、その過程で褐色の靄を展開しつつ。間断なく、
映姫の後ろで腰だめに構えていた小町が得物を振り上げる。その動作によって生み出されたものは広さと
高さを併せ持つ、貨幣の怒涛。この船頭の一漕ぎはそれだけに留まらず、褐色の靄・弾幕裁判を潜り
抜ける事で悔悟の棒を伴い倍化される。対峙していた三者は必死の回避・相殺行動に移る。
(なんて数!あの二人、息が合いすぎている。何とか各個撃破の状況に持ち込まないと。師匠が閻魔様、
私とてゐで・・・何、これっ!?)
貨幣、悔悟の棒がありえない角度から鈴仙に迫り来る。明らかに自分に当たらない軌道を描く飛得物が
急にこちらを狙う軌道に変わる、一度通り過ぎたと思った弾が自分の方に引き返してくる。
(追尾・・・距離操作!こんなことも出来るの?私だけを集中的に・・・後ろ!?)
感知能力が弾幕で混乱させられた結果、映姫がすんなりと鈴仙の後ろに回り込めた。その手にある悔悟の
棒の先端が鈴仙を捉え審判の光が放たれる。
(やられる!)
光線は容赦なく鈴仙の背に突き刺さる・・・かと思われたが、その手前で散乱させられた。
「小町!回避行動!」
瞬時に先を読み、小町と自分に警戒を促す映姫。対照的に、光線の四散に戸惑っている鈴仙は周りを見回す。
「天丸『壺中の天地』」
自分が結界に覆われていることに気付く頃には弾幕が鈴仙の外周に展開されていた。押され、鈴仙から
距離をとる映姫。その彼女に向かって、弟子の窮地を救った張本人から声がかけられる。
「勿論そんなことは心得ていますわ。ですが私は私なりのやり方で、自分の罪を贖おうと考えています。
だから今、姫の傍にいるのです。そして・・・私がこの地上で犯した罪の内の最たるもの、様々な因果の
糸のもつれがあったとはいえ彼女を生み出してしまったこと、ご存知かと思います。この度の姫のお戯れも
決してそれと無関係ではありません」
映姫は動きを止め、記憶を少しさかのぼる。思い当たった輝夜の言葉と今の永琳の言葉、双方に偽りが
ないか吟味する。その間永琳は勿論、鈴仙、てゐ・・・誰もがこの隙を見逃している。
(あの時偽りを匂ったのは戯言そのものではなく態度、だったのだろうか?)
戦場に出来た空白、それを破ったものは二つ。まずは映姫が言葉を発そうとして・・・
「しかしそれでは」
「何を遊んでいるのよ。私を差し置いて」
突如として割り込んできた言葉によって、鈴仙・てゐには正の、映姫・小町には負の感情が届けられた。
永琳だけは当然と言った面持ちで新たな来訪者を寿ぐ。
「お見事です、姫」
来訪者・蓬莱山輝夜は収獲物たる手鏡を見せ付けるように前に示す。
「浄頗梨の鏡、確かに頂きましたわ。流石の逸品、なかなかに手こずりましたけど」
「手こずったと言うのは、その偽物の外見を本物そっくりにすることですか?」
映姫の不機嫌な声を受けて、袖で口元を隠す輝夜。
「うふふ、それもありますわ。それにしても引っ掛かってはくれないものね。この偽物はそこの死神さん
対策だったのですけど。でも私の言葉には嘘は無い、そうでしょう?」
映姫、沈黙による肯定の意思表示。おそらく輝夜は本物の鏡をどこかに隠し持ち、小町に引き寄せられる
ことを防いでいるのだろう。
「さて、そろそろお暇しようと思いますの。閻魔様としては鏡を取り返したいところでしょうけど、この
戦力差の前には一度退かざるを得ないのではないかしら」
勢力均衡を図るための鏡を奪われ、鈴仙と相性の悪い小町、更に不死身の蓬莱人二人・・・状況は甚だしく
不利な方向に傾いている。映姫はしばらく厳しい視線で輝夜を見据えていたが、不意に目を閉じ、
それから重々しく口と共に開いた。
「・・・・・・・・・蓬莱山輝夜。貴女の真の目的は最初に対峙した時に戯れながら語られた内容の通りなの
ですか?そうであるのならなおさら、鏡を使わせるわけにはいきませんよ。このような誠意に欠ける
手段をもってお互いの過去を理解し合おうとしても、貴女はともかく彼女が納得するかどうかは
わからない。貴女達と彼女だけでは話がこじれるというのなら私が調停役を勤めてもいい。とにかく、
鏡は絶対に使わせません」
映姫としては最初に輝夜の目的を信じていたとしても、鏡を私事に使わせる気はなかった。だが今、
鏡は向こうの手にある。奪還は是非曲直庁を頼ればそれほど難しくはないだろう、しかしそれには時間を
要する。この状況では、どうにかして鏡の使用を思いとどまらせなければならない。映姫の説得に対する
返答はしかし、左右交互に流れる輝夜の髪。
「あくまでもこれ以上の罪の累積を阻止したい、と言う事かしら。でも生憎と、永琳も言ったように
これは私達なりのやり方で解決に導いて見せますわ。そう、私達は永遠の蓬莱人、死は勿論生にも
縁の無い存在。ゆえに我々は他者の縁に頼ることなく自己完結していなければならない」
一拍の間の後、悪戯っぽい笑みを含んだ返答が続く。
「それに閻魔様のお節介な説教など、聞きたくありませんの。まぁ、心配なさらずとも目的を果たした
後には、鏡はきちんとお返し致しますわ。正直惜しい逸品ではありますけれど、是非曲直庁と本気で
事を構えようとは思いませんから」
向こうも鏡の所持にはこだわってはいない、しかし使用にはこだわっている。やはり今すぐ取り戻さねば、
そのためには・・・錯綜する思考の中、映姫は顔をうつむける。その後ろで小町がそんな様子を見かねて手を
伸ばしかけ、しかし発せられた低い声を聞いて手を引いた。
「自分の流儀を通す、そのためならば罪を重ねる事をも厭わない、ですか」
目を細め柔和に微笑む輝夜。そこに返されたのは、輝夜の笑顔を鏡写しにしたかのような映姫の顔。
「ならば誰よりもその身勝手を体現する存在のことをお教えしましょう!」
言うや、映姫は前に向かって駆け出す。思いがけない行動に驚きつつも鏡及びそれを所持する者を守護
しようとする輝夜、永琳、鈴仙、てゐ・・・そのてゐがあろうことか映姫と同じくらいの速度で映姫の方へ
近寄りだした。裏で糸を引いていたのは無論、距離を操作する小野塚小町。程なく、てゐは映姫の虜囚と
なる・・・羽交い絞めにされ、悔悟の棒を眼前に突きつけられた。
「まずは拉致。これから恐喝、場合によっては拷問。そのようなことの無いうちに、鏡を返しなさい」
自分達が予定し未遂に終わった事態を相手によって演じられる、その異常な光景を前にしばし二の句が
告げられない輝夜達。その動揺が薄れつつある中、語りの中心であった輝夜が言葉を搾り出す。
「・・・どういうおつもりかしら?貴女様がそのような無法な振る舞いをなさるなんて」
「蓬莱山輝夜、貴女は地獄と言う場所がどういうものなのか考えた事はありますか?生前の罪を徹底的に
裁く名目とはいえ、実際に被害を被ったわけではない閻魔・獄鬼達に肉体と精神をなぶられる。そして
この“事実”を喧伝する事で衆を不安にさせ善行を強いる、そのような理不尽を体現する場所なのですよ。
他者に罪を犯させないために、他者が罪に穢れる前にこちらが手を汚す、それこそが地獄の存在意義」
不敵な笑みを浮かべ朗々と語る映姫。常の謹直さからは考えられない態度ゆえ、輝夜はそこに偽りを
匂う。だが、それ以上にその瞳が映姫の本気を伝えてくる。焦りつつ、口を動かす。
「私に人質が通用するとお考えですか?まして、一手駒に過ぎない・・・・・・・・・」
言葉の途中で、柔らかくなった映姫の笑みに言葉を切らされた。一体どのようにして嘘を嗅ぎわけて
いるのか、輝夜は初めて彼女の嗅覚を理不尽だと感じた。須臾の間黙考し、嘘ではない言葉を紡ぐ。
「確かに、イナバは長く永く保たせたい貴重な道具であることは認めますわ。簡単に切り捨ててしまう
など、永遠を扱う私の矜持が許さないのも然り。でもね、切り札を切るべき瞬間を見誤らないということも
また、矜持の一つですのよ」
「それじゃ、今のこの状況が幾星霜共に過ごしてきた家族を捨てて一度きりの鏡の使用権を拾う分水嶺
だってぇのかい?あたいの見立てでは、この兎の命の値打ちはそこまで安くはないと思うんだけどねぇ。
こんなところで切ったりしたら、それはあんたの矜持とやらをいたく傷つけることになるんじゃないか?」
小町が別の角度から指摘した。死神は個人の価値をその身近にある者が持つ財産で推量する、その観点に
立った意見である。一瞬小町を睨み、輝夜は再び視線を映姫に戻す。先ほどから黙して微笑み続ける映姫。
その瞳が訴え続けるものはただ一つ、一点の曇りもない、確信・・・小町の見立てに対しての、あるいは
こちらが自棄にも意固地にもならないことへの。やや気圧され、視線を映姫から外すとてゐの、すがる
ような疑うような面持ちが飛び込んできた。鏡を見た、一瞬そう錯覚した。
(私の内面も、あんなふうに迷いを抱えてしまっているのかしら?)
自覚してしまった、その時点で輝夜は自分の敗北を悟る。同時にそれは、切り札を上手く温存できたという
ことを意味しているのかもしれないが、それは将来切る時にならないと解らないだろう。念のため、自分の
一番の神宝に他の札が無いかどうか確認を取る。
「手詰まりかしら、永琳?」
尋ねられた永琳は静かに目を閉じ、代わりに口を開いた。
「申し訳ありません、姫。私の考案した策は、敵に使われた場合にも有効である事は想定していましたが、
最も起こり得ない事態と高を括っていました。どうやら我々は、自分達以上に罪深い存在はいない、などと
思い上がっていたようですね」
浄頗梨の鏡とてゐの身柄を交換し終える。てゐは急いで輝夜の元に駆け寄り、へこへこと頭を下げた。
「や、助かりましたよ姫様。一時はどうなる事かと本気で心配してしまいましたね。いや勿論、姫様が
私を助けてくれるとは信じていましたけどね」
相変わらず調子の良いこと、と思いつつも、輝夜はこの道化がこれまでと変わらず振舞ってくれている
ことに一抹の安堵を覚える。そんな様子を見て、映姫は呆れ声を放る。
「全く、何が縁に頼らずに、ですか。貴女は既に昔から今このときまでずっと、その兎と縁を保ち続けて
いるではないですか。たとえ永遠の蓬莱人といえど、他者と無縁ではいられないものです。外から見ては
不変に見える竹林も、そこに棲む生き物によって手を加えられることもあるもの」
説教はいつも苦々しいもの、輝夜は映姫の小言をうけて大昔に永琳に飲まされた良薬の味を思い出した。
「他と交わる事は純粋ではなくなる事、即ち穢れること・・・自分達もその影響を少なからず受けている事は
うすうす感づいてはいましたわ。でも、元来より穢れのなかった者の問題を扱う時には穢れある者達を持ち
込むべきではない、そう思いましたの」
「それゆえに鏡、ですか。しかし彼女は貴女達とは根が違う存在、生まれついてより穢れに触れ、それと
共に過ごし、そして失った。果たして貴女達と価値観を同じくしているでしょうか?そのあたりを考慮に
入れていないから、これまで彼女との関係がこじれてきたのではないでしょうか?そう、貴女達月の民は
少々自分本位すぎる」
「それは・・・それも確かめるために・・・」
ふと、輝夜は思う。自分は果たして彼女とまともに話し合ったことがあっただろうか?或いは、そう
努めようとしたことは?押し黙ってしまった輝夜の様子を見て、映姫はため息混じりに小言を続ける。
「ふぅ・・・まずはそこから、ですか。過去よりも前に、今の彼女を知る、もしくはお互いのことを知り合う
こと、それが貴女が積むべき善行のようですね」
続く言葉は静かな笑顔と共に届けられる。
「なに、彼女と対話を持つことなど貴女なら容易いことでしょう。今宵貴女と出会ったときから今に至るまで、
貴女の話術の巧みさには感心させられましたよ。私としたことが見事に踊らされてしまいましたからね」
この言葉を受けて、非常にばつの悪い気分になる輝夜。顔を伏せ、前髪の幕を下ろし、搾り出すように語る。
「なるほど。地獄とは恐ろしく、忌避すべき場所であるという事実、充分に味わわせて頂きましたわ。それに
自分がどれだけ身の程をわきまえていなかったか、ということも」
畏れ、及び輝夜の長けている所、双方の教示を終える事が出来たと感じた映姫は満面の笑みと共に告げる。
「私の立会いが必要であるならば声をかけて下さい。一応、今回の件で因縁をつけられた身ですので。もっとも
鏡は使わせませんよ。だいたい、このような卑劣な地獄の道具を求める事がそもそもの間違いなのです。私の
ように罰の悪さを自覚する者、それ以外が使うべきではないのです」
かくて互いの犯した罪による損害は無く、毒は毒によって制された。長い永い満月の一夜も次第に終わりを
告げようとしている。去り行く映姫、それを見つめる輝夜の焦点に小町が二つのものを見せ付ける。金貨と
銀貨、そして金貨を収め、銀貨を輝夜に放った。
「これは?」
「あたいからのささやかな仕返しさ」
容貌は悪戯っぽく、しかし声にはそれを含めず、小町はそう言い残して踵を返した。銀貨を受け取った輝夜は
それをしばらく見つめ、しっかりと握り締めた。
「沈黙と雄弁・・・ね」
「全く、暢気そうに見えて容赦がないわね」
後ろから永琳の声がかかる。輝夜は振り向き、力の抜けた声を吐息混じりに発した。
「同じように妹紅を踊らせてみれば、だって。でもしゃべり過ぎは禁物、か。最初は上手くいって
いたんだけど、予想外の行動をされて動揺したのがまずかったかしら?」
てゐを人質にとられたときの取り乱しぶりを思い出す。顔には出さなかったつもりだが、態度に表れていた、
しかもそれを自ら露呈してしまうような真似をしていた。雄弁さも考えもの、というところだろうか。
「なら先が長そうね。輝夜はあの子を前にすると落ち着かなくなるのでしょう?動揺を排する蓬莱の薬は
肝に溜まるというのにねぇ、貴女のは意外にもろくて、染み出してしまっているのかしら」
永琳の揶揄を受けて、再び前を向く輝夜。手で横髪を弄りながら言葉を吐く。
「意外と情にもろいのよ、私は。永琳よりも長く穢れに侵食されてきた所為でね」
しばらく横髪を玩んでいたが、やがて吹っ切れたように掻きあげ、軽やかに流す。
「正論を容易く言ってのける、それがあの方の嫌なところの一つかしら。でもまぁ、どのように妹紅を
踊らせるかを考えて過ごす日々は、それなりに退屈しのぎになりそうね」
輝夜の宣言を聞いて、手のひらを口元に寄せる永琳。
「ふふっ。一応聞いておくけど、相談役は必要かしら?」
「いいえ。あの方も尊重してくれた通り、私なりのやり方を考え出してみせるわ。いつもは私の方が
難題を持ちかけてきたけど、たまには自分が難題に挑むのも悪くないわね」
難題はいつか解けるもの、あの終わらない夜を明けさせた時のように。これもまた先刻からの自分が
抱えていた難題なれば、今宵鏡像から出された難題のように自力で解いてみせよう、輝夜はそう決意した。
その、黒髪の降りる背中に気の抜けた声が掛かる。
「さぁさ、そろそろ帰りましょ。わたしゃ疲れましたよ、早いとこ我が家で眠りたいもんです」
「ちょっと、てゐ!一人でさっさと行かないの」
言うや早く駆け出すてゐと、その行為を慌てて嗜める鈴仙。彼女達の姿を眺めつつ、保つことのできたもの
・・・縁のことに思いを致し、自尊心を癒す。その安らかな情を表に、そして言葉に込める。
「ええ、帰りましょう。永遠亭へ」
地に映している。ここには無縁仏の亡骸や幽霊も多く、それもあいまって此の世のものとは思えない
ほどの恐ろしい風景を作り出していた。この場に人が訪れるとしたらよほど豪胆な人物か、あるいは
気が触れている者かのどちらかであろう。そんな場所に二つの人影が対峙していた。
「こんな夜更けにこのような場所を訪れるとは、一体何の用なのですか?蓬莱山輝夜」
片方の影が問いかける。輝夜、そう呼ばれたもう片方の影は袖で完全に隠された腕を口元に寄せた。
「こんな夜更けだからこそ、私の御幸に相応しいの。貴女様を探していたのですけど、先程の疑問は
私の方が呈したい気分ですわ、閻魔様」
「紫の桜が司るものは死者の罪、それを扱う私がここにいるのはむしろ必然なのです。私を探していた
というのなら丁度良い。貴女は死者ではなく、今後そうなることもないでしょうが貴女の背負っている
罪は到底看過できるものではない。今この場で私が裁く」
閻魔・四季映姫は言い放ち、手にしていた悔悟の棒を輝夜に突きつける。
「説教の押し売りかしら、無粋だわ。でもそれならあと少し待って頂けない?これから罪を重ねようと
思いますの。その後でならいくらでも拝聴しますわ。罪はまとめて裁いた方が効率的ではなくて?」
何気なく告げられる輝夜の言葉は映姫に沈黙と瞠目をもたらす。その様を前にして、輝夜は満足そうに
目を細める。
「私、珍しい物に目が無くて、ずっと昔から蒐集しておりますの。閻魔様、貴女も相当に珍しい品を
お持ちだと聞きました。そう、例えば・・・浄頗梨の鏡。私はそれが欲しいの。ただ、貴女の許しは
求めていないのだけれど」
浄頗梨の鏡。映った者の生前の行いを余すところ無く白日の下にさらけ出す鏡。閻魔が公正な審判を
下すために不可欠の道具。映姫は、輝夜の意図するところを飲み込み、あえて曲解した言葉を紡ぐ。
「それを所望するとは丁度良い、自分の過去と向き合う覚悟があるのならば今この場で」
「一瞬でも過去のことはどうでもいいの、私のは」
口を挟む輝夜。続く言葉ははしゃぐように紡がれる。
「私が知りたいのは私の顔なじみの昔。その子とはずっと反りが合わなくて・・・考えたのですけれど、
お互いの昔のことを知り合えば何か変わるんじゃないかって。ほら、歴史認識の齟齬を正す事が
関係改善への一歩だと言うじゃありませんか?」
この言葉がもたらしたものは、しかめられる映姫の眉。
「大した肝の太さですね、流石は蓬莱人と言うべきですか。私の前でそのような戯言を吐くとは。貴女は
ただ一方的に他者の過去を暴きたいだけでしょう」
不機嫌さを露わにした映姫の言葉を受けても、輝夜は悪びれることなく微笑む。
「そもそも罪を見過ごすという罪を私に提案するなど言語道断。貴女にはまず畏れというものが
どういうものであるか教育する必要がある。貴女はかつて自分の欲する物の危うさを全く考えずに
作り出し、使用したという罪を犯している。ならば、自分が求める物の恐ろしさを身をもって味わう
こと、それが貴女が最初に積む善行となる!」
朗々と宣言し、両腕を大きく開く。その映姫の胸元で徐々に存在感を現していくのは小さな手鏡。
「浄頗梨審判、開廷。被告、蓬莱山輝夜!」
完全に顕現した手鏡に映った、輝夜の鏡像と瓜二つの姿が鏡の手前、二者の間に形作られる。
「さぁ、己が重ねてきた幾星霜の時間を見つめなおすと」
「使いましたわね、閻魔様」
再び口を挟む輝夜。その顔には周到に準備した罠に掛かった獲物を確認したときのような満ち足りた
感情を浮かべていた。
「さてさて、それでは閻魔様には退廷願おうかしら。私はこれから鏡の前で舞踊の練習をしなくては
ならないみたいだし」
「何をふざけたことを」
「そういえば、閻魔様の部下の死神さんは今は三途でお仕事中だったかしら」
三度差し挟まれる輝夜の言葉。再びの沈黙と瞠目、そして動揺までもがもたらされた。
「・・・小町に何をするつもりです」
「閻魔様、貴女は確かに恐ろしいわ。こうして向かい合っているだけで身体の震えを抑えるのに
精一杯。加えてその鏡があれば少なくとも貴女は何者にも敗北しない。では、どのような手段を以て
すれば貴女から勝利を得られるのかしら?それを永琳に相談したの」
「・・・交換材料」
歯の軋む音と共に吐き捨てられる回答。その後に続く沈黙は即座の行動によって破られる。
映姫は自分の周囲を暗褐色の靄で覆い、大量の悔悟の棒を散布する。悔悟の棒が靄を抜けた地点からは
更なる悔悟の棒が連なり現れる。突如として傾けられた如雨露、相対する輝夜の採った行動は・・・不動。
果たせるかな、棒は一本たりとて直立する彼女を打擲することはなかった。全ての棒が地面に突き刺さる
までの間、背中を向け空を駆けて行く映姫の姿を輝夜は目で追っていた。
「さぁさ、お急ぎ下さいな、閻魔様。私がこの鏡像を打ち破り鏡を手にする前に、貴女の大切な部下が
私の手駒に捕らわれないように保護する、それが私から貴女様に送る難題。これを置いて他に、私が
犯すであろう数々の罪・・・強奪、拉致、恐喝、拷問・・・を未然に防ぐ手段は無いでしょう」
眺めること須臾にして空に消えていった映姫の背を認め、呟く輝夜。
「それにしてもこれ程の策を瞬時に考え付く永琳はやはり凄いわ。流石、私にとって一番の神宝」
それから今思い出したかのように、自分の鏡像に向き直る。
「少しでも前の私のことなどどうでもいい。ただ、少し前までの私は今この時、どんな難題を以て
愉しませてくれるのかしら?」
中有の道。三途の河まで伸びる、死者の通り道である。この道は普段屋台が軒を連ね、生きている
者も巻き込んだ賑やかな縁日状態となっている。ただしこの今、深夜には人影は殆ど無く、河へ
向かう幽霊が彷徨い行くだけの道となっている。さらにこの今、珍しい事に満月を隠す分厚い雲から
あらゆる音をかき消す豪雨が降り注いでいた。そのことを改めて確認した存在が、共にいる者に
報告する。
「・・・駄目です。この暗闇と大雨で視界は塞がれ、音も全く辿れません」
「そのようね」
報告された者・八意永琳は報告した者・鈴仙=優曇華院=イナバに相槌を打ち、更なる質問を重ねる。
「でも、貴女の能力は光波や音波を探るだけではないでしょう?彼女特有の気質はどこにあるの
かしら?」
ややの期待を込められた問いに、しかし鈴仙は首を横に振りつつ、中有の道の左右に広がる林を
一度見渡してから永琳に答えを返した。
「それも撹乱されています。彼女に似た気質の存在がこの周辺にそれなりの数、散在しています。
これはおそらく陽気な幽霊達でしょう。彼等は適当に彷徨っていますが、ある範囲を超えて動く
ことはありません。距離を、操られているものと思われます。なんてこと、過去に数度、交戦した
だけで私の能力への対策を講じてくるなんて」
それを聞いて永琳は、困ったように手を頬に添える。しかし笑みは崩さない。
「流石、暢気に見えてかなりのやり手ね。最初に接触したとき、真っ先に私に的を絞って動きを縫い
止め、中有の道に雨を降らせた。それに乗じて林の中へ姿をくらまし、あまつさえ無数のデコイを
ばら撒く。これで彼女にとって一番重要なもの、時間を手に入れたというわけね」
「申し訳ありません、まさかあれほど迅速に行動するとは思っていませんでした。私が早々に狂気の
瞳を発動させていれば師匠の動きを封じられる事はなかったのに・・・このままでは姫が・・・」
不安げな面持ちになる鈴仙。と、そこに新たな声が掛かった。
「言われたとおり、一番の近場を見てきたけどやっぱり幽霊しかいなかったよ」
「わっ!?」
唐突に鈴仙の背後から現れた小さな人影は、そのまま永琳の前に進み出る。この闖入者にも永琳は
驚かず、ねぎらいの言葉をかける。
「ご苦労様、てゐ」
偵察を勤めた因幡てゐは手をひらひらと振って答える。永琳はそれを見届け、鈴仙に向き直った。
「姫の心配は無用よ。どれだけ欠けようとも再び満ちて天に昇る、それが月だもの。それよりも、
私達が姫の時間稼ぎに甘えている事の方が問題ね。怖い方がこちらにいらっしゃる前にケリを
つけないと。鈴仙、その陽気な気配は一つたりともこの辺りから離れていこうとしていないのかしら」
言われて、目を閉じ耳を澄ます鈴仙。
「・・・はい。把握している数・陣形は変化していません。しかし虱潰しに探すには多すぎる数です」
「そう。・・・二人とも、これから私の言うとおりにしなさい」
報告を受けて永琳が黙考したのは、寸毫の間。そして動けない自分の傍に二人を呼び、秘策と秘薬を授けた。
一通りの説明を終えると、永琳は小町の逃げ込んだ茂みの方を見渡し、高らかに宣言した。
「さあ、狩りを再開しましょう。今宵に限っては、無慈悲な刈り手たる死神もただの収獲物に過ぎないわ」
「さっきのアレって、the Grim Reaper のことを言っていたのかな」
激しく叩きつける雨を突き破り、遥か上空を目指す鈴仙。永琳から渡された秘薬を抱えた手元に視線を
向けつつ呟く。
「それにしても師匠も抜け目ないなぁ。こんな薬、いつの間に作っていたんだろう。メディスンあたり
から着想を得たのかしら?そりゃ確かに精神に異常をきたす薬が、気質の具現である幽霊にも直接
効果があると予想できるかもしれないけど・・・敵わないなぁ」
そのうち自分の能力も分析され薬になってしまうのでは、という懸念を抱く。そうしている内に目的の
地点、雲海の中に飛び込んだ。この、敵の作り出した天の不利すらも利用しようとする、自分の師に少々
恐怖を感じつつ、鈴仙は秘薬を一つ解き放つ。
「確か外の世界では、酸性雨っていう酸っぱい雨が降るんだっけ。その原因は酸っぱいものが
空に上がって雨に溶けて降り注ぐから・・・」
別の場所で同じ薬を散布する。飛散した秘薬は雲に、雨に取り込まれ、徐々に浸透してゆく。
豪雨の降り注ぐ中、茂みの中で息を潜めて伏せる者がいる。三途の水先案内人・小野塚小町、今後の
展開の鍵を握る存在である、本人にとっては甚だ不本意な事に。林の中とはいえ、雨滴は容赦なく
小町の全身を叩いている。そんな状態で現在の状況に思いを馳せる。
(今のところ幽霊達の数に変化はなし、と)
今の彼女は、八意永琳を止める事と陽気な幽霊達の布陣を保持する作業にかかりきりになっていた。
一方で永琳を掌握しておきつつ、もう一方では大勢の幽霊達の正確な位置を思い出しつつその付近を
泳がせておく、全身全霊でその緻密な仕事に専念する。幽霊達の傍には思い出しやすいように金・銀・
銅貨を一定の組み合わせで配置しておいた。こればかりは手を抜くわけにはいかない。
(四季様はどうしているだろう?・・・普段から定時には帰るべきだったかな。あたいが戻ってこないと
気付いてもどこかで道草を食っている、くらいにしか思われていないんだろうな。でも・・・)
自分で生み出した豪雨の空を見上げる。
(あの方はいつもいつも、あたいを連れ戻しに出てきてくれていた・・・なら、今もそれを信じて
待つしかない、か)
映姫の小さな姿を思い浮かべる、その表情は怒りと呆れを含んだもの、思えばいつもこんな顔を
見ているような気がする。その記憶を頭に留めつつ、幽霊達の位置を調整しようとする。
「!?」
手が空振りした、そんな感触を覚えた。慌てて能力を再発動する。しかし、空しく宙をさまよう
ばかりで幽霊の手ごたえがない。今度はより自分に近い位置を思い出して試す・・・いた。
(幽霊が消えた?攻撃したのか、それとも・・・吸霊?虱潰しを始めたのか?おそらく月の兎と地上の
兎の仕業。なら、うまく立ち回れば隙をついて逃げられるかも)
そう考え、現在の幽霊達の陣形を確認するためにざっと広範囲を走査する・・・その途中で驚愕も広げた。
(な、何なんだこれは!?あいつらの吸霊範囲を明らかに超えた侵食じゃないか)
幽霊達はだいたい広大な円を描き、その中を等間隔で埋めるように配置してある。その陣形が、まるで
月が欠けていくかのように外周から削られていっている。その部分食の進行方向の先には・・・。
(八意永琳、か。対処までの時間が短すぎる。やっぱりあいつは只者じゃなかったな)
最初に出くわしたときの、映姫とは別種で同等のプレッシャーを思い出す。どうやってこの、自分
くらいしか出来ないような広範囲吸霊を達成したのかは解らないが、たとえ今動けない状況にあると
しても彼女との接触は避けたかった。
(もう残ってる幽霊は多くない。こいつらの距離を一斉に動かして、その混乱に乗じてあたいも
急いで逃げるしかない!)
今や幽霊達の陣形は、上から見れば三日月を描く程度にまで削られている。小町はそのことを確認
すると、自分の近く・遠く・近く・近く・遠く・・・不規則にそれらの場所にいる幽霊達を敵の展開
した吸霊範囲から遠ざけ始めた。一定数動かしたところで今度は小町が駆け出す。永琳の位置は
把握しているが、二匹の兎がどこにいるかは解らない。不意打ちに充分注意しつつ幽霊の距離操作を
再開する。
しかし、不意打ちは予想もしていなかった形で訪れた。
「きゃん!」
足を、更に、腕を胴を頬を髪を胸を・・・全身を何かが襲った。
(蜘蛛の・・・糸?)
もがけばもがくほど、自身の動きが奪われる結果となる。小町はなんとか、胸襟の奥に手を挿し
入れようとする。そこから取り出したのは一枚の札。そこに記されている言葉は・・・
(死歌『八重霧の・・・渡し』!)
札に込められていた力が具現化する。それは、小町を取り巻き高速で回転する光の刃。この光の
暴風を受けて小町を絡め捕っていた蜘蛛の糸が細切れになる。束縛から解放されその場に崩れ
落ちる小町。地面は水浸しで、小町は泥にまみれてしまった。しかし先ほどまでの豪雨が嘘の
ように止んだことで、それ以上濡れることはなかった。同時に雲も消え、満月が林の中を照らす。
(はぁ、はぁっ!こんなところに網を?まだあいつとは随分と距離があるってのに)
永琳を縫いとめておいた方向に目を向ける。この、力の規模に対して覚えた戦慄を糧に、自身を
立ち上がらせる。そして逃走の続きを始めようとしたところで、
「斯くも儚き幽霊の~、寄る辺となるべき花を摘み取る行いは~、狩りというより刈りに似て~」
調子っぱずれた歌声に出足をくじかれた。
「やあやあ、流石はお師匠様。見事に兎狩りを成功させたねぇ。それを兎にやらせるところがあの
方の趣味の悪いところだけど」
木陰からひょこりと現れたのは地上の兎・因幡てゐ。それを確認して小町は動揺した。思わず呟きが
洩れる。
「なんで・・・あたいがここにいるって・・・」
「お師匠様からの伝言だよ」
てゐはそういって耳を澄ます。そこに囁かれるのは鈴仙の声、正確には永琳から鈴仙を中継しての
通信である。
「『いかがだったかしら、私の極意(ラストワード)は?それで貴女の質問の答えだけど、私の
『天網地網補蝶の法』は幽霊には効かないみたいなのよ。魂魄妖夢、ご存知でしょう?あの娘の
半幽霊を拘束しようとしたことがあったのだけど、出来なかったのよね。そういうわけで
ウドンゲには不自然に止まる気質があればそれが貴女だ、って言っておいたのよ』ってさ」
言葉の切れと時を同じくして、新たな存在が空から降りてきた。秘薬を撒き終えた鈴仙である。
「お疲れ~」
「そうね、確かに疲れたわ。幽霊を活性化させる薬、急いで拡散させたものだから・・・」
幽霊にだけ効果のあるもの、幽霊には効果のないもの、そして天候の不利を逆手にとる手腕・・・月の頭脳
という異名は伊達ではないということを小町は思い知らされた。覚悟を決めて大鎌を構える。
お互いの姿が明確である今、狂気の瞳には充分注意しなくてはならない。自分の能力はまず位置を視認・
記憶する必要があるのだが、あの瞳はそれを効果的に妨害できる、天敵と言える技である。狙うべきは
てゐの方、しかし少しでもてゐに意識を向けていると鈴仙が気付けば、そこに狂気の瞳を叩き込んで
くるだろう。油断なく双方の隙を窺う、丁度そんな時に稲光のような閃光が差し込んだ。
(そういえば『八重霧の渡し』を使ったことで『黄泉中有の旅の雨』の効果が解除されて・・・?)
小町はそこでこの閃光の不自然さに気付いた。ふと、敵の方に意識を向けるとてゐの方はわざとらしい程に
はっきりと、鈴仙もわずかに閃光の方を意識していることが解った。小町は頬を照らす閃光を吟味する。
(この色、この照度・・・四季様の、審判の光!)
思うや否や、鈴仙の方を向かず大量の金貨・銀貨を敵二人にばら撒く。先に行動した事で半刻、
出鱈目な弾幕で更に半刻を稼ぎ、その間に視線と意識を閃光の方に集中させる。枝葉の合間を縫って
遥か遠く視界に映るのは、空に向けて昇り行く稲妻。その根元を辿ればそこには待ち望んだ姿が。
「捉えた、四季様ァ――!」
全力でこちらに引き寄せる。しかし稼げた一刻の猶予はそこまでだった。
何かが迫る気配を察知し、しかし確認している時間は無い、勘に任せてしゃがみこむ、その頭上を
巨大な兎玉が掠める。危ういところを凌いだ、そう思った刹那衝撃が小町を容赦なく打ちつけた。地面を
二転三転する中、この攻撃を何とか分析する。
(マインドエクスプロージョンのための牽制・・・しまった!八意に使った拘束が解けた!)
把握していた永琳の位置を見失う。だがそれに構っている余裕はなく、次の攻撃に備えようとして・・・
攻撃が止んでいることに小町は気付いた。その理由を求めてうつ伏せの状態から顔を上げると、答えが
目の前に屹立していた。その揺るがぬ後ろ姿から穏やかな声が送られてくる、柔和な眼差しと共に。
「こんな所で道草を食っているなんて、全く貴女はいつもいつも面倒ばかりかけて!」
声色ほど穏やかではない内容の言葉を受けて小町は笑い返す、この理不尽な言葉に慣れきっている
自分を可笑しく思いつつ。
「いや、今日ばっかりはどうしようもなかったんですよ。ちょいとシージャックの憂き目に遭遇して
しまいましてね」
「あら、生憎と船舶が欲しかったのではなく、船頭が欲しかったのですけど」
からかうような笑いを含んだ声が空から降りてくる。小町の能力から解放された八意永琳の発したもの
だった。その視線は小町の方をよぎり、新たに現れた四季映姫のところで止まる。
「ようこそ、閻魔様。貴女がここに一人でいらしたということは、浄頗梨の鏡は姫の傍にあるのかしら?
いくら貴女と言えど無限の命を持つ姫をこれほど早く駆逐して駆けつけられるとは思えませんもの」
事がほぼ思い通りに進んでいる、それを確信して笑みを深める永琳。一方の映姫は引き結んだ顔に苦渋を
滲ませる。しかし発する声はそれをわずかでも感じさせるものではなかった。
「こうして小町も無事確保できました。同じように鏡も確保するつもりです。八意永琳、鈴仙=優曇華院=
イナバ、因幡てゐ、貴女達の罪は未遂に終わりました。以後、二度とこのような振る舞いの無いよう
言い渡します。それでは、私はこれから貴女達の主人を止めに行きますので」
「残念ですが閻魔様、私達はこれから公務執行妨害の裁きを賜ることを希望します」
永琳の不条理な宣言を受け、鈴仙とてゐが彼女の傍に寄る。しかめられる映姫の視線にやや怯えつつも。
「あくまでも罪を重ねるつもりなのですか?このままでは兎二匹は死後に地獄行き、蓬莱人二人は生き
地獄を味わう事になってしまいますよ」
「生憎ですけど、私と鈴仙の罪は月に対して犯したものですので、幻想郷の裁きを受ける筋合いは
ありませんわ。まして、姫の罪は既に月で裁かれ、その刑期も当の昔に終えています。今更蒸し
返されても困ります」
唯一、見かけ上平然としている永琳が態度そのままに答える。それを聞いて、隣のてゐも前のめりになる。
「わたしゃ閻魔様に言われたとおり、自分の家族を重んじているだけでっ!?」
突如放たれた審判の光によって言葉と身体を退かされた。
「家族を地獄に向かわせるような行為は、重んじているとは言いません」
光の発信源である映姫の、まさに地獄の底から響いてくるような語りと同時に、彼女の周囲を褐色の靄が
覆い始める。
「それと、罪は犯した場所に置き捨てることが出来るものではありません。逃げても逃げても振り向けば
そこに頑としてある、故に罪を負う、と言うのです。貴女達は私が月に代わって断罪を下す必要がある!」
厳格な宣言を終えると同時に、映姫は空へと飛び上がる、その過程で褐色の靄を展開しつつ。間断なく、
映姫の後ろで腰だめに構えていた小町が得物を振り上げる。その動作によって生み出されたものは広さと
高さを併せ持つ、貨幣の怒涛。この船頭の一漕ぎはそれだけに留まらず、褐色の靄・弾幕裁判を潜り
抜ける事で悔悟の棒を伴い倍化される。対峙していた三者は必死の回避・相殺行動に移る。
(なんて数!あの二人、息が合いすぎている。何とか各個撃破の状況に持ち込まないと。師匠が閻魔様、
私とてゐで・・・何、これっ!?)
貨幣、悔悟の棒がありえない角度から鈴仙に迫り来る。明らかに自分に当たらない軌道を描く飛得物が
急にこちらを狙う軌道に変わる、一度通り過ぎたと思った弾が自分の方に引き返してくる。
(追尾・・・距離操作!こんなことも出来るの?私だけを集中的に・・・後ろ!?)
感知能力が弾幕で混乱させられた結果、映姫がすんなりと鈴仙の後ろに回り込めた。その手にある悔悟の
棒の先端が鈴仙を捉え審判の光が放たれる。
(やられる!)
光線は容赦なく鈴仙の背に突き刺さる・・・かと思われたが、その手前で散乱させられた。
「小町!回避行動!」
瞬時に先を読み、小町と自分に警戒を促す映姫。対照的に、光線の四散に戸惑っている鈴仙は周りを見回す。
「天丸『壺中の天地』」
自分が結界に覆われていることに気付く頃には弾幕が鈴仙の外周に展開されていた。押され、鈴仙から
距離をとる映姫。その彼女に向かって、弟子の窮地を救った張本人から声がかけられる。
「勿論そんなことは心得ていますわ。ですが私は私なりのやり方で、自分の罪を贖おうと考えています。
だから今、姫の傍にいるのです。そして・・・私がこの地上で犯した罪の内の最たるもの、様々な因果の
糸のもつれがあったとはいえ彼女を生み出してしまったこと、ご存知かと思います。この度の姫のお戯れも
決してそれと無関係ではありません」
映姫は動きを止め、記憶を少しさかのぼる。思い当たった輝夜の言葉と今の永琳の言葉、双方に偽りが
ないか吟味する。その間永琳は勿論、鈴仙、てゐ・・・誰もがこの隙を見逃している。
(あの時偽りを匂ったのは戯言そのものではなく態度、だったのだろうか?)
戦場に出来た空白、それを破ったものは二つ。まずは映姫が言葉を発そうとして・・・
「しかしそれでは」
「何を遊んでいるのよ。私を差し置いて」
突如として割り込んできた言葉によって、鈴仙・てゐには正の、映姫・小町には負の感情が届けられた。
永琳だけは当然と言った面持ちで新たな来訪者を寿ぐ。
「お見事です、姫」
来訪者・蓬莱山輝夜は収獲物たる手鏡を見せ付けるように前に示す。
「浄頗梨の鏡、確かに頂きましたわ。流石の逸品、なかなかに手こずりましたけど」
「手こずったと言うのは、その偽物の外見を本物そっくりにすることですか?」
映姫の不機嫌な声を受けて、袖で口元を隠す輝夜。
「うふふ、それもありますわ。それにしても引っ掛かってはくれないものね。この偽物はそこの死神さん
対策だったのですけど。でも私の言葉には嘘は無い、そうでしょう?」
映姫、沈黙による肯定の意思表示。おそらく輝夜は本物の鏡をどこかに隠し持ち、小町に引き寄せられる
ことを防いでいるのだろう。
「さて、そろそろお暇しようと思いますの。閻魔様としては鏡を取り返したいところでしょうけど、この
戦力差の前には一度退かざるを得ないのではないかしら」
勢力均衡を図るための鏡を奪われ、鈴仙と相性の悪い小町、更に不死身の蓬莱人二人・・・状況は甚だしく
不利な方向に傾いている。映姫はしばらく厳しい視線で輝夜を見据えていたが、不意に目を閉じ、
それから重々しく口と共に開いた。
「・・・・・・・・・蓬莱山輝夜。貴女の真の目的は最初に対峙した時に戯れながら語られた内容の通りなの
ですか?そうであるのならなおさら、鏡を使わせるわけにはいきませんよ。このような誠意に欠ける
手段をもってお互いの過去を理解し合おうとしても、貴女はともかく彼女が納得するかどうかは
わからない。貴女達と彼女だけでは話がこじれるというのなら私が調停役を勤めてもいい。とにかく、
鏡は絶対に使わせません」
映姫としては最初に輝夜の目的を信じていたとしても、鏡を私事に使わせる気はなかった。だが今、
鏡は向こうの手にある。奪還は是非曲直庁を頼ればそれほど難しくはないだろう、しかしそれには時間を
要する。この状況では、どうにかして鏡の使用を思いとどまらせなければならない。映姫の説得に対する
返答はしかし、左右交互に流れる輝夜の髪。
「あくまでもこれ以上の罪の累積を阻止したい、と言う事かしら。でも生憎と、永琳も言ったように
これは私達なりのやり方で解決に導いて見せますわ。そう、私達は永遠の蓬莱人、死は勿論生にも
縁の無い存在。ゆえに我々は他者の縁に頼ることなく自己完結していなければならない」
一拍の間の後、悪戯っぽい笑みを含んだ返答が続く。
「それに閻魔様のお節介な説教など、聞きたくありませんの。まぁ、心配なさらずとも目的を果たした
後には、鏡はきちんとお返し致しますわ。正直惜しい逸品ではありますけれど、是非曲直庁と本気で
事を構えようとは思いませんから」
向こうも鏡の所持にはこだわってはいない、しかし使用にはこだわっている。やはり今すぐ取り戻さねば、
そのためには・・・錯綜する思考の中、映姫は顔をうつむける。その後ろで小町がそんな様子を見かねて手を
伸ばしかけ、しかし発せられた低い声を聞いて手を引いた。
「自分の流儀を通す、そのためならば罪を重ねる事をも厭わない、ですか」
目を細め柔和に微笑む輝夜。そこに返されたのは、輝夜の笑顔を鏡写しにしたかのような映姫の顔。
「ならば誰よりもその身勝手を体現する存在のことをお教えしましょう!」
言うや、映姫は前に向かって駆け出す。思いがけない行動に驚きつつも鏡及びそれを所持する者を守護
しようとする輝夜、永琳、鈴仙、てゐ・・・そのてゐがあろうことか映姫と同じくらいの速度で映姫の方へ
近寄りだした。裏で糸を引いていたのは無論、距離を操作する小野塚小町。程なく、てゐは映姫の虜囚と
なる・・・羽交い絞めにされ、悔悟の棒を眼前に突きつけられた。
「まずは拉致。これから恐喝、場合によっては拷問。そのようなことの無いうちに、鏡を返しなさい」
自分達が予定し未遂に終わった事態を相手によって演じられる、その異常な光景を前にしばし二の句が
告げられない輝夜達。その動揺が薄れつつある中、語りの中心であった輝夜が言葉を搾り出す。
「・・・どういうおつもりかしら?貴女様がそのような無法な振る舞いをなさるなんて」
「蓬莱山輝夜、貴女は地獄と言う場所がどういうものなのか考えた事はありますか?生前の罪を徹底的に
裁く名目とはいえ、実際に被害を被ったわけではない閻魔・獄鬼達に肉体と精神をなぶられる。そして
この“事実”を喧伝する事で衆を不安にさせ善行を強いる、そのような理不尽を体現する場所なのですよ。
他者に罪を犯させないために、他者が罪に穢れる前にこちらが手を汚す、それこそが地獄の存在意義」
不敵な笑みを浮かべ朗々と語る映姫。常の謹直さからは考えられない態度ゆえ、輝夜はそこに偽りを
匂う。だが、それ以上にその瞳が映姫の本気を伝えてくる。焦りつつ、口を動かす。
「私に人質が通用するとお考えですか?まして、一手駒に過ぎない・・・・・・・・・」
言葉の途中で、柔らかくなった映姫の笑みに言葉を切らされた。一体どのようにして嘘を嗅ぎわけて
いるのか、輝夜は初めて彼女の嗅覚を理不尽だと感じた。須臾の間黙考し、嘘ではない言葉を紡ぐ。
「確かに、イナバは長く永く保たせたい貴重な道具であることは認めますわ。簡単に切り捨ててしまう
など、永遠を扱う私の矜持が許さないのも然り。でもね、切り札を切るべき瞬間を見誤らないということも
また、矜持の一つですのよ」
「それじゃ、今のこの状況が幾星霜共に過ごしてきた家族を捨てて一度きりの鏡の使用権を拾う分水嶺
だってぇのかい?あたいの見立てでは、この兎の命の値打ちはそこまで安くはないと思うんだけどねぇ。
こんなところで切ったりしたら、それはあんたの矜持とやらをいたく傷つけることになるんじゃないか?」
小町が別の角度から指摘した。死神は個人の価値をその身近にある者が持つ財産で推量する、その観点に
立った意見である。一瞬小町を睨み、輝夜は再び視線を映姫に戻す。先ほどから黙して微笑み続ける映姫。
その瞳が訴え続けるものはただ一つ、一点の曇りもない、確信・・・小町の見立てに対しての、あるいは
こちらが自棄にも意固地にもならないことへの。やや気圧され、視線を映姫から外すとてゐの、すがる
ような疑うような面持ちが飛び込んできた。鏡を見た、一瞬そう錯覚した。
(私の内面も、あんなふうに迷いを抱えてしまっているのかしら?)
自覚してしまった、その時点で輝夜は自分の敗北を悟る。同時にそれは、切り札を上手く温存できたという
ことを意味しているのかもしれないが、それは将来切る時にならないと解らないだろう。念のため、自分の
一番の神宝に他の札が無いかどうか確認を取る。
「手詰まりかしら、永琳?」
尋ねられた永琳は静かに目を閉じ、代わりに口を開いた。
「申し訳ありません、姫。私の考案した策は、敵に使われた場合にも有効である事は想定していましたが、
最も起こり得ない事態と高を括っていました。どうやら我々は、自分達以上に罪深い存在はいない、などと
思い上がっていたようですね」
浄頗梨の鏡とてゐの身柄を交換し終える。てゐは急いで輝夜の元に駆け寄り、へこへこと頭を下げた。
「や、助かりましたよ姫様。一時はどうなる事かと本気で心配してしまいましたね。いや勿論、姫様が
私を助けてくれるとは信じていましたけどね」
相変わらず調子の良いこと、と思いつつも、輝夜はこの道化がこれまでと変わらず振舞ってくれている
ことに一抹の安堵を覚える。そんな様子を見て、映姫は呆れ声を放る。
「全く、何が縁に頼らずに、ですか。貴女は既に昔から今このときまでずっと、その兎と縁を保ち続けて
いるではないですか。たとえ永遠の蓬莱人といえど、他者と無縁ではいられないものです。外から見ては
不変に見える竹林も、そこに棲む生き物によって手を加えられることもあるもの」
説教はいつも苦々しいもの、輝夜は映姫の小言をうけて大昔に永琳に飲まされた良薬の味を思い出した。
「他と交わる事は純粋ではなくなる事、即ち穢れること・・・自分達もその影響を少なからず受けている事は
うすうす感づいてはいましたわ。でも、元来より穢れのなかった者の問題を扱う時には穢れある者達を持ち
込むべきではない、そう思いましたの」
「それゆえに鏡、ですか。しかし彼女は貴女達とは根が違う存在、生まれついてより穢れに触れ、それと
共に過ごし、そして失った。果たして貴女達と価値観を同じくしているでしょうか?そのあたりを考慮に
入れていないから、これまで彼女との関係がこじれてきたのではないでしょうか?そう、貴女達月の民は
少々自分本位すぎる」
「それは・・・それも確かめるために・・・」
ふと、輝夜は思う。自分は果たして彼女とまともに話し合ったことがあっただろうか?或いは、そう
努めようとしたことは?押し黙ってしまった輝夜の様子を見て、映姫はため息混じりに小言を続ける。
「ふぅ・・・まずはそこから、ですか。過去よりも前に、今の彼女を知る、もしくはお互いのことを知り合う
こと、それが貴女が積むべき善行のようですね」
続く言葉は静かな笑顔と共に届けられる。
「なに、彼女と対話を持つことなど貴女なら容易いことでしょう。今宵貴女と出会ったときから今に至るまで、
貴女の話術の巧みさには感心させられましたよ。私としたことが見事に踊らされてしまいましたからね」
この言葉を受けて、非常にばつの悪い気分になる輝夜。顔を伏せ、前髪の幕を下ろし、搾り出すように語る。
「なるほど。地獄とは恐ろしく、忌避すべき場所であるという事実、充分に味わわせて頂きましたわ。それに
自分がどれだけ身の程をわきまえていなかったか、ということも」
畏れ、及び輝夜の長けている所、双方の教示を終える事が出来たと感じた映姫は満面の笑みと共に告げる。
「私の立会いが必要であるならば声をかけて下さい。一応、今回の件で因縁をつけられた身ですので。もっとも
鏡は使わせませんよ。だいたい、このような卑劣な地獄の道具を求める事がそもそもの間違いなのです。私の
ように罰の悪さを自覚する者、それ以外が使うべきではないのです」
かくて互いの犯した罪による損害は無く、毒は毒によって制された。長い永い満月の一夜も次第に終わりを
告げようとしている。去り行く映姫、それを見つめる輝夜の焦点に小町が二つのものを見せ付ける。金貨と
銀貨、そして金貨を収め、銀貨を輝夜に放った。
「これは?」
「あたいからのささやかな仕返しさ」
容貌は悪戯っぽく、しかし声にはそれを含めず、小町はそう言い残して踵を返した。銀貨を受け取った輝夜は
それをしばらく見つめ、しっかりと握り締めた。
「沈黙と雄弁・・・ね」
「全く、暢気そうに見えて容赦がないわね」
後ろから永琳の声がかかる。輝夜は振り向き、力の抜けた声を吐息混じりに発した。
「同じように妹紅を踊らせてみれば、だって。でもしゃべり過ぎは禁物、か。最初は上手くいって
いたんだけど、予想外の行動をされて動揺したのがまずかったかしら?」
てゐを人質にとられたときの取り乱しぶりを思い出す。顔には出さなかったつもりだが、態度に表れていた、
しかもそれを自ら露呈してしまうような真似をしていた。雄弁さも考えもの、というところだろうか。
「なら先が長そうね。輝夜はあの子を前にすると落ち着かなくなるのでしょう?動揺を排する蓬莱の薬は
肝に溜まるというのにねぇ、貴女のは意外にもろくて、染み出してしまっているのかしら」
永琳の揶揄を受けて、再び前を向く輝夜。手で横髪を弄りながら言葉を吐く。
「意外と情にもろいのよ、私は。永琳よりも長く穢れに侵食されてきた所為でね」
しばらく横髪を玩んでいたが、やがて吹っ切れたように掻きあげ、軽やかに流す。
「正論を容易く言ってのける、それがあの方の嫌なところの一つかしら。でもまぁ、どのように妹紅を
踊らせるかを考えて過ごす日々は、それなりに退屈しのぎになりそうね」
輝夜の宣言を聞いて、手のひらを口元に寄せる永琳。
「ふふっ。一応聞いておくけど、相談役は必要かしら?」
「いいえ。あの方も尊重してくれた通り、私なりのやり方を考え出してみせるわ。いつもは私の方が
難題を持ちかけてきたけど、たまには自分が難題に挑むのも悪くないわね」
難題はいつか解けるもの、あの終わらない夜を明けさせた時のように。これもまた先刻からの自分が
抱えていた難題なれば、今宵鏡像から出された難題のように自力で解いてみせよう、輝夜はそう決意した。
その、黒髪の降りる背中に気の抜けた声が掛かる。
「さぁさ、そろそろ帰りましょ。わたしゃ疲れましたよ、早いとこ我が家で眠りたいもんです」
「ちょっと、てゐ!一人でさっさと行かないの」
言うや早く駆け出すてゐと、その行為を慌てて嗜める鈴仙。彼女達の姿を眺めつつ、保つことのできたもの
・・・縁のことに思いを致し、自尊心を癒す。その安らかな情を表に、そして言葉に込める。
「ええ、帰りましょう。永遠亭へ」
楽しませていただきました
ただ、他の部分はちょっと読みにくかったかな?
永遠亭と閻魔の全面戦争シーンには鳥肌が立ったし、映姫様も輝夜も露悪的な言い方をしてるけど魅力のある人物。