※ この作品は、作品集52に置かれている「厄と博」の続きの話になります。
初見の方は、そちらを先に読むことをお勧めします。
孤独とは、何なのか。
誰とも話さない、誰とも接しない、誰もいない。
他者なんていらない、一人っきりの世界。
私は、孤独になれと、言われ続けて育ったようなものだ。
博麗は平等に接する者。
他者と交わり、他者を拒まず、他者を追わず。
常に同じ心を持って、他者を受け入れろと。
子供の頃の私は、冷めた気持ちで、その考えを受け入れた。
言われた当初は、真に受けていたかもしれない。子供心に、博麗を継ぐ者として、胸を張れる巫女になろうと、思っていた時もある。
けれど、他人と話す度に、博麗として接すれば、気づきもする。
他者と話す事自体が、無意味なんだと。
全てを受け入れるという事は、全てに心を開けないという事を。
子供の頃から、私は知っている。
孤独程、嫌な物はない事を。
だから私は、あの厄神を見て、嫌になった。
まるで、自分を見ているようで。
今の私には、友人と呼べる者達がたくさんいる。
だけど、それでも私は、“博麗’なのだ。友人と思っていても、友人として、接していてるのかどうかも、今では自信が持てない。
きっと、彼女達に、何かあっても、私は、冷めた気持ちで、それを受け入れるだけなんだと。
心の何処かで、思ってしまう自分が嫌なのに、それが事実だと、自分自身が、わかっている。
皆に囲まれ、神社を掃除したり、神社でお茶を飲んでいるのに、私の心は、常に、誰にも心を開かない。
薄っぺらな仮面を象り、魔理沙の弾幕勝負に付き合ってみたり、昼間なのに来る、レミリアと咲夜と共にお茶を飲んだり、皆で神社で宴会を開いて、お酒を飲んだり。
ただただ、自分の心に正直に行動しているはずなのに、ぽっかりと、霊夢としての、少女の心は、常に冷めている。
そんな孤独を、私は知っているのに。
雛は、厄神だからって、他者を避けている。
心底心配そうな顔をして、驚いて顔を紅潮させ、あんなにころころと表情を変えるのに、厄神だからって、一人っきりの世界にいるなんて間違ってる。
私は認めない。手を伸ばせば、掴み取れる世界があるのに、一人っきりより、暖かな世界があるのに。
もう、私が手を伸ばしても、駄目な世界があるのに。諦めたように、自分が厄神だから居ちゃいけないなんて言い訳、聞きたくなかった。
「……ん」
鳥の鳴く声が、遠くで聞こえた気がした。
「…最悪」
寝覚めは最悪だった。悪夢に近い。何せ、走馬灯のように自分の昔を、繰り返し思い出していたのだ。
昨日雛と会ったからか。昔の自分を、私は見た。
まだ博麗を継いでいない、まだ、心の底から気持ちを出せた自分を。
頭に残る頭痛を抱えつつ、布団から身体を起こし、辺りを見渡す。
紫とお鍋を肴に、お酒をしこたま飲んでから、記憶がぽっかりと抜けてしまっている。
横を見てみれば、もう一つ、布団が一つ。
しかし、その布団には、誰も寝ていない。
「…すぅ…すぅ」
代わりに、真横から寝息が聞こえてくる。
「…………」
無言のまま横に目をやると、長い、金の髪に、寝巻きなのだろうか。紫のネグリジェに包まれた、ふくよかな胸が見える。
あどけない寝顔で、私の布団で、紫は寝ていた。
「……はぁ」
二つ布団を敷く意味がないとか、何で私の布団で一緒に寝ているんだとか、色々言いたい事はあったが、全てを呑み込んで、溜息を吐く。
お酒を飲んでからの記憶がないのと、頭に残る頭痛から、昨日の夜中、自分が酔い潰れたのは確実だ。
布団を敷いた覚えがない事から、きっと紫が、私を介抱してくれたのだろう。
怒る以上に、感謝をするべきだ。
紫を起こさないように、布団から這い出て、自分の格好に、驚く以上に呆れが出てくる。
寝かせる際脱がされたのか、胸に巻かれた、さらしと、パンツ一枚の格好で、布団の中で温まっていた身体が、一気に冷えていく。
そろそろ桜が咲く季節になると言っても、朝は寒い。
周りを見渡すが、脱がされた巫女服は見当たらず、髪に巻かれていたリボンも見当たらない。
洗濯してしまったのだろうか。
部屋に置かれている箪笥から、昨日着ていた物と、全く同じな、腋が出る巫女服を取り出す。
これしかないというわけでもないが、博麗の巫女として、巫女服以外で、外へと出るというわけにもいかない。
冷め切った部屋の中、急ぐように服を着て、赤一色のロングスカートも履いて、縁側へと出た。
「…ああ、寒いはずよ」
縁側へと出て、日の光を浴びようと思ったのだが。
生憎と、空はどんよりとした、黒い曇り空で覆われていた。
いつ、雨が降ってきてもおかしくない。
「困ったわね…」
昨日、自分が使っていた草履が壊れ、この際、新しい草履を人里に買いに行こうかと思っていたのだが。
小雨なら、傘を差して飛んで行ってもいいが、大雨ともなれば、絶対に濡れる。
日の光を閉ざした曇り空は、間違いなく後者だった。
「……ま、いいか」
草履はあれ一つというわけでもない。
白い息を吐きながら、霊夢は神社の中へと戻り、朝食を作ろうと、踵を返した。
※
心が、痛い。
チクチクと針を刺されたかのように、自分を蝕んでいく。
「……」
どんよりとした曇り空、妖怪の山に広がる森の中で、雛は膝を抱えて、大木に背中を預け、じっと地面を見ていた。
たった一度、他者と肌を重ねただけだ。
それなのに、心は寂しいと、何度も、何度も鳴いていた。
「駄目です……駄目なんです」
寂しいと鳴き続ける自分の心に、雛は自制するように、呟き続ける。
今では、いつものように、回っていても、痛みは広がってしまう。
自分は、どうしてしまったのだろうか。
孤独には慣れている。自分は厄神、厄を溜め込み、災いを起こさない為にいる者。
私の傍にいれば、災厄は起き、迷惑しかかけられない。
他者と居たいなんて事を、考えた事すらなかったはずだ。
だって私は、他者と一緒にいた事なんて、なかったから。
「……私は厄神、彼女は博麗…」
あの巫女の笑う姿が、今でも脳裏に焼きついている。
自分のせいで、不幸が彼女に起きているのに、笑って気にするなと言ってくれた。
それ所か、考えた事もなかった方法で、私と共に、お茶を飲んでくれた。
彼女はどうしてこんな私に構ったのか。
どうして、私はもう一度、彼女に会いたいと思ってしまうのか。
「……駄目、なんです」
博麗神社には、厄を集めに行っただけだ。
巫女と共にお茶を飲んだあの数刻は、私にとって、ありえない事。
二度はない、甘えるな。厄神としての自分を思い出せ。
「…………霊、夢さん」
けど……けど、期待してしまう。
もう一度、会いに行けば、また昨日と同じみたいに、お茶を一緒に飲んでくれるかもしれないと。
地面を見つめていた視線は、ゆっくりと、木々の合間から見える、黒い、曇り空を見つめた。
「…ごめん、なさい」
一言、呟くように謝り、雛は空へと飛んだ。
期待と不安を胸に、博麗神社へと。
※
「で、紫。アンタいつまでいる気よ」
神社の居間にて、寝ぼけ眼のまま、ネグリジェ姿で起きてきた紫に、ちゃんと着替えてくるように言ってから数刻。
昨日とは若干違う、紫と白を基調としたドレスに着替えた紫と共に、朝食を食べていた。
紫が昨日の夕飯を作った手前、霊夢は朝食を二人分、きっちり用意した。
御飯と味噌汁だけという、お腹が膨れるか疑問な程、量は少なかったが。
「あら? いちゃいけないのかしら?」
それでも、紫は喜び、頬を緩ませて食べていた。
紫にとって、量等些細な事であった。
霊夢が自分の為に朝食を作ってくれた事が、とても嬉しいのだ。
「いてもする事ないでしょうに」
「それを言ったら、マヨヒガに居てもする事なんてないわよ? それに、雨が降りそうな中を、帰れって言うの?」
紫はちらりと、居間を越えた先の、縁側の外から見える、曇り空を見る。
まだ降ってきてはいないが、黒い雷雲は、ゴロゴロと、いつ降ってもおかしくないと、宣言するように鳴り響いていた。
「どうせ帰るときは隙間で一瞬でしょ。雨の中だろうと、関係ないじゃない」
「趣の問題よ。とにかく、こんな中帰る気はないわ」
尤もな霊夢の言葉に、紫はあくまで反論する。
「…はぁ。アンタって本当、物好きね」
帰れと言っても聞かない紫に、霊夢はとうとう諦め、細々と食べていた御飯を完食した。
「ごちそうさま」
「お粗末様」
作ったのアンタじゃないでしょと、突っ込みたくなるが、口に出すのも面倒だった。
ゆっくりと味わうように食べる紫を置いて、霊夢は食べ終わった食器を台所に置く。
食後にと思い、用意しておいた、お茶と、湯飲み二つを手に持ち、居間のテーブルへと持っていく。
「はい。お茶」
「あら、ありがとう」
並々とお茶が入った湯飲みの一つを、紫の方へと置く。
もう一つは自分の方へと。
「…ん」
ズズズと、湯気が立ち昇るお茶を飲みつつ、縁側から見える曇り空を、霊夢は見ていた。
雨が降り始めれば、この神社には誰も来ないだろう。
春に近づきつつあるとはいえ、日が出ていないせいか、少しばかり寒気もしてくる。
雨が降ればより寒くなる事だろう。そんな中、わざわざ神社に来る者なんて、本当に目の前にいる紫ぐらいだ。
「…ん?」
ぼんやりと、見上げた曇り空。
何か、高速で飛んでくる者がいた。
「あれって……」
昨日と全く同じ姿で、霊夢は、起きた時には、いなかった少女の姿を見た。
「? どうしたの? れい――――」
むと、紫は霊夢が見ている空の方へと、視線を向けて、最後まで言わずに言葉をなくした。
「…厄神」
紫は立ち上がる。
何故、ここに再び来たのかと。
「紫?」
いきなり立ち上がった紫に、霊夢は、視線を向けて、息を呑んだ。
そこには、先ほどまでニコニコと、笑っていた顔はない。
不快げに、殺気を隠さずに雛の方を見る、紫の姿があるだけだ。
神社の空の上で止まった雛の方へと、睨むように視線を向けていた紫は、ゆっくりとした足取りで、縁側の方へと歩いていく。
「ちょっと、紫、アンタ何を」
霊夢の言葉に、紫は歩みを止めない。
縁側へと出た紫は、隙間から靴を取り出し、履くと。
「………霊夢、御飯、そのままにしておいて頂戴。終わったら食べるから」
跳ねるように、空へと飛んだ。
「…ッ!?」
霊夢はそんな紫を見て、直ぐに立ち上がり、縁側へと出る。
いつもなら、縁側で草履を用意してあるのだが、昨日の件で壊れてしまっている。
裸足のまま、霊夢は、紫を追うように空へと飛んだ。
※
神社へと飛んできた雛は、雷鳴が鳴る中、不安げな表情のまま、霊夢が縁側に出てくるのを待とうとした。
何と言って、彼女に会えばいいだろうか。
そんな事を、ずっと考えながら、飛んできた雛だったが。
縁側から出てきた者に、心が凍りつく。
神聖な神社にしては、禍々しい程の妖気と、殺気を纏いながら、縁側から出てくる者を見て。
ソレは音もなく飛んだかと思うと、間を置かずに、私の前へと躍り出た。
「何で、貴方がここにいるのかしら?」
圧倒的な畏怖。
厄神である、私でさえ、震えが走る程の、化け物。
「あ……あ………」
呼吸すら、まともに出来ない。殺気に当てられただけで、私の身体は、金縛りにあったように、身を強張らせてしまった。
「おかしいわね。厄神が稚児だとは、聞いていないのだけど? 話せぬ口もないのかしら?」
紫は無表情のまま、口をパクパクとさせる雛に、話続けるが。
「わ……私……」
淡い期待をしていた心は何処に行ったのか。
目の前にいる存在に恐怖し、殺されると、全身が警告を鳴らしていた。
「紫!!」
そんな雛の耳に、思い続けた声が聞こえる。
「……霊夢」
「アンタ、一体何をしようとしてるのよ…」
紫を追う様にして、霊夢は紫の背後に飛んでいた。
「雛が怖がっているじゃない。どうしたのよ。変よ、紫」
霊夢は、紫の変貌ぶりに、動揺を隠し切れない。
どうして、雛に対して、ここまで敵視するのか。
「………昨日、話した通りよ。厄神は、近くにいる者を不幸にする。今は、私が境界をいじっているから何も起きないけれど、霊夢、貴方に害を与える存在なのよ」
紫は哀れむように、霊夢の方に首を向けて告げると、再び、怯える雛の方へと顔を向ける。
「厄神、貴方、ここの厄は昨日集めたはずよ? それなのに、ここに来たのは………霊夢に会うためね?」
紫のその言葉に、ビクリと、一際、雛は怯えてしまう。
まるで、それがいけない事かのように。
「そうだったら、許しがたいわ。貴方、自分の立場をわかっているの? 厄を集め、自ら他人を寄り付かせない者になったというのに、貴方は受けいれられたからといって、霊夢に縋る気?」
紫はスペルカードを懐から取り出す。ここで、害になる者を、霊夢に近づかせない為に。
「…わ、私は……」
スペルカードを取り出した紫を見ても、雛が、構える素振りはない。
それ所か、怯えていた身体は、徐々に治まり、代わりに、紫の言葉が、深く、心に突き刺さっていた。
「……ごめんなさい」
雛は、顔を俯かせて謝る。
何で、期待してしまったのか。
誰かに言われるまで、まだ、霊夢と一緒に、お茶を飲めると夢を持ってしまっていた自分がいた。
「私が、馬鹿でした……」
後少しで、私は霊夢さんを、不幸に―――
「違う!!」
謝る私に。
「紫! いい加減にして! 何で、何で孤独から出ようとしているのを止めるのよ!」
霊夢は、叫ぶように雛が謝る事を、違うと、怒った。
「…何度も言わせないで。厄神は、貴方に害しか与えない」
「それがどうしたのよ!? 雛が私に会いたいなら、会えばいいじゃない! 私は博麗よ? 厄神だからといって、拒みはしない!」
豪語する霊夢に、紫はあくまで、冷静に、言葉を返す。
「それで貴方が不幸になってしまえば、皆悲しむのよ? 神社に来る者達も、不幸を負わせた厄神も、皆、悲しむはめになるのよ?」
「だから! それがどうしたのよ!! 不幸になる? なら昨日、雛とお茶を飲めたあれは何だったのよ!」
「…それは、単なる偶然かもしれないのよ? 二度も、同じようにお茶を飲めるとは限らないわ」
目の前で言い争う、紫と霊夢。
雛は、ぼやける視界の中、霊夢の言葉を聞いていた。
けれど、紫の言葉も真実であって。
「……ッツ!」
泣きそうになる顔を、見られたくなくて、雛はバッと、背中を向けると、来た道を戻るように、飛んだ。
「雛!」
紫と言い争っていた霊夢は、雛が飛んだ方向へと、急ぎ、自分も飛ぼうとするが。
「待ちなさい」
紫に腕を掴まれる。
「離して! 離しなさいよ!」
掴まれた腕を離そうと、必死にもがくが、万力のように、紫の手は、外れない。
「…追って、どうするつもりなの?」
「決まってるじゃない! 連れ戻すのよ!」
霊夢は紫に激昂するように叫ぶ。
今、雛を追わなければ、二度とあの子は他者を求めない。
「………霊夢。どうして、厄神にそこまで肩入れするの?」
紫は、悲しげに、激昂する霊夢に聞く。
「博麗だからじゃ、通じないわ。もっと、何か別の理由があるから、厄神を庇っている。違う?」
「……」
激昂していた霊夢だったが、紫の悲しげな表情に、徐々に、落ち着いた様子を取り戻していった。
「………何度でも言うわ。霊夢、厄神が貴方の傍にいて、貴方にいい事は決して起きない。それなのに、どうして貴方は、厄神を庇うの?」
「…孤独を知っているからよ」
霊夢は、悲しそうな顔をする紫に、今まで見せた事がなかった、悲しむ顔をしてみせた。
「私は多くの友人を得たわ。けれど、“博麗’としての自分は、常に冷めている。常に孤独。私は、皆に心を開けない」
ポツリポツリと、雨粒が頭にかかる。
とうとう、降るぞ降るぞと、雷鳴で宣言していた曇り空から、雨が降り始める。
「雛は、他者を知らないだけなのよ。まだ、私が諦めた世界を、彼女は手に出来るのよ…!」
霊夢は真っ直ぐ、真剣な眼差しで、腕を掴む紫を見る。
「厄神? 不幸? そんな物、孤独のまま居続けるより、遥かにましよ! あの冷たさに比べれば、草履の鼻緒が切れたり、湯飲みにヒビが入る事なんて、どうでもいい事よ!」
「……霊、夢」
それが、本心なのか。
紫は、霊夢の吐露した言葉を、噛み締めるようにしながら、悲しんだ。
自分にも、彼女は心を開いてくれてはいないという事実に。孤独にさせたままでいるという事実に。
「…紫、離して」
既に、万力のように掴んでいた力はない。
霊夢を束縛していた手は離れ、雛の姿は見えないが、追いついてみせると、雨粒が徐々に空から降ってくるこの中で誓う。
だが、追う前に。
「これだけは、言っておくわね。紫、私は、孤独に感じる自分に、後悔はしているけど」
悲しみ、今にも泣きそうにしている紫に、背を向けながら。
「“博麗’になった事は、後悔していないわ。なっていなければ、みんなに出会わなかった」
それだけ言い残し、徐々に酷くなっていく雨空の中、紅白の巫女は、雛の後を追う為に飛ぶ。
「……」
紫は、呆けたように、霊夢が飛んでいく様子を、雨に濡れながら、じっと見続けた。
弱弱しい雨から、徐々に、強い雨へとなっていっても、変わる事なく、見続け。
「………はぁ」
溜息を吐いて、神社の方へと降りる。
ゆっくりとした足取りで、縁側から神社の中に入ると、濡れた姿のまま、居間へと入る。
ポタリポタリと、水滴が畳に落ちるが、気にしない。
「…嫌な女ね。私は」
ずっと、霊夢の為と思って、行動をしてきたつもりなのに。
ずっと、霊夢に孤独をあじあわせていたというのか。
服からも髪からも、水滴はこぼれ、頬を伝う水滴も、同じように、畳へと、静かに流れていった。
けれど、彼女は言った。博麗になった事は、後悔していないと。
「…今だけよ、泣くのは」
自分に言い聞かせるように、呟く。
霊夢は必ず、厄神をここに連れてくる。
そうしたら、私はいつものように迎えてやるんだ。いつものように笑って、めんどくさそうに、霊夢の為に動いて。
霊夢が孤独と感じない時が、来るようにと願って。
大妖怪は、誰にも見せた事がない涙を、誰にも見せる事なく、静かに流し続けた。
※
「こっちで、合ってるわよね……」
昼さえ回っていないというのに、バケツをひっくり返したように、雨はどしゃ降りへ変わり、曇り空は、夜中の如く、辺りを暗くしていた。
雛の姿は、未だに見えない。
全身がずぶ濡れになり、歯の根がガチガチと、無意識に寒い、死ぬと訴えていたが、それでも高速で、雨の中を飛んでいく。
何処かに降りて、この雨をやり過ごしているのだろうか?
眼下に広がる暗い森に、目を向けるが、あんな形で、あの場から飛び去ったと言うのに、すぐに雨が降ったからといって、下に降りるだろうか?
「降りないわよね…」
きっと、何処かで泣いている。
見つけないと、必ず見つけないと。
あんな厄神を、孤独のままにしてはいけない。
「……あ」
雨粒が顔にビシャビシャとかかる中。
細めた視界に、この暗い空の中。
空の上で、見上げる厄神の姿があった。
「雛!」
霊夢は見つけた事に喜び、声を上げて、近くに駆け寄ろうと、飛ぶ。
「こないでください!」
だが、豪雨の中。霊夢の声を聞いた雛は、顔を空に向けながら、拒絶の言葉を叫ぶ。
「…ッツ!?」
霊夢は、その言葉に、近寄ろうとした身体を止められる。
「駄目なんです…! 私に近寄っちゃ…」
豪雨の中、聞きづらいが、聞こえてくる声。
空を見上げていた顔を、雛は、霊夢に向ける。
「雛……」
その顔は、くしゃりと、歪んでいた。
「私は厄神なんです! あの妖怪が言った通り! 霊夢さんに不幸を起こしてしまう!」
「……」
「私が馬鹿だったんです! 迷惑をかけるのをわかっていたのに! 私は…私は…!」
嗚咽混じりの、その叫びは、豪雨のこの中で、かき消される事無く、霊夢の耳に届く。
「淡い期待をして……また、また一緒にお茶を飲めると思ってしまって……」
暗がりの世界で、厄神の少女は、謝るように、泣き続ける。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめん―――」
「雛!」
霊夢は、そんな雛の姿を、黙って見ていられる程、達観していなかった。
「何で謝るのよ!? 何でそう思うのよ!? 私が迷惑だなんてあの時言った!? あの時不幸なんて、いつ起きたって言うのよ!!」
「…霊……夢……さ…ん?」
「草履の鼻緒が切れた事!? 湯飲みにヒビが入った事!? 言ったじゃない! あれは、“偶然’だって!」
雛の謝る姿を見たくなくて、霊夢は必死に叫び続ける。
「不幸なんて一度だって起きていないじゃない! 雛がいたからって、お茶が飲めなかったわけでもない! 貴方がいても、いつものように、変わりない日常を、私は過ごしていたわよ!」
豪雨と雷鳴が轟く中、霊夢は雛に届くように。
これ以上、自分と同じ者を作らない為に。
「だから! 厄神だからって! そんな風に思うのはやめなさいよ! 手を伸ばせば! 雛はもっと、もっと暖かな世界を掴めるんだから!」
叫び終えた霊夢は、肩で息をしながら、雛を見つめる。
雛は、そんな霊夢を見て、心が揺らいでいた。
豪雨の中、霊夢の言葉は、一音一句、聞き逃さずに、雛の耳に届いた。
こんなに、私に語りかけた者がいるだろうか。
自分は厄神、不幸を、周りに起こす者。
そんな事を、一切無視して、目の前にいる巫女は、孤独であり続けた、私に語りかけた。
「ハァ…ハァ…ハァー………」
肩で息をしていた、霊夢は、大きく、息を吐くと、片方の腕を、こちらに伸ばすように向ける。
「望むなら手を伸ばしなさい! 私は、応えてあげるから!」
「あ……ああ……」
徐々に、霊夢は、腕を突き出しながら、雛に近寄ってくる。
雛は、応えるように、片手を、未だに涙ぐんだ顔のまま、突き出して―――
霊夢の頭上で、一際高く、雷鳴が轟いた。
「…ッツ!?」
霊夢は、嫌な予感が走った自分の直感を信じ。
「神技! 八方鬼縛陣!!」
天空に向けて、スペルカードを宣言する。
結界は、霊夢の頭上で展開され。
―――ドォォォン!!
次の瞬間、どれだけの“偶然’か。
自然の雷は、霊夢に向けて、落ちていた。
※
「…霊、夢さん?」
雛は、何が起こったか、理解出来なかった。
白き閃光と、それに続く爆音。
霊夢がいた空は、咄嗟に張ったのか。結界との衝突により、白煙を広げている。
「いや……」
だが、自然の雷光が直撃したのだ。
「いやああああああああ!!」
生きている、筈がない。
「霊夢さん! 霊夢さん!!」
雛は、白煙が広がる空に向かって叫び続ける。
自分に応えてくれると言った巫女。
自分を孤独から、救ってくれるはずの少女。
それが、今、私のせいで…!
「……さけ……ばな…く……き……よ」
「ッツ…!?」
雛は、自分の嗚咽混じりの叫び以外に、豪雨の中で、かすかに聞こえてきた声に、耳を傾ける。
白煙は徐々に収まっていく。
その中で。
「今のは………流石に……効いたわね……」
結界を維持したまま、生きている霊夢の姿があった。
「あ……ああ……」
雛は、急いで飛んで、霊夢の元へと向かう。
再び、霊夢の元へ雷撃が来てしまうかもしれない。
いくら、霊夢とはいえ、再び雷撃を喰らえば、今度こそ、生きてはいないだろう。
何よりも、ぐらりと、後ろにゆっくりと、身体が倒れる霊夢の姿が目に映った。
未だに雨が、叩きつけるように降る中。
雛は、空から落ちようとする霊夢の身体を、しっかりと、抱きしめる。
「霊夢さん…! よかった……本当に……よかった…!」
「流石に、“偶然’雷に撃たれるとは、思わなかったわ……」
雛に抱きしめられ、雷撃によって、身体に力が入らない霊夢だったが、それでも雛に笑ってみせる。
「全く、私も運がないわね……雛、悪いけど、このまま神社に……」
連れて行ってと言う前に、ガクリと、意識をなくした。
※
夢を見た。
昔の、昔の自分だ。
まだ魔理沙や、紫にも会った事もない、古い、古い記憶。
そんな小さな頃の私が、口を開いて、私に語りかけてきた。
「必死に孤独な少女を助けて、満足した?」
勿論だ。私みたいなのが何人もいてたまるものか。
「命を落としかねたのに?」
ここで夢を見てるって事は、生きているんでしょ? 生きてるなら、別にいいじゃない。
「…呆れた。博麗から逸脱した行為なのに、貴方はそんな楽観な考えなのね」
昔の私は、本当に呆れたように、一度溜息を吐いてみせたが、その後、ニコリと笑って見せた。
「けど、久しぶりかもね。こうやって、自分の本能で動いたのは」
そうね。久しぶりすぎて、最後にドジ踏んじゃったけど。
「確かに、雛の災厄を甘く見ていたね」
苦笑する昔の私。
「けど、それでも、拒絶する気はないでしょ?」
当たり前よ。拒絶したら、今までの意味がないじゃない。
「なら――――起きないといけないわね」
ええ、起きるわよ。けどその前に、一言言っていいかしら?
「なあに?」
人の夢をいじくるのは、よくないと思うわよ、紫。
溜息混じりに呟いた言葉に、昔の私は、一瞬、目を見開いたかと思うと。
「……いつから?」
ニヤリと笑って、聞いてきた。
最初からよ。私の勘を甘くみない事ね。
返すようにニヤリと笑って見せて、視界は、ぐにゃりと歪んでいく。
「…やっぱり、貴方は“博麗’よ」
ぐにゃりと歪んでいく視界の中、最後にそれが聞こえて、私の視界は暗転した。
※
「おはよう、霊夢」
目を開けて、すぐ入ってきたのは、紫の微笑む顔。
「…おはよう紫」
どうやら、私は紫の膝の上に頭を預けているらしい。
「いつまで経っても起きないから、夢の境界をいじらせてもらったけれど、本当に勘がいいわね」
「おかげさまで、起きれたわよ。……雛は?」
紫の膝枕から、顔を上げ、辺りを見渡す。
いつもと変わらぬ神社の居間の中。
雛の姿はすぐに見つかった。
テーブルを挟んで、顔を俯かせ、鎮座している。
雨の中、ずぶ濡れになった服は着ておらず、代わりに、紫が着るような、赤いフリルのドレスを着ていた。
「おはよう。雛」
「………おはようございます。霊夢さん」
喋れないというわけではないようだ。
「…厄神………いえ、鍵山、雛だったかしら?」
紫は、溜息を吐きながら、雛の名前を呼ぶ。
「…は、はい」
雛は、自分の名を紫に呼ばれた事に、怯えを混じらせながら、返す。
「霊夢は、この通り起きたわ。私は貴方に既に謝った。霊夢がここまでして貴方に応えようとした以上、私からは、もう何も言えないわ」
「……」
雛は、俯かせていた顔を上げる。
紫は、その顔を見て、ニコリと、微笑んで見せた。
「だから、笑いなさい。罪悪感なんて背負わなくていい。貴方が悪いわけじゃないのだから」
「……はい」
雛は、紫に微笑み返すように、ニコリと、笑って見せた。
「………いつの間に和解したの?」
「ええ、霊夢がのんびりと寝ている間にね」
片目でウィンクしてみせる紫に、少しばかり、呆れた顔をする霊夢だが、雛の笑った姿を見て、内心喜んでいた。
「霊夢さん」
「ん? 何かしら?」
雛に声をかけられ、霊夢はそちらに再び顔を向ける。
「これから、色々と、迷惑をかけると思います。私が、厄神である事には、変わりはありませんから」
雛は落ち着いて、ゆっくりと喋り。
「それでも、私を友人として、迎え入れてくれますか?」
改まって、聞いてきた。
私は、その言葉に、ニコリと笑って。
「勿論よ。よろしくね。雛」
厄神と友達になっていましたとさ。
初見の方は、そちらを先に読むことをお勧めします。
孤独とは、何なのか。
誰とも話さない、誰とも接しない、誰もいない。
他者なんていらない、一人っきりの世界。
私は、孤独になれと、言われ続けて育ったようなものだ。
博麗は平等に接する者。
他者と交わり、他者を拒まず、他者を追わず。
常に同じ心を持って、他者を受け入れろと。
子供の頃の私は、冷めた気持ちで、その考えを受け入れた。
言われた当初は、真に受けていたかもしれない。子供心に、博麗を継ぐ者として、胸を張れる巫女になろうと、思っていた時もある。
けれど、他人と話す度に、博麗として接すれば、気づきもする。
他者と話す事自体が、無意味なんだと。
全てを受け入れるという事は、全てに心を開けないという事を。
子供の頃から、私は知っている。
孤独程、嫌な物はない事を。
だから私は、あの厄神を見て、嫌になった。
まるで、自分を見ているようで。
今の私には、友人と呼べる者達がたくさんいる。
だけど、それでも私は、“博麗’なのだ。友人と思っていても、友人として、接していてるのかどうかも、今では自信が持てない。
きっと、彼女達に、何かあっても、私は、冷めた気持ちで、それを受け入れるだけなんだと。
心の何処かで、思ってしまう自分が嫌なのに、それが事実だと、自分自身が、わかっている。
皆に囲まれ、神社を掃除したり、神社でお茶を飲んでいるのに、私の心は、常に、誰にも心を開かない。
薄っぺらな仮面を象り、魔理沙の弾幕勝負に付き合ってみたり、昼間なのに来る、レミリアと咲夜と共にお茶を飲んだり、皆で神社で宴会を開いて、お酒を飲んだり。
ただただ、自分の心に正直に行動しているはずなのに、ぽっかりと、霊夢としての、少女の心は、常に冷めている。
そんな孤独を、私は知っているのに。
雛は、厄神だからって、他者を避けている。
心底心配そうな顔をして、驚いて顔を紅潮させ、あんなにころころと表情を変えるのに、厄神だからって、一人っきりの世界にいるなんて間違ってる。
私は認めない。手を伸ばせば、掴み取れる世界があるのに、一人っきりより、暖かな世界があるのに。
もう、私が手を伸ばしても、駄目な世界があるのに。諦めたように、自分が厄神だから居ちゃいけないなんて言い訳、聞きたくなかった。
「……ん」
鳥の鳴く声が、遠くで聞こえた気がした。
「…最悪」
寝覚めは最悪だった。悪夢に近い。何せ、走馬灯のように自分の昔を、繰り返し思い出していたのだ。
昨日雛と会ったからか。昔の自分を、私は見た。
まだ博麗を継いでいない、まだ、心の底から気持ちを出せた自分を。
頭に残る頭痛を抱えつつ、布団から身体を起こし、辺りを見渡す。
紫とお鍋を肴に、お酒をしこたま飲んでから、記憶がぽっかりと抜けてしまっている。
横を見てみれば、もう一つ、布団が一つ。
しかし、その布団には、誰も寝ていない。
「…すぅ…すぅ」
代わりに、真横から寝息が聞こえてくる。
「…………」
無言のまま横に目をやると、長い、金の髪に、寝巻きなのだろうか。紫のネグリジェに包まれた、ふくよかな胸が見える。
あどけない寝顔で、私の布団で、紫は寝ていた。
「……はぁ」
二つ布団を敷く意味がないとか、何で私の布団で一緒に寝ているんだとか、色々言いたい事はあったが、全てを呑み込んで、溜息を吐く。
お酒を飲んでからの記憶がないのと、頭に残る頭痛から、昨日の夜中、自分が酔い潰れたのは確実だ。
布団を敷いた覚えがない事から、きっと紫が、私を介抱してくれたのだろう。
怒る以上に、感謝をするべきだ。
紫を起こさないように、布団から這い出て、自分の格好に、驚く以上に呆れが出てくる。
寝かせる際脱がされたのか、胸に巻かれた、さらしと、パンツ一枚の格好で、布団の中で温まっていた身体が、一気に冷えていく。
そろそろ桜が咲く季節になると言っても、朝は寒い。
周りを見渡すが、脱がされた巫女服は見当たらず、髪に巻かれていたリボンも見当たらない。
洗濯してしまったのだろうか。
部屋に置かれている箪笥から、昨日着ていた物と、全く同じな、腋が出る巫女服を取り出す。
これしかないというわけでもないが、博麗の巫女として、巫女服以外で、外へと出るというわけにもいかない。
冷め切った部屋の中、急ぐように服を着て、赤一色のロングスカートも履いて、縁側へと出た。
「…ああ、寒いはずよ」
縁側へと出て、日の光を浴びようと思ったのだが。
生憎と、空はどんよりとした、黒い曇り空で覆われていた。
いつ、雨が降ってきてもおかしくない。
「困ったわね…」
昨日、自分が使っていた草履が壊れ、この際、新しい草履を人里に買いに行こうかと思っていたのだが。
小雨なら、傘を差して飛んで行ってもいいが、大雨ともなれば、絶対に濡れる。
日の光を閉ざした曇り空は、間違いなく後者だった。
「……ま、いいか」
草履はあれ一つというわけでもない。
白い息を吐きながら、霊夢は神社の中へと戻り、朝食を作ろうと、踵を返した。
※
心が、痛い。
チクチクと針を刺されたかのように、自分を蝕んでいく。
「……」
どんよりとした曇り空、妖怪の山に広がる森の中で、雛は膝を抱えて、大木に背中を預け、じっと地面を見ていた。
たった一度、他者と肌を重ねただけだ。
それなのに、心は寂しいと、何度も、何度も鳴いていた。
「駄目です……駄目なんです」
寂しいと鳴き続ける自分の心に、雛は自制するように、呟き続ける。
今では、いつものように、回っていても、痛みは広がってしまう。
自分は、どうしてしまったのだろうか。
孤独には慣れている。自分は厄神、厄を溜め込み、災いを起こさない為にいる者。
私の傍にいれば、災厄は起き、迷惑しかかけられない。
他者と居たいなんて事を、考えた事すらなかったはずだ。
だって私は、他者と一緒にいた事なんて、なかったから。
「……私は厄神、彼女は博麗…」
あの巫女の笑う姿が、今でも脳裏に焼きついている。
自分のせいで、不幸が彼女に起きているのに、笑って気にするなと言ってくれた。
それ所か、考えた事もなかった方法で、私と共に、お茶を飲んでくれた。
彼女はどうしてこんな私に構ったのか。
どうして、私はもう一度、彼女に会いたいと思ってしまうのか。
「……駄目、なんです」
博麗神社には、厄を集めに行っただけだ。
巫女と共にお茶を飲んだあの数刻は、私にとって、ありえない事。
二度はない、甘えるな。厄神としての自分を思い出せ。
「…………霊、夢さん」
けど……けど、期待してしまう。
もう一度、会いに行けば、また昨日と同じみたいに、お茶を一緒に飲んでくれるかもしれないと。
地面を見つめていた視線は、ゆっくりと、木々の合間から見える、黒い、曇り空を見つめた。
「…ごめん、なさい」
一言、呟くように謝り、雛は空へと飛んだ。
期待と不安を胸に、博麗神社へと。
※
「で、紫。アンタいつまでいる気よ」
神社の居間にて、寝ぼけ眼のまま、ネグリジェ姿で起きてきた紫に、ちゃんと着替えてくるように言ってから数刻。
昨日とは若干違う、紫と白を基調としたドレスに着替えた紫と共に、朝食を食べていた。
紫が昨日の夕飯を作った手前、霊夢は朝食を二人分、きっちり用意した。
御飯と味噌汁だけという、お腹が膨れるか疑問な程、量は少なかったが。
「あら? いちゃいけないのかしら?」
それでも、紫は喜び、頬を緩ませて食べていた。
紫にとって、量等些細な事であった。
霊夢が自分の為に朝食を作ってくれた事が、とても嬉しいのだ。
「いてもする事ないでしょうに」
「それを言ったら、マヨヒガに居てもする事なんてないわよ? それに、雨が降りそうな中を、帰れって言うの?」
紫はちらりと、居間を越えた先の、縁側の外から見える、曇り空を見る。
まだ降ってきてはいないが、黒い雷雲は、ゴロゴロと、いつ降ってもおかしくないと、宣言するように鳴り響いていた。
「どうせ帰るときは隙間で一瞬でしょ。雨の中だろうと、関係ないじゃない」
「趣の問題よ。とにかく、こんな中帰る気はないわ」
尤もな霊夢の言葉に、紫はあくまで反論する。
「…はぁ。アンタって本当、物好きね」
帰れと言っても聞かない紫に、霊夢はとうとう諦め、細々と食べていた御飯を完食した。
「ごちそうさま」
「お粗末様」
作ったのアンタじゃないでしょと、突っ込みたくなるが、口に出すのも面倒だった。
ゆっくりと味わうように食べる紫を置いて、霊夢は食べ終わった食器を台所に置く。
食後にと思い、用意しておいた、お茶と、湯飲み二つを手に持ち、居間のテーブルへと持っていく。
「はい。お茶」
「あら、ありがとう」
並々とお茶が入った湯飲みの一つを、紫の方へと置く。
もう一つは自分の方へと。
「…ん」
ズズズと、湯気が立ち昇るお茶を飲みつつ、縁側から見える曇り空を、霊夢は見ていた。
雨が降り始めれば、この神社には誰も来ないだろう。
春に近づきつつあるとはいえ、日が出ていないせいか、少しばかり寒気もしてくる。
雨が降ればより寒くなる事だろう。そんな中、わざわざ神社に来る者なんて、本当に目の前にいる紫ぐらいだ。
「…ん?」
ぼんやりと、見上げた曇り空。
何か、高速で飛んでくる者がいた。
「あれって……」
昨日と全く同じ姿で、霊夢は、起きた時には、いなかった少女の姿を見た。
「? どうしたの? れい――――」
むと、紫は霊夢が見ている空の方へと、視線を向けて、最後まで言わずに言葉をなくした。
「…厄神」
紫は立ち上がる。
何故、ここに再び来たのかと。
「紫?」
いきなり立ち上がった紫に、霊夢は、視線を向けて、息を呑んだ。
そこには、先ほどまでニコニコと、笑っていた顔はない。
不快げに、殺気を隠さずに雛の方を見る、紫の姿があるだけだ。
神社の空の上で止まった雛の方へと、睨むように視線を向けていた紫は、ゆっくりとした足取りで、縁側の方へと歩いていく。
「ちょっと、紫、アンタ何を」
霊夢の言葉に、紫は歩みを止めない。
縁側へと出た紫は、隙間から靴を取り出し、履くと。
「………霊夢、御飯、そのままにしておいて頂戴。終わったら食べるから」
跳ねるように、空へと飛んだ。
「…ッ!?」
霊夢はそんな紫を見て、直ぐに立ち上がり、縁側へと出る。
いつもなら、縁側で草履を用意してあるのだが、昨日の件で壊れてしまっている。
裸足のまま、霊夢は、紫を追うように空へと飛んだ。
※
神社へと飛んできた雛は、雷鳴が鳴る中、不安げな表情のまま、霊夢が縁側に出てくるのを待とうとした。
何と言って、彼女に会えばいいだろうか。
そんな事を、ずっと考えながら、飛んできた雛だったが。
縁側から出てきた者に、心が凍りつく。
神聖な神社にしては、禍々しい程の妖気と、殺気を纏いながら、縁側から出てくる者を見て。
ソレは音もなく飛んだかと思うと、間を置かずに、私の前へと躍り出た。
「何で、貴方がここにいるのかしら?」
圧倒的な畏怖。
厄神である、私でさえ、震えが走る程の、化け物。
「あ……あ………」
呼吸すら、まともに出来ない。殺気に当てられただけで、私の身体は、金縛りにあったように、身を強張らせてしまった。
「おかしいわね。厄神が稚児だとは、聞いていないのだけど? 話せぬ口もないのかしら?」
紫は無表情のまま、口をパクパクとさせる雛に、話続けるが。
「わ……私……」
淡い期待をしていた心は何処に行ったのか。
目の前にいる存在に恐怖し、殺されると、全身が警告を鳴らしていた。
「紫!!」
そんな雛の耳に、思い続けた声が聞こえる。
「……霊夢」
「アンタ、一体何をしようとしてるのよ…」
紫を追う様にして、霊夢は紫の背後に飛んでいた。
「雛が怖がっているじゃない。どうしたのよ。変よ、紫」
霊夢は、紫の変貌ぶりに、動揺を隠し切れない。
どうして、雛に対して、ここまで敵視するのか。
「………昨日、話した通りよ。厄神は、近くにいる者を不幸にする。今は、私が境界をいじっているから何も起きないけれど、霊夢、貴方に害を与える存在なのよ」
紫は哀れむように、霊夢の方に首を向けて告げると、再び、怯える雛の方へと顔を向ける。
「厄神、貴方、ここの厄は昨日集めたはずよ? それなのに、ここに来たのは………霊夢に会うためね?」
紫のその言葉に、ビクリと、一際、雛は怯えてしまう。
まるで、それがいけない事かのように。
「そうだったら、許しがたいわ。貴方、自分の立場をわかっているの? 厄を集め、自ら他人を寄り付かせない者になったというのに、貴方は受けいれられたからといって、霊夢に縋る気?」
紫はスペルカードを懐から取り出す。ここで、害になる者を、霊夢に近づかせない為に。
「…わ、私は……」
スペルカードを取り出した紫を見ても、雛が、構える素振りはない。
それ所か、怯えていた身体は、徐々に治まり、代わりに、紫の言葉が、深く、心に突き刺さっていた。
「……ごめんなさい」
雛は、顔を俯かせて謝る。
何で、期待してしまったのか。
誰かに言われるまで、まだ、霊夢と一緒に、お茶を飲めると夢を持ってしまっていた自分がいた。
「私が、馬鹿でした……」
後少しで、私は霊夢さんを、不幸に―――
「違う!!」
謝る私に。
「紫! いい加減にして! 何で、何で孤独から出ようとしているのを止めるのよ!」
霊夢は、叫ぶように雛が謝る事を、違うと、怒った。
「…何度も言わせないで。厄神は、貴方に害しか与えない」
「それがどうしたのよ!? 雛が私に会いたいなら、会えばいいじゃない! 私は博麗よ? 厄神だからといって、拒みはしない!」
豪語する霊夢に、紫はあくまで、冷静に、言葉を返す。
「それで貴方が不幸になってしまえば、皆悲しむのよ? 神社に来る者達も、不幸を負わせた厄神も、皆、悲しむはめになるのよ?」
「だから! それがどうしたのよ!! 不幸になる? なら昨日、雛とお茶を飲めたあれは何だったのよ!」
「…それは、単なる偶然かもしれないのよ? 二度も、同じようにお茶を飲めるとは限らないわ」
目の前で言い争う、紫と霊夢。
雛は、ぼやける視界の中、霊夢の言葉を聞いていた。
けれど、紫の言葉も真実であって。
「……ッツ!」
泣きそうになる顔を、見られたくなくて、雛はバッと、背中を向けると、来た道を戻るように、飛んだ。
「雛!」
紫と言い争っていた霊夢は、雛が飛んだ方向へと、急ぎ、自分も飛ぼうとするが。
「待ちなさい」
紫に腕を掴まれる。
「離して! 離しなさいよ!」
掴まれた腕を離そうと、必死にもがくが、万力のように、紫の手は、外れない。
「…追って、どうするつもりなの?」
「決まってるじゃない! 連れ戻すのよ!」
霊夢は紫に激昂するように叫ぶ。
今、雛を追わなければ、二度とあの子は他者を求めない。
「………霊夢。どうして、厄神にそこまで肩入れするの?」
紫は、悲しげに、激昂する霊夢に聞く。
「博麗だからじゃ、通じないわ。もっと、何か別の理由があるから、厄神を庇っている。違う?」
「……」
激昂していた霊夢だったが、紫の悲しげな表情に、徐々に、落ち着いた様子を取り戻していった。
「………何度でも言うわ。霊夢、厄神が貴方の傍にいて、貴方にいい事は決して起きない。それなのに、どうして貴方は、厄神を庇うの?」
「…孤独を知っているからよ」
霊夢は、悲しそうな顔をする紫に、今まで見せた事がなかった、悲しむ顔をしてみせた。
「私は多くの友人を得たわ。けれど、“博麗’としての自分は、常に冷めている。常に孤独。私は、皆に心を開けない」
ポツリポツリと、雨粒が頭にかかる。
とうとう、降るぞ降るぞと、雷鳴で宣言していた曇り空から、雨が降り始める。
「雛は、他者を知らないだけなのよ。まだ、私が諦めた世界を、彼女は手に出来るのよ…!」
霊夢は真っ直ぐ、真剣な眼差しで、腕を掴む紫を見る。
「厄神? 不幸? そんな物、孤独のまま居続けるより、遥かにましよ! あの冷たさに比べれば、草履の鼻緒が切れたり、湯飲みにヒビが入る事なんて、どうでもいい事よ!」
「……霊、夢」
それが、本心なのか。
紫は、霊夢の吐露した言葉を、噛み締めるようにしながら、悲しんだ。
自分にも、彼女は心を開いてくれてはいないという事実に。孤独にさせたままでいるという事実に。
「…紫、離して」
既に、万力のように掴んでいた力はない。
霊夢を束縛していた手は離れ、雛の姿は見えないが、追いついてみせると、雨粒が徐々に空から降ってくるこの中で誓う。
だが、追う前に。
「これだけは、言っておくわね。紫、私は、孤独に感じる自分に、後悔はしているけど」
悲しみ、今にも泣きそうにしている紫に、背を向けながら。
「“博麗’になった事は、後悔していないわ。なっていなければ、みんなに出会わなかった」
それだけ言い残し、徐々に酷くなっていく雨空の中、紅白の巫女は、雛の後を追う為に飛ぶ。
「……」
紫は、呆けたように、霊夢が飛んでいく様子を、雨に濡れながら、じっと見続けた。
弱弱しい雨から、徐々に、強い雨へとなっていっても、変わる事なく、見続け。
「………はぁ」
溜息を吐いて、神社の方へと降りる。
ゆっくりとした足取りで、縁側から神社の中に入ると、濡れた姿のまま、居間へと入る。
ポタリポタリと、水滴が畳に落ちるが、気にしない。
「…嫌な女ね。私は」
ずっと、霊夢の為と思って、行動をしてきたつもりなのに。
ずっと、霊夢に孤独をあじあわせていたというのか。
服からも髪からも、水滴はこぼれ、頬を伝う水滴も、同じように、畳へと、静かに流れていった。
けれど、彼女は言った。博麗になった事は、後悔していないと。
「…今だけよ、泣くのは」
自分に言い聞かせるように、呟く。
霊夢は必ず、厄神をここに連れてくる。
そうしたら、私はいつものように迎えてやるんだ。いつものように笑って、めんどくさそうに、霊夢の為に動いて。
霊夢が孤独と感じない時が、来るようにと願って。
大妖怪は、誰にも見せた事がない涙を、誰にも見せる事なく、静かに流し続けた。
※
「こっちで、合ってるわよね……」
昼さえ回っていないというのに、バケツをひっくり返したように、雨はどしゃ降りへ変わり、曇り空は、夜中の如く、辺りを暗くしていた。
雛の姿は、未だに見えない。
全身がずぶ濡れになり、歯の根がガチガチと、無意識に寒い、死ぬと訴えていたが、それでも高速で、雨の中を飛んでいく。
何処かに降りて、この雨をやり過ごしているのだろうか?
眼下に広がる暗い森に、目を向けるが、あんな形で、あの場から飛び去ったと言うのに、すぐに雨が降ったからといって、下に降りるだろうか?
「降りないわよね…」
きっと、何処かで泣いている。
見つけないと、必ず見つけないと。
あんな厄神を、孤独のままにしてはいけない。
「……あ」
雨粒が顔にビシャビシャとかかる中。
細めた視界に、この暗い空の中。
空の上で、見上げる厄神の姿があった。
「雛!」
霊夢は見つけた事に喜び、声を上げて、近くに駆け寄ろうと、飛ぶ。
「こないでください!」
だが、豪雨の中。霊夢の声を聞いた雛は、顔を空に向けながら、拒絶の言葉を叫ぶ。
「…ッツ!?」
霊夢は、その言葉に、近寄ろうとした身体を止められる。
「駄目なんです…! 私に近寄っちゃ…」
豪雨の中、聞きづらいが、聞こえてくる声。
空を見上げていた顔を、雛は、霊夢に向ける。
「雛……」
その顔は、くしゃりと、歪んでいた。
「私は厄神なんです! あの妖怪が言った通り! 霊夢さんに不幸を起こしてしまう!」
「……」
「私が馬鹿だったんです! 迷惑をかけるのをわかっていたのに! 私は…私は…!」
嗚咽混じりの、その叫びは、豪雨のこの中で、かき消される事無く、霊夢の耳に届く。
「淡い期待をして……また、また一緒にお茶を飲めると思ってしまって……」
暗がりの世界で、厄神の少女は、謝るように、泣き続ける。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめん―――」
「雛!」
霊夢は、そんな雛の姿を、黙って見ていられる程、達観していなかった。
「何で謝るのよ!? 何でそう思うのよ!? 私が迷惑だなんてあの時言った!? あの時不幸なんて、いつ起きたって言うのよ!!」
「…霊……夢……さ…ん?」
「草履の鼻緒が切れた事!? 湯飲みにヒビが入った事!? 言ったじゃない! あれは、“偶然’だって!」
雛の謝る姿を見たくなくて、霊夢は必死に叫び続ける。
「不幸なんて一度だって起きていないじゃない! 雛がいたからって、お茶が飲めなかったわけでもない! 貴方がいても、いつものように、変わりない日常を、私は過ごしていたわよ!」
豪雨と雷鳴が轟く中、霊夢は雛に届くように。
これ以上、自分と同じ者を作らない為に。
「だから! 厄神だからって! そんな風に思うのはやめなさいよ! 手を伸ばせば! 雛はもっと、もっと暖かな世界を掴めるんだから!」
叫び終えた霊夢は、肩で息をしながら、雛を見つめる。
雛は、そんな霊夢を見て、心が揺らいでいた。
豪雨の中、霊夢の言葉は、一音一句、聞き逃さずに、雛の耳に届いた。
こんなに、私に語りかけた者がいるだろうか。
自分は厄神、不幸を、周りに起こす者。
そんな事を、一切無視して、目の前にいる巫女は、孤独であり続けた、私に語りかけた。
「ハァ…ハァ…ハァー………」
肩で息をしていた、霊夢は、大きく、息を吐くと、片方の腕を、こちらに伸ばすように向ける。
「望むなら手を伸ばしなさい! 私は、応えてあげるから!」
「あ……ああ……」
徐々に、霊夢は、腕を突き出しながら、雛に近寄ってくる。
雛は、応えるように、片手を、未だに涙ぐんだ顔のまま、突き出して―――
霊夢の頭上で、一際高く、雷鳴が轟いた。
「…ッツ!?」
霊夢は、嫌な予感が走った自分の直感を信じ。
「神技! 八方鬼縛陣!!」
天空に向けて、スペルカードを宣言する。
結界は、霊夢の頭上で展開され。
―――ドォォォン!!
次の瞬間、どれだけの“偶然’か。
自然の雷は、霊夢に向けて、落ちていた。
※
「…霊、夢さん?」
雛は、何が起こったか、理解出来なかった。
白き閃光と、それに続く爆音。
霊夢がいた空は、咄嗟に張ったのか。結界との衝突により、白煙を広げている。
「いや……」
だが、自然の雷光が直撃したのだ。
「いやああああああああ!!」
生きている、筈がない。
「霊夢さん! 霊夢さん!!」
雛は、白煙が広がる空に向かって叫び続ける。
自分に応えてくれると言った巫女。
自分を孤独から、救ってくれるはずの少女。
それが、今、私のせいで…!
「……さけ……ばな…く……き……よ」
「ッツ…!?」
雛は、自分の嗚咽混じりの叫び以外に、豪雨の中で、かすかに聞こえてきた声に、耳を傾ける。
白煙は徐々に収まっていく。
その中で。
「今のは………流石に……効いたわね……」
結界を維持したまま、生きている霊夢の姿があった。
「あ……ああ……」
雛は、急いで飛んで、霊夢の元へと向かう。
再び、霊夢の元へ雷撃が来てしまうかもしれない。
いくら、霊夢とはいえ、再び雷撃を喰らえば、今度こそ、生きてはいないだろう。
何よりも、ぐらりと、後ろにゆっくりと、身体が倒れる霊夢の姿が目に映った。
未だに雨が、叩きつけるように降る中。
雛は、空から落ちようとする霊夢の身体を、しっかりと、抱きしめる。
「霊夢さん…! よかった……本当に……よかった…!」
「流石に、“偶然’雷に撃たれるとは、思わなかったわ……」
雛に抱きしめられ、雷撃によって、身体に力が入らない霊夢だったが、それでも雛に笑ってみせる。
「全く、私も運がないわね……雛、悪いけど、このまま神社に……」
連れて行ってと言う前に、ガクリと、意識をなくした。
※
夢を見た。
昔の、昔の自分だ。
まだ魔理沙や、紫にも会った事もない、古い、古い記憶。
そんな小さな頃の私が、口を開いて、私に語りかけてきた。
「必死に孤独な少女を助けて、満足した?」
勿論だ。私みたいなのが何人もいてたまるものか。
「命を落としかねたのに?」
ここで夢を見てるって事は、生きているんでしょ? 生きてるなら、別にいいじゃない。
「…呆れた。博麗から逸脱した行為なのに、貴方はそんな楽観な考えなのね」
昔の私は、本当に呆れたように、一度溜息を吐いてみせたが、その後、ニコリと笑って見せた。
「けど、久しぶりかもね。こうやって、自分の本能で動いたのは」
そうね。久しぶりすぎて、最後にドジ踏んじゃったけど。
「確かに、雛の災厄を甘く見ていたね」
苦笑する昔の私。
「けど、それでも、拒絶する気はないでしょ?」
当たり前よ。拒絶したら、今までの意味がないじゃない。
「なら――――起きないといけないわね」
ええ、起きるわよ。けどその前に、一言言っていいかしら?
「なあに?」
人の夢をいじくるのは、よくないと思うわよ、紫。
溜息混じりに呟いた言葉に、昔の私は、一瞬、目を見開いたかと思うと。
「……いつから?」
ニヤリと笑って、聞いてきた。
最初からよ。私の勘を甘くみない事ね。
返すようにニヤリと笑って見せて、視界は、ぐにゃりと歪んでいく。
「…やっぱり、貴方は“博麗’よ」
ぐにゃりと歪んでいく視界の中、最後にそれが聞こえて、私の視界は暗転した。
※
「おはよう、霊夢」
目を開けて、すぐ入ってきたのは、紫の微笑む顔。
「…おはよう紫」
どうやら、私は紫の膝の上に頭を預けているらしい。
「いつまで経っても起きないから、夢の境界をいじらせてもらったけれど、本当に勘がいいわね」
「おかげさまで、起きれたわよ。……雛は?」
紫の膝枕から、顔を上げ、辺りを見渡す。
いつもと変わらぬ神社の居間の中。
雛の姿はすぐに見つかった。
テーブルを挟んで、顔を俯かせ、鎮座している。
雨の中、ずぶ濡れになった服は着ておらず、代わりに、紫が着るような、赤いフリルのドレスを着ていた。
「おはよう。雛」
「………おはようございます。霊夢さん」
喋れないというわけではないようだ。
「…厄神………いえ、鍵山、雛だったかしら?」
紫は、溜息を吐きながら、雛の名前を呼ぶ。
「…は、はい」
雛は、自分の名を紫に呼ばれた事に、怯えを混じらせながら、返す。
「霊夢は、この通り起きたわ。私は貴方に既に謝った。霊夢がここまでして貴方に応えようとした以上、私からは、もう何も言えないわ」
「……」
雛は、俯かせていた顔を上げる。
紫は、その顔を見て、ニコリと、微笑んで見せた。
「だから、笑いなさい。罪悪感なんて背負わなくていい。貴方が悪いわけじゃないのだから」
「……はい」
雛は、紫に微笑み返すように、ニコリと、笑って見せた。
「………いつの間に和解したの?」
「ええ、霊夢がのんびりと寝ている間にね」
片目でウィンクしてみせる紫に、少しばかり、呆れた顔をする霊夢だが、雛の笑った姿を見て、内心喜んでいた。
「霊夢さん」
「ん? 何かしら?」
雛に声をかけられ、霊夢はそちらに再び顔を向ける。
「これから、色々と、迷惑をかけると思います。私が、厄神である事には、変わりはありませんから」
雛は落ち着いて、ゆっくりと喋り。
「それでも、私を友人として、迎え入れてくれますか?」
改まって、聞いてきた。
私は、その言葉に、ニコリと笑って。
「勿論よ。よろしくね。雛」
厄神と友達になっていましたとさ。
前作とともに楽しませてもらいました
前回とこれで前後編でいいんじゃないかな?
いいお話でした。
とりあえず、巫女服どうするつもりだ紫はw
これは悪魔のように甘すぎる
なんていい話
孤独は馴れきってないと辛いよ…
ゆかりママンそれは過保護だよwww
前作は、あれはあれで終わってもよかったと感じてたんですが、今回のもこれはこれでなかなか。やっぱりいいものはいいんです……。
前作と合わせて読んで、やっとひとごこちつけました
紫の霊夢を想う気持ちや雛の霊夢を想う気持ち、そして霊夢も孤独を知って
いるからこそ雛を開放したいと想う気持ち。
ぶつかって話して出た答え。これからは三人はもっと仲良くやってけるのかな?
それとも霊夢をちょこちょこと取り合ったりするんでしょうか?
とても面白かったです。次回作も楽しみにしています。
てゐが絡んできたらカオスになりそうな予感(能力的な意味で
雛かわいいよ雛
霊夢いい子だよ霊夢
あと、多分このゆかりんなら、巫女服は洗って返すはずwwww
続きの催促すいませんでした。けれど応えてくださりありがとうございます。
まず、初めに、催促申し訳ないというコメを頂きましたが、お気になさらずに。自分が書けると、思ったから書いただけですので。
リクエスト自体は、書けると思った物は、書きます。難しい組み合わせのお話でも、いい話になる時はありますからね。
気乗りしないというか、ホントにコメントが、怖いものがあるのです。万人受けしないとは、わかっているのですが、やっぱり合わない。違和感がある、話自体が長すぎる等、色々と辛いコメも貰っているので。
好きだ、いい話、雛かわいいよ雛、いいものはいいと、言ってくれた方には、いいリクエストを提供出来たと、私は嬉しく思います。
長文、失礼しました。
凄くいいお話でしたね。結構いい具合に終わったので凄く安心しましたし、なにより前作の続編が出来たことにうれしさともう一つの安心を感じました。小説作成経験の少ない私が言うのは難ですが、最後の「厄神と友達になっていましたとさ」という部分はちょっとあっさりな締めなのでもう少し、なんと言ったら良いでしょうか?とにか締めの部分をもう少し編集されたほうがよろしいと思いました。それを除けばかなりの傑作です(除かなくても傑作ですが)。
霊夢と雛の関係がしっかりしたものになって、とてもよかったです
しかし、霊雛もいいなぁ
なんというか、文章自体が前回の文章を読んで考えているみたいに見えてしまって…
で、少し減点していますがいいお話でした。
個人的に雛が大好きなので彼女に関連した話は書いていただけるととても嬉しいですね。
内容も良かったので、七氏さんの次作が楽しみです。
友情モノっていいですよねぇ。
ただ、これでいいのか? っていう気も少しする
孤独を知る霊夢だからある程度のリスクは承知で雛を受け入れるっていうのは理解できるんだが、
落雷レベルの災厄が起こりうるとすれば次は死ぬかも知れない。
もし霊夢が死んだりしたら、雛はどうするんだろうね?