朝。
雪が着々と眠りにつき始めた初春の幻想郷。
お日様の光は植物の目覚めを祝福するように幻想郷を照らしています。
しかしその聖母のようなお日様を拒絶するように、ルーミアがふわふわと浮かんでいました。
ルーミアはお日様の明かりが嫌いです。
浴びたら暑いし、頭が働かなくなりますし、オマケにお肌まで荒れてしまいます。
だからルーミアはお日様の明かりを嫌って、いつも日光を遮る黒い球体の中に居ます。
そのルーミアと共に飛ぶ黒い球体は木にめり込んだかと思うと、やがてルーミアと一緒にぽてんと可愛らしい音を立てて落ちてしまいました。
おやおや、どうしたことでしょう。
うー、という唸り声とも泣き声ともつかない声が聞こえてきます。
木に頭をぶつけてしまったようです。
しかしこんなことはルーミアにとって珍しいことではありません。
痛みが治まるまで、頭を抑えてうずくまっていると、暗闇に覆われた地面に無数のクローバーがありました。
その中にあるどこか仲間外れのような、きらきら光る小さなクローバーを、ふとルーミアの目が捉えました。
何だろう?
そう思って顔を近づけてみると、なんとそれは四つ葉のクローバーでした。
その発見にルーミアはやったー、と声を上げて喜び、痛みのことなんてすっかり忘れてしまいました。
たまには木にぶつかってみるのも良い事だなー、とご機嫌な調子で四つ葉のクローバーに手を伸ばします。
が、ルーミアの手が突如止まってしまいました。
はて、一体どうしたのでしょう?
ルーミアは考えました。
四つ葉のクローバーを……植物の命を千切ってまで自分が幸せになって良いのだろうか? と。
しかし、幸せになりたいという気持ちがあるのも事実です。
一体どうしたら良いのでしょう?
ルーミアは腕を組みながら難しい顔をしてむー、っと唸っています。
幸せになりたい、でも千切っちゃったらかわいそうだ。
ルーミアは迷いました。
どれだけ迷っても答えなんて出ません。
考えすぎて、今にも頭が爆発してしまいそうでした。
ああ、誰か頭の良い人が来てくれたら――
そんなことを考えていると、銀髪でおかっぱ頭の、背中に剣を二本背負った少女がやってきました。
その少女は神社の宴会でよく見かける少女でした。
ルーミアも、ほんの少しだけ話した事があります。
どうしたの、と少女がルーミアの目線に合わせて聞きました。
ルーミアは今にも爆発しそうな頭そのままで答えましたから、何とも要領を得ないことを言ってしまいました。
四葉のクローバーがあるの。
持って帰りたいの。
でも千切れないの。
慌てながら一気にまくし立てたので、少女に意味が伝わったかどうか、ルーミアは心配しました。
すると少女はよし、わかったと言いながら背中の剣に手を回しました。
何をするんだろう、とルーミアは不安になりましたが、少し冷静になった頭で思い出しました。
少女の持つ片方の短い剣は、迷いを切ってくれるのです。
ルーミア自身が体験したことがあるわけではありませんが、皆が口を揃えて言うのできっと本当のことでしょう。
ルーミアがわくわくしながら待っていると、少女は何故か長い方の剣を背中から抜き出しました。
あれー? とルーミアが思っていると、少女が目を瞑りながら、精神を集中させるように言葉を呟き始めました。
――雨を斬るには三十年、空気を斬るには五十年、時間を斬るには二百年……。
なんだか少女に変なオーラが集まっていきます。
――ならば自然を斬るには……五百年!
瞑っていた目をカッと見開きました。
ルーミアは驚いて体がびくっとなりました。
――好むものなり、修羅の道! 斬れぬものすら斬り捨てよう! 妖にも千切れぬクローバー、相手にとって不足無し!
少女が剣を逆手に持ち替え、腰を少し落としてから体を思いっきり捻りました。
なんだか嫌な予感がします。
――アバンストラッ……!
ゴッ!
とりあえず気絶させときました。
――――
ぐー。
あれからずっと時間が立って、とっくの前にお昼が過ぎ去りました。
もう空は赤く染まり、ルーミアのお腹はペコペコです。
しかしルーミアはそれにも気付かず、ただひたすら考え続けています。
思えば今日は、何時もふわふわ浮いている黒い球体がじっと一箇所に留まっているからなのか、たくさんの人達がルーミアの元に寄って来ました。
あの剣を背負った少女の後には、黒白の魔法使いがやってきて、四つ葉のクローバーをもらっていくぜと言いました。
ルーミアが必死に抵抗すると、何とか諦めてくれました。
次に、桃色のワンピースを着た兎さんがやってきて、四つ葉のクローバーと私の家にある五つ葉のクローバーを交換しないかと持ちかけてきました。
ルーミアは悩みましたが、五つ葉のクローバーは縁起が悪いそうなので断りました。
次に、奇天烈な服装の薬師のお姉さんがやってきて、薬の材料に使うので四つ葉のクローバーと四十葉のクローバーを交換しないかと持ちかけてきました。
四十葉のクローバー?
ルーミアがそう言うと、お姉さんはテープで口を塞いで手足を縛った兎さんをルーミアの前に出しました。
四十葉のクローバーは、さっきの兎さんだったようです。
お腹も空いていたので魅力的な提案でしたが、なんだか非常によろしくない取引の気がしたので断りました。
次に、博麗の巫女がやってきて、賽銭箱は向こうよ、と言いました。
もはやクローバーは関係ありませんでした。
次に緑髪を胸の前で結んだ、陰鬱と神秘を内包するような少女がやってきて、言いました。
――どうしたの。
この人も四つ葉のクローバーを欲しがるのではないかと思って警戒しました。
ですがもしかしたら、という希望を胸にルーミアは、四つ葉のクローバーを摘んで良いのかどうか解らないと答えました。
――摘むべきでしょうね。
少女はすぐに答えました。
ルーミアはまさかこんなにも真っ直ぐに答えられるとは思ってなかったので、思わず何で、と聞き返してしまいました。
――四つ葉のクローバーは、持ち主の厄をその一身に集める存在だから。
厄? ルーミアがそう聞き返すよりも早く、少女は次の言葉を出しました。
――四つ葉のクローバーが幸せを呼ぶという言い伝えがあるのは、厄を回収することによって、相対的に幸福をもたらすから。
ルーミアはその言葉から何となく、厄というのは不幸と似たものであるという察しがつきました。
それを踏まえても、理由にならないとルーミアが言いました。
――妖怪が人間を食らうように、人間が妖怪を退治するように、私が厄を回収するように、生まれ持った役目。
一旦言葉を切って、噛み締めるように言いました。
――四つ葉のクローバーの、生まれ持った役目。
ルーミアは、だからといって摘み取ってしまうのはかわいそうだ、と言いました。
自分で摘み取るべきかどうか聞いておいて、返ってきた答えを否定する。
自分でもちぐはぐで可笑しな事だとは解っていましたが、それでも言葉に出さずには居られませんでした。
――摘み取るか摘み取らないかはあくまで個人の自由。普段なら私もどちらか一方を勧める事はあっても押し付けることは無い。
なら……と声を発し掛けたところを、少女の手が制します。
――でも、そのクローバーはしおれている。
ルーミアは反射的に四つ葉のクローバーに目をやりました。
するとどうでしょう、朝に見たきらきら光るように瑞々しいあの四つ葉のクローバーは何処へやら。
ルーミアの目の前にあるのは、しわがれた四つ葉のクローバーでした。
――貴方、気付いていなかったの?
何に?
――貴方に付随する大きな影が、四つ葉のクローバーへの日光を遮っていたことを。
あ。
――きっとそれでは、今日の終わりには枯れ果てる。
嘘だ、嘘だ、嘘だ。
だったら何で他のクローバーはこんなにきらきら輝いているんだ、とルーミアが言いました。
――四つ葉のクローバーは、植物としての能力を多少弱めることと引き換えに、厄を集める能力を与えた。だから普通のクローバーと比べて、枯れやすく育ちにくい。それが普通のクローバーだったのならまだ、ここからでも立ち直れたのでしょうけど。
少女の声はどこまでも淡々としていました。
――だから、迷うことは無い。どの道枯れるのならば、貴方の厄を集めた方が、役目も果たせて幸せでしょう。
理不尽。
ルーミアはそう感じました。
「それ」は葉が一つ多く珍しいという理由だけで、人々から命を摘み取られる運命にあって。
「それ」は葉が一つ多く珍しいという理由だけで、弱い体を与えられて。
「それ」は葉が一つ多く珍しいという理由だけで、他のクローバーに仲間外れにされて――
ルーミアはもう、何も解りませんでした。
ただ頭にぼんやりと浮かんでくる事実は、このままだと四つ葉のクローバーは枯れ果ててしまうということでした。
このまま最後まで植物として残しておく方が幸せなのでしょうか?
それとも摘み取って四つ葉のクローバーとしての役割を果たさせる方が幸せなのでしょうか?
ルーミアはやっぱり、何も解りません。
一つだけ解ることは、どちらにしても四つ葉のクローバーは亡くなってしまうということだけでした。
どちらにしても同じ結末。
行き着く先が、等しく「死」なら……。
ルーミアは四つ葉のクローバーに手を伸ばして、しっかりと見据えて千切りとりました。
少女はその光景に驚いた表情を浮かべました。
ルーミアは少女を、曇りの無い笑顔で見つめて言います。
これで、四つ葉のクローバーはただのクローバーになったよ、と。
そうです。
ルーミアは四つ葉のクローバーの茎ではなく、葉を一枚千切り取ったのです。
少女はずっとあっけに取られたような表情を浮かべていましたが、すぐに優しそうに微笑んで、
――そう……。
とだけ言ってルーミアの頭を撫でてから何処かへ飛んでいきました。
もうルーミアに迷いはありません。
ルーミアは大きく空を見上げると、腹の虫のご機嫌を取るために家へ飛んでいきました。
今夜のご飯は何かなー、と口ずさみながら。
でも。
ルーミアがしばらく飛んでいると、再び思考の壁にぶつかりました。
自分のしたことは良かったことだと思っています。
事実、あの少女は笑って頭を撫でてくれたから。
でも、それでもルーミアは思うのです。
もし四つ葉のクローバーにとって、厄を集めることが何よりの生きがいだったら?
例え命を摘み取られても、
例え弱い体であろうとも、
例え仲間外れにされようとも、
四つ葉のクローバーにとっては、命を賭ける価値のある、誇り高い仕事だったのかもしれません。
命以上の価値のある仕事だとしたら、ルーミアは閃光のように輝く一生を、酔生夢死な延命に変えてしまったのかもしれません。
死と隣り合わせの十字架。
幸せを願われるクローバーの思いは?
どれだけ考えても解らないので、ルーミアは仲の良い友達に聞いてみることにしました。
――貴方は、どう思いますか?
日常的にあるものをこんなふうに考えるとは・・・
いなかぱん、あなどる(ry
とりあえず、四葉のクローバーの考えを聞くには、⑨よりも幽香に聞いてみた方がいいでしょうねww
ではでは、私はメドロー・・・!!
ゴッ!!
チルノオチで結局また吹いたw
凄かった!とか落ちこんだ……、とかそういうのじゃなくて、こうジワジワゆさぶられているような。
へんな例えだけど「生殺し」のような感覚を味わいました。
最後に問いかけるように終わったから、さらにそう感じたのでしょうか。
そうは言いつつ小ネタでちょっと大きく揺さぶられましたがw
でもなんだろ、こうやって感想書いてる間もジワジワと何かが……。
不思議な感覚です。
あとチルノ、思考回路が焼き切れました?
淡々としてるなぁと思いきや。
そしてみょんがwww
押し花って手がありますね。
そして確かにくろにくる。流石ユーク特産品いなかぱん。人数増やして重力無しでアバドンに突っ込んで逝った思い出が今も胸を焦がします。
あとルーミヤ、相談する相手間違い過ぎw
チルノなら悩んだあとずばっと正解だしてくれるような気もする。
それにしても妖夢ってやつはw
明確な答えを出さないところもまた良い感じです。
にしても、太く短く生きるか、細く長く生きるかにも言い変えることができるんですよね、これ。
にしても、みょんと霊夢がどうしようもねえ
俺の感動帰せ!ww