逢魔ヶ時を迎え、空を夜へと染めるために青かった空を西日が赤々と染め焼いてゆく。
夕刻である。
人の時間が終わり、妖怪の時間である夜が訪れようとしている。
元気一杯に広場で遊んでいる里の子供たちも、誰一人の例外なくその事を知っている。
妖怪は人を食べる恐ろしい存在。
でも、里の中でなら怒らせない限り、危険が及ぶ事は少ない。
その為、子供たちは時間ギリギリまで遊び倒す。
その体は疲れを知らず、楽しい時間よ終わる事無かれと大声ではしゃぎ、息を乱す。
しかし大人達は相手がどれ程危険な存在かを知っている。
妖怪は根本から人間を襲う存在である事を、知っている。
だからこそ、無知で遊び足らない子供たちを迎えに来る。
「いつまで遊んでるのー? もうご飯の時間よー」
広場の淵から親が子供に声をかける。
その声を聞いて、子供は遊び仲間に別れを告げる。
「あははは……っ、じゃあ、また明日ねー!」
別れを告げた子供は親の元へ駆け寄ると、なにやら嬉しそうに、興奮気味に語りながら迎えに来た親と歩み去る。
別れを告げた子らも、同じように親が迎えに現れ、一人また一人と家路に着く。
迎えが来た子供達は一人の例外もなく、皆楽しそうに広場を去ってゆく。
広場の人影が少なくなるにつれて、赤く焼かれた世界が徐々に黒を迎え、夜色に染まってゆく。
その世界で一人、木の上から広場の様子をじっと見つめる妖怪の少女がいた。
黒を基調とした衣服に身を包んだ金髪の少女――ルーミアがその赤い瞳で見つめる中、
最後に残った親子が手を繋いで広場から去ろうとする。
「……、」
それまでじっと見ているだけのルーミアだったが、きゅっと口を紡ぐと腰掛けていた木の枝を微かに揺らして宙に浮く。
その視線は最後に残った親子に定められている。
まるで獲物を狙う肉食動物が確実に仕留める為に、息を殺し、気配を絶って忍び寄るように、
ルーミアは音を発てず、親子との距離をジリジリと詰めてゆく。
「……それでねお母さん、その後みんなと一緒にね……」
「へぇ、それでどうなったの?」
母親に手を引かれながら、子供は昼間あった事を興奮気味に話していた。
自らがどんな体験、経験をしたかを誇らしげに伝え、母親はそれを微笑みながら相槌を打つ。
そんな仲睦まじい二人は、背後にルーミアが迫っていることを、知らないでいた。
親子の背後で、空気が微かに動く。
ルーミアが動いたのだ。
しかし、そんな些細な変化に、一般の人間が反応どころか、感知できるはずもなく。
だから、二人はその奇妙な音が聞こえた瞬間、息を呑み、心底驚きながら、振り向くことしかできなかった。
「な、なんの音……?」
「さぁ……、猫か何かでしょ? 早く帰りましょ」
「うん……」
§
狙いを付けた親子は背後のルーミアに気が付くそぶりすら見せない。
そう確信したルーミアは意を決して、目の前の親子に向けて距離を詰める。
漂うような速度から、急加速。
たとえ親子が気付けたとしても、逃げるには遅すぎる間合い。
第三者の妨害が入らない限り、この親子に成す術は無い。
しかし、ルーミアは加速した直後、やわらかなモノに頭から突っ込み、奇声をあげる。
『んぅぐっ!?』
ルーミアは自分でも何が起きたのか理解できず、
次の瞬間には降りたはずの木の上に座っていた。
「あ、あれ……? ……あっ」
広場のはずれで振り返った親子はそのまま歩み去り、ついにルーミアの視界から消えてしまった。
今から追っても見つけるのは難しいだろう。
そう判断したルーミアは溜息を吐く。
「あぅ……、せっかく……」
「こーらっ、里の中では襲っちゃダメでしょう?」
がっくりと肩を落とした所で、ルーミアの頭上から声が掛かる。
「霊夢に言いつけちゃおうかしら」
きょろきょろと周りを見渡しても誰も居ない。
ふと気が付き、見上げてみれば、見知った顔がそこにあった。
空間の裂け目に腰掛け、ルーミアを嗜めた声の主は八雲紫という。
「襲おうとしたんじゃないよぅ」
里でのルールくらい知っていると、ルーミアは頬を膨らませる。
「あら、それにしては随分と真剣だったようだけれど?」
「ぁ……、それはね、ちょっと聞きたい事があったの」
「へぇ、聞きたい事、ねぇ……」
そう言いながら、紫はルーミアの隣に腰を下ろす。
「ね、良かったら聞かせてくれないかしら?」
こくんと頷くと、ルーミアは子供たちが遊んでいた広場を眺める。
「なんだかね、良く判らないんだけどね……、なんだか羨ましくなったの」
紫は無言のままルーミアの横顔を見つめて続きを促す。
「どうして私はこんな気持ちになったのかしら?」
ルーミアは独り言のように話し始める。
「別に、子供たちが珍しい物を持ってた訳でも無いし、遊びに加えて欲しいわけじゃないの」
わたしだってチルノちゃんやみすちー、リグるんと遊んだ帰りなんだもん、とルーミアは付け加える。
「それに、子供たちが何か食べてたって訳でもないの……」
珍しい物、親しげな友人、おいしそうな食べ物。
ルーミアは思いつく限りの「羨ましい」と思う事をあげてみたが、その中に当てはまるものが見当たらない。
「ねぇ、どうしてかな?」
ルーミアは広場を眺めていた視線を、隣に座る紫へと移す。
「どしてわたしはこんな気持ちに、――羨ましいって思ったんだろ?」
そんな事を聞かれても、普通は判るはずが無い。
それは当人の問題なのだから。
しかし紫は、――妖怪の賢者は、手に持っていた扇子で口元を覆い、瞼を閉じ、開く。
その瞬いた僅かな間に紫は答えへと辿り着く。
ルーミアが羨ましいと感じた答えに。
「あなたが羨ましいと感じた理由はね、親子そのものよ」
「親子……?」
「そう、あなたは一人一種族の妖怪でしょう?」
親子そのもの、と言われてもルーミアにはピンとこなかった。
言葉としての意味を判っていても、心で理解できていないのだ。
どんなに正確な情報を得ても、心で納得できていなければ真の理解とは言えない。
ルーミアが心で理解できない理由は、彼女が一人一種族の妖怪という事が大きく関係していた。
ルーミアの話しに出てきた夜雀のミスティア、妖蟲のリグルはそれぞれが種族でくくられている。
彼女たちには同じ種族の仲間が居る。
それは家族が――、親が居るという事だ。
魔法使いも、人間も、吸血鬼も、天狗も、鬼も、殆どの妖怪には同じ種族の仲間が居る。
しかし、一人一種族の妖怪は例外である。
一人一種族の妖怪は文字通り唯一の存在であり、自己のみで完結している。
同じ種族は自分以外に存在しない。だからこそ一人で一種族でありえるのだ。
それはつまり、同じ種族――、家族が居ないという事だった。
その為、ルーミアは首をかしげるしかなかった。
「そうね――、判りやすく教えてあげるわ」
そう告げた紫はルーミアにウインクをすると隙間の中に身を翻す。
「あれ、どこいくのっ?」
あわてるルーミアだったが、紫は広場の中ほどに姿を現す。
そして、ルーミアが座る木へと振り向くと両手を口の前で揃えて少女の名を呼ぶ。
「ルーミア、いらっしゃい」
「……?」
紫の行動が今一理解できないまま、ルーミアは木から下りて広場の中ほど、――紫の元へと向かう。
広場で待つ紫は駆け寄ってきたルーミアに手を差し出す。
ルーミアは思わずその手を握り、紫を見上げる。
判りやすい答えを聞かせてくれると思っていたルーミアだったが、その予想は裏切られる。
「少し、歩きましょうか」
そう告げた紫は握ったルーミアの手を引いて歩き始める。
「う、うん……」
早く答えを聞きたかったルーミアだったが、紫に手を引かれるまま後を着いて行く。
歩き始めてすぐに、紫は問いかける。
「今日はどこで遊んでたの?」
「えっと……、湖の近く。チルノちゃんたちと一緒に……」
それは質問というより、何気ない日常の会話だった。
どこで、誰と一緒に、どんな事をして遊んだの?
面白かった事、驚いた事、困った事はあった?
何を見つけたの?
明日はどこで遊ぶの?
紫はルーミアの手を引きながら今日あったことを問い掛ける。
ルーミアは今日あったことを思い出しながら、身振り手振りを交えて説明してゆく。
「その時みすちーとリグるんがね、急に大きな声で……」
「へぇ、それでどうしたの?」
そのつど紫は頷き、微笑み返し、もっと聞かせてとルーミアを促す。
聞き上手な紫に、いつしかルーミアも話す事に熱中してしまう。
「それでね、その後林の奥で……」
話に夢中になっている間に二人は広場を抜けて、里の出口へと辿り着いていた。
不意に立ち止まった紫は握っていたルーミアの手を離す。
「あれ、どうしたの?」
手を離した紫はルーミアへと向き直る。
「今でも羨ましいって感じるかしら?」
「ぇ……、えっと……」
少し考えてから、ルーミアはフルフルと首を左右に振る。
「ううん、感じない……」
そう答えたルーミアの頭にポンと手を乗せて髪を撫で付ける。
「あなたはね、友人とも恋人とも違う、親子という関係を知ってみたくなたのよ」
たったそれだけの事だった。
共に笑い、共に泣いてくれる友人。
寄り添い、満たしてくれる恋人。
そのどちらも得たルーミアが唯一得られないものを、あの親子に見せ付けられたのだ。
だから、羨ましいと感じたのだ。
それがどうしてなのかも判らずに。
しかし、紫とのささやかな接触がルーミアに親子と言う関係を納得させた。
「羨ましくなくなったって事は、なんとなく解ったんじゃないかしら?」
「うんっ。なんとなく、だけど……」
「ふふ、それでいいの。あなたはちゃんと解ってるわ」
感覚で知り、心で納得できた事は言葉になる必要は無い。
なんとなく、というあいまいな表現こそ真に理解できた証拠だった。
「さてっと……、悩みも解けたようだから、私は帰ろうかしら……」
ルーミアに背を向けた紫が手をかざすと、空間に亀裂が奔る。
身の丈ほどの裂け目はそのまま彼女専用の扉となる。
裂け目をぱっくりと開き、その中に身を隠そうと手を掛ける。
「ぁ……、まって」
ルーミアは行こうとする紫を引き止める。
「あら、もう用は無いでしょう?」
振り返った紫に、ルーミアは恥ずかしそうにはにかみながら伝える。
「最後に一つだけ……、いいかな?」
その言葉の意味を察した紫は、隙間を閉じるとルーミアへと向き直る。
「……えぇ、どうぞ」
と紫は手を広げる。
「えへぇ……」
ルーミアは目を細めてその顔に喜びを浮かべると紫の胸にその身を預ける。
抱きとめた紫の背中に手を回し、きゅっと抱きしめたルーミアは小さく呟く。
「おかーさん……」
その言葉こそ、一人一種族の彼女が一番羨ましく感じた言葉だった。
最初なんかシリアス系かな?って思ったけどいい意味で期待を裏切られましたw 作者GJ
ゆかりんなら暇つぶし感覚でやりそうですね。
くすぐられると甘やかしまくりそうですね
なんというお母様ゆかりんwwほのぼのするわコレww
凄まじいまでの母性本能で癒されました
紫はルーミアの行動と発言に母性本能を擽られましたか。
なんか癒されますね。
母性愛溢れる紫様も素敵でいらっしゃる。
そんな会話されたらこっちが母性本能くすぐられるわ。俺男だけど
ルーミアを霊夢にとられること前提かwwww
色々荒んだ心が癒されました。
EXるみゃのイメージはゆかりんに似てると思ってます。『闇』と『境界』、どちらもどこにでもあるものだし。
るみゃを幻想郷に連れてきたのはゆかりん、とか妄想しました。
しかしルーミアが羨ましいと感じた自分は異端でしょうか。
いや母性的な意味じゃなく、ゆかりん的なところで……。
抱きついたらいい、かれーしゅーがしそうだ。
でもメッセージみて急に冷めたwwww
ルーミアの一言が安らぎを感じた。
今の子供たちに一番欲しい時間と安らぎです。
にしても、おかーさんと言ったルーミアと抱きしめてる紫様を想像したら和んだ。
もう120点あげちゃいてーですよw
それは兎も角ゆかりんとるみゃもいいなあ
いいルーミアと紫でした。
いい話だ…げに凄まじきはゆかりんの母性。